淫麗童子 第Ⅰ章(その4)

第Ⅰ章(その4)

 んぐっんぐっんぐっ…

 ちょうど校門から校舎の正面玄関を結ぶ煉瓦道から死角になった奥まった処…壊れた机や椅子等が幾つか積み上げられた場所で、『雌奴隷』岬にとっての不思議な体験は続いていた。

「か、霞さん…」

 サラサラの黒髪を女性剣士の様に後頭部で束ねポニー・テールにした凛々しくも淑やかな長身の大和撫子…紅宮寺霞が、両頬を薄い桃色に染めながらナギのグロテスクな亀頭を嬉しそうに頬張り、恍惚感に満たされた表情で聖水を飲み干していく様を呆然と見守る岬。

「カスミ、ナギのオシッコ…美味しい?」

「…んくぅ♪ ふぅ…本当に美味しゅう頂きましたぇ♪」

 そんな…どうして…

「ナギも満足☆」

 我慢していた小用を霞の美しい顔立ちの口元に済ます事が出来た『幼い神魔』は、小麦色の小さなお尻と華奢な身体に不釣り合いな瘤だらけの股間のモノを、満面の笑みを浮かべながら膝下丈の黒い木綿地っぽいスリムパンツの中に収めだす。

「ふふ…それくらい、うちに任せておくれやす」

 凛々しさと淑やかさを兼ね備えた美しい大和撫子は、もぞもぞと可愛らしくスパッツ同然のスリムパンツを履き直してるナギの姿を見て微笑むと、霞は栗色の髪が似合う華奢な『幼い神魔』に手を貸して優しい手付きでベルト替わりの腰紐を結び直していく。

「…ほな、これで宜しおすぇ♪」

 信心深い信者の様に振る舞う長身の霞は、跪いた時に薄汚れた黒いニーソックスに覆われた自分の膝の辺りをポンポンと叩いて奇麗にすると、左手首に巻き付けたアンティークなデザインの腕時計に切れ長の目に収まったダーク・ブラウンの瞳で一瞥してから残念そうに肩を落とす。

「あかん…時間やわぁ。ほな、うち風紀の週番の仕事がありますよって、残念やけど正門の方に戻りますぇ。それでは凪はん、岬はん…次の休み時間に又お伺いしますよって、あんじょう待ってておくれやす」

 サラサラの黒髪をポニー・テールにした女性剣士の様な面影の風紀委員は、淑やかな顔立ちを薄い桃色に上気させながら名残惜しそうにナギと岬に背を向けると、光沢に満ちたポニー・テールを左右に躍らせながら駆け出していく。

 霞さん…

「ミサキ、ナギもう用は済んだ。早く学校に入る☆」

 ボク、ナギの事…なんにも知らないんだ…

 艶やかな内跳ねした長い黒髪から爽やかなシャンプーの香りを漂わせる秀麗で長身の『お姉様』な女子高生…浅野岬は、栗色の髪にヴァンダナ状に黒布を巻き付け横に結んでる小麦色の肌の華奢な子供に右手を引かれて我に返る。

「!? ご、御免ね……」

「…?」

「霞さん…あんなに嫌がってたのに、最後は喜んでいたね…」

 おずおずと率直な感想を紡いでいく岬。愛くるしい『小さなご主人様』が垣間見せた『神魔』の本性に、岬はシャープで凛々しい顔立ちを恐れ混じりの驚嘆と哀しさに曇らせいく。

「…ナギはボクも、ボクも霞さんみたく…心まで自由に操りたいの?」

「? …ミサキ?」

 ナギは大好きな『雌奴隷』の意外な物言いにキョトンとすると、先程の余興に岬が予想外に脅えている事を子供ながらに理解した。『幼い神魔』はシュンとすると頭2つ高い岬の俯く顔を下から覗き込み、悪戯小僧も珍しく半べそな顔でしどろもどろな言い訳を始めていた。

「…ナ、ナギ、ミサキそんなに哀しませる事した? あれ『神魔』の普通の力…ミサキには効かない、安心!」

「じゃあ、ナギの能力が効いたら…ボクも霞さんみたく…なってたの? ボクも…」

 足取りも寂しげに歩き出す岬。ナギはオロオロと付いてくる。

「…最初はナギ…期待した。長老の教え通りに告白(シメイ)した。…でもミサキ、違った。でもでも…ナギ、今のミサキで満足。こ、これ本当!」

 ナギは必死になって大好きな『雌奴隷』の憂いを取り除こうと言葉を紡ぐ。

「そう! 長老、言ってた! 真に価値ある『雌奴隷』…心を奪うより、心を貰う! 今のミサキがそう! だから…だからミサキ、笑って…」

「…ナギ?」

「グスッ…ナギ、ミサキが好き。大好き! だから笑って…グスン、ミサキ、哀しい顔しちゃ駄目…」

 思わず振り向く岬。そこにはベソをかいた悪戯小僧が、大好きな『雌奴隷』の朱色に染まった制服のスカートの裾を掴んで駄々をこねている姿だった。

「グスン、ミザギィ…」

 ナギ…

 岬は慌てて跪くとハンカチ代わりの『お祭り』ロゴが散りばめられた愛用の日本手ぬぐいで『小さなご主人様』の小麦色の顔を拭っていく。いつのまにかシャープで凛々しい岬の顔は憂いを霧散させ優しく笑っていた。

 ひっく…ひっく…ふきふきふき…ち~ん!

「ボ、ボクね…ちょっとナギが…『神魔』が恐かったの…でもボクは、ナギの…ナギだけの奴隷(モノ)なのにね。ご主人様に心配かけちゃったね…」

「…ミサキ、ナギの奴隷(モノ)…でもナギ、ミサキが哀しむ、見たくない…」

 大きな釣り目を潤ませていたナギは大好きな『雌奴隷』が微笑んでいるのを確認すると、照れた顔をプイッと背け岬が持っていた手さげ紙鞄を再び引ったくって小麦色の小さい顔を隠す様に大きな紙鞄を抱き上げる。 

 そっか、ご主人様はボクの事が気掛かりなんだ。

「ん。解った…大丈夫。でも学校じゃあ、あんまり悪さすると困るな…」

 ナギの仕種に苦笑した岬は『小さなご主人様』の頬に軽くキスを交わして立ち上がると、手を繋いで校舎の玄関口に再び向かいだす。

「悪さ? ぶぅ…ナギ、もう子供じゃない。立派な『神魔』…人間の雌、おもちゃにしても、ナギ無駄に殺めない…」

「殺めるって…ふぅ…本当にお願いだよ? ボクは友達や知り合いが傷付くの見たくないンだ…」

 悪戯っ子な弟を諭す様に頭2つ高い『岬お姉様』は、何度もナギに懇願すると『小さなご主人様』は偉そうに頷き自分の度量の大きさを誇示してみせる。

「ナギ、今回だけ特別に努力する。でも、人間の雌、いろいろ味見したい…だからミサキ、ナギを赦す努力する…」

 そ、そうくるか…だけど無秩序な事はしないでくれそうだし…仕方無いかな…

「じゃあ、ボクを哀しませないって…約束してくれる…?」

 ナギは大好きな『雌奴隷』が先程かいま見せた哀しげな憂いた横顔を思い出すと、可愛らしい顔を小さく頷いてみせた。一人前の『神魔』たるもの『雌奴隷』の一人も安心させられなくてどうする。 

「むぅ…ナギ、ミサキの頼みなら努力する…」

 いつのまにか煉瓦道に戻った凸凹カップルは、周囲の好奇な視線にも自然と慣れて玄関に向かって二人で仲良く歩いてゆく。

「うん。アリガト♪」

 二人は正門前の出来事から校舎裏の秘め事の一部始終までを、校舎内外に張り巡らせた隠し監視カメラ群を介してモニターで興味深そうに見守っていた複数の視線に優しく見送られながら、煉瓦道から玄関口へと消えていった。

 そして二人に纏わりついていた好奇な視線もナギの影響か正門の時と同様に自然と静まり、いつもの登校時間の様に華やいだ喧燥を取り戻す。

 快晴の空の下、校舎最上部の大時計は8時12分を指し示していた。

 東京渋谷は天を衝く快晴。

 リ~ン…ゴ~ン♪

 日差しも2月下旬にしては暖かく、風も微風で過ごし易い一日になりそうだ。

 リ~ン…ゴ~ン♪

 渋谷に程近い閑静な小高い丘陵地の一角…並木の大木に囲まれた私立北条女学院の懐古主義的な学舎の内外に響き渡る涼やかな鐘の音色は、登校や通勤を済ませた全ての女子生徒や職員に8時25分の到来を告げていく。

 リーン…ゴーン…

 ガラララ…♪

「おはよう! あっ? 岬、今日はチャンと出てきたね!」

「おはよう御座います。えっ? 浅野さん、いらしてるの?」

「お、おはよう…」

 鳴り終わりかけた8時25分を告げる鐘の音色と共に2年C組へ駆け込んできた二人の女子生徒は、背負ったり肩に掛けた学校指定の黒革学生鞄も降ろさずに朱と白のボレロ&ワンピースと黒いニーソックスに彩られた制服を躍らせながら、二人揃って昨日無断欠席した親友の元に近付いてくる。

「あれっ!? ねぇねぇ? うしろの可愛い子はどうしたの?!」 

「あら、本当…頬に緑の模様など入れられて…外国の殿方ではなくて?」
 
 岬が教室に入ってから繰り返される会話も同じ内容が12回もリピートされると、さすがに本来元気な性分の岬も徒労感にドップリ漬かってしまう。

 あう~ん…しくしく…

「ミサキ、この雌達も静かにするか?」

「うん…でも優しくね…」 

 長身でメリハリの利いた肢体が魅惑的なシャープで凛々しい『岬お姉様』が、こめかみに右手の細く長い人差し指を添えてうな垂れると、彼女の後ろでキョロキョロしていた小麦色の肌の大きな釣り目の華奢な連れ添いに12回目のGoサインを出す。

「ちょ、ちょっと雌って…み、岬?」

「浅野さん…この方は一体?」

 ご、御免ね。二人とも…

 栗色の豊かな長髪に覆われた小さく中性的な顔立ちが可愛らしい華奢な子供は、椅子に座り込んでいる岬の前に回り込むと黒革の学生鞄を背負っているショート・ヘアーの女子生徒を指差し、大きな釣り目に収まった漆黒の瞳を縦長に細めると活動的な藍色の瞳を鋭い視線で射抜いてしまう。隣に佇む長い黒髪を赤いリボンで襟元を束ねた女子生徒は訳が分からず、その様子を唖然と見守っていた。

「お前…ナギの事…好き。ナギ、ミサキと一緒に居るの…学校に居るの、ナギのする事…自然に思う…凄く自然☆」

「な、何…う…あ…ぁぁ…」

 ナギの視線に何かを鷲づかみにされた様に、差し出し掛けた右腕を硬直させ活動的な藍色の瞳も目に見えて色褪せ濁って行く。

「えっ? えっ?! ねぇ、止めて…止めて! 何してるの!?」

 急激に思考を濁らし汚染されていくショート・ヘアーの元気なスポーツ系美少女。

「…自然…凄く自然☆」

「ぁ…ぁぁ…あ、あれ? …そ、そうだよね? 何でナギの事、不思議がってたのかな? ねぇ?」

 我に返ったショート・ヘアーの元気な女子生徒は、隣に立ち尽くす長い黒髪に赤いリボンが良く似合う大人しそうな文学系美少女に相槌を求めた。が、ナギの気の余波に当てられ混乱しつつも真っ青な顔をして、キョトンとしてる隣の友人の肩を前後に揺する。

「そんな…どうしちゃったの!? ねぇ!」

「お前も!」

「ひぃぃぃ! 嫌だ! いや…あ…ぁぁ…」

 ぐぅ…こればっかりはボク、何度見ても慣れないよ…ナギ…

 岬の良心の軋みをよそに絶好調の『小さなご主人様』は、焼け付く様な視線で射抜いていた活動的な藍色の瞳から縦長に細めた漆黒の瞳の視線の先を恐怖に見開いてる薄茶色の瞳に移すと、彼女の思考も緩やかだが確実に自分の都合の良い様に汚染していく。

「…ナギ…ミサキと居るの…学校に居るの…どうして、そんなに、変?」

「…ぁぁ…あ、あら?…本当、私達は何言ってるのかしら…?」

「でしょ? 何で不思議がってたンだろ?」

 長いサラサラな黒髪を赤いリボンで襟元を束ねた大人しそうな女子生徒もふらつきながら我に返ると、バツの悪そうな表情を浮かべ自問自答しているショート・ヘアーの元気な女子生徒に向って、自分の勘違いを告白すると可愛らしく舌を出す。

「だよね☆」 

 小猫の様な顔立ちに元気な笑顔を取り戻したショート・ヘアーのスポーツ系美少女も相槌替わりに舌を出しておどけると、目の前で得意そうな面持ちで胸を張っている岬の小さな連れ添いの栗色の髪をワシャワシャと好感を込めて撫で始める。

「あはは…何か朝から二人で岬やナギに変なこと言って御免ね…」

「あ…ボ、ボクの方こそ御免…なさい」

「? 何で浅野さんが謝るの?」

 うふふ…クスクス…♪

 その一部始終を苦笑混じりに暖かく見守る他のクラスメート達。勿論、彼女達も教室に入ってきた順に『幼い神魔』の簡単な洗礼を受け、基本的な思考を例外無くナギに汚染されていた。既に彼女達はナギに対して浅からぬ好意や好感を抱いており、クラス1の人気者が面倒みている華奢な幼い子供の存在や行動に、寛容と愛着に満ちた優しい気持ちで接している。

「ふふん♪ ミサキ、ナギ凄い? 凄い?」

 ナギは愛敬タップリな仕種でワシャワシャと撫でていた女子生徒の手を振り解くと、座り込んでいる岬の方へ向き直り大好きな『雌奴隷』の細く括れたウエストに抱き着き、自分専用の二つの豊かな膨らみへ栗色の髪に覆われた小さな頭を押し付け甘えん坊の様に双丘の感触を楽しもうとする。

 むぎゅ~☆

「あっ!? ちょっと待って…ナギってば!」

 グリグリ…パフパフ~☆

「クス、そんなに甘えて…ナギ君って本当に浅野さんが好きなのね♪」

「うん! ナギ、ミサキ大好き☆」

「あ、あの…二人共…本当に御免…」

「あ、また謝ってる…変な岬♪」

 2年C組の誇る我らが『岬お姉様』の恐縮している表情に、苦笑しながら?マークを浮かべつつ自分達の机に学生鞄を降ろす二人の女子生徒。これで2年C組の総勢17名+α(ナギ)が勢揃いした事になるのだが…

「ねえ、ナギさん。こちらにいらして私達に故郷のお話を聞かせて下さいな♪」

「いいえ、先約がありましてよ♪ 私達が浅野さんとの馴れ初めを聞かせて頂くンだもの♪」

「まぁ、何て素敵な☆ それでは私達も御一緒に伺おうかしら?」

「だ、駄目だよナギ! ボクが恥ずかしいよ!」

 優雅な手招きに誘われるままトコトコと華やいだ嬌声の方に歩き出すナギを、凛々しくシャープな顔立ちの『岬お姉様』は真っ赤になって慌てて自分の席に連れ戻す。

「ぶぅ…ナギ、ミサキの事、あの雌達に自慢したい…」

「わぁ~! 駄目駄目駄目! ぜ、絶対に駄目だからね!」

 うふふ…クスクス…♪

 その微笑ましい光景に文庫本を淑やかに読んでいた深窓の令嬢や参考書片手にレポートを仕上げていた麗しい才女までも、談笑を楽しんでいた美少女達の嬌声に合わせて上品に苦笑している。
 
 ガラララ…♪

「あっ?!」

 黒板側の曇りガラスをハメ込まれた横引き戸に真っ先に反応したのは、栗毛のショート・ヘアーをボブ・カットに整えた縁無し眼鏡が良く似合う知的な面影もクールな美少女…2年C組の学級委員長だった。

「静かに…とっくにHRの時間だゾ♪ さあさあ、早く席に戻れェ☆」

 飾らない優しい声で注意を促した声の主は、フレームの細い銀縁眼鏡に覆われた切れ長の目を悪戯っぽく微笑ませた知的な面持ちの学級担任だった。光沢も鮮やかな長く伸びた銀髪を1本の太い三つ編みにして胸元に垂らした深緑の瞳の学級担任が半開きの横引き戸の陰から上半身を出し、鼻筋の通ったシャープな美しい顔を覗かせている。

「起立!」

 学級委員長のハスキーな美声が響くと、2年C組に心地良い緊張が広がっていく。

 がたん! がたがた…

 雑談を楽しんでいた者達は慌てて自分の机に戻り、文庫本を上品に読んだり参考書を片手にレポートを書き進めていた者は手を休めると、上品で自由闊達な美少女達が優雅に直立不動の姿勢へ身を正しだす。

 カッ、コッ、カッ、コッ、カッ、コッ…

 銀髪碧眼の白人女教師は深いサイド・スリットが目を惹くロング・スカートの裾を小気味良く躍らせながら、黒いハイヒールの足取りも颯爽と教室のフロアより1段高い所にある黒板前の教卓に立つと、教え子達の顔を銀髪三つ編みの担任がひとしきり確認する。

「ん☆」

 それを見計らっていた学級委員長のハスキーで美しい掛け声を合図にして、2年C組は朝の挨拶を交わすのである。

「きおつけ…礼!」

『おはよう御座います!』

「はい、おはよう。じゃあ着席して…」

 がちゃがちゃ…

 艶に富んだプラチナ・ブロンドが魅力的な銀縁眼鏡の背が高い白人美女は、羽織る様に裾を出したスタイルで着込んだフリル状の詰め襟がシックな白い長袖ブラウスと、太股近くまでサイド・スリットの入ったブラック・レザーの丈の長いタイト・スカートで魅力溢れるプロポーションを包み込み、高い腰を覆ったタイト・スカートの深いスリットから見事な曲線を描いて長く伸びた美脚も、目の細かい網タイツで彩らせ絶妙なグラデーションと自然な色気を覗かせていた。

「それじゃ、HRを始めるゾ☆」

 …あら、浅野さんの顔が見える! 良かった…体調が戻ったのね…

「ハーイ、岬! 昨日は先生、本当に心配してたンだから♪」

 岬の凛々しくも秀麗な釣り目も麗しい『お姉様』型の美しい容姿を裏切る様な中性的でボーイッシュな物言いと同様に、知的な光を灯した切れ長の碧眼を銀縁眼鏡で飾った銀髪の学級担任は、アイス・ドールの様な透明感ある凍えた美しさからは想像つかない様なフランクな飾らない口調で教え子の安否に素直な感想を口にする。

「アンナ先生…」

「駄目だよ岬。そんな情けない顔はしないで。君がアンニュイな顔をすると皆が発情しちゃうでしょ♪」

 クスクス…あはは…♪

「それから岬、教室の中ではマフラー外して欲しいな。これだけ空調が効いてるのに…?」

 岬は薄ら笑いを浮かべながら冷や汗を流す。彼女の細い首には『幼い神魔』に隷属した証…紫の模様が描かれた白い飾りをつけた細い黒革の首輪を誤魔化す為に巻きつけてきた薄地の藍色マフラーを、教室に入ってからも外していない。その事を担任は注意してるのだ。
 
「それともアレかな…首筋のキス・マークでも隠してるのかな?」

「そ、そういう訳じゃ…」

 思わず湯気でも出しそうな真っ赤な顔で俯く岬。言われてみれば昨晩あれだけ『小さなご主人様』の可愛い唇で濃厚な愛撫をされていれば、岬の首筋にキス痕の一つや二つは残ってるかもしれない。

 うふふ…あはは…♪

 流暢な日本語で紡がれるウィットに富んだ戒めがクラスの雰囲気を和やかにすると、担任は教え子達の心地良い反応に洒落た笑顔で応じながら出席簿を開いていく。彼女は昨年の春から教職に就いた新任教師なのだが凄い経歴の持ち主だった。

「よ~し、それじゃ出席とるゾ☆」

 プラチナ・ブロンドを1本の太い三つ編みにして豊かに膨らむ胸元に揺らし、銀縁眼鏡が切れ長の碧眼に良く映える美しい長身のアイス・ドール…アンナ・レーマーは、4年前に北条女学院を卒業し欧州でも有名なドイツの工科大学に留学すると大学院課程も含めて僅か3年で専攻した全ての課程を修了した才女である。

「はいはい、静かにネ…」

 その秀才ぶりでアンナは卒業時に物理学の博士号の他に電子工学と統計学の修士号を得ており、数学の申し子みたいなオーストリア生まれの日本育ちなオーストリア人OGは、何故か欧米の有名な研究機関やプロジェクトの熱烈な誘いを全て蹴って、学界の重鎮達や研究機関のリクルーターに惜しまれ悔やまれながら母校の教職を選んだ一風変わった若い先生だった。

「…じゃあ1番、ミサキ・アサノ?」

「あ、はい…」

 ちなみに学院では2・3年生の物理以外にも選択教科で情報処理とドイツ語も担当しており、その冷たい美貌と気さくな性格で多くの女子生徒から好意とプレゼントが絶えない生徒ウケの良い先生でもある。

「元気が無~い…1番、ミサキ・アサノ?」 

 岬は慌てて張りの有る美声で返事し直すと、冷たい感じの美貌に優しい微笑を浮かべて切れ長の碧眼でOKサイン替わりのウィンクを北条女学院で5指に入る美少女の瞳に放つ。なかなか様になる仕種だ。

「ん! 次は2番…」

 次々に教え子の名前を西洋調(名・姓の順)に読み上げていくアンナ。2年C組の教室に出席の確認をする美声のラリーが響き渡る。

 …?!

 それまでのアンナと岬のやり取りの様子を隠れんぼの要領で朱と白に染まった制服の背中越しに伺っていた『幼い神魔』が、不意に何か言いたそうに岬の朱と白で彩られたボレロの裾を引っ張りだす。

 ああ…そうか、やっぱりアンナ先生も…

「うん、仕方無いよね…」

 岬は俯き加減に柳眉を寄せると、心底自分を気遣ってくれた担任の身に起こる事を想像してシャープで眉目秀麗な顔立ちを暗く沈ませてしまう。

「でもナギ、アンナ先生は特に優しくお願い…」

「…違うミサキ。あの雌、ナギの…『神魔』の力、効かない…」

 ?…えっ?!

『小さなご主人様』は呟くように『雌奴隷』の勘違いを正すと、衝撃的な指摘を岬の耳元に囁いた。

「ミサキ、良く聞く。あの銀色の髪の雌…他の『神魔』の『奴隷』(モノ)…ナギ、手が出せない。困った…」

 !?! そんな…アンナ先生が?! 嘘だ…

 ナギの指摘が信じられない岬は、内跳ねした長い黒髪に覆われた眉目秀麗な顔を俯かせたまま硬直してしまう。

「う、嘘だよ…ナギ、だって…」

 あんなに優しくて気持ちの良いアンナ先生が…

 驚いてるのは『幼い神魔』も一緒だった。本来人間界で活動している『神魔』は絶対数において数が少なく、なかなか出逢う機会も無いのだ

「嘘…嘘だ…何かの冗談だよ…ね?」

 いきなり岬に嘘つき呼ばわりされたナギも、予想外の事態に動揺したのか気分も害さずに決定的な指摘を硬直している『雌奴隷』に耳打ちする。

「ミサキ、見る。あの雌…首に『神魔』の『奴隷』(モノ)になった証、身に着けてる…」

 言われてみれば確かにフリル状に加工された白いブラウスの詰め襟の襟元に、自分と同じ様なミルク色のタグが付いたチョーカーが覗いている。見えにくいが確かにある。だが岬のとは一つだけ明白に違う点があった。

「緑の模様が入っている…」

 岬のチョーカーと見紛う細い首輪に吊るされたミルク色のタグには紫の不思議な模様が入っているが、担任の襟元を飾るチョーカーに吊るされたミルク色のタグには緑の独創的な模様が入っている。良く見るとチョーカー自体もリングや留め金の材質やデティールが岬の物と若干違うみたいだ。

 がたん!

「ア、アンナ先生…」

 今度こそ感極まって席を立つ岬。彼女の後ろに隠れていたナギも岬を護るかの様に背後から細いウエストへ両手を廻すと、銀髪のアイス・ドールに警戒した面持ちで小さな顔を岬の背後からちょこんと出す。

「ん? 岬、どうし…」

 ざわざわ…

 岬の席は窓側の最後列。クラスメートも含めて全員の視線が窓側最後尾の席に集中する。丁度、出席簿を付け終わったフレームの細い銀縁眼鏡が良く似合う銀髪碧眼の学級担任は、不意に立ち尽くしている教え子に驚き切れ長の両眼から視線を向けると言葉を失った。

「…後ろに居るのは『南海(ナンカイ)の神魔』?!」
 
 今までウィットに富んだ飾らない口調で微笑んでいたアンナ・レーマーは、小麦色の両頬に緑の模様を一筋入れたナギの顔を見るなり抑揚の無い冷たい口調になると、いつのまにかアイス・ドールの二つ名に恥じない凍てつき刺す様な鋭い視線を銀縁眼鏡に覆われた切れ長の深緑の瞳から岬とナギに向けている。

 ひぃぃ!

 その絶対零度の殺気にも似た視線を直視した岬は、慕っていた気さくで優しい担任の豹変ぶりに気押されして、シャープで凛々しい顔立ちを真っ青に染めながらナギが抱き着いたまま1歩2歩と後退してしまう。

 ア…アンナ…先生…?

「…南海の…よそ者の『神魔』が、なぜ『マスター』のテリトリーに居る?」

 さっきまでクールな面影に優しそうな笑顔を湛えていた銀髪碧眼の担任が無表情に出席簿を教卓の上で閉じると、白い長袖ブラウスに覆われた長く伸びる両腕を豊かな双丘の下でバストを持ち上げる様に組んで、教え子達の机を縫うように静かに歩き出す。

 カッ、コッ、カッ、コッ…

「あ、あの…アンナ…先生…ボ、ボク…ゴメンナサイ…ナギは…そのナギは悪くなくって…その…ボクが…あっ?…うわっ?!」

 がしゃん!

 あとずさるあまり自分の椅子に足元をすくわれ、抱き着いていたナギと一緒に床に身を投げる岬。

 きゅぅぅぅ…☆

「イタタ…あっ!?」

 岬を庇って転倒したナギが軽く目を廻して伸びてしまう。こめかみに右手を当て上体を起こした岬はパニックに陥りながらもナギの『眷族』となった本能からか、慌てて放り出された『小さなご主人様』を抱き寄せると、岬は床に座り込みながらも懐に抱えて『幼い神魔』を護る様に上体を丸めた。

 ガタガタガタ…

 いつのまにか岬の足元に佇む長身の白人女教師。俯きながら震えている岬には目の前に佇む網の目が詰まった黒タイツに覆われた細く締まった足首と踵がピン状の黒いハイヒールしか視界に入っていない。

「………」

 だが先程まで殺気立った氷の様な担任の表情から段々と緊張感が薄れていく。三つ編みされたプラチナ・ブロンドに銀縁眼鏡が良く似合う深緑の瞳の美人女教師は、双丘の下に組んでいた両腕のうち右側の二の腕を垂直に立てて形の良い右手で頬杖をすると、何か思案する様に切れ長の瞳を細めて碧眼を岬の首元に向ける。

 …もしかして、朝の職員会議で学院長が言ってた可愛らしいVIPって…この小さな『南海の神魔』の事じゃ…? そうすると…浅野さん、まさか…

 銀髪碧眼のアイス・ドールの切れ長の瞳が見下ろす先には、目を廻してる『幼い神魔』を懸命に抱きしめながら内跳ねした長く艶やかな黒髪の天辺から黒いオーバー・ニーソックスと白い上履きに包まれたスラリと長い美脚の先までガタガタと震えさせる目をかけていた教え子の脅えた姿。

 シュルシュル…♪

「えっ?!」

 いきなり岬の細い首を覆っていた薄手の藍色マフラーが涼しげな音と共に引き抜かれた。勿論、引き抜いたのは中腰の姿勢で佇むアンナである。

「…そう、そういう事…」

 驚いた岬は内跳ねした長く艶やかな黒髪に覆われたシャープで凛々しい顔を上げると、床に座り込んでいた教え子の襟元に屈み込む様な姿勢で視線を向けている担任の氷の様な美貌に至近距離で対峙してしまう。だがアンナの顔には先程までの鋭利な雰囲気は既に無く、岬の知ってる穏やかさを取り戻していた。

「ア、アンナ先生…?」

「…岬、君は『南海の神魔』の洗礼を受けたンだね…」

 銀髪三つ編みのアイス・ドールはマフラーを引き抜いたまま右手を腰にあてると、中腰のまま左手を差し出し座り込んでいる教え子に立ち上がる様に促す。

 ???

 未だパニックから開放されていない岬も担任の表情や話の節々から先程までの威圧感が無い事を感じ取ると、差し出された左手を借りておずおずと『小さなご主人様』を抱きしめたまま立ち上がった。 

「あ、あの、有難う…御座います…」

「…昨日の無断欠席も、その小さな『神魔』が原因なのね?」

 立ち上がった教え子の埃を丁寧に軽く叩きながら、溜め息混じりに苦笑しているアンナ先生。目を廻していた小麦色の肌の華奢な『幼い神魔』もムニャムニャと意識を取り戻してきた。

「…はい。ボク、昨日の夜…先生から電話貰った時、嘘ついてました…」

「そういう事か…ふぅん。で、いつ、この子の『奴隷』(モノ)になったの?」

「その…ボク、首輪を付けて貰ったのは…一昨日の夜…です。あの…下校する時に…校門で、ナギに告白(シメイ)されて…」

 もじもじとナギとの馴れ初めを呟く様に語る『岬お姉様』は、自分を凌辱して隷属させていった時の事を思い出してシャープで凛々しい顔立ちを紅潮させながら、興味深いそうに聞き入る担任に向って次の言葉を紡いでいく。

「一旦は逃げ出したンだけど…ナギ、家まで追っかけて…きて…それで…」

「そう、ミサキ、ナギの『奴隷』(モノ)!」

 意識を取り戻した岬の『小さなご主人様』は、目の前で岬の馴れ初めに聞き入っている銀色の髪の雌を突き飛ばして、大好きな『雌奴隷』を庇護する様に岬の前に立ち細く伸びた小麦色の両腕を広げて、他の『神魔』の眷族を大きな釣り目で睨みつける。

「おまえ、『緑』の模様…『中原(チュウゲン)の神魔』の配下…ナギとミサキに手を出すなら、ナギ、決して赦さない!」

「ま、待ってナギ…アンナ先生は…」

 さすがに突き飛ばされて殺気を蘇させる緑の模様の入ったタグをつけたプラチナ・ブロンドのアイス・ドール。慌ててナギの勘違いを正そうと岬は『幼い神魔』に後ろから抱き付いて何とか怒れる担任との関係を修復しようとした時だった。  

「アンナ先生! ナギ君と岬さんを、これ以上怒らないで下さい!」

 先程からの岬とアンナの経緯を自分の席から固唾を呑んで見守っていた女子生徒の一人が急に立ち上がり、銀髪碧眼の学級担任と内跳ねした長く艶やかな黒髪のクラスメートの間に割って入る。

「私は二人が怒られるの…もう見ていられません!」

 担任に公然と抗議する不安にハスキーな美声を震わせながらも、まるで御本尊を護ろうとする信者の様に毅然と二人を庇う様に立ちはだかるのは、栗毛のショート・ヘアーをボブ・カットに整えた縁無し眼鏡が良く似合う知的な面影もクールな美少女…2年C組の学級委員長だった。

「?! うそ? …どうして委員長?」

 余りの事に素直に喜べない岬。

「ミサキ、この雌…カスミと同じ。もうナギの配下」

 ナギは銀髪碧眼の雌に注意を払いながら、状況を理解出来なくて困っている大好きな『雌奴隷』に簡単な解説をしてあげる。 

「ふふ…今ならナギの為に命も投げ出す…」

「そ、そんな…嫌だ、ナギもアンナ先生も、止めて…止めてよ!」

 岬とナギが教室に入る前に独り着席していた彼女は、2年C組で最初に『幼い神魔』に思考汚染されたクラスメート…つまり後から来た女子生徒達を思考汚染する際に学級委員長は弱いとはいえナギの気の余波を何度も受けていたのだ。

 がたっ…がたがた…

「アンナ先生、私も我慢できません!」

「二人を赦して下さい…」

「私からもお願い致します。アンナ先生…」

 次々に席を立ちナギと岬を庇う様に割って入ってくる2年C組の淑やかな大和撫子や美しき深窓の令嬢達。その感情や言葉には随分と温度差があるがクラスの半数以上が銀髪碧眼の担任の前に立ちはだかってしまう。

「みんな…止めて、怪我しちゃう…もう止めてよ…」

 こんな事になるなんて…

 リ~ン…ゴ~ン♪

 1時限目開始を告げる鐘の音色が教室に響き渡る。席を立たなかった女子生徒達も心情的にナギや岬を赦して欲しがっているのは、その目を見れば一目瞭然だった。

 リ~ン…ゴ~ン♪

『アンナ先生…?』

「………」

 リ~ン…ゴ~ン…

 立ち塞がった女子生徒達が口を揃えて翻意を促すと重苦しい空気が2年C組の教室に停滞したが、氷の美貌に怒気を漂わせていた担任が溜め息混じりに表情を和ませると、まるで『参りました』と言わんばかりに小首を傾げながら洒落っけタップリに教え子達に向って肩をすくめてみせる。

 沸き上がる歓声と溜め息。

 いつもの柔和な表情を氷の美貌に漂わせたアンナは、右手に握っていた藍色マフラーを軽く玉の様に丸めると、教卓に戻りながら器用に山なり軌道で放り投げると寸分違わずナギの頭で跳ねたあと岬の懐に飛び込んだ。

 仕方無いナ…今回だけは、これで勘弁してア・ゲ・ル…☆

「…さぁさぁ、席に戻りなさい。1時限目は私の物理の時間でしょ?」

 がたがた…がたん!

 ある女子生徒は胸を撫で下ろしながら、ある女子生徒は嬉しそうに嬌声を上げながら、一部の女子生徒は何故あんな大それた事を自分がしでかしたのか不思議がりながら自分の席に戻っていく。

「そうだ、岬」

「あっ…はい。アンナ先生…?」

「その子は岬の膝の上にでも座らせておきなさい☆」

 成り行きについていけない栗色の髪の『幼い神魔』は、岬の隣でポケェ~っと右手の人差し指をくわていた。

「そんな…ボ、ボクの膝の上…?!」

「…ナギ? ナギ、ミサキの膝の上?」

「そう。岬の膝の上♪ 大事な『マスター』なんでしょ?」

 そ、それは確かにそうだけど…

 席についた岬はシャープで凛々しい顔を紅潮させると、隣に佇む『小さなご主人様』を黒いニーソックスに包まれた自らの美脚の上に誘った。栗色の髪の『幼い神魔』は意外にも嬉しそうに小さなお尻を大好きな『雌奴隷』の太股の上に預けると、豊かな双丘をヘッド・レストにして御満悦になる。

「ミサキ、あの銀色の髪の雌…ナギ、少し気に入った。良く見ればナギの好み…えへへ♪」 

「あはは…そうなんだ…アンナ先生がね…ふぅ~ん…」

 むぅ~、あんなに大騒ぎしたのに…ナギって調子良すぎだよォ…それに…ボクという者が有りながら…?…って、ボク…今の、焼き餅?!

 慕っていた担任が自分と同じ境遇だと知って混乱しつつも少し安心する岬。だが、アンナに好奇な目を向ける愛くるしい『小さなご主人様』の移り気に、ちょっぴりジェラシーを自覚して慌てる新人『雌奴隷』だった。

 2年C組は漸く本来の静けさを秩序を取り戻すと、学級担任から物理の教師にスイッチを切り替えたアンナ先生の解り易い(?)物理の時間が5分遅れで始まった。

「…でも、ナギ以外の『神魔』って誰なんだろう…?」

 岬は自分の膝の上で行儀良く座って授業風景をキョロキョロ眺めてるナギの栗色の豊かな髪をすく様に優しく撫でながら独り言を呟いた。

「むぅ…解らない。でも『奴隷』の近くに居ると思う…」

 独り言がナギの耳に届いたのだろう。小麦色の肌の『幼い神魔』は黒布をヴァンダナの様に長い栗色の髪を耳の上で縛った小ぶりな頭を捻って、大好きな『雌奴隷』の凛々しくシャープな顔立ちを覗き上げる。

「でもでも『中原の神魔』から、ナギ…『南海の神魔』の名に賭けて、必ずミサキを護る☆」

 ナギはミサキにだけ聞こえるくらいの小さな声で囁くと、縦の細く伸びた漆黒の瞳を包む大きな釣り目で可愛らしくウィンクする。

 その様子を黒板に白いチョークを滑らしていたアンナは、切れ長の碧眼で悟られない程度に盗み見ていた。

『マスター』…本当に『南海の神魔』など歓待して宜しいンですか? 私や選ばれた『従者』が相打ち前提で仕掛ければ、『幼い神魔』と覚醒していない『未熟な従者』の一人くらいテリトリーから簡単に排除できるのに…

 銀縁眼鏡が良く似合うプラチナ・ブロンドを1本の三つ編みにした碧眼のアイス・ドールは天井の一角を意味深に見上げると、先程までの一部始終を教室内に設置された隠しカメラ等を経由しモニター越しに眺めている筈の自分の崇高な『所有者』や『先輩従者』に向けて戸惑いの表情を浮かべる。

「…アンナ先生、その続きは?」

 長い黒髪を赤いリボンで襟元を束ねた大人しそうな女子生徒が、黒板に書きかけのまま物思いに耽るアンナに小首を傾げながら注意を促す。

「先生…?」

「えっ?! ああ、そうだ。ゴメン…☆」

 我に返った銀髪碧眼の美しいアイス・ドールは、氷の美貌に照れ隠しの笑みを浮かべて可愛らしく舌を出しておどけてみせる。そう、このキャラクターも敬愛する『所有者』によって見初められた4年前、冷徹で冷淡だった嫌な女だった自分を『マスター』好みの性格へと意識的に思考の奥まで塗り替えて頂いたのだ。

「え~と、そうそう! ココの処は要チェックだ。来月の小テストで確認するゾ☆」

 慌ててノートに清書しだす教え子達。窓際の最後列の『幼い神魔』を膝の上に乗せた目をかけていた教え子も、栗色の髪をした彼女の所有者をあやしながら器用にノートを取っている。

 …でも残念だナ。折角、浅野さんを『マスター』の新たな『従者』に推そうと思っていたのに…他の『神魔』…あまつさえ他族の『神魔』に手折られるなんて…

 確かに害意は見られない。いや…むしろバカバカしい程に微笑ましい(?)光景なのだが、小さくても幼くても『神魔』と『従者』なのだ。いつアンナの『マスター』に敵対するか判らない。

 キュッキュッキュッ…

 教室内の様子を監視する複数の隠しカメラ等を介して愉快げに見守っている視線のさなか、再び白いチョークが黒板を滑る乾いた音が教室に響き始める。

 キュッキュッ…

 黒板中央の上に構える勤勉な丸時計は8時47分を刻む。そう…学校の1日は、まだ始まったばかりだった。

< つづく >

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