ガツン0

(『ガツン』はジジさんの作品です)

 三年だ。もう三年も経ってしまった。それなのに、ガツンについて解っていることなんて何にもない。何にも解ってないのに、ガツンはもうこの町の日常なのだ。今思えば、退屈で仕方ないと思っていたあの頃も懐かしい気がする。
 そう。これはガツンなんてものを、まだ誰も知らなかった、その頃の思い出。
「ほら、このクスリ使うと楽しくなれるよ。大丈夫。合法だから」
 とか。
「先輩。エロゲーです!エロゲーを創りましょう!!」
 とか。
「全部、ぜんぶ、N・H・Kの陰謀だぁ」
 とか言うヤツは一人もいなかった。
 三年前。
 ガツンがまだガツンと呼ばれる前。
 この町が初めて遭遇した、その現象から――
 僕が体験した『異常』な出来事から――
 この町は、変わり始めたんだ。

ガツン【0】ZERO

 僕は交差点で信号待ちしていた。長い長い時間立ち止まっていると、学校に行く気力がどんどん抜けていく。昨日と同じ今日を、僕は信号待ちしながら生きていくんだ。
 声をかけられて振り向くと、そこにいたのは阿井戸ルコだった。あの阿井戸ルコだ。
 彼女は僕をじっと見つめて、目が合うと慌ててそらした。それから、後ろに回していた手を僕の前に突き出して、言った。
「こっ、これっ!受け取ってください!!」
 僕の手の中に、かわいらしいパステルの小さな封筒が納まっていた。信号が変わって、マヌケな音楽が響く。彼女は走り去っていった。僕は立ち尽していた。

 阿井戸ルコである。クラスでもかわいいと評判のあの阿井戸ルコだ。同じクラスの彼女は、成績優秀で運動もでき、おまけにスタイルもいい。さらに人あたりもよく、男女共に人気がある。
 その笑顔はそれだけで僕たちを幸せにする。彼女の笑顔からこぼれる歯は白く、瞳は澄んでいる。
 積極的なほうじゃなかったけど、周りの友達とふざけあったり、バカな話を楽しんでいる彼女からは元気が溢れていた。なのに、放課後の教室で、窓際の席に一人たたずんでいる彼女はひどく儚げで、抱きしめたい衝動に駆られるのだ。けれど、抱きしめるとその細い手足は折れてしまいそうで、儚げな彼女はふわふわと光の粒となって消えてしまいそうで。僕はただ、その美しい姿を網膜に焼き付ける。
 阿井戸ルコはそういう人だった。
 そんな阿井戸ルコが、である。
 学内男子の間でも、かわいいと評判のあの阿井戸ルコが。告白されたという噂が月一で入るあの阿井戸ルコが。
 全ての男子の憧れである、あの阿井戸ルコが!!
 あのアイドルコが!!!

「僕にこんなものを……」
 教室の自分の席に座り、机の下に隠すようにした封筒を握りしめる。ハガキくらいの大きさのそれは、明るいパステル調の手触りのいい紙でできていた。なんだかとても女のコらしかった。
 頭の中では、僕にこれを差し出す彼女の姿が延々と繰り返されている。僕の4つ前、窓際の席の阿井戸ルコ本人は、友人と話しながらもこちらの様子をチラチラとうかがっており、それがまた僕の幸せぐあいに火を注ぐのだ。そのときの僕は幸せの絶頂で、幸せで脳がドロドロ溶けてしまいそうだった。
 だから、僕は気付くことができなかったんだ。
 僕と彼女は同じクラスであるということを除いて接点などまるでなく、会話すらしたことがない。そんな彼女が、僕に愛の手紙なんてものを渡す不自然に。
 でも、しょうがないと思う。……しょうがないじゃないか。
 そのときの僕は、誰かに告白されたことなどなくて、そして相手はあの阿井戸ルコなのだ。僕は完全に舞い上がっていた。唯ただ、手にした封筒が与えてくれる幸福感に浸りきっていたんだ。
 いや、きっと誰だろうと、あのかわいらしい封筒の中身を予想できなかったに違いないのだ。あの日、僕が経験していたのは、クラスのアイドルからの奇跡のような告白などではなく、誰も体験したことのないとんでもないものだったのだから。

 封筒の中身を誰かに覗かれたくなかったから、昼休みを待って僕は図書室に向かった。別段、頭の良い学校ではなかったので、わざわざ昼休みに図書室にいるような人間はいない。部屋に入ると、ふわりと紙とインクの匂いが漂う。誰もいないことを確認して手近な席につき、封筒を開けた。
 入っていたのは期待していたラヴレターではなく数枚の写真だった。デジカメで撮って、プリントアウトしたものらしい。写っているのは彼女だ。
 見慣れた制服姿で彼女は立っていた。場所はどうやら彼女の部屋。恥ずかしそうに頬を染めて、上目遣いにカメラを見つめていた。
 そこまでならただの写真だ。しかし。
 しかし彼女の両手は、彼女のスカートをおへその辺りまで捲り上げていた。
 ブルーの下着が彼女の肌にぴったりと張り付いている様子から、普段はスカートに隠れた白いフトモモのつけ根から、綺麗な脚のラインまでがよくよく見える。
 僕の思考は止まった。
 なんだろうこれは?
 次の写真に目を移す。彼女は四つんばいでスカートのめくれたおしりを向け、身体を捻ってカメラを見ている。
 はじめは恥ずかしそうにしていた彼女の表情は、写真が進むにつれて、段々と楽しそうなものが混じり始め、最後の写真では満面の笑みになっていた。
 僕は思考が止まったまま、写真を封筒にもどして、それをポケットにしまった。頭の中で、僕に封筒を差し出す彼女の姿と、笑顔でスカートを捲っている彼女の姿が延々と繰り返される。
 人生始まって以来のハッピーな状態から、ワケのワカラナイ形容しがたい気分へ急速落下した。そのあまりのGに僕の脳は思考を停止したのだ。
 しばし僕はイスに座ったまま沈黙する。

 忘れよう。うん。忘れてしまおう。
 そういえば、今日の数学は小テストがあるなぁ、などと考えながら教室に戻ろうと立ち上がる。
 現実逃避?
 そうさ!受け入れられるか、こんな現実!!

 しかしながら、図書室の戸を開けたところに現実は待っていた。
「あ、あの………見てくれましたか?…写真」
 阿井戸ルコである。
 うつむいた彼女はひどく不安そうにしていた。
「え……えと、あの。……うん」
 逃れられない現実に、戸惑いながらも答える。彼女はパッと顔を上げた。祈るように胸の前で手を組んで、瞳をキラキラさせている。
 嗚呼、神様。いったい何が起きているのですか?こんな嬉しそうな彼女は初めて見ました。
 呆然と眺める僕と、彼女の目が合う。
「あ、あの、あの。違うんですよ。勘違いしないで下さい。いつもこんなヘンなことをしてるわけじゃないんです。っていうか、自分でもどうしてこんなことしちゃってるのか、よく判んないし……。なんか突然ガツンッときて、それで、とにかくやらなくちゃって。夢中で写真を……。それで、それで…………。あの、とにかく私、そういうヘンな人じゃないんです!!」
 彼女は組んでいた手をスカートの前のあたりでイジイジと動かしている。
 いいえ、阿井戸ルコさん。あなたは十分ヘンな人ですよ。
「その顔………信じてませんね?」
 責めるような目で僕を見る。
「別に、信じてくれなくてもいいです」
 そう言って、拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向いた。それから目だけ動かして、にらむように僕を見つめる。
「それで。どうでしたか?」
「え?何が?」
 とたんに彼女は真っ赤になって下を向く。両手で髪を撫で付けながら、おろおろと僕の胸の辺りに視線をさまよわせる。
「だっ、だから、その。写真です。…………きれいに撮れてましたか?」
 それはもう、スミからスミまでくっきりと。
「確かにきれいに撮れてたよ。でも――」
 あれはいったい、なんなの?という僕の質問は完全にスルーされる。彼女は嬉しそうに頬に手を当て、えへへへ、などと笑いながら一人で悦に浸っていた。
「よかったぁ。わざわざプリンタを買い換えたかいがありました」
「買い換えたんだ。わざわざ」
 僕の一言に彼女は、しまった、という表情でこちらを見る。
「あぅ………はい。わざわざ、です。やっぱりヘンですよね。あんな写真のために、わざわざ」
 これじゃ完全にヘンな人だよぉ、とつぶやく彼女。まるで叱られた子犬みたいに、しゅんと小さくなってうつむいている。僕は慌ててなぐさめた。
「いや、でも。とてもよく撮れてたから、プリンタを買い換える価値はあると思うよ。おかげでいろいろよく見えたし。クラスの男子に見せたら、きっと泣いて喜ぶよ」
 なぐさめてるのかな、これは?
「そうですか?えへへ。そうですよね。うん、うん」
 それでも、なぜか納得した彼女は何度もうなずいた。
「あの、あの。それで、実は写真のことでお願いがあるんですけど」
 強い意志のこもった目で僕を見つめる。
「あの写真を、あなたのオカズにしてほしいんです!!」
 自信たっぷりに彼女は言った。
「お、オカ、オカ……」
「オカズです!!」
 嗚呼、神様。もう助けてください。そろそろ僕は限界です。
「あのぅ……」
 彼女は急に表情を曇らせ、不安げに僕を見る。
「ずっと気になってたんですけど。オカズって、いったい何なんですか?」
 気の抜けた顔の僕を見て、彼女は早口で続ける。
「あのね。ガツンっときて、とにかくオカズにしてもらわなくちゃっていうのは判ったんです。でも、オカズってなんなのかよく判んなくて。それで私の写真、どうなるんだろうって不安で。あの、ごめんなさい。こういうことって聞いちゃいけないんですか?」
「知らないの?」
「……はい」
 彼女の耳元に口をよせて教えてあげる。
 見る見るうちに、彼女の顔は余す所もなく真っ赤になっていく。まるで酔っ払ったみたいに身体がフラフラと揺れる。
「え、と。大丈夫?」
「はわっ。だだだ、大丈夫!大丈夫です!!あの、あのあの。私は平気ですから、どんどん使ってください。それに……それで、あの。やっぱり、そういうのはもっとエッチなほうがいいんですか?あわわ、私は大丈夫ですから。平気っ!!全然、ダイジョブです!!とても平気です。むしろ大丈夫」
 伸ばした腕を顔の前でブンブン振り回す。かなり動揺しているらしい。
「写真、大事にして下さいね。そ、それじゃあ」
 ぺこりと礼をしてから、彼女はくるりと向きを変えて走り出した。
 そして、そのときそれは起こった。

 ガツンッ!!

 彼女の後頭部から、まるで鈍器で殴ったような音がした。こける彼女。
 ゆっくりと起き上がると、僕のほうにツカツカと歩み寄る。
「あのぅ。よく判らないんですけど、私はあなたにお礼をしなくちゃいけないみたいなんです」
 彼女は僕の手を取って、図書室の中へと入っていく。
「な、なに。いったい、なにすんの?お礼ってなに?」
「いいから、とにかく来てください。私にもよく判んないけど、やらなくちゃいけないんです」
 大量の本棚が並ぶ中、奥へ奥へと進む。図書室に独特の香りが強くなった。人の来ない図書室の、さらに誰も近づかないような古い書物が収められた場所で、彼女は立ち止まる。
「オカズの意味を教えてくれて、どうもありがとうございます」
 丁寧に僕に向かってお辞儀した。
「というわけで――」
 たくさんの本に囲まれながら、彼女は制服に手をかけた。

 僕はその日、大人になった。

 しばらくして。
 脱力しきった僕はイスに腰掛ける。
「た……立ちバック、ですか」

 その日から、この町にガツンが鳴り響く。

≪続く可能性は否定できない≫

おまけ

 信号待ちなんてしてると、学校に行く気がなくなります。僕は無気力なのです。
 後ろの方で『ガツンッ!!』という音が聞こえた気もしますが、気にしません。僕は無関心なのです。
「あのう。ちょっと、すみません」
 振り向いてみると、なんとクラスのアイドル阿井戸ルコでした。
「なんですか、いったい」
「なんでもいいから、とりあえずこれを受け取ってください」
 彼女はなんともラヴレターちっくな物体を僕に手渡して去っていきました。

ガツン【O】オー

 教室に入ると、阿井戸ルコはこちらの様子をチラチラとうかがってきます。嗚呼、優越感。今日も飽きずに『僕のルコ』の様子を影から眺めている奴等を哀れんでやります。昨日まで僕も彼らの一員でしたが、もう違います。彼女は僕のものです。
 封筒の中を覗かれて、奴らの恨みを買うのもなんなので、昼休みを待って誰もいない図書室に向かいます。
「さてと……」
 封筒を開けると入っていたのはラヴレターではありませんでした。急に弱気になります。
 ああ、山田くん。横山くん。橋本くん。バカにしてごめんなさい。
 しかしながら、封筒に入っていたものを確認し僕はまた調子に乗りました。なんと入っていたのは彼女のパンチラ写真だったのです。
 これは良い物をもらった。
 即座に周りを見回し、誰もいないことを確認します。僕は小心者なのです。
 さて、もう一度じっくり見ようと思ったところで背後から声をかけられました。
「あのー。写真、見てくれましたか」
 阿井戸ルコです。
「え?ああ、うん。見たよ」
 背中からヘンな汗が流れてきました。写真をくれたのが彼女だと分かっていても、なぜか罪悪感のようなものを感じます。
 繰り返しますが、僕は小心者なのです。
「そうですか。それで、出来はどうでしたか?」
「良いです。エロいです」
 ちゃんと見たんだかどうだかよく分からない感想ですが、仕方ありません。僕にはこれが限界なのです。
「あのう。よくわかりませんが、とにかく、その写真をあなたのオカズにしてもらわないといけないみたいなんですけど」
 そんなこと言われなくても、するに決まっています。
「そこまで言うなら仕方ないなぁ。オカズにするよ」
 彼女は嬉しそうに、にっこり笑います。やっぱり、かわいいですね。
「ところで、オカズってなんですか?意味が分からないんですけど」
 意味も知らずにオカズにして、だなんてバカな人ですね。でも、僕は優しいので教えてあげました。
 とたんに彼女の僕を見る目が恐ろしく冷たくなります。
「そ、それじゃあ。私はこの辺で」
 逃げるように走り出す彼女。と、その時。

 ガツンッ!!

 彼女の後頭部から、まるで鈍器で殴ったような音が響きました。僕のほうに戻ってきます。
「とても不本意ですが、私はあなたにお礼しないといけないそうです」
 そう言って、僕を図書室の奥のほうへと連れ込みました。
「オカズの意味を教えてくれて、どうもありがとうございます」
 丁寧に僕に向かってお辞儀をします。それから、なんと制服に手をかけました。
「というわけで、私を抱いてね」

 僕はその日、大人になったのです。
 ありがとうガツン。

 その日から、この町にガツンが鳴り響く。

≪おまけ終≫

さらにおまけ

「というわけで――」
 たくさんの本に囲まれながら、彼女は制服に手をかけた。

 ここからは、音声のみでお楽しみください。
「ほら早く。あなたも脱ぐんですよ」
「う、うわぁ。すごい!!男の人って、そんなになっちゃうんですね。すごいです」
「実は私も……ほらっ!!ここがこんなになっちゃいました。すごいですね。私、こんなにグチョグチョになったの初めてです。シミになっちゃいますね。ふふ」
「はわっ!!ビクビク反応してます。もう我慢できませんか?」
「あ、あの。それじゃあ……どうぞ。えへへ、こんな格好、なんだか恥ずかしいですね」
「どうしました?んっ、よっと。ほら、ココですよ。んっ、んふぅ。この穴。ココ……に…入れるん、あっ、うふぅ。入れるんです、んっ」
「あっ、そっ、そう。そこぉ。そこに入れるんぅ。んっ、あっあっ。入って、入ってくるぅ!!」
 以上。ここから先は妄想せよ。

< さらにおまけ終 >

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