第1話
「ふぅ……」
ある学校の放課後、図書室でポンッと本を閉じ一人の少女が息をつく。
小柄でメガネにおさげ髪、制服はブレザーでいかにも図書委員といった見た目の彼女が読み終えた本を元の場所に返そうとした時、一人の男の姿が目に映った。
(あれ?あの人ってたしか……村井君?)
村井と呼ばれた男の見た目ははっきりいって良い印象は全く無かった、その上世間の噂でも良い話は無く、彼女も同じクラスではあるもののあまり近づきたくない存在だった。
村井はこちらに気付いているのかいないのか、ある本を熱心に読み耽っている。
彼女はなぜそんな存在にわざわざ目を留めたのか、理由の一つは村井の姿ではなく最初に村井が読んでいる本が気になったのだ。
(あんな本、うちの図書室にあったかしら……?)
いくら彼女が図書委員といっても流石に図書室全ての本を把握できるわけないが、おそらく図書室を適当に一周しただけの人でも同じ感想をもつであろうというくらい村井の読んでる本からは異質の雰囲気を漂わせていた。
この学校の図書室は元々貸し出しはしておらず、その上一時期私物を装った盗難がありそれ故に外部からの持込は入室時に委員に申告する必要があった。
今日の当番だった彼女は村井にはさっき気付いたばかりなので当然受付をしてないことになる。
関わりたくないのは山々だがそんな理由で委員の仕事を放棄するわけにも行かず、仕方なく村井に声を掛ける。
「えっと、村井君、その本ってどこにあったの?」
声を掛けられ彼女の存在に気付いていなかったのか村井は驚いたように少しビクッと反応し取り乱しながら答えた
「え?あ、ああ高崎さんか……なんか、そこに落ちてたというか置いてあったというか……と、とにかく私物じゃないから大丈夫だよ」
はっきりしない返事だったが私物じゃないと認めた以上持ち出しはしないだろう、そう思い彼女、高崎奈緒はそれについての追及はしなかった。
しかし、奈緒も流石に本の存在が気になるため少し聞いて見ることにした。
「それって何の本?なんか普通の本には見えないんだけど・・・」
奈緒からは内容は見えないが、表紙にはタイトルらしきものはなく、禍々しい模様があるだけなので奈緒の言うとおり明らかに普通ではなかった。
「ぼ、僕もさっき拾ったばかりだからよくわからないや、不思議な感じがしたんで読んでみたんだけど変な文字があったり白紙だったりで……」
「ふーん、そう。まあいいわ」
奈緒は正直まだ本に興味があったが、それ以上にこの男とはあまり関わりたくなかったのでそこで会話を止めて委員の席に戻った。
(この本……一体なんなんだ?何かの記録みたいだけど……)
奈緒との会話を終えた男、村井翔は再び本を調べ始めていた、というよりただなんとなくページをめくっていた。
しばらくそうしていると翔はあることに気付く。
(さっきまでは文字かどうかも怪しいものばかりだったけど……急に色んな言語に変わってるような……って、これは英語? これなら翻訳すれば内容がわかるかもしれない、いやむしろこの調子なら多分……)
そして翔の予想は的中した。多数の言語の中には日本語も混じっていたのだ。
やっと自分でもわかるページに遭遇し、期待を膨らませながら題名のような部分に目を移す。
(えーっと、まず今までタイトルみたいだった所は……『神田由美』……? 名前……だよな当然。書いた人の名前か?)
名前の下に間隔があり、箇条書きと思われる文があるところに目を移す。翔が記録みたいだと思ったのは今までのページも題名のようなものがありその下に箇条書きのような文法で文字がつづられていたからだ。
そして翔の見ているページには箇条書きで3行でこうかかれていた。
・夜寝る前に必ずオナニーをする
・妊娠しなくなる
・神田祐樹の言う事は全て当たり前
翔はまず一番上の行を見た瞬間本をバタンと閉じ慌てて周りを警戒した、傍からみたらどうみても不審者だ。
幸いそろそろ下校時間が近かったため、図書室には余り人はいない。奈緒も翔の行動には気付かなかった。
そして翔はおそるおそるさっきのページを開き続きを確認していく。
(なんだよこれ……エロ本だったのか? しかもオナニーの次は妊娠かよ! ……ん?『神田祐樹』って、たしか……)
最後の行にあった名前に翔は覚えがあった。翔でなくともこの学校の人なら名前ぐらい知っているであろう。
(『神田祐樹』ってつい最近この学校で自殺した奴の名前じゃないか! 一体なんでこんな奴の名前が……というか見る限りこいつ自身が書いたかのような文だよな……)
神田祐樹、一週間前にこの学校の屋上から飛び降り自殺をしたといわれている人物。警察も状況からみて自殺とほぼ断定しているが肝心の遺書がまだ見つかってないらしい、テレビのニュースで翔はそんな風に聞いている。
そして翔は少し気になって再びタイトルらしき部分に目を戻す。
(そういえばさっきの神田由美って神田祐樹と苗字が一緒だな、家族か?)
翔は神田祐樹とは何の接点も無かったため、家庭の事情はおろか顔すら知らない、故に一人で考えても答えは出なかった。
とりあえずそのページについては諦め次のページへとめくると再び驚く事になる。
(さて、今度は・・・タイトルは『神田祐樹』……? またこいつかよ)
今度はタイトルと箇条書き以外に余白に文章が書いてあったがまず箇条書きから見ていく事にした。
箇条書きは一行だけだった。
・恐怖も痛みも感じない
翔には最初いまいち意味が分からなかった、だが翔も馬鹿ではないのでさっきのページの事を考えれば信じることは出来ないが薄々勘付いてはいた。
そして恐怖と期待の入り混じった感覚のまま余白にある文章に目を移した。
(嘘・・・だろ・・・)
文章を一通り読み終わった翔はまずそう考えた。文章の内容は一言で言えば「神田祐樹の遺書」であった。
本当に本人が書いたかどうかは翔にはわからない、だがそこにはたしかに「自殺の理由」と「本」について書いてあった。
『自殺の理由』は簡単に言うと妹を死なせてしまった事らしい。しかし今の翔にはそんなことより「本」の事で頭が一杯だった。
(人を操れるなんて・・・そんな事あるはずが・・・もしこれが本当なら俺は・・・!)
「本」についてはこう書いてあった
もしこの本をまた誰かが手に入れる事があったら一度で良いからここを読んで欲しい
この本は強力だ。俺はまだこの本を手に入れてから1週間、二人にしか試してないが、そう言いきれる。
本当ならこんな物今すぐにでも燃やしてしまいたいがそれはできなかった、それどころか『次』のために使い方の説明までしようとしている。
きっと俺はもうこの本に操られているんだろう。
まず最初にこの本の効果だが、簡単に言うと人を思い通りに操れる。
もしかしたら他にもあるかもしれないが、俺はこれしか知らない。
とりあえず俺が知っている事だけ書こう。
使い方はまずタイトルの部分に操りたい人の名前をフルネームで書く、次に下の欄に箇条書きで操る内容を書く、これだけだ。
後は本を操りたい奴の近く、大体10mぐらいの距離まで持っていけば効果が発動する。
俺はこれから死ぬだろう、このページをみれば分かるが俺は最後に俺自身を操ってみた。おかげで恐怖は無い。
さっき少し試してみたが痛みも無い。身をもってこの本の効果を体感した。
最後になるがこの本を使う人に言っておきたい、絶対に使い方を誤らないで欲しい。俺のようにはならないことを願っている。
それじゃあこの世界ともお別れだ。由美、本当にすまなかった。
衝撃的な内容だがもはや翔は自殺の事など眼中に無かった。『人を操れる』……ただその事だけに興奮していた。
昔から散々馬鹿にされてきて良い事無しな人生を送ってきた翔にとって、これが本当ならまさに人生の転機だろう。
翔がそんな状態でいる間に高崎奈緒が話し掛けてきた。
「村井君、わかってるとおもうけどそろそろ図書室閉めるからね? その本はとりあえず帰るときに渡してもらえるかな、委員で預かるから」
「え!え……あ、ああ、う、うん、わかった」
急に声を掛けられしどろもどろになっている翔をどことなく不審な目で見つつ奈緒はまた席に戻っていった。
(冗談じゃない! こんな凄い物手放してたまるか!)
翔は急いで本のまだ何も書かれていないページを開きペンを用意した。
もはや迷うことなくタイトルの欄に高崎奈緒の名前を書いていく。
名前を書き終えたものの内容の欄でペンが止まる。
(操るのは良いとして……なんて書けばいいんだ?)
急いでいたので具体的な内容まで頭が回らず考え込んでしまう。
(時間は無いしそれにまだ操れると決まったわけじゃない、こうなったら『先輩』のでも参考にするか)
『先輩』などと皮肉めいた表現をつかいつつ先ほどの神田祐樹が書いたと思われるページまで戻る。
そしてすぐに書きかけのページに戻り、こう書き込んだ。
・村井翔の言う通りにする
簡潔にして最強とも思えるこの一文、しかし一応これにも欠点はある。書いた本人はまだ気付いてないがすぐに気付くだろう。
(とりあえずこれでいいはずだ!)
翔はパタンッと勢いよく本を閉じ緊張しながらも高崎奈緒に向かって歩いていく。
緊張がしているがそれは今までの翔のようなおどおどしたものではなく武者震いに近いものだった。
「あら、読み終わったの? じゃあとりあえずうちで預かるわね」
「ああ、その前に、ちょっと聞きたい事があるから質問に答えてもらっていいかな?」
「別にいいけど……聞きたい事って?」
すんなりと了承する奈緒、翔も一応『言う通り』になるように普通より捻って言ったつもりだが、流石にこれでは本の効果かどうかはわからない。
既に何を聞くかは決めていたので迷わずに答えた。
「神田祐樹って知ってる?」
「ええまあ……それは、この前自殺した人よね」
「そうそう、その人に付いて何か知ってる?」
「聞いた話でもよければ・・・知ってるかな」
再び躊躇せずすんなりと答える奈緒、普通なら何で今そんな事を聞くのかをまず疑問にするだろう、本の効果である事が濃厚だが翔も慎重なためまだ信用は出来ない。
「……」
「…………」
(あ、あれ? なんでここで止まるんだ?)
当然聞いた話の内容を教えてくれると思っていたためこの沈黙は予想外だった、少し焦ったがすぐに翔は気付いた。
(もしかして・・・これが本の効果だとしたら『言う通りに質問に答えた』事になるんだよな。だとしたら「知ってる」と答えた時点で本の効果はそこまでなのか?)
『言う通り』の欠点、融通が利かない事に気付いた翔がそう考えてるうちに奈緒が先に口を開いた。
「質問はもうないの? ならもう時間ないから本を渡してくれない?」
「あ、いや、その聞いた話について詳しく教えてよ」
翔は慌てて「言う通り」にさせる、間もなく奈緒が答えた。
「聞いた話って言うのは自殺の事なんだけどね、自殺の理由は妹さんが関係してるんじゃないかって」
「妹?」
「なんでも祐樹君が自殺するその前日に妹さんも自殺してたらしいの、しかもその方法が自分の部屋で剃刀で首を切って死んでるっていうかなり衝撃的なものだったらしいわ。」
「それにショックを受けた兄も後追い自殺って事?」
「そういうことじゃないかな? 噂だけどね。あ、それと妹さんのほうも遺書はなかったらしいわよ」
(どうやら自殺についてだけで噂には本のことは全く気付かれてないみたいだな)
既に祐樹の遺書を読んだ翔は妹の理由も知っているが今はもうどうでもいいのだろう。
こんな事を聞いたのも本の効果を試す話題に丁度良かったというだけであった。
(さて・・・流石にこんな事を僕にこのタイミングでこんな話をしてくれるんだしもう間違いないよな?)
翔は次の段階に移ることにした。再び奈緒が先に口を開く。
「もういい? じゃあ本は預かるね」
「ああその事だけど、本は僕に預けておいて。」
奈緒の言葉に対して翔は内心バクバクにさせながらも用意してた言葉をさらっと言った。
ここで「は?」などと言われたら翔の自信も総崩れになっていただろう。
「うん、わかった」
今までのやり取りはなんだったんだろうと思いたくなるくらいすんなりとOKしてもらって翔は確信する。
(かなり今更だけど・・・この「本」は本物だ!)
もはや彼の中で疑問の余地は無くなりそれと同時にまた興奮し始めた。
(この子はどうするかな?)
操れるとわかった途端に翔の奈緒に対する見る目が変わる、完全に獲物を見る目だ。
「じゃあもう図書室閉めるから、外出てくれる?」
「ああどうも、それじゃ図書委員の仕事終えて帰れる状態になったら学校の校舎裏に着てね」
咄嗟の思いつきで最後にそれだけ言うと返事も聞かずに翔は図書室を出て行った。
< つづく >