後編のに
※作者注:エロなし。戦闘シーンあり注意。
4ヶ月も前。
「生理が止まりました」
妹がそう申告したのが、はじまりのはじまり。
2ヶ月ほど前。
できた子供が重度の奇形だと判明したのが、はじまり。
***
白い、白い手術医を着た少女が、眠っていた。
その少女の傍らにはぽつねんと女が立っていて、めまぐるしい速度で医療器具を操作していた。
「全身麻酔OK」
つぶやいて見下ろす。
たった一人だった。全身麻酔が必要なほどの大手術をこれから行うにもかかわらず、助手の1人もいない。
少女は黙々と作業をする。
術式に用いるためのメスやカンシ、ドリルや脳べらといった器具の存在と整備具合を一通り再確認し、大きく息を吸った。
人体を解剖するのはいつ以来だろうか。まだ生きている、という修飾語を付け加えるのならうまれて初めてのことになる。
もっとも、厳密には人間ではないのだが。
「嗚呼、可哀想なユミカ」
静かに、透き通る声。
女は、泣いていた。
カルト宗教にどっぷりと洗脳された者の思考を狂気と呼ぶならば、このとき彼女は確かに狂っていた。
「あなたがこうなるのは運命でしたの。我が神の、御主人様の命令ですもの。無垢な身体に備え付けられた無垢な脳がどう成長するかを知りたかったの。嗚呼、可哀想なユミカ。お兄様とのセックスはどうでしたか? 痛かった、屈辱だった、気持ちよかった、幸せだった? 幸せだったのかもしれませんね、そういう風に貴方の脳みそを調整したから。奴隷としての生活はどうでしたか。末期には嬉しそうに御主人様のご飯をつくっていましたわね。見ていて嫉妬してしまいましたわ。嬉しそうにしていただけたようで何よりですわ。精液便所としてたくさん出していただけて、さぞや気持ちよかったでしょう。さぞや幸せだったでしょう。
可哀想なユミカ。貴方はここで一旦死にますわ。でもすぐ生き返してあげるから安心なすって。ホホホ、オホ、ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!」
それは朗々と一定の抑揚をつけて口から発せられ、まるで呪文のように室内にこだまする。
両手と、両足の固定を確認する。
脳波計のパルスを読み取る。
記録と分析のために持ち込んだコンピューターの設定を確認し、記録用のカメラの設定を見る。
全てが、万全であることを確認して。
女――美奈は、冷たい声で言った。
「さようなら」
チェーンソーが駆動し、ひくく、うなった。
まずは両足から切断しよう。
「そうはイカンザキ!!」
男の大声が響く。同時に、美奈の腕から凶器が弾き飛ばされた。
***
~~倉木 優:脳内よりこんにちわ~~
そんな事より美奈よ、ちょいと聞いてくれよ。お前とあんま関係ないけどさ。
今、家の地下室行ったんです。地下室。
そしたらなんか狂った人がゆんゆん電波を飛ばしてて危ないんです。
で、よく見たらなんか可愛い女の子が眠っていて、解剖試験中、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前な、解剖試験如きで普段飛ばさない電波を溢れさせてるんじゃねーよ、ボケが。
解剖試験だよ、解剖試験。
なんかそれっぽい道具とかもあるし。生きた人間で解剖試験か。おめでてーな。
よーしママ、チェーンソーを使うぞー、とかやってるの。もう見てらんない。
お前はな、カエルの死体やるからその少女を開放しろと。
地下室ってのはな、もっとエロゲーちっくになってるべきなんだよ。
拉致監禁した女奴隷にぶっといモノを挿入して、いつ射精をしちまうかわかんない、ひぎぃとか御主人様らめぇとか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。
マッドサイエンティストはすっこんでろ。
で、解剖前に間一髪間に合ったかと思ったら、いきなり振り向いて、お兄様、邪魔をするなら殺しますわ、なんてほざくんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、何逆ギレしてやがんだよ。ボケが。
いかれた顔をして何が、邪魔をするなら殺しますわ、だ。
お前は本当に俺にたてつくつもりかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、人のオキニの女に手を出したらどうなるかわかってんのかと。
エロゲー通の俺から言わせてもらえば今、地下室通の間での最新流行はやっぱり、戦隊モノのヒロイン調教、これだね。
悪と戦う正義の変身ヒロインを調教すんの。これが通の楽しみ方。
戦隊ヒロインってのはツンデレのツン成分が多めに入ってる。そん代わりデレが少なめ。これ。
で、それに洗脳&マインドコントロール。これ最強。
しかしこれをやると捕らえられなかったヒロインズに逆襲されるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前のようなマッドサイエンティストは、大人しく犬か猫の解剖で我慢しとけってこった。
「で」
ひとしきり脳内で状況を整理した後、俺は静かに聞いた。
「何をとちくるってやがるんだ、てめー?」
すらり、と白刃がきらめいていた。
チェーンソーを落とされた美奈だが、俺の妨害を想定していたのだろう。
愛用の刀をすぐ取り出せる位置においており、抜いた。
「偉大なる我が神と、それに私の幸せのためですわ」
美奈のそれはいつもと、何もかわらぬ口調。
紅茶のお代わりをいりますか、と聞くように平然と言い放っていた。
端正な顔立ちで、喋らなければ十分に美少女と呼べるほどの女が、狂気にそまる様は見ていて気持ちが悪い。
例えソレが実の妹でも、いや、実の妹ならばなおさらだろうか。
「本当ならば事情を詳しく説明したいところですけれど……生憎とそうもいきませんの。時間も圧してますし」
「喋れよ、事情とやらをよ」
「オホホホ」
ぱかぁ、と口をあけて。
美奈は、いつものように笑った。
けたたましく、狂ったように。
「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!!」
しかし、まだ正気はあるらしい。
美奈は白刃の峰を返している。構えも殺傷能力の高い示現流ではない。
一刀流系統によく見られる、中腰からの居合い。
腰回転を主に使う。打ち落ろしではないそれは力の加減がたやすく、よほどあたりどころが悪くなければ、逆刃の状態で人は殺せない。
内臓破裂や骨折。そのあたりがせきの山で、もぐりだが医師の真似ができる美奈ならば応急処置は十分に可能だろう。
だが、だからこそ。
美奈の本気が伝わってくる。
「打ち所が悪ければ死にますわ。だからお引きなすってください」
「お前の事情が何であれ、それはもう俺の女だ」
「洗脳した状態を抱いただけでこの子の何が分かりますの、痛いですわよお兄様」
「ああ、それがどうした。もしもそいつが記憶を失って、俺のことをキモイキモイ言い出したら俺はなた洗脳してでも元の俺様らう゛らう゛なおんにゃの子してやるね」
「分かりました、すぐに新しいのを作りますわ」
「そりゃ別のユミカだ。俺が惚れた奴じゃない。だいたいお前だって止めて欲しいんだろう。あんな書置き残しやがって、ごていねいに自分の居場所まですぐ分かる場所で、俺が入れるようなところじゃねーか。脈絡がないうえに矛盾しているんだよ、お前の行動はよ」
「オホホホホ、何も知らないくせにえらそうにおっしゃること」
「お前は何を知ってるってんだ」
「あまり……ただ、ひとつだけ知ってますわ」
すす、とすり足で、微妙に間合いを詰める。
俺は腰を落とし、美奈の一撃に備えた。
「この子を使わなければ、私の望みは叶わない」
ぐんっ、と美奈の足が伸びた。そう錯覚させるほどの踏み込みと共に、剣閃が俺の胴へと滑り込んだ。
が。
遅い。
肉体のつくりが、反応速度の桁が違う。
俺は美奈よりも先に奴の間合いに踏み込み、射るような左を見舞っていた。
リードブローが、美奈の顎を打ち抜く。
それは脳震盪を誘発し、悶絶するする間もなく美奈が気絶した。
あっけない。
あまりにあっけないが、実力差からいえばこんなものだ。
俺様、人類最強でござる。
「起きたらこってりしぼってやるからな」
俺は兄貴ヅラして美奈の額を軽く小突いた。
寝顔だけみれば可愛いのに、なぜもこれほど歪んでいるのだろう。
いや、人のことは言えんか。
美奈を置き、ユミカの様子を見る。
致死性の薬でも注入されたかとおもいきや。ご丁寧につけられた脳波計を見る限りではあやうい兆候はない。
ヘタに覚醒させるのもまずそうなので、麻酔が切れるのを待って回収することにしよう。
ほっと、胸をなでおろした。
その時。
凄まじい殺気を感じ、振り向く。
灼熱。
左の視界が消え、俺の左手を何かが突き抜けた。
何か軽くなったな、という一瞬の違和感もつかの間。
血がかなりの勢いで噴出し、まるで大きな映画館のように痛みが圧倒的な大きさで、かつ立体的なリアリティを伴って再生される。
「が、ぐあっ」
叫びをこらえ、ようとして失敗していた。
左目を、つぶされた。
腕が、左手が切り裂かれている。
すらりと縦に。
親指と人差し指が付け根からふっとばされ、中指は第二間接の上から喪失した。
なんだ、コレ?
労災を申請したら数千万くらいとれるだろ、コレ?
というか眼球って再生しない部分じゃないか、やばくね。
これから一生、俺は片目のままかよ。
それ以前に。
気絶させたはずの美奈が、起きていて。
「る~~~♪ るるる~~~~~~♪ るる、るるる~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪」
子守唄を歌っていた。
< つづく >