第四夜
(毎度、ごひいきに。また春をつれてまいりました。なお、いつもの犬は干支も変わったことでこのたび司会を辞任致しましたので。)
百合樹は、美子の入っていた病院の前で、おちつかない状況のままその夜を過ごしていた。
「もしかして、一段落したろうか。」
少したって、百合樹は受付の面会係の窓口に行き、美子のようすを尋ねてみたが…。
「小川美子さん?だめです。いま、面会謝絶中です。かなりひどい状態のようなので、今晩はまず無理だと思います。」
「そ、そんなひどい状態って…。」
「輸血をいま施している最中ですが、どうなるかはなんともいえないという治療の現場からのお話です。とりあえず、お引き取りくださいませ。」
百合樹は、絶望の思いにかられた。ついさっきまで楽しくセックスまでして戯れていた相手が…、とうとう落ち着かなくなり、その病院を足早に出て、家までそのまま走り続けていた。
「ただいま。」
「まあ、百合樹ったらこんな遅くまでどうしてたの。友達のところへ遊びに行ったっていってたから、ほうぼうへ電話かけてみたけど、みんな来てないって、心配されたわよ。」
「わかった、ごめん。ちょっと疲れたからすぐ寝たい。」
「ばんごはんは?」
「いらない。」
そのまま、百合樹は自分の部屋に直行して着替えもせずすぐ寝てしまった。
夜中になっていた。百合樹は辛い夢をみていた。
「ばさっ。」
「うわっ、ぼくの頭の上から、なに?これ、えーっ?髪の毛のカツラみたい。」
「そうよ。カツラよ、かぶって鏡見たら?似合うわよ。」
「すごい、腰まで届いている。でもどうしてこんなカツラが、あっ、後ろを見たらおねえさんが…。」
「そうよ。もう、この世に未練ないから髪の毛だけ残しておこうと切ったの。記念にあんたにあげるわ。わたしの形見と思ってずっと大切にしてね。」
「おねえさん、どこへ…。」
「さようなら。」
「やだ、待ってよ。いかないで…。」
百合樹は目覚めた。まさか、美子はほんとうに死んだのでは…。そう思うといてもたってもいられなくなっていた。
夏の夜だったのでやはり蒸し暑く、部屋の窓をあけていたが、もう反動で眠れなくなった百合樹はそのまま窓から身をのりだしていた。ちょうど、満月の青白い光が当ってきたのであった。
するとどうだろう。背伸びした百合樹の身体が、そのまま宙に上がっていったのである。
「いったいなんだい?また夢を見てるのかなあ。空に飛んじゃうなんて、でも、自分の意志でもないし…。」
そのうち、百合樹の頭に話しかけてくる声がきこえていた。
「うふふふ。またびっくりしたでしょう。あなたに会いたくなったから呼んでるのよ。」
「も、もしかして、おねえさん?おねえさんなんだね。」
「そうよ、わたしよ。」
たしかに、病院のほうに向かって飛んでいることがわかった。美子の髪の毛が放っている香りにひかれ、だんだん飛んでいる高度もより上になって、病院のなかでもだいぶ高い階にある部屋に入ったのである。
美子はベッドの上に正座して起き上がり、二つに分けた髪をそれぞれ耳の下のところで黒いヘアゴムでくくっていた、三つ編みではないおさげの姿だった。
「おねえさん、よかった。死んでなかったんだね。」
「そんな、ちょっと軽い症状で倒れただけよ。」
「でも、輸血するほどひどかったって、病院の人が言ってたけど。」
「ふふふふ。だいじょうぶよ。元気になったから。ふふふふ。やっぱりね。」
「えっ?」
百合樹は、さっそく美子に股のあたりに手を伸ばされていたのである。髪形を変えていた美子の姿を見てまた興奮していたためであった。すぐにズボンのホックをはずされてはいていた下着もまたぬがされていた。
「手が早いでしょ。わたしって。」
「そんな、ここは病院なのに。」
「いまは夜中でだれも起きていないわよ。この部屋もわたしひとりだけだし。」
「わ、わかったよ。」
美子が身体をかがませて百合樹の性器に顔を近づけ、そのまま美子の後ろ姿が百合樹に見えるようになり、くっきりと分けられているおさげのヘアラインにまた百合樹は見とれてしまうのであった。その心を察した美子が百合樹にまた魔力をかけ、百合樹はいつのまにか自分の両手がそれぞれ美子の髪をわしづかみにしていた。そ
して、美子のヘアラインが切れているうなじのところに顔をうずめ、髪の香りをかいではハアハアしていた。
「ふふふふ。もっと強く握っていいわよ。わたしの髪を。」
「ああ、ああ…。」
そのうちに、百合樹は性器に痛みを感じていた。
がぶーっ!もしかすると…。
美子のうなじから顔をあげると、血がしたたり落ちているのが見えた。そして、美子が顔をあげると…。
「くくくく。」
「おねえさん…。ぼくから血が吸えるようになったの?」
「そうよ。べつの型を輸血したから。」
さきほどまでの優しい表情が、恐ろしくしかも精液のよだれも血といっしょに垂らしていた淫乱な顔になっていたが、百合樹は特に驚いてもいなかった。むしろ、美子の吸血鬼としての怖さよりいやらしさに百合樹は度々衝撃を受けていたからである。
「なんだ、そうなの。」
「うふふふ。もっと吸わせてもらうわ。」
もう、思いきり吸ってしまって…。おねえさんに殺されるなら本望、このきれいな長い黒髪に包まれながら死んでいくことができるなら…。そう思い詰めている百合樹だった。
血を吸い尽くされた百合樹は、そのままがくっとなっていた。
翌朝を迎えた。
百合樹はぐっすり眠ってしまい、目覚めた時は正午に近かった。
「あれ?ここは自分の家か。ゆうべはおねえさんに病院に誘われていたのに。いつのまに戻ってきたんだろう。おや?これは…。」
百合樹は、傍らに手紙らしいものがあるのを見つけた。女の子らしいピンク色の便箋できれいな文字で綴られていた。
ゆうべはあなたからたくさん血を吸わせていただいたわ。ありがとう。おかげですっかり元気になれたわ。あなたの家には誰にも気づかれないようにして夜明け前に帰したから。病院は数日で退院できるようになると思うから、家に帰ってからまたあなたを呼ぶわね。でも、そのまえにあなたもわたしに会いたくなったらいつでも
おいで。
おねえさんからの手紙だ。本当に…よかった。百合樹はようやく安心してくるのであった。
「百合樹、いくら夏休みになったからといって、寝坊しすぎよ。ゆうべもあんなに早く寝ていたんだし。」
「わかったよ。なんか、おなかすいてきたよ。」
「とっくにごはんはできてるわよ。」
「じゃ、いただきまーす。」
美子にたっぷり血を吸われているのだから、本当は誰かの血を吸いにいかなければと思うところ、百合樹にはそれよりも食欲のほうがいまは旺盛になっているようなものであった。
食事を終えて自分の部屋に戻った百合樹は、また何度も美子の書いた手紙を読み返していた。事実上の初めてもらったラブ・レターでもあったからだ。百合樹には、たしかに美子に対する好意が単なるスケベ心ではなく、本物の恋心として芽生えているようであった。
「でも、おねえさんはぼくのことを、本当はどう思っているのかな。」
やっぱり昨日言われたように遊び相手にすぎないかもしれないが、それでも百合樹は構わないと思った。片思いでもとことん、美子に一途になろうと。
はたして、二人の間はこれからどうなっていくのだろうか。
< まだまだ…女子高生の謎が残っているので…つづく >