コウモリ男の夏 (1)

(1)

 目が覚めたら、僕は怪人に改造されていた。

 それは夏休み初日の夕方のことで、僕はどこにでもいる高校生で、16才だった。
 川原を一人で自転車漕いでいた。
 目的地もなかった。
 たまたまそこを通りかかったというだけで悪の組織に拉致され、そして改造されたわけだが、そのときの僕は、化け物になってしまったことも特に不幸と思えないくらい、大きな落ち込みを抱えていたところだった。
 その日の前日。つまり夏休み前の終業式の日に、大好きなあの子に告白してフラれたばかりだったから。

『ごめんなさい。今はお付き合いとかしている暇がないんです。本当にごめんなさい』

 いつものピンク色の髪留めが、申し訳なさそうに僕の前を上下する。紀州桃代さんは、まるで自分がフラれたみたいに目を赤くして、何度も僕に頭を下げていた。
 中学の頃から憧れていて、遠くから眺めるだけに我慢できず、草食系のなけなしの勇気を振り絞った生まれて初めての告白は、気まずい空気だけを残して失敗した。
 僕の生きる唯一の理由とも言って良かった紀州さんにフラれたわけだから、もう自分が怪人に改造されようが、しかも、それがいかにも一話完結で破壊されそうなザコっぽい怪人であろうが、かまわなかった。

 悪の組織の人たちは、コウモリに似た不格好な生き物に生まれ変わった僕を見て、とても満足そうに笑っていた。
 そして何やらもったいつけた名前を僕に付けようと頭をひねっていたけど、僕はどう見てもただのコウモリ男なので、『コウモリ男』でいいんじゃないでしょうかと、僕の方から提案した。
 こうして名前も簡単に決まった。これから僕は悪の怪人『コウモリ男』として登場して、正義の味方に殺される。
 それだけでいいんだ。行き場のなかった僕の人生に、これ以上ないくらい明確なピリオドを打ってくれた悪の組織の皆さんには、お礼を言いたいくらい清々しい気持ちだった。
 ザコなりに、一応は武器もあるそうだ。
 不揃いな牙の生えた僕の醜い口からは、超音波が出た。それは人間の脳を直接攻撃し、行動を、あるいは思考や感覚を支配できる。『超音波催眠』という技だそうだ。
 とはいってもザコはザコなので、それほど強力なものではなく、せいぜい30分程度しか支配能力はない。それでも、世間を騒がせるような、ちょっとした事件を起こすくらいなら十分だ。
 僕の任務は、この能力で都市機能を攻撃することだと教えられた。そのために10名ほどの戦闘員も部下として配置された。
 よくある、同じ仮面を被って、同じことしか言わない黒ずくめの人たちだ。彼らには個々の名前すらなかった。
 この人たちはどういうルートで悪の組織に加入し、名無しの戦闘員になったんだろう。僕みたいに頼りない新人の部下なんかに配置されて不満はないのだろうか。
 などと余計な心配をしてもしょうがないので、とにかく自己紹介をして、「みんなでがんばりましょう」と簡単な決意表明だけしておいた。
 キィーとかハァーとか、奇声しか言わない彼らと上手くやれるかどうかわからないけど、どうせ僕らは全員死ぬんだし、どうでもいいことだ。

 それから1週間ほど、僕が担当する悪巧みの説明やシミュレーションなどの研修を受けた。
 作戦の内容自体も単純で、しかも組織からもあまり高い効果は期待されてないのが見え見えだったので、僕は後半、かなり手を抜いていた。
 そして最終日に、僕は担当の講師に呼ばれ、初めて悪の組織の代表と面会した。
 見た目には、とても柔和で優しそうな人だった。ビシッと決まったスーツは、仕事のできるビジネスマンって印象で、悪の匂いをまるっきりさせなかった。
 豪勢な夕食のテーブルを前に、二人っきりで食事をすることになって、このコウモリ男も柄にもなく緊張した。

(君には素質があると思いますよ)

 代表は、まるで僕をスカウトにきた営業マンのように、優しく怪しい微笑みを見せながらステーキを頬張った。

(今まで何人もの若者を怪人にしてきましたけどね。たいていの人は私たちに強い憎しみを持つものですから、まず始めに徹底的に暴力と洗脳を繰り返すことになるんですよ。理不尽な仕打ちに対する怒りの矛先が、『世間一般』というものに広く抽象化されるまでですね)

 暴力、という言葉のまったく似合わないきれいなテーブル所作で、彼はパンを千切った。コウモリの大きな爪ではナイフとフォークが上手く使えないので、手づかみと牙で食いちぎる許可を貰って、僕もようやくステーキにありついた。

(あるいは、ここぞとばかりに喜んで破壊を楽しむ者もいる。もともと不満でもあったんでしょうね。本当に活き活きと我々の悪事に荷担してくれるバカもいます。こんなに平和な国で幸せに暮らしておきながら、何がそんなに不満なのか私にはわかりませんけど)

 悪の代表であるくせに、他人の悪意にはまるで無頓着なようで、良識ある大人が見せるような苦渋の表情を彼は見せた。
 そして、僕にフルーツを勧めてくれる。コウモリになったせいか、肉よりもフルーツの方が僕の好みになっていたので、ありがたくいただいた。

(でも、君くらいやる気のない人は初めてですよ。これから君は何人もの人間を不幸に陥れ、社会に混乱を招く。罪のない命を奪うかもしれないし、仲間も死ぬだろう。そして、おそらくあなた自身も死ぬ。なのに、まるでひとごとみたいな態度だ)

 くっくっと、初めて悪っぽい顔をして、代表は笑った。

(君の中の悪はとりわけ大きいのかな。大きすぎて、この程度のことじゃ目覚めないのかな。試しにあなたの親でも殺してみますか。あるいは恋人を他人に犯させましょうか。ぜひ君の弱点を見つけて、揺さぶってみたいですね。君はきっと狡猾で素晴らしい悪者になるでしょう)

 僕はただの高校生だし、万引きすらしたことない善良な人間でした。
 そう言っても、代表はニヤニヤと首を振るだけだった。

(それは善良の証でも何でもない。何もしなかったというだけですよ。君のそのピカピカのリンゴのように美味しそうな悪の素質はまだ眠ったままだ。まったく、うちの部下どもときたら、君のように才能溢れる若者をそんなザコ怪人にしてしまって、どこに目をつけているんだ。もったいないことをしたと、本当に思います)

 やっぱり僕はザコ怪人だったのか。
 リンゴを皮ごと囓りながら、夜景に映る自分のコウモリ顔を見る。まあ、確かに主人公の強力なライバルってキャラじゃない。

(もしも君にそのつもりがあるなら、私のそばでもう少し組織のことを勉強してみませんか?)

 代表が慣れた仕草で片手を上げると、僕と同い年くらいの少女が現れて、彼のグラスにワインを注いだ。
 秘書なのか、あるいはただの給仕なのかは知らないけど、彼のすぐそばに立っている彼女の、山羊のような角と巻き毛と、妙に可愛らしい顔立ちと、そしていかにも女性怪人が着てそうな露出の多いコスチュームが、僕の視線を泳がせた。
 代表は、そんな僕をからかったりはしなかった。

(彼女もまた、優秀な才能を持った子だ。だから実験的に人の容姿を残したまま改造し、私のそばに仕えさせている。新しい世代の怪人です)

 すると僕は旧世代の怪人か。
 確かにまあ、昔からよくいる、やられ役のよく似合う顔だけど。

(あなたにその気があるなら、彼女と2人で私の両腕となって働いてみてはいかがです? 年も近いし、きっと仲良くなれるでしょう。あなたたちが殺し合うところも是非見てみたい)

 僕が女の子の方を見上げると、彼女は目をくりっとイタズラっぽく回転させた。
 才能溢れる怪人というわりに陽気な表情と可愛らしさに、女の子慣れしてないこのコウモリ男は、すぐに代表に視線を戻した。
 代表はナプキンで口元を拭い、僕に顔を近づけてくる。

(それとも、この場で私を殺して組織を奪いますか? あるいは自由を求めて逃げますか? そのどちらもあなたにふさわしい生き方です。私はあなたの選択に従いましょう。好きな道を選びなさい、我が子よ)

 とても真剣な表情をしているようなのに、代表の瞳には何も映っていなかった。
 本気なのか、ふざけているのか、その顔では何も読み取れない。彼が何を言いたいのかも、僕には全然分からなかった。
 悪にも正義にも素質など必要ないし、あっても僕には縁のないものだと思う。少なくとも僕に必要はない。
 夏休みだけどすることがないから、戦って死ぬだけだ。
 明日は訓練どおりに事件を起こして、負ければそこで死ぬつもりですと僕は代表に言って、グラスを交わした。
 生まれて初めて飲むワインは、美味しかった。

 工場跡の廃墟で行われた当日の戦闘は、思ったよりも長引いた。

 僕がザコなりに善戦してるのか。あるいは正義の戦隊の人たちは、自分で見せ場でも作らないとザコ相手は退屈なのか。
 そのへんは知らないけど、部下の戦闘員の人たちが倒された後も、僕は1人で5人のヒーローの人たち相手に戦い、なおかつ、戦局は拮抗していた。
 正義の人たちは、よくある色違いの5人組だ。さっき、なんとか戦隊シグエレメンツとか名乗っていた。
 少し変わってる点としては、リーダーのレッドだけ男で、あとのブルー、イエロー、ピンク、ブラックが全員女性ということだろう。
 ハーレム戦隊とでも言うのか。ジェンダーフリーな職場で結構なことだけど、僕ならレッド役は絶対にごめんだな。
 ベタな怪人の僕が言うのもなんだが、ベタなヒーローやってる彼らもご苦労なことだと思う。
 テレビではよく彼らの活躍がニュースになっていたけど、僕もヒーローに憧れるような年でもなかったし、「いつもまあ、よくやるな」程度にしか興味なかった。恋愛とかおしゃれとか下ネタの話で忙しい高校の教室で、彼らのことが話題になることも当然なかった。
 でもやっぱり、こうやって怪人が現れれば本当に戦ってんだなあって感心した。
 ネットとかではよく「自演」だとか「八百長」だとか叩かれてた印象だけど、怪人の立場になってみて初めて分かった。
 これは間違いなくガチの戦闘だ。
 部下の戦闘員たちは、体をおかしな形に曲げたり、お腹の中身をぶち撒けたりしながら、霧状に溶けて消えていった。
 僕の羽根が片方焼き切られた痛みは本物だったし、そのおかしな武器を使ったイエローの女には殺意だって抱いた。
 僕は怪人の声で咆吼した。痛みと怒りを叫んだ。
 正義のヒーローたちは決めゼリフを叫んだり、仲間をいたわり合ったりしながら、ヒーローらしく戦闘を進めていった。
 他の怪人のみんなも、自分を悪と呼んで殺そうとする彼らに怒りを抱いたりしたんだろうか。
 たぶん、そうに違いない。みんな僕と同じ、ついこないだまで正義でも悪でもなかった一般市民の人たちだ。
 悪の一員に自分を変えられ、正義に憎まれて殺されるというのは、じつに理不尽な仕打ちだと今さらながら僕も思う。そして直接手を下そうとする彼らに憎しみを向けるのも、当然の権利だろう。
 正義とか悪の狭間で、結局死ぬのはそのどちらでもない一般市民だ。世の中の理不尽はまさにそこにあると実感できた。
 僕は憎んだ。戦いの中でいろんなことを考え、怒りを抱いた。
 そして、同時にすごく疲れた。せっかくの夏休みだっていうのに、なんで僕はこんなバカバカしいことをして、バカバカしいことに腹を立てているんだろう。
 毛だらけの体が重くて、もう動けそうもなかった。

「ブラック、今だ!」
「任せろ」

 女性のわりに低く凛とした声で、ブラックがその日本刀のような武器を抜いて僕の体に切りつけてきた。

「――円天黒龍斬!」

 彼らの厨二病全開な技名はいちいち僕を笑わせてくれるけど、威力は生意気にも本物だ。
 僕の片腕はぐるぐると回転しながら吹き飛んで、コンクリートの上にどさりと落ちる。
 燃えるような激痛に、僕は悲鳴を上げた。

「ブルー、足を止めろ!」
「オッケー」

 続いてブルーの女が腰を落としたと思うと、ホルダーから2丁の銃を素早く取り出し、僕の両足を撃ち抜いた。

「――ブルー・ホール・ショット」

 膝から崩れ落ちる僕よりも、刀を携えるブラックにライバル心を向ける視線で、ブルーはホルダーに銃を戻した。

「よし、イエロー。コイツを捕捉しろ」
「うん!」

 5人の中では一番小柄なイエローが、僕の体にムチのようなリボンを投げつける。それはシュルシュルと僕の体に巻き付いて、きつく締め上げてきた。

「――スパイラル・イエロー!」

 ゴキゴキと、体中の骨が悲鳴を上げて気を失いそうになった。可愛い見た目に反して、とてもえげつのない技だ。
 僕は大きく口を開ける。僕には物理的な戦闘力はあまりないけど、この超音波は声だけで他人の脳を直接攻撃できる。
 だが、シグエレメンツのヘルメットは、僕の超音波暗示を弾いてしまう。彼らの装備を戦闘中に奪うことは不可能だろう。
 だから新しい超音波の使い方を、自分で考えた。
 僕のコウモリの目と耳で物体の質量と材質を計測し、周波数を調整して音波で物体を破壊する。
 もちろん動き回るヒーローを直接破壊するなんて難しい芸当はできないが、これだけ崩れた廃墟の中なら、崩壊を起こすことで彼らを攻撃することもできる。
 さっきから偉そうにメンバーの女たちに指示しているレッドを狙った。
 でも僕のその唯一の武器も、この戦闘中ですでに彼らに攻略されていた。

「あぶない、レッド!」
 
 ピンクの戦士が、スティックの先からピンク色の光線を放った。それは万能のバリアとなったり、時には武器となったりして僕を攻撃していた。
 今もまた、レッドの男の前に壁を作って、僕の超音波と相殺させた。

「サンキュー、ピンク。それじゃいくぞ!」

 レッドは剣を構えると、手足を失い、無抵抗となった僕に向かって助走をつけ、全力の必殺技で斬りつけてきた。

「光機装着―――クライシスソード!」

 意味のない名前を叫んで、無抵抗の僕の体を2度ほど切り刻む。剛毛に包まれた僕の肉体は3つか4つに分解され、ゴトンとその場に転がった。

「正義の光がある限り、お前たちの好きにはさせない――、我ら『光機戦隊シグエレメンツ』が平和を守る!」

 赤い仮面が光の粒となり、彼の素顔が現われた。
 男性らしい生気あふれる爽やかな勝利の笑みが、そこにあった。

「……烈士。こいつの爪を腕で受けていたようだが、平気なのか?」

 黒い仮面の女も素顔を晒した。長い黒髪をたなびかせ、凛とした横顔は現代の女剣士といった印象だが、高い鼻梁や鋭い眼差しは、彼女の強さよりも美しさを際だたせていた。

「こんなのケガのうちにも入らないよ。心配してくれてサンキュ、曜子」
「べ、別に私は心配など……」

 曜子と呼ばれた黒いコスチュームの女は、頬を赤く染め、言葉を濁す。
 その隣で、ブルーの女が仮面を外した。ショートカットと大きな瞳。ブラックように凛とした顔立ちだが、どちらかと言えば慎ましい日本女性的なブラックに比べ、陽性な快活さが目立っていた。

「烈士の心配するのは勝手だけど、そのせいで戦闘中に集中なくすのやめろよな。おかげで危ない場面も何度かあったぞ?」

 冷やかすようにブラックの前でチッチと指を振り、ブルーはにやりと口の端を上げる。

「そ、そんなことはない!」
「どうだかな~」
「おいおい、清香もあまり曜子をいじめるなって。それに、お前だって俺をかばって盾になってくれてただろ。サンキュな」
「いっ!? そ、そうじゃないって。たまたま烈士があたしの後ろにいただけ!」
「ハハっ、そうだな。そういうことにしておくか。でも、ありがとな」
「……バカ」

 唇を尖らせて、拗ねるように体をレッドの男にぶつける。よく見ると、細身だが締まったスタイルのいい体だ。レッドの腕に、胸が押し当てられて形を変える。

「曜子姉も清香姉もずるい! ボクだって烈にぃのそばにいたかったのに、2人して独占してた!」

 イエローの仮面が消えて、少女の顔が現われる。まだ幼い顔立ちだ。他のメンバーより少し小柄だが、胸も尻もそれなりに発達中の体。中学生くらいだろうか。
 他の2人もそうだが、どうしてこう、見た目で選んだんじゃないかって疑いたくなるくらい、美少女ばっかりなんだろうか。

「季依もご苦労さま。やっぱりお前の戦闘力は頼りになるな。今日も一番、敵を倒してたじゃないか」
「え、あ……」

 レッドの男に笑顔で褒められ、季依とかいうイエローの子は、みるみる顔を赤くした。

「そ、そんな。ボクなんて、まだまだ全然、たいしことないよぉ……」

 もじもじと指を絡ませ、照れるイエローの仕草に彼らは頬を緩ませていた。メンバーみんなの妹っていう立場なんだろうか。ライバル意識を剥き出しにしていたブルーとブラックの2人も、イエローを見る目は優しい。
 そしてその後ろで、控えめに佇むピンクが仮面を解く。

 止まりかけていた僕の心臓が、再び激しく鼓動した。

 自分の見ているものを、にわかに信じることができない。死に間際の幻想だったらどれほど良かったか。だけど、そのキレイな顔を僕が見間違えるはずもなかった。彼女のピンク色の髪留めを忘れることなんてあるはずなかった。

「烈士さん、ケガを見せて。私のヒーリングで治します」
「おぉ。頼む、桃代」

 レッドの腕を抱くようにして、あの紀州桃代さんが、ピンク色の光をスティックに宿した。淡い光は僕に立ち向かったときとは全然違って優しく灯り、彼のかすり傷を治療していった。
 紀州さんは、その間も心配そうにレッドを見つめている。彼女の瞳には、特別な好意が宿っているように見える。

「もう痛くありませんか?」
「あぁ、大丈夫だ。桃代も今日は大活躍だったよな。サンキュ」
「……あっ」

 レッドの大きな手が、紀州の頭を遠慮なく撫で回す。その少し乱暴に思える手つきを、紀州さんは頬を緩めて受け止めていた。

「えへへ……」

 幸せな笑顔。いつも教室で見せていたのよりも柔らかく、そして、女性っぽい表情だった。

「それじゃ、帰ろうか。腹も減ったし、メシにしようぜ。今日もたっぷり食うからな」
「今日の食事当番は私だ。烈士は何か食べたいものはあるか?」
「そうだな、肉なら何でもいいや」
「烈士はすぐそれだよー。ちゃんとバランスよく食べないとダメだって言ってるだろ」
「ははっ、俺は肉じゃないと燃焼しない体質なんだよ」
「ボクもお肉好きー! 烈にぃ、またボクの分取ったら承知しないぞ?」
「隙を見せるお前が悪いの。俺は肉に関しては容赦しない男だからな」
「もう、烈士さんったら。足りないなら私に言ってください。私いつも残しちゃいますから」
「いや、桃代はもっと食べなきゃダメだろ。そのうち季依にまでおっぱい追い越されるぞ?」
「ッ!? れ、烈士さんのエッチ!」
「アハハハっ」

 桃代さんが顔を真っ赤にしてレッドの肩を叩く。みんなが楽しそうに笑っている。
 戦闘で一番役立たずだった男を、取り囲むように体を寄せ合って。

「……紀州さん……」

 遠ざかっていく彼女の背中に、思わず呟いてた。
 届くはずのない声だったが、紀州さんは、一瞬不思議そうに僕の方を振り向いた。
 そしてそのキレイな顔が、僕を見て不快そうに歪む。
 紀州さんは、醜い僕の顔からはすぐに目を逸らした。レッドの後ろにちょこちょこと追いつかけて、彼の赤いスーツの袖を、遠慮がちにきゅっと摘んだ。

 その瞬間、僕は爆発した。

 体の内部から破裂していく衝撃は、くすぶっているだけだった僕の16年分の感情を体現してみせるかのように激しく、そして一瞬で全てを奪い去った。
 昔の誰かを思い出す暇もなく、家族の名を呼ぶ暇もなく、僕を引き留める天の声もない。
 自分が塵となって燃えていくのを、弾け飛んだ脳みそのどこかで感じる。バラバラになっていく紀州さんの後ろ姿は、それでもしつこく心に引っかかっていたけど、やがてプツンと音を立てて消えた。
 こうして僕の短い夏休みは、花火のように盛大な終わりを告げ、もくもくと上がる煙と一緒に、蝉の声に溶けていく。

 ―――はずだった。

 目まぐるしく変化する今年の夏は何度も僕を戸惑わせる。
 ここはいかにも『女の子の部屋』という雰囲気を前面に出したカラフルなワンルームで、目の前には、代表が“優秀な子”と僕に紹介していた山羊頭の女の子が笑ってた。
 丸いちゃぶ台の前に座る僕に、「粗茶ですがー」なんて言いながら、彼女は冷えた麦茶のグラスを置く。
 山羊の角とくるくるの巻き毛とスケベなコスチュームを着た悪の組織の子が、わりと普通な生活感を暴露しつつ、しかも庶民くさいもてなしをしてくれてるところはツッコミポイントではあったが、それよりも重要な疑問はたくさんあった。
 よく冷えたグラスを握った僕の手は、夏休み前の僕の手だった。
 つまり無骨なコウモリの爪はそこにはない。ごわごわした体毛も、邪魔くさかった羽根も大きな耳もなくなっていた。
 僕は、どこにでもいる16才の男に戻っていた。しかも全裸で。

「さて、とりあえず自己紹介からしよっか。あたしの名はカプリ。元ネタは見てのとおり、この山羊っ子の角ね。自分で付けた名前なんだけど、わりと気に入っている。君の名前は?」

 あっけらかんと僕の前で微笑むカプリという女の子に、僕は戸惑うばかりだ。
 とりあえず、股間だけは手で隠して自分の名を名乗る。

「……コウモリ男」
「ぷはっ、センスなさすぎるっ。コウモリ男くん、それは抗議しようよ。役所で改名しようよっ」
「でも、僕が自分で付けた名前だから」
「ぷはっ、マジ受けるっ。センスないとか言ってゴメン! かっこいいっ、かっこいいから!」

 ケラケラと、カプリとかいう子は手を叩いて笑う。
 まるで普通の女の子みたいだ。彼女のこの格好さえなければ、今も夏休みに友だちの家に遊びに来ただけのような錯覚を起こしそうになる。
 でも、いろいろと納得できないところもたくさんあるわけで。

「……それより君に聞きたいことあるんだけど」
「よし、聞こう! あたしになんでも言いなさい。全て聞き流してくれる!」
「その角、邪魔くない?」
「よくぞ聞いてくれましたっ。邪魔なのよぉ、ほんとにー。もうね、しょっちゅう寝返りに失敗して首痛いし。あとでノコギリで切ってくれるー?」
「ここは君の部屋なの?」
「そうそう、あたしんちっ。一人暮らしだから、あんまり気兼ねいらないからね。あ、だからっていきなり襲うのは勘弁ね? あたしまだ処女だから! きゃー!」
「賃貸?」
「当たり前じゃん、まだ17才のあたしにマンションなんて買えませーん。あんまり大きな声だしたら、下の部屋のババアに文句つけられるから自重自重! エッチのときも声は自重してよね? きゃー!」
「なんで、僕は生きてるの?」
「それ早く聞けよ! まず最初にそこを聞いとこうよ! あたしの角の話とかどうでもいいっつーの、角だけに!」

 カプリは立ち上がって僕を見下ろす。そして得意げに自分を指さす。

「それがこのあたし、悪の天才カプリちゃんのすごい能力なのです! なんと、あたしは死体の細胞から本体を再生させることが出来るのです。いわば無限の生命カプリちゃん。悪のアイドル、カプリちゃんのすごいとこ見せたった! 褒めよ、讃えよ、射精せよー!」

 フンーっ、と、蒸気機関車のように鼻息を吹き出し、期待に満ちた目で僕を見下ろす。
 別にどうでもいいんだけど、胸のほとんどが見えてたり、股もすごい角度で切れ込んでいたり、そんな格好で仁王立ちされると、まあ、射精はないにしても硬くなるくらいの反応は当たり前にしてしまうので、ちょっと自重して欲しいと思った。

「つまり、その、君が僕を生き返らせてくれたっていうことなんだね?」
「そうそう、そうなのー。しかも親切にあの気持ち悪かったコウモリ男になる前の君に生き返らせてあげたから。だっせぇ怪人から、だっせぇ男子高校生に無事生還だよ。ついでに怪人としての能力はそのままに! どや、今の気分は? 美少女怪人カプリちゃんの魔改造は、どやねんなー!」

 ドヤ顔のカプリを無視して、僕は試しに口から超音波を発してみる。
 グラスの中の麦茶に波紋が生じて、氷だけが粉々に砕け散った。

「なるほど……確かにこっちの能力はそのままだ。すごい」
「でっしょー? 君、なかなか褒めてくれないから自分で言っちゃうけど、あたしって可愛いだけじゃなくて、頭も良くて気のきく優しい子ちゃんなんだよねー、てへへ」

 一度は死を受け入れ、諦観してたはずの僕だけど、現状を理解して過去の経緯を思い出すにつれ、少しずつ『感情』というやつが満ちていった。
 恐怖。屈辱。怒り。嫉妬。
 どれも僕が今までに抱いたことのない気持ちだ。
 死んで生まれ変わった僕はゾンビで、渦巻く感情もドロドロに腐ってる。たとえ見た目だけ人に戻ったとしても、僕はもうただの高校生に戻るつもりはない。
 僕は悪の怪人だ。

「ありがとう。君のおかげで僕は復讐できる」
「おー! 復讐とは大きく出たなぁ。それで、どうするどうする?」
「まずはシグエレメンツに凌辱と絶望を」
「かっこいー! そういうの好きー! しびれる~!」
「カプリも協力してくれる?」
「いいよ、いいよ。なになに? あたしにどうして欲しい?」
「僕の手で彼女たちを汚し、悪の道に染め上げ、それをリーダーの男に見せつけてから殺してやりたい。でも僕は童貞だから、どうすれば女をイジメられるか知らないんだ。とりあえず君を徹底的に犯して、女の体というのを経験したいと思う」
「きたー! とうとうあたしも処女卒業かぁ。しかも自分が助けてやった怪人にレイプされるとか、ご褒美すぎるよ~! って、きゃん!?」

 うるさいカプリを押し倒して、口を塞ぐ。初めて触れる女の子の唇は柔らかく湿っていて、僕の唇にとても優しい刺激をくれた。
 抱いた体の柔らかさにも驚いた。カプリは少し頭の弱い子みたいだけど、体は本当に立派な女性だ。
 僕の股間にある初心者はすでに熱く息巻いていて、彼女の薄いコスチューム越しの股間にぐりぐりと押しつけるだけで、もう達してしまいそうなくらい気持ち良かった。

「んっ、んー、んっ、ちゅっ、んーっ、ぷはぁ、んんっ」

 甘い声だ。オスを興奮させ、そして自信と安らぎを与える声だ。
 でも僕はこれから女性を凌辱する手段を覚えなければならないのだから、彼女の体に安らぎを求めてはいけない。
 壊すつもりで抱くんだ。

「んっ、ぷはぁ」

 口を離したカプリが、ぼうっとした目を開ける。
 そして、ニヘラとだらしない笑みを浮かべた。

「思ったとおりだよ……やっぱり、君ってあぶない子だね。あたしマジで処女だから、めちゃめちゃ乱暴にして?」

 僕はカプリの薄着をビリビリに引き裂き、張りのいい胸も、ムダ毛のないアソコもこの手で露わにした。
 女の子を裸に剥くという作業は、じつに心地の良いものだ。男が猛る。復讐とか経験とか別にして、とにかくこのオンナを壊してみたいという欲求に、頭と下半身が支配される。

「ングゥッ……あぁっ!?」

 ろくに濡れてもいないソコに、強引に僕のをねじ込んだ。
 入れるというより、引き裂くような感触だ。挿すではなく、刺す。女の子の体に僕自身を埋め込むという行為に、強い興奮を覚える。
 狭くて痛いほどだった。両手で強く握られたみたいだ。
 僕は女の体を知った。
 この体勢と、痛みに悶える艶めかしい動きが、僕に何か哲学的な発見を閃かせているけど、ペニスにダイレクトに感じる快楽はあまりに即物的すぎて、言葉は浮かぶ端から消えていく。
 セックスとは、思っていた以上にセンセーショナルな体験だ。
 しかし僕はこの快楽も乗りこなし、復讐の道具としなければならない。

「あぐっ……いっ……」

 その細い喉にギュッと筋が立つほど、カプリは強く歯を噛んで痛みに耐えていた。
 女の子の初めてのときはすごく痛いと聞くが、凌辱する側としてはとても都合の良い設定だと思う。
 神様もよほどのサディストなんだろう。僕は呼吸を整えて、無理矢理カプリの中で往復運動を開始する。

「ひぐっ、うっ、痛っ、これ、ほんとに痛いっ、痛いっ」

 エロ動画とかで見るようなスムーズな動きというは、やってみるととても難しかった。
 カプリは体を強張らせてるし、僕も緊張しているし、正直、イきそうなのを我慢するので精一杯だった。
 それでも、何度か動きながら確かめているうちに、いい角度とか、腰の置く位置とか、少しずつイメージと体の動きが一致していく。

「痛いっ、いたっ、うう~、凌辱は、大変なりぃっ、うっ、うっ」

 カプリの目からぽろぽろ涙がこぼれる。少しだけ胸が痛んだけど、そういう感情も今日ここで忘れることにする。
 僕は怪人コウモリ男だ。姿形を人間に戻されても、自分が醜い悪の化身であることまで捨てるつもりはない。
 カプリの耳元に、超音波で囁く。

「君の体は、ますます痛みに敏感になる。でも痛ければ痛いほど、君はそれを快楽に感じる。苦痛と快感を同時に味わえ」

 カプリは「ひぐっ!?」と喉を反らせて、僕の腕をギュウッと掴んだ。そして、目をトロンとさせた。

「もう……そんな男前な命令されたら、マジで惚れちゃうってば……ひっ!?」

 いつまでも戯れ言を続けるカプリを黙らせるよう、僕は乱暴に腰を揺すった。

「ひっ、あっ!? や、やだっ、あっ、何、これ、痛いっ、でも、あっ、気持ちいい! やぁ、気持ちいい! 痛いィ! 気持ちいいィ!」

 彼女は奇妙にねじ曲げった悲鳴を上げる。苦痛の声が低く呻いて、そして快楽が甘く高い声を上げさせる。
 まるで壊れた楽器を弾いてるみたいで、愉快だった。

「いっ、痛、気持、いぃ! 痛くて、死にそう、なのに、気持ちいい! 気持ちひぃ! 頭、おかしくなるっ、あぁっ、おかしくなるぅ!」

 僕はカプリの体が奇妙な反応を見せることに、ますます興奮を高めていく。
 初めてのセックスなのに、僕は肉欲の感動よりも、それが異常なシチュエーションであることに優越感を見いだしている。
 我ながら歪んだ趣味だ。でも僕は怪人なんだから、普通の男のように平凡で幸福なセックスを求めるセンスなど必要ない。
 初めての性体験が、バカな怪人相手の快楽操作だなんて、むしろラッキーだと思う。
 もっともっと抱いて、イジメ抜いてやる。僕のために。

「ひゃん!?」

 カプリの体をひっくり返して、四つんばいにした。肉感的なお尻をズイと目の前に置くと、彼女の体はほとんどそのお尻に隠れてしまう。

「エ、エロいなぁ、こんな格好……」

 息を荒くして、不安げに、そして少し期待のこもった瞳が濡れている。
 彼女のお尻の下からは、僕に突き破られたばかりの赤い血と、そしてやや白みがかった液体が垂れていた。

「山羊なんだから、こうやって犯されるほうが好きだろ?」
「うぅあっ!?」

 さきほどよりも滑りのよくなった彼女の中に、一気に自分のを突き刺す。
 乱暴に、奥深くまで、痛みと快感をごちゃごちゃにして彼女の中でかき混ぜる。

「あっ、あたし、山羊じゃ、ない、バカ、あっ、気持ちいい! 痛くて、気持ちいい! バカ、もう、気持ち、いい!」

 カプリのお尻が、僕のお腹の下でパンパンと肉を揺らす。その中心では、茶色がかった窄まりがキュウキュウと縮まっている。
 手に吸い付く肌の感触が気持ちよかった。グイと両手で広げると、懸命に閉じてたお尻の穴まであられもなく広がってしまうのが、とても可愛く思えた。

「やっ、どこ、見てんの、エッチっ、あんっ、痛っ、エッチ、ダメっ」

 ヒクヒクと蠢くお尻の穴を見ていたら、カプリが手を伸ばして隠してしまった。
 楽しみを邪魔された僕は、興奮していた気持ちに任せ、カプリのお尻を思いきり叩いていた。

「邪魔するな!」
「ひやぁぁんッ!?」

 パシィンと乾いた音がワンルームに響き、カプリの驚いた声がそれに重なった。
 叩いた僕自身も驚いていたが、こっちを振り返って見上げるカプリも当然驚いていた。
 しかしそこには驚きだけではなく、好奇心と、恥ずかしさと、期待が扇情的な表情となって表れていた。
 あれだけうるさかったカプリが、急に静かになった。今さら大声を恥ずかしがるように、口元を軽く握った手で隠した。
 そして、お尻がもう一度突き出すように掲げられ、緩やかに動き出す。

「んっ……んっ……んっ……」

 それは僕に肉体を捧げる動きだ。
 さっきよりもずっと、カプリは素直な女の子の顔をしている。物欲しそうに僕を見上げる顔は、従順な子犬のようだった。
 僕の手にも、初めて女の体を叩いた体験が、痺れとして残っている。
 僕はこの感触を好きになると思う。カプリの反応が、僕にセックスと暴力の相性の良さを教えてくれた。
 体と心の両方に、僕のセックスを刻みつける。それが女を調教するということなんだろう。
 
「あぁぁんッ!」

 もう一度、カプリのお尻を叩いた。でも少しだけさっきよりも遠慮をしてしまってるのが、彼女にも分かったと思う。
 口には出さずとも、彼女の切なそうな瞳は「もっと」と言っている。
 僕はさっきよりも強く彼女のお尻を叩いた。彼女も大きな声を出して喜んだ。
 腰を強く打ちつける。平手で彼女の尻を叩く。彼女は「痛い」と叫んで、「気持ちいい」と身をねじって喜んだ。
 お互いにとって一番気持ちのいいセックスのやり方を僕らは見つけた。
 僕の手の跡は紅葉のようにカプリの大きなお尻に広がり、まだ叩いていない場所を探して背中もおっぱいも僕は平手で叩いて回った。
 カプリは「痛い」「気持ちいい」「死ぬ」と叫んで夢中でお尻を振り、アソコからたくさんの液体を出してカーペットの上に飛び散らかしていた。
 破瓜の血はすでに愛液と一緒に流れ落ちている。泡立つようにねっとりとした液体で、僕とカプリの太ももは濡れている。
 お互いの体液で汚れていく体は、僕らが男と女に成長していく証のような気がして、もっといやらしい姿を求め、激しく腰を振った。
 体をぶつけ合い、手で叩き、僕はカプリの体を僕のものに調教していく。

「あぁっ、もう…ダメっ、そんなに、されたら、好きになっちゃうっ。そんな叩かれたら、あたし、ダメになっちゃうぅっ!」

 ブルブルと震える声。僕のを絞るお尻。
 肉感的な体を小さく丸めて、されるがままになってるカプリは、本当に子山羊みたいだ。
 僕は彼女のお尻を掴んで、ラストスパートを全力で駆け抜ける。

「あひぃっ、ひぃっ、いいっ、痛い、イクっ、壊れるよ、あたし、あぁっ、バラバラに、バラバラになるっ、あぁっ、あたし、おちんちんで壊されちゃうよぉッ! あぁーッ! あぁーッ!?」

 ビィンと背中を仰け反らせて、カプリは一際高い悲鳴を上げた。
 痙攣がそのまま締めつけとなって、強い刺激が波のように僕の敏感なペニスを翻弄する。頭の中が快感に吸い取られ、何も考えられなくなった。
 カプリの一番大きな声が聞こえる。
 女性の中に射精する幸福感は、僕にもかつてない快感をもたらし、みっともない声を上げてしまった。

 それから一晩中、カプリとセックスをした。

 怪人の体力は無尽蔵に性欲を生み出し、疲れを知らなかった。
 最初のセックスを終えたばかりなのに、お尻を突き出したまま失神するカプリのアソコから僕の精液が流れ落ちるのを見ただけで、僕のペニスは隆々と立ち上がった。
 勝手に挿入して動かしているうちにカプリはまた目を覚まして、甘い声を出し始める。
 彼女もまた怪人だ。底なしの体力と、十代の好奇心と、覚えたばかりの快楽は僕らを簡単に性の深みへ引きずり込んだ。
 夜が更けても僕らはセックスを続ける。
 汚れた体をシャワーで洗いながら、セックスをした。
 夜食を作るカプリの裸のお尻に欲情して、キッチンでセックスをした。
 深夜のくだらないテレビ番組をバカにしながら、セックスをした。
 カプリの昔のアルバムを見ながら、初恋の先輩の写ってるページでセックスをした。
 朝日が昇ってもヘトヘトになっても僕らはセックスを続けた。いつどこでこのセックスを終えればいいのか、初めての僕らには分からなかった。だから体が動く限り僕たちはセックスをする。
 やがて、つけっぱなしのテレビが7時を告げた。
 
「仕事、行かなきゃ」

 カプリが面倒くさそうに言う。
 べとべとに濡れた布団の上で、大の字に並んで僕らは天井を見上げていた。

「……僕はどうしよう。組織に顔を出した方がいいかな?」
「んー……いいんじゃない? あたし、君を助けたことは代表にも言ってないし。このまま死んだことにしとけば?」
「そうだね」

 僕の復讐にとって組織は利用価値があるが、彼らにとっては僕は使い捨てのザコ怪人にすぎない。今はまだ死んだことにしておいた方がいいだろう。
 それよりも、僕はまだこの部屋にいてもいいんだろうか。僕はカプリを信用していいのか?
 頭のおかしい女でも、怪人は怪人だ。彼女自身に何かの企みがあってもおかしくはない。例えば自分の出世に僕を利用するとか?
 だが、彼女はとてもそんな器用なことを出来そうには見えないし、保身とか出世なんかよりも、思いつくままに行動することを楽しんでいるだけのように見える。
 たとえ彼女に何かの目的があるとしても、リサイクルして利用するなら、僕のように能力的にはザコのやつなんかより、もっと役に立ちそうな怪人はたくさんいるように思えるし。
 それに、昨夜の肌を合わせた感触は今も色濃く僕の腕に残っていた。
 たった一晩とは思えないほど濃厚な交わりだった。僕は彼女を何度も絶頂に導いたし、彼女も快楽に溺れきっていた。
 うぬぼれではなく、僕は彼女を自分の女にしたと思う。昨夜の情事を思い出すと、むくむくとペニスが起き上がってくる。

「それじゃ、あたし行くね。あるもの勝手に食べていいから。んじゃ」

 僕がぼんやりと考え事しているうちに、カプリは身支度を終えて玄関に立っていた。
 角を隠すぶかぶかのベレー帽に、黒の半袖。同じく黒の短いフリルスカートと太ももまで覆うハイソックスを穿いたカプリは、どこから見ても普通の女の子で、そして、おそらく男の視線を独り占めにして歩くだろう魅力に溢れていた。
 大きなトートバッグを担ぐカプリに僕は近寄る。

「……あの衣装じゃないの?」
「ぷはっ、あんなの着て街歩けないよー。それに、あれは君が破いちゃったじゃん? 本部に行かないと着替え無いんだぁ」

 肌にぴったりとした黒Tシャツを、ピンと指で伸ばして胸元を見せる。
 少しメイクして、角を隠しただけで、どこにでもいる……いや、そんなにはお見かけしないだろう美少女に化けてしまった。
 改めて彼女の顔とスタイルを見て、僕は今さらながら衝撃を受けていた。
 僕は昨夜、この子と何度もセックスをした。

「てか、どうして勃起してるんですか、この子はー? ダメだよ、お姉さんは仕事だも~ん」

 そういって、イタズラっぽく目を細め、僕のペニスに手を伸ばして、にぎにぎと弄ぶ。なんだか、恋人同士が戯れるような、変な甘さを感じた。
 でも、僕とカプリの間に愛も恋も友情もない。
 僕は復讐のため、彼女を抱いて女を覚えているだけだ。
 
「カプリ、命令だ。下着を脱げ。今日はノーパンで仕事に行くんだ」

 彼女はびっくりして目を丸くしたが、僕の超音波を脳で受け取り、唇を尖らせた。
 そうして後ろを向くと、つるんと滑らかなお尻を僕に見せつけながら黒い下着を脱ぎ、それを僕の手に握らせた。
 拗ねたように、頬を赤らめながら。

「……バカ。えっち。帰ったら覚えてろ」
 
 べっと舌を出して、バッグでお尻を隠してカプリは玄関を閉める。
 僕は彼女の下着を握ったまま、間抜けに玄関に立ちつくし、勃起したままのペニスを揺らしていた。
 我に帰って、カプリの下着を布団の上に放り投げる。
 調教のつもりなら、もっとハードな命令をするべきだ。自分の甘さと、カプリの甘さに恥ずかしくなる。
 冷蔵庫を開けてソーダ水を飲んだ。喉にヒリリとくる刺激が僕の目を覚まし、やるべきことを思い出させた。
 どうやってシグエレメンツに仕返しするか。どうやって彼女らに屈辱を与えるか。僕はそのことを考える。
 そして、そんなことを考えてると、どうしてもまたペニスが滾ってくる。
 セックスに翻弄されてる自分の未熟を痛々しく思うが、部屋に残るカプリの匂いと、スケベな染みを残した布団は、容赦なく16才の坊やを身悶えさせた。
 僕はカプリの脱ぎ捨てたパンツを握って、オナニーを始めた。
 セックスのことばかり考えてた。

 カプリは夕方には戻ってきた。
 彼女はすでにのぼせたような顔をしていた。入ってくるなり僕に抱きついて、熱烈なキスを浴びせてくる。彼女に押し倒された布団の上で、僕は彼女に導かれてスカートの中のお尻に手を回した。
 ビショビショだ。

「……君のせいで、一日中エッチのことしか考えられなかったじゃん」
「それは君がエッチだからだ」
「違うよ。君のせいだよ……だから、仕返ししてやるのだ」

 小さな頭を僕の股間まで沈めていく。僕が勝手に借りてたカプリの小さいスウェットが、彼女自身の手で引きちぎられる。
 この程度のスウェット生地なんて怪人にとっては紙切れも同じだ。でも服を破かれるというのは、恐ろしくもあるが倒錯的な悦びも少しある。
 露わになった僕の勃起を見て、カプリはニタァと笑った。
 僕も今日はセックスのことばかり考えていた。ずっと勃起していた。カプリを抱くことばかりを考えていたんだ。
 かぷっと、彼女の口の中に僕のペニスが収まった。
 数時間ぶりに触れたカプリの体温に、僕のペニスは喜びに踊る。しかも、口の中という未知の場所にいることに、新鮮な感動を体験していた。
 これがフェラチオという行為だということは知っている。でも、こんなに気持ちいいものだということは知らなかった。
 じゅぶ、ちゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
 カプリのくりくりした頭が僕の股間の上で上下して、僕から快感を搾り取っていく。
 セックスのためにある場所ではないところでセックスをするのは、背徳的で喜ばしい。日中、あれだけ繰り返していたオナニーが、どうしようもない児戯に思えた。
 女さえいれば、この快楽はいつでも手に入る。たった数時間の空白が惜しいと思えるほど、セックスを覚えた僕の体は女に飢えていた。
 じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ、じゅぶ。
 僕はカプリの可愛らしくひねった角を撫で、くりくりの髪に指を絡ませ、忙しないフェラに揺れる頭を補助した。
 少しずつ要領を得ていくカプリのフェラからぎこちなさが消えた。急に快感を増して、僕はぞくぞくと震えた。
 カプリの舌が、口の中で僕のに絡んでる。
 セックスでも味わえなかった、斬新な快感だ。僕は急激に湧いてくる射精感を堪えることが出来なかった。

「……カプリ、出すよっ」
「うん」

 じゅぶじゅぶじゅぶちゅぶじゅぶじゅぶぶぶ。
 唾液を溢れさせて、激しくカプリの頭が動く。腰が勝手に浮いていく。食いしばった歯の間から情けない悲鳴を漏らし、僕は彼女の口の中に精を解き放った。

「はぁっ……はぁっ……」

 一人でしているときには味わえない充足感。セックスは単純明快ながらも深淵だ。どこまでこの先があるんだろう。
 などと、大の字になって息を荒くする僕の上に、肩を押さえつけるようにカプリの膝が乗った。
 僕の上で膝立ちになり、短いスカートから下着のない股間が丸見えになった。
 濡れた太ももと、熟れた果実のようなアソコ。そして頬を膨らませて僕を見下ろすカプリの目が、にたぁ~っと細くなった。
 やばい。
 そう思った瞬間に、カプリは「べー」と長い舌を垂らした。そこから出したばかりの僕の精液が、僕の顔面を目指して落ちてくる。
 悲鳴を上げる僕をカプリは笑う。最悪の仕返しを受けてしまった。
 
「あははっ、ざまぁー……って、きゃん!?」

 僕は隙を見せたカプリの体をひっくり返し、彼女のTシャツの胸に顔を擦りつけた。そして「やめてやめて」と笑う彼女のスカートをめくり上げ、そこに顔を埋めた。
 濃い匂いが鼻の奥まで入り込んでくる。

「あっ、やめっ……あんっ」

 声が甘くなっていくカプリのそこを、舌で愛撫する。じっくり見るのは初めてだけど、この皮に包まれた小さな突起が何のためにあるのかぐらい、僕でも知っている。
 優しくそこを攻めて、時に歯を立てて、じっくりとカプリに仕返しをした。
 そのうち体を入れ替えて、お互いのそこを口で愛撫しあい、セックスもした。
 フェラチオとクンニとシックスナインを覚えた僕らのセックスは、その夜も進化していく。
 お尻を叩いたり、体を動けないようにしたり、僕の超音波暗示でのセックスもカプリは喜んで受け入れてくれる。
 暗闇の中、2人の怪人は激しく睦み合い、渇きを増していった。
 探れば探るほど、快楽は変化していく。セックスに進化はあっても果てはない。どこまでも僕は彼女の体を貪った。彼女もまた僕の体を激しく欲した。
 愛でもなく、恋でもなく、セックスのためのセックスは純粋に快楽を研ぎ澄ましていく。
 キスや愛撫をしつこく繰り返したせいで、唇はもう腫れている。股間にもヒリヒリした痛みを感じている。それでも僕らは、互いをの体を合わせることを止められない。
 怪人の回復力は、二晩にわたるセックスでも飽きたらずに、次々と快楽を発掘し合う。
 やがて朝が来て、カーテンの向こうが明るくなってきた。
 じきにカプリは仕事に向かい、僕らはまた数時間の別れを耐えなければならない。

「……もう仕事メンドくさい。んね、代表殺しちゃわない?」
「あぁ、いいね」

 舌を絡ませながら、僕らは最初の悪巧みを始めた。

 その日のうちに代表の頭を吹っ飛ばした僕らを、残った幹部たちはあっさりと次の代表に認めた。
 悪の組織など、目的が単純な一つしかないのだから、頭が交代したところで劇的な変化は起こらない。
 敵意も敬意も畏怖もなく、淡々と「それではあなたが次の代表ということで」と、異形の怪人たちは僕に膝をついた。
 そして、何事もなくそれぞれの役目を続けた。
 これなら別に代表を殺す必要もなかった気がするけど、もう殺してしまったのだし、僕の目的のために組織を使えるのも好都合なので、僕は今日から悪のザコ怪人あらため悪の代表として務めていくことにする。
 代表の広い部屋でカプリを抱きながら、適当に部下に指示を出し、悪とは何かを吸収していく。
 僕たちに睡眠はない。
 セックスと悪事。三日三晩それだけを繰り返す。こないだまで平凡な高校生だった僕にとっては、革命的な夏休みだ。
 混濁していく理性。悪の快感と夏の湿度が、僕らをさらに危険な怪人に熟成させていく。
 止まる必要はない。今年の夏は、きっと終わることがない。

「カプリ、全員集めろ」
「ん、りょーはい」

 僕のをくわえたまま、カプリはケータイで幹部に集合をかける。
 そろそろ動くときがきたんだ。

 ―――シグエレメンツに復讐を。

 作戦は単純なものほどいい。
 今日、とある女子大の講師に化けていたうちの怪人が、裕福な家庭の子女たちの集団誘拐を実行する。
 うちの組織がよくやる手だ。
 悪事を成功させる気がないのかっていうくらい、わかりやすく目立つ作戦。
 上手くいけば儲けもので、失敗したとしても、保険で同時進行している別の作戦が秘かに別の場所で誘拐や強奪を成功させる。
 僕らの資金や戦闘員Aたちは、そうやって数を増やしている。目立たないところでは地味に成果を上げているんだ。
 でも今回の目的は誘拐を成功させることではないので、余計な稼ぎは考えていない。せいぜい派手に動くように指示している。
 案の定、シグエレメンツの5人によって作戦は阻止された。
 昆虫のような正体を現したうちの怪人と、正義のヒーロー戦隊によるバトルが開始される。僕らはそれを少し離れたところから観察している。
 戦闘員も怪人も善戦しているが、息の合った彼らのバトルに隙はない。でも、やがてどこかでチャンスは巡ってくる。僕は焦らずに観察を続けた。
 紀州さんは、今日もレッドの男にくっついて、彼をかばうように戦っている。
 僕の中でまだ疼くような感情が残っていることが、少し腹立たしく思えた。
 ブラックとブルーは前線を守るように戦い、イエローは自由に戦場を駆け回って敵をなぎ倒していく。
 さらった女子大生たちはシグエレメンツによって取り戻された。十数人の若い女性たち。
 彼女たちは、イエローによって保護された。

「イエロー、彼女たちを安全な場所へ運んでくれ。こっちは俺たちに任せろ」
「うん! みんなも気をつけて!」

 ひときわ小柄なイエローが、年上の女性たちを先導して移動していく。
 イエローか。
 まあ、できれば紀州さんがラッキーだったが、そこばかりは運頼みだ。むしろ戦闘力の高いイエローだったことは、後々の幸運になるかもしれない。
 まずは……彼女からでいいか。

「ここまで来れば、ひとまず大丈夫。誰も怪我してない?」
 
 戦場となっていた山から、少し下りたところにある公園の休憩所だった。
 ここからさらに下れば、すでにシグエレメンツ側の要請で警察官が配備された進入禁止ゲートがあるが、彼女たちを連れてそこまで下りるのは時間がかかるし、早く戦闘復帰したいイエローはここで女子大生を解放するつもりのようだ。
 警察官を相手にすることも覚悟には入れていたが、ムダな労力をかける必要がなくなってますます好都合だ。
 バカな戦隊ヒロインで助かるよ。君は、最後まで責任をもって彼女たちを守るべきだったのに。

「はい、怪我はありません」

 女子大生の一人が、はきはきと応える。イエローは「そう」と胸をなで下ろし、気をつけをする。

「ご心配おかけしましたが、もう大丈夫です。ボクたちシグエレメンツが必ず怪人たちを倒します。みなさんは助けが来るまで、ここに隠れて待っててください!」

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
 僕の耳はコウモリの耳だ。遠く離れた場所からでも、彼女たちの会話は聞こえる。
 一般市民の味方、シグエレメンツか。頼もしいことだ。
 でもはたして、一般市民は君たちの味方なんだろうか?

「ありがとうございます、シグエレメンツ。どうか私たちにお礼をさせてください」
「へ? いやいや、そんなのいいですよ。まだ戦闘は終わっていませんので、失礼します!」
「そう言わずに、ちょっとくらい良いじゃない」
「え、あの?」

 女子大生たちがイエローを取り囲む。自分よりも背の高い女性たち十数名に四方から迫られ、さすがの戦隊ヒロインもうろたえてるようだった。

「本当は、あのかっこいい赤のお兄さんにお礼したかったんだけど」
「え、えと、なんですか……って、えぇ!?」

 スルリ、と女子大生の一人がブラウスをはだけて、下着を露わにする。スルリ、スルリと他の女性たちも服を脱ぎだして素肌を晒していく。

「ちょ、ちょっと何してるんですか、こんなところで!」
「可愛い声。きっと、まだ若い子だよね。お姉さんたちがいいこと教えてあげるから、おとなしくしてて」
「ちょっとぉ!?」
「あん、痛い。どうしてぶつの? シグエレメンツは私たち市民に暴力ふるうの?」
「え、ちが、違います! ボクたち、そんなことは絶対に―――ひゃぁん!?」
「あなた、すごく細いのね。お尻もプリンとして可愛い」
「あっ、だめですってばっ」
「おっぱいも、ぷりぷり。いいなぁ。これからもっと成長するんでしょうね」
「私にも触らせて」
「あたしもおっぱい揉む~」
「じゃあ、私は足の方」
「やっ、やめっ、やめてください~~っ!」

 注意深く見れば、全裸の彼女たちの耳にイヤホンがはまっていることに気づくはずだ。だから僕は髪の長い女性ばかりを選んで協力者にしている。
 水中トランシーバーを改造したこの端末は、僕の発する超音波をそのまま端末に伝えることができた。
 協力者である女子大生たちは、当然、僕の能力で操られている人たちだ。イヤホンを通じて僕の指示でシグエレメンツの足止めをさせている。
 全裸で絡み合う彼女たちに混ざってセックスをしたら気持ちよさそうだけど、今日の目的はそれではない。
 用が済んだら帰してやるつもりだ。

「も、もう、そんなとこ触らないでくださいっ。やっ、揉まないで、だめっ、いやだってば~!」

 裸の女子大生たちに囲まれて、イエローは困惑している。全身をまさぐる感触に、どうしていいのか分からないのだろう。
 いくらバカなこいつでも、そろそろ気づく頃だ。僕はもう一つの端末を使って、カプリにだけ指示を出す。

「これ……怪人の仕業だな! どこだ!? あんっ、卑怯だぞ、出てこい!」

 もう遅いって。彼女の背後で、大きなハンチング帽が揺れる。

「ここで~す」
「え?」

 イエローの後ろから顔を出し、カプリが朗らかに笑った。
 自分の胸をしつこく揉んでた女の子が、まさか悪の組織の敵だなんて思いもしないみたいで、イエローはポカンとした声を出す。
 怪人とは、怪人の姿をしている者たちのこと。
 そう思いこんでいる人類にとって、僕たちはセンセーショナルな世代なんだろう。

「スイッチ、ピっ♪」

 ヘルメットの耳の奥にあるボタンを、カプリが押す。黄色い光が弾け飛び、イエローのあどけない素顔が現れた。
 僕はライフルを構えていた。
 指向性スピーカーを改造した「超音波ライフル」だ。
 無防備になった彼女の頭部に狙いを定めて、僕はライフルのマイクに向かって命令を発射する。

『動くな』

 その後、組織の用意した怪人はシグエレメンツによって倒され、誘拐は未遂に終わったそうだが、そんなことは僕らにとってどうでもいい。
 全身を凍結させたイエローを、カプリは避難する女子大生に紛れて現地から運んだ。
 そして、僕らの最初のアジトだったカプリのワンルームマンションに転がしている。
 まだ幼さの残る黄色いスーツの少女を。

「――はじめまして、の方がいいよね? 僕らは先週出会ってるけど、今の姿とは違いすぎるし」

 彼女は僕とカプリの獲物であり、あくまで僕の個人的な仕事だ。
 組織にも渡さないし、誰にも邪魔なんかさせない。
 僕たちの復讐は、たった今から始まる。らしくもなく僕は気持ちを昂ぶらせていた。

「はじめまして、シグエレメンツ・イエロー。僕の名前はコウモリ男だ」
「女房のカプリだー」

 イエローは、自由の利かない手足を不格好にねじ曲げ、涙を滲ませて僕らを睨む。
 僕の長い夏休みは、今から本番を迎える。

< つづく >

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