おやぢ 変態

変態

 伊集院舞香の様子がおかしい。
 相良葉子(さがらようこ)は不信をもってその行動をさぐっていた。
 31才という若さで外科病棟の婦長を務める優秀な看護婦。
 でもそれだけではない。
 葉子の真価は、患者に対するあふれんばかりのやさしさにあった。
 はっきりと人目を引き付ける美貌をもった葉子が、とても仕事だとは思えないような献身的で慈愛に満ち溢れた看護をする。
 男の患者ならまず間違いなく葉子にいかれたし、女性の患者でも葉子に看護されたものは心をうたれる。
 伊集院舞香が医師としてのカリスマなら、相良葉子は看護婦としてのカリスマといえただろう。
 “聖母”
 葉子のことを表現するのに、その言葉がたぶん一番ふさわしいのではないだろうか。
 ただし、患者にとっては。
 これが医師や同僚の看護婦相手には、その態度が一変する。
 2重人格者だと噂されるくらいに、その態度が違うのだ。
 一切の妥協や甘えをゆるすことをしない。
 当然それは自分自身にも向けられており、ありとあらゆる医療知識を貪欲なまでに吸収しつづける。
 患者にとって必要と思われる知識、技術、そして経験を習得することをためらったりすることはなかった。
 たとえ、どのような犠牲をはらおうとも。
 葉子の知識は医療全般に及び、葉子の経験はありとあらゆる修羅場に対応することを可能とした。
 葉子にないのは医師免許だけだったけど、そんなものは葉子にとってたいして意味をなさない。
 なぜなら葉子の出す指示通りに医師たちが動く限り、患者の生命は確実に保証されるからだ。葉子にとって必要なのはそのことであり、誰が医療を実施するのかなどどうでもよいことだった。
 むろん、葉子にたいして医師としてのプライドを示し、彼女に従うことを良しとしない者もいた。
 そういった医師たちに葉子は寛大に接した。
 患者に対して害がおよばない限りにおいては……。
 でも、わずかでもその診療にミス、あるいはその兆候が見受けられた場合、葉子には容赦というものがない。
 結城総合病院から追い出された後、自分の医師としての未来が完全に途絶えたことを知ることになる。
 葉子を崇拝する患者や医師たちが、それを許さないからだ。
 院内のすべてを実質的に掌握しているのは葉子であり、医師たちは彼女が患者の治療を実施するための道具に過ぎなかった。
 そう、それは舞香であってさえ例外ではない。葉子にとってみれば非常に高性能の道具でしかない。
 その高性能の道具には数に限りがある以上、的確に使いどころを考える。一番必要としている患者に、効率的な期間投入する。そこらへんの判断はすべて葉子の手にあったのである。
 葉子にとって患者がすべてであり、それ以外は自分自身も含めて治療のための道具にすぎなかった。
 道具は管理され的確に用途に応じて使用されなければならない。管理をおこたれば、患者の治療に影響を与えてしまう。
 それだけは、けっしてあってはならないことだった。
 だからこそ、葉子はそのことに気づいた。
 最近様子のおかしい看護婦がいる。
 仕事の効率が上がっていた。
 患者にたいする手際の良い対応と、効率的な治療。
 普通だったら、あるいはそれに気づいたのが葉子以外だったらそれは歓迎すべきことだったかも知れない。
 でも、葉子から見たらその変化は歓迎したくなるようなものではなかった。
 彼女らに仕事の効率の向上をもらたしたもの。
 それは、患者に対するためらいのなさ。
 表面上は変わらないように見せかけてはいるけど、注射器を扱うとき、傷口をガーゼで拭うとき、そういった細かいところで患者に対する配慮というものを一切欠いていた。
 いかに仕事を効率的に的確に終わらせることができるのか、ということだけを考えてやればそういうふうになる。
 仕事の能率は上がるがそれだけだ。
 患者と看護婦の間にある大切なものが崩れていってしまう。
 どれほど手際の悪い看護婦でも、それを葉子が把握している限りミスに繋がるようなことはけしてない。でも、患者に対する思いやりやいたわりといったものは、葉子にとってもいかんともしがたい。
 それは、彼女たちの資質であって彼女らを看護婦たらしめているもののはずだった。
 だから彼女らがそのまま無機質に患者と接するならば、彼女らには看護婦をやめてもらおうと考えていた。
 それが最初の数人だけだったなら……。
 わずかひと月のうちに、その人数は数十人に増えていた。
 異常すぎる。
 何かが起こっている。
 それもこの病院内で。
 それはまず間違いないはずだった。
 というより、それ以外に考えられない。
 突き止める必要があった。
 それもできるだけ緊急に。
 これ以上そういった看護婦が増えれば、いくら葉子でも管理しきれなくなる。
 そうなる前に手を打つ必要がある。
 ただ、さいわいなことに心当たりがあった。
 伊集院舞香。
 この国を代表するメッサー。
 ゆくえが杳として知れなかった彼女が、3ヶ月ほど前に突然の帰還をはたした。
 それからだ、看護婦たちがおかしくなり始めたのは。
 とくに推理などしなくても、なんらかの関係があると考えるのが普通だろう。
 当然、葉子もそう考えた。
 だから舞香の動向に常に注意をはらい、彼女に気づかれないよう注意深くその身辺を探っていた。
 最初はなかなか手がかりを掴めなかったけど、ついに突き止めることに成功した。
 週に一回だけ、不定期に誰にも行き先を告げることなく病院からいなくなることがある。
 ときにはオペの直前だったこともある。
 でも、次の日にはなにごともなかったかのようにまた病院へやってくるのだ。
 そのことは早くに気づいていた。
 他の医師ならそれなりの手を打っているところだけど、舞香はこの病院で唯一葉子が管理することのできない人物だった。
 気にはなっても、ほうっておくことしかできない。
 でも、その時何かがあるというのは間違いないはずだ。
 だから、そのときのことを詳しく調べた。
 そして舞香が院を抜け出す直前に、かならず一本の電話がかかってきていることをつきとめたのである。
 誰からなのか、どういった人物なのかまではわからなかった。
 でも、それが分かれば十分だった。
 電話……それも発信電話番号が非通知で舞香宛に電話が掛かってきた場合、葉子に知らせるように受け付けには指示をだしておいた。
 さすがに院内に携帯を持ち込むような非常識なマネをしてなければ、舞香に電話があったことはわかるはずだ。
 それから3日後。
 葉子はその連絡をうける。
 あらかじめ手配してたとうりに自分の時間をあけ、院をでてゆく舞香の後を追った。
 何本かの電車とバスを乗り継ぎ、市街地の繁華街にあるいかがわしい店の建ち並ぶ通りにやってきた。
 その中でもはずれのほうにあるビル。
 見るからにさびれていて、ろくにメンテを受けてないのが外目にもはっきりとわかるひどいビルだった。
 これなら明日取り壊される予定だと聞いても、誰もがなるほどとうなずくに違いない。
 そんなビル。
 舞香はまるで躊躇などすることなく、そのビルに入ってゆく。
 嬉々とした表情を浮かべて。
 周りのことなどまるで見えていない感じだった。
 あのビルの中に、一体なにがあるというのだろう?
 葉子は気になった。
 舞香の後を追う。
 数えるのが大変なくらいひびの入りまくったビルの中に入ると、異臭が漂っていた。
 明らかに有機物が腐敗した時に発する匂い。
 どこかで猫か犬の死体でもころがっているのだろう。
 もしかしたら、人間のそれかもしれない。
 そうあってもおかしくない。そんな雰囲気がここにはあった。
 エレベーターの横を通り過ぎて、舞香が階段を上ってゆく。
 たぶんエレベータは故障しているのだろう。
 まぁ動いたにせよ、あんまり使いたくはない。どうみたって、メンテなんてやってそうもなかった。
 舞香は6階までのぼった。
 このビルの最上階である。
 その間葉子は誰にも出会うこともなく、人のいる気配すら感じ取れなかった。
 まぁ、まともな感性の持ち主なら、こんなところに近づきたいなどとは思わないだろう。
 葉子だって舞香の後をつけてるんでなければ、こんなところに近づこうとは思わない。
 西側の一番奥のドア。
 舞香はそこにはいってゆく。
 葉子はゆっくりとそのドア近づいてみる。
 すると、そのドアが閉まりきらずにわずかに開いているのが見て取れる。
 一体中に何があるのか?
 当然、葉子は知りたいと思う。
 だからそっと近づいた。
 中から何か話し声が聞こえないか?
 もしかしたら、中の様子を隙間からうかがうことができるかも知れない。
 物音をたてないように、気配をさとられないようにドアへと慎重づき隙間に顔をよせる。
 その時だった。
 ギィ!
 軋み音をたてて、ドアがいきなり開く。
 立っていたのは舞香。
 その手には何かのスプレーが握られている。
「アッ!?」
 葉子が小さく驚きの声をあげたとき、スプレーから霧状のものが葉子の顔に吹き付けられた。
 わずかに甘い香りがする。
 それを感じ取ったとき、葉子は意識を失った。

…………………………。

 一番つらいのは、目を閉じることができないことだった。
 当然瞬きをすることすらできない。
 瞼を縫いとめられてしまっているから当然だった。
 でも、葉子にはそれを確認することは不可能。
 体を自由に動かすことができないからだ。
 両手は両脇に揃えたかっこうで、両足は膝を伸ばし45度くらいの角度で大きく股を開かさせられ、腰はピンと伸ばしたかっこうのまま微動だにすることができない。
 全身をギプスで固められてしまっていたからだ。
 ただ、全身くまなく固定されているわけではない。
 頭までキブスで固められていたが、それでも顔の部分はあけられていた。
 それと、両方の胸も穴が開けられていて、そこから形のよい美しい乳房が顔を除かせている。
 あともう一箇所、股間の開いたまま閉じることができなくされている恥ずかしい部分も、しっかりと開けられていた。
「うううーーーーーっ」
 葉子が抗議の声をあげる。
 でもくぐもった小さなうなり声にしかならない。
 本人は、「だれかーーーーーっ」っていってるつもりなのだけど、口の中に押し込まれたボール状のギャグがその言葉をふさいでしまっていた。
 つまり助けは呼べないし、まともに話すことすらできない。
 薄暗い部屋の中。
 吐き気を催すような不快な匂いがたちこめている。
 まるでごみ箱の中にでもいるような気に葉子はなっていた。
 頭を正面に固定されて動かすことができないため、葉子には確認することができなかったけど、まさしくその通りの部屋だった。
「うううーーー!」
 葉子はもう一度叫んでみる。
 もちろん、くぐもった小さな声にしかならなかったけど、部屋の中に人の気配を感じたからだ。
 気づいてもらえるかもしれない。
「うんっ、あんっ、あんっ、ううんっ!」
 返事は女の喘ぎ声だった。
 その声の主が誰なのか葉子はすぐに気づいた。
 というより、思い当たる人物は一人しかいない。
「うううっうう?」
“まいか、さん?”
 名前を呼んでみる。
 まともな言葉にはならなかったけど。
「ふぁぁぁんっ、うんっうんっ」
 舞香の答えもまともな言葉ではない。
 まぁ、もっとも返事をしたわけではなさそうだったが。
「ううううううっーーーーーーっ!」
 今度はあらん限りの力で叫んでみる。
 ちいさな唸り声が、少し大きな唸り声になった。
「うあああああん!!!」
 舞香のほうは、はっきりと大きな喘ぎ声になった。
 だめなのか?
 気づいてはもらえないのか?
 葉子がそんな気持ちになったときだった。
「気ぃついたかよ? ふちょうさんよぅ?」
 聞き覚えのない声がする。
 男の声だった。
 中年過ぎくらいの男。
「ううっ?」
“だれっ?”
 葉子が小さくうなった。
「いつまでも気ぃ失ってからよう、こいつでヒマぁ潰さにゃならなかったじゃねぇか」
 視界の下のところから、男が現れた。
 葉子の足元にいたのだ。
 薄くなりかけた頭。
 不健康そうにやせた肉体。
 いたるところにそり残しのある無精ひげ。
 どこか他人をばかにした笑みを貼り付けている口元。
 そしてなによりその男を一番特徴づけているのが、その男の目だった。
 厭らしく濁りきった瞳は、視線だけで女を犯すことができそうだ。
 薄汚いとか、卑猥とか、不潔とか……。
 この男を形容するための言葉には、ことかくことはないだろう。
 でも、その中に誉め言葉になるような単語は一切ふくまれることはない。
 また、この男を見て一点でも誉め言葉を捜せる人間がいたとしたなら、そいつは精神のどこかが壊れているに違いなかった。
 当然葉子はまともな精神の持ち主だったから、その男を見ただけで不快感にとらわれた。
 それも、強烈な。
 だだ、その男の正面にへばり付いているものを見たときの印象にくらべれば、少々インパクトに欠けるかもしれない。
 全裸になった女。
 ショートの髪がボサボサになるくらいに激しく頭を振り回している。
 両手を男の首に回し、豊かな胸が平らになるくらいの力でしがみついている。
 両足は男の腰にかけられていて、その姿勢のまま器用に、しかも頭よりも激しく腰を振っていた。
 伊集院舞香だった。
 でも、だんじてそれは葉子の知っている舞香ではなかった。
 猛々しく快楽を貪る獣。
 そこにいるのは女ではなく、あきらかにメス。
 全身から強烈なけだもの臭気を、あたりかまわず撒き散らしている。
「ううう、うん!」
“まいか、さん!”
 無駄だとは知りつつ叫んでみる葉子。
「あうっあんあんあん!」
 あんのじょう葉子は、喘ぎ声をあげるだけだ。
「ちいっ! いつまでへばりついてんだぁ? さっさと放れねぇか、このくされ○○○がぁ!」
 そういうと、男はなんの遠慮もなく、天才メッサーの頭を右手の拳で上からなぐりつける。
 すると……。
 ドスン!
 舞香が床の上に落下した。
 でもそれはけして痛かったからではなく、おこられたからだ。
 下の方から見上げる、媚びるような視線がはっきりとそのことを物語っている。
「甘えんじゃねぇぞこらぁ!」
 バスッ!
 蹴り飛ばされて舞香が部屋の奥へところがっていくのが、ギプスで固定されて動かせない舞香の視界に映った。
 ぐにっ。
 仰向けに転がっても形の崩れない、舞香の美しい胸を踏み潰す。
「うあんっ!」
 舞香が声をあげた。
 どうも、苦痛の声ではないようだ。
「勝手に、よがってんじゃねぇぞ!」
 バフッ!
「ぐぇえうううっっっ!」
 さっきより大きなうめき声があがった。
 今度は腹を思いっきり踏みつけたのだ。
 これは、かなり苦しいはず。
「ご主人さまぁ! おゆるしくださいぃ、ご主人さまぁ!」
 そういう舞香の声は、とてもうれしそうだった。
 バフッ!
「ぐぇぇぇうっっっ!」
 また、男が踏みつける。
「ったく、てめぇは変態だぜぇ。ええっ? 変態のメス犬だぜぇ」
 吐き捨てるようにいった男のその言葉に、恍惚の表情を浮かべる舞香。
 明らかに喜んでいた。
「これ以上つきあってらんねぇぜ。こいつでしまいにしてやるぜぇ!」
 バフウッッッッ!
 全体重を乗せて、あらん限りの力で男が踏みつける。
「がぁぁぁうぅぅぅっっ!!!」
 それは、雄たけびのようなよがり声だった。
 全身を突っ張らせて、美しいアーチを形づくる。
 股間からは白く濁った液体がとめどなくあふれだし、床の上に水溜りを作った。
 その様は、もはやまともな人間とはいいがたい。
 猛々しく快楽をむさぼるケダモノ。
 そう表現するのがもっともふさわしい。
「ちっ、床がてめぇのきたねぇので汚れちまったじゃねぇか! ちゃんと、なめてきれいにしとけや!」
 男が床の上に力なくへたりこんだ舞香に、そう容赦なく命令する。
「はいぃっ、ごしゅじんさまぁ」
 のろのろと舞香が身を起こしながら答える。
 もちろん、その命令に従うためだった。
「うううっ、うううううううっううううううううううう?」
“あなた、まいかさんにいったい何をしたの?”
 葉子が、そううめく。
 それは、だんじて舞香ではなかった。
 というより、まともな人間だとは到底思えない。
 だからだ。
 その男が何かをしたのだと思った。
 まぁ、それは正しいのだけれど。
「ああん? なに言ってのか、わからねぇなぁ?」
 男がわざとらしく耳に手をあてて言った。
「うううううううっ、ううううううっ!」
“まいかさんに、なにをしたの!”
 なをも葉子がうめく。
「なんだぁ? このメス犬のことかよぅ?」
 男がたずねる。
「うううっ!」
“そうよ!”
 ほんとうは、うなづきたかったのだけれど、頭を固定されていてそれはできない。
 だからうめいた。
「てめぇも、こうしてほしいのかぁ?」
 淫やらしい笑みを浮かべて男がいう。
「うううううううううううううっ!」
“そんなわけないでしょう!”
 葉子がきっぱりとうめく。
「それともいやなのかよ? まぁどっちでもいいけどなぁ。てめぇも、こうなるんだからなぁ。俺のためだけに生きるメスによぅ」
 ふはっはっ、と男が不快な笑い声をたてる。
「ううううううううううっ! ううううううううううううううううっ!」
“なにを馬鹿なことを! なんであたしがそんなことを!”
 通じないのはわかっていた。
 でも、言わずはいられなかった。
「くくっ。反抗的な目ぇしてんじゃねぇかよぅ。いいぜぇ、てめぇのようなメスがよぅ、俺さまのいうなりになんでもやるとこ見るなぁ堪えられねぇよなぁ」
 生理的な嫌悪。
 コキブリに対していだく不快感と同じもの。
 葉子がその男に対して感じる感覚は、まさにそれだった。
「いい体してんじゃねぇかよ」
 剥き出しにされている、美しい乳房を男が無遠慮にもむ。
「うううううううっ! うううううううっ!」
“さわらないで! けがらわしい!”
 くぐもったうなり声を葉子がたてるけど、もちろんなんの役にもたたない。
 でも、それだけで終わったわけではない。
 男のもう一本の手がもっと恥ずかしい場所。
 葉子の股間にをなでまわす。
 さらに指がスリットの中に差し込まれた。
「うううっ、うううっ、ううううっ!」
“やめろ、やめろ、やめろっ!”
 必死にうめき続ける葉子。
 でも、できるのはそれだけに過ぎない。
 だから、
「なんだ、濡れてねぇじゃねぇかよ。まぁ、俺さまが作りかえてやるけどよぅ」
 そう好き勝手いわれてもなにもできなかった。
 抵抗することはむろん。
 言い返すことすら。
 涙があふれる。
 それは、まばたきができないからなのか。
 それとも悔しすぎるからなのか……。
 いずれにせよ、それによって葉子の運命が変わることはないのだけれど……。

…………………………。

「いいことを教えてやるぜぇ」
 田所便三が口元をゆがませて言った。
 目の前には女がいる。
 それが今度の獲物だった。
 鮮やかな感じの美しい顔。
 けして豊満ではないけど、ひきしまって一点のくずれもない肉体。
 そしてなにより、なにものにも屈しようとしないその精神。
 まさに理想的な獲物といえた。
「うううううっ」
 女が何かを言おうとしてたが、口をボールギャグによって塞いでいるために何を言ってるのかはわからない。
 でも、そんなことは便三にとってたいした意味をもたなかった。
 とくに関心もない。
「てめぇをよ、そんなマネキンにしたなぁよ、舞華のやろうなんだぜぇ。だれもてめぇを助けてくれるやつなんざいねぇからよ、安心しなよ」
 そういって便三は笑った。
「うううっ、ううううっ」
 女が何か言い返したみたいだけど……。
「楽しみだぜぇ、てめぇがあんなふうに変わるときがよぅ」
 そういって便三か示したのは天才メッサーの変わり果てた姿だった。
 床の上に滴り落ちた自分の愛液を、舌で丹念になめてきれいにしようとしている。
 それも、嬉々として。
 もう、人間としての誇りとか、女性としての羞恥心とかは存在していない。
 便三の命令に従いつくすこと。
 それが舞華の生きる意味そのものとなっていた。
「うううううっ、ううううううっ!」
 女が美しい顔を必死で歪ませてまで、何かを言おうとしているのだけれど、やっぱり伝わることはなかった。
 その両目からは涙が絶え間なくあふれ続けている。
 悲しいから……というわれではない。
 両方のまぶたを手術に使う糸で、閉じることができないように縫いとめられてしまっているから。
 さらに全身、つま先から頭のてっ辺までギプスで身動きできないように固めている。
 両手は両脇にそろえて、両足は45度くらいに大きく開らかせて。
 ただし顔と両方の乳房と股間のスリットの部分は、きちんと開けられて自由に便三が触ることができるようにしてあった。
 やったのは舞華。
 でも、命令したのは便三だった。
「てめぇをよう、作り換えてやるぜぇ。てめぇが病院で見た連中はよう、舞華に催眠術を使って暗示を刷り込んだだけだけどよぅ。てめぇは完全に作り変えてやるぜぇ。俺さまのためだけに生きてゆくメスによう」
 そういいながら便三は、女の頭部に機械を取り付ける。
 それはHMD(ヘッド・マウント・ディスプレー)だった。
 そこから伸びているコードはコンピュータに接続されている。
 便三がキーボードを操作すると、HMDから強烈な光が溢れ出す。
 いろんな色彩の混ざった光。
 苦痛すら感じるくらいの光量から、ほとんど感じ取れないくらいかすかな光量まで、ほとんどランダムに変化する。
 そしてそれと同時に耳元から男の声が、鼓膜が痛くなるくらいの音量で流れ出す。
 女の耳にイヤフォンを取り付け、そのままギプスで固めてしまっていたのだ。
“てめぇは、人間じゃねぇ”
“てめぇには、この世に存在してる価値なんかねぇ”
 その二つの言葉だけが、これもやはりランダムに音量を変えながら流れる。
 もちろん、マネキンにさせられた女にそれを拒否することなんてできない。
「うーうーうーうーうー」
 ボールギャグで塞がれた口で、そううめくこと意外は……。
「くくっ、とりあえず3日くらいほっとくか……」
 便三の濁りきった目が、冷徹な光をうかべていた。
 ここのところの判断をあやまったら、せっかくの獲物を完全に壊してしまいかねない。
 さすがに、このときばかりは真剣にならざるをえないのだ。
 でも、それも長いことではない。
 すぐに淫やらしい光を浮かべると、
「てめぇ、いつまでそんなことやってやがる。さっさと仕度しねぇかよ」
 まだ床の上を舐めまわしてした舞華を蹴飛ばす。
「はぁぁぁん……」
 蹴飛ばされた舞華は、気持ちよさそうにそううめいた後。
「ご主人さまぁ、おゆるしくださいぃ」
 そうあやまった。
 でも、ほんとうにゆるしてほしいのだろうか?
 いささか疑問の残るところだった。
 まぁ、便三にとってはどうでもいいことなのだけど……。
「腹減ったっつてんだろうがよ。とっとと出かける準備しねぇか」
 そんなこといってなかった。
 単なる言いがかりである。
「はいぃ」
 でも、いいがかりだろうがなんだろうが、舞華には関係のないことだ。
 肝心なのは便三に命令されたっていうこと。ただそれに従うことだ。
 舞華はとび起きて着るものを身に付ける。
 ただしシャツやタイトスカートだけ。下着は着ない。
 いつどこででも便三が自分の肉体を使えることができるように。
 それは便三のため。そしてそれは、自分の最高の快楽にも直結していた。
「さぁいくぜぇ、めいっぱいうめぇものを食わせるんだぜぇ」
 便三がまともに味がわかるわけではない。
 だからうまいもの=たかいものということになる。
 当然支払いは舞華がするのだから、便三はいくらでも気前よくなれた。
 それから3分後。
 この部屋には、立ち尽くしたまま身動き一つすることのできない女がいるだけになった。

…………………………。

 どれくらい時間がたっただろう。
 葉子にはもう時間の概念が完全に欠落していた。
 眠かった。
 ひたすら眠かった。
 でも、まぶたを閉じることのできない目に、HMDからの強烈な光が飛び込んできて寝ることはできない。
 さらに耳元で繰り返し聞かされる声。
 最初は不快感しか感じなかったけど、今はどうでもよくなった。
 ただ眠い。
 ひたすら眠い……。

 さらに時が過ぎた。
 何度か口にはめられたボールがはずされて、無理やり何かを食べさせられ飲まされたけど、今の葉子とってはどうでもいいことだった。
 もう何も考えられない。
 考えることすらつらくなり始めていたから。
 耳元で聞かされる言葉が、とても甘美なものに聞こえ始めていた。

 また、時が過ぎる。
“わたしは、にんげんじゃない”
“わたしは、このよにそんざいしてるかちはない”
 耳元できこえる声を、そのまま復唱している葉子がいた。
 この世から消えてなくなりたい。
 いつしか、それが葉子の願いになっていた。
 でもできないのは分かっている。
 それを判断しているのは頭ではない。
 体中があつかった。
 燃えるようにほてっている。
 発情しているのだ。
 男の体を欲している。
 誰でもいいわけじゃない。
 それもまた、体がわかっている。
 頭はもはや肉体の付属物になりかけていた。

 相良葉子という人格は、もはや活動をやめていた。
 ただ発情しきった肉体があるだけ。
 意識を失うことも死ぬこともゆるされないなら、存在そのものをやめてしまったほうがいい。
 耳元の声も言っている。
 自分は人間じゃないと。
 存在している価値なんてないと。
 たぶんこの声は神の声なのだ。
 そして、その声を受け入れて、葉子は楽になった。
 肉体にすべてをゆだね、この声の主にすべてをゆだねて。
 たぶんこのまま時が過ぎれば、本当に葉子の人格は消えてなくなってしまうだろう。

 あれほどつきまとっていた光が唐突に失せた。
 耳元で聞こえてして言葉がやんだ。
 そして、体を包みこみ拘束していたものがとりはずされてゆく。
「俺の声がわかるかよ?」
 全裸にさせられ、自由を取り戻した葉子に語りかける声があった。
 男の声。
 それは葉子にとって、神の声だった。
 葉子の中にわずかに残った精神がその声を聞き頭をうなずかせる。
「おめぇは、俺さまの言うことを聞いてるときだけ、存在してる価値があるんだぜぇ。どうだ、うれしいだろうがよぅ?」
“そんざいしてるかちがある……?”
 ほとんど存在をやめてしまっていた精神では、その言葉が染み込むまでに時間が必要だった。
「いいか、てめぇは俺の命令に服従するんなら、存在しててもいいんだぜぇ」
 また、男の声がした。
“そんざいしてていい……の?”
 徐々に男の言葉が葉子の心の中に染み渡ってゆく。
 それは、まさに喚起のことばだった。
 葉子の瞳から涙があふれだす。
 それまで押し込めていたすべての感情が爆発した。
“いいんだ、わたしいてもいいんだ。この世界に! このひとがいるのなら、このひとの命令に服従すのるなら、そんざいしてる価値があるんだ!”
 まるで煉獄に落とされた罪びとが神にゆるされた瞬間のように、葉子は男の言葉にとりすがった。
 それこそ、じぶんの存在すべてをかけて。
「そしてよ、てめぇは俺さまが抱いてやったら、最高に気持ちよくなれるんだぜぇ。この世界のどんな女よりもよう」
 この世界のどんな女よりも……もちろん、そんなことが分かるはずはないのだけど、でも今の葉子にとって男の声はすべてが真実だった。
 現実と違っても、それは現実の方が間違っているだけ。
 それに、じぶんが強烈にその男のことを欲しているのも事実だった。
「あうぃえぇ、うあぁいぃ!」
 長い間言葉を失っていた口は、うまいこと動いてくれなかった。
 本人は、“抱いてくださいぃ!”と言おうしたのだけど。
「『わたしは、便三さまの雌犬です』と言ってみな、そうすりゃ抱いてやるぜぇ」
 葉子はただちに従った。
 その言葉を言ったとき、葉子の心には歓喜が満ち溢れる。
 なぜならその言葉こそ、葉子の存在そのものの証だったからだ。
「いいぜぇ、今おめぇは俺さまだけの雌犬になったぜぇ。証に今から抱いてやるからよぅ」
「ああああうぅ」
 男……そう便三の言葉を聞いたとたん、葉子は軽くイッてしまったようだ。
 葉子の心がイッたのだろう。
 でも肉体は到底満足できてない。
 便三が葉子の乳房を握りつぶす。
「うあああうぅ」
 葉子が声をあげる。
 体を鋭い快感がはしりぬけた。
 便三のもう一方の手は、葉子の股間をまさぐっている。
「くくっ。また、ずいぶんとぬれてるじゃねぇかよ。これなら、すぐにでも俺さまのものをぶち込めるなぁ」
 触っただけで便三の手が、バケツの中に突っ込んだみたいに濡れていた。
 半端ではないくらいの蜜の多さだった。
「あいぅぅぅっ!」
 敏感なところをまさぐられた葉子が、たまらずに声をあげる。
 でもそれはすぐに、
「ぎゃうっ!!!」
 悲鳴にとってかわった。
 いきなり便三がそのでかい一物をぶち込んだからだ。
 もちろん苦痛だったわけではない。
 経験も想像も遥かに超える、理解しがたいほどの快感。
 それが葉子を襲っていた。
 たった一撃で、葉子はそれの虜になった。
 葉子の精神は便三そのものに依存し、葉子の肉体は便三の一物に支配されたのである。
 パン!
 便三が突き上げる。
「ぎゃうっ!!!」
 葉子が叫ぶ。
 パン!
 便三が突き上げる。
「ぎゃうっ!!!」
 葉子が叫ぶ。
 それの繰り返しだった。
 もちろん、その一撃ごとに葉子はイッていた。
 でも、同じではない。
 一撃ごとに、さらなる高みに放り上げられてゆく。
 そうして、葉子にとって永遠のような、けれど一瞬のような時が過ぎ……。
 終わりはやってきた。
 それは便三が頂点にたっしたとき。
 便三の一物から白濁液が放たれる。
 それを葉子が感じたとき、葉子は一気にのぼりつめた。
 声はなかった。
 呼吸が止まっていた。
 息をすることができない。
 体中が固まった。
 葉子の心は満たされた。
 便三がイッたこと。
 便三のすべてを受け止めたこと。
 それが葉子をとびっきりの絶頂へと押し上げるための、唯一の条件だったのだ。
 葉子はそのまま意識を失った。
 最高の状態のまま、至福の眠りについたのだ。
 元の自分が今の彼女をみたら嫌悪するに違いない。
 でも、今の葉子にそれが一体なんの関係がある?
 もう二度と葉子が元の自分を取り戻すことはないだろう。
 そして、これからもそうありつづける。
 死ぬまでづっと……。

…………………………。

「どうだぁ? てめぇの仲間が増えたぜぇ?」
 舞華に一物をくわえさせながら、便三がいった。
「ううう」
 舞華がこたえる。
 一物をくわえたまま。
 くわえているとはいっても、別に奉仕しているわけではない。
 喉がごくごくとなっている。
 便三の小便を飲んでいるのだ。
 便所に行くのがめんどくさかった。
 たったそれだけの理由で、便三は舞華を便器がわりに使っているのだ。
 だから舞華は口をはなせなかった。
 でも、便三は舞華の返事を望んでいるわけではない。
「あとで、こいつが気づいたら二人でからませるのもいいなぁ。くくっ、おもしろそうじゃねぇか。さぁ、次は……」
 便三が薄暗い闇の中で嗤った。
 それは、薄汚い便三に似合いの不快な嗤い声だった。

< つづく >

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