PHASE-I:胎動
魔獣達を次々と送り込み、世界の制圧を目論むガルゼ-ダ帝国。
彼らはある日突如としてこの世界に現れ、各地を侵略していった。
通常の火器が効かない魔獣達の前に、軍や警察はいたずらに敗北を重ね、国家は崩壊した。
ガルゼーダ帝国による世界征服は時間の問題となる。
世界は黄昏時を迎えつつあった。
だがその時、彼らを打ち破る存在が現れる。
それがホーリーセイントである。
神獣の名を冠する彼女達は到る所で破壊の限りを尽くしていた怪物達を次々と撃破していった。
その姿に人々は歓声を上げ、勇気を取り戻し、各地で怪物達を押し返しつつあった。
三人の少女たちは世界の救世主と讃えられ、怪物に対する戦いの象徴となった。
空は漆黒に塗り込められ、月明かりだけが世界を照らしている。
街。人の気配が絶えた路地裏。
巨大な影を、小さな二つの影が圧倒していた。
「これで最後っ!はああっ!」
「やあぁっ!」
左右からの斬撃に異形の怪物は体を両断される。
「グォォォ・・・」
断末魔の叫びを残し、跡形もなく消滅した。
「やったわね」
「ええ、なんとかね」
魔獣を倒した二人の少女の下に、もう一人の少女が駆け寄る。
「今日は楽に勝てたわね」
「確かに、以前より苦戦しなくなっていますね」
「でも、油断したら駄目よ」
少女達が纏うスーツは、純白を基調とし、一人は赤、一人は緑、一人は青と、ひとりずつ異なる色彩が交ざっていた。膝頭まで覆うロングブーツと肘まで包み込むグローブも純白にそれぞれ色が交ざり、額のティアラには神獣を擬した装飾に加え、三人ともスーツと同じ色の宝玉が埋め込まれ、強い輝きを放っていた。
「また必ず彼らは襲って来ます」
「そうね。奴ら、しつこいから」
「でも、いつか・・・必ずガルゼーダ帝国を倒して、平和を取り戻す」
月の光に照らされた三人の姿は美しかった。
「また、失敗か」
ガルゼーダ帝国の皇帝・ゾラークは怒る気力すら失せた様子でうんざりしていた。
3mに達しようかという巨大な体格で、瘴気が全身から吹き出ている。
奇妙な事に腕が四本あるように見える。
その内の二本は緑色をしていた。
脇の下から伸びるそれは、よく見ると太く長い生物であった。
蛇が、生えてきているのだ。
異形という他ない。
「何度、同じ報告をすれば気が済むのだ?」
思わず、部下達は首を竦めた。
ここ数ヶ月というもの、送り込んだ魔獣達は次々と打ち破られ、当初容易とみられたこの世界の攻略は遅々として進まず、先日怒気を発した皇帝により攻略軍総司令官であったアーガン将軍は文字通り首を飛ばされている。
「答えぬか?」
揶揄するような口調である。
発言はない。
元々圧倒的な戦力に任せた力押し以外考えたこともない連中である。
そう都合よく知恵が働くわけがなかった。
「何のための頭だ。馬鹿どもめ・・・もうよい、下がれ」
もはやゾラークは不機嫌を隠そうともしなかった。
部下達は戦々恐々といった様子で消えるように去る。
「あやつらに任せていてはいつまでたってもこの世界を手に入れることはできぬ・・・やはり、あやつを呼んでおいてよかったな・・・」
独語する皇帝の脳裏には、冷たく笑う女性の顔が浮かんでいた。
ホーリーセイントの少女達は気付いてはいない。
彼女達の命運を握る存在がすでにゾラークの下へと向かっていることに。
狡猾な悪が、胎動を始め、魔の手が少女達に伸びる時がすぐそこに迫っていた。
「よろしいでしょうか、ゾラーク様」
「かまわぬ。入れ」
短いやり取りの後、玉座にあるゾラークの傍へ一人の女性が歩み寄って来た。
彼女の名はクローディア。
ゾラーク傘下では異質な存在であり、謀略に才腕を振るい、策略家として功と同等以上の悪名を得る存在であり、その手腕は味方にも恐れられていた。
「わざわざお前を呼んだのは他でもない」
ゾラークは一度言葉を切り、改めてクローディアを見据えた。
美しい、女だった。
均整の取れた見事なプロモーション。
服の合間から見える白い素肌が情欲を煽る。
人間の中に交じっても、間違いなく絶世の美女と呼ばれるだろう。
「この世界では、生意気な者達が我らに反抗している。取るに足らぬ小娘だが、奴らは強い。奴らを始末するために、お前の頭脳が必要だ。策があるなら、言え」
しばらく沈黙した後、クローディアは問い掛ける。
かすかに笑みを浮かべて。
「その者達であれば、私も考えておりました。ホーリーセイントと名乗る者達は手強い相手、といっていいでしょう。そのような者達を始末する事が果たして最善と呼べるでしょうか」
「なに?」
ゾラークは当惑した。
「ガルゼーダ帝国をここまで苦戦させた存在はあの者達が初めてです。その能力ははっきり言って、今ゾラーク様の下にいる者達より遥かに優れています」
「おまえが初めてだ。クローディア」
揶揄するゾラークに、クローディアは顔を赤らめる。
「お戯れを。愚かにもゾラーク様に刃向かっていた時の自分など、思い出したくもありません」
話を続けるようゾラークが促す。
「奴らを従えることこそ、ゾラーク様の為になるかと」
「だが、奴らが余に従う気になるものか」
「しかし、ゾラーク様の仰せられたように、まだ小娘。そして所詮は女」
クローディアの眼光が妖しく光り始める。
「女には、必ず無防備になる瞬間があります。その状態を作り出し、あの者達が無防備な姿をさらけ出す瞬間に、その心を暗黒に、邪悪に染め上げてしまえば・・・」
ゾラークの表情に理解の色が広がっていく。
「なるほど、かつてのおまえのように、か・・・」
感嘆とも、揶揄とも取れる言葉を発する。
「では、任せていただけますか」
「すべて任す。楽しみにしているぞ」
ゾラークが何を楽しみにしているか、クローディアは問わなかった。
薄暗い照明が灯り、明滅しながら作動している何らかの電子機械の傍で、クローディアは唇に手を当てた。
「この三人、それぞれに戦い方を決めているようね・・・」
改めて映像を見直し、クローディアはその戦い方を見抜いた。
「うまく役割が分担され、それぞれの特徴が引き出されているわね」
三人が武器とするのは白く輝く光剣である。
この光剣で戦うのだが、実はそれぞれ炎・水・雷の力を有しており、切り札としてその力を常に残していた。
それだけでも強大な戦闘力を持ってはいるが、この三人の最たる特徴はその三人がうまく連携した戦いぶりである。
三人の戦い方は適材適所の見本というべきであり、炎を操り絶対的な攻撃力を持つ少女は圧倒的な攻撃力で主戦力となり、水を操る少女は作戦を、もうひとりの少女は雷の力を持ち、圧倒的な速さを有していた。
「まとめて捕らえるのは無理ね・・・ひとりずつおびき出す方がよさそう・・・と、なれば」
目線を定めたのは炎を操り、不死鳥の名を持つ少女。
「血の気の多そうな子から、ね」
「最近、魔物が少なくなってきたと思わない?」
短く髪を切り揃えた、快活そうな少女が高い声を発する。
彼女の名前は河瀬麻衣。
ホーリーセイントの一人であり、セイントフェニックスとして戦う。
「少ないといっても、出現している魔獣はいるのよね・・・」
長身の少女は独り言のように答える。
腰まで届きそうな長髪は黒より紺色に近い。
大友華織。彼女もまたホーリーセイントであり、伝説上の生物の名を持つ、セイントグリフォンである。
「少なくなっているのは事実ですが、全体の敵の数はかなり多いです・・・」
憂鬱そうに呟いた最後の一人はセイントユニコーン、水沢楓。
物静かな印象を与える少女である。
髪は左右に分けて流している。
背はこの中では最も低く、小学生ぐらいにしか見えない容姿をしていた。
彼女達三人は、入学したばかりという点では同じであったが、違う学校に通っていて、接点はなかった。
だが、魔獣の侵攻は各地に及び、その結果として彼女達の住んでいた街にも魔獣が押し寄せた結果、彼女達の街は破壊され、血が地面を朱に染めた光景に一瞬の自失の後、激烈な怒気を発した瞬間に、彼女達の体は光に包まれ、変身していた。
それぞれの街に押し寄せた魔獣を撃退した彼女達は時期の前後こそあるが、それぞれ学校を辞め、各地で戦い始めたが、ガルゼーダ帝国の侵攻軍副司令官であったガイザスとの戦いで共闘したことをきっかけに三人で戦うようになった。戦闘方法も確立した彼女達三人こそ世界の守護者としてガルゼーダ帝国と戦う戦士達であった。
「今は受身だけどいずれ奴らの本拠に乗り込んで、決着を着ける!」
威勢のいいことをいうのは麻衣であることが多い。
戦闘で主戦力となる麻衣、スピードの華織、作戦の楓と性格が反映された戦いをしていた。
「・・・!魔獣が現れたようです」
告げたのは楓である。
彼女だけ特に魔獣の出現が感知できる能力に長けていた。
「とりあえず、私が先に行くわ!」
麻衣が駆け出す。
「待ってください。出現したのは荒野です。何かあるのかも・・・」
罠の危険性を楓は危惧した。
「大丈夫よ。私達に敵う敵なんていないわ!」
あっさり静止を振り切って麻衣が去っていった。
華織と楓も慌てて追いかけてゆく。
荒涼たる大地に、異変が渦巻いている。
尋常ではない速さの光がほとばしっていた。
「遅い!」
魔獣が、崩れ落ちた。
数では圧倒する魔獣達が、たじろぐ。
間髪入れず、明らかに自身の身長を上回る剣を軽々と振り、別の魔獣を薙ぐ。
腰から両断された魔獣が倒れる。
「ガルゼーダ帝国に好き勝手はさせないわ!」
ティアラの宝玉が紅く煌々と輝く。
麻衣は魔獣の出現を知るや真っ先に駆けつけていた。
市街地でなく、荒野に出現した事に疑念を抱いた楓が止めるのも聞かずに。
途中でティアラを蒼天にかざすと麻衣の身体は光に包まれ、次の瞬間にはスーツを身に纏っていた。
そして今、魔獣達を次々と倒している。
「何もないじゃない。楓は、考えすぎなのよ」
明らかにフェニックスの力は魔獣達を凌駕していた。
「はあっ!」
すさまじい強さで魔獣を蹴散らしていく。
だが、麻衣は気付かなかった。
楓と華織が、麻衣が通った後に現れた魔獣達に足止めされていた事に。
魔獣達が押され続けながら、巧妙にある地点に彼女を誘導していた事も。
それを指示した者の存在にも。
「数だけ多くても・・・・・・・・・!?」
誘い込まれた、その場所に。
「きゃあああっっっ!?」
狭いその空間に、逃げる場所を与えない光の雨となって。
雷光が、麻衣を直撃した。
圧倒的な衝撃に、麻衣の体は、宙を舞った。
< つづく >