Shadow Twins 第7話(改) 『交錯』

第7話『交錯』

「真田影美、お前に話がある」
「……あたしに?」

 昼休み、影美が教室から出て行こうとしたとき、そう呼び止められ声のするほうに顔を向ける。
 そこには永瀬真澄が立っていた。

「これから食堂で昼飯なんだけど、食べながらでも大丈夫な話?」
「まあ、今回の話は別に人に聞かれても構わないことだが……」
「じゃあさ、食事しながら話さない? あんたも昼飯まだなんでしょ?」
「そうだな……お前と一緒に、というのは気が進まないが……」

 そう言って影美と並んで歩く真澄。こうしている分には仲のいい友達に見えなくもないのだが……

 昼間の学生食堂……そこは多くの学園生でごった返していた。
 その一角で向かい合わせに座る影美と真澄。影美のトレイには『本日のおすすめ定食・ご飯大盛』と牛乳パックが、真澄のトレイにはきつねうどんとカツ丼が乗っている。
 まずは無言のまま食べ始める二人。カツ丼が半分程度になったところで、真澄が話を切り出してきた。

「今日の放課後、お前とゆっくり話をしたい」

 その声におすすめ定食のにら炒めへと伸びかけていた箸を止め、じっと真澄の瞳を覗き込んで真意を探ろうとする影美。
 フレンドリーという雰囲気は全くない。かといって先日までのように『あやかし滅ぶべし』と突っかかってくるわけでもない。言うならば……そう、事務的な口調なのだ。
 真澄の腹の中を今ひとつ読みきれず、どう対処すべきか悩む影美。
 とりあえず口の中のご飯を飲み込んでから、挑発の言葉をかけて出方をうかがってみる……と言っても、周囲に配慮しての小声では、あまり挑発になっていない気もするが。

「先日まで『あやかし覚悟!』とか言っていた人がどういう風の吹き回し?」
「いやなに、お前のことが少し気になってな……『あやかし』がどうしてこちらの事情に詳しいのか、とか」

 理由をあとから取ってつけたような、妙に歯切れの悪い言い回しである。
 影美はまず裏で何かを画策している可能性を考えた。そう、たとえば……

「話し合いとか言いながら、いきなり集団でボコるんじゃないの?」
「そんな卑怯な真似、誰がする……!」

 声高に叫ぼうとしたのを見て、あわてて真澄の口を押さえにかかる影美。
 真澄も状況に気づいたのか、自分の口を押さえた後に影美の手を払いのけ、声を小さくして話を続ける。

「とにかく、そんな真似は絶対にしない、それだけは保証する」
「どうだか……」

 真澄を疑うような口ぶりで答えた影美だが、どうやらこの線はなさそうに思えた。
 そもそも集団で叩くという行為自体が真澄らしくないし、仮に第三者が算段を整えているにしても、真澄当人がそれを知っていたならば、今の鎌かけに何らかの後ろめたい反応を示すはずだ。
 問題は、真澄当人がそれを知らされていないという可能性が否定できないことだが、それまで疑っていては何も出来ないし、ここはあえてその誘いに乗るのも一手か……影美はそう判断した。

「分かったわ……ただ、こちらから条件出してもいい?」
「まあ、それぐらいは構わないが……」
「とりあえず、話をする場所に関してはこちらが決めさせてもらうわ。放課後に校門前にいてくれる? あたしが話をする場所まで案内するから」

 場所を自分から指定することで、いわゆる待ち伏せの可能性を出来る限り排除する……もし断れば話し合いを拒否するつもりで影美は提案する。

「了解した、放課後にとりあえず校門前だな?」

 その申し出を軽く了承する真澄。どうやら待ち伏せの心配はしなくていいな……とりあえずは一安心をする影美。
 はてさて、どうなることか……再びカツ丼を食べ始めた真澄を見ながら、影美は放課後の『話し合い』に思いを馳せていた。

「へっくち!!」

 あゆみは机の上に突っ伏していた。くしゃみ、鼻水、発熱、気だるさ……典型的な風邪である。
 家を出る前に少し風邪気味かなと思い、風邪薬を飲んで学校に出てきたが、症状は時間を追うごとにひどくなるばかり。風邪薬による眠けと重なり、先ほどの授業の内容はほとんど頭の中に入っていない。
 今は昼休み……いつもなら食堂で食事なのだが、とてもじゃないが物を口に入れる気分ではない。

「……大丈夫、あゆみちゃん?」

 あまりに調子が悪そうなあゆみを心配して声をかける由紀。

「だ……大丈夫だと……言いたいですが……」
「そんなひどいんだったら学校休めばよかったのに」
「今朝方はそんなにひどくなかったんです……試験前で、親も休ませてくれそうになかったですし……」
「……保健室行ったら? 倒れるよりはましだと思うよ」
「そうさせてもらおうかな……由紀ちゃん、昼休み終わるまでに帰って来なかったら、次の授業の先生に伝えておいて……」

 そう言いながらふらふらと立ち上がるあゆみ。歩き始めようとするが、瞬間大きく身体がよろける。

「あぶない!」

 抱き止める由紀。そのままあゆみに肩を貸す。

「この状態じゃ保健室行けないよ。一緒に行ってあげる」
「駄目ですよ、由紀ちゃんに風邪がうつっちゃう……」
「だーいじょーぶだって、そうそううつったりしないから。それよりも自分の身体の心配しなきゃ……ね?」
「……それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます……」

 あゆみを連れ、保健室の前に着く由紀。そのままドアを軽くノックする。

「どうぞ」
「失礼します」

 七海の返事を待って、挨拶と共に保健室に入る由紀とあゆみ。

「どうしたの……って、聞くまでもないわね。大丈夫?」

 紅潮しているあゆみの顔を見て事情を察したか、そばに駆け寄りあゆみの身体を支える。
 瞬間、妙な感覚が七海の頭をよぎる。

「?」
「どうしたんですか、先生?」
「ううん、なんでもない……」

 由紀と協力してあゆみを丸椅子に座らせる七海。抱えるその腕からもあゆみのほてりがはっきり伝わってくる。

「ちょっと熱測るから、これ、脇に挟んでね」
「はい……」

 しばらくして、体温計の小さな電子音が鳴り響く。あゆみは無言のまま体温計を七海に渡す。

「38度2分……かなりひどいわねえ。よく今まで授業受けていられたもんだ」

 あゆみの様子を観察しながら、半ばあきれた口調でつぶやく七海。

「すみません……」
「いや、別に責めているわけじゃないのよ……とりあえずはベッドで休ませないと。早退手続きもしたほうがよさそうね」
「早退手続きならわたしが先生に伝えます」
「そう、じゃあお願いね」

 由紀と会話を交わしながらゆっくりとあゆみをベッドに寝かせる七海。

「それじゃあ先生、お願いします……授業のノートはちゃんと取っておくから、安心して休みなよ、あゆみちゃん」
「ごめんね、由紀ちゃん……」
「だから謝らなくていいって」

 あゆみに向かって軽く手を振り、保健室を出て行く由紀。
 横になったことで安心したのか、あゆみはあっという間に深い眠りについてしまう。

 静かに眠るあゆみ。それを脇目で見ながら細々とした雑務をこなす七海。
 あゆみの寝顔を見るうち、七海はあゆみを自分の人形にして弄びたいと思うようになった。男にそうしても構わないと言われたこともあるが、可愛く素直そうなその寝顔が七海の中にある支配欲をくすぐったのだ。
 これだけぐっすり眠っているならば、催眠術など使わなくとも『力』を込めればあっさり傀儡と化すだろう……そう思った七海はあゆみのそばに行って『力』を解き放つ。

「あゆみちゃん……起きなさい……」

 その呼びかけに応じてあゆみは目を覚まし、ベッドから身を起こす。そして顔を七海に向ける……その目は虚ろ。

「あゆみちゃん、あなたは私のお人形なの……私に弄ばれるのが大好きな可愛いお人形なの……」
「ハイ……」
「私はあなたのご主人様……あなたはご主人様の命令に従うのが一番の幸せになる……分かった?」
「ハイ……」
「ふふっ、いい子ね……たっぷりといぢめてあげる」

 その返事に満足したかのように妖艶な笑みを浮かべる七海。
 早速あゆみに命令を下す。

「……まずはベッドの上に腰掛けて、オナニーでも見せてもらおうかしら」
「ハイ……」

 命令通りにベッドに腰掛けると、スカートをめくり、ショーツの上から秘所をさするあゆみ。風邪を引いて気だるいせいなのか、その動きはどことなく緩慢だ。

「どう、気持ちいい?」
「ハイ、キモチイイデス……」

 うつろな表情で答えるあゆみ。行為を気持ちよく感じているというよりも、主人に気持ちいいと言われたから気持ちいいと答えているようにも感じられる。
 風邪で熱を出していることもあり、身体全体が火照ったように紅くなってくる。

「ア……ハア……ファ……ハァ……」

 指の動きが次第に緩慢になり、それに逆比例するかのように身体全体がゆっくりと揺れ始める。口から漏れるあえぎ声も、だんだんと息苦しさを感じさせるものへと変化していく。傍目で見て明らかに無理をしていることが分かる。しかし、それでも七海は止めようともしない。あゆみの一挙手一投足が七海の加虐心をくすぐるのだ。

「まだよ、しっかり続けて」

 その声に押され、止まりかけた指が再び動き始める。もはや鼻だけでは息が出来ず、口を大きく開けて激しく呼吸している。

「マ……マダ……デス……カ……」
「いいわ、オナニーをやめなさい。ご褒美にあなたのあそこを舌でマッサージしてあげる」

 そう言って七海はあゆみのショーツを脱がせる。ショーツは愛液でじっとりと濡れ、現れた秘所は室内灯の光を受け美しく輝いていた。

「可愛いわね……」

 あゆみの秘所に舌を這わせる。瞬間、あゆみの体が大きく跳ねる。

「キャン!」
「ふふっ、そんなに気持ちいいのね……」

 あゆみの秘所からあふれ出る愛液を丁寧に舐め取るように舌を這わせていく七海。あゆみの口から漏れるのは呼吸音とあえぎ声のみ。
 続いて舌でクリトリスを転がしていく。クリトリスが左右に動くたび、あゆみの体が小刻みに跳ねる。七海はその様子を見て楽しんでいた。

「モ……モウ……イキソウ……イキソウデス……イカセテ……クダサイ……オネガイ……シマ……ス……」

 朦朧とした意識がかろうじて言葉を紡ぐ。そろそろ限界だと見て取った七海は、望みどおりにあゆみをイカせることにした。

「分かったわ……じゃあ、これでイッてしまいなさい!」

 その言葉と同時にクリトリスを甘噛みする。

「アアアアアァァァァァッ!!」

 ひときわ大きな声と共にベッドへと倒れこむあゆみ。

 あゆみの反応に満足した七海は、このまま完全に自分の人形にしようとあゆみの耳元に顔を寄せる。そのとき、あゆみの口から言葉が漏れる。

「ア、アリガトウ……ゴザイマス、ミカゲ……オネエサマ……」
「……え?」

 その言葉に七海の思考回路が一瞬停止する。
 アリガトウゴザイマスミカゲオネエサマ……言葉通りの文字が七海の頭に思い浮かぶ。七海はゆっくりとその意味を考えた。

『アリガトウゴザイマス』……それはすなわち感謝の言葉。
 誰に対して感謝の言葉を述べたのか……それは『ミカゲオネエサマ』に対して。
 では、『ミカゲオネエサマ』とは……少なくとも自分ではない。
 自分でなければ誰なのか……それを知るために、七海はあゆみを抱き起こし、質問してみる。

「あゆみちゃん……聞こえる?」
「ハイ……」
「これから、あゆみちゃんに質問をするわ。心の奥まですべてご主人様にさらけ出すのよ。間違っても嘘をついちゃダメだからね」
「ハイ……」

 そう言って念を押してから、本題へと入る。

「『ミカゲオネエサマ』というのは誰の事?」
「ミカゲオネエサマハミカゲオネエサマデス」
「あー、言い方が悪かったわ……その人のフルネームと、どこでどういう事をしていて、あなたとどういう関係にある人なのかを答えなさい」
「サナダミカゲ……フタバガクエンシッコウブカイチョウデ、ワタシノタイセツナオネエサマデス……」
「どう大切なの?」

 そこであゆみの口が止まり、数秒の空白が生まれる。沈黙に耐え切れず、答えを促す七海。

「さあ、答えなさい! あなたの心の奥に眠るその想いを、全部私の前にさらけ出しなさい!」

 その声と共に『力』を込めてみるが、あゆみは首を左右に振ってそれを拒む。
 あゆみの精神力に驚きながらも、二度、三度……繰り返し『力』を込めて答えるよう求める七海。それでもなお答えようとしないあゆみ。

 そんなせめぎあいに根負けしたのは七海のほうだった。集中させていた『力』を解き、大きくため息をつく。
 ここまで精神力が強いとは……いや、これはもはや精神力云々で片付くようなものではない。何か第三者の意思を感じさせるような……と考えたとき、ふとひらめくものがあった。もしかして、彼女はすでに『ミカゲオネエサマ』によって支配されているのではないか、と……それがいかなる手段によってなされているかは想像できないが、そう考えるのが一番自然である。
 そこで七海は作戦変更、『ミカゲオネエサマ』になりきってあゆみの心を開かせようとする。

「あゆみちゃん、今目の前にいるのはあなたの大好きな『ミカゲオネエサマ』。私はあなたの想いを知りたい。だから打ち明けて、あなたの心の奥底を……」

 優しくささやきかけつつもう一度『力』を込める七海。果たして、その『力』に押されたかのようにあゆみの口が開く。

「ワタシハオネエサマノモノ。ダカラワタシハオネエサマノタメニドンナコトデモシテアゲタインデス……シナケレバイケナインデス……ソレガワタシノイキテイルアカシダカラ……」

 心の内を七海に打ち明けるあゆみ……だが、その瞳は七海を見てはいない。彼女が見つめるのはその場にはいない『ミカゲオネエサマ』。訥々と紡がれる言葉もその『ミカゲオネエサマ』に向けて発せられていた。
 七海は悟る。間違いない、この子の心は『ミカゲオネエサマ』によって支配されているのだ、と……

 もはや先ほどまでの興奮は完全に醒めてしまっていた。男から授けられた『力』を使ったにもかかわらず、なおその心の奥底を自分とは違う人間が占めている……その事実に、大切なおもちゃを突然他人に取られたかのような苦い気持ちを味わう七海。
 悔しさ、怒り、嫉妬……七海の心から次々湧き上がってくる感情。それらはやがてひとつの感情に集約される。
 それは……憎しみ。あゆみの心をここまで深く支配している『ミカゲオネエサマ』を七海は本気で憎いと思った。
 だから七海は心に深く刻み込んだ。『ミカゲオネエサマ』……すなわち、学園執行部会長・真田美影の名を……

「真田美影……あなたを絶望のどん底に落としてあげるわ……」

 そして七海は感情の赴くままに、あゆみを美影から奪い取るための算段を考え始めていた。

 放課後……

「ここが真澄ちゃんや影美ちゃんが通っている学校か……」

 双葉学園の校舎を見ながらつぶやく知佳。ここに来た目的は、先日の計画通り美影と接触して影美の素性を聞き出すため。よく考えると、双子だからと揃ってこの学園に通っているという保証はないのだが、もし影美しかいないのならば、尾行して自宅を突き止めればいい、という程度の感覚でまずはこの学園に来てみることにしたのだ。

 学園の授業時間が終わる頃を見計らって来たのだが、予定より早く着いてしまったため手持ち無沙汰となる。
 部外者だから敷地内に入るわけにも行かず、もてあました暇を使って学園の敷地の周りをぐるりと一周、学園内の様子を遠巻きに眺める知佳。校庭で無邪気に体育の授業を受けている学園生を見て、ほんのちょっぴり学園生活が懐かしく思えた。

 今は、校門のそばにある建物の物陰で美影が出てくるのを待っているところ。別にやましい事があるわけではないが、真澄に見つかってあれこれ詮索されるのもなんなので、結局身を隠すことにしたのだ。
 果たしてうまく美影だけと接触できるだろうか……そう考えていたとき、美影が校門から姿を現した。どうやら一人で帰るようだ。
 知佳は美影の歩く方向を見定め、駆け足で先回り。あくまでも偶然を装い、正面から声をかける。

「美影ちゃん、また会いましたねえ」
「知佳姉さん……どうしてこちらに?」
「ちょっとした散歩のついでです。私の知り合いがこちらの学園に通っていると聞きまして……美影ちゃんもこの学校の学園生でしたか」

 白々しい言い訳だな、と内心思いつつ、驚き混じりの笑顔を作ってみせる知佳。

「知佳姉さんの知り合いがこの学園に……偶然って重なるものですね」
「そうですね……ところで今、時間空いています?」
「えっ? ええと……」

 そう話を振られて、腕時計を確認する美影。時間的な問題はなさそうだ。

「一応大丈夫そうですが……」
「ここであったも何かの縁……というわけではないですが、喫茶店かファミレスぐらいでお茶しませんか?」

 美影から話を聞くため、適当な場所に誘う知佳。

「お茶……ですか?」
「そう。お代は私持ちで構いませんし」
「そんな、奢ってもらうだなんて……」
「遠慮しないでいいですわよ。社会人の私のほうがお金持ってますし、こういう機会じゃないと『お姉さん』らしいこと出来ませんからね」
「影美も誘いますか?」
「うーん……今日は美影ちゃんとだけ話がしたいわね。影美ちゃんにはまた別の形でフォローするとしましょう」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて……」

 そんな会話を交わしつつ校門を離れる美影と知佳。それと入れ替わるようにして影美が校門から姿を現す。

「さてと、ここでしばらく時間をつぶすか……」

 そう言って校門にもたれかかる影美。
 少し暇なので、近頃の流行歌を鼻唄交じりに口ずさんでいると、横から由紀が声をかけてきた。

「影美先輩、何しているんですか?」
「なんだ、由紀ちゃんか……ちょっと人待ち」
「誰なんです?」

 待ち合わせの相手を教えようかと思案していると、そこへ真澄がやってくる。

「待たせたな」
「えっ!?」

 あまりいい思い出のない顔を見て、思わず身構える由紀。

「気にしないで、こっちもついさっき来たところだから」
「あの、先輩……待ち合わせの相手ってひょっとして……」

 恐る恐るたずねる由紀。内心に否定して欲しいなという願望を含めて。
 でも、現実はあっけないほど厳しい。

「そうよ」

 一言で肯定され、一瞬がっくり来た由紀。
 しかし、その分立ち直りも早かった。うなだれた顔をくいっと上げると、真澄と一緒に行こうとした影美の手をがっしりと掴み取る。

「あの……由紀ちゃん?」
「行きます、一緒に行かせてください!」
「いや、その……」
「いいですよね?」

 そう言いながら、由紀は睨みつけるような表情で真澄を見る。
 いきなり話を振られて驚きながら、無言でうなずく真澄。二人の関係も問いただそうと思っていたので、真澄にすれば願ったりな展開だ。

「あ、あの……」
「というわけでご一緒させていただきます、影美先輩☆」
「……はい」

 その迫力に圧倒され、思わず首を縦に振ってしまった影美であった。

 美影と知佳が並んでやってきたのは、学園近くのファミレス『ロイヤルポスト』。

「いらっしゃいませ~」

 型どおりの挨拶で二人を迎える店員。

「お客様、お煙草はお吸いになりますか?」
「そうですね……あいているならお願いします」
「かしこまりました、それではこちらへ……」

 そう言って店員は二人を喫煙席へ案内する。

「知佳姉さん、煙草吸うんですか?」
「ほんのちょっと……一日でせいぜい二、三本程度ですけど。美影ちゃんは煙草の煙も駄目?」
「いえ、他人が吸う分は気になりませんが……」

 そう言いながら席に座る二人。ちょうど向かい合うような格好だ。
 早速店員が注文を取りに来る。美影はホットミルクティーと日替わりケーキ、知佳はホットコーヒーを注文した。
 注文の品が来るまでの間、たわいない雑談で時間をつぶす二人。

「不思議ですよね……この前あれだけいろいろ話したはずなのに、まだ話の種が尽きないなんて」
「本当ですね。ところで……」

 美影たちがそんな会話を交わしている頃、影美・真澄・由紀の三人が『ロイヤルポスト』にやって来た。

「ファミレスか……まあ無難なところだな」
「喫茶店でもいいかもしれないけど、学校の近くでゆっくり話せるところというと、ここぐらいしかないし」

 そんな会話を交わす二人の後ろで、由紀はあれからずっと真澄を睨み続けていた。うなり声さえ聞こえてきそうなその顔は、気に入らない相手に対して毛を逆立てて威嚇している猫のようにも見える。
 真澄は意に介していないようだが、こうもあからさまに敵意をむき出しにされては、むしろ影美のほうが何かと気を使う。道中、由紀に何度か気を落ち着けるように言ってみたのたが、威嚇を解く気配は一向に見られない。

「いらっしゃいませ」

 手隙の店員が三人の前に現れる。
 厳しい顔つきの由紀を一瞥し、怪訝な表情を浮かべる店員。それを見た由紀はあわてて顔の筋肉から力を抜いて笑顔を作る。

「こちらへどうぞ」

 怪訝な表情から営業スマイルに戻した後、三人の身なりを見て禁煙席へと案内する店員。
 一瞬でも緊張を解いたからだろうか、由紀はいつもの明るい口調で影美に話しかける。

「煙草のこと聞かないんですね」
「この制服着ていて煙草なんか吸えると思う?」
「あ、それもそうですよね」

 そんな事を言いながら着席する三人。運命の悪戯か、そこは美影たちのいるテーブルから最も遠い位置にある席だった。

 美影たちの席に注文の品が届き、そこで会話は一時途切れる。
 手にするハンドバッグのファスナーを開き、そこから煙草とライターを取り出す知佳。
『1mg』と大きく書かれたパッケージから煙草を一本取り出し、口にくわえて火をつける。ゆっくりと煙を吸い込み、そして吐き出す。
 その間、美影はミルクティーを軽く口に含み、日替わりケーキとして届いたチーズケーキを口へと運ぶ。
 しばしの沈黙がその場の空気を支配する。先ほどまでの明るい会話が嘘のようだ。

「美影ちゃん……実はあなたに協力していただきたいことがあるんです」

 灰を軽く灰皿に落としたところで、おもむろに話を切り出す知佳。

「実はですね……私、とある事件の調査をしているんです。この街に引っ越してきたのもそのためなんです」
「調査、ですか?」

 なんとも中身の見えない話に、適当に相槌を打つ美影。
 しかし、『事件の調査』とは、探偵か何かにでもなったんだろうか……そんなたわいもない事を考えてしまう。

「ええ。ちょっとこれを見てもらえますでしょうか……」

 そう言って知佳はハンドバッグから紙切れを一枚出してくる。

「!?」

 それを見た美影は、チーズケーキを口に運ぼうとしたフォークを止め、思わず生唾を飲み込んでしまう。
 それは、新聞記事の切り抜き。『公園で大喧嘩、四人重傷』という見出しが付けられている。
 美影はその事件に覚えがあった。それも当然、ほかならぬ自分自身が『あやかし』の力を使ってけしかけた喧嘩なのだから。

「この事件は一例ですが、このところこのあたりで発生する事件の中に奇妙な現象が見られるんですよ」
「……と言いますと?」

 面倒だからと手抜きしたつけが回ってきたか……そんな内心の動揺を抑えつつ尋ねる美影。さらにごまかすため、中空で止めていたチーズケーキを口の中に入れる。
 知佳は切り抜き記事の一文を指差し、話を続ける。

「『なぜ喧嘩したのか覚えていない』『ふとそういう衝動に駆られて』……そんな証言が多いんですよ。中には『命令されてやった』と証言した人もいますが、誰が、と聞いても要領を得ない答えばかりで……」

 強制的な精神操作をして、その上で出会う前後の記憶を極端にあいまいにしたのだ。そういう答えが返ってくるのは当然よね……心の中で状況を客観的に解説している自分がいることに気づき、同じく心の中で苦笑する美影。

「で、その調査に加わるよう私が派遣されたわけなんですが、先にこの街に来て調査していた人の報告では、どうもその首謀者が影美ちゃんじゃないか、と疑っているんですよね」
「んくっ……えっ!?」

 いきなり出てきた『影美』の名に、口の中にあったケーキを飲み込んで驚きの声を上げてしまう美影。

「影美が……ですか?」

 首を傾げながら問い返す美影に、知佳もまた首を傾げつつこう答えた。

「私も正直言えば信じられません。だから当人にいきなりこの話を振るのもなんだと思って、まずは影美ちゃんの周りの人間から話を聞こうと……何かご存知ありませんか?」

 そう言って話を締める知佳を見ながら、美影は再度ミルクティーを口に含み、しばし考え込む。
 いくつか腑に落ちない点はあるが、最たるものは影美がなぜ疑われたのかということ。先の傷害事件を調査しての結果であれば、影美より先に自分が疑われてもおかしくないはずなのに、だ。
 ならばほかにどういう要素が絡んでいるのだろうか……影美が先に疑われる可能性をいくつも浮かべては消していくうち、ひとつの疑念が美影の頭に引っかかる。
 その引っかかった疑念を中心に仮説を組み立てていく。そして導き出された結論に自身が驚く。
 まさか、信じられない……それが正直な感想だ。だが、そう考えるのがもっとも自然で矛盾が少ない。
 その仮説を裏付けるべく、知佳にひとつ質問をする。

「知佳姉さん……影美のこと、永瀬真澄から聞きましたか?」
「ええ……やはり影美ちゃんは……」

『永瀬真澄』の名に少し驚きながら、美影の質問を肯定する知佳。それにより美影と知佳は互いの素性を悟ることになる。

「はい、知佳姉さんの想像通り、影美は『あやかし』です」
「そして、あなた自身も『あやかし』……違いありませんね?」
「ええ、その通りです……『護り人』の知佳姉さん」

 そう言い合って、二人は小さく笑った。それは、互いの疑念が氷解し、気兼ねなく話し合うことが出来る、という安心感がもたらした微笑みだった。

「単刀直入に聞く……どうして『あやかし』や『護り人』の事を知っている?」

 注文を済ませた後、店員がテーブルから離れるのを見計らって、影美に直球の質問をぶつける真澄。
 影美もまた、包み隠さず事実だけを述べる。

「ひいばあちゃんに聞いた」
「その『ひいばあちゃん』というのはどうして『護り人』のことを知っていたんだ?」
「元『護り人』だそうな」
「つまり、『護り人』の末裔が『あやかし』に取り憑かれたというわけか……なんとも間抜けな話だな」

 両手を左右に広げ、首をすくめる真澄。だが、影美の次の一言でその表情が一変する。

「ひいばあちゃん曰く、あたしたちの場合には『あやかし』が取り憑いたのではなく、隔世遺伝で『あやかし』の力に目覚めたそうだけど」
「バカな、先祖がえりの『あやかし』なんて聞いたことがない。そもそも『あやかし』は取り憑くものであって、子孫がいたとしても『あやかし』が取り憑いていなければ普通の人間と変わらないはずだ」
「高位の『あやかし』は実体を持てて、その気になれば人と結ばれることも可能、なんだってさ」
「でたらめを言うな、そんな話それこそ聞いたこともないぞ!」
「それじゃあ何ですか、影美先輩が嘘つきだとでも言うんですか!」

 横から割って入った由紀が真澄を睨みつけてそう言い放つ。
 茶々を入れられ、ちょっとだけ憮然としながら由紀の発言を否定する真澄。

「そんなことは言っていない。ただ、そんな話を聞いたことがない、と言っただけだ」
「じゃあ、勝手に憶測で話を……」
「由紀ちゃん、話がややこしくなるからおとなしくしていてね」
「は~い」

 影美にそう諭され、むくれながらもおとなしくなる由紀。

「ともかく、『あやかし』とか『護り人』とかの知識はそのひいばあちゃんが教えてくれたものだから」
「……納得はいかないが、とりあえずこの件は置いておこう。ほかに聞きたいこともあるしな」

 会話が一段落着いたところを見計らうかのように、注文の品がテーブルに届く。
 影美はコーラ、真澄はウーロン茶、そして由紀はと言うと……

「うふふ、実はこれが食べたかったんだ~」

 でんと置かれたロイヤルポスト名物『ポストボックスパフェ』……郵便箱をイメージしたどでかい箱状の器に、イチゴをふんだんに使った真っ赤なパフェが盛られている。ダイエット中の人間ならば見るだけでも吐き気を催すだろうそのパフェを、文字通りがっつくようにして食べ始める由紀。

「……なんだあれ、人間の食べ物か?」

 薄気味悪いエイリアンを見たかのような表情を浮かべる真澄。
 その光景を何度か見ている分、真澄よりは精神的に余裕を持って見ることが出来る影美ではあるが、それでも甘いものを食べるときの由紀の食べっぷりには感心する……というか、あきれるばかりである。
 あれでよく舌の感覚が麻痺しないよなあ……以前一度口にした由紀の手作りクッキーの味を思い出しながらそんな事を考える影美。普通の料理は普通に作れる由紀も、ことデザート類に関しては無類の甘党なのだ。

「大体の事情は分かりました……」

 美影から事の経緯を聞いた知佳は、ゆっくりとコーヒーを飲み下してそうつぶやいた。
 互いに相手の腹のうちが読めたことで、その後の会話は極めてスムーズに進んだ。お互いの素性、最近の騒動、そして先ほど見た新聞記事……出し惜しみするのはもったいないとばかりに語り合い、今ようやく一段落着いたところである。

「安易に『あやかし』の力を使ったのはいただけませんね。軽率な行動は慎んだほうがいいですわよ」
「はは……そのあたりは反省してます」
「まあ、一連の騒動にあなたたちがほとんどかかわってなかった、と分かっただけでもこちらとしては収穫でした」

 ソファーにもたれながらふうっと息をつく知佳。一方、美影はちょっとだけ疑問に思ったことを口に出す。

「それにしても、疑わないんですね」
「何をですか?」
「私の言動を、ですよ。特に私たちが『護り人』と『あやかし』両方の血を引いているという話なんて、普通信じられないと思いますが」
「ああ、それですか……あなたを信用しているのもひとつですが、『あやかし』の血を引く『護り人』がいるという話は聞いたことがありますから」
「ご存知だったんですか?」
「ええ。私の場合、『守護者協会』内での立場上、古い文献に接する機会が多いから、そういう知識は割と豊富なんですよ」

 そこまで話したあと、顔を美影に近づけ声を潜める。

「もちろん、『守護者協会』の上層部もそのことは知っているでしょう。『護り人』と『あやかし』は相容れない存在であり、それが結びつくことなどありえない、と表向きは主張してはいますがね」
「主張の本音は大方、そういうイレギュラーを認めるとややこしいから、といった所でしょうか?」
「大当たりです。さすがに分かりますか」

 ずばりと答えを言われ、苦笑いする知佳。

「そのあたりはうすうすと。影美から聞くところの永瀬さんの応対なんかもその影響でしょうし」
「確かにそれもありますが、真澄ちゃんの場合はちょっと特殊な事情がありましてね……」

 そう言いながら腕時計を確認する知佳。見るとかなり時間が経っている。

「あら、もうこんな時間ですか……そろそろ話を切り上げましょうか?」
「そうですね、これからのことはまた次の機会にでも……」

 そんな会話を交わしながら席を立つ二人。

「『守護者協会』には私のほうからとりなしておきますよ」
「いいんですか?」
「争うばかりが能じゃないですから。個人的意見として二人と戦いたくないというのもありますがね」

 言ってウィンクをしてみせる知佳。

「これであたしが知っていることはすべて話したわ」
「いまいち信用ならないな……本当にやってないのか?」
「やってないわよ、アリバイだってちゃんとあるんだからさ」
「……まあいい、この話はここらで終わりにしよう。これ以上は平行線だろうしな」

 真澄は小さなため息をついてそうつぶやいた。
 真澄からの話が一通り済んだと判断した影美は、駄目元で影美に要望を出してみようとする。

「それはそうと、あたしからお願いがあるんだけど……いいかな?」
「『見逃してくれ』なら却下だ」
「けち」

 先回りで答えられ、思わず本音が漏れてしまった影美。

「どうしても? あたしとすれば、人様に迷惑をかけるつもりも『守護者協会』と対立するつもりもさらさらないし、あなたさえ目を瞑れば事は丸く収まると思うんだけど」
「人様に迷惑ねえ……じゃあ、隣にいるのはなんだ?」
「そ、それはその……」

 そう話を振られると、影美としては何も言い返せない。
 しかし、今度はその『隣にいるの』が口を出してくる。

「影美先輩を悪く言わないでください!」
「だが、赤の他人を『しもべ』にするのはどう考えても……」
「迷惑じゃありません、わたしは今とっても幸せなんですから」
「それは、お前が『あやかし』に魅せられた『しもべ』だからだろう?」
「じゃあ聞きますけど、普通の人の恋愛とかとどう違うんですか?」
「普通の人間にない『力』で人を無理矢理操るのは『恋』とは違うだろうが」
「そんなのナンパで嘘八百並べ立てて口説くのとどれほどの違いがあるんですか? 相手を不幸にしない分こっちのほうが数倍マシです」

 ある意味へ理屈とも言える滅茶苦茶な理論でまくし立てる由紀。真澄も負けじと突っ張ってくる。
 さすがにこの口論には影美がうんざりしてきたようで、二人の間に割って入るようにして会話を止める。

「ストーップ! 二人とも落ち着きなさいって」
「でも……」
「でもじゃないの。あまり大声出すと周囲が不審がるわよ」

 両者憮然としながらおとなしくなる。

「ともかく、少なくとも私の一存では決められない。今回だってあくまでお前の素性を知るためにこうやって会話しているんだ」
「じゃあさ、『守護者協会』にこっちの言い分も聞くように進言してもらえない?」
「下っ端の私がそんなことできるとでも思うのか?」
「言うだけはただ。あなたが下っ端なんて今知ったし」
「確かに言ってはいなかったが、普通想像つくだろう?」

 いかにも不機嫌そうに答える真澄。

「それに、現状ではあんたに頼む以外の道がないんだから」
「それもそうだな」
「せめてあたしらの存在を伝えないだけでもいいからさ」
「無理だ、もう報告はしたからな……現状はお前を倒すための応援を待っているところだ」
「やっぱり戦う気なのね……戦いたくないと言っている相手に無理矢理挑んで怪我したら損でしょうに」
「損得勘定で動くものではなかろう、『あやかし』討伐は」
「もう少し、そのあたり柔軟にしたほうがいいと思うけどなあ……」

 ため息をつく影美。

「もうほかに言うことはないか?」

 そう告げる真澄に二人は反応しない。もう話すことはないと判断した真澄は、勘定書きを手にとって無言で席を立つ。それにあわせて影美と由紀も席を立ち、レジへと向かう。

「1000円からお預かりします……55円のお返しになります、ありがとうございました」

 レジに着くと、ちょうど先客がおつりを受け取ったところだった。その客がこちらを向いたとき、互いが声を上げた。

「椎名先輩!?」
「美影に知佳姉ちゃん!?」
「美影先輩!」
「真澄ちゃんに影美ちゃん!?」
「影美、あなたがどうしてここに? それに由紀ちゃんまで……」

 五人五様の驚き。何事かとレジに立つ店員が覗き込んでくる。
 一斉に驚いた反動か、一斉に黙り込んでしまう五人。その中で最初に口を開いたのは真澄だった。

「『知佳姉ちゃん』って……ちょっと待て、お前椎名先輩の事知っているのか!?」
「そっちこそどうして知佳姉ちゃんの事を知っているわけよ!」
「椎名先輩は私の先輩だ……『護り人』としてのな」

 真澄にそう言われて知佳を見る影美。知佳はばつの悪そうな表情を浮かべながら首を縦にひとつ振る。

「嘘……」
「お前のほうはどうして椎名先輩を知っているんだ?」
「小学校のときに隣近所だったのよ」
「な……!?」

 今度は真澄のほうが知佳を見る番だった。同じように首を縦にひとつ振る知佳。

「椎名先輩、どういうことなんですか! 真田影美が先輩の知り合いだなんて聞いてないですよ!」
「そ、それはその……」
「そんなことより早く会計を済ませたほうがよくありません? 話は外に出てからでも出来るでしょう」

 脇から美影にそう言われ、仕方なくレジに向かう真澄。

「待って真澄ちゃん、私が払うわ」

 それを制するようにレジの前に割ってはいる知佳。真澄はわずかに逡巡した後、無言のまま知佳に勘定書きを渡した。

 そろって『ロイヤルポスト』の外に出る五人。なんとなく気まずい雰囲気が流れる。

「先輩……まさか『あやかし』に情けをかけようと言うんじゃないでしょうね?」

 真澄の問いかけに何も答えない知佳。

「『あやかし』に情けをかけた『護り人』がどんな末路をたどったか、先輩だって知っているはずでしょう?」
「ですが、影美ちゃんたちは……」
「言い訳なんて聞きたくありません。知り合いだからと例外を認めていたら周りに示しがつきませんよ」

 そう言われると知佳としては黙るほかない。

「不愉快です……先に帰らせていただきます」

 そう言い放って背中を向け、早足で離れていく真澄。
 無言のまま立ち尽くし、真澄を見送る四人。先の角を曲がり、姿が見えなくなったところで美影が口を開く。

「いいんですか、あのまま放っておいて」
「今私が行っても激昂するだけですから。ほとぼりが冷めるまでは放っておく方がいいかもしれません」

 深いため息をつく知佳。

「こうなることは分かっていたんです。美影ちゃんと秘密裏に接触したのもそれが理由ですし」
「でも、あの怒りよう……尋常じゃないですよ」
「あれでも一時期に比べればかなりおとなしくなったほうです。『あやかし』のせいで大切な家族を失った、あの時に比べれば……」

 上空を見やりながら真澄の過去に触れる知佳。それには皆が沈黙するしかなかった。

< 続く >

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