いすずヶ森のシラオニ様

 この町のどこかに、別世界に通じる道があるはずなの……。
 いつか、その道が現れるって私は信じてる。
 だって……だって、こんなにみんなのところに戻りたいんだから……。

 私の住んでいる町は、今でこそ都会になってるけど、昔は五十鈴村という村だったみたい。
 といっても、その村自体はおばあちゃんが小さい頃に合併でなくなってしまってるんだけど。
 でも、五十鈴の名前は駅の名前と、私の通っている学校の名前に今でも残っていた。

 そんな私の町には、子供たちの間で囁かれている都市伝説があった。
 それは、『いすずヶ森のシラオニ様』っていうお話。

 昔、ここがまだ村だった頃、村はずれに、いすずヶ森っていう大きな森があったんだって。
 そして、その森にはシラオニ様っていう森の主がいたの。
 シラオニ様は背が高くて手足が長くて、頭に角が一本生えた鬼で、すごく長くて真っ白な髪をしてたからシラオニ様って呼ばれるようになったらしい。

 シラオニ様はときどき村に出てきては女の子を攫っていって、村の人を困らせてたんだって。
 でも、村がどんどん都会になっていって、やがて森そのものがなくなってしまった。
 それと同時に、シラオニ様もいなくなってしまった。

 だけど、シラオニ様は本当はいなくなってしまったんじゃないの。
 私たちの間で噂されてる都市伝説では、シラオニ様はいすずヶ森をそのまま別世界に移して、まだ生きているんだって言われてるの。
 そして、今でも女の子を攫いに来ることがあるんだって。

 みんなの話だと、シラオニ様の通り道はこの町のどこかのT字路。
 夕方、もうすぐお日様が沈もうっていう時間帯。
 昼でも夜でもないその時間に、いつもはT字路のその場所が十字路になっていることがあるんだって。
 もし、いつもは行き止まりの場所に道があっても、決してその道に入っちゃいけない。
 そこはシラオニ様の通り道で、そこに入っていった女の子は、いすずヶ森に連れて行かれちゃうの。
 そして、その子はもうシラオニ様のところから戻れなくなってしまうっていうの。
 ううん、ごくたまに、そこから戻ってくる子がいるんだって。
 でも、その子は自分がなにをしていたか覚えてなくて、シラオニ様のところにいたときのことはなにも話すことはないらしいの。

 それが、『いすずヶ森のシラオニ様』の話。
 このお話は、まるで昔からある言い伝えみたいに言われているけど、本当はそんなに古いお話じゃないみたい。
 昔、おばあちゃんに訊いてみたことがあるけど知らないって言ってた。
 小学生の頃に先生に言うと、くだらない話をするなって怒られた。
 高校の先生には、そんなおとぎ話を信じてるなんてまだまだ子供だねって笑われた。
 本当に、子供たちの間で流行っているだけのただの都市伝説。
 だって、女の子が突然いなくなるなんて、そんなことが本当にあったらすぐ噂になるに決まってる。
 そんなの、あっという間に事件になって都市伝説じゃ収まらなくなってしまう。
 だいいち、女の子が連れて行かれるT字路だってどこだかはっきりしない。
 この町にT字路が何個あるのかわからないけど、かなりの数があるはずなのに。
 それなのに、それがどこかはお話の中でははっきりとは語られていない。
 だから、本当にそれはただの都市伝説に違いなかった。
 夕方になにかが起こるっていうのも、そういうのにありがちな話だし。

 そのはずだったのに……。

* * *

 あれは、1年と少し前のことだった。

 その日、部活で帰りが遅くなった私がそこを通りかかったのは夕方遅く、もう、ほとんど日が暮れようという頃だった。

「あれ?ここって……?」

 ある交差点にさしかかったときに、私は軽い違和感を覚えた。

 ここって、十字路だったっけ?

 そんな疑問をすぐに打ち消す。

 通学路で毎日通ってるんだから、間違うわけがない。
 そこは、本当はT字路のはずだった。
 この通りの右側には大きな倉庫があって、その塀沿いにずっと真っ直ぐな道が続いてたはずなんだから。

 それなのに、今、私の目の前に十字路があった。

 今までなかったはずのその道を覗き込んでも、両側を塀に挟まれた細い道が続いてるのが見えるだけ。
 奥の方は薄暗くなっていて、その道がどこに続いているのか窺い知ることはできない。
 塀の向こう側にあるはずの倉庫の建物も見えない。

 これって……もしかして?

 いすずヶ森のシラオニ様の話が頭の中をよぎる。
 夕方、いつもはT字路の交差点が十字路になっている。
 そこは、シラオニ様の通り道。
 なにもかも、あのお話のとおり。

 でも、本当にこんなことってあるの?

 だって、あれはただの都市伝説のはずなんだから。
 それなのに、今、あのお話みたいに見たことのない道が目の前にある。

 この道、どこに続いてるんだろう?

 あのお話のとおりなら、この道はどこか別世界にあるいすずヶ森まで続いているはず。
 でも、そんなことが現実にあるなんてとても信じられない。

 ちょっとくらいならいいかな?

 その道には決して入ってはいけないって、そう言われてる。
 そこに入ったらシラオニ様のところに連れて行かれて二度と戻れなくなってしまうって。
 でも、その道の向こうがどうなってるのか知りたい気持ちもあった。

 すぐ引き返したら大丈夫だよね?

 結局、好奇心の方が勝ってその道に一歩踏み出してみる。
 そのときは危なくなりそうだったらすぐ引き返せばいいと、そんな甘い考えもあった。

 実際、入ってみた感じはどうってことのない道だった。
 街灯もなくて薄暗いけど、素っ気ないほどになにもない道で、これといっておかしなところはなにもない。
 ただ、どこまで行っても先が見えなくて、それだけが不気味だった。

 ……もう、引き返した方がいいかな?

 進んでも進んでも何もなくて、不安になって引き返そうかと思ったときだった。

「……え?」

 不意に周囲が明るくなったかと思うと、私は野原に立っている自分に気づいた。

「えええっ!?」

 驚いて、来た道を振り返る。
 でも、そこも一面の野原が広がっていて、私が歩いてきた道はどこにもなかった。

「どういうことなの?……きゃあ!」

 突然のことに訳がわからなくて、もう一度振り向くと、そこに人が立っていて、思わず悲鳴をあげる。

 いや、それは人じゃなかった。

 軽く2mは超えていているだろう大きな体に腰布みたいなのを巻いて、ひょろっと長い足と腕。
 赤い目に、口からは大きな牙が飛び出ていて、長くて真っ白な髪に、頭のてっぺんに短くて太い角が1本。

 その姿を見たときに、シラオニ様だって思った。
 都市伝説で言われているのと全く同じだったから。

「あう……うあ……」

 その、怖ろしい顔つきに腰が抜けたみたいになってその場に尻餅をついてしまった。
 早く逃げなきゃって思うけど、体が竦んで動けない。

 それに、その人、いや、その鬼の目。
 真っ赤に充血したみたいな目が、私をじっと見つめてる。

 すると、その目が点滅するみたいに光ったような気がした。

 いや、たしかに光ってる。

 チカッ、チカッと光る赤い目を、思わずじっと見つめてしまって目を逸らすことができない。
 でも、規則正しく点滅するその目を見ていると、なんだか体中がふわふわってなるみたい。

 えっと……私、なにしようとしてたんだっけ?
 あっ、そうだ、逃げないと。
 早く逃げないといけないのに、どうしてもこの真っ赤な目を見つめちゃう。
 見つめるのに集中しちゃって、体が動かない。

 なんだか、この真っ赤な目に吸い込まれちゃいそう……。
 私の視界いっぱいに広がっていくみたいで、他のものが見えなくなる。
 目の前が赤くなったり暗くなったり、そのせいか頭の中がくらくらしてくる。

 チカッ、チカッ、チカッ、チカッ……。

 同じリズムを刻んで光る赤い目。
 なんだかこれって……。

 ふあ?
 ふわあぁ……。

 そのリズムが、トクントクンと脈打つ私の鼓動と一致したような気がした。
 その瞬間、いっぺんに緊張が解れる。
 さっきまでくらくらしていたのを通り越して、むしろ気持ちよくなってくる。

 ……あれ?
 私、なにしてたんだっけ?
 あ、そうか……学校の帰り道で、T字路が十字路になってて、そこに入っていっちゃったんだ……。
 この人は……そうだ、シラオニ様だよね?
 あの道に入ったらシラオニ様に連れて行かれちゃうんだ。
 だから、あの道には絶対に入っちゃいけないのに。
 でも……どうして?
 シラオニ様に連れて行かれたら、もう二度と戻れないから。
 それの、なにがいけないの?
 いいよね、別に。
 だって、シラオニ様の目を見てるとこんなに気持ちよくて、こんなに安心できる。
 きっと大丈夫だよ……。
 もう二度と戻れなくても、大丈夫……。

 頭の中で、うまく考えがまとまらない。
 なにがいいことで、なにかいけないことなのかわからない。
 でも、とにかく気持ちよくて、なんでかわらないけどこのままで大丈夫だと思える。

 たぶん、そのときの私はもう、まともな思考ができなくなっていたんだと思う。
 自分ではそのことに気づかないほどに、深い深いところにはまってしまっていたのに違いなかった。

 さっきまで、あんなに怖く思えたシラオニ様の姿を見てもなんとも思わない。
 それどころか、シラオニ様の姿を見ているとすごく安心できる。

 その手足の長い、ひょろっと背の高い体も、真っ赤な目も牙の生えた口も、真っ白な長い髪も、太くて短くてあまり角らしくない角も。
 よく見たら、ユーモラスでちょっとカワイイかもしれない。
 そんな風にすら思えてきて、思わずにやけてしまった。

 そのときだった。
 黙ったまま私を見ていたシラオニ様が口を開いた。

「オマエノ名前ハ?」

 どこか片言の、低くて少し嗄れた声。
 うん、でも、イメージしてたとおりの声だよね。

 あっ、シラオニ様が私の名前を聞いてるんだからちゃんと答えないと。

「あおやま……みさき。私の名前は、青山美咲です……」

 自分の名前を答えると、シラオニ様はうんうんというように頷く。

「ソウカ。デハ、美咲、俺ニツイテ来イ」
「はいっ!」

 シラオニ様に言われて、元気よく返事をする。

 そのときにはもう、二度と戻れないかもしれないとか家に戻りたいとか、そんなことすらも頭の中から消えてしまっていた。
 ただ、ここでシラオニ様と一緒にいたいと思っていた。
 だから、シラオニ様に名前を呼ばれたらなんだか嬉しくなって、私は歩き始めたシラオニ様の後についていった。

* * *

 ひょこひょこと、長い足を持て余すように歩いて行くシラオニ様。
 その後ろから、トコトコとついて行く私。

 シラオニ様が歩いて行った先、野原の向こうにこんもりとした森があった。
 その中に入ってくシラオニ様の後から、私も森に入っていく。

 森の中は薄暗くて、とても静かだけど全然怖くはない。
 だって、シラオニ様と一緒だから。

 鬱蒼と木が茂った森の中を歩いてしばらくすると、前の方に建物が見えてきた。
 まるで、古い田舎の家みたい。

 シラオニ様の家かな?
 でも、すっごく大きい……。

 その家は、遠くから見てもシラオニ様がひとりで住んでるにしては大きなお屋敷だった。

 あれ?誰かいる?

 近づいてみると、お屋敷の前に何人か人がいるのが見えた。
 そこに座って何か作業してるのは、女の子ばかりみたいだけど……。

「あっ!お帰りなさい、シラオニ様!」

 その中のひとりが私たちの方を見て大きな声を上げた。
 それで、他の子たちも一斉に立ち上がった。

「お帰りなさい!シラオニ様!」
「みんな!シラオニ様が帰ってきたわよ!」

 ひとりの子がお屋敷の中に声をかけると、さらに何人かの女の子が駆け出てくる。

「シラオニ様!」
「お帰りなさい!」

 お屋敷の前にずらっと並んでシラオニ様を出迎える女の子たち。
 1、2、3、4……全部で12人だ。
 みんな、私と同じくらいの年に見える。
 でも、着ているのが洋服じゃない。
 シンプルな模様の着物に、細くて紐みたいな帯を結んでいた。

「ホラ、美咲」
「……えっ?」

 シラオニ様は並んでる女の子たちを見回すと、私の手を引いてみんなの前に立たせた。

「オマエタチ、新シイ仲間ダ。名前ハ美咲、仲良クシテヤッテクレ」
「はいっ!」

 嗄れた声でシラオニ様が告げると、みんなは一斉に笑顔を浮かべて私に歩み寄ってきた。

「ようこそ、美咲ちゃん。私はハツっていうの、よろしくね」
「うちの名前はヨネね」
「私はチヨよ、美咲ちゃん」
「フミね、よろしく」
「私は静代です」
「あたいは敏江、よろしくね」
「私の名前は和子よ」
「あたしは幸子ね」
「はじめまして、美咲ちゃん、私は恵子っていうの」
「ようこそ。由美子です」
「よろしくね、美咲ちゃん。私の名前は直美だから」
「あたしは愛でーす!」

 にこやかに自己紹介してくるひとりひとりと握手を交わす。

 ……みんなの名前、覚えられるかな?

 私も笑顔を返しながら、内心ちょっとドキドキしていた。

 もう一度、みんなの名前を頭の中で繰り返す。

 ん?なんだろう?
 みんな私と同じ年くらいなのに、おばあちゃんみたいな名前の人が多い気がする。
 そういえば、さっき和子ちゃんって子がいたけど、うちのおばあちゃんも和子だったよね。
 なんか、不思議な感じの子たちだな……。
 みんな、見た目の割には落ち着いた雰囲気があって、大人びたところがある。
 あの中で、私とそんなに変わらない雰囲気なのは最後に挨拶した愛ちゃんって子くらいかな?

 私がそんなことを考えていると、最後から2番目に挨拶した子、直美ちゃんが声をかけてきた。

「さあ、美咲ちゃん。あなたも中に入って」
「え?……あ、はい」

 気がつくと、他の子たちはみんなでシラオニ様を囲んでお屋敷の中に入っていくところだった。

「シラオニ様、うち、今日の当番やからお風呂を沸かしてきますね」
「オウ」
「さあ、私たちは晩ご飯の支度をしましょう」
「はい!」
「そうだ、美咲ちゃんの分の用意をしないといけないわね」

 お屋敷の中に入ると、みんなはそれぞれに分かれて忙しそうにし始めていた。

「……あの、直美さん、私も何か手伝うことがありませんか?」
「いいのいいの。美咲ちゃんは来たばかりなんだから」
「でも……」
「かまわないからゆっくりしてて。それと、私のことは直美ちゃんって呼んでね。ここでの決まりなのよ。シラオニ様と一緒に暮らす私たちはみんな仲間で友達だから、ちゃん付けで呼び合うの」
「は、はい……」
「いいからそこに座ってゆっくり休んでて。今日は美咲ちゃんは大切なお仕事があるしね」
「えっ!?」
「あ、そうか。まだなにも聞いてないわよね?でも、すぐにわかるわ。で、明日からは美咲ちゃんにも手伝ってもらうからね」
「直美ちゃんったらなに言ってるの?今夜のお仕事があるんだから、明日は美咲ちゃんは起きて来れないわよ」
「あ、それもそうよね」
「……え?え?」

 私を座らせて、みんなは家事をしながら楽しそうに話をしてるけど、私にはなんのことかよくわからない。
 特に、今夜のお仕事、ていうのが。

 訳もわからず座っている私の目の前で、どんどんご飯の準備ができていく。

 ご飯とお味噌汁と、菜っ葉のおひたしと、煮物と、焼き魚と……。
 しばらくすると、純和風の晩ご飯がすっかりできあがっていた。
 お膳の数は……13。
 て、あれ?私とシラオニ様を入れると14人だよね?

「じゃあ、ご飯にしましょうか」

 ご飯の用意ができると、他のみんなもそれぞれの場所に座る。
 だけど、空いているお膳がひとつ。
 あれ?数が合わない。
 いないのは、シラオニ様と、えーっと……。

「あ、あの、直美ちゃん……」
「どうしたの?美咲ちゃん?」
「まだみんな揃ってないよね?」
「ああ、ヨネちゃんは今日はお風呂当番だからね」
「そうなんだ。じゃあ、シラオニ様は?」
「え?シラオニ様はご飯は食べないわよ」
「そうなの!?」
「そうよ。シラオニ様は違うものを食べて生きてるの」
「へえ……」
「なに感心してるの?今日は、美咲ちゃんがその役目なんだから」
「ええっ!?」
「でも、美咲ちゃんが羨ましいな」
「……直美ちゃん?」
「さ、ご飯を食べたら今夜の準備をしないとね。早くいただいちゃいましょ」
「は、はぁ……」

 結局、肝心なことはなにも話してもらえなかった。
 でも、今夜私が何かしなきゃいけないのは確からしい。

 そして、ご飯を食べ終わると。

「さてと、美咲ちゃんにはまずお風呂に入ってもらわないとね」
「じゃあ、あたしがお風呂場に案内するね!」
「お願いね、愛ちゃん」
「うん!さ、美咲ちゃんこっちこっち!」
「えっ?えっ?」

 急かされるようにお風呂場につれて行かれる。

「じゃあ、お風呂は戸の向こうだから、ここで服を脱いで、着替えは美咲ちゃんが上がるまでに用意しておくね!」
「う、うん……」

 まだ状況が飲み込めないけど、言われたとおりに脱衣場で着ていた制服を脱ぐ。
 そして、戸を開けてお風呂場に入る。

「うわ……」

 そこは、湯気の立ちこめる板張りの部屋で、けっこうな広さがあった。
 湯気で霞んだ中に、これまたかなり大きな湯船があった。
 分厚い板を組んで作った、大きな桶みたいな湯船。

 と、その時、足許から声がした。

「お、来たな、美咲ちゃん」
「きゃっ!」

 ビックリして、思わず悲鳴をあげてしまった。

「もう、美咲ちゃんったらそないに驚かんでもええやんか」
「……ヨネちゃん?」

 見ると、床近くに開いた小窓から、さっき挨拶してくれたヨネちゃんの顔が覗いていた。

「なにしてるんですか?」
「なにって、今日はうちがお風呂当番やから、こうやって火の番をして湯加減を調節しとるんや」

 と、ヨネちゃんが早口の関西弁で説明する。

「もし、ぬるかったら薪を足すから遠慮なく言うてや」
「あ、はい……」
「でもまあ、さっきまでシラオニ様が入ってたからそんなに熱うないはずや。なんせシラオニ様は熱いお風呂が苦手やからね」
「そうなんですか」
「さ、この後のこともあるから早う入りや」
「はい……」

 ヨネちゃんのテンポのいい話し方に乗せられてまず体と髪を洗おうとした私は、そこで戸惑ってしまった。
 そんな私の雰囲気を、ヨネちゃんは察してくれたみたいだった。

「ん?どないしたん?」
「……あの、シャワーありませんか?」

 て、あれ?
 今、小窓の向こうでヨネちゃんがため息吐かなかった?

「ないない。そんなもん、ここにはあらへんよ」
「そうなんですか?」
「うん……直美ちゃんや愛ちゃんもあったら便利やって言うけど、うちはシャワーがどんなもんなんか見たこともないんやから」
「本当に!?」
「ホンマや。だいたい、うちがあっちにおった頃はそんなものなかったさかいに」
「えっ?それって……」

 一瞬、言ってることがわからなくてポカンとすると、ヨネちゃんはどこか意味深な笑みを浮かべる。

「ま、うちらのことはおいおいわかるやろ。それよりも、早うお風呂入らな風邪引くで。シャワーはないけど、そこの盥を使うてや。湯はたっぷりあるから体と髪を洗うのには困らへんはずや」
「あっ、はい……」

 急かされて、そこにあった大きな盥にお湯を汲んで体と髪を洗う。

 ……なんか、この石鹸も泡立ちが悪くて変な感じ。

 置いてある石鹸は色も形も不格好で、妙に泡立ちが悪い。
 さっきから薄々思ってたけど、ここには、私にとって当たり前のものがない。
 それは、電気とか水道がないのはともかく、この石鹸も、みんなが着ている着物も素朴な感じがする。

 ここっていったい……?
 それに、ここにいるみんなも……?

 頭の中で考えても、答えは出てこない。
 いくつも疑問を抱えながら髪を洗い終えると、湯船に入る。

 本当にこのお風呂、すごく大きい。
 湯船に体を沈めると、改めてその大きさがよくわかる。
 ちょっとした温泉のお風呂くらい大きい。

「美咲ちゃん、湯加減はどう?」
「あっ、丁度いいです」

 お風呂に浸かっていると、ヨネちゃんが気を遣って声をかけてきた。
 本当にお湯は丁度いい温かさだった。

「……でも、本当に大きなお風呂ですよね」
「まあ、うちらにはちょっと大きすぎるかな。でも、シラオニ様にはこれで丁度ええんよ」
「そっか。そうですよね」

 シラオニ様くらいの身長だと、このくらい大きな湯船じゃないといけないよねと納得してしまう。

 でも、やっぱりこうやってゆっくりお湯に浸かってると、気持ちがほっこりしてくる。
 いろいろと不思議なことばかりだけど、みんないい子みたいだし、ここで暮らしていくのって楽しそうだよね。 
 まだ、ここに来たばかりだっていうのに、これからシラオニ様やみんなと過ごすことが楽しみに思えてくる。
 なんだか、昨日までの生活がすごく遠い昔のことみたいな気がする……。

 湯船の中でリラックスして、すっかり私はここでみんなと一緒に暮らすつもりになっていた。

* * *

「あっ!上がったの、美咲ちゃん!?」

 お風呂から上がると、そこでは愛ちゃんが待ち構えていた。

「待っててくれてたの、愛ちゃん?」
「そうだよ。はい、これで体拭いて」
「ありがとう、愛ちゃん」

 愛ちゃんが差し出してくれた手ぬぐいを受け取って体を拭く。
 本当はバスタオルがいいんだけど、これまでのわずかな間に、ここにはそんなものはないだろうってさすがに私も気づいていた。

「じゃあ、体を拭いたらこれを着てね」

 そう言って手渡されたのは白い着物だった。
 それと、これも真っ白な、細い紐みたいな帯。
 ここのみんなが着ているのと同じような着物だけど、なんの模様もなくて眩しいくらいに真っ白だった。

「これがここの寝間着みたいなものなの?」
「うーん、そうだね。でも、真っ白なのは、ここに来たばっかりの子が最初の夜にしか着ないんだけどね」
「へえ……。ねえ、下着は?」
「ないよ。ブラもショーツも、ここじゃみんな着てないんだよ」
「じゃあ、愛ちゃんも?」
「うん。だって、必要ないもの」
「へえ……」

 愛ちゃんの説明を聞きながらその着物を着ていく。
 生地は浴衣ほどには薄くないけど、柔らかくて肌触りがいい。
 浴衣すらほとんど着たことがなくて、こういう格好に慣れていない私でも着ていて楽な感じがする。

 それに、ここじゃ下着は必要ないっていうの、なんとなくわかるような気もする。

「着替えが終わったらシラオニ様のところに行くよ、美咲ちゃん」
「え?う、うん」

 着物を着ると、風呂場に連れてこられたときと同じように愛ちゃんが私の手を引く。

 そして、さっき晩ご飯を食べた広間に戻ると、そこはすっかり後片付けも終わっていてみんながおしゃべりしながら寛いでいた。

「あら?お風呂から上がったのね、美咲ちゃん」
「うん、さっきの格好もかわいかったけど、和服も似合うわよ」

 入ってきた私を見て、みんなが嬉しそうに目を細める。 

 えっと……今のは恵子ちゃんと敏江ちゃんだよね?

 やっぱり、まだみんなの顔と名前が完全に一致しない。

 大きな目と茶色っぽい髪が目立つ愛ちゃんと、少し切れ長の目で髪をポニーテールにしててお姉さんみたいな雰囲気のある直美さんはすぐわかる。
 あの、腰の下まである長い黒髪を降ろしたままのが静代ちゃんで……。
 反対に、短めの髪なのが恵子ちゃんで、三つ編みのお下げ髪の子が由美子ちゃんで……。

 早くみんなのこと覚えないといけないよね……。

 話しかけてくる子の名前を頭の中で復唱しながら、私も笑顔を返す。
 すると、手をぐいっと引かれた。

「ほら、美咲ちゃんったら早く行かないとシラオニ様が待ちくたびれちゃうよ」
「愛ちゃん!?」
「じゃあ、美咲ちゃんをシラオニ様のところに連れてってくるね!」
「ええ。お願いね、愛ちゃん」
「わっ!わわわ!?」

 私の手を引いたまま、愛ちゃんはお風呂場への廊下とは反対側の襖を開ける。
 そして、いくつも襖の並ぶ廊下の一番奥まで来てやっと立ち止まると、回れ右をして大きく息を吸い込んだ。

「シラオニ様、愛です!美咲ちゃんを連れてきました!」

 愛ちゃんの、よく通る声が廊下に響く。
 すると、襖の向こうから嗄れた声が返ってきた。

「オウ、待ッテイタゾ。入レ」

 その声を聞いて、愛ちゃんが私の方を向く。

「さあ、シラオニ様が呼んでるわ。中に入って、美咲ちゃん」
「うん……」
「ホントに羨ましいけど、頑張ってね!」
「えっ?」

 私が襖を開けると、愛ちゃんがポンと背中を押した。

 さっきもそう言われたけど、羨ましいって、なにが?
 ていうか、頑張ってって?

 やっぱりこれからなにをするのかわからなくて振り向いた私の目の前で、すうっと襖が閉じられた。

 と、背後からシラオニ様の声が聞こえた。

「ヨク来タナ、美咲」
「シラオニ様?」

 振り向くと部屋の中には大きな布団が敷いてあって、そこにシラオニ様が座っていた。

「サア、ソコニ座レ」
「あ、はい、シラオニ様」

 シラオニ様に言われて、私はその正面に座る。

 えーと……部屋の中に敷いてあるお布団はひとつ。
 そして、ここには私とシラオニ様のふたり。
 ……ってことは、もしかして!?

 今、ドキドキしちゃうことを想像しちゃったけど、気のせいだよね?
 まさか、そんな……。

 自分で想像したことで、勝手に恥ずかしくなってしまう。

 そんな私をじっと見つめていたシラオニ様が口を開く。

「ヤハリオマエハ澄ンダ魂ヲ持ッテイルナ」
「えっ?」
「汚レノナイ魂ハ、清浄デ良質ナ気ヲ放ツ。ソノ気ヲモラウゾ、美咲」
「え?どういうことですか?」

 シラオニ様の言葉に、私は首を傾げる。
 いや、不安とかは別にないんだけど、なにをどうするのかがわからない。

 そんな私に、シラオニ様が説明してくれる。

「俺ハ、オマエノヨウナ澄ンダ魂ヲ持ツ娘ガ昂ブッタ時ニ放ツ気ヲ糧トシテ生キテイル」
「気を、ですか?」
「ソウダ。ツマリ俺ハ、オマエタチノ放ツ気ヲ食ベテ生キテイルノダ」
「じゃあ、他のみんなも?」
「ソウダ。ソシテ、今夜ハオマエノ気ヲ食ベサセテモラウ」

 ……そうか。
 みんなが言ってたのはそういうことだったんだ。
 シラオニ様は私たちと違うものを食べていて、その役目が私だっていうのは。

 でも、私、気を食べられちゃうんだよね?
 それって危なくないのかな?
 あ、でも、他のみんなも元気そうだし大丈夫か。
 だいいち、シラオニ様がそんな危ないことをするはずないものね。

 でも……。

「それって、どうやるんですか?」
「ナニ、簡単ナコトダ」

 そう言ったシラオニ様の目が、またチカッ、チカッと点滅し始めた。

「あっ……」

 小さく息を呑んで、また私はシラオニ様の目から視線を逸らすことができなくなる。
 光ったり弱まったりしているシラオニ様の赤い目をじっと見つめていると、なんだかふわっとしてくる。
 頭の中に染み込んでくるような赤い光と、規則正しいリズム。
 そして、それが私の鼓動のリズムと重なる。

「ふわぁ……」

 とたんに、私の体から力が抜けていく。
 でも、全身がふわふわしてすごく気持ちいい。

「モット近クニ来イ」
「……はい」

 シラオニ様に言われるままに、這うようにして近寄っていく。
 頭の中がぼんやりしてうまく考えられないけど、シラオニ様の言うとおりにしなくちゃ……。

 すぐ近くまで体を寄せると、シラオニ様が私に顔を寄せてきた。

 目の前に、シラオニ様の真っ赤な目がある。
 チカッ、チカッと光るその目を見てると頭がぼうっとなって、気持ちがふわぁってなってくる。

「……ふああぁ!?」

 いきなり、目の前が赤くなって驚きの声をあげる。
 シラオニ様の目だけじゃなくて、その姿も、いや、部屋の中の全部にうっすらと赤みがかかってる。
 まるで、真っ赤なカラコンを付けてるみたい。

 それになんだろう?
 体が熱いような気がするけど?

 奥の方から、じわじわと体が火照ってきてるような気がする。

 あ……シラオニ様の顔がもっと近づいてきて……。

「ひゃうううう!?」

 私の首筋を、ざらざらする感触が這って、思わず悲鳴をあげた。

 これって、シラオニ様のベロ?

 シラオニ様の長い舌が、私の首筋を舐めてる。
 でも、全然気持ち悪くないし嫌じゃない。
 ちょっとゾクゾクってして、くすぐったいだけ。

「ひゃん!ふわぁああっ!」

 シラオニ様のざらっとした舌が首筋を舐めていく。
 このざわざわする感じ、くすぐったいのに似てるけどちょっと違う。
 どっちかというと、ずっと座っていて痺れた足を触られたときのに近い。
 ビリビリと電気が走るような感じで、でも、すごく柔らかくて気持ちいい感じがする。
 それに、こうされてると不思議と体が熱くなってくる。

「……ふえ?シラオニ様?……あんっ、ひゃうううんっ!」

 シラオニ様の手が、私の着物の胸元を掴んで両側に広げる。
 そして、着物がはだけて丸見えになった私の胸に吸いついてきた。

「きゃうんっ、あんっ、シラオニ様ぁ!」

 思わず、ぎゅっと目を瞑ってシラオニ様にしがみついていた。
 それも、恥ずかしいとかそういうんじゃなくて、初めての感覚にちょっと驚いていたから。
 本当にこれ、ビリビリくる感じがさっきよりも強い。

「あんっ、ふああっ、あっ、んんんっ!」

 チュって音が聞こえるくらいにシラオニ様が私のおっぱいを吸ってる。
 じんって痺れるような刺激が、おっぱいからじわじわと全身に広がっていく。
 すごく体が熱くて、そして、すごく胸が切なくなってくる。

「あんっ、シラオニ様!そんなにしちゃダメぇっ、シラオニ様ぁああっ!」

 吸いついているのと反対側の乳首を、シラオニ様の指が摘まんだ。
 乳首がコリッてしたかと思うと、頭のてっぺんまで刺激が走る。
 シラオニ様にしがみついたまま、私は髪を振り乱して喘ぐ。

 ……そうか。
 私、感じちゃってるんだ。

 シラオニ様におっぱいを弄られて、私、感じちゃってる。
 こんなの初めて。
 だけど、すごく気持ちいい。
 体が芯から熱くなって、胸の奥がきゅってなって、頭の中がじんじん痺れる。
 なんか、気持ちよすぎてもう訳がわからなくなる。

 と、シラオニ様の手が片方のおっぱいをぎゅって握って、もう片方のおっぱいを強く吸った。

「あんっ、シラオニ様ぁっ!そんなっ、両方いっぺんに!?あうっ、ふあああああっ……ふあ!?」

 あ、れ?
 今、一瞬意識が飛んだみたいな……。
 頭の中が真っ白になって、びくびくって体が震えるのが止まらない。

 私、イッちゃったの?

 こんなすごいの初めてでよくわからないけど、きっと私はイッちゃったんだと思う。
 全身が蕩けたみたいにに力が入らない。
 頭の中はほわんってなってて、心地いい開放感に包まれている。

「……え?」

 私を抱いていた腕をシラオニ様が解くと、力が入らない私の体はそのまま布団の上に仰向けになる。
 すると、シラオニ様は私の両足を掴んで広げさせた。

 次の瞬間。

「ふあああああっ!?」

 やだっ!?
 今のなに?
 なにがあったの!?

 アソコの辺りを、なにか熱くてざらっとしたものか擦って、体がビクンッて跳ねた。
 
 そして、また。

「きゃふうううっ!」

 ざらざらした感触が、ワレメをなぞる。

 これ、シラオニ様のベロだ……。

 そこでやっと、シラオニ様の舌が私のアソコを舐めてるんだってわかった。

 アソコ舐められるなんて、恥ずかしいな……。

 私のアソコを舐められてるって思うと、さすがにちょっと恥ずかしい。
 でも、それ以上に嬉しく思っている自分がいた。

「んんっ……んふううっ!あんっ、んっ!」

 シラオニ様の舌がアソコをなぞるたびに、ビリビリするような、甘い刺激が走る。
 そう、それは、本当に甘くて気持ちいい痺れ。
 だって、シラオニ様ったらすごく優しく舐めてくれてるのがわかる。
 乱暴な感じは全く感じない。
 そっと、私が痛くないように。

 ……でも、ちょっと優しすぎるかも。
 これじゃ足りないよ……。

 そうやって舐められてるうちに、なんだか物足りなくなって私は自分からモゾモゾと腰を動かしていた。

 すると、そんな私の気持ちを察したのかシラオニ様がぎゅっとベロをアソコに押しつけてきた。

「ひゃうううううんっ!」

 やだっ、これっ、すごい!

 シラオニ様の舌が、ワレメにねじ込むようにアソコの隙間に入ってくる。
 アソコの入り口をざらっと擦られて、熱く痺れる刺激が全身を駆け巡っていく。

「あんっ、はうんっ!ひゃうっ、ああっ、シラオニ様ぁああああっ!」

 シラオニ様にアソコを舐められて、私はばさばさと髪を振りながら喘いでいた。
 ワレメの中に舌が入ってくると、痺れるような快感が走って、自分でもどうにもできないくらい体がビクビクって跳ねる。

 やだ……。
 これ、すっごい快感。
 アソコを弄られると、こんなに気持ちいいんだ。

 その頃には、私はその痺れるような刺激が快感だって自覚していた。
 だって、こんなに体が熱くて気持ちいい。
 頭の中が、その刺激のことでいっぱいになってくる。

「はうっ!?ああああああああっ!」

 シラオニ様の手が着物の裾から潜り込んできたかと思うと、頭のてっぺんまで貫くような刺激が走った。
 一瞬、息ができないくらいの強烈な快感に、頭の中が真っ白になる。

「あうっ!ふわああああああああっ!」

 まただ。
 舐められてるアソコの少し上あたりにコリッとした感触が当たったかと思うと、目も眩むような快感が駆け抜けていく。

 だめぇ。
 これだめぇ!
 アソコを舐めながらクリちゃん弄ったら、私、またすぐイッちゃうよおおぉ!

 自分の体のことだから、シラオニ様が私のクリを弄ってるのはすぐにわかった。
 私だってそんなに子供じゃないからそのくらいはわかる。
 自分でしたことだってあるけど、自分でやったときとは比べものにならないくらい気持ちいい。

 どうしてだろう?
 シラオニ様にしてもらってるからかな?
 ……あっ、またっ!

「はうぅううううううううんっ!」

 また、クリから痺れるような快感が私の体を貫いて、ぎゅってブリッジするように弓なりになったまま硬直する。
 相変わらず赤いカラコンを付けたままのような視界が、赤いまま光で満ちて意識が飛びそうになる。

 私、またイッちゃったんだ……。

 頭の芯もアソコもじんじん痺れて、うまく息ができない。
 なにかがアソコから溢れてるのが自分でもわかる。
 おもらししたみたいな感覚だけど、ちょっと違う。
 全身が熱くて熱くて、本当に溶けちゃいそう。

「思ッタトオリ、美咲ハキレイデ質ノイイ気ヲ放ツナ」
「ふああ……シラオニ様?」
「オマエノ気、実ニ旨イゾ。ソノ気ヲモット俺ニ食ワセテクレ」
「ん……はい、シラオニ様」

 まるで、夢の中にいるみたいな心地でシラオニ様を見上げて返事をする。
 頭の中がぼうっとして、もうなにも考えられないけど、シラオニ様がそう言うんだったらそうしないと……。

 と、シラオニ様が膝立ちになって、その腰から下が視界に入る。

 あれって……?

 シラオニ様の股間から突き出てる、大きな棒みたいなの。
 あれっておちんちんだよね?
 男の人のおちんちんって、あんなに大きいの?
 それとも、シラオニ様だから?
 シラオニ様は体も大きいし、なにより、人間じゃないから。

 でも、これからあれがアソコに入ってくるんだよね?

 それくらいのことは私にもわかる。
 だって、アソコをこんなに気持ちよくしてもらって、その後にすることっていったらセックスに決まってるもの。

 あんなに大っきなの、本当に私のアソコに入るのかな?
 でも、もし入ってきたら、私、どうなるんだろう?

 シラオニ様のおちんちんがあまりに大きいから、それが入ってきたときのことを考えるとちょっと怖い気もする。
 でも、それ以上に期待する気持ちもあった。
 だって、さっきはあんなに気持ちよかったんだもん。

「ジャア、行クゾ」
「はい、シラオニ様」

 シラオニ様が、私の上にのしかかってくるような格好になって、堅いものがアソコに当たる感触がした。
 さすがに怖くて、私はぎゅっと目を瞑る。

「くっ……くふうううううううっ!」

 固くて大きなものがアソコの中に入ってきて、私は歯を食いしばる。

 やだっ!本当に大きい!

 アソコの中を掻き分けて、シラオニ様のおちんちんが入ってくる。
 めりめりって、自分の体が裂ける音が聞こえるみたい。
 どんどん中に入ってきて、アソコの奥を突き抜けて喉の奥まで来てるみたい。
 でも、不思議と痛みは感じない。
 私、これが初めてなのに。
 ただ、お腹の中に大きなものがみっちりと詰まってるものすごい圧迫感を感じる。
 本当にアソコの中がいっぱいになっていて、息が詰まる。

「痛イカ、美咲?」
「い、いえっ、痛くは、ないです。ただ、ちょっと苦しいだけです」
「ソウカ、ダッタラ目ヲ開ケロ」
「……え?」

 目を開けると、すぐ目の前にシラオニ様の顔があった。

「俺ノ目ヲ見ルンダ」
「はい……」

 言われるままに、シラオニ様の目を見つめる。
 全部が赤いガラスを通したような視界の中で、シラオニ様の目の赤がひときわ濃く見える。
 その目が、強く光ったように思えた。

「あっ、ああ……」

 シラオニ様の目を見てると、頭の芯が痺れてくるみたい。

「モット楽ニシテ、素直ニ感ジルンダ」
「はい……。あっ!?ふあああああっ!?」

 やっ!?なに、これ!?

 体が一気に熱くなって、アソコがきゅんきゅんって疼いてくる。
 アソコの中が蕩けたみたいになって、うねってるのが自分でもわかる。 

「あんっ、ふわぁああああああ!」

 シラオニ様が腰を動かすと、アソコの中いっぱいに入ったおちんちんも動く。
 思わず喉から絞り出た、甘くて切ない喘ぎ声。
 アソコの中がいっぱいに擦れて、ビリビリと痺れる刺激が体を満たしていく。
 快感を生み出す面積が大きすぎて、全身が性感帯になったみたい。

「あんっ、はあっ、はあっ、はんっ、はあっ!」

 シラオニ様の大きなおちんちんが、アソコの中を出たり入ったりする。
 そんな単純な動きなのに、どうしようもないくらいの快感が全身を駆け巡っていく。
 自分の体が、ものすごく敏感になってるのを感じる。
 体中をくまなく愛撫されているみたいで、なにもされていないおっぱいまで気持ちよくなってくる。

「はんっ、はあっ、あんっ、はっ、はあっ、はあんっ……」

 リズミカルに動くシラオニ様の動きに合わせて、私の口からも甘い声がこぼれる。
 もう、息苦しさは全然感じなかった。
 アソコから伝わる、痺れるような甘い快感に全身が満たされていく。
 私の体も頭も、シラオニ様とセックスする快感でいっぱいになる。

「あんっ、はんっ、ふわぁっ、はあんっ……」
「アア、イイゾ、美咲。オマエノ気ガ、ドンドン溢レデテクル」
「あんっ、はあぁっ、あんっ、シラオニ様ぁ……」
「イイ、実ニイイゾ、美咲」
「私もっ、気持ちいいですっ、シラオニ様ぁ……はんっ、あんっ、はあっ、はんっ……」

 夢見心地でシラオニ様に抱きついて、私も夢中で腰を動かす。
 アソコの中が擦れる、熱くて、痺れる感覚。
 もう、その快感のことしか考えられない。
 シラオニ様とのセックスは、本当に気持ちよくて、幸せな気持ちになれる。

 でも、これ、ちょっと気持ちよすぎるかも……。

「はうっ!あんっ、はあっ、はうううっ!」

 私の体がビクビクと痙攣を始める。
 たぶん、気持ちがいい限界を通り越しちゃったんだと思う。
 体中熱くて熱く、頭の奥が焼き切れそう。
 目の前で光がフラッシュして、意識が飛びそうになる。
 まるで自分がおかしくなっちゃいそうだけど、もうそんなのどうでもよかった。

「はううううっ!ああっ、わたしっ、もうイッちゃうぅうううううう!」
「クウウッ、行クゾッ、美咲!」

 またイッちゃって、ぎゅうって体に力が入った瞬間、アソコの中が爆ぜたように思えた。
 熱いものが噴き出してきて、私の中をいっぱいに満たしていく。
 その刺激で、頭の中がまた真っ白になる。
 シラオニ様にしがみついたまま体がぎゅっと硬直して、プルプルと小刻みに震える。

 しばらくすると全身から力が抜けてくたっとなったまま大きく息をする。

 そこに、シラオニ様の嗄れた声が聞こえた。

「マダダ、美咲。モットオマエノ気ヲモラウゾ」
「ふえ?……んっ、ふぁんっ!」

 まだ、私のアソコにおちんちんを入れたままでシラオニ様が私を抱え起こす。
 そのときの衝撃でまた快感が走って、小さな喘ぎ声が漏れた。

「あんっ、はあっ、はんっ、あっ、シラオニ様ぁあああっ!」

 シラオニ様に抱きついて、私は自分から激しく腰を動かしていた。
 そうすると、いっぱい気持ちよくなれる。
 快感が、どんどん私を満たしていく。

「ウウッ、イイゾッ、美咲!」
「私もっ、あんっ、ああっ!シラオニ様!もっと、もっと!」

 朦朧としながら、私は夢中で腰を動かしていた。

 もっと……どうするんだっけ?
 ああ、そうだ。
 もっといっぱい私の気をシラオニ様にあげて、そして、私ももっと気持ちよくなるんだ……。

 それ以外のことを考えられない。
 何度も何度もイッたから、頭がクラクラする。
 でも、それだけじゃない気がする。
 気を抜いたら、すぐに意識が飛びそうになる。
 そうやってシラオニ様と体を重ねてると、私の中からなにか吸われてるような気がする。
 体にもほとんど力が入らないのに、腰を動かすのだけは止まらない。

「あんっ、シラオニ様っ!ああっ、はんっ、あうっ、いっぱい擦れてっ、気持ちいいっ!」

 もう、私の思考はほとんど停止していた。
 ただ、この気持ちいいのをもっと感じていたい。
 その欲望だけが体を動かしていた。

 熱く熱く火照って疼く体をいっぱいに動かして快感を貪る。
 今、私を突き動かしているのは、アソコから伝わる快感だけ。
 気持ちよくて幸せな痺れに頭も体も犯されながら、私は腰を振り続けた。

* * *

「……あれ?」

 目が覚めると、私は大きな布団でひとりで寝ていた。

 ええっと……私、シラオニ様とセックスしたんだよね。

 寝ぼけた頭がはっきりしてくると、そのことを思い出す。
 それだけで心臓がバクバクして、顔が熱くなってくるけど、後悔は全然ない。
 むしろ、すごく幸せな気持ちになって、私の初めてがシラオニ様で良かったと思える。

「やだっ!?」

 着ていた真っ白な着物がほとんどはだけて、服の役割を果たしてないのに気づく。
 掛け布団を掛けてあったから寒くはないけど、私、こんな格好で寝ちゃってたんだ……。

「……シラオニ様?」

 慌てて服装を整えて見回しても、シラオニ様の姿はない。

 シラオニ様はどこに行ったんだろう?

 起き上がると部屋から出て、廊下を進む。

「あ、おはよう、美咲ちゃん!」
「おはよう、やっと起きたのね」
「……おはようございます」

 廊下の突き当たりの襖を開けて広間に入ると、みんなはご飯を食べているところだった。

「そろそろ起きてくるかもと思って、美咲ちゃんのも用意してたわよ」

 直美さんが、そう言って私に席を勧めてくれる。
 そういえば私、すごくお腹が減ってる。

「さあ、まる一日食べてないからお腹減ったでしょ?」
「まる一日って、昨日みんなと晩ご飯食べましたよね?」
「なに言ってるの?それは一昨日。美咲ちゃんは、昨日一日中寝てたの」
「ええっ!?」

 直美さんに言われて、私は目を丸くする。
 そんな私を見て、みんなは楽しそうに笑っていた。

「まあ、寝ていたっていうよりかは、気を失ってたっていう方が正しいんだけどね」

 そう言って、恵子ちゃんがニヤッと悪戯っぽく笑う。

「そんな……」
「あら、当たり前のことよ。だって、ひとりでシラオニ様の相手をしたんだもの」

 そう言ってクスクス笑ってるのは……フミちゃんだよね?

 でも、みんな全部わかってるみたい。
 あ、そうか。
 みんな、一度は経験してるんだよね?

 と、今度はヨネちゃんがポンと私の肩を叩く。

「美咲ちゃんかてシラオニ様から話は聞いたんやろ?」
「うん」
「ほんならわかるやろうけど、シラオニ様はうちらの気を食べて生きとるんや。でも、いつもは一晩で4人がシラオニ様に気をあげとんねん。それを美咲ちゃんひとりで相手したんやから、気を失うに決まっとるやんか」
「そっか……そうだよね」
「でも、気持ちよかったやろ?」
「えっ?それは……あの……」

 ニヤニヤしながらヨネちゃんがそう訊いてきたから、顔が熱くなっちゃった。

 ヨネちゃんったら、わかってて訊いてるよね!?
 もうっ、意地悪なんだから!

「ほら、ヨネちゃんも、あんまり美咲ちゃんをからかわないの」
「わかっとるって。でも、美咲ちゃんがかわいいからついつい」

 そう言ってるハツちゃんの目も少し笑ってる。
 昨日からみんなを見てて、ハツちゃんは口数は少ないけどみんなのまとめ役みたい。

「じゃあ、美咲ちゃんには今日からお仕事手伝ってもらうわね」
「あ、はい」
「今日は、そうね、直美ちゃんたちとお洗濯してもらおうかしら?」
「わかりました。……ところで、あの、シラオニ様は?」
「シラオニ様はいっつも朝はお出かけしてるわ。帰りはお昼過ぎの日もあれば、晩ご飯前になるときもあるけど」
「そうなんですか……」

 ハツちゃんの話を聞きながらご飯を食べてると、先にご飯を食べ終わった子たちが外に出る準備を始めた。

「じゃあ、私たちは先に畑行ってるね」
「うん、私も後から行くわ」

 そう言って、荷物を背負って出て行ったのは、ヨネちゃん、チヨちゃん、敏江ちゃん、恵子ちゃんの4人だ。

「食べ終わった、美咲ちゃん?」
「あ、はい。ごちそうさまです」
「それじゃ、私たちも始めましょうか」
「……はい」

 朝ご飯が終わると、私は直美さん、愛ちゃん、和子ちゃんについて行く。
 全員分の洗濯物が入った大きな桶を4人で抱えてお屋敷の裏に回ると、そこには井戸があった。
 井戸から汲んだ水を桶に貯めて、みんなにやり方を教わりながらお洗濯を始める。

「そういえば大事なことを聞き忘れてたけど、美咲ちゃんの誕生日っていつ?」
「え?10月3日ですけど……」
「そっか、じゃあ、10日前ね。それだと、次の誕生日まで1年近くかぁ。美咲ちゃんにはちょっと残念ね」
「え?なにが残念なんですか?」
「ふふふっ、それはそのうちわかるわ。で、美咲ちゃんは何年生まれなの?」
「えっと……平成10年生まれです」
「へえぇ、平成生まれの子なんだぁ……」

 なんか、直美さんが妙に感心してると、愛ちゃんがおかしそうに割り込んできた。

「そんなこと言って、直美ちゃんは平成なんか知らないでしょ!」
「そういう愛ちゃんだって昭和58年生まれでしょ」
「でも、あたしがここに来たのは平成12年だもん!2000年だもん、そのときには美咲ちゃんだってもう生まれてたんだよ!」

 いや、なんの自慢かわからないんだけど。
 ……て、愛ちゃんが昭和58年生まれ?
 てことは、直美ちゃんは?

「あの……直美ちゃんは何年生まれなの?」
「え、私?私は昭和45年生まれだけど」
「えっと……それって、せんきゅうひゃく……」
「1970年よ」
「ええっ!?じゃあ……私の母さんと同い年!?」
「あら?そうなの?」
「じゃ、じゃあ、ふたりとも私よりだいぶ年上なんですね……」
「あーっ!美咲ちゃんったらあたしたちのことおばさんみたいに思ってるでしょ!」
「あっ、えっと、そうじゃなくて……」
「まあ、年上とか言われてもねぇ。ここじゃ年とらないし。ね、和子ちゃん」
「なによ、もう」

 直美ちゃんに話題を振られた和子ちゃんがぷいっと頬を膨らませる。

 ていうことは……?

「だったら、和子ちゃんは何年生まれなんですか」
「私は昭和3年生まれよ」
「昭和3年って……」
「美咲ちゃんから見たらすごい大昔でしょうね。でもね、昭和の初めの頃は、元号ににちなんで和子と昭子って名前が多かったのよ」
「あ、それで私のおばあちゃんの名前も和子だったんだ」
「もうっ!美咲ちゃんったら私のことおばあちゃんみたいに言わないでよね!」
「す、すいません……」

 でも、たぶん私のおばあちゃんよりも和子ちゃんの方がだいぶ年上だと思うんだけどな……。

 不満そうに唇を尖らせてる和子ちゃんにぺこぺこ謝る私を見て、直美ちゃんがクスクス笑う。

「でも、わかったでしょ。ここにいる子はみんな生まれたときはそれぞれなの。でも、ここにいれば年を取らないから、誰が年上とか年下とか関係ないわ。同じ年頃の女の子同士、みんな仲間でお友達なのよ」
「そうだったんですか」

 普通ならとても信じられないことだけど、それなら、ここのみんなが私と同じくらいの年齢に見えるのに雰囲気が大人びていて、落ち着いているのも納得がいく。
 だって、実際の年はともかく、精神的には私よりもずっと長い間生きてきてるんですもの。
 ホントに、ここは不思議なところなんだ。

「じゃあ、他のみんなもそうなんですか?」
「そうね。一番古株はハツちゃんだけど、生まれはたしか天保っていったかしら?」
「テンポー……て、なんか日本史の教科書に出てそうですね……」
「あ、でも本当にそうよ。ハツちゃんがここに来る少し前に黒船が来たって大騒ぎになってたんですって。それってもう、私たちには歴史の教科書の中のお話よね」
「黒船って……へえぇ……」

 なんかすごい話だよね……でも、それならシラオニ様の都市伝説って、けっこう昔からあるんだ。

 そうやって、私はみんなの話をいろいろ聞きながらお洗濯を続けた。

「……そういえば、ヨネちゃんって関西の子ですよね?」
「そうよ。なんでもね、実家は大阪でそこそこ大きなお店だったらしいだけど、明治になって商売がうまくいかなくなって、東京の遠縁の商店に奉公に行く途中でここに来たんだって」
「へえ、そうなんですね」
「でも、あとはみんな五十鈴の近くの子ばかりかな。ハツちゃんとかもそうだけど、農家の子が多いから森の外れで畑と田圃を作って、そこでみんなが食べる分を作ってるの。あとは、フミちゃんは漁師の娘だから釣りが得意でね、森の外にある川でよく魚を獲ってくるわ。それに、この森は木の実とかキノコとかいっぱい取れるし、そうそう、ニワトリも飼ってるからみんなが暮らす分には困らないわよ」
「へえ……」
「あと、どうしても必要なものはシラオニ様が持ってきてくれるわね。塩とか、味噌とか、たまにお肉も持って帰ってくれるし、あとは布とか反物とか、ちょっとした道具とかも」
「そうなんだ。でも、シラオニ様って、どこからそれを取ってくるの?」
「わからないわ。でも、ここはシラオニ様の世界だし、シラオニ様だけが通れる出口があっちこっちに通じてるみたいだから、外の世界のどこかから取ってくるんだと思うわ」
「へえぇ」
「だから、みんなで暮らす分にはあまり不自由しないわね。火のおこし方さえ知ってたら、森の中に薪は豊富だし、さっきも言ったけど、みんななにかしら得意なことがあって、静代ちゃんは裁縫が得意だからみんなの着物を作ってくれるし」

 和子ちゃんと直美ちゃんの話してくれた生活は、それまでの私の生活とは全く違っていた。
 へえぇって驚くことしかできない。

 なんか聞いているうちに、自信がなくなってきたかも。
 みんなはいろんなことができるのに、私ったらなにも役に立てそうにない……。

「ごめんなさい、私、なにもできないかも……」
「あら、私だってそうだったわよ。うちなんか普通のサラリーマン家庭だったもの」
「あたしもー」

 そうか、直美ちゃんと愛ちゃんも私と一緒だったんだ。
 そう思うと、ちょっと心強い。

 そんな私たちを見て、和子ちゃんが優しく微笑んでくれる。

「だから大丈夫よ。これから仕事を覚えていけばいいんだから」
「はい」
「じゃあ、洗濯物を干しましょ」
「はい!」

 少し元気が出てきて、洗った着物を手に立ち上がる。
 うん、このみんなとだったら楽しくやっていけそうな気がする。

* * *

 シラオニ様のところでの暮らしにはすぐに慣れた。

 畑仕事やキノコ狩りに薪拾い、それに、お掃除や洗濯、ご飯の準備みたいな家事も、電気もガスもなかったらいろいろ大変だけど、みんなに教えてもらってすぐに覚えた。
 籾からお米を自分たちで搗いて白米にするなんてのも、やったことなかったからこんなに大変だなんて知らなかった。
 でも、みんなとおしゃべりしながらだと仕事もすぐに終わって全然苦にならなかった。

 みんなとも、あっという間に仲良くなった。
 だって、みんな優しいし、いい子ばかりなんだもん。

 で、仕事が終わるとみんなで遊んだ。
 鬼ごっこやかくれんぼ、缶の代わりに石を使った石蹴りなんてやるのは小さいとき以来だけど、それがかえって新鮮だった。
 あやとりはやったことがなかったから少し難しかった。
 しりとりなんかも、みんなできゃっきゃと笑いながらやってるとそれだけで面白かった。
 だって、私と愛ちゃん、直美さんくらいしか知らないものがけっこうあったりするし、他のみんなは知ってるのに私たちにはわからないものもあったりするんだから。

 シラオニ様は、いつも朝には出かけていて、早いときにはお昼過ぎに、遅いときは夕方に帰ってきた。
 いっつもシラオニ様はいろんなものをおみやげで持って帰ってくれるけど、本当にどこから持ってくるんだろう?
 でも、そんなことよりも私たちはシラオニ様が帰ってくる方が嬉しかったりするんだけど。
 シラオニ様が早く帰ってきた日は、みんなニコニコしてシラオニ様にじゃれて遊んだ。
 たまに、一緒に鬼ごっこもした。
 て、シラオニ様が鬼だとリアル鬼ごっこだよね?
 ま、走るのが速くないからたいていシラオニ様が鬼なんだけどね。
 でも、シラオニ様と目が合うと……。

「あ……ふあ……」

 シラオニ様の目が光って、視線を逸らせられなくなる。
 ふわふわと、いい気持ちになってくる。

「サア、コッチニ来イ、美咲」
「……はい」

 ふらふらと、シラオニ様の方に歩いて行く。
 だって、シラオニ様の言うことには逆らえないから。

 そして、シラオニ様の前まで来ると、両手で抱きかかえられる。

「捕マエタ、今度ハ美咲ガ鬼ダ」
「ふえ……?あっ!……もうっ、ずるいよっ、シラオニ様!」

 まあでも、シラオニ様は逃げるのが遅いからすぐに捕まっちゃうんだけどね。

「シラオニ様捕まえた!」

 そんなとき、私たちは決まってわざと抱きつくようにシラオニ様に飛びついていく。
 そうやってシラオニ様と一緒にいられるのが本当に楽しくて嬉しかったから。

 そして、晩ご飯のときにも楽しいことがあった。

「やったー!梅干しみっけ!」
「わ、うちもやわ」
「私もっ」
「あたしもー!」

 ご飯の中に埋もれた梅干しを見つけて私が歓声を上げると、続けてヨネちゃんと由美子ちゃんと愛ちゃんの弾んだ声が響く。
 この4人で、今夜のシラオニ様の相手をするんだ。

 ご飯当番の子がご飯をよそうときに4人分にだけ梅干しを埋めておく、そうしたら見た目は全部ふつうのご飯だ。
 それを運ぶのは別な子だし、晩ご飯のときにどう座るかも決まってないので、誰に梅干しが行くかわからない。
 運が良ければ連続でシラオニ様の相手ができるし、運が悪いときは4日くらい梅干しが当たらないときもある。
 まあでも、13分の4だから、よっぽどのことがない限り3日に一度はシラオニ様の相手ができるんだけど。
 その後は、あの大きなお風呂に、4人一緒にわいわい言いながら入る。
 そうしてるのが、また楽しかった。

 そして、本当のお楽しみはその夜だ。

「シラオニ様!今夜は私たちです」
「オウ、ソコニ座レ」
「はい!」

 私たちはシラオニ様の近くに寄って並んで座る。

 もう、私たちはシラオニ様に見つめられなくてもどうしたらいいかわかっていた。

「シラオニ様ぁ……うちを、いっぱいいっぱい気持ちようしてや……」
「あたしも……」
「私も、シラオニ様ぁ……」

 じゃれつくようににシラオニ様にしなだれかかるヨネちゃんたちの目は、もうシラオニ様の目と同じように赤く染まっている。
 そして、みんなの体から赤い煙みたいなものが立ち上って、シラオニ様の角へと吸い込まれていく。

 ……そう。
 シラオニ様の前でエッチな気分が高まってくると、私たちの目は赤く染まる。
 だから、赤いコンタクトを付けたみたいに視界が赤くなったんだって、後になってわかった。
 そして、そうなると私たちの体から高まった気が溢れだしてくる。
 その気を、シラオニ様は吸って生きてるんだ。
 だから、私たちの役割はすっごく大事なの。
 それになにより……。

「ああ、シラオニ様ぁ私も……私も気持ちよくしてくださいね……」

 私の目の前が、うっすらと赤く染まる。

 だって、シラオニ様にいっぱい気持ちよくして欲しいから、いっぱいエッチなことをしたいから。
 さっきから、胸がドキドキしてアソコがじんって疼いてたんだから。

「んっ、シラオニ様ぁ!」
「あんっ、シラオニ様!」
「はんっ、んんっ!」

 正面から抱きついているヨネちゃんの肌を、シラオニ様の舌が這っている。
 シラオニ様の長い腕が愛ちゃんと由美子ちゃんを両側から抱えて、そのおっぱいを揉んでる。

 私は、そんなシラオニ様に後ろから抱きついて背中に頬ずりした。

「んっ……シラオニ様ぁ……」

 体を甘い電気が走って、仄赤い視界に小さな光が弾ける。
 こうなっているときの私は、こうやってシラオニ様を肌を合わせているだけですごく感じちゃう。
 でも、それでいいの。
 私がいっぱい感じて、いっぱい気持ちよくなれたらそれだけシラオニ様に私の気をあげることができるんだから。

 私は、着物の胸をはだけて自分のおっぱいをシラオニ様に押しつける。
 すると、おっぱいが擦れてビリビリした刺激が駆け抜けていく。

「んっ、あんっ!……シラオニ様、大好き……」

 こうしてると、すごく幸せな気持ちになれる。

 よく考えたら不思議だよね。
 あの日、あの十字路に入って、シラオニ様に出会ってここに連れてきてもらってみんなを紹介されて、今、こうしてシラオニ様とエッチなことをしてる。
 でも、不思議だけどいまこうしている自分には全然疑問を感じない。
 だって、ここでの暮らしはこんなに楽しくて、こんなに幸せなんだもの。

「あんっ、シラオニ様ぁ!」
「んんっ、気持ちいいよぉっ!」
「シラオニ様ぁ、もっとぉおおっ!」

 ヨネちゃんたちが、大きな喘ぎ声をあげて体を震わせる。
 みんな、もう軽くイッちゃったんだ。

「シラオニ様ぁ、うち、もう我慢できへん……せやから、おねがい……」

 甘えたようなヨネちゃんの声が聞こえる。
 すると、ごそごそとシラオニ様が動くのが、背中にじゃれついてる私にも伝わってくる。

 そして……。

「んっ!……ええよっ、シラオニ様!あんっ、あああっ!」

 シラオニ様の体がリズミカルに動き始めて、ヨネちゃんいやらしい喘ぎ声が響く。

 ヨネちゃん、シラオニ様にセックスしてもらってるんだ……。
 なんてエッチで気持ちよさそうな声。

 でも、これって私も……。

「あんっ、やあっ、シラオニ様ぁああっ!」

 シラオニ様が動く振動がその背中にしがみついてる私にまでズンズン響いてくる。
 押しつけてるおっぱいがぎゅうってなって、一瞬、目の前が白くなる

「ああっ、すごいっ、気持ちええよっ、シラオニ様ぁ!」
「あんっ、ふわあぁっ!おっぱい、じんじんするよぉ!」
「わっ、私もッ」
「あたしも気持ちいいよう!」

 シラオニ様の動きに合わせて、ヨネちゃんと私の喘ぎ声が響く。

 私たちだけじゃなくて、由美子ちゃんと愛ちゃんの声も。
 ふたりは、ヨネちゃんの腰を掴むシラオニ様の長い腕を両足で挟むようにして、アソコにシラオニ様の腕を押しつけて擦っていた。
 由美子ちゃんのお下げ髪が、ゆらゆらと振り子のように揺れている。

「もっと、もっと気持ちようして!」
「私もっ、おっぱい気持ちいいよぉ!」
「シラオニ様ぁ!次は私にお願いしますっ!」
「その次はあたしだからねっ!」

 部屋の中で、私たち4人の喘ぐ声がずっと止まらない。
 こうやっておっぱいをシラオニ様に押しつけているだけで、体が熱くなってゾクゾクする快感が駆け抜けていく。
 頭の奥が痺れるみたいで、すこしクラクラする。
 それは、私の気をシラオニ様に吸われているから。
 でも、このくらいなら大丈夫。
 今夜は、もっともっと気持ちよくしてもらうんだから……。

 そうやってヨネちゃんがしてもらった後は、由美子ちゃんがそして、その後は愛ちゃん。
 そして、私の順番がやってくる。

「ふあっ、シラオニ様ぁ!すごいっ、いいよぉ!」

 シラオニ様の大っきなおちんちんが、私の中に入ってくる。
 本当に大きいから、アソコの中いっぱいに擦れて、体中が痺れるような快感に満たされていく。
 もう、痛みも息苦しさも全く感じない。
 ただただ気持ちよくて、幸せな気持ちになれる。

「はんっ、んふうっ、ふああっ、シラオニ様!気持ちいいっ、気持ちいいよぉ!」

 シラオニ様の動きに合わせて、勝手にいやらしい声が漏れちゃう。
 アソコの中を擦られるとビリビリした刺激がつま先まで駆け回って、奥をずぅんって突かれると頭の中がいっぺんに真っ白になる。
 ふにゃりとした気持ちになって、この気持ちいいことしか考えられなくなる。
 気持ちよすぎて気をいっぱい吸われたせいか、なんだか意識が朦朧としてるけどもうそんなのどうでもいい。
 今はただ、この快感をいっぱいに感じていたい。

 その時、ふっと目の前が暗くなったような気がした。

「……ヨネちゃん?」

 目を開けると、うっすらと赤く染まった中にトロンと蕩けたヨネちゃんの顔があった。

「ふふっ!美咲ちゃんったらほんとうに気持ちよさそうにしてから……ちゅっ」
「んっ?むっ?」

 ヨネちゃんの顔がこっちに近づいてきて、私の唇にキスしてくる。

「んふっ。ちゅ、んちゅ……」
「んんっ!?んむ?」

 ヨネちゃんの舌が、私の唇の中に入ってくる。
 私の唇に触れるヨネちゃんの唇も、中に入ってきてる舌もすごく柔らかい。
 シラオニ様の舌の感触とは全然違うけど、これはこれでとっても気持ちいい。

「んっ!?んぐぐっ!?んっ、んんーッ!」

 しかも、シラオニ様とセックスしながらだから気持ちよくなりすぎて、あっという間に訳がわからなくなってくる。
 体の全部が快感で染め上げられて、なにをされても気持ちよく感じる。
 全身が熱くて、頭の中がふらふらして、意識が飛びそうになる。

「んぐぐぐっ!ああっ、ふああっ、だめっ、イクッ、イッちゃううううううう!」

 シラオニ様の体にしっかりと足を絡めて固まったまま、体がきゅうって震える。
 頭の中が真っ白になって、目の前で光が弾けてる。

 そのままぐったりとなった私の体に、柔らかい感触が当たる。

「……んん、ふわあぁ」
「美咲ちゃん、ホンマにいやらしかったで」
「うんうん!」
「そうだねー!」

 ヨネちゃんたちが、私を囲んで微笑んでいた。
 みんな、トロンと瞳を潤ませて本当に幸せそうな顔をしていた。
 きっと、私も同じような顔してるんだろうな……。

 そうやって、シラオニ様が十分に私たちの気を吸ってお腹いっぱいになるまで気持ちよくしてもらう。
 普段の夜は4人いるから、私たちも気を失ったりしない。
 で、シラオニ様がお腹いっぱいになると、シラオニ様を囲むように、みんなで抱き合って眠る。
 それがまたすごく暖かくて幸せな瞬間だった。

 だけど、それから少しして、ここでの暮らしにはそれ以上の特別な日があるのを私は知った。

「……あれ?今日のご飯は梅干し入ってないの?」

 その日の晩、シラオニ様と一緒になれる当番を決めるいつものやりとりがないのに気づく。

「そうよ。だって、今日は静代ちゃんの誕生日だもの」
「そうなの!?おめでとう、静代ちゃん!」
「ありがとう、美咲ちゃん」

 そう言って、静代ちゃんがにっこりと微笑む。

 静代ちゃんは大きな家のお嬢さんだったみたいで、物静かでいつもニコニコ笑ってる。
 だけど、今日は本当に嬉しそうにしていた。

 やっぱり自分の誕生日は嬉しいのかな?

 とか思ってたら、ヨネちゃんと直美ちゃんが訳知り顔で口を開いた。

「まあ、誕生日いうても、うちらは年とらへんからなぁ」
「でもね、誕生日にはもっと嬉しいことがあるのよ、美咲ちゃん」
「え?なんなの?」
「ふふ、それはすぐにわかるわ」

 そういって、直美ちゃんも楽しそうに笑ってる。

 そして、それは静代ちゃんがお風呂に入ってからわかった。

「すごい……きれいな着物だぁ……」

 お風呂から上がってきた静代ちゃんは、いつも私たちが着ている地味な模様の着物じゃなくって、赤い花の模様がいっぱいに入ったきれいな着物を着ていた。
 長くて真っ直ぐな黒髪の静代ちゃんには、こういう着物が本当に似合っていた。

「これが、誕生日だけに着れる特別な着物なんや」
「でね、誕生日には、ひとりでシラオニ様の相手をできるの」
「そっか、だから今日はご飯に梅干しが入ってなかったんだぁ」
「そういうこと。私たちがひとりでシラオニ様の相手をできるのは、ここに来た最初の晩と、自分の誕生日だけなのよ」

 そうか、だからここに来てすぐに私の誕生日を訊かれたんだ。
 でも、シラオニ様を独り占めできるなんて羨ましいなぁ……。

 初めてここに来た夜のことが甦ってくる。
 最後は半分気を失っててあまり覚えてないけど、すっごく気持ちよくて幸せだった。
 何度も何度も気持ちよくしてもらって、それがずっと続いてた。

「いいなぁ、静代ちゃん……」

 思わず、心の声が口に出てしまった。

「やだ、美咲ちゃんったら!」

 みんなが、きゃっきゃと楽しそうに笑う。
 静代ちゃんも、少し恥ずかしそうにしてるけど、本当に嬉しそう。
 それはそうだよね。

 でも、本当に羨ましい。
 私は、急に自分の誕生日が来るのが待ち遠しくてしかたがなくなった。

* * *

 そうやって毎日楽しく過ごして、私がここに来て半年近くたった頃。

 ……ん?
 シラオニ様が、呼んでる?

 そんな気がして目が覚めた。
 その日は私は当番じゃないから、残りのみんなと一緒に大部屋で寝ていた。
 布団から起きて周りを見回しても、まだ早すぎるのかみんな寝ている。

 だけど、たしかにシラオニ様が呼んでるような気がする。
 それも、屋敷の外で。

 立ち上がると、ふらふらと歩き出す。
 そして、自分の草履を履いて屋敷の外に出た。

 すると、シラオニ様の気配を微かに感じる。

 ……こっちだ。

 気配のする方向に歩いて行くと、森の外れに近づいたときに背の高い後ろ姿が見えた。

「シラオニ……様?」

 駆け寄ろうとして、私は違和感を感じる。

 後ろ姿はたしかにシラオニ様なのに、髪の色がシラオニ様とは違っていた。
 真っ白なシラオニ様の髪とは違って、ちょっとピンク色の髪。

「あっ……」

 そして、こっちに振り向いたその目は赤くなくて、青みのかかった色をしていた。

「やあ、来たかい、美咲」

 その声も、話し方もシラオニ様とは違っていた。
 柔らかくて、優しい声。

「シラオニ様?」
「ああ、僕はね、トキオニっていうんだよ」
「……トキオニ様?」
「そう。僕のこの髪の色はね、鴇(とき)色っていってね、だからトキオニなのさ」
「そうなんですか。ねえ、トキオニ様、シラオニ様はどこにいるんですか?」
「ここにいるよ。僕とシラオニは、同じ体の裏表なんだよ。とはいっても、僕はほとんど表に出ることはないんだけどね」
「そうだったんですか」

 シラオニ様とトキオニ様……そんな秘密があるなんて知らなかった。

「じゃあ、私を呼んだのはトキオニ様なんですか?」
「そうだよ。……きみも知ってるよね、僕たちは、きみたち女の子の気を吸って生きてるって」
「はい」
「僕たちが生きていくために、そして、この世界を維持するために僕たちは女の子の気を吸わなくてはいけない。それは、まだこのいすずヶ森が向こうの世界にあった頃には、僕たちは里に出て女の子の気を吸っていればよかった。だけど、向こうの世界の森がどんどんなくなっていって、新しくこの世界を作ってそこに移り住むようになってからは、僕たちは生きていくためにこちらに連れてきた女の子と暮らさなきゃならなくなったんだ」
「そうだったんですか」

 やっぱり、シラオニ様の話って、ずっと昔からあったんだ。

「彼、シラオニには女の子を魅了する力があってね、だからここに女の子を連れてくるのは彼がやってるんだ。でも、いちおう僕たちが連れてくる女の子には決まりがあって、そのままでは生きていけない子や、不幸になる子を連れてくることにしてるんだよ」
「……えっ?それって?」
「ハツたちは、生まれた家も貧しいし、生きていた時代が時代だからそのままだと遠からず飢饉や戦争で死ぬ運命だった。それに、ヨネの奉公先は奉公人を酷使して使い捨てにするので有名なところだった。で、静代や愛は不治の病で、この世界に来なければ生きていくことはできない体だったんだよ」
「そうだったんですか!?」

 愛ちゃん、あんなに元気なのにそんな病気だったなんてとても信じられない。

「それで、シラオニはそっちの力に長けているからこの世界を作るのも、女の子を連れてくるのもシラオニがやっているんだけど、僕は人の未来をわずかに見通すことができてね、不幸な運命の子を見つけてシラオニに知らせると、彼がその子をここに連れてくることになってたんだ」

 そこまで言うと、トキオニ様はいったん口をつぐんだ。
 そして、真っ直ぐ私を見つめる。

 ……なんだろう?
 どうしてトキオニ様はそんな話を私にするんだろう?

 そして、トキオニ様が再び話し始める。

「それでね、シラオニのやつは欲張りだから、たまに気に入った子を勝手に連れてくることがあってね。そうやって連れてきた子がそのまま戻れなくなってしまうことがあるんだ。幸子や直美がそうなんだけど……」
「あの……もしかして私も?」

 トキオニ様の口ぶりから、もしかしたらそうなんじゃないかって思った。
 すると、トキオニ様は大きく頷いた。

「そうだよ。本当は連れてきちゃいけない子をシラオニが連れてきてしまったんだ」
「そうだったんですね……」
「そこで、僕がきみを呼んだ理由なんだけど、きみを向こうの世界に戻そうと思う」
「……え?」

 最初、トキオニ様の言ったことが理解できなかった。
 だって、そんなの全く予想もしてなかったから。

「他の子たちと違って、きみはまだ戻れる。だから、これからきみを向こうの世界に戻してあげようと思うんだ」
「でも……でも、私、ここにいたいです、トキオニ様」

 トキオニ様の話を聞いて、戻りたくないって、そう思った。
 だって、ここでみんなと暮らすのはこんなに楽しいのに。
 そんな、みんなやシラオニ様とさよならするなんて嫌だよ。

 だけど、トキオニ様は厳しい口調で言った。

「それはだめだ、美咲」
「どうしてですか!?」
「きみはまだ向こうに戻ることができる。きみは、向こう側の人間なんだよ。向こう側の世界で生きていく未来があるはずなんだ」
「でもっ、私、ここに残りたいです!ここで、シラオニ様やみんなと暮らしたいです!」
「だめだ。僕とシラオニはね、こうしてこの世界を作るときに決めたんだよ。むやみに向こうの世界の子を連れてこないって。連れて来るなら、向こうの世界では生きていけない子を連れて来ようって」
「でもっ!」

 そんなのトキオニ様の都合じゃない!
 私はこんなにここにいたいのに!

「私、ここにいたいです、トキオニ様!」
「あんまりわがままを言わないでくれ、美咲」
「でもっ、直美ちゃんだってそうだったんなら私だってここに残ってもいいじゃないですか!」
「しかし、今ならきみはまだ戻れる。僕の力は弱いから、たまにしか表に出ることはできない。もう、次に僕が出てきたときにはきみは本当に戻れなくなってるだろう。今しか機会がないんだよ」
「でもっ!」
「だめだ!」

 私がどんなに食い下がっても、トキオニ様は聞き入れてくれなかった。

「さあ、これに着替えて」
「これは……」

 トキオニ様が差し出したのは、私がここに来たときに着ていた学校の制服と靴だった。

「そんな……トキオニ様……」

 私が見上げても、トキオニ様は厳しい顔で私を見ているだけだった。

 しかたなく、私はその服に着替える。
 すると、トキオニ様が私の手を取った。

「さあ、行くよ」
「あっ、でもっ!」

 本当は戻りたくなんかない。
 もし戻るにしても、みんなにさよならも言わないで行くのなんて嫌だ。
 でも、そんなことはお構いなしにトキオニ様は私の腕を引いていく。

「早くしないとシラオニが目覚めてしまう。そうしたら彼は絶対にきみを手放さないだろうから」
「だったら!私、ここに残ります!」
「だめだ!」

 そんなやりとりを何回かして私を森の外に連れて行くと、トキオニ様は私の背中を強く押した。

「あのっ!やっぱり私ここに残り…………え!?」

 2、3歩踏み出した私が振り向くと、そこにはコンクリート製の塀があった。

「ここは……?」

 ビックリして見回すと、そこはアスファルトで舗装されたT字路。
 長い塀の向こうに、倉庫の建物の屋根が見える。

 そこは、私がシラオニ様のところに行くときに通った交差点だった。

「私……本当に戻ってきちゃったの?」

 少し前までずっと見慣れていた景色のはずなのに、別世界にいきなり放り込まれたように思えて、私は呆然として立ち尽くしていた。

* * *

 結局、行くあてもなくてそのまま自分の家に戻った。

 インターホンを鳴らすと、玄関に出てきた母さんが私に抱きついて大声で泣いているのが、まるで他人事のように思えた。

 それから、警察とかいろんな人が来て話を訊いてきたけど、私は本当のことは答えなかった。
 なにも覚えてなくて、気づいたら家の近くにいたとしか答えなかった。
 私の着ていた制服も、いなくなったときのままで、しかも、半年経ってもほとんど汚れていないのを不思議がる人もいた。
 私は、ちょっとした神隠し事件の主人公になっていた。

 でも、本当のことを話しても信じてもらえるはずはなかったし、話してしまったらあっちでのことが幻になってしまうみたいで怖かった。
 ……シラオニ様の都市伝説に、戻ってきた子の話もあった。
 その子はなにも覚えてなくて、シラオニ様のところでのことはなにも話さないって。
 その子の気持ちが、今ならよくわかる。
 なにも覚えてないんじゃない。
 本当は全部覚えてる。
 だけど、またあの場所に戻りたいから。
 話してしまうとあっちでのことが幻になってしまって、もう戻れなくなるんじゃないかって、そう思えて怖い。

 そう……。
 私は、みんなのところに、シラオニ様のところに戻りたい。
 ここが、こっちの世界が私の生まれ育った場所なのに、全然嬉しくない。

 きっと、トキオニ様はシラオニ様の中の良心なんだと思う。
 シラオニ様にストップをかけるために、連れてくる女の子の決まりを作って、それ以外の子を連れてきたら元の世界に戻す。
 そうやって、シラオニ様がやりすぎないように見張ってるんだと思う。

 だけど、トキオニ様はひとつ間違ってる。

 トキオニ様は私をこっちの人間だって、まだ戻れるって言ってたけど、私にはそうは思えない。
 シラオニ様やみんなが恋しくてしかたがない。
 きっと、私はもう向こう側の人間になってしまってるんだ。
 私にはこっちの世界での未来があるってトキオニ様は言ってたけど、こっちに戻ってしまった時点でもう私は幸せじゃなくなってしまった。
 それは、父さん母さんには悪いと思うけど、私にはもうこっちの世界では幸せな未来は掴めそうにない。

 その証拠に……。

 夜、ひとりで寝てると寂しさに押しつぶされそうになる。
 ぽっかりと大きな穴が胸に空いたような、言いようのない喪失感に襲われる。

 みんなに会いたいよう……。
 シラオニ様に会いたいよう……。

 切なさと寂しさだけが募って、涙が止まらない。

 それから私は学校にも復帰した。
 でも、しばらくの間はみんなが心配してひとりでは外に出してもらえなかった。

 それも、4ヶ月、5ヶ月と経つうちに次第に警戒が解けていって、元通りの生活に戻っていく。
 表向きは、だけど。

 こっちに戻ってからの私は、抜け殻みたいなものだった。
 昔と同じように生活してるように見えても、それは表面だけのこと。
 こっちのみんなには悪いけど、なにをしても嬉しくないし、楽しくない。

 だから、私は密かにある計画を立てた。

 学校のロッカーに大きなバッグを持ち込んで、こっそりとそこに詰め込み始める。

 バスタオルはきっと愛ちゃんや直美ちゃんが喜ぶよね。
 この赤いリボンは直美ちゃんがポニーテールを結うのに似合うと思う。
 こっちの藤色のリボンは静代ちゃんにぴったり。

 消耗品はなくなったらおしまいだけど、それでも化粧品は少し持って行ってみたいな。
 電気を使うものは役に立たないからダメだよね。

 ちょっとした日用品と、ビューラーみたいな化粧道具、いろんな色のリボンや髪飾り、そして、少し小さめだけど卓上鏡を詰め込んでいく。
 どれもこれも、あっちの世界にはないものばかり。
 女の子同士だし、わいわいとみんなでおしゃれし合うのってきっと楽しいだろうな。
 それに、私たちがおしゃれしたらシラオニ様も喜ぶと思う。

 それと、大事なものを忘れてた。
 数字板の組み合わせを入れ替えるだけの、簡単なカレンダー。
 あっちでは、台所の隅に置いた石の数の組み合わせで日付けを数えてたけど、この方がわかりやすいよね。
 曜日や年数はいらないから、日付だけわかれば充分だし。
 これでみんなの誕生日もすぐわかるよ。
 あ、でも、ハツちゃんたちって数字わかるかな?漢字の方が良かったかな?
 まあいいか、覚えてもらえば。

 そして、夕方になるとそのバッグを手にあのT字路に立つ。
 そうしていると、いつかまた道が現れるかもしれない。
 みんなのところに戻れるかもしれない。

 あのときトキオニ様は言ってた。
 シラオニ様は欲張りだから、たまに気に入った子を勝手に連れてくることがあるって。
 それが私だった。
 だったら、こうして夕方にT字路に立っていたら、シラオニ様が気づいて私を連れ戻してくれるかもしれない。
 そこに一縷の望みを託した。

 だって、私のいるべき場所はあそこなんだから。
 私はもう、あっち側の人間なの。
 私の居場所は、こっち側の世界にはない……。

 だけど、なかなか道は現れなかった。

 そうやって、ほぼ毎日その交差点に立ってるのに。
 もう、私がこっちに戻ってきてから半年以上経った。
 私の誕生日も、もう1ヶ月前に過ぎてしまっていた。

 シラオニ様との誕生日、楽しみにしてたのに……。

 結局、私はあっちで1回も誕生日を迎えてない。
 そう思うと悲しくて涙がこぼれてくる。

 と、そのときだった。

「……え?」

 陽炎がかかったように目の前の景色がぼやけたかと思うと、さっきまで塀だったところに道が現れていた。

 思わず目を擦ってもう一度見てみる。

 間違いない。
 さっきまでT字路だったところが十字路になっていた。

 シラオニ様、私に気づいてくれたんだ……。

 踏み出した私の足は、小さく震えていた。
 もちろん、怖いからじゃなくて嬉しすぎて。

 この道を行けば、あそこに戻れる。
 シラオニ様のところに、みんなのところに……!

 そう思ったら、もう止まらなかった。
 ドキドキと胸の高鳴る音を聞きながら、私は駆けるようにその道に飛び込んでいた。

< 完 >

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