其は悪しき神のおわす山

- 序 -

「だから沙恵香、あの山に登ってはいけない。これだけは、絶対に守っておくれ」

 酷く真剣な様子で語りかけてくる祖母に、沙恵香は微笑を返した。
 実際、これまで何度も破っているその約束も、口だけならいくらでも、何とでもなる・・・そんな気軽さで。

「大丈夫、おばあちゃん。適当に絵を描いてくるだけだから、危ない事はしないからね」

 美大に通う沙恵香は、毎年恒例となっている祖母の家での夏休みを、今回は絵を描く事に費やしていた。もっとも、気に入ったモチーフが見つからず、しばらくは散歩に毛が生えた程度でしかしてなかったが。
 祖母が口にしている山とは緋銅羅山の事で、てっぺんに在る社には、邪悪な神が封じられているという言い伝えがある。沙恵香は小さいころから何度も禁じられた山に入り込んで遊んでいたので、祖母の毎回口にする言葉は、子供を危険な場所に行かせない為の御伽噺程度に思っていた。

「あの山は、近づくだけでも危険なのだから、絶対・・・絶対に行ってはいけないよ」
「はぁい」

 話はこれで終わりと判断し、沙恵香は油絵の道具を一式持って、立ち上がった。
 心配そうに見遣っている祖母に軽く手を振ると、玄関に向かった。

「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね」

 沙恵香は心の中で舌を出すと、緋銅羅山へと向かった。

- 1 -

 沙恵香はその気の強そうな顔に浮いた汗を、手の甲で拭った。山道は結構大変だったが、それに見合うだけのものはあった。
 風光明媚、そうとしか言いようのない光景に、沙恵香はにんまりと相好を崩した。

「ほら、やっぱりここだ。ああ、すごい・・・!」

 木と野草に覆われた、獣道のような登山道を暫く上ると、そこには小さな滝と、急に広くなったせいか緩やかな流れの川がある。滝からの水しぶきが太陽の光にキラキラと反射して、まるで大気自体が輝いているようですらある。川は誰も訪れないからか、透明度が素晴らしく、川底までがはっきりと見えた。もしも潜って上を見上げたなら、さぞかし美しい光景が見えそうだった。
 沙恵香の中に、『聖域』・・・そんな言葉が浮かんだ。
 小さい頃に偶然見つけた時よりも、今のこの光景は美しく感じられた。圧倒されたように、沙恵香は溜息をこぼした。

 ・
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 絵は、順調に進んでいた。まるで絵の神様がこの右手に降臨したような、そんな錯覚すら覚えるほどの勢いで、真っ白いキャンバスに油絵の具が重ねられていく。
 沙恵香は何かに憑かれたかのように、ただ無心にキャンバスに色を重ねて行った。

「あれ?」

 ふと我に返ると、使われるはずのない色・・・赤がキャンバスを塗り潰していた。なんで自分でこんな事をしたのか、さっぱり記憶が無い。沙恵香は自分の正気を疑うよりも先に、キャンバスが使えなくなった事に泣きそうになってしまった。
 油絵で、赤は使いどころの難しい色だ。一回塗ってしまうと、その上からどんな色を重ねても、赤が浮かんできてしまう。沙恵香はキャンバスの中央にべっとりと塗られた赤を見下ろして、溜息を吐いた。

「あーあ、せっかくノッて描けてたのになぁ。これじゃあ台無しだよ。なにやってんだろ、あたしってば」

 沙恵香は肩を落とすと、改めてキャンバスに目を向けた。それは、まるで抽象画のようなモノに仕上がっていた。敢えて言うなら、自然界を埋め尽くすような肉・・・女性器といった感じか。赤い部分の中央に向かって、赤い色が濃くなっていくのも、なにやらそういうイメージを助長しているような気がする。

「なんだか卑猥な・・・あたし、欲求不満だったっけかなぁ」

 まぁ確かに恋人はいないけどさ・・・そう独りごちて、沙恵香は道具を片付け始めた。キャンバスを張り替えるにしろ、一回祖母の家に戻らなくてはならないからだ。もう少しここにいたいような、後ろ髪を引かれる思いでいたが、沙恵香は思いを断ち切るように、元気良く立ち上がった。

「げ!」

 ポツリと、沙恵香の頭に当るものがあった。沙恵香が驚いて上を見上げると、さっきまでは快晴だった空が、急速に雲に覆われていった。

「今から下りても、危ないだけかも・・・。まずいなぁ、どうしよう・・・」

 ここまで登る道は、雨でぬかるんだり暗くなったりすると、とても危険に思えた。パニックになりかけた沙恵香の頭に、ふと昔見た光景が思い出された。

「そういえば、このちょっと上に、神社があったよね。そこだったら雨宿りできるかも」

 沙恵香はそう思い付いた自分を誉めながら、狭い道を登り始めた。
 なぜか、木陰で雨を避けるという発想は、思い浮かばなかった。

- 2 -

 雨の中を早足で駆け上る事数分、沙恵香は小さな神社へと辿り着いた。誰も来ない事が前提なのか、社務所もなければ賽銭箱も無い。そこはただ、『ナニカ』を祭っているというだけの場所に見えた。

「う、いかにも何か出そうな雰囲気ね。まぁ、こんな所にあたし以外来る訳もないか」

 沙恵香は一人納得すると、軒下の雨の当らない場所に入り込み、抱え込んでいた道具を下ろした。薄暗い空を見上げると、まだまだ雨が止みそうも無い気がする。季節柄すぐに風邪をひくという事もないだろうが、塗れたままの衣服を着たままというのは、さすがに体に悪いだろう。

「このままでいるのもヤだし、かといってこんな所で肌を晒すのもヤ、だったら答えはひとつなんだよね・・・」

 少しだけ罪悪感を漂わせる口調で、沙恵香は本殿の入り口を見上げた。特に施錠もされていない様子で、誰でも簡単に入れそうだ。ただ、罰当たりという気がして、沙恵香は少しだけ悩んだ。しかし風が肌を撫で、寒気に体を震わせると、我慢出来ずに本殿に入る事にした。

「えへへ、おじゃましまーす」

 一応声を掛けると、沙恵香は入り口から中に入り込んだ。少しだけカビ臭い香りがするが、気になるほどではなかった。中は10畳ほどの広さだろうか、どこから光を取り込んでいるのか、薄暗いだけで行動に支障はなさそうだった。
 沙恵香は早速水を吸い込んだシャツを脱ぐと、端で絞った。湿ったシャツをいやいや纏うと、それでも先ほどの濡れ鼠よりはましな気がした。一息つくと、沙恵香は周りを見渡した。

「もしかして、これが本尊なのかな?」

 入り口から一番離れた奥に、短刀が納められていた。かすかな反りがあるそれは、飾り気の無い鞘に収められていて、さらには抜けないように、鞘と柄をつなげるように、封印めいた紙が貼られている。沙恵香は近付くと、何の気なしに短刀を持ち上げた。黒い色の鞘は、ずっと放置されていたとは思えないほどに艶々として、埃ひとつ付いていない。

「きれい・・・刃はもっときれいなのかな・・・」

 沙恵香は魅入られたように茫と見つめながら、どこか熱を持った口調で呟いた。まるで興奮しているような潤んだ瞳で、凝っと短刀を見る。いや、沙恵香は確かに興奮していた。いっそ、異常と言っても過言でないくらいに。
 しかし、沙恵香はもう自分で異常に気が付くことが出来ない状況になっていた。まるで発熱したかのように身体中が熱く火照り、茫とした頭は全ての意識を短剣に向けている。自分が行っている異常も、自分の身体の異常も、既に意識される事は無い。それは、ある意味操られているようですらあった。

「はぁ・・・なんだろ、これ・・・」

 沙恵香は短剣を捧げ持つと、鞘に舌を伸ばして舐め始めた。まるで男性のものに奉仕するような、愛情がこもった舌遣いで、ねっとりとまんべん無く舐め清める。それだけの行為にさらに昂ぶったのか、開いた口からは滴るような熱い吐息が漏れている。

「あ、はぁ・・・あむ・・・ぴちゃ・・・んぅ・・・」

 沙恵香は男性経験も、ましてや口腔奉仕の経験など無いにもかかわらず、まるでそれが当たり前であるかのように、舌を淫らに躍らせる。戸惑う様子など欠片ほども無く、奉仕の喜びに浸りきっていた。

「ああ・・・」

 名残惜しげに唇から短刀を離すと、沙恵香は左手でミニスカートを捲くった。濡れて肌にぴったりと張り付いたブルーのストライプのパンツは、ボトムの部分を雨とは別の液体で熱く濡らしていた。そこに右手で持った短剣の鞘を当て、ゆっくりと上下に擦り始めた。

「ひあっ!すごっ・・・すごいよぉっ!ああっ」

 秘部を短剣の鞘で擦る・・・ただそれだけで、沙恵香はいままで感じた事の無いほどの快感を感じた。無意識のうちに立ったままで腰を揺すり、さらに快楽を貪ろうとする。

「あ、ああっ、だめぇ・・・こんなのぉ・・・ふあっ・・・ひゃぅう・・・」

 あまりの快楽に頭が働かず、意味の通じない喘ぎを漏らす。下半身に力が入らず、ガクガクと足を震わせながら、それでも沙恵香は立ったままで行為を続けた。いや、沙恵香の両手の動きはすでに、沙恵香の意思を離れたように勝手に動いていた。

「ふぇ?いれ・・・いれひゃうの?・・・あぁ、いれちゃうの・・・?」

 ろれつの回らなくなった口調で、沙恵香は疑問を口にした。床に小さな水溜りができるほどに分泌された愛液が、手にした短剣を濡らしている。それが、鞘の先端をパンツの隙間から、秘所の入り口に差し込もうとしていたからだ。
 沙恵香はいまだ男性経験が無い。ましてや、道具なども挿入した事が無い。それなのに、短剣が挿入されようとしている今感じているのは、更なる快楽への期待だった。

「あはっ・・・きて・・・きてぇ・・・はやくぅ・・・」

 まるで相手がいるかのようにねだると、沙恵香は短剣を挿入した。処女膜で一瞬止まるが、次の瞬間には容赦無く突き破っていた。

「ひぐっ!うああああっ!」

 沙恵香は獣のような悲鳴を上げた。破瓜の瞬間感じたのは、身体を引き裂かれるような激痛と・・・信じられない事に、激痛をそのまま快感に転化したような快楽だった。その凶悪ともいえる衝撃に、沙恵香は身体を震わせて絶頂に達した。

「うああ・・・は、はぁああ・・・」

 余韻に身体をヒクヒクと震わせながら、沙恵香は床に膝をついた。まだ鞘が膣内に入っているので、柄が床に当たらないように、四つん這いのような姿勢を取る。荒い呼吸を繰り返しながら、沙恵香は異常な幸福感に身を任せていた。

 ガチャン。

 背後で鳴った音に、沙恵香はぼんやりと振り返った。すると、自分の膣に鞘を残し、短剣が抜けて床に落ちていた。鞘を固定する為の封は、沙恵香の唾液と愛液と破瓜の血によってふやけ、破れていた。

「あ・・・」

 それが意味する事も知らず、沙恵香は呆けたように短剣を見詰めた。

『我は復活せり!』

 頭の中に直接くような、そんな思念を感じたのは、その直後だった。沙恵香は小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。

『我が巫女よ、よく封を解いた!褒美をくれてやろう。永遠の悦びをな!』

 誰一人として訪れる事の無い山に、沙恵香の悲鳴が響いた。

- 3 -

 沙恵香が祖母の家に帰ってきたのは、日も暮れて夜といってもいい時間の事だった。心配した祖母に沙恵香は生返事で応じ、疲れたからと言ってあてがわれた部屋に戻ってしまった。
 そして、その日の夜の事。

「沙恵香ちゃん、お風呂開いたよー」

 沙恵香の年下のいとこ、雪子が沙恵香の部屋に入ってそう言った。名前こそおしとやかな雰囲気を持っているが、雪子はかなり大雑把な性格をしていた。
 ただ、健康的でしなやかな肢体と、溌剌とした表情が魅力的なため、結構ひっきりなしに告白されているという事だ。本人はあまりそういう色事には魅力を感じてはいないようだが。

「・・・うん・・・」

 布団に腰を下ろし、茫とした口調で答える沙恵香に、雪子は心配した顔で近付いた。雪子は仲のいいいとこが、自分にこんな応対をするのを見るは初めてだったからだ。まるで魂を抜かれたよう・・・そんな言葉が雪子の脳裏をよぎった。

「ね、沙恵香ちゃんどうしたの?今日なんかあった?」

 沙恵香の前にぺたんと座ると、雪子は沙恵香の顔を覗き込んだ。やはり、いつもの元気さの欠片もない。その代わり、どことなく女らしさというか、艶めいた感じがした。

「うん・・・いいこと」

 抑揚を付けて言うと、沙恵香は笑みを浮かべた。色っぽい沙恵香の目付きに、雪子は背中にゾクっとするなにかが走り抜けた。いつもの沙恵香ちゃんじゃない・・・顔は同じだけど、別の何かだ・・・そんな非現実的な思いに、雪子は愕然とした。

「ああ、そうだ・・・雪子ちゃんにも教えてあげようかな・・・」

 沙恵香は蕩けるような笑顔で独り言のように言うと、すいっと右手を手のひらを上にして差し出した。

「ね、この手を見て・・・手のひらの上に、なにか見える・・・?」
「え・・・あれ・・・?」

 言われるままに沙恵香の手の上、何も無い空間を雪子は凝視した。何も無い・・・けれど、何かがあるように感じられて、雪子はいっそう凝っと目を凝らした。

「ほら、蛍のみたいに淡い光が見える?ふわふわと、柔らかく光ってる・・・」
「あ・・・」

 沙恵香の言葉と同時に、何かあるような気がするだけだったのが、明確な気配へと形を変えた。雪子の目に、先ほどまではなかった光が映った。

「わぁ・・・きれい・・・」

 沙恵香に感じた不信感も忘れて、雪子は魅入られたように光を見詰めた。暖かい色をふわりと放つ光は、雪子の目を釘付けにして離さない。どこか茫としたままの雪子の反応を見ながら、沙恵香は右手を動かした。上に、右に、下に、左に、曲線から直線に、直線から円に、ゆるゆると図形を描くような動きに、雪子は目だけを動かして追った。
 不思議な事に、光が通った跡が空中に淡く残っていた。雪子はそれを、焦点の合っていないような目付きで表情を緩ませながら見続ける。見れば見るほど、頭が茫として、ふわふわと気持ち良くなるようだった。

「ふふ・・・これで・・・」

 艶やかに沙恵香が笑いながら呟いた。すぅっと右手を雪子の前に持って行き、何かを握り締めるように閉じる。同時にかくん、と雪子が目を閉じた。そのまま人形のように、ぴくりとも動かない。

「あなたも、仲間にしてあげる・・・」

- 4 -

「ここは・・・?」

 雪子は意識を取り戻すと、周りを見回した。先ほどまで沙恵香と話していたはずなのに、今は昼間でどこかの山の中にいる。記憶の連続性が途切れ、あまりの非現実性に何を信じてよいか判らなくなる。

「雪子ちゃん、ご主人さまのご寝所にようこそ。さぁ、こっちにいらっしゃい」

 沙恵香の声に驚いて振り返ると、本殿を背に沙恵香が立っていた。酷く淫蕩な笑みを浮かべて、雪子を見下ろすように見詰めている。

「沙恵香ちゃん、ご主人さまっていったい・・・。それに、ここはどこ?」

 ご主人さま・・・その響きから、それを口にする沙恵香の様子から、雪子は異様な雰囲気を感じていた。おぞましい予感に、身体が震えるのを抑えられない。まるで、別の世界に連れ去られてしまいそうな、そんな取り返しのつかない状況を目の当たりにしているような、そんな気がしてしょうがない。

「ご主人さまは主・・・神さまのことよ。そしてここは緋銅羅山の頂上」

 どこか嬉しそうに言う沙恵香に、雪子は「ひっ!」と悲鳴を上げかけた。地元のものなら幼少の頃から禁じられ続け、絶対に近付くなど考えられない場所、雪子は今、そこにいるのだった。

「大丈夫よ、雪子ちゃん。ご主人さまに会えば、そんな考えはすぐに変わるから。・・・さぁ、いらっしゃい」

 沙恵香の声とともに、雪子は本殿に向かって歩き始めた。自分の意思とは別に動く身体に、雪子は戸惑った声を出した。

「え、なにっ・・・なにこれ!・・・身体が勝手にっ!」
「だって、そうしないと雪子ちゃん、逃げちゃうでしょ?ううん、それどころかここには来ないでしょうし。だから、心も身体もあたしの言うとおりに動くようにしてあげたの。でも、これからご主人さまにお目見えするから、心だけは自由にしてあげるね」

 そんな勝手な事を、さも当たり前のように言って、沙恵香は雪子に先立って本殿へ入った。雪子はなんとか身体の自由を取り戻そうと足掻くが、努力も空しく沙恵香に続いて本殿に入ってしまった。
 そこは、薄明かりの世界だった。
 一歩踏み込んだ瞬間に、外の光は届かず・・・かと言って闇という訳でもない、不思議な空間に雪子はいた。10畳ほどの室内は、けれどどこまで行っても端に届きそうも無い、そんな矛盾した思いを抱かせる。
 その異様な空間の中央に、それは居た。
 蠕動する闇。
 あざなえる蛇。
 うねり、絡みつくモノ。
 およそ、この世界の生物に対しては使わない表現が、雪子の脳内に展開される。ただ、一瞥しただけで、それがこの世のモノでは無いことに、気付いてしまった。気付かされて、しまった。

『巫女よ、贄を捧げよ。その心の腐敗をもって、我の力とせよ』
「はい、ご主人さま。お楽しみ下さいませ」

 その闇から直接頭に響く声が聞こえた。まるで押し潰されるような圧力に、雪子の顔が絶望に歪んだ。まして、その闇と幸せそうな顔で話す沙恵香を見ては・・・。

「さぁ雪子ちゃん、服を全て脱いでね。そしたら、この世のものとは思えない悦びをあげる。今までの自分が愚かに思えるような、ご主人さまに仕える悦びを、ね」
「い、いや・・・いやぁっ」

 雪子は首を振るが、手は勝手に服を脱ぎ始めている。自己主張の少ない小さな、けれど確かな柔らかさを感じさせる胸、運動で引き締まった腰、まろやかな曲線を描く尻、それら全てが剥き出しにされた。

「ふふ、綺麗よ。さぁ、ご主人さまにご挨拶しましょう」

 いつの間に脱いだのか、沙恵香も全裸になっていた。ただ、数日前に雪子が見た時よりも、ぬめるような色気を纏っている。形は同じなのに、受ける淫靡さがまったく違った。こんな状況なのについ見蕩れてしまい、我に返った雪子は唇を噛み締めた。

「さぁ、足を開いて跪いて、ご主人さまに全て見て頂くのよ」
「やだ・・・やめて・・・やめさせてよ、沙恵香ちゃん・・・っ」

 しかし、どんなに懇願しても身体は勝手に動き、その闇の間近で雪子は屈辱的な体勢をとった。
 見られている・・・。
 雪子の全身を、舐めるような視線が視姦している。その実感に、雪子の身体が熱くなった。

「ひっ!」

 闇の塊から、雪子へと何かが伸びた。それは物質では無いように見えて、けれど確かな存在感があった。それが2つに分かれて雪子の左右の胸のてっぺん、鮮やかなピンク色の乳首へと迫ると、まるで包み込むように吸い付いた。

「ああっ、なにかっ、なにかはいってくるよぅ・・・!」

 痛みは無い。けれど、注射をされたみたいに乳首から、何かが身体の中に注入されるのを感じた。熱くも無く、冷たくも無い。ただ何かが入ってくる、その感覚だけが、ある。
 実際には短い間だったろう。けれど、酷く長い時間を掛けて、何かを注入されたように雪子は感じた。その効果については、考えたくも無かった。

「ほら、こうしてご主人さまのものになるの。怖くないでしょう?」

 沙恵香が欲情に濡れた口調で、雪子の背中から抱きついてきた。雪子から見ていつも羨ましかった、大きさと形が美しいバランスを保っている胸が、柔らかく背中で形を変えるのが感じられた。

「ん、はふっ」

 信じられない事に、それだけで快感が全身を貫いた。柔らかい胸の感触、だんだんと硬くなる乳首、それが背中に触れているだけなのに、あそこを自分で弄るよりも気持ち良かった。とっさに目を閉じて、雪子はその快感を受け入れてしまった。

「ね、凄く気持ち良くて、もっともっと欲しくなるでしょう?」
「あっ、あっ、あっ、いやぁ、背中、かんじちゃうぅ」

 いま、雪子は全身が発情して熱くなっているのを感じた。自分でするぐらいしか性の経験は無いが、これはそんなものとはレベルが違う。あまりに圧倒的な快感に、今の状況すら判らなくなりそうだった。

「じゃあ、もっと凄いコト、してあげちゃうね」
「え?・・・あ、きゃうぅっ!!」

 沙恵香は前に手を回すと、そのしなやかな指先で両方の乳首を弾いた。本来であれば痛いだけの扱いが、今の雪子には死ぬ程の快感として伝わった。紛う事無き快感の悲鳴を上げ、喉を晒すように仰け反った。そのままビクビクと痙攣を繰り返す。

「ほら、自分だけ愉しんでちゃだめよ。ご主人さまにも、愉しんで頂かないとね」

 沙恵香の声に誘われるように、闇から伸びたものが、雪子の秘所へと向かう。それが自分に触れたらどうなるのか、雪子には想像も出来ない。けれど、もう普通には戻れなくなる、そんな予感がした。その予感を恐怖とともに受け止めているのか、それとも悦びとともに期待しているのか、雪子はそれすらも判らなかった。ただ、自分に近付くそれを、魅入られたように見詰める。

「だめ・・・そんなの入れたら・・・こわれちゃうよぉ・・・」
「あら、壊れても大丈夫。ご主人さまが作り直して下さいますから。さぁ、ご主人さまに”はじめて”を捧げましょうね」
「あ・・・あぁ・・・」

 沙恵香が両手を下に下ろして、雪子の陰唇を広げた。秘めやかに隠されていたそこは、ぬるぬると濡れた、鮮やかな肉の色を顕わにした。雪子の言葉とは裏腹に、ひくひくと蠢くそこは、闇の挿入を欲しているようだった。

「さ、ご主人さま」

 その声に誘われるように、闇が圧倒的な質感とともに、雪子の中に押し入った。いままで自分の指ですらいれたことの無いそこは、それでも柔軟に闇を受け入れた。

「ひぐっ!あ、うあああああっ!」

 雪子は、目の前が光で覆われたように感じた。本来人間が受け止められないほどの快感を流し込まれ、立て続けに何度も絶頂に押しやられたのだ。でたらめに身体中が痙攣し、何も映さない瞳から涙が溢れた。しかし、悲鳴を上げるような形に開かれた唇は、どこか歓びに笑んでいるような印象を見る者に与えた。

「ほら、気持ちいいでしょう?嬉しいでしょう?幸せでしょう?けど、まだまだ・・・もっと凄いんだから」

 揶揄するように言う沙恵香の言葉通り、雪子の中で闇が蠕動を始めた。膣壁を擦り、押し開き、振動を与える。闇は破瓜の血と愛液を吸い取り、代わりにどんなものでも与える事の出来ない快楽を流し込んだ。

「ひぃ、あが・・・は、ふあ・・・」

 身体から力が抜け、雪子は沙恵香に背中を預け、仰け反るような姿勢をとった。下半身は跪いて脚を開いたままなので、それはまるで、腰を自ら突き出しているようだ。
 沙恵香は両手を雪子の胸に持っていくと、興奮で膨らんでいる胸を手のひら全体で隠すように、やわやわと揉みしだいた。沙恵香が指を動かす度に、雪子は身体を震わせた。

「あ、はぁふ・・・ひんっ、す・・・すごいの・・・すごく、きもち・・・ひあっ!」

 雪子の喘ぎが、少しずつ変わってきた。
 それまでは強烈な快楽に潰されそうな、余裕の欠片も無い様子だったのが、少しずつ・・・そう、少しずつ余裕が生まれてきたようだった。感じる快楽のレベルが下がったという訳では無く、その快楽をあるがままに受け止める事が出来るようになった、そんな風に見えた。
 快楽に半分啜り泣きながら、雪子は両手を沙恵香の手に重ね、胸を揉む手伝いをした。それは無意識のうちに行った行動だが、雪子がさらなる快楽を求めている、そう沙恵香は受け止めた。

「ね、こっちを向いて、あたしにキスして。舌をくちゅくちゅと絡ませて、お互いの唾を交換するの。そしたらもっと気持ちよくなれるわよ」
「ふぁ?」

 沙恵香は自分の右肩に後頭部を預けている雪子の耳元で、息を吹き込むように囁いた。すると、泣き腫らしたように目の端を赤くした雪子が、ゆっくりと沙恵香の方に顔を向けた。まるで操られるように口を開き、舌を覗かせて、震える唇を沙恵香のそれに寄せた。震えているのは、嫌悪感や不安ではなく、そこからもたらされる快感に期待しているからだ。欲情に濡れた雪子の瞳が、それを隠しようも無く表している。

「あ、あむぅ、ふ、んぁあ、はむ・・・ん、や、んふ・・・」

 唇よりも先に、突き出された舌が先に触れ合い、それだけでは足らないとばかりに唇が重なった。お互いに快楽を貪り、快楽を与えようと、吸い、舌を躍らせ、甘噛みし、欲望の赴くままにキスを繰り返す。
 まるで唇がもう一つの性器のように、くちゅ、ちゅぷっと濡れた音を漏らし、お互いのそれを刺激しあう。唇をついばみ、舌のざらざらした部分で相手の舌の付け根を擦る。舌が絡み合い、相手の唾液を吸い、嚥下する。全ての行為が、雪子の頭を甘く溶かしていく。

「んふぅ、んっ、あむぅ、あ、はん、ひゃうっ」
「あふ、んく、ん、ああっ、あはっ、んっ!」

 二人の喘ぎと呼吸が絡まり合う。既に雪子は、秘所を闇に犯され、胸は沙恵香に捏ねられ、終わることの無い絶頂を漂っていた。永遠に続くかと思われた快楽は、けれどもっと大きな快楽をもって終息した。それは、雪子の膣内を蹂躙していた闇の射精――そう言って良いかは判らないが――だった。

「ひ!あ、あはっ!あ、うぅあああああっ!」

 膣と子宮を満たす熱い感覚。
 液体ではなく、固体でもない。
 例えて言うなら、瘴気というものがそれに近いのかも知れない。
 ねっとりと粘膜にまとわりつき、細胞の隅々にまで浸透していく。
 雪子の身体と心を汚し尽くす、毒のように甘く、魔薬のように芳しいモノ。

「あぁ・・・ごしゅじん、さまぁ・・・」

 夢見心地のまま、雪子は艶やかな笑みを浮かべ、呟いた。

- 跋 -

 自宅へ戻ると、雪子は台所へと向かった。

「おばあちゃん、ただいまぁ」

 目当てのものを手にすると、お味噌汁の味付けをしている祖母に声を掛けた。

「おお、雪子お帰り。今日は沙恵香と、どこに行ってたんだい?」

 背を向けたままで問い掛ける祖母に、雪子は少しだけ悲しそうな、けれど嬉しそうな、背反する表情を向けた。

「うん、沙恵香ちゃんと、ご主人さまのいらっしゃる緋銅羅山に行ってたの」

 禁じられた場所の名前を口にする孫に、老婆は愕然と振り返った。そのとき老婆の目に映ったのは、刺身包丁を自分に向けて突き出す孫の姿だった。とん、と衝撃も少なく、刃は滑り込むように老婆の胸に吸い込まれた。

「え・・・?」

 一瞬、なんの冗談かを問うような目で孫を見上げ、祖母は床へ倒れた。意識は無いのだろうが、身体が死に抗うように、ヒクヒクと動いている。

「ごめんなさい、おばあちゃん・・・」

 血に染まった己が手と祖母を見て、雪子は悲しそうな表情で呟いた。

「でも、ご主人さまがおばあちゃんは破邪の血統に連なるから、念の為に排除しておきたいって仰ってたから・・・だから・・・ごめんね・・・」

 それが聞こえたからという訳では無いだろうが、老婆は小さく「ぅ・・・」と呻いた。心臓は外れていたらしく、まだ息があるようだった。雪子はそれを見て、仰向けに倒れた祖母の上にまたがった。

「やっぱり、とどめは刺さないと・・・。さようなら、おばあちゃん」

 血にまみれて祖母の胸に刺さったままの包丁を引き抜くと、今度は心臓の位置に慎重にあてがい、体重を掛けて一気に貫いた。最初ほどでは無いにしろ、驚くほどの量の血が噴き出して、雪子の身体を朱に染める。

「終わった?」

 祖母の身体に馬乗りになったままでいた雪子に、背後から沙恵香が声を掛けた。自分の祖母が殺されたというのに、その声には動揺の欠片も無い。冷たい・・・というのとは違う。ただ、他に大事なものがあって、沙恵香の中でそれ以外の優先順位が下がっているだけの話なのだ。

「うん、沙恵香ちゃん」

 雪子は立ち上がると、沙恵香に向き直った。血に染まったままの雪子に、沙恵香はにこやかに微笑みながら近付いた。

「お疲れ様。でも、これからご主人さまの為に、もっともっとがんばらなくちゃね。そうしたら、きっとご主人さまは喜んで下さるわ」
「うん、まずは贄を用意しなくちゃね。若くて、生気に満ちた女の子を」

 二人の距離が近付き、どちらからともなく、酷く自然と顔を寄せ合った。血にまみれた雪子の唇と、口紅で彩られた沙恵香の唇が、吐息が感じられるほどに近付く。

「そうして、ご主人さまが完全に復活されたら・・・」

 熱い口調で、夢見るように雪子が呟き、それをふさぐように沙恵香の唇が雪子のそれと重なった。甘い声を漏らしながら、二人はねっとりとキスを交わす。舌を相手の舌と絡ませ、歯の裏側を舐め、唾液を送り、自分の唾液と混ぜて返し、甘いそれを嚥下する。
 ディープなキスだけだというのに、二人にとってそれは、身体中が蕩けそうなほどの甘美な行為に感じられた。

「あぁ・・・」

 唇を離すと、雪子は堪らないという様子で喘いだ。すっかり発情して昂ぶり、その顔はうっとりと沙恵香を見上げている。
 雪子の秘所は、愛液と、祖母の血でしとどに濡れていた。

< 終わり >

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