おねえさんの下僕になって 5

第五夜

「ワン、ワン、ワン。」

 おや?司会者をやってクビになったはずの犬が、いったい何をしているのだろうか。

「ワン、ワン。」
「いいぞ、おまえ、だいぶ飛ぶ距離が長くなったな。ただ、足の早さは平均よりイマイチだな。」

 どこかと思ったらそこは…、なんと警察犬の養成所であった。ついにあの犬は仕事探しをしてこの養成所に入学?したのである。

 養成所のサイレンが鳴った。それも「いぬのお●わりさん」の着メロであった。

「よーし、今日の実技はこれまで。」
「ワン、ワン(『ありがとうございました』の一礼)」

 もちろん、この犬だけでなくほかにも大勢の生徒犬がいるわけだが、みんなゾロゾロとその養成所内の建物に入っている。なんと、この養成所には学科の授業があるのだ。なれない筆記用具などを手にして席に一同着いていた。
 教室には先生らしい犬が眼鏡をかけて入ってきた。どうやら、女つまりはメスの人間でいえば中年にあたる程度の先生である。

「えー、みなさんをこうしてこのほど大量急募するようになったのはほかでもありません。この世界に怪しい侵略者がきているとの情報が入っています。それを人間の力だけではふせぐことが難しいというので、急遽助けが必要ということになったわけです。わたしたち犬は、人間にとって最も愛される動物としての栄誉を受けてこうして代々幸せに生きることができてきました。今度こそ、人間にも恩を返さなければならないと私たちは思います。」
「先生、人間のためはいいけど、怪しい侵略者なんてほんとうにいるんですか?」
「いるのです。人間にはわかりませんが、人間のかっこうをしています。というより、人間のだれかが侵略者にされてしまっているのです。」
「ということは、どういう侵略者なんですか?」
「吸血鬼というのです。宇宙からいつのまにか人間に寄生して、その寄生された人間がまたべつの人間から血を吸ってその人間も吸血鬼にしています。じわじわと少しずつこのあたりにもふえています。」
「それを見つけてやっつければいいの?」
「やっつけられるかどうか、かんたんにはいきません。なにしろ宇宙からの侵略者ですから。」

 ふーんという、生徒犬の、あまり実感を抱いていないような姿勢にやや苛立ちそうになった教官犬だったが、とつぜんとびあがって窓のほうに顔を出したのである。

「先生、突然どうしたんですか?」
「いま、吸血鬼がそこの道を通っていったけど…?」
「けど…って。」
「追わないんですか?」
「あの吸血鬼はそんな問題ではありません。なぜなら、襲う相手が限られているからです。」
「限られているって?」
「自分に近づいて来る者しか襲えないからです。まあ、話したいことはまだたくさんあるので、授業の続きをしましょう。」

 通りがかった吸血鬼とは、ほかでもない、あの退院して帰宅途中の小川美子であった。背中いっぱいに長い黒髪をひろげたままヘア小物も一切つけずにゆっくりと歩いていた。
 しかし、例の犬は少し気になって、養成所の授業が終了した後、美子の歩いていったあとを少しクサイと思いながらもかぎつけていったのである。

 その犬が美子の家にたどり着く少し前に、百合樹が訪れていた。
 百合樹が来ていることはすぐ美子の感覚でわかってしまうため、早々に家の玄関を開いていた。

「おねえさん、もう退院してたの?数日で退院するっていうからまだいるのかなと思ってさっき病院に行ったのに。」
「うん、もう治すところないからって、急に決まったのよ。あんたも気が早いわね。」
「よかった、それでさっそくだけど。」
「なあに?」
「あの、これ、教えて。」
「なに?もしかしてあんた、学校の夏休みの宿題じゃない。」
「おねえさんならぜったいわかると思って。」
「あのね、ただじゃ教えられないわよ。」
「わかってる。いくらでもおねえさんの好きなようにしていいから。」
「まあいいわ。うちの女子高もいちおう、短大に進学したら保母の免許もとれるから、小学生を教えるのは構わないだろうけど。ふふっ、そうだわ。家庭教師ということにしてあんたのおかあさんに言っておけば、わたしたちも公認の仲になれるわよ。」
「そしたら、お金払うんでしょ。」
「そりゃ、わたしだって小遣いぐらいもっとほしいし。」

 さて、美子の家にようやくたどりついた犬であったが、また反対方向からも別の者と対面したのであった。制服姿の男子高校生であった。実は先日、美子に血を吸わせるために百合樹が誘おうとして未遂になった、美子の元同級生である七市名無男(なないち・ななお)である(いいかげんな名前だがこれが本名なのだから仕方ない、前回は名を名乗らなかったが)。

「まいったぜ。工事中の道が二箇所もあって通れないなんて、なんでいつもの道をわざわざ遠回りしないといけないのか。ん?なんだい、小川の家の前に、ありゃ?」
 名無男がその犬を見て驚いたのは、犬が筆記用具を抱えていたことである。そして、紙に次のように文字まで書いてさしだしたのであった。

 『ここにすんでいる・いえのにんげんについて・しっていることを・いってください』

「はあ?こいつ、人間の言葉がわかるのか。テンとかマルの使い方までは知らないがひらがなだけ書けるんだな。ここに住んでいるって、女のほうかい?」

 『はい・ものすごくあたまのけがながい・ふとっているあしの・にんげんです』

「やっぱり小川美子か。ちょっと待てよ…。ああ、おれは同じ学校にいたけどほとんどしゃべったことないし、なかよかったわけじゃないからあまりよく知らないけどな」

 『そうですか・ありがとうございます』

「いいのか。あ、そういえば、ちょっとひとつだけきいていいかい。」

 『どうぞ・ぼくのことならなんでも』

「おまえ、親はいるのかい?」

 『いません・ぼくがうまれたときにすぐしんだみたいです』

「そうか、やっぱり。」

 『やっぱりって・なんですか』

「ま、俺は関係ないから、じゃあ、早く帰って勉強しないといけないからな。」

 名無男はこうして去っていったが、いまは学校はどこでも夏休みのはずであるがここだけの話、彼は期末試験で赤点をとったために補習授業のため、学校に通っていたのである。そういうことはどうでもいいとして、名無男がいまの犬を見た時に感じたのは、実は名無男が美子と同じ学校にいた頃に、美子の恐ろしい実態を見ていたことがあったからである。ある夜のこと、美子が一度に二匹の犬にがぶっとかみついて流れ出て来る血を吸っていたという、美子の正体を知っていたからであった。驚いた名無男は気づかれないうちに足早に去っていったが、かみつかれていたほうの犬が、そういえばいま会った犬にもよく似ていると思ったのであった。

「どうせ、通りすがり。勝手にやってくれって感じだ。」

 名無男も、悪夢は思い出したくないようであった。どうやら、美子はその犬にとって親の仇ということになり、そして犬も名無男のようすからしてすでに感じ取ってしまったようである。

「うふふふ。」
「ああ…ああ…。」

 美子の家では、宿題を見てもらった百合樹がまた風呂場で美子と互いに裸になって戯れていたのであった。

「こんど、背中あわせになろう。互いに立って。」
「うん。」
「ほら、わたしの髪の毛をあんたの頭の上にかぶせるから。鏡で見てごらん。自分の髪の毛が長くなっているみたいでしょ。」
「ほんとだ、このへんが首のあたりで。」
「うふふふ。じゃあ、そこでふたつに分けてまとめてみて。三つ編みにするから。いいわよ、手を放して。」

 百合樹の頭の上に美子の長い黒髪がばさっとかかって、百合樹の胸にも首の両側から美子の髪が垂れてきたのであった。その垂れているところを美子が編んでまた百合樹の身体のほうに垂らすのであった。百合樹は自分の髪が三つ編みになったような姿にまた興奮し、性器をたたせてしまうのであった。

「おねえさん、また出そうだよ。」
「おほほほ、自分の姿にも興奮するのね。」

 すると、すかさず美子が身体を一回転させて百合樹の性器にかみつくのであった。長い髪の者が身体を回転させると風がなくても実に激しく舞っているものである。美子の、百合樹の身体にあわせて少し先で三つ編みにまとめている髪がまた百合樹をぼーっとさせるのであった。
 じゅるじゅるっ…、ぴちゃぴちゃぴちゃっ…。

「うう…うう…。」
「いいわね。今夜の夜中、あんたを誘うから。女の子を用意しているわ。あんたより少し歳が下だと思うけど、その子を襲って吸血鬼にしてくるのよ。」
「女の子を?」
「たまにはあんたも下の子にいたずらしてみたいでしょ。髪の毛長いわよ。お尻こえるぐらいあるから。」

 そう聞くと、ますます興奮してくる百合樹である。

「さ、そろそろゆうごはんの時間でしょ。おうちに帰ったほうがいいわよ。」
「うん。今夜の夜中にね。」

 百合樹は、影で犬が隠れているとも知らず美子の家を出ていった。実は犬は少し疲れてその場に眠っていたのであるが、百合樹の玄関をあけて出ていく音にようやく目覚めていたのであった。

(いまなら、ひとりしかいないな。)

 一転して、犬が仇役に…。百合樹は美子を守れるか。

< つづく >

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