第三章の2
「心が…聞こえない―――?」
愕然とした。
今まで聞こえていた他人の思考が全く入ってこない。それは同時に俺に不信をもたらす。
そう、絶対的な不信―――指輪を失い、ダンタリオンとの契約が解けた状態でダンタリオンの能力は持続しているのか、それがわからない。
いや、それが解けてもいいように、と言うよりダンタリオンの強力化…ロボトミー化を防ぐために暗示をかけてきた。
だが、朱鷺乃が俺の精神操作を上回った事実。そしてコイツ等にどんな細工をしていることか。
なにより
(コイツらがこんな風にしてやってきたのも何かあるんじゃないか―――?)
疑心暗鬼が俺を支配する。
(何の力も無くなったオレが慕われる理由なんか―――ない!)
ばっ
ベッドから飛び降りてそのまま部屋の隅へと避難してこれまでの従僕たちと距離を取る。
「? おにいちゃ…」
「近づくな!」
『!?』
心配して俺に近づこうとした雪花の足が止まる。
それでいい。
「お前たち、もういい、オレに尽くす必要もない、もうオレなんかに関わらず、オレと関わりあう前の生活に戻れ」
「お兄ちゃん!」
「これ以上、一緒にいてもオレはお前等に憎まれるだけだ、なら……」
「そんなことありません!」
「どうしてそう言いきれるっ!?
それにこんな所をひかりに見られてみろ、それこそお前等、指輪の力でオレの敵にされるぞ。
それどころか気づかない所でもう既になにかされている可能性だってあるんだ!!」
「…………それでも―――」
「! 近づくな!」
近づこうとする千鳥をけん制する。
なんてこと、これまでダンタリオンの読心に頼ってきた分、その能力が分かるが故に信じることが出来なくなっている。
同能力者、朱鷺乃がなにをどこまで仕掛けているか分からない。
言動か、それとも行動か、何をトリガーにして発動するか分からないトラップを自分の家に仕掛けられたようなモノだ。
なまじ歩き方が分かっている分、油断しかねない。
ならばいっそ、全てを捨てて―――
だが、
「………」
一歩、また、一歩、
「…来るなと言っているだろう」
こいつ等は、歩み寄ってきた。笑顔で。
「大丈夫、だよ」
俺の我がままを受け入れてくれていた千鳥の満面の笑顔。だが、今の俺はそれに対しても猜疑心しか浮かばない。
「なにが―――」
「仮令、私が十字、貴方の敵になろうとも―――私は貴方のモノだから」
「お兄ちゃん、わたしも、だよ?」
「お館さま、私もです。
この操、この精神、たとえ塗り替えられようと今、この時の意志と命、それだけは―――変わらない」
「言ってろ、どうせそれもオレが変えた物だ。だからそんなことが言える!」
「違うよ、きっと違う」
雪花が言う。
何が違うってんだ。
「オレは!お前等の思考をダンタリオンの力を使って操作したにすぎない!今のお前等だってオレが造っただけなんだよ!」
それでも、妹は、雪花は俺を慈しむように笑っていた。
いや、雪花だけではない。他のその場にいた従僕たちはみんながそうしていた。
「お兄ちゃんがしたのは私たちの背中を後押ししただけだよ。
たしかにその…えっちなこともいっぱいされたけど、肉体的な嗜好は変えても一番大事なココロだけは変えなかった。
それどころか―――本当なら踏みとどまったままで後悔してしまうようなことの戒めを外した、それだけだから」
「―――…」
確かに、確かにそうだ。
だが、それだってオレに思慕を持つ連中しかいなかっただけだ。
それに―――
「だが、それだって自分が造ったんじゃつまらないから―――」
「ならそれがお館さまの本質というコトです。
決して従属や隷奴化を強要するでなく、その行動で忠節と思慕を抱かせる」
「俺は……そんな大したヤツじゃない。ただ、そうなるように誘導しただけだ」
「それでも私、ううん、私たちはたとえご主人様に殺されても……いえ、ご主人様のためになら―――」
「じゃあ、この場で全員死ねといったら―――」
「それがお館様の命令だというのなら」
そう言って木刀を手にする佐乃に佐乃が懐から出した小太刀を受け取ろうとする雪花。
それを見て混乱していた心が覚めていくのが分かった。ようやく落ち着きを取り戻していく。
「……止めろ―――オレの負けだ」
これだけの事をされては応えないワケにも行かない。それで殺されたらそれまでだ。
…そう、なにを保身に走る必要がある。なにに慄く必要がある。
ひかりの奇襲に見事に敗れ、全てを失くしてなお、失うことを畏れる必要がどこにある。
いっそ命すら失ったと思え、その上で全てを受け入れ行動しろ。
俺が構えを解くと、それだけで目の前の連中には通じたらしい、みんな一斉に破顔して俺の下へやってくる。
だが―――ようやくここで気がつく。俺はどうやって助かった?
こいつらが俺を助ける者もなく、あのままみなぎに殺されていたハズじゃ………
と、そこでようやく気付く。
「…そう言えばみなぎは?姿が見えないが…」
「みなぎちゃんはその…」
千歳が言い淀む。
「話せ」
促す。
「まさか―――死んだのか?」
教会の者が来ていたと聞いたがまさか……殺され―――
「…いえ、こちらです」
こちらの思考の流れを切って華南が部屋の扉を開き、後についてくるように促す。
最上階から降りて付いていくとそこは一般向けに開放した5Fのゴシック調の部屋の前だった。
華南が扉をあける。するとそこには―――
「ぅヴヴヴヴヴうううっ!ヴううううううっ!」
その身に拘束具に身を預けたみなぎが、そこに、いた。
部屋の壁という壁から伸びる鎖で四肢を繋がれ、目に口、そして体中に拘束具を纏いながらもそれでも暴れるのを止めようとしない。
「………」
「ご主人様が倒れられた後、朱鷺乃さんがいなくなると自力で私たちを起こして自分を拘束するように頼んで来て…
みなぎちゃん本人は……」
俺はみなぎのそばに行くと囁く。
「ヴァアァァッ!!」
俺への命令が未だに残っているのだろう。何重にも拘束された鎖が悲鳴を上げる。
「…待ってろ、オマエはオレのモノだ。助けてやる」
「え…助けるって―――」
「やられたらやり返す。それが俺の流儀だ―――」
「え…だって指輪はもうないのに……」
「そうです、危険すぎます!」
たしかに、ひかりは遍く指輪を手にいれた。
だが、それでも俺は不敵に笑い、ありえない言葉を放つ。
「―――指輪?指輪ならあるぜ―――」
「…もう一度聞くわ、その指輪を渡せないってどういうこと」
「だーかーらー、ここに在る1環と貴女の持ってる70環だけじゃ戴冠式はできないっていってんの。
これは71環の所有者に仮契約させるために借りてきてんだから貴女には渡せないつってんの。
あぁもう、ホントゆとりがないわねぇ、失敗だったかしら」
「な…っ!? 71環って貴女が持ってる指輪じゃなく―――」
「そ、これイミテーションよ」
そう言ってひかりに放ったのは彼自身が始めに選んだ指輪の中で唯一、当日していなかった指輪だった。
「この指輪…!」
「まぁ、72柱について知っていれば確かに戴冠式にその指輪をもって行こうとは思わないわねぇ」
「王位簒奪者…アスモデウス…っ!」
そう、彼こそかつての72柱の使い手から王位を奪い取った規格外の裏切り者。
「よりにもよって一番やっかいなのを残されたわねぇ、これもあの子の悪運かしら」
「……っ!」
「あら、どうしたの?」
「指輪を奪りに行くに決まってる!」
般若の形相で踵を返す女王を揶揄するように魔女の視線が絡みつく。
「はああぁぁ……っ、止めときなさいよ。みっともない」
その言葉にぴく、と青筋を走らせる。
「なんですって?……みっともない?」
「だってそうじゃない。別れを告げた男の所に忘れ物を取りに行く?みっともない以外の何物でもないわよ」
「―――……」
魔女は嘆息してから口を紡ぐ。
「それに―――あの子にあれだけしておいて何もしてこないと思ってるの?」
「あれだけ、したのに死んでないって言うんですか?」
「あれだけ、で、なんで死んだなんて言っているの?」
訪れる沈黙、そして
「―――………ふ。ふふふふふふふふふふ―――」
「あら、なんかいい顔になってきたじゃない」
「招待しましょう、私の戴冠式に。そういうことでしょう?魔女」
「さぁ、アタシには分からないけどそうしたいというのならすれば良いんじゃない?」
ぬけぬけと言ってのけるクリス。そんな彼女を尻目にそれまでのひかりは彼女を知るモノなら眉をひそめるような笑顔で言い放つ。
「そうだ。どうせだから彼らも呼んであげましょう―――オロバス」
そう言うと彼女の指にはめられた指輪が燐光を発する。
「―――…」
サイズこそ十字と同じミニサイズ。だが、立体映像ではなく実体をもって現われた騎馬公子は何も言わない。ただ召喚者の次の言葉を待つ。
「彼らの元へ。貴方の元・契約者の元へ行ってらっしゃい」
「―――…」
何も言わず、瞬時に消える。
「なかなか打ち解けて貰えないわね」
「構わないわ。魔神と打ち解けてどうするのよ。御して、統べるのが本来の在り方でしょうに」
「…まぁ、否定はしないわ。同意もしないけど」
凄惨な、だが美しい微笑みを浮かべてひかりはかつて自分のいた城の方角を見つめていた―――
「んんっ。くちゅぅっ、んむぅっ」
ぴちゃぴちゃと粘性の高い音が部屋に響く。
だが、響いているのはそれだけではない。興奮した複数の雌の吐息が俺の周囲に木霊していた。
部屋からいなくなった夜鷹を除き、それ以外の従僕たちが俺を求めて絡み合った。
既に何度放ったか覚えていない。
ただ、前の穴と後ろの穴両方で俺が放った白濁が溢れていない女は皆無で不満そうにベッドに沈んでいない女も皆無だった。
どうなればここまで出せるのか―――生存本能…というより種の保存への本能か、自嘲しながらベッドから降りるとシャワールームへ行く。
浴室に備えられた姿見にはありとあらゆる体液でテカった俺と何度も見た小さな騎馬公子がそこにいた。
「よ、元気してるかい?落ち込んでると思ったが…相変わらずお盛んのようだねぇ、大将」
「…よぅ、そっちはどうだ?つってもアイツの性格じゃ騒げちゃいないだろうがな」
「ビンゴ、なんだってあんなのに指輪を奪われちったかねー、堅っ苦しくて仕方ねーぜ」
「悪ぃな。油断した。で、用件は?」
「………戴冠式のお誘いだとさ。最後の指輪をもってこい、と。
じゃなきゃ嬢ちゃん達に手を出すとさ、興も味もないねぇ」
…そっか、雪花たちはなにもされていなかったか。
「…生け贄に来いってか」
「悪ぃね、大将」
「オマエの所為じゃねーだろ、しゃあないさ」
「……で、どうするんだい?」
「誘われるまでもない。ちょうど別れを済ませたところだ」
「……敵になっちまぅなぁ」
「まぁ、な」
「やりたかないねぇ。大将、敵には容赦ねぇからなぁ」
「そもそも、もう大将じゃねぇだろ」
「いぁいぁ、あっちは女王サマ。その内、鞭でも持ち出しそうな勢いでさぁ、な、大将」
「…ん?」
「契約、しないかい?」
「…お前とか?」
「この期に及んで他の誰がいるってんだい。
そもそも大将といた方が楽しめそうなんでなぁ。で? や ら な い か?」
朱鷺乃が指輪なしでダンタリオンと契約していたようにオロバスにその意思があるのなら俺にもその媒体なしで契約できるのだろう。
「……はっはっは、帰れ」
「ちぇっ、残念だねぇ」
「悪魔の誘惑に負けるようなタマだと想ったか?」
「うんにゃ、それでこそ大将だ」
やっぱ、試していたか。
どちらに転んだ所で残念な問い掛けにオロバスの不器用さを感じた。
「…けど結構、本気だったんだぜ?大将とだったら構わなかったんだがなぁ。
契約にしたって殆どの連中は大将の読んでた写本を使えば呼び出せるんじゃないのか?」
「あの図書館の図書は帯出厳禁でな」
「―――…だが唯一、帯出できたこの国の言葉で書かれたあの写本は原典より精度が高く、俺っち達を本体ごと完全に呼び出せる」
「………あぁ」
センパイから渡されたあの写本は本人なりの注釈が加えられ―――それが写本の精度を完全なモノにしていた。
…そう、アマチュアであってもプロを超えられるようにあの写本は原典を超えるモノであるのかもしれない。それゆえにオロバスはあの写本を使えば全ての魔神を完全召喚を超える召喚できると言った。
本体ヲ含ム魔神ノ完全召喚。
…この街だけではない、世界を滅ぼしうる禁忌。
それこそ人間相手ではない。神や天使を相手どって戦争を起こす為のものだ。
そんなの実現可能かわからないし、まぁ、俺の目を通して書に眼を通したオロバスが言うのだから可能なのだろう、が、そんな物騒極まりないものは使わない。あの書にあれ以上、触れる事はあの図書館のどんな写本以上に自分を蝕む、危険で愚かな行為だ。
なにより、これまで闘ってきた王達に恥じることのないよう、指環使いとして、最後まで戦いに挑む。
それで敗けたらつまらない意地だった、とだれかが笑えばいいだろう。
そんな俺を見て何を言っても無駄だと思ったのだろう、片目をつぶってこちらに言葉をかけてくる。
「ま、ぶつからないように上手く立ち回るわ」
「そーしろ」
「あ―――そういや大将」
「なんだ?」
「まだ身体の方は痛むかい?」
「ぼろっぼろだ。痛みはないがな」
そう言いながら視線でオロバスにそれは朱鷺乃の指示か?と、問う。
オロバスが身体の事を聴いてくるのは間違いなく指輪を使用したときに感じていたあの痛みのことだ。
オロバスが肩をすくめて首を降る。
そうか、朱鷺乃の指示ではない、か。はそれを知らない、か。
それもそうだ。回路の励起と制御など魔術師にとっては初歩中の初歩。
そして、魔神化するほどの激痛などは完全に想定外。
故にまともな魔術師である朱鷺乃の思考の及ぶところではない、か。
なら、ここで質問してきたオロバスの意図は一つ。
朱鷺乃に勝つ可能性として最も高いのは俺自身が魔人化することだ、と。
そうなることを揶揄したオロバスが敢えてそう言うのだ。
そこまで俺は追い詰められているのだろう。
「それじゃ元気でな」
「あぁ」
気の抜けた返事をするとそこに既に気配はなかった。
「…ホント、やり難いわな」
そう一人ごちると俺は再度、自分の手元に残った指輪に意識を通した―――
群青の世界に俺はいた。
もう来るとは想っていなかった世界。
目の前には魔王―――アスモデウスがいた。
俺の陥った状況を把握しているのだろう。アスモデウスはニヤニヤしながら俺が口を開くのを待っていた。
「アスモデウス、手前ェはアイツと契約をするつもりはあるのか?」
こいつしか頼るものはないというのに媚を売らずに単刀直入に切り出す。
「あの女はつまらなさそうだがあの身体は美味そうだな?」
挑発するように俺に視線を這わせる。
…俺の独占欲を刺激したいってか。
「あぁ、美味だった。中古でよければ味わえばいい」
ぴく、と眉が動く。コイツは結構な処女厨のハズだが。
「あぁ、そんなコトどうでもいいから頂くとするかなぁ。更に蕩かし寝取るのもまた―――面白い」
流石は色欲の王。その程度じゃなんの抵抗感もない、か。
だが、それは俺も同じこと。そんなこと、どうでもいい。
そんな俺を見てにぃ、と口端を釣り上げる。
「求むられれば応じる………が、オマエと契約していた方が面白そうだ。
なんせ1対70、王だけの争いだとしても1対8、これが面白くなきゃウソになる」
なにより俺は何も痛まない、と他人事のように言う。
…いや、実際他人事か。
自嘲気味に吹き出すと目の前で拳を握り―――振りかぶる。
「―――分かった。じゃあ、征くぞ」
言葉は少なく、されどこれ以上の言葉を持たず、告げる。
指に嵌まった指輪はたったの1環。
されどこの上ない指輪を嵌められた手で俺は部屋の扉を開けると従僕たちがそこにいた。
「………」
皆、一様にオレの声を待つ。
「んじゃ、行ってくる」
「ご主人様、では私も―――」
そう言ってくる千歳とくいなを制して言った。
この場にはいない佐乃、華南、夜鷹を除き、言い放つ。
「お前たちは連れて行かない」
「お兄ちゃん―――」
雪花が抗議の声をあげるがコレはもう決めていたことだ。
「その代わり―――命令する」
これは指輪を失ってから何よりも優先してやろうと思っていたことだ。
居心地がよすぎてこのままでもいいかも、とも思ったが俺がお前達の主である以上、こうすることが俺の責務だ。
ダンタリオンとは異なる俺の施法した暗示、唯一にして唯一度のみの絶対命令権。
「絶対の王の命令(アブソリュート=オーダー)”Forget me not”」
「…………」
―――今まで過ごしていたマンションを見上げる。
どこかでもう関係ないモノであるかのようなそんな、疎外感がある。
それにしてもメモリーボムが忘れな草とは、我ながら皮肉なモンだ。
だが、これで危惧していたことは起こらずに済むだろう。
「あとは―――……しばらくオマエ達には迷惑をかける」
「佐乃、それに……」
そこにはあの場にはいなかった夜鷹と華南、そして、佐乃がいた。
「悪いがアイツがせっかや連中を狙うようなことがあったら出来る範囲でいい、守ってやってくれ。
ここにいても良いよう、所有者は華南に変えてある」
幸か不幸かマンションも先日、白鷺の件で色々周った際に登記簿の名義を華南のものに変えている。
ちょっとした余興、というより贈り物のつもりだったんだが…遺品になりそうだ。
「お館さま―――」
「駄目だ」
開口一番否定する。
第一、自分の力の媒体である指輪すらないのに―――
だが、
「そう言われても―――ついていきます。いえ、ついて行かなければなりません。呼ばれましたから」
「! ―――オマエ等…まさか」
オロバスの奴―――
「あぁ、彼女に呼ばれたんだ。ボクたちも来るように、と。
それがなんなのかは分からない。
だが、それらは一様に僕たち自身がそれぞれに決着をつけなければいけないことだから悪いが―――付いて行かせてもらうよ」
「朱鷺乃が…ふん、勝手にしろ」
「申し訳ありません、御主人さま」
「ふん」
ぶっきらぼうに返事をする。
背後には3人、何も言わずについてくる。
目指す先はいわずもがな、物語の終着地点、朱鷺乃邸―――
朱鷺乃邸に着くとかすかに残っていた記憶から門のロックを開け―――る必要はなかった。
到着すると同時に自動で解錠され、そのまま進む。
「………」
誰一人として言葉を発することはない。
が、その長い正面園庭への長い通りの中央、そこに俺たちを阻むように一人の男が立ち塞がっていた。
「! ―――貴方―――」
「久しぶりだな」
そこには俺とは面識のない、顔に幾重もの傷の走っている男が迷彩服を着て下卑た笑いを浮かべていた。
華南だけはその男を見て顔を強張らせている。
…あぁ、知ってる。会った事はない、だが、知っている。
なぜならこの男こそ華南に異性に対する恐怖を与え続けた元凶にして指輪を手にした華南が真っ先に復讐した父親―――決別したはずの過去の象徴。
「へへへ…何故って顔してやがるな。簡単だ。
あの御方がお前の過去を見聞してオレを地獄から呼び出したのさ。お前と戦わせる為だけにな」
そう言って男の手に輝くのは軍用のサバイバルナイフと―――自分がこの男に使ったかつての自分の指輪。
「へへへ…俺を殺した時よりいい女になりやがった。あの女よりもいい女になぁ…」
「――――――」
華南は黙る。
怒鳴ることもヒステリーを起こすこともなかった。
―――心の声は聞こえない。
だが、分かる。この従僕はこういう時、自分が成すべき事、それだけを真白くなった自分の頭の中で思い描く。
「なんでぇ、だんまりか。まぁ、いいか。出会った頃のあの時と同じようにするまでだ」
涎を拭うことなく、下卑た舌と犬歯を見せ、にやけたその目は華南の豊満な肢体を捉えていた。
「初めて犯したあの時みたいに叫べ!絶望しろ!オマエは―――オレのモノだ!」
向かってくる男に華南はすぅ、と眼を開く。
そして薄紅色の唇をひらく。
「―――」
ただ、華南は極限に達したその精神で言って見せた。
あなたを、殺す。と―――
「ご主人様、先へ」
「待て、ここは全員で…」
「ダメです。貴方はここでその力を微塵も使ってはいけません。
相手は71環を統べる女王。こんな所で全力を出せなくなるようになったら私が悔やんでも悔やみきれません」
慈しむようなほほ笑み。
そして―――唇が押し付けられる。
「んっ、申し訳ありません、今、この時だけは王に復帰させて頂きます」
確固たる決意。指輪はなくともその志は間違いなく、王のものだった。
揺るがぬ決意。ならば俺が言うことはなにも無い。
「武運を。翠蒼の王」
「達者で、漆黒の王」
それだけを告げ合うと俺たちは駆け出す。
「おっと、どこに行こうって―――」
かぁんっ
鋭く叩く音がする。と、華南のダイヤのヒールと男の鉄板の仕込まれた軍用ブーツの靴底片足が空中で交錯していた。
「させないっ!」
「へっ、しかたねぇ…」
男の意識が完全に華南に向けられ、俺たちはそのまま足を止めることなく突き進んでいく。
長い回廊を抜け、朱鷺乃邸の全容を見渡せるよう開けた園庭には一つの人影があった。
「ふふふ、お久しぶり、佐乃たん」
「! お前は―――!」
佐乃の前に現れたモノ、それはかつて自分に人を殺させた少年、というにはあまりにもふてぶてしい青年だった。
「ひかり様が力をくれたおかげでボクは再びチカラを手にいれることができたんだ」
そう言って雁屋が掲げた手には佐乃が最も見慣れた指環が輝いていた。
「剣公のおかげでボクはあのときよりも強くなれたよ。
この指輪、佐乃たんのモノだったんだってね?」
そう言って佐乃を見ながら指輪に舌を這わせる。
「…お館様、某が付き添えるのはどうやらここまでのようです。どうかご武運を」
「できることなら、生き恥を晒してでも生き延びろ…と言いたい所だが、今回はオマエの誇りと共に闘え、オレが許す」
「御意、某の剣と誇りは貴方様と共に―――永久にお慕い申し上げます」
腰に差していた木刀を上段に構える。
それと同時に俺は佐乃の顔を見ずに駆けだす。
「お別れは済んだ?じゃあ、始めようか」
そう言って鷲尾は腰にぶら下げていた真剣を手に取った。
「さぁ、佐乃たんは指輪なしでどこまでボクに追いつけるかな?」
あまりにも軽率な、だが異様に膨れあがっていく雁屋の剣気に佐乃は口を閉ざした―――
「いいのかい、彼女たちは―――」
「これは本人たちの戦いだ。部外者が口を出して言い話じゃない」
そう、あの2人の間には俺も部外者に他ならない。
「それより、分かっているんだろう?」
「……あぁ」
そう、このパターンで来るのならば、夜鷹の相手はおそらく最も残酷な―――
「!」
強引に押し開いた朱鷺乃邸のエントランスの広間、その正面階段前にはどこかで見たことのある女が、いた。
あの女は―――
「―――久しぶりね、幹久」
「しづる……」
予感は、あった。
自分の事情を知るものが他の二人同様、自らにとってもっとも因縁のある相手を送り出してくるというのなら間違いなくこの最愛の女性を選ぶだろう。
手段を選ばない相手なら確実にこの手を使う。
その手を使うことのなかった彼のかたわらにいた彼女はこの手を使った。
起こってしまえばなんら不思議なことじゃなかった。
でなければ主人たる彼は指輪を奪われなかったのだから。
静かに、夜鷹は一歩も動かず、抱きしめて不思議じゃない目の前の相手を見た。
相手も、一歩も近づかず、抱きしめて不思議じゃない最愛の男に問いかけた。
「ねぇ、今のわたしは本当にわたしなのかしら?」
「―――……」
「貴方を愛していた。だけど今はもうそんなことどうでもいいの。
今はそう、今のわたしはひかり様のモノなのだから。それでも…それでも夜鷹 幹久はわたしを閂 梓鶴だというの?」
「っ!――――――……」
夜鷹は何も言わなかった。
ただ、そう、ただ黙っていつものように悲しそうに、そして微笑して目の前の女性を見つめ、意を決したかのように口を開いた。
「……あぁ、キミの想いがどんなに変わろうとも僕はキミを想ってるよ」
何かを諦めたかのような、それでいてやりきれないといった苦渋の声が広間に響いた。
「からす君、どうやらここでお別れだ。彼女の主は君と一人で会いたいらしい」
「―――……あぁ、そのようだな」
「今までありがとう。短かったが、楽しかった」
「………あぁ」
夜鷹がどんな夢を見ているのかは分かっていた。
そう、夜鷹の夢はいつだって自分を殺すユメだから。
だから一言、一言だけ俺は返事につけ加えた。
「死んだら俺が悲しむ。だから―――死ぬな」
無理だと、叶わぬ願いだと思いながら口にした。
…分かっている。
何よりも大事なものを目の前にしたときヒトはどのような行動を取るのか、分かってる。
それでも口にせずにはいられなかった。
主人として、そして仲間として、兄のようなこの男を死なせたくなかった。
あとは何も言わずに走り抜ける。
ひかりに命令されているからか、それとも俺に興味がないだけなのか、俺に一瞥もせずにその瞳には夜鷹だけを称えていた―――
「………―――」
目を閉じていたひかりはふと、気怠るげに眼を開けた。
「!」
するとそこには信じられないものが、いた。
「しろがね―――!?」
なんとそこには最後にあの城に入城した少女が立っていた。
「どうして…そんな―――」
指輪は全て自分の手元にある。何の力もないこの女が何故ここにいる。
探知、探査系の指輪は既に千里眼と呼んでもいいほど発達し、この街に在るモノならあらゆるモノを感知出来るのに。
ワケがわからなかった。
―――ただ、目の前の相手は何の興味もなさそうに、だが、確かに玉座に座った女王を見下していた。
「………っ!」
なんだか分からないがぞっとする。
71の指輪を手にした私が恐怖を感じるなど許されはしないのに。
なのにそこには確かに目の前には恐怖が存在していた。
「貴方―――何者」
うなるようなひかりの問いにしろがねはあっさりと答えた。
「―――まほうつかい」
―――と。
ひかりは耳を疑った。
それは一体なんの冗談か。
まほうつかい。
それはこの世界で5人しか残っていないという不可能を可能にする存在。
この指輪を作り出した魔女、魔術使いとは違う、正真正銘、自分達魔術師の最終目的。真理到達者。
魔法使い。
決して敵として出会ってはいけないモノ―――!
ただの少女が魔法使いと言ってのけるならまだ可愛げがある。
だが、目前の少女は得体の知れない恐ろしさだけがあった。
―――ホンモノだ。
自分の全てを見透かしたかのような眼差し。
背筋に寒気が走る。
目の前の少女が自分(まじゅつし)の目指すものだとしたら自分には勝ち目がない。
「ま…魔法使いが何のようかしら」
「貴方が悪趣味な連中を生き返らせるから会ってみたけど、なんだか拍子抜け」
その言葉に、カチンと来た。
「そうなの?私が聞いた魔法使いはもっと尊大なものだと聴いていたのだけれど?」
「別に。そんなの朽ちた御伽にもならない。まぁ、いいや。これだけは言っておく。
これ以上、みだりに命の摂理を曲げようとするのなら―――」
ボクはキミを不死にする。
「!――――――」
恐怖が実体化し、言葉が自分の心臓を鷲掴みにした。
不死。
それは死ぬことのない存在ではなく、死ぬことの許されない存在をさす。
朽ちて皮と骨だけになってもその魂魄は辛うじて駆動する脳に縛られ続ける。
永劫の呪縛。
できるかできないか、ではない。
目の前の少女はやる、といったらそれができる、と本能で理解した。
だが、これは警告。これ以上しなければ、行わないと言った。
ならば問題ない。これ以上、誰も生き返らせるつもりもない。
あくまで蘇生は余興。元来、あの男以外に用はないし、あの男にしても自ら相手にすればいいこと。
ホント―――あの魔女同様、全く甘い。
目障りならば反論や反省の機会も与えずに消してしまえば良い。
ニヤけた顔で睨む。
「………哀れだな。キミは」
「…なんですって?」
「十字は間違いなく王だった。そしてキミは魔術師だ。
人格が元に戻っても良好なパートナー関係を築けたにもかかわらず、何故ここまで暴走したんだい?」
「そんなの貴方なんかに関係ないわよ」
「…自信がないからだろう? 彼が向けてくれた笑顔はキミの造った人格に対するモノにであって本来のキミ自身じゃ、ない。
これまで行った自身の所業が明るみになれば失望される。それが怖かった。違うかい?」
ぎりっ
「…黙れ。何が王か。
この現代で王と魔術師が契約する? 時代遅れも甚だしい。
なにより」
区切る。
わたしを知ったような口を利くな。
それ以上、口を開けば勝ち目のない戦いだろうと全力で開戦する。
殺意を持った視線でしろがねを睨みつける。
「………」
しろがねはそれ以上、何も言わず、そのまま消えて行く。
「ふん―――本当…甘い」
まるで今、この場にやってくる来るあの男ように―――!
ばぁんっ!
「ひかりぃっ!」
それまでの苛立たしさを晴らしてくれる叫びが自分の部屋にこだまする!
「名前で呼ぶなと言ったけれど―――忘れたのかしら」
「忘れたね。
あぁ…そんなことどうだっていいんだ。裏切り…いや、光輝の王よ、これから俺はキサマを倒す」
ひかりを指差して宣言する。
「指輪を渡しに来たんじゃないの?今なら渡すっていうんだったらこれ以上なんの干渉もしないわよ。生かして帰してあげる」
「そんな無様な命に、なんの価値がある。
そして―――オマエは知らない。王として王を倒してきた者の、オレの力を」
「…そう、それじゃ悔いるといい」
そう言って全ての指に通した指輪を起動させる。
それに呼応して俺も人差し指に嵌めた指輪を起動させる。
「それにしてもやってくれるじゃない。ダミーを用意していたんて」
「当然だ。まず真っ先に油断ならないあのオカマの所に全部なんか持って行けるかよ」
そう、俺が今回の全容を最初から知っていれば70の指輪がそろってからではなく、71全ての指輪が揃い、敵対するモノがいなくなり、安心したその一瞬をついて掠め取る。
そこに同じ思考をしたひかりがまんまと持ち去っていった。
「オマエこそやってくれたな。おかげで青臭いマネをしなくちゃ行けなくなったじゃないか」
「甘ちゃんなクセに。背伸びなんかするものじゃないわよ」
「―――は、そっくりそのままお返しするぜ。 無理をして悪ぶるモンじゃない」
「なぁに?まだ【朱鷺乃さん】に未練があるの?
嫌ぁね、男って。自分にいい都合を相手に押し付けるんだから」
「言ってろ。心なんざ読めなくても仕草と行動でわかんだよ。後悔してんだろ。後ろめたいんだろ?オマエはオレ以上に甘い」
「はぁ?」
そう言われて初めて苛立ってみせる。何故、あの魔法使いと同じようなことを言う。
「ならなんでみなぎの魔力供給を未だに止めていない。情でも移ったのか?
違うな。オマエもあれを心地いい、と感じていた証拠だろうがよ」
「―――っ!」
ぎりっ、と奥歯を噛み締めた音がした後、こちらをバカにした笑い声が木霊する。
「っく、くはははははっ!なーんだ、そんなのに私が甘いだなんて一縷の望みを感じていたの?
―――それこそ、どんだけよ」
そう言って底意地の悪い視線をこちらに向ける。
「なんならお望みどおり、魔力供給を絶ってあげるわ。初めて造った使い魔にしてはよくやってくれたわ」
「っ! やめ…っ!」
俺が焦って言うとそれに気を良くしたのか。
「ほら、消ーえた」
「――――――!」
くすくすと笑いながら嘲るようにこちらを見る。
「お…っ、まっえぇ…っ!」
「バッカみたい。まぁ、安心しなさいよ。同じような末路を追わせてあげるから。ははっ」
そう言って顔を歪めて笑ってみせる。
そして、それは俺も同じ。
「………ふっ、ふははははははっ!」
「なに?自分のモノを壊されたから怒ってるの?それとも気でも狂ったのかしら」
「違うよ、ひかり。言っただろう?心なんざ読めなくとも仕草と行動で分かる。
―――いや、オマエの性格さえ考えれば心なんざ丸裸だ」
「っ!何が言いたいのよっ!」
「紹介するぜ。ひかり―――来い」
言うが早いか俺の目の前に一陣の風邪が舞い降りる。
「玉鴫…いや、今はカラス みなぎ、かな?」
そこには間違いなくみなぎが、いた。
その姿は契約者に影響されるのか、ひかりと契約していたそれまでとは異なり、少しだけ荒んだか達観したかのような雰囲気を帯びていた。
「まさか貴方―――」
「その通りだ。オマエの甘さを指摘すれば躍起になってそれを打ち消しにかかる。
あとは簡単だ。オマエの魔力の代わりにオレの魔力を供給しておけばオマエの契約はキャンセルされ、みなぎは晴れてオレのモノになる」
そう、一番最後、従僕達との行為が終わった後、アスモデウスから使える手駒を一つでも増やせるように、と俺の魔力を与えられるようパスを作るよう提案してきた。
パスそのものは身体を重ねていたこともあって既に完成していた。
あとは他の魔王と同じ、半ば強制的に契約を行った。と言っても血と精を飲ませただけだが。
それによってただ繋がってるだけじゃなく、俺の魔力を供給できる状態に変えておいた。
普通なら本来の持ち主であるひかりも気付くものなのだが、契約した悪魔が一気に増えた。
いくら指輪があるとはいえ、ひかりはそれぞれの闘いに勝利したわけではない。
俺のアスモデウス、元から契約していたダンタリオン、そしてクリスの持つ指輪を除く全69柱と一から契約したのだろう、指輪の封環作用による絶対優位があるとはいえ、場合によってはアモンのように自分の肉体を乗っ取ろうとする者すらいる、人知を越えたモノとの交渉はオロバスにもそうだったように指輪の優位性だけで無理矢理服従させたのだろう。
この戦いの上で勝利した俺も一度に契約する魔王達は指で数えられる程度でどの契約のあとも大きく消耗していた。
それをほぼ1日で69柱。
他に邪魔する者がいなくなった以上、ゆっくり契約すれば良かったのだろうが、おそらくそれを強硬したのはクリスの存在が大きいのだろう。
アイツは近くにいるだけで災厄をもたらす。と同時に俺の二の舞になることを恐れたのだ。
ひかりは俺の最後の相手、白鷺の所在をおそらく掴めていない。
事の顛末はしろがねから聞いた。だが、その後の空白の二日間の後、白鷺は実体を持って”転校”している。
他に大鷲に関しても、自分の力の届かない九頭インダストリィをまだ影響下に置いている以上、どう動かれるか分からない。
たとえ、相手の動向を把握できていたとしても、あの大鷲を従えていたあの組織はそれだけで一筋縄じゃいかない、と告げているようなものだし、なにより人海戦術によってひかりですら回避不能な状況を造られかねない。
これまで俺が行ってきたことが数多の布石になり、その全てを覆すにはそれら全てに動かれる前に指輪を全て自分のモノにする必要があった。
結果、俺とみなぎの契約に気付かないほどいっぱいいっぱいになった。
「っっっ!!!」
ぎりぃっ!と聞こえてきそうな音でこちらを視線で射殺そうとする。
「奪われてばかりなんも癪なんでな。これでスカッとしたぜ」
「ねぇさま…」
「ふんっ、用無し同士が集まったところでなんになる。それこそのしをつけてくれてやるわよ!」
「あぁ、そうかい。みなぎ、手を出すな。ここからは俺たちだけの戦いだ。
あぁ―――」
天を仰ごうとすると豪奢なシャンデリアしか眼に飛び込んでこなかった。
自嘲気味に笑いながら目を閉じ、正面を向き―――見開く!
「そうだな。俺もオマエに作った借りをここで返してやらないとなぁッ!!」
最期の戦いが 始まった―――
「くぅっ!?」
「どうしたの?指輪がなければ何もできないってワケ?ブザマねっ!!」
71対1。
いかな王であろうと他の7王を相手に戦いきれるものかといえば否定せざるを得ない。
なんとかもっているのはひかりが指輪を使い慣れていないからに他ならない。
その証拠に徐々に指環使いとして圧倒されだしてきた。
だが、そんなことは百も承知。
ごかぁっ!
盛大に調度品を巻き込んで壁にめり込む。
「っ!!」
アスモデウスの指輪による自己再生は続くものの、痛みまでは消しきれない。
「っっ! ち…っ!」
「ふん、アレだけ偉そうなこと言っといてもうお終い?」
「はっ、そいつぁ…どうかな?」
「!?―――っ?」
「指輪がなくたって……俺にはこの身体がある」
そう言って佐乃から渡された真剣をかざす。
「………」
「………」
「………」
そう言いあった後、どちらが先にか、もしくは同時に動き出したのか定かには分からないまま互いに歩み寄っていった―――
それは刹那の邂逅だった。
再び互いに姿をあらわしたとき、片方は何事もなかったように、そしてもう片方は大怪我を負っていた。
「っくぅ―――!」
「この戦いにおいて最も重要な接近戦で最強なのは間違いなくオレだ」
そう言って俺は片膝をついたひかりに背を向け、真剣を振るい、ひかりの血を払った。
その指に光るのは紛れもなく、剣王の指輪。
「…確かに、この戦いにおいて最強なのは貴方かもしれない―――だけどね?」
ひかりの声のトーンが上がっていく。
「!」
なにか、様子がおかしい。
しかもコレは―――!
気がつくと同時に俺は胴を見る。
するとそこには小さな裂傷が―――!
気付けばひかりは獲物を手にしていない。とするとこれは―――
「大怪我をしても私にはフェニックスが!ブエルがいる!
そしてっ!その小さな傷でも、いえ、その小さな傷で貴方を打倒しうる―――!」
見る間に直っていくひかりの傷、そして掲げられたその手に光るのは忘れもしない、あの―――
かつて、オレの腕を落とした―――
「懐かしいわね、どこかの木偶人形から私を庇った時に使われたこの指輪。
今度は私が貴方に使ってあげる―――!」
「しまっ!!」
ビューネィ、レラィエ―――2環の指輪!
次の瞬間、カラダが―――
『裂けた』
「あ”ッ―――」
意識が―――とびかける。
傷が瞬時に拡大され、俺はたちまち地にひれ伏す。
がっ どぶっ
なにか こどうを うつ あかい ものが おれから でている。
だけどなにもできない、なにも―――うごかない。
かろうじて硝子玉になりかけている眼球が近づいてくるものをうつしていた。
かつて佐乃に切り裂かれた時にもあったようにアスモデウスの治癒能力向上によって意識は保ってる。
だが、相手が揮るうのは射傷操作と腐敗呪殺の指輪、治癒する側から身体が腐って裂けていく。
「ふふ―――いい格好…
じゃ、今度こそ貴方の指輪と…そうだ。二度と指輪を狙おうだなんて思わないように魔術回路を貰うわね?
私には必要ないけどこれがなければ指輪ももう仕えない。貴方の剥製と共に飾っておいてあげる」
―――こんな状況でそんなことされたら回復できなくなってでそれこそ死んじゃうだろうけど―――
そういってそれ、はおれのからだへうでを
―――ぞぶり。
うめこんだ。
いしきが―――とんだ。
< つづく >