おねえさんの下僕になって 6

第六夜

 百合樹が美子の家を出ていったのを見計らって、美子がひとりしかいなくなったと思った犬は、いまが復讐のチャンスとばかりに行動を起そうとしていた。

(よーし、あの窓が開いているぞ。自分の身体ならなんとか入れる。)

 犬は、そのわずかにあいていた家の窓から侵入しようと、その窓の下まで走ってきて壁をよじのぼろうとした、その矢先だった。

『うわっ、急に、なんだい?』

 犬の尻尾にかみついていた、別の犬がそこに来ていたのであった。

『な、何をするんだよ。』
『あなた、人間の家に勝手に入るなんて、やめなさいってば。』

 犬と同じ警察の訓練所で授業を受けていた、牝犬であった。

『どうして、君がここへ。』
『寮(?)で夕食の時間というのに、あなたがいないから探していたのよ。こんなところで、勝手に出ていったりしたら怒られるでしょ。』
『ぼくは…。』
『あなたがしようとしていることはわかっているわ。自分の親を殺した仇をとろうとしてるんでしょ。』
『どうして、そんなことがわかるの?』
『そこが、人間でもわからない犬の特別な力よ。わたしたちはそういうところを世の中のために役立てようということで警察学校にいられるの。自分の立場をわきまえなさい。』

 牝犬が、またかみつきながらその犬をつれ戻そうとしていた。

『でも、ここにいる人間の女だって、吸血鬼だよ。』
『先生が言ってたでしょ。人間に危害を加えることがほとんどないのだから、むだな行動には出ないようにって。そりゃ、わたしだって実の親は知らない、捨てられていたところを人間のおじいさんに拾われて、ずっと飼ってもらっていたわ。そのおじいさんにはほんとうにかわいがってもらって。けれど、ひとり暮らしで身寄りがないまま死んで、こうなったら、人間のためにお礼がしたいと思って…。』
『もう、人間には恨みがないからって言いたいんでしょ。』

 そうこうして話し合っていると、別の犬たちがやってきたのであった。

『ほら、みんな心配して探しに来てたじゃない。今日はとりあえず帰りましょ。』
『うん…。』

 結局、説得されて犬は美子の家から去っていったのであった。

 外のようすがやたら騒がしかったことに美子も気づいていた。さきほどの開いていた窓から、美子に背中ならぬ尾を向けて去っていく犬の集団を見て何事だろうかと美子は一瞬思った。
 そして、美子はそのなかの一匹にどこか見覚えのある犬がいるということも感じていたのであった。

「あの犬、たしか…。」

 どうやら、昼間にたまたまここで帰宅途中だった、美子のもと同級生だった名無男と同じようなことを思い出したようである。

 そして、その夜中、家の者がみな寝静まったのを見計らって、百合樹がまた開いていた自分の部屋の窓から外に抜け出し、夜空に飛んでいったのである。

「あの家よ。ほら、あの二階、窓が開いているからそこから入ればいいわ。」
「はい。」

 例によって、テレパシーで入って来た美子の命令で、百合樹はその家の窓から侵入していったのであった。百合樹より年齢が二つか三つぐらい下の少女が、両側の耳もとにそれぞれかわいらしい水玉のボンボンを巻いてまとめたおさげの髪を、また三つ編みに結って腰のところにピンク色のヘアゴムを結んだまま寝ていたのを見つけて、百合樹はひと目で興奮してしまうのだった。

「その子を襲う前に窓を閉めなさい。部屋の扉もしっかり閉じているのを確認すれば、もうその女の子がどんな大声あげてもまわりには聞こえなくなるから。」
「はい。」

 美子の命令をまた受けて、いよいよ女の子を襲えるという準備にとりかかっていく百合樹であった。窓を閉めた物音に少女も目覚め、百合樹の姿に驚かざるを得なかった。

「だ、だれ?あなたは、きゃーっ!」
「くくくく、血、血がほしい…。」

 少々笑いながら、貫祿のない感じの吸血鬼に見えてしまった百合樹であるが、牙のはえた百合樹の顔を見て、やはり少女はこわがってしまった。

「きゃあーっ!だれか来て。」
「この部屋で叫んでも外には聞こえないよ。さあ、おまえも吸血鬼になるんだよ。」
「いやよ、いや。来ないで、こっちへ。」
「ふふふふ。」

 少女が立ち上がったベッドに百合樹は飛び移り、背中を向けて逃げようとする少女に、百合樹はその背中に近づいてさっそく少女のおさげ髪を両手で一本ずつ、ボンボンのすぐ下のあたりをわしづかみにしながら抱きついたのである。髪の毛だけでなく、少女の腕や胸も寝間着ごとじかにつかんでいたのであった。

「いやっ、いや!」
「ふふふふ、いやがるところを襲うのがいちばんやりがいがあるんだよ。」
「うう…。」
「ひひひひ。」

 百合樹は着ていたパジャマや下着も脱ぎ始めて性器を露骨に現わし、少女の着ていた寝間着の下裾を引っぱってそこに性器を突っ込ませてしまった。興奮して精液も流れだし、少女の下半身を汚していくのであった。

 どっくん、どくん、じゅるじゅるじゅるじゅるーっ…。

「ああ…、あ、ああ…。」
「くくくく。」

 百合樹は後ろから自分の首を少女の肩越しに出して、まとめたおさげ髪を外側にひっぱりながら、その首にかみつき始めたのであった。血がいくつも出てきては舌ですくって吸い込む百合樹だった。

 がぶーっ!ちゅばちゅばっ…。

 気絶してがくっとなった少女も、しばらくして口から牙をはやしながらうつろな表情で目覚めるのであった。百合樹にたっぷりと血を吸われた少女も吸血鬼になったのである。

 少女の血を思う存分吸いつくした百合樹は、これで美子にいくらでも血をあげられるとばかりに急いで美子の家のほうへ向かおうとしたのであった。だが…。

「今夜はわたしのところへ来なくていいわ。自分の家に帰りなさい。」
「えっ?でも…。」
「性欲がわかないの。必要になったら呼ぶから。」
「うん…、でも、おねえさん、なんか変だよ。いったい突然どうしたの?」
「念のため、言っておくけれど、わたしはべつにあんたにわたしのこと一途になってもらおうなんて思ってないのよ。いま別に女の子を襲えたんだから、そのほうが気持ちいいでしょ。」

 どこか、心変わりでもしたのかと思った百合樹だったが、もともと自分のような子供など恋人などと思うわけがないと、納得して帰るしかないと考え直したのであった。

 その百合樹が自宅のほうに空を再び飛んで戻ろうとしているその下の道では、方向と無関係に走っていく犬の姿があった。さきほどの牝犬の言葉にも納得していなかったようで、どうしても復讐を遂げようと脱走していたのであった。

 そして、犬が美子の家へとやって来ると、その玄関の扉が開いたのであった。

『ええ?よく起きているなあ、こんな夜中に。』

 驚いている犬に対し、玄関に出てきた美子は全く心を動じることもなかった。

「よく来たわね。お入り。」
『えっ?』
「だれもいないわよ。ほかにこの家には。」

 入ろうとした犬であったが、ちょっと待ってよと思った。復讐しようにも、なにも武器もないままで、なにができるのだろうかと。第一、自分の両親とも一度に二匹も殺している恐ろしい相手、家に入ったら自分のほうが殺されてしまうかもしれないと思い、その場に立ち止まったのであった。
 しかし、犬にとっては美子のほうから思いがけない言葉も告げられたのである。

「あなた、わたしのことを殺しに来たんでしょ。」
『はあ…。』
「たしかに、わたしはあなたの両親を噛み殺して血を吸いつくしたわ。わたしのお尻に二匹ともとびついてきたから。わたしの匂いを好んだからのようね。」
『…。』

 犬は、美子がまたそんなことまでわかっていたとは、驚いているばかりだった。
 すると、美子は玄関の脇にあった大工道具を持ち出して開き、金槌と釘をその犬に渡したのである。そして、玄関の床にまた横になったのであった。長い黒髪はそのままべたっと床につかせながら広げたままで。

「さあ、わたしの心臓はここよ。その釘でここを刺せば、わたしを殺すことができるから。」

 美子は、死を選ぼうとしていたのである。
 渡された金槌と釘を手にした犬であったが、こうなってくると困ってしまった犬であった。

『はあ、はあ…。うーん。』

 数分たったところで、犬はその金槌と釘をその場に落としてしまい、また美子に対して後ろ向きになって逃げていったのである。
 どうやら、犬も親の仇討ちなどやめる気になってしまったようであった。

「結局、あの犬もわたしのことは殺せないんだわ。しかたない、なにも食べないで餓死するとか、方法はなさそうだわ。」

 ところが、その時だった。

 夜空から、円盤か隕石なのかわからないようなものが落下してきて、またも美子の前には怪しげな者が現われ始めようとしていたのである。玄関の床に寝転んでいた美子も起き上がって、やってくる得体の知れない者と向き合おうとしていた。

 その正体とは…、実は美子がなぜ吸血鬼になっていたのかを解く鍵も握られているのである。

< つづく >

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