ヒミツの購買部 梓

- 梓 -

「あーずーさーちゃん!一緒にお弁当食べよ!」

 いつものように、お気楽な調子で梢がやってくる。
 彼女、高崎梢(たかさき こずえ)と、あたし、伊東梓(いとう あずさ)とはこの学園の中等部の頃からの腐れ縁だ。
 まあ、ちょっと天然ボケで間の抜けたところのある梢のお守り役をしてきたと言った方が近いかもしれない。

「ねー、ねー!今日は外で食べない?いい場所見つけたんだ!緑がいっぱいでね、すっごく気持ちいいんだよ!」

 また出た、梢のいい場所見つけた、が。
 今まで、このコのいいところ見つけた、すごいもの見つけた、にどれだけ踊らされてきたことか。
 しかも、そのほとんどが外れだった。

 いわく、子供より大きな猫がいた(おのれはハスキー犬と猫の区別もつかんのか)。
 校門までの近道を見つけた(うちの学園はなだらかな丘の上にある。ただ、この時の近道は鬱蒼とした藪をくぐり抜ける獣道みたいな代物だった)。
 お相撲さんがやっているかわいらしいクレープ屋さんがある(本当はお相撲さんじゃなくって、ものすごく太った人がやっているだけだった。まあ、その絵面だけで十分面白かったのは間違いないが)。エトセトラエトセトラ……。
 ステキな店を見つけたよー、と言われて一緒に行っても、当の本人が場所をちゃんと覚えてなくて辿り着けなかったなんてのもいつものことだ。

 ……しかしまあ、今日はやたらと目をキラキラさせちゃって。

「梢ったら、なにはしゃいでんのよ?」
「だって、本当に雰囲気いいんだよ!ね、いーでしょ!遊歩道の中のベンチでね、ホントにいい感じなんだから!」

 身を乗り出して、嬉しそうに誘ってくる梢。
 おさげに結った髪がポンポンと跳ねるように揺れていた。

 ……なにがそんなに嬉しいんだか。
 でも、これはあたしがうんと言わないとどうしようもないだろうなぁ。

「はいはい、わかったわかった。仕方ないわね」
「わーいっ!さ、こっちこっち!」

 梢が、ぐいぐいとあたしの手を引っ張る。

「だーっ!手を引っ張るな!」

 こんなとき、梢はこっちが折れないと絶対に向こうから折れることはない。
 あたしが嫌がって手を振りほどいても、梢はきゃははっ、と笑ってるだけだ。

 まったくもう……。

 あたしは、内心文句を言いながらも梢の後についていく。

「ほらー、早くーっ!」

 校舎を出ると、先に走っていった梢が手を振っていた。

「ああもう、わかったわよ!」

 私はしぶしぶながらその後を追いかける。
 自分でも、つくづく甘いとは思う。でも、そうしないと後がめんどくさい。

「ふーん。こんな所にベンチがあったんだ」

 梢が連れてきたのは、木々の緑がトンネルのように連なる遊歩道のベンチ。
 たしかに、今の季節の青々とした若葉は見ていて清々しいし、吹き抜けていく風も気持ちいい。

 うん、梢にしては当たりじゃないの。

「ね、今の季節にお弁当食べるには最高でしょ!」
「まあ、風が通って気持ちがいいのは確かね」
「でしょでしょ!」
「こんな場所、いつ見つけたのよ?」
「へへへっ!昨日、天気が良かったからちょっと散歩をしててね」

 なるほど、だから昨日帰ろうと思ったらいなかったのね。
 まあ、時々突発的にいなくなるのはこのコの癖だ。

「また梢の徘徊癖が出たな」
「なによーっ、徘徊癖って!」
「現にそうやってふらついてる人間が何を言う」
「でも、こういう発見もあるんだから!」
「どうでもいいけど、迷子にはならないでね、探す羽目になったらたまったもんじゃないもの」
「あーっ!梓ちゃんったらひっどーい!」

 大げさに傷ついてみせる梢を放っておいてあたしはお弁当を広げる。
 まあ、こんな軽いやり取りはいつものことだ。
 クラスのみんなからはあたしと梢の漫才だと言われて、それはそれで迷惑なんだけど。

「それにしても本当に気持ちいい風が吹くよねー。ホント、いい場所見つけちゃった」

 ベンチに、梢と並んで座ってお弁当を食べるあたし。
 まあ、こういう気持ちのいい場所でお弁当を食べるのは悪い気はしない。

 ん?あれはたしか?

 何気なく当たりを見回したあたしの目に、蔦の絡まった建物が飛び込んできた。

「そうね。ん?あれって、レイチェル館?」
「うん、そうだよ」

 あたしの問いに、もぐもぐと玉子焼きを頬張りながら梢が答える。

 やっぱりそうだ。
 あの建物、レイチェル館は、たしかこの学園を建てたレイチェルという外国の女性が晩年を過ごした建物で、この学園でも一番古い建物のひとつだ。
 なんでも、市の文化財に登録されているらしくて、普段は鍵がかかっている。
 希望者は中を見学できるらしいけど、なにかと手続きが大変らしい、という話を聞いたことがある。
 まあ、話では知っていても、うちの学校って敷地が広いからここまで来ることってあんまりないんだけど。

「この学校広いから、あんまりこの辺まで来ないよね」
「うん。だから、このナイスなスポットを発見した私のすごさがわかるでしょ」
「いや、全然すごさを感じないんだけど」
「こうやってお散歩してた私のおかげじゃない」
「て、なに自分の手柄のように言ってんのよ。単に放課後真っ直ぐ家に帰らずにふらふらほっつき歩いてただけでしょ。まったく、それで昨日帰ろうと思ったらいなかったのね」
「なになに~?梓ちゃんも一緒にお散歩したかった?」

 梢が、瞳を輝かせて体を擦り寄せてくる。
 人懐っこいと言えば聞こえはいいが、スキンシップが過ぎるのが梢のダメなところだ。

「いや、別に散歩はしたくないから。ていうか、ひとりで帰るのも静かでよかったしね」
「そんな、ひ、ひどいわ、梓ちゃん。本当は私がいなくて寂しかったんでしょ?」

 そう言うと、上目遣いにあたしを見つめてしなをつくる梢。

「気色悪いからしなを作るんじゃない」
「ぶはっ」

 あたしは、ぺしっと梢の頭をはたく。
 なんだかんだ言ってこういう展開もいつものことだから梢は全然こたえてない。

「ごちそうさま」
「ふう~、美味しかった~!」
「どうでもいいけど、梢の弁当箱大きすぎやしない?あんまり食べると太るわよ」
「平気平気~。私って育ち盛りだから~。梓ちゃんももうちょっと食べないと大きくなれないわよ~。特にこの辺りが……ぎゃうっ!」

 梢が、いきなりあたしの胸をむにゅっとつかんだものだから、思い切り強くはたく。
 このコのこういうところはすでにスキンシップの枠を超えてセクハラの域に入っているといっていい。
 いくら女の子同士だからといっても、いかがなものかとあたしは思う。

「あんたはまたそうやってセクハラをしてっ!余計なお世話よ!」
「でも~、梓ちゃんの控えめなおっぱいも、それはそれでキュートだよね!」
「やかましいっ!」
「ぎゃうん!」
「あんたがそうやってセクハラばっかりするからレズカップルとか言われるんだからね!」

 本当に、みんなからカップル扱いされるのにはけっこう迷惑しているのだ。
 今では、先生たちでさえあたしのことを梢の保護者かなんかと思っているフシがあるくらいだ。

「うう、痛たたた。ごめんごめん、これあげるから許して~」

 梢が、はたかれた頭を押さえながらポケットからなにか取りだした。

「ん、なによ?」
「チョコバーだよーん。けっこう美味しいよ~」

 たしかに、梢が取りだしたのはチョコレート・バーっぽかった。
 ただ、見たことのない包装紙だったけど。

「どうしたのよ、それ」
「購買部で買ったんだー!私はもう食べたから、これ、梓ちゃんにあげるよ~!」
「なんか、見たことないけど、どこの?」
「だよね~。私も初めて見たけど、食べてみたら美味しくてびっくりしちゃったの~」
「ふーん……」

 本当に、こんなのは見たことはない。
 あたしはチョコレート系のものは何でも好きだから、たいていの物は食べてるんだけど。

 ……輸入物かな?

 チョコバーの包装紙を破ってひとくち囓ってみる。

 うん、少し変わった風味があるけど悪くないわね。

 今まで食べたことのない香料の香りがするけど、味は悪くない。
 この濃厚な味はなかなかのものだ。
 やっぱり輸入物なんだろう。

「……うん。悪くないね、これ」
「でしょでしょ!」

 あれ?でも、うちの購買部って?

「うん、美味しい。……あれ?でも、うちの購買部って、お菓子売ってたっけ?」

 そう、うちの学校では、お菓子の類は一切売ってないはずだった。

「え?それがあったのよ!たまたまかなー?」

 そう言って、すっとぼける梢。

 まあ、梢の場合本当にボケてる可能性があるけど。

「まあいいや」

 あたしは、チョコバーをもうひとくち囓る。そしてもうひとくち。

 うん、これはかなり美味しい部類に入るんじゃなかろうか。
 まあ、どこで買ったかは別にして、これは、あたし的にはけっこうヒットだ。

「うん、美味しかった。サンキュね、梢」

 あたしは、チョコバーを完食すると梢の方を見る。

 ……なにそんな真剣な顔してるのよ。

 梢が、じっとあたしの顔を見つめていた。

 まったく、本当に変なコね。

 でも、こうやってあたしの好物を出してきて、けっこうかわいいところもあるのよね。
 そうやってつぶらな瞳であたしを見ている姿も、まるで子犬みたいじゃない。

 あれ?梢ってこんなにかわいらしかったっけ?

 ……き、気のせいよね。

 なんだか、妙に梢のことをかわいいと感じてしまったけど、きっと気のせいだ。
 まあ、このコはもとからかわいいところはある子なんだけど。

 あたしは、一瞬、梢のことをすごくかわいいと思ったのが恥ずかしくて、思わず時計をみてごまかす。

 あ、もうこんな時間だ。

「よし、じゃ、そろそろ教室戻ろうか、梢」
「え?」

 はい?なにがっかりしてんのよ?

「え?じゃないでしょ。もう授業始まるわよ」
「あ、ああっ、そうだよねっ!」

 どうしたのかしら?なんか、いきなりテンションが下がっちゃって?

 あたしが弁当箱を締まって立ち上がっても、梢はどこかしょんぼりして座ったままだった。
 さっきまであんなにはしゃいでいたってのに。

「なにしてるの、梢?先行っちゃうよー!」
「あっ、待ってよ、梓ちゃん!」

 心配したあたしが声を掛けると、梢が急に笑顔になってきて追いかけてきた。

 ホントにおかしな子ね。

 梢があたしに追いついてきて、ふたりで並んで歩く。

 その時は、あたしは自分の変化にまだ気づいてなかった。

♪ ♪ ♪

 夜、あたしの部屋。

 机に向かい、ぼーっとしているだけのあたし。
 読みかけの小説を手にとって、ぱらぱらとページをめくってみるけど、内容が全然入ってこない。
 すぐに本を投げ出して、ぼんやりと頬杖をつく。

 ふっと、梢の無邪気な笑顔が頭に浮かんだ。

 な、なんで梢のことが?
 ま、まあ、今日の場所は梢にしては悪くなかったわ。
 なんだかんだ言っても、憎めないところがあるのよね、あのコ。

「えへへへー、おはよー、梓ちゃん!」
「ねーねー、聞いてよ、梓ちゃん!」
「梓ちゃーん!いい店見つけたんだー!一緒に行こうよー!」

 梢の、屈託のない笑顔が浮かんでは消えていく。

 ……本当に、かわいらしいよね、梢は。

 やだ、なに考えてるのかしら、あたしは?
 それは、梢はかわいらしいところがあるわよ。
 女の子同士でもそう思うもの。

 でも、なんでこんなにドキドキしてるの?
 それに、顔が熱い……。

 熱でもあるのかな?
 もしかしたら、風邪引いちゃったかも。

 今日は早く寝よ……。

 あたしは、ベッドにもぐり込むと頭から布団をかぶった。

♪ ♪ ♪

「ねーねー、梓ちゃん!」

 梢があたしの胸に飛び込んできて頬ずりをする。
 こうしている梢は小動物みたいで本当にかわいい。

「ねぇ、キスしようよ、梓ちゃん」

 え?……う、うん。

 梢が、目を瞑って顔を近づけてくる。
 あたしも目を閉じると、梢の唇を迎え入れた。

「だーっ!!……あ、夢?」

 がばっと起きあがって、あたしはそれが夢だったことに気づく。
 もう、外はすっかり明るくなっていた。

 ……なんて夢なのよ。
 夢の中で、梢とキスするなんて。

 ないないないない!

 だって、あたしたちは女の子同士なのよ!
 そんなの、絶対におかしいんだから。

 でも、ちょっともったいない気もする。
 あの夢の続きを見てみたかったな……。

♪ ♪ ♪

 はあ、どうしちゃったのかしら、あたし?
 昨日から、なにか変だ。

 学校へ向かう道々、あたしは何度も首を傾げる。

 なんで、梢のことばっかり?
 それは、いつも一緒にいる親友だし、かわいいところがあると思うけど。
 そんな、まさかね……。

「あっ……」

 校門を入ると、見るとはなしにそのすぐ横にある購買部の建物を見る。

 そういえば、昨日のチョコバーは購買部で買ったって言ってたわね。
 それはきっと梢の勘違いのはずなんだけど。
 でも、見るだけ見てみようかな……。

 たぶんないとは思うけど、もし、あったら買ってもいいかな。
 あれ、けっこう美味しかったし、昨日のお返しに梢にあげてもいいし。

 あたしは、購買部の中に入ってぐるっと見回す。

 ……やっぱりないよね。

 ざっと見回しても、お菓子の類は置いてない。
 
 やっぱり、梢が勘違いしてるんだわ。

 あたしがそう思ったその時。

「梓ちゃん!おはよ!」
「え?うあああああああっ!こっ、梢!?」

 後から肩を叩かれて振り向くと、梢がいた。
 その顔を見た瞬間、心臓が止まるかと思ったくらいどきっとして、思わず大きな声をあげてしまった。

「ええっ?梓ちゃん?」
「こ、こっち来なさいよっ!」

 あたしは、びっくりしている梢の腕を掴むと、購買部から引きずり出す。

「えええっ?梓ちゃん!?」

 大げさなリアクションには目もくれず、あたしは梢の腕を引っぱっていく。

 もうっ、びっくりしたのはあたしの方なんだからね!

 あたしは、梢に気づかれないように舌打ちする。
 驚きすぎて、まだ心臓がばくばくと鳴っていた。

「ちょっと、いきなり声をかけないでよね!」

 校舎の陰に連れ込んで一喝する。

「え?え?だって。私、挨拶しただけなのに……」
「黙らっしゃい!」

 わけがわからないという表情の梢に、つい声を荒げてしまう。

「なんで?どうしたの、梓ちゃん?」

 ただ戸惑っているだけの梢。
 あたしだって自分の感情を持てあましていた。
 なんで自分がこんなにカリカリしているのか、その理由がわからない。

「とにかくっ、あんまり人前で声をかけないでよねっ、びっくりするじゃない!」

 ……あたし、無茶苦茶言ってる。
 いつも一緒にいる友だち同士なんだから、そんなのはあたりまえなのに。

「ねえ、ホントにどうしたの、梓ちゃん?熱でもあるの?」

 梢の顔がいきなりアップになって、あたしのおでこに梢のおでこが当たった。

「ひゃあああっ!こらっ、梢っ!」
「痛ったああああっ!」

 今度こそ、本当に心臓が飛び出すかと思った。
 次の瞬間、あたしは、反射的に梢にビンタをしていた。

「な、なにするの、梓ちゃん!?」

 頬を押さえて、驚いた表情をみせる梢。

 なにやってるんだろう、あたし?
 どうして梢にビンタなんかしちゃったんだろう……。

「ととと、とにかくっ、あんまり馴れ馴れしくしないでよねっ!」

 梢は、叩かれるようなことはしていない。
 ホントはあたしが謝らなきゃいけないのに、それができない。

 頭に血が上ったみたいに顔が熱い。
 目の前がぐるんぐるんと回っているみたいで気持ちの整理がつかない。

 いや、本当は自分が狼狽えている理由はわかっていた。
 あたしは、梢のことを……。

 でも、そのまま踵を返すと、梢を置いたまま逃げるようにその場から立ち去る。
 自分が悪いのはわかっているのに、梢の方を見ることができなかった。

♪ ♪ ♪

 変だよ、絶対に変。

 授業の間、あたしの頭の中ではずっと同じことがぐるぐると回っていた。

 こんなの、絶対に変だとわかっている。
 あたしには、そんな趣味はないと思っていた。
 ごくごくあたりまえの、普通の女の子だと思っていたのに。
 でも、こうなってしまったら認めざるを得ない。

 あたしは梢に恋してる。

 梢に声をかけられて心臓が止まりそうなほど驚いたのも、頭に血が上ったように顔が火照ったのも、本当はときめいていたからだ。
 胸が高鳴って、ドキドキして、顔が真っ赤になっていたんだ。

 今までいつも一緒にいて、こんな風に思ったことはなかった。
 それは、かわいいところはあると思っていたけど。
 これまでは、友だちとして好きだっただけ。
 だって、あたしたちは女の子同士なんだもん。

 でも……。

 あたしは、ちらりと梢の方を見る。
 梢の横顔を見ただけで、胸がきゅうっと締めつられる思いだ。
 間違いなく、あたしは梢に恋しちゃってる。
 また、胸がばくばくと鳴って、頬が染まっていくのが自分でもわかる。

 ……どうしよう。こんなんじゃ梢と普通に話もできないよ。

 あたしは、顔を赤くしているのがばれないようにずっと下を向いて授業を受け続けた。

♪ ♪ ♪

 お昼休みになると、梢に気づかれないうちに全力で教室を飛び出す。

 職員室のある校舎の裏、ほとんど人の来ないベンチに座って、ひとりでお弁当を広げる。

 なにも逃げ出さなくても、とは思うけど、気持ちの整理がつかなくて、梢の前だととてもではないけどまともじゃいられない。
 今のままで梢と一緒にいたら、きっと怪しまれちゃう。あのコのことを好きだってことがばれちゃうかもしれない。
 いくら梢が天然ボケのセクハラっ娘でも、女の子同士で恋愛感情なんか持たないだろうな。
 だって、普通の子は女の子同士で恋なんかしないもん。

 あたしが梢に恋してるなんてことが知られたら、きっと嫌われちゃうよ……。

 ひとりでぽつんと座ってお弁当を食べるあたし。
 でも、味なんかちっともわからない。

 これからどうしたらいいのか、そのことしか考えられない。
 でもいくら考えてもいい答えは見つからない。

 そして、放課後。

 やっぱり、梢に見つからないうちにあたしは教室から飛び出す。
 とにかく、気持ちの整理がつかないうちはあのコと一緒にいられない。
 それが、午後の授業の間ずっと考えて出した結論だった。

 家に帰ってからも、あたしはずっともんもんとしていた。
 さっきから、ずっと梢のことばっかり考えている。

 なんでこんなことになってしまったんだろう?

 梢のことが大好きなのに、それを言い出せない。

 どうしてあたしたちは女の子同士なんだろう?

 そんなことを考えてもどうしようもないのに。
 でも、もしあたしが男の子だったら、素直に梢に好きだって言えるのに。

 ……あたし、これからどうしたらいいんだろう。

♪ ♪ ♪

 翌朝。

 あたしは、始業のベルぎりぎりに教室に入る。

 昨日、一日中考えても、結局いい答えは出てこなかった。
 結局、あたしにはなるべく梢と顔を合わせないようにすることしかできない。

 授業中、ちらちらと梢の視線を感じる。

 きっと、あたしのことを気にしてるんだろうな。
 そだよね、昨日の朝あんなことがあってそのままだもんね。
 中学の頃からいつも一緒にいて、こんなことは初めてだもの。

 ごめんね、梢。
 でも、今のあたしはあんたと一緒にいると変になっちゃいそうなの……。

 昼休みになると、昨日と同じようにいち早く教室を抜け出す。
 そして、人目につかない場所でこっそりとお弁当を食べる。
 ひとりで黙々と食べるお弁当はちっとも美味しくない……。

 そして、放課後も。

 ホームルームが終わる前から荷物をまとめておいて、終わると同時に教室の外に向かう。

 いつまでこうやって逃げ回るような真似してなきゃいけないんだろう?
 こんなことをしてても、なんの解決にもならないのはわかってるのに。

 でも、他にいい方法を思いつかないから、早足で校舎を抜けて、正門へと急ぐ。

 と、その時。

「梓ちゃーん!!」

 これはっ!?梢の声?

 一瞬、そのままダッシュして逃げようと思った。
 でも、足が動かなかった。

「梓ちゃん!待ってよ!」

 バタバタと駆ける足音がして、梢の声が近づいてくる。

 あたしが振り返ると、梢はすぐ目の前に来ていた。

 ……あっ。

 梢の表情に、胸が締めつけられそうになった。
 だって、あたしに向かって駆けてきた梢は、今にも泣きそうな顔をしていたから。

 そして、梢の口が開く。

「もうっ、梓ちゃんったら歩くの速いんだから!」
「あんまり馴れ馴れしくしないでって言ったはずよ、梢」

 梢に向かって、あたしはできるだけよそよそしい態度をとる。

 ごめんね梢。
 でも、こうしないとあたし、冷静でいられない。

「なんでっ、なんでよっ、梓ちゃん!?」
「なに興奮してるのよ?」
「梓ちゃんこそ昨日から変だよっ!どうして私のこと避けてるのっ?」
「べ、別に避けてるわけじゃないわよ」

 嘘だ。本当は昨日からずっと梢のことを避けてる。
 でも、その理由は言うわけにはいかないのよ。

「避けてるよっ!中等部の時からお昼食べるのも、帰るのもいつも一緒だったのに!どうして?私、なにか悪いことしたの!?」

 興奮してまくし立てる梢の目から、大粒の涙が溢れてくる。
 
 ……あたし、梢を泣かせちゃった。

 好きな子を泣かせてしまった。その事実が胸に突き刺さって、なにも言うことができない。

「うううっ、ねえ、どうしてなの、梓ちゃん?うっ、ひっくっ!私のこと、嫌いになっちゃったの!?うっ、うううっ……」

 顔をくしゃくしゃにして、ぼろぼろと涙をこぼし続ける梢。

 違う、違うよ、梢。
 あたしは梢のことを嫌いになんかなってない。

「うううっ、えっく!ひどい、ひどいよ、梓ちゃん……」

 両手で顔を覆って、梢は子供のように泣きじゃくっている。
 その姿を見ているあたしの胸がしくしくと痛む。

 あたし、こんなに梢のことを悲しませてたんだ。

 ……謝ろう。
 梢に謝って、そして本当のことを全部言おう。梢のことを好きになっちゃったんだって。
 それで、梢に嫌われてしまっても仕方ない。
 このまま、泣いているこの子を見ていることなんてできないよ。

 あたしは、泣きじゃくっている梢を、そっと抱きしめた。

「……ごめんね、梢」
「え?あずさ、ちゃん……?」
「ごめんね。梢のことを嫌いになったわけじゃないの」

 驚いて見上げてきた梢に、あたしは優しく微笑みかける。
 あたしの腕の中の暖かくて柔らかな感触が本当に愛おしい。

「そうなの?」

 顔を涙で濡らし、小さくしゃくり上げながら、梢が訊ねてくる。
 本当のことを言うのは勇気がいるけど、でも言わなくちゃ。

「うん、その反対」
「ど、どういうこと?」
「あたしね、梢のこと好きになっちゃったみたいなの」
「それは、私も梓ちゃんのこと大好きだよ」

 違うよ、梢。あたしは……。
 これからあたしが何を言おうとしているか、それを考えただけで顔が真っ赤になってくる。
 こういう気持ちを、清水の舞台から飛び降りる、っていうんだろうか?
 あたしは、精一杯の勇気を振り絞る。

「違うの。友だちとして好きなんじゃなくて、梢のことを、その、恋人みたいになれればいいなって……」
「梓ちゃん?」

 梢が、はっとした表情をする。
 うん、わかるよ。誰でも驚くよね。

「なんだか、梢のことを考えると、胸がドキドキしちゃって、普通じゃいられなくて。梢と恋人としてつき合えたらいいなって……。でも、あたしたち女の子同士だし、やっぱりそれってノーマルじゃないから。こんな気持ち知られちゃうと、梢に嫌われると思って。ごめんね、泣かせちゃって」
「梓ちゃん……」
「本当にごめん。そんなに悲しませちゃって。悪気はなかったの。だから、もう一度言うわ。あたしは梢のことが好き、どうしようもないくらい好きなの。だから、あたしとつき合ってくれる、梢?」

 本当は今すぐ逃げ出したい。
 でも、これを言うためになけなしの勇気を振り絞ったんだから。
 あたしは、おそるおそる梢の顔を窺う。

「梓ちゃん……」

 梢はそう言ったきり黙り込んでしまった。
 唖然とした顔であたしの方を見ているだけ。

 そうだよね、いきなりそんなこと言われても困るよね。
 女の子同士でつき合おうなんて言われても……。

「そうよね、女の子同士でつき合うなんて普通じゃないもんね。きっと、あたしのこと軽蔑してるよね、こんな女なんか、嫌いになっちゃうよね……」
「そんなことないよっ、梓ちゃん!」

 そう言って、梢が大きく頭を振った。

 え?梢?

「こ、梢!?」
「私も梓ちゃんのことが好きっ!いや、好きなんてもんじゃない!愛してるよ、梓ちゃん。私も、梓ちゃんと恋人同士になりたいよ!」

 そして、梢があたしをぎゅうっと抱き返してきた。
 
 ……梢?本当に?

 梢の口から出てきた言葉。
 それは、心の底から望んでいた言葉。

 梢があたしの告白を受け入れてくれた。
 嬉しいのに、いや、嬉しすぎてまだ信じられない。

「本当なの、梢?」
「うん、本当だよ」

 梢が、真っ直ぐにあたしを見つめて大きく頷く。
 今度は、あたしの方が泣きそうになった。

「……ありがとう、梢。あたしの気持ち、受け入れてくれて」
「ううん、梓ちゃん。謝るのは私の方だよ」

 梢が、あたしを抱きしめながら頭を振る。

 なんで梢が謝るの?
 勝手に梢のことを好きになって、ひどいことをしたのはあたしなのに。

「どうして?なんで梢が謝るの?梢のこと好きになったのはあたしの方なのに?」
「違うよ、私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったんだから」

 いきなりそんなことを言われて、あたしの方が戸惑う番だ。

「なに言ってるのよ。友だちとして好きっていうんじゃないのよ。それに、恋人にしたいって思ったのはあたしなのよ」
「うん、だから、私の方が前からそう思ってた」

 なに言ってるのよ、梢?

「違うわよ、あたしの方が梢を好きになったんだって」
「だから違うよ、本当は私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったんだから」

 梢が、妙に自信満々にそんなことを言う。

 違うよ。梢のことを好きになったのはあたしの方なんだよ。
 それは、あんたがあたしのことを慕ってくれてたのはわかってるけど、それは、友だち同士として。
 恋愛感情なんて、そんな。

 あ、この子はちょっとボケてるところがあるから、友だちとして好きなのと、恋人として好きなのの区別がつかないのよ!

「本当はってなによ!あたしの方が梢のこと好きだったの!」
「いいや、私なんだって!」

 お互いに譲らず、ぷくっと頬を膨らませてあたしたちはにらみ合う。

 やだ、あたしったら、なにしてるのかしら?

「ぷっ、ぷふっ!」

 お互いに自分の方が好きだったと言って譲らない状況がおかしくて、思わず吹き出してしまった。

「やだ、あたしたちったら、なに言い合ってるのかしら?」
「うふふっ、そうね。……ねぇ、梓ちゃん」
「なに、梢?」
「私の家に来る?うちは父さんも母さんも仕事してるから、夜まで誰もいないんだ」

 梢が、少し照れながらそう言った。
 もちろん、あたしは何度も梢の家に遊びに行ったことはある。
 でも、今までとは全然状況が違う。
 あたしの告白の後で梢が誘ってくれるってことは……。

 顔から火を噴きそうなくらい熱くなるのを感じた。

「……うん」

 あたしには、そう言って頷くことしかできなかった。

 梢がにこっと微笑んで、あたしの手を引く。
 そして、あたしたちはふたり並んで正門を出ていった。

♪ ♪ ♪

 そして、ここは梢の部屋。

「ねえ、梓ちゃん」
「なに、梢?」
「ね、キスしよ」

 部屋に入って鞄を置くと、いきなり梢がそんなことを言ってきた。

 キスしよ、て、なに言ってるのよ!?

「え?」
「だって、せっかく恋人同士になったんだし」

 あたしが戸惑ってると、そう言って梢が見つめてくる。

 やだ、そんなに見つめないでよ。
 あたしは、恥ずかしくなって俯いてしまう。

 でも、キスしたいな……。
 思い出すのは、この間の夢のこと。
 それが、今、現実になろうとしてるんだ。

「ね、いいでしょ、梓ちゃん」

 梢が、じっとあたしを見つめて言う。

「……うん」

 あたしは、小さく頷いて返事を返す。
 自分のものとは思えないくらいに小さな声が口から漏れた。

 梢が、ニッコリと微笑んでこっちに踏み出してくる。
 そして、その顔があたしの方にゆっくりと近づいて……。

 あたしは、雰囲気に耐えきれなくてぎゅっと目を閉じた。
 そして、あたしの唇に柔らかな感触が当たるのを感じた。

 それは、本当に唇を重ねるだけの優しいキス。
 それでも、あたしにはこれ以上はないくらいに甘く感じられた。

 これが梢の唇の感触なんだ。

 幸福感に包まれて、息をするのも忘れてしまう。

「ん……。ぷはっ」
「んん。ふうっ」

 どのくらいそうしてたのか。
 ほんの一瞬のような気もするし、ものすごく長い時間そうしていたようにも思える。
 息苦しくなって唇を離すと、梢も息を止めていたのか、はぁはぁと大きく息をしていた。

「ふううっ。ファーストキス、梓ちゃんにあげちゃった」

 やだ、そんなこと言わないでよ。恥ずかしいじゃない。

「あっ、あたしだって……」

 そうよ、あたしだってファーストキスだったんだもん。

 なにムキになってるのかしら、あたし。

 でも、つき合って、って言ったのはあたしの方からなんだし。
 でも、本当にそれでいいの、梢?

「……ねえ、梢」
「ん、なに?」
「本当にいいの?あたしなんかとつき合って?」

 もう一度、梢に訊ねる。
 あたしは不安でいっぱいだった。
 だって、女の子同士なんだし。
 梢があたしの告白を受け入れてくれたことがまだ信じられない。

 でも、そんな不安を打ち消すように梢があたしを固く抱きしめた。

「うん。大好きだよ、梓ちゃん」
「梢……」

 あたしもそっと梢の体を抱きしめる。
 そうやって、ふたりで抱き合っていると、梢の鼓動が伝わってくる。

「あのね、梓ちゃん」

 今度は、梢の方から口を開いた。

「なに?」
「さっき、私の方がずっと前から梓ちゃんのこと好きだったって言ったでしょ」

 また、そんなことを言い始める梢。
 違うっ。あんたを好きになったのはあたしなんだから!

「でも、それはあたしの方がっ」

 反論しようとしたあたしに、すっと手を出して梢が遮った。
 その、真剣な眼差しに、思わずあたしは口ごもってなにも言えなくなる。

「いいから聞いて。本当はね、私、ときどき梓ちゃんのことを考えてひとりエッチしてたんだ」
「梢?」

 なに言ってるの、あんた?
 そう言いかけた言葉が途切れる。

 梢の目がうるうると潤んで、また泣きそうになっていた。

「梓ちゃんにエッチなことされてるところを想像してひとりエッチしてた。そんなヘンタイなの、私」

 唇を小さく震わせて、絞り出すような声でいう梢。
 いつもの能天気な話し方とは全然違う。
 そんなの、梢らしくないよ。

「だから、梓ちゃんこそこんな私を嫌わないで。こんなヘンタイだけど、私、梓ちゃんのことが好き。梓ちゃんに嫌われたくないよ」

 そういうと、梢の目からまたポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。

 なんでよ。あたしがあんたのこと嫌うわけがないじゃない。

「嫌わないよ、梢」
「梓ちゃん……」
「それにっ、あんたのこと好きになったのはあたしなんだからね」

 そうよ。梢のことを好きになったのはあたしの方なのに、これじゃ、あたしの方が告白されたみたいじゃないの。

「だから、私の話を聞いてた?」
「やかましい、この強情っぱりが!」

 涙で濡れた顔をポカンとさせている梢のおでこを、パシン、と優しくはたく。
 そして、あたしは思い切り梢を抱きしめた。

 なんなのよ、このコは。
 あたしがなけなしの勇気を振り絞って告白したのに、変なこと言っちゃって。

 あたしのこと想像してひとりエッチしてた?
 なによ、それ?
 もしそれが本当なら、梢もずっとあたしのことが好きで……。

 ああもうわけわかんない!
 梢のことを好きになったのはあたしの方なのよ!

 でも、どうやってひとりエッチしてたんだろう?
 ちょっと、見てみたいな……。

「……やってみせてよ」
「え?」

 梢が、きょとんとしてあたしの顔を見上げた。

「あたしのこと想像してひとりエッチしてたんでしょ。それが本当なら、どうやってしてたのかやって見せてよ」
「ちょ、ちょっと、梓ちゃん?」
「梢が、あたしのことを想像して、どんなことをしてたのか見てみたいの」

 そう。梢が、あたしのことを想像してどんな風にしてひとりエッチをしていたのか見たい。

 ……やっぱり、あたしもヘンタイだよ、梢。

「じゃ、私の方が梓ちゃんのこと好きだったって認めるのね!?」
「それとこれとは話が別よ」
「梓ちゃん……言ってることが無茶苦茶だよ」
「いいからやって見せなさい!」
「そんなっ、恥ずかしいよ!」
「できないんならそんなこと言わなけりゃいいでしょ!さっさとやりなさいってば!」
「ご、強引だよ、梓ちゃん」
「……やってよ、梢」

 嫌がる梢に腹が立って、拗ねたような言い方になる。

 だって、こんなこと言うの、あたしだって恥ずかしいんだから。

 そのまま、黙ってあたしを見ている梢。
 ちょっとの間そうしていた後、こくりと頷いて見せた。

「うん、わかった……」

 そして、梢はゆっくりとベッドに上がる。
 あたしの見ている前でぎゅっと目を閉じると、制服の裾を持ち上げてブラを外した。

「あっ、んんっ!」

 梢が、ぷるんとした形のいいおっぱいの先を自分でつまむと、切なげな声をあげる。
 そして、もう片方の手がスカートの中へともぐり込む。

「あああっ、あうっ!」

 スカートの中で梢の手が動いて、その体がきゅう、と反る。

「ああっ、梓ちゃんっ、んんっ!」

 梢が、切なそうにあたしの名前を呼んだ。

 ……梢が、あたしのことを考えてひとりエッチしてる。

 なんでだろう、梢の声を聞いてるとあたしまで切なくなってくる。

「んくうっ、激しいよっ、梓ちゃん!うあああっ!」

 あたしの名前を叫びながらアソコとおっぱいを自分で弄る梢の手の動きが激しくなっていく。

 いやらしいよ、そして、とってもかわいいよ、梢……。

 激しくひとりエッチしてる梢を見ていると、胸がきゅうって切なくなって、アソコが、じん、て熱くなってくる。

 あたしもしたい……梢と一緒に……。

 あたしは、着ているものをひとつひとつ脱いでいく。
 固く目を閉じて喘いでいる梢はそれに気づかない。

 あたしは、ベッドに上がると、梢の胸に手を伸ばした。

「あああっ、いいよっ、梓ちゃん!ううっ!……え!?」

 その、柔らかなおっぱいを掴むと、梢がビクッと体を震わせた。

「あっ、梓ちゃん!?」

 目を開けた梢が、びっくりした表情であたしを見つめている。

「なんで裸なの!?」
「あたしもしたくなっちゃった」
「え?」
「ねえ、梢。ホントにいっつもそうやってたの?」
「……う、うん」
「本当にヘンタイだね、梢は」
「そんな……」
「でも、梢を見ていたら、あたしも一緒にやりたくなっちゃった。だから、あたしもヘンタイだね」

 そう、あたしもヘンタイ。
 女の子同士でこんなことしたいと思っちゃうヘンタイなんだよ、梢。

「……梓ちゃん」
「ひとりエッチしてる梢、とってもいやらしくて、とってもかわいかった。でも、せっかくなんだから、ふたりでエッチなことしようよ」
「……うん、梓ちゃん」

 あたしが精一杯の勇気でそう言うと、梢も少し恥ずかしそうに頷いた。

「ごめんね、梢。わたしの胸、こんなにぺちゃんこで」

 あたしの手の中の、梢の形のいいおっぱいと比べたら、あたしの胸なんか真っ平なのも同然だ。

「ううん。梓ちゃんのおっぱい、すごくキュートで、すっごくきれいだよ」
「あっ、ああっ、梢っ!」

 梢があたしのおっぱいをぎゅっと掴む。
 それだけなのに、まるで電気が走ったみたい。
 思わず、目を閉じて梢の名を叫ぶ。

 それが、始まりの合図だった。

「梓ちゃんっ、好きだよ!」
「ああっ、あたしもよっ、梢!」

 あたしたちは、枷が外れたみたいに激しく体を絡め合う。

「ああっ、あううっ!梓ちゃん!」
「梢っ!梢っ!あううっ!」
「あんっ、好きよっ!ああんっ!」
「うんっ、梢っ、んんっ、んむっ」
「んっ、んふっ、ちゅ、んむむっ!」
「んんっ、ぷふっ、あああっ!梢っ!」
「あふうっ、イイッ、いいよっ、梓ちゃん!」

 互いの体を求め、抱きしめ、指で弄り、唇を吸う。
 まるで、魔法でもかけられたみたいに梢と触れ合っているところはどこでも気持ちよく感じる。
 夢中になって梢の名前を叫ぶ自分の声が、まるで自分の声じゃないみたいに甘く聞こえていた。

「ふあああっ!梓ちゃあああん!」

 梢のおっぱいの先を指でつまむ。
 こりっとした感触と一緒に、梢が頭を仰け反らせる。

「いああああっ、あううっ!」

 梢の指があたしのアソコをなぞると、頭の先まできゅんってなる。

「ふわあああっ、そこっ!あああっ!」

 お返しに梢のアソコに手をやると、こりっとした感触がして、梢の体がびくびくって大きく震えた。

「いいいいいっ!いいよっ、梢っ!」

 今度は、梢があたしのクリを指先で弾いてくる。
 その瞬間、目の前が真っ白になった。

 すごいよ。好きな子とエッチするのって、こんなに気持ちいいんだ。
 梢の触ったところから電気が走って、全身が溶けちゃいそうなくらい気持ちいい。

 梢っ!大好きだよ、梢っ!
 もう、あたしには梢のことしか考えることができない。

 そして、気持ちいいのが限界をこえた。

「うああああああああっ、梓ちゃあああん!」
「いあああああああああっ、梢っ、梢ええええええええっ!」

 互いの体をぎゅっと抱きしめて叫ぶ。

 ……ああ、イっちゃった。
 なんだか頭がぼんやりとして、でも、とっても気持ちよくて、とっても幸せ。
 あたしがいて、そして梢がいる。それだけで、もうなにも要らない。

「はあっ、はあっ……」

 固く抱き合っていた体をようやく離して、あたしは梢と並んで仰向けになる。
 隣で、梢が大きく喘いでいる。あたしも、走った後みたいに大きく息をしていた。

 すごい。ふたりでひとつになるのってこういうことなんだ。
 ついこの間までは、こんなこと想像してなかった。
 こんなに幸せなことがあるなんて……。

「すごかったね、梓ちゃん……」
「うん」

 梢が、目をトロンとさせて話しかけてくる。
 やだ、かわいすぎるよ、梢。
 でも、あたしは今、どんな顔をしてるんだろう?

「ねえ、梓ちゃん」
「なに?」
「学校のみんなには内緒にしとこうね」
「当たり前でしょ!」

 あたしは、梢の頭をぺしっ、とはたく。
 こんなの、みんなに言えるわけないじゃない。

 ……でも。
 今日、正門の所で梢と大立ち回りをしてるところ、きっとみんなに見られてるだろうなぁ。

 てへへ、と能天気に笑っている梢の笑顔を眺めながら、あたしはぼんやりとそんなことを考えていた。

 あたしは、今日のことをきっと忘れない。
 あたしの告白を梢が受け入れてくれて、初めてひとつになれた日のことを。

♪ ♪ ♪

 次の日。

「あ、おはよ、梓ちゃん」
「ん、おはよ」

 朝、教室で短く挨拶を交わすと、その後の言葉が続かない。
 昨日のことを思い出すと、気恥ずかしくて照れくさくてなにも言えなくなってしまう。

 梢も同じ気持ちなのか、顔を赤くして俯いている。

 そして、お昼休みなってもそんな調子だった。

 3日ぶりに梢と一緒に食べるお弁当。
 なのに、全然会話が弾まない。
 黙ったままおかずを口に運んでは、ときどき互いに顔を見合わせる。
 そして、真っ赤になって視線を逸らして、黙々とお弁当を食べる。
 いつもはおしゃべりな梢がなにも話さない。

 ……なんか、調子狂っちゃうな。

 梢がしゃべって、あたしがつっこむ。
 それがいつものパターンなのに、梢がこんな調子だとあたしも話し出せない。

 それに、大食いの梢の箸が全然進んでない。 
 じっと黙って、なにか考え込んでいるみたい。
 普段の梢とは雰囲気も全然違う。

 どうしたんだろう?
 もしかしたら、昨日、梢は無理をしてたんじゃないんだろうか?
 昨日は勢いであたしの告白を受け入れてくれたけど、本当は女の子同士でつきあうなんて嫌だったんじゃないの?
 普通の女の子だったら、やっぱりそんなの嫌だよね。
 でも、梢はあたしを悲しませたくなくて、だから……。

「どうしたの、梢?お弁当残してるじゃない?」
「え?あ、うん……」

 やっぱり、元気がないみたい。

「珍しいわね、梢が食欲ないなんて。もしかして、体調悪いの?」
「ううん。大丈夫」
「本当に?今日はなんだか元気がないじゃないの」
「うん。ホントに大丈夫」

 うそだよ。全然大丈夫そうに見えないよ。

「だったらいいんだけど……。ほら、もう授業始まるよ」
「うん」

 梢が、食べかけのお弁当をしまって立ち上がった。

「さあ、行くよ」
「うん」

 あたしが肩に腕を回すと、梢は小さく頷いて歩きはじめる。

 なんなのよ、梢。
 言いたいことがあるんなら、はっきり言ってよ。

 そして、放課後。

「ねえ、梓ちゃん」
「ん、どうしたの?」
「ちょっとお散歩しようよ」

 梢があたしの机まで来てそう言った。
 その時の、梢の強ばった表情……。

「いいけど、どうしたの?」
「うん、ちょっとね」

 そう言うと、梢は、どこかぎこちない笑みを浮かべた。

 やっぱり、昨日のこと断られるんだ。

 あたしは、そう覚悟した。

 校内の遊歩道を、梢と並んで歩く。
 誘ってきたのは梢の方なのに、さっきから黙りこくったままでなにも話さない。

 そのまま、少し先にレイチェル館が見えてきたところでやっと梢が口を開いた。

「あのね、梓ちゃん」
「ん、なに?」
「ごめん、梓ちゃん。全部私のせいなの」

 来た!やっぱりごめんなさい、だ!
 ……え?でも、なにが梢のせいなの?
 全部あたしのせいなのに。

「……?なんのこと?」
「梓ちゃんが私のことを好きになっちゃったのは私のせいなの」
「え?なに言ってるの、梢?」
「私、この間、梓ちゃんにチョコバーあげたでしょ」
「う、うん」
「あれはね、ラブ・ポーション、惚れ薬だったの。」

 ラブ・ポーション?惚れ薬?
 なんの話をしてるの、梢?

「惚れ薬?」
「そう。レイチェル館の中におかしな売店があってね。そこのお婆さんがそう言ってた。私、ずっと前から梓ちゃんのこと好きで、梓ちゃんと恋愛関係になれたらいいなって思ってて、でも、女の子同士だから、言い出す勇気がなくて。だから、そのラブ・ポーションを梓ちゃんに食べさせたの」

 レイチェル館って、たしかあそこはいつもは閉まってて、売店なんかあるわけないのに。
 それになんなのよ、その話は。
 それじゃまるで梢の方があたしのことを好きだったみたいじゃない。

「……」
「そしたら、梓ちゃんが私のこと好きになってくれて。でも、それは、梓ちゃんの本当の気持ちじゃないの。ラブ・ポーションのせいなの」
「……」

 だからなんなのよ、あたしの本当の気持ちとか、ラブ・ポーションとか。
 だって、梢のことを好きになったのはあたしなのよ。

「ごめん、ごめんね。梓ちゃん」

 なに真剣に謝ってるのよ?
 それだと、梢があたしのことが好きで、なにか変なことをしてあたしが梢を好きになるようにさせたってこと?
 それもなに?レイチェル館の売店にラブ・ポーション?
 そんな話信じられるわけないでしょ!

 今日一日、ずっと黙りこくって人に心配させといてそんなこと考えていたの!?

 梢の話を聞いているうちに、あたしはなんだか腹が立ってきた。

 まあいいわ。レイチェル館に売店があるかどうか、そんなのすぐにわかるんだから。

「……梢」
「うん」
「とりあえず、そのレイチェル館の売店に連れていってくれるかな」
「うん」

 妙に自信たっぷりに梢が頷く。

 なによ、その自信はどこから来るのよ?

 もう、レイチェル館がすぐ目の前に見えるところまで来ていた。
 梢が、入り口のドアの前に立ってノブを回す。

「あ、あれ?」

 梢が、戸惑った声をあげた。

「あれれ?おかしいな……」

 どうにかしてノブを回そうとしている梢。
 でも、いっこうにドアは開かない。

 ていうか、開くわけないでしょ。
 ここは普段鍵がかかってるんだから。

「なんでだろ?今日は休みなのかな?」

 それでも、梢は首を捻りながらドアノブを回そうとしている。

 はぁ、なにしてるのよ、このコは……。

「やっぱりね。そんなことだろうと思った」

 思わず、あたしはため息を吐く。
 やっぱり、梢は梢だわ。

「え?梓ちゃん?」

 こっちに振り向いた梢の頭を、あたしはこれでもかっていうくらい強くはたく。

「ぎゃうん!」

 梢が、悲鳴を上げて頭を押さえた。

「あ、梓ちゃん!?」
「あんたねぇ、夢でも見てたんじゃないのっ!?」

 頭を押さえたままポカンとしている梢に向かって、あたしは一気にまくし立てる。

「いいっ!?この建物は、もうずっと使われてないのよ!ずっと鍵がかかったままなの。文化財に指定されてて、中に入る許可を取るのってすごく難しいんだからねっ!そんなところに売店なんかあるわけないでしょ!」
「で、でも、ホントに私は……」
「それになによ、ラブ・ポーションって!なにおとぎ話みたいなこと言ってるのよ!」
「で、でも、あれを食べたから梓ちゃんは私のこと好きになって……」
「そんなものがこの世にあるわけないでしょ!もしあったとしても、チョコバーみたいなラブ・ポーションなんて聞いたこともないわ!おとぎ話じゃ、そう言うのは瓶に入ったピンクとかの水薬って相場が決まってるでしょ!話を作るにしてももうちょっとましな話作りなさいよ!」

 そうよっ、チョコバーの形の惚れ薬なんて、小説でも読んだことがないわ。
 だいいち、あれはただのチョコレートだった。
 そりゃ、ちょっと変わった風味はあったけど、食べたあたしが言うんだから間違いない。

「そ、そんなこと私に言われても……」
「あれは間違いなくただのチョコバーだったわよ!そりゃ、見たこともない包装紙だったけど、食べたあたしが言うんだから間違いないわ!」
「でも、本当に私は前から梓ちゃんのことが好きで、あれを食べたから梓ちゃんは私のこと好きになったのよ」
「黙らっしゃい!」
「きゃん!」

 あたしは、もう一度梢の頭をはたく。

「あんた、授業中に居眠りして夢でも見たんじゃないの!?」
「だって……」
「ああもう、朝からおとなしいから、体調が悪いのかなとか、やっぱり女の子同士でつき合うのが嫌だったんじゃないかって心配してたら、レイチェル館の売店だとか、ラブ・ポーションだとか、夢みたいなことばっかり!やっぱり梢は梢ね。心配して損しちゃったわ」

 昨日あんなことがあって、今日は朝から黙りこくっていたから心配してたけど、梢はもともとこういう子じゃないの。
 そんな大事なことを忘れるなんて、あたしもどうかしてたわ。

「でもね、梓ちゃん、あれは本当にラブ・ポーションで……」
「ああもう、まだ言うか!仮に、あのチョコバーがラブ・ポーションだったとしたら何だって言うのよ!」
「え、ええ?」
「私があれを食べたから梢のことを好きになったからってどうだって言うのよ!」
「だって、それは梓ちゃんの本当の気持ちじゃないから……」
「じゃあ、なにがあたしの本当の気持ちなのよ!言ってごらんなさい!」

 あたしは梢のことを好きなの!
 それ以外に、いったいどんな本当の気持ちがあるっていうのよ!

「それは、梓ちゃんは私のこと好きじゃなくて……」
「あたしはあんたのことを好きじゃなかったことなんか一度もないよ!」

 そうよ、あたしが梢のことを好きじゃないなんてことがあるわけないじゃない!
 でなかったら、ずっとあんたの友だちでいないわよ!

「え?梓ちゃん?」
「あたしは梢のことを嫌ったことはないし、友だちとしてずっと好きだった!それがなにかのきっかけで恋心に変わることだってあるでしょ!」
「だから、そのきっかけが……」
「きっかけなんかどうでもいいっ!」
「ひっ」

 まだ言い返そうとした梢の言葉を遮って、あたしはビシッと指を突き出す。

「いいこと、梢!そのことに関しては昨日もさんざん言ったけど、もう一度言っておくわ!あんたを好きになったのはあたしなの!あたしは梢のことが好きで、梢もあたしのことを好きでいてくれたらあたしはそれで幸せなの!あんたはそれじゃ不満なの?」

 そして、一気にそう言いきった。

 梢は、唖然としてあたしのことを見ているだけだった。

「ぷっ、ぷぷっ!」

 少しして、梢が吹き出した。

「なによ、梢ったら?」
「うん。私も梓ちゃんのことが大好きだし、梓ちゃんが私のこと好きで幸せだよ」
「だったらいいのよ」

 あたしは、はぁ、と肩をすくめる。

 そんな結論を出すのにどんだけ時間をかけてんのよ、このコは。
 それも、レイチェル館の売店とか、ラブ・ポーションとかいう出来の悪い作り話まで考えて。

「ほら、そろそろ行くよ」
「うん」

 あたしが促すと、梢も頷いて校舎までの道を戻り始める。

 そっと、梢があたしに体を寄り添わせてきた。

 そして……。

「でもね、本当に私の方が前から梓ちゃんのことを好きだったんだからね」
「まだ言うかっ、あんたはっ!」
「ぎゃふん!」

 あたしは、また梢を思い切り叩く。

 まったく、しつこいんだから!
 それに、夢みたいなことばっかり言って。

 ホントに変な子よね。
 でも、そんなところがかわいいのよね。

 惚れた女の弱みとでも言うんだろうか。
 梢が何をしてもかわいいと思ってしまうのはしょうがない。

♪ ♪ ♪

 ……それから。

 案の定、あたしと梢がつき合っていることはあっという間にみんなに知れ渡ってしまった。

「やっぱりね。そうだと思ってたのよ」
 ん?やっぱり?
「あんたたち、昔から一緒だったもんね」
 いや、こういう関係になったのはわりと最近なんだけど。
「でも、お似合いだよ~。だから、結婚式には呼んでね」
 いや、だからあたしたちは女の子同士なんだって。
「で、どこの事務所からデビューするの?」
 え?何の話?
「え?だって、漫才コンビでデビューするんでしょ?」
 なにを勘違いしてるの、彼女は?

「えへへ~、みんな優しくてよかったね~、梓ちゃん。これで公認カップルだよ、私たち」

 にへら、と能天気に笑っている梢の顔を見ていると妙にむかついて、頭をぺしっ、て叩く。

「痛~い!私なにかへンなこと言った?」
「やかましい!」

 叩かれたところを押さえて抗議してきた梢を抱き寄せて、むぎゅっとその頭を抱きかかえる。

「んむむむ~!梓ちゃん!?」

 あたしの胸の中で暴れる梢。
 こうしてると、梢をいっぱいに感じて、胸がポカポカしてくる。

 やっぱり、大好きだよ、梢。

 梢をぎゅっと抱きしめながら、あたしはしみじみと幸せをかみしめていた。

< おわり >

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