Key 第一章の3

第一章の3

 その日の夢は少しだけ変わっていた。

 内容は同じ、出てくる人物も、同じ。

 否。

 そこに出てくるそれまで不鮮明だった人物の顔がはっきりしているものがあった。

 一人が―――くいな。

 俺の背後に侍従女としてそこにいた。

 そしてもう一人。

 オレの眼前、臣下の列に見知った顔が。

 どうしてお前がそこにいるんだ?

―――ダンタリオン。

 眼が覚める。

 体は何一つ動く気などなく、体にたまった眠気に身を委ねよう、という意識に支配されていた。

 だが、そうも言っていられなくなった。なぜなら自分以外の思考が自分の中に流れ込んできたからだ。

 毛布にくるまっていても相手はわかる。

 この時間にオレの部屋を出入りする人間は一人しかいない、妹の雪花だけだ。

 そしてなにより俺が驚いたのは入ってきた思考だった。

 それは昨日感じたあの感情、隷奴化した相良 くいなが元々、俺に対して持っていた感情と同種のモノだった。

 友達や家族、兄妹の愛情を越えた男女の持つ、思慕の感情。

 ためしに寝言を装って、

「せっか…」

 そうオレが声を囁くだけで妹の心は跳ね上がった。

「あっあっ、お、起きてたの?お兄ちゃん」

「ん、んん…」

 そんなものは聞こえないという風に毛布にくるまって寝直すフリをする。

「え?え?寝言だったの?

 どんな―――夢見てるの?私が出て…出てるんだよね?」

 少なくともここ数日の俺の夢の中にお前は出てきていないんだ。

 見ているのはいつだってあの夢なのだから―――

 その間にも妹の思考がどんどん夢見がちな物になっていく。

 ふん、悪いがそんなモノに俺は興味はない。

 俺なりのやり方でやらせてもらうぜ?

「お兄ちゃん・・・」

「ん、ああぁぁぁ・・・」

 眠そうにあくびをして起きる。

「お、お兄ちゃん、おはよう」

「ん、あぁ……?せっかか、おはよう」

「早くしないと朝ご飯覚めちゃうよ!」

「分かった分かった」

 そう言って俺はベッドから降りると雪花を抱きしめ、頬にキスをする。

「ん!」

 一瞬にして真っ白になる雪花の思考。

 そして俺は呆然とただ立ち尽くす雪花を置いて朝食を摂りにリビングに行く為、自分の部屋を出て行った。

「おはよう」

 そう言って俺が食卓について二枚目のパンにかじりついた頃、ようやく階段をどたどた降りてくる音がして、その後に雪花がリビングへ滑り込んできた。

「お、お、お、おにいちゃん?」

「こら、行儀が悪いぞせっか」

「そ、そんなこといったって!」

 さらにまくし立てようとする雪花にとりあえず黙るようアイコンタクトを送ると俺たちは食事を再び開始しだした。

 食事が摂り終わり、制服に着替え、一緒に登校をしだすと、待ちきれなくなったように雪花はオレに対して口を開いてきた。

「おっおっおっ、お兄ちゃん、さっきのは――」

「ん、どうした?さっきのって?」

「きっきっき、キス―――」

「あぁ、イヤだったか?」

「そんな、イヤだなんて……そんなことないけど・・・」

 いきなりうつむいて小声になる雪花。

 おかげで今の言葉の後半は聞こえなかった。

 そんな雪花に合わせて俺も声のトーンを落として―――雪花に近づく。

「―――なぁ、せっか」

 さも哀しそうに雪花に囁く。

「俺はもし、せっかが許してくれるんだったらあれ以上のことだって―――」

 切なさそうに訴えかける。

「お兄ちゃん・・・」

 とろん、と切なさそうな目で俺を見てくる雪花。

 あぁ、分かってるさ。

 ―――お前は俺を拒まない。

 いや、拒めない。

 それは元から持っていた想いだから。

 そしてそれを御してきたのは禁忌の戒め。

 だが俺にはそんなモノ、何の意味もなさない。

 だから今その戒めを解いてやる―――!

 俺は雪花の肩を抱き、在りえない力を操りだす。

 それはヒトの心を自在に操る魔性の力。

 禁忌なんて関係ない、ただ好きな人を手に入れるために生きるのがヒトの生だと。

 それだけで、それだけでお前には十分だろう?

 後はもう堕ちるだけだ。

「お兄ちゃん…っ」

 そっと抱きついてくる妹。

「せっか…」

 そう言って俺は雪花を抱き寄せ、顔が交差し完全に死角になったところで口を大きく歪ませる。

 さて、そろそろ、か―――

「おーおー、朝から見せ付けてくれちゃって」

「きゃっ、お姉ちゃんっ」

 突然かけられた声に雪花が飛びのく。

 無理もない、だが、これはごく当たり前のこと。

 なんせここは御嘉神の家、鴨家神社の鳥居前だ。

 という訳で声をかけてきたのは神社の巫女さんでもある御嘉神 千鳥その人である。

 ちなみにこの鳥居奥には本気で参拝者を迎えるつもりがあるのかと思わせるほどに長い階段が待ち受けている。

「や」

「ん」

 互いに顔を合わせ、一文字のみの朝の会話をして雪花を挟んで歩き出す。

「それにしてもなに?なになに?あんなことしてて一体なにがあったの?

 お姉ちゃんにいってみなさい?」

「ううぅ…それは…」

 親父クサい物言いにたじたじしながらもまんざらでもないといった顔を返す雪花。

 ちら、とどうしたらいいかなと見てくるので御嘉神に見えないよう口に人差し指をあてると以心伝心、御嘉神に振りかえり―――

「ちょ、ちょっと言えない、かな…」

「ふうん、ちょっと、ね。

 ホントは話したいくらい嬉しいことなんじゃない?」

「え?え?

 なんで―――」

 知ってるの、そういう雰囲気が伝わってくる。

 はぁ、ダメだこりゃ。

「やっぱり、ま、話したくないんじゃいいわ。

 あとで聞かせてもらうから」

 ……結局、聞くんかい。

 校門が見えてくると俺はあるものを見つけ二人を先に進ませた。

 雪花は名残惜しそうにこちらを見つめてきたが[またあとで]と目配せして納得させ、先に進ませた。

「……で?朝っパナからご苦労だが一体どれだけ待っていたんだ?くいな」

 名前を呼ばれると尻尾でも生えてればぶんぶんと振っていただろうというくらい嬉しそうにぱたぱたとこちらに近づいてくる。

「小一時間ほどです。おはようございますっ、ご主人様」

 周りの誰にも聞こえない、俺にしか聞こえない声で俺にささやいてきた。

「んくっ、はむっ、んん…っ、ぷはっ、んんん…っ」

「朝から何かと思えばこんなコトがしたかったのか?」

 俺はそう言うと放送室のイスの上からくいなを見下ろしていた。

 ここに俺を連れ込んだくいな曰く、[完全防音でこの時間にやってくる人間はいない]らしい。

 当の本人はというと―――

「ぷはっ、はいっ、一晩中、ご主人様に逢えなくて逢いたくて仕方なかったんですぅ…っ」

「おいおいくいな、どこ見てしゃべってる?会いたかったのは俺のチンポじゃなかったのか?」

 初めての口淫だというのにくいなは積極的に舌を絡め、口の中に入れ吸い付いてきた。

「そんなことないです。

 ご主人様に触られるだけで、一緒にいられるだけでくいなは幸せになれます…っ」

「そうか…」

 そう言って俺がくいなの顔を撫でる。

「ひぁっ、あっあっあぁぁ…っ」

 くいなは本当に幸せそうな笑顔で俺に笑いかけると再び目の前にある俺の肉棒に目を移し、その小さな口をめいっぱい広げしゃぶりだした。

「んんっ、ちゅぱっ、れろぉ…っ、んんんっ、ちゅあぱっ、ちゅぱ、はあぁっ、んっんっん…っ」

「どうだ、俺のチンポは?」

「んっ、はっ、はいっ、ご主人様のおチンポ、美味しいです…っ」

 そう言ってくいなは熱のこもったく舌使いでしたを俺のモノに押し当て、敏感な亀頭を責めたてる。

「ほら、先ばかりじゃなく、竿の部分も手でシゴけ」

「はっはい…っ。あ、熱い…」

「そうだ、昨日これがくいなの中に入ったんだ。覚えてるか?」

「はっはい…っ」

 おそらく昨日のことでも思い出したのだろう。くいなは顔を真っ赤にしながらも手は休めることなく俺のモノをシゴき続ける。

「ご主人様のおチンポ……おチンポぉ…

 くいなは…っ、ご主人様のっ、おチンポをしゃぶっているだけでしあわせです…っ」

 うわごとのように俺の竿を手でシゴき、嬉しそうに亀頭にキスの雨を降らせる。

 技術こそは稚拙だったものの、朝の学校で俺だけのモノになった少女がいるという事実に俺のモノは昂ぶってきていた。

 だが、一旦、俺はくいなの顔を俺から離した。

「ご…ご主人様…?」

 なにか粗相を舌のではないかと本気で心配そうな顔をする。

「そんな顔をするな、ちょっと聞きたいことがある」

「はいっ、ご主人様にでしたらなんだって応えますっ!」

 ところでくいな、オマエが朱鷺乃に関して知ってることを教えてくれ」

「ひかり、ですか?

 そうですね…えーと……」

「お前にしちゃ珍しく歯切れが悪いな」

「申し訳ありません、ひかりに関してはあまり情報が入ってこなくて……

 多分、みんなの知っていることとそれほど変わりは…」

「それこそ珍しいな、朱鷺乃なんかオマエが真っ先に調べる対象だろうに」

「ご、ごめんなさい、ご主人様……」

 本当に申し訳なさそうにうなだれるくいな。

「別に謝ることじゃない。さ、この話ももう終わりだ。ほら、ちゃんと奉仕ができていたご褒美だ。そこに手をついてこっちに尻を向けろ」

「…っ!はいっ!」

 喜んで壁に手をついてこちらに尻を振るくいな。

 昨日とはうってかわって白のレースのパンティが目にはえた。

 そしてうっすらと股間、昨日犯した秘裂の部分にはじわり、と染みが広がっていた。

「こんな下着を履いてきて、もしかして期待していたのか?

 それに、こんなに染みをつけて…ほんとイヤらしいな、くいなは」

「はっはいっ、ご主人様にいつでもシてもらえるよう準備してきましたっ。

 ですからおねがいします、くいなの、イヤらしいくいなのココを使って気持ち良くなってくださいぃ…っ」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながらもどこかこびた表情でくいながこちらを上目遣いで覗いてくる。

「ちゃんとどこか言え、じゃないとこちらの穴か分からないじゃないか」

 そう言って下着の下に指をもぐりこませ尻穴を指でなぞる。

「きゃふ…っ!も、申し訳ございません…っ、おまんこ…くいなのオマンコですぅ…っ!」

「アナルをなぞられて気持ちよかったのか?染みが拡がってるぞ」

「あぁぁ…ごめんなさいっ、くいなはご主人様に尻穴を触られて気持ち良くなってしまいました…っ」

 もう待てないといわんばかりにくいなが尻を振ってねだってくる。

「ほんと淫乱だなくいなは、まるでメス犬だ」

「はいっ、くいなはご主人様にいつだってシてもらいたいアナルも感じるメス犬なんですぅ…っ。

 だから…っ、イヤらしいくいなの、お…おマンコにご主人様のおチンポを入れてください…っ」

「…あぁ、よくおねだりできたな、じゃあお望みどおりメス犬のくいなに躾してやるよ」

「はっ、はいっ、お願いします…っ」

 俺は潤っているくいなの秘裂に自分のモノを押し当てると一気に挿入する。

「んっ、はっ、ああぁぁぁぁぁっ!!」

 くいなが叫び、くいなの秘部が俺を締め付ける。

 昨日と同様、入れられただけでイったか。

 俺はというと昨日の二の舞いにはならず、そのままイき続けているくいなの中を蹂躙するように抽挿を繰り返す。

「はああぁぁぁ、くぅんっ…っ!」

 犬のような鳴き声を上げるくいなの中を突きあげていく。

「淫乱なくいなは一回イったぐらいじゃ足りないだろ、ほら、もっとイかせてやる」

「んっ、あっ、はっはぁっ!

 ご主人さまっ、はげしっ…はげしすぎますぅ…っ!!」

「そんなコトいって腰を振ってるのはどこのメス犬だ?これでも物足りないんだろう?」

 そう言って昨日見つけたくいなの感じる部分を擦りあげるとびくっ、と体を震わせた。

 さっきからくいなの膣も断続的に俺のことを締め付けているきっとイきっぱなしになっているんだろう。

「あっ、あっ、あっ!スゴいぃ、スゴイです…っ!」

「ほら、どうなってるのか説明しろ」

「あっ、はっ、はいっ、はしたないくいなのおマンコにご主人様のおチンポが出たり入ったりしてとてもイヤらしいです……っ!」

「俺のチンポは気持ちいいのか?どうなんだ?」

「はいっ、ご主人様のおチンポっ、太くて…っ、硬くて…っ、くいなのおマンコいっぱいにひろげて気持ちいいですぅっ」 

「ほら、そろそろイくぞ」

「はっはいっ、キてっ、キてくださいぃ…っ!」

 俺はくいなの一番深いところに打ち付けると精をときはなつ。

びゅるっ。びゅるびゅるびゅるびゅるびゅる…っ

「はあぁぁぁああぁ・・・っ!

 出てる!ご主人様のせーえきっ、いっぱいでてますぅ…っ!」

 それを言うが早いかひと際キツくくいなの中が締め付けてくる。

「ふぅ、ふぅ、ふぅ…ご主人さまぁ…っ、えっ!?」

 俺の射精が終わって一息ついたくいなが驚きの声をあげる。

「まだ終わらないぞ、まだチャイムが鳴るまで時間がある」

 そういうと俺は再び愛液と精液まみれになったくいなの膣中を蹂躙し始める

 昨日も今も大量の精を放ったというのに俺のモノはくいなの中で固さを保ち続けている。

「ほら、嬉しいだろう?思い存分イけるんだ」

「すごっ!すごいぃ…っ、あさからっ、こんなぁ…っ!」

「ほら、オマンコばかりじゃキツいだろ、他のところも弄ってやるよ」

 そう言って俺は羽交い絞めにしたくいなの下半身を愛撫し始める。

 左手を前に回し、結合部の少し上にある突起の皮をむき、擦りだす。

 そしてもう一方の右手で尻をもみ上げ、人差し指をアナルに出し入れを始める。

「ひゃう・・・っ!らめっ!らめれすぅ、そんなところイジられたらイくの止まらない…っ!

 オシリもっ、そんなとこっ、だめですぅ・・・っ」

 あぁ、分かってる。さっきのでわかった。感じるがまだ抵抗があるんだろう。

 そこで―――指環の力を使う。

 別にアナルで感じるのはヘンなことじゃない。むしろご主人様にしてもらえるならどこよりも気持ちよくなれる場所だ、と。

 イメージが塗り替えられる。

 するとそれまでただ締め付けるだけだったくいなのアナルがひくつきだし、まるで俺の生き物のように俺の人差し指を飲み込みだした。

「んっ!あっあっ!おしりっ、おしりぃ…っ」

「どうした?オシリがどうかしたのか?」

「オシリがっ!急に…っ、気持ちよくなってぇ…っ!

 もうご主人様が触ってる場所がどこも気持ちいいれすぅ…っ!!」

 そう叫んでくいなは息を荒げ、ヨダレを垂らしている。

 そろそろ限界、か。

 俺はラストスパートをかけ、くいなの奥壁を突きまくる。

「あっあっあっああああぁぁぁぁぁっ……!!!」

「くぅっ!」

びゅるっ。びゅるびゅるびゅるびゅるびゅる…っ

 二度目の射精と共にくいなは大きく震え、そのままチカラが入らなくなったのか崩れ落ちる。

 俺が朦朧とした意識のくいなの頬をぺちぺちと叩くと次第に意識を取り戻したのか俺のほうに微笑みかけてきた。

「ご主人様…っ、激しすぎますぅ…っ」

 そう言って立とうとすると股から何かがたれる。

 もちろん、何かいうまでもない。俺がくいなの中にはなった精液だ。

「ほら、今日一日、そのまま下着をはいてすごすんだ、いいな?」

「は、はい…っ」

「恥ずかしそうに、だがわずかに被虐の喜びに打ち震えて微笑むくいなを横目で見て俺は放送室を後にした。

キーンコーンカーンコーン

 始業のチャイムが鳴り、教室に海鵜先生、もとい、千歳が入ってきた。

 相も変わらずミニマムだ。

「おはよう、みんな。さ、出席を取りますよー」

 そう言って千歳は教卓のお前に立ち、見えなくなった。

 よい、しょ、と言うかけ声と共に再び千歳が姿を見せる。

「どれどれ…んーと…」

 千歳は名前を呼ばずにそのまま教室を見回して席を一望して誰が欠席かを判断する。

 要は自分は教室を一望できるくらいの背があってみんなの名前を覚えている、という意思表示なのだがみんな前者しか意味はないと思ってる。

 いつもは背伸びをして1分くらいで見回しているのに今日は少し勝手が違っていた。

 気付くのに少し時間がかかったが2分くらいこちらを見ていた。

 いや、見ているではなく、見つめるといってもいいかもしれない。それくらいに熱い視線。

 ……ん、待て。そういえば…

 昨日、職員室で千歳に細工したんだっけか。

 俺をオカズにオナニーを3回以上イクように、だったっけか。

 そんな千歳を不思議に思ったのかクラスの中から野次が飛んだ。

「みゅーちゃん、どうしたの?寝不足―?」

「みゅーちゃんいうなー!」

 両手を挙げた上に眉間にシワをよせて怒り出す、が、ぜんぜん怖くない。

「これでもみんなより6歳もお姉さんなんだからね!

 ちゃんと海鵜先生って言わなきゃダメ!」

 どう考えてもそれはお子様理論だ。

 本来、あの年ならサバを読んででも若く思わせたいトシだろうに。

「こほん…今日は外宮さん以外全員しゅっせき…っと。

 じゃ、このまま授業を始めるからみんな教科書出してー

 あ、あとからす君」

「なんスか?」

 今日は何もしてない…ハズだ。

 うん、背のことでからかってもいないしな…

「プロジェクターの準備おねがい」

 あぁ、一時間目から千歳の授業だったか。

 千歳は最近、授業を行う際にプロジェクターを使っている。

 新任のころは頑張って黒板の半分より下の位置に板書していたがどっかの阿呆がそれをからかって泣かした。

 その為、次は100円ショップで売っているような小さい黒板を使って教卓に固定して授業をしていたがまたもやどっかの馬鹿がそれをからかって二度、泣かした。

 そして今度は授業内容を全てプリントに書いて配っていたらあまりにも膨大な量になりすぎてプリントを運んでいる姿をどっかの間抜けがからかって三度泣かした。

 ……泣かしたのは全て俺かもしれないがそこは気にしない。

 黒板の板書がないおかげで授業はムダな時間なく進むようになり、その上、ノートに書く内容もプロジェクターと口頭で言われることに増えた。

 その為、こうなった元凶、つまり俺になるワケだが―――1名を除くクラス全員一致でプロジェクター係とやらが押し付けられていた。

 …もちろんその1名とは俺のことだ。むぅ、世間はいつも異能に対して厳しい。

 そのことをこの前、雪花に話したら[全面的にお兄ちゃんが悪いよ]とまで言われた。

 あの時はあの時で[オマエの背もちっこいモンな]とか言ったのがマズかったのかそれから数日、雪花は毎日牛乳を1リットル飲んでは気持ち悪くなり俺に八つ当たりをしていた。

 ……話がかなりそれた。要はプロジェクターを準備するために呼ばれたのだ。

 さて、と。

 教卓の上にあるプロジェクターを取るとそのまま先生のパソコンにつなげ、パソコンとプロジェクターの電源コードを近くの電源口に入れる。

 そして電子機器の準備を行っている間にスクリーンを下ろし、固定する。

 その間、千歳は補足説明用のプリントをみんなに配ると再び教卓に隠れた。

 誰にも見られることのない空間からプロジェクターの焦点を合わせる俺をじぃっ、と見上げる。

 ……なんつーか小さい子供に何かをねだられている気分だ。

 こういう気分が行き過ぎたヤツが性犯罪に走るんだろう、ょうじよ専門のアブナいヤツ。

 頭を撫でようとするといつもは怒るのにも関わらず今日は嬉しそうにはにかんで撫でている俺の手を取って頬擦りしだした。

 ……むぅ、イケない気分になりそうだ。

 ちなみに今日は指輪の力を使っていない。ただ、直接頬擦りしてくるため勝手にちとせの思考が俺に流れ込んできている。 

 おっかなびっくりだが拒絶されていないことに安堵している。

 そして昨日の「ユメ」から俺のことが頭から離れていないらしい。等寸大で甘やかしてくれる相手で、心から安心のできる相手だ、と。

「―――……」

 サービスだ。俺は嘆息してもう一方の手で頭に手をのせ撫でようとしたその矢先―――

ずるっ ふぁさっ

 …何かが、落ちた。

「―――っ!!」

 おちた。

 そう、ちとせの、くろかみが。

 本人はそれに気付かずに夢見ごこちで頬擦りを続けている。

 そして何より驚いたのは千歳の頭に髪がなかった―――ワケじゃない。

 そこに在ったのは見事でかつ豪奢な金の髪の毛だった。

 長さもカツラ……じゃなかった。ウィッグと同じくらいの長さでどこに隠していたのか不思議だ…とは思わなかった。

 今はただ目の前で髪の毛がおっこったことがショックで何も喋れなかった。

「………っっ!!!」

 ぱくっぱくっ

 厄介なことに俺に驚いたことに気付いた数人が声をかけてきた。

「あ、ジュージ、またみゅーちゃんのことイジメてるんじゃないだろうなー」

 そして、そのひと言に、ちとせが、反応、した。

 しかもこんな時に限って俺が止める間もなく、いつもは使わない教卓の裏に納めてあるイスを台座に乗り、教室全体を見回した。

「待ちなさい!からす君はそんな子じゃありませんっ!それにっみゅーちゃんゆーなー!」

 次の瞬間、時が止まった。

 千歳はそのまま今は俺に振り向くと俺の手の中にあるものを見てしまった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………

 千歳の背後にそんな擬音が浮かび上がった。気がした。

 あぁ、そう、そうだ。

 こんな時は確かこう言うんだった。

「そして、時は―――動き出す」

「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ………」

 衆人の目にさらされ、心なしか顔も蒼白になる金髪少女。

「お、おい、センセ……」

「いやあああぁぁぁぁっ!!!」

ガラララララララッ ピシャン ガラララララララッ ばっ ガラララララララッ ピシャンッ ぃやぁぁぁぁぁぁ………

「………」

 教室から走って逃げ出したかと思ったが再び教室のドアを開け、俺の手の中にあったウィッグをブン奪ると千歳はまた再びドップラー効果を用いて走り去っていった。

「おっおいっ、カラスっ、今のなんだ―――!?」

 そんなの、俺が聞きたいくらいだ。

 大騒ぎになっていく教室の喧騒に包まれながら俺は走り去っていく間際の千歳の心の叫びにショックを受けていた―――

 あの後、結局、千歳は早退し、千歳のヅラ…じゃなかったウィッグ疑惑は治まるどころか教室から全校に広まっていった。

 だが、妙なことに真っ先に騒ぎ立てるはずのくいなや千鳥はこの事に関してはノータッチ。そして元凶である俺にいたっては、何故か機嫌が悪くなり、あの時のことを聞いてこようとするバカに容赦なくメンチを切って下がらせ、それでも聞き分けのなかった大バカには一人一撃の鉄拳制裁を食らわせた。

 そんなワケで昼休みもロクに動き回ることもできず、結局、放課後になっても朝の話題で学園中騒いでいた。ヒマな連中が多すぎる。別に自分の髪の毛の色が変わったワケでもないだろうに。

 くいなは今、俺の機嫌が悪いのを察してか近づこうとしない。正直こんな時、察しのいいヤツで助かる。

 副担任の話も終わり、みんなが教室を出て行く。

 俺も機嫌悪そうに席を立つと不意に隣、千鳥から声をかけられた。

「……ジュージ、話したいことがあるんだけどいい?」

 ……来たか。

 おそらく朝のことじゃない、きっと他のことだろう。 

「………あぁ、ここで話すか?」

「ん、できるなら二人っきりのほうが都合いいかな」

 言いにくそうに目を伏せてしゃべる千鳥。

「そうか」

 そう言って俺はポケットの中の金属片をもてあそんでいた。

「じゃあ、場所を変えるか―――」

「さて、ここなら誰もこないぞ」

 そう言って俺は後ろをついてきた御嘉神に振り返る。

「学校にこんなところあったんだー…ってかなんであんたがこんな所の鍵なんか持ってるのよ―――十字」

「別に?ここの管理をしている人から代理を頼まれただけだ。

 それに、聞きたいことはそんなことじゃないだろう―――ちどり」

 数ヶ月、いや、数年ぶりに互いの名前をちゃんと呼び合った。

 意を決したように御嘉神―――ちどりが口を開く。

「何があったの、十字?

 昨日遅刻してから、ううん、倒れたときからなんだかヘンだよ」

「別に?

 ただ自分がしたいように振舞うようになっただけだ」

「十字のしたいように振舞っている?違う、違うよ十字。

 確かに十四年前の―――」

がっ

 考えるよりも早く俺の手は千鳥のむなぐらを掴んでいた。

「あれの事は、大神隠しの話はするなってあの時、十年前に話をしただろう…っ!」

 大神隠し、自分で口にしただけでも周りに当たらずにはいられなくなる。

 

 それは―――十四年前に起きた500人以上もの大量児童失踪事件。

 発生当時、大々的な事件として全国のマスコミに取り上げられるもその事件の内容から政府機関から直々にマスコミに対し、緘口令がしかれるという異常事態まで引き起こした。

 現在にいたるまでその発生原因、及び失踪した児童たちの安否は不明、迷宮入りした今日でも一部の被害者家族は一様に事件解決の糸口を捜している。

 一部、というのは言うまでもない、行政機関の命令を聞かずに執拗に事件を追う家族だが、当局に見つかり次第なんらかの形で他の町へ転居、ひどいもので逮捕されている。

 というのが一般の認識だが実は少しだけ違う。

 安否の分かった子供がいないわけでは、ない。

 事件から一週間たった日に市内三ヶ所から三人の子供が見つかっている。

 一人はまるで竜宮から帰ってきたかのように海で、一人は森の中で守られるように木々に包まれて、そしてもう一人、

 ―――俺は山頂で、一つの彗星が衝突したかの様な巨大なクレーター跡で発見された。

 その後、三人は一様に同じ研究施設で検査、いや、実験されたが詳しいことはおろか簡単なことさえ何一つ分からず終まいだった。

 今じゃ他の二人がどうなったかはわからない。

 ただあれ以降、千鳥が言うように自分から誰かと接するようなことはなくなった。

 それまで一緒にいることが当たり前だった雪花や千鳥にさえ一定以上、近づかせることはなかった。

 今思えばそれが雪花の思いを募らせる原因になったのかもしれない。

 …話がそれた。

 大神隠しで実際に何があったのか、俺もそれは明確には覚えていない。

 だがいつだって思い出そうとすると全力でそれを否定する俺がいた。

 だから―――

「大神隠しのことは言うな。これ以上言うなら……」

「そんなにつらそうな顔して何がつらくないっていうのよ」

 ……つらそう?俺がか?

 ワケがわからない。

「何を言ってるんだ、オマエは」

 俺はこんなにも気分が高揚しているってのに。

「私にだってわからない、分からない。だけど、十字に何かあったことだけは分かるよ」

 ……お前が言うならそうかもしれないな。

 千鳥は俺以上に俺の心身の変化に敏感だ。

 以前も風邪の引きかけでも平気そうにしていたら電話で雪花にはちみつレモンを作らせて伝言でその日は早く寝るよういってきた。

 その結果、クラスのほとんどの連中がインフルエンザで休んだというのに俺は平然と学校にでて授業を受けていた。

 そのくせ注意をした本人は休んだというオチのオマケ付だった。

 見舞いついでに雪花と神社に言ってそのことを聞いてみたら

「ん、いつもより具合悪そうだったし、病気になったときのクセが出てたから」

 と当たり前のように言っていたが、千鳥以上に一緒にいる雪花も当の本人である俺もそんなことには気づいてなかった。

 第一、クセってなんだと聞いてみたが答えは「口で説明するのは難しいんだけど、そんな雰囲気をしている」と言うなんともまぁ、雲を掴むような答えが帰ってきた。

 そんなワケで千鳥は俺よりも俺の心身の変化に関して聡い。

 だが、今回はハズレだ。

 きっとつらそうなんじゃ、ない。

 これは自分の望むものを、普段望んでも手にすることが叶わないモノを手にすることができるようになったことによる感情。

 それをどう表現していいか自分でも分からないからオマエにはそう映ったに違いない。

 もういい、こんなのは水かけ論だ。

 俺は手に入れる。

 

そう、ちどり、俺はお前も―――手に入れる。

 俺はせせり笑う。

「あぁ、そうだ、かわったな」

「やっぱり―――」

 千鳥が視線でその先を促してくる。

 だが俺は千鳥の望むものとは異なる答えを与えることにした。

「ちどり、お前が何を考えているのか当ててやろうか?」

「―――へ?」

 突然の奇妙な質問に間の抜けた声をあげる。

「だから、何を考えているのか当ててやろうって言ったんだ」

「な、そんなこと…」

「できるワケないってか。

 じゃあ、ゲームにでもするか?」

「げ、げーむ?」

「あぁ、今からオマエが頭の中で三つ言葉を思い浮かべる。

 俺はぴたり、と当ててみせる。

 ゲームに負けた方は勝った方の言うことをこれから何でもきく。ってのはどうだ?」

「そんなの私がウソをついたらっ!」

「オマエが俺にウソをついたことなんて在ったか?」

「!!」

 千鳥は驚いたように目を見開く。

 これ位のことなら俺だって知っている。

 オマエは俺にウソをつかない。それは神につかえているからかそれとも別の理由からなのかは分からない。

 ただ事実は一つ。

 ちどりは俺にウソをつかない。ただそれだけだ。

「さぁ、どうする?

 条件としちゃオマエの方が圧倒的に有利なはずだけどな」

「も、もし、もしもだよ?

 私が勝って十字ちゃんに、[昔みたいに戻って]って言ったら戻ってくれるの?」

 十字ちゃん、か。本心が漏れたな。

「お前が勝って本当にそれを望む、ならな」

 とは言っても実のところ[昔の俺]がどんなモノだったかなんて覚えていない。

 だが分かったといった。

 そもそも負けることのないこの勝負、どんな条件だって呑んでやる。

「わ―――分かった。それならその勝負、受ける」

 よし、食らいついた。

「それじゃ―――」

「まって」

「?

 どうした。今更ナシっていっても……」

「ううん、そうじゃないの。

 勝負方法だけど私が何をして欲しいか考えるから十字はそれを実行して欲しいの」

「む、別にいいけどあくまで俺にできることにしろよ。

 空を飛べとか口から火を噴けとか全教室の窓ガラスを片っ端から割って来いとかいうのはナシだぞ」

「ンなコト誰がするかっ!」

「俺だったら考える。

 オマエが言った条件なら相手にできないことを考えれば確実に勝てるからな」

「んもぅ…そんなことすんのアンタぐらいよ…

 それよりいい?早く始めるわよ」

 何故か顔を赤くして両手に手を当てて、上目遣いにまくし立ててくる。

「あぁ、分かったよ、それじゃ―――スタートだ」

 千鳥が体をこわばらせる。当然だ、俺の言ったことが本当だったらそれだけで脅威になる。

 こちらも千鳥の心を読むのは容易い。だが何をさせられるのかまったく分からない。

 互いの間に緊張が走る。

 俺はおそるおそる、千鳥の影が伸ばされた机に指輪を触れさせる。

 すると入ってきた。

 思わずちどりを見る。

 無理もない。入ってきた心、それは―――

(抱きしめて欲しい)

 ちどりは怒ったような、だけどその中には憐憫と懇願が混じった顔をしていた。

 どうしてどいつもこいつも俺なんかがいいんだか…

 俺は嘆息して千鳥に近づいていく。

「っ―――!」

 びくっと、千鳥が震えた。

 目を見開く。

(分かってる。なんで―――?)

 俺を見ているハズの目は思考に満ち、その焦点が合うころには既に俺は千鳥の前に立っていた。

 千鳥が驚いて後ろにたじろくが俺は手首を掴んで無理やり引き寄せる。

 いつもはかすかに香っている椿油の匂いがはっきりと感じられた。

 常に元気で明るかった少女は思っていたよりも小さく、俺の腕の中にすっぽりと収まったものの、出るところはしっかりでているので抱き心地はよかった。

 少女の心臓は早鐘のようになり続け、もう心を読まなくても何を望んでいるのか分かる気がする。

 それでも俺は指輪を使う。

「さぁ、あと二つだ。何を―――願う?」

(あぁ…そうだった、十字がお願いを聞いてくれるのはあと2回…

 あれ、だけど何か違う気がする)

 そう、確かになにか違う。

(けどいい…)

 そう、もうそんなことはどうでもいい。

 大事なのは俺があと二回、ちどりの願いを聞くということ。

 その後のことなんてどうでもいい。

(もう、いい。願いを三つかなえる代わりに十字のモノになってもかまわない)

「あ、あ……」

 いつもの快活さはどこに行ったのか俺の腕の中で小さくなって次の願いを思い浮かべようとする。

 いっそのこと願いとやらも変えてしまおうかと思ったがやめた。

 ただの興味だが長年一緒にいたちどりが本当に何を望んでいるのか知っておきたかった。

(キス、して欲しい)

 ぼぅっと間近にある俺の顔を見てさっきよりも強く願―――いや、懇願してきた。

 やっぱり、そういうことか。コイツも雪花と同じ、か。

「ちどり、一つサービスで聞く。

 優しいのと激しいの、どちらがいい?」

(キスに優しいのと激しいのなんてあるの?)

 逆に疑問が疑問で帰ってくる。

 そういや、クラスの女子達と話してるときそのテの話になるとこいつ一人だけ赤面して馬鹿にされてたっけな。さすが神社の巫女さま、思っていたよりも純潔だ。

「タイムオーバーだ」

 そう言って俺は呆けたように開いていた千鳥の口の中に舌を入れた。

(んっ、舌っ舌が入ってくる…っ!)

 心は驚きで満ちているものの逆に好奇心がわいてきていた。

 最初はおずおずと歯ぐきを這っていた俺の舌を小突いてきていたが絡み合う粘膜の感覚に息はだんだん激しくなっていく。

 次第に積極的に舌を絡めてくるようになり、それと共にいろいろな感情がごちゃ混ぜになって何も考えられなくなっていった。

「んむっ、はぁっはぁっ、んむぅっ、じゅる、ちゅぱっ」

 互いの唾液を飲みあい、舐められていない場所なんてなくなっていた。

「ふぐっ、んんっ、ぷはっ、んむっ、じゅるぅ、うう、ん」

 熱いなにかがどんどん高まっていく。 

 そして―――

「んんっ…っ!!」

 千鳥が感極まる寸前で不意に俺は舌をちどりの口の中から抜き、口を離した。

 舌と舌をつなぐ銀色の粘液が橋をつくり机に落ちていった。

 千鳥を見ると依然として口を開いたまま粗く息をつき、目を潤ませ、少しだけ不満げにこちらをのぞきこんでいた。

「そう不満そうにするな、お前が思っていたのよりはずっとよかったハズだろ」

 そう耳元でささやくと赤くなってうつむく、ホント反応がいつもとは全くの別人だ。

「さて最後、あと一つオマエの願いをかなえてやる。

 ―――オマエは何を望む?」

 まるで願いを聞き届ける代わりに魂を奪っていく悪魔のように俺はささやく。

 そして一度ならず二度までも願いが叶う喜びに打ち震えた少女にそれに抗う術は、ない。

 だから、願う。

 自分の願いを、その終着を。

―――私を抱いて欲しい―――と

「じゃあ、俺んちに来るか」

 そのまま千鳥はこくん、と頷いた。

「ねぇ、十字」

「ん、なんだ?」

「本当にいいの?

 その…あたしなんかを…」

 小さな、だけどはっきりと聞こえる声で俺に問いかけてきた。

「ダメだったら突き飛ばして断ってる」

「そ、それじゃ…」

 期待を含んだ声をあげる。

 その証拠に千鳥は嬉しそうにはにかむ。だが―――

「じゃ、じゃあさ私の部屋でしない?十字の家じゃ雪花が―――」

 そう、内心は俺の妹に対する慙愧の念でいっぱいだった。

 姉妹のようにほぼ毎日一緒にいるから気付いていたのか、それとも相談されていたのか、どちらか分からないが雪花の想いを知っていた。

 だけどな、千鳥、それが目的なんだよ。

「雪花がいるとなにかマズいのか?」

「だって―――」

 千鳥の足が止まる。

 ふぅ、俺は内心舌打ちをした。

「言い方が悪かったな、

 オマエのその気持ちはいつまで雪花に遠慮し続ければ報われるんだ?」

「!―――っ」

 千鳥が息を呑む。

 分かっている、いや分かったつもりではいた。

「俺から言わせりゃいつだって苦しそうにしていたのはオマエの方だ。

 諦めることのないアイツの性格をわかっててそれでも諦めないってんならどちらかが折れるしかないんじゃないのか?」

「っ!」

「まぁ、どちらも俺には言ってこないから俺なりの答えを用意した」

「答え、用意って―――」

 いまいち釈然としない表情で千鳥が聞いてくる。

 しかし俺はそんな千鳥の問いを無視して家の格子を空ける。

「さ、着いた。入るぞ」

 俺は玄関のドアをあけ、中に入るとそこには―――

「ただいま」

 たんっ

「お、お兄ちゃんっ」

 玄関に入るやいなや雪花が抱きついてきた。

 頬を赤く染め瞳は度ことなく媚びて潤んでいる。

 学校が終わり次第、俺と二人きりになれるこの家にすぐに帰ってきてずっと待っていたのだろう、下駄箱の横にはカバンが寄りかけられていた。

「おにいちゃぁんっ…っ」

 甘えた声で今までためてきた思いを爆発させるかのようにオレに擦り寄ってくる。

 だがその行為はオレが連れてきた人物によって遮られた。

「せ、雪花、あなた……」

「ち、千鳥おねえちゃんっ!?

 なんで……」

「何でもオレに話があるらしくってな。

 どうせだからってことで来てもらったんだよ」

「そんな、だって中学生になってから二人とも互いに自分の家に誘うような事なんてしなかったのになんで―――」

「さてな?

 オレは分からないけどお前になら分かるんじゃないのか?」

 14年間互いに避け続けてきた二人が一緒に帰ってきたということは―――

 お姉ちゃんが自分の気持ちを押さえられなくなったということ。

 千鳥が俺の心身について敏感な様に雪花も同様に俺のことに関して俺よりも詳しく、敏感なものがある。

 それは―――俺に寄せられる好意や恋慕。

 女のカンってやつだろうか、心も読めないのに的確にそれを量れる。

 俺に向けられる感情の移り変わりすら分かる雪花だからこそ分かるハズだ。

 何よりも自分が恐れていた事態が起こってしまったってコトを。

 よりにもよって俺が越えてはいけない一線を越えてもいいと言ってくれた奇跡が起きた今日という日に起きてしまった。

 今まで期待に満ちていた心が絶叫している。

 俺を惑わせないでくれ、と。

 そんな雪花と引き換えに俺は内心笑っていた。

 安心しろ。

 オマエも千鳥も二人あわせて俺のモノになるんだから―――な。

< つづく >

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