ガツン

 今日もまた、変わることなくこの町は支配されている。
 何が支配しているのか?
 それは、わからない。
 どうして支配されているのか?
 それも、わからない。
 しかし、間違いなく、この町は支配され続けている。
 あえて言うならば、それはガツンである。
 この町は、ガツンに支配されていた。

 何の前触れもなく、町の住民の後頭部から鳴り響く、『ガツンッ』という音。それとともに、彼らは突然おかしな行動をとり始める。それが『ガツン』である。ガツンは3年前の発生当初から、様々な憶測と混乱を呼んだ。住民は突然ヘンなことを始める家族、隣人たちに困惑した。
 第3次オイルショックに備えて醤油を買い溜めしたり、隣人の名前でしこたま宅配ピザを頼んだり、自分の家にピンポンダッシュを仕掛けたりするようになってしまった彼らを、周りの住民は必死の思いで止めようとした。しかし、彼らは
「なぜかは全然わからないけど、やらなくちゃいけないんです」
 と言うばかりだった。彼らは決して止まらなかった。
 この町の非常事態に、町役場は、ただちにガツン特捜部を設立し、調査を開始する。
「特捜部………カッコいい」
 特捜部。そのカッコいい響きに半ば陶酔しながらの調査であった。入念な調査にもかかわらず、ガツンについては何一つわからなかった。ただ、調査の過程で、なぜか、この町に潜む3組の不倫を発見できたことを考えると、それなりに成果はあった。
 ガツン特捜部は、目的を不倫調査に変え、活動を継続した。それに伴いガツンの調査は打ち切られることとなった。今や、この町でガツン特捜部を恐れない男はいない。
 ともかく、詳細不明のまま、ガツンはその後も起こり続ける。あまりに頻発するガツンに住民はだんだん慣れていった。別にガツンに遭ったからといって死ぬわけではないのである。原因も回避する方法も分からないなら、何をしても無駄だという諦めとともに、ガツンはこの町の日常となっていった。

 そうして今日も、この町にガツンが鳴り響く。

 姉実と妹子は二人で学校への道を歩いていた。二人は仲の良い姉妹である。
 姉の姉実は大学の教育学部を卒業したあと、自分の出身校でもある妹の妹子の通う学校へと赴任した。
 今日の姉実はグレーのスーツを綺麗に着こなしている。フレームのないメガネをかけた彼女は、スーツが少しタイトであるのもあって、大人っぽい雰囲気を漂わせていた。妹子の方はセーラー服を着ている。短くされたスカートがイマドキだ。クリクリした可愛らしい目と、あどけない仕草が、彼女を同年代より幼く見せた。
 姉実は年の離れた妹をかわいく思っていたし、妹子も理知的で颯爽とした姉の姿にあこがれていた。
 今日も妹子は、しきりに姉に話しかけ、楽しそうに笑った。姉実は元気のいい妹の姿に口元を緩ませながら、メガネの奥の瞳を細めた。
「ねぇ、お姉ちゃん。この前ね、かわいい服、見つけたんだけど……。お金なくってさぁ」
「貸さないわよ、もうっ。すぐにお小遣い使い切っちゃうんだから…。少しは節約しなさい!まったく、いつまでも子供なんだから」
「えー!お姉ちゃんのケチっ!!」
 微笑ましい日常の風景である。そんな二人の横を、サラリーマン風の若い男が足早に抜き去っていった。どうやら会社に遅れそうなのか、かなり焦っているようだ。その時である。

 ガツンッ!!

 姉実の後頭部から、まるで鈍器で殴ったような音がして、姉実は前につんのめった。ズレるメガネ。
 姉実はしばらく放心していたが、ハッと顔を上げると妹子の手をグイグイと引っ張って歩き始めた。
「行くわよ、妹子。早く、さっきの人を追いかけなくちゃ」
「お…お姉ちゃんがガツンに……。そ、そんなぁ」
 ガツンに遭ってしまった姉にうろたえる妹子。そんな妹にかまうことなく、姉実はサラリーマン風の男を追いかけた。

「あのー。ちょっと、すみません」
「な…なんですか、いったい?」
 男は、いきなり話しかけてきたメガネのズレた女に動揺した。連れているセーラー服の女のコの顔色は蒼白である。明らかに怪しい。
「実は突然で申し訳ないんですけど、今すぐここで私の妹とセックスして欲しいんです」
 女の目は真剣そのものだった。男の目は点である。そして、ようやく事態を察した。
「……………もしかして、ガツンですか?」
「ガツンです」
 即答するメガネのズレた女、姉実。理知的である。
 男の顔に諦めが浮かんだ。実は、今日は朝から大事な会議だというのに寝坊してしまい、急がないとかなりヤバイのである。しかし、
「ガツンですか……。それでは仕方ないですね」
 そう、仕方ないのだ。ガツンと鳴った人は決して諦めない。彼らからは逃げられないのである。
 うなだれる男をよそに妹子は、いやだぁー、お姉ちゃんしっかりして、とか、お願い、誰か助けてぇ、とか叫びながら、つかまれた手を振りほどこうと必死である。無論、すっかりガツン慣れした町の住民が助けに入ることなどない。誰かの悲鳴など、この町では日常茶飯事である。
「その叫んでるのが妹さんですか?」
「ええ、そのとおりです」
「それじゃあ、私はこの娘とエッチすればいいんですね?」
「はい。……ああ、でもこの子、たぶん初めてだと思います。だから優しくしてあげてください」
 妹を気づかう姉実。こういう、よく気がつくところが姉実の良さである。たしかに妹子は、はじめてなのにぃ、とかなんとか叫びながら暴れている。諦めが悪い。
「では、どこかホテルにでも……」
「いえ、あのう、今すぐここでシテあげてください。私の目の前で。お願いします」
「ええっ!?」
 男は目を丸くする。
「しかし、はじめてなのにイキナリ外でってのは、ちょっと……。ていうか、ここ結構、人通りありますし」
 当然の意見である。
「私も常識的に考えて、おかしいっていうのはよく分かってるんですけど。ここでヤルのが妹のためになるような気がしてしかたないんです」
「はぁ、そうですか」
 気のない返事を返しつつ、男は妹子の方を見た。まだ、ジタバタしている。
「それにしても、妹さんがこの調子では……。無理矢理ってのは、さすがに気が引けるのですが」
「そうですねぇ。困りました」
 と、その時。

 ガツンッ!!

「私のはじめて、貰って下さい!!」
 ズボッ!!
 妹子の後頭部から、鈍器で殴ったような音がしたかと思うと、妹子は男を押し倒し、目にも止まらぬ早さで男のモノをいれてしまった。実は男のモノは、すっかり準備ができていたのである。
「ああーん。はじめてなのにぃ、イタいのに、きもちいいぃー」
 はじめてとは思えない巧みな腰使いに、男は、あうあう、と情けない声を出している。そんな二人の様子を、姉実は感極まった表情で見ていた。
「理由は全く分からないけど、とっても嬉しいわ。よかったわね、妹子」
 なぜか、教師になって本当によかった、という気さえしてくる始末である。溢れる感涙をハンカチで拭っていた、その時。

 ガツンッ!!

「もうガマンできないわ!私にもシテぇー!!」
 姉実は男の顔の上にまたがると、グイグイと股間を押し付け始めた。姉実の後頭部で、またしてもガツンが発生したのである。あうあう言っていた男は、今はフガフガ言っている。
「ふぅうんっ!!おねぇちゃん、すごいのぉ、勝手に動いちゃうよぉ。きもちいいよぉ!!」
「私もよ、妹子っ!ああっ!!まだまだ子供だと思ってたのに、そんなヤラシイ動きができるようになってたのねぇ」
「おねぇちゃんだってぇ。いつもは、ビシッとしててカッコいいのに、こんなエロい顔して涎たらしてるなんてぇ」
「エッチしてるときは、誰だってこんなものなのよ。はあーん、もっとなめてぇー」
 男の上で向かい合い、しみじみと語らう二人。こうして時間は過ぎてゆく。

「とっても気持ちよかったね、お姉ちゃん。でも、お姉ちゃんにあんな趣味があったなんて」
「学校のみんなに言いふらしたりなんかしちゃ、ダメよ」
「えぇー!?どうしよっかなぁ。洋服代、出してくれるなら黙ってるかも。」
「もうっ、調子に乗るんじゃないの」
 スッキリした様子で服装を整える二人。なんとなく、前よりさらに仲が良さそうである。男はそんな姉妹の近くで仰向けに寝転がっていた。男の体は、いろいろな何かで、すごくベタベタである。
 姉妹が楽しげに去って行った後、男はゆっくりと起き上がった。スーツの内ポケットから、携帯を取り出すと会社にかける。
「ああ、部長。はい、申し訳ありません。………はい。実はガツンに遭いまして…。いやっ、本当ですって。………はい。………はい。はい、では失礼します」
 ため息をつきながら携帯を切る。ベタベタの顔を同じくベタベタの手で拭う。
「あー、くそっ。ガツン保険とか、できねぇかなぁ」

 今日もこの町に、ガツンが鳴り響く。

< 終 >

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