彼女はもういない

「おはよ」

 いつもの交差点でジンを待っていてくれたのは、キリコだ。
 長い黒髪に、綺麗な黒い目。
 少し暗い雰囲気に、おとなしそうな静かな声。
 俺が肩を並べると、ふわっと甘い香りがただよう。
 どうして、こんなにいい匂いがするんだろう。

「ね、読んだよ。トーマス・マン。魔の山」
「どうだった?」
「雰囲気がいい。なんか、ペダンチックで、好き」
「俺も、あの閉鎖空間の雰囲気、好きだ」
「あと、装丁もよかった。きれいな青色の」
「うん、わかる」

 自分の好きなもののことを、一緒に語れる人がいる。
 それだけでも、とっても幸せなことなのに。
 自分の好きな人と、自分の好きなもののことを、一緒に語れるなんて。
 ジンは自分の幸福に感謝する。

「おーっす」

 二人の後ろから、声がかけられる。
 ここが自由な校風の学校じゃなかったら、服装検査で一発アウトだろう、金色にかなり近い茶髪をした女の子。
 形のきれいな、かっこよく張り出した胸に、短いスカート。
 着崩した制服に、どこか不敵に見える笑みを浮かべている。
 ジンのクラスメイトで、ジンとキリコの仲をとりもってくれた恩人だ。
 その、姉御肌の彼女の名前は、ルネ。

「元気?」
「元気だよ」
「元気ー」
「いいねー! 元気が一番だ! でも、元気ないときはあたしに相談しなー!」

 キリコとジンは、ルネとは正反対に思えるような雰囲気だ。
 ルネが社交的なら、キリコとジンは個人的。
 ルネが明るいとするなら、ジンたちは暗い。
 でも、それでも、ジンたちは友だちだ。
 というか、ルネに友だちじゃないやつなんていないのだろう。

「じゃ、またね」

 お邪魔虫は消えるよ、とばかりに、挨拶だけして、ルネは先に進んでいく。
 そして、教室に行く先々で、いろんな人に挨拶しているのが見える。

「ホント、人望が厚いよね」
「ふふっ、そうだね。わたし、ああいうエネルギーがあふれている人って、苦手だったの。……でも、ルネちゃんなら。いいかなっ、て思えちゃう」
「そういうとこ、あるよな」

 あいつならしょうがない、で通ってしまうような何かがあるのだ。
 殺したって死にそうにないタイプ。
 こいつ、絶対神さまに守られているだろ、っていうタイプ。
 一緒にいると安心できて、絶対大丈夫だ、って思わせてくれる。
 それは、キリコとは逆で、キリコは、危なっかしいところがあった。
 ある種、浮世離れしているところがあったし、ふとした拍子に、いなくなってしまうんじゃないかと思えた。
 どこか、存在が希薄なところがあって、それは死の世界に近いということなのかもしれない、なんてジンは思う。
 そういう独特な雰囲気にも、惹かれたのかもしれない、とジンは思っている。

 ルネが死んだ。
 ちょっとそれは、ありえない話に思えたし、それはジンだけの感情じゃなくて、みんなもそう思っていた。
 教室の女の子たちは、ほとんど泣いていたし、男だって泣いているやつもいた。
 お義理じゃなくて、たぶん心から、みんなが葬式に参加した。
 ジンのクラスだけじゃなくて、他のクラスや他の学年からも来ていたし、昔の学校の友達とかも来ていたようだった。

 そのあと。
 確実に、ジンたちのクラスは、暗くなった。
 何をやっていても、何か、何かが、まとわりついている。
 何かが、心の底に、どこかに、こびりついている。
 それは、ある種の死の残り香なのかもしれない。
 ジンが、何度、朝に教室に入っても。
 どうしても、この人数が正しいとは思えないのだ。
 一人、足りない。
 そうとしか、思えない空気が、一ヶ月くらいたっても、教室に流れていた。

 しばらく前から、キリコの様子がおかしいことには、ジンも気づいていた。
 でも、何を聞いても、大丈夫だとか、心配しないで、の一点張りだった。
 だから、急にキリコが、うちに来てくれ、と言ったときには、ジンは、一も二もなく同意した。

「あのさ。話があるんだ」

 深刻そうに切り出したキリコは、なにかを迷っているように見えた。
 これを言ったら、何かが決定的に変わってしまうような何かを、言おうとしているように見えた。

「あのね。わたし。幽霊が見えるの」
「うん」

 本当かよ、と思ったが、ジンは黙っておいた。

「それで、わたし、ルネちゃんのことが見えるの」

 ジンの表情が、ネガティヴな方向に変わったのが、キリコにもわかったのだろう。
 少しだけ、おびえたような顔をする。でも、また平静に戻して、キリコは話を続ける。

「証拠は、あるよ。ルネちゃんがね、これを言えば大丈夫だって言ってることがある」
「なんだよ」

 確かに、ルネと自分とは、小学校からクラスも一緒だから、何かと共通の話題はあるだろうけど……。
 ジンの思いとは関係なく、キリコは言葉をつづける。

「小学校の遠足で、ルネちゃんが吐いたときに、ずっとそばにいてくれて、バカにする人たちに怒ってくれて、絶対大丈夫だよって言ってくれて――」

 そこで、ぴた、とキリコは口を閉じた。
 なぜか、複雑な表情をしている。

「それで、結婚できるときまでに、他に好きな人がいなかったら、結婚しようって言った、って」

 ああ。
 そういえば。
 そう言う約束は、していた。
 というか、ルネは、もう忘れたものだと思っていたけど。

「ルネは、忘れたものだと思っていたけどな。覚えていたのか。俺はてっきり、すっかりクラスの人気者になっちまって、忘れているのかと思っていたよ」

 本当にびっくりした。

「信じるよ。それは、確かに、あいつしか知らなそうなことだ」

 それから、すうっと息を吸って、キリコは話を続ける。

「うん、それでね。わたしが、ルネちゃんをおろすから。つまり、憑依させるから」

 え? 憑依?

「ルネちゃんと、ちょっと、お話、してみない?」

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 わたしは、小さいころから、「見える」人だった。
 だから、ルネちゃんが、学校の教室で、見えたときも、別段おどろきはしなかった。
 ただ、やっぱりもう死んでしまったのだなあと思って、とても悲しくなった。
 ふらふらと、宙をただようルネちゃんは、わたしの彼氏の方ばかり見るものだから、知りたくなくてもわかってしまった。
 ああ、この人は、ルネちゃんは、あの人のこと、好きだったんだなあって。
 全然タイプが違うから、そんなこと、思いつきもしなかったけれど。
 教室で、ルネちゃんは、彼氏を見ていて、わたしは、そんなルネちゃんを見ていた。
 ふ、とルネちゃんがこちらを振り向いた拍子に、思わず笑いかけてしまう。
 ぎょっとしたような顔をして、ルネちゃんが後ろを振り向いて、だれもわたしを見ていないことを確かめたあと――。
 ルネちゃんは、真っ赤になった。
 それは、生前に、一度も見たことがない姿だった。

「うん、わかってる。わたしの彼氏が好きで、それが未練みたいになってるんだよね、きっと」

 わたしの部屋。
 そこに、幽霊のルネちゃんと、わたしがいる。
 こくり、とルネちゃんがうなづく。
 まさか、話まで出来るとは思わなかったな。
 せいぜい、姿が見えるだけだと思っていたけれど。

「あのさ、キリコちゃん。よければ、体、貸してくれない?」

 ノート、貸してくれない?
 そういう文と、文法的には同じでも、全然違う重みをもって、それでも、ルネちゃんはその質問をわたしにしてきた。
 体を貸す、か。
 やったことないけど。
 別に、それくらいなら。
 してもいいかな、と思ってしまった。
 体を乗っ取られたら怖いな、とも一瞬思ったけれど。
 不思議と、ルネちゃんの霊にとりつかれる、悪いことをされる、という感じはしなかった。
 悪霊、みたいなやばそうな雰囲気が、なかったからかもしれない。

「できるかどうか、わからないよ」

 だから、わたしは。
 消極的な肯定を、ルネちゃんに返した。

「うん、ありがと」
「でも、ひとつ聞いていい?」
「なあに?」

 少し、不安そうな顔で、ルネちゃんが言う。
 こういう表情も、あまり見たことがなかったな。

「貸した体で、どうするの?」
「…………告白、したい。……駄目、かな」

 告白、か。

「いや、駄目じゃないよ」
「そ、そっか! よかったぁ~……」

 そのよかったぁ、が、あまりにもほっとした様子だったので、笑ってしまう。

「な、なんだよう! あ、あたし何か変なことした!?」

 恥ずかしさと怒りを混ぜて、笑いでごまかしたような声でルネちゃんが言う。
 それもまたおかしくて、わたしはまた笑ってしまう。

「う、ううん! 全然。ただ、あんまりそういう表情、見たことなかったから」
「え?」

 驚いたような顔を、ルネちゃんはした。

「いつも、元気いっぱいで、自信たっぷりだったから。今、はじめて、ちゃんと同じ人間なんだなあって思った」
「あたし、スーパーマンじゃないよ」

 女の子なんだから、スーパーウーマンだよ、とは言わないでおいた。

「超人じゃないっていうの、今更ながらにわかったよ」

 わたしは、気合いを入れるために、ぱんっ、と手を叩く。

「よし! それじゃあ、うまくいくかわからないけど、体を貸してあげるから。告白、してきなよ」
「うん」

 その照れくさそうな顔は、恋する乙女なんだなあと思った。
 ちょっとした嫉妬と、ちょっとした可愛さを、わたしは感じた。

「ルネちゃんと、ちょっと、お話、してみない?」

 そう言ったとき、彼は、やっぱり驚いたみたいだったけれど。
 そのあと、ゆっくりと、首を縦に振った。
 わたしは、もちろん、霊媒師の真似事なんかやったことはなかった。
 しかし、準備はまったく必要なかったようだ。
 彼が首を縦に振った瞬間、体の自由が、奪われたのだから。

(ち、ちょっと! 急ぎすぎじゃない!?)
(ご、ごめん、なんかうれしくて、入っちゃった……)

 頭の中で声がする、というのは、やっぱり不思議な感じだ。
 ぐー、ぱー、ぐー、ぱー、と手をにぎったりとじたりする。

「お、おお、キリコ、どうした?」
「違う、違うよ! あたしはルネ!」
「も、もう憑依したの?」
「な、なんか、入っちゃってさ、うん……」

(ほら、ほら、話して話して)
(うん、わかった……)

 わたしの言葉に、ルネは、オドオドとして従う。
 こんなのは新鮮だなあ。

「あ、あのさ。実は、あたし、あんたのこと、けっこう好き、だった、んだよね……」
「お、おう……でも、あれだな。俺のことなんて、眼中にないかと思ってた。なんつーか……やる前からあきらめてたっつーか、高嶺の花になったように感じてた」
「そっか……あのね。実は、あたし、後悔してる。さっさと、あたしの方から、告白すればよかったなって」
「うん」
「もし、そうしたら、断らなかった?」
「たぶん、受けてたよ」

 わたしの心は、少しだけ痛む。でも、だれのことも責める気にはなれない。
 わたしの心は痛んだけれど、もしかしたら、それはルネの痛みも入っていたのかも。

「あのさ。なんか、あたし、成仏できないんだよね」
「え? それって、まずいんじゃない?」
「うん、たぶん、まずいんだ。未練があるから、だと思う」
「未練、って何?」
「うん……自分の気持ちを伝えること、だと、思ったんだけど……」

 まあ、普通に考えればそうだ。

「でも、あたしに、変化ないんだよね……」

 確かに、わたしの体から、ルネちゃんの魂が出ていく感じはない。

「だから、もう一つ、未練が残っているのを、消化しなくちゃ、って思う、んだ」

 わたしの声で、なにかとんでもないことを言おうとしている。
 という予感があった。

「実は、さ。あたし――君と、セックスしたい」

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「実は、さ。あたし――君と、セックスしたい」
(うわぁ、マジか、ルネ……)
(ごめん、キリコ。駄目、だよね……)
(…………………………………………)

 なんてこった。
 ジンは、呆然と立ち尽くす。
 いや、それはまずいだろう、と思うが、体がキリコのだから、別にいいのか?
 いやいや、心が違うんだから駄目じゃない?
 でも、ずっと成仏できなかったら、それもまずくない?
 完全に心がフリーズしたジンの声に、キリコの声が響いてきた。
 キリコの声音をしたルネの声じゃない。
 本物のキリコの声だ。
 憑依されたときには、声音が変わるという話はジンも聞いたことがあった。
 確かに、憑依されているときの声は、「声が同じだけど、違う」。
 それを、ジンは、はっきりと感じる。

「いいよ。やってあげよう」
「でも――いいの?」
「まあ、わたしの体だしね。わたしたちで、供養しよう」

(―――いいの? キリコ?)
(いいよ。わたし、もう何度かしてるし、やるとしたらこの体だし――――大切な、友だちの頼みだしね)
(――――ありがとう。本当に)

 ジンは、少しだけ考えて、言った。

「わかった。やろう」

 キリコとジンが「する」のは、これが初めてじゃない。
 でも、ルネと「する」のは初めてだ。
 でも、この体はキリコのもので……。
 ああ、もう、なんだかわけわかんなくなってきたぞ。
 だが、混乱しているのは、ジンだけではないようだった。

「あ、あのさ。あ、あたし――はじめてで、どうやっていいのか、よく、わかんないんだけど」
「お、おう」
(わたしは、何度もしたことあるけど)
(むっ)

 キリコの言葉に、ルネがちょっとだけ嫉妬する。
 だが、そんなことには、もちろんジンは気づかない。
 心の中を、ジンはのぞけないから、二人の会話はわからない。
 どうやっていいのかわからない、という言葉だけしか、ジンには聞こえていないのだ。
 そうだ、そうだな。
 俺がリードしなきゃ。
 未経験のルネを見て、ジンの心が落ち着いていく。

「じゃ、キス、しよっか」
「ぁ……」

(キス、だ…………)
(ルネ、もしかして初めて?)
(うん……はずかしい……でも、うれしい……)

 一瞬、ぽうっ、とした顔をする。
 そんな顔をするキリコを、ジンは今まで見たことがない。
 いや、そもそも、ここにいるのは、今ルネなのか。

「ファースト、キス、だね……」

 よく知っている顔のはずなのに、まるで別人のようで、俺はびっくりする。
 すっごくかわいい。
 そう思ってしまうと同時に、キリコに悪いな、という罪悪感が心の中で、鎌首をもたげてくる。
 もう一度、目を合わせると、キリコが、すっ、と瞳を閉じた。
 俺は、一度、大きく深呼吸すると、キリコのくちびるに、自分のくちびるをつけた。

「んっ、ちゅっ、ちゅっ、んふっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅ、ちゅはぁ……」
(ルネちゃん、エロいよ……)
(だ、だって、これ、きもち、いい、よ……)

 俺が舌を入れると、キリコの舌も、積極的に絡んでくる。
 不思議だ。
 キリコの舌なのに、キリコがこの舌を使っている感じがしない。
 いつものキスとは、微妙に違うのだ。
 やっぱり、ここにいるのは、別人なんだ、という思いを、強く感じる。

「ちゅっ、じゅっ、ちゅるっ、ぢゅちゅるっ、ちゅっ、ちゅぱっ、ちゅうっ」
(あぁ、あぁ、音すっごくたてちゃってまぁ……)
(は、恥ずかしいこと言わないでよ!)
(いつも勝気なルネちゃんをからかえるの、こーゆーときだけみたいだもんね)

 どんどんと、水音が激しくなる。
 たくさん出た唾液を交換して、最初は優しくお互いを確かめ合うようなキスが、徐々に、お互いをむさぼるようなキスに変わっていく。
 相手の舌をなめる。
 くちびるの表側に舌をはわす。
 歯茎とくちびるの間に、舌を入れて動かす。
 口蓋をねぶる。
 どんどんと出てくる唾液が、俺たちのつながった口の中を行ったり来たりする。
 いつの間にか、俺の手が、キリコの胸のほうへと伸ばされる。
 やわらかな感触を手に感じる。
 そして、それとは対照的な緊張が、キリコの体へと走る。
 だが、それは、キスと、ゆっくりとした胸への愛撫で、徐々におさまっていく。

「じゅるっ、じゅぷっ、じゅるるっ、じゅぽっ、じゅちゅっ、ぢゅるるっ、ぢゅぽっ、ぢゅっ!」

 キスの音が、どんどんといやらしくなっていく。
 それに従って、俺の股間のものも、どんどんと硬さを増していく。
 キリコの手を取って、股間に当てる。
 びくん、と、キリコの体が痙攣するのがわかった。
 俺たちは、どちらからともなく、体を離す。

「…………すごい、かたぁい……」

 何も知らない子どものように言うものだから、なんだかゾクゾクしてしまう。

(お、おちんちんって、こんなになってるんだ……)
(早くおまんこに入れたい?)
(お、おま……)
(あ、かわいー、ドキドキしてるの、わかるよー? ルネちゃーん?)
(む、むっつりスケベ!)
(あはは、ごめんね~)
(で、でも、どうすればいいんだろ、これ……)
(じゃ、体ちょっと返して)

 キリコが自由に動きたい、と思っていると、案外すんなりいく。
 基本的に、主導権はキリコにあるようだ。
 するすると、自分の服を脱いで、ジンにも脱ぐように目で合図する。

「今、体使っているの、キリコだろ」
「!」
「なんでわかるの? って顔してるけど、思い切りよく脱ぎすぎだ。いつものキリコじゃないか」
「―――でも、もう、ルネだよ」

 声色が変わった声で、急に言われて、ぞくりとしたものが、ジンの背筋を走った。
 裸の女。
 自分の恋人の裸。
 ジンにとって、それは、ふつう、いきなり興奮するようなものではなかった。
 でも、今は違う。
 恋人の体。
 その中に入っているのは、明らかに、「違う」人間なのだ。
 だれか違う人間が、自分の恋人の中に入っている。
 そして、体を操っている。
 それに、ジンは倒錯的な興奮を覚えた。

(すごいね。ガチガチじゃん)
(え、えと……)
(ほら、おちんちん見てごらんよ。すっごく大きくなってるんだ。悔しいなあ)
(なんで、悔しがるの?)
(だって、恋人のわたしじゃなくて、ルネちゃんの裸を見て興奮してるんだよ?)
(――――)
(恋人の裸だけど、中にいるのは別人だってわかって、興奮してるの。わたしの体で、他の女の子とできる、ってね)
(ごめんね)
(謝ることないって。結局、わたしの体なんだから)
(じゃあ―――遠慮、しないよ)
(うん)

「ちゅっ」
「うおっ」

 いきなり、ペニスに口づけされて、びっくりした。

「い、いきなりで、びっくりした」
「だめ、だった?」

 チロチロと、そういいながらも、先端をなめることを休めない。

「だ、だめじゃないけど…………」
「はむ」

 最後まで男に言わせず、女は、先端を口に含む。

「ちゅっ、ちゅるっ、れろっ、ちゅっ、れろっ、ちゅぷっ、ちゅるっ」
「あ、う、うぁ……」

 慣れないその動きは、明らかにキリコのものとは違っていて―――それでも、本能にまかせたその動きは、確実に快楽をペニスに送ってくる。

「じゅぷっ、じゅるっ、じゅっ、じゅるっ、じゅっ、じゅっ、じゅるるっ!」

 徐々に、深く咥え込んでいき、先端から根本まで、すっかり飲み込まれる。
 また、口をすぼめたまま、引き抜き、先端が口元から離れかけたところで、また根本までずっぽりと飲み込む。
 唾液でべとべとになったペニスと、口が、卑猥な音を奏でる。

「じゅるるうっ、じゅちゅっ、じゅるっ、じゅぽっ、じゅぷっ、じゅるるるっ!!」

 キリコの手が、自分の股間に触れる。
 ぐちゅり。
 そこはもう、恥ずかしいほど濡れていた。

「じゅぷっ、じゅっ……ね、ねえ、あたしのも、さ……」

 立ったままの男に、しゃがんで奉仕していた女は、そのまま、後ろに手をついて、ぱっくりと股を割る。

「見、見える、かな、その……あそこ、が……」

(あー、ルネちゃん、もうちょっと大胆に言っちゃおうか)
(え、な、なに――)

 男の知らないところで、体の主導権が交代する。
 ルネの口調をまねて、キリコが話す。ジンに、まるでルネがしゃべっているかのように錯覚させるために。

「お、おまん、こ、が、びしょびしょ、だか、ら、な、なめ、て………」

(うわぁああああっ! うわああああ! ちょ、ちょっとやめてよね、なんでそんな)
(だってルネちゃん、恥ずかしがりやだもん。もっとガンガン攻めればいいんじゃない?)
(い、いつもこんなこと言ってるの!?)
(いや、言ってないよ? でも、こういうときじゃないと思いっきり言えないしね、恥ずかしくて)
(やってくれるじゃない!)
(自分の彼氏と、他の女の子とのセックスのために、自分の体を使わせてあげてる、や・く・と・く♪)

 からかうようにそう言って、キリコは、もっと挑発する。
 ゆっくりと、自分の指を、あそこにあてて、押し広げる。

「ひくひく、してるよ……欲しい、よ……」

 ジンが顔を近づけると、そこに開いた穴が、ひくひくと蠢き、呼吸をしているように閉じたり開いたりしている。
 ぽっかりと空いた黒い穴が、そこに何かを埋めこんでほしいとささやいている。

「ちゅっ、ちゅるっ、れろっ、れろっ……ぶちゅるるっ、ちゅっ」

 ジンは、そのまま顔をあそこに近づけて、舌でなめとっていく。
 最初は、舌で優しく。なめるように。
 だんだん、口全体を押し当てて、キスするように。

「ぶちゅるっ、ぢゅるっ、ぢゅぢゅぢゅっ!」
「あっ、ああっ、あっ、あああっ……」

 がっくりと力が抜けそうなキリコの体を、腰をもってしっかり固定すると、ジンは優しく囁いた。

「入れるよ……」
「はい……」
(がんばってね、ルネちゃん)

 思わず敬語になってしまった、ルネの緊張を、入ってくる異物の快感が、押し流す。

「あっ、はああああっ………っ!」
「すご、いつもより、締め付け、つよ……」
「つ、つながってるっ、あたしっ、つながってる……!」

 気持ちのままに、二人はキスをする。

「ちゅっ、ちゅるっ、ちゅむっ、ちゅっ、んんんっ、いいっ、いいよおおっ、そこっ、そこ感じるのおっ、いいっ!」

 腰をもって、ゆっくりとゆすっていく。
 からみつく膣壁が、きゅんきゅんとペニスを締め付ける。

「あああっ、いいっ、おちんちん、出し入れされて、気持ちいいっ、そこっ、奥に、んんっ、感じるっ……」

 いつもとは違う、締め付け、快感。
 他の女の子とのセックス。
 自分の彼女の体で、他の子とセックス。

「ああっ、そこっ、お、おま、おまんこっ、おまんこ感じちゃうっ!」

 ルネは、勇気を出して、自分からいやらしい言葉を叫ぶ。
 何かを解放するように。
 何かから自由になるように。

「俺も、気持ちいいよっ、もう、もう出ちゃいそうだっ……」
「いいのっ、あたしも気持ちいいのっ、すごくいいっ! おまんこいいっ、オチンポいいっ、セックス好きっ、おまんこ好きっ、オチンポ好きっ、大好きっ、みんな好きっ!」

 そう言うと、ぴんっ、と足に力が入り―――

「好きっ、あなたが好きっ!! ぁ、あああああああああああああっ!!」

 

 二人だけの部屋で、キリコとジンは見つめ合う。

「行ったのか?」
「うん」

 沈黙。

「もう、いない。わたしの体に、ルネちゃんを感じない」
「そっか」

 二人は、ただ見つめ合って、ほんのちょっとだけ泣いた。
 この世に、彼女は、もういない。

< 完 >

あとがき
 憑依をMCだと思っていなかったのが、感想掲示板でそういうのもありなんだと蒙(もう)を啓(ひら)かされ、憑依ものを一本、とりあえず書いてみようと思った。
 セックス大好きな恋人が亡くなって、主人公の周りの女性に次々とりついて主人公と楽しむ、みたいな「一人ハーレム」の方がわかりやすく、よりMCっぽかったかも。また、完全に男性一人称で、恋人の意志を完全無視の方がMC感はもっとでたかも。でも、この話で書いたような三角関係は好きだ。
 わかるように書いたつもりですが、憑依という特殊条件なので、誰のセリフかが小説だとわかりにくかったか。小説でなく、メッセージウィンドウや音声付きのゲームだと問題ないでしょうけども。
 余談ですが、『確かに、憑依されているときの声は、「声が同じだけど、違う」。』とか書きましたが、『憑依されているときの声はまるっきり別人』という話の方をよく聞いた記憶がありますね。声が同じだけど違う感じのほうがより官能的かと思って、こういう風にしました。

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