パンドラBOX 中編

(中編)

 あの夢を見たのはたしかあの時が最初であった筈だ。
 そこに出てくるのはとにかく大きな屋敷だった。
 私は屋敷の印象を聞かれると迷う事なく『迷路』と一言で答えるだろう。
 いくつもの部屋がありそのほとんどに抜け穴といえる物が設置されていた。
 しかも太陽の光をほとんど取り込まない造りになっているらしく昼間でも薄暗いのだ。
 そんな部屋の一室で一人の女性が一点を見つめ続けてている。
 瞬きもしない。表情もない。死人のような目で。

(これは夢だ!夢なんだ!)

 不思議な話だが自分が今夢を見ている事がすぐに分かった。
 これは夢だ!だからすぐ覚めるんだ!・・・・・・夢の中で何度もつぶやいている。

 突然その女性はもどかしそうに衣服を脱ぎ始めた。

バサッ!バサッ!

 あとパンティーを一枚を脱いだら全裸だ。
 その時女性は言葉にならない叫び声をあげ両手をパンティーの中に突っ込んだ。
 精気の無い目はいつまでも一点を見続けていた。

「うっ!」
 
 痛い!とにかく頭が割れるかと思うぐらい痛かった。
 あの朝の感想はその一言につきる。
 前の晩はとにかくアルコールを浴びた。
 どちらかと言うとアルコールは苦手であったが浴びずにはいられなかったのだ。
 浴びて浴びて全て忘れたかったのである。

「行方不明者・・・・・」

 二日前から見ず知らずの女がまとわりついていた。
 その女は異常な事に路上で裸になりかけたのだ。
 それも一度ならず二度までも。

「行方不明」

 もう一度つぶやいてみた。昨晩のテレビ画像が目に浮かぶ。
 たしかに間違いなくあの女だった。私にまとわりついていたあの異常者が映しだされていたのだ。
 テレビによると彼女の名前は小杉美枝子といい、現在22歳で数年程前に東北からこちらに出てきていたらしい。
 そんな彼女の消息が途絶えたのは10日ほど前。
 こちらに居る婚約者からの連絡を受けた地元の両親が警察に届け出たのだ。

「痛っ」

 二日酔いの激痛がまた襲ってきた。
 正直こんなにつらいものだなんて思わなかった。
 あれからしばらくはアルコールを全く受け付けなくなったぐらいだ。

「いったいなぜ?」

 考えれば考えるほど分からなかった。
 ただ自分の周りで何かが狂いだしている事は確かだったのだ。
 ひょっとすれば違和感のようなものを数日前から感じていたのかもしれない。
 それが何なのか。その時の私にはどうしても分からなかった。

RRRRRRRR!

 突然電話がけたたましく鳴りだした。
 当時はまだ携帯電話など一般には普及しておらず家庭用電話が幅をきかしていたのである。

「もしもし」

 その声にはもちろん聞き覚えがあった。
 昨日もその前の日も会っている。
 そう、声の主は山崎であった。

「山崎か!珍しいな休みの日に」

「ん?真鍋何か元気が無いな」

 正直しゃべるのがとてもつらかった。
 そのせいか山崎とはほとんど無駄話しせず要点だけを聞く簡単なものとなった。

「結婚?」

「ああ!真剣に考えているんだ」

 この前会った時『仕事が忙しくて女が出来ない』とか『お互い寂しい』とか言ってた男がこれである。
 よく女は嘘をつくと言うが男もたいして変わりはしない。

「それで?」

「実はまだ誰にも話していない。打ち明けたのはお前が初めてなんだ」

 まったく迷惑な話しである。だいたいなんで会社であっている時に黙っていて今日みたいな日に電話で話すんだ。
 普段ならたしかに初めてと言われれば悪い気はしないかもしれなかったがこんな最悪な気分の時は幸せな話しにはなかなか同調して喜べないものである。
 心が狭いと言われればそれまでかもしれない。
 しかしどうしてもその時一緒に喜んでやれなかったのだ。

「そうか・・・・・・・おめでとう」

 私は形ばかりの祝福の言葉を述べ早々に受話器を下ろした。
 気を悪くしただろうか?あさって会社で謝らなければ!・・・・・・そんな事を考えているうちにいつしか再び眠りの世界へと入っていった。

 奇妙な事にその夢は先程の続きになっていた。
 女性は気が狂ったようにパンティーの中で両手を動かしている。

「んん!んっ!んっ!あぁ!」

 やがて口から僅かばかりの涎と共に歓喜の喘ぎ声が漏れだし始めた。
 パンティーは左手を使いとうとう膝の辺りまでずり下げられている。
 もちろん彼女の陰部は右手中指と人差し指で滅茶苦茶に掻き回されていた。

「くっくっくっ!俺の事をゴキブリ並みに嫌っていたくせに」

 その声は女性の横に立っていた男から出た物だった。

「その俺の前でなんだその様は!」

 その男は間違いなく狂っていた。
 たしかに狂った行動をとっているのは女性の方だがなぜかその男の方がはるかにいかれていると感じたのだ。

「ん?」

 何時間寝たのだろう?
 飾りっけのない窓からは昼を感じさせる太陽の光が部屋中いっぱいに差し込んでいる。
 全身は不快な汗で覆われ気分はまだ最悪としか言いようのない状態だった。

「まてよ」

 そんな時でも人間頭は働くものだから不思議なもんだ。
 むしろそんな時だからこそ働くのかもしれないが。
 私はその時もう一度最近身の周りで起こった奇妙な出来事について考えてみた。

(そう言えばなぜあの女は俺の前に現れたんだ?偶然か?・・・・いや!あの女はあきらかに俺の事を知っていて接近してきた)

 たしかにあの女は俺に女性経験が無い事を知っていた。
 その事を知っている人間はいない筈だ。

「いや」

 私の脳裏に数日前の光景が浮かび上がってきた。

(軽食屋!・・・・そう言えばランチタイムに行った軽食屋で・・・・・・・・・)

 その記憶と共にすぐにある人物の名前が出てきた。
 でも正直なところその名前はうち消したかった。
 彼に疑念など持ちたくなかったのだ。
 しかし考えれば考える程疑念は確信へと変わっていった。

「山崎?・・・・・・・そんな筈はない・・・・・・・・・でも・・・・・・・」

 あの奇妙な悪戯書きについても同じ事が言える。
 私のポケットの中に紙を入れる事が出来た人間!
 会社の中に堂々と入れて私の机の引き出しを開けられる事が出来た人間!
 どれひとつをとっても彼の所に行き着くのだ。

「うっ!」

 立ち上がった拍子に立ちくらみと吐き気が襲ってきた。
 私は半立ち状態のまま意識がはっきりと回復するのを待った。

「よし!」

 意識がはっきりとするにつれ今からとるべき行動も分かってきた。
 とにかく山崎と会う。
 あの時私にはその考えだけが私の頭にあったのだ。
 それからの私の行動は早かった。
 すぐさま山崎に電話をかけ先程の無礼を詫び、今日夕方会う約束を取り付けたのだ。

ぐ~!

 腹の虫が鳴っている。
 そう言えば今日は朝から何も食べていない。
 今食事をする気にはなっていない筈だが身体の方はどうやら正直なようだ。

「しょうがない」

 私は夕方山崎と会う約束をしている場所に今から行きその周辺で何か腹に入れる事にした。
 もちろん先に例のコンビニに寄る予定を入れた。
 こんな時だからこそ憧れの川辺さん(私の現在の妻)に会いたかったのだ。
 外に出ると容赦なく太陽の光が私の目に襲いかかってきた。
 しかしその光を浴びているとだんだん身体に力が蘇ってくるような気になるから不思議なものである。
 一歩一歩足を前に出す度に身体が回復してくるのだ。
 第一目的地であるコンビニエンスストアーにたどり着いた時にはほぼ身体に力は戻っていた。

「あれ?彼女いない!・・・・・・・・そういやこんな時間だもんな」

 コンビニに入ってすぐカウンターを見た私の目に飛び込んできたのは店長とその夫人らしき人物だった。
 たしかに彼女は夜にいつもここで働いている。だからと言って昼間もそうだとは限らないのだ。
 とにかく当てが外れた私はあまり必要性を感じさせない小物を買いその場を即座に退散した。
 その後約束の場所がある駅にたどり着いた私はすぐに駅前にあった軽食喫茶に入ったのだ。
 今ではあの辺りにはマンションが立ちならび当時の面影もない。

「Aセットホットで」

 あの日始めての食事を胃に放り込んだ時たしか約束の時間まで後1時間半程だったと記憶している。
 コーヒーのカフェインというのは眠気にあまりきかないのだろうか私はいつしか再び眠りについていた。

 やはりと言うべきだろうか夢は女性が狂ったように自慰行為に没頭しているところから始まった。
 その横で不気味に笑う男。
 しかしどういうわけかその男の顔は決して分からない。
 ただだらしなく開いた口からは黄ばんだ歯がむき出しになっていた。

ガタッ

 その音は男の少し前にある液体の入った瓶が陳列されている棚の方から聞こえた。
 そこには二人の怯えきった表情をしている子供が居た。

「誰だ!」

 男はゆくっりと棚に近寄った。

「はっ!」

 本当に一時間も眠っていたのだろうか。
 時計を見ると約束の時間まで30分程しか残っていなかった。

「それにしてもなぜこんな夢ばかり見るんだ?」

 考えてみれば本当に奇妙な一日であった。
 一日のほとんどの時間は寝て過ごし同じ夢の続きを何回も見るのだから。
 もっともあの時何日間は異常な事ばかり起こっていたので少々麻痺状態になっていたのだが。

「あれは?」

 どこの喫茶でも大抵そうであるようにここも歩道に面した玄関は黒っぽいガラス張りになっていた。
 よってガラス近くのテーブルに座ると夕方近くなっても外がよく見えてしまう。
 私はその時まさにそのガラス近くのテーブルに座っていた。
 寝起きの目を擦りながら何気なく外を見た時目にしたものはもうすぐ会う予定の山崎であった。
 だが私を驚かせたのは山崎ではない。その隣に居た女性の存在だ。
 そう!彼女こそ当時の私の憧れの女性『川辺侑子』だったのだ。

(なぜあの二人が?・・・・・・まさか結婚を考えている相手とは・・・・・・・・・・)

 30分後喫茶から歩いて3分ぐらいの所にある居酒屋で約束どおり山崎と会った時には私の頭の中は既にパニック状態に陥っていた。
 もはや当初の目的など飛んでしまっていたのだ。

「真鍋が休みの日まで誘ってくれるなんて珍しいな」

 山崎はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべながら乾杯を求めてきた。
 もちろんアルコールに懲りていた私は烏龍茶をビアジョッキに入れていたのだが。

「乾杯!」

 お互いのビアジョッキ同士から『カチッ!』という小気味良い音が発し私達は先ずジョッキ半分くらいまで飲み干した。

「いや!どうしてもお祝いが言いたくてな」

 もちろん嘘である。
 彼に会ったのは疑念が解けなかったからだ。
 しかしその頃には私の頭には川辺侑子の事しかなかった。
 別に彼女に対し恋愛感情を持っていたのではない。ただ憧れてただけである。
 しかし山崎と一緒に居たとなると穏やかなものではない。
 私はわざとらしく見えるだろう作り笑いを浮かべながら山崎に聞いてみた。

「山崎が身を固める事を意識するくらいだから相手はきっと素晴らしい人なんだろうな」

 山崎は照れたようで手を2,3回左右に振っている。

「いやいや!・・・・・でも正直なところ俺なんかにはもったいないくらい良い人だよ」

 私の頭にますます強く川辺侑子が浮かんでいる。

「どこでそんな良い人と知り合ったの?」

「う~ん!ホント偶然なんだけどね」

 彼の話はこうだった。
 初めてこちらに来た時、間の抜けた事に道に迷ったらしい。
 そこで周りに居た人に手当たり次第聞いたのだが聞けば聞く程全然見当違いの方角へと向かってしまった。
 途方に暮れていた彼に「そこなら私が行くところと途中まで同じですから」と優しく声をかけたのが彼女というわけである。
 その時は少しの会話で終わったらしいが後日偶然全く違う場所で会い完全に意気投合したらしい。

「彼女に出会えて本当に良かった」

 人ののろけ話しは時と場合によりひどくつまらないものである。
 まさにあの時がそうだった。

「俺もなんだか嬉しくなってきちゃうよ」

「あっ!ごめん。のろけてばかりいて。・・・・・・・・でも真鍋だったらきっと良い人が見つかるよ」

「その時はいっぱい山崎にのろけ話しを聞かしてやるよ」

 その日の山崎は本当に楽しそうだった。
 結局当初の目的である疑念の事柄については何ひとつ聞けないまま私達は別れた。
 電車に乗り込んだ時、時計の針はすでに十一時を指していた。

「次の駅だな」

 あと一駅で到着という時私はある視線を感じた。
 その視線はこの電車に乗った時から多少は感じていたのだが更に強くなってきているのだ。
 その時私にはその視線の先を見てはいけないという考えが何処からともなく湧いてきていた。

(見てはいけない・・・・・見てはいけない・・・・・・)

 その視線は更に更に強くなってきている。
 そう!その視線の主はこちらに近づいてきているのだ。
 吊革を持っている右手が震えだした。ただただ前方だけを見つめた。その時私の身体は動く事を拒否していたのだ。
 ついにその視線の主は私の真後ろまできてしまった。

(去ってくれ!去ってくれ!)

 私の耳に息がかかった。

「おめでとう!今夜捨てるのね」

 やはりその声の主はあの女だった。
 狂った女小杉美枝子だったのだ。
 その瞬間私の身体にはOFFになっていたスイッチが入ったように力が再びみなぎった。

「うわぁ!」

 周りにいる人々など気にせず大声をあげながら人混みを掻き分け隣の車両へと走り出した。

(なぜ?どうして?どうすれば良いんだ!)

 三つ目の車両に移った時電車はようやく止まりドアは開かれた。
 私はすぐに電車から飛び降りると死にもの狂いで走り続けた。
 どこまで走ってもあの女がすぐ後ろまで来ている気がする。
 警察に言えばいいと言う人がいるかもしれないがあの時の私になんて説明すればいいと言えるのだろうか。
 私にはただひたすら逃げるしかなかったのである。
 ようやくドアの前まで来た時私はポケットに手を突っ込み鍵を探した。

「あっ!」

 その時私の手には鍵とは別の物の感触が感じられた。
 そう!それは一枚の紙切れであったのだ。
 恐る恐る紙を開けるとそこには『もう一匹のモルモットは、ほぼ完成』の文字が書かれていた。
 私の手は震えドアの鍵をなかなか解除する事が出来なかった。

ガチャッ!

 なんとかドアが開くと私は勢いよく部屋に飛び込んだ。

「・・・・・・・・・・・・?」

 何かおかしい。
 その部屋には何か違和感があったのだ。それが何なのか?
 その原因となる物は隣にあった。
 それはゆっくり私に近づいてきた。

「な、なぜ?」

 それは全裸の女性であった。
 そしてその顔は笑っていた。

「どうして君が?」

 私の心臓は、はち切れんばかりに高鳴っている。

「私は初めての女にならなければならない」

 もう何がなんだか分からなかった。

「美和さんどうして?」

 私の目の前には山崎と昼時には必ず行っている軽食屋でアルバイトをしている彼女が立っていた。
 ここ何日間か姿を見せなかった彼女がなぜ全裸で?
 戸惑っている私に彼女の唇が近づいてきた。

「んんっ!」

 鼻から漏れてくる甘い吐息。絡み合う舌と舌。
 何かが私の身体を動かしていた。
 もちろんあの時の私にはそれが何のか分かる筈はなかった。
 ただひたすら彼女の唇を奪い続けたのだ。
 互いの唇が離れた時も粘りのある唾液が二人をくっつけていた。

「はぁ!はぁ!はぁ!」

 彼女の息づかいと欲情にぎらついた目は更に私を燃え上がらした。
 そして私は無我夢中で彼女の身体をむさぼった。全て壊してしまいたいと本気で思ったのだ。

「あんっ!あんっ!いい!いい!いい!いい!」

 彼女のだらしなく開いた口からは多量の涎が溢れだしていた。

クチュックチュッ

 愛液でびっしょりになっている股がこすれる度に私を誘うかのような音が響いている。
 その誘いに乗るかのようにクリトリスを舌で嘗めた時彼女の身体は『くの字』ように後ろに大きく反り返った。

「はぁん!んんっ!んっ!あぅっ!」

 更に激しく私の舌は動いた。右手中指と人差し指はせわしなく彼女の陰部をまさぐり続けている。

「あぁぁ!いい!いい!いい!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」

 酸欠になるかと思うほど彼女は喘いでいた。
 この女の中で出したい。腹ましたい。・・・・・・そんな感情が私の中で暴走していた。

「早く!・・・・・ちょうだい!ちょうだい!お願い!入れて!」

 彼女のその言葉は私の中でわずかに残っていた理性を完全に粉砕した。
 我を忘れた私が気がついた時にはすでに挿入していたのだ。

ギシッ!ギシッ!ギシッ!ギシッ!

 彼女は半狂乱になって喘ぎ声を上げた。
 私の身体を強く抱きしめ長い髪は乱れきっていた。
 彼女の身体が小刻みに震えだしてきた時最後の絶頂がもう間もなく訪れる事を認識した私は更に腰の動きを早くした。
 もちろん彼女もである。

「あうっ!あうっ!あぁぁん!あん!あぁぁ!あ~」

 彼女の身体に一番深く突っ込んだ時射精は始まった。
 それは気絶するほどの大きな快感を私に与えた。

 いったい何時間気絶していたのだろう。
 いや!夢を見ていたのだからむしろ眠っていたと言うべきだろう。
 夢はもちろん続きであった。
 黄ばんだ歯をした男に子供は棚の瓶を取っては投げつけていた。
 それでも構わず男は子供達に近づいてきている。
 やがて棚の後ろにある抜け穴に入った子供二人は無我夢中で逃げ出した。
 もちろん男はどこまでも追いかけていく。
 やがて一人の子供が足を何かにとられてしまい転んでしまった。

「坊や!もう逃げられないよ」

 男の右手には注射器が握られていた。

「はっ!」

 目覚めた時既に彼女の姿は消えていた。
 ただ私が全裸になっている事と棒の先が先程の出来事が現実だったと認識させる。

RRRRRRRRRRRRRRR!

 突然けたたましく電話が鳴りだした。
 その時なぜか嫌な予感がして恐る恐る受話器を上げたのを今でも憶えている。

「はい!真鍋です」

「あっ!俺だよ!」

 その声は間違いなく山崎だった。
 私は安堵の溜息をついた。

「どうしたんだ?元気ないな」

 そんな元気なく聞こえるのだろうか?

「そうか?そうでもないと思うんだけど」

「まっ!そう言うんだったら・・・・」

 時計を見るとちょうど二時になっていた。
 いったいこんな時間にどんな用件で電話してきたんだろう?

「それよりどうしたんだこんな時間に」

 たぶんその時山崎は時間を調べていたのだろう。
 やがて『すまない』の一言が返ってきた。

「実はどうしてもお前に言いたい事があって」

 一体こんな時間に電話をかけてきてどんな重要な用件と言うのだろうか。

「言いたい事?」

 山崎は一呼吸おいてから言葉を続けた。

「そう!実はもう一体『モルモット』を作るぞ」

 次の瞬間向こうの受話器を置く音と通話の終了を知らせるブザー音だけが受話器から流れ出してきた。
 私の脳裏に『川辺侑子』が浮かんできた。

< 続く >

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