幻市 第三章

第三章

 《シンイチ》は自分自身を恐れていた。彼自身事態を正確に把握できていたわけではなかったけれど、いくつか彼が推定したことがある。

一つ、時々自分は性的衝動を抑えられなくなって暴行魔になってしまうことがある(覚えていないけど)。

一つ、目的を達成すると自分は逆行性健忘症のように数十分間に遡って記憶を喪失してしまう(だから行為を覚えていない)。

一つ、暴行するにあたり女性に催眠術の様なモノをかけている可能性がある(そんな技術は持っていないけど)・・・・云々。

 いつ自分が変身してしまうかも知れぬ恐怖から《シンイチ》は緊張して毎日を過ごした。油断すると性欲に流されて気がつくと強姦魔に変身しているかも知れない。彼は異性への興味を押し殺した。その為に勉強に没頭した。身体の反応を押さえるために徹底的なトレーニングで身体をいじめた。

 皮肉なことに結果として彼は「高校記録を塗り替える超中学生級のアスリート」であり同時に「N中学校史上最高の秀才」になっちまった。・・・僕のことさ、笑っちゃうだろう?

 《てん》はおとなくしていたよ。《シンイチ》がほぼ完璧に押さえきっていた。勿論、朝晩二回の定期的な自慰の他に性欲の気配を感じるとタイミング良く処理していたからね。

 2月に野杖医師を訪ねた時も、診察直前に一発処理した上に診療中も緊張をゆるめなかったし、佐伯看護婦がずっと診察室にいて緊張が持続したこともあり《シンイチ》は暴行魔にならなかった。

 事件が起きたのは3月。猫でもサカリを始める時期だから《てん》もそろそろ活動を活発化させたのかも知れない。

 その日は日曜日。3月の17日だ。この日は僕の従弟、叔母さんの亡くなった息子の命日だった。亡くなったのは夏なのだが、毎月この日はおばさんは墓参りに行く。この日も松任まで墓参りに行くことになっていた。

 《シンイチ》は朝のうちから休日の日課となっているランニングに出かけた。普段は加賀前田家の墳墓だとか日露戦争の戦没者の忠霊塔だのがあるN山の周辺を走り回るのだけれど、この日はチョット気合いを入れて犀川を超え、香林坊から卯辰山、浅野川のほとりを上流に向かって走るというフルマラソンコースを自分で設定して昼過ぎに帰ってきた。

 家に帰りシャワーを浴びる。

 シャワーを浴びて茶の間に行くと真純がコタツでミカンを食べていた。

「あれ、真純ちゃん、今日は一緒に行かなかったの、墓参り?」

「うん。行かんかった。フフ、寒いし。どこまで走ってきたん?信ちゃん、よう寒うないがやね」

「結構気合い入れて走ってきたから暑いぐらいだよ。・・・爺ちゃんは?」

「うん、お葬式。富樫のじいじとこの源さんが亡くなってんて。・・・お昼、焼きそばでええ?」

「うん」

 真純が台所に立ったあとのコタツに入る。別に寒くはないのだが、板の間に掘り炬燵を切っているこの茶の間は、冬の間は食卓イコール赤外線コタツなのだ。シャワーの後、短パン一つでいた《シンイチ》は素肌に赤外線の火照りを楽しみながら、ぼんやりと「いいとも増刊号」を眺める。

「できたちゃ」

 真純がやきそばを持ってきて《シンイチ》の前に置くとコタツに滑り込んだ。今日は上下グレーのナイキのトレーニングウェアの上にドテラを羽織り、赤いソックスというおよそ色気のない格好をしている。

「サンキュー」

 焼きそばを食べる。

「ウチのクラスの子が信ちゃんの事、知っとったよ。陸上界じゃ、信ちゃん、メチャクチャ有名なんてんてね。高校生の記録までぬりかえとおて言うとったちゃ。早いのは知っとたけど、そんなやとは知らんかったちゃ」

「うん、走るしか脳がないから・・・」

 真純の学校は県下有数の進学校である。真純もバドミントン部に所属しながらも結構夜遅くまで勉強をやっている。背が高く手足が長い。高い打点からうち下ろされるスマッシュには定評があり、県大会のベスト8まで残ったという話だ。

「そんな事ないちゃ。勉強もよう出来よおし。信ちゃんにはオッカケがついてるって言うとったよ。」

(そんなに誉めないで。真純ちゃんは僕の本当の姿を知らないから、そんな事言えるんだ。僕は君のお母さんを・・・。)

 《シンイチ》は食欲が無くなってきた。

「・・・・そのウチのクラスの子もこの間の大会の応援に行った言うとったちゃ。フフ・・・スタートの直前の信ちゃんの足の筋肉が見ててたまらんがやて」

 と笑いながらコタツの中に手を伸ばし《シンイチ》の素肌の太股をサッと撫でる。

「あっ」と言って《シンイチ》は慌てて足を引く。

「そんなに慌てんでもエエがや・・・」

 真純が笑う。待ってくれ。下半身が敏感に反応し始める。

 《シンイチ》は慌てて残りの焼きそばを口の中にかき込むとコタツを出る。

「アハハ、真っ赤になっとっちゃ。かわいい。フフ」

 やばい、早くトイレにいかないと。《シンイチ》は茶の間を慌てて走り出る。

「信ちゃん、怒ったん?・・・信ちゃん?」

 走り出た《シンイチ》を呆然と見送った真純はやれやれと言った顔つきで苦笑いをすると立ち上がり後を追って部屋を出る。

 廊下には背を向けたまま身体を震わせている《てん》がいた。

「信ちゃん、冗談だって・・・・。怒ったんやったらゴメン・・・。信ちゃん?」

 真純は《てん》の背中に声をかける。《てん》はゆっくりと向きを変えると真純を見た。

 表情の違いに気がついたのだろう。真純が目をむく。

「ヒッ。し、信ちゃん。・・・どうし、キャッ」

 いきなり抱きつこうとする《てん》にビックリして後ずさる。《てん》は真純に笑いかけようとした。

「ふぉっふぉっ。・・・マズミ゛しゃん。マズミ゛・・・」

 変なうめき声を上げて手を伸ばして来る《てん》を真純がビックリして見つめる。

「信ちゃん、信ちゃん・・・どないしたが・・・」

 後ずさりしながら《てん》をなだめようとした真純だが、《てん》の口から糸を引いて床にたれた焼きそばソース色の涎を見て異常の深刻さに気がついたのだろう。「キャァァァ・・・・」突然、大きな悲鳴を上げた。

 向きを変えて逃げ出す真純を追いかけようとして《てん》はバランスを崩し転ぶ。《てん》は床に手をつき体を起こす。逃げ出す真純の背中を見上げると波動砲を発射した。「あ゛、あ゛あ゛~」背中を突き飛ばされたようにもんどりうって倒れる真純・・・。

 《てん》はゆっくりと立ち上がると真純に近づき呼びかける。

「マズミ゛・・・。フォッ」

 真純は倒れたまま動かない。

 襟首を掴んで真純の身体を茶の間まで引きずり運ぶ。部屋の中央にあぐらをかいて座ると膝の上に真純を抱き上げる。真純を抱きしめると頬を寄せる。「フォッ」。真純の顔があっという間に唾液でベトベトになる。真純は目を閉じて気絶しているようだ。

 分厚いどてらを脱がす。夏みかんの皮をむいたように中から柔らかい真純の身体が現れる。《てん》は随分と器用になっていた。グレーのトレーニングウェアの上から真純の輪郭をなぞる。

 《シンイチ》は真純に女を意識したことは無かったが《てん》は真純が好きだった。勿論、《てん》にあるのは愛情ではない。性の対象として真純のことを好ましく思っていた。まあ、女だったら見境がなかったというだけの事かも知れないけれど・・・。

 上半身を脱がす。ブラのホックも簡単に外せるようになっていた。おっぱいを撫で回し握りしめる。野杖医師よりも小さい。《てん》は真純を膝の上から突き落とす。真純の身体が転がって板の間に落ち俯せになる。尻に手をかけトレーニングウェアと下着を抜き取る。最後に引っかかっていた足首が外れると赤いソックスだけをはいた裸の足がドタッと板の間に落ちた。

 丸くて柔らかい尻の肉を両手で鷲掴みにすると《てん》は満足の笑みを浮かべ・・・そう、《てん》はもう笑みを浮かべられるほど感情を持ち始めていたんだ。

 《てん》は穿いていたショートパンツを脱ぐと真純の足元に回る。俯せにしたまま足を開かせると腰に手を回し尻を持ち上げさせた。

 その時だ。突然大きな怒鳴り声が聞こえた。

「し、信一っ。貴様ぁ、な、何を・・・」

 祖父の声だ。《てん》がゆっくりと振り向くと茶の間の入り口で祖父が体を震わせて立っている。

 祖父は大またで《てん》に近づくといきなり《てん》の頭を張り飛ばした。襟首を掴んで《てん》を立たせようとして《てん》の表情に気がつく。

「し、信一?・・・お前、一体どうした・・・・・」

 《てん》がいきなり吠えた。

「ンンガァッ」

 祖父の身体を振り飛ばす。祖父の身体は吹っ飛んで倒れ、そのまま床を滑って部屋を飛び出すと廊下の壁に背中からブチ当たった。

「ムムゥ、・・・オマエ・・・し、信一っ、・・・つぅ」

 《てん》は立ち上がると祖父に近づき襟元を持って床に押さえつけると祖父を睨んで怒鳴りつけるように波動砲を発射した。「あ゛あ゛っ、あ゛~」祖父の表情が消える。ぐったりとした祖父の頭を持ち上げるようにしてもう一度波動砲を叩きつける。「あ゛~あ゛~」まだ、怒りが納まらない。続けざまに波動砲を浴びせかける。祖父の両足が痙攣をしている。目の玉が裏返って白目になっている。《てん》が手を離すとゴトンと音を立てて祖父の頭が落ちた。

 突然「ひ~~~~っ」という悲鳴が聞こえ《てん》が振り向くと、真純が体を起こし衣類を胸に抱いたまま顔を引きつらせている。

 そう、その時の《てん》はまだ知らなかったが、波動砲は頭に当てると相手の意志を奪い取ることが出来るけれど、身体に当てたときは昏倒させるだけなんだ。さっき真純は波動砲を背中で受けていた。いつの間にか正気を取り戻したのだろう。

 《てん》は体を起こすとゆっくりと真純に近づく。真純は声も出ない。服を胸に抱いて尻で後ずさりをしながら《てん》から逃れようとするがコタツに背を当てて止まる。眼を左右に泳がせて逃げ道を探すが腰が言うことを聞かない。

 《てん》は口をパクパクさせている真純の前でしゃがむ。

「ヒッ・・・あ、あわわっ」

 真純は恐怖ですくみ上がるが声が出ない。《てん》は片手で真純の顎を掴む。真純の目が恐怖で一杯に見開かれる。

「まずみぃ。・・・ヌフォッ、まずみぃぢゃん」

 《てん》は楽しそうに手のひらの上の真純の顔を覗き込む。真純が失禁したらしい。床に水たまりが出来、どんどん広がる。

 《てん》は自分の手のひらの上で恐怖に歯を鳴らしている真純の顔にそっと口を近づけ、小さく強く波動砲をぶつける。「あ゛っ」強ばっていた真純の顔が静かに表情を失い、顎の抵抗が消える。

 《シンイチ》は自分が中腰になり両手で誰かのお尻を抱いている状態で気がついた。即座に状況を理解した。(ま、又やってしまった。)自分が抱いている尻が従姉の真純の尻だと言うことは顔を確かめなくても判る。自分のモノは、まだ彼女の身体の中に入ったままだ。心地よい射精感が腰に残っている。(あぁ、全く僕という人間は・・・)身体を真純の熱い体内から引き抜く。糸を引く芯を抜き取ると真純の身体が平たくつぶれた。

 床がびしょびしょだ。どうも小便らしい。はて自分のか、それとも真純のか?真純の着ていたトレーニングウェアもぐっしょりと濡れている。トレーニングウェアで真純の身体と床を拭く。

 ふと、廊下に倒れている祖父が目に入る。身体が凍りつく。(じ、じいちゃんっ)心臓が縮み上がる。

 恐る恐る倒れている祖父に近づく。白目をむいている。声をかけようとしてためらい、そっと肩に触る。おかしい。震える手を祖父の首筋に当てて「わっ」と声を上げ尻餅をついた。(死んでる。じいちゃんが死んでる)目を恐怖で見開きながら祖父を見つめる。

 《シンイチ》は床に正座をした裸の真純の肩を抱いている。真純に暗示をかけ一切合切を思い出させる。真純は泣きじゃくっている。叱りつけるようにしながら何が起こったのかを聞き出す。《シンイチ》の身体も震えている。真純が恐怖で泣き叫びながら話す自分の姿はおぞましかった。自分は一体どうなってしまったんだ。気が狂っているのか?

 自分が祖父を殺したらしい。・・・というか変わり果てた《シンイチ》の姿に恐怖して祖父の心臓が止まってしまったのか・・・?祖父が死んだところは真純も見ていなかった。

 真純を眠らせた後も《シンイチ》は茫然と床に座り込んでいた。

 祖父の死因は「脳溢血」だった。頭の中で脳が沸騰したように細かな出血が広がっていたのだそうだ。

 自分が殺したのか?それとも高血圧だった祖父の持病のせいなのか?《シンイチ》は悩んだ。

 《てん》という悲しみ、恐怖を無視できる人格を頭の中に持っていなかったら《シンイチ》の人格は崩壊していたかも知れない。

 《シンイチ》は《てん》の後始末ばかりやっている。《てん》という人格の中に性欲を押し込めて思春期の《シンイチ》は女性に一切興味を覚えなかったのだろうか?

 確かに学校では「女嫌い」で通っている。だけどその《シンイチ》にも少しずつ性欲が芽生え始めていた。

 きっかけはやはり真純の裸だろう。それまで性的衝動もないのに反応する身体を鎮めるためだけに自慰をしていた《シンイチ》だが、あの日以来、女性の身体を頭の中に描きながら自慰をするようになった。

 《シンイチ》が性欲を覚え、《てん》に感情が芽生える。このころから両者の距離は接近し始めていたのかも知れない。

 《シンイチ》が童貞を捨てた日のことを教えよう。もちろん《てん》は何回もの経験があるが《シンイチ》は自分で経験した実感はなかったのだ。

 その日、朝から《シンイチ》は胸騒ぎを覚えていた。

 新学期になって間もない日で、N中学は創立記念日で学校は休みだった。友人三人が《シンイチ》の家に遊びに来ることになっていた。《シンイチ》の家は学区の外れにあったこともあり距離も遠く友人が遊びに来ることも滅多になかった。

 N中学は一学年8クラスの学級編成となっていて、体育の授業は2クラスずつ合同で男女別に行う。5月に行われる体育祭も2クラスずつが組になって成績を競う。

 その日遊びに来る3人は《シンイチ》のD組と隣のC組の体育委員。《シンイチ》を入れて4人の体育委員だ。体育祭の応援の企画と選手選考の方針の打ち合わせと言う名目で《シンイチ》の家に集まることにしたのだ。

 C組の体育委員は茶谷良平と新垣忍。D組は《シンイチ》と絹田恵だ。

 良平はサッカー部のFW。明るい性格でつきあいやすい良いヤツだ。親しい友人が決して多くはない《シンイチ》だが良平とは不思議と馬が合う。

 実は良平はD組の体育委員である絹田恵と交際中だった。恵は女子バレー部。しなやかな体育会系のボディにショートカットが似合う美人だ。二人の開けっぴろげな性格もあり、良平と恵の仲は公然のもので、まぁお似合いのカップルだった。

 良平のクラスのもう一人の委員の新垣忍は陸上部のマネージャー。小柄で日本人形のような雰囲気で性格もおとなしい。身体が弱いので鍛えるために陸上部に入ったと言うことだが、決して走るのが得意でもないのと良く気のつく性格からいつのまにかマネージャーという位置づけになっていた。

 《シンイチ》と忍は同じ陸上部とは言ってもほとんど私語は交わした事はない。「女嫌い」の《シンイチ》とおとなしい忍だ。だけど忍が《シンイチ》に好意を持っていることは《シンイチ》は知っていたし、忍も《シンイチ》の気持ちにひょっとしたら気がついていたかも知れない。今日の会合は二人のそんな微妙な関係に感づいた良平が計画したモノなのだ。

 叔母は仕事だし真純も学校だ。《シンイチ》は朝から四回も処理をして自分の性欲が暴走しないように気を付けた。それでも、どうもイヤな予感がするのだ。(今日の僕は、どうも必要以上にワクワクしている。)

 3人がやってきた。良平はいつもの良平だが、恵と忍は妙に大人びている。普段の野暮ったいセーラー服と違い今日は当然私服だ。特にやせっぽちで子供っぽかった忍の雰囲気の違いに《シンイチ》はビックリした。

 応接間に通す。今時、玄関脇に応接間などというモノを造る家は少ないけれど、祖父の家は戦後日本のスタンダードである和洋折衷の基本を忠実に押さえて設計されていた。7点セットなどと呼ばれる応接セットをデンと据えた応接間を玄関脇に拵えていた。

「東君、なんか今日おかしいよ。緊張しとんちゃう・・・忍が来とるし」

 恵がからかう。忍が真っ赤になる。

「ダラァ、いきなりカマすヤツがあるかぁ。かえって緊張してしまうやんか」

 良太が恵を叱る。《シンイチ》は苦笑いをして紅茶の準備に行く。

「でも大きな家やねぇ、東君ち」

 忍がキョロキョロしている。

「おいねんて。メグは信一のじいちゃんの葬式ん時、一度来たんやったな。忍は初めてか?」

「そりゃそうやよ」

 3人がけのソファーに恵と忍が座り、向かい側に並んでおいてある2つの一人がけのソファーに《シンイチ》と良太が座る。

「東君。今日の忍ちゃん、素敵やろ?」

「うん」

 これは本当だ。この世代は男の方が子供っぽく見える。体格の良い恵は当然だが、小学生にも間違われそうな忍が今日は妙に大人っぽい。

「忍ちゃんち、ブティックやから洋服のセンス良いんよ」

「ブティック?・・・そうかぁ、どうりで・・・」

「違うって、洋品店。・・・ただの洋品店やちゃ」

 濁音が多い金沢弁も忍が発すると柔らかく聞こえる。

 恵は黒のハイネックのセーターに黒のコーデュロイのパンツ。細身なのに大きい胸がセーターで強調されている。

 忍はDunhillの縫い取りのあるベージュのセーターの襟から淡い色のスカーフを覗かせ、ボトムはチェックのスカート。紺の薄手のストッキングをはいている。学校の決まりでいつもは括っている髪の毛を一方に流しているせいか大人びて見える。

 ピンクパンサーの絵が入っているだぼだぼトレーナーにジーンズの良太では太刀打ちできない。

 恵が中心となってテーマを整理し議論が始まる。忍がメモを取っていく。

「信一、オマエ、やっぱ今日、少し変やぞ」

 《シンイチ》は少し前から動悸がし始めていた。(マズイかも知れない。早く終わらせて皆を帰らせないとやばいことになる。)

「大丈夫。早く片づけようぜ」

 《てん》は《シンイチ》の目を通してずっと恵を見ていた。マッチ棒のような忍には興味はない。良く発育した身体を持ち躍動的な恵こそが《てん》の好みだった。

《シンイチ》は無理をして話に参加していた。

「東君、大丈夫?汗かいとっちゃ」

 忍が心配してくれる。

「信一、顔が青いがやぞ」

「大丈夫だって・・・」

「ほやかて、オマエ・・・」

 良太が心配して《シンイチ》の額に手を伸ばす。

「お、俺に触るなっ」

 《シンイチ》が大きな声を出す。良太が慌てて手を引っ込める。他の二人も目を丸くして《シンイチ》を見つめる。

「だって、オマエ、普通やないじ?・・・俺は心配して・・・」

「あ、あぁ、すまん。ごめん・・・良太」

(まずい、トイレに行かなくちゃ大変なことになる。)

「すまん、良太。・・・ちがうんだ。・・・あ、あぶないんだ」

 《シンイチ》はもう汗ビッショリだ。

「何や、どしたんや、信一。何が危ないんやて?」

「あ、あぶないんだ・・・・し、忍ちゃん」

「えっ?忍がどないし・・・お、おいっ。信一っ、しっかりしろっ」

 《シンイチ》は震え始めていた。皆が一斉に《シンイチ》の名を呼ぶ。《シンイチ》は両肩を抱えてガタガタと痙攣し始めた。

「信一っ」

「東君っ」

 《シンイチ》はナントカ顔を上げる。正面に慌てた様子の忍が見える。《シンイチ》は「逃げてくれっ」と言おうとした。

 代わりに出たのは「あ゛・あ゛~あ゛~」。

 少し休憩だ。話し疲れた。

 僕はもう一本ビールを頂く。美紀ちゃんは本当にいらないのかい?

 ・・・じゃあ、又、僕だけ失礼するよ。

 君の身体に波動砲をぶつけてこうして二人きりになってから、もう4時間が経つ。

 美紀ちゃん、大丈夫かい?トイレに行きたくないかい?

 行きたい?

 OK.チョット待って、今、その手と足をほどいてあげる。

 血は止まっていないだろう。

 このストッキングって言うヤツは手足を縛るのに

 最適な材料なんだ。

 あれ、固結びになっちゃってる、ちょっと待ってね。

 そうだ、このチャンスに君に波動砲を味わわせてあげよう。

 ああ、そんなに怖がらなくても大丈夫。ソフトなのを一発だけだから。

 ほら、暴れないで。ほどけないじゃないか。次からはこれで縛るのはやめとこう。

 じゃあ、波動砲いくよ。君が逃げようとしたり、大きな声を上げようとしたら僕も困るから、ゴメンな。

あ゛っあ゛~」(強い雑音)

[編集部注]

 この後、話し手が聞き手に近づき囁くような声となった事、及び盗聴マイクから遠ざかって会話が行われた事により数分間は聴取不能。

 さあ、美紀、美紀ちゃん。僕が「はい」って言ったら美紀ちゃんはもとの美紀ちゃんに戻ります。

 はい

 ホラ、痛くも何とも無かったろう?

 ハハハ、何、キョトンとしてるんだ。今、君はトイレに行って用を足して戻ってきたんだよ。

 何も覚えていない?

 それがやっぱり催眠術と違うところだな。僕は君に忘れろっていう指示すらしていないんだから。

 信じられないって顔をしてるね?

 いいんだけどさ、別に、信じてくれなくても。

 あっ、それと君には一本電話をかけて貰った。

 イヤ、大した用件じゃない。相手が留守なのは解っていたし、留守電に伝言を入れて貰っただけさ。

 そう、アイツのところに電話をかけたんだよ、君は。

 「今日は例のレストランをキャンセルして、ウチに来て。料理作って待ってるから・・・」って。

 7時にあいつはココに来るよ。

 まだ、信じてない?・・・・それはそれで困ったな。

 OK.証拠を持ってきてあげよう。チョット待っててね。

 ・・・・・・

 これが解るかい?ティッシュにくるまってるけど解るだろう?

 そう、あれだ。

 さっき君をトイレに行かせたら、トイレじゃなくて洗面所に行くじゃないか。

 何かなって思ってついていったら君は鏡の横の引き出しを開けてタンポン、タンポンて言うんだよね、これ、タンポンを出したのさ。

 これを持ってトイレに行って、用を足した後、取り替えていたよ。

 ウォシュレットで洗った後、新しいのを入れて、これをティッシュにくるんでトラッシュボックスに捨てたんだ。覚えてないと思うけど。

 信じた、ふふっ。

 でも、これ、ネットオークションに出したら高値がつくだろうな。

「女子アナ界のホープ・・・TBCの高嶋美紀アナの使用済みタンポン」

 ああ、泣かないで、冗談だって・・・。

 君が信じてくれないから、こんな証拠を見せなくちゃならなかったんじゃないか。

 ホラ、泣かないで。

< 第四章へ続く >

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