スナイパーズネスト Part 2

Part 2

5.官能は魂の墓場。

 四十八時間。それは人間のこころを壊すにはいささか頼りない時間だ。かといって心身にダメージを与えるには十分すぎる時間でもある。
 男はじぶんの部屋にひとりでたたずみながら、あの強気な少女と姫カットの子がどうなっているかという思案にふけっていた。
 快楽中毒になって社会生活がまともにおくれないほどの廃人になるかもしれない。大うつ病性障害を発症するかもしれない。これら不安要素を潰すため、彼女たちの精神にはプロテクトをかけている。本人さえ気づかないほどの深層心理に。
 しかし保険はかけてもドキドキは消えないものだ。期待と不安がないまぜになったような、なんともいえない感覚は。

「今夜も眠れそうにないな」

 性的サディストであるかれの部屋には、いままでの調教風景などを記録したDVDやビデオテープが山積みにされていた。男はこれらの映像をみることで、じぶんのファンタジーを満たすことを生きがいにしていた。
 これでもみて不安を解消しよう。そうおもった男は、きれいに小分けされたケースから一枚のDVDをとりだしてみる。

「御主人さま。いまよろしいでしょうか」男は突然の訪問者にびっくりして、しゃっくりしたように跳ねた。「メロディ。いつの間に」

 主人に問われたメロディは「数分前からです」とこともなげにいった。
 彼女はこの部屋の雰囲気に溶けあうようにドアのまえで佇立していた。こうしてみても気配を感じさせない。
 パープルハート勲章を授与され、狙撃チームを去ってから久しい男だったが、それでもじぶんの背後をとるのは至難の業だとかんがえていた。いまこの瞬間までは。男はメロディの神出鬼没さと、得体のしれないオーラに苦笑いするしかなかった。

「失礼しました。ノックはしたのですが」

「無断侵入はあまり気にしてないよ。むしろ感心してるぐらいだ。それよりおれになにか用?」

「四十八時間たったら部屋まで起こしにくるようにとの命令をうけました。御主人さまから」

 まさかとおもってパステル調のカーテンを開けると、メロディの言葉を裏付けるように空は白んでいた。
 あれこれ考えていたら朝をむかえていたようだ。たのしい時間はあっという間にすぎる。アインシュタインの言葉はほんとうだった。

「ごめんな、メロディ。忠実なきみに感謝するよ」

 メロディは「ありがとうございます」といって優雅に一礼した。

* * *

 前日とおなじく、メロディに入り組んだ屋敷内を案内させた男は、例のふたりがいる部屋のドアに手をかけた。
 そこで凍りついたようにストップする。
 このドアの向こうにはいったいどんな光景がひろがっているのか。あのふたりがどのような化学反応を起こしているのだろうか。それをおもうだけで胸がおどった。心臓がいきおいよく早鐘を打っている。ワクワクがとまらない。

「ふう」気持ちの昂ぶりをおさえながら、男はゆるやかに部屋のドアノブを回した。かくして男とメロディの視界に飛びこんできたのは、想像していた以上の光景だった。
 シーリングライトがまばゆいひかりを放っている最中。マンチェスター製の本棚や、カントリー調のウッドテーブルが横倒しになり、レコードプレイヤーが火花を散らしていた。そんなみるも無残な書斎をみぎからひだりに概観して、男はあるものを目撃してしまう。それは赤いカーペットの真上で、例のふたりが濃厚なラブシーンを演じている様だった。
 メイド服を着ていた彼女が、人間椅子のまま固定された姫カットの子におおいかぶさり、上半身のたわわに実ったEカップにむしゃぶりついている。ふたりともに共通しているのは、その表情が得がたい恍惚感に染まりきっていることだった。

「OMG」

「どういう意味ですか」

「Oh my God」メロディの疑問にカーティスはゆっくりと返答した。そのまましばらく、美少女たちのレズビアンショーを食い入るようにみつめる。姫カットの女の子の陰毛が生えた三角地帯に朱色の舌をのばし、チロチロとねぶるように攻めるメイド。舌先をとがらせて膣壁をえぐるようにうごかす瞬間を、男は固唾をのんで見守った。

「御主人さま。そろそろおとめにならないと」、「もっとみていたいが、しょうがないか」

 しばらく女たちの情事に見入っていた男は、メロディに声をかけられることでようやく我にかえった。おかげで姫カットの少女の張りつめたおっぱいからは、濃いめの母乳が大量に吹きだしていた。
 母乳と愛液がカーペットに染みわたり、両者のヴァギナはドロドロに蕩けている。
 男はメイドを背後から羽交い絞めにして、どうにかこうにか姫カットの彼女からメイドを引きはがすことに成功した。助けだされた姫カットの子は、白目をむいて完全にグロッキー状態となっていた。

「わが目を疑うようなって。こういうときにつかう言葉だったんだな」

 汗ばんだひたいをこすりながら、男は引きはなしたメイドを部屋の最奥へと連れこんだ。
 興奮状態でおっぱいを吸っていた彼女は、気がぬけたのかカーペットにへたりこんで、子供のようにわんわん泣きじゃくっている。まるでおもちゃをとりあげられた子供のように。
 興奮しているがどうやら害はなさそうだ。
 男は泣きくずれた彼女をおもいやりもなにもない冷徹そのものといった眼差しで観察した。ショーケースに封じられて、硬直暗示までかけられていたのにどうして脱出することができたのか。はだけた胸元からのぞいた勃起する乳首。丸みを帯びた臀部をながめて、最後にあるものが目にはいり、男は「なるほど」とつぶやいた。付け襟の先にある彼女の右腕は、血に染まり、ガラス片が刺さっていた。

「メロディ。ショーケースはみつけることができた?」

「ええ。こちらにありました」

 彼女に目をむけると、フロントガラスが粉々に砕かれたショーケースのまえに、メロディは直立不動でたっていた。メロディはこのショーケースの惨状に首をひねり、男に疑問を投げかける。「いったいなにが?」

 男はメロディの問いに返答しなかった。
 いまだべそをかいているメイドの華奢な肢体をお姫さまだっこの要領でかつぎあげ、コーナーソファにそっと横たえた。
 泣きやむ様子はなかったが、男はあえて無視する。

「硬直暗示が解けることはまれにある。過度の快感や苦痛を与えることで。彼女の場合は肉体と精神の苦痛だ。きっかけは他人の感覚にじぶんがシンクロしたこと。次いで大好物の豊満なバストを眼前にして触れられないもどかしさ。もうひとつは絶頂したくてもできなかったことだ。このようすだとおそらく二十八時間ぐらいであたまがパンクし、三十四時間ぐらいでショーケースを破壊した。あとはみてのとおり」

 男は時間をおいて先ほどのメロディの質問に答えた。
 ようするに失敗したのだ、こんかいの実験は。もちろん失敗はよくある。なにぶんすさまじい全能感をひとりの人間に背負わせるほど、男のちからはおおきなものなのだ。強大すぎるちからは時としてひとを傲慢にする。そして足元がすくわれるきっかけを作ってしまう。

「なにぶん初挑戦の暗示だった。不細工な失敗だったな」

 こんかいの失敗の最大原因は長時間の監禁だ。一気呵成に決めよう。それに最大級のおわびをしなければ。男は無邪気に笑みながら、これまでの失敗をもとにしてシナリオを練りなおすことにした。
 それにこんかいのような失敗をみこして、ちゃんと保険はかけている。
 ふたたびコーナーソファに舞いもどった男は、興奮さめやらないメイドのひたいをのぞきこんだ。鼻息が荒いし、内股をもじもじさせている。これからじぶんを慰めるつもりだろうか。少女のひとみには狂おしいばかりの情欲の炎が灯っていた。

「そんなにあせるなよ。俺が手伝ってやるから」

 男はいたずら坊主のような微笑を浮かべながら、ごく自然な動作でメイドのまえに片手を滑らせた。わずかに手にひらが輝いて、身につけたメイド服を乱暴にぬぎ捨てようとした少女は、そのまま底なし沼のようなまどろみに沈んでいった。

* * *

 少女は靄がかかったようにぼんやりしたあたまが、すっきり晴れわたるのを感じた。
 さっきまでのあたまがキリキリ痛むような頭痛がおさまり、こころも嵐が静まったように落ちついていた。
 この場所はどこだろう。彼女は左右に視線をはしらせてみた。彼女のまわりにはひかりの粒が流星群のような雄大さと美しさをもって飛びかっていた。前後の記憶が欠落していなければ、あまりのロマンチックな光景に感動すら覚えているところだ。

「夢でもみているのかな」

 ここを一言であらわすなら宇宙空間のように茫漠な世界だ。それにふさわしく彼女のからだは重力から解き放たれたかのように身軽だ。彼女はしばらくゆりかごのような不思議な空間に身をゆだねてみる。
 きみの忌まわしい記憶はなんだ。まぶたを閉じると何者かの声が脳裏に響いてきた。わたしの忌まわしい記憶。彼女は心地よい声の導きにしたがって、記憶のレコードを再生しようとする。
 じぶんの生まれた家はめぐまれていて、いわゆる資産家の家だった。父親は仕事漬けの毎日で、幼少期からまともにかまってもらった記憶がない。その埋めあわせをするように母親からはたくさんの愛情を注がれた。眠れない日にはよくマルセル・プルーストの、マドレーヌが登場する小説を読みきかせてもらった。不満はあったけど、幸せな子供時代だったことにちがいはない。

「時間を加速しよう。忌まわしい記憶へと。いまのじぶんを形成する思い出へと」

 こんどの声ははっきりと聴覚を刺激した。忌まわしい記憶。まぶたを閉じていた彼女の表情が苦悶に歪んでいく。
 彼女の脳裏に浮かびあがったのは小学校のとある少数クラス。さらにクラスメイトにいじめられている小学生のじぶんのすがた。それは彼女にとってもっとも忌まわしい記憶だった。
 いじめられていた理由は単純だ。両親がお金持ちだったから。それだけの理由でクラスメイトから拒絶されたのだ。

「いじめられたくない」彼女はぼんやりとつぶやいた。

 この気持ちをはっきりと自覚してからだ。彼女はいじめられる側からいじめる側になったのは。
 すべてはヒエラルキーの底辺にいたあの日のじぶんにかえらないために。それこそ彼女が弱いものいじめをする動機だった。

「目覚めろ。コッペリア」

 ありし日のなにかにデジャビュをおぼえながら、彼女はゆるやかにまぶたを開けた。視界が開かれると真っ先に不愉快な人物が彼女を出迎えた。少女はかれにむかって刺々しい視線をおくってやる。

「あんた以外の人間に出迎えられたら、どんなによかったか」

「そうそう、その調子。ちゃんと復活できたみたいだな」

「なにがあったか説明してくれない」

 意識はほとんど回復できたが、さっきまでの出来事はあいかわらず理解できなかった。どうして忌まわしい記憶をよみがえらせようとしたのか。その疑問を彼女のまなざしから見通したのか。かれはたち上がって答える。

「ショック療法だよ。四十八時間の苦痛でかるい幼児退行を引きおこしていたから。強烈な思い出できみの精神を揺さぶって意識を元通りに矯正した。荒療治だけど、精神が狂わないように保険はかけていたしな」

「ありがとうございました、そういえば満足?」

「おかまいなく。もとはといえば、放置プレイの時間を四十八時間に設定したサディストの俺がわるい」

 彼女のいやみったらしい物言いにもおかまいなし。そろそろ少女のほうも男のつまらない反応には慣れてきた。かれのこころの琴線にふれるのはじぶんのファンタジーを満たすような出来事だけ。それ以外は興味の範疇にないのだろう。

「サディストといえば、面白いことがわかったよ」

「面白いこと?」かれのおもわせぶりな言葉が気にかかったが、さらに気にかかることが彼女にはあった。いままで気づかなかったが、彼女の身のまわりは一点のひかりも射さない暗闇に閉ざされてしまっていて、足元すらおぼつかない状況だったのだ。「ここはどこ!」

「ここがどこかはあまり関係ないが。そうだな。いまから言葉のかわりに俺が行動で示してやるよ」

 そういって男がゆびをスナッピングすると、男と彼女がいた空間にはまたたく間に茶色の壁が積まれて、数秒後にはノイシュバンシュタイン城の一室のような、古めかしい部屋へと様変わりしてしまった。
 彼女はたったいま目にした奇異な光景を信じられず、何度もまぶたをこすった。
 部屋はレンガ造りの古風なものだったが、なにより目を惹いたのはこの部屋いっぱいに敷きつめられた中世の拷問器具。それがあたり一面にところせましとならべられているのだからたまらない。これでどうしようというのか。

「いまからわたしを拷問する気、わたしになにか恨みでもあるの!?」

「人聞きのわるいやつだな。こいつらはきみの内面をあらわした心象風景だよ。それに俺はここまでサディストじゃない」

 男は手近にあった水責めの水車のような器具に近づいて、鉄製のとげのような部分にゆびを滑らせた。

「小学生のころの話だ。とあるかわいそうな少女は、実家がお金持ちだったという理由でいじめられた。人間不信になってしまい、両親からも距離を置いて、じぶんをこんな目にあわした存在に敵愾心を燃やすようになった。ところがだ」

 男はもっていたとげをちからいっぱいにたたき折った。虚をつかれた少女はびくりとはねた。

「いつしか加害者に羨望のまなざしをおくるじぶんに気づいた。あっちの立場になって、他者を支配下に置くのはどんなに気持ちいいだろう。少女は小学校六年生になったとき、じぶんをいじめていた男のことを想いながらはじめてのオナニーをする。もちろんあいてを屈服する妄想を胸にいだきながら」

 黙ったまま手のひらで両耳をふさいだ少女にたいして、かれは容赦のない言葉を続けた。

「きみがクラスメイトをいじめていた理由は単純明快だ。サディストなんだろ。それがきみの本性だ。巨乳フェチの暗示を刷りこんだとき、ガラスケースを素手で破壊するほどのパワーを発揮したのも、もとから抱いていたサディズムの欲求と合体したからだ」

 あたまをふりながら言外に否定する少女。
 男は彼女のまえにしゃがみこんで、その片耳にそっと吹きこむ。

「サディズムと拷問は時間を追うごとに加速する。否定するだけ無駄だ。俺はサディストの心理をだれよりも理解できる。おなじサディストだからな。つまり俺たちはおなじ穴のムジナなんだよ」

 辛らつな言葉をかけられ続けていた彼女だったが、みるみるうちに様子が変わってきた。彼女のひとみが潤んでいき、顔全体を上気させて、内股をもじもじとこすりはじめた。

「このまま否定しつづけても苦しいだけだ。いま植えつけた暗示は、俺の目線をきみにも味わえるもの。俺がきみを言葉攻めにするたびにサディズムとマゾヒズムの快感が味わえる。換言すれば俺にいじめられるたびに欲求が満たされるんだ」

 かれはあどけない笑顔で語りながら、着ていたジャケットやズボンなどをおどろくべきスピードでぬぎ去った。かれがこれからなにをしようとしているかはいわれなくてもわかる。
 だけど彼女は、こころのどこかで期待に胸ふくらませているじぶんがいることに薄々きづいていた。

「きみみたいな変態にはふさわしい暗示だろ。ほらこれでもフェラチオするんだな。チンカスが溜まった男根だ。こういうのは淫乱娼婦にお似合いの仕事さ。飲尿も経験させてやるよ」

 彼女はぼんやりした視線のまま、かれのそそりたった性器を陶磁器のように整ったゆび先でつかんだ。そのまま見事な竿からカリ首にかけて恥垢をこそげ落とすように赤い舌をのばし、そのまま口元にはこんで咀嚼してしまう。
 それだけではおさまらず、彼女は熟練の娼婦のように無駄のない所作で、口いっぱいに肉棒をほおばった。そのまま年端のいかない少女には似合わない大胆なストロークを開始させる。
 男の下半身が震えて鈴口から射精した瞬間、彼女は根元まで飲みこんで精液を受けとめた。

「まったくとんだ淫乱な牝犬だったぜ。ほらよ。待望のおしっこだ」

 いつの間にかじぶんは全裸になっていて、しかも彼女の首周りには大型犬にするような赤い首輪がはめられていた。つながれたチェーンは男の右手につかまれている。かれはチェーンを引っぱりながら、遠慮することなく黄金水をながしこんだ。
 男の荒々しいプレイはとどまることを知らない。彼女の浅ましいほどエロティックな桃尻を引きよせて、すぼんだアヌスに無理やりごつごつしたゆびを挿入する。そのまま彼女の腸内をかき混ぜてやると可愛い声で鳴いた。

「まだまだ!」

 気づかないうちに彼女のふくよかな双乳にはコードレスの電極が装着されていた。最初は静電気のような刺激だったが、段階的にしびれは増していき、歯をかみしめて全身が粟立つような苦痛から逃れようとした。
 男はそんな彼女の葛藤など知ったことかと、まだ拡張されていない尻穴をいたぶりながら、蜜があふれる淫裂を正常位でひと息に貫いた。

「いやああ」拒絶の言葉を吐きながらも、腕と足をからめながら、快楽責めに絶頂させられる彼女。本音をいうと子宮が犯される感覚に酔いかけていた。このまま進めばこの男に屈服してしまう。はやく気をやらないとダメだ。少女のこころは限界に近づいていく。

「いい忘れたけど。前回同様、絶頂に達するのは俺の許可を得たときだけだ。さっさと折れたほうがいいとおもうけどな」

 彼女はその言葉によって一縷の希望が崩され、奈落の底へとたたき落とされた。脳裏には四十八時間のトラウマがよみがえる。ショーケースに封じられて、自身のおっぱいに痺れるような快感を与えつづけられて、それでも達せなかったあの忌まわしい記憶が。

「みとめる、みとめるから。わたしが折れるから。だからイかせて!」

 彼女がせきを切ったように叫んだ刹那、男の肉体がガラスの破片のように砕け散ってしまい、そのなかからまるで脱皮するように女の肢体があらわれた。彼女はあいての容貌に肝がつぶれるほどの衝撃を受けた。
 それはいつも鏡台のまえで否が応でも突きあわせる顔。つまりじぶんの顔だったからだ。

「そんな馬鹿な」彼女は茫然とつぶやいた。

 あいては慈母のようにすべてを許すような微笑をうかべながら、ピンと人差し指で彼女の肉芽をはじいた。四十八時間ぶりの絶頂に達した彼女は、甘ったるい嬌声をあげながら潮を吹いてイってしまった。

* * *

「おい起きろ。いつまでも高いびきをかきながら熟睡するな。悪夢の時間はとっくの昔におわったぞ」

 男にぺしぺしと頬をはたかれた彼女は、ひたいにじっとりと汗をかきながらソファから抱きおこされた。長時間の絶頂禁止から解放されたためか、全身は過度の筋肉痛をわずらったかのような痛みがある。
 ロングスカートの真下に隠されたデルタ地帯なんてもっと悲惨だ。ぐっしょりと湿り気を帯びているのが彼女本人にもわかった。

「よっぽどいい夢をみていたんだな。全身の穴という穴から汁を吹きだしてたぞ」

「どういう意味。さっきの悪夢はあんたがみせていたんじゃないの」

 男の口ぶりからは先ほどの夢がかれの仕業ではないように感じとれた。

「微妙にちがう。俺はショック療法のついでに感情の開放をうながすような暗示を吹きこんだだけ。夢の世界でなにがあったかしらないが。こころのなかに俺がいたならそれはまぼろし。きみの記憶が作りあげた幻想だろ。きみの抑圧された感情を解きはなつのに俺のすがたが利用されただけ。まあよくあることだからそんなに落ちこむなよ」

「ホラ吹いているんじゃないでしょうね」

「いくらなんでもこころのなかに忍びこむほど化け物じゃないって。俺だってふつうの人間だ。できないことぐらいあるよ」

「どうだか」彼女は吐きすてるようにいった。内心ではこいつのような悪魔は信じられないとかんがえていた。

「わたしを回復させる目的ならあそこまで回りくどいことが必要?」

「せっかくこころを修繕するんだ。ついでに内面にも探りをいれたくなるのが人情ってもんだろ。こころには侵入できないが、表層にでてきた感情ぐらいは読めるし。とりあえずきみの性癖ぐらいは把握できた」

 彼女はそれみたことかと男の双眸をキッと睨みすえた。
 ここまで図々しくて人格の破たんした悪党なんてそうはいない。少なくとも彼女の人生にはいなかった。それにひとの抱えている秘密を暴いてしまうなんて悪趣味にもほどがある。

「あんたとおなじ空気を吸っているだけで吐き気がしてきた。できるものなら、いますぐあんたの首をしめて殺してやりたい」

「できるものなら? べつにいまは硬直暗示を発動させていないけど」

「あんたのからだを傷つけることを禁ずる暗示ぐらいかけるでしょ。悪知恵のはたらくあんたなら。それでなくともわたしにはあんたを傷つけられない理由があるの」

 彼女はコーナーソファから機敏なうごきで起きあがると、男の首根っこをつかんでグイッと引きよせた。その両目にはギラギラとした殺気のようなものがこめられていて、人間的な感情をもたないはずのかれでさえ畏縮するほどだった。

「あんたってふつうのセックスはできるんでしょうね。こっちは欲求不満がつづいていまにも爆発しそうなんだけど。それもこれもあんたの下らないゲームのせい。あんたはまだまだ楽しむ気でしょうけどこっちはがまんの限界を超えたの。いますぐわたしを満足させて。さもないとあんたの睾丸をにぎりつぶして再起不能にしてやるから」

 ものすごい剣幕だった。
 どうやら四十八時間の快楽地獄にはじまり、夢の世界での疑似的な絶頂を経ることで、肉欲のダムが決壊してしまったらしい。
 硬直暗示が発動するキーワードをささやこうかとかんがえたが、この調子では三十秒ももつかどうか不安だ。ロザリオをはずしてスレイブモードの人格を起動させようかともおもったが。「スレイブモードにしても無駄だから。御主人さまっていいながらペニスを噛みちぎってやる」などといわれては断念するしかなかった。

「おいおい、俺はサディストだぞ。気の強い女は好きだが。サディストの相手役なんてつとまるわけない」

「こんかいはふつうのプレイで満足してあげる。セックスに応じてくれるなら」

「ガッチャ。そういうことなら」

「だけどほんとうにふつうのセックスができるんでしょうね?」

 疑りぶかい彼女のために、男は部屋の奥から羽ブラシと、粘性の高い液体が詰められた容器をもってきた。

「俺だってアブノーマルなセックスに飽きたときは、趣向を変えてふつうのセックスをたのしむこともあるから。ここに羽ブラシとハニーダストがある。ハニーダストは蜂蜜の味がして、女の肌を絹のように変えてしまう魔法の薬なんだぜ」

「やっぱり媚薬みたいなものはつかうんだ」

「誤解するなよ。これは媚薬のたぐいじゃない。ふつうのセックスに味つけをするだけだ」

 男は少女をソファから抱きあげながら、邪気のない天真爛漫な笑顔をむけるのだった。

 6.Long Distance Mind Controller

 過度の欲求不満というのは神経をすり減らし、精神を極限まで追いつめる。
 青葉区美しが丘にあるほのかの邸宅。目覚まし時計の音がほのかの部屋に鳴りひびいた。彼女は寝ぼけ眼のまま目覚まし時計をつかんで、やかましい時計のサウンドをとめた。目覚ましが鳴りやんだ瞬間、からすのさえずりが聞こえてくる。

「七時二十五分」時計の針はその時間を指していた。

 ほのかは緩慢とした動作でベッドから起きあがる。目のしたにはくまがあり、憔悴しきった顔をしていた。
 寝不足になった原因はただひとつ。一週間前にも結んだあの煽情的な悪夢が、夜な夜なほのかを苛めるからだ。あれからほのかは、たびたび淫夢の世界に迷いこむようになっていた。

「どうしたらいいんだろ」彼女はあたまをかかえた。こんなこと、第三者に相談できるような内容ではない。あるいは気を許した同性の友人に相談するという手もあるが、ほのかは一線を越えるふんぎりがつかないでいた。「ああ、憂鬱だ」

 じぶんのふわふわした髪の毛に細長いゆびをからめたほのかは、愁いを帯びた表情でほうとため息をつけた。
 ベッドのコーナーに腰かけた彼女は、疲労がピークに達したのか、そのままなにもしないでぼんやりと虚空をみつめる。そんな彼女の半覚醒的な意識を呼びさましたのは、自室の外側から聞こえてきたトタトタという足音だった。

「ポプラ!」

 冴えなかったほのかの表情がぱあっと華やいだ。愛するペットを部屋に招きいれるため、ほのかはベッドから立ちあがり、部屋のドアへと駆けよる。かぎを回してドアを開放すると、白い毛並みのマルチーズが彼女の部屋に飛びこんできた。

「だいぶ元気になってきたね。ポプラ」親しみをこめて愛犬の名前をよぶと、ポプラは尻尾をふりながらワンと鳴いた。心配していたポプラの食欲減退だが、あれから段階的に回復の兆しをみせている。
 ポプラの診察をした獣医によると、症状は一時的なもので心配はいらないということだった。

「ああっ、どうしよう!」しばらくポプラとジャレついていたほのかだったが、ひよこの壁時計が視界に映ってあたふたとした。いつの間にかホームルームの開始時間まで三十分を切っていた。「ごめんね、ポプラ」

 愛犬のことが気がかりではあったが、そろそろ学校に行かないと間にあわない。
 ほのかはパジャマのボタンをうえから順々にはずしていき、寝汗を吸ったブラジャーとあわせて洗濯機へとほうりこんだ。そして用意していた純白のフルカップブラジャーを身につけたあと、勉強机のよこにハンガーで吊るされた制服一式を手にとる。

「ふんふん~♪」

 ほのかはカントリーミュージックを口ずさみながら、白いカッターシャツに袖を通した。姿見をみながらえんじ色のネクタイを綺麗に結び終えて、タータンチェックのスカートを履きおえる。
 最後にブイネックのセーターと濃紺のブレザー、白いソックスを身につけると、いつもの女子高生・ほのかが完成した。

* * *

 あかね色に染まる西の空。やわらかな斜陽がパステル調のカーテンをこえて教室の壁時計に届いた。
 時間は午後四時十五分。スピーカーからはノイズまじりのチャイムが響きわたっている。本日さいごの授業がおわりを告げて、教室は放課後特有のざわついた喧騒に包まれていた。

「違和感」ほのかは勉強机にほお杖をつきながら、ポツリと独り言をいった。ほのかのあたまを悩ませているのは、もちろん彼女、あの自己中心的ないじめっ子だった。
 ほのかはじぶんの席の対角線上にいる小山内 美紀を観察する。

「帰ろうよ。美紀」教室にいた美紀のとり巻きのひとりが彼女に声をかけた。「いいよ。カラオケにでも寄ろうか」

 美紀たちの会話が自然と耳にはいったほのかは、いだいていた違和感をよりいっそう強めた。あの美紀がとり巻きと談笑しているのもおかしければ、今日の一時間目から六時間目まで、ただの一度もほのかにちょっかいをかけなかったのも奇妙だ。
 あの美紀がじぶんの行いを悔いるような人間だろうか。その可能性はかぎりなくゼロに等しいことを、残念ながらほのかは知っていた。

「じゃあ行こうか」数人のとり巻きを連れだって教室をでようとした美紀。するとそのまえに美紀たちの担任教師である、巨躯の男がたちはだかった。「服装がみだれているぞ。小山内」

 かれが咎めたのは、美紀たちの乱れた服装のこと。クラスメイトたちは会話をとめてかれらのやりとりを注視する。いつもならここでひと悶着があるのだが、今日はどうも様子がちがうようだった。

「そのとおりですね。先生」

 美紀はおどろくほど素直に担任教師の注意を受けいれた。これには注意をしたはずの担任教師でさえ面食らってしまった。ボタンをとめてネクタイを締めなおして、ただし短めにつめたスカートの丈はそのままに、彼女は制服を着直して担任に流し目をおくった。

「これでいかが?」彼女にそういわれて二の句が継げなかった教師は、美紀の態度に黙ってうなずくしかなかった。そして美紀はざわつきはじめた教室を鼻も引っかけず、そのまま教室のドアをスライドさせて夕方の街並みへと繰りだしていった。

「ご機嫌だね。あいつ」

 眉間にしわをよせて美紀の異変を訝しんでいたほのかは、よく通る声におもてをあげた。
 廊下に視線をかえると、窓辺から教室内に顔をだしていたのは、小麦色の肌と晴ればれとした笑顔がチャーミングな女の子。彼女はほのかにとって無二の親友だった。

「ナツミ。いつからそこに」

 神宮寺 ナツミは手をぷらぷらさせて、表情をゆるめながらほのかに返事した。

「ついさっきから」

* * *

 国道沿いに店をかまえたガラス張りのオープンカフェ。店員から注文したエスプレッソとカフェ・ラッテが注がれたタンブラーを受けとったナツミは、ロードサイドに位置する天然木のカフェテーブルへと移動した。

「おまたせ。ほのかはエスプレッソだったよね」

 椅子に座りこんだナツミはひと息つけた。椅子に座っていたほのかは「ありがとう」とお礼して、手渡されたエスプレッソに口をつけた。緊張しているためか、にぎっていたタンブラーは小刻みにふるえていた。

「変だよね。あいつがほのかに手出ししないなんてさ」椅子に腰かけたナツミは、開口一番にそんなことを話した。

「どういうことだろ」ナツミはストローの吸い口にリップを寄せた。「まあ、四六時中いじめ続けるのも苦だからね。もしかしたらあたしの忠告がきいたのかも」

 ナツミはほのかの現状を知っていて、数日前など美紀本人にいじめをやめるよう真正面から説教してくれていた。

「そうかなあ」もちろん説教したぐらいでやめてくれるほど美紀はおぼこくない。むしろナツミへの当てつけのようにいじめがエスカレートしたほどだ。

「それよりほのか。もちろん美紀の一件も心配だけどね。あたしは他にも心配事があるんだ。このところあんたのようすがおかしい気がして。あたしの勘違いだったらごめんね」

 ほのかは内心うろたえた。その異変に心当たりがあったからだ。ありすぎるほどに。

「でも目の下にくまができてるでしょ。生あくびも以前よりだんぜん増えたし。ひょっとして寝不足じゃない? あいつのいじめに悩んでいるんでしょう。お母さんの勤め先にカウンセラーがいる相談所があるんだけど。あたしが紹介しようか? それとも彼氏についてとか。あのぬけさくがほのかに迷惑でもかけた?」

 ナツミと翔は幼稚園からの腐れ縁だ。その縁もあってほのかと翔は知りあえたのだ。

「ありがとう。でも翔ちゃんとは上手くいっているよ。それにいま悩んでいるのは美紀のことでもないんだ。じつは」ある意味、彼女のことも関係しているけど。ほのかは自嘲気味につぶやいた。

「本当はね。いまわたしが悩んでいるのは」

 ほのかはしばし逡巡したあと、決心がついたのか、からだを乗りだしてナツミに迫った。目を丸くするナツミをまえにして、ほのかはこの一週間のあらましを端的に説明しはじめる。
 最初はりんごのようにほおを真っ赤にしつつ、淫夢のなかみに耳をかたむけていたナツミだったが、次第に表情をしかめていく。

「押しこめられた欲求がここにきて開花したとか?」ほのかはなおも食い下がる。「わたしはヘテロだよ。バイじゃない」

 ナツミはあたまを掻いて、いきなり椅子からたちあがった。

「ショックが強すぎたのかな。あたまのなかがグチャグチャしていておもうように整理できないんだ。ほのかが悪いんじゃなくて、ちょっと時間をくれないかな。ごめんね」両手をあわせたナツミは、直後に店の奥まった場所にある女子トイレへと消えていった。
 予想どおりの反応だったが、いざ目の当たりにするとじぶんの判断が正しかったのかおもい悩んでしまう。数少ない友達にあんなことを打ち明けてよかったのだろうかと。
 そんな風に意気消沈していた彼女だったが、真後ろからだれかが迫ってくる気配に感づいて背後をかえりみる。そこにいたのは褐色の肌にグリーンの眼をした黒人の男だった。

「きみがほのかだね?」ネイティブ並みとはいいがたいが、それでも流暢な発音だった。

「日本語がお上手なんですね」初対面の人間にいきなり名前をよばれて面食らったほのかは、少々場違いな言葉を口走ってしまう。

「それはジャパニーズジョーク?」

 ほのかの反応が面白かったのか、男はひげ面の精悍な顔立ちに明るい笑顔をうかべた。きれいに整えた茶褐色のツイストパーマと相まって、かれの容姿は俳優のようにハンサムだった。
 だけどあやしげな人物であることにまちがいはない。
 警戒心を解かないほのかによって、両者のあいだに気まずい空気がながれる。

「そんなに身構えないでくれ。俺はきみが落とした携帯電話をひろっただけだよ」

 男はそういって二つ折りタイプの白い携帯電話をほのかにさしだした。シールやビーズなどで飾られた本体。ぶら下がった仔犬のキーホルダー。派手さはないが女子の小物らしい携帯電話だ。

「うそ」ほのかは慌てて、椅子のよこに置いた学生鞄を探った。案の定、鞄に入れていたはずの携帯電話がなかった。

「それはわたしのです。わざわざ拾っていただいたのに疑っちゃって。本当にごめんなさい!」男は苦笑しながらほのかを許した。「つぎからは注意するんだよ。さいきんは携帯電話のデータをコピーして悪用するケースが増えているから」

「ええ。本当にありがとうございました」

 ほのかは男から携帯電話を受けとったあと、ふと疑問におもったことをかれに問いかける。

「どうしてこの携帯電話がわたしのだって。それにわたしの名前も。落とすところをみたんですか?」

「ああ、写真だよ写真」かれは携帯電話の裏側を指さした。貼られていたのはナツミとふたりで撮ったプリクラ。ほのかの名前もローマ字で刻まれている。「落とすところをみたわけじゃないけど。これだと持ち主は一目瞭然だろ」

 男は携帯電話をほのかに手渡して、そのまま吹きぬける風のようにたち去っていった。
 かれと入れかわるようにトイレからナツミが帰還してくる。

「どうしたの、ほのか。いつからあんな外国人のイケメンと知りあいに」

「べつにそんなのじゃないって。おとした携帯電話を届けてくれた親切なひと」

 それからナツミが納得する説明ができるまで、ほのかは小一時間ほど要したのだった。

* * *

 L.D.M.C.――ほのかの脳裏には今朝からこの言葉が何度もなんどもリフレインしていた。
 しかし件(くだん)の淫夢だけでも手一杯だったほのかは、さして気にもとめずに日常生活をおくっていた。
 あれからナツミと別れたほのかは、まっすぐ家路について、いまは台所で母親の手伝いをしている最中。まな板のうえでなみだをこらえながらたまねぎを切り刻み、今夜のカレーの下ごしらえをしていた。

「ああ、メールがきちゃった」

 制服のスカートについたポケットから、携帯電話のバイブレーションらしき振動音が鳴りひびいた。
 当初はメールを放っておいて料理に専念しようとしたほのかだったが、どういうわけか届いたメールを無性に読みたくなり、やりかけの下ごしらえをほったらかしてエプロンをぬいでしまった。

「どうかしたの」

「ごめんなさい。お母さん。たいせつなメールで」

「あらそうなの?」

 母親にかるい嘘をついてしまったことを心苦しくおもいながら、ほのかは二階にある自分の部屋へとかけ上っていった。今日はいろいろあって疲れた。ほのかは制服を着たまま後ろにあったシングルベッドに上半身から倒れかかる。
 天井の照明がやけにまぶしい。

「そうだ。メールを読まなきゃいけないんだった」

 メールを読まなければいけないという奇妙な使命感にとらわれたまま、ほのかは届いたばかりの新着メールをひらいた。差出人の項に書かれていたのは――L.D.M.C。
 そのキーワードをほのかが認識した数秒後、彼女の意識はおだやかなまどろみのなかに吸いこまれていった。

* * *

 ほのかはあくびをひとつしながら、包まっていた毛布からもぞもぞと抜けだした。
 いつの間にか意識が落ちてしまい、ベッドのなかで眠りこけていたらしい。しかも制服のまま寝入ってしまったようだ。このままでは汗染みができてしまうかもしれない。
 それを心配したほのかは、とり去ったブレザーをきちんとハンガーに吊るして、ベッドからフローリングにおりる。

「ひゃん」ほのかは間のぬけた声をだした。フローリングにおりようとしたとき、股間部分にひんやりした感触があったのだ。いやな予感をおぼえながら、ほのかは秘部をおおっていたショーツをするするとぬぎ落とした。
 だがほのかの予想に反して、ショーツについていたのは赤い液体。このところショーツを汚していた愛液ではなく。

「生理の周期がみだれたのかな」ほのかはこの一週間の生活をかえりみて、それもありえるとひとりでに納得した。

 過度のストレスや寝不足。けっして健康的な生活とはいい難い。ホッとしかけた彼女だったが、利き腕の中指と人差し指についた血のようなものをみて表情を一変させる。
 まさかとおもって下半身に意識を集中させると、あそこからヒリヒリした感覚が伝わってきた。
 ほのかの内心にいろんな単語がかけめぐっては消える。

「じぶんでじぶんの処女膜を破ったかも」

 破瓜の可能性に愕然とするほのかだったが、まだそうと決まったわけじゃないとおもい直した。とりあえずかすかに漂っている血の臭気をどうにかするほうが先決かもしれない。
 ほのかはベッドサイドテーブルに収納していた白い容器を手にとり、部屋中にありったけの消臭剤をふりまいておいた。
 あらかた消臭剤をまき終えたころ。ふたたびスカートのポケットからバイブの振動音がもれてくる。

「またメールだ」メールボックスをひらいたほのかは、送られてきたメールの件名に愕然とした。清純な少女の処女喪失シーン。それが件名に書かれた文章だったのだ。「どういうことなの」

 ほのかは真っ青になりながら、添付された動画ファイルを展開する。再生されたのはベッドにたたずむひとりの女子高生。彼女はベッドから起き上がると、あろうことか姿見のまえで激しいオナニーをはじめた。その女子高生とはまぎれもなく。
 ほのかは声なき悲鳴をあげながら携帯電話をなげ捨てた。

「警察に電話しないと」

 しかしそれは無駄な抵抗だといわんばかりに、たち上げっぱなしにしていたラップトップから新着メールの受信音が奏でられた。怒り心頭に発したほのかは本文を読みあげた。『それでも血の臭いはとれない。アラビア中の香水をふりかけても』それがメールに書かれた文章だった。
 彼女はこんなメールをおくり届けた不届きものを知ろうと、送信者のメールアドレスを確認する。

「え?」彼女はあまりの衝撃に腰が砕けそうになった。

 送信者:姫矢 翔。それが送信者の項に書かれた情報だったから。

 7.思想はひとの間に壁を作り、夢や悩みはひとを結びつける。

 ほのかは携帯電話のディスプレイを複雑な表情でみつめていた。
 パソコンから携帯に転送した例のEメール。『それでも血の臭いはとれない。アラビア中の香水をふりかけても』あの謎めいた文章には続きがあった。ほのかは携帯電話のキーを操作して画面をゆっくりスクロールさせる。

「P.S.本日午後八時半、青葉区青葉台二丁目二十一番地できみの到着をこころ待ちにしている」ほのかは本文を読みあげたあと、用がなくなった携帯電話を手さげバッグのなかにしまった。

 いまほのかがいるのは青葉区青葉台二丁目二十一番地、彼女は高級住宅街の一角にある広々とした洋館の真正面にたっていた。
 どうしてほのかは、じぶんを貶める当事者からの指示にしたがったのか。その答えは、ほのかにおくられたメールに隠されていた。

『万が一きみが屋敷をおとずれない場合、メールに添付した動画をインターネットにアップロードする』

 使い古された脅し文句ではあるが、だからこそ、ほのかに申し分ない効果を挙げた。まだまだ人生経験を積んでいない人間、ましてや一介の女子高生が、このような卑劣な恫喝をはね退けられるわけがない。

「どうやってデータを。頭を下げれば渡してくれるかな」

 この期に及んで穏便な解決を望んでいたほのかは、そんな淡い期待をこめながら門口のチャイムを押してやる。
 静けさに満たされた夜の静寂。街灯にあつまった羽虫が不快な音をたてていた。

「おかしいな」いくら待ってもインターホンのスピーカーから反応がかえってこない。それから数回ほど押したがやはり無反応。「自分から呼び出しておいて」

 いくら温厚なほのかでも、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだった。

「いいよ。勝手にはいっちゃうから」

 ほのかは鉄製の門に手をかけてひそやかにあけ放った。ここで無駄足をふんでいる場合ではない。敷地内に足をふみ入れたほのかは、まず敷地内の広大さにおどろかされた。次いで庭園に置かれた噴水設備を驚嘆の表情でみつめた。
 こういう場所に住める人間なんてそうはいないけど。リッチなのかな。ほのかはそうおもった。庭園の各所にある騎士の彫像、細工を凝らした噴水、土地の広さやこの豪邸の規模からみて、そうとうな大金持ちであることは間違いない。
 手入れの行き届いたイングリッシュガーデンを通り抜け、ほのかはとうとう豪邸の玄関先にたった。
 緊張を解きほぐすように何度も深呼吸するほのか。

「ごめんください」

 腹を決めたほのかは確かな声色で住人に呼びかけた。

「だれかいませんか」

 声だけでは足りないと思い、彼女は扉についたドアノックハンドルをしきりに叩いた。

 古典的なよびだし方だったが、こっちの方法だとすぐさま洋館内から反応がかえってきた。耳を澄ませるほのか。だれかが階段を駆けおりてくる気配がする。足取りのかるさからして女かもしれない。
 ドアのカギを回され、きしんだ音をたてながら古めかしい扉はひらかれた。そこからたち現れた人物にほのかは息をのんだ。肩口の膨らんだ紺色のブラウス。紺を基調としたロングスカート。真っ白なエプロンドレス。正統派ヴィクトリアンスタイルのメイド服だ。おまけにそれを難なく着こなす彼女もすこぶるつきの美形。穏やかなひかりを帯びたグリーンアイズは意思の強さを感じさせ、カールをかけたゴールデン・ブラウニッシュ・ブロンドが夜風にゆれる。そこにいたのは貴族的な顔立ちをした妙齢の外国人メイドだった。
 彼女は白いサテングローブに包まれた両手を揃えて、しずしずとお辞儀した。

「お待たせいたしました。朝平ほのかさま」

 顔をあげたメイドはおっとりと笑いかけた。ネイティブ並みの日本語だ。

「私(わたくし)、当館のメイド長をまかされております、メロディ・ダーヴィンと申します。さあどうぞこちらへ」

 ほのかはたじろいだ。こんなにあっさりと館内に入れられていいのか。どんなトラップがあるかもしれないのに。

「ほのかさま。どうぞこちらへ」

 そんなほのかの様子もお構いなく、メロディと名乗ったメイドは自分のペースを乱さなかった。毒気を抜かれたほのかは、脅迫のこともあり、下手に逆らわず素直に館内へまねかれることにした。
 まずエントランスホールに案内されたほのか。館内の照明を落としているのか。ホールは全体的にダークで不気味な静けさに満ちている。まるでスラッシュ映画に登場する洋館のよう。彼女はいきなり臆病風に吹かれる。

「あのメロディさん」

 恐怖をふり払うように、ほのかは前方を歩いているメイドに話しかけた。

「よび捨てにしていただいてかまいません。ほのかさま」

 ほのかは彼女の前方に先回りした。

「メロディ。この館内にはあなた以外、だれが住んでいるんですか」

 ほのかと視線を交わらせたメロディは、しばし考えこみ、こう答える。

「いかんせん数が多すぎるので。すべての使用人の正確な人数を把握しているわけではありません。その質問にはお答えしかねます」

 メロディは申し訳なさそうに深々とあたまを下げた。

「だったらこの館の主人はだれですか!」ほのかはつめ寄った。

 メロディは一度は口を開きかけたが、結局はあいまいな笑みでごまかした。

「そんなにあせらずとも。主人はあなたにお会いするそうですよ。ほのかさまはあの方のお気に入りですから」

 その言葉にはいささかの嫉妬がまじっていたものの、お気に入りといういい回しが怒りの琴線に触れたほのかは気づかなかった。

「お気に入りだかなんだか知らないけど」

 ほのかの小声が聞き取れなかったのかメロディは首をかしげた。

「あなたの仕えている主人は卑劣な脅迫者なんだから!」

 こらえ切れず大声でいい放った。

「あなたは知らないかもしれないけど。そいつはわたしの部屋に盗撮カメラをしかけて、Eメールで脅迫文まで送ってきたんだよ。しかも翔のメールアドレスまで偽装して!」

 送信者の名前がわかった直後は気持ちが千々にみだれたが、よくよく考えれば、脅迫の証拠物件となるようなEメールをわざわざ送ってくるような馬鹿はあまりいない。逆に考えればそうするメリットがあったともいえる。

「やり方がみえ透いていて姑息だよ! 主人はいまどこにいるの。面と向かって話したいことが」

 メロディはほのかの唇に人差し指を当てて言葉をさえぎった。

「ほのかさまのお気持ちは十分に伝わりました。この屋敷の主人にかわって、あなたに不快な思いをさせてしまったことをこころから謝罪します。まことに申し訳ございませんでした」

 そんな風にうやうやしくあたまを下げられると、気炎を上げていたほのかも矛先をおさめるしかなかった。

「べつにあなたが謝罪することじゃなくて」ほのかは先ほどよりいくぶん優しい調子で語りかけた。「わたしはただ、あなたの主人に文句のひとつでもいってやりたいだけ」

 その先の言葉が思いつかず押し黙るほのか。両者のあいだに気まずい沈黙が流れる。

「あの、ほのかさま。じつはあなたに会っていただきたい人間がいるんです。少々お待ちいただけないでしょうか」

 そうことわりを入れたメロディは恐るおそるほのかをみつめた。ほのかよりもずっと高身長で、表情やしぐさもずっと大人びていた彼女だったが、こうすると可愛らしい少女にもみえた。

「わかりました。いいですよ」

 ほのかの了承を受けたメロディは表情をぱあっと華やがせた。

「ありがとうございます。それでは失礼して」

 メロディはロングスカートをたくしあげながら小走りで廊下を駆けた。
 ほのかはいぶかしそうに、はす向かいの部屋へ入りこんだメイドを見送った。

「お待たせしました」待つほどもなく、ほのかの眼前にメロディのすがたが戻ってきた。その白磁のような右腕に無骨なチェーンをたずさえて。ほのかはポカンと口を開けた。「いったいどういうつもりなの」

 てっきり主人を連れてくると思ったほのかは度肝を抜かされた。にぶい光沢を放つチェーンにつながれていたのは犬用の赤い首輪。しかもその首輪をはめられた主(ぬし)はまるで犬のように四つん這いで地べたを歩かされていた。

「彼女たちは先週からこの屋敷で飼われている牝犬たちなんです」

 さっきまでの清楚な態度とは打ってかわって、その瞳の奥に支配者の威厳をたたえながら、メロディは颯爽といった。

「すでに一通りの芸は仕込んであるんですよ。さあ、おすわりしなさい」

 メロディにチェーンを引っぱられた片割れは、人間の尊厳を踏みにじるような命令を嬉々として受け入れ、ボールギャグからよだれを垂らしながらおすわりをおこなった。
 アイマスクに隠されて表情はうかがえないが、尻尾があれば振りたくりそうなぐらいヒップを振ってメロディに媚を売っていた。
 揺れるEカップのバスト。貞操帯におおわれた秘裂と臀部からはバイブの振動音が漏れていた。

「ほのかさまは愛犬家だとうかがいました。どうですか。この牝犬たちもお気に召すといいのですが」

 きわめてふつうの態度で狂った言葉をつむいでいくメロディ。それがよけいに恐ろしかった。

「こんなのどう考えたっておかしいよ」ほのかは声を震わせた。「まさかわたしもこうなるっていいたいの!」

 ほのかは未来の自分を突きつけられたようでゾッとした。彼女たちも弱味をにぎられているのだろうか。そしてこんな自尊心を砕かれるような行為を強要されているのだろうか。

「それは微妙にちがいます」

 メロディは責めたてるようなほのかの問いを真っ向から否定した。

「ほのかさまは身分の低いこれら牝犬とは立場が異なりますし。私のような使用人風情とも一線を画しています」

 すらすらとまるでマニュアルでも読んでいるかのように語りはじめたメロディ。

「なにより彼女たちは無理強いされて牝犬になったわけではありません。みずからの意思で飼われるべき主人を見出したのです」

 言説を理解できるぶん、カルト宗教の狂信的な勧誘のほうがまだよかった。なおも熱弁をふるうメロディ。

「彼女たちはだれにも飼われない野良犬でした。それが幸運にも御主人さまに見出されたことで、飼い犬としての新たな生をうけたんです。私は御主人さまの命をうけて、そんな彼女たちをひと前にだせる立派な奴隷犬に教育しました」

 誇らしそうにふたりをつないだ鎖を撫でるメロディ。ほのかは彼女の幸福そうな表情が一片の曇りもなかったことに慄然とした。
 ほのかは熱に浮かされたように弁舌している彼女のすきをついて、屋敷から逃げようとした。

「かえられるのですか?」メロディはいった。「そうよ。もううんざりだから。あなたたちの狂った茶番に付き合わされるのはもううんざり!」最後にはわめき散らし、ほのかはこの屋敷からのがれ出ようとした。

「かしこまりました。屋外にいる使用人に車を出させましょう。ほのかさまの実家に送り届けます」、「結構です」ほのかは回れ右をした。

「しかし」メロディはもったいつけた。

「まだなにか!」

「いまかえられるのはあまりおすすめしません」

 メロディはロングスカートからICレコーダーをかかげた。

「お聞きください」レコーダーの再生ボタンが押されると、聞き覚えのあるあえぎ声が流れはじめた。それはまぎれもない。

「これはほのかさまがご自分を慰めているときの音源です。動画データもばっちり保存済みですので」

「インターネットにばら撒きたいならばら撒けばいいでしょう!」

 半ばやけっぱちになったほのかは、強い口調でいい切った。

「そうですか。このカードはもう通用しませんね」

 メロディはICレコーダーを落として、ショートブーツのかかとで思いきりふみ砕いた。

「このカード”は”もう通用しない?」

 ほのかはつぶさに言葉尻をとらえた。
 メロディはカールしたブロンドヘアーに細長いゆびをからませた。

「そうです。ほのかさま。種明かしをすると切り札はひとつだけじゃありません。このまま屋敷を離れるのも警察に通報されるのもご自由に。ただその場合、あなたの大切な恋人は若い命を散らすことになるでしょう」

 メロディはあの美紀がみせたようないじめっ子特有の目で、ほのかを見下ろした。

「おかしいとはおもいませんでしたか。翔さまのアドレスからあのメールが送られてきたことに」

 そこには言外に小馬鹿にしたような響きがあった。

「あのEメールは翔さまが所有する本物の携帯電話からおくりました。よってあのメールアドレスも本物ということになります」、「まさか翔ちゃんを」メロディはうなずいた。「お察しの通り。翔さまの身柄はこちらであずからせていただいてます。すべては」

「俺が組みたてた計画だったんだ。ポプラ」

 フィンガースナッピングの澄んだ音が、エントランスホールになり響いた。
 ほのかはとっさに目をつぶった。スナッピングに反応して、薄暗かった館内に次々と明かりが灯されていったからだ。

「ようこそ。人形の屋敷へ」

 ひかりに目を慣らしたほのかは、まぶたをゆっくり開けて声の主をさがし求めた。

「よう。ポプラ。いまはほのかでいいか。俺のことはおぼえてる?」

 降り注いできた声を追いかけ、ほのかはついに声の主を突きとめた。
 かれは二階の手すりから身を乗り出して、エントランスホールにいたほのかを見下ろしていた。

「あなたは!」褐色の肌に映えるグリーンアイズ。茶髪を綺麗に整えたツイストパーマ。彫りの深い顔立ちは、かれが黄色人種とは根本的に異なる遺伝子で成りたっているのだということを示していた。

「あなたはカフェの!」

「カーティス・L・グリーンだ。カーティスって呼んでくれ」

 黒人の男、カーティスは笑顔で軽口を叩いた。

「こうして面と向かって話すのは二度目だね。どう、この屋敷は気に入ってくれた?」

 ほのかにウインクしたカーティス。ほのかはそんなかれを鬼のような形相でにらみつけた。

「翔ちゃんは無事なの」、「ああ、元気すぎて困っちゃうぐらい」

 カーティスはあごをしゃくり、エントランスホールの中央に配置された椅子をさし示した。ほのかの位置からはやや遠かったため、長い背もたれしかみることができない。

「翔ちゃん!」ほのかは慌てて椅子のまえに疾駆した。「翔ちゃん。よかった、無事だったんだね」

 口元にはガムテープが張られ、両腕をひじ掛けに固定されてはいたが、とりあえずいのちに別条はなさそうだった。ほのかはガムテープを取り去って、ひじ掛けのロープも苦労しながらほどいた。

「ぷはあ」ようやく口で息ができるようになった翔は、赤くはれた口許で大きく息を吸った。その様子にカーティスも声をかける。「悪かったな、翔。こんな手荒なまねをして」

 親友に話しかけるようななれなれしい態度が気にさわり、翔はカーティスから目をそむけた。

「つれないやつだな。さっきまでなごやかに会話をしてたじゃない」

 やっぱりシカトだ。これではカーティスも面白くない。

「おい聞いてくれよ、ほのか。俺がそいつの携帯電話で脅迫文を送ったとき、そいつなんていったとおもう?」

 翔はおもむろにため息をつけた。

「おまえに話されるぐらいなら俺から話したほうがまだマシだ。”あいつまさか騙されないだろうな”って俺はいったんだ」

 翔は恥ずかしそうにほおを掻いた。

「ごめんな。おれってほのかのことを過小評価してたみたい」

 翔なりの冗談なのかどうか、状況が状況だけに判断はつかないが、ほのかはとりあえず冗談めかして答えた。「翔ちゃんはあんな卑怯なことはしないよ。それにシェイクスピアを引用するほど教養に富んでないから」

「褒めてるのか貶してるのか。ちょっと微妙だな」翔は複雑な表情をうかべた。

「それより翔ちゃん。いきさつを教えて」ほのかの問いに翔はかおをゆがめた。「はめられたんだよ。あの野郎、ほのかを装って公衆電話からかけてきたんだ。いますぐ青葉区青葉台の二丁目二十一番地に来てくれって。俺はすぐに屋敷へむかって、後頭部をガツンと一発」

 自分が情けなくなったのか。翔はそれ以上の言葉を続けなかった。

「さあ、そろそろいいだろ」カーティスはパンパンと手を叩いた。

「せっかくおもてなしの用意を整えたんだ。このままでは彼女たちに失礼だ。周りをじっくり見渡してくれ」

 ほのかと翔はそこでようやく異質な存在に気づかされた。

「なによこれ」、「たいそうな趣味だな」ほのかと翔は思いおもいの感想をつぶやいた。

 丈夫なスタンドにくくりつけられたボンテージスタイルの女たちがエントランスホールの各所に配置され、照明を咥えこんだアヌスを高らかにかかげていた。光源はこれだったのだ。

「変態もここまで極まればある種の畏敬の念を抱けるかもな」

 翔はある種の確信をいだきながら天井を見上げた。そこには限界まで開脚したまま照明をくくりつけられた人間シャンデリアが、天井から吊り下げられていた。

「こういう趣向をポゼッションプレイっていうんだ。相手の人格を剥奪して、いかにモノとして扱えるかを追求した」

「同じプレイ用語なら、オフサイドトラップとか、そういう健全なものだけを記憶したかったな」

 翔は吐き捨てるようにいった。

「どうして彼女たちはこんな命令に従ってるの」

 ほのかもカーティスに向けて問いかけた。

「いい質問だ」カーティスは長袖のすそをまくり、自身の右腕をほのかたちに突きだした。ほのかと翔は目をむいた。カーティスの右腕は肩口から上腕部にかけて皮膚の色が黒く、二の腕から指先にかけて皮膚が白かったのだ。

「もとの右腕はアフガニスタンのカブールで吹き飛ばされたよ。俺が海兵隊にいたころにな。名誉除隊してからこの右腕を移植されたんだ」

 カーティスは感慨深げに手のひらを何回か開閉させた。

「この腕の本当の持ち主は、地下鉄道(※南北戦争のころ、奴隷制がみとめられていたアメリカ南部から、奴隷制を廃止したアメリカ北部、カナダへ黒人の逃亡を手助けした組織のこと)メンバーだった曾祖父にゆかりのある男だ。その縁があって遺族は移植手術を承諾してくれた」

 ほのかと翔は怪訝そうな顔をした。それと彼女たちに命令できることにどんな因果関係があるのか。

「そんな顔をするなって。本題はここからなんだから」

 カーティスはふたりの疑問を察してそういった。

「その男は生前、シャーマニズムやアニミズムに傾倒していた。気やエレメントを理解することで呪術や祈りや奇跡を起こすことに執念を燃やしていたんだ」

 ほのかと翔は顔を見合わせた。ますます意味がわからない。その様子にカーティスはため息をつける。

「――とどのつまり俺には手のひらで人間を支配できるスキルがあるんだよ」カーティスはムスッとした表情で語った。

 ほのかと翔のなかでバラバラだったパズルのピースがカチャリとはまる音がした。

「じゃあここの使用人たちも」ほのかは確信をこめていった。「ご明察。この洋館もふくめて資産家から提供してもらったよ」カーティスは手のひらをぷらぷらと振った。「きみにも心当たりがあるだろ。毎晩のごとく淫夢に苛まれたはずだから」

「あの悪趣味な夢はあなたの仕業だったの」ほのかは怒気をみなぎらせる。

「大正解」カーティスはパチパチと拍手した。

「便利なスキルだよ。ありとあらゆる人間の思考回路を操作できるから。催眠暗示をかけるのも朝飯前。指先がキーボードに触れるから、インターネットを通じて世界中の人間もコントロール可能だ」

 まあ、打ちこんだ文字に相手が目を通さないと無意味だけど。カーティスはそんな風に言葉をおえた。
 つまりほのかはインターネットの向こう側から魔の手を伸ばされたのだ。日常生活であまりインターネットを使わないだけに。相手がどんなやりかたで暗示をかけたかすぐに察しがついた。

「その顔は俺の手口を見抜いたものかな」カーティスは二階の手すりから引きさがると、石階段のゆるやかなカーブに沿いながら、ほのかたちのいるエントランスホールへと下りてきた。

「チャットをつかって暗示をかける。我ながらいいアイディアだとおもわない?」

「じゃあ、あのチャットを利用して」

「暗示をかけさせてもらったよ」

 カーティスはうやうやしく頭を下げるメロディを横切り、鎖に繋がれたふたりの女性に歩み寄った。

「どうやってアプローチするか。その作戦を練るだけでも骨が折れたよ。いじめられている人間は大なり小なり他人を寄せつけなくなる。疑心暗鬼になると催眠暗示をかけることも容易にできないからな」

 そういったカーティスは、向かって右隣りにいた少女から猿ぐつわを取りはずしてやった。

「だからきみの好きな分野から攻めることにしたんだ」次いでアイマスクにも手をかけたカーティス。「協力者の手を借りて」

 はたしてあらわになった人物は、ほのかの想像の斜め上をいっていた。

「ナツミ!?」犬のように四つん這いでそこにいたのは、ほのかの無二の親友である神宮寺 ナツミだったのだ。

「おかげでいろいろたちまわれたよ。美紀とからみ合う夢はもちろん。一日の自慰回数を増やすように暗示をかけることができたんだから」

 ほのかはめまいを覚えた。まさかナツミが自分を愛犬家サイトに誘った裏にこんな理由があったなんて。

「驚くのはまだ早いかも」カーティスはもうひとりの女からも猿ぐつわとアイマスクを取り除いた。

「そんな馬鹿な」彼女の顔をみたほのかに激震が走った。「どうして美紀が!」

 どうして彼女のすがたがここにあるのか。ほのかの思考回路は、畳みかけるような異常事態を処理しきれず、著しくショートした。

「きみへのいじめをやめさせるために彼女へ近づいたが。結果的に思わぬひろいものだったよ。この洋館も本当は彼女の両親のものだ」

 ある種の現実逃避に走ったほのかを尻目にして、淡々と言葉を続けるカーティス。

「彼女はいまぼんやりしてるのがわかるか?」

 ほのかは美紀の表情をもう一度たしかめた。たしかに心ここにあらずといった様子だった。

「いま美紀には思考凍結をほどこしてる。応用すれば」

 かれはほのかに手のひらを差し向けた。するとほのかは血の気が引いたような表情を浮かべる。つま先からあたまのてっぺんにいたるまで、じぶんの意志では動かせなくなってしまったのだ。

「こんな風にあいてのからだを硬直させることもできる」

 カーティスは得意満面といった調子で語った。

「翔ちゃん、助けて」となりにいる彼氏にヘルプを求めたほのかだったが、かれも自分と似たような状況に陥っていた。いや、ほのかには意識があったが翔には意識がないようだった。

「あいつには一足先におやすみしてもらったよ。大丈夫。いちおう息はあるから」

 ほのかにとって何らなぐさめにもならないフォローを入れながら、カーティスはスキのない身のこなしでほのかに迫った。

「心理障壁もこの一週間でいい具合にほぐれてきたし」

 カーティスは背伸びしたり、ゆびの関節をポキポキ鳴らしてウォーミングアップした。
 これからほのかにどんなおぞましい施術をするのか、想像するだけで恐ろしかった。ほのかは身をよじってカーティスから逃れようとするが、からだはピクリとも動いちゃくれない。そんなほのかを滑稽だとでもいわんばかりにカーティスはあざ笑った。

「俺が飽きるまでずっと飼ってやるから」

 とうとうカーティスの手のひらが彼女のひたいに触れてしまった。まるで電気ショックを受けたように痙攣しはじめるほのか。

「大丈夫だ。きみはひと目ぼれしたあいてだから手荒なまねはしないよ」

 これで終わりなのかな。
 ほのかは得がたい恍惚感とともにほの暗い奈落の底へと意識を沈めていった。

* * *
 
 応接間を超えた先の広々としたダンスホール。翔は後ろ手に縛られたまま、かれにあつらえられた豪奢な椅子に乗せられていた。
 かれの目に映ったのは色とりどりの仮面をつけた男女。この屋敷に籍を置いて奉公していたメイドと男性使用人がペアを組み、今宵の仮面舞踏会に興じていた。ダンスホールにはゆったりとした曲調のクラシックがながれている。

「どういうつもりだ。あの野郎」

 翔は身動きできないことに多大なストレスをかんじながら、その滑稽な仮面舞踏会を見続けるしかなかった。
 時間の感覚はそろそろ薄れてきている。あの男、カーティス・グリーンと名乗った悪魔との邂逅から、どれぐらいの時間がたったのだろう。四日か五日か、あるいは数週間ぐらい経過してしまったかもしれない。この洋館に幽閉されたままでは日付をたしかめるすべもなかった。

「いまはどうしているんだろうな。あいつ」

 翔はいままで脳裏によぎりながらも、あえてかんがえるのを避けてきたほのかのことにおもいを馳せた。
 あの日以来、ほのかとはコンタクトがとれずにいる。
 とれたとしても彼女にどのような変化がおとずれているか見当もつかない。すべてはあの悪魔の手のひらだからだ。

「まるで孫悟空にでもなったみたいだ」

 他人のおもうがままにイニシアチブをとられるのは不愉快極まりないものだ。できればイニシアチブをとりかえしたいが、椅子の足を固定している頑強なボルトがそれをゆるしてくれそうにない。
 かれこれ三日ぐらい椅子をゆらして、ボルトがゆるむかどうか確認したが、結果はわずかなゆるみを作っただけだった。

「俺を置いてけぼりにしてどうするつもりだよ。あの野郎」

 この洋館に閉じこめられてからというもの、独り言が多くなってきた気がする。なんといっても話しあいてがいないのだ。カーティスに対するはらわたの煮えくりかえるような殺意がなければ、確実に発狂していただろう。

「けんもほろろだな。こっちはきちんとご飯を食べさせて、寝床まで提供しているのに」

 しばらく悶々としていたところに、翔にとっては数日ぶりの不愉快極まりない声が聞こえてきた。

「恩着せがましいやつだな。ひとを監禁状態にしているサイコパスが、偉そうに語るな」

「捕囚の身なんだ。拷問されないだけマシだろ」

 翔は歯噛みしながらカーティスに食ってかかったが、言葉巧みにあしらわれてしまった。
 翔からはなれた場所にたっていたカーティスは、舞踏会参加者たちの合間を縫うようにしてダンスホールの中心をつき進んだ。そうして翔の眼前へとついたカーティスは、「おひさしぶり」とかるい調子で挨拶してきた。

「あれから数日たったが。さすがに覚悟はできているみたいだな」

「おまえのおかげでかんがえる時間はたっぷりあったからな」

 翔はそういいながら肩をすくめた。あいては人心掌握術、いや、まさしく洗脳術を武器にしているのだ。加えて社会病質の性的サディスト。翔は本当の意味で覚悟を決めていた。

「おまえなら他人の彼女を寝取るぐらい平気でやるだろうな」

 あえてその言葉を否定せず、カーティスはパンパンと手を叩いた。
 天井に備えつけられたスポットライトが、翔の対角線上のある一点を照らしだした。さらに舞踏会の参加者たちが、出エジプト記におけるモーセの十戒のように真っ二つに割れて、そこからひとりの女性がたち現れる。

「ほのか」翔の口から無意識にすべり落ちたのは、愛すべき彼女の名前。

 ほのかは仮面舞踏会にふさわしい華やかな赤のドレスで全身を着飾り、おだやかな眼差しで翔をみつめていた。一見したところ着ているドレス以外にふだんのほのかと異なったところはない。しかし翔は安心できず、そばにいたカーティスを睨みつけた。

「おいおい。そんな目で俺をにらみつけるなよ。疑り深いやつだな。ドレスの下にはちゃんと下着をつけさせているし、バイブもローターもアナルビーズもつかってないから」

 翔はちがう意味で感心した。よくもまあ視線ひとつでこちらのいいたいことを理解できたなと。もっともカーティスの言葉を信じるかどうかはまた別問題だったけれど。

「おまえの言葉なんて信じられるわけないだろ。どうせ俺のまえでおまえのことを叫びながらセックスとか。そういうオチに決まってる」

 カーティスが秘めている過度の支配欲をすでに目の当たりにしていた翔は、油断なくほのかの挙動を見守った。

「とことん信用がないんだな。無理もないけど。しょうがない」そういって翔はほのかにむかってこっちに来いと叫んだ。だが意外なことにほのかはその言葉をうけていやそうな顔をした。「気安くほのかって呼ばないでよ」

 その言動にいちばん驚かされたのは、ほかでもない翔だった。
 そのままポカンとしている翔めがけてほのかは一目散に駆けよってきた。

「大丈夫だった。翔ちゃん。この変態男に妙なことされなかった?」

 むしろ彼女が妙なことをされていなかったか心配していただけに、翔は目を白黒させた。
 こうして間近にしてもほのかはいつものほのかのまま。なにか魂胆があるにちがいないと、翔はほのかから目をそむける。

「おい、カーティス。これはどういうことなんだよ。いったいなにを企んでる」

「どういうこともなにも、ほのかの恋愛感情にいっさい手をつけなかっただけだ。ほのかのこころはありし日のまま。きみが愛する大人しくて恥ずかしがりやの彼女だ」

「苦労してせっかく手中におさめたほのかをおまえが弄らなかった? そんな虫のいいこと信じられるか」

「まあそのとおりなんだけどね」

 カーティスはほのかの真後ろに歩みより、耳に息がかかるほどの距離でそっとつぶやいた。

「きみのアヌスの使用許可がおりた。かれは数時間ぐらいトイレにいっていないからさ。そろそろ催してくるはずだ」

「ええ! 翔ちゃん、そうなの?」

 ことの経緯を見守っていた翔は、気が抜けたように椅子へとへたりこんだ。
 どうせこんなことだと覚悟していたが、いざ現実になるとやはりショックだった。
 ほのかは常識をねじ曲げられたのか。それとも命令を素直に受けいれる暗示なのか。いずれにしても翔が想定していた最悪の事態が、いままさに具現化しようとしていた。

「ほのか。きみのオナホール・件・公衆便所を準備してくれ。そうそう。アヌスはきちんと朝昼晩に腸内洗浄をしているかい?」

「あたりまえじゃない。それが公衆便所のつとめなんだから」

「そうだったね。じゃあきみの彼氏にきれいにした性欲処理用の公衆便器をみせてやろうぜ」

 ほのかは「翔ちゃんにはいつもみせているのに」と愚痴りながら、ドレスのロングスカート部分をたくしあげはじめた。徐々にストッキングを釣りあげたガーターベルトがみえてくるなか、翔はこれでもかというほど沈んだ声でカーティスにいう。

「おまえは生粋の変態でサディストだな」

「あんまり悪口が過ぎると。このスプレー式コンドームをくれてやらないぞ。まあ彼女の腸壁を生のペニスで抉りたいなら話はべつだが」そういわれた翔は、うなだれながら返事をした。「拒否するっていう選択肢は?」

「拒否権はもちろんない。断ればほのかの人間としての最後の尊厳を奪いとるまでだ」

 カーティスは凄みを利かせて翔を脅したあと、かれにむけてスプレー式のコンドームを投げわたした。コンドームは拘束されていた翔の足元へと落下する。そのあとカーティスは、バックにセレーションがついたブラックパウダーコートのナイフで、翔を縛っていた拘束具を切りさいた。
 どうして拘束を解いたのか。いうまでもない。カーティスは翔にコンドームでスプレーコートした男性器を、ほのかのアヌスに挿入しろと言外にいっているのだ。

 翔は頭痛をおぼえた。覚悟を決めていたとはいえ、彼女を寝取られるよりも残酷な仕打ちだ。翔はカーティスにどうしてこんな暗示を仕込んだのかと問いかけた。その質問にカーティスは嬉々として答える。

「半分は俺の仕業で。半分はほのか自身のせいだ。最初は恋愛感情を植えつけて抱いてみたんだが、ヴァギナを貫いてから数分とたたないうちに暗示が解けた。こんどはセックスはあたりまえって暗示を刻んでみたんだが、これも上手くいかない。セックスはしてもいいけど彼氏は裏切れないといわれた。おまえへの愛情だけは暗示でも消せなかった」

 カーティスは「その点は認めざるを得ない」と翔を持ちあげた。
 もちろん、その言葉を額面どおりに受けとれるわけがない。

「ほのかはしつけがよかったのか、それなりの貞操観念をもっていたんだ。セックスするあいてがふたりいることに耐えられない。善悪の矛盾を解決できなくなったほのかは、じぶんを人権のない肉便器にすることで妥協した」

「おまえがそうなるように思考誘導したんだろ。すくなくともおまえは一枚噛んでいたはずだ」

「俺のことはいいから、さっさと彼女のアヌスにおまえのいち物を突っこんでやるんだな」そういいながらカーティスはほのかの肛門に埋まっていたアナルプラグをちからいっぱい引きぬいた。「このとおり一週間かけて括約筋をほぐしておいたから」

 ほのかは翔に背をみせて上半身をたおした。そのまま自身の尻たぶを両手でひろげて、翔にみせつけるようにヒップを突きだしてきた。彼女はにこやかに微笑みながら、翔へと流し目をおくった。

「翔ちゃん。ほらいつものようにあなたの極太ペニスをぶちこんで、わたしの清潔にしたケツま○こで精いっぱいのご奉仕をさせて」彼女は拡張されたお尻の窄まりにゆびを突きさして、腸内洗浄してきれいになった腸壁をこすり、翔を誘うように腰をふる。
 彼女のまだ男を知らないアヌスは、これからおとずれる肉の悦びに期待してひくひくと蠢いていた。

「ヴァギナの処女は彼女自身が奪ってしまったが、お尻の最初はまだだれにも捧げていない。おわびのしるしにアヌスの処女をゆずってやるから。寛容な俺に感謝してくれよ」

「ふざけるな、カーティス。こんなことをしてなんの意味がある。それにどうしておまえ自身が抱かないんだ!」

「道義心と臆病はじつは同じことだ。俺はじぶんの欲望に従っただけ。後者の質問について答えると、理由は単純明快だ。これから俺の仲間になろうとする人間への贈りものだよ」

 カーティスはこれから行為に及ぼうとしているふたりから目を離して、遠い目をしながら語りだした。

「俺の母親は歴史上もっとも古い仕事についていた。アナポリスのアパートで毎晩のごとくひどい光景をみせられたよ。いまの俺が形成されたのはそのときだろうな」

「鰐の空涙だな」翔はカーティスの同情を引きたさそうな話を、一刀両断のもとに切り捨てた。

「同情でも買いたいのか?」

「そういう気骨のあるところが気にいったんだ。同情を買いたい? 答えはノー。友に選ぶなら容姿の優れた者を、知人には性格の優れたものを、敵には知能のすぐれた者を。おまえみたいに歯ごたえのある人間を仲間にしたかったんだよ」

「なにを馬鹿なことを」

「種を明かすと、ほのかにひと目惚れしたのは事実だが、最初に目をつけたのはおまえだったんだよ。もちろん仲間として取りこむために。ほのかを知ったのはその副産物だった」カーティスの言葉はにわかには信じがたかった。「ふざけるなよ。それを信じるならおまえの目的は俺だったってことになるだろ。そんな馬鹿な」

「信じる、信じないはともかく。こちらにはきみを愛したままの人質がいるんだ。断れないだろ?」

「わかった。気にくわないが、おまえの仲間になるしかない。ただしほのかの安全と人権が保障されるなら」

 いまのところほかに選択肢は用意されていないようだった。
 翔はじぶんの男性器をスプレーコンドームでコートしながら、カーティスの要求を受けいれた。

「おまえみたいなやつの仲間になるなんて。ほのかに殺されるな」当のほのかはアナルセックスへの期待ですっかり出来上がり、周りの声が届いていないようだ。翔は彼女のようすに深いため息をつける。

「そう邪見にするなよ。おなじ女を愛した仲だろ」

「ひとつ聞きたいことがある。おまえは俺を仲間にしてどうする。なにを目指してなにをやり遂げるか。つまり目標だ。それを明確にしないと、俺を仲間にしても無意味だからな」

「とりあえず当座の目的は、この屋敷に俺たちのハーレムを築きあげることだな。そのために用意したこの屋敷はどうだ?」

 カーティスはもろ手をあげて、翔に絢爛豪華な屋敷内を誇示した。

「ここは俺たちがものにした根城だ。現代によみがえったキャメロット。ああ、ごめん。おまえがキャメロットを知っているわけないか。キャメロットっていうのは」

「馬鹿にするな。それぐらい俺にだってわかる」

「悪いわるい。キャメロットは微妙な例えかな。豪華といってもここはお城じゃないし。じゃあ獲物を狩るためのスナイパーズ・ネストはどうだ? スナイパーの狙撃ポイント。これなら元海兵隊員の俺にぴったりだし」

「おまえが海兵隊に所属していたのか。海兵隊の精神鑑定はザルなんだな」

 カーティスに悪態をつきつつ、翔はこれからどうするべきかをかんがえた。この男の一語一句・一挙手一投足をあまさず記憶することで、反撃の糸口をみつけるしかない。それがいまの翔にできる最良の策だった。

「あいかわらず口の減らないガキだな。まあ正気の人間と話すのはひさしぶりだから構わないけど。――そろそろ彼女がしびれを切らしそうだ。仲間になる決心はついたんだろ。挿入してやったらどうだ」

 男にうながされた翔は、天を仰いで呼吸を整えた。
 気持ちの整理がついた翔は、ほのかのゆるんだ括約筋をみずからの剛直で割りひらいたのだった。

< 完 >

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