妄想科学実験小説「HEAD GEAR」

※本小説の考証に使用した術語及び研究機関情報、金融術語は、全て筆者が適当に漁ってきた情報にフィクション特有の半可通的味付けを施したもので、内容の正確性は一切保証いたしかねます。全て内容はフィクションのため、実在の人物・団体、および特定の研究機関には一切関係ありません。

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─ Prologue ─

 真夏の昼下がり。エアコンが機能していなければ、西日の差し込むこの場所は忽ち焦熱地獄になることだろう。
 ここは帝立大学医学部第二研究室。我が国の頭脳が集結したと謳われる最高学府の、医学の最高峰の一つである。
 権威ある研究室に相応しく、黒板の前に教官の事務机を兼ねた教卓が置かれている点こそ一般の教室同様だが、その教卓から見渡せるスペースは二十名ほどの研究者の収容を可能にしており、実験や会議・ミーティングにも利用される長机が三台も並べられている。これで剖検などの実習スペースが別にあるというのだから、斯界の研究者にとっては垂涎の的と言ってもいいだろう。
 だが、今日は研究生を休ませているため、人気は無い。
 そこに、表情の乏しい痩せた男が屹立していた。名を、高山良二(たかやまりょうじ)という。齢三六歳、医学部准教授・大脳生理学専攻。他大学では取り立てて目立つ肩書きではないが、教授の地位に就くまでを実力最優先で選考する──増えた教授の数は研究成果に応じて優先順位づけされ、低位の者は関連他大学の教授として速やかに放逐される──この大学にあっては、珍しい存在だと言える。出世意欲が極端に乏しいか、はたまた研究の果てに早々と限界に達してしまったか、そう思われても不思議ではない。
 准教授の身でこのような研究室を抱えるわけもあろうはずがなく、彼は今目の前の教卓にいる、師匠筋の丸田(まるた)教授と向かい合う状態だった。無論、丸田こそがこの〝城〟の主だ。

「相変わらずだなぁ、高山」
「──はぁ」
「……」
 丸田教授の声には幾分皮肉が篭もっていたのだが、柳に風とやり過ごす高山准教授は腹が据わっているのか、心底何も考えていないのか。その鈍感さに、いつものように閉口する丸田。
 バサリ、と丸田は手元の書類を乱暴に高山に投げつける。
「……これは、紀要論文としては認められない。査読にも値せず、だ」
「──そうですか」
 四十代半ばと思われる丸田は、その禿頭に似つかわしい低く太い声をかけるが、対する高山はハウリングノイズのようなキイキイと耳障りになる声を、かすかに上げるのみだ。
 跪き、書類を拾い上げる高山。
「……それで、いいのか? また研究を発表できないまま埋もれさせて、……お前はそれで納得できるのか、高山?」
「教授にご認可いただけねば、如何とも仕様がありません」
「──何度言ったら分かるんだ!!」
「はぁ……」
 軋む程に机を叩いて怒りを露にする丸田だが、さして高山には応えていない風情である。

 研究者とはいえ、大学という組織に属している以上、ある程度のノルマを課される事態は避けられない。それに対応するのが論文の発表本数といういことになるが、どこにでも発表すればいいというものではない。権威ある学会誌、卑近なところでは所属大学の紀要論文がその発表媒体としては適切となろう。
 だが、「Nature」などの学会誌は精密な査読を事前に行っており、また実績ある研究者の名前が発表者名の中に入っていなければ、そのハードルも飛躍的に上昇する。早い話が『市井のインチキ科学者の論文など、査読にすら値しない』ということだ。大学の紀要論文ともなればハードル自体は下がるものの、更に学内政治が反映されてしまう。研究実績を積んだ、然るべき肩書きを持った人物が名を連ねてなければ、相手にもされない。では教授などの「権威ある方々」は弟子に只名前を貸せばいいのかというと、そうもいかない。自分の名前が論文中に入る以上、その論文の内容について、一片なりとも自らの責任として引き受けなければならないからだ。
 だから各大学の教授は、自分の名誉を守るためにも、事前に自ら査読を行って〝名義貸し〟に値する内容かどうかをチェックすることになる。反面、あまり基準を厳しくすれば弟子筋の発表本数が減ってしまって、自身の指導力を問われることになる。

「俺の目の黒いうちは、こんな研究を認めるわけにいかん」
「……ですが教授、未踏の領域であることは間違いないのですよ?」
「医学は侵襲的研究を積極的に進めるわけにいかんのだ!」
「はぁ、そんなもんですか」
「……そうやっていつまでも昼行灯を決め込んでいられると思うなよ」
 表情も変えず無反応な高山に、威圧の一睨みを効かせる。

「──教授。もうマウスやサルでの動物実験をどれだけ重ねてきたとお思いですか? ……残された追試は、より知性の高い生物でなければ、やる意味がありません。今回の論文はそのために、敢えてヒトでの追試を匂わせるに留めたのです」
「きっ、き、貴様はロボトミーを忘れたのかっ!?」
 丸田の手元から、今度はペンが飛んでいく。敢えて避けることすらせず、高山は直立不動だ。白衣の左脇腹部に黒々としたラインを残して、ペンは床に落下する。
「……前頭葉侵襲という精神的外科療法を乱暴に立案し、ノーベル賞まで臆面もなく授与され、果てには外科療法そのものの命脈まで断ち切ってしまった、学会の恥、ですか」
「そんな論文に私の名は貸せん!」
「この論文は技術的にもリスク的にも、ロボトミーとは別物です。ですが教授のお名前が無ければ、その発表すらできません」
「だから、方針そのものに問題があると何故気付かん!?」
 ブワッと大きな音が二人きりの研究室に響き渡る。
 音の出る放屁は激した時の丸田の習癖だ。
 鼻腔は強い臭いに反応するが、このシチュエーションでは鼻を摘んでみせたり窓を開けたりといった芸当は許されそうにない。
 窓外の木立から、二人の沈黙を埋めるように蜩の鳴き声が響き渡る。

「……寧ろ、なぜ〝そんな次元(ばしょ)〟に固執するのか問いたいですよ。〝知能〟の所在ですら線上回・角回と見定められてしまった。残る領域は何です? 神経繊維の網目に幽霊のように漂っている〝意識〟しかないじゃないですか! 〝意識〟を探求するのに、人間を使わなくてどうします!!」
「光反応遺伝子の移植実験が……」
「DNA移植こそ、ラットレベルの動物相手にしかできない話じゃないですか!? 問題は〝意識〟なんですよ。それとも教授(センセイ)は、お願いすれば人体の遺伝子操作を認めてくださるとでも?」
 いつの間にか議論の攻守が入れ替わってしまっている。
「……ならば、fMRI(function-MRI)を実施すればいいだけの話だ」
 ──fMRIは、電界の中に被検体を置き、特定の電波を与えることで水素原子から反射されてくるMR信号を受信し、その体内分布を解析する、CTやPETに代わる現代の先端脳分析手法である。個々の神経細胞が活発になるほど酸素を要求し、酸素結合ヘモグロビンが集中することから、被検体にメスを入れることなく、被曝リスクを与えることなく、安静にしていれば意識を剥奪する必要すらなく、脳内の活動が調査できる、いわば現代の〝魔法の棺桶〟だ。
「は! 何度やっても、終わることのない〝無間・実験地獄〟ですか。MR信号解析のBOLD法は既に定着してますよ。教授はあんなもので、本当に意識の正体が見極められるとお思いで?」
 ──そう。意識を持った存在の脳内検査であるが故に、実験データは目的外因子によるノイズに塗れたものになる。
 脳が種々雑多な意識・無意識の事項に対し同時並列処理を行う構造になっており、しかも無意識の事項に至っては人体の活動維持に不可欠なことも多いため、実験は常にノイズとの戦いになるのだ。それを浄化するために、被検体に何らかの〝課題〟を意識させて、実験を行うのが主流ではあるが……。
「緻密に課題設定を行えば、実験のノイズ・クリーニングも精度を上げられよう」
「緻密? 課題設定? ……教授(センセイ)、もう実験から離れて何年になっておいでですか? そのお歳で世間ボケですか? 課題は現実の微分点でしかない。微分なんざ何度繰り返しても、同じ関数の上でのたうち回るだけの愚行でしょう。座標軸も分からずに、そもそも関数内のデータかそうでないノイズかをどう分別するんです? 五年以上、センセイの代わりに無数の実験をやってきた僕が、そのいい見本ですよ! どこにブレイクスルーがあるって言うんですか!?」
「……ブレイクスルーに至るまでの苦闘は、どの世界でもありふれた話だ。高山、お前はそこに足をとられて目指す場所を見失っている」
 二人の議論はいつまでも平行線上に留まっている。

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●一日目(一)

 季節は晩冬。日差しに春の匂いが感じられるようになったとはいえ、日光と無縁の地下では、まだまだ寒さが底深く残っている。室内なら暖房もあるが、通路や廊下はその恩恵に預かれないので、上着の着用が欠かせない。

 ギィ、ギイ、ギイ……
 リノリウムの階段とはいえ、滑り止め材の劣化は否めず、久方振りに訪れる訪問者の足に悲鳴を上げている。
 帝立大学・理工学部棟、地下二階。
 地下一階にはいくつもの研究室があり、更に地下二階より下に潜れば実験用の大ホールまである(実験機材の大きさを考えれば仕方ない話だが)。ちょうど両者に挟まれた恰好の地下二階は、地下一階同様にエレベーターも利用できず、あらゆる者から忘れ去られた廃墟の態を成していた。学生の学園祭などで利用された廃材や各種研究活動で用済みになった部材が彼方此方に放置されているので、そもそも人の来るべき場所ですらないと思わせる風情だ。
 外は真っ昼間だというのに、照明も朧な地下の廊下は、奥に進むに従って闇に煙る。遊園地のお化け屋敷でお馴染みの演出ではあるが、よもやこんな所でそんな光景にお目にかかろうとは。

「本当に、ここなの……? 医学部の人の研究室って聞いたのに、理工学部棟の、こんな場所なんて……」
 四年・英文学部の金沢清美(かなざわきよみ)は、不安気に辺りを見回す。記憶通りの道を辿っているとはいえ、彼女にとっては無縁に近い理科系研究棟、しかも人気のない地下深くともなれば、彼女ならずとも不安を覚えずにいられない。
 見ればあちこちの廃材にはうずたかく埃が積もっており、早くも清美は就職活動に使ったスーツのジャケットが汚れないか気になって、こんな場所に来たことを後悔し始めていた。キューティクルが自慢のセミロングも、埃を被ってしまえばフケと見分けが付かなくなってしまう。

 思えば長い就職活動だった。早くからアナウンスセミナーなど、マスコミの青田刈り説明会にも参加したし、面接想定のOB面談も何度経験したことか。その甲斐あって、やっと某キー局への入社内定を取り付けたのだ。
 清美は自分に人並み以上の容貌が備わっているのを自覚しており、またそれに驕らない良識を持っていた。〝清楚〟なキャラクターならある意味持って生まれた才能の世界だ。だが彼女は快活な笑顔の似合うタイプで、周囲からも暗黙裡に積極性を期待される。積極的であればあるほど、バランス感覚やコミュニケーション能力を要求されるのが人の世の習いというものだ。知性のある会話をするには実際の知能や学習がバックボーンとして不可欠だし、かといって流行チェックを怠ると、周囲の話題に付いていけなくなって元も子もない。進路の選択肢を確保するためにも学力や学歴が必要で、かといってガリ勉状態になれば運動能力も身だしなみも壊滅的な状態になってしまう。
 そんな目に見えない努力の結実点に、やっと手が届いたのだ。

「何が悲しくて、こんなところまで……」
 ──残してた教養課程、心理学を選択したのが失敗だったかなぁ……。
 そう嘆いてみても愚痴にしかならない。

 彼女とて学業を怠ってきたわけではない。試験対策と友人作りを兼ねてサークルにこそ入っていたが、清美には〝大学もまた、社会人になるまでのプロセスに過ぎない〟という意識があった。社会人になった時にプラスになるように教科選択も行い、アルバイトにも精を出し、成績も(サークル先輩連中の過去問対策のお陰もあるが)優・良を多数残しているところから、学業も決して疎かにしていなかったことが分かるだろう。

 ただ、ちょっとした気の迷いというか、後で役に立つかもという思いつきで、教科選択をしてしまったのだ。担当講師の過去問資料が一切無いところに不安が無いではなかった。が、出席チェックは結構緩くて融通が効きそうだったし、フロイト的な診療医学であれば、理系に疎い自分でも何とかなりそうだし、卒業後の社会人生活に役立つこともあるだろうと思ったのだ。
 その結果は惨憺たるものだった。実際の講義は生理学──高校でチラとだけかじった、犬の「条件反射」とか、その手の類──に近いもので、講師に至っては(後から分かったことだが)大脳生理学専攻。理系に疎い清美にとって、相性の悪いことこの上ない。真面目に出席していれば分かる内容かと言えば、それでも無理だったろうと今でも清美は断言できる。次第に講義から足が遠のき、お義理で最低出席回数をこなす日々になるのも無理からぬ話だ。
 こんなケースでも天罰覿面、と言うのだろうか。後期試験で全ての単位を取得できた清美も、心理学だけは不可の烙印を押されることになってしまった。
 勿論それでは困る。卒業まで残りわずかで、取得単位不足、しかも教養過程でなんて生き恥もいいところだ。
 となれば、答えは一つ。ダメでもともと、講師本人に泣いてすがってでも、せめて「可」はもらってしまわねばならない。
 結果、学生課に講師──高山良二准教授──の所在を問い合わせて、こんな辺鄙な場所の研究室にやって来る羽目になった次第、というわけだ。

 廃材の中をかき分けながら講師を説得する手段について思いを巡らす間に、一本道の廊下は突き当たりになった。右脇に小さなドアがある。が、看板があるでもなく標識が設置されているでもなく、一体何の部屋か分かったものではない。
 学生課の担当の説明でも聞かせて貰ったように、この高山准教授とやら、プライベートは相当な変人らしい。それでいて、こなしている実験の数はかなりのもので、名だたる帝立大の教授の中には、彼に結構な量の実験レポートをおっ被せて、学会向けの論文を発表している先生もいるとか。教養課程での講義も何度か本人自ら辞退していたが、准教授という立場上そういうわけにはいくまいと散々説得された末に実現したものらしい。元々発表してきた紀要論文の数も少なく、准教授という地位にギリギリでしがみ付いている立場としては、専門領域でない講義でも引き受けざるを得ない……、とか。
 とはいえ、准教授が(場所が場所とはいえ)独自に研究室を持っているなんて話は清美も聞いたことが無い。実験数の多さや教授連への論文協力によって、教授会で黙認してもらったのだろう。但し室内の機材一切は事務局にツッパネられた結果自己負担になっているそうだから、この分じゃどんな貧相な研究室に入ることになるやら分かったものではない。昨今の国による大学助成金のカットという荒波は、この帝立大とて例外じゃないのだ。

 コンコン、と手が汚れないか不安を過らせながら、軽くノックしてみる。
「開いてるよ~」
 ドア越しにか細い声が聞こえてくる。
「入ります……」

 驚いた。
 地下の階段や廊下は惨憺たる状態だったにも関わらず、十畳ほどの室内は実にこざっぱりとしている。棚には実験用具の類が整理整頓されており、埃や煤で汚れた気配はない。来客時には簡易応接セットになるのであろう、安っぽい折りたたみ椅子とテーブルが部屋の中央に鎮座しているが、テーブルには薬品の染みや汚れの痕跡も見当たらない。
 その奥の事務机でラップトップと睨めっこしている、ハリガネのような体つきの男が、目当ての高山准教授だろう。ケーブルが繋がっていないところを見るに、どうやらこんな地下にまで勝手に無線LANを設置しているらしい。

「あら、どなた?」
 後ろからの声に清美は不意をつかれた。
 ドアの脇の造花越しに、驚くほどの美人が白衣を着て立っていた。清美の容貌が健康的だとすれば、逆に彼女は大人の色香を無意識に身に纏っている。ロングヘアを後頭部でアップに纏めた黒髪、シルバーフレームの眼鏡越しには涼やかな切れ長の瞳が覗き、鼻筋もスラリと通って、雑誌……少なくとも学内サークル誌あたりなら、グラビアを飾ってもおかしくないと思う。化粧っ気の無いのが同性ながら勿体ないくらいだ。白衣にグレーのタイトスカート姿では上半身の体型までは見て取れないが、引き締まった足首は十分にその美しさを想像させる。
 漂わせている理知的な雰囲気は研究室に相応しいものだが、どこか違和感を感じてしまうのは、その白衣でも抑えきれていない色香のせいだろうか? それとも同性故の嫉妬による、過剰反応?
 ──嫌だ、何考えてんの、私。
「おいおい、久能くん。びっくりしてるじゃない」と、ノートPCを閉じた高山准教授が声をかけ、清美は今回の訪問の目的を思い出した。

「君は……学生さんだね。こんなところにまで来て、何のご用だね?」
 事務机から手前に歩み寄って、高山が声をかける。年齢は三十代前半といったところだろうか。講義の際に遠目で見た印象は〝ハリガネ細工の案山子〟だったが、こうして近くで見てもその印象は変わるところがない。ひょろ長い手足を、人並み以上の丈の白衣で無理矢理くるんだような外観に、皺こそ少ないものの感情を感じさせない濁った瞳。その声は廊下の廃材でも擦り合わせたのか、はたまた廃材の中に住処を見出したイエネズミの鳴き声かとでも思わせるような、嫌に耳障りな響きを持っていた。

「あ、あの……」
 ──そう、上手く相手の好感を引き出して、なんとかお願いを聞いてもらう。まずは謝罪をしなくちゃ……。
「すいません。教養課程で心理学をやらせていただいています、金沢清美です」
「ああ、あの……。それじゃ君、単位落としたんだ」
「え? ……な、なんで…」
 ──高山先生の方は私を知っている? いやまさか。そもそも知っていたら誰何すらされない筈。じゃあ何故単位のことを?
 当の准教授は、能面のような薄い表情を歪め、口元だけで笑いの体裁を作った。
「いやあ、あの講義、学生さんのレベルがあんまり酷いからさ。若干数着眼点の面白かった人を除いて、片っ端から不可にしてやったんだよ」
 両手を広げて、実に愉快だと言いたげなボディランゲージ。アメリカンジョークを捩った積りなのだろうが、いずれにしたって悪趣味極まりない。
 ──どんだけ変人なのよ、この先生……。
 とはいえ、ここで機嫌を損ねると元も子もない。笑っているのも天の采配と考えて、どうにかやり果せないと……。
「はい。不出来な学生で申し訳ありません。……ですが、私個人はこの単位を残すと、規定卒業単位に不足してしまいます。深く反省し今後の課題とさせていただきますので、なんとかご配慮を願いたくお伺いさせていただきました」
 ──よし、なんとか想定通りの話に持ち込めた。これも就職活動の面接に次ぐ面接で鍛えられたおかげかもしれない。こういうのも怪我の功名なのかな。

 と、途端に口元がへの字に歪む高山先生。
 ──やばっ、切り出し早すぎた?
「ふむぅ。……なんとも、都合のいいお話だねえ」
 口元以外で表情を作らないせいか、立腹しているようにも考え込んでいるようにも見えて、どうも対応に困る。とにかくこうなったら謝るに限る!
「す、すいません! 自分の不明は恥じ入るばかりなのですが、このまま卒業できないとなれば、学費を捻出して貰った両親に合わせる顔もないんです!」
 腰が折れるほど頭を下げてみせる。
 頭上から考え込むような声が聞こえてくる。
「うーん、謝られても困るんだよね。だって義務教育じゃないんだから」
 と、腰に手の当たる感触がした。──先ほどの女性?
「先生、学生さんにもそれぞれ事情というのもあるでしょうし、多少は検討してあげても宜しいんではないでしょうか?」
 ──やたっ!
 この美人、性格までいいとはどんだけ完全無欠ビューティーなのよ、と思わなくもないけれど、今の状況では正に地獄に仏。いてくれた事を神様に感謝!
「……むぅ。久能くんがそうまで言うなら、多少は検討しないとバチが当たるかもねぇ」
「お願いします!」
 もう、このチャンスに縋るしかない。
「……弱ったね。こりゃ、困ったな」と、鼻唄でも歌い出すかのように、突如得体の知れないリズムを刻んで歩き出す高山先生。
 ──なんかこの先生、状況を楽しんでない?
「何卒、ご考慮のほどを!」
「……ふむ。ま、いいか。じゃあ、実験の手伝いでもお願いするとしようか」
「有難うございます!」
 ──良かった、のよ、ね……。なんか「実験」なんて、文系には無縁のフレーズが出てきて、ちょっと気になるんだけど。
 と、面を上げると、久能さんとかいう女性が脇で微笑んでくれていた。
「良かったわね」
 うん、この人が良かったって言うんだから、きっと良いことなんだよ、きっと。

 どうやら研究室の奥にはもう一部屋、実験室と呼ばれる所があるらしい。
「どーぞ、いらっしゃーい」
 見る間に機嫌を良くした高山先生が、真新しいスチール製のドアを開ける。そこには、よく医療ドラマで見かける手術室のような静謐な小部屋があった。部屋の中央には、クリーム色のリクライニング・チェアのような椅子がある。その周囲を見たこともないような計器の類が取り囲んでいる。
 ──多分、この機械はコンピュータとかよね。でもコンピュータで心理学の何を実験?
 さっぱり門外漢には分からない。
 研究室が清潔そうだったから、今更この実験室とやらが清潔になっていることには驚かない。コンピュータを使う以上、チリとかホコリとか大敵で、高温も避けなきゃいけないんだろうし。
 とはいえ、『実験のお手伝い』というか実質『被験体』になる身としては、何が起こるのか気になってしまう。
 高山先生は椅子の下から、大事なオモチャを見せびらかすかのようにヘルメット状の物を取り出した。
「じゃーん!」
 え……と、こういうキャラなの? この先生。
「これが実験のカナメ、『ヘッドギア』。これで脳の状態を解析するんだよねー」
 ヘッドギアとかいう名前らしいけど、素人目には分厚いヘルメットに無数のケーブルが刺さってるようにしか見えない。……イメージとしては、男の子とかが喜んで親にねだってるロボットのプラモの、頭部だけを巨大化したような感じ、だろうか。真っ白だしゴツゴツしてるし、センスとしては最悪で、先生とはつくづく感性というか感覚というかが違うんだなぁ、と思う。
「じゃ、久能くんがセットアップしてる間に、実験の内容をザザーッとい説明しとくねぇ」

 fMRIという診断技術があるんだとか。〝じききょーめー(磁気共鳴)画像ほう(法)〟による〝脳きのー(機能)診断〟……とか、何とか。専門的なこと言われてもこっちは素人、分かるわけない。それの発展形として先生が作った画期的な新装置とか。
 ──作った? って、それ、准教授の仕事? 工学技術とか、開発費とか、色々考えるとなんか無茶な話なんですけど。
「ま、その辺は僕、プロだから」
 ──何のプロよ、何の。
「この装置は磁界の発生装置と電波の発信器を、このヘルメットサイズに収めたところが画期的なんだよねぇ。市販品じゃなくて、一から組んであるから、細かい調節もできるし。……ま、そのせいで部屋中がコントローラとアナライザで埋まっちゃったのがナンだけどさ。お陰で貴重な実験データの管理サーバの、スペースを確保するのも一苦労だよ」
「……あの、でも小型化しただけなら、別に採れるデータも、その市販品とやらと変わらないのでは?」
「ま、そこがこのアイテムの『次世代』たる所以でね。そこんトコ説明すると、小論文一本できちゃうけど、いい?」
 慌てて手を突き出し、首をひたすら左右に振る。ただでさえ面倒な話になってるのに、これ以上は勘弁してほしい。
「け、結構です。……で、あの、実験って……、副作用とか危険性とかって、大丈夫なんですか?」
 と、高山先生は目つきをやや変える。
 ──あ、なんかバカにされてる目だ、ソレは。
「磁気と電波だから、X線やγ線診断に比べれば、格段の安全性さ。何より被曝リスクがない。寧ろ二一世紀はコレが定番なんじゃないかってくらいの、折り紙付きな技術なワケ」
「……なら、いいです。それを被ればいいんですか?」
 と、ヘルメット──『ヘッドギア』だっけ──を受け取ろうとすると、慌てて高山先生はそれを引っ込める。
「ああ、ちょっと待って! 身体にもいくつか電極差さなきゃいけないから、この手術服に着替えといてもらえるかな」
 と、機材の脇から濃い緑色の、厚手の生地で出来た貫頭衣のような服を取り出してくる。
「全部脱いで……、ですか?」
 ──この変な先生の前でだけは、ちょっと勘弁してほしい。
「うん、そだね。下着の補正ワイヤーとか金具とかでも反応変わっちゃうから。ま、僕と久能くんはここにいるから、隣の研究室使って着替えてくれるかな?」
 それを聞いて、少しホッとした。
「どーせこんな研究室、よっぽどのことでもなきゃ人来ないからさ」
 そりゃそーでしょうよ。……それとも、この先生なりの皮肉?
 ──いや、気にしちゃダメだ。この手のキャラは喜ぶポイントも分からないけど、『発火点(げきりん)』がどこに隠れているかも分からない。黙ってとっとと済ませるに限る。

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─ Intermission・1 ─

 帝立大医学部第二研究室の窓に、真夏の傾いた日差しが射し込んでくる。異常気象による猛暑日が続き、窓のガラスが外界の熱気に炙られて、このまま溶け出してしまいそうな状態だ。

「とにかくこの論文は却下、それが私の結論だ。たとえ一時的にでも、人間の意識のありようを外部から方向づけて観察するなど、天に唾する行為にも等しいよ」
 ──しかし、被検体に〝課題〟を意識させる時点で多量のノイズが混じることを、この教授がどれだけ認識しているのだろう。〝概念〟のあり方ですら人それぞれだと言うのに。
 ──ならば、意識させずに〝課題〟を与える? それを提示した結果がこの様だ。人体侵襲的医学の誹りを恐れずに、それを実行するのは、科学者として当然の欲求ではないのか。
「……ご理解いただけなくて、残念です」との高山の言葉に、丸田は硬い表情をようやく緩める。
「で、先日君に頼んでおいた実験の方は、どうなっているのかね」
 普段から表情の乏しい高山から、更に生気が失せていく。
「……ええ、秋の学会で発表される論文用のデータですよね。条件設定は終わっていますので、あと一ヶ月もあれば整理した状態でご用意できます」
「よろしい。くれぐれも、君の立場で研究室を用意された理由を、忘れんようにな」
「了解、しております」

 第二〝丸田〟研究室を退出する高山。
 ──研究室を用意、ね……。あの、理工学部が廃材置き場にしてた第七研究室くらいで、恩に着せられたもんだよ。
 そもそも研究室棟が医学部に存在していない時点で、学内では〝外様〟中の〝外様〟だと公言しているようなものだ。掘っ立て小屋であれ納屋であれ、『研究室』の肩書きがついていれば泣いて喜ぶとでも思っているのだろうか、ここの教授会は。
 その代償が数え切れない程の実験代行。そして公式には認められていないがために、依頼された実験に最低限必要な機材以外は、全て自費手配となる赤貧の毎日。事実上、高山は教授たちのための実験で、何より貴重な〝時間〟を拘束され、身動きすらとれないと言っていい。絵に描いたような〝飼い殺し〟だ。
 一刻も早く丸田の、丸田の体現する〝学会の良心〟の空気から逃れようとするかのように、高山の足は速いリズムを刻み出す。

 学士用の授業が終わった夕暮れ時、学舎はどこを歩いても学生の会話で溢れている。
 喧騒もまた、高山の敵だ。
 ──これだけの連中が、丸田センセイのような愚物に喜んで金を投げ捨ててるから、学会ってのは変わらないんだよ。
 高山の足は、真っ直ぐ理工学部棟に向かう。
 目指すは医学部第七研究室。この学生達は、その存在すら知ることが無い場所だ。

 打ち捨てられた廃材と埃の山をかき分けるようにして、看板も標識も無い奥の個室に向かう高山。
 ガンガンガン!
 ノックの音にまで、彼の苛立ちが憑依する。
「はい、どうぞ」と、それに応える柔らかい女性の声。
 高山は、その声音で漸く相好を崩した。
「たっだいま~」
「お帰りなさいませ、先生」
 高山を迎え入れるのは美貌の女性、久能佳子(くのうよしこ)。高山の私設秘書になって数年を経たところだ。
 思えば、彼女が二代目の私設秘書となるまで……、いや、そもそも私設秘書を大学事務局にも教授会にも無断で持つようになるまで、この研究室も廃墟と変わらない状態だった。

 丸田教授は、教授会は、そして事務局は、何一つ知らない。
 当初の研究室の荒廃ぶりを知っていれば、そして高山に命ぜられている実験の数を考えれば、そもそも足を踏み入れる価値すら無いと考えるのが当然なのだ。

 だからこそ、高山はそこに目をつけた。
 そこにこそ、自分一人のための無法地帯が作れると目論んだ。

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●一日目(二)

「先生、準備整いました」
「うん。久能くん、ご苦労」
 なにやらあちこちスースーする手術服に不快感を覚えながら実験室に戻ると、どうやら久能さんの作業が終わったところらしい。
「お? 清美ちゃん、着替え終わったね?」
 ──いや、先生に〝清美ちゃん〟呼ばわりされる覚えは全く無いんですが。
「じゃ、この椅子にかけてもらおうか。その上でコレ、被ってもらうから」
「……分かりました」
「ああ、電極とかいったのは、久能くんにお願いするから、安心しててね。僕、セッティングの確認しなきゃいけないし」
 僅かな不安を先回りして否定してくれてホッとする。
 躊躇いを振り切るために唾を飲み込んで、リクライニングチェア状の椅子に腰かけると、後ろからヘッドギアをゴソリと被せられた。
 ──うわ、大っきい。
 ヘッドギアは内側もかなり大きく作られているらしく、スッポリ被ってしまうと視界も完全に遮られてしまう。どころか、後頭部は完全に首の付け根あたりまで覆われてしまってるような。
 そこで久能さんの声が聞こえてくる。
『じゃあ、ちょっとあちこち、チクッとするけど、我慢してね』
 先生は機材のコンソールに向かっているようで、カチカチという機械音がBGMになって聞こえてくる。

 カシュッ。カシュ、カシュッ。
 首から肩から指先から、胸やお腹に腰、果てはつま先まで何かをつけられているらしい違和感が生じる。
 ──まぁ、言われたほど痛くないから、結果オーライなのかな。
 ……と、手首と足首がベルトのような物で椅子に抑えつけられる。
「えっと……?」
『あ、動いたりすると、データが正確に採れないから、ね』
 先生じゃなく久能さんに言われると、それだけで随分安心できる。いっそ、実験全部久能さんがやってくれたら、もっと気軽に協力できるんだけどなぁ。久能さん美人だから、男子とか喜んで参加しに来るんじゃなかろうか。
 とか、心底どうでもいいことに気を回している間に、電極関係の設置も完了したらしい。
『先生、終わりました』
『んじゃ、始めるかね~』
 ヘッドギア越しでも、先生の声はやっぱり耳障りだなぁ、と思いながら。

 少しずつ。

  頭がボーッと、

        して、

              いった。

 思考が上手く纏まらない。ボンヤリとして、何か考えようとしても片っ端から靄の中に消えていくような、まるで夢のような気分。
 真っ暗だから開けている必要もないと目を閉じていると、意識の方は……敢えて視覚化すれば、クリーム色の靄か海のような中でプカプカと漂っている。ともすれば、纏まりの無い意識としての〝私〟が、その靄だか海だかに溶け込んで無限に広がっているような気分になる。

 不思議な気分で目を開けてみると、何か映像が映っている。
 とても遠いところの情景かと思えば、無限に広がっている意識にとっては何ほどのこともないのか、すぐ目の前の光景のようにも感じられる。

 ──何だろう、これ……。
 手を伸ばしてみる。だけど動かない。指が伸びる。
 ドロドロとクリーム色の海に溶け込んだ意識の中の〝私〟は、構わず手を伸ばそうとする。伸ばした端からグズグズと溶けて崩れる〝私〟の意識。
 更に伸ばす。
 伸ばす行為に意味は無い。感じる意識自体がこの世界に溶けて広がる一方だから。なら、なぜ〝私〟は手を伸ばしているのだろう?

 やがてクリーム色の海が波打ったように伸び、その〝何か〟に届いたような気がした。
 しかし、届いた瞬間にその〝何か〟も海に溶け込んでしまって、そもそも「何を見ていたのか」「何に手を伸ばしていたのか」すら分からない。
 このクリーム色の世界が〝私〟の意識そのもの、意識が世界そのものというのであれば、アレは波間に不意に浮かんだ泡のようなものだったのかもしれない。

 ──何だろう。熱い。
 気温、水温、それとも〝私〟自身?
 汗の雫なのだろうか、それとも〝海〟の中で辛うじて輪郭を残していた〝私〟が溶け出している証なのか、胸の間を、お腹を、背中を、何かが流れ落ちる。
 見えるわけではない、純粋な触覚。
 殆ど条件反射で、身を捩ってしまう。

「あぁ……っ……んんっ…」

 今の声は誰の? 私?

「くはぁっ……う、ふんっ……くっ」

 分からない。分からない。分からない。
 ドロドロに形すら成さなくなった〝私〟の芯に熱い塊があるようで、周囲に熱気を蒸散しているような気分になる。

 ──そこで、曖昧だった意識も、途切れる。

 居眠りが中断されたような。
 突然の覚醒。
 フッと、それまで全く纏まりを見せなかった意識が、一点に集約されていく。
『終わりだよ~』
 どこか遠くから、耳障りな声が間延びした感じで聞こえてくる。
 と思う間に、ヘッドギアが取り外される。
 ──眩しい!
 そういえば、ヘッドギアの中で映像を見なかったっけ?
 よく覚えていない。
 トンネルを抜けた瞬間のように眩しいから、きっと気のせいだろう。明順応、とか言うんだっけ。ヘッドギアの暗黒から室内灯の明るさにまで目が慣れるのに、若干時間が必要だった。

「え……?」
 ようやく輪郭のハッキリしてきた自分の姿を見て、ちょっとビックリした。全身が汗みずく。指先に至るまで熱を持っているような状態だ。
 実験中に完全に居眠りしてしまったのか、手術服の鎖骨の辺りには涎まで付いているようだ。
 ──え、え、ええええぇぇえっっ!?
 何て、恥晒しな状態。
「んじゃ、久能くん、解放したげてね~」
 その先生の声に応えるように、久能さんがテキパキと電極や手首・足首のベルトを外していく。
 全て外れるのを歯痒い思いで待った後、研究室に駆け戻ろうとすると、久能さんが手首を掴んで、「はい、これで身体拭いておいた方がいいわ」と綺麗なスポーツタオルを渡してくれた。
 ──うっわーっ、何が辛いって、こんな美人にこんなトコ見られたのが、一番辛いわ……。

 慌てて全身の汗を拭く。タオルが真新しいお陰で、随分と汗を吸い取ってくれる。
 ──あれ?
 どうも違和感がある。全身が熱く火照っているのは分かっているんだけど、やけにあちこち肌が敏感だ。真新しいタオルだから肌触りはソフトな筈なのに、汗を拭き取るとザラリと撫でられたような感覚が残る。思わず背筋がビクンと震える。
 ──胸が、こんなに……?
 成長期でもないのに、両方の胸の肉が出口を求めているかのようにパンパンに張り詰めている。当然、乳首まで尖っているので、……正直、手術服を脱ぐ時の摩擦感には、自分でも驚いた。

 そんな当惑などお構い無しに、ガンガンと実験室のスチールドアが内側から乱暴にノックされる。こんな不躾なノリは高山先生に違いない。
「お~い清美ちゃん、まだぁ~? ねえねえ清美っちゃ~ん!」
 ──あぁ、もう。
 とことんあの先生とは相性が悪い星の下に生まれついているとしか思えない。
 とにかくこんな汗だらけの姿で服を着るのは勘弁して欲しい。急いで全身を拭き、下着から身につけていく。
 ──汗、だよね。アレ……。
 股間にも溜まっていた汗を拭った時、ヌルリとした感触があったような気がする。といっても、現実的にあり得ない話だ。きっとただの気のせいだろう。

「やぁ~、ありがと。お陰で面白いデータが取れたよ。見てみる?」
 こちらの気持ちなど意に介さぬ風で、高山先生はラップトップを見せびらかした。着替えを待ってる最中に、実験室からデータの転送を済ませていたのだろうか。
 モニターには3D画像で脳のCGが描かれている。グルグルと脳の画像が回転しながら、所々が発光したり変色したりしてるところを見ると、どうやらアニメーション表示までできる凝った作りらしい。全体的に青い着色が施されているが、時折脳の中央部辺りが黄色から赤に明滅している。前の方は青色がやや深くなって、濃いエメラルド・グリーンとでもいった色になっている。
 こうして目で見てみると、確かに脳の状態があの『ヘッドギア』とやらで検査されていたのだろう、と分かる。といっても、素人にはそれ以上の意味は何も持たない画像だ。

「こ、これで、実験っていうのはいいんですよね?」
 思わず〝これでもう勘弁して欲しい〟という本音が言葉になって出た。
「んーにゃ。あと四日はお願いしなくちゃね」
「で、でも、データは取れたんですよね?」
 思わず、実験室から出てきた久能さんの方に、助けを求めるように視線を泳がせる。
「分かってないなぁ、君」と空気を読まない先生。
「こういう実験では、出てきたデータからノイズを除去するのが重要でねぇ。そもそも脳の構造自体が多数命題並列同時処理的になっているから、特定の部位と特定の意識との関連抽出には、実験も数が必要なんだよ。第一君、お休み中だったみたいだしね?」
 ──うわ、ネチッこい。こっちが素人だと思って、難しいこと言えば分かんないとワザとややこしく説明してるんじゃないの? そもそも、居眠りしてたら何が問題だって言うのよ。
 と、久能さんが歩み寄ってきてタオルを持っていこうとする。
「や、ちょっと、待って!」
 思いがけず大きな声になった。
「あの……、折角綺麗なタオルご用意いただいたのを、汗で汚してしまったんで、これ、改めて洗ってお返しします!」
 ──あぁ、なんか久能さんの前だと私、四年生どころかペーペーの一年生になったみたいに舞い上がってるよぉ……。
「そんな、気を遣わなくてもいいのよ」と、久能さんは余裕の笑み。……ダメだ、この人には勝てない。
「い……いえ! 先生もまだ実験が必要だとか、おっしゃっれ……仰ってましたし、このくらいは!」
 ──あちゃー、舌噛んじゃった。〝あわよくば未来の女子アナ〟とか思ってた就活中の自分が見たら、鼻で笑うよこの姿。
「そりゃ結構」と、相変わらずKY(空気読めてねー)な高山先生。
「じゃあ、今日が木曜だから、来週の火曜までお願いするね~。あ、日曜休みだから。僕ワーカホリックじゃないし」
 ──はいはい、さいですか。先生の個人情報には興味ございませんので、そこまでお教えいただかなくとも結構です。
「わ、分かりました。じゃあ、明日もこの時間にお伺いすれば宜しいんですね?」
「うん。他に来客もないと思うし、勝手に入ってきていーよ」
「じゃ……じゃあ、分かりました。し、失礼します!」
 内心の慌てぶりをこれ以上晒す気にもなれず、先生の変なトークに付き合ってるほど暇でもないので、タオルを片手にとっとと退散させてもらう。
 ──サークル部室に戻って、置いてきたバッグに仕舞わないと。
 そんなことを考えながら廊下を駆け戻る。本当にこの廃材と埃の山、何とかならないもんだろうか。

 ……あ、明日は念のため、自分のタオルも用意しておいた方がいいかもしれない。

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─ Intermission・2 ─

 電極を被検体・金沢清美の手足に据える久能助手。
 だが、これは事実上ダミーに過ぎない。
 本命は今、高山の手の中にある。
 ──無針注射器。
 歯科医などで皮下注射の代用として使われる、最近ではごくありふれた医療機材だ。
 では何がキーになっているのか?
 それは注射器の中に用意された薬剤にある。
「(濃度)調整、宜しかったでしょうか?」
 自身の手で調整したためか、久能も流石に小声で高山に確認を仰ぐ。
「ぐっど。だいじょーぶだったよ、確認済み。さ~っすが久能くん」
「光栄ですわ」と眩いばかりの笑みを浮かべる久能は、高山から注射器を受け取ると、おもむろに清美の全身にそれを打ち込んでいく。うなじ、肩、二の腕、胸、腹、背中、下腹部、尻、脚……と、辺り構わぬ態である。
 注射器の中にある薬剤は、高山の独自開発したものだ。
 そこには、KCC2と称される蛋白質の組成を弄った変異体が調合されている。
 KCC2は細胞の塩化イオンのポンプ役を果たす存在だ。これが増加すると神経細胞から塩化イオンが汲み出されてしまい、イオンバランスが変わってしまう。

「こればっかりは、毎回不安になってしまいますわ」
「まぁね。神経系の反応が変わるキモだしね~」
 神経細胞のイオンバランスが変わるとどうなるか。
 神経伝達物質GABAに対する神経の反応が真逆になってしまうのだ。未発達な神経細胞はGABAに対して興奮反応し活動するが、バランス変化を潮に、今度は抑制反応を生じてしまう。
 ──それでは、神経が鈍磨するのか?
 否。
 未発達神経は神経細胞間の結びつきが〝多すぎる〟のだ。
 GABAで抑制反応するようになった神経細胞は、今度はグリシンという、より反応速度の速い、より細かい制御が可能になる物質を伝達物質にすべく切り替える。そして不要な細胞間の結びつきを切り離すことで、処理の〝最適化〟を行っているのだ。
 赤子が指を一本ずつ動かせずに、指全部を一度に開いたり閉じたりしかできずにいたのが、成長に伴って自在に動かすことを可能にするように……。

 今もし、その作用が、全身の肌の感覚神経に発生すればどうなるのか──。
 圧点、痛点、触点、熱点、冷点……。それらが全部未発達で〝結びつき〟過ぎていたのを、〝最適化〟するとどうなってしまうのか──。

「先生、終わりました」
「んじゃ、始めるかね~」

 高山がコンソールに指を踊らせる。
 実験室の機材が細かな唸りを上げ、ヘッドギアが作動を始める。
 清美の全身に仕込んだキモが先の薬剤だとすれば、この装置のキモは、両目の位置に小型防磁液晶モニタを仕込んだ点、そして磁界と電波の波長の双方で試行錯誤した結果、高山自身が発見した特定の組み合わせを発生させることができる点にある。

 特定の磁界で発信された特定の周波数の電波は、酸素結合ヘモグロビンの濃度にピンポイントで影響を与える。
 細胞活動に酸素は必要不可欠で、それこそがMRI解析の基本着想になっている。高山はその発想を逆転させ、酸素結合ヘモグロビンの濃度を部位毎に任意で調整可能にしてしまった。脳の各部位に対する酸素供給の濃淡を操作することで、特定の領域の神経細胞の活動を促進させ、また一方で抑制させてしまおうというのだ。

 真っ先に高山の眼前のモニタに描かれた3D画像の脳の前部が、抑制を示す深いブルーに変じていく。前頭葉は〝意識〟を構成する中枢だ。乱暴に言えば、フロイトの言う『超自我』がここに鎮座していると見ることもできるだろう。次に狙うは海馬。ここを抑え込んでしまうと、新規記憶の定着が至難になってしまう。
 そして、下垂体と小脳に酸素が過剰供給を始め──……。

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●二日目(一)

 相変わらずこの地下には人の気配がない。昨日の〝実験〟そのものが荒唐無稽な夢だったんじゃないか、とすら清美には思える。
 だが、夢でなかったことは、手元のバッグの中にある昨日のタオルが明確な物証となって証明している。
 思わずバッグの中身をチェックする。
 ──昨日のタオルよし! 予備のタオルよし! 埃対策でラフな恰好にしてきたし、これで一応対策はできてるよね。

 そういえば、サークル部室を出掛けに、智彦(ともひこ)が「大丈夫か? なんか相当な変人だって、医学部の奴が零してたけど」とか心配して声を掛けてくれた。
 智彦は某大手商社から内定を貰ったらしい。何だかんだ言っても、こうして二人とも無事に内定を採れたところを見ると、今もなお学歴社会なんだなぁと思う。なんとなくサークルの中で気が合って、コンパで酔っていい気分になった時に一緒に盛り上がったんで、そのまんまズルズルとカレシ・カノジョな関係になってこれまでやってきた。ここ暫くはお互いに就職先のことで手一杯になっているから、すっかりデートすらご無沙汰気味。
 心配してくれる智彦を、ちょっと嬉しく思う。
 でも、局に入ることを考えれば、そろそろ潮時なのかな。お互い付き合いも二年間になれば、そう激しい気持ちというのも沸いてこないし、そもそも(万が一、ではあるけれど)女子アナになったなら、まず何よりも身辺を綺麗にしなきゃいけないし。

 ──まぁ、そんなことは後で考えればいい。まずは目の前の〝実験〟が問題なんだから。

「らっしゃ~い」
 ……高山先生、その出前持ちみたいな言い回しは止めた方がいいと思うんだけど。
「あ、あの……。本当に、この実験が終わったら、単位戴けるんですよね?」
 念のため釘を刺す。実験データが足りないとか、昨日みたいなこと言ってズルズル引き伸ばされたら、内定者研修すら参加できなくなってしまう。
「そりゃ、約束だしね。どんなデータになろうと、五日分戴ければ僕は満足さ。……まぁそんだけじゃノイズ取りきれないとは思うけど、僕ってば天才だから、そんなのプログラム処理と既存のデータベースで十分クレンジングできるしね。だから、五日分ってのは、それをやるための必要限度のデータ量ってワケ」
 ──自分で天才って言う人、いるもんだなぁ。今時漫画でしかお目にかからないと思ってたけど。
「協力してくれて、嬉しいわ」
 こちらも昨日と変わらず、なんでこんな研究室にいるのかと疑いたくなるような美貌の久能さん。昨日の行動からすると、先生の助手か何かだろうか。
「あ、こちら、タオルです。昨日は失礼しました」
「ああ、ちゃんと洗ってくれたのね。……柔軟剤まで、いいのに」と、タオルの表面を撫でて感触を確かめている。
 ──こういう細かいところに気の付く人がいるから、先生みたいな変人でも大学に居られるのかもね。
 ちょっと不躾な思いが脳裏を過らないでもない。

 早速、実験の続きということになった。
 例によってヘッドギアを被せられると、視界は完全に闇に閉ざされる。視界が効かないので、それ以外の感覚に敏感になるのも理の当然と言うべきだろう。
 昨日と同様に、久能さんが私の全身に電極を設置している。……多分ね。
「あ、あの、……その電極とかって、跡、残りませんよね?」
 これが更に何日も続くとなれば、女として気になるのも当たり前だ。うっかり協力したばっかりに、今年の夏は泳ぎにも行けない……なんて、真っ平ご免。
『ま、連日だからね~。暫くは注射の跡みたいになると思うけど、せーぜー数日ってトコかね~』
 そんな不安など一考にも値しないような高山先生の言葉が返ってきた。

 久能さんの手が私の肌に触れ、その張りと位置を確認し、作業を行う。
「あっ……」
 ──や、やだ。何これ?
 昨日から肌の敏感さがなかなか抜けずにいたところに、久能さんが優しく触ってくるから、何か……。やだ、変に意識しちゃう。
『どうしたの?』
 声の感じからすると、久能さんは苦笑しているんだろうな。……ああもう、こんな美人の前で昨日あんだけ恥かいたんだから、今更アレコレ考えても仕方ない、か。
「う……んっ……ふっ……!」
 それでも、流石に胸や腰に触れられると、思わず大声を出してしまいそうになる。いくら開き直ったとはいっても、そこまではしたくない。

 ──と、思っている間に。
『じゃ、実験、スタ~ト!』

 ……いつもの、能天気とも思えるような。

       高山先生の声が、

          ヘッドギア越しに遠くから、

                聞こえて、きて。

 また、この世界だ。
 クリーム色一色に彩られた、海中とも靄の中とも思しき空間の真っ只中に、〝私〟の意識だけがぼんやりと浮かんでいる。

 油断すると、指先やつま先、髪の先からズルズルと〝私〟が世界に溶け出していきそうになる。──もう既に、かなり溶解が進んで、〝私〟が人間であることは分かるけれど、金沢清美であるとは認識できないくらいじゃなかろうか。

 と、思ったのもつかの間。昨日よりもずっと早いタイミングで〝熱さ〟がやって来た。
 思わず〝私〟は身動ぎするのだが、ぼんやりと半固体みたいになっている〝私〟の意識は、クネクネと海棲生物が泳いでいるように震えてみせることしかできない。

 震えるほどに、〝熱さ〟が増してくる。
 昔キャンプでやっていた、石鍋の石だ。
〝私〟の中の〝熱さ〟が発熱源になって、周り全体の温度(?)も上がっていく。

 熱くなれば、溶ける。

 ……そうして、〝私〟──金沢清美だった何か──は、無限の広がりに自閉される。
 靄とも海ともつかぬ、全面クリーム色に染まった果ての見えない広がり。

 その空間に、泡が浮かび、弾ける。

 弾けたところに、肌色の映像が浮かんでは消える。

 ヌルヌルと。スルリと。ドプリと。

 粘液質に、ぬめった、肌。

「はぁ……ふぅ…ん、んっ、はっ、あっ……」

 これは声? 誰の? 〝私〟の? ……まさか。
 それとも泡の弾けた音?

 プチ。プチッ。
 更に泡は〝私〟という空間の底の方から湧き上がってくる。

 ──ああ、〝私〟、沸騰してるんだ──

 沸騰が、止まらない。
「はぁっ、んふっ……ん、うふっ、は、は、はあああぁあぁぁあああぁっぁっっっ!!」

 沸騰して、
 蒸発して、
 気化して、
 また液体になって、
 更に沸騰して────

 無限の広がりに自閉した〝私〟が、細分化され、攪拌され、希釈され、濃縮され、〝熱さ〟そのものに同化するまで、さほどの時間を要したとは思えない。

〝熱〟が爆ぜて、自ら発火し、揺らぎ、のたうち回り、どこにも無い出口を求めて喘ぎ───

「イッ、イッ……ッ、ィク、ヒクゥ───ゥウウゥゥッッ!」

 ───世界とともに蒸散した。

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─ Intermission・3 ─

 ヘッドギアのモニタには男女の濃厚な交わりの映像が、ノーカット・ノンストップで流されている。
「さ。そろそろお楽しみタイム、とうら~い!」
 平素と変わらず間延びした高山の声に、クスリと微笑む久能が「それでは……」と、白衣のポケットから羽箒を取り出す。
「うん。今日は二日目だから、ソフトな刺激とハードなのと、両方織り交ぜようかと思うんだ。久能くんはソフト担当、宜しくね~」

 ものの数秒で清美の手術服を剥いてしまった久能は、早速箒の羽毛で清美の全身を撫で回す。
「うふ……。かなり敏感になってきましたわ」
 言葉に違わず、意識を剥奪された清美が、釣り上げられた魚のように、背筋を前後に跳ねさせる。
「ふふん。だいぶ生きのいい若鮎ってトコだね」
 久能の脇から高山が手を伸ばし、清美の胸を揉みしだく。

「はぁ……ふぅ…ん、んっ、はっ、あっ……」

 高山の指が清美の硬く尖った乳首を擦り上げる。
 無意識に口を開いた清美に、久能が口付けて舌を深く絡める。
 呼吸困難に瀕しながらも、無意識に清美の舌が久能に応えて激しく蠢く。

 やがて高山の指が清美の淫豆の包皮を捲り上げ、陰唇に指を埋めながら勃起した淫豆を押しつぶす。

「はぁっ、んふっ……ん、うふっ、は、は、はあああぁあぁぁあああぁっぁっっっ!!」

 淫裂に埋められた指が折れ、ザラついた前底部を強く擦る。
 淫豆を挟んで、下腹部を摘み上げるような恰好になる。

「イッ、イッ……ッ、ィク、ヒクゥ───ゥウウゥゥッッ!」

 ビクビクと震える清美。
 意識の無いままに、過去の快感をなぞって声を上げている。
 体性神経は、海馬が喩え休眠状態にあっても、小脳を介して大脳皮質の長期記憶と結びつく。言い換えれば人の記憶と、泳ぎ方や自転車の漕ぎ方とは、性質からして別種のモノだという話だ。だから清美の身体は、過去の清美自身の性体験を思い出し、反復してみせる。反復繰り返しは記憶定着の基本手段────すなわち、今の清美は『性体験の反復睡眠学習』を行っているに等しい。
「可愛い。まだあんまり、男の子を知らないみたい」
「まだまだ、本番はこれからさ。過去の追体験で終わっちゃ、すぐ〝降りて〟こられるからね。早いトコ〝降りられない〟くらいまで上がりっぱなしにしちゃわないと」

 原始的な快・不快は、明瞭な意識を持たない獣ですら持ち合わせており、観察も分析も可能な生理反応と言える。高山と久能は、研究者の観察力と分析力をもって、指と羽箒の刺激によって、過去の清美の快楽体験を掘り起こし、未だ清美自身も知らない快感のツボを発掘せんとしているのだ。

 久能が唇越しに、清美の口に唾液を送り込む。意識を刈り取られた清美は躊躇いもせずにその一滴一滴を飲み干していく。羽箒で腕を、指を、腹を、脚を、そして腕を回り込ませて清美の背中を、優しいタッチで撫でていく。
「あふっ……ヒギッ……! ん、ん、ン、ンハッ、んハアァッッっっ! は、はあああっ、あ、ああああああああぁぁぁつっつっっつっつうううっううぅうっっ!!」
 その脇から手を伸ばす高山は、清美の適度な丸みを帯びた乳房を揉み込み、時に力を入れて握り締め、そして乳輪ごと硬く張り詰めた乳首を、親指で握り潰す。股間の指は膣前庭部──俗に言う「Gスポット」──のザラつきを擦り、揉み込む。別の指は淫豆を擦り、文字通り〝硬い豆〟と化したそれを指先で転がす。更にもう一本の指は、股間の更に奥深く──尻の間に浅黒く縮こまった窄まり──に伸びる。ヒクヒクと蠢き、まだ外界からの刺激を知らないだろうその淫門を、指の腹で暫し撫でたかと思うと、括約筋の力の緩んだ隙を見てズッと指を埋め込んでしまう。入り込んだ指は、清美の腹の中を自在に暴れ回る。清美の内臓に外傷を残さない、そんな最低限の良識以外の全てをかなぐり捨てたような動きだ。
「あふっ……ケフッ、……はあぁぁっ……、グフッ、……あ、ああぁぁあぁっ、エフッ、……」
 自制すら失って叫び続けている内に喉が乾燥してしまったのか、清美の喘ぎ声が咳混じりのものになっていく。
 そうして、まだ殆ど異性の手を知らない様子の清美の身体に、高山の、久能の、一つ一つの刺激が、刷り込むように教え込まれていく。

「ふぐうぅぅっつっっっっつっっ!!」
 ぷしゃあっ! ぶしゃっ、ぷしゃああぁぁっっ!!
 小水のような飛沫が、清美の股間から迸る。

 それは清美自身未体験の現象──されど、本日だけで五度目の〝潮吹き〟だった。

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●二日目(二)

 ──とても長い時間、酷い夢を見ていたような気がする。
 全力疾走を終えたような気怠さの中で、意識が戻ってきた。
 息も上がってしまって、全身が新鮮な酸素を求めている。
『……はい、今日はおしま~い』
 先生の声が、酷く遠い所から届いてきた……と思ったら、途中から急にハッキリしてきた。エレベーターの中で、気圧のせいで耳がおかしくなったような気分だ。
 何があったんだろう。
 何時間こうしていたんだろう。
 そう思うと、改めてこの実験に空恐ろしいものを感じる。久能さんがいなければ、単位と引き換えでもゴメンだと断言できる。

 そして、ヘッドギアが外され、目が明順応を遂げていく。
「い……イヤァぁアァァああぁァッッ!!」
 ──その声は、音にならなかった。心の中では絶叫になっていたが、喉は痛いほど乾ききっており、全身の疲れで腹筋にも力が入らない。
 厚手の手術服が貼り付かんばかりの、汗、汗、汗。
 どれだけ実験中に暴れたのだろうか、椅子の周囲にも水滴が小さな水たまりを作っていた。
 余りの光景に言葉を失ったまま数秒。気づくと、久能さんが何処から用意したのか、簡易モップ状の床掃除用具を使って床の雫を拭き取っている。
 ──な、何が起こったら、こんな状態になるって言うの……。
 久能さんの手が離せないためか、先生が全身の電極類を取り外しているのだけど、それに不快感を感じる余裕すらない。

 ベルトが外される。
 立ち上がって、この醜態を一刻も早く消し去るために着替えを済ませなければ──。だが、膝が笑って立ち上がることすら覚束ない。
「な……なに、が……、あった……んで、すか……? どれ……くらいの、……間……」
「ふん? 別に昨日と変わらないけどねぇ。精々六十分ってトコかね。今回は体性神経の反応が大きかったから、ちょっとお疲れ~ってコトなのかねぇ?」
「う……そ……」
「バカね。先生がそんなコトで嘘ついてどうするのよ」と、今度は掃除を終えた久能さんが答える。
「ほら、立てる?」と肩を貸してくれるけど、そこまでされては恥の上塗りだ。なんとか自力で、…………ダメだ。
 ヨロヨロと、足腰をフラつかせながら、研究室まで久能さんに運んでいってもらう。
 久能さんの触れている肩に体温を感じ、濡れた手術服のザラつきを感じ、鼓動がなぜか速まる不謹慎さに、我ながら情けなくなってくる。

 折りたたみ椅子が金属的な悲鳴を上げながら、力を失った私の腰を受け止める。
「大丈夫? 着替えとか、できる?」
「そ……そこま、で、は……。だい…じょぶ……です、から……」
 精一杯の強がり。もうこのまま寝てしまえたら楽なんだろうな……とは思うけれど、そんなワケにはいかない。
 改めて無人になった研究室で、中空を見上げる。
 白い熱気が、まだ残っている。
 頭の中から、首の付け根辺りまで。

 そのまま、長い時間が経った、と思う。
 先生が実験室のドアを五月蝿く叩いていたけれど、こんな状態では気にするのも無意味だ。
 ようやっと思い立って、バッグの中のタオルを取り出す。
 真っ新なタオルの筈なのに、肌を撫でる感覚に鳥肌が立つ。
 ──ヒクッ!?
 ダメ、昨日よりもっと敏感になってる……。
 顔、首、腕、脚……と来て、背中とお腹にタオルの手を伸ばす。胸と股間を飛ばした恰好だが、今は怖くてそこに触れられない。

 だけど。いつまでも全裸でいるワケにもいかない。
 思い切って胸に手を伸ばす。
「んはっ──!」
 張り詰めた胸が、タオルの肌触りに悲鳴を上げる。
 熱い。熱い。頭が白濁する。
 ……こ、こんな状態で、あ、あそこ、触ったら……。
 怖い。怖いと思っているのに。タオルを掴んだ指先は、私の気持ちなどお構い無しで、勝手に股間に伸びていってしまう。
 まるで慣れ親しんだ一連の動作の一部のように。
 トイレに入って用を足して、股間を拭うのは当たり前、そんな自然さで。

 力の入らない腕が震える。
 ─────くちっ。
 やっぱり、濡れてる……。
 指先はヴァギナの周囲を撫で擦り、そのクレヴァスの間に沈んでいく。
 その指が小陰唇に触れた瞬間、全身がビクリと跳ね上がって、そのまま並んだ椅子の上に、横倒しに倒れ込んでしまう。
「あ……、あぁぁ………!!」

 す、……凄く、濡れ……濡れ、て……。

 ぬめ……って、口を……開け、て……。
 く……くちゅ……って、あつ……く、溶けて………、滑って……。

 ガンガンガン!
「お~い、清美ちゃーん!? もしかして寝てるのぉ? 昨日より随分待たされてんだけど? ほら、もう一五分も…ああ、一五分三十秒も、余計に……!」
 ──……っあ………あぁっ。
 やっぱりあの先生とは相性悪いわ。……って、そんなこと考えてる場合じゃない!

 自前のタオルを持ってきてて良かった……。バッグに仕舞ってなきゃ、あんなに汚れたのが、どうやったって目についちゃう……。
「んぁ~。もう、待たされ過ぎちゃって、こっちが寝ちゃいそうだよ。んもぅ」
 あからさまにご機嫌斜めな高山先生。今日のデータを見ないか薦めてくれたけど、そんなの見せられても詳しい話は分かりっこ無いし。変な気分の残るこの部屋に長居する気には到底なれそうもない。
「じゃ、じゃあ私、失礼します」
「あれ? 見ないの。……ま、いーや。じゃ、また明日ね~」
「お大事に、ね」
 久能さんの見透かしたような言葉が、去り際の背中に深々と刺さる。

 ──あと、三日もあるのかぁ……。

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─ Intermission・4 ─

 今日、この時だけは久能を休ませた。
「大丈夫ですか?」
 実験室のコンソールに向かう高山の脇で、高そうなスーツを身に纏った男が話しかける。
 名を清水(しみず)と言った。世界的大手のシルバースポット・トラウト証券に勤める、腕利きのファンド・マネージャーという触れ込みだ。
 腕利きかどうかは、高山にはどうでもいい。
 実際、彼は高山の求める資金を、既に匿名ファンドで二度に渡り調達してのけたのだ。足りない時間と資金。その内資金さえあれば、人手の調達も可能になるし、そうなれば時間も作ることができる。金さえ集められれば、清水だろうが道端の野良犬だろうが構いはしないのだ。

 集まった金は殆ど全て機材の調達と開発に消えた。
 そもそも高山に、調達資金に対するリターンを出す意図があったかどうかも怪しい。
 そして二度のファンドが頓挫してなお、高山は三度目のファンドを目論んでいるのだ。
 流石に投資家の涙に鈍感な清水も、一番の大口投資家の賛意が得られなければ、ファンド組成は難しいという返答を寄越すしかない。

 関西の大手電機メーカーの大口株主・木之下(きのした)。
 彼の了解さえ得られれば、彼の係累から数多の資金を調達でき、更に烏合の衆の泡沫投資家を加えれば新たな匿名ファンドが組成できる。
 だから、失敗は許されない。
 少なくとも現時点で研究がどこまで到達したのか、その全貌を明かすつもりは無いが、研究成果を転用したダミー程度は見せておかねばなるまい。
 そのために、木之下自身に彼の研究成果を見せるというのが、今回の主眼目なのである。

「──セッティングは完了しました。清水さん、そろそろ邪魔になるんで出てって貰えますか?」
 高山の言葉に不躾さの空気を感じ、ややムッとする清水。だが、実験の準備段階まで見せてもらい安全確認を済ませた上であれば、清水がここに残っている大義名分もない。また、金融商品で如何に『リスク差益(スプレッド)』の大きいディールを成立させるかに特化した彼の頭では、そもそもこの実験で何が分かるのかも理解できない。
 ──理解、する必要もない。
 清水はリスクを算定し、それに見合った利益配分率を算出して、投資家を納得させられればそれでいいのだ。リスクに見合った成果の『可能性(ポテンシャル)』があるかどうかは、投資家が判断する話でしかない。投資勧誘のために美麗字句を並べることはあっても、それをファンド・マネージャーが理解している必要などどこにもない。寧ろ下手な知識がリスク判定を迷わせることになる。

 清水は、静かに実験室の扉を閉じ退出する。
 実験室は、高山自らの手でチューニングされた機械の奏でる駆動音に満たされる。
「さ~て、それじゃあ木之下さん。楽しい夢を見てもらいましょう──」

 六十代と思しき恰幅の良い実業家の木之下は、今、ヘッドギアを装着して、無防備に実験室で意識を刈り取られつつある。
 この年代で腹囲の広い彼の体型であれば、過剰な刺激は心臓への負担となる恐れもある。恐らく、生活習慣病に身体のあちこちが侵されて、内臓の各所が声にならぬ悲鳴を上げていることだろう。
 ──ままよ。どうせ〝被検体〟にも値せん、痛みまくった身体だ。

 木之下に如何なる計算があろうとも、どんな野心を抱えていようとも、高山には関係ない。これはあくまで〝見せ金〟的なダミー実験なのだから。
 高山に必要なのは、脳の状況を観察した上で、木之下に一時的にドーパミン過剰、セロトニン過剰を作り出す、ただそれだけの話だ。どんな内容の夢になるかは、木之下の願望や欲望を参照して、脳が勝手にコーディネートしてくれる。こんな〝作業〟に助手など必要ない。寧ろ久能の美貌は、余計な警戒心を生むリスクになる。

 ドーパミンに満たされた脳は多幸感を満喫する。セロトニン濃度を高くすれば、線条体の作用が変わって、利益・報酬獲得行動に対して長期的展望を許容する。
 ──要するに、無駄に楽観的になる。

 人為的に濃度を変えることはある種リスクを背負っている。酸素結合ヘモグロビンどころか神経伝達物質の濃度を変えるとなれば、『恒常性維持(ホメオスタシス)』を壊しかねない。現にセロトニン濃度を調整する薬剤は体内の濃度管理を狂わせてしまうために、長期に渡り後遺症リスク──〝離脱症状〟なる禁断症状──と、闘うことを人体に要求する。
 だが、実験室の中で一時的に〝夢〟を見せる程度であれば、一過性の体調不良で済ませられる話だろう。万一本人が禁断症状に苦しむとしても、それは投資へのサインを終えた後の話。〝夢〟の〝仕掛け〟を知らぬ身では錯誤も過失も考える余地が無い。

 木之下の脳が擬似レム睡眠状態になったのを確認した高山は、コンソールに指を踊らせる。実験室の中でしか実現できない、つかの間の夢を見せるために……。

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●三日目(一)

 ……今日で、やっと三日目。
 本音を言えば今すぐに全部パーにしてでも逃げ出したい。

 ──何やってんだろ、私。
 今朝の目覚めは最悪だった。智彦と会う約束も寝坊で久しぶりにすっぽかす羽目になった。
 昨日の実験が終わってから、何か大事な預かり物を失くさないように、落としてしまわないように、といった態で、サークル部室にも立ち寄らずに真っ直ぐ帰宅して、……。

 …………自慰が、止められなかった。
 何度も、何度も、イく度に、頭から首の付け根にかけて、白いモノが爆発して、それで疲れて眠れるかと思えば、今度は乳首やクリトリスが夜着に擦れて、またダイナマイトを着火させる。
 気づくと、腕も項も背中も脚も、姿勢を変える度、寝相が変わる度に、優しく愛撫されているような気分になる。実験中連日居眠りをして恥をかいたので、今度こそしっかり眠っておかなくちゃと思うのに、とても眠るどころじゃない。
 ──ようやく力尽きて、自慰に耽る体力も精神力も刮ぎとられた時には、夜明けの日差しが部屋に飛び込んで来ていた。
 仮眠も同然だ。目の下にはくっきりと隈ができている。どうせ実験で汗をかくなら意味がないと思いつつも、こんな顔で人前には出られないので、耐汗性の高い真夏用のファンデをこってりと塗って出かけるしかなかった。

 こめかみがズキズキと痛む。衣服に、外気のそよぎに触れる肌が、ヒリヒリと刺激する。
 汗ばんだ身体に密着する下着は、上も下も、すっかり湿り気を帯びてしまっている。
 電車に揺られている最中に、意識だけ飛んでしまいそうになり、また脳裏に白いモノが過る。真っ白な、その瞬間だけは、こめかみの痛みも全く気にならなかった。

 ──早く帰って寝たい。寝れば……寝て、アレをやっていれば、こんな嫌な気分にならずに済む……。今日は土曜なんだから……、スッキリしなくても日曜日ずっと……。アレを一日中……。張り詰めた双乳を乱暴に揉みしだき、……硬くしこった乳首を摘まみ、弾き、転がして……、そう。そして……アソコに……。ヴァギナに指を、伸ばすの。……大陰唇を大きく広げて、まだ色素の沈着していない小陰唇をまさぐって、……クリトリスの皮を剥いて、指の腹で揉んで擦り上げて……。指を……、そう、指をヴァギナに突っ込んでみるのも、いいかも知れない……。きっと尿道の真下、膣前庭部のザラつきを擦れば、とても……とても、きっと気持ちいい……。そうだ、試したことないけど、お尻を触ってみるのもいいかも…………。あ、ああ……なんか考えるだけで、下腹部が熱くなって……。が、我慢しなきゃ……、アソコから、漏れちゃう……。

 と、バッグがブブブ……と震えて、しゃっくりが飛び出すような気分になった。携帯電話、智彦からだ。
『おい、清美。大丈夫なのか? なんか昨日も体調悪いとかいう話だったけど……。何だったら、先生に連絡入れて、今日は休ませて貰ったらどうなんだ?』
 ──ああ、もう。五月蝿い。
 気を遣ってくれているのは分かるけど、今は智彦の言葉も親の説教みたいに聞こえてくる。
「ごめん、もう移動で電車乗ってるから。また、後でね」
 電話を切る動作がつい乱暴になってしまう。

 そんな思いをして。ようやっと目指す研究室に辿り着いたのだ。普段なら気にもならない移動距離が、今日に限っては十倍にも感じられた。

「は~い、今日もごくろーさん。今日は着替え中に居眠りしないでね~」
 高山先生、いちいち根に持つ性格らしい。
「……着替えますので、移動して戴けますか?」
「金沢さん、大丈夫?」と心配してくれるのは、やっぱり久能さん。先生の目に留まらぬ角度で、ちょいちょいと、目の下を指で指し示してくれる。
 ──あちゃ~。隈、バレちゃってる……。

 ヘッドギアの暗闇。
 今日こそは。今日こそは、居眠りせずに。醜態を晒さずに……。
 醜態を……。

        しゅ、う、た、い、を、……。

            みせちゃ、ダ……メ…………。

 そして、クリーム色の空間に投げ出された。

〝私〟の芯から〝熱〟が爆発しそうな勢いで発生する。
 ──また、早くなってる!
 一日目、二日目と訪れた〝熱〟が、これまでにないくらいの早さと勢いで〝私〟に襲いかかる。もしかして、実験に慣れれば慣れるほど、この得体の知れない〝夢〟の世界の、先へ先へと進んでいってしまうんだろうか……。
〝熱〟は出口を求めて〝私〟の中を暴れ回り、口から、鼻から、お臍から、お尻から、アソコから、噴水のような勢いで飛び出していく。
 飛び出してもなお、〝熱〟は抜ける気配がない。

 飛び出した〝熱〟は、やや赤みを帯びて……。
 ──ピンク色? いや、肌色?

 世界が、クリーム色と肌色で満たされる。
 二種類のインクが混じり合うように、波打ち、弾ける毎に、クリーム色を肌色が、肌色をクリーム色が、お互いに侵食して、溶け合って。でも、インクの色そのものは混じり合うことができなくて。

 口から、アソコから、お尻から、肌色の〝熱〟が逆流して弾け、大きな泡が弾ける。
「はぁっ、はぁ、は、ふ、んっ、んんっーっ! くはぁっ……」

 毛穴の一本一本から、クリーム色の粘液が溶け出す。
「んんぅ…ぐぅ……んぬぅうふぅっ……!」

 暫く混じり合うと、〝私〟は一個のクリーム色の巨大な海面になっている。大空は全面肌色だ。

 肌色は、それでも何度も何度も、クリーム一面の世界に突き入ってくる。
 入ってくるものがあれば、押し出されるものがある。

 目から、鼻から、口から、アソコから、お尻から、乳首から。
 クリーム色の、時に肌色の、混合液のような粘液が、飛沫となって迸る。
 ドロドロ。
 何もかもがドロドロ。
 ドロドロのグチャグチャでクチャクチャでヌルヌルでトロトロでチュプチュプでチョロチョロでムチャムチャでヌトヌトで。

 混じり合えば混じり合うほどに、突き入ってくれば突き入ってくるほどに、粘液が弾け、〝熱〟はどんどん増殖していく。

 ……やがて、炎の赤も青もひと飛びに真っ白に白熱したまま、〝私〟という名の〝世界〟のフラスコが熱で膨張し、
 …………爆発する。
「は、だ、だめ、また、ま、た、ク……ィ、っちゃう……! ク……いぃイィィくぅウウゥゥウうぅ!!」

 爆発して、飛び散って、また飛び散った個々の粒子が混じり合いを繰り返して。
「ふぐぁぅうあぁアァゥウうぅあアぐムんぬあぁアぁアアァぁ………!!」

 粉々に、千々に、分かれて、飛び散った〝私〟は、それぞれが全て粘液で粘膜。

 一つ一つがまた〝熱〟で熱くなり、膨張して、爆ぜて……。
 果てしの無い熱運動の繰り返し。

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─ Intermission・5 ─

「〝眠り姫〟は、今日も快適にお休みのようですよ」
「順調だねぇ。怖いくらいだよ」
「今日も、イタズラなさるんで?」
「あぁ。本人が望まない限り、本番には持ち込まない主義でね。……何事も、ゴールが無いと楽しめないだろ?」
「……怖いのは、先生じゃありません?」
「久能くんにお褒めいただくとは、光栄至極というモンだね」
 ──既に清美の神経伝達物質の濃度は、十二分に高山のコントロール下にある。それは、仮に高山が稚気で濃度を逆転させれば、彼女を即座に擬似薬物中毒にしてしまうことも可能、ということでもある。

 ヘッドギア内の映像は新たな物に差し替えられている。
 それは、実験が更に〝新たな段階〟に入っていることを意味していた。
 映像の中では、女性視点による男女の交合の模様が延々と流されている。元々は高山と、初代の〝私設秘書〟との間で撮影されたものだ。
 この映像にはCG加工が施され、女性の身体特徴を清美のものに全て描き替えてある。二代目の久能を引き込む際にも使い、その他数多の使い捨ててきた〝被検体〟にも使ってきた手口なので、これは高山にとってさして時間を要する作業でもなかった。清美の身体の表面的な特徴ならば、これまでの実験で既に飽きるほど眺めているのだから。
 清美の意識が虚ろになっているので、実のところこの映像には、厳密な再現性までは要求されていない。大まかな点を押さえてあれば、〝自分の身体〟と誤認させるのは、CG初心者にもできる極めて容易な話である。
 にも関わらず、詳細な再現を目論んだ加工を施したところに、執着性の高い高山の性格が現れていると言えよう。
 ──こうして清美は、無意識裏に自らの疑似性体験を深めていくことになる。

 半開きになった清美の唇にそっと口付けをする高山。清美の唇が割り開かれたのを確認すると、高山はその舌で乱暴に彼女の口蓋を分け入っていく。反射的に清美の舌がその動きを受け止め、粘液質状の生物のような二つの蠢きは、やがて絡まりあい、溶け合い、一つのピンク色の塊へと変じていく。
 舌の動きを奪われ、意識を剥ぎ取られた清美の喉から雄叫びのような声が一瞬上がるが、やがて大きな波が無数の小さな波に散じてしまうように、声を成さぬ嬌声へと変わっていく。赤子の鳴き声にも似た音が、清美の喉から打ち寄せる細波のように、時に大きく、時に小さく響いていく。
 高山の手は、既に張り詰め先端を尖らせた双乳を、子供の玩具のように、思うさまに揉みしだき、掴み、握り、絞り上げ、先端に爪を立てる。

 久能は清美の股間に狙いを定め、その顔を両脚の間に埋めていく。細い指が、爪が、淫豆を抉り、弾き、摘み、転がす。舌は岩の裂け目に向かう海蛇のようにのたくりながら、深く潜り込み、既にしとどに濡れそぼった淫裂の奥深くを掻き回し、穿る。残る片手を清美の尻の窄まりに這わせると、昨日の実験時に〝開通〟を済ませた箇所に指を一本、更にもう一本沈めてゆき、各々に真逆の方向を抉らせる。

 意識と手足の自由を奪われた清美は、藻掻き、跳ね、くねり、腰を振り、ただ二人の愛撫の為すがままに翻弄されるしかない。

「ふぐぁぅうあぁアァゥウうぅあアぐムんぬあぁアぁアアァぁ………!!」

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●三日目(二)

『はい、今日はこんなトコね~』
 ──先生の声で、意識が急速に回復していく。
 バラバラになってない。
 ドロドロになってない。
 そんな、記憶すら曖昧な事態を、現実に指を動かしてみることで確認して、漸くこれが現実だということを実感する。

 ──そうだ、汗!?
 ……と、遅ればせながら気づいたけれど、既に久能さんがモップ掃除を始めている。
 それすらも、今はどうでもいい。

 朧にしか残っていない実験中の記憶の片隅で、あの〝弾けた〟瞬間の〝熱〟の爆発が、真っ白な熱源となって〝私〟の奥底をジリジリと少しずつ今も焦がしている。
 今は──とにかく、今暫くだけは、この余韻に身を任せていたい。真っ白な瞬間だけは、こめかみの頭痛も、全身の疲労感も、連日の醜態も、何もかも忘れた忘我に誘ってくれる。
 極めて不本意な成り行きではあるけれど。
 ──き、もち……い、い……。
 もう、指一本たりとて動かす気力も、体力も残っていない。
 動かそうという気分にすらなれない。
 全身が真っ白な粒子に満たされて、重苦しい身体を漂白してくれているような気分。ここで微動でもしてしまえば、細波が沸き起こって、その白さをかき乱すようで、それはとても残念な気がする。今日一日の、寝不足も、目の隈も、身体に残る怠さ重さも、今この瞬間に洗い流されているのだ。

「ふわ……あ、ぁふ……」
 気付いた時には、久能さんに肩を支えられてとぼとぼと歩み始めていた。──一歩、一歩が、細波となり、波紋になって、真っ白な水面をかき乱す。波紋同士がぶつかって反響して、……そしてまた、こめかみの痛みが戻ってくる。
 キシッという金属音から、折りたたみ椅子に載せられたのだと認識する。
 ──も、もう、動け……ない……。
 全身の〝熱〟に任せて身を伸べる。
 少し、痛みが収まった。ならばこのまま、何も無い真っ白になって、溶けてしまいたい……。

「……金沢さん、大丈……夫? ……だけど。……できる?」
「……ふぅあ? ……は、はぁ……」
 反射的に応えた言葉は意味を成していない。
「はぁっ、……んはぁっ……、ふぅ、んんっ……」
 ──だいじょ、ぶ、だか……ら、今は……そっ、と……お、おねがい……。
「……仕方ないわね」
 そんな声とともに、真っ白なタオルが迫ってくる。
 ──あれ? なんか危険な気がする。なんでだろ。……まぁいいや。なんでか思い出せないのなら……きっと、どうでもいい。

「んん~~~~~っっんっつっ!!」
 ──何今の? 何があったの?
 ……白いタオルが、視界を覆い、顔を撫で、肩を拭い……。
 ──だ、ダメ……っ! それ、止めなきゃ……。
 手術服が、一息に捲り上げられる。
「ふっ……んっんん~~んっっ!」
 脇からお腹、そして、胸。
 胸!
 タオルで優しく揉み込まれ、擦り上げられ、先端をくいと捻られる。
「んくっうっんっふっ……あっあぁっはあっあっっ───!!」
 ──のぼっ……上り詰め……って、降り……降り、られ、な──い………。
「うふっ。可愛いわね、金沢さんって」
 耳元! 吐息で、爆発して! 口、噛み締め、られな────っ!
「あはあぁぁああぁっっ!!」
 ──声、おさ、え……無理……こんな、無理、絶対ムリ!

 胸を拭き終わったタオルが、つま先に伸びる。
 慌てて赤ん坊のように、身体を丸めてみる。久能さんの便宜をはかった恰好だけど、本音を言えば止まらない声を抑えるためだ。
 これで一息──つ、吐ける、は……筈、な、なのに──、ダ、ダメ、み……耳たぶ──舐め…て、噛ぁ……んでぇ……!
「はあぁああぁあぁあ……あはぁああぁぁあぁ……」
 視界に久能さんのバストが迫る。
 久能さんの首の赤いチョーカーが、真っ白い世界と真っ白いタオルとのコントラストになって、目に焼き付く。
 ボリュームのある双球が、押し付けられた脚に圧力と体温を伝えてくる。
「こんなトコで参ってたら、保たないわよ?」
 タ、タオル、……どんどん、上がって……きて……。
「も、もう、い……で……す、から……、とめ……。とめ……て……」
「だぁめ」
 ────つぷっ!
 ア、ア、アソ、アソコ、お、お尻っ、そんな、トコっ……。
 前から後ろから摘まれて右に左に広げられて先端を剥かれて拗られて上に下に抉られて下腹部の裏側を擦られて、また振り出しに戻ってループが始まって……。
「かはっ……あっがうっイっ…キ……ひうっグむっ、ほ、ほあっあっはっ……ぬ、う、ふぅううんんっっつっ───!!」
 ──白い……白い、真っ白……突き抜けて……飛び越えて、……透明な、空気の、ゼリーに……飛び込んで……。こんなトコから……降りられない! 降りたら……落ちたら死んじゃう!!

「あぁあぁあああぁぁあぁぁぁあぁああああぁっつっっつっ!!」

 ────ぷしっ! ぷしぃいぃっっ!!

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─ Intermission・6 ─

 ドサリ、と清美が崩れ落ちる。
 手際の良い久能助手は、既に彼女の着替えも済ませている。
「先生、終わりました」
「う~い、お疲れぇ~」
 高山准教授が委細承知の雰囲気で研究室に戻ってくる。
 久能は、左手に汗と粘液で汚れ果てたタオルを抱え、残る右手を床の雫に伸ばす。
 右手の人差し指が粘度を帯びた雫に触れる。
 掬い上げて、口に含み、舌に絡めて、舐め上げる。
 濡れた指先を、舌と唇で愛撫するように。
「……やけに、君まで出来上がっちゃってるねぇ~」
 表情の薄い顔に形ばかりの笑みを浮かべながら、高山が話しかける。
 久能の口が開き、指が離れ、糸を引き、それを舌が追いかける。
「……潮、噴いてますよ。可愛い……」
「久能くんの見立てでは、どうかね? 清美ちゃんは?」
「順調に全身、出来上がってきてますね」
「結構」と、高山はデスクのラップトップに向かう。
 モニター上には清美の脳の解析データがレンダリングされている。
「中枢系の『接ぎ木(スパイン)』も拡大してきたし、見たところ末梢系もいい感じだね~」
 ──神経細胞同士の結びつきの〝接ぎ木〟箇所に相当する「スパイン」。それは反復と脳への報酬提供により〝学習〟を進め、より太く、強固なものになり、〝学習〟を確実に定着させていく。体性神経は意識を経由せずとも小脳を通じて大脳と連携するため、喩え海馬が休眠していても、脳に〝記憶〟させ〝学習〟させることができるのだ。

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 ─休日─

 記憶が、無い。
 生まれてこの方、初めてじゃないだろうか。
 気がつくと、夜着に着替えることすら忘れて自室のベッドに横たわり、枕元の時計で日付が変わったばかりであることを知った。
 日曜、なんだ………。
 ──やっと、今日一日は、あの実験から、解放される……。
 こめかみの痛みも気にならない。〝熱〟も随分大人しくなったようだ。これなら、思う存分眠って楽になれる……。

 着替える時間すら惜しい。どうせファンデは実験の際にドロドロに落ちてしまったし、このまま寝てしまおう──。
 ──実験?
 実験の後、どうしたっけ?

 ゾクリ、と全身の肌が粟立った。
 記憶が無い。殆ど残っていない。実験中は例によって居眠りしてたから仕方ないとしても、その後まで。
 記憶の体を成さない断片が、脳裏を交錯する。
 真っ白いタオル。
 久能さんの、重量感のある胸の弾力。
 厚ぼったい、艶やかな紅いルージュ。
 耳たぶの甘い粘着質な吐息。
 首の真紅のチョーカー。
 ……これ以上は、思い出せない。思い出しちゃいけない気がする。折角の微睡みが全部台無しになってしまうような。

 だから、

    全てうっちゃらかして、

         私は、

           泥の眠りに身を任せる。

 これはきっと夢の中。
 だって俯けば、私の首に真紅のチョーカー。
 見たこと無いけど、こんなに色香の漂う身体をしてる。
 ──私、今、久能さんになってる……。

 と、突然に口の中に異物感。
 異物がのたうち、歯茎を舐り、舌に絡まる。
 無意識にそれに応えてしまう自分の舌の動き。

 異物の周囲に唾液が生まれ、唇が生まれ、それが舌だったと初めて気付く。
 唇から鼻と顎が生まれ、切れ長の瞳が生まれ、首が生まれ。
 ──真っ赤……な、チョー……カー……。
 私が久能さんで、久能さんにディープキスされていて?

 戸惑う間に髪が生まれ、お互いの髪が絡み合い、胸が重なって潰れて互いの存在感を主張し合って。
 互いの指が絡み合い。
 二人の脚も縺れて、絡んで、重なって。

 向かいの久能さんがこちらの久能さんに腰を打ち付ける。
 パンパンという軽い音に、粘液質の響きが混じる。
 見下ろすと、二人の股間が一つに繋がっていて、その間に肌色の……ピンク色の、硬くて、熱くて、太い、身体の中を擦って抉る、肉のパイプが見え隠れして……、互いの秘裂の粘液が、そこから溶け合い、混じり合い、一体感を一突きごとに倍増させる。
 突き込まれる度に、ズシンと音が聞こえそうな程の振動が全身を襲い、こちらの久能さん──私?──の、空っぽの中身がミッチリと詰まったような気分になる。その充足感を手放したくなくて、両手両脚を使ってしがみついて、出来ることなら身体の中でも肉のパイプを握り締めたくなる。

 しがみついた二人、肌を密着させて。汗も粘液もどちらがどちらのものか区別がつかないほどに混じりあって。二人は溶け合った汗と粘液と、熱くて太い、ピンク色の肉のパイプで繋がって、やがて二つの身体がどこでどう分かれて、どう繋がっていたのかも分からないくらいに、一つになって。
 私、ふわふわと、多幸感に漂って。
 このまま、永遠に溶けているのも、いいかなぁ、────って。

 携帯の着メロで、夢は唐突な終わりを迎えた。
 ──あぁ、いいトコだったのにぃ……。
 いいトコ? 何が? 何処が? そもそも何の夢?
 ……こめかみがまた、ズキズキと痛む。
 ベッドサイドの携帯を取り上げて画面を見ると、智彦からのメールが来ていた。
『昨日大変そうだったけど、大丈夫か? もしキツいなら、そっち行こうか?』
 ──ああ。そういや、昨日会う約束も、実験後の電話も、全部すっぽかしちゃったんだっけ……。
 重い身体をゆっくりと起こし、精一杯の空元気とともに最小限の返信を打ち込む。
『大丈夫! 昨日の件もあるから、十七時くらいに駅前の喫茶店で会おうか』
 今、この状態の部屋に、彼が入ってくるのは、どうも嫌な気分だった。淫気とでも呼ぶべきものが、室内に充満している。変な誤解をされても困るし、上手い言い訳も思い浮かばない。ならば面倒でも、こちらから出かけるしかない。
 重苦しい身体を起こすと、腰の違和感が強く意識された。
 当然の話だろう。あれだけの淫夢を見ておいて身体に変調が無いわけが無い。股間の湿り気は下着でも吸収しきれずに、夜着までも変色させている。

「なんか、久しぶりだよな。考えてみれば」
 清美の横で智彦が半身を起こし、しみじみと呟く。
 駅の裏手にあったうらぶれた繁華街の中にあったラブホテルの一室。そこに清美は智彦と共に入っているのだ。
 元々外で会うことにしたのは、自室の淫気に二人が〝当てられて〟しまわないためだった。最近の常軌を逸した体験についての話題など、積もる話も山とあった。だが、着替えをし身支度をし、外気に触れて歩いているだけでも、抑えようの無い〝渇き〟が身中を荒れ狂う。気づいていないだけで、自分自身が〝淫気〟を放っているのではないかと思ってみても後の祭りで、既に待ち合わせの喫茶店は目の前に迫っていた。
 店内での会話もそこそこに、手近なところで目に留まった場所に駆け込んだ、というのが清美にとっての本音だ。
 それに、試してみたいという欲求も少なからずあった。
 昨日は〝渇いた〟状況で、久能助手にいいように翻弄された。ならば、これだけ〝渇いた〟状況で、より激しい行為に及んでみればどうなるのか──。普段の清美ならば〝女の安売り〟として軽蔑しかねない思考だが、それだけ〝熱〟に浮かされて判断力も乏しくなっていたとも言えよう。

 ホテルの室内は、立地に見合った貧相なものだった。風営法改正前はラブホテルの内装もプチ・レジャーランド状態だったという話は聞いたことがあるが、ここまで飾り気が少ないと、ビジネスホテルと間違えてもおかしくない。ベッドサイドに避妊具や淫具の類がなければ、客が受付に問い合わせすらしかねない。

 そして、清美自身の身体を張った実験の結果も。
 ──ダメだ。こんなんじゃないのに……。こんな筈じゃないのに……。
 盛り上がりそうで盛り上がれない。これまで智彦と肌を重ねたことは幾度もあったが、こうも極端に感覚や気分のタイミングがズレまくったセックスは初めてだった。
 もう少し欲しいところで愛撫の場所が代わり、既に熱くなっているところにソフトなタッチをされても、何かが触れたようにしか感じない。そうこうしている内に智彦は勝手に盛り上がって挿入を急ぐ。元々清美の秘所は十分に潤っていたから問題なく行為は終えられたが、清美自身は挿入後間もなく諦観を抱く羽目になった。
 こんなに物足りないのに、それでも自分の上に乗った男の高揚に合わせて喘ぎ声を出してみせねばならない。ちゃんと腰に注意していないと、今日の気分では腰の動きすらズレて、挿入したモノがあっさり抜けてしまいかねない。そういう気分になってくると、身体に感じる相手の重量感も重苦しいだけだ。
 このままじゃアソコが摩擦で乾いてくるんじゃないかと思っている内に、智彦は呻き声とともに発射を終えた。
 避妊具を付け替えて智彦はもう一戦構える積りだったようだが、先の状態が続くことを考えて清美は固辞した。

 ──お金のためにセックスしてる人たちって、きっとこんな気分なんだろうな。
 体験した事も無い癖に知った風に述懐してみせるのは、今回の体験で〝セックス〟についての不快な面をつくづく思い知ったせいである。
 そしてまた、期待したものが得られなかったことから〝裏切られた〟ような気分も沸いてくる。智彦にとってはいい迷惑だが、気持ちは理屈で動くものじゃないのだから仕方ない。
 その思いが、先からの決意を後押しすることになった。

「ね、智彦。私たちそろそろ卒業だし、もう終わりにしない?」

 別れ話の後でシャワーを浴びる気にはなれなかった。
 殊にそれが縺れたなら尚更だ。
 二人とも別れを意識していなかったわけではなかった筈なのに。智彦は執拗に理由を問いかけた。そんなの、答えられるわけがない。自分自身でもまだ上手く言葉にならない〝何か〟としか言いようがないんだから。
 確かに別れを意識していなかったと言えば嘘になる。就職活動を理由に、二人の距離は確かに遠のいていた。だから智彦の周囲に女子がウロウロしていても、ここ最近はあまり気にしなくなっていた。
 きっと、自然に距離ができて、お互い「しょうがないよね」と苦笑しちゃうような。そんな別れになるって、勝手に思ってた。
 いや、きっと智彦も似たようなことを考えていた筈。だからこそ、あんなに狼狽えたんだろう。

 自室のバスタブに熱々のお湯を満たして身を委ねながら、給水口のコックを捻り、頭の上から熱いシャワーを浴びる。
 シャワーのお湯に紛れて私の両目から、ポロポロと涙が零れ落ちる。
 自分の中の嫌なモノを、この涙と一緒に、全部シャワーで洗い流せたらいいのに。

 ──汚れちゃったなぁ、私。
 こんな気持ちになるなんて。
 ふと、高校時代の国語の授業を思い出す。
「汚れっちまった悲しみに」──中原中也、だっけ? 読んでいて不思議に思った詩だった。確か中也は結構刹那的な生き方をして、女性関係もだらしなくて、その尖った感性がなければどうやって生きてたんだろうって人だった。
 なのに、この詩ではまるで、お母さんに捨てられて当て所なく徘徊する子供だ。
 ──今日の、智彦の……目だ。
 目つきは怒りを滲ませているけど、その実、理不尽に捨てられて「何故? どうして?」と涙を押し隠している。
 ──彼に向けた私の背中も、きっと同じだ。
 子供の理屈や好いた惚れたでは片付かない何かに直面して、心の中で途方に暮れている。

 湯気に曇った鏡の中から、高校時代の私が責めるように見つめる。
〝こんなはずじゃなかったのに〟
〝私、こんな大人になりたくて頑張ったんじゃないのよ?〟
 昔の自分の言葉が、一々心に突き刺さって、正視できない。

 高校まで男女交際が無かったわけじゃない。でもキスやペッティングまでしか許さなかった。そんな欲求に溺れたら、あっという間に時間が過ぎてしまう。高校の三年間は短い。そんな行為に費やす暇があったら、もっとやるべきことをすべきなのだ。
 だから、そんな時期に髪を脱色してみたり、爪を伸ばして生活担当の目を盗んで薄く色をつけてみたり、スカートの丈をできるだけ詰めてみたり、高校生の時分からセックスにのめり込んだり、挙句の果てには妊娠して中絶費用を友達同士で極秘にカンパし合ったりとか……、そんなのはバカのすることなのだ。
 大学に行って、社会人になって、……より良い環境を獲得して。そのためにどれだけの苦労と努力が必要なのか。バカな人たちはそこから目を背けて逃げているだけ。
 そんな生き方をしてきた、過去の自分自身が私を責める。
〝バカな女。……女っていうより、ただの雌ね〟
〝赤の他人の前で発情して、一人で発情も抑えられなくて、それで満足させてくれないから、彼氏も捨てるの?〟
〝信じられない。あなたにとって恋愛って何なの?〟

 そこに、別の声も混じってくる。あれは、……思い出せない。「問題行動」が多くて、すぐに学校を辞める羽目になった女子の一人。
〝は! 優等生さんの生活ってのは、こんなモンかい?〟
〝アタシゃ、ちゃんと男とくっついて、子供を保育園に入れてるよ? その間にアンタ何やってんのさ?〟

 耳を塞ぎたい。塞いでもこの声が止まないことくらい分かってる。
 ──だから……。
 シャワーヘッドを浴槽に沈める。
 水の跳ねる音が止み、重い水流音だけが浴室に響く。
「……ん……、はぁっ……」
 湯船の中で、シャワーを下腹部に押し当てる。
〝都合が悪くなったら、発情したせいにすればいいって話?〟
〝親が見たら泣くね、間違いなく〟
〝終わってるよ、もう。女としてって言うより、人としてね〟
 心の中で数多の声に責め立てられながら。
 声から逃げるように。
 ──逃げている? 違う。逃げられるワケが無い。逃げるふりをして自涜の楽しみに耽っているだけだ。逃げるふりをして、自分を抑えられないことを、自分自身に認めさせている。

 女として、人として、ダメになってしまった、発情した雌だと確認して、責めて、責めから逃れられない自分を再確認して、更に責めて、……それで、

 ダメになった自分に、酔っている。悦んでいる。
「───ん……、んんっうぅんっ~~んっっつっ!!」
 最低。
 サイテイ。
 果てない肉の贖いの待つ、汚れた罪の裁定。

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●四日目(一)

 ……ホントこんな体調で毎日、よく学校通ってるね私も。
 前にTVのドキュメンタリーでやってた「キッチンドリンカー」な主婦も、こんな気分で家事やってるんだろうか。
 どれほど行為に耽ってみても、疲れがいや増すばかりで〝渇き〟は尽きることが無い。
 ──今思うと、あの研究室では何も考えずに真っ白に燃え尽きられた。ような、気がする。
 そう思うと、ますますあそこに行かなければ満たされないような気がして、約束の時間にはまだ早いにも関わらず、足は理工学部棟の地下に向かってしまう。

 認めよう。
 怖くて認められなかった事実だが、今は否応もなく認めざるを得ない。
 この実験で、何か深刻な事態が起こっている。
 私は、後戻りのできない一歩を踏み出している。
 土曜日まではそれを怖いと感じていた。単位には替えられないからと、ギリギリの一線を見極めてそこで踏み留まる積りだった。
 昨日の事態を考えれば、既にギリギリの線には達している。
 なのに。
 私はどうしようもない〝渇き〟を知ってしまった。
〝渇き〟を満たすには、他に選択肢がないことも。
 ここで踏み留まることは、できるはず。でもそれは〝渇き〟を日常とすることを意味する。それに耐えられるなら、これまでの煩悶も無かったろう。
 耐えられないなら、実験を続けるしかない。
 一種の中毒状態。──中毒って、いうの? こういうのも。

 ──やだ、どうしよう。
 研究室に近づく度に胸が高鳴る。鼓動が速まっているのが、自分でも分かるくらいだ。──まさか周りに聞こえてないよね?
 この……、この不可解な気持ちを、何と名づけよう?
 秘密基地、秘密の隠れ家、秘密の花園……。そんな「秘密」というフレーズの持つ背徳感? 少なくとも恋とか愛とか、そんな通り一辺倒な感情とは思えないし、そもそもあの先生に恋とかあり得ないし。冗談にしてもタチが悪すぎる話だ。
 それは、もっと、汚れた何かの筈。

「失礼しまっす!」と、精一杯持てるだけの元気を出して言ってみて。
 私は、そのまま硬直してしまった。

「きゃ! ……あら、金沢さん。早いのね今日は」
 そう応える久能さんが一人、研究室にいたのだけど。
 久能さん、どうもお着替え中。
 こんな美人さんが不用心なこと甚だしい。研究室を中からロックしておけばいいだけの話なのに。
 そりゃあ、赤の他人が来そうにない研究室(オヘヤ)だとは思うけどね──。
 そういえばいつもの眼鏡をしていない。……伊達なのかな?

 こうして白衣を脱いだ姿を見ると、改めて〝大人の女〟だなと思う。
 ブラもパンティもストッキングも漆黒。白い肌とのコントラストが目に眩しい。ブラの繊細なレースの合間から、見えちゃいけない尖りが覗き、パンティもシルエット重視の紐で結わえるタイプになっている。覆う面積も小さく、下腹部の辺りには恥毛の処理跡が伺える陰りがある。
 予想した通りに出るとこ出てて、引っ込むとこ引っ込んだ見事な体型。モデルにしては胸元とお尻の肉がふくよかだけど、それだって美観を崩すようなものじゃない。こんなうらぶれた研究室で秘書なんて仕事やってなくても、男性誌のグラビア辺りなら、遊びながらでも大金を稼ぐことができそうなくらい。見たところ二十代後半っぽいけど、肌艶はもっと若さを感じるくらいの張りがある。
 こーゆー人はきっと、その美貌だけで世間を上手く渡っていけるんだろうな……。私みたいに友達との仲とか距離感とかコミュニケーションとかに齷齪(あくせく)しなくても、黙ってても周囲の耳目を集められそう。居るだけで、そこに存在感を焼き付ける〝特別〟な強さ。

 そして土曜日も見た、首の赤い……。

 チョーカーじゃ、ない?

 久能さんの首にかかっているそれは、赤いレザーのベルト状の素材で、金属製の鋲が突き出ていて……。金属製の、輪っかが……ついてて。白い、四角いブロックは……ネ、ネーム…タグ……?
 ──て、ことは………。く、〝首輪〟……?
 そうとしか相応しい言葉が見つからない。
 は、流行ってるのかな……。……まさかね……。

 こっちの当惑などどこ吹く風で、久能さんはとっとと身支度を整え、いつもの白衣姿に変貌する。テーブル上に置かれていたシルバーの眼鏡を掛け、白衣のボタンを胸元までキッチリと留めれば、赤い物体もそこに隠れてしまい、私のよく知っている〝久能さん〟の出来上がり。
 今のがもしかすると、久能さんのような人がこんなトコにいる〝秘密〟だったりして。

「先生は今講義中だけど……。こんな時間にどういうご用かしら?」
 ──あ、高山先生、講義中だったか。
 また一年後には私のように憂さ晴らしの単位剥奪で苦しむ学生が出るのかと思うと、ちょっと複雑な気分だ。
 ……と、思っている間に時間が経過していたらしい。
「……ま、いいわ。あの先生、面倒臭がってそう長いこと講義もやってないと思うし。お茶でも淹れてあげるわ」
「や、そ、そんな、急に押しかけたのはこっちの方ですし! 私がやります」
「? ……でもあなた、道具がどこにあるか分かる?」
 ……あう。当然のツッコミ。
 反射的に喋ってしまったとはいえ、恥ずかしさに耳たぶまで熱くなってくる。

「はい、アールグレイ。お砂糖とミルクはこちらから好きなだけ入れてね」と、紙コップには似つかわしくない芳醇な香りを漂わせて、久能さんがやってくる。
 手元にはスティックシュガーとコーヒーミルクが纏めて乱雑に紙コップに放り込んである。シュガーの群れが、まるで定食屋の割り箸みたいだな、とどうでもいいことを考えた。
「先生、いつもブラックコーヒーばかりだから。偶にはこういうのもいいわね」
 ──それで納得。いつもそつなく先生のフォローしてるだろう久能さんだから、今は数少ない息抜きタイムなんだろうな。
「……て。もしかして私、久能さんのお邪魔しちゃいました?」
「今更ね」とクスリと微笑む久能さん。
「でもいいのよ。こんな風に女の子とお茶するのも、考えてみれば久しぶりだしね。……って、なんだかオバサン臭かったかしら」
「そ、そんな! 久能さんがオバサンだったら、私なんて卒業即オバサン突入ですよ」
「五月病になって、仕事への熱も冷めて?」と、からかうような口調の久能さん。なんかこの二人でこんな会話してるなんて、とても新鮮。

 久しぶりにこんな時間を持てた気がする。
〝熱〟の疼きも気にならないし、こめかみの痛みも薄い鈍痛に収まっている。何より私自身が、久能さんとの会話にリラックスしている。
 研究室の雰囲気なのだろうか、実験室がすぐ目の前にあるという期待感だろうか、それともそんな空気まで久能さんはここに設えているのだろうか。──いや、それだけじゃなくて……。

 ……土曜日の一件が、フラッシュバックした。
 発情した、雌になった、人に戻れなくなった私を、久能さんが導いてくれた。あの熱い吐息、耳を這い回る舌と唾液、胸を撫で、乳首を摘まみ上げ、アソコやお尻の、あんなトコまでその白魚のような指先で掻き回し、粘液を絡み付かせ、奥深く抉った……。
 疼きはその後も全身に貼り付いて私を苛んでいるけれど、きっとあの時間だけは、久能さんと私だけの、高山先生も知らない、二人だけの秘密。
 そんな秘密の共有感が、きっとあるんだろう。

 ────ガンガン!
「うぉ~い、戻ったよぉ~」
 ……高山先生、乱暴なノックにその口調じゃ、酔っ払ったサラリーマンの深夜帰宅にしか思えないんだけど……。
「お? 清美ちゃん、今日は随分お早い来訪で。結構、結構」
「……? 結構、ですか?」
「清美ちゃんも実験、楽しみになってきたんじゃないの?」
「……どんだけ悪い冗談ですか、それ」
「やだ、違いますよ先生。今日は金沢さんと私の、ナイショのお茶会」
 久能さんの〝ナイショ〟という響きに、固くなった表情が和むのが自分でも分かる。
「ズルイなぁ~。僕、仲間外れってワケ?」
「だって先生、ブラックのモカ専門でしょ? アールグレイとか、試されます?」
「ん~~にゃ! アレ、臭いからヤダ」
 珍しく、苦虫を噛んだような表情になる高山先生。
 ──子供か、この人は。
「あ~ぁ、今日は講義の方も、院生のくせに頭の中にクソが詰まったような連中相手だったし、久能くんにはイジワルされるし、最低だねぇ」
「先生は、そもそも講義自体が詰まらないんじゃありませんの?」
「お、言うねえ。実はその通り」と、いつもの事務机につく高山先生。
 久能さんは相槌を打ちながらも、手際よく先生の持っていた講義資料をファイル棚に収めていく。
「大体、学会からして医学と医療を分けてないからおかしいんだよ。僕のやってるのは医学なのに、講義に来る連中はどいつもこいつも、医師免状目当てと来てやがる。学究の志のない連中には、どんな知識も教えるだけ無駄なんだよ。いっそ〝単位やるから、お前ら全員帰って二度とここに来るな〟って言ってやれたら、どれだけスッキリすることか」
「それも先生のお嫌いな政治の結果ですよ。だから大学病院では大っぴらに投薬実験もできるし、全国の医師会に学会が影響力を持つことができるわけですし」
「クソがクソの脳みそに自分のクソを塗りこんで、マーキングしてるってか? どいつもこいつも、碌なもんじゃないな」
 ──いや、先生。あんたがそれ言うのか?
「もういーや。そんじゃとっととお楽しみの実験に入るとするか。 ……じゃ、清美ちゃん。ちょっとここで待ってて。久能さんと僕はお隣で実験の準備してるからさ」

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─ Intermission・7 ─

 電源と配線、そしてリクライニングチェアの状況や拘束ベルトの強度を確認する久能助手。高山はコンピュータの起動を確認すると、早速アナライジング用のソフトを立ち上げる。
「今日は前頭葉と海馬の抑制、抑え目に行こう」
「……とうとう、今日までの全てを繋げてしまうんですね」
「ああ。全身の神経と小脳が味わってきた英才教育を、清美ちゃんは思い知ることになるだろうねぇ」
「……その、急に知って、ショックを受けるんじゃないでしょうか?」
「まぁ、ね。でも無意識には覚えてることだしね。君もそれを知ってて一昨日、あんなコトしたげたワケでしょ?」
「ええ、まぁ……」と、作業中の久能が苦笑する。
「それでも、自分なりに受け止めるには一寸かかるだろうね。……だから、今日の海馬のコントロールは一つのヤマだね。扁桃体はとりわけデリケートだし」
「扁桃体……というと、感情制御系ですか」
「ビンゴ。ここばっかりは記憶と前頭葉の意識が絡むから、いくら僕でも、ちょっとした事でどう転ぶか分からない。海馬自体が記憶管理機構だから、下手な弄り方できないしね。多分末梢神経系が改変済みだから、小脳を介して大脳皮質にも十分記憶として定着してるとは思うんだけど。海馬も程々の眠らせ方にしてたし」
「それでも、──先生なら成功なさいますわ」
「それだけ信じてくれるのは久能くんくらいだよ。……勿体ないねぇ。本当にヤメにしない?」
「もう、決めましたから」と、高山の問いかけに眩い程の笑みで答える久能。その手がタイトスカートに包まれた自身の下腹部を、優しく撫でる。
「……ちぇ。じゃ、データサーバのBを用意して。今日は映像の方もナマで観賞してもらうからね」
 高山とは別のモニタを眺めて、久能は指示通りにサーバの開放ストレージエリアを制御する。
「はい。データストレージB、メインシステムに開放しました」
「……うん。こっちでも確認した。準備オーケーだね」
「では、金沢さんをお呼びいたしますね」

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●四日目(二)

 さっそく実験がスタートした。
 今回は気づいた時には、既に〝私〟はクリーム色の大海になっていた。トプリ、トプリと小さく波打ちながら、海の奥深くに沈んだ、焼け付くような〝熱〟が泡になって沸き上がっている。どうやら馴染めば馴染むほどに、〝夢〟の世界での〝私〟は自覚的にコントロールできるようになるらしい。

 相変わらず空は一面のピンク色。フラスコのようなこの〝世界〟の外周を伝って、雫のようにピンク色が染み出して、〝私〟の海に滴って来ている。滴りは底の方で熱く煮凝り、自らが発熱し、泡を発生させる。
 熱は〝私〟の全体に浸透していき、ブクブクと弾ける泡とともに、少しずつ〝私〟が蒸発して、小さく固まっていき、やがて〝私〟は一人の身体──金沢清美、という女性の身体──を、形作っていった。
 広大なフラスコの底で、一面ピンク色の情景に囲まれて、裸の〝私〟が独りぼっち。

 そう思う間に、上空のピンク色が模様を変じていく。
 ぼんやりした色彩に、少しずつ細かい模様が入り、うっすらと筋が入り、それはまるで超マクロ撮影モードだったカメラがフォーカス・アウトしていくよう。
 ピンク色は白磁のような面やローズレッドのような赤、しなやかな肌色に分かたれていく。
 そこで漸く〝私〟は、今までの情景が単なるピンボケだったことに気がつく。
 では、このピンクの情景の正体は何だったのか。
 フラスコの中に他には何もないから、〝私〟はじっと目を凝らしてそれを観察する。

 蠢く肌色。震える指先。割り開かれる深紅。その間から溢れ出すように這い出し、滑るピンク。
 そして────、真っ赤な、首……輪………。

 く……のう………さ、ん……?

 一面の視界は、久能さんの裸体になっていた。
 身に付けているのは、真紅の首輪ただ一つ。

「あっは、くふ……っ……!」
 あの久能さんが、頬を紅潮させて。肌を汗ばませて。涼やかだった両目を、情欲に潤ませて。
〝熱〟が高まっていく。〝私〟の全身が、今にもこのまま蒸発してしまいそうに加熱していく。
 鼓動が早まり、目が離せなくなる。

 そうして眺めていると、久能さんの目元に真っ黒なアイマスクがかけられて、久能さんが身動ぎする。すらりと伸びた手も脚も、まるで意に介さぬような〝誰かの手〟が画面に現れて、茶色いロープ……荒縄?……で、荷造りでもするかのような手際で、縛り上げてしまう。
 今や久能さんは、目も封じられて、背中側に回された両手首・両脚首を結束点にして宙吊りにされて、身動きすらままならない。
 程よく肉の付いた太股が、荒縄で絞り上げられてパンパンに張り詰めて。お尻の肉や乳房なんて、もう生クリームを絞り出すかのように、キュウキュウに締め付けられている。首の周囲にまで縄がかかって、顔を動かすのも大変なんじゃないだろうか。
 ──苦しくは、ないの? 久能……さん……。

 なのに。
「あふっ……あ、ぁん……。んはぁっ……」
 久能さんの吐息は熱く、甘い響きを伴っていて。

「こんなにされても、興奮が収まらないとはね」と、金属的な、特徴のある声が響く。
 たか──やま、先生……だ、よね……?
「は……はぃ……。せ、センセ……、おね……がい、します……」
「しょうがない娘だな。ほら、コレでも咥えてなさい」と先生の声は、久能さんの口元に黒いボールを差し出す。
 迷うことなくそれを咥える久能さん。そのボールはあちこちに穴が開いていて……、両脇から黒く細長い紐が伸びている。その紐が、久能さんの後頭部でキツく、固く、縛り上げられる。
「おお……ぉあうっ……ふぅむ……」
 ボールの穴の一つ一つからダラダラと涎を零して、久能さんの口は最早言葉を紡ぐこともできない。

「そら、これでどうだ!」
 先生の掛け声とともに、バシッと辺りに響き渡るような大きな音で、久能さんのお尻に平手が打ち込まれる。
 やっぱり、高山先生だ。あの特徴的な白衣が、腕を振り回して平手を打つ際に翻って、視界に入ってくる。
「ヒんグぅうぅっっっっつつつっっ!」と、涎混じりに絶叫する久能さん。
 とても……痛そう。
 そんな久能さんに構わず、先生の手が、お尻に、太股に、背中に、脛に、双乳に、所構わず打ち込まれていく。
「ふぐぅぅっっつうつっ! んぐ、ヒグあぁぁああぁぁッつっぁっつっ!!」
 平手の一つ一つに絶叫を返す久能さん。その身体にはくっきりと手形が残り、うっすらピンクに色づいた久能さんの肌が、徐々に真っ赤に染まっていく。

「こうまでされても、ここはドロドロじゃないか!」と、先生の手が、両脚の間に──。
 ──ビシリ!
「ひぐアァアあぁぁぁっっつっっっつっつっつっっっっ!!」
 ぷしゃっ、と。そこから、透明な雫が迸った。

 乱暴に口の紐を解き、ボールを取り外す先生。
「んはぁっ! ……ぷはぁっ、はあっ、はあっ、はああぁぁっ……」
 半ば酸欠状態だったんじゃないかと思わせるような、久能さんの荒い息遣い。
「はぁ……く、くださぃ……ふぅ……おねがい……します……。……くはぁ……この、卑しい雌奴隷に、ご主人様の……はぁ、……熱い、そのオチンポを、……ふぅ……この、ドロドロに汚れた……いやらしいマンコの奥まで突っ込んで……。はぁ……、思う存分、貫いて、嬲って、くださいっ──!!」
 そんな……言葉。あの、久能さんの口、から。
〝夢〟だとしても、信じられない。
 だけど、映像も、いつのまにか加わってきた音も、二人の声音も、こんなに臨場感があって。

「よく言った。ならば──、ご褒美だ」と先生の白衣が、久能さんの両脚の間に腰を埋める。
「くハぁぁぁぁああぁっつつっっっっっつっつぅっ────!!」
 身動きできない状態にも関わらず、突き入れられた瞬間にビクビクと震える久能さん。

 気づくと〝私〟までが身動きできなくなっていた。
 上空から滴ってきたピンク色の何かが、今は紐状になって、〝私〟の全身を固く縛り上げている。
 ──これ……が、久能さんの今、味わっている感じなの……?
 呼吸すらままならない。なのに、肉の付いた乳房やお尻は絞り出すように解放されて。でも、その面積を極小化するように、紐がキツく食い込んで。紐の張力で、両脚は完全に割り開かれてしまっている。絞り込まれた〝私〟の乳房は、乳首は、パンパンに張り詰めて、今にも破裂してしまいそう。
 呼吸が苦しいせいか、頭がボオッとしてきて。なのに、身体は無闇に熱くて。

「はぁっ……あん、あぁんっ! ふはっ、……んうっ、きひぃっ!!」
 ズチャッ、ズチャッと、湿り気を帯びた音を立てて、先生の腰が久能さんの奥深くまで突き入れられる。
「くぅん! ……あはぁっ……んふっ……」
 甘く蕩けるような久能さんの嬌声。
 それに合わせて〝私〟の身体までズンッ、ズンッと浮き上がる。
 開かれた両脚の間──。〝私〟のしとどに濡れそぼった淫裂に、以前に夢で見たような肉色のパイプが奥深く刺さっている。
 パイプは先生の抽挿のリズムに合わせ、深く、浅く、時に右に、時に左と、〝私〟の淫筒を掻き回し、嬲り、擦り上げる。Gスポットのツブツブが削り落とされるような勢いで擦られ、興奮のために降りて来ていた子宮頸菅が、ギュッと押し上げられる。膣口に対して直角な子宮から降りている固い頸菅が側面から押し上げられると、子宮そのものが揺すられたようになり、横隔膜が震え、勢いで内臓が全部口から飛び出しそうになる。頸菅は膣の奥深くの精液溜まりから精子を濾し取ろうとして、膣の奥深くでのたうち、蠢く。そこに重く強く突き上げられるパイプ。その頸菅への一突き一突きが、違った感じの、違った角度の突き上げになって、子宮ごと〝私〟の内臓全てが縦横無尽に揺さぶられて踊る。
 この快感を、脳が一瞬毎に白熱するような刺激を手放したくなくて、〝私〟は全身全霊を込めて、肉のパイプを強く固く握りしめようとする。〝私〟自身がまるで一個の巨大なヴァギナになったかのように。身動きすらできない以上、〝私〟にできるのはそれしかない。
 握って──絞り上げて──締め付けて──奥へ奥へと誘う。
 ──こ……こ、こんなの……凄すぎて──ダメ、こんなの知ったら、ダメになっちゃうっっ!!

「はぁ……そろそろイクぞ、さぁ……どこに欲しい!?」
「く……くださいっっ!! 私の……卑しい子宮に、ご主人様の子種全部、注ぎ込んでくださいっっ────!!」
 久能さんの叫びとともに、〝私〟まで「くださいっ!」と声を合わせてしまう。
 今、〝私〟と久能さんは、完全にシンクロしている。
 久能さんの苦痛も、快感も、今この〝私〟の苦痛で、快感で。
〝私〟の知っているセックスなんて児戯に等しい程の、この強烈な刺激が全て──きっと、久能さんが今感じているモノ。
 だから、その全てを味わいたくて。余すところなく手に入れたくて。
「「お願いしますっ!! ご主人様のザーメンを、一滴残さず私の中にくださいぃぃっっ!!」」

 そして、目覚めると実験は全て終わっていた。
 ──な……。何、だったの……アレ……。
 淫夢と呼ぶのすら躊躇われる程の内容。今も全身に残る倦怠感と、この熱い火照り。
 アレを、久能さんは味わっているのだろか。
 あんな、意識も常識も理性も良識も、何もかも溶けて耳から流れ出してしまうような快感を。
 だと、すれば。
 ──ズル、イ………。

 私も、そしてきっと他の誰も知らない、あんな凄いモノを、自分だけのモノにして、自分だけで味わって、自分だけで楽しんで。
 ここ暫くの、火照った身体を持て余すような日々を送っていた私のような女が、喉から手が出るような思いで望み待ち焦がれてきたモノを、いつの間にか見つけ出して、知らない間に独占して。

 ふと辺りを見渡す。実験終了後も私は寝こけてしまったらしく、もう機材の灯は落とされてしまっていて、室内には高山先生の姿も、久能さんの姿も見当たらない。──一体どのくらいの間、こうして横になっていたのだろう。

 研究室に繋がる唯一のドアに目を遣ると、珍しくそこは半開きになっていた。
 腰に力が入らず、膝もガクガク笑っちゃってる状態だけど、このままでいる訳にもいかない。
 私は、壁に手を付きながら、ゆっくりとドアに向かった。

 ドアに手を遣ったその時、隙間から薄暗がりの研究室が視界に入った。
 そこには。
「困ったねぇ、久能くん。その首輪……清美ちゃんに見せてしまったんだって?」
 事務机の椅子に深く腰かけている高山先生。
「申し訳ありません……。まさか彼女が、あの時間にここに来るとは、思いませんでした」
 その目の前に、久能さんが白衣をはだけて跪いている。

「じゃあ、謝罪の意思を示してもらおうか、久能くん」
「はい……。この口で、お清めさせていただきます……」と、久能さんは先生のズボンに手を伸ばし、ジッパーを器用に開けて、中から先生のぺニスを引きずり出す。
 それは、萎れていたけれど、暗がりの中で黒々と照明に照り輝き、指にして数本分はありそうな程の太さを持っていて、──見ているこちらまで、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 ──あ、……アレが……。あの〝夢〟の中で、突き入れられてたんだ……。
 久能さんは右手でその淫棹を擦りながら、左手で陰嚢をやわやわと揉み込む。フレンチ・キスのように先端にそっと口付けて、舌をクルクルと回転させながら、淫棹の先端を舌で擦っていく。
 やがて先生の黒光りした淫棹は、まさに『怒張』と呼ぶに相応しい程の猛りを見せて、先端部はエイリアンの頭部のような鎌首をもたげ始める。その鎌首を口に含み、しゃぶり、その最中でも両手の動きは止めることがない久能さん。
「んはっ……チュプッ、んふ……プハッ、ふむっ……クチュッ……」

 只でさえ火照りの冷めていなかった私は、その場で力無く崩れ落ちてしまう。
 なのに。二人の姿から片時も目が離せない。
 両手が無意識に身体をまさぐり始め、手術服の中に潜り、左手が張り詰めた乳房を揉み込み、右手が愛液を垂れ流す秘裂の奥深くに潜っていく。

「あむっ……ンッ、ンッ、ンッ……」
 そうしている間に久能さんは、口一杯に先生の淫棹を咥え込んで、その根本まで隠れるほどに顔を上下させている。両手は既に先生の許を離れ、左右に大きく開かれた両脚の間を忙しなく動き回っている。極端な前傾姿勢で両脚を開いて、口まで塞がれて、苦しくないんだろうかと思う一方で、その息苦しさが先程の〝夢〟を思い出させ、私の息遣いまで荒く乱れていく。

 ジャリッという音が聞こえたかと思うと、高山先生が左手を久能さんの頭に触れていた。その手には金属製の鎖が巻かれて……、伸びる鎖は、久能さんの真っ赤な首輪に繋がっている。
 そして先生は、手に巻き込んで鎖の余裕を無くしてしまうと、力任せに久能さんの頭を腰に何度も打ち付け始めた。
「ン~~~~~~ッッッ!! んっ、んふっ、……あふっ、くふっ、んふっ……」
 直後に苦悶の表情を浮かべた久能さんだったが、すぐに表情を戻して口愛撫を再開する。
 その頬は遠目に見ても分かるくらいに紅潮して。伊達眼鏡が衝撃で変な角度になってるけど、そんなことお構い無しに、眼前の淫棹に視線を集中させている。
「さぁ、行くぞ! いいな、一滴も残さず、飲み込むん………だっ!!」

 ドプッ! ドプッ! ドプッッッ!!
 そんな音まで聞こえてくるような気がした。
「んぶぅうぅうぅっっっっつつつっっぅっっうぅっっ!! …………んふっ、んふっ……」
 コクリ、コクリと甘露を味わうように、それを飲み下し、吸い上げる久能さん。
「ンチュッ、くふっ、ムチュッ、………チュ、チュルルルッッ! ……ぷふぁぁっ……」
 きっと、最後の一滴すら残さず、全部吸い上げてしまったんだろう。
「……美味しゅう……ございました……。有り難うございます」
 ペロッと最後に鎌首を舐め上げて、先端に軽い口付け。それが終了の挨拶なんだろう。

 久能さんの絶叫に合わせてGスポットを爪で擦り上げ、絶頂に達してしまった私は、ゆっくりと、そのまま実験室の床に倒れ込んでしまった。

 ──ズルイよ、久能さん……。
 ──ズルイ。だって……。実験で久能さんの体験を味わうことはできても、生身の匂いや、味までは再現できやしないんだから……。やっぱり、本物の代わりにはならないんだよ……。それを……独り占めしちゃうなんて……。わ、私、だって……。私だって……。

 ハッと目覚めると、もはや実験室にも研究室にも人気は無くなっていた。
 研究室には予備の小さな照明しか点っておらず、高山先生や久能さんの居た痕跡すら残っていない。
 独り、取り残されたような。そんな惨めな気分を味わいながら、私は暗がりの中で着替えを始めた。
 こんな気分に、明るい照明は似合わない。

 ずっと平凡な人生──全てに満遍なく距離を維持して、踏み外さない──そんな人生を送っていた私だからこそ、憧れていたものがある。
〝特別〟な、存在。
 誰かの〝特別〟でもいい。誰も並び得ない、唯一の〝特別〟になれたなら、申し分ない。
 受験勉強が終わって、自由な時間を手に入れた大学生活は、だから恋愛こそが私を〝特別〟にしてくれると思ってた。〝あわよくば女子アナ〟なんて夢を見て就職活動をしていたのも、〝特別〟に憧れていたからだった。
 なのに。
 今ここで私は、何をやってるの?
 恋愛すら満足にできなくて。マスコミ内定を貰っただけで浮かれてみせて。
 結局、この地下室に独り────。惨めな気持ちを噛み締めながら、身支度をしている。
 今日もまた〝特別〟は、目の前を通り過ぎてしまって、戻って来ることもない。

 火照りはまだ、身体の芯の方で疼いている。
 丁寧に身体をタオルで拭っていたら、何時までたってもこの部屋から出られそうにないので、清拭も御座なりに着替えを済ませることにした。
 どうせ家でお風呂に入るんだし。帰路で気にする人目が如何ほどのものか。

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●五日目

 ──やっと……実験、最終日。
 僅か数日間の実験だった筈なのに、余りにも色々な事が──予想も想像もつかなかった事が──起こってばかりだったので、まるで半年以上も経過したような気分。
 校門の前で、訳もなく感慨に浸ってみる。

 昨夜も結局、帰宅後はヤケになったように自慰(オナニー)を繰り返した。
 私と久能さんの間に横たわっている、決定的で深く広く横たわっている溝。
 その大きな溝を埋めてしまおうとするかのようにオナニーを続けていた。
 高山先生に恋慕の情なんて、今に至るまでこれっぽっちもありはしない。だけど先生には、誰にもできない、この身体の疼きを吹き飛ばすだけの快感があって、それが多分、唯一の疼きを止める手段。
 オナニーの間中、想像の中の私は久能さんのように赤い首輪をつけて這いつくばっていて。高山先生の言葉に、手に、鎖に、……ペ、……ペニスに、思う様に嬲られて。あの熱い固まりを私の中に埋め込んで欲しくて。全身を火照らせたまま、身悶えしながら先生の存在を待ち焦がれていた。
「お願いします」とか、「下さい」とか、「卑しい雌」とか……そんな、普段なら絶対に口走らない言葉を叫びながら。

 少しずつ火照りの収まらない身体にも慣れてきて、学校にもなんとか通常通りに通うことができるようになった。
 けど、それが問題の解決になる訳じゃない。火照り自体を収められなければ、問題を先送りする話にしかならない。多少我慢が効くようになった程度の話で、いずれこのままでは、私は火照る身体を持て余し、発情して、日夜オナニーに狂うことになってしまう。下手をすると疲れ果てて倒れ込んでしまうまで、満足できないままで手当たり次第に男に声をかけているかも知れない。

 戻れるものなら、ここから戻ってしまった方が幸せかも知れない。
 だけど戻れる場所は、気づいた時には既に遠くなってしまっていた。
 気づいた時には私、もう完全に一方通行の隘路に入り込んでいて、こうなったら行き先がどこであろうと、前に歩を進めるしかない。

「…………い! お……。……み!」
 それに気づいた時、私はある決意をした。
「……お……い! ちょっと……み!」
 今日の服装はブラウスにロングスカート、カシミアのセーター。だけどその下では、上質のシルクが身を包んでいる。そのシルクも、ここに来るまでの間に、汗で……もしかすると、それ以外の何かも……で、重く湿気を纏ってしまっている。

「おい、ちょっと清美! 聞いてるのか!?」
 不意に肩を力一杯掴まれて、我に返った。
「と、……智彦……?」
「何やってたんだ清美! あれから電話しても全然出ないし! 何かあったかと心配しちゃうじゃねーか!!」
「なん……で、ここ……に……?」
「居て悪いか!? 俺ゃまだあの話、納得してねーんだからなっ!」

 ああ……。智彦、心配して、くれたんだ。
 嬉しい。
 でもね。────もう、遅いの。
 ごめんね、智彦。
 私、今から最低で最悪な事、しようとしてる。
 智彦はいい男だと思うよ。だから、もっと他にいい娘見つけて、仲良くやってね。
 だから──。

 私は、今の自分にできる精一杯の、感情を無くした顔をしてみせた。
「ごめん。邪魔だから……。退いてくれる?」
「──────あ、……あ、ああ……。わ、かった……」
 気圧された智彦が、後ずさる。
 その脇を、ポーズだけでも颯爽と歩き過ぎる私。

 さよなら、と。智彦に聞こえないように、小さく呟いた。
 目指す進路は、理工学部棟。あの先生と、あの久能さんのいる、秘密の研究室。

「さて、実験も今日が最終日ってワケだね?」
 薄く微笑みながらコーヒーを口に含む高山先生。何故か今日は久能さんの姿が見えない。
 けど──。あの久能さんなら、先生の傍らにいない方がおかしい。きっと雑用に出掛けたか、一時的にトイレで席を外したかだろう。
「そう……ですね。準備は、いいんでしょうか?」
「ん? まぁ構わないけど。じゃ、僕は隣の実験室に避難してるから──」

「先生!」と、去りかけたその肩を掴んで引き留める。
「せ、先生……。ここに、居て……もらえ、ます──か……?」
「ん、あ……あぁ。僕は別に構わないよ」と、やや当惑した様子の高山先生。

 その視線を感じながら。その息遣いを耳に感じながら。
 私は、ゆっくりとセーターを脱ぎ捨てる。
 スカートを落とし、ブラウスのボタンを一つ一つ、焦らすかのようなペースで外していく。

 今、私のブラウスの下は、完全な〝勝負下着〟。
 黒と菫色の複雑なレースが彩るブラとパンティ。元々面積の小さい下着なのに、レースの割合が高いから、あちこち見えちゃいけない所もほぼ露出同然。
 しかも面積が小さいせいで、パンティの股布は汗と粘液を吸って、黒く湿った状態で私の股間の凹凸にピッタリと貼り付いている。
 それを、相変わらずの──感情の乏しい目で眺める先生。
「せ、んせ……。私、綺麗……ですか?」
 思わず声が上ずってしまうが、今はそんな事に気を回している余裕もない。

「ん……。ああ、そうだね……」と先生は私のパンティに手を伸ばし、スルリと軽く股間を指で撫でる。
 撫でたその指は……、パンティから染み出した、トロリとした愛液に湿っている。
「──綺麗だよ。これ以上ないくらいにね」と指をかざす先生。その目は冷静に、私の頭の先から爪先まで余すところ無く観察しているようにも見える。
 私は、眼前の指を見つめ……、衝動的にその指を綺麗にしなくちゃと思って。
 口を近づけて。両手でその腕を握りしめて。
「ん……チュプ……んはっ……むふっ……」
 指を口に含み、舌で優しく舐め回す。舌の表面のザラつきで私の愛液を擦り上げ、舌のツルリとした裏面で撫でて、舌先で軽く指をノックして、愛液ではしたなくも汚してしまった指を清めていく。

 と、先生はそんな仕草を気にも留めずに指を抜いてしまい、実験室の方に振り返る。
「おーい! 久能くん。手術服の方、用意いいかなー?」
「はい……」
 カチャリ、と実験室のドアが開かれる。
 その光景に、私は言葉も失って立ち尽くした。

 そこには久能さんが立っていた。右腕に濃緑の手術服を携えて。
 いつもの白衣はボタン全開。見せちゃいけない筈の真っ赤な首輪が、この距離でもはっきり視認できる。
 それ以上に目を引くのは。白衣の下。
 ──ボンデージ、とでも言うのだろうか。黒いレザーの服が、殆ど裸身に近い久能さんの身体を締め上げるように貼り付いている。
 見るからに窮屈そうなのに、隠すべき肝心の双乳と股間は布一枚覆われていなくて。
 股間のヴァギナから、透明な愛液が少しずつ滴って、ガーターで留められた漆黒のストッキングに、小さな染みを作っている。
 その姿は──昨日の、あの実験の拘束された久能さんのイメージを思い出させた。
 とても淫靡で──とても、刺激的な格好。
 久能さんは今日も変わらず、余裕の笑みを湛えた瞳で私を見つめている。
 ──やっぱ、ズルイよ……久能さん……。
 だから私は、心の中でそう呟くことしかできなかった。

 キュッ、キュキュッ、とレザーの突っ張り擦れる音を立てて歩み寄ってくる久能さん。
 手術服を受け取ると、私は開き直ってパンティを一気に引き下ろす。
 シャリッという音が室内に響いた。
 ……それは、愛液にしとどに濡れたパンティが上げた断末魔。

 そして、最後の実験が始まった。
 ヘッドギアの暗闇に身を任せ、身体も心も楽にして、あの〝夢〟が訪れるのを待ち受けてみる。
 フッと、立ちくらみのような気分になったと思ったら、もう〝夢〟の中にいた。
 クリーム色の裸身になった、私。
 日々〝夢〟の深化ペースが上がっているけれど、もう気にかけはすまい。
 今日が最後だからこそ──。最後の最後まで、この〝夢〟の底の奥底まで、この目で見極めてやる。

 じっと中空を見上げる。まだピントが上手く合っていないけど、目を凝らせば分かる。
 そこに居るのは久能さん。また、あの艶やかな裸身を見せつけてくれる筈だ。
 ぼうっとうねる中空の肌色が、捻れて、縺れて、徐々にピントを合わせてゆき、私の前後左右上下にまで広がって──。
 ──そして、〝私〟の周囲が久能さんだらけになる。
 久能さんのシルバーの伊達眼鏡も、真っ赤な首輪も、どこかの大陸のように大きく広がって。
 これが久能さんの視界なんだと気づくと──、〝私〟がその視界の中に溶けて、埋没していた。
 あっという間に久能さんの視界で、久能さんの腕で、久能さんの胸で、久能さんの眼鏡で、久能さんの首輪をして、……〝私〟が久能さんそのものに変貌してしまう。世界全体が〝私〟の溶け込んだ久能さんに満たされて、きっとこのフラスコのような世界が壊れてしまったら、本当に〝私〟が『人造人間(ホムンクルス)』の久能さんになって、生まれ落ちてしまうんじゃないかと思うくらい。

〝私〟=久能さんは肌を上気させて、息を荒げながら、両脚を大きく広げている。
 両手を股間に向けて伸ばし、その指で自らの大陰唇を割り広げて、流滴状のヴァギナをパックリと開いている。
 小陰唇がプルプルと震え、その度にトプリ、トプリと透明な雫を溢れさせている。
 雫が陰唇の皺にかかり、貯まって広がり、──トロリと、流れ落ちる。
 ヴァギナは熱く火照って、股間がジンジンと痺れそう。だけど〝私〟=久能さんは、我慢して陰唇の中に指一本触れようとしない。

 目の前に、人影が現れる。──そう、きっと。〝私〟は──〝久能さん〟は──、はしたなく火照って、興奮が抑えられない、このだらしなく情けなく蕩けきったヴァギナを、この人の前に余すところ無く、晒け出しているんだ。
 人影は徐々に輪郭を成して。やがて、それが白衣だけを羽織った高山先生だと気づく。
 想像した通りに細い身体。なのに、股間のペニスは──黒く硬く隆起して──やだ、昨日の咥えるトコ想像したら、口に涎が貯まってくる。あんなの口一杯に含んだら、喉の奥まで串刺しにするほど貫かれちゃう……。
「さぁ、ご挨拶をしてごらん。どうして欲しいんだ?」
 鼓膜が変な共鳴でも起こしてしまいそうな、どこか常人とは周波数まで違ってそうな、高山先生の冷めた声音。
「はい……、あふっ……」
〝私〟の口が勝手に開き、勝手に顎を、舌を動かして、言葉を成していく。なのにその言葉は久能さんの声をしていて。……変なの。
「この卑しい雌奴隷の、ドロドロに蕩けてふやけた穢いオマンコに──」
 だけど、その声は心の奥底から響いてくるような〝強制力〟を持っていて。
「「ご主人様の、その猛々しいオチンポを、思う存分突き刺して、貫いてくださいっっ!!」」
〝私〟もいつか、その声に完全に唱和していた。

「よぉくできました」と先生、ゆっくりとその身を近づけて、〝私〟の乳房を握り締め、親指で硬くなった乳首を転がす。触れられた場所が、どこもかしこも熱くジンワリと痺れてくる。
「く──ふ、ふぁぁあぁぁっ……」
 思わず大きく広げた口に、先生の口が近づき、合わさって、その舌が乱暴に上顎から歯茎から舌の裏から、そこら中を舐め回す。慌てて〝私〟の舌がそれを追いかけて、触れて、絡んで、お互いに引っ張り合いながら、舌の裏からドクドクと生まれてくる唾液を送り合う。
「はむ……ん……んふっ……」
 そうして先生は腰の位置を調整して、〝私〟の両脚をその両手でガッシリ掴んで固定する。
 ──あ……来る……来るんだ……、アレが……先生の、アレが、入って──来る……!
 思わず腰を浮かせて、待ち受けようとする。その際にオマンコがオチンポに擦れて、〝私〟の全身にビリビリと電気のような痺れが走る。
「あふっ! ……あ、……あぁあん……ください、くださいっっ……!!」

 ズチュッっと、オマンコが湿度の高い音を立てて。
 先生(ごしゅじんさま)のオチンポが、〝私〟のオマンコに突き立てられた。
「~~~~~~~んんんっっつっっっぅぅうっっうぅっっっ!!」
 その一突きだけで、後頭部に白い爆発がやってくる。一瞬で全身が痺れてしまって、ヒクヒクと痙攣してしまう。
 甘い甘い、ご主人様の唾液。熱く痺れる、ご主人様のオチンポ。ご主人様の指で触れられたところが全て甘い痺れに襲われて。
 ──そうよ! これが──これじゃなきゃ──これがあれば──……もう、何も要らない!!

「一突きでイッちゃったかい? まだ、こんなモンじゃないよ」と冷笑含みの声で話しかけるご主人様。
「そう。まだ──まだ、これから、さ──」
 ズッ、ズチュッ、ズブッっと、ご主人様の抽送が始まる。
 一突きごとに脳髄が爆発して、破裂して、何も考えられなくなって、〝私〟は本能のままにご主人様を抱き締める。
「あっ……ああっ! ──はぁ、ンフッ、……クッ! ンアッ! ──ンアぁあぁっつっっ!!」
 乱暴に乳房が握り締められ、〝私〟の双乳がいやらしく変形して潰れ、張り詰めた乳首に固い親指の爪が押し当てられる。
 尻たぶを鷲掴みにされて、その腕で力一杯引き寄せられ、深く突き入れられる。
 何もかも乱暴な仕草。ご主人様の愛撫は、生のままの雄の野生。
 その全てが、〝私〟を野生の雌に変えてしまう。
 髪を力づくで引き下ろされて、顎の上がった姿勢にされて、曝け出した耳たぶを舐めて、歯を立て。
 項に口を寄せ、ご主人様が思いきり噛みつく。
 そんな仕草が、全身が火照って痺れた〝私〟の身体には、ひりつくような刺激になる。
 ──痺れきった身体には、優しい愛撫なんかよりも、痛いほど乱暴な刺激がいい。
 そんな思いが一瞬脳裏を過り、すぐに白濁して消えた。
 ご主人様の乱暴な愛撫に応えて、〝私〟もご主人様を固く抱き締めて、その項に口付けて、吸い上げて、真っ赤なキスマークを残す。

 ご主人様のオチンポは、私の中を乱暴に抉り、膣前庭部(Gスポット)のツブツブが削り落とされるような勢いで擦り付けられる。オマンコの襞の一枚一枚が引き伸ばされてしまいそうになる。前後に、左右に、上下に。変幻自在に、私のオマンコが嬲られて、抉られて、擦られて。深い溝のようなカリの段差でゴリゴリと私の中が抉り込まれる。そう思うと、今度はオマンコの奥深くまでガツンと突き込まれて、すっかり膣奥の精液溜まりにまで降りきった私の子宮頸菅まで突かれ、押され、押し上げられ、揺さぶられて、子宮ごと私の内臓全てが揺すられる。
 内臓が開いた口から溢れ出して、飛び出してしまうのが怖くて、ご主人様の髪に顔を埋め、その耳たぶを強く噛み締める。
「あぁア……ふぐぉっ……むふぅっぐ……んはぁっ……」
 そして、この間の〝夢〟を思い出して、私は全身がオマンコになった積りになって、上手く動かすこともできなくなった両手両脚でご主人様にしがみついて、抱き締めて、離すまいとする。

「さぁ、そろそろイクぞ! ……どこに欲しい、言ってみろ!!」
「……っあ……はぁっ……くださいっ! 私の、雌奴隷の、いやらしくグズグズに蕩けて爛れた、この子宮に、ご主人様のザーメンを、一滴残さず、……はぁっ……注ぎ、込んで。くだ……さぁっいぃぃっっっ!!」
 抱き締める四肢に、より一層の力を込めて。腰を浮かせて、一滴も残さず掬い取る格好になって。ご主人様の腰を、両脚でガッシリと引き寄せて、間違っても外に漏らさないように。

 ドプッ! ドプッ! ドパァッッ!!
「くっ……、はあぁぁぁあぁぁつっっっっっっっっつっっっ!!」
 熱い、熱い、ご主人様の子種の迸りが、私の頸菅を水鉄砲のように打ち付けて、精液溜まりに飛び散り、受精の予感に歓喜する頸菅がのたうち、精子の一つ一つを思う様に吸い上げ、飲み干そうとする。吸い上げた果てに待つのは、闖入者を心待ちにしていた私の卵子。そこに向かって殺到する、野生の獣のようなご主人様の精子たち────。

 受胎の快感、とでもいうのだろうか。
 そんなイメージとともに、私の意識はブラックアウトして、果てた。

 目覚めると、真っ暗な実験室の中。
 実験中の〝夢〟は今もなおハッキリと脳裏に焼き付いていて、今こうして目を覚ましている自分が本当なのか、はたまたあの〝夢〟の方こそ本当なのか、私自身にはもう区別がつかない。

 今こうしている私がリアルなら。
 リアルでは一度たりとて与えられなかった、あの焼け付くような〝夢〟の快感は何だったのか。
 あの快感の強さに及ぶ感情など、今まで何一つ持ったことも無い。
 だったら──。
 きっと、どっちがリアルかなんて、どうでも良くて。
 この身を焦がすような衝動に身を任せて、〝夢〟と現実の狭間に揺蕩っていたい。

 生物としての私を、一瞬で爆ぜさせて、圧殺して、磨り潰して。一瞬で目覚めさせて、野生に返して、獣にして、白熱させ、燃やす。そんなご主人様の一挙一動が、私の脳裏に焼き印のように貼り付いて、こびりついて。
 ご主人様が──私の〝特別〟になったんだと気づいた。
 これが──。特別、なんだ。
 もうそれに触れてしまえば、ソロモンの腕のように、何もかも別物に変わってしまうしかない。聖痕(スティグマ)のように、烙印のように、触れてしまったことが、拭うことも隠すことも許さない刻印になって、私そのものの在り方を決定づけてしまう。

 ヘッドギアも電極も外されていることを確認すると、私は起き上がって研究室に向かう。
 実験機材の電源は既に落とされていて──、それが昨日の情景を思い出させ、私に期待させる。
 そこに行けば、生身の先生(ごしゅじんさま)がきっと居ると、私に確信させる。
〝夢〟ですらあれだけ強烈なモノを焼き付けたご主人様が、本物の、生身で。
 それは──。一体、どれほどのモノを与えてくれるのだろう。
 とても想像なんてつかない。だけど想像するだけで私の鼓動は速まり、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 ガチャリとドアを開けると、そこには────。

「はっ……ぁ……んアァあぁぁっっつッツツッッッっっうっっ!!」
 ──久能さんが、ご主人様に、抱かれていた。
 やっぱり、こうして……。〝特別〟は、私の目の前を通り過ぎて行ってしまうのだろうか。
 これで全てお仕舞いなんだろうか。
 こうしてトンビに油揚げみたいな格好で、肝心なトコロを全部久能さんに持っていかれていいのか。
 ──いや、違う。逃げちゃ……だめ、だ。

 私は絡み合う二人の許に歩み寄る。
 ジャラジャラと鎖の音を立てながら、ご主人様は椅子に腰かけていて、その上に久能さんが跨がってしがみついている。
 二人とも白衣を脱ぎ捨てていて、ご主人様は上半身裸になっている。久能さんは、あのボンデージ姿を惜しげもなく晒し、腰を、髪を揺らしている。

 そんな二人の傍まで近づいて。ペタンと座り込んで。
 私は邪魔な手術服を脱ぎ捨てると、両手を蠢かせてオナニーを始める。
 私だって、久能さんに負けないくらいに〝雌〟なんだから。
〝雌〟は〝雌〟らしく、自分の存在を誇示するしかない。
「あ……あふ……」
 もう私のオマンコ、こんなに──グショグショに、濡れて、蠢いて。こんなに乳首を硬くして。
 ご主人様のオチンポが、欲しくって。

「んあっ……くふっ……あぁ、イイ……!」
 ズチャッズチャッと粘液質の音を立てて久能さんが腰を踊らせる。
「はぁ……っ、──ダメ、も、もぅ、このまま、イッちゃう──!!」
「まだ早いよ。もうちょっと我慢しなさい」ご主人様は久能さんの甘い声にもさして反応していない。
 その目は久能さんの一挙一動を、冷静に隈無く観察していて──。それで私は、ご主人様の目が研究者の目だと気づく。ご主人様の専門は、生理学で。だから──。だから、久能さんの肌の火照りも、オマンコの震えも、溢れ出す涎も、情欲に潤んだ瞳も、全てが〝興奮して発情した雌の行動〟。
 観察に専念してるせいか、ご主人様は私の存在に気が付きもしない。
 だけど、久能さんは気付いたみたいで、濡れた瞳を私の裸体に向けて、軽い笑みに変えた。
「さぁ、そろそろペース上げてやろう。イカずに我慢してみせるんだよ、久能くん」
「……はぁっ、あぁっ、……は、はいっ! お願い、しますっ。私の──雌、奴隷の中を……。オマンコを、好きなだけ嬲って、くださいっっ!!」
 その言葉を合図に、ご主人様が腰を激しく揺り動かし、久能さんのオマンコにゴリゴリと突き刺さっていく。
「あぁぁあっぁぁっっっっ────!!」
「まだまだっ!! もっと、もっとだっ!」
 ズプッ、ズプッっと、ここまで飛沫が飛び散ってきそうな勢いでピストンを繰り返すご主人様。
 その一突き一突きに対して、腰を捻り、回し、軽く浮かせるかと思えば深々と沈めて、膣内の全てでご主人様を感じようとする久能さん。
 釣られて私の指の動きまでどんどん速まって、オマンコに突き刺した人差し指と中指が、膣壁を擦って、抉って、穿っていき。私までどんどん高まって、意識が吹き飛びそうになる。

「さぁ、そろそろイクぞ! どこに出して欲しいか言ってみろ!!」
「はっ……はいっ! くださいっ!! 雌奴隷のドロドロに爛れた子宮に、ご主人様の子種を、注ぎ込んでくださいっっっ!!」
 ドプッ! ドプッ! ドプッッッ!!
 その時、私まで同時に上り詰めて、オマンコから透明な雫を迸らせていた。

 ──あ……、でも。
 いくら性体験がそれほど多い方でない私にだって、これでどうなるのかくらいは、分かる。
 ご主人様は、もう、射精(だ)してしまった。
 出してしまった男性は、オチンポは。暫くは回復する筈も無くって。
 また、私は〝特別〟に素通りされたんだって実感して。
 私、研究室の床にへたり込みながら、ジワリと涙が溢れてくるのを止められなかった。
「……う……。うぇっ……ふえっ……、ヒック……」
 ──何で? どうして? 私、こんなに欲しくて、欲しくて堪らないのに。何で久能さんばっかりで、私にはくれないの!?
「うえっ──グスッ、ひん……うぐっ……」

「どうしたの? 金沢さん」と、何時の間にか私の背後に回り込んだ久能さんが、私の上半身を抱き起こす。
「──だって、だって……っ。私、こんなに熱くなって、どうしようもなくって、なのに……。なのに、相手にもして貰えなくって。なんで、こんな──。こんな惨めな……」
「欲しがってばかりじゃ、何も貰えないわよ?」
「……うぅっ、ひぐっ……。─────へっ?」
「大人の世界はね、子供みたいに『欲しい』って言うだけじゃ何も手に入らないの。どれだけ欲しいのか、どれだけ切実に求めてるのか、自分の全身全霊でそれを表現しなくちゃ、何も伝わらないの」
「……そう──なん、です……か?」
「そう。一切の恥じらいも躊躇いもプライドも投げ捨てて、どれだけアナタが『欲しい』って表現できるのか、どれだけそれが伝わるのかに、全てがかかってるの」
「────ひょう、げん……?」
「そう」と歩み寄ってくるご主人様。何時の間に復活したのか、オチンポが隆起を取り戻している。
「ちゃんと僕に〝ご挨拶〟もできなきゃ、何も与えることなんか、できやしないね」
 ────ご、あい……さつ。

 その言葉に反応して、私は力を失った腰を精一杯浮かし、両脚を大きく広げてみせる。
 ──『ご挨拶』なら、知ってる。〝夢〟の中で、散々教わったから。
 両手の指でオマンコを割り開き、ドロリと白濁した愛液の滴る淫裂を目一杯晒け出す。
「────お、おね、……お願い、します……。この卑しい、め……め、雌、奴隷……奴隷の、ドロドロに蕩けて爛れて汚れて盛っている、いやらしいオマ……、オマン…コに……。ご、……ご主人様の、熱くて硬くて猛々しくって、黒々と輝く、その……オ、オチ、オチンポ……を、ぶっ刺して、貫いて、掻き回して、滅茶苦茶にしちゃってくださいっっっ!!」
 躊躇いながら口をつく淫語の一つ一つに意識がボウッと霞み、オマンコに熱が籠って全身が震える。

「初めてにしちゃ、よく出来ました……という所かな」と一言感想を述べると、ご主人様は私の両脚の間に割り入って来る。
 私は、その嬉しさにポロポロと零れ出す涙が止められない。
「あ、……ありがとうございます! ありがとうごさいますっ! お願いします! くださいっ!! くださいオチンポくださいオマンコにガツンガツンと突き刺してくださいっ──!!」

 ズヌン、と。世界が全部、震えて吹き飛ぶ。
「か──はっ……、あふっ……ふがっ……──」
「ほら、まだ早いわよ清美ちゃん。ご主人様はこんなものじゃ満足なさらないんだから」と久能さんが、大きく開いた私の口に舌を割り込ませる。
 久能さんは私の上半身を抱きかかえたまま、私の双乳を揉みしだき、親指と人差し指でコリコリと乳首を転がして摘まむ。
「さぁ、久能くんの言う通りだ。ドンドン行くよ──」
 ズブッ、ズヌッ、ヌチャッ、グブッ……。
「ひあっ……ふあっ、うがっ──ふむっ、くふっ……。──あぁ凄い、こんな……。んあっ、……こんなの、こんな凄いの……っ! 私知らないっ! こんな凄いの知らないっっ!!」
「こんな──モノじゃ、ないさっ……」
 呟くと、ご主人様は更に乱暴に私のオマンコに硬い硬いオチンポを深々と突き刺していく。

 見た目以上に深い段差のついたカリが、Gスポットのツブを削り、膣壁の襞を伸ばし、襞で締め付けている筈の私のオマンコが身体の中で引き伸ばされて、私の身体の中を縦横無尽にオチンポが暴れまわっているようにすら感じる。
 既に降りきった子宮頸菅が深く突き入ったオチンポに突き飛ばされて、子宮ごと撥ね飛ばされて、横隔膜がヒクヒク震えて、胃や食道が喉からせり上がってくる。
 クリトリスはオチンポが挿入される毎に、お互いの陰毛が絡まって、擦れて、ヒリヒリと焼け付くような痛みにも似た刺激を与えてくれている。
「あぁあっ、んあぁぁっっうっつっっ、むはぁぁああぁぁぁんっっ……!」
 内臓の飛び出す恐怖感に、息をするのも忘れて、私は久能さんの舌にむしゃぶりつく。
 ──死んじゃう! こんなの体験したら、私死んじゃって、ダメになっちゃうっっ!!

 意識があって、身体があって、人として生きていたことすら忘れて。
 私は、人の姿をしたオマンコになって。
 両腕で久能さんにしがみつきながら、がに股に開いた両脚できつくご主人様の腰を捕まえて。何もかもを抱き締めて、握って、包み込んで、もっともっと奥にまで導こうとする。
 ──ああ。そう……か。
 全てをかなぐり捨てた果ての〝女〟は──イキモノとしての、根っ子で原点の〝雌〟は、雄のチンポを、オマンコで、オッパイで、ケツマンコで、口マンコで、抱き締めて、くるんで、ねぶって、しゃぶって、トロトロにして、熱い熱い、雄のザーメンを受け止める、そんな存在だったんだ、と気付く。
 ──私、今、全身がオマンコになって、ご主人様のオチンポを受け止めているっっ!!
 粘液と愛液と汗と涙でドロドロになった私は、久能さんとご主人様と貼り付いて、溶け合って、まるで三人で一つの生き物みたいになって。

「さぁそろそろイクぞっ! 清美ちゃん、君はどこに欲しいっ!?」
「……──くっ、くださいっ! 清美の、スケベでだらしない雌奴隷の清美のっ、ドロドログチャグチャ発情爛れマンコの奥に、子宮の奥まで、ご主人様のこくまろチンポ汁で真っ白に染めちゃってくださいっっ!!」
「────よく言った!」
 ドクッ! ドクッ! ドププッ!!

 ──ご主人様の熱い迸りを、胎内に受け止めて。
 お腹の中から、火傷しそうな程の熱を感じる。
 あぁ……。今、私……。ご主人様の子種を、戴いている────。
 ビクビクと身体を跳ねさせながら私は、〝夢〟ですら味わったことのない、生まれて初めての快感に脳髄の芯まで真っ白にさせて、その場に倒れ込んだ。

「まだだよ、清美ちゃん。終わりのご挨拶が出来てないだろ?」
 ズイと、仰向けに倒れた私の眼前に、発射を終えて勢いを失ったオチンポを見せつけるご主人様。
 ──おわ、り……の……?
 それは、まだ知らない。
「ダメよ清美ちゃん。『家に帰るまでが遠足』って言うじゃない。ちゃんとご主人様のオチンポに、感謝のご挨拶を差し上げなきゃ」
 ──オチ……ン…ポ……に……。
 久能さんの背後からの囁きに、何かをしなくちゃと思う。──でも何を?
 黒々としたオチンポに顔を近付けてみる。
 今は既に萎えてしまってるけど、その太い幹はご主人様のザーメンと私の淫液でグチャグチャになって、研究室の照明に斑な反射を返している。
 ──あ……。よご、れ……て…。
 虚ろな頭の中で、記憶が目まぐるしく撹拌される。この目で見て学んだ事も、見たこと無いのに何故かもう知っている事も。
「──……あ…、すみません。ご挨拶を……ご主人様のオチンポを、清美の口マンコでお掃除させて戴きます……」
 それは、昨日見た久能さんの〝お仕置き〟。

 ゆっくりと、更に顔を近付ける。オチンポから、生々しい雄の性臭が漂ってくる。
 雄の、すえた香り。そこに鼻を突くチンポ汁の匂いと、私のマンコ汁の臭いが混じり合って。
 両手で捧げ持って、そのカリ首にそっと口付ける。──これが、最初のご挨拶。
 舌を平たくして、表面のザラザラが広い面積を撫でられるようにして、ツルツルしたその先端を撫でる。
 更に舌をクルクルと回転させ、舌先の尖りでカリの裏のツブツブを優しく擦り上げる。チンポ汁とマンコ汁が混じり合って段差の間に溜まっていて、鼻にツンと青臭いチンポ汁の香りが突き抜ける。
 ドロドロと絡み付くチンポ汁が、私のマンコ汁で薄められて、トロトロ溶かしたゼリーみたいになって。

 ──思い切って、口マンコを大きく開いて、オチンポを奥まで頬張ってみる。
 硬さを失ったご主人様のオチンポが、私の口の中に飲み込まれ、舌の動きに誘導されて、口の中でプルプルと動き回る。まるで活魚を口に含んでいるよう。
 それを凹型に丸めた舌でくるんで、包んで、前後に撫で擦る。
「……ん……、く、……む…、くふぅ──」
 カリの真後ろに隠れて皺になっている皮から、僅かに残った恥垢がアンモニアの香りを漂わせて、私の頭は酔ったようにボウッとなってしまう。そこに溜まった汁と一緒にこそぎ取ると、口の中一杯にヨーグルトのような味わいが広がっていく。
 そうしてご奉仕を続けていると、オチンポはあんなにチンポ汁を放出したばかりなのに、またみるみる内に剛直を取り戻していく。私はその硬さを、膨らみを、この口マンコの中で大切に育て上げた宝物みたいに感じながら、しゃぶりつく。
「あっふ……──むふっ……、チュプッ……」
 口マンコ全体を搾るようにして、オマンコみたいにオチンポを喉奥まですすり上げて。
「ズズッ──……、くふっ……ンチュッ……ジュジュズズズッッ──」
 ご主人様のオチンポがすっかり元気を取り戻し、喉の奥の方までみっちりと詰まってくる。
 咥えるだけで口の中が一杯になって、もう喉までつっかえてしまう。だけどそれじゃあ口マンコじゃなくて口サックにしかならないから、奥の奥まで飲み込んでみたり、斜めに咥えて頬肉をゴリゴリと抉ってみたり、ディープキスをした時みたいに舌をグルグルとオチンポの周囲に絡ませて、キュキュッと絞り込んでみる。
 口マンコの中が雄の香りで一杯になってウットリしてると、オマンコからまた私のマンコ汁が、チンポ汁と一緒にトロトロと溢れ出してきて、勿体無くなって左手の指を三本埋めて栓をする。軽く中が詰まった気分で下腹部がジンワリ熱くなって、つい指をオマンコの中でクチュクチュと掻き回してしまう。
 喉がえずく程の圧迫感が、オマンコの熱さと直結して、私の上半身と下半身が、一つに繋がったオマンコの塊みたいになってくる。

「くっ……。──いいぞ、清美ちゃん。そのお口の中までたっぷりと、吐き出してやるっ──」
「……ぶふっ、──ふ、ふぁぃっ! ふらひゃぃ!!」
 ドクッ! ドクッ! ドクッッ!!
「──ウブっ!! ふごぉっ……ぷふぇっ! んふっ、────ぷふぅ、んむぅ……んくっ……」
 喉の奥にご主人様のチンポ汁がダイレクトに直撃! 反射的に咳き込んじゃったけど、ギュッと口マンコを絞って出口を塞ぎ、大事なチンポ汁を一滴たりとて逃がすまいとする。口マンコの中がオマンコの奥みたいにドロドロのチンポ汁で一杯になって、舌が子宮頸菅みたいにのたうち、掬って、裏側から唾液をまぶして、クチュクチュしてヨーグルトジュースみたいに蕩けさせる。
「……ンチュ、…………ズルッ──ススッ……ムチュっ──」
 喉から鼻の奥まで逆流しちゃったので、それもすすり上げて一緒に飲み込む。──ちょっと、はしたなかった……かな?

 ゴクリ、ゴクリと喉を鳴らしてチンポ汁を飲み下していく。
 ドロリとした青臭さの残る白濁が、喉壁に絡み付いて、唾液に押し流されて、一息毎に食道に滴っていく。
 それは────、本当に。
 膣壁から流れ込んだチンポ汁を、私の頸菅が吸い上げて、子宮に運び込む仕草のようで。
 想像しただけで、身体にブルッと震えが走った。
 これが──。私の、口マンコなんだ……。
「────チンポ汁、有り難く戴きました……」
 舌先でレロッと舐め上げて私の唾液をまぶし、先端にチュッと口付けて別れのご挨拶。

 口奉仕に夢中になっている間に久能さんは私の背後から移動して、事務机の引き出しをまさぐっていた。
 そこから何かを取り出して、戻って来る久能さん。手の中には小さくて、細長いものが握られている。
「さ……」と私の目の前に差し出した、それは────。

 久能さんのそれとお揃いのデザインの、真っ青なおろしたての首輪。
「あ……、有り難う、ございます……」
 上も下もマンコを突き上げて戴いた私は、意識を半ば朦朧とさせていたけれど、それでも迷わずその首輪を受け取った。
 ────これが、ずっと探し求めて、待ち焦がれてきた〝特別〟の証。

 カチャリ、と首輪を止める音がした時、
 私の運命の岐路が、完全に封鎖してロックされたように感じられた。
 この首輪がある限り、私はご主人様の──性の愛玩人形で、卑しい肉欲にまみれた肉奴隷。

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─ Epilogue ─

 あれから、二ヶ月が過ぎた。
 私の人生が百八十度変わってしまう程の体験は、私の進路選択まで白紙に変えてしまった。
 単位を無事に取得した私は、卒業までは順調に迎えたけれど、内定を断ってしまったのだ。
 大卒・無職。金沢清美、二二歳。肩書きとしては最高に最悪だ。
 実家が五月蝿く連絡をしてくるけど、生計が無事に立っている以上文句は言わせない。
 今の私は──、高山研究室の、私設秘書なのだから。

 卒業してからの日々は目まぐるしく過ぎていった。
 毎日が久能さん直々の実地指導。政治下手な先生の代わりに事務局と折衝したり、無能な教授連中が押し付ける他愛もない実験を代行したり、先生の──その、下の世話をして差し上げたり。
 夜毎、濃厚な雄の精液を受け止め続けたためか、私の外観も随分変わってしまった。
 何もせずただ立っているだけで、道行く男達が振り返り、声をかける。
 雄を誘って招く〝雌〟の色香を──久能さんのように、身に付けたということなんだろう。
 気づいた時には、今までみたいに周りに一々気を遣わなくっても注目を浴びる、そんな〝特別〟な存在になっていた。

 そうして一通りの研修が終わったある日。
 久能さんに誘われて、私たちは二人でレストランに夕食に来ていた。
 大学周辺のレストランはどこもファミレスのようなオープンスペースなお店ばかりだけど、今日訪れたここは穴場的なスポットで、各テーブルが個室のように隔離されている。
 ここなら周囲に気を遣うことなく、二人だけの会話もできる。

「清美ちゃんも、もう一通り研修終わっちゃったわね」と久能さん。目の前に届けられたビーフステーキに追加オーダーを入れて、レモンをソースみたいに沢山絞ってかけている。久能さんは食欲旺盛で、まさに〝肉食系〟と呼ぶに相応しい健啖ぶりだ。あまり食事を共にする機会はないけれど、いつ見てもその食欲に驚かされる。
「ええ……。まだまだ、久能さんみたいにソツなくこなすなんてできませんけどね」
 私は軽めのパスタを戴きながら、サイドディッシュのサラダにフレンチ・ドレッシングをまぶす。
「そんな事無いわ。あと清美ちゃんに足りないのは、実践の経験だけ。随分飲み込みが早かったから、私もかなり助かったわ」と久能さんは、ポッテリとした真っ赤な唇の間に、ミディアムレアの赤みの残る肉片を送り込む。
「そんな……。まだまだですよ」
「ううん。これで私も、思い残すことなく、辞められる」

 ──辞め……る?
「くのう……さん? どういう事ですか?」
「言葉通りよ。私は今日付けで、先生の私設秘書を引退」
「だって……、そん、な……」
「清美ちゃんには関係ないのよ。その前から決めてたことだから。寧ろ清美ちゃんは、辞める私の代わりになって貰うために、敢えて私が『実験』という形で引っ張り込んだようなものだし」
「え? もしかして、最初……っか…ら?」
「そう。私、子供できちゃったから。お腹大きくなったら、秘書どころじゃないでしょ」
「えええええっっっっつっっ!! こ……こど、も……って。だ……誰の……?」
「決まってるじゃない。先生と、私の」
「だって何時も私たち、『お薬(アフターピル)』飲んでて、妊娠なんかしない筈じゃ……」
「だ・か・ら。私、お薬飲まなかったの。ワザと」
「そ、それ……、先生知ってるんですか?」
「そりゃ、知ってなきゃ引退も何も無いでしょうに。……あれ? もしかして清美ちゃん、何も聞いてなかった?」
「聞いてなかったどころじゃないですよ! まるっきりそんなの、初耳ですって!!」

 出されたステーキを咀嚼し終えた久能さんは、フウと一息ついて、満足そうに下腹部を撫で擦る。
「私、考えたの。女の価値って、どうしたって年齢である程度ピークができちゃうモンだって。だからその価値が暴落しちゃう前に、勿体ないって思ってもらえる内に、女を卒業しなくちゃって。だって先生の許で、普通なら知ることすらなかったコトまで、思う存分味あわせて貰ったし」
「でも……。それじゃ、どうされるんですか。これから」
「だから先生にお願いして、子供を持つことにしたの。これからは〝女〟じゃなくて、百パーセント〝母親〟になってみせる積り。初代の秘書さんが辞めた時に、妊娠してれば毎月先生から〝お手当〟振り込んで貰えるのは分かってたしね。このまま私が只の子供バカになっても、生活には困りそうにないし」
「……はは、おや──」
「だって思わない? あの先生(ヒト)、社交性は皆無だけど頭脳は間違いなく天才よ。その天才のDNAと、私のこのルックスのDNAが加わったら──。きっと……、ちゃんと可愛がって教育してあげれば、それこそ最強の子供ができるわ。そりゃ、教育費とか考えれば〝お手当〟だけじゃとても持たないと思うけど、それにしたってパートなりやってれば、充分稼げるレベルだしね。そもそもあの先生、『家庭』なんて二文字には絶対に縁が無さそうだもん」

 ──何も、言えなかった。
 途中まで口にしたパスタも、すっかり味を失ってしまった。
 この人は──。こんな所までしっかりと計算して。
 女だけど、どこまでも男前な格好いい生き方をして。

「そりゃあ偶には寂しくなって、研究室押し掛けるかもしれないけどね」と爽やかに微笑む久能さん。
「そんな──。大歓迎に、決まってるじゃないですか」
「いいの? 先生、もしかすると取られちゃうかも知れないわよ?」
「そんな、コト──」と久能さんの挑発に戸惑っていると、
「真面目に一度考えてみて。あの先生(ヒト)の頭脳は、たぶん世界のどこを探しても見つからないほどの天才なの。だから……、その頭脳を日常の些事とか、くだらない細々した実験に煩わせるワケにはいかないの。そのために私たち〝私設秘書〟は存在してるんだから。そりゃ夜のお相手をしたり、偶に先生のお宅にお邪魔したりすることはあるけど、それは傍でお仕えする私たちの、只の〝役得〟。役得程度であれ、先生のお時間を専有するんだから、その女は一流でなきゃダメなの。もう先生が疲れて研究投げ出しそうになったら『それなら、他所に行かせていただきます』って言っちゃえるくらいの」
「そんな事……」
「……ある訳ない、けどね。先生は生まれついての研究バカみたいなモノだから。だけどそんな女がいることが、先生の発奮材料になるのも確かだから。────だから、今度会った時に先生がだらしなくなってたら、迷わず先生も子供も持ってっちゃうかもよ?」
「……じゃあ私は、子供さんを誘惑して、お母さんから奪っちゃうくらいの女を目指します」
「そう、それでいいの。お互い、負けないように頑張りましょ」
「はい」

 ──そうして。
 まるでいつもの事みたいに、何気ない笑顔で、店の前で手を振って。
 久能さんは、いなくなってしまった。

 独り帰路を歩きながら、私はさっきの久能さんの一言一言を噛み締めてみる。
 初代の秘書さんは分からないけれど。
 二代目の久能さんは、先生の──ご主人様の中に、稀有な才能を見て。
 三代目の私は──、特別なご主人様の、特別な愛玩肉奴隷になることに価値を感じた。
 きっと感じるものは人それぞれなんだろう。
 私は私の信じるままに、ご主人様にお仕えしていく。それだけの話でいいんだと思う。
 それでも負けられない。大人の雌だから、欲しがってみせるだけじゃ、何も手に入らないって事を思い知ったから。

 股間を疼かせるアナルプラグの存在を熱く感じながら。
 服の下で今もなお私の全身を窮屈に締め上げる荒縄に、仄かにご主人様の体温を感じながら。
「さぁ、三代目秘書・金沢清美。明日も────」

「────頑張って、お仕えするぞぉっっっ!」
 そう、夜空に向かって叫んでみた。

< 完 >

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