其は愛しき想いを紡ぐモノ

- 序 -

「おいしい?」

 女の子が一人、木々に覆われた山の斜面に、ひざを抱き込むようにしてしゃがんでいる。ひざの裏側に、柔らかそうなピンク色のスカートの裾を挟んでいるのは、幼くても女の子、ということだろうか。
 女の子は、目の前の小さな生き物に、自分のおやつを分け与えていた。
 小さな女の子から見ても、なお小さな生き物に、まるでお姉さんになったかのように、おしゃまに接している。
 木々の間から零れ落ちる光が、一人と一匹を優しく照らしている。
 女の子は自分が食べる分よりも多く、おやつを小さな生き物を与え、小さな生き物はその意味を理解しているかのように、きゅいっと可愛らしく鳴いて、嬉しそうに女の子の手からおやつを貰っていた。
 とても静かで、とても暖かい光景だった。
 土地開発があまり行われていないのか、少女の髪を揺らす風さえも、コンクリートや鉄や排気ガスといった人工的な成分を含まず、いっそ清浄な気配に満ちていた。
 もしかしたら、ここは野生の生き物たちの、聖域なのかも知れなかった。

「ごめんね。もう、これでおしまいなの」

 女の子が申し訳なさそうに言うと、小さな生き物は、きゅっ?と鳴いた。
 それは、「もう、おしまい?」と言っているように女の子に聞こえた。べつに責めている訳ではないと判っていながら、女の子は申し訳無い気持ちで、小さな胸が一杯になる。

「ほんとにごめんね。でも、明日もまたおやつを持ってくるから。ね?」
 きゅいっ。

 小さな生き物は、嬉しそうに鳴いた。
 女の子も、その聞き分けの良い様子に、嬉しそうに笑みをこぼした。

 それは、遠い昔のお話。
 愛美が世界の全てから愛されていると無邪気に信じる事が出来た、遠い遠い昔のお話。
 そして、子供の頃の記憶も薄れ、常識という名の知識を身に纏った今、再びお話は始まる。

- 壱 -

 愛美はきょとんとした顔で、目を覚ました。
 アパートの3階に位置するこの部屋は、近くに高い建物が無いせいもあって、雀達の姦しく囀る声が良く通る。
 晴れた日ともなると、寝ている事を責められているんじゃないかと思うぐらいに騒々しい。
 だから、今日はなんで今目が覚めたのか、自分でも判らずにいた。
 窓の外はまだ薄暗く、雀達が飛び回るほどには明るくは無いようだった。
 かといって、悪夢を見て飛び起きたというのも違い、気が付いたら目が覚めていた、そんな理不尽な状況だった。心地よい目覚めともちょっと違うし、寝直すという気にもならない。それはなんだか損したみたいだと、愛美は思った。
 さっきまで見ていた夢の残滓を捕まえようと、愛美は眠気の無いままに、目をそっと閉じた。けれど、楽しかったとか、懐かしいとか、そんな印象だけは思い出せるのに、夢の記憶そのものにはすっかり逃げ去られた後だった。

「何の夢、だったっけ?」

 思い出せないもどかしさに、愛美は溜息混じりに呟いた。
 何か、大切な思いだった気がする。
 けれど、伸ばした手からすり抜けるように、夢の記憶は忘却の彼方へと流されていた。

「仕方ないかぁ」

 愛美は気を取り直して、ベッドから床へ降りた。サイドテーブルからお気に入りの丸眼鏡を取って、定位置に装着する。愛美は、ちょっとやぼったい感じのするこの丸眼鏡が、自分でも不思議なくらい気に入っている。壁に掛けられた姿見を見ると、さらさらの黒髪をストレートに腰まで流した、ちょっと間違えると鈍臭そうにも見える丸眼鏡の娘が、こちらを見ている。

「さ、せっかくの早起きなんだから、シャワーでもあびようかなっと」

 愛美は軽く伸びをすると、お風呂場へと向かった。

 ・
 ・
 ・

 その夜の事。
 愛美はお風呂を出たばかりで火照った身体を夜風で冷ましながら、朝の事を思い出していた。普段はどんな夢を見たかなんて、いつまでも引きずるような事は無いのだが、今回だけは妙に気になった。

「へんなの。でも、とってもいい夢だった気がするんだけどなぁ」

 もう、起きた時ほどには、その夢のイメージは憶えていない。どうせ思い出せないのなら、そのまま緩やかに忘れたっていいはずなのに、何故か愛美自身がそれを惜しむような気持ちになっているのが、自分でも不思議だった。
 愛美は窓辺に座りながら、見るとも無しに茫と外を眺めた。
 降ってきそうな星空が、驚くほど綺麗だった。

 キィイインッ!

 硬質な、まるで音叉を鳴らしたような音が響いたのは、その瞬間だった。
 愛美には、音がどこから聞こえてくるのか、まったく判らなかった。窓の外にも、部屋の中にも、顔を向けた方向に音源があるように思えた。もしかしたら、その音は愛美の耳の奥で発生しているのかも知れなかった。

「な、なに、これっ」

 一瞬で、愛美の周囲が薄暗い洞窟の中に変わった。まるで、瞬間的に自分の部屋から別の場所に、位置を入れ替えたかのようだった。
 洞窟の壁や床は、まるでぬめぬめと蠕動する内臓のように見えた。愛美は座った状態でパジャマ越しに伝わる感触に、気が狂いそうになるほどの気持ち悪さを感じた。

 きゅいっ。

 背後から突然聞こえた鳴き声に、愛美は「ひっ」と小さく悲鳴を上げながら、泣きそうな顔で振り向いた。こんな訳の判らない状況で出会う生き物が、無害な訳が無い。それでも振り向いたのは、振り向かないでいる方が、もっと恐ろしい事になる気がしたからだ。そして、一瞬後に愛美は後悔した。

「あ・・・う・・・や・・・」

 まるで言葉を忘れてしまったかのように、愛美は言葉にならない声を漏らした。頭の中が衝撃で真っ白になり、まともな反応を出来ずにいる。立ち上がって逃げる事も、後ずさりする事さえも、愛美は出来ずにいた。
 そこにいたのは、異形だった。
 たまごのような形の本体は、高さが50cmぐらいだろうか。まるで皮を剥いて肉を剥き出しにしたような色で、見ただけで愛美の中に恐怖と嫌悪感が生まれた。その中心に握り拳ぐらいの大きさの、やけに人間のものに似た目が一つだけ付いている。口も、鼻も無い。
 身体の下からは触手が20本ほど生えていて、先端は空中でゆらゆらと揺れている。歪な事に、触手も、触手の先端も、形や太さなど全てがばらばらに見えた。

「あ・・・あぅ・・・あ・・・」

 愛美はその生物と目を合わせてしまい、蛇に睨まれたカエルのように、嫌な汗を流しながら、身動きひとつ出来なくなっていた。

「ひ・・・あ・・・ぅ・・・っ」

 そのままでは、精神に異常をきたしてしまう――誰でもそう思ってしまうほどに顔を恐怖で歪ませて、愛美はイヤイヤをするように顔を振った。振り始めた顔は、愛美自身が止めようも無く、狂気を感じさせるように、何度も、何度も、激しく振られた。艶やかな愛美の髪が、顔が振られる度にばさばさと乱れた。愛用の丸眼鏡が外れる寸前までずれて、それでもどこかに飛んでいかなかったのは、いっそ滑稽に見えた。

 きゅーっ。

 ソレは、外見の割りにどこか愛嬌の感じられる鳴き声を上げた。
 その瞬間、頭の中を気持ちのいい涼風が吹き抜けていったような、不思議な感覚を愛美は覚えた。それが気のせいでない証拠に、それまでの恐慌状態だった愛美の心が、まるで静かな湖の水面のように、すうっと落ち着いた。さっきまで、自分がなんで怖がっていたのか、理由がさっぱり判らない、そんな表情で愛美はきょとんと肉色の地面に座り込んだ。

 きゅ。

 ソレが、鳴き声と同時に触手を愛美へと伸ばした。どういう現象か、触手はそのままの太さを保ちながら、長さだけが変わっているようだった。それに、伸びた触手の事を考えると不思議な事に、これだけ重心を前に集中させても、そのたまごのような形の身体は、転がるという事はないようだった。

「うーん、どうしたらいいのかなぁ」

 愛美は、自分に迫る触手を見ながら、どこか他人事のように呟いた。
 頭の中の理性は、この状況は逃げるのが普通だと判断しているというのに、感情がそれに付いて行っていなかった。自分の鼻先まで近付いた触手を見ても、怖いとか、気持ち悪いとかいう負の感情が、まったく湧き上がらなかったからだ。
 愛美のその精神状態は、触手が器用に愛美のパジャマを脱がしても、下着を剥ぎ取っても、丸眼鏡を外しても、変わる事無く続いていた。ただ触手のなすがままに、衣服が脱がされるのを見ていた。パンツを脱ぐときなど、自分から腰を浮かせさえした。

「私のはだか、見たいの?」

 疑問に思って愛美が聞くと、ソレはきゅいっと鳴いた。なんとなく、愛美には肯定の返答に思えた。
 愛美は自分の身体を見下ろした。
 これぐらいなら眼鏡が無くてもどうという事は無いが、その結果判る事は――。

「私、あんまり胸、おっきくないよ?」

 別に卑下するほど、愛美の胸は小さくは無い。愛美の手のひらに余るぐらいの大きさの胸は、大きいか小さいかを判断するのは、見た者の趣味によるだろう。
 ただ、きめ細かな肌で張りがある胸は、重力に負ける事なく美しい曲線を描いている。その事について不満を覚える者はいないと思われた。

 きゅー、きゅいっ。

 まるで、「そんなコトない」と言わんばかりの調子で、ソレは鳴いた。
 愛美が魅力的であることを訴える様に、ソレはたまご型の身体を左右に揺すった。
 愛美はその動きを見て、どことなく可愛らしさを感じてくすっと笑った。

 きゅ。

 触手の一本が、愛美の右手に向かってにゅるりと伸びた。下半分が、まるでイソギンチャクのように小さい触手がたくさん生えている。愛美は、もう少し小さい触手が長かったら、掃除の道具みたいだと呑気に思った。

「んっ!」

 触手が、小さい触手を右手の手のひらに擦り付けるようにして、にゅるにゅると動いた。何かの液体を分泌しているのか、ねとつく感触が手のひらに残った。
 愛美が思わず声を上げたのは、手のひらからとは信じられないほど、触手の触れる感触が気持ちよかったからだ。
 最初はこそばゆいという感じだったのが、次の瞬間には手のひら全体が性感帯だったのかと思うほど、ゾクゾクといても立ってもいられないような快感に転化した。愛美はぷるぷると身体を震わせながら、右手を触手に蹂躙させた。

「きゃうっ!あ、やんっ。手が、手のひらが、んっ、手の甲も、指もぉ、あっ、ぜんぶ、き、きもちいいよぉ」

 ずるずると、触手は右手のあらゆる部位に巻きつき、小さな触手を擦りたてた。小さな触手が擦れる度、触手がずるり、と動く度、愛美の右手に快感が湧き上がった。

「あっ、あっ、あっ、あっ、はあっ、んぅ!」

 触手の先端が人差し指の爪と指の間をつん、と突いた瞬間、とうとう愛美は絶頂に達した。普通の人間の愛撫では絶対に絶頂に辿り着けないはずの場所で、信じられないほどの快感を感じて。
 いつの間にか膝立ちで喘いでいたのだが、身体中から力が抜けて、ぺたんと肉色の地面にお尻を落とした。触手が右手を引っ張っていなかったら、そのまま後頭部から倒れていたかも知れない。

「はぁ、はぁ、す、すごかったよぉ、はぁあ・・・」

 愛美は、絶頂の余韻で陶酔しきった表情で、荒い息を吐きながら呟いた。
 恐怖も嫌悪感も感じられない今、愛美は触手から与えられる快感を、ありのままに受け入れていた。
 そんな愛美を、ソレはどこか誇らしげに見詰めていた。

- 弐 -

 にゅるり、と。
 新たな触手が二本、愛美の前に伸びた。
 今度の触手は、先端に花のつぼみのような突起が付いている。

「ん?」

 だいぶ息が整ってきた愛美が不思議そうに見詰めると、そのつぼみの部分に均等に3本の亀裂が入り、かぱっと開いた。中にあるのは、ぽこぽこと粒状の突起が内部に張り付いた空洞と、奥から伸びる細長い蛇の舌のような器官。

「わ。びっくり」

 あまり驚いていないような口調で、愛美は目を丸くした。
 その反応は、水族館で厚いガラス越しに、不思議な生き物を見たという程度でしかなかった。

「あんっ」

 愛美は、ビクンッと身体を仰け反らせた。
 二本の触手が、左右の乳首を咥え込んだからだ。内部の濡れた粒々が乳首を擦り上げると、それだけで頭が真っ白になるほど気持ちよかった。

「くぁうっ!」

 乳首に、鮮烈な快感が加わった。見えはしないが、乳首の先端を、尖ったものにツンツンと突かれているような感じがした。普通の状態で同じ刺激が与えられれば、もしかしたら痛いだけだったかも知れない。けれど、今の異常な快感に蕩けそうな乳首は、尖ったもので突かれる感覚さえも、快感として受け止めていた。

「いいっ、ちくび、とけちゃうっ!」

 乳首の付け根から側面を擦り上げられ、先端は突かれて、愛美の乳首は今までにないほど硬く屹立していた。それだけでなく、まるで神経が剥き出しにされているかのように、全ての快感が先鋭化されていた。

「いい・・・いいのぉ・・・ひぁんっ!」

 意識が乳首に向いている間に、また右手が触手で擦りたてられた。今度は手だけでなく、手首から肘の内側から上腕部から脇の下から腕の付け根から、まるで腕全体を触手で覆おうとするように伸びた。肩まで来ると、今伸びた分縮んだり、また伸びたりと、腕全体を細かく愛撫する。その快感が、乳首をいじめられる快感と合わさって、目が眩むほどの絶頂へと昇華された。

「ひあっ、またいくっ、いくっ、いくぅっ!!」

 ビクビクっと、愛美の身体は感電したみたいに、何度も痙攣した。今度の絶頂はさきほどのものよりも深く、しかも長く続いた。あまりの快感に、愛美は締まりの無い蕩けた表情で、だらしなく開いた唇の端から涎を垂らして、幸福感に涙を流した。
 時間の経過と共に少しずつ波は小さくなっていったが、身体中がじんじんと痺れるような快感は、堪らなく気持ちいい余韻として、暫く愛美の身体に残った。
 やっと連続する絶頂感から開放されて愛美の全身から力が抜けると、別の触手が愛美の背中に回され、優しく肉色の地面に横たえられた。それはまるで、王子様がお姫様をベッドに下ろすような繊細さで、荒い呼吸を繰り返す愛美をくすぐったい気持ちにさせた。

「あん」

 別の2本の触手が、愛美の両足に絡みつくと、そこからゾクゾクと背筋が震えるほどの快感が生まれて、愛美は甘えたような喘ぎを漏らした。愛美の反応に気を良くしたのか、触手は愛美の両足を持ち上げるようにして、大きく開かせた。その格好で固定されると、信じられないほどにぐしょぐしょに濡れ、挿入を待ち侘びてヒクヒクと痙攣する秘所が剥き出しにされる。さすがに愛美は羞恥心を覚えたが、それと同時に不思議な嬉しさも感じて、触手に抵抗しようとは思わなかった。

「あ・・・お、お○んちん?」

 横たわる愛美の顔の上に、先端が男性器に良く似た触手が伸びてきた。竿の部分がごつごつと大き目の粒が付いていたり、男性のそれには出来ないくねり方をしてはいるが、おそらく用途は同じだろう。その行為は、これからコレを愛美の中に入れると、愛美に教えるためにしているようだった。

「ん・・・い、いい・・・よ。わたし、はじめてだけど・・・あっ・・・きて・・・」

 その触手を見た瞬間、愛美のお腹の奥が、きゅっとうねるような切なさを感じていた。だから、頭で考えるよりも確かに、愛美はそれが自分の中に入ってくるべきものなのだと、理解していた。それに、触手が愛美に見せるように目の前にきたのは、きっと愛美の承諾を待っていたのだと、気が付いていたから。愛美は、今も右腕や両足、乳首からくる快感で身を焼かれながら、触手を受け入れる言葉を口にした。

 きゅいっ。

 愛美の言葉に、ソレが嬉しそうに鳴いた。それだけで、愛美の心に嬉しいという感情が溢れ出た。ゆらゆらと男性器に似た触手が下半身の方に移動するのをどきどきしながら見守っていると、愛美の前に別の触手が伸びてきた。
 それは、ある意味今までの触手の中で、一番醜悪なものだった。
 触手の先端が、人間の唇の形をしていた。
 微かに開いたその奥には、やはり人間のものに似た舌があるのが見えた。

「ん」

 快感の中で、愛美はそっと目を閉じて、すこしだけ唇を前に出した。
 自分から、キスをねだるように。
 愛美は、今まで誰にも許した事の無い唇を、自分から触手に与えた。
 ちゅっと音を立てて触手の唇が、愛美の唇に合わさった。愛美はぴくんと身体を震わせて、それから全てを委ねるように全身の力を抜いた。触手の唇は、他の触手と違って鋭い快感を与える訳ではなかったが、愛美の魂が蕩けるような陶酔を与えてくれた。愛美は耽溺するように、自分から触手の唇に、啄ばむようなキスを繰り返した。

「んんっ!?」

 愛美の唇を割って、触手の舌が差し込まれた。さすがに一瞬愛美は驚いて身体を硬くしたが、触手の舌が「いい?」と聞くように、愛美の舌の先端におずおずと触れると、愛美の方から触手の舌に、自らの舌を絡ませた。

「んぅ、んちゅ、ん、ぁん」

 触手の舌が、愛美の舌の付け根を舐めて、それから舌の裏側を先端まで、つつつっと舐め上げる。愛美の舌が触手の口に入り込んで同じ事をしてあげると、触手の舌は嬉しそうに愛美の舌に絡みつく。愛美は息苦しさを感じながらも、夢中になって触手の舌と戯れ続けた。

「あん、あぁ・・・」

 触手の唇が離れようとしているのを感じて、愛美は残念そうな喘ぎを漏らして、それでも触手の舌を開放した。ただ、自分の唇から離れる舌を見た瞬間、とっさに自分から追いかけて、触手の舌の先端にちゅっ、と音を立ててキスをした。いつの間にか、愛美の中は触手に対する愛おしさで一杯になっていたから、離れていく舌を見た時、無意識に身体が動いてしまっていた。

「ああん、ね・・・つづけて・・・ね?」

 愛美は微笑みながらソレに言うと、自然に力の入っていた下半身から、意識して力を抜いた。男性器に似た触手が秘所に近付くのを、胸をどきどきと高鳴らせながら待った。

- 参 -

 男性器に似た触手が、誰にも触らせた事の無い、愛美の大事な場所へと近付く。

――痛いのかなぁ。でも、この子にさせてあげたいもの。少しぐらい、我慢しなくちゃ。

 愛美は心の中でそう決意すると、どこかで違和感を感じた。
 それは、嫌な感じではなくて、いつ、どこでの事か判らない、けれど確かな実感を伴った既視感だった。とても大切で、とても大事な、なのに思い出せない記憶の欠片。

「あんっ」

 しかし、愛美には、ゆっくりと思い出すだけの時間は与えられなかった。触手が、くちゅくちゅと湿った音を立てて小さく小刻みに動きながら、先端を愛美の入り口にあてがったからだ。愛美は、まだ軽く擦られているだけだというのに、自分の指で触れるのとは比べ物にならないくらいの快感を感じた。

「あうっ、は、はいって・・・く、くるよぉ・・・」

 苦痛は感じなかったが、狭い場所を押し広げられる、圧迫感を酷く意識させられた。

「はっ、はっ、はぁっ」

 まるでマスク越しのように、呼吸しているのに息が苦しい。
 痛みが無い代わりに、快感も無い。
 ただ、異物が体内に侵入する、その感触をはっきりと感じていた。
 処女膜と思われる辺りは、そこに至るまでと同じく、苦痛のないままに破られていた。

――痛くないのは嬉しいけど、ちょっと・・・寂しいかも。

 左手をお腹の上に置くと、触手がどこまで入ってきているか、その膨らみから感じられた。触手はゆっくりと、まるで愛美を気遣うかのように、優しく、少しずつ、奥へと進んでいた。

――この子は、優しいんだね。もっと、痛くしてくれても良かったのに。ううん、初めてだから、痛くして欲しかったのかも。だって、初めての痛みは、一生残る記憶になるんだもの。

 こつん、と。
 触手が一番奥に辿りついたのだと、その感触から判った。まだ息苦しい感じはあるものの、愛美は一区切り付いた事で、安堵の溜息を吐いた。

「え?あ、はぅうっ!な、なんでっ!?」

 愛美は、秘所から湧き上がる圧倒的な感覚に、困惑して悲鳴を上げた。
 先ほどまでは圧迫感だけしかなかったそこに、同質量の快感が発生していた。いや、圧迫感すら快感に転化されたようで、膣内を擦られる快感と、押し広げられる快感が混ざり合い、高め合い、相乗効果的に愛美を快楽の焔で焼いた。

「くぅああ゛っ!とけるぅ!とけちゃうのっ!」

 ぐっちょぐっちょと、触手がリズミカルにピストン運動を開始した。処女を失くしたばかりで膣内はまだ傷ついているはずだが、触手が先端から分泌している液体のせいか、愛美は苦痛を感じずに純粋な快感に翻弄されていた。

「あかっ、はっ、ひぃああっ、す、すごっ、いいいっ」

 快感のあまり、呼吸もまともに出来なくなっていた。愛美は苦しそうに舌を出して身体を痙攣させたが、その表情は蕩けきっているようにしか見えなかった。

「はァっ!アンッ!やンッ!ち、ちくびも、イイっ!」

 乳首を咥えたままの触手が、今まで以上に激しい動きで、敏感な愛美の乳首を愛撫し始めた。粒々の突起で乳首をきゅっと挟みながら、まるでフェラチオするように前後に擦る。それは、膣を擦り上げる触手に負けないほどの快感を生み出した。

「ちくびっ、ちくび、とけちゃっ!はんッ!あ、アソコも、あっ!はひっ!い、いくっ、もぉ、イクっ、いくいくっ!あ、ああああああああ゛あ゛あ゛ーっ!」

 まるで身体を焼き尽くすような絶頂に、背骨が折れてしまうのではないかと思うほど、愛美は仰け反った。そのままガクガクと身体を震わせ、止まらない絶頂に若鮎のように跳ねた。

「ああああああぁぁ・・・」

 愛美は、このまま死んでもいいと、幸福感の中でそう思いながら、安らかな闇へと意識を手放した。

- 肆 -

 きゅー。

 その鳴き声は、愛美にとって酷く懐かしいものに感じられた。
 ゆっくりと覚醒へと向かいながら、愛美はぼんやりとした頭で、どこで聞いたんだろうかと考えていた。

 きゅい、きゅっ。

 心配そうな、鳴き声。
 聞けば聞くほど、愛美の中で確信が生まれ、育っていく。

――わたし、この子に会った事がある。絶対。

 思い出せない事が、とても歯痒かった。
 きっと、大事な事のはずなのに。
 愛美は、ゆっくりと目を開いた。

 きゅっ。

 愛美が目を覚ました事が嬉しいのか、それは弾んだ鳴き声を上げた。一つしかない目も、笑みを浮かべているように見える。

「ね、あなたは誰なの?私の事、知ってるの?」

 愛美は身体を起こすと、真正面からソレと向き合った。

 きゅうっ。

 ソレは、触手の一本を愛美の右手の方へ伸ばした。その触手は、他の触手に比べて特徴の無い形で、例えるなら肉色の鞭のようだった。太さも愛美の人差し指程度で、重力に逆らってふよふよと宙に揺れているのと、どこまでも伸びるという点だけが異質だった。

「?」

 愛美は、疑問に思いながらも、その触手の動きに任せた。触手は愛美の右手を持ち上げさせると、小指に絡みついた。まるで、指きりげんまんをするみたいに。

 きゅー、きゅっ。

 ソレが抑揚をつけて鳴くと、愛美の心に衝撃が走った。

「あ・・・」

 その瞬間、愛美は子供の頃の事を思い出した。小さな頃の自分より、さらに小さなまーくんの事を。あの頃はまーくんの触手の本数ももっと少なかったし、身体だって小さかった。それに、そんな生き物がいるはずがないと、いつの間にか愛美自身が記憶に蓋をしていたから、だから思い出せずにいた。
 けれど、最後にまーくんと会ったとき、「また会おうね」と約束を交わした時の指きりが、まーくんを思い出させてくれた。

「ああ・・・」

 愛美の見開かれた目から、ぽろぽろと涙が溢れた。
 一旦思い出すと、連鎖的に記憶が蘇った。
 まーくんと楽しく遊んだ日々を。
 田舎でできたまーくんという友達の事を話したら、クラスの子にうそつき呼ばわりされた事を。
 子供心に傷ついて、誰にもまーくんの事を話さなくなった事を。
 大好きだった祖母が亡くなり、田舎に行く事も無くなったという事を。
 そうして、一握りの土を上から掛けていくように、ゆっくり、ゆっくりとまーくんの思い出を、自分で心の奥底に埋葬していったという事を。
 今、愛美は思い出した。

「ごめんなさっ、わ、わたしっ、まーくんとの約束、ずっとわすれてっ」

 声を詰まらせながら、愛美はまーくんに謝った。
 許されないかも知れないけど、謝りたかった。

 きゅー。

 唇の形をした触手が、優しく愛美の涙を啜る。
 それは、まーくんが既に愛美を赦しているのだと、伝える行為だった。
 もう、泣かなくていいのだと。
 もう、謝らなくていいのだと。
 言葉よりも雄弁に、愛美に語り掛けていた。
 まーくんの想いを感じて、愛美の目からは宝石のように美しい涙が、止まる事無く流れ続けた。

- 伍 -

 愛美はまーくんの前に正座すると、男性器の形をした触手を両手で捧げ持って、幸せそうに目を閉じてキスをした。口のなかに少し生臭いような、不思議な味が広がるが、今の愛美にとっては、それさえも愛おしい味だ。

「んー、ちゅっ、ちゅっ、れるん、ちゅー」

 キスしたり、舐めたり、吸ったりと、愛美は色々な方法で、触手を愛撫した。愛しいまーくんの一部と思うだけで、初めてするフェラチオさえも、幸せな行為と思えた。それに、自分から積極的に相手を愛撫する、それ自体がお互いが愛し合っている証拠に思えて、身体だけでなく、心の底から喜びが湧き上がってくるようだった。

 きゅい♪

 まーくんは嬉しそうに鳴くと、愛美の口から触手を離さないようにしながら、こてんと愛美を仰向けに転がした。柔らかい地面だから怪我などしそうに無いが、それでもまーくんは触手を複数本操って、愛美の身体を優しく支えながら横たえた。

「あん、まーくんにされちゃったら、気持ちよすぎて、私からちゅってできなくなっちゃうよぉ」

 触手が数本愛美の秘所に近付くのを見て、愛美は甘えた口調でそう言った。けれど、脚を閉じようともせずに、逆にまーくんが望むがままに、軽く膝を曲げて脚を開いた。晒された秘所は、既に期待でしとどに濡れている。処女を喪失したばかりだというのに、もう中に来て欲しいと、誘うようにピンク色の粘膜がひくついている。

「きゃうっ!」

 愛美の眼前にある触手とは別の、やはり男性器に似た触手が愛美の秘所につん、と触れた。粘膜同士が触れ合っただけなのに、まるで電気を流し込まれたかのような、鮮烈な快感を感じて、愛美はビクンッと身体を仰け反らせた。
 その触手は、愛美が手にしているものと多少の形の違いがあった。
 目の前の触手は、ごつごつとした粒が周囲についているのだが、今愛美の秘所に接触しているのは、先端から太くなっている部分まで全て、さらに細い触手が何本も生えているというものだった。うねうねと動く細い触手は、何も知らない人間が見れば夢に出てきてしまいそうなぐらいに怖いものだが、他の触手がもたらす快感を知っている愛美には、それがどんな快感を与えてくれるのかと、淫靡な期待すらしてしまう形だった。今も秘所の入り口に軽く当てられているだけなのに、細い触手達が細かい愛撫を繰り返して、身体に力が入らなくなるほどの快感を与えてくれている。

「やぁん・・・まーくん、だめだよぅ・・・へんにぃ、なっちゃ、うぅっ」

 まるで愛美の身体が本人の意思を裏切ってしまったかのように、愛美の腰が淫らに振られた。それは、早く膣内に来て欲しいと、恥じらいを捨ててねだる姿そのものだった。自分が無意識にしてしまった痴態に、愛美は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

「あっ、ああっ、は・・・はずかしいの・・・はずかしいのに、こしぃ・・・とまらないよぉ・・・ッ」

 羞恥すらも快感に変わるのか、愛美の秘所からは途切れる事無く白濁した愛液が分泌される。いやらしい匂いが、愛美とまーくんを包んだ。

 きゅー。

 まーくんは高らかに一声鳴くと、ゆっくりと触手を愛美の秘所へと挿入した。窮屈な愛美の膣内を傷つけないように、少しずつ馴染ませるように、進んでは休み、下がってはまた進んで、それでも少しずつ、愛美の最奥へと向かう。

「ひっ、はっ、ああっ、くるっ、は・・・はいって、ひあっ!」

 もう、愛美にフェラチオをする余裕は無かった。先ほどのごつごつした触手から与えられたのとは別種の、気持ち良過ぎてどうしたらいいか判らなくなるほどの快感が、擦られた膣壁から全身へと駆け巡り、愛美をぐちゃぐちゃにしていた。
 もし少しずつ快感の総量を上げるような遣り方で無く、最初からこの触手を使われていたら、愛美は精神に異常を来たしていたかも知れない。今は壊れてしまいそうな恐怖とともに、それでも快感として受け止めるだけの素地は出来上がっていた。

 きゅい。

 こつん、と。
 子宮の入り口まで触手が辿り着いた。その瞬間、膣を擦られるのとは別の快感が愛美を貫き、ビクンと痙攣した膣壁が、愛美の中に入っている触手を、切なくなるほどの力できゅっきゅっと締め上げた。

「あ、はぁン・・・イッてる・・・わたしぃ、イッってるのぉ・・・」

 きゅっ♪

 子宮を突かれた快感で絶頂に達した愛美を嬉しそうに見て、まーくんは浮かれた鳴き声を上げた。まるで、恋人が喜ぶのを見て浮かれる男のように。
 まーくんは愛美の息が整うのを待ってから、また触手を動かし始めた。今度は緩やかな前後運動に加え、左右に回転する動きと、全体に生えている細い触手を動かすのを、いっぺんに行った。それがどれほどの快感を掘り返したのか、愛美は「ひっ!」と鋭い悲鳴を上げると、白目を剥いて身体を硬直させた。けれど、今度はまーくんは止まらずに、愛美の中を動き続ける。

「あかっ、ひっ、ハァッ、い゛っ、うあ゛っ、ふあっ!」

 一擦りされる毎に、愛美は絶頂に達していた。意識も絶頂による失神と快感による覚醒を繰り返し、喘ぎも獣の声のようになっていた。最初はイキすぎて苦しかったのも、途中からは快感として受け取れるようになった。愛美は、普通の人間では味わう事も受け止める事も出来ないほどの、高いレベルの快感をいつしか当たり前のように受け止めていた。

 きゅっ!

 まーくんが切迫したような声で鳴いた。その瞬間、愛美は自分の中に入っていた触手が、太さを増すのを感じた。女の本能で、これからまーくんが射精するのだと理解する。自分の膣内で射精してくれる、その予感が信じられないほどの悦びとなって、愛美の意識を白く染め上げた。

「あああああ゛ーッ!」

 凄い量と勢いで、まーくんの精液が愛美の子宮に打ち込まれた。愛美は、身体中の神経が焼き切れそうな快感に悲鳴を上げながら、何度も何度も絶頂に達した。全身が感電したかのように痙攣し、愛美の中であらゆる感覚が混濁する。愛美は、凄すぎる快感は、嵐のように全てを翻弄するものだと、その身を持って知った。

「ああ・・・はぁああ・・・」

 少しずつ、絶頂の波が引いていく。それでも身体中がジンジンと疼いたままで、信じられないほどに敏感になっていた。体力は限界を迎えているのに、僅かな空気の動きすら、身体は快感として捉えている。
 それに、子宮に大量に注ぎ込まれた精液が、その熱を身体に染み込ませていくのが、堪らなく幸せだった。

 きゅい。

 心配したのか、まーくんが愛美の顔の横まで移動した。
 愛美を思い遣るように見詰める一つ目に、愛美は「だいじょうぶ、だよ」と微笑みを返した。疲労で腕を持ち上げるだけでも辛いというのに、愛美は構わずに右手をまーくんの身体に回した。その手のひらに伝わる暖かさに、ほっとするような喜びを感じた。

 きゅ。

 まーくんは触手を愛美の身体中に優しく巻き付けた。全身を抱き締められる安心感で、愛美は意識が優しい暗闇に急速に吸い込まれていくのを自覚した。体力の限界で、身体は睡眠を欲していた。

「まーくん・・・だぁいすき・・・ずっとぉ・・・いっしょに・・・いよ・・・ね・・・」

 心地よい睡魔に身を委ねながら、愛美はそれだけを口にした。意識を失う寸前、きゅ、というまーくんの返事と、右手を包み込むような触手の感触を知覚して、そっと愛美は微笑みを浮かべた。

- 跋 -

 愛美は、部屋着というには少しばかり可愛いワンピースに、デフォルメされたカエルの柄のエプロンをつけて、昼食の用意をしていた。鼻歌を歌いながら、機嫌良く腰をふりふりお鍋を掻き混ぜる様子は、幸せ一杯な若奥様という感じだ。
 お鍋の中は、とろりとクリーム色に程よく蕩けた、愛情たっぷりのクリームシチューで、くつくつという音と一緒に、美味しそうな匂いを溢れさせている。

「ひゃんっ」

 ぴくん、と。
 愛美が背筋を反らせて、びっくりしたというよりは少しだけえっちな表情で、可愛らしい悲鳴を上げた。
 愛美が怒ってるんダゾ、と言いたげな表情を作って足元を見ると、どこか所在無げな様子でまーくんがいた。
 愛美のお尻をスカートの上からつるんと撫でた、不届きモノの触手が宙でゆらゆらと揺れている。

「だめよ、まーくん。火を使ってるときは、おいたしたら危ないんだからね?」

 左手は腰に、右手はオタマをふりながら、愛美はまーくんに注意した。本当はまーくんに構ってもらっただけで嬉しくなってしまうのだが、これで愛美がやけどや怪我をしたら、まーくんだって悲しむに決まってるのだから、ちゃんと教えておかないと。
 けど、愛美の目尻は笑むように下がっていて、あまり怒っているようには見えない。それでもまーくんはきゅーん、と寂しそうに小さく鳴くと、すごすごと居間のほうへ戻っていった。まーくんにぞっこんな愛美は、そんな哀愁漂う様子にもキュンっと、ときめいてしまう。

 ぴんぽーん。

 玄関から、「ちわー、八百屋でぃっす」という呑気な声が、インターホンの音と同時に聞こえてきた。注文していた野菜を届けてくれたらしい。

「あ、まーくん。お野菜、受け取ってきてくれる?」

 愛美が頼むと、まーくんはきゅっ!と気合の入った声で鳴くと、てふてふと触手を器用に使いながら、玄関へと向かった。どうやら、愛美が料理に集中して構ってくれなかったから、寂しかっただけらしい。

「あ、まーくんさん、こちらお届けに上がりましたー」

 人見知りのしない八百屋さんの挨拶に、まーくんがきゅいっ!と応えるのが聞こえてきた。「あはは、まーくんさんは元気ですねぇ」なんて、八百屋さんと談笑している。

 きゅっ♪

 誇らしげに鳴きながら、まーくんが段ボール箱を抱えて戻ってきた。
 なんだか子供がお使いを無事に終えた後みたいな自慢げな様子に、愛美は堪えきれずにくすくすと笑みをもらした。

 ・
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 お昼を食べ終えると、少し間を開けてから、愛美はまーくんと散歩に出掛けた。
 とはいえ、1kmほど離れた川原へ出て、川沿いに数百メートル歩き、帰りに商店街で軽く買い物をして帰るという、ぷち散歩という程度。

「あ、萩原さん。今日もまーくんさんとお出かけ?本当に仲がいいわねー。おばさんの方が照れちゃうわよー」

 アパートを出たところで、ご近所の須川さんに声を掛けられた。
 そう言われても仕方が無いだろう。愛美はしっかりと一本の触手を握って、まーくんと寄り添うように歩いているのだから。

 きゅいっ!

 しゅたっと、まーくんが空いている触手の一本を上に上げて、フレンドリーに挨拶した。須川さんも微笑みながら、胸の前で軽く手を振る。

「あんまり、いじめないでくださいね。まーくんはそういうの平気だからいいけど、私は恥ずかしいんですから」

 頬を真っ赤にしながら、愛美が抗議する。けれど、愛美の手はまーくんの触手をしっかりと握って離さないのだから、抗議に説得力の欠片も見当たらなかった。須川さんも、「わかってるわかってる、うふふふふっ」なんて言いながら、にやにやと笑みを浮かべている。愛美は恥ずかしくなって、挨拶もそこそこに、その場を離れた。

「もう・・・まーくんのせいだからね」

 頬を膨らませながら、愛美はまーくんに八つ当たりした。
 本当に怒っている訳ではなく、甘えてみたかっただけだ。
 その証拠に、愛美の手はまーくんの触手を離さない。
 まーくんは、きゅい、と優しく鳴きながら、愛美の手に触手を巻きつけてくれた。

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 川原では、犬の散歩をしている田島さんに会った。

 わん。きゅっ。わんわん。きゅいっ。

 田島さんの飼い犬のタロウが、物珍しそうにまーくんに向かって吠えた。まーくんも律儀に返事を返しているので、なんだか会話が成立しているみたいで微笑ましい。

「いや、ウチの人見知りするタロウも、まーくんさんとは仲良くなれそうですなぁ」

 好々爺然とした田島さんは、嬉しそうにタロウとまーくんを見て、愛美に話し掛けた。もう結構なお年なのに、腰も曲がっておらず、矍鑠としたお爺さんだ。

「まーくんは、誰とでも仲良くなるんですよね」

 田島さんに答えながら、愛美は心の中で、
――だから、ちょっぴり妬けちゃうんですよー
 と、呟いた。
 まーくんがいろんな人に好かれるのは、嬉しい反面少しだけ寂しい。
 それが自分の独占欲と判っているから、愛美は誰にも言えないのだけれど。

 きゅいー。

 まーくんが、触手の一本を伸ばして、愛美の右手を包み込むように絡ませた。心なしか、その鳴き声も心配しているように聞こえた。

「まーくん・・・」

 はっとして、愛美はまーくんを見詰めた。
 自分の中の寂しさを、まーくんが心配してくれている。
 それが、たまらなく嬉しかった。

「やや、これはお引止めして済みませんでしたな。お二人を見ていると、つい死んだ婆さんを思い出してしまって、いや、すまんすまん」

 田島さんは恐縮したように言うと、軽く頭を下げた。
 そうなると、愛美が寂しがったのが原因なのだから、田島さんに対して申し訳ないという気持ちになってしまう。第一、愛美だって田島さんを嫌っている訳ではないのだ。

「あ、あの、ごめんなさい。今度、タロウくんと遊ばせて下さいね」
「おお、お安い御用ですな」

 にこやかに答えて立ち去る田島さんの背中を見ながら、本当にいい人だと愛美は思った。

 きゅ。

 まーくんが、触手を絡めた愛美の手に、優しく力を込めた。その柔らかい感触と、まーくんの心遣いに、愛美は胸が熱くなった。

「そろそろおうちに帰ろう。今日は、美味しいものを、いっぱいいーっぱいつくってあげるっ」
 きゅーっ♪

 愛美は、泣きたくなるほどの幸せを感じながら、大好きなまーくんと家路を辿った。
 手と触手を絡ませあって。
 ゆっくりと、一歩一歩を二人で楽しむように。

 ・
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 ・

 夕食を終えて、食器も洗って、まるで凪のような空白が生まれた。
 テレビを見てもいいし、お風呂に入ってもいい。
 けれど、愛美は窓際にいる、まーくんへと視線を向けた。
 何を思うのか、まーくんは身動ぎもせずに、夜空を見上げている。
 降ってきそうな満天の星を、その一つ目で見詰めている。
 愛美はとくん、と胸が高鳴るのを感じた。
 音を立てるのを恐れるみたいに、そっと静かに愛美は立ち上がった。
 愛美が横に立っても、まーくんは星空を見上げていた。
 愛美が隣に座っても。
 愛美がまーくんに寄り添うように、身体を預けても。
 まーくんはただ、星空を見上げていた。
 愛美は、まーくんの視線を追うように、星空を見上げた。
 もしかしたら、同じものが見えるかも知れない。
 もしかしたら、まったく違うものを見ているのかも知れない。
 だけど、愛美はまーくんが何を見ているのか、知りたかった。
 少しでも、同じものを共有していたかったから。

 きゅい。

 まーくんの鳴き声と同時に、星が一つ流れた。
 きらきらと、地上へ向けて、流れ星が堕ちていく。
 まーくんの触手が、そっと愛美の肩に添えられた。
 それだけの事で、愛美の心が、幸せで満ちた。

「まーくん、大好き・・・」
 きゅいっ。

 愛し合う二人を、天空の星々が祝福していた。

< 終わり >

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