第三話 ニャルフェスの誤算(5)
にちゃっ。
ぬちゃっ。
ぬぷっ。
粘液質の音が辺りにひびいている。
ギシッ。
ギイッ。
ギシッ。
硬質のものがきしむ音と一緒に。
「うんっ、あん、あんっ」
「かわいいこ……。うううんっ」
2人の女がセミダブルのベッドの上でからみ合っている。
今、下になっているのはまだ幼さを残した女の子。その上に覆い被さって女の子にキスをしているのは、20代半ばの女。
互いの乳房を押し付けあい、自分の乳首で相手の乳首をしげきする。
2人は体じゅうの体液をぐちゃぐちゃにとけあわせながら、からみあっていた。
4本の手は休むことなく動き、そのゆびは相手の感じるところを刺激し続ける。
頭がとろとろにとろけてしまいそうになる、女同士のからみ合いだった。
折り重なるようにしてからみ合っていた2人の肉体が、その位置を入れ変える。
じきにおとずれるであろうクライマックスへむけて、よりいっそう快楽をむさぼることの出来る体位へと。
足を大きく開き交差させる。
自分の股間を相手の股間へこすりつけるために。
じっとりとしみだす淫らしい汁が混じりあい、むせるような芳香を辺りにただよわせる。
「いいわぁ、みかちゃん」
「あ、あたしもうダメぇぇぇ。せんせい、せんせいいぃっ。いっちゃう、あたしいっちゃうぅ!」
「わたしも、わたしもよ! みかちゃん!!」
女体をからみあわせたまま、二人の体は硬直した。
それから数分後、二人はゆっくりと身体を起こす。
心地よい疲労感の残る肉体に、べっとりとなまなましい淫臭をしみつかせたまま深い口付けをして離れた。
「せんせい、次はいつ会ってくださいます?」
甘えるようにそう聞いたのは、少女。
でも、それにたいする答えは……。
「もう、これで最後にしましょう」
「えっ? せんせい……、今なんて?」
少女は、自分の聞き間違いかと思った。
「これで最後にしましょう。といったの」
間違いようのないくらい、はっきりと“せんせい“がそう告げる。
「じ、じょうだん、ですよね?」
少女はいちるののぞみにかけてそうたずねる。
“せんせい”はただ黙って首をふっただけ。
「そ、そんな……。好きだって言ってくれたのに……。ふたりであんなにいっぱい愛し合ったのに……。どうして……どうしてなんですか?」
まだ信んじられない、といった感じで少女がつめよった。
「いつまでもこんな関係続けても虚しいだけでしょう? それにわたしにも都合があるのよ」
突き放すような“せんせい”の言葉。
冷たく凍りつくように少女には感じられた。
「あたしに……あたしに飽きたんですか?」
「そうじゃないわ。あたし、結婚することになったの。だから、あなたとの関係を清算したいのよ」
「け、けっこんって……。男のひと……とですか?」
「女同士で結婚できない以上、そういうことになるわね」
「お、男の人とだなんて……。“せんせい”男の人になんて興味がないっていってたのに……」
「わたしにはないわ。でも、家にはあるのよ、わたしの意思とは関係なくね」
「無理やりってことなんですか? だったら、ひどい……」
同情をみせる少女に、
「あなたが気にする必要はないわ。わたしとしては、やっぱり家は大切なの。自分の生徒と……しかも同性とこんな関係になってることがバレたりしたら、家の名前に傷がつく。だから、あなたとは別れたいの」
“せんせい”は極めて冷たく返事をかえす。
そして、少女はもはや返すことばをもたなかった。
………………
自分の力が特別なモノだって知ったのは、いくつのときだったのか。
仲のよかったおともだちが、恐々と彼女に接するようになったときか?
それとも、両親から化け物扱いされたときか?
いづれにしても、彼女は自分の力をひたすら隠しつづけてきた。
自分自身ですらその力のことを忘れてしまうくらい必死に。
だけど、そのときその力は呼び覚まされた。
殺意という名の怒りとともに。
自分が最も大切にしていたもの。
だけど、あきらめなくてはならなかったもの。
あの人への想い。
あの人のためなら、と。
あの人も望まない決断をしなければならなかったのだから……。
そう、だったはずだ。
だからこそ、彼女もあきらめられる。
なのに……。
あれほどこだわっていた家も対面も、あっさりと捨て去ってしまった。
そのことを理由に、自分は別れなくてはならなかったのに。
しかもその相手は男だった。
よりによって、汚らわしい男のために……。
その男は卑劣にも何らかの力を使い、自分の大切な人を虜にしてしまった。
ゆるせない。
ゆるせるはずがない。
その瞬間、力が解放された。
とくに意識することもなく、殺意はその男に向けられた。
でも……。
それは、あっさりと阻まれてしまった。
あの人によって。
だから、彼女はある計画を思いついた。
直接はだめでも、これならうまくいくはず。
自分の力を使えば、たやすくできる。
それに、あの男に思い知らせてやるのだ。
自分の親しいものを奪われる哀しみを。
そして、その相手から傷つけられる苦しみを……。
………………
それが起きたとき、さやかはすぐには理解できなかった。
氷川先生に連れ出されたまま一向に帰ってこないかびたのことが気になって、教室を出ようとしたときだった。
いきなり身体がいうことをきかなくなった。
自分の意思とはまったく関係なく動いていた。
どうして、とかいう疑問は浮かぶけどなんの役にもたたない。
勝手に動いてしまう身体。
勝手に階段を登り、屋上にやってきてしまった。
そこにはすでに人影があった。
見覚えがあった。
それが誰か知っている。
島崎美香。
女子にも男子にも分け隔てなく人気がある。
だけどさやかは好きじゃなかった。
粘液質のその目に不快感を感じてしまって。
だから今までさやかの方から近づいたことはなかったのだけど。
「ようこそ、源(みなもと)さん」
その一言でさやかは理解した。
自分の身体を勝手に動かして、こんなとこに来させたのが誰だったのかを。
「とり合えず、ごあいさつよ」
その言葉とともに、さやかの身体がふたたび動き出す。
”なにを?“
そう思っているうちにさやかは美香の足下にひざまづいてしまっていた。
「ゴシュジンサマ、ワタシハアナタノ、ドレイデス」
声が出た。
ひどくぎこさないけど、それは確かにさやか自身が出した声だった。
「ふふふっ、かわいいわねぇ。それじゃ命令よ、奴隷。わたしの靴が汚れてるみたいだわ。なめて綺麗にしなさい」
笑いながら美香がいった。
「ワカリマシタ、ゴシュジンサマ」
またさやかは言っていた。
そして、いわれたままに美香の靴を舌でなめはじめる。
逆らうことなんてできなかった。
どれほど心で嫌悪していようと、さやかの身体はただひたすら美香の靴を隅々までなめまわす。
美香がその場に腰を降ろす。
“ま、まさか……そんな……”
さやかは不吉な予感を感じる。
ゆっくりと持ち上げられる美香の足。
その裏側がさやかの顔に向けられた。
「さぁ、ここもきれいにしなさい」
さやかの予感はあたっていた。
「ハイ、ゴシュジンサマ」
ざらついた舌ざわり。
吐き気がした。
でも、さやかはためらうことなく靴の裏側を舐めていた。
さやかの身体は、こばむことができなかった。
どうしようもないくらい、好き勝手に操られてしまっている。
「反対側もお願いね」
美香が反対側の足を持ち上げる。
「ハイ、ゴシュジンサマ」
さやかは、さっきと同じ返事を返してそれを舐め始める。
やがて、口のなかに砂利がいっぱいに広がり、美香の靴が綺麗になった。
さやかの胸はたまらない嘔吐感でいっぱいになっていたけど、やめることはできない。
さやかの身体は、もうさやかのものではなかった。
「きれいになったじゃない。あなたの唾がついたのは気に入らないけど、あなた可愛いから特別にゆるしてあげるわ」
美香が鷹揚にいった。
「アリガトウゴザイマス、ゴシュジンサマ」
さやかは頭をコンクリートの床に擦りつけて、お礼を言った。
「それじゃ、服を脱ぎなさい。わたしが、あなたを犯してあげるわ」
「ハイ、ゴシュジンサマ」
さやかは体全体を踊るようにくねらせながら、煽情的に制服を脱ぎ始める。
美香はそれを座り込んだまま、楽しそうに眺めていた。
制服を脱ぎ捨てたさやかは、じぶんの身体をじぶんの指でなぞりながら刺激してゆく。
ブラをとる前には乳房をもみしだき、乳首を刺激しながら剥ぎ取った。
美しく形の良い乳房が陽光の下にさらされたとき、二つの乳首ははっきりとわかるくらいに勃起してた。
ついで、こんどは下。
乳首をもう一度指で刺激した後、じらすようにさげてゆく。
たどりついたのは最後に残っていたパンティ。
純白のパンティには、じんわりと染みが浮かんでいた。
されを上から、指でしげきしてゆくさやか。
腰がそれに併せて大きくうねる。
パンティの恥ずかしい部分にできた染みは、どんどんその範囲をひろげてゆく。
そして、やがてその奥からあふれてくるものをとどめていられなくなったパンティから、透明なしずくが流れ出してくる。
そのとき、さやかはパンティに手をかけて一気に引き降ろした。
薄く広がった黒い茂みと、見て分かるくらいにまで勃起したクリトリスと、スリットから少しはみだしたビラビラが太陽の光を浴びてぬらぬらと輝いて見える。
「もう、準備は完璧のようね。……さぁ、源さんこっちへきなさい」
美香が呼んでいる。
もちろん、さやかは従った。
そうすることしかできないのだから。
「さぁ、そこで足を思いっきり開いてみてごらんなさい」
「ハイ」
いつの間にか美香の右手にはディルドーが握られてした。
たった今まで何も、もってなんかなかったのに……。
「これをあなたに、つっ込んであげるわ」
美香は広げたさやかの股の間に、ためらうことなくそれを突き入れた。
なんの抵抗もなく、さやかの中にすべりこんでいった。
ぐちゅ、ぐちゃっ。
さやかのあそこから、淫らしい音が聞こえてくる。
ぬちゃっ、ぬぷっ。
しめった音。
「いやらしいわ、あなた。こんなので気持ちよくなるなんて、変態よ」
さやかに向けられた侮蔑の言葉。
「もっと気持ちよくしてあげるわ」
美香は、その言葉とともにディルドーについていたスイッチを入れる。
ヴィ~~~ン。
モーター音が聞こえる。
さやかの中で、ディルドーが妖しくうねりはじめた。
それに併せて、さやかの腰もまた大きくうねり始める。
「ウン、アン、ウン、アン……」
さやかの口からは、単調なあえぎ声がもれている。
もちろん、声なんかだしたくはなかった。
でも感じてしまったときから、その声はまったく抑えることはできなくなった。
「どう、気持ちいいでしょう? もっと、よくしてあげるわ」
そういうなり、今度は細長いアナル用のディルドーをお尻の穴に突っ込んだ。
「ヒッ! ウンウン、アンアン、ウンウン、アンアン…………」
お尻の中でもうねり始めたディルドーを感じたさやかは、さっきまでの2倍増しで声を上げ始めた。
腰の動きもさらに激しさを増し、あそこから溢れる愛液はディルドーをぐっしょりと濡らして絶え間なくしたたっている。
「両手で、じふんの胸を刺激しなさい」
美香が命じると、さやかの両手はじぶんの両方の胸をもみしだき始める。
つよく、よわく。円を描いたり、ひっぱったり、おしつけたり。
むねの先の突起もこりこりとつまんだり、ひっぱったり、つねったり。
さやかは、本当に感じてしまっていた。
もう強制的にされているのか、それとも自分でやっているのかも判断が困難になっている。
気持ちよかった。
頭が、身体が、とろとろにとろけてしまいそうだ。
このままでは、おかしくなってしまう。
そんな気がした。
でも……。
「どう? 気持ちいいでしょ? あんな男なんかより、よっぽどいいはずよ? あの貧相な男……華美かびたのことなんか忘れなさい。女同士が一番気持ちいいの……不潔で汚らしい男のことなんて忘れてしまって、この快楽に身も心もまかせなさい」
美香のセリフ。
それが、圧倒的な変化をさやかにもたらした。
気持ちいい? かびたさまより?
じょうだんではない。
かびたさまに与えてもらった快楽は、こんなものなど比較にならない。
かびたさまに連れて行かれたのは、光もまるで届かぬ快楽という名の深海の底。
でもそれに比べたら、いくら気持ちがいいといったって、波間にちゃぷちゃぷと浮かんでいるみたいなもの。
比較することすら虚しい行為だろう。
ましてや、かびたさまのことを忘れるなど、たとえ自分の魂と引き換えにしたってできるはずがない。
それに、かびたさまの身体に不潔なところも汚らしいところも存在していない。
どんな部分であれ、かびたさまはすばらしいのだから。
かびたさまが小便をお出しになられれば、それは聖水だと思って歓喜とともに飲み干せる。
かびたさまが大便をお出しになられれば、さやかにとってエデンのリンゴとかわらない。
かびたさまはすばらしい。
爪の先、髪の一本、血の一滴にいたるまですべてが尊いのだ。
ただ、もしかびたさまに唯一欠点があるとしたら、あまりにおやさし過ぎること……。
こんなじぶんには、もったいないくらいに……。
そんなかびたさまが与えてくれる快楽と比較するなど、この女はなんとおこがましいのだろう。
さやかの心の中に生まれたのは、侮蔑の感情。
そんな気持ちが、高まってきた身体に急速な変化をもたらした。
突起していた乳首は通常の状態に戻り、溢れていた蜜はその流れが止まり、上気していた体からは熱が失われた。
「なに? なんなのよ? あ、あなた、感じなさいよ!」
その様子を見た美香の表情から、初めて余裕の色が消えた。
「ウン、アン、ウン、アン……」
さやかの口からは相変わらずそんな声が漏れていたけど、でも今はそれが自分がだしている声でないことがはっきりとさやかには分かっていた。
「こ、これならどう? これなら感じるでしょう?」
ディルドーを激しく動かしながら、美香がさやかのクリトリスを指で刺激する。
でも、一緒。
それどころか、さやかのあそこはだんだんと乾き始めていた。
もう、そこから聞こえてくるのは淫らしい音などではなく、冷たいモーター音だけ。
それから美香は、必死で自分の持つありとあらゆるテクニックをつかった。
自分も裸になり、さやかを抱いた。
指先と舌で全身をくまなくなぶり、胸を押しつけ、足をからみあわせた。
自分の股の奥を、さやきの股の奥に重ねてこすり合わせたる
やっぱり、一緒。
さやかは、美香のいうとうりに動いた。
けれど、けして官能の高まりを示すことはなかった。
2時間……。
それが、美香の使った時間だった。
美香は、自分が持った前用と後用の二つのディルドーを見ていた。
それには、血が付着していた。
もちろん処女のしるしなどではない。
余りにやり過ぎて、さやかの中に裂傷が生じたのだ。
快楽どころから、今さやかは激痛にみまわれているはずだった。
「くっ! なんなのよ、もう!!!」
バジッ!!!
カン、コン、カラカラカラ……。
コンクリートの床に叩きつけられた二つのディルドーが、おおきく跳ねてころがっていった。
明らかに、それは美香の敗北に他ならなかった。
でも、美香はそんなことなど認めるわけにはいかなかった。
男なんかに負けるなんて……。
「いいわ。しょせんこんなこと、余興にすぎないのよ。本番はこれからだわ!」
その言葉は自分のプライドを守るためでもあったけど、確かに彼女の計画どうりでもあった。
「さぁ、服をきなさい」
「ハイ、ゴシュジンサマ」
さやかは命令に従って服を着る。 美香もその間に自分の服を着た。
「さぁ、源さん。これを持ってごらんなさい」
そういって手渡したのは、一本のアイスピック。
いつの間にかさやかの手の中に、それはあった。
「ハイ」
さやかは、それを受け取りながら疑問に思った。
これを一体どうしろというのだろうと。
いやな予感を感じながら。
「これで、華美かびたの胸を貫きなさい。でも、心臓はだめ。ここのあたり……」
そういって、さやかの右の乳房の真下辺りの指をおく。
「ここなら、すぐには死なないわ。絶対に即死などさせてはだめ。たっぷりと苦痛と、死の恐怖を味あわせるの……いいわね?」
さやかの胸を始めて恐怖が貫いた。
まるで手にしたアイスピックで自分の心臓を貫いたみたいな……。
いや、さやかにとってそのほうがどれほど楽だったろう。
それは、さやかが想像だにしなかった恐怖だった。
「ハイ、ゴシュジンサマ。カビカビタノムネヲ、ツラヌキマス」
さやかの口からは、無情にもそんな言葉がはきだされてくる。
「クツウト、シノキョウフヲアタエルタメニ……」
さやかはの精神は、もうこれ以上ないくらいに悲鳴をあげていた。
自由にならない身体。
それを取り戻そうとする。
でも、それは虚しい努力に過ぎなかった。
身体は完全にさやかの制御下を離れてしまっている。
「あなたは、最後の切り札になるのよ。そして、最高の切り札に、ね」
美香が言った。
そして、さやかは自分自身を含めて一番大切な人の胸を、その手で刺し貫いた。
………………
ごふっ。
あいつの口から血が吐き出された。
「ふふふっ。いいわ、さいこうよ」
その様子を見て、美香は笑っていた。
今、美香がいるのは洗面所の鏡の前。
目の前には己の姿が映っているけど、美香の目に今映っているのはさやかが見ている光景だった。
さやかがかびたを貫いたその瞬間の光景。
かびたが何かを言ったようだったけど、音は聞こえないので想像するしかない。
でも、美香にはわかっていた。
どうせ、“ばかやろう”とか、“うらぎったな”とか、呪詛の言葉を投げつけたにきまっている。
なにしろ、己と親しいものが自分の胸を刺し貫いたのだ。
そうして当然だ。
そうなることこそが、美香の望みだったのだから。
……だから、美香にはわからなかった。
たぶん永遠にわからないだろう。
かびたがその瞬間に言った言葉が呪詛の言葉などではなく、“ごめんね”という謝罪の言葉だったことを。
「ククククク、最高よ! 思い知るがいいわ、あたしが味わった苦痛を!」
でも、復讐の甘い快感に酔いしれる美香にはそんな想い等など届くはずもなかった。
そして、自分のからだがだんだん透き通ってきていることにも気付いていない。
鏡の中に写った自分の姿に、背景が重なって見えていることに……。
「しまざきぃぃぃ!!!」
いきなり、そういって洗面所に飛び込んできた人物がいた。
美香は振り向く暇すら与えられずに、右のわき腹に強烈な衝撃を受けて身体ごと吹き飛ばされていた。
ドンッ!
衝撃とともに床に叩きつけられ、そのままずりずりとトイレの奥まですべってゆく。
「てめぇ、かくごしやがれ!!!」
そういったのは、美しい顔をした獣だった。
高島由利亜という名の。
そこには、普段の高慢だけど他の誰にも真似できない優雅さはどこにもなかった。
怒り狂った雌の獣。……いや、鬼といってもいいかもしれない。
たったの一撃で、美香の身体はバラバラなりそうなくらいダメージを受けていた。
立ち上がろうとしても、手も足も痙攣したようにまともに動かない。
殺される!
美香は心底恐怖していた。
それは、人が肉食獣を前にしたときに感じる根源的な恐怖。
自分が、なすすべもなくただ狩られるだけの存在だと知ったときの。
「ガアアアアア!!!」
由利亜が吠えた。
そして、跳ねる。
美香へと向けて。
美香は両手で頭をかかえた。
自分を守るために。
カを使った。
余裕なんてない、めいっぱいありったけのカをぶつけた。
由利亜の動きが止まった。
ほんの一瞬だけ。
由利亜が手を振ると、見えないカがあっさりとひきさかれた。
化物といわれ、両親からすら恐れられた力。だからこそ、ひたすら隠し続けなくてはならなかった力。
でもその力は、それを遥かに超えたカの前になんの役にもたたなかった。
美香は生まれて初めて、自分の呪われた力をもっと欲しいと望んだ。
むろん、その願いが聞きとどけられるはずもなく。
由利亜がふってくる。
矢のように。
美香には、もうできることはなかった。ただ、それを見てること以外には。
一瞬。
ほんのわずか。
美香の瞳に写った美しい影。
絶大なパワ一をもって放たれた由利亜の拳(こぶし)は、美香の頭をあっさりとうちくだくはずだった。
すりぬける。
よけられたわけではない。
文字通り美香の身体をとおりぬけたのだ。
由利亜はそのまま止まらない。
床がはじけた。
壁が吹きとんだ。
トイレの扉が砕け散った。
圧倒的な破壊力を持った攻撃。でも、美香には何のダメ一ジも与えることが出来ない。
「ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛ヲ゛!!!」
由利亜が天に向って吠えた。
それは、全身の怒りとくやしさと哀しみが込められた声だった。
………………
強烈な痛みが胸にはしる。
息がくるしい。
喉の奥に血がからみ、呼吸をさまたげている。
少しでも油断すれば、ふわふわと意識がどこかへとんでゆきそうだった。
だからいまのかびたにとって、この強烈な痛みはありがたい。
なにしろ、今かびたにとっていちばん重要なのは時間。
いそがなければというあせり。
「かびたさま。かびたさま」
苦渋の表情を浮かべて、かびたの身体をだき抱えているのは玲子。
他の人間には……たとえ親にすら、見せたことのない表情だった。
ことが起ったそのとき、玲子は上からふってきた。
校舎の3階の窓から、かびたのもとに。
胸を貫かれたかびたが地面へと崩れ落ちる前にだき抱えることはできた。
でもそれだけ。
病院へと連れていくことも、応急処置をほどこすことすら止められた。
その代わりに別な指示をされたから。
それは絶対の強制カをもった命令だった。
玲子にとってあまりにつら過ぎる指示。
変わりに死んでくれ、と言われたなら玲子は嬉々としてその指示に従うだろう。
使徒として最悪の悪夢が現実のものとなってしまうことに比べれば、それ以外のことなどどうということはない。
かびたの死。
かびたのいない世界で生きてゆくこと。
それ以上の恐怖など、今の玲子には存在しない。
だけど、それでも主の命じることは絶体だった。
だから玲子は従うしかない。
どれほどの苦渋を感じようと、こうやって主の御名を呼びながら主が求める場所へとお連れするしか……。
「い、そ、い、で、お、ね、が、い」
言葉をひとつひとつ区切るようにかびたが言う。
そのたびに喉の奥からはごぼごぼと音が聞こえ、ロからは泡状になった血液がふき出してくる。
かなりあぶない状能にあるのは、医者でなくても簡単に見てとれる。
今玲子にできることといったら急ぐことだけ。
せめてその御意志は、なんとしてもかなえなければ……。
かびたの軽い身体を抱えて、静かに階段を駆け上がり向かったのは女子トイレ。
その周りには人気はない。
近付かないよう、由利亜が結界をかけてあった。
中に入るとすさまじい光景がそこにあった。
まるで爆弾テロにでもあったかのような。
まともに元の痕跡をとどめているものはまるでなかった。
そして、そこには小さくまるくなって震えている少女と天に向けて吼えている少女の姿をした獣。
「つきました」
それを見ても玲子は一切取り乱さずに、かびたにそう声をかける。
「ち、か、く、に……」
かびたが言うと、玲子は黙ってかびたを抱えたまま美香に近づく。
すると、震えていた少女は玲子の気配に気づいたのだろう。
顔をあげる。
「……せ、せんせい?」
玲子の顔を見た美香。
「あ、あたし……せんせいをたすけたかったの……」
玲子はその言葉になんの返事もかえさない。
「くだらない“男”なんかから開放してあげたかったの……」
美香は言いつのる。
「“男”なんて汚らしい。せんせいを……あたしのせんせいを“華美”から守りたかったの……」
それはあまりに一方的すぎる願い。
でも、それだけにとても純粋な想い。
すべてを破滅へと導かずにはおけないくらいの。
そう、自分をふくめて……。
「ふざけるな……」
玲子はつぶやくようにいった。
爆発してしまいそうな自分の感情を抑えなければならない。
由利亜のようになれれば、どれほど楽だろう。
でも彼女にはかびたを守らなくてはならない使命がある。
だから……。
「おまえのやったことは、冒涜。けして、ゆるされないこと。できれば、この手で二度とわたの前に姿をあらわせないよう、おまえを殺してやりたい。せめて、このままきえなさい……」
声は抑えていたけど、その言葉は怒りに満ちていた。
美香に対して微塵も心を残してないことをはっきりと示している。
「そ、そんな……」
かなりの衝撃を美香は受けていた。
「あと、で……」
割って入ったのは、かびた。
もう余裕がない。
「かびたさま、この女なのです。かびたさまに、このような仕打ちをしたのは」
ついに、玲子は抑えきれなくなった。
「こんな女などほっておきましょう。かびたさまが……かびたさまがその身に代えてまで助ける価値などないのです。この女は!」
それこそ玲子の本心だった。
そして、このことを話せばいくらかびたでも、よもや美香のことを助けるなどとは言わないだろうと思った。
でも……。
「しっ、てた……。まな、ちょう、あ、る、から……」
あまかった。
かびたは、元々知っていたのだ。
「なぜ? どうしてなんです?」
つい玲子はたずねてします。
そうせずにはいられなかった。
「きず、が、いち、ば、ん……。だか、ら、さ、い、ごに……」
かびたが真名帖で知ったこと。
それは、美香の心の中にある暗闇と、そこに受けている傷の深さ。
だからこそ、かびたは美香を最後にした。
一番時間をかけられるように、と。
でも、それが裏目にでてしまってた。
このつめの甘さ……。
まぁ、なんともかびたらしかった。
でも、いまさらいってもしかたのないこと。
すでにかびたは深い傷を負い、もう時間はあまり残されていない。
だから……。
「いま、は、ぼく、と……」
かびたは、真名帖を使う。
美香の心に強烈な欲望だけを刷り込んだ。
対象は、もちろんかびた。
「はぁはぁはぁ……。おとこ、なんて……。おとこ、なんて……」
それでもなを、美香はこばみ続ける。
「れい、こ。ゆりあ……。てつ、だって……」
かびたの言葉に、二人の女性は従った。
どれほどイヤでも、さからうことはゆるされない。
「美香! こっちをみなさい!」
かびたをそっと砕けた床の上に横たえて、玲子が言った。
「はぁはぁはぁ……。せ、んせい?」
美香の目の前で、玲子は自分の着ているものをすべて脱ぎ捨てる。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
美香の息はさらに荒くなくってきた。
そこにすでに全裸になっていた由利亜がからむ。
「先生……。うっんんん……」
まず、玲子とのディープキス。
見せつけるようにねっとりと。
舌と舌が絡み合うのが良く見えるように、互いに思いきり舌を突き出して絡めあう。
そのとき、二人の両手はかびたの服を慎重にはぐっていた。
ねっとりと女同士で絡み合いながら、細心の注意をはらって。
「はぁはぁはぁ、せんせい、せんせい」
その様子を見せ付けられた美香は、脳裏に玲子との甘すぎる絡み合いを思い浮かべていたのだろう。急速に、欲望を抑えきれなくなってきていた。
「わたし、わたし、はぁはぁはぁ」
美香は戸惑っている。
自分の欲望の対象がずれているのに気づいたから。
そこえ、かびたがなけなしの力を振り絞って声をかける。
「こわがらないで……。 おいで、ぼくのところに!」
その言葉は、一瞬で美香の心をとらえた。
「ああ……」
美香がかびたに触れた。
美香の身体とこころに、歓喜の渦がひろがった。
「うぅぅぅぅああああああっん」
かびたが力なくその身体に触れる。
すると、それだけで美香は快楽に飲み込まれた。
もう、それ以外になにも考えられなくなる。
「か、ん、じ、て……。お、も……い……き……り……」
息をすい込む力が弱くなってきている。
痛みもとおくなって、あまり感じられなくなってきた。
かびたは、自分の限界が近いことをさとった。
だから、かびたは自分の持つありとあらゆるテクニック……、この状態で仕えるテクニックを駆使して美香をいかせ続ける。
「ひっうううううんんんんんっっっっ!!!」
指で身体中の性感帯をなぞり、
「きぃぃぃぃ、ひぃぃぃぃっっっっ!!!!!」
血染めの舌で、もっとも感じる部分を刺激する。
「いいいいくくくぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
なんどもいかされながら、美香はかつてない幸福感に包まれていた。
すべてをゆだねて、すべてを信じられる。
そのとても広くやさしい心が、美香の心を包み込んでいる。
それを感じていた。
“もう、ひとりじゃない……。きみは、ぼくとともにいるのだから”
語りかけてきたその心。
だれのものかは、はっきりとわかっていた。
このひとはゆるしてくれる。
どんなひどいことをしても、どれほど裏切っても……。
この人のやさしさは、けして尽きることはない……。
ゆだねよう……。
いや、ゆだねたい……。
じぶんのすべてを……。
「い……く……よ」
かびたの声。
「はぁぁぁぁぁぁぃぃいいぃぃぃ」
巨大な歓喜の中で答えを返す美香。
間を置かず、かびたのものが美香のあそこに突き入れられた。
痛みはない。
処女だったけど、処女膜はとうにうしなっている。
玲子とのレズ行為のなかで。
「きぃぃぃぃぃぃぃひぅぅぅぅぅぅぅ」
こんな状態にありながら、かびたのモノはその硬度をいささかも失ってはいなかった。
これだけは、自慢できるかもしれない。
「い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
美香は一突きごとにいかされて、まともに息もできないでいる。
なんどもなんどもいかされ続けて、永遠にこのときがつづくかと美香には思われたのだけど……。
むろん、そんなことなどありえない。
終焉はやってくる。
「さ……い……ご……」
かびたが、精を放ったとき。
「うああああああああああああああああああ!!!!!」
これまでとは比較にならない快楽の高みに、美香は追いやられる。
それと同時に、心の中に響いてくる声をきいた。
“まなをささげて”
もちろん、美香がこばむことなどありえなかった。
彼女自身がそれをのぞんでいたのだから。
美香は完全なる実体を取り戻した。
ただしその姿は人のものではない。
生殖器はそのままだけど、それから下の両足はくっついてひとつになっていた。
でもそれだけでなくその足の皮膚はうろこ状に変化し、十メーター以上にも渡って長くのびている。
前半分は人のままだけど、せなかにの皮膚も同じようにうろこ状に変化していた。
その姿は大蛇そのものに見える。
でも、今の美香にとってそんなことなどささいなことでしかない。
彼女は確かに手に入れたのだ。
圧倒的な幸福を。
でも、それはそのまま手の中をすり抜けていった。
彼女の腕の中には、彼女の飼い主となるひとがいた。
でも、そのひとの胸からは鼓動が消え、その体温は急速にうしなわれようとしていた。
美香はこのとき初めて、自分のしたことのあまりに大きすぎるあやまちに気づいたのである。
………………
ちょうどその頃。
体育用具室では、ある変化がおとずれようとしていた……。
< つづく >