Gear of Destiny 第七話

第七話『漆黒来る×純白の消失=崩壊の偽神』

 僕はカイト。シャッガイの事実上実行部隊である『クリムゾン』のリーダーである。僕は、シャッガイの拠点となっている地下施設で、今日も歯車の女達をはべらせ税に入っていた。
「んちゅっ…んふっ、ちゅっ…ん…」
「あんっ……あっ…あっ、あ……」
 歯車となった女達はどんな命令にでも従うようになる。今僕が犯しているのは、スピン・ラフレシア、クローリシアンサス、ダガーゼラニウムの三人だ。
 ラフレシアに自ら僕のチ○ポを入れさせて、リシアンサスは顔の上に跨がせて下から割れ目を責める。残ったゼラニウムには、尻の穴を舐めさせている。
 ねっとりと腰をくねらせるラフレシアにチ○ポを擦り付けるように上下させる。
「ひゃあっ!うぅん…んはっ…!」
 さすがに取り込まれてから何度も使われてないな…いい腰づかいだ。
「んんっ!んっ、んっ…んくぅ!」
 強いて不満を言うなら、喘ぎ声しか聞けないことか…この女達は、歯車として完成されたもの…魔力で意識を与えない限り、ただの肉人形でしかない。
「ぶちゅぅっ!ちゅっ…ちゅちゅっ」
 尻穴を舐めるゼラニウムの動きも激しくなってきた。吸い付くように思いっきり舌を入れて内側を刺激してくる。
 頑張ってる二人の奉仕は実に気持ちがいい。そして僕はといえば、目の前にさらされたリシアンサスのマ○コを心置きなく舐める。
「はうぅ…はぁ…」
 リシアンサスは舌の感触に浸るように、ぼうっとただ、快楽に身を任せている。
「ほうら!そろそろ出すよ!」
 歯車相手に我慢も遠慮もいらない。犯したいときに犯す、出したいときに出す、貪りたいときに貪る…これが今のシャッガイの教訓であり全てだ。
「あっ、ああっ!んはっ!あっあっ、んん!」
 淫らに舞うラフレシアに刺激されて、一気に射精間が高まる。
「そうれっ!」
 どぴゅ!ぴゅぴゅ!どぴゅぴゅ!
「あっ、あっ、あっ、あああアアアアア~~~っ!!」
 膣内へ大量に射精すると、ラフレシアはそのまま絶頂した。
 射精による脱力感の中で、僕は任務に向かっている姉のことを考えるのであった。

 ―――――――――――――――。

「では、教えてもらえるか?お前の目的を…」
 黒将は私の前で胡坐をかいて説明を待っている。亜美と璃梨はその後ろ、まさに側近と感じられる位置で正座している。
「そうさな、そちらの事情を聞いた以上、わしも話さぬのは道理ではないな」
 『シャッガイ』の目的が『クトゥルー』を『こちら側』に召還することだったのは、『エンジェルゲーム』経験者のわしから言えば、ある程度予測されていた事だ。
 もっとも、本当に『旧支配者』の召還をするなど、馬鹿げた事を計画していたとは、呆れて物も言えん…。
「わしの目的は二つ、一つは千莉を『今のまま』で守り抜く事。もう一つは、この場所である者を召還して、契約することだ」
 それが、わしに出来る唯一の方法だから…。
「雫、一つ聞きたい」
 珍しく、いつも会話を返す事しかしない亜美が先に口を開いた。
「なんじゃ?そなたが質問するとはめずらしいのぅ」
「そのしゃべり方…なに?」
 ………は?こやつ何を言っている?
「すみません。私も気になっていました」
 ここぞとばかりに璃梨も同じ質問をしてきた。
「別に、半妖の姿のときは、本来の話し方に戻ってしまうだけじゃ」
「やはり半妖か…本来の年はいくつなのだ?」
 続けて黒将が質問してくる。まあ、このぐらいは答えるべきなんだが…。
「実年齢では80歳ほどか…もっとも人間と比べてもらっても困るのじゃがな」
 実年齢といって少しぼかした。『エンジェルゲーム』の時間を加えれば80歳では足りない。『エンジェルゲーム』のことを黒将が知っているかはわからんが、今は伏せておくべきだろう。
「悪い、話が逸れたようだ。お前の言う召喚に必要なものはなんだ?」
 黒将のやつ、どこまで本気なんだ?
「その召喚でわしが何を呼ぶか、わかって言っているのか?」
 目を細め、威圧をかけてみるが、黒将はまったく動じていない。ちなみに他二人は、正座したまま瞬間的に半歩後退った。
「この状況を打開する。とんでもなく反則な者と見た」
 大した観察眼と、言うべきなのか。外れていないだけに、こちらも完全に信用はできないな。
「魔導書が六冊、後はこの部屋の設備でできる」
「だ、そうだ。璃梨、亜美…」
 立ち上がった3人が、私の前に『それ』を差し出した。
 差し出されたのは『エメラルド陶片』『クタート・アクアディンゲン』『ナコト写本』『ポナペ教典』『サセックス草稿』五冊の魔導書だった。
「お前のを合わせれば、六冊になるだろう。使うがいい」
 ……本気…だな、こいつの眼を見ればそれがわかる。
「俺たちは外で待っている。終わったら呼んでくれ、無断で持ち出した魔導書だ。回収しなければ俺も危うい」
 そう言いながら、黒将達は部屋から出て行った。
「………ここまでされたら、どういうつもりがあるかわからんが、やるしかあるまいな……」
 置かれた魔導書をかかえ部屋の中心、『彼』を呼び出すだけに描かれた魔方陣へ移動した。
 やつらが何を考えているのか、それはこの際どうでもいい。今はただ、この機会を有効に活用するのみ。
「我は光……この世の光を司りし者……汝、世の理を侵し、我が召喚に応じよ」
 六冊の魔導書が魔方陣の中へ移動していく。魔力が体を駆け巡る高揚感…あの時『エンジェルゲーム』と同じ、何一つかわらないあの感じだ。
 今度は、わしが呼び出すのだ。
「涼華…わしはまた…お前にも会えるのだろうかな?」
 魔方陣から光が放たれ、中心から黒いゲートが現れる。
 来る……これも全部あの時と一緒だ。一つ違うのは、わしの隣に彼女がいないのと…。
「何だ?こんなところで呼び出しを食らうとはな…」
 現れたのが漆黒の天使だけだという事だ。
「お前か?この我を呼び出したのは?」
 魔方陣の前に浮いた状態で腕を組み、わしを見下ろしている。
 わしはその天使の前に跪いて…。
「はい…」
 とだけ簡潔に答えた。
「汝が望むのは何だ?我を呼び出す事がどういうことかわかっているのか?」
「はい、私の望みはあなた様との契約でございます」
「そのために必要な事、お前はわかっているのか?」
 一言で言えば目の前の天使は嘲笑していた。しかし、わしにそれを気にする資格はない。この御方との契約、それがわしに残された最善で最後の手段なのだ。
「この身、血の一滴からなる全て、そして我が心におけるまで、あなた様に差し上げます」
「ほう…わかっているのだな。ならば…望みを言え」
 天使が手を差し出す。後のことは全てこの御方が…。
「この世界を救いを…」
 彼の手を取るため手を差し出す。
「……なら、今はやめておくことだ」
 天使の顔つきが一転した。過去の姿と重なる…それは、ずっと見たくやまなかった…あの笑顔だった。
「魔導書の力を借りたとはいえ、ここまで完璧に俺を呼び出すとは…本当に成長したな」
 翼を消し、地上へ降り立ったその人は、頭上の耳へ手を伸ばした。
「こうして撫でてやるのも久しぶりだな」
 身体から力が抜けて、尻尾がクテリと地面に付く。いつもそうだ、この御方に頭を撫でられると、どうしてもこうなってしまう。
 嗚呼、本当にこの人は変わっていない。黄色の髪も、頭に巻いたバンダナも、そしてその暖かさも。
「人間態の能力込みで、呼び出してくれた事に関しては礼を言うよ。けど、契約に関しては時が来てからだ」
 そう言って、彼の手が離れた。
「ではな、雫」
「あ、あの…」
 私が言おうとしている事を察したのか、すぐさま答えは返ってきた。
「あいつはもう、この世界に戻ってきてる。絶対に会いにいく…それだけ言付けされている」
 その言葉に私はどれほど安堵しただろうか…彼女が戻ってきてくれる。そう思っただけでも救われる…そして、彼は自ら開いた闇のゲートへ消えていった。

 ―――――――――――――――。

「何を……したの…?」
 千穂の震える口が、言葉を発した。
「何をしたねえ?何をされたと思ってるの?」
 私は笑いをこらえるのに必死だった。それはそうね。つい一瞬前まで、圧倒的な力を見せていたはずなのに、彼女が気づかないうちにその立場が逆転していたのだから。
 まず言っておくと、私に向けられた銃口から銃弾は発射されなかった。私の額に銃口を押し付け、引き金を引いたときから、彼女の敗北は決まっていたのだ。
「可哀想な娘……せっかく追い詰めたのにね?」
 銃を構え、引き金に指がかかった状態で千穂は動かない。いや、動けない。
 千穂の顔をゆっくりと撫でる。それだけで千穂はとろけたような顔をして、その場に倒れてしまった。
「種明かしをしてあげる」
 そういって取り出したのは、巻物状の魔導書…オルからもらっていた『ルルイエ異本』だ。
 千穂へ向けて最後に放ったハスターの風は、千穂に『見切らせる』ために放ったものだ。風を見切る事ともう一つの条件、それがこの状態を導いたのだ。
「あなたたちは術法兵装によって魔導書の力を引き出しているようだけど、私はそんなことする必要はないの。『セラエノ断章』を取り込むのも、あなた達に習って使い勝手がよくなるから…それだけ」
「じゃあ……くぅ。その…魔導書で…何をしたの?」
 千穂は明らかに発情して、荒い息を立てていた。うつ伏せに倒れて、私を見上げているが、その両手は胸と秘所をせわしなく触り続けている。
「あなたは攻撃を避けるために風を見た。その中に暗示の術式が組まれているともわからないで」
 目に見えない風の中に、『ルルイエ異本』で組んだ術式を視覚を通して伝えさせた。でも、それだけでは今の状態にはならない。
「この暗示の特徴は、設定した条件に近ければ近いほど効果を発揮するという事。細かい理を設定して、その設定がどこまで適応されたか。それが条件」
 私の設定した条件は、『私に殺意があること』『銃口を額に押し付けること』『勝利を確信していること』そして起動の条件『私に向けて、引き金を引くこと』
 効果は、魔力が集中できなくなるぐらい身体が敏感になり、発情する』だ。
 千穂が『私に向けて、引き金を引くこと』だけを満たした場合では、ほとんどと言っていいほど効果は現れなかったであろう。正直、私もここまでうまくいくとは思わなかった。
 実弾が込められていたらさらに厄介だ。そうなっていれば、今頃発情した千穂においしく食べられていただろう。
「でもって、これでとどめ」
 発情したまま自慰にふける千穂へ、私は『エロスの矢』を構えて、躊躇なく放つ。
 抵抗もなく、矢は千穂の身体に吸い込まれていった。
「さあ、遊んであげるわ」
 そっと、千穂の肌に触れる。それだけでビクリと震える千穂がなんともかわいく見える。
「ねえ?千穂は私にどうされたい?どんなふうにめちゃくちゃにされたい?」
「ア、アルビオーレの好きに」
 潤んだ瞳が、私に向けられる。なるほど、エロスの矢…思ってたより使いやすそうね…でも、
 ビシッ!
 私は、思いっきり千穂の頬を叩いた。
「誰に向かって言ってるの?アルビオーレ様でしょ?」
「は、はい…アルビオーレ様……」
 そうそう、どちらが主人かはっきりさせないとね。あなたは私の道具になるんだから…。
「さ~て、まずはそのかわいいおっぱいから弄ってあげる」
 ゆっくりと、千穂の胸の感触を味わう。やわらかい…この胸でいったいどのぐらいの人間を誘惑して喰らってきたのか…。
「っくふぅあ…」
 こちらはただ触っているだけ、それなのに良い反応をする。元から感じやすいのか、それとも術式とエロスの矢の効果かは分からないけど、この方が色々やりやすい。
「あ~あ、アソコもびしょびしょね。いやらしいわね…くすくすくす」
 千穂のスカートをめくり、ショーツを下ろす。溢れ出る愛液の臭いが漂ってくる。
「ひやぁ…そんなこと言わないでぇ…」
 千穂の言葉は完全に無視して、今度は陰核付近を丁寧に舐めまわす。じっくりと舌を這わせる程度では抑えきれない量の愛液が溢れ出る。
「どう?気持ちいい?教えなさい」
「そんなっ……いえな…ひゃふぅぅ」
 ふふっ、言わなくても判るわね。
「さあ、狂いなさい!ただの雌になってしまいなさい」
 私は、千穂のクリトリスを軽く齧った。
「ひぁはああああああああ~~っ!!」
 たったそれだけなのに、千穂はだらしなく声を上げながら大量の愛液を噴出させ絶頂した。
 その後しばらく硬直していた身体からふっと力が抜け、その場に倒れこんだ。
「ねえ?千穂…やってもらいたいことがあるんだけど…」
 絶頂の影響で未だ朦朧としている千穂へ私は囁いた…

 ―――――――――――――――。

「雫のやつ…また成長してたな。これなら『調停』を任せられる時も近いだろうな」
 そんな事を呟く人物は、ついさっき闇のゲートをくぐり、あたし達の前に現れた男の言葉だった。
 それは、あたし達の存在に気づきもせずに、パーティーホールの舞台に上がり、鼻歌交じりにノリノリでラジオ体操をしていた。
 それを見たものは、その異形さ(不可思議さ)故、呆然とするのは必至。そして、そうなっている哀れな訪問者が何の因果かあたし達だった。
「……………」
 その哀れな訪問者…つまりあたしの名前は『つぐみ・エルヴァンデル・フォーン』『シャッガイ』における『クリムゾン』の長、セントは、このあたしの義理の弟である。
 あたしはこの屋敷で黒将とアシタカの二人を監視するために、ここへ派遣されたのだけど、この屋敷に仕掛けられた摩訶不思議な仕掛けのおかげで、こんな場所へ飛ばされてしまったわけ。
 ここへ飛ばされたのは、あたしだけではなく、後ろに控えている二人の少女も同じ…この二人は、シャッガイの調教によって、従順に仕立て上げられた命令には絶対服従のお人形。歯車として生贄となる哀れな存在。
 そんな、二人の少女もあたしと同じく呆然と、舞台の上でノリノリでラジオ体操をする男を見ていた。
 正直な話をしよう。今、あたしは頭がおかしくなっているのではないかと思う。おかしい、絶対におかしい。ありえないんだけど…言葉にして言うなら、あたしの胸は、男性アイドルグループのライブに行った時のような異様な高鳴りを示していたから。
 そう、それがこの異様な空間をさらに異様なものとしている要因だった。目の前の男がやっている事は、普通に考えるに、熱い視線を集める事など不可能。けど、それが起こってしまうのがこの男の特徴であった。言うなればオーラ、他を魅了するオーラ力を出血大サービスで垂れ流しているような感じである。
 やがて、ラジオ体操が終わると、あたし達は目からうろこが落ちるように正気を取り戻すことになった。
「なんなのよ!あなたは!!」
 混乱する頭で、どうにかそれだけを口にできた。とっさに出した声はホール全体に響く大きなもので、確実に男の元へ届いた。
「はて?俺は何か癇に障るようなことをしたか?」
 といって男は心底わからないというように首をかしげるだけ……そう、かしげるだけ。そうねぇ、本人からすれば、ただ舞台の上でラジオ体操をしていただけだものねえ……。
「ああああ!!もう!!!そんなんで納得できるわけないでしょおおおおお!!!!!」
「うおっ!なんだ。びっくりした。」
 男はただあたしの声に驚いただけ、このあたしに詫びのひとつも入れないで、ただ驚いただけ…。
「ふっ、私もいろんな男を見てきたけど、あんたみたいな唐変木…初めてよ」
 だめだ、つぐみ。クールになれ、クールに…ミロクの報告にない人物がいる時点で、あたし達の計画を揺るがせる要因でしかないのだ。
「唐変木か…それはよく言われるな。あとは『おせっかい』だとか『お人よし』だとか…そうそう、『鈍い』が一番よく言われる」
 ピシリッ、とあたしの中の何かに亀裂が入った。
「いいかげ…」
「ん?」
 不意打ちだった。頭に血が上ろうとしていたはずなのに、話の合間に男から繰り出された笑顔は、あたしの心臓を鷲掴みした。表現なら一言でいい。それは『優しさ』がにじみ出るような笑顔だった。
「しかし、お前さん等。どうやら『シャッガイ』とかいうやつ等みたいだな、お前の後ろに居る二人は、もう取り込まれてるみたいだ。人の形は保ってるのが『エンジェルゲーム』との違いであるのだろう…」
 口調がガラリと変わった。
 そして、何かがお腹を貫通した。
 それは突き刺さったままぐらぐらと容赦なく左右に動く。
 ガクガクガクガクガクガクガクガクガクッ。
 千切れる、このままじゃお腹が千切れる、でも止まらない、突き刺さった何かは止まるどころか勢いをどんどん増していく。
 そして、あたしの体は真っ二つに切り裂かれた。

 ―――――――――――――――。

 え?今の…なに?
 大急ぎでお腹に手を当ててもなんともない。何も刺さってないし、胴も繋がってる。今のは殺気?殺気だけであんな……。
「悪いが、雫に手を出そうというのなら阻ませてもらう」
 あの数秒前の面影は跡形はどこにいったのか…目の前の男の殺気は尋常じゃない。
 思わず後ずさってしまった。自分達が出会ってしまったのはとんでもない化け物ではないのか?そんな考えばかりが頭をよぎる。
「じゃあ……少し戦っていこうか…」
 その場にしゃがみ込んだ青年は、舞台の床の一部を人差し指で押した。
 すると、あたし達がいるホールの床がどんどん消えていく。消えた後には、暗闇が広がる空間が…。
「って、え?ええええええっ!!?」
 慌てて、消える床から逃げようとしたけれど、外に出るはずの扉はいつの間にかなくなっていた。
「ひゃっ!」
 あたしについて来ていた一人である『ゼラニウム』が消える床から逃げ切れず、下に落ちた。
 すると、今度は天井から落下してきて「ぎゃっ!」というゼラニウム悲鳴がホールに小さく響いた。
 床には法則性があるようで、出たり消えたりを繰り返している。法則性があるといっても、この広いホールの中で早々見切れるものでもない。
「って、あれ?」
 気がついたときには浮遊感、そしてあたしは落ちていく。
「なんなのよこれぇぇぇぇ!!」
 穴から下に落ちて、天井へ。そこから落ちながら、あたしは不満を叫ぶことしかできなかった。
「アイテム2号があればな~ってか?」
 などと言って見せた。
 あ~なに?あたしキレてもいいわよね?
 これは使いたくなかったけど、あたしが魔術を行使するには、術法兵装に頼らなければいけない。
 手に持つのは、棒状の物体、それについているくぼみに、時計から取り外したメモリーを差し込んだ。
「ウィップクレオメ!セェェェェットアップ!」
 叫びと共に魔力の渦が身体を包む、渦がはじければ、すでに法衣と武装の装着は終わっている。
 変身した勢いを利用して、空を跳躍し、手にしたムチで男を狙う…しかし、
「残念♪」
 男は楽しそうにもう一言、それに伴って今度は無数の竜巻が発生して、あたしはそれに吹き飛ばされた。竜巻は暴風の塊、触れた瞬間にあたしの身体は、壁にたたきつけられていた。
 全身を打つ痛みに耐えながら、どうにか立ち上がる。
「発想はいい。経験も申し分ないようだ。問題は相手が悪かったことだな」
 男は、もう一度その場にしゃがみ込み舞台の床をいじった。どうやら仕掛けを解除したようで、消える床はその活動を停止した。
「悪いが、お前の連れには別のところに移動してもらった。あそこまで壊されていれば、俺でも治す事は出来ないんでね。俺を倒せれば、探しにいけばいい」
 周りを見渡すと、すでにホールにはあたしと目の前の男しかいない。敵の言葉を信じるという行為は、あまりしたくはないけど、今は考えない。
「さて、1ターンでくたばってくれるなよ…」
 刹那、男の姿が目の前から掻き消えた。そう思った矢先に腹部に何かを突き立てたような感触が…。
 男の拳が、見事に決まったいた。そんな風に思えるぐらい、男の動きは綺麗だった。
「………女性の腹部を狙うのはさすがにまずかったな、すまん」
 男は拳を下げ、一旦その場から飛び退いた。
「女の身体に気を使うぐらい余裕があるんだ…舐められたものね」
 あたしは素直に思ったことをその場でぶちまけた。あたしだってシャッガイの騎士だ。女だからという理由で手加減なんてされたくない。
「あたしは、騎士としてあんたに勝つ!」
「…騎士か……それは重ねて失礼をした。ならば、ここは正々堂々完全決着の勝負といこうか!!」
 男は天に向かって、指を鳴らす。パチンッ!と清々しいほどの音が響き渡る。そして、あたしと男を囲む、四方にルーンが刻まれた。
「告げる…我が真名において、彼の者と制約を結ぶ…この一戦において逃亡することは敗走を意味し、双方の内どちらかが敗北を認めるまで…その命燃え尽きるまで戦うことを課す…」
「何者よ…あんた…」
 思わずそう洩れてしまった。そして、すぐに後悔した。聞いてはいけないような気がした。目の前の相手の正体を知ってはいけない、そんな気がした。
「汝、その名と共に代価を払い制約を刻め、さすれば汝が求める決闘が出来上がる。それとも何か?せっかくの舞台を用意したというのに、もう退場する気か?女騎士?」
 挑発だっていうのはわかってる、わかってるけど、自分を制御できるかはまた別の話。
「つぐみ・エルヴァンデル・フォーンは誓う、敗者は勝者に絶対の服従を制約として刻む!!」
「我、『ジョーカー』は認める。今ここに制約は完了した」
 ジョーカーと目の前の人物は名乗った。あたしの記憶の中にある『ジョーカー』とは即ち『例外』だ。加えて、この制約式を組み立てられる人物をあたしは一人しか知らない。
「究極の闇…」
「それ以上は御法度だ。ジョーカーが呼びにくいなら、ジンだ。ジン・アルカード・アルビオーレ、俺が昔この世界で使っていた名だ」
 そう言って戦闘体勢をとるジンの手には二振りの剣、赤いスピアと青い片刃の剣が握られていた。
 あたしも、術法兵装であるムチをしっかりと握り締め、相手の出方を待つ。
 目の前の男は『究極の闇』この勝負に勝てたなら、あたしはその力を手に入れることになる。だから、負けられない。あたしたちの世界を救うためにも、シャッガイを元に戻すためにも、この男の力があれば、可能になるはずだから…。
「やはりいいな、戦うのなら、強い意志を持った者がいい。さっきまでいた人形を相手にしても興ざめするだけだからな」
「あんた…いったい何がしたいの?あたし達がどんな思いでここにいるのか、わかってやってるの?」
「わかってるさ…お前達は自分達の世界を救うために、できうる限りの事をやっている。けどな、他の世界を犠牲にするようなやり方は、さらに別の世界にまで影響を与える。俺はそんなことを認めるわけにはいかんのだよ」
 ジンは剣を前にランスを後ろに構た。来る、そう直感した。
「邪黒!」
 ランスによる突き、飛び退いて回避はできたけど、それでは終わらなかった。
「覇道!」
 突き出したランスが引かれると、あたしの身体は自分の意思とは関係なく引き寄せられる。
「爆滅破!!」
 剣が振り降ろされた。目の前の空間が音を立てて爆裂した。
「相手に術式を仕込み、己の前に呼び寄せ、剣において術を開封する。今のはそういう現象だ、魔術師なら短縮するべき行動をあえて組み込んでいる故に、初撃でかわすのは至難だぞ」
 クックッと、ジンは然も楽しそうに笑う。いや、完全に楽しんでいる。
「なぜ楽しいと思えるのか?か?そういう顔をしているな。お前なら知っていよう、『究極の闇』は戦神として伝わることが多いことを…つまりだ…」
 赤と青の剣がジンの手の中で踊る。あたしに見せ付けるように、踊り、操られる剣舞は、果たして命を奪うためのに振るわれるものなのだろうか?彼の姿は、あたしの知る限り『究極の闇』とは到底かけ離れて見えた。
「戦いの中でこそ、我が存在が最も輝くということだ!!」
 未だ理解はできない。それでも目の前の青年の姿を美しいと感じてしまった。
 次の瞬間、身体はもう動いていた。振るったムチは空中で無数に分かれ、一瞬でジンの四肢と二本の剣を拘束した。
 ムチには弱体化の術式が編みこまれていて、これで拘束されれば、抜け出すことなどできないはず。
「Check……EXCEED CHARGE!!」
 ジョーカーから、大量の魔力が放たれる。それだけでも驚くことだというのに、この魔力量はありえなさすぎる。推定できるだけでも、上級魔術師10人分…四肢をムチで拘束され、さらに弱体化の術を受けても尚、こんな魔力を行使できるなんて…。
「インディグネイション!!」
 放たれた魔力のすべてを使った雷撃が、ジンを中心に炸裂した。雷撃は拘束していたムチを引き裂いただけでは、止まらない。床を抉り、舞台を割り、治まった頃には周りの景色は一変していた。
 放電により焼け焦げた匂いがホールを満たす。中心にはやはりジョーカー…究極の闇が立っていた。
「これでわかったろ?我は、お前が手加減して勝てる相手ではない。己の愚鈍さに気がついたなら、本気を出せ」
 心臓が跳ね上がった。完全に見抜かれている。確かに謀りながら戦うには荷が重過ぎる相手だというのもわかっていた…。
「本当のムチ使いってのは、自分の手足以上にムチを扱えるものだ。魔術で補っていても、経験不足は見え隠れしてる…それに」
 ああ、この人にはわかるんだ…あたしの特性も…。
 深呼吸をして、心を落ち着かせる。改めてあたしの武器を手に取った。
「それが、お前の本当の得物か…どうする?今一度名乗ってみるか?」
「騎士は名乗るもの…あたしはそう教わってきた」
「そいつは上々、いい教えだな。ならば改めて名乗ろう、我が名はジン、ジン・アルカード・アルビオーレ!命の調停者…究極の闇をもたらす存在!」
 ジョーカーが、いや、ジンが二刀を構える。構えたままの体制で動きはピタリと止まった。それはこちらの返答を待つように、静かに一片の曇りもなく。
 思わず引き付けられてしまう、その姿に向け、あたしは手に持つ巨大なカマを構えた。
「我が名は、つぐみ・エルヴァンデル・フォーン!『サイズ・ジラソーレ』の名を冠する歯車…いざ、尋常に…」
「「勝負!!」」
 剣と刃、二つの金属が交差しあい火花を散らす。
 一合、二合、三合、重ねる内に、どんどん攻撃が重くなる。
「はあぁぁぁ!!」
 カマを振り上げる、狙うは首、渾身の力を込めた一閃は、矢のごとく射貫く。
 それを、ジンはいとも簡単に受け止めてしまった。
「まだぁぁ!!」
「っ!」
 受け止められた刃が伸び、ジンの首をかすめた。
 斬り裂いた箇所から血が宙を舞う。
「いいな…それでこそ、ルーン式まで組んだ甲斐があるというものだ」
 ジンは本当に嬉しそうにあたしを見ている。けれど、あたしの心情はそう楽しめたものではない。
 あたしは引けない…元よりこの戦いに自分の全てを賭けているのだ。目の前の相手を手に入れることができれば、シャッガイの作戦は飛躍的に進むだろう。目の前の相手の力さえあれば…。
「紅!その力を示せ!!…Check!
 紅と呼ばれた赤いスピアが展開する。組まれた魔方陣が輝きを放つ。
「EXCEED CHARGE!!」
 大量の魔力が、一本のスピアに集まり…そして…。
「うそ…そんなことまでできるの…」
 スピアにさっきまでの面影はない。その形状は報告書で何度も見た、あの少女の持っているはずの不気味な形をした杖。
「鋼の魂はここに…怒れ!熱き闘志よ!戦いの神の姿を活目せよ!!燃え上がれ!勇気と愛と!!鋼鉄の魂!!!」
 桜庭 雫の物と同様の杖を構え、ジョーカーは詠唱を開始した。
「ふんぐるい…むぐるうなふ…くとぅぐあ…ふぉまるはうと…んがあ・ぐあ…なふるたぐん」
 呪文の意味をすぐに理解できたのは幸運だったのかもしれない、防御より回避に全力を注ぐ。これは受け止められる限界を遥かに超えた攻撃だという事がわかりきっていた。
 あまりに強い魔力の蓄積で、ジンの持つ杖が軋み、悲鳴を上げる。それでも彼は魔力を注ぎ込んでいく。
「いあ!!くとぅぅぅぅぅぅぐぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 獣が咆哮を上げた。灼熱の炎の獣が、凄まじい勢いで向かってくる。
「跳躍!」
 すべての力を集中させて空を駆け、獣から離れた場所へすぐさま移動した。しかし、これで終わるはずがない。急いで体制を立て直して、首を刈に…。
「高きマナよ、灼熱は我が心にて、今再び咆哮を上げよ!!」
 馬鹿げてる詠唱が聞こえる。旧支配者『クトゥグア』を放った瞬間だというのに、直後に同じ魔術を行使するなんて…こんなむちゃくちゃなことがあっていいのだろうか?…それとも、あたしなんかが、この人に立ち向かうこと自体が間違っていたことで…。
「いあ!いあ!くとぅぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 間髪入れぬまま放たれる2匹目の灼熱の獣。
 ああ、だめだ。避けきれない…受け止めるなんてそもそも無理、勝敗は決まっていた。完全にあたしの敗北だ。ごめんね、セント…お姉ちゃんここで終わりみたい…。
 灼熱の獣は、すぐさまあたしを喰らい尽くそうとして…。
「負けを認めたのなら、口に出せ。でなければ、試合は終わらず、お前はそれこそ炭にもならずに消滅するぞ」
 召喚した本人に防がれていた。
「…………え?」
 この人は何をしているの?敵を…あたしを助けようとしてるの?
「自分で呼び出しておいてなんだが、『クトゥグア』を使えば勝敗どころでは無くなるのを失念していた」
 会話の間も、受け止めている当の本人は燃え盛る獣によって傷を負っていく…、何のためにこんなことをするのか…わからない。
「こりゃ、一旦取り消しだな…紅!真名開放!神の盾となれ!!……アイギス!!」
 獣を押さえつけていた、赤いスピアが展開して、その真名が発動した。神話において登場する盾となった紅は、瞬く間にクトゥグアを押さえ、消滅させた。
「ふう、沈静化したな。では、仕切りなおすか」
 深い火傷を負っているであろう、右手をだらりと垂らし左手に持った青き片刃の剣をジンは構えるのであった。
 それも、心底楽しそうに……まだ、あたしに戦意が残っていると、疑ってもいない。
 これに答えずして、騎士を名乗る資格なんて無い。
 ギラリと光るカマの切っ先を、ジンへと向けて、駆け出した。もう勝敗なんて関係ない、ただこの人に答えたい。その一心でカマを振るった。
 ギンッ!と金属が弾かれる音を合図に、手にしたカマが宙を舞った。
「あたしの負けです」
 不思議なほど清々しくその一言が言えた。
「あれ~?負けちゃたんだ、クスクス。つぐみちゃんも大した事無かったのかな?」
 響き渡る、幼さの混じった声。間違いない…。
「ミロク…」
「ぴんぽ~ん!当り。目的を達成して来てみれば、逸れた歯車が置いてきぼりになってるんだもん。心配してきてあげたんダ・ヨ~ン」
 終わった…この状況でミロクに見つかってしまった以上、あたしも歯車として取り込まれてしまうんだろう。でも、それでいいのかもしれない。
「……真白が落ちたか…なるほど、貴様の計画は順調に進んでしまっているようだな」
「そうだよ。ジョーカー、君の相方は僕らが貰い受けた。シャッガイの作戦はもうすぐ成就する」
「そして、皇帝であるお前が、『アレ』と一緒に世界を手にすることができる…ということか」
 今、なんて言った?
「あれ~?もうバレちゃってるんだ。すごいすごい、どうしてわかったの?」
「単純な言葉遊びだろ?ミロク…本来は『弥勒』とするが、当て字すると『三六』になる。『三六』、三つの六…666=皇帝ネロ、つまらん言葉遊びだな」
 ……皇帝ネロがミロク…じゃあ、あたしたちのやってきたことって…。
「すべて仕組んだのはお前ともう一人、シャッガイの世界にクトゥルーを出現させ、この世界へ混沌を持ち出す。歯車を使って、クトゥルーを召還することでお前たちの目的は完了する…」
 じゃあ、全部…あたしたちの世界が滅びかけているのも…シャッガイが変わってしまったのも…全部…。
「そのとおり、いや~すごいよね。さっすが、『白の例外』…情報の少ない中でよくそこまで調べ上げたもんだ」
「ミロク!!」
 限界だ、もう限界だ。飛び上がるように地面を蹴り、ミロクへ向かってカマを一閃させる。
「…残念。君程度じゃ、僕に届かないよ~ん」
 カマはミロクまで届いていなかった、光るバリアの様なものがミロクを覆っているせいで届かなかった。
「じゃあ、君の精神には死んでもらおうか…」
 ミロクの腕に魔力が集まって、あたしの頭まで伸びる。抵抗一つできないあたしを…。
「そいつは勘弁してもらうぞ、目の前で殺されそうな人間を見捨てるほど、俺は人間を辞めたつもりは無い」
 再び、ジンは救ってくれた。
 使える左手だけで器用に支え、後ろへ飛びのいてミロクとの距離をとった。
「ねえ?さっきまで殺し合いしてたのに、なんで助けるの?敵でしょ?」
「は?お前はバカだな、一度死闘を繰り広げ、気の合う奴だと分かれば膝交えて語り合うのが人情だろう?助けない道理がどこにある?それにな、契約式の絶対服従権でこいつにやってもらわなきゃいけないことが27個ほどあるんだよ」
「へ~?つぐみちゃんを雌奴隷にでもしようっていうの?」
「品が無いな、そんなことをして楽しいか?本人が望むならいざ知らず、俺はそんなこと命令する気なんてさらさらないさ」
「じゃあ、どんなことをさせるつもり?」
 ミロクの質問にジンは即答した。その内容を誰が予測できただろうか…。
「まずは、料理だな、出来るのであればその技術を披露してもらうし、作れないならみっちり教え込む」
 大真面目だ、この人は大真面目でこんなことを言っている。一度手合わせをした私にはそれが分かる。
「……変わらないね。どの次元から来てもやっぱり君は君だ」
「お前がそういうなら、そうなんだろうな。と言っても、俺はお前の知っている俺とは別物だ」
 ジンが青い剣をミロクに向けて構えた。
「ここで、究極の闇である君と殺り合うつもりはないよ。ただ一つ教えてあげようと思ってね」
「…何だ?いい話ではなさそうだが」
「つぐみちゃん。そのままじゃ死んじゃうよ」
 そこで、あたしはハッとした。そうだ、皇帝に背いた以上これはシャッガイにとっての反逆。そしたらあたしは…。
「反逆者には、ある術式が発動するようになっている。つぐみちゃんの身体に取り付いている寄生虫が、彼女の腹を食い破るよ」
「えげつないな…そこまで堕ちたか、まったく嫌な時代になったもんだ」
 うんざりした様にジンが言う。そして、あたしを安心させるように…。
「悪いが寄生虫なんぞに殺させんよ、それも絶対服従権を行使する予定の27個の内の一つ。生きろ…ってな」
 挑発的な笑みを浮かべて言い放った。
「へえ、いったいどうやって救うつもりなのかな?」
「知ってるだろ?俺の特性は『破壊』と『改変』…その程度の仕掛けが解除できないとでも?」
 それを聞いたミロクは、諦めたようにため息を一つ。
「精々足掻いてよ。止められるなんて思ってないから」
 ミロクの姿が消える。どうやら、即処分されることは免れたようだ。

 ………………………………………。

「さて、まずは寄生虫とやらを除去しなきゃな」
 ミロクが去り、落ち着きを取り戻したホールで、ジンは自分の指を切って、あたしに向けてきた。
「舐めろ、それで駆除できる」
 ……え~と、なんつった?この人…。
「『まだ』人間の状態だからな、直接血を通さないと魔力が送れないんだ」
 いまいち理解できないんだけど…どういうこと??
「とにかく、舐めろ。自分の命がかかってるんだぞ?それともアレか?俺に命令させるきか?」
 うっ…そんなこと言われても、いきなり舐めろなんて…。
「命令だ、俺の血を舐めろ」
 彼の言葉を聞いた瞬間、身体がひとりでに動き出した。
「そうだ。下を這わせ、滴る血をゆっくりと…口の中で転がして、十分に堪能したら飲み込め」
 あたしは、言われるままに彼から舐め取った血液を飲み込んだ。
 ……熱い…。飲み込んだ血が身体に浸透するのが実感できる。そして奥底で成長し、いずれはあたしを食い殺すはずの蟲がのた打ち回る感じがする。
「今、蟲に対して血を媒体に魔力を打ち込んでいる。この程度の蟲ならもう消滅するだろう…ん?どうした?」
 頭がぼうっとする。熱くなった身体が後押しして、情欲が抑えきれないなっていた。
「……してください。」
「まて、台詞がおかしい。というか何だ?何故そんな流れになる?」
 え?だってそんなの…
「あなたに惚れちゃったから」
「おかしい!おかしい!その流れはおかしい!!」
「おかしくないの!おかしいのはこんな美少女が迫ってるのに手を出そうとしないあなた!!」
「あああ~何か凄まじく厄介な事になった気がしたぞ…くそ、さっきの『ナイアルラトホテップ』といい、なんでこんなに厄介ごとがテンコ盛りなんだ!!」
 何を言っているかいまいち理解できないけど、この機会を逃してなるものか!!
「って!いいかげんにしろーー!!!」

 ―――――――――――――――。

 ギインッ!と刃と刃がぶつかり合う。剣と槍は何度も何度もぶつかり、火花を散らしては、また離れる。
 何度そうやって攻防を繰り返しただろう…繰り出される槍からは、殺意以外の何も感じることは出来ない。
「覚えてる?私が裏切って、千莉に襲い掛かったときのこと」
「もちろん覚えれる…あの時ナイアルさんとアルさんが助けてくれなかったら、私はここにいなかった」
 魔導書を取り込んだ剣を低く構えて、美玖を見据えた。
「でもそのおかげで、私たちの計画は失敗した…そして、アシタカはこの様よ」
 美玖の指差す方向には、座り込んだままの姿勢でピクリとも動かないアシタカの姿があった。
 アシタカに何があったかわからないけど、確かに始めて会ったときと比べて様子がおかしくなっていたのは気がついていた。
「アシタカは、私たち『エレメンタルギア』に敗れ続けた所為で、罰を受けた…今のアシタカには『エレメンタルギア』に対する執念と、命令されたこと以外実行できない。意識だって全部書き換えられて、自分では気がつかないように操られてる…」
 構えた槍をくるりと廻した美玖は、切っ先を標的である私に向ける。
「その計画を崩したのは、私たちか…それとも別な何かか…」
 聞こえてくる別な声…それは間違いなく。
「天が呼ぶ知が呼ぶ人が呼ぶ…世界を救えと私を呼ぶ」
 スタっと、地面に降り立ったのはアルビオーレ本人だった。
「これで、あの日のメンバーが四人そろったね。どう?いい機会だから、お互いに暴露話なんて?」
 アルさんが、現れて早々に言った。いつものように装っているけど、私には何か焦っているような印象を受けた。
「暴露?何を暴露するって言うの?」
 美玖が、アルさんをにらみつける。美玖も美玖で、何かを恐れている…そんな気がした。
「アシタカだったかしら?今、それが持ってる魔導書…たしかに『エイボンの書』のようだけど、始めてみた時と物が違うわよね?」
 その言葉を聞いた美玖は、諦めがついたと言う様にため息を一つ吐いた。
「全部知ってて、そんなこと言うんだ…降参よ。でも、アシタカの命は約束して…そうしたら、私は協力してもいい」
 意外にもあっさりと、美玖は手にした槍を下げた。でも不思議だ、なぜか私はそうなるような気がしていた。
「それで、なんであなたは、シャッガイに寝返ったの?」
 まったくの遠慮ないアルさんは、美玖の後ろに回りこみ、そのまま抱きついた。
「ちょっと!何するの!?」
「いーじゃなーい!昨日の敵は今日の友、協力するならこのぐらいのスキンシップはありでしょ?」
「いや、そうだけど…一度裏切られた側の千莉から見たら、いきなりそれはないんじゃないかなって、思っちゃうのよ」
 そんなことを言いながら、美玖がこちらに視線を向けてくる…主に助けを求めてるようだ。
 私としても、美玖が戻って来てくれるのは心強い。けれど私は、それとは別のところで不安を感じていた。

 ―――――――――――――――。

 どこだ……どこにいる?
 俺の記憶を封印して、ナイアルラトホテップとして、扱って…主人に見せかけた奴隷として、扱っていた人物…アルビオーレ。
(汝に新たな名を与える…汝の新たな名はナイアル、我を奴隷として扱い偽りの主人を演じよ)
 そう命令された。俺は操られて、演じさせられ、利用されていた。
 俺のしたかったこと…俺のしたかったことはなんだ?なんだった? 
 女を犯す?違う…たしかにそう思ったときもあった。現に俺はそれをやって、アルビオーレに止められた。そして、魔導書を媒体に記憶を封じられ、コマとして扱われていたんだ。
(滑稽だな、偽りのナイアルラトホテップには、お似合いだが…) 
 さっきのあの男もそんなことを言っていた。
(何もない虚空の存在…それ=虚無と結びつけたのは朔夜の早とちりだとしても、偽りのナイアルラトホテップを押さえ込んだのは偶然とはいえ良くやったと言える…お前にとっては災難だったろうがな)
 確かに、押さえ込まれていたおかげで、始めの頃の浮ついた気持ちや、暴走思考はなくなっている。
 しかし、それとこれとは話は別だ。そのせいで千穂を…千穂を………。
 屋敷の中を駆け回っていたはずが、いつの間にだろうか。中庭に出ていた。
 空は曇り、雨が降っていた。雨粒が体を濡らすが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
「ねえ、なっちゃん…覚えてる?昔、私の家で……みんなが死んだ時のこと」
 俺にとっては、思い出したくないことを千穂はさらりと言ってのけた。
 あの時だ…俺がナイアルラトホテップの力を与えられたのは…。
「覚えてる…覚えているさ……あの時から俺は…」
「じゃあ…なっちゃん……」
 雨粒に塗れた、千穂の手がこちらへ伸びてくる。
「アルビオーレ様のために私に食べられて」
 背筋が凍った。動揺する前に、体が動いていた。
 横へ回り込んだのが幸運だった。真正面から放たれた魔弾丸は、地面を抉って爆散した。
「千穂!?なぜ…なぜなんだ!」
「アルビオーレ様の命令だから…記憶を取り戻したなっちゃんは、危険な存在になりえる……世界のために、アルビオーレ様のために……そして私のために……死んで」
 それが、千穂の頼みなら…聞いてやれたかもしれない。だが、今の千穂の願いを聞いてやるわけにはいかない。
 千穂は、間違いなくアルビオーレの傀儡に成り下がっている。そんな状態の千穂の願いを聞けるはずがない。
「『ソロモンの鍵』よ!今、記憶の縛りを解き放ち、真の力を呼び起こせ!!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!!」
 詠唱しているだけで、頭の回路が焼ききれるような感覚が襲ってくる。暗闇が体を侵食して、自分が自分でなくなるような感覚。そうだ、俺は以前この感覚に負けたんだ…。
 闇が舞う、一度だけでいい…千穂を救う力を俺に…。
「俺に寄こせ!力を寄こせ!!ナイアルラトホテップ!!」
 次の瞬間、ブチンと何かが爆ぜる音がして、左腕が死んだ。
「え?」
 千穂が、呆然と俺の光景を見ていたんだろう。俺にとっては好都合だ、この程度で相手の隙が作れるなら――。
「Undermine!」
 まずは、魔弾の装填された銃を封じるために、銃本体に俺の魔力を流し込んで魔力の充填を妨げる。
「っ!」
 迎撃の態勢を取ろうとする千穂よりも、さらに速く次の詠唱が完了する。
「Mana Short!!」
 魔力消失の術法…これで千穂自身の魔力を封じられた。
「『屍食教典儀』…力を取り込みなさい」
 そうだ、千穂は『ガン・タイタンアルム』にならなければ、この状況を打破できない。そして、その時こそ…。
「タイタンアルゥゥゥゥムッ!!」
 術式に介入できるチャンスでもある。
「千穂!あの時約束…あの時出来なかったこと……お前を止める、お前に償う…お前を……救う!!」

 朝倉の家には一つの呪いが受け継がれている。それは直系の者が背負う宿命であり、超えるべき業でもある。
 屍食鬼―オーガ…他者を食し、その力を取り込む…それが朝倉家の魔術師としての力であり、同時に忌むべき行いであった。
 俺ことナイアル…神代 夏樹が、その事を知った日…千穂は家の人間すべてを食べつくした。
 残ったのは、俺と千穂の二人だけ。
 俺は恍惚と、仲の良かった友人を食す千穂の姿に恐怖し、その場から逃げた。
 千穂を救うという選択肢を見ようともしなかった。……だから罰が当ったんだ。
 背中に鈍い衝撃があって、突き刺さった千穂の腕が引き抜かれた。俺は自分の血だまりの中に倒れて、それを千穂は信じられないような表情で見ていた。
 駆け寄ってきた千穂は、涙で顔を濡らし聞いてきた。

「ねえ?なんで誰もいないの?」

「ねえ?なんでこんなに血の匂いがするの?」

「ねえ?なんでなっちゃんが、血まみれなの?」

「ねえ?なんでわたしのては血でぬれているの?」

 見ていられなかった。千穂は自分のしたことに気がついていた。肉親を…友人を喰らって、俺まで殺そうとしたことをわかっていた。
 罪の意識で潰れてしまいそうだったんだ……だからこう答えてあげないといけなかったんだ。
「俺は大丈夫だ。千穂のせいじゃない…って」
 それなのにその時の俺は、声も出せなかった。言いたいことがあったのに言葉に出来なかった。
 千穂が走り去ってしまう。引き止めなければ……でも、何も出来なかった。
 闇に沈んでいく意識の中…その声が聞こえた。
(俺の力を分け与えてやろう)
 無機質な、何の感情も含まれていない声が聞こえた。
(俺を受け入れろ、そうすればお前はまだ生きれる)
 そんなことを言われた。
(力を使えば、お前は何だって出来る…英雄にすらなれるかもしれない)
 えいゆう……そんなものになれるのか?
(英雄になればあの女だって救えるかも知れない)
 その言葉に、闇に沈みかけていた意識が這い上がる。
(受け入れろ…俺を……ナイアルラトホテップを…)
 千穂を救えるならなんだっていい…力を寄こせ!
(いいだろう…もっともお前が耐えられればな!!)
 そうして俺は、力に負けて暴走し、アルビオーレに記憶を封じ込められた。

 滑稽な話だ。アルビオーレが操作した記憶は、彼女を抱くことで開放される。それを深層意識に刻まれていたにもかかわらず、彼女を抱くことがなかったのは、俺が無意識に記憶を取り戻すことに恐怖していたからだ。
 彼女が俺に誘いをかけて来ていたのは、俺が記憶を取り戻す意思があるのかを確認するため…もっとも俺が応じても、アルビオーレは記憶の開放で蘇るナイアルラトホテップを危険視して意思ごと俺を消すつもりだったのかもしれないが。
 でも、そんなことはどうでもいい。今は目の前の千穂を止めるのが先だ。
「許しは請わない……俺は…俺にはこんな方法でしか救えない」
 変身が完了する千穂に向けて、術式を介入させる。
「Memory Lapse」
 記憶操作の術式を叩き込んだと同時に、右手に砕けるような感覚が襲い掛かる。両脚からは力が抜けその場に倒れこんだ。
 身体に力が入らない…うまくいったのか?千穂はどうなった?
「なっちゃん…」
 優しい声が聞こえた。身体を起こすことはできないから姿を見ることはできないが、紛れもない、昔の千穂の声だ。
「ありがとう…」
 そう言われてしまっては、なんとも返しにくい言葉だった。
「……ねえ?何も言わないの?」
「千穂に素直に感謝されたことなんて数えるぐらいしか、それぐらいしかなかったからな…返す言葉に困ってた」
「……もう、これだからなっちゃんは…私のためにこんなになって…」
 千穂に体を起こされた。見上げた千穂は笑顔で…だけど雨とは別の水で濡れていた。
 それが、どうしようもなく愛おしかった。
 俺の術式で行ったのは、記憶の忘却。
 アルビオーレに刻まれた偽りの記憶と、朝倉家が持つ屍食鬼としての記憶…その二つを封印することで、千穂の意思が本来のものに戻るように誘導したのだ。
「ずるいよね。この際全部忘れさせてくれればよかったのに……全部忘れて、なっちゃんだけを見れるようにしてくれればよかったのに…」
 それは、俺も思った。でもそれをやってしまえば、千穂はいつまでも逃げ続けることになってしまう。真実に向き合わず、ただ魂が腐敗していくだけの人生を歩むことになる。
「俺は、逃げ続けるような千穂にはなってほしくなかった。だから良いことも悪いことも、二人で背負っていこう、背負っていきたいんだ」
「それって告白?」
「………そうだ」
「ありがと…」
 やわらかい千穂の唇が触れる。それを見越したように、厚い雲の隙間から、太陽の光が刺し込んだ。嗚呼、雨が止んだのか。
「ねえ?少し眠ってもいい?」
「二人とも雨でびしょ濡れで、俺は動けない。こんなとこで寝たら絶対に、絶対風邪をひくぞ」
「その時は、なっちゃんが暖めてね」
 そんなこと言われたら、断れないじゃないか。と、言うが早いが千穂はすでに寝息を立てていた。
「最後の一時は、楽しめたかな?変わり身のナイアルラトホテップくん♪」
 ふわりと、俺の前に舞い降りたのは、少年の外見をした刺客だった。
「君のゲームはここで終わり。本当のナイアルラトホテップが、お待ちかねダ・ヨ~ン」
 そうして、現れたもう一人の顔は、実に見覚えのある顔だった。
「お前は……お前が…本当のナイアルラトホテップ……?」
 そうか、だから俺は………俺は最初から最後まで、操り人形だったわけか…。
「お笑いだな、だな……こんなの…」
「可哀想な、ナイアルくん。でも大丈夫、千穂ちゃんは僕等がきちんと利用してあげるから♪」
 真のナイアルラトホテップが、闇の口を大きく開けた。
 ………なぁ、千穂。
 俺、この後計画してたんだ。……アルビオーレと話し合って、千莉との契約を破棄して、他のみんなと協力して…。
 いつか夢見た……英雄になろうって…。
 ナイアルラトホテップの闇が迫る。
 動けないこの体では何も出来ない。
「ごめんな………千穂…」

 そうして、ナイアルラトホテップに踊らされた人形…神代 夏樹は最後を迎えた。

 ―――――――――――――――。

「っ!」
 消えた…ナイアルが……消えた。対象が死んだときのみ反応するルーンが光を放ち消滅した。
「何があった?」
 雫が、覗き込んでくる。どうやら顔に出てしまったらしい。すぐに気づかれてしまった。
「少なくとも、いいことがあったって顔じゃないのよ。さっきの威勢は何処にいったの?」
「私を置いて行った罰でも当ったのね」
 続けざまに、美玖、蘭が続く。
 それぞれが目的に一区切りついた後、雫から召集があり私たちは、蘭を取り残した客間に集まっていた。
 ちなみに、私に置いていかれた蘭は、その場でずっと自慰行為に耽っていたらしく、先に到着した雫に看病されていた。今は、大量のオロナ○ンCを飲んで体力を回復させている。
 美玖は自分で言ったとおり、私に協力してくれる様だ。道中の行動からしても、それはわかる…。彼女の条件であるアシタカの安全、それが脅かされない限り再び対立することはないだろう。
 雫も、始めは美玖の存在に驚きはしたが、事の系列を話すとしぶしぶながら納得してくれた。
 というよりむしろ驚いたのは、私たちのほうだ。何せ、ちょっと見ない間に狐の尻尾と耳が生えているんだ…思いっきりもふもふしたい――もとい、呆然と立っていることしか出来ない私たちに、雫は簡潔に『半妖』であることを語ったのだった。
 ついでに、この屋敷が雫の実家で、ほとんどの仕掛けをしたのも彼女であることも分かった。…どうりで私に術式が効いたわけだ。人間や妖怪の術が効かなくても、中間の位置の半妖の組んだ特殊な術式は適用するようだ。自分としてもこれには驚いた。
「ナイアルが死んだ…」
 それだけを言葉にした。私とナイアルの関係も粗方説明してある。その場にいた全員、その意味を理解できたようだった。
「千莉の行方知れず、偽りのナイアルラトホテップが消滅か…シャッガイとも、その後ろにいる者とも、決着をつけねばな…」
 そう、千莉の姿はここにはない。この客間に移動する際、一緒にワープしたにもかかわらず、その姿は忽然と消えてしまったのだ。雫もそのことにすぐに気がついて詮索したが、屋敷の中にはすでにいないことが分かるだけだった。
「私は、アシタカさえ無事ならそれでいい…けど、決着はつけるわ。ここまで私を弄んでくれたんだもの、仕返しの一つでもしないとね」
 美玖も雫も目的は一緒…でも、私の目的は極闇を見つけ出し復讐すること……私と蘭からジンを奪った極闇は絶対に許さない。
「朔夜…」
 私の気持ちを察したのか、蘭が肩に手を乗せてきた。蘭も私と気持ちは一緒だった。私は、極闇を…究極の闇をもたらす存在を倒す……。

 ―――――――――――――――。

 ぐちゃぐちゃと不気味な音が満ちている。その中で私は、触手に絡まれた状態で吊るされていた。
「ご機嫌いかが?千穂ちゃん♪」
「こんな気持ちの悪い空間で良いわけないじゃない…」
 毒づく私を気にも留めないミロク。その仕草がとことん気に食わない。
「紹介しておくよ…彼がいや、彼女がシャッガイの世界にクトゥルーを呼び、この世界に混沌を齎した者…本当のナイアルラトホテップ」
 本物の…ナイアルラトホテップ?じゃあ、なっちゃんは……。
「ナイアルと名乗っていたのは、悪役として配置された偽者のナイアルラトホテップ…アルビオーレが、邪魔をしなければわざわざシャッガイを利用しなくても済んだのにさ」
 そうか…そうだったんだ。だからアルビオーレは、なっちゃんの記憶を……。
「おかげで、悪役を狩る立場だった本体を、目覚めさせなければならなくなった。しかもご丁寧に目覚めさせようとした時にさえ邪魔しにくるんだもん。その内きっちりお仕置きしないとね」
 ミロクがクスクスと笑う。そして、ミロクの言う本当のナイアルラトホテップが姿を現した。
 …………え?どいういこと?何で…あなたがここに……?
「信じられないって顔してるね?そうだよね。私も知ったときは驚いたよ。でも、これが事実、私が…いや俺がナイアルラトホテップなの」
 雫が懸念してたのはこの事だったんだ…なっちゃんが引き寄せられたのも……全部…全部目の前にいるナイアルラトホテップの所為…。
「なっちゃんも利用したってことね…自分を呼び戻すために……全部お芝居だったっていうの?私たちと一緒に戦ったことも…あんなに一生懸命だったのも…全部」
「少なくとも、みんなと一緒に過ごしたときは本物よ。でも駄目、俺は本当の目的に気づいてしまった…俺はナイアルラトホテップという名の『英雄』になる」
 そうか…それが……
「それがお前の答えか……千莉」
 目の前のナイアルラトホテップ…千莉がいつもと同じくにこりと笑った。
「本当なら、彼女をアシタカ君が狙ったあの日に覚醒してもらう予定だったんだけどね~アルビオーレが余計な事してくれたから遅れちゃたんだ」
 千莉の隣でミロクが楽しそうに言う。
「なっちゃんと契約したのも本来の自分を取り戻すため?」
「そうよ。あっちは何の疑問もなかったでしょうけど…ああ、そのおかげでナイアルさんは本来の夏樹としての記憶を取り戻したのよ…少しは感謝してほしいかも」
 せめて…この事実を誰かに伝えなきゃ…身体に刻まれたパスを使えばアルビオーレに伝えられるかもしれない。
「だ~め、そうはいかないんだよ千穂ちゃん♪」
 読んでいたのだろう。ミロクが何かに命令して放たれた刺が胸を突き刺した。
「大丈夫…殺さないから、殺しちゃったら歯車として使えないからね」
 ミロクの背後から何かが這い出てくる。それは、使役することなんて不可能な存在のはず…
「旧支配者…グラーキ。殺さずに確保するには良い手だと思わない?グラーキの従者になれば、アンデッド状態だけど歯車として機能できる」
 刺から分泌される毒液が、身体中に広がっていく…擦れて消え行く意識は自分が何者であるかさえ忘れさせる……。
「じゃあね、さようなら千穂…」
 誰だっただろう……名前も思い出せない人の声が最後に聞こえた。

 ―――――――――――――――。

 斯くして、運命の歯車を廻り始めた…この物語の終焉はここにはない。別の物語で語られることになる…。
 そのかけらをいくつかここに落としていこう。

「極闇!!…ようやく会えた。ようやく見つけた!!ジンの仇…今ここで!」
「ふむ……極闇ねえ、そんな風に呼ばれたのは初めてだぞ」
 極闇は、仮面で隠した顔で実に楽しそうに笑った。その姿がジンに酷似していることが、さらに私の怒りを沸騰させる。

「私は…千莉を救いたかった。私をあの世界から出してくれた千莉を救いたかった…だが、お前はナイアルラトホテップとして、世界を混沌へ導くなら…私は戦う」
「うん。雫ならそういってくれると思ってたよ。殺し合おう…世界を賭けて、それが私たちに残された唯一の友情だから…」
 私は一度目をつぶり、鋭さを増した視線で千莉を…かつての親友を見据えた。

「アシタカ…覚えてる?私と交わした約束…星空の見える丘で、一緒に寝転がってしたあの約束…」
 答えるはずもない言葉を私は口ずさんでいた…本当に私はバカだな…。

「エンジェルゲームは、私と雫が体験した魔術の実験…一人に一体ずつ与えられる天使を使って殺しあう、異世界での実験…私達が、ジョーカー…あなたの言うジンに会ったのもその時…」
 涼華は、話しながらだというのにまったく集中力を切らせていない。私の位置も把握しながら、的に狙いを定めた。
「蘭…ジョーカーと共に行くのなら、私はあなたを認める。今の私にとってあの人が全てだから…」
 放たれた矢が的の中心に命中する。この集中力は私も見習う必要がありそうだ…天上華の名を継ぐ魔術師として、そしてジンと一緒にいるためにも…。

 相手も気がついたようだ…此処に広がるのは、瓦礫と化したビル、燃え盛る森、崩れ落ちた教会…世界の終わりといえる全てが此処にある。
「ごらんのとおりだ。ここには何もかもあった世界…そして何もかもが終わった世界…世界の破滅を恐れぬのなら……かかってくるがいい!!この究極の闇である我にな!!」

< Gear of Destiny ~廻りだす運命の歯車~  完 >

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