帝国軍特別女子収容所 FILE 7

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 6日目の尋問の前に、昨日の尋問の成果をマイヤーズに確認した。
「マイヤーズさん。何かセシルに差し入れたいものとかはありますか?」
 呼び出されたマイヤーズは、意味なくハンカチで汗を拭いている。
「えーっと、セシルから何か欲しいという要望はありましたか?」
「そうですね。雑誌を買ってきてくれと。いつも買ってる……」
「クロスワードのやつですか? 拘留所の中でやるつもりなんですかね?」
「クロスワード?」
――クロスワード! 考えたなー。うまくやれば、いろいろな細かい言葉が送れるじゃないか。
「あと、新聞と言ってたかな。いつも取ってるのがあるんですか?」
「サーラですね。それなら今もってます」
 もらって通信欄を見る。
 なんと2ページがびっしり埋まっていた。
 連絡を求めるものや、尋ね人。戦争で音信不通になった家族や友人の消息を探して、200件以上ある。
 戦争の傷跡の1つだ。

――これが毎日あるわけだ。そしてクロスワードと組み合わせる。軍政監部にわかるわけがない。
 電話は盗聴されてるから他の手段だと思ったが、これは予想以上の難敵である。
 数字2つで文字を指すことができる。しかもそこでも暗号を使われたら、手の出しようがない。
――しぶとい、しぶといと思ってたが、本当にしぶといな。このレジスタンスは。
 セシルからこれ以上情報を引き出すには、時間が足りない。それに頭がいいから、自分が情報を出してしまったことに、気付くかもしれない。
 そうしたら、この情報も意味が無くなる。
 セシルの気を逸らさなければ。
 それに台本作ったりでほったらかしになってる、エミリアの方もこのままにはできない。
 俺は手早くマイヤーズを送り出して、事務官に新聞の通信欄を調べるよう指示を出すと、エミリアの独房に行った。
「遅いじゃないの。いったい何やってたわけ?」
 エミリアはかなり不機嫌そうだった。
「こっちもいろいろあるんだよ。でも、なんでそんなに怒ってるんだ?」
「べ、別に怒ってないけど」
 もごもごと言い訳をしているエミリアを連れ出す。
「昨日、おとといくらいかな? 夜になると身体が疼くのよ。ぎゅうって」
「オナニーすれば良かったじゃないか」
「見張りがいるのに、そんなことできるわけないでしょ!」
「そ、そうか」
 エミリアの剣幕にびっくりする。
「今日は、じゃあその分たっぷりとしないとな」
「え? そ、そういう意味じゃ……」
――じゃあ、どういう意味だったんだ?
 俺は苦笑しながら、エミリアの尻に手を伸ばした。
「や!? ちょ、ちょっと!?」
「声出すな。見張りに変に思われるだろ」
「で、でも……」
 尻を撫で回し、菊門の方から秘部へと指を滑り込ませる。
「あ! ……う」
 声を抑えてるエミリアだが、早くも首筋が欲情に染まりつつある。
 くちゅ……ぷちゅ……。
「ふ……う……」
 次第に、音が出るほど濡れてきた。エミリアは、俺の腕に縋りつくようにして歩いている。
 歩哨が立っているが、ちらりと視線を投げるだけだ。捕虜が俺に引きずられているように見えるせいかもしれない。

 特別尋問室に到着した時には、エミリアは完全に欲情していた。セックスの味を覚えたのに、しばらく放っておかれたせいで、我慢できなくなってしまったらしい。
 部屋に入るなり、エミリアはキスをしてくる。
 俺はたっぷりと舌を絡めて応えてやると、エミリアを抱き上げてベッドに移動した。
「はぁはぁ、早くぅ……きゃ!」
 ベッドから少し離れた椅子に、括り付けられたセシルに気付いたらしい。
「ちょっと! どういうこと? あれ、誰?」
「セシル=トレクスだ。歌姫の」
「え? セシル!? 本当に!?」
 まだ眠って入るセシルを、まじまじと眺めている。
「レジスタンスの容疑で捕まったんだが、明日釈放だ」
「そうなの。でも、なんでこの部屋にいるのよ? これじゃあ……」
「話を聞いたら、セックスはしたことあるけど、イッたことはないって言うから、見せてやろうと思って」
「じょ、冗談じゃないわ!」
「ダメか?」
「当然よ! この部屋の外に漏れないから、今までしてきたのよ!」
「じゃあ、しょうがない。今日は諦めてそこで見ていてくれ。彼女をなんとかイかせみるから」
「え? み、見てるだけ?」
「そう」
「彼女を外に出せば、いいじゃない」
「それじゃあ意味がない。まぁ明日まで待ってくれ」
「そ、そんな……」
 情けない顔をして、俺とセシルを見比べるエミリア。
 セックスをしないで疼いた身体が、ここまでの愛撫でさらに燃え上がっている。このまま明日まで焦らされるのを、受け入れられるか。
「きょ、今日だけなんでしょうね?」
「なにしろ、早く釈放しろって、せっつかれててね。嫌でも釈放だ。頼むよ、エミリア。協力してくれ。俺が頼みごとをするのは、これが初めてだろ?」
「うーん……」
 悶々と悩んでいたが、やがて決断したようだ。
「……わかったわ。今回だけね」
「ありがとう」
「彼女にも口止めしてよ。ちゃんと」
「わかってる」

 勝手知ったるエミリアの身体を、胸を中心に愛撫していく。
 エミリアは最初のときこそ、声を押さえ気味にしていたが、すぐにいつものように声を張り上げ始めた。
 なにしろ5日ぶりだ。オナニーでもして、適当に性欲を処理しておけばいいのに、しないからこうなる。
「んはあぁぁもっとぉ! もっと強く揉んでぇっ!」
 胸を強めに揉みしだくと、恥ずかしげもなく嬌声を上げる。
 セシルが気付いたようだ。驚いたような表情で、エミリアをみつめている。エミリアは、もうセックスに夢中で他の人間がいることを忘れてしまったらしい。
「あっ、あっ、いいっっ! いいのぉぉっっ!!」
 まだ愛撫だけなのに、乱れに乱れるエミリア。
 俺はゆっくりと、肉棒をエミリアに挿入した。ブルッとエミリアの身体が震える。
「ああ、来たっ! 来たっ! 入ってきた!」
 涎を垂らして絶叫した。そこにはサハ地区リーダーの姿はない。ただただ、欲情に溺れた牝犬がいるだけだ。
「あはああぁぁぁっっっっ!!!!」
 白目を剥いて叫ぶエミリア。
「これよおぉっっ!! これを待ってたのおぉっっ!!! もっとっっ!! もっとおぉっっ!!!」
 最初に嫌悪の色があったセシルの表情が変わってきた。今は興味津々といった感じで食い入るように見つめている。
「いくっっ!! ああっ! イクっっ!! イクぅぅぅっっっ!!!」
 身体を仰け反らせて、エミリアは絶頂した。しばらくぶりの絶頂を、全身をわななかせて貪っている。
 俺はそんなこと関係なく、ズンズンと容赦なく突き上げた。
「ああっっ!! またまたあぁぁっっ!! イクぅぅぅっっっ!!!」
 セシルが何度も唇を舐めている。媚薬はいつものように打ってあるから、かなり欲情するのが早いはずだ。
「あっっ!! あっっ!! またっっ!! またっっ!!」
――もう一押しするか。
「エミリア、どこに入ってるか言え。いつものように」
「はぁっ、はぁっ、で、でも……」
「言えば、もっと気持ちよくなるのは知ってるだろ?」
 エミリアの蕩けた眼に、妖しい光が宿る。
「ああ、おまんこに入ってるのぉぉ、たくさん入ってるぅぅぅ」
 ついにエミリアは言った。セシルがみじろぎしたのが、わかる。
 そりゃあ衝撃だろう。エミリアみたいな美人が、見られてるとわかっていて、そんなハシタナイ言葉を言うのだから。
「いいぞ。エミリア。おまんこに、何が入ってるんだ?」
 1度言ってしまったエミリアは、もう何の抵抗も無かった。
「はぁぁ、おちんちんよぉぉぉ。おちんちんが入ってるのおぉぉぉ」
 エミリアの崩れぶりにセシルが呑まれている。気付いているかわからないが、セシルもかなり欲情していた。その証拠に、もじもじと足をすり合わせている。
「んはあぁぁ!! おちんちんがぁっっ!! おまんこに入ってるぅぅっっっ!!」
 もう俺が言わなくても、エミリアは淫らな言葉を次から次へと言い放った。俺も本格的に動いて快感を貪る。
「おまんこにぃぃっっっ!!! ああぁぁっっ!! おちんちんがあぁぁっっっ!!! おちんちん好きいぃぃっっっ!!!」
 そろそろ絶頂が近い。
「そろそろイクぞ! エミリア!」
「イクっっ!! イクっっ!! イクっっ!! イクっっ!! イクっっ!! イクっっ!! イクっっ!!」
「くぅっ! 出るぞ!」
 俺は全てを解放して、エミリアの最深部に精液を打ち込んだ。
 どくどくどく!
「イクうううぅぅぅっっっっっ!!!!!!!」

 失神したエミリアをベッドの脇に寝かせて、セシルに近づく。
「待たせたな」
「……誰なの? あれ?」
「サハ地区リーダーのエミリアだ」
「サハ地区リーダー……」
「知ってるか?」
「いえ……」
「そうか。……見てるだけで欲情したみたいだな」
 悔しそうに顔をゆがめる。自分でも自覚があったらしい。
「ここは特別尋問室で、この部屋のことは絶対に洩れない。防音も完璧だ」
「だからって、地区リーダーがあんな……」
「まぁ、この部屋の中で起きたことは、なかったことだ。気にするな」
「そんなこと言われても……あ! ちょ、ちょっと!」
 俺はセシルを抱え上げて、ベッドに連れて行く。
「待って! 待ってったらっ! あっあっ、うっ」
 容赦なく愛撫を開始する。予想以上に欲情しているようだ。淫語を言うのは、セシルの中でタブーだったのだろう。タブーは逆に欲望へと変化する。
「くあっ! ダメっ! いっうっっ! ああああっっっ!!!」
 必死に堪えようとしているが、声が止められない。
「ダメっ、ダメっ、そこっ、そこはあぁぁっっっ!!!」
 クリトリスをバイブレーションを与えるように愛撫すると、白目を剥いて、身体が跳ねた。その瞬間に思いっきり肉棒を突き入れる。
 ずりゅうぅぅっっっ!!!!
「んひぃぃっっっ!!!」
 一瞬、硬直した体が、快感を求めて動き始める。こうなれば早い。
「くあっっ!! ダメっ、ホントにっっ!! 飛ぶっっ! 飛ぶっっ!!」
 その時、気絶していたはずのエミリアが起き上がった。
 快感を抵抗しているセシルを見て、淫らに笑う。昔の自分を思い出したらしい。にじり寄ってくると、後ろからセシルを羽交い絞めにした。
「んふふ。女を否定しちゃダメよぉ」
 セシルは前のように身体を丸めて、快感を押さえようとしていたらしい。それをエミリアに阻まれて恐慌をきたしていた。
「ちょ、ちょっと、放して!」
「だーめ。ほらこんなに乳首を硬くして……」
「くひいぃぃぃぃぃっっっっっ!!??」
 乳首を摘まれて、セシルが一瞬白目を剥く。
「だ、ダメ! 飛ぶ! 飛ぶ! 飛ぶうぅ!」
「イクだ。イクって言え」
「い、イヤ! は、恥ずかしい!」
「エミリア、クリトリス触ってやれ」
「ああ、ダメ! ダメ! お願い!」
「じゃイクって言うか?」
「言う。言うから!」
 ひ、必死で答える。
「い、イク……」
「もっと大きな声で」
「イクっ」
「もっと!」
「イクぅっっ!!」
「よし、エミリア。ご褒美にクリトリスを触ってやれ」
「はい」
 コリ!
「あひゃあああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!!!」

 それから徹底的にセシルを嬲った。
 回復していた余裕を、叩き潰さなければならない。帝国に捕まっていたときに何があったのか、俺に何を話したか、誰にも話せなくなるほど徹底的にやらなければならないのだ。
 結局、数え切れないほど絶頂して、セシルは失神した。最後はかなり壊れてたが、ま、強い女だから大丈夫だろう。

 それから、ご褒美と称してもう1回、エミリアとした。
「で、答えは出たのか?」
「え? 答えって?」
「テオ=ルッシュが、女らしいレジスタンスなんて合理的じゃない、と言ったらどうするって話」
「あ、ああ……」
 エミリアは俺の胸に寄せていた顔を、離した。
「確かにテオ=ルッシュは言うかもしれない。でも、フィリップ=ガウアーが止めるわ」
「でも胸の傷が残る手術も、止めなかったんだぞ?」
「そ、それは……」
「手術の前にフィリップに慰めの言葉を言われなかったんだろ?」
「……」
「それは、フィリップが問題にしてないってことじゃないのか?」
 黙りこんだエミリアを確認してから、俺は声を改めた。
「今日はこの辺にしておこう」
 悩み込んだエミリアを、独房に送っていった。セシルはまだ当分目を覚まさないだろう。

「連絡のつかない連絡先は4件ありました。そのうち毎日通信欄に出ているのが2件ありまして」
 セシルに睡眠薬を打って、独房に運んでから、俺は報告を受けた。どうやら手の空いている事務官で、新聞の通信欄を総当りしてくれたらしい。
「その2件見せてくれ」
 電話番号をクロスワードパズルに当てはめる。
 カテリス2395。12じ。
 アルバ地区カテリス通り2395番地に12時だ。
 そしてもう1つは、メイガン地区105番地に15時。
 間違いない。連絡員の打ち合わせ場所と時間だ。

 油断した。
 本当に油断した。
 思えば、フィルムを始末させてせいで、調子に乗りすぎていたに違いない。
 そのせいで、あんな醜態を晒して……。
「今日で、釈放です」
 アルファの言葉に、はっと意識を戻した。
「なんですって?」
「今日で釈放します」
「……」
 一瞬、何を言ってるのかわからなかった。
 釈放? 釈放って、あの釈放?
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! このまま終わる気?」
「はい、終わりです」
「冗談じゃないわ! これじゃ私はやられっ放しじゃない!」
「釈放です」
 くそ真面目にアルファは繰り返す。その落ち着き振りが、ますます私を激昂させた。
「あと1日あるでしょう! 1週間だった言ったじゃない!」
「確かに1日ありますが、釈放です」
「……」
 このまま、あの媚薬で狂った姿を見せて、終わりなの? そんなことが許されるの?
「有名人のあなたを、これ以上拘束すると、帝国の権威に傷がつく可能性があるからです」
「私のプライドはどうなるの!?」
 アルファはそれには無言で肩をすくめた。
 この野郎。
「私はね。こんな侮辱を受けて、そのまま泣き寝入りする女じゃないのよ」
「そう言われても。……ああ、でも今回で最後ではありません」
 アルファは勿体つけて、付け加えた。
「どういう意味?」
「今度の舞台が終わった後、また映画の続きに協力してもらいます。最初に話したとおり」
 ! まだチャンスはある!
「忘れていたわ。そうだったわね」
「そうです」
「舞台が終わったらすぐに来るわ。今回の借りは必ず返すから」
「お待ちしております」
 アルファは慇懃に一礼した。

 それから2日経った。

「うわっはっはっはっは! 見ておれよ! レジスタンスのうじ虫ども!」
 ワッツはご機嫌だった。
 保安隊の人海戦術で、新聞の通信欄をあらいざらいチェックし、新しい情報の場所に張りこんで、レジスタンスの連絡員と思しき見つけたのだ。
 さらに尾行に尾行を重ね、実に47箇所の拠点を導き出した。
「明日がお前らの最後の日だ!」
 保安隊を全て投入し、レジスタンスを急襲する。ワッツの言うとおり、俺もこれで片がつくと思っていた。
 ところが……。

 急襲は失敗した。
 それも大失敗だ。なんと47箇所全て空振りだったのだ。
 ちゃんと張り込んでいたのに、いつの間にか人は抜け出し、書類を燃やされ、踏み込んだ時には何1つ残っていなかった。

「なんだ、これは!? いったいどういうことだ!?」
 ワッツの半狂乱ぶりは、後々まで噂になるほどだった。
「アルファ! どういうことか説明しろ! お前がセシルから聞きだした情報だったんだろうが!」
 そんなこと言われても、こっちだって全くわからない。
「情報が漏れていたとしか、思えません。誰かがセシルから情報が漏れたと気付いたんです」
「それは誰だ!?」
「誰か、というよりも、なぜ漏れたかです。セシルが捕まったことは秘密のはずでしたよね?」
 マイヤーズかと思ったが、あの男には帝国への協力を口外しないように、散々脅してある。セシルは自分のプライドに掛けて言わないだろうし、そうなると予想がつかない。
「秘密だ。本国には伝えたがな」
――え? 本国に?
「伝えたって、セシルのことをですか?」
「あれだけの有名人を捕まえたんだ。言わないわけにはいかないだろう。そうそう、セシルのサインも大総帥に土産として送ってある」
「どこにも漏らさないというのが、約束ではありませんでしたか?」
 俺は怒りが表情に出そうになるのを、懸命にこらえた。
「司令本部ぐらいなら、問題なかろう。レジスタンスに漏れるわけじゃないんだから」
――このバカ。エミリアを捕まえた時には、リノ地区急襲はうまくいったじゃないか。
 それが今回はうまくいかなかった。とすれば、穴はこの軍政監部でなく、司令本部のどこかにあるということじゃないか。
 司令本部にレジスタンスにつながる穴があるなんて、ちょっと考えられないが、結果から消去法するとそういうことになる。
「とにかく、責任はお前にある! この失態を取り返す情報を、エミリアから聞きだせ!」
 ワッツは予想通り、俺に罪をなすりつけた。

――なんであんな奴が出世できるんだろうな。
 俺は絶望に近い思いを抱えながら、今後のことを考えていた。
 しかしエミリアから、新しい情報を引き出すわけにはいかない。他の手を考えなければ。

――となると、セシルしかいないか。
 俺はセシルを監視している保安隊員に行動表を報告してもらった。
「ライプスの舞台の前に、リノ地区に戻ってる?」
 1日早めて釈放したが、直後にリノまで行ってからライプス入りしている。
――あそこのレジスタンス拠点は壊滅しているはずだが。
 リノ地区でのセシルの行動表を見ると、あっちこっち街を歩いているだけである。誰とも会っていない。
――強いて言うなら、銀行でお金を下ろしたくらいか。いや待て。銀行?
 レジスタンスの連絡員の待合場所は、それなりに人が多い場所ばかりだった。銀行にも人が多い。
――これが突破口になるかもしれない。拠点を失った地区で何をしたのか。誰と会ったのか。
 俺はリノに飛んだ。

 まず銀行でセシルの跡を追う。有名人だから、簡単だった。なにしろ別室で応対してるのだから。
「大金を下ろそうとしておられましたので、こちらの部屋で私が応対を」
 支店長の男は、ちょび髭を指でなでつけたながら、えらそうに答えた。
「大金というと、どのぐらいの金額を下ろしたので?」
「お客様のことはお答えするわけには、まいりません」
 どうもえらそうな態度が気になる。お前がえらいわけでは、ないだろうに。
「なるほど、ところでお名前を聞かせてもらえますか。ああ、それとお子さんはいますか?」
「子供はいますが、それがどうかしましたか?」
「女の子ですか? 男の子ですか?」
 俺の平然とした質問に、さすがに不審そうな表情になる。
「そんなこと聞いて、どうするのです?」
「さて、どうすると思いますか?」
 俺はじっと相手の目を見て、言った。
――帝国は女子供でも容赦しない。
 はっと支店長は息をのんだ。
「そ、そんな、まさか……」
「ご協力いただけますね?」
「……はい」
 がっくりと肩を落とす支店長を見て、俺はため息をついた。
――最初から、そういう態度を取れ。ばかたれ。

 調べた結果、なんと400万キャレルという大金を下ろしていた。
 もっともセシルは金持ちだから、珍しくない金額ではないかもしれない、と思ったのだが、それはセシルがリノに着く直前に振り込まれたものだった。
 振込み人はマリアンヌ=ファン=フリードル。
 リルダール共和国の貴族だった。

 マレー地区に、その城はあった。
 そう。城である。
 門まで来たのだが、そこからは白い屋根しか見えない。
 レジスタンスとの関わりがまだはっきりしないが、俺にはレジスタンスの支援者、それも金銭的な支援者だというヨミがあった。
 しかしまだ確証がない。保安隊を動かそうにも、ワッツがガタガタ言うのはわかってる。
 となると手段は不法侵入しかない。
――こういう荒事は趣味じゃないんだがな。
 塀をよじ登り、中に進入する。犬用の眠り薬の入った肉を、バラバラ撒きながら森の中を進む。
――家の中に森だぜ。金があるところにはあるもんだ。

 調べた限りでは、フリードル家の当主、アーロン=ファン=フリードルはリルダール防衛軍第3師団長だった。去年2月に帝国との激烈な戦闘の中で、戦死。
 現当主で、セシルに金を振り込んだマリアンヌ=ファン=フリードルは、その妻である。
 家族構成は、娘が1人。
 当主のアーロンが死んだ後は、社交界からも姿を消し、この城にも執事と召使が数名しかいないらしい。
 とはいえ、こっちは俺1人だから、迅速に事を運ばなければならない。

 マリアンヌ=ファン=フリードルは、美しい女だった。1人子供を生んでるとは思えない。
 リルダール特有の金髪。泣きぼくろのある青い目。
 シルクのネグリジェが透けて、エミリアより大きな、たっぷりとした胸が見える。
 未亡人とするには勿体無い、むっちりと成熟した女だった。
「起きろ、マリア」
 見るからに高そうな椅子に、ロープで括り付けている。
「……うん、あら? これは……?」
「俺は通称、アルファ。見たとおり帝国の軍人だ」
「! いったい私の家で何をしているのです! 出て行きなさい!」
「大声出さない方がいいぞ。あそこの彼女が、痛い目を見ることになる」
 俺は部屋の反対側を、親指で指した。
「シャルロット!」
 娘のシャルロット=ファン=フリードルは、その声で目を覚ました。母親と同じく、椅子に縛り付けられている。
「母様? これは?」
「初めまして、シャル。俺は通称アルファ。帝国の軍人さんだ」
 シャルロットもネグリジェを着ていたが、こちらは若葉色のフリルのついた可愛らしいものだ。
 まだまだ女性と言うより、少女と言ったほうが良い。金髪におそらく父譲りであろう切れ長の黒い目が印象的だ。
 胸はまだやっと膨らみ始めたほど。母親を見る限り、飛び切りの美人になるに違いない。
「ど、泥棒!」
「まさか。帝国軍人がお前さん達のところに来る理由は、1つしかないだろ」
「どんな理由なの? こんなことして!」
 シャルロットの高い声が鋭く響く。
「マリアならわかるよな? 理由が」
 俺はマリアの方を振り返った。
「どんな理由かしら?」
 冷たい目で、はっきり睨んでくる。俺はやれやれと両手を広げた。
「レジスタンスに金を渡したからに決まってるじゃないか」
「!」
 マリアだけでなく、後ろのシャルロットまで息を呑んだ。
「レジスタンスの居場所を吐いてもらおうか。大事な娘の顔が、傷だらけになる前にな」
 俺はナイフを出すと、ピタピタとマリアの顔に当てた。
 マリアは目を細めて黙っている。
「アーロン=ファン=フリードルは、軍の指揮官だった。戦死は戦場でのことで仕方がないさ。帝国の軍人だってたくさん死んだんだからな。恨むのはお門違いだ。その崇高な死を、こんな方法で汚したら、アーロン=ファン=フリードルは悲しむぞ」
「あの人の事を何も知らないくせに」
 低い声でマリアは言い返してきた。なかなか見た目より肝が据わっている。思ったより時間がかかりそうだ。
「父親が死んで、娘まで失くしていいのか? 大事な娘だろ? アーロン=ファン=フリードルだって、天国でどんなに悲しむか」
「……」
 俺は攻める方向を変えた。 
「父親は死んだが、これから娘はその何倍も生きていく。恋をして、結婚して、子供を作り、豊かな家庭を作っていくだろう。夫に次いで娘を失くしてもいいのか? 倍の悲しみを乗り越えるのは辛いぞ?」
 俺の言葉に唇を震わせて、マリアは聞いている。あともう一息だ。
「こんなことで失くすために、娘を育ててきたんじゃないだろう? 大切な娘を守れ。それが母親というものだ」
「言えば、見逃すと言うの?」
「そうだ。見ての通り俺1人しかいないからな。こっちはレジスタンスに用がある。しかしお前さんがたはレジスタンスじゃない。ちょっと金を出しただけだ。そうだろ?」
「……」
「娘のために言うんだ。母親の気持ちはレジスタンスだって、わかってくれるさ」
「……」
「マリア。俺にこんなものを使わせないでくれ。俺にはそんな趣味はないし、誰のためにもならない」
 マリアが顔を上げた。目に苦渋の色がある。
 口を開こうとした。
「いけません! 母様!」
 鋭い声が、マリアの決心を遮った。
「私は、父様が天に召されたときから、覚悟を決めておりました! 父様の無念を晴らし、この国に真の自由を取り戻すことこそ、正しいことです!」
「シャル。黙ってくれないか。そんな無念を晴らすとか、簡単に言うんじゃない。みんなお前のためなんだぞ」
 俺はシャルロットに近づいた。ナイフを当てる。
「怖いだろ? 現実はそんなに美しくない。レジスタンスは美しくないんだぞ。覚悟なんて気安く言ってはいけない」
「あなたこそ、お黙りなさい! 帝国軍人ごときに屈するフリードル家ではありません!」
 俺はマリアに振り返った。
「マリア。見ての通り、世間知らずの娘に、現実を教えてやれ。これからまだまだ勉強しなくちゃいけないことが、あるんだから」
「いいえ」
 マリアは静かに答えた。
「いいえ?」
「シャルの言うとおりです。レジスタンスに参加したときから、覚悟は決めました。私たちの命がどうなろうと、帝国を叩くために力を尽くします。そうです。あの人は、それを望んでいるでしょう」
 マリアの眼に決意の光が宿っていた。
「娘の顔が傷物になるぞ」
 俺の言葉に、シャルロットが叫ぶ。
「帝国に屈するより、自らが傷つくことを選びます!」
「その子の次に私を殺しなさい。帝国は必ずこの国から追われるでしょう」
 マリアは静かに眼を閉じた。
「……」
 俺はシャルに眼を戻す。嘲るような光がその眼にあった。

 俺はあきれた。
 胸に消えない傷を残す女に、アイドルの癖に連絡員をする女。
 そして今度は娘を人質に取られて、開き直る母親と来た。
 この国の人間は、上から下までこんな奴らばっかりか?

――このまま第9軍が出てきても、最後の1人まで皆殺しにするしかなくなるだろう。完全な消耗戦だ。第9軍だってただでは済まないに違いない。
――あまりに不毛な死人が出すぎる。

 このまま痛めつけて、吐かせることはできるかもしれない。
 しかし、それなら拷問官を呼んで来た方が早い。
「はーーーー」
 俺は盛大にため息をついてから、ナイフを下ろした。

 それから別室の電話を掛け、保安隊のシュルケ少佐を呼び出す。
「ああ、少佐? アルファです。この間のポーカーの負けをチャラにする代わりに、して欲しいことがあるんですが。……なあに、簡単な話ですよ。人間を2人収容所に運んで欲しいんです。……ええ、それでチャラです」
 俺はポーカーであっちこっちに貸しがある。心理戦は商売だから、俺はポーカーが強かった。
 ほどなく保安隊の1部隊がやってきて、マリアとシャルロットを連行する。執事や召使は、おろおろするばかりだった。
「俺がこれからすることは、たぶんこの国の為にもなることだぞ」
 俺は車に乗せられるマリアに言ったが、冷たい眼で見返されるだけだった。

< つづく >

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