世界の中心から東に進むことおよそ10000マイル、最果ての海の上に、ジパングという国がある。
八つの大島から成ることをもって、かの地の民は自らの国を八洲(やしま)と呼び、またその豊饒を誇って秋津洲(あきつしま)とも称した。
無数の地霊・精霊が神を名乗っていたその島々に、天より神族が下ったのが千年を二度(ふたたび)重ねた程の昔。
神族の末裔は今もってこの国の帝(ミカド)の地位にあったが――
全ての者がその命に服したわけではなかった。
八洲の首府、京の街を、馬を曳いて発つ一人の男の姿がある。
歳はおそらく三十ほど、取り立てて印象に残らない整った顔と、引き締まった肉体を持つ、商人風の風体の男である。
馬の背に括りつけられた荷の覆いからは、煌びやかな布地がはみ出していた。鮮やかに染められた色糸の糸巻きも見える。
京の織物・着物を地方に売り歩く、仕立師も兼ねた旅商人。
門番に差し出した、皇国政府の通行手形には、そういう立場の者だと記されている。
しかしながら、彼の実体はまた別にあった。
蟲使い。
忍者や野伏、外法師などと並ぶ、裏の世界の住人である。
神経を焼く燐粉を撒く毒蛾、田を覆い尽くす飛蝗、死を招く尸虫(しちゅう)。
余人には窺い知れぬ理由を以って蟲師たちが使役する、災いを呼ぶ蟲たちは、八洲における最大の恐怖の一つだった。
彼が運ぶ着物に植え付けられているのは『淫蠱』の卵。
人の魂を穢(けが)し精を貪り尽くす妖虫である。
◇◆◇
発端は、婚礼に沸く庄屋の家の離れだった。
馬借の大店(おおだな)から婿を迎えることになった、村いちばんの美人と評判の娘が、豪奢な振袖を纏った途端に、うっとりとした声をあげた。
「ああ……、これ……いい……」
着付けを手伝っていた使用人の女は、娘の異変に気づかず、背中の帯の結び目を整える。
「ええ、千江お嬢様。そのお着物は旦那様がお嬢様のために京からお取り寄せになった品だそうで、アタシも30年ばかし生きてますが、それほどいいものを見るのは初めてですよ」
女の話など、娘――千江の耳には入っていなかった。
「ふああ……、あふぅ……ぅうん……」
千江は優しげな顔を恍惚に緩め、振袖の上から秘裂に触れる。
「ああっ……いい…いいっ……」
「どうしたんですっ。そんなはしたない事を」
「きもちいいのぉ……、わたしのいやらしいところが、とてもきもちいいのぉ……」
千江は身をよじらせ、見せつけるように股をまさぐった。
溢れ出してきた蜜が真新しい布地に染みを作り、雌の匂いがあたりに広がる。
「な…、自分のしていることがわかっているのですかっ」
止めようとした女を、千江はその細腕からは考えられない力で、畳の上に投げ倒す。
「どうして止めるの? キクさんもいやらしいこと大好きなのに……」
千江は使用人――キクの帷子(かたびら)の中に手を入れる。
「うふふっ。私やお母様に隠れて、お父様と交わっているの、知らないわけじゃないのよ」
千江の手がキクの熟れた胸を攻める。弱く焦らすように、けれどときおり強く、その手つきは生娘のものとは思えない。
「千江お嬢様……、申し訳ありません……」
「謝らなくてもいいわ? キクさんはお父様のことが好きなんでしょう? 私もキクさんのこと好きだもの。なにも問題ないじゃない」
千江の唇は、朱を塗ってもいないのに鮮やかに赤く色づいていた。
その唇が、キクの唇を啄(つい)ばむ。
「あ…… ああ……」
焦らすような口づけに、キクは切なげな声をあげる。未亡人となり、屋敷で働くようになってから5年、庄屋との情事を除けば、ついぞあげたことのないような声だ。
「かわいいわ、キクさん……」
たおやかな娘の顔が、娼婦のような淫靡な笑みを形作る。
組み伏せた、自分の倍ほども生きている女の唇を、食い荒らすように激しく舌で犯す。
口の中を貪られる快感と、喩えようもないほど甘い千江の唾液が、キクの脳を焼き焦がしていく。
「ああっ、あっ、ああっ……」
「ふふっ、キクさんの気持ちいいところ、全部わかるの」
キクの身体を、千江は手足や口で責め苛む。
首筋、鎖骨、胸、腋、脇腹、陰部、内股、足の裏。千江はキク自身が知らなかったような性感帯まで見つけ出し、生娘だとは信じられない技術で刺激を与えていく。
千江自身の陰部は、キクの太腿にこすりつけられ、ねっとりとした液体を、だらしなく垂れ流していた。
「あふぅっ、ふんっ、あぁっ……」
千江は自身の秘裂から、握り拳ほど大きさの、肉の塊のような赤黒いなにかを引き出した。
表面には、血管のような筋が走り、ぴくぴくと小刻みに脈を打っている。丸まっているのでわかりにくいが、内側では無数の“足”と2本の“触覚”が蠢動(しゅんどう)している。
「この子たち、“蠱(こ)”って言うんだって。
どうやったら、キクさんが喜んでくれるか。全部、この子たちが教えてくれるのよ」
千江は愛しむように、その物体を頬にすりつける。
――ぴるぴるぴるっ
“蠱”は鞭のようにしなる“触覚”を千江の頬に這わせることで応えた。
キクはその異様な光景を、熱に浮かされたような瞳で眺めている。
「ねぇ…… もっと気持ち良くなりたいでしょう?」
「はい……」
「うふふっ、キクさんも仲間になりましょうね」
千江は“蠱”をキクの顔の上に下ろした。
「はぁっ、……あっ、あぁ……あぁ……」
ぬめっとした感触にキクは悲鳴をあげるが、すぐに淫らな欲望を誘い意志を曇らせる瘴気と匂いにとらわれ、また虚ろな喘ぎ声をあげ始めた。
――しゃかっ、しゃかしゃか
“蠱”は短い“足”をせわしなく動かして、キクの帷子の中に這い入っていく。
首や胸やへそに催淫性の粘液を残しながら、濡れそぼった陰部に辿りついた。
――かさかさかさかさかさかさっ
すっかり剥けてしまった淫核を、無数の“足”が“つま先”で引っかく。
――ぴるぴるっ
2本の“触覚”が膣内を貫く。
「あっ、ああっ、あああああっ」
キクは白目を剥き、身を仰け反らせた。上に乗っていた千江の身体が一瞬だけ浮く。
それでも、キクの陰部に張りついた“蠱”は離れない。“足”と“触覚”で性感帯を責めつづける。
キクの秘裂が、愛液を垂れ流してぱっくりと開いた。
“蠱”はその隙を見逃さず、“頭”を両の陰唇の間に押し込んでいく。
「あはあっ、あっ、ああっ、いいっ、いいっ」
抉るように体内に潜り込んでくる“蠱”に身体を引き裂かれながら、キクは痛みではなく快感を訴えた。
「うああ、あっ、ああっ、あうっ、あうっ……」
キクの発する声の質が変わった。海獣の鳴き声のような、喉から絞り出すような音だ。
全身を何度も大きく痙攣させながら、奇声をあげるキク。
拒絶反応、ヒトならざる存在と一つになるための苦しみだ。
「ちょっと、体質が合わなかったかしら。
でも、もうすぐよ、もうすぐキクさんも、わたしたちの仲間になれるの」
千江は畳の上に座りこんで、自分のものを慰めている。
「おうっ、あうっ、あううっ」
ぱたりと、キクの身体が止まった。
目は虚ろ、口は半開き、両手両足は力なく投げ出され、呼吸に合わせて上下する胸と、“蠱”が取り憑いた陰部だけが動いている。
「終わったようね。さあ、キクさん、目を覚まして」
――ゆらり
どことなく危うげな動きで、キクは上体を起こした。
すぐにその手は、大きく開いた割れ目に当てられる。
“蠱”と一体化して、どこまでがキク自身のものかわからなくなった膣壁が、軟体生物のように蠢く。
「はあっ、千江お嬢様、すばらしい快感です……」
「ふふっ。そうでしょう」
千江は、両足を開いて座りこんだキクに抱きついて、唇を重ねた。
三十路の豊満な胸と、まだ育ちきらぬ胸が擦れ合って形を変える。
振袖の下で、蜜のべったりとついた下腹部同士が、くちゅりくちゅりと音を立てる。
――しゅるしゅるっ
千江の股間からのびた2本の“触手”の、金属光沢を持つ先端部が、着物の布地を何ヶ所も縦に切り裂いた。暖簾状に裂かれた裾は一部がめくれ、中の様子が見えるようになる。
その中では、キクに憑いた“蠱”の“触覚”が、千江の淫核を撫でさすっていた。
「あはんっ、あんっ、あ、千江お嬢様ぁっ」
「ふふっ、キクさん、すばらしいでしょう。うふふふふふっ」
人外の存在と化した二人の女は、みだらな肉の交わりを続けていた。
いつまでも出てこない娘に痺れを切らし、庄屋夫妻と新郎は離れまでやってきた。
庄屋が襖を開けると、中では新婦の千江が下女と絡み合っている。
「あら、三郎左(さぶろうざ)さん。それにお父様たちも。お待たせしてしまいましたね」
「…千江……」
妖艶な笑みと、瘴気や淫気に惑わされて、新郎――三郎左は力のない声をあげる。
「千江ッ、キクッ、おまえたち、なにをしている!?」
「キクさん、お父様がいらっしゃいましたよ」
「ああっ、旦那様っ」
キクは庄屋にしなだれかかり、豊満な肉体をすり寄せた。
「こらっ、キク、なにをしておる。妻が見ているじゃないか」
「旦那様、奥様にはとうにばれておりますよ……」
キクは嫣然と笑い、庄屋の袴に手をかけた。
引き出された庄屋の肉棒は、歳相応の衰えたものだったが、キクがその舌を巻きつけるように絡めると、大きく上向きにそそり立ってきた。
既にキクの身体は常人(ただびと)のものではない。唾液には人を狂わせる催淫物質が混じっている。
「ほら、旦那様、身体は正直ですよ」
――はむっ
キクが庄屋のものを美味しそうにくわえ込む。
軽く舐め回されただけで、庄屋は射精してしまう。しかも、射精の後も、肉棒は衰えることなく勃起を続けている。
「旦那様ったらお元気で」
口元から精液をしたたらせながらキクが言う。
「おいっ、キク、やめろっ。富江、違うんだっ」
「知っていました。キクは、私などと違って若くて美しくて……」
能面のような顔で庄屋夫人――富江は言う。
「ふふっ、お母様は今でも美しいわ。それに、若さも取り戻すことができる……」
千江が振袖の切り裂かれた裾を肌蹴る。
――ぴるぴるぴるっ
千江の股間からは何本もの“触手”が生え、うねうねとのたうっていた。
――くちゅり
“触手”の間を掻き分けて、一匹の“蠱”が這い出してくる。
「さあ、お母様……」
体表面から粘液を滴らせながら、“蠱”は富江の足元までやってきた。
「その子を、あなたの女陰(ほと)へ。この子が、お母様を若返らせてくれるわ」
「そうすれば…、私はまた…」
富江は“蠱”に手をのばす。上品に裾を翻し、“蠱”を着物の中に送り込む。
「あっ、ああっ、なにかしら、これは…… か、身体が…熱い…っ」
富江の肌から皺が消え、完全ではないにせよ瑞々しい張りを取り戻していく。
「奥様…」
キクに促され、富江は庄屋に歩み寄った。
「身体が火照って仕方がないわ…、どうにかして」
草色の着物から腕を抜く。薄赤く上気した、染みもほくろも消えたなめらかな肌と柔らかな胸肉を、庄屋の身体に押し付ける。
「おまえ……」
既にキクの口腔内に幾度も射精をしている庄屋は、正気を失った目で富江を見て、その身体に腕を回す。
「ああ… あなた……」
富江は熱烈な抱擁で答え、強く唇を重ねた。
“蠱”によって解放された愛情と欲求不満に、駆り立てられるままに、富江は強く夫を求めた。
異常な光景に魅入られていた三郎左が気づかぬうちに、千江がすぐ傍までやってきていた。
「お父様とお母様が仲良くしてくれて嬉しいわ。
ふふふっ、三郎左さん、わたしたちもいいことしましょう」
千江は言うなり、三郎左の身体を、人ならざる者の力で押し倒す。
股間から生えた“触手”がうねり、一瞬にしてその正装を切り裂いてしまう。
よく日焼けした筋肉質の胸に、赤い血の十字が描かれる。
「ごめんなさい。傷をつけてしまったわ」
――ちろり
赤い舌が、その傷口を舐めた。子猫のような舌つきは、すぐに舌全体を使ったいやらしいものに変わる。
「うっ…… あ、ああ……」
三郎左はだらしなく声を漏らした。
「ふふっ。もっと鳴いて。三郎左さんの声、もっと聞きたいわ」
千江の手が、屹立する男性器を、先走りの液を指に絡めるように、巧みに揉みしだいていく。
「逞しくて、とても素敵だわ……」+
「ああっ、出るっ……」
――びゅくっ、びゅくっ
五秒と持たずに、三郎左は射精した。
尋常ではない量の精液が噴き出し、壁や畳にかかる。
「まあ、もったいない」
精液がこびり付いた指を、千江は愛しげに舐める。
「ちゅぷっ。三郎左さんの精液、苦くて男臭くて美味しいわ……」
千江は三郎左の上にまたがった。
「ううっ、ま…またっ」
秘所に先端が触れるだけで、三郎左は再び暴発する。
二度の射精にも、三郎左の勃起は治まらない。
精液と愛液がこびりついた肉壷が、男根をゆっくりと飲み込んでいく。
“蠱”と融合した千江の膣壁の、襞のような無数の繊毛が、極限まで性感を高められた男根をこすっていく。
「あああっ」
止めど無く、三郎左から精が吐き出されていく。
朦朧とした意識の中で、三郎左は自分の全てが吸い上げられていくような恐怖を感じた。
庄屋の姿は、その恐怖の正しさの証明だった。
ものの数分の間に、庄屋の頬はこけ、顔からは血の気が失せていた。
血走った目だけがぎらぎらと輝き、妻の――富江の体内に、激しく腰を突き入れている。
「あなたっ、あなたぁっ」
富江もまた、夫との数年ぶりの性交にむせび泣き、打ち震えながら、肉体と精神の悦楽を貪っている。
庄屋の身体が精気を失った分だけ、彼女の身体はさらに若さを取り戻していた。“蠱”に取り憑かれるまでは更年期の衰えを感じさせた身体が、いまでは千江の姉と言われても不思議ではないほどだ。
両手と“蠱”の“触覚”で自分の身体を慰めながら、二人の結合部から溢れ出した精液や愛液を舐めているキクにしても、豊満な熟れた身体の魅力はそのままに、年波の影は消え去っていた。
突然、庄屋の身体が、ぐらりと傾いだ。
手をつく間もなく畳に顔面を打ちつける。
「あなた?」
富江が抱き起こすと、庄屋は口から血の塊を吐き出す。
「…富江……」
一声残して、庄屋は事切れた。
「なんてことを…… 私は…ああ…私は……」
庄屋の身体を掻き抱(いだ)き、富江は泣き崩れた。
キクは両手を合わせて拝みながら言う。
「旦那様、旦那様の精は美味しうございました」
「なにを言っているの?」
「奥様、これはアタシたちの宿命なんですよ」
キクだけでなく、三郎左の上で腰を振りながら千江も言う。
「お母様。わたしたちは、もう、そういう存在なのよ」
「いやああああっ」
富江は頭と股間を押さえて泣き叫んだ。
「ああっ、あなた…… ああ…ごめんなさい……」
股間から、のたうつ触手が見え隠れする。体内の“蠱”は、高熱を発しつつ、夫の死によって正気に返った富江の脳を侵していく。
「ああ…ああ…あふぅっ…、あふっ…あふう…うふふふふふっ」
うわ言のような泣き声が、次第に笑い声に変わっていく。
「お母様?」
「ふふっ、うふふふふふっ」
白痴のような笑いを浮かべる富江の目からは、完全に意志の光が抜け落ちていた。
千江は、壊れた自分の母を満足げに眺めて言う。
「お母様、キクさん、お客様がいっぱいいらっしゃっているんでしょう。お持て成しをしてさしあげて」
その言葉に従い、キクは欲情に身体を火照らせて、庄屋夫人は操り人形な足つきで、離れを出て、母屋に向かっていく。
「わたしと、三郎左さんの祝言ですもの。三郎左さんは、わたしが食べてあげる」
怯える青年を見下ろし、千江はぺろりと赤い舌で唇を舐めた。
< 完 >