第三章の1
―――夢を見た。
俺が玉座に座り、うつろな目で見下ろしていた。
71柱の魔王を始めとして、籠絡した相手や下してきた敗北者達、ほとんどの顔が鮮明に映る中、ただ一組、最も近くなのに最もぼやけている横にいる人物と列席の中位にいる魔王の顔があった。
「……」
心当たりがあった。
これほど近くにいて、見えていないのは残すところお前達だけだ。
―――だが、俺は分かっちゃいなかった。
このユメが何を指していたのか。
そして、忘れられることのない真夏の夜の夢が到来することを―――
白鷺戦が終わり、71環の指輪が全て揃った。
だが別段変わったこともなく、あれから4日経った今もこれまでと同じ日常が展開されていた。
今朝も8月に入り、残り1カ月をきった夏休みをどうするか、姦しい会議が食卓を介して繰り広げられていた。
「さて、夏休みも残り1カ月だけどどうしよ。また、みんなでどこか行かない?」
「それはいいけどみんな宿題終わったの?
私が一緒にいながら宿題忘れたなんて事あったら職員会議に…っ!」
「だいじょぶだいじょぶ、そんなの旅行先に持ってやればいいし、なんせ同学年、成績トップの友達がいるんだから―――」
「そうやってヒトを頼りにするんじゃないの…と、今度はどこ行く?
昨日まで高原の避暑地だったからオーソドックスに水場かなー。穴場知んない?」
「ぷーるより海の方がいいかも。 ねぇ様、たしか海辺に別荘―――」
「…別にかまわないわ、好きになさい」
天井を見て嘆息する。
たった3日ぶりだが改めて思う。そんな姦しいトークは 俺がいない所で、やれ。
まぁ、一同黙って黙々と食事を取られてもそれはそれで気まずいものがあるのだが。
そんな俺の想いとは裏腹にいつもの従僕共にひかりを足したマシンガントークは加速して行く。
「じゃ、海ですか?どちらにしろ水着を買わないと―――」
「そうねー、あと日焼け止め、コレ必須よ。
貴方たちの頃からちゃんとケアしとかないと後がヒドいんだから」
「じゃ、今度、駅前のショッピングモールに―――」
「…ちょっと、待て」
一同、問題無さそうに話を続けているが俺的なNG―――会話の中にさりげなく女口調の男の声が混じっていた。
俺の低い声に一同が黙る。すると、顔ぶれに違和感が走る。
というか、俺の隣に見知らぬ女、いや、オカマが座って、いた。
「はぁい、お久しぶり」
「…ナニしにきやがった」
隣のこの世の苦しみを知らなさそうな顔に俺は苦虫を潰したような顔で隣りを見ずに言う。
「あらあら、随分な御挨拶ねぇ」
「うるさい。お前の場合、いつ来ても波乱万丈になるからイヤなんだよ」
「まぁまぁ、そう言わないの。今日はお祝いをしに来たんだから」
「魔女のお祝い?なんだ?毒リンゴか?それとも廻り出したら止まらない糸紡ぎ機か?」
「…え? なんでわかったの?」
「はっはっは……帰れ」
「冗談よ冗談!イツァじょーくっ、箸なんて合理的な武器でつつくなっつーか刺さないで!」
「…で?本題はなんなんだ?」
「あーいた…んもぅ、戴冠式に参列しに来たに決まってるじゃない」
「はぁ?」
「あなたが71の指輪の王権を全て手にいれたんでしょ。そして、最後に残ったのは72環目。
それもつい今しがた指輪も持ち主から貸して貰える目処がついたわ。
即ち、これであなたは真の王になる権利と義務が授与されるの」
「断る」
「無理よ。これはそういう儀式だったの。
式が解を出してしまった以上、解が覆ることもまた、ないのよ」
なんちゅう迷惑な話だ。
「それになにより数々の王の悲願を打ち砕いて来たあなたがそんなことを言うの?」
エメラルドの瞳が俺の瞳を覗き込む。
純度が高そうでどこか濁りきった瞳。
「―――……」
「いいじゃない。
お祝いよ、お祝い。これで戦いが終わったんだから。
宴でも開いて美味しいもの食べさせて♪ この所、真っ当なものにありついてないのよ」
「…そっちが本音かよ」
ジト目で見ていると横から口がはさまれた。
「…ご主人様。良かったらその、しませんか?」
それは俺と同様、この魔女に悪魔と契約させられたかつての王だった。
「華南…」
「差し出がましいようで申しわけありません、ですが…」
「お兄ちゃんがもうあんな危険な目に遭わないっていうんだったらお祝いしなきゃ」
妹も便乗して説得してきたため息をつく。
「ふぅ…勝手にしろ。金は出すが手助けは一切しないからな」
「はいっ」
俺を除く食卓に座した全員が破顔する。
今度はやれ、一流ホテルの広間を貸し切るだのドレスはどうしようだの肝心のなにを祝うかそっちのけで喚きだした。
「―――いい子達じゃない」
「毎日相手にしてる身にもなれ。ものすげーやっかいだぞ、コイツら」
「ふふ、退屈しなくていいでしょ。おちおち落ち込んでいられないんじゃない?」
「…ま、な」
あれから、白鷺戦から俺はふさぎ込んでいた。
2日間、誰も部屋には寄せ付けようとはせず、しろがねから事の顛末を聞いたコイツ等も旅行―――俺の意志を汲んで城を空けていた。
3日目、俺は自分の足で回ってアイツに頼まれた通り、アイツの痕跡を消しに回った。
そして、フェニックスの指輪を用い、白鷺が補完していた魂魄をアイツの身体に癒着させた。
千歳にはこの事は伝えていない。というより千歳に対しても白鷺に関する一切の記憶を除去した。
とはいえ、アイツと係わり合いの希薄な連中は有象無象にいる。
まぁ、それも[白鷺]をそれまでいた学校から誰も知らない学校に転校させることで事足りた。魂魄も精巧に癒着させたのでおそらく成人式あたりまではもつかも知れない。
記憶の方も魂魄本体から引き出し、ダンタリオンの思考操作によって自分が死んだという記憶を取り除き、[白鷺]としてやっていけるよう調整した。
あとは…病院で寝ていた白鷺の母親の精神を錯乱する前の健全な状態まで戻し、数年後、自分より先に旅立つであろう子供に関して、もしそうなった場合、貰ってきた養子―――これから出来る[白鷺]の弟に愛情を注ぐよう発動条件を定めて退院させた。
作業にして5時間。
…5時間。ただそれだけの時間で約束は果たされた。
5時間で白鷺 聖人という人間の今まで生きてきた痕跡は抹消され、俺たちとの関係も全くなくなった。
そして今朝、一人残っていた夜鷹から連絡を受け、帰ってきていたコイツ等を部屋に入れることにした。
俺の部屋の鍵は開けられ、いつの間に戻ってきていたのかコイツ等もこぞって俺の部屋に訪れ、さっきの茶番が繰り広げられていた。
―――が、依然として俺は機嫌がすこぶる悪かった。
それを察してか俺の意見を求めずに自分たちで俺を慰める為の喜劇…いや、茶番を目の前で繰り広げていた。
当初、隣でコイツ等を見る魔女にも言いたい事は山ほど会った。
それどころか、見つけ次第、ブチ殺そうと思っていた。
だが、止めた。
出来るか出来ないか、じゃない。
それすることがアイツの精一杯の生を冒涜する気がした。ただ、それだけだ。
「………」
「あ、おにいちゃ…っ」
俺は黙って席を立つとにぎやかなダイニングルームを後にした。
やりたいことも見つからず、最上階の最奥の部屋―――書斎で夏休みの宿題をただ黙々とこなし続け9割がた消化し、日も傾きかけた頃、部屋のドアホンが鳴らされた。
「誰だ?」
「……お兄ちゃん、いい?」
「あぁ、せっかか。どうした?」
「パーティー開くことになったでしょ、そのお知らせ」
「ん」
「ん、と…今日の19時から駅前のプリンスホテルのホールを借り切って2時間、会が開かれることになったの」
「ずいぶんと急だな」
あと数時間もない。
「うん、朱鷺乃さんが明日の昼から一族の総会があるからいなくなるって…
あ、ホテルのホールも朱鷺乃さんが口添えしてくれてそしたら開けてくれたの」
…なるほど、な。
この街で商売をする以上、ひかり…いや、朱鷺乃家は無視できない存在だ。
多少のことにも融通は効く、と言うことか。
「分かった。華南に服の準備を頼んでおいてくれ。
着替えは自分でして行くんで現地で合流する」
「うん…あの、おにいちゃん」
「なんだ?」
「王様になってもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよね?」
「当たり前だ。そんなモン、形式上だけのものに過ぎない。
領土を持たない王なんていない。なによりオレはお前のアニキだよ」
「…ょかった」
「なんか気になったのか?」
「ぅん、王様になった途端、お兄ちゃんが遠くに行っちゃう気がして…」
「安心しな、オレはオレだ。せっかに黙ってどこかに行ったりなんかしないよ」
「…うんっ!」
そう微笑むと妹は部屋を出て行く。
「―――……敏いな」
独りきりになった部屋の中、自嘲気味に笑うとそのまま残っていた宿題を平らげるべく机上に目を遷した―――
20時、5分前。
華南に用意されたタキシードに裾を通し、そのまま機嫌の悪い運転手のタクシーに乗り、この街で最も大きいホテルにやってきていた。
「ご主人さま、こっち、こっちですっ」
ビジネスホテルとは異なる、イベントホールも兼ね備えた広間を要するホテルの広大なエントランスでそう言うのはフリルの沢山ついたドレスを着た千歳だった。
「…先生、人前で冗談を言うのは止めてください」
その場にいた全員の視線が一斉に注がれるのを感じつつ、俺は疲れたようにとぼけて見せた。
「あ、ご、ごめんなさい、烏くん」
しゅんっとなった千歳に謝られると同時にあらぬ視線から開放される。と、そのまま千歳を伴って中2Fにあるイベントホールへと向かう。
それなりに大きなホールに見知った顔でほとんどで埋まっていた。
とはいえ、そんなに顔が広いワケじゃない、どちらかというと閑散とした雰囲気が漂っている中、ひときわ目を引いたのは部屋の中央にある馬鹿デカいケーキだった。
「……なんだ、アレ」
なんつーか、アレだ。そう、ウェディングケーキ。
だが、言葉には表さない。なんか、それを言ったらいろんなモノを失う気が、する。自由とか自由とか自由とか。そんな感じの。
「会場が決まってから厨房を借りて焼いたんですよ。お祝いですから」
…なかなかやります華南さん。なんのお祝いとか明言しない所とか、特に。あと、侍従たちのドレスもフリルの多い淡い色の白系が殆どなのも気のせいだと、その、思いたい。
「さ、始めましょう、物騒な事が起こる事もなくなったわけですし。今日はおめでたい席なんですから」
そう言ったのはこの場を仕切るのは顔役でもあるひかりだった。
人前だからか、ため息をつくような笑顔で開会を宣言する。
「……そだな」
せいぜい地雷を踏まないよう気をつけよう。
「おにいちゃんっ!おめでとうっ」
「御館様、この度はおめでとうございます」
「あぁ、お前達には世話になったな」
雪花がいなければあの日、俺はあの道を通ることはなかった。
佐乃がいなければここまで攻勢には出れなかった。
「ジュージ、これでもう危ない目に遭わずに済むんだよね?」
「御主人さま、もう心配させないでくださいね」
千鳥がいなければきっと道を踏み外していた。
千歳がいなければ俺は自分だけ異端だと思ったままだった。
「ご主人様、まだまだあたしの力が必要だったら申し付けて下さいねっ!」
「御主人様、貴方と出会えて本当に良かったです」
くいながいなければあの過去を封じたままだった
華南がいなければここまで手際良くできなかった。
「カラス君、一応、おめでとう、と言っておきます」
「にぃ様、おめでとぅ…っ」
ひかりがいなければ力に飽いていた。
みなぎがいなければ力に慢心していた。
「烏君、君みたいな人間こそが王になるべきだ」
「貴方、どうやら元気になったようね」
夜鷹がいなければ自分がなすべきを見失い、きっと大事なモノを失っていた。
しろがねがいなければあの結末はもっと納得のいかないものになっていたかもしれない。
部屋の中央の方にあるスピーチ用の台座の上に乗り、従者たちを見回す。
「みんな、礼を言う。みんながいたからここまでこれた」
それは紛れも無い真実。
「我らの栄光、そして栄華を祝い―――乾杯」
グラスが鳴らされる。
そして質素にして典雅な式が始まった―――
―――
――――――
―――――――――
「ん…っ、ここは―――」
目を覚ますと見慣れない部屋のベッドで寝ていた。
外を見る。
街の中央、おそらくホテルの一室ってトコか、部屋の具合からして覚えがある。
…あぁ、確か以前、雪花と来たことがあるスイートだ。
やっと思い出す。 誰かが酒を頼んで間違って―――…
「酒…そんなに弱いつもりはなかったんだが―――…」
まぁ、それほど飲んだこともないし、酒が特別強かったのかもしれない。
誰かと一緒に居た気がしなくもないが…まだ記憶がはっきりしないのか思い出せない。
「誰かいるか―――?」
返事は、ない。 誰も、いない。
……誰も、いない?
………何かが、おかしい。
ただそこには違和感があった。
起きたら誰かがいるか呼べば誰か来るかが普通だった。だが、いない。
部屋には書置きも何もない。廊下も―――
「……」
誰も、いない。
いや、誰の気配も、ない
違和感。
……あぁ、なんてこと。最たる、違和感。
指輪が、ない。
今のこの状況、説明のためにオロバスを呼ぼうにも一指残らず指環が抜き取られている。
「! ―――…まさか…っ!」
急いで室内に戻ると運ばれているハズの所持品を確認する。
―――ない。
今まで指輪を保管していたケースが、俺が勝ち取ったハズの71個の指輪が、ない。
「っくそっ!」
俺は急いで心当たりを全て探す。
だが―――指輪は存在してはいなかった。
「……どういう…ことだ?」
「―――分からない?」
背後から声がかけられる。
「!」
私が 貴方の 指輪を 全部 もらったのよ。
「あと1日はぐーすか寝てるハズだったんだけど…あぁ、そうか、貴方の魔力回路の特性、か。
抗毒の能力まであるなんて気づかなかったわ、この調子じゃ妹まで目を覚ましかねないわね」
「オマエ―――」
振り向かない。振り向かずとも、分かる。
「あぁ、そういえば挨拶がまだだったわね」
―――その声、聞き覚えがあるどころじゃない、毎日聴いていた声。
そして、夢の中で唯一、顔が見えなかったモノの声。
「ようこそ―――私の戴冠式に」
―――朱鷺乃 ひかりが、そこにいた。
「ひかり…」
「ちょっと、気安く呼び捨てになんてしないで。汚らわしい」
そう言って毒々しく俺を蔑む。
今までのお嬢様然とした態度が豹変したわけではない、いうなれば悪女が本性を表したような、王女から女王になったような、そんな、表情。
どういうコトだ?
ダンタリオンの読み取りは完璧なはず、それがなんで―――
「ふふっ、分からないって顔してるわね」
まぁ、いいわ、説明してあげる。
そう言って裏切り者は気だるげに部屋の入り口―――ドアの戸口を背もたれに、腕を組んで話し出した。
「ねぇ、魔術師の家の伝統ってなんだか知ってる?」
「知るか。そもそも魔術師ってなんだ、それ」
とっさにうそぶく。
「なら貴方の使っていた指輪―――魔術道具は何よ?」
「―――ふん、なんのことだ?」
さらにすっとぼける。
「そう…そうね、問題はそんなコトじゃないわね問題は――貴方が指輪を使える事だものね?」
「なんのことだ?」
「知ってる?この指輪たちは誰にでも使える物じゃないのよ」
「―――!」
それは俺がオロバスに教えてもらった俺にしか知らないこと。
疑念が確信に変わる。もう何も知らないふりをする必要はない。
「なんでオマエがそれを―――」
「なんでって、分からない?」
挑発するような目で俺を見上げるひかり。
そう、それを知っているのは俺と同様に魔王達から知識を教授された者かクリスの言っていた専門家―――
「オマエ……魔術師だったってのか」
「はい、正解。ねぇ?魔女(まじゅつつかい)」
そう言ってひかりは文字通り俺を見下した。
「この指輪は身体に走る魔力回路を媒体に奇跡を起こす外部霊装にすぎない。
その魔力回路は誰にでもあるわけでもないし、ましてや偶然なんかで手に入れるわけじゃない。
文字通り、人為的に、人の意思によって造られるモノなのよ」
そう言うとひかりの右腕がサンドステージ製の長手袋の下からでも分かるくらいに光りだす。
「それがオマエの回路なのか…」
ひかりの腕の幾何学模様のそれは明かりの灯った部屋の中でも分かるくらいに光り輝いていた。
「これは人が世界と契約するために、対等になるために造った力。
代々、魔術師の家系に受け継がれていくモノ」
「それがオレにも……」
「貴方だけじゃない。貴方の妹、御嘉神、海鵜に相良、指環使いとして服従させた孔雀院に遼燕寺、夜鷹。
これだけの魔術師候補がいて教師クラスの魔術師がいれば教室として協会に登録すらできる。
つまるところ、この周辺に魔力回路を持つ物が多すぎる。それこそ異常ともいえる数だわ。
なのにこの街での管理者である朱鷺乃の家には何の記録も届け出もない。
しかもあの[災厄]の魔女はこの地における正統なる魔術師である朱鷺乃の家には指輪をもたらさず、タダ同然で回路も開いていない、ただ回路を持つだけの無能共にただ同然で配り歩いた!」
それは慟哭だった。
何故、自分が正当に認められないのかと、憤怒の炎がそこにあった。
「―――そんなの決まってるじゃない。あなたには持っていないものを彼等はもっていたからよ」
「!」
「オマエは―――!」
不意に互いの中間から声がして互いにその方向を向く。
それまで文字通り、誰も座っていなかったハズのソファに寝そべっていた。
「遅いから来てみれば…案の定こんな事になっていたとはね」
そこには―――全ての元凶、この戦いを始めさせた魔女がいた―――
「…っ!」
ひかりがクリスを警戒し、たじろく。
そんな魔術師を見て魔女はやれやれ、と片目を瞑って口を開いた。
「今さら言うのもなんだけど、この街に来て始めに行ったのはこの土地の管理者である貴方のところよ」
「そんな…ウソよ」
「ウソじゃないわ。
そもそも四大の魔女であるアタシは貴方の太祖に招かれてこの土地にきたんだもの」
「太祖―――まさか…最後の魔法使い!? それに四大って…まさか…」
「えぇ、そうよ。
だけどね、貴方を観察させてもらった上で試させてもらったけど結果は予想通りだった」
「観察?試した?」
「えぇ、自分の気に入らないモノは周りに排除させたり、わざわざ使い魔を使って他人の足を引っ張ったりね。
全く見るに耐えなかったわよ」
「そんなこと―――してたのか」
気に入らないもの―――心当たりがある。白鷺のコトだ。
朱鷺乃が白鷺に話し掛けたとたん、周りの連中がそれを押しとどめていた。
アレは俺や千鳥以外のクラス全員が共謀していたのかと思ったが…お前がやっていたのか。
それにしても使い魔って―――
「そんなの当たり前じゃない。
あんな醜いのが近づくのなんか気持ち悪くってやってられないわよ!」
本当に、いやいやそうに朱鷺乃は吐き捨てた。
―――それが、おまえの、本性、か?
そんな俺の想いとは裏腹に朱鷺乃はいぶかしげに自分を選ばなかった魔女を睨んだ。
「で? あなたはどんな試験をあたしに課したっていうのよ?」
まるで先祖の敵とばかりに睨みつける。
だが、睨んだ相手もまた然るモノ、どこ吹く風。平然と受け流していた。
「ジュージ、貴方、アタシに逢ったときどんな事をしてくれた?」
あの時のことか、大体だが、まぁ、覚えている。つーか、忘れられない。
「お前が行き倒れていたんで食い物を恵んでなけなしの小遣いで指輪を買った」
その言葉にひかりは目を点にする。
「……は?」
「ウソのようだけどホントの話よ?」
「あぁ、別にこんなことでウソをついても何のメリットもないからな」
「思い出したかもしれないけど30日前、貴方には他の魔術素養者とは違い、二度のチャンスをあげたわ。
だけど、その二回とも貴方は―――私を一瞥してそのまま見捨てた。
「………っ!」
身に覚えがあるのだろう。
「要はそんな簡単な、だけど誰にもできないことで試したのよ。
アタシの創った指輪は魔力があればそれが閉じていても使える。
だから魔術師だから、とかなんてのは関係ないのよ。
他人にかまってあげられるだけの余裕があるモノにしか指輪の魔神は使えないし仕えないのよ。ただそれだけ」
「そんな…なんで―――」
「余裕がない人間てのはタチが悪いのよね。
少し周囲を見回せば差し延べてくれる手はあるのに見向きもしない。もし、目の前にあっても振り払って周りを傷つけることすら厭わない。
そんな連中に私の道具は使いこなせない、逆に振り回されるのがオチよ」
「そんなの…っ!」
「やってみなきゃ分からないなんて言わないわよね、魔術師だもの。結果が全て。
あなたがアタシに手を差し伸べなかったのも、かつて最上位の魔術師がアタシの道具を使って一族を皆殺しにしたことも。また、事実」
「―――っ!まさか、ディセンディング=ローグのあの件は…」
「弱者は嫌いなの―――悲劇しか引き起こせない」
何のことか分からない。だが、ひかりは少なからずショックを受けているようだ。
「だから、そう…だから試したのよ。
打ち捨てるモノ達ではなく、打ち克とうとするモノ達にアタシの担い手にしてみた。結果、彼らは優雅に、典雅に舞ってくれた。
これぞアタシの望んでいた。舞台だった」
「……」
狂ってるのは分かってる。当然、褒められた行為なんかじゃない。
何人も死んだ。だが、救われたものもいる。
そして、本人も救われた。俺の取ってきた道が、選んだ道がクリスの納得の行くものだと分かった。
だが、現状に至る理由が分かっただけのこと。何も転換はしない。
その証拠に魔女は呟く。
「だけど、まぁ、あと一幕あってもいいのかもね」
「!?」
それを聞いて朱鷺乃が緊張で強張った面持ちから、余裕を取り戻し、にやりと口を歪める。
「じゃあ、あなたは…」
「えぇ、アタシにとって王鍵を授けるのは誰でもいいのよ。式の解にもう一つ=の付いた解が増えるだけだもの」
「クリス、おまえ―――」
ひかりとは対照的に信じられない物を見るような俺の視線、それをつまらない物を見るかのようにクリスが呟く。
「なぁに?別にいいでしょ。
そもそもあなたがとっとと王鍵を受け取らなかったのが原因なんだし。まさか私と契約もしていないのに裏切った、だなんて言うつもり?」
………そう、これは裏切りじゃ、ない。ただの非干渉宣言だ。
だが、この場ではどう考えても俺への裏切りにしか聞こえなかった。
「…そう、あなたが出しゃばらないんだったら当初の予定通りコイツを片付けるだけ」
そう言って朱鷺乃の殺気をまとった眼光が俺を、捉える。が、
「あぁ、そうそう。今日このホテルって教会関係者が泊まってるのよね」
「っ!」
わざわざこの場で魔女がそう言うってことはそいつ等はこっち側の人間、という事だろう。
「そう、じゃあここでは派手に手が出せない、ということ、ね?
ふん…まぁ、いっか。指輪は手に入ったし。あとは…みなぎ」
そう言ってひかりの背後のドアから姿を表したのは―――
「……」
「み、なぎ…なの、か…?」
にわかには信じられなかった。何故なら
なんで、みなぎに、翼が、生えている?
そこで思い出す。
(使い魔を使って―――)
「まさ…か」
(面白いな、その娘)
思い出す。大鷲のあの時のあれはこれを指していた、ということか。
「コイツを始末なさい。教会関係者がきたらそのまま―――」
自害なさい
「……」
こくり
「なっ!」
正気で言っているのかっ!?
「なに驚いているんだか…あぁ、妹、だったんだっけ?
使い魔と…あの自分にもそんな記憶も刷りこんだのよね…冗談、本気なんかにしないでよ」
まるで、虫を踏みつけて体液が付着したことに嫌がるような軽さで吐き捨てた。
「…どういう、ことだ」
「確かに、朱鷺乃の家に伝わる魔術の系譜は時空間操作。
だけど私の魔術指向はもっと別のベクトルに深く向いていた。血統の追随を許さない程に。
それが―――思考操作、洗脳よ」
「な、に?」
それは俺の―――最初に手に入れた能力。
髪の毛を弄りながらこちらをおちょくるように言葉を続ける。
「あぁ、三流の悪役と一緒にしないでね、得意だからって自分に使われることには弱いなんてこと、ない。対洗脳戦なら得意なのよね」
「ウソだ。ダンタリオンのリードは深層意識にまで読むことができるし、書き換えることができる…」
いや、ダンタリオン以外にもガァプやオセが思考操作が出来たように、催眠系の魔術があるのかもしれない。
「だから、考えが的外れ」
―――!
明らかに戸惑う。これは洗脳や思考操作じゃ、ない―――!
「言ったでしょう、得意分野なのよ。同じ能力使い同士の戦いは、ね。 そもそも」
ダンタリオンと先に契約していたのは私だもの
「―――!」
なんだ、それは。
「分からない?だからダンタリオンは契約者たる私の情報を漏らさなかったし、教室にかけていた暗示を何も貴方に教えなかった」
信じられない、だが、そう考えれば全ての辻褄が合う……
「多分、貴方の事だから知ってるかもしれないけど、72の魔神達とは指輪がなくとも契約できる。
指輪はあくまで素人でも契約できるシロモノでしかない」
…あぁ、知ってる。
この指輪はあの魔神達を封じていた真鍮瓶を用いて造られたモノ。
それ故に魔神達への封緘作用を持っている。
そして魔神達はこの指輪に棲んでいるのではない。指輪はあくまで最上位に位置する出現ポイントにすぎない。
故に、理論上では指輪を所持していない人間でも魔神達の力を行使し契約ができる。
「ダンタリオンなしでも能力として確立していたけど、さらにこの力を確固たる物にする為に私はダンタリオンと契約する事にした」
が、それに至るにはとてもじゃないが個人、しかも一代の力では無理な話。
そもそも、時空間操作魔術と思考操作魔術と召喚魔術は異種異系等の能力。
物理学者が自分の国と地球の反対側にある国の古文学の権威になろうとするくらいに全く異なる作業だ。
その上、召喚に必要な媒体はクリスの言っていた<専門家>達、つまりは魔術師、もしくはそれらが所属する協会か結社が独占しているであろう為、不可能に等しい。
…おそらく、一族の血統とは異なる魔術系統、と言っていたことから媒体は持っていなかったに違いない。
それを、操心魔術と召喚魔術という全く異質の魔術を習得し、一代でダンタリオンとの契約を成し遂げたというのならば朱鷺乃 ひかりは間違いなく天才に他ならない。
「そして、自分に完全催眠をかけた後に、建前に使っていた人格をベースに主人格に造り出す。同様にこの使い魔には無力になった私の護衛をする上で自分を犠牲にして当然、という刷り込みを行う。
そして、72環全ての指輪が揃う直前、私が覚醒するようにメモリーを行う。それで貴方が教室で指輪をしたのを見た瞬間、私が造り上げた朱鷺乃 ひかりさん、の正体よ」
「オマエ―――!」
「どうだった?私の抱き心地は?処女膜を破った感想は?」
これまであった情事を思い出して自分の身体を抱きしめるようにして恍惚に浸るようにぶるっ、と身体を奮わせる。
だが、今のオレにそんな余裕はない。ひかりの隣にいる小柄な爆弾がいつ自分に炸裂するか。
しかもそうなった場合、一切の指輪を奪られた俺は間違いなく命を刈り取られる。
―――が、どこかおかしい。みなぎの様子をつぶさに観察するとどこか様子がおかしい。
「!」
はっとする。みなぎは本来、俺の洗脳によって植え付けられた攻撃行動に比例して排尿感が高まる。
だが、今は高まる尿排泄の代わりに涙を流して魂の苦痛を訴える。
「みなぎ……ひかり、オマエまさか―――」
「あぁ、余計な作業なんてしないわよ。貴方がコレにした洗脳は解いてなんかないわ」
「! ひかりいいぃィッ!」
吼える!
それと同時にみなぎが動く。自分の意志で拳を全力で引こうとするも本能ではなく、呼吸をする、血を廻らすというのと同意、無意識である生理現象となった攻撃衝動には抗えない!
「―――っ!」
その速さ、膂力、全てにおいて人間のそれを―――超えている!
がっ!ばんっ!!
鋭くなった爪が腕に食い込み、わずかに触れただけで身体が窓際まで持っていかれる!
「っ!!! ぐがあぁっ!―――くそっ!」
それまでダンタリオンによって緩和させていた苦痛が純度を持って俺の体に走り、一瞬、意識が飛ぶ!
だが、そう、だが今更―――これまで戦ってきた指環使いと同様、引き下がることなど、ない!
しかし、想いだけで現実を覆す事は難しい。
がっ!
「ぐぅっ!」
みなぎに胸ぐらを掴まれている俺は再度、強化ガラスに磔られる。
背後には数々の都市伝説から開放された街が拡がっていた。
「もう終わり?全く、憎たらしいったらありゃしない。
その程度であの稀礫なる第一原質図書館(プリマテリアルライブラリ)の司書をしていたなんて…」
…プリマテリアルライブラリ?なんのことだ?
「あぁっ! 思い出すだけでイラつく…っ、みなぎっ!」
どむっ
俺を掴んでいる手の反対の手が腹に食い込み、文字通り、くの字に身体が曲がる。
「がはっ!」
「みなぎ、もう一度言うわ。
そのままソイツを殺っちゃいなさい。それが終わったら用済みだから消えなさい。
霊体化も出来ないんだから、せめて有意義に死になさい。
なんせ貴方より優秀な使い魔達がこんなにできたんだもの」
―――貴方なんかもう、いらない。
「――――――……っっ!」
みなぎが声無き声で絶叫する。
心は聞こえない。だが、感情のない瞳からは涙が溢れかえる。
よく分かる。それがどれだけ相手を傷つける言葉か俺は知っている。
―
――
―――
親は偉大であり、幼少期の躾けは成功していた。
そう、あの言葉を口にするあの時までは。
―――じゅうじ、貴方なんかもういらない。
『ウチの後継はせっかになったの。だから自分のことは自分でしなさいね。
あぁ、そうそう、せっかは大事にした方がいいわよ?
せっかのお気に入りじゃなかったら―――捨てちゃうんだから』
「とりけせ…っ!今の言葉を取りけせぇっ…!朱鷺乃おおおおぉぉぉぉっ!」
叫ぶ! だが、それ以上は体が動いてくれない…っ!
「それじゃ71環の指輪、確かに頂いたわ。じゃあね、今までお疲れさま、行きましょう、厄災の魔女」
「ま…て…」
意識が遠くなる。
ばたん
戸が閉まる。
「まて……よ………」
それがそこで俺の聞いた最後の音だった。
………
………………
…………………………
「はっ!あ…っ!!」
「ご主人様!」
「お兄ちゃん!」
「お前たち―――」
「…ここは…」
「マンションです。ご主人様、意識は大丈夫ですか?」
「あぁ、あ―――」
記憶が混乱してどこまでが夢だったのか分からない。
アレは夢だったのか?
が、なにか変だ。
そう、違和感。
今まで在るのが当たり前だった器官が無くなったかのような―――
そう…みんなの心が、聞こえない―――
< つづく >