グノーグレイヴ2 エピローグII

[エピローグII]

 握出が目を覚ました先には、白い天井が広がっていた。コンクリートの壁に電球がぶら下がった天井は、かつて旧世界で握出が勤務していたエムシー販売店であった。
 つまりこの世界は、握出が帰りたかった旧世界。握出は飛び起きて状況を把握していた。

「くあ。ここは……」

 首を振って横を見ると、握出に社長の顔が映った。

「いつまで寝ているつもりだ、部長」

 村崎色。エムシー販売店の社長であり、握出が恋い焦がれていた人物であった。

「しゃ、社長!!?では、ここは戻ってこれたのですね?」
「戻る?お前はただ居眠りをしていただけじゃないか?」
「はっ?私が居眠りを?」

 寝ていた覚えはないのだが、村崎の話では握出は丸一日ソファーの上で眠っていたのだと言う。
 握出にとって一年という新世界も、旧世界では全く時間が進んでいなかったのだ。
 大冒険も夢物語。現実は欠くも酷なものだ。
 つまり、それが意味するのは――

「あの、社長……正義の使者―デモンツールズ―たちは……?」
「デモンツールズ?」
「リリス、カンナビ、ジャッジメンテス……」

 握出が正義の使者―デモンツールズ―の名をあげていくと、村崎は久しぶりに腹を抱えて笑っていた。

「部長。人が変わったように面白くなったな」

 目を丸くして茫然とする握出。村崎は逆に質問した。

「で、そいつらは日本人か?漢字でどう描くんだ?」
「あ……」

 握出はようやく現実を受け入れた。

「あ、あはは……私も千村くんのことは言えませんね。彼の催眠にまんまとかかっていたのですから」
「千村?ようやく日本人が出てきたな」

 村崎が反応を示す。

「ええ。千村拓也。面白い若者でしたよ。早く出社してこないかわくわくしますよ」

 会ったら一言目に「ちぃむらくうううん!!!」と言って抱きついてあげる予定だ。拓也をラスボスにして見た握出の夢を、拓也は何と言うか見物だったからだ。
 だが、そんな握出な疼きとは裏腹に、村崎は努めて冷静だった。

「部長。千村拓也という男、一週間前に退所しただろ?」
「……はっ?」

 握出が唖然としていた。

「忘れたのか?一身上の都合で退職しただろ?……だが、部長にだけは言っておくが、やりたいことが見つかったんだと。何かを瞳の奥に輝かせていて、なかなか野心を持った人物だったな」
「そんなはずがない!私が呼び出しましょう!今彼に連絡をすれば、何時でも彼は飛んできます」
「そんなことするな。私たちは彼の人生の捨て石にすぎん。だが、彼の人生の中で何か変わるきっかけがあったのならそれを送り出さないでどうする?」
「そんなこと――」

 夢の世界で好き放題握出をいじめておいて、現実に戻ってきたらいなかったなんて、そんなこと許せなかった。握出だけじゃない、辞めると言うことは雇った社長の村崎を悲しませる裏切り行為だ。絶対許せるはずがなかった。千村拓也を連れて戻し、今一度エムシー販売店で働かせることが最良の選択肢だと思った。

「彼にとって私たちは用無し。酷いものだと思わないか?だが、彼の一つ目の人生が今終わったんだ。次の人生こそ彼が進むべき本当の人生なのだ。間違えてもいい人生は終わり、間違いが許されない人生が始まる。彼の進んだ道はひょっとしたら今の人生より厳しいものになるのかもしれない。だが、彼が決めた人生だ。覚悟がなければ退所なんて簡単にしないよ」

 村崎が煙草を吸いながらつぶやいた。

「若者の力は恐ろしい。こちらの気持ちも考えずに自分勝手にやめていく。昔は上の言うことが絶対で従わなくては殴られた。会社の体質は変わらないと思っていたし、私が出来ることは社長になった時に下には絶対同じ思いをさせないように距離を置くことが大事なんだと思っていた。だが、時代は変わらないと思っていたが変わってしまったのかもしれない。若者の考え方が全然違う。殴るなんてありえない。上司の言うことに楯突く。退勤時間になったら帰る。ハハハ……面白いが、困ったものだなあ握出。だが、そんな力が時代を変えていき、世界を変えていくのだ。もしかしたら、私たちの考えすら古いのかもしれないな、若者によって新しい時代が幕を開いているのかもしれない。可能性の芽を潰しては
 ならない。闇の会社は闇の中で生きていければいい」

 煙が店内を充満する。光があれば闇は必ずある。村崎は千村拓也を皮肉に嗤った。

「――人には一つの生涯に二つの人生がある。我らは足枷にならぬよう君を解き放とう」

 いま、千村拓也はエムシー販売店から解放された。自由となって社会との関わりを断った愚か者。次の就職を探しに彷徨うがいい。

「社長……」
「惜しいな、握出。彼はひょっとすると私たちよりもずっと営業センスがあったかもしれない。嘘しかつけない私たちに、真実を探していた彼には酷すぎたかもしれない。だが、真実は何者にも負けない強さになる。彼に認められることがエムシー販売店を存在させる方法になれたかもしれない。未来のことは誰にもわからない。銀行は潰れないと言う神話ですら崩れる現代だ。私たちの営業で一体何年持つか……」

 不安は誰にもあるもの。社長のつぶやきを握出は感じ取った。

「私が一生ついていきます」
「頼もしい騎士だな」
「あくまで、営業部長でございます」

 社長が笑いながら煙草の火を消した。

「とっておきだ。部長に一つだけ何でも願いを叶えてやろう」

 社長による特別ボーナス。握出がこの瞬間を待ち望んでいた。

「一夜のウタカタの夢を下さりませんか?」

 ・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・

 握出は村崎と身体を交える。社長にしては華奢でとても細い村崎の身体は、握出が抱くと軽々持ちあがるくらい軽かった。そんな村崎が握出に一突きされる度に声を喘ぐ。
 営業として感じている様に見せているのか、それとも本当に感じているのかは定かではない。営業となってしまった以上、上辺だけのセックスを脳裏に過ってしまう時点で、純粋なセックスは出来なかった。でも、握出も村崎もそれでいいのだ。
――それで満足なのだ。
「はぁ…あっ、しゃ、しゃちょう……私、もう……」
「握出……いつでも、だせっ!!わたしも、あんっ……おまえに……あわせて……」
「しゃ、しゃちょううう!!!」
「くあああああああああああ!!!!!!」

 握出と村崎が同時に逝った……全身で汗をかいて一気に脱力する大人のプレイだった。残骸を処理し、シャワーを浴びた二人が終わった後の休憩をとっていた。
 コーラを呑む握出に対して、村崎は煙草を吸っていた。

「握出。人は皆闘っ―はたらい―ている」

 仕事とは当人が決めた使命。内容ではない。自分が思ったことを実行する意志が仕事だ。『流れ作業』とはいっても『流れ仕事』とは言わない。

「はい」

 自分が決めた仕事。だから仕事に完璧はありえない。時間が許す限り、出来ることを詰め込むのが納期だ。上限などない。人は絶対に妥協する。100%とは区切りの良い、悪人が決めた線にすぎないのだから。

「みな、息抜きしている」

 自然に、当たり前に、呼吸をしている。休んでいる。楽しんでいる。

――快楽に溺れている。

 これにて終幕。グノーグレイヴが消えることのない世界で、

「……握出よ。おまえは今後どの道を歩んでいく?」

 社長の問いに握出は不敵に答える。

「愚問。私は皆が絶望する茨の道を突き進みますよ。現代はそんなに優しいものじゃない」

 あえて地獄の谷を進む。底辺の底辺。光すら刺さない真っ暗闇の道に、今後同じ境遇の人物に何人出会うだろうか。
 現代の真実を知っている者の集まる場所。だが実は、一番居心地の良い場所なのかもしれない。

「新時代を望む若者よ、お前たちはこれから表舞台で輝くでしょうが、失敗や弱音を言ったら掲示板や口コミでフルボッコですから覚悟しなさい!!!」

 一人で叫ぶ握出に村崎も微笑む。

「負け犬の遠吠えか」
「我らは勝ち組ですよ、社長。クケケケ……」

 村崎は握出の頭を優しく撫でた。

< 了 >

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