Midnight blue 第四話

第四話

 朝。
 すなわちそれは夜の終わり。
 ……朝……。
 私の、存在自体すら我慢ならないものの一つ。

「あの役立たずめ……娘一人捕まえてくるだけだというのに、何故こんなにも遅いのだッ!」

 ハーディにあの小娘を捕獲するように命じてから、ほぼ三時間が経った。
 忌々しい朝日が昇り、私が外出することができなくなる時間帯だ。

 ハードウェザーの間抜けめ。
 私はそろそろ眠らなければならぬというのに……。

 闇の眷属というのは概して昼間には活動するものではない。
 ほとんどが吸血鬼のように眠るか、代謝を低くするものなのだ。
 体のサイクルがそうなっているので、こればかりは私でも敵うものではない。
 自然の摂理に任せ、今この瞬間にでも棺桶に倒れ込んでしまいたいところだが……。

 あと十五分だけ待ってやろう。

 とけ込める闇はもはや無く、椅子に座る。
 何することもなく、時間を潰す。
 あくびをかみ殺す。

「……遅いな」

 既に十分が経った。
 一向に帰ってくる気配はない。
 いささか私も心配になってきた。
 太陽の光も段々と強くなってきている。
 あと一時間もすれば、外を出歩くだけで灰になってしまう時分だろう。

 私が探しに行くべきか?
 リスクがないわけではないが、あの手駒はここで死なす予定はない。
 確実ではあるが……しかし。

「た、ただいま帰りまし……た……」

 と思っていたら、ハードウェザーが帰ってきた。
 なにやら体中ぼろぼろで、力の化身である黒い翼もうなだれている。

「この無能め。 一人捕まえるのに何故こんなに時間がかかるんだ」
「だ、だぁってぇ……空を飛んでいるときに、なんでかわからないけど急にイッちゃって、ビルに頭から突っ込んで、人間は集まってくるわ、騒ぎをかぎつけてきたヴァンパイアハンターも襲ってくるわで大変だったのよ」

 ……しまった、遊びすぎたか。

「ま、まあいい。 それで、獲物はちゃんと捕まえられたんだろうな」
「もちろん。 私はミスなんてしないわ。 獲物は絶対に逃がしたことなんてないんだから」
「私の下僕に成り果てておいてそう言うのか……。 まあいい、論より証拠だ、早く出せ」

 ハーディは自分の影に腕を突っ込み、中から女をずるりと引っ張り出した。

「一応聞くが、手を出してはいないだろうな?」
「まさか。 私はバウンダー一筋ですもの、バウンダーの精液は貰っても女の血なんて吸いませんよ」

 心外だ、とばかりにハーディはそっぽを向いた。

 やや目がかすんできた。
 朝になったせいか、はたまた様々なことが昨日にありすぎたせいか、全身の疲れが吹き出すようやってきた。
 太陽の放つエネルギーのせいでもあろう。
 直射日光に当たらずとも、波のエネルギーが私の力を奪っていく。

「……眠い……」
「えーッ! ご、ご褒美はくれないんですか!」
「当たり前だ馬鹿者。 小娘一人つれてくるのにいくら時間がかかったと思ってるんだ。 私はそいつの血を吸ったらそのまま寝る」

 ふえーん、と泣き面を晒しているハードウェザーは無視して、小娘を持ち上げる。
 ぐったりと目を閉じているが、死んではいないようだ。
 それにしてもこいつ、不運なヤツだな。
 私に攫われ、隙をみて逃げだし、今度はハードウェザーに誘拐され……。
 せめてこの一瞬で全てを終わりにしてやろう。

 私の歯が首筋に突き刺さる。
 同時に甘く、とろけるような味が口の中に広がった。

 ちょうどそのとき、私の意識がぷっつりととぎれた。
 最後に見えたのは、かすんだ目で見た天井だった。

「……ん?」

 目を覚ましたとき、辺りは暗闇に包まれていた。
 月からの波動を受け、おのずと今が夜だということがわかる。
 体が妙にだるい。

「まさかっ!」

 体をバネのように弾ませ、棺桶のフタを開ける。
 勢いよく体を持ち上げると、棺桶のフタ以外に何か弾き飛ぶものがあった。
 それは「きゃっ」と声を上げ、床の埃を巻き上げ、きゃっと叫んで転がった。

 体が妙にだるいのも理解できた。
 そしてこの私の腹を襲う空腹の原因も、説明ができた。
 目の前に転がるはハードウェザー。
 剥き出しの下半身についてしまった埃を払っている、私の最初の下僕。

 少々頭が痛くなってきた。

「ハーディ。 なんのつもりなのだ?」

 ズボンを引き上げつつ……。

「だぁってぇ……我慢出来なかったんですもの」

 ハーディは、己の主人に対する遠慮というものは全く持ち合わせていないようだ。
 人が起きれないことをいいことに、私の体を弄ぼうとは。

「ご主人様たる私に対して尊敬しようとする気はないのか? ハードウェザー」
「ありますよ。 愛という名の尊敬が、この胸に溢れるほど」

 うっとり、としてほざくハードウェザー。
 私は深い深い溜息を一つついた。

 私としてもまだまだ未熟か、呪縛を深くかけすぎてしまったようだ。
 主人たる私を愛さなければならない、という暗示を掛けたのだが……ここまでなつかれるのも少々煩わしいな。

「とりあえず服を着ろ。 今はそういう気分じゃない」

 私の棺桶の中にあったハーディの服を放ってやった。
 やたらネトネトした液がついているのは、棺桶の中でハーディが私の体を弄んでいた名残である。
 それ故に気分が乗らないというのはなんとも悲しいことか。
 今夜からはちゃんと棺桶に鍵を掛けておこう。

「えー、この格好の方がナニかと便利なのに……」
「便利とか便利じゃないとかは問題ではない。 服を着ろ、ハードウェザー。 貞節という言葉を知れ」
「バウンダーの口から『貞節』なんて言葉が出てくるなんて信じられないです」
「既成概念というものを捨てろ、ハードウェザー。 私だって神をたたえたり、聖書を持ち歩くときもある」

 さっきまで私をからかおうとしていたハーディは、呆気にとられた表情を浮かべ、こちらをじっと見つめてくる。

「嘘だ馬鹿者。 下らぬことを言っていないで早く服を着ろ」

 ぶつくさと文句を並べるハーディを一蹴し、外を見る。
 ちょうどいい頃合いに月が浮かび、ヴァンパイアの力を増幅させてくれる。

 ふと、外に人影が見えた。
 金色のひらひらが月の光に反射して美しい。
 ボロボロになったワンピースを着、体つきを見たところ若い女だろうか。

 ……。

 …………。

 ………………。

 その影がちょうど私とハードウェザーのいるビルに入ってくるのを見届けた後、再びハーディに目を向けた。
 ハーディはまだ着替え中だったらしく、私の視線に気づくと「いや~ん、エッチ」とほざいて笑い始めた。

「なあ、ハードウェザー。 一つ聞きたいことがあるんだが……」

 胃がキリキリと痛み始めた。
 恐らく、何も食べていなかったから、という理由の胃痛ではないだろう。

「私が今朝倒れた後、お前は何をやった?」
「え? 普通にバウンダーを棺桶に入れて、その後……挿れたのよ。 きゃっ」

 なんだか、こう、やたら神経を逆撫でするハーディを無性に殴りたくなってきた。
 だが、こういう風にしてしまったのは私の呪縛の未熟さ故のことであるのだから、これも一つの戒めとして拳をゆるめ、ついでに無理矢理頬もゆるめて言った。

「獲物はどうしたんだ?」
「ほえ?」
「私がお前に命じて捕獲した獲物はどうしたんだ、と聞いているんだ。 あの金色の髪の毛がひらひらしているヤツ」
「ああ、そのことですか……えーっと、どうしたんだっけ」

 流石に私は私を抑えきれなかった。
 ハーディの頭頂にチョップをかまし、首元を掴んで、つかつかと窓へと歩み寄った。

「そこで歩哨をしとけ、馬鹿者がッ!」

 窓から、そのまま放り投げた。
 なにやら悲鳴のようなものが聞こえたが、一切無視。
 再教育が必要だと思うが、まあ、それはそれとして……。

「私を元の体に戻しなさい」

 震える声で、ほんの数秒前まで外にいた人影が私の目の前に居た。
 数メートルの距離を隔てているが、なるほど、こいつも既に吸血鬼化しているようだ。
 ほんの一口にも満たぬ量の血を吸っただけのせいか、普通の吸血鬼よりも遙かに魔力が低い。
 だが身体能力はすでに人間のそれではないようだ。

「苦労したようだな、お前」

 服はボロボロで、腕や足には細かい傷が付いている。
 おそらくはヴァンパイア・ハンターにでも襲われたのだろう。
 こうして灰にならず、二本の足で地面を踏んでいるところをみると奇跡の二つや三つほど起きたのか。
 流石の私も、哀れみの念がこみ上げてきた。

「だが、それもここまでだ。 その苦痛を滅し、永遠の愉悦をくれてやろう」

 一歩、また一歩。

「わ、私に近づかないで、私は人間じゃないのよ。 こっちに来ないで、さもないと……」

 その白くて細い腕で、コンクリートの壁を叩いた。
 すると、壁に無数の亀裂が走り、天井から砂埃が降ってくる。

 なるほど、この人間の娘は、私が分け与えた力で私を屈服させようと企んでいるらしい。
 それは、クリーチャーが創造主に矢を向けるようなこと……滑稽であること甚だしい。

「不完全な力で、尚かつその力に振り回されている者の癖に。 まあいい。 お前が人間でないと言うのならば、一体誰がお前を人間ではないモノにしたと思っているのだ?」

 コンクリートの柱をそっとなでる。
 壁よりもずっと太く、しっかりとしている柱は、次の瞬間、跡形もなく粉々に崩れ去った。
 私はヴァンパイアハンターだったときでさえもこの程度は児戯にも等しかったぞ。
 とはいえ予想外のことだった。
 魚を逃がすこと自体不本意なことであり、逃げた魚が戻ってくるなんて一体何の因果か。

 まあいい。
 得以外の何物でもないわ。

「な、何よ。 それ以上近づかないで!」

 近づかないで、と言われて近づかぬ者は馬鹿である。
 私は一歩一歩と目の前の憐れな獲物に近寄っていった。

 全く『これ』ときたら、力の差もわからずにのこのことやってくるのだから面白い。
 少し遊んでやろうか。

「本当にお前の側に行かなくてもよいのか?」
「あ、当たり前じゃない」

 あの女は気づいていない。
 口では拒絶の言葉を告げておきながら、足は一歩一歩着実に私の方へと動いていることを。
 薄いとはいえ、私の体液が侵入した体なのだ。
 完全に私の命令に逆らえるはずがない。
 精神が犯されていることに気づいてないとんでもない愚か者よ。

「え? な、何!?」
「ふ、ふふふ……何も強がらなくともよい。 体は自然と私を欲しているではないか。 いつの世も人間は肉の器に正直よのう」
「や、やだ……こっちこないでよ!」
「そう言われてもな。 お前がこちらに来ているのだ。 私は止めようがないではないか」

 体を小刻みに揺らして抵抗しているのも空しく、あの女は手を伸ばせば届くほどの位置まで自分の足で来てしまった。
 
「お前は不幸なヤツよ。 この世界でもっとも不幸かもしれん」
「あ、あんたがやったんでしょ」

 私は手を目の前の娘の頬に当てる。
 とても暖かい。
 体の芯までとろけるような暖かさが、頬を伝って私の体に移動してくる。
 純正ではなくなってしまったとはいえ人間の、それも高貴な人間の血はこれほどまでも暖かいものなのか。

「やめてよ。 触らないで……」

 恐怖に怯える顔も、また美しい。

「大丈夫、すぐに良くなる」

 もう少しこのままでいたい、という気持ちをはねのけ、抱きしめる。
 心臓の鼓動が、恐怖に怯える震えが、私の体に伝わり心地よさをわき上がらせる。
 そっと歯を白い肌に添える。

「いくぞ、もう人間の体に未練はなくなったな?」
「な、なくなってなぁい……」

 いっ、という短いうめき声が耳に届いた。
 しかし、それすらも忘れさせる血の甘美な味よ。
 甘く、甘く、ただひたすら甘いそれは、私を酔わせる。
 歯に滴る血を一滴も漏らさぬように、私は血をすする。

 ……ここいらでやめなければこいつは死ぬな。

 酩酊を楽しみながら、ふとこのまま殺してもしまおうか、という残酷な思いが頭に浮かぶ。
 いや、だが、この娘には色々と借りがある。
 いくら私だとはいえそれを無視するわけにはいかぬ、と歯を首から引き抜いた。
 抱擁の手も同時に緩めると、そのまま重力に従い、娘は地面に倒れた。

「気分はどうだ……?」

 白い顔を更に青白くして、細かに痙攣する娘を見る。
 大丈夫、死んではいない。
 これで私の眷属が二人になったわけだ。
 この娘も生意気だったが、身内になればいとおしく思える。

「最低……よっ……」

 だが、少々しつけをせねばなるまい。
 まあ、それはまた後にしよう。

「ようこそ、闇の世界へ。 娘よ、貴様は私が闇の世界に引き込んだ最初の人間よ。 そのことを誇れ」
「ば……っかじゃないの。 このコスプレ野郎が……」

 中々減らず口だな。
 娘のまだ立てない体をそっと支えて、立たせてやる。
 まだ娘はふらつく足で、顔色も悪い、私が支えねばまた倒れてしまうだろう。
 少し血を吸いすぎてしまったようだ。
 私は吸血鬼にはあるまじき感情である、慈悲を思い出した。

 ……まあよい、どちらにせよ、この娘にも私のコマになってもらわねばならぬ。
 このままでは組織に襲われたとき、抵抗することも出来ずに殺されてしまうに違いない。

「私の血を少し吸え」

 私は首を差し出した。
 魔力も生命力も乏しいこの娘が、手っ取り早く力をつけるためにはそれがごく簡単な方法なのだ。
 力を分譲するため、私の魔力が少し下がるが、無尽蔵の力を有する私にとってその程度の欠損は微々たるものよ。

 首を差し出したまま、何もされない……。
 なんだか私が間抜けに見えるではないか。

「……どうした、はやくしろ。 血を吸うのだ」

 一旦首を上げ、娘を見る。
 あいかわらず青白い顔をしたまま、何がおかしいのか口に薄ら笑いを浮かべている。

「ハッ。 あんたなんかの言うことには誰が従うもんですか」

 なるほど、この娘、ただの小娘と侮っていたが大した根性だ。
 おそらくは弱りすぎて、私の呪縛が効かなくなってしまったのだろう。
 さて、一体どうやって服従させようか。
 ハーディの時のように壊す、か?
 いや、ハーディは意識改造が失敗して少々変な性格になってしまった。
 あれは好ましくない、うむ、あんなのが二人に増えてしまったら私の負担が増えること間違いない。
 もしかしたらハーディの素がアレなのかもしれんが、同じ方法で女を落とすのはやはり味気ないことだな。

 ならば……。

「強情だな。 ではその強情がどこまで続くか、試してやろう」

 そっと娘の胸に手を添える。

「や、やめなさいよ。 このガキが……」

 ガキ?
 ああ、そうか、私の体はまだ生まれてから十八年しかたっていない身か。
 精神はさらに一日とちょっとしかたっていないが。
 ヴァンパイアとしてはおおよそ考えられぬほどの若年だが、誰であれ最初の一日というものはあるのだからな。

「う、動けない私に対してこんな卑劣な行為を……聞いてるの、この馬鹿」
「貴様が私の血を吸えば、すぐにやめてやろう。 それまでは何を言われてもかまわん」

 ふむ、やはり私の見立て通り中々のものよ。
 年にしては豊満であり、若く健康な体。
 血は言うまでもなく一級品で、変な混じり物もない……。

 ぼろぼろになったワンピースの胸元からそっと手を差し入れる。
 念力を使い、下着のホックを外し、するりと手を中に滑り込ませた。

「やっ、この馬鹿! なんてとこ触ってんのよ、いや、ちょっと止めて……」
「なら早く私の血を吸え。 それがお前のためになる」
「馬鹿ッ、そんなこと言ってまた私を騙すつもりでしょ!」
「えぇい、これ以上貴様を騙しても私に何も得はないわ。 黙って私の言うことに従え」
「っるさいわね、いいから手をはなしなさいよ! このタコ!」

 娘は身をよじり、私の手を服の中からねじりだしてきた。
 ……ぐっ。
 こいつは思っていたよりも遙かにとんでもないやつだ。
 人間の分際でここまで私に立ち向かえるものはそういない。
 しょうがない、不本意なことだが無理矢理飲ますことしかないか。

 私は自分のツメで人差し指を少し切り、それを娘の口の中にねじこんだ。

「むっ! むぐぅぅ~」

 何すんのよ、という視線が痛いほど感じる。
 だがそれもじきに、血の陶酔に酔った表情になっていき。
 そっと私が人差し指を娘の口から引き抜くと、娘は銀の糸を垂らして離れる指を物欲しげに見つめる具合に。
 やはり吸血鬼、空腹時に血を与えてやれば何も言わず黙って従うようになる。
 娘の表情も血色が戻り、全身に魔力がみなぎっている

「どうした? 手を離してほしいんじゃなかったのか?」

 わざとらしく私は言った。
 すると娘は視線を血がにじみ出ている私の指にあわせたまま、顔をぷるぷると横にふり。

「馬鹿じゃないの。 いつ私がそんなこと言ったっていうのよ!」

 ……このアマがッ。
 まあいい……血の味を覚えたこの娘に、血と交換で私に隷属することを誓わせよう。
 親の吸血鬼の血を飲んだ子の吸血鬼は、親の呪縛から逃れるが、こうして隷属することを誓わせればまたその呪縛が私の手の中に戻る。
 血のつながりを無くす行為は危険な行為だが、今回の場合あまりにも娘が衰弱していたせいで取った緊急手段だ。
 下手に子の吸血鬼に力があったりする場合、親の吸血鬼は殺されかねない事態にもなる。

 今回は万事を期して行ったはずだ。

「……ねえ、の、飲ませてよ……」
「何をだ? ちゃんと目的語と主語を述べねば私にはわからんぞ」
「ばッ、馬鹿ッ!」

 ようやく女らしい仕草を見せたと思えば、俺の体を引きちぎらんばかりに捻り上げてきた。
 涙の出そうな痛みに耐え、涼しい顔を保たねば……私の威厳が。

「ち、血を……飲ませてよ」

 青く澄んだ娘の瞳に、深い紅が宿る。
 もう人を脱し、吸血鬼になったのか。
 意思の強かったから、吸血鬼化は時間がかかると思っていたのだが。
 都合の良いことなんだが、少々ひっかかる。
 ひょっとしたら、こいつは大物になるかもしれん……元々訓練を積んでいたハーディ以上の存在に……。
 ま、私には遠く及ばないだろうが。
 さて、この娘が吸血鬼になったのだから何か名前をやらねば。
 ふむ……こいつは……

「ねえ、聞いてるの? 聞いてる? このうんこ野郎!」
「うんこ野郎とはなんだ、うんこ野郎とはッ!」
「血を飲ませろって言ってるのよ、このぼけ! 人のこと嫌らしい目で見てんじゃねーわよ」
「黙れ、小娘が。 貴様ごときなど指の一ひねりで天国でも地獄でもない場所に吹き飛ばすことができるのだぞ、口の利き方に気をつけろ」
「あんたにそんな力があったら、あたしゃ全世界を支配している女王になってるっつーの! それにさっきから小娘小娘いいやがって、貴様の方が年下じゃないか! いいから血を飲ませろ!」
「何をごちゃごちゃいいおって、それにそれが人に物を頼むときの態度か? 全くどういう教育をされてきたんだ、じゃじゃ馬め」

 ……なんで吸血鬼たる吸血鬼である私が人の道を説いているんだ?
 なんだか胃どころか頭まで痛くなってきた。

 まるで馬力のありすぎる車のようなヤツだな。
 うまく乗りこなさねば振り落とされる……まったく、とんでもない人間を拾ってしまったものだ。
 やはり教育は必要だな。

「ちょっと聞いてるの? 人の話を聞かないなんて、あんたこそどういう教育をされてきてんのよ!」

 人の話を聞かないのは貴様だろうに、という言葉をぐっと飲み込んだ。
 こちらの言うことを聞くようにしてから、後で仕置きしてやればいいだろう。

 臍下丹田に力を込め、目に魔力を集約させた。

「な、何を……そんなに睨んで……」

 一瞬怯んだ娘は、次の瞬間、そのまま気絶してしまった。
 まったく、こんなに早く魔眼を使うことになるとはな……。
 私の魔眼は少々特殊なのだ。
 魔眼とは一般的に、目の合った相手に幻覚を見せたりするものが多い。
 見えてはいけないものが見えるという類も魔眼と言われているが、あれはあれで少々タイプが違う。
 とりあえず、それらを魔眼と呼んでいるのだが……。

 私の魔眼は、目の合った相手を気絶させるというもの。
 遙か昔、目を合わせると石化させるといわれるものや、視線だけで相手を殺すものもあったというらしい。
 それの系統と同じように、相手の意識を奪う……。
 もっとも、私のものは射程距離が極端に短い故、本格的な戦闘で使うことはほとんどないのだが。

 気絶した娘をそっと床に寝かせ、一滴、二滴の血を顔に垂らす。
 腐っても私の血を飲んだもの。
 普通の暗示なら跳ね返される可能性がある。
 このように意識が完全になくなってから、じっくりと深い催眠を施さなければ色々と危険だった。

 ふと、娘の服のポケットに、何か入っていることに気が付いた。
 丸くて薄い……。
 なんとなく、虫の知らせというものだろうか、感じるところがありそのままそれを無造作にポケットから引っ張りだしてみた。

「……忌々しい……鏡なんぞ持っておって……」

 それはただの丸鏡だった。
 手のひらに入るほどの、どこでも売っているような品物。
 新品のようで真新しい。

 吸血鬼は鏡に映らない、という俗説があるが、あれは全くの間違いだ。
 吸血鬼は鏡に普通に映る。
 流れる水を通ることはできず、太陽の光を浴びて灰になり、十字架に弱いということは事実。
 だが、鏡だけは別の話だ。
 もっとも、絶対に鏡に映るかというとまた別の話。
 吸血鬼は自分自身の意思によって、無生物による姿の投影を拒否することができる……つまりは、映りたくないと思えば鏡に映らないように工夫することができるということだ。
 一見意味がなさそうに見えるそれだが、鏡による遠距離透視を無効果にできる。
 現代ならば、監視カメラに写らないということにも応用できる。

 しかし、この鏡、ただの鏡ではないな。
 ほんのわずかに魔力を感じる。

 まさか、この小娘が術をかけたのか?
 元一般人のくせをして、何故このような知識を持っている。
 もしくは……組織の人間の手に回って……。

 突然、鏡がぱっと強烈な光りを放った。

「わッ!」

 ほんの一瞬だけ、カメラのフラッシュのような光が溢れた。
 が、それだけ。
 私には何のダメージもない。

「……舐めないでよねッ!」

 ふと声がしたと思うと、頭に強い衝撃が襲ってきた。
 地面に倒れてから、私に一撃を喰らわせたのはあの金髪だとわかり。

「あんたは不幸よね。 何にも知らずにあたしに手を出して」

 何故か体に力が入らない。
 何をされたんだ、私は。

「ひょっとしたら世界で一番不幸かもしれないわ」

 目の前がくらくらしてくる。

「実はねー。 あたしんちってかなり高名な魔術師の直系だったの。 今朝あんたに血を吸われるまで知らなかったけどね。 所謂覚醒ってヤツかなー。 ご先祖様……それももんのすごい力を持っていた人達ばかりの記憶がこぞってあたしの頭の中に蘇ったのよね。 しかもそのご先祖様達っていうのもまたみんなろくでなしどもでさー。 闇に属した変態魔術師なんだわ。 きっとあんたの闇の魔力が反応しちゃったのね」

 小娘はそう言って、くすくすと笑い始めた。
 腹立たしい。
 何をされたのかわからないがゆえ、対処することもできない。

「今ではクソオヤジもクソババアもただのパンピーに成り下がっちゃったけど、あんたのおかげでまた祖先の栄華を取り戻せそうだわ。 ありがと。 そうそう、記憶が戻ってきたっていっても魔力まではどうにもならないわけよ。 あたしだって今朝まで一般人だったからねー。 私のこの体じゃ魔力の絶対量の足りないの……だから、あんたの血を吸わせて貰うわよ」

 ずいっと寄ってくる小娘。
 くそ、全て演技だったというわけか……。
 強力無比な魔力を持つ私をはめるための。
 弱っているふりをしていたのも、私が一度首を差し出してきたのを拒否したのも、あそこまで意固地に血を吸わなかったのも、全ては油断を誘うための演技。
 鏡の光は、私に一瞬の隙を作らせるためのちゃちなトラップ……あれ自体に意味はなかったのか。
 出し抜かれた……敗北感が心の底からわき上がってくる。

「殺しはしないよ。 一般人に毛が生えたぐらいの力しか残してあげないけど。 でも感謝してよ、後世の憂いを取り除くため、あんたなんか殺すほうが普通なんだけど、あたしも鬼じゃないからねー、吸血鬼だけど」

 小憎たらしい笑みを浮かべながら、小娘は私の体に覆い被さった。
 もはや、私に道は残されていないのか……。

 所詮私とて凡百な吸血鬼だったというわけか。
 絶対なる力に増長し、それを使いこなすことができないまま人間ごときに足下をすくわれる。

「ま、気を落としなさんなって。 海千山千の記憶を受け継いだあたしが相手だったのよ? さっきからの会話の途中にあんたの思考の改変なんて何百回したことか……中々しぶとかったんだから、自滅させるのは。 ……でも、所詮はガキだったわね」

 その通りだ、私はガキだ。
 だが、そんなことをこいつに言われる筋合いはない。

 ……こいつも例え魔術師の記憶が継承されているとはいえ、まだこいつ自身は経験を全く積んでいない。
 恐らくそこにつけいる隙があるはず……、所詮はこいつもガキなのだ。
 その証拠に私を殺す気が全くない。
 今は逆襲の時ではない、だがいつか、私を生かしていたことを後悔させてやろう。

 首に歯を立てられ、大量の血を失って意識を失いつつ、私はそんなことを考えていた。
 願わくば、この娘の気が変わって、私にトドメを刺さぬように、と。

「バウンダー、起きて、起きてくださいよ」

 ハーディの声がした。
 私の体を揺すっている。

「どしたんですか? すっかり蝉の抜け殻みたいになってますけど」

 かすむ目を開き、ハーディを見た。
 あの、私の命を奪おうとしていたエージェント時代では考えられぬほどのアホ面で、こっちを心配そうに見ている。

「……蝉の抜け殻とは酷いな……せめてヴァンパイアの抜け殻って言って欲しい」
「あはは、面白いジョークですねぇ。 馬鹿みたいにつまらないですよ」
「面白いのかつまらないのかどっちかにしろよ」
「つまらないことが面白いんですよ。 バウンダーのキャラにあいませんよ」

 どうやらかなりの血を抜かれたらしい。
 無尽蔵にあった魔力もほとんど底を尽き、キャッツアイなんて書かれた小じゃれたカードを懐に入れられていた。

「出し抜かれた、って顔してますねぇ。 あの小娘ですか? 私がいっちょ行ってぶっ飛ばしてきましょうか?」
「やめとけ、無理だ。 私の魔力を持っていった。 それに頭の回転も速い。 知識においては私やお前とは比較にならないものを持ってる」
「は、はあ? あの小娘がですか? そりゃ、これで三度もうちらの手から逃げ出しましたけど、そんなタマに見えませんよ」
「もう一度言ってやるよ、やめとけ、お前ごときじゃ殺されて、バラバラにされて、梱包パックの冷凍宅配で私の元に送り返されるのが落ちだ。 くそッ、私をマークし続けていた組織の連中の気配が消えたことを考えれば、自ずと分かったはずだ」
「は? ……あ、そういやあのクズ達の気配が消えましたね。 組織の連中ってば、ワンちゃんを投入するからくせーのなんのって、鼻が曲がるか、って感じでしたよ。 いなくなってくれることに越したこたぁないって放っておいたんですけど……なんかあったんすか?」
「あの金髪……あの金髪が殺ったんだろ。 少ない魔力を、知識だけの力でカバーしてな。 あいつは本物の化け物だ」
「え? あ、あのー……話が見えないんですけど?」
「わかりやすくいえば、組織は私に対してマークを外し、あの金髪を抹殺するように動き始めた。 そしてあの金髪は組織と、更に世界を敵に回した。 最後に、私達がその二つの対立をぼーっと間抜け面を晒して見ているという役」
「いえ、そういう問題を聞いているんじゃ……」
「まず最初にやることを言おう。 私に血を分けてくれ、そろそろ血が足りなくて……死ぬ」

 なぜだろうか。
 あいつにしてやられたというのに、何故私は腹立たないのだろうか。

 ……これも私の望んでいたことだというのか。
 安易に力を手に入れ、自分に溺れぬことがないように……『僕』が私に干渉してきたとでもいうのか。

 ……私は考え過ぎなのか。
 今、何故『僕』のことが頭をよぎったんだ?
 何故、『僕』が『私』の感覚に干渉し、あの金髪の演技の粗を見逃しさせた、と考えたのだ?

 クソッ。
 クソッ。
 私を虚仮にしやがって。

 貴様に忠告されんでも私は自分の力に沈むことはなかっただろう。
 余計なことをしおって……。
 しかし、こういう状況になってしまったのはしょうがない。
 ただ、今は力をつけ、経験を積み、知識を得て……あいつに復讐することを夢見ることにしよう。

「えーっ、嫌ですよぉ! なんで私がバウンダーに血を分けなきゃならないんですかッ! まだ精液だって貰ってないのに!」
「力を失ったとはいえ、私は貴様の親吸血鬼なのだぞ。 私の言うことには従わねばならんのだ。 それに昼間、寝ている私を散々犯したではないか」
「えー! ずるーい! そんなの卑怯だー。 ドメスティックバイオレンスだよ! ドメスティックバイオレンスは犯罪なんだよ! 職権濫用はんたーい!」

 ……何故こうも私が血を吸った女は私の胃を痛めるのだろう。
 信じたくないが、前世の因縁とかいうヤツなのか……。
 それだったら私が前世をぶち殺しにいかねば、な。

「えぇい、うるさい、うるさい! 私に従えッ!」

 三回隷属のキーワードを唱えれば、ハーディは瞳に光を無くし、そのまま人形のように立ちすくむ。
 まったく、世話ばかり焼かせて。

「こっちに来い」

 さっきまでわめいていたハーディはまるで魂が抜けてしまったかのようにその場に立ちすくんでいた。
 手をこまねいてやると、こくりと頭を大きくゆらし、のたのたと私の近くにくる。

 ……ハーディのヤツは、まだ特殊素材の戦闘服という無粋な物を着ている。
 せっかくの美しい肌を隠して、馬鹿なヤツだ。
 そっとその戦闘服を脱がし……。

 ……。

「……なんでこんなものを着ているんだ?」

 よくよく考えればあの戦闘服は私が破り捨ててしまった。
 特殊素材を用いているのだから、そこいらで調達できるようなものでもない。
 あの服を忠実に再現し、魔力を使って身に纏っているようだが……。

 もう少し別の物を着るという頭は使わないのか。

「おい、ハーディ。 何故、もう少し華やかなものを着てみないんだ? そのゴムのような服はお前の魅力を半減させるものなんだぞ」

 興味がわいたので聞いてみた。
 そうなると調子のいいもので、血の不足なんてさっぱりと頭から消えていた。

 ハーディは一瞬答えるに迷うようにした後、重そうな口を開いた。

「バウンダー以外に……肌を見せたくなかったから……です……」

 ふむ、なるほど、確かにこの戦闘服は全身タイツのように体全てを覆えるようになっている。
 人に肌を見せない恰好としては最適ではある、か。
 これ以外で肌を隠せる服はいくらでもあるが、そんなものを今の季節に着るととても目立ってしまうしな。

「……私、バウンダーを愛してますから」

 相変わらず無表情で、無機質な声で、こっ恥ずかしいことを言うハーディ。

 ……愚かなヤツめ……。

「ああ、もういい、ケチがついた。 目を覚ませ、ハーディ」

 ぱんぱんと手を叩けば、はっとハーディは気を取り戻した。
 脱がされた服を慌てて肩もとまで引き上げ、途中で何か思いついたかのように少し服を下げ、胸を隠すように腕をクロスさせ。

「いやん、えっち」

 ほざけ、この奴隷が。

「この馬鹿が。 お前を抱きながら血を吸ってみたくなっただけだ。 誤解するなよ」
「……ここは六階ですけど?」
「……黙れ」
「ああ、釣りの餌ですか」
「それはゴカイだ、このたわけ」

 ごちゃごちゃ抜かすハーディの手をとり、思いっきり引っ張ってやる。
 私の上にしなだれるハーディ……顔は思ったよりも赤く染め上げている。

「ご、ご奉仕させていただきますね……さて、いそいそ……」

 私に離れるように身を動かし、そのままはいつくばって私のズボンに手をかける。
 だが、私は下半身をそらし、ハーディの手から逃れ、私もまたしゃがみこんでからハーディを押し倒した。

「ふぇ!? な、なななな、なにすんですかっ!」
「黙れ、この奴隷。 貴様の思い通りになると思うなよ」
「ひ、ひぇぇっ。 や、八つ当たりはやですよぉ!」

 目に涙を浮かべて俺に視線で抗議してくるハーディの唇を強引に奪う。
 互いにとがった歯が互いの唇に触れ……ほんの少し痛い。

「はぁ……ず、ずるいですよぉ……」

 一回のキスで熱い吐息を吐くハーディ。
 ……全盛期の私の暗示でもここまでうまくいくものではない。

 ふふ、あの金髪め。
 貴様は絶対に後悔するだろう。
 私を殺さなかったことはもちろん、ハーディを再起不能にしておかなかったことにな。

「あぁん……そ、そんなところ……」

 まるで借りてきた猫のように大人しくなったハーディ。
 そっとその胸の頭頂を摘んでやれば、可愛い声で泣いてくれる。

「血を……吸わせてもらうぞ」

 そっと、その白い首筋を舐める。
 一応こうして、牙を立てる場所を探っておかねば、な。

「あ、ちょっと待ってください」
「……なんだ? また注文か? そろそろ死にそうなんだが……」
「え、えっとその……血をすうタイミングと一緒に、その……挿れてほしいんですけど……」
「ほう?」

 思わず顔がにやけるのをやめられなかった。

「とんだ変態ぶりだな、ハーディ」
「やっ、へ、変態なんて言わないでくださいっ。 血を吸われる感覚と、その挿れられる感覚って……似ているんで……」
「そういうのを変態って言うんだ」
「や、変態じゃな……ええ、もう変態でいいです。 いいですから、そんな今すぐ死にそうな青白い顔しないでください……」
「わ、わかれば……いい……」

 つぷと口の中にあの甘美な味が蘇る。
 いい感じだ。
 魔力が豊富で……。

「……あぁん」

 ……前戯もなしで、ぐちゃぐちゃに濡れて淫乱なヤツめ。

「そっ、深っ……」

 首を牙で犯され、秘所を肉棒で犯され……ハーディはもだえる。
 まるで手の中で暴れる小鳥のように。
 私に組みふさがれて……。

「どうだ? 魂まで犯される気分は?」
「あ……あぁ……いぃ……いぃですぅ!」
「あれだけ馬鹿にしていた俺に犯されているんだぞ?」
「うぅん……い、いえ……ば、馬鹿になんて……」
「してただろ、この雌犬めッ!」
「あッ……し、してました……」
「してたのかよッ!?」
「ご、ごめんなさぁい……うぁぁぁん……だ、ダメ、やめちゃ、やめちゃダメ……」
「……いや、正直本気で馬鹿にしてるとは思わなかったからな……やはり教育方針を変えねば……」
「そ、そんなの後でいいからぁ……お願い……もう気が狂いそうなのぉ……あとちょっとでイケそうだったのぉ……」
「だが、ここでうやむやにしたら後々とぼけられる可能性が……」
「やぁん、は、ハーディいい子になるからやめないでぇ……お願い、バウンダー……」

 ふむ、少々いじめすぎたようだ。
 だが、こういじらしく、そしてとことん私を困らせてくれたハーディが、目尻に涙を溜めて哀願している表情はなんと楽しいことか。

 まあ、本当に気が狂われたら始末に終えないしな。
 途中で止めた腰の動きを再開して、きつい膣内にぐぐと挿入を再開する。

「ああ、お、奥まで届くぅぅぅ! いっくぅぅぅ!!」

 ……早いよ、お前……。

「……あ……あぁ……も、もう一回して……」

 ……タフだな、お前……血を吸ったとはいえまだ俺も力が回復してないというのに。

「あ、あの……ねぇ? ごめんなさいッ!」

 隙をつかれて、今度は俺がマウントポジションを取られてしまった。
 なんかもう抵抗する気力がない。

「……あぁん! お、大きっ……ば、バウンダー、バウンダー、愛してるッ! 愛してるよーッ!!」

 ……俺もだ、と思ってしまったら俺の負けか。
 ……負けた。

 今日は金髪にも負け、ハーディにも負けたか……。

「……で、これからどうするんですか?」
「とりあえず当面、組織は俺たちを狙ってくることはなかろう。 とはいえ、用心は必要だが……おそらく組織も金髪を殺すために全勢力を傾けるだろう。 俺たちに組織がエージェントを派遣するにしても、お前なら瞬殺できるような雑魚ぐらいしか来ないだろう」
「そんな力の差が見えないような組織じゃないですよぅ、あそこは。 腐ってる連中も多いですけど、情報と諜報はいい人材そろってますから」
「そうだな、俺に単身立ち向かってまんまと雌奴隷にされてるヤツもいるが……組織はめくらじゃない。 だから、俺たちには人材を裂かない。 そして金髪も俺たちを眼中に入れない。 ……好都合じゃないか、俺たちは本当に派手なことをやらないかぎり、自由に動けるんだからな」
「……むー、あの小娘がそんなに強いもんなんですかねぇ?」
「あいつを小娘と呼ぶのはやめろ。 あいつは小娘ではない。 化け物だ。 金髪と呼べ」
「……小娘も金髪もそう大差ないような気もしますけどぉ」

 金髪……。
 魔術全盛期のときの偉大な闇の魔術師の記憶を持った化け物め。
 力の底は見えないが、勝機はまだ見える。
 せいぜい、今のうちに闇の魔術を使って組織と消耗戦をしていろ。

「まあ当面は、私の力を回復させることが目下の行動になるだろう。 これからかつてないほどの戦争が起きる。 いくら両軍の隙をつくとはいえ、力不足は命取りだ」
「に、人間を食うんですねッ! グールにして、ぐちょぐちょの腐った死体にして、死臭がプンプンする軍隊を作るんですね! ランド・オブ・ザ・でーっど!!」
「そこまではせん。 グールを作らんとは言わんが、基本的には身内の吸血鬼で我々第三勢力は力をつける」
「そ、そうなの? ちぇ、つまらないなぁ……あのぐちゃぐちゃした動き、好きなのに……。 ところで、一体どこで人間は調達するんですか?」
「……ふふ……あの金髪にガキガキと散々言われて思いついたのだが……そういえば私は学校なるものに行ってなかったな」
「は、はぁ……うちら組織に入ってから普通教育とは三光年ほど離れたとこにいましたからねぇ……」
「だから、今度学校に行ってみる。 女子が多いとこを探しておいてくれ」
「へぇ、なるほど、学校ですか。 そこなら人間が集まるから、素質のあるものを見つけるのは比較的簡単……って、あたしが探すんすかぁ!?」
「そうだ、お前にしか頼めないことなんだ。 失敗は許されんぞ」
「……なんであたしにしか頼めないんですか? 調べることぐらいならバウンダーにでも……」
「私はもう寝る。 少々疲れた……あまりにも魔力を失いすぎたせいで日光に当たっても大丈夫な体になったが、まだ体力が回復していないようだ。 だから、もう寝る」
「あーっ、めんどうなことをあたしに全部押しつけて……こら、棺桶から出てこい、この出来損ないのご主人様めーーッ!!」

 今朝の教訓をいかし、カギをつけた棺桶に飛び込み、ハーディの怒鳴り声を聞きつつ、目をつぶる。
 いつかきっと組織と、金髪を倒してやる。
 その計画を考えながら、私はゆったりとした睡眠の波に身を任せた。

< 続く >

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