プラーナの瞳 第6話

第6話

「いいよ、美月。今度は……セーラーをたくし上げてくれるかな?」

 もう、何でも言ってください。私は先生だけの女優になります。先生のカメラは容赦なく私の全身を舐めていくから、ドキドキする。
 先生は私の体に興味を持ってくださるのだろうか?
 白兎さんみたいにスタイルは良くないけど、一応、先生に揉んでいただいたこの胸もクラスの中では大きい方だ。
 女子が体のことをどうこう言うなんていやらしいことだけど、先生のお腰のものを挟んだ実績を持つこの胸は、私の中では秘かな誇りだ。もちろん私の全身は先生のものだから胸だけ贔屓にするつもりはないのだけど、まだ実績があるのが胸だけだから。
 この撮影会で、私の体がもっと先生のお役に立てると嬉しいのだけど。
 セーラー服を持ち上げると、同じくレースの飾りがついたブラジャーがあらわになる。
 一番良いのを付けてきたつもりなんだけど、ひょっとして白とか子供っぽいかな。お母様は黒とか紫とかの下着を持ってらっしゃった。私もそういう色が必要かもしれない。先生はどう思われているのか気になる。そういうこと、お聞きしてよいのかどうかわからないけど。

「今日は色っぽい下着だね」

 よかった! これにしてすごくよかった! 安心した!
 思わず笑顔になった私に、先生は優しい微笑みを返してくださった。
 あ……もしかして、私の考えてることお見通しでした?
 やだ、恥ずかしい。浮かれてるのがバレちゃった。やっぱり子供だと思われたに違いない。もう、みっともない。

「美月はスタイルがいいから、白い下着が似合うよ。俺もその色が好きだ」

 でもこれからも下着は白にしよう。決定だ。白以外などもうありえない。
 スタイルももっと磨いて、きれいな女になって、ずっとずっと先生の純白でいよう。
 女の子に生まれてきて良かった。

「ブラを外して、上にあげてくれるかな」

 後ろでブラのホックを外し、セーラーと一緒に持ち上げ、お胸の上にカップをあげる。
 お胸だけが裸になって、先生の見ている前でぷるんと震えた。先っぽがツンツンしていて、なんだか先生に注目して欲しくてがんばってるみたいで、少し恥ずかしかった。

「はい、先生」

 照れくさいのを笑ってごまかして、先生のカメラの前にお胸を突き出す。
 先生も少し緊張してるみたいで、カメラがビクンって震えた。

「……美月、本当にきれいだ」

 それ、何度言われても私の体がきゅんきゅんしちゃうので、できれば少し控えて欲しいです。
 でも何度言われても嬉しいから、もっともっと褒めて欲しいのも事実です。
 モニターに映ってるたくさんの私が、まるで子犬みたいに物欲しそうな顔をしていた。恥ずかしくなって唇を締める。でも、私の体はまだまだ先生の命令を欲していた。

「そのまま、テーブルの上に横になって」
「はい」

 先生のお言葉は優しくて安心できるんだけど、私としてはもっときっぱりと「横になれ」と命令して欲しいような気持ちもある。
 ひょっとして私に遠慮でもしているのなら、とても寂しい。でも、そういうことを口にするのも、なんだか、とてもはしたないような気がした。
 もっときつく命令してください、なんて。

「スカートもお腹まで上げて」
「はい」

 そうして私の全身を、先生は上から下までカメラで撮影していった。
 私は目を閉じて先生の為すがままに。まな板の上に乗ってる気持ちだ。どんな風にお料理されちゃうんだろうか。

「美月……いくつか質問するよ」
「はい」
「君は誰のものだ?」
「吉岡先生のものです」
「君の体も?」
「吉岡先生のものです」
「心も?」
「吉岡先生のものです」
「……この唇も?」
「あっ……」

 先生の指が私の唇をなぞる。ぞくぞくと体が震えて、またお腹の下がきゅんきゅんになる。

「せんせ、の……ものです……あんっ」

 先生の指が私のあごを通りすぎ、喉をくすぐっていく。そして指は私のお胸まで下りてきて、ふよふよと、魚の鮮度を見るみたいに肌の弾力を確かめている。

「胸も?」
「はいっ……先生のものです…っ!」

 指はますます私の体を下りていく。おへその周りをくるくるされたときは、思わず大きな声が出て私もびっくりした。
 急いで口を押さえて、これ以上変な声が出ないようにする。質問の答え以外、言っちゃいけないのに。先生と今は大事なお話をしているのに。
 なのに、先生の指がスカートをまたいで、私の腰や太もものあたりを何度も往復して、そのたびに私は声を堪えられずにエッチっぽい声を出してしまっていた。

「ここは?」
「ひぅぅん!?」

 先生の指が、私の下着の上から、「いけない場所」のところで止まった。
 自分でもめったに触れないそこを男の人の、しかも先生の指で触れられ、私は驚いて固まってしまった。
 なのに、先生はそこの弾力も確かめるように指をぐっ、ぐっと何度も押してきた。

「ここは?」
「あっ!? あんっ!? あんっ!? そ、そこはっ!?」

 指が私の中に入っちゃいそうです。
 優しかった先生の指が乱暴なものに思えて、でも、そんな風に扱われる自分も悪くないと思う気持ちもあって、どんどん自分の体が先生の指一つで変えられていくのが、嬉しくなってきた。

「美月、ここは?」
「あぁん! あん! あんっ! 先生、そこは…ッ!」

 体が魚みたいに跳ねる。声が抑えられずにいる。モニターに映る私は、恥ずかしそうに、でもすごく嬉しそうで、なんだかエッチな顔をしているって思った。
 この顔を先生も見ている。私がどんな気持ちでいるかもバレバレに違いない。
 私は先生にウソの言えない子になってしまった。先生に私の体をいじめて欲しいと思ってる。その気持ちが正直に顔に出ている。でもそれは仕方ないと思う。先生の女の子が、先生に触れられて嬉しくないはずがないもの。持ち主の手に戻って嬉しくない所有物はないもの。 
 だから先生、もっともっと。

「そこも、先生のものです…ッ! そこも、その中も、先生のものですぅ!」

 きゅん。
 大きい矢がそこに刺さった。私は急に襲いかかってきた感覚に驚く間もなく翻弄され、全身が突っ張るような衝撃に体を固くし、そして、大きな声を上げていた。
 ここが防音されたCALL教室でよかったと、頭のどっかで考えながら、私の体は何度も痙攣し、突っ張った。
 一瞬、どこか遠くへ意識が行ってしまったと思う。先生が優しく頬を撫でてくださらなかったら、私はそのまま眠っていたに違いない。

「あ、先生……」
「いいよ。そのまま楽にしていて」

 なんだか恥ずかしくて、先生のお顔がまともに見られない。今のはなんだったんだろう。天国へ行ってしまったかと思った。
 先生は、指一本しか使われてなかったのに。きっと先生は魔法使いなんだ。

「美月、下着を脱いで。君の体を全て俺に見せるんだ」
「はい……」

 逆らえるはずもなかった。
 乙女が肌を見せるのは、将来を誓った相手だけ。そんな決まりごとも今の私を止めることは出来ないと思った。先生がご所望されるのなら、この体に隠すところなど何もない。
 私はいつの間にか濡れていた下着を脱いで(どこかでお茶でもこぼしたかな?)、先生にお股をお見せした。
 ひょっとしたら、セックスをするかもしれない。そんなことを想像すると、はしたないけどドキドキした。先生がそこまで望まれるかどうかはわからないけど、いつかその日が来るのなら、私はどんな努力も惜しまないだろう。
 将来のことは、いつか自分で考えよう。でも私の体は先生のものなのだから、先生が望んでくださるようにがんばろう。
 先生のカメラがお股をアップで撮影しているのを感じながら、私は心の中でそっと願いを立てた。いつか先生が私の乙女を散らしてくださいますように。

「美月」
「はい」

 先生はカメラを私のお股から顔に移し、もう一度唇に触れた。私はされるがまま、先生のお顔を見上げる。
 とても凜々しくて、素敵な男性。この人の所有物になれて嬉しい。

「キスをしたことがあるかい?」
「ありません」

 あるはずなんてなかった。
 キスは将来を誓った殿方のためにある。そして今は先生の唇だ。過去も、おそらく未来にも、私は誰かとキスをすることはないだろう。

「じゃあ、君のキスを俺のものにしていいか?」
「え?」

 期待してなかったといえば100%ウソだけども、でも、そんなに急におっしゃられると頭は真っ白になってすぐにお答えすることが出来なかった。
 でも先生のお顔は有無を言わさぬ迫力で私の顔に迫ってくる。死ぬ。心臓が止まって死ぬ。
 そんな危機感とパニック寸前の脳みそで、とりあえず「目を閉じる」という作法を思い出せた自分に祝福を。
 わけのわからないことにいっぱいになりながら、私はファーストキスを、吉岡先生に奪っていただいた。
 むにゅっと、柔らかいものに唇を覆われ、そしてあっけないほどすぐに先生の唇は私の顔を離れていった。

「あ……」

 キスが終わった。
 まず初めに思ったのがそのことだった。
 私のファーストキスが終わったんだ。
 次に感動と寂しさと嬉しさと感謝と、ごっちゃになった気持ちが涙になってこぼれた。
 先生は、優しく私の涙を指ですくって、吐息がかかるほど近くで私に尋ねてくる。

「傷ついたかい?」

 心配そうなお顔で、そんなことを言う。
 先生は優しすぎる方だから、しなくても良い心配をさせてはダメだ。私の涙を大げさに考えてくださる先生の優しさに嬉しくなっちゃうけど、そんなことにまで遠慮させては申しわけない気持ちになる。
 でも、すごく嬉しいです、先生。

「傷なんて、一つもついてません」

 指で唇をにっこりさせて、先生を見上げる。キスを奪われた、なんて思っちゃってすみません。先生はこんなに優しいキスを私に与えてくださったのに。
 私はファーストキスを先生からいただいた、とっても幸せな女の子です。今が人生のピークです。

「美月……」
「んっ……」

 重ねてキスをしていただく。先生がお口を開けたのがわかったから、私も同じように唇を開いた。先生の舌が私の中へ入ってきたから、私も同じように舌を伸ばしてそれをお迎えした。
 どうして自分にそんなことが出来たのかわからないけど、私は先生がしたいことを理解できていたし、どうすればいいのかもわかっていた。

「んっ、んっ、ぬちゅ、ちゅ、ちゅ、せんせ、んっ、あんっ、ちゅ、れる、ちゅっ」

 きっと先生が私に教えてくれたんだ。こんなキスのやり方なんて、私は昨日まで知らなかったもん。先生の舌が触れたところから体が溶けていく。頭の中がふわふわして、キス以外のことが考えられなくなっていく。
 唇は先生のもの。舌も先生のもの。先生にも気持ちよくなっていただきたくて、私は一生懸命に舌を動かす。でも慌てすぎてはダメ。ねっとりと、先生のリードにお任せしながら、いっぱい絡ませるの。それがキスの作法。私はそのことを知っている。きっと、夢の中かどこかで先生から教わったに違いない。昨日まで私には考えられないようなことをしている。大胆な女の子になっている。
 モニターに、先生とキスしている私の顔が映っていた。
 これ、すごく恥ずかしいよぅ。舌をこんなに出して、先生の舌とエッチなダンスしているみたいに絡まって、そして私の顔ときたら、とっても気持ちよさそうですごくエッチだ。
 私って、こんなにエッチな顔してキスしてるんだ。みっともない。でも、気持ちよくって仕方ない。死んじゃいそう。キスで殺されちゃいそう。

「……美月」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はい、せんせえ……」

 頭がボーッとして先生のお顔もよく見えない。
 すごい体験だった。これがキス。私の初めてのキス。まだ体がふわふわしている。すごいキスをしていただいた。

「せんせ……」

 先生に感謝の気持ちをお伝えしよう。
 しかし、私が口を開きかけたとき、すっかり油断していた私のお股のあたりで、ものすごい強い感覚と、くちゅりという濡れた音がした。

「はぁんっ!?」

 思わず大きな声が出てしまった。だけど、私のお股でくちゅくちゅ音を立てている感覚は止まらず、体中に電気が走ったみたいにビクンビクンと跳ねてしまう。

「せん、せ…ッ!?」

 信じられない。私のお股を先生が直接触っている。指で上下に指すってらっしゃる。

「い、いけません、そんなとこ……おふざけは、ダメ、ですぅ!」
 
 そこは大事なところだから、めったに触ってはいけないと教わった場所。もちろん私の体全部先生のものなのだから、先生が触りたいのならご自由にと言いたいところだが、さすがにそこの直触れは衛生面で先生が心配です。
 私、今日、おしっこもしています。もちろん大事に拭きましたが、その、先生に触っていただくには、もっと消毒が必要だと思います。だから、そこ、ダメ、ダメ。

「ら、ダメ、ですぅ……あっ、あっ、先生の指、汚して、あっ、ですから、あんっ、お願い、です…ッ」

 先生、ダメです。せめて下着を履かせてください。
 でも、言葉が出なくなっていく。体がビリビリして、ぞくぞくして、ふわふわ浮いてます。
 キスのふわふわ感と違って、無理やりどこかへ飛ばされていくみたいな、強烈な感覚。
 どうしてだろう。ちょっと怖いのに、このジェットコースターみたいな感覚に身を委ねたい感じ。一生懸命ダメって言ってるのに、私のお股を触り続ける先生の強引さが、なんだか嬉しい感じ。
 こんなに男の人に強引にされるの初めて。その相手が先生なのが私は嬉しいんだ。
 私の「ダメ」が、どんどん甘い声になっていく。先生はきっと、私がダメダメ言って甘えてるのに気づいてらっしゃるんだ。恥ずかしい。でも幸せ。もっと私に強引にしてくれてもいいんですよ、先生。私の抵抗なんて聞かないで、どうぞ、お好きなようにいじめて下さい。

「んっ、んんっ、んんん~~ッ!」

 気持ちいい波が、何度も何度も押し寄せてくる。先生が漕いでくださる指に身を委ね、私はその波に流されていく。
 きっと先生は私の体を改造しているんだ。何も知らない乙女だった私を、先生のお好みに変えてくださるんだ。恥ずかしいのは我慢してお任せしよう。私は先生の言うとおりにしていればいい。こんなに素敵な方なんだもの。

「美月……」

 先生は、私のお股から指を離して、そしておズボンを下ろして私の顔の位置まで回ってきた。
 男性器が、隆々と立ち上がっていらっしゃった。

「あ……」

 昨夜はこれをお胸で挟んで差し上げた。見るのは初めてではない。
 でも、昨日よりももっと私はときめいていた。もうこれを怖いと思う気持ちはない。
 愛おしい。逞しくて素敵。そして、心から尊敬とお慕いを申し上げたい。
 私はそれを、お口に含んでいた。

「ん……ちゅ、ちゅる、れる、ちゅぱぁ」
「あぁ……美月」

 先生のお腰がぶるっと震える。私は先生が感じてらっしゃることが嬉しくて、両手で男性器をお握りし、深く、舌をいっぱい絡ませて飲み込んでいった。

「んっ、じゅっ、ちゅるっ、んぷっ、んっ、んっ、んっ」

 でも、どうしてこんなこと、私は知ってるんだろう。
 先生はこの裏側の部分を舌でチロチロするのがお好きだ。あと、お口いっぱいに頬張って、ちゅうちゅう吸いながら唇でしごいてさしあげるのもお好きなはずだ。
 それを私はどこで知ったんだろう。ごく自然に、当たり前のようにそのことを知っている自分が不思議だった。

「美月……上手だよ」

 先生に頭をなでなでされて、そんな疑問もどうでもよくなった。嬉しい気持ちでいっぱいになって、ふにゃんって、心が蕩けちゃう。
 きっと先生が私におしゃぶりの仕方を教えてくださったんだ。そう思える。私が先生のものになったときから、きっと自動的にこのやり方は身についてしまうんだろう。まるで自分の体の一部みたいに、先生の男性器にお仕えする作法は心得ていた。
 このお口が先生のお役に立てるなんて、ありがたいことだ。

「美月、こっちを見てごらん」

 男性器を咥えたまま、先生のお顔を見上げる。先生はビデオカメラを構えてらっしゃった。
 横目でモニターを見ると、先生の男性器を咥えて前後に揺り動かしている私の顔が、たくさん映っていた。
 ほっぺたを引っ込ませ、唇をすぼめている私の顔はちょっとお間抜けだ。
 でもご奉仕の方が大事なんだから、恥ずかしがってる場合じゃない。むしろ、少し余裕がありそうに見える自分が先生に失礼だ。もっと速く、ぐぢゅぐぢゅ音が出るように顔を擦る。レンズの方を向いて、一生懸命やっている自分を先生に見ていただく。
 そうだ、おっぱいも見ていただこう。
 緩んだブラを持ち上げて、先生にアピールしようとツンと尖っている乳首も見ていただく。私の体は先生にご奉仕できて喜んでます。私はご奉仕のために生まれてきた女の子です。そのことを先生にたくさん知っていただきたい。

「美月…ッ!」

 先生の呼吸が荒くなっていく。私のご奉仕を先生は真摯に受け取ってくださっている。私は心からの幸せを実感しながら、先生の男性器を口の中で転がし、頬に擦りつけ、逞しい球体を描くその先端に舌を這わせ、しょっぱい先生のお汁をこっそり飲ませていただく。
 元気が出るお味だ。先生が喜んでくださっている証だ。私はますます頑張る。モニターの私はすごくエッチな顔をしている。だって嬉しくて仕方ないもの。
 先生はもうすぐ精液をお出しになる。赤ちゃんを作る材料だ。お出しになったら、それも飲ませていただけないか聞いてみよう。できればこのままお口の中に出していただければ最高だ。顔とかおっぱいにもかけていただけると、私はそれだけで妊娠してしまうかもしれない。
 先生の……赤ちゃん。
 想像しただけで、天国へ一歩近づく。でも私は鎌倉の実家を継ぐから、きっと先生の赤ちゃんを作ることは許していただけないけど。

「美月くん!」
「きゃっ!?」

 もうすぐ、と思ったところで先生に逃げられてしまった。
 どうして? 私、何か間違っていたでしょうか?
 先生は私の体を再び横たえた。そして、私の足を開かせると、先生がそこへ覆い被さるように乗ってきた。

「美月……いいか?」
「あ……」

 先生の男性器が、私のお股の近くで揺れている。おっしゃりたいことは、私にもわかった。
 セックスをしてくださるんだ。
 どうしよう。嬉しい。まさかこんなにすぐに先生が私の体を求めてくださるなんて。
 まだ15才だし高校も卒業していないから、そこまでしてくださらないと思っていた。先生は私が思っている以上に大胆で、そしてお優しい方だった。
 私が一番嬉しいことを、知っててくださったんだ。

「はい…ッ!」

 私の体が先生のものであると証明する一番の方法。それがセックス。私の乙女を捧げること。
 ずっと前からの夢だったみたいに、その想いは私の体に染みついていた。これもきっと、先生が私に教えてくれたことだ。私には拒む理由なんて一つもなかった。
 先生の手で私の膝が立てられ、開かれる。本当なら隠さなきゃならないその場所も、先生のものなんだから、どうぞお好きに。
 そして先生の男性器が、私の女性器に触れる。くちゅって、いやらしい音がしたのはちょっぴり恥ずかしかった。でも、私の体は先生をお迎えする準備が出来ている。それは喜ばしいことだと思った。

「美月、モニターを見て。もうすぐ俺と君が繋がるよ」
「はい」

 私を取り囲むようにして向いているたくさんのモニターが、私の女性器と先生の男性器を映していた。
 先生はすでに私の入り口を見つけているらしく、先端の膨らんでる部分が半分くらい私の女性器に隠れていた。
 これから、これが私の中に入ってくる。それをモニターを通して見るのは不思議な感じだった。胃カメラを飲むときもこんな感じなのかな?
 先生がご自身の男性器を握られ、私の女性器をそれでくすぐった。「んっ」と思わず声が出てしまって恥ずかしい。私のお股がくちゅくちゅ音を立てている。

「いくよ」
「はい……」

 先生の先端が全部埋まり、下半身を圧迫してくる感覚に呼吸が詰まった。ぐっ。さらに押してくる先生の男性器のあたりで、私はぴりっとした痛みを感じた。緊張で息を止める私をほぐすように、先生が私のお腹を撫でてくださる。息を吐いたら、私のお股に感じたことのない異物感があって、びっくりした。
 これが先生の男性器。私は今、セックスをしているんだ。すごくドキドキする。

「ん…ッ!?」

 お腹の中が、もっと押される。先生が私の体に押しつけてくる。
 モニターを見ると、先生の男性器は、さらに私の奥をめがけてめりこもうとしているところだった。
 そんな、まだ入ってくるんですか?
 どうやら私はセックスを甘く考えていたようだ。これ以上は絶対に入らないと思っていたのに、さらに奥まで、先生は容赦なく侵略してくる。私は体を裂かれる痛みに喉を引きつらせ、歯を強く食いしばった。

「もう少し我慢してくれ、美月…ッ!」
「は、はい…ッ、大丈夫です!」

 がんばれ、私はできる子。先生がどこまで入ってくるおつもりかはわからないけど、先生が望むならどこまでも!
 ぶち。
 私の中で何か切れるような音がした。でも平気。平気、平気。痛くない、痛く……ないっ!
 ぶち、ぶち。
 
「あぁッ!?」

 すごい痛いが襲いかかってくる。でも悲鳴なんてあげちゃダメ。バカ。歯を思いっきり噛んで、堪える。拳をぎゅうって握って爪を立てる。痛くない。痛くない。先生だから、痛くない。
 ぐっ。
 私の一番深いところを、強く押された。ビリビリって、痛いのとかいろんななのが体の下から頭の方まで駆け抜けてって、「くはっ」って肺の奥から空気が抜け出た。
 痛い。
 ウソ。
 痛くない。
 まだまだ全然我慢できるもん。私は先生の女の子だもん。こ、これぐらい余裕なんだから。

「……美月、もう大丈夫だよ」

 さあ、来い。まだまだ。ばっち来い。
 たとえこの身を串刺しにされようとも、私は絶対に先生とセックスしてやる。
 殺すなら殺せ。私がそんな脅しで引くと思ったら大間違いだぞ。鎌倉しのばら呉服店九代目(予定)ここにあり。ご先祖様より受け継いだ粘り腰と商魂は、この程度の激痛ごときで――

「美月……美月!」
「ふぁ!?」

 先生にほっぺたをパチパチされて、私は目を開けた。吉岡先生が心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。固くなった私の拳をほぐすように、少しずつ指を開いてくださっている。

「全部入ったよ」

 先生は優しく微笑んでらっしゃった。私は、呼吸を整えながら、ゆっくりとモニターを振り返る。
 ちょっぴり赤い血を出している私のお股に、先生の男性器は、根元まですっぽり埋まってらっしゃった。

「あ……」

 モニターの光景が潤んで、どんどん涙があふれていく。 
 がんばったね、私のお股。ちゃんと先生のこと迎え入れてくれたんだね。えらかったよ。
 嬉しくて、涙が止まらないよ。

「すまない。痛かっただろ?」

 私は慌てて首を振る。正直、痛かった。でも先生をそんなことで謝らせたくない。先生は全然悪くないし、悪いのは先生に余計なお手間をかけさせてしまった私の方だ。
 むしろ、先生には謝っていただくよりも――

「よくがんばったな、美月。偉かったぞ」
「あ……」

 きゅんきゅん、心臓とお股が鳴った。15年の私の人生が報われたと、天啓のようなものを授かった。

「ありがとう、ございます……」

 顔が蕩けちゃってるのがモニターを見なくてもわかった。
 幸せすぎる。先生にセックスしていただいた上に、頭もなでなでしていただいた。今日は本当に素晴らしい日だ。

「動かすよ」

 もうどうにでもしてください。
 私は先生に頷いて体を委ねる。

「ふっ、んっ、んっ、せんせっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 お腹の中を引っ張られるような感触と、少しの痛みがあった。
 だけど、徐々に私の中で滑っていく感じが生まれて、先生の動きもスムーズになられたように感じた。

「ふっ、ふーっ、んっ、あっ、んっ、んっ、んっ、んっ」

 くちゅ、くちゅ、私の中で水っぽい音がする。先生のリズムが安定してきた気がする。
 腰にいっぱい入ってた力を、少しずつ抜いていく。先生が私のお尻を軽く撫でてくださって、まるで「その調子だよ」って褒めてくださってる気がして、私は自分がリラックスしていくのを感じた。
 これがセックス。先生と私のセックス。
 とても気持ちがいい。女の子の幸福を感じる。殿方に抱いていただくというのは、こんなにも幸せが実感できるものだったとは。

「はぁ、はぁーっ、せんせ、んっ、んっ、はぁ、あっ、あ!? んっ、んっ、んっ、あっ? あっ!」

 とんって、先生の男性器が私の深いところを叩いた。そしてまた元のストローク数回往復したあと、また、とんって奥を叩かれる。
 先生は浅いところだけで動かれていたことを知った。そして、何度かに一度、ぐいって奥まで私の中に入ってきて叩いてくるようになった。

「あっ!? せんせ、あの、あっ!? んっ、あんっ、んっ、んんんっ!」

 そこは、ダメだった。
 ビリビリ、ビリビリ、すごい衝撃が来た。
 せっかく慣れてきたセックスが変化していくことに私は戸惑う。
 刺激が強すぎて、痛いのか気持ちいいのかよくわからない。
 先生は、私の奥を叩くペースを短くしていく。五回に一回だったのが、四回に一回に。三回に一回に。二回に一回に。
 早すぎます。待って下さい。私の体がついていけません。
 このまま連続して奥を攻められたら、私は壊れてしまうに違いない。怖くなって先生の腕を掴む。先生の邪魔なんてしたくないけど、強すぎる刺激が不安ですがりついてしまう。
 先生は、動きをゆっくりと、浅いペースに変えてくださった。

「はぁー……はぁ…、はぁ、はぁ……」

 びっくりした。今のはなんだったんだろう。体がばらばらになっちゃうかと思った。
 呼吸が落ち着いていく。先生の動きもゆったりと、一定のペースを保ってくださっているから、私も落ち着くことができた。
 そして、その優しいセックスを続けていただいている間に、私はさきほどの自分を思い出して、そして、体が火照っていくのを感じた。
 先生の優しさを感じていながら、こんなことを考えちゃうなんてすごく失礼でいやらしいことだと思うのだけど、じわじわとその想いが強くなっていく。
 でも、言えない。言えるはずがない。
 もう一度、さっきの強烈な刺激とスリルを、味わってみたいなんて。 
 とん。
 先生の男性器が、一度、私の奥を叩いた。

「あんッ!?」

 私は思わず大きな口を開けてしまった。
 とん、とん、とん。
 私のお尻を叩くように、先生のお腰が深く私に突き刺さる。

「あぁッ、あっ、あぁッ!」

 私は大きな声でそれに応える。
 はっきりと自覚した。
 その、とんとんは、すごく気持ちのいい刺激だ。

「あぁーッ!?」

 先生が、私の奥に男性器の先っぽを押しつけ、ぐりぐりと腰を回された。
 それが私の体に火をつけた。

「あぁん、あぁっ、そこ、せんせ、そこ、あぁーっ!」

 先生の動きが大きく深くなり、私の一番奥が何度も叩かれる。
 想像を超える刺激が全身を巡って私は自分を保っていられなくなり、大きな声を出すことしか出来なくなっていた。

「せんせ、せんせえっ、あぁッ、あぁーッ、あっ、あっ、せんせえーッ!」

 モニターの中の私はじたばたと暴れている。
 私の小さな体では受け止めきれないくらいの大きな快感を何度も何度も与えられ、まるで海に溺れるみたいに体が引きずり込まれていく。

「ひああぁぁぁぁッ!?」

 今度は浅いところをぐりぐりって回された。
 さっきまで優しい快感をくれたその場所も、強い刺激になって私の脳みそに襲いかかってきた。

「せんせっ、あぁーッ、そこ、あぁーッ! そこ、あぁっ、そこもっ、あぁッ、せんせ、せんせえ! せんせぇーッ!」

 私の体で優しい場所はなくなった。
 先生が叩いてくる体の奥も、なぞっていく浅い場所も、先生の大きな手で撫でられるお尻も、揉んでくださるお胸も、先生が、すごく真剣な目で見つめてくださる私の顔も――どれも強い快感になって私の体を責め立てた。
 これがセックス。
 きっとこれが本当のセックスなんだ。
 もう何も考えられない。私の全ては先生の男性器に奪われた。私は今、初めて先生のものになったんだ。

「気持ちいいッ! 気持ちいい! 先生、気持ちいいです、お股、気持ちいいですぅーッ!」

 私はきっと、わいせつな言葉を叫んでいるのだろう。でもそれを自分でも止めることができない。頭じゃなくて体が生んでいる言葉だ。
 ぐちゅぐちゅと音を鳴らすお股。ゆさゆさと揺れるおっぱい。それが全部先生とのセックスで生まれた快感なのだと思うと、私はたとえようのない幸福感に包まれ、叫ばないでいることが勿体ないと思えるのだ。
 気持ちいい。気持ちいい。それ以外の言葉は思い浮かばない。

「せんせえーッ! 気持ちいいっ、気持ちいいです、せんせぇ! あぁっ、あぁっ、気持ちいいっ、気持ちいいっ、せんせえっ、せんせえーっ!」

 そして、たくさんの「気持ちいい」が頭の中で小さな爆発を繰り返し、真っ白に染まっていく中で、吉岡先生への気持ちがむくむく大きくなっていき、大きな爆発をした。

「好き! 先生、好きです、せんせえ! 好きっ、好きっ! 愛してます! 先生、大好きですッ!」

 気持ちいいと大好きがぐるぐる私の中で混ざり合い、一個の気持ちになって膨れあがる。
 先生に手を伸ばす。私は大好きな先生のもの。先生にセックスしていただける幸せな女の子。
 感謝と愛情と尊敬がものすごい快感と一緒になって、私の胸を押しつぶす。

「先生、好きです! 愛してます! 気持ちいいです、せんせえっ、お股がすごく気持ちいいです、せんせえっ! 好き! 気持ちいい! 先生! せんせえ!」

 きっと言葉ではこの気持ちの十分の一も伝わらない。だから、これから一生をかけて今の気持ちをお伝えしていこう。
 私はあなたのものです。あなただけのものです。だから、この気持ちを伝えさせてください。言葉でも涙でも足らないこの気持ちを。
 先生……先生、愛してます。

「あぁーッ! あぁっ、気持ちいい! 気持ちいい! 先生、好きぃ! 好きぃ、せんせえ! 気持ちいい! 気持ちいいよぉーッ!」

 頭の中でバンバン花火が鳴っている。
 セックスは私の知っているどんな体験とも違って、これを知ってしまった私は、昨日までの自分には戻れないと思った。
 体に刻まれた快感と感情は、どれもすごく強すぎて、私なんかじゃ太刀打ちできない。私はもう二度と先生には逆らえないだろう。
 セックスなんて知ってしまったから。
 先生のものにしていただいたから。

「美月、言え! お前は誰のものだ!」
「先生の! 先生のものですぅーッ!」
「お前は俺のものだな! 他の誰のものでもないな!」
「先生、そうです! 私は先生だけのものです!」
「体も、心も、全部そうだな!」
「はい、先生! 全部です! 私の全部ですぅーッ!」
「お前は俺のペットだ! わかったな!」
「あぁッ、私、私、私――ッ」

 先生の力強い命令で、私の体に刻印されていく。
 私の所有者は先生。先生の篠原美月。
 頭の中がぐしゃぐしゃに蕩けていく。

「いッ……あぁ……ッ……せん、せッ……あッ……ッ!」

 息もできないほどの快感。死んでもいいと思える幸福。
 先生が私に教えてくれたレッスンは強烈すぎて、私はもう壊れてしまった。
 それでも全然かまわないのだけど。
 私は、この瞬間に全てが終わったとしても――……

「美月!」

 先生の男性器が、私の中を擦って外へ出て行った。
 そのときの摩擦と喪失感で私の体は大きく跳ね、頭の中が真っ白になるまで絶叫し、天国を近くで見た。

「あぁッ! あッ! ああぁぁぁぁッ!?」

 そして、私の体にお湯のようなものがびしゃびしゃとかかり、その熱さと感触に驚き、また天国を見た。
 体が宙に浮いている。ぽっかりとどこかへ飛んでいる。
 顔にかかったお湯が、口の中に垂れてくる。私はそれを舌ですくいとった。しょっぱくて、少し苦い。でも、どこかで知ってるような甘いミルクの味も鼻の奥でして、私はそれをぺろぺろと舐め取って飲んだ。
 先生。
 これはきっと先生のお味だ。

「美月……」

 ぼんやりと愛しい人の声がする。かちゃり、と先生はペンダントのようなものを胸の前で握っていた。
 そして、息を詰まらせるような声を出されていた。

「――半分?」

 先生は、動揺を抑えきれないように、私から一歩下がる。

「これでもまだ……半分だけ……?」

 体が沈みこむように重くなっていく。意識もどんどん沈んでいく。
 先生、何を驚いてらっしゃるんだろう。半分って何のことだろう。
 私なら、全部、先生のものですけど――……

 目も開けていられなくなって、私はそのまま眠ってしまった。

 美月を起こして、制服を戻して帰らせたあと、俺は後始末のためにCALL教室に残った。
 とりあえず、ヘッドフォン越しにお嬢様に呼びかける。
 返信はなし。スイッチの切られている無音だけが帰ってきた。
 俺は《プラーナの瞳》を握りしめ、さきほど見た篠原美月のプラーナを思い出す。
 黒と白のマーブル模様。
 俺の支配領域を示す色は、彼女のプラーナの半分しか占めていなかった。
 なぜなんだ。俺は美月とセックスをして、彼女の大事な処女を奪った。彼女自身に「俺のもの」だと宣言させて、心も体も陵辱した。
 なのに――、どうして?

「はぁ……」

 考えても仕方がない。
 お嬢様に聞いてみよう。
 ひどい無力感に襲われながら、俺は換気のために窓を開ける。処女との濃厚な交わりは強い性の匂いを残していた。
 テーブルはピカピカになるまで拭いたし、モニターも全部戻した。そしてさきほど撮影したデータも消して、残るは転送されたデータを見ていたお嬢様の手元にあるものだけ。あれも必ずお嬢様から取り戻して処分しなければならない。べっとりと精液のこびりついたティッシュは、ゴミ箱に捨てるわけにもいかないし、トイレにでも流しておくか。
 あと少し空気の入れ換えをしたら、お嬢様に原因の究明とデータの返還交渉だ。疲れているが仕事はまだまだ終わっていない。
 さっさとこの濃い匂いを追い出そうと両手で扇いでいると――扉のカギを開ける音がした。
 やれやれ、お嬢様が来たか。
 とりあえず美月を完全支配できていないことで責められるのだろうと、せめてもの防御姿勢で土下座でもしておくかと思ったら。

 抜群のプロポーションを包み込む清楚なスーツ。
 肩の位置で切り揃えられた、ふわふわと柔らかそうな髪。
 そして慈愛と清らかさを色気で飾ったような聖母的微笑み。
 そこにいたのは、職員室の俺のマドンナこと、姫路先生だった。

「あら、吉岡先生も明日の準備ですか?」

 俺は、このティッシュを飲み込み、全力で空気を吸い込むことによって、この匂いを強制消去できないかと本気で考えた。
 でも無理だ。固まって、ただ固まることしか出来なかった。
 この人はまずい。一番まずい。
 セックスや男を知らない女子生徒ならこの匂いの原因もごまかしようがある。
 だが、彼女は人妻だった。新婚の人妻だった。
 バレないはずがなかった。

「……あれ?」

 姫路先生は、鼻をくんくんとして、教室の中に入ってくる。子犬のような仕草は愛くるしくもあったのだが、俺はそんな彼女の愛嬌を愛でている余裕など当然ない。
 戦場でもめったに味わったことのない冷たい汗が背中を伝う。目の前にいる姫路曹長が地雷を見つけて俺に踏ませる光景が浮かぶ。
 現地民間人に手を出すのは御法度だ。後ろから撃たれても文句の言えない恥ずべき行為だ。ドクンドクンと、俺の心臓がセックスのときよりも激しく鼓動する。
 姫路先生は、可愛らしく小首を傾げて、ぽつりと呟いた。

「この匂い……」
「は、はい!」
「栗の花、まだ咲いてるのかしら?」
「はい?」

 栗? とっくに終わってるが?
 姫路先生は俺の開けた窓に近づき、そこから外を覗きこむと、中庭ですでに花を散らしている栗の木の方を眺めだした。
 確かにそこには数本の栗の木があり、秋になると料理部が虫にキャーキャー言いながら美味しい栗料理を作るのが伝統だとか。

「あら、おかしいわね。吉岡先生、栗の花の匂いがしません?」
「し……しますね、確かに、はい」
「どうしてかしら……こんなに強く匂っているのに」

 とぼけているのか、それとも、まさか気づいててからかってるのか。しかしクンクンと犬みたいに鼻を効かせる姫路先生は、俺の精液の匂いを嗅ぎながら、本気で栗の花を探しているようだった。
 確かに彼女は性の話題に少し鈍感というか、たまに既婚の他の教師から「遅くまでお努めで大変なのよね?」と新婚生活をからかわれても、よくわかってないのか目をぱちくりさせているような人だ。
 だけど人妻なのだから、まさかこの濃厚な匂いを知らないというわけもあるまい。いくら似ているとはいえ、栗の花がまだ満開とか無理のある誤解だ。
 ちなみに俺は、この学園の中庭に栗の木が植えてあるのは、生徒に対する踏み絵だと思っている。白兎お嬢様みたいに、「恭一の匂いがするわね」とか言ってからかう生徒は即退学にすべきだ。

「あ、吹奏楽部の子たちですよ。おーい」

 姫路先生は、もう栗の木のことはどうでもよくなったらしく、外でクラリネットの練習している生徒を見つけて手を振った。
 
「演奏会がんばってねー。観に行くよー」

 フレンドリーな先生として生徒に慕われている彼女に、吹奏楽部の子たちも嬉しそうに手を振り返している。
 俺はそれを一歩引いたところで、いつでも逃げられる位置で観察している。
 しかし、こんなときになんだが、本当にきれいな先生だよな。体にぴったりとしたスーツが、罪作りなくらい似合っている。
 東城くんもスタイルがいいと思ったが、姫路先生のボディはなんていうか、完成された大人っていう感じだ。そして彼女の長所は見た目だけに留まらず、性格も頭もすごく良い人であることは俺が率先して保証する。
 色気と可愛らしさの奇跡的コラボ。彼女のことを「俺の嫁」と紹介できる男は、どれだけ周りに疎まれても嫁自慢をやめられないだろうな。
 だが、彼女の旦那はおとなしい紳士と聞く。長らく父代わりとして面倒をみてくれたご高齢の神父らしい。パートナーが年上だから、奥さんにも大人っぽいだけじゃない無邪気な魅力があるんだろうな。
 ついつい頭に浮かぶ彼女の夜の姿を、ぶんぶんと振り払う。美月を抱いたばかりのせいで、まだ少し昂ぶっているんだ。人妻によからぬ妄想をするような下劣な男にはなりたくない。きりの良いところを見つけて、さっさと退散させてもらおう。

「……あっ」

 そのとき、窓に身を乗り出していた姫路先生の体が、がくんと浮いた。ヒールが床を滑り、体が前に倒れていった。
 危ない。
 とっさに俺は彼女に駆け寄ると、その体を抱え込むようにして中へ引っ張りこんでいた。ただ、引っ張るだけで良かったのに、気持ちが動転していたせいか、あるいは……よからぬことを考えかけていたせいか、俺は彼女の細い体を、思わず抱きしめていた。

「――え?」

 まるで、少年誌のお色気マンガ的展開である。
 しかも俺の左手は、あろうことか、姫路先生のふくよかな胸の一つを、握りしめてしまっていた。

「きゃあああああッ!?」
「申しわけありません!」

 姫路先生が悲鳴を上げるのと俺が離れるのは同時だった。彼女はぺたんと床に座り込み、真っ赤な顔をして俯いている。
 やばいぞ。どうした俺。何をやっているんだ。動揺するな。
 とにかく姫路先生に謝るんだ。

「す、すみませんでした! とんだ失礼をしてしまいまして!」
「いえ、先生は、その、私を助けてくださっただけで……」

 姫路先生も動揺しているのか、自分の胸を抱きしめるようにして細い腕の上に乗せ、小刻みに震えている。
 よほど嫌な思いをさせてしまったに違いない。死にたいくらいに恥ずかしい。

「本当に、申しわけありませんでした……」
「い、いえ、いいんです。私の方こそお礼を言うべきことで、悲鳴なんて……お恥ずかしい。すみません」

 姫路先生は真っ赤な顔を申し訳なさそうに伏せる。まだ震えているとこを見るとよほど怖がらせたに違いない。それなのに彼女に気を遣わせてしまっているのが余計に申し訳なかった。
 本当に、俺はなんという失態を。

「……驚いてしまっただけです……あんなふうに男の人に抱きしめられたことって、私……」
「え?」
「う、ううん! 何でもありません! もう大丈夫です!」

 無理をして作った笑顔で、姫路先生はまだ震える体を自分で抱きしめている。
 俺がさっきこの手で握ったふくよかな胸も腕の中でつぶれていた。そしてまたそんなところに目をやってしまう男の本能にあきれた。俺なんて死ねばいい。

「失礼します。本当に申しわけありませんでした」
「いえ、本当にもう、お気になさらないでください」

 ぺこぺこと頭を下げあって、退散させていただく。
 あぁ、自己嫌悪だ。
 明日から職員室に俺の憩いの場所はない。自業自得とはいえ、悲しいことだ。

「……あ、吉岡先生」

 つん、と袖を引かれて振り返る。
 姫路先生が、俺のスーツの袖を摘まんで、俺を見上げていた。

「あの、お礼がまだでした。助けていただいてありがとうございます。吉岡先生って、その、紳士なだけじゃなくて……逞しい方ですのね」

 恥ずかしいことに、俺は完全無防備に赤面してしまった。
 またお互いに謝ったり礼をしたり、ごちゃごちゃとした会話をして、なんとか汗をかきながらようやく退室する。
 できるだけ早く今のことは忘れよう。そして、なんだかんだで美月とのことは誤魔化せているみたいだから、それはそれでよしとしよう。
 今はそれより、白兎お嬢様を探さなければ。
 まったく、肝心なときにいらっしゃらないんだから困ったお嬢様だ。いったいどこに行ったんだろう。

 それにしても……柔らかかったな。

 理事長室にも教室にもバラ園にもお嬢様はいらっしゃらなかった。
 お嬢様は学園のマスターキーを持っているからどこでも入れるのだが、この3ヶ所以外に行きそうな場所を俺は知らなかい。
 学園内をあちこち回って、部活棟やテニスコートなども回って、中庭を横切ってテラスまで戻ってくる。
 学生食堂と繋がった屋外テラスは、昼休みや放課後は生徒たちで賑わっているが、今は人っ子一人いない。
 そういや、お嬢様もここの食堂やテラスを利用したことは一度もないな。俺は時々、一人でコーヒーや弁当を楽しみたいときに利用しているが。
 俺が来ると生徒たちも周りのテーブルを使いづらいらしく、いつもがらがらで風通しがいいんだ。まあ、静かでいいものさ。ハハハ……。

「あ、吉岡さんじゃありませんか」
「七嶋さん。こんにちは」

 給仕の七嶋さんだ。今は片付けの時間だろうか。
 七嶋さんは食堂で働くご高齢のパートさんで、若い頃はさざかし美人だったろうなと思わせる明るい笑顔の女性だった。
 彼女とはちょっとした顔なじみというか、生徒にも職員にも距離を置かれている俺に、気さくに話しかけたりコーヒーのお代わりをついでくれたりする、数少ない学内友人の一人だ。

「すみません、もう片付けですよね。すぐに出ていきますので」
「まあまあ、せっかくいらしたんですから、コーヒーでもどうぞ。残り物で申しわけありませんが」
「そんな、時間外でしょうし……じつは人を探してまして」
「まあまあ、座ってくださいな。すぐにお持ちしますので」
「え、いや、あの」

 まいったな。こんなことしている場合じゃないのに。
 こうやって女性に強引に押されると断れないのがお嬢様の付き人根性の悪いところなのだが、まあ、走り回って喉も渇いたし、一杯くらいと思ってテラスに腰掛ける。
 七嶋さんは俺にコーヒーを、そして自分に紅茶を煎れて持ってきた。なぜか俺と一緒にお茶を楽しむつもりらしい。長話でも始められたらたまったものじゃないな、と悪い予感がした。

「おつかれさまでした。ふふふ。私もご相伴させていただきますね」
「はあ」

 七嶋さんはニコニコと俺の向かいでカップを口に付ける。なかなか品のある仕草だった。

「学校のお仕事は大変でしょう。いろいろと気苦労も多いんでしょうね」
「あぁ、いえ。生徒たちは大変素直で……まあ、避けられてるのはありますけどね」
「ふふふ。やですね。避けられてるんじゃありませんよ。みんな照れてるだけです」
「はぁ。確かに、この学園で男は俺一人ですもんね」
「そういうことだけじゃありませんよ。やですねえ、男の人は鈍感で」
「鈍感ですか。よく言われます」
「ふふふ、やっぱり」

 ほがらかに、よくしゃべる人だ。でも、感じがいいというか、ちょいちょい失礼なことを言われているような気もするけど、嫌みのない言い方が逆に親しみを感じる。
 若い女性ばかりに囲まれているせいか、七嶋さんは安心感の持てる人だ。

「人を探してるとおっしゃいましたが、ひょっとして白兎ちゃんを探してるのかしら?」
「え?」

 急に白兎お嬢様の名前を出されて焦った。しかも、白兎ちゃんて。そんなふうに彼女を呼ぶ人は初めて見る。七嶋さんらしいと言えばらしいが。
 というか、俺と白兎お嬢様の関係を、七嶋さんも知っているのか。まあ、男性教師がここにいる時点で、わけありなのはみんなご承知だろうが。学園の中でも一緒にいることが多いし。

「……まあ、そうです、白兎くんを探してるんです。どこにいるかご存じですか?」
「いいえ。存じあげませんけど」

 ニコニコと七嶋さんは微笑む。
 なんだ。思わせぶりなこと言って。

「大変ですわねえ。教師の仕事だけじゃなくて、白兎ちゃんの面倒もみなきゃなんて」
「いえ、大変だなんてことは、ちっとも。彼女は素直でおとなしい子ですから」

 猫かぶり的な意味で。

「そうですわねえ。とても可愛らしい子ですわよね。たまには食堂にも連れてきてくださいな」

 ニコニコと、彼女の笑顔は変わらない。
 俺はコーヒーを飲み干して、カップを置く。
 別に、何か確信があるわけじゃなかった。
 だがなんとなく、七嶋さんと白兎お嬢様を会わせるのは良くないと思った。俺のポンコツ気味な危険察知能力がそう言っている。

「ごちそうさまでした。俺はそろそろ行こうと思います」
「まあまあ、もう? そんなに急がなくても良いじゃありませんか」
「ですが、あまり長居させてもらっても――」
「白兎ちゃんのいそうところなら、見当はつきますよ」

 立ち上がろうとテーブルについた手を、下ろした。
 七嶋さんに遊ばれているような気がして、あまり愉快ではなかったのだが、白兎お嬢様の名前を出されて、俺が退くわけにいかなかった。

「ようするに、恥ずかしがり屋のウサギさんを見つけるゲームですわ」
「恥ずかしがり屋?」

 白兎お嬢様が恥ずかしがるとこなんて俺は見たことないが。せいぜい、自慰のときぐらいだな。あれで照れなきゃ人間性を疑うってくらいだ。

「ええ。乙女が殿方から身を隠すのは、恥ずかしくて困ってしまったときですよ。特に、あの子は賢いけど面倒くさい性格をしてますからねえ。照れを隠すために怒ったり逃げたり、ぴょんぴょん、ぴょんぴょんと。忙しいですわよね、吉岡さんも。ふふふ」
「……彼女のことを知っているんですか?」

 思わず身を乗り出す俺に、七嶋さんはティースプーンをくるりと回し、いたずらっぽく微笑む。

「乙女は乙女を知るんです。それだけのことですわ。私だってこの学園の卒業生ですのよ」

 ごまかしているのか、ふざけているのか、七嶋さんは老練な女性の不敵さで、茶目っ気を見せた。
 だが、彼女が白兎お嬢様を知る理由はない。ただの食堂のパートさんだし、旦那さんは売れない文芸評論家で、稼ぎが悪いから働きに出ていると言っていた。
 この学園の職員は、たとえ臨時雇いだろうが所得や前歴まで身元調査される。彼女の言っていることは真実だった。お嬢様とは縁もゆかりもなく、「桐館学園の卒業生」というコネで採用されているだけだ。
 だから、この人が俺たちのことなど何も知るはずがない。

「吉岡さんたら、あの子に何か恥ずかしいものでもお見せしたんじゃありませんか? ダメですよ、年頃の娘に刺激の強いものは」
「な、なんのことですか」

 なのに、なぜかピンポイントでさきほどの行為を言い当てられたみたいで、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「あら、図星だったみたい。ふふふっ」

 俺の周りには、とにかく勘の鋭い女性が多い。彩しかり、白兎お嬢様しかり。
 時々、自分はサトラレなんじゃないかと、本気で心配になるときがある。

「でも、大丈夫ですよ。あなたがそうやって一生懸命自分を探してくれる姿を見て、そろそろ溜飲も下がったことでしょう。きっと、あなたを観察できる場所にいるはずですわ」
「……どこです?」
「そうねえ、おそらく――」

 小首を傾げ、スッと、人差し指を天に向ける。テラスの向こう。校舎の屋上へ。

「……屋上は立ち入り禁止ですが」
「そうよねえ、困ったこと」

 七嶋さんは、ニコニコと笑う。
 俺は、この人のことがよくわからなくなってきた。
 声を低めて、少し脅すように問う。

「――あなたは、白兎お嬢様の何を知ってるんですか?」

 ここの女子生徒なら、おそらく悲鳴を上げるか失神するでもするところだろう。
 だが、彼女には手応えらしい手応えもない。
 可愛らしく両手に顔を乗せ、逆に身を乗り出すようにして、花を咲かせたように笑う。

「桐館の雛鳥たちのことなら、たいていのことは知ってますよ。暇な食堂のおばちゃんですもの。何でも聞いてくださいな、ふふふっ」

 また年寄りのおしゃべりに付き合ってくださいね、と彼女は優雅な仕草でコーヒーカップとティーセットを下げ、軽やかに手を振って去って行った。
 俺はしばらくテラスに座ったままテーブルを眺め、視線を屋上に向ける。

 カギは開け放たれていた。
 なんと謎の多い学園だ。俺の探し人は、暇な食堂のおばちゃんが言っていたとおりに、屋上のフェンスに背中を預けて腰かけていた。
 風が吹き抜け、白兎お嬢様の長い髪はやや乱暴に流されている。
 セーラー服と屋上の光景は詩文的な調和を見せ、まるで映画かCMのワンシーンのように絵になっていた。
 しかし、そのお嬢様が眺めているタブレットPCから流れるのは―――

『あぁん、あぁっ、そこ、せんせ、そこ、あぁーっ!』

 先ほどの、美月の甘い嬌声だ。

「……あら、遅かったわね」

 お嬢様は、さほど驚いたふうでもなく、顔にかかった髪をかき上げる。
 いつものように完璧な微笑みを見せる彼女は怒ってるようにも恥ずかしがってるようにも見えないが、その笑顔にたいした意味はないことを俺はよく知っている。
 白兎お嬢様は微笑みながらキレることもある方だ。

「これを探していたんでしょう? 『データは俺が責任を持って管理する』ですって? ふふっ、かっこいいことを言ってたものね」

 屋上のざらついた床の上を、お嬢様のタブレットPCがガリガリ音を立てて滑ってくる。
 無造作に放り投げられたそれは、耐衝撃のぎりぎりのところで機能を保ったまま俺の足元に滑り込み、俺と美月の睦み合いを眼下で繰り広げてくれた。

『気持ちいいッ! 気持ちいい! 先生、気持ちいいです、お股、気持ちいいですぅーッ!』

 白兎お嬢様はフェンスに背中を預け、下着もあらわな三角座りのまま、俺に向かって口角の片方をあげる。

「私もいらないわ、そんなもの。そんな中途半端な支配者ごっこが見たかったわけじゃないもの」

 俺は胃の中に溜まっていくストレスをゆっくりと深呼吸することで落ち着かせ、言い訳を考える。
 お嬢様の微笑みが明らかに芝居じみて見えるときは、警戒ラインだ。なんらかの感情が爆発寸前まできている。
 この場合、十中八九、お怒りが。
 
「落ち度があったことは認めます。篠原美月のプラーナは半分しか支配できていませんでした。しかし、どこに原因があったのかは……」
「ふぅん、そうなの。わからないの、あなたには。本当にグズなのね」

 お嬢様が、ついと顔を傾けると、清流のように長い髪が風に流れた。

「じゃあ、あなたは篠原美月をどう思ってるの?」

 お嬢様の質問を、慎重に受け止める。
 今も足元で、俺に向かって乱れた顔を晒してあえぐ十代の少女。それが篠原美月だ。
 ついさっき抱いたばかりの彼女のことが、今の俺には遠く思える。可愛らしくて素直な女の子だ。懸命な奉仕も、俺に対する思いや無垢な体もいじましかった。
 しかし、それは俺が夢の中で彼女に植え込んだ恋だった。

「――彼女は、普通の、平凡な女の子でした。俺にとってはただの生徒の一人です。ついこないだまでは」

 友だちがいて、将来の夢がある。いろいろなものに憧れてはいるが、自分に合った生き方というのもわかっていて、それなりの人生を地に足をつけて歩もうとしている。
 恋愛にも憧れはあるけど、それも憧れで終わるはずだった。彼女にとっては大事な祖母や両親との約束と受け継ぐ将来があり、自分の人生もそのためにあると、素直にそれを抱いてきた女の子だ。
 彼女はこの学園で真っ直ぐ育ち、家族や自分の望んだとおりの人生を歩み、そして次の世代へと繋いでいくだろう。
 教師に抱かれ、処女を散らされたという唯一のキズをこの学園に残して。

「今の俺は、彼女に対して重い責任があると思ってます」

 彼女の家族や未来の旦那にそのことを知られるようなことがあってはならない。そしていつかは、彼女に謝罪をしなければならない。
 出来るだけの支援と名誉の保護を、俺は死ぬまで続けるつもりだ。

「だけど、これ以上の支配が必要だとは、やはり俺には思えないんです。彼女には、俺に捧げられるものなど残っていません。彼女はもう、清らかな乙女ですらないんです」

『せんせえーッ! 気持ちいいっ、気持ちいいです、せんせぇ! あぁっ、あぁっ、気持ちいいっ、気持ちいいっ、せんせえっ、せんせえーっ!』

 画面いっぱいに映る美月の乱れた表情。処女を失う場面を撮影するような下劣な男に対する、真剣な愛情がそこにあった。
 俺はそこから目を逸らしてお嬢様と向き合う。
 お嬢様は、手の上にあごを乗せ、白い下着を見せ、黙って俺の顔を見上げていた。

「……お嬢様には、別の意図があるんですか? それほどまでに篠原美月を支配しなければならない特別な理由が?」

 篠原美月をペットにしろと、お嬢様はおっしゃった。俺にはその理由がわからなかった。
 そもそも、支配とはなんだ? 処女が自らの肉体を捧げ、奉仕をして、全て俺のものだと誓ったんだ。それ以上、何を支配しろという。
 俺が踏みにじったものは何だ。奪ったものは何だ。そして奪えなかったものは何で、《プラーナの瞳》なんてものが存在する理由は何だ。
 だが、もう無理だ。
 これ以上、俺はあの少女から奪いたくない。
 あの子はお嬢様の敵でも何でもない。
 ただの女の子じゃないか。

「別に。私にとっても篠原美月はなんでもないわ。たまたま同じクラスにいただけの、平凡な女の子よ」

 俺に同調するように、お嬢様はつまらなさそうに言う。

「私や東城先輩みたいなカリスマ性なんてまるでなし、津々良先輩や姫路先生みたいな人を惹きつける魅力もなし、彩みたいに完璧なお嫁さんでもなければ、その他、特筆事項もなし。言ってみれば、ただのモブね。背景の一部。学校内では女子生徒Aで、街に出れば通行人A。映画でいうならご協力撮影地の皆様の一人で、マンガでいうならアシスタントが適当に書く背景キャラで、日常系ゆる萌えマンガだったら逆に主人公だったかもしれない子。たぶん、私は今回のことがなかったら一生彼女と関わることはなかったわ。たまたま投げた石が彼女に当たっただけ」

 そこまで言うとは思わなかったが。
 じゃあどうしてそんな彼女を、と俺は言いかけたが、その前にお嬢様が口を開いた。

「あなたは、そんな彼女がつまらないと思っていたから、支配できなかったのよ」

 俺は何も言い返せずに、黙って突っ立っていた。

「他の女に目移りしているばかりで、篠原さんのことを真剣に愛してあげなかった。彼女から目を背けて、罪悪感に遠慮して、自分のしていることから逃げていた。あなたの中途半端な支配に愛と体を奪われた彼女は、それでも真剣にあなたに愛してもらおうとしていた。なのにあなたはただ、自分にとって都合の良い厚意と行為でそれに応えただけ」

 お嬢様は、とてもつまらない小説の一片を読み上げるように、あるいは、できの悪い教え子に何十回も繰り返した説教を続けるように、そして視線だけで俺を殺そうとするかのように言う。

「可愛い処女の篠原さんをやり捨てにするなんて、さすがはモテモテ恭一くんね。彼女は可愛かった? そして、かわいそうだと同情しながら抱いたの? 男って、本当に馬鹿で自分勝手で傲慢で、どうしようもなく汚らわしい生き物ね。反吐が出そうだわ」

 吹奏楽部の和やかな演奏が風の隙間に聞こえてくる。
 こめかみがキリキリと痛んで、それすらも耳障りだった。

「篠原さんがあなたに何を捧げるかが重要じゃないの。あなたが、彼女から何を奪うかよ」

 俺の下半身には、彼女を抱いた感触がまだ残っている。
 映像の中の美月も、まだ喘ぎ続けていた。

『好き! 先生、好きです、せんせえ! 好きっ、好きっ! 愛してます! 先生、大好きですッ!』

 彼女は、痛ましいほどに俺への愛を叫び、必死に手を伸ばしている。
 俺はその手を握ってやれなかった。
 俺の興奮はセックスの快感だけだった。

「……あなたは、彼女の将来の夢を奪わないと、約束したわね。友情も奪わないと、篠原さんに言ったわね?」

 彼女にとって大切なものだ。両親から受け継ぐ家も、二人の親友も彼女のものだ。
 他人が奪っていいものだなんて、思えなかった。
 とても崇高なものなのだと。俺には絶対に持ち得ない人生の宝だと。

「だから、あなたの支配も半分だけなのよ。彼女にあなた以外の大切なものがあるなら、それを奪いなさい。あなた以外の誰かが篠原さんに幸せにすることを許してどうするつもりなの。全てを奪って、何もかも失わせた上で、小鳥にエサをあげるようにあなたの手で与えなさい。あの子の過去も未来も全部奪って、あの子をあなたなしでは生きていけないペットにしろと、私は命令したの」

 背筋が冷えて、突っ張った。
 思わずたじろいだ俺の前で、お嬢様がゆっくりと立ち上がり、尻を払う。

「――それが、支配者の愛なのよ」

『あぁッ! あッ! ああぁぁぁぁッ!?』
 美月が、ひときわ大きな声を上げ、俺の精液を全身に浴び、恍惚の表情を画面の中で浮かべた。
 大きく全身で息をして、濁った液体に濡れた体を愛おしむように撫で回し、汚れた顔を自分で舐めていた。
 そしてその顔を、白兎お嬢様は――踏みにじる。

「私の靴を舐めなさい」

 白いスクールシューズの右足。風にひるがえる短いスカート。
 つま先には、屋上の床でも蹴ったのか、お嬢様の物らしからぬ汚れが付いていた。

「早く」

 有無を言わせない口調に、俺は黙ってお嬢様に近寄り、そして足元に這いつくばる。
 そしてお嬢様のつま先に舌を伸ばし、そこを舐めた。ゴムの味がする。エクスタシーを漂う美月の顔が、その下でうっすらと笑みを浮かべた。

「彼女のような平凡な人間こそを、心から愛して独占してやるのがプラーナの支配者よ。彼女の人生を、未来を、過去を、くまなく愛でてやるのがあなたの仕事。そうでなくして、どうして支配なんて言えるのよ? 抱いたことの責任なんてどうでもいいじゃない。あなたが背負わなきゃならないのは『責任』なんて軽い言葉じゃなくて、彼女そのものよ」

 ざらざらした感触が不快なほど苦い。お嬢様のつま先がぐりぐりと篠原美月を踏みにじる。
 だが俺の舌は止まることなく、その靴を撫でている。

「彼女の心を覗いたのなら、あなたの心も彼女のものよ。全身全霊で彼女を支配する義務があなたにはある。一度抱いてやれば終わりだなんて、都合の良いこと考えないで。あなたは、人を支配することがわかってない。支配は愛の誓いよ。あなたから篠原さんへの愛なの。《プラーナの瞳》の所有者なら誰もが背負う宿命よ。これは、愛と好奇心の呪いなの。あの世界を覗いて、まだ彼女に無関心でいられるの? あなたはあそこに映った自分の姿から逃げたいだけじゃないの?」

 篠原美月の夢の世界を思い出す。
 少女の繊細な感性と無垢なハートで出来た世界。
 確かに、俺は早くそこから逃げたいと思っていた。
 俺のような男にはふさわしくない場所だから。

「どうして、逃げるのよ。どうして彼女の全てを奪って、愛してあげないのよ。確かに彼女は平凡で、無力で、つまらない女の子よ。でも、自分が生まれてきた家と家族を大切に出来る子だわ。何があっても味方でいてくれる親友だっている。彼女はとても幸せな子なのよ。素敵なの。私、あの子が大好き。あの子が欲しいの。支配したいの。だって彼女には、愛される資格があるもの……あなたや、私なんかより、ずっと……ッ」

 お嬢様に仕えてきたこれまでのことが、ぐるぐると頭を巡る。
 誰もが羨むような名家に生まれ、さらに天賦の才能と美貌にまで恵まれてしまった少女は、どのような人生を送り、どのような人間に育つのか俺は誰よりも知っている。
 ぽたぽたと、床を濡らす雫が風に舞った。

「……今、顔を上げたら、あなた、殺すから」

 もちろん、上げるはずがない。
 石になったつもりで、床に這いつくばって舌を伸ばした。
 彼女の中で暴れる狂気を少し拭うことが出来るのなら、と心から思う。
 だけど、俺には無理だろう。
 白兎お嬢様を守るためだけに生かされてきた俺も、決してまともな人間ではないのだから。

「もう一度、グズなあなたにチャンスをあげる。次の《夢渡り》はあなた一人でするのよ。時間は篠原さんが鎌倉にいた頃。彼女が実家を継ぐ決意をした日に、全てを奪って、あなたのペットにしなさい」

 スカートがはためく音。怒気をはらんで震える声。
 俺はそのつま先を舐める。その下で寝息を立てる篠原美月の腹も、白い肌を汚す俺の精液も、よだれを塗りたくるように、犬のように俺の舌が舐める。
 
「次もまた同じ失敗をするなら、私の前から消えてもらうわ……永久に」
「――はい」

 湿り気を増した風が不吉な音を立てて駆け抜け、暗雲が空に広がり夜が急いでやってくる。
 彩を救っていただいたあの日から、俺の命は桐沢家のもの。もう一度その誓いをあらため、お嬢様の靴先にくちづけをした。

 俺は、あなたを必ず幸せにする。

< つづく >

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