Vol.2
─ 1 ─
静かな波の音。視界一杯に広がる済んだ海。潮の香りをふんだんに含んだ空気。さんさんと降り注ぐ夏の陽射し。直径数キロの孤島は、あたかも楽園のような装いで、温かく三人を迎えた。
ここは雄一の祖父の島。今、雄一はかなたと友香を伴って、この島に着いた。この島へは、祖父からの紹介にあった漁師を頼る事になり、何度か行き来したという船着場に降ろしてもらったところだ。
「じゃあ、1週間後の朝に迎えに来るで。元気でな」
「ありがとうございました」
「いや、あん博士にゃ世話になったしな。気にせんでいいて・・・それじゃあな」
「はい、宜しくお願いします」
ここまで船で連れて来てくれた漁師は、愛想良く手を振ると巧みに船を操り、島から離れて行った。それを見送りながら、雄一は少し寂しい気持ちになった。
「ねえ、ゆーいちさんっ、あそこが別荘なんでしょ?早く行こうよ!」
「うん、そうだね」
はしゃぐ友香に微笑みかけると、雄一は荷物を持った。衣服や消耗品、1週間分の食料なので、何回かに分けないと運びきれない程多い。傷みそうなものから持つ事にした。
「雄一さん、私も手伝いますね」
「え?いいよ、重たいから」
「重たいから手伝うんですよ」
かなたがくすくす笑いながら、荷物を持った。女の子らしく、自分の荷物だって沢山あるのに。友香も自分で持てそうな荷物を物色する。三人は正面に見える別荘に向かって歩き出した。何か起こりそうという、ワクワクした気持ちを抱えて。
─ 2 ─
「今度の夏休み、三人で1週間ほど旅行に行かない?」
始まりは、雄一のそんな一言からだった。祖父の遺産を整理しているうちに、大規模実験用の島の存在を知ったからだ。島をまるまる買い取って、そこにも色々な機械が保管されているらしい。島の倉庫はセキュリティがしっかりしているらしいけど、放置しておくのも怖い気がする・・・そう判断した雄一は、実際に足を運ぶ気になった。かなたと友香を誘ったのは、すぐに戻れそうにない場所だし、いつも尽くしてくれる二人に、羽を伸ばして欲しかったからだ。
「うんっ!行くよ・・・ぼく、行くっ!」
「私も大丈夫ですけど、どこに行くんですか?」
即答する二人に、祖父の別荘兼研究所の事を説明すると、孤島というあたりでかなたが、研究所というあたりで友香が、それぞれ目をうるうるさせた。
「孤島・・・ロマンチックですね・・・いいかも・・・」
「きっと、面白い機械とか沢山あるんだろうなぁ・・・面白そうだよね~」
なんだか二人の考えてる方向性が微妙に違う気がするけど、どっちも喜んでくれてるみたいだから、それでいいんだろう。水着がどうとか、その前に期末がどうとか話し出した二人を見ながら、楽しい旅行にしようと誓う雄一だった。
・
・
・
その別荘には、驚いた事に電気と水道が完備されていた。電気は半永久機関が常時発電し、地下水を自動的に汲み上げ、浄化槽で消毒する。別荘の材料には館と同じものが使用され、夏なのに涼しげな空気が漂っている。
これだけでもこの島の価値は計り知れないものがあるけど、別荘から少し離れた所には、祖父の発明品の数々が眠っている。まさに金額に換算できない遺産だと思う。
「私達でお掃除と夕食の用意をしておきますから、雄一さんは倉庫の調査をしていて下さいね」
にこやかにそう言うかなたに、少しうずうすした様子を見せる友香がくっついている。雄一は笑いながら言った。
「掃除は明日でもいいんじゃない?今見ても綺麗だし」
「でも、簡単にでも食堂とお風呂とベッドは掃除しておきたいですから」
「う~、しょうがないよね。でも、明日はみんなで遊ぼ~っ!!」
少し拗ねて唸っていた友香も、気を取り直したように表情を改めると、元気良く右手を突き上げた。かなたも小さく笑いながら、「お~」とか言っている。
「ごめんね。じゃあ、倉庫に行ってくるよ。何かあったら、呼びに来てね」
返事をする二人の頬に軽くキスをすると、雄一はノートとポラロイドカメラを手にして別荘を出た。大きく手を振って送り出してくれる二人を見ながら、雄一は来て良かったと思った。何しろ、館のある街では人目を気にして、三人で出掛けるのも躊躇われるから。
多分、かなたも友香も、知人に知られても気にしない・・・そう判っていても、なるべく静かな日々を守りたいと思うから。
その倉庫は、別荘から一本道を辿って暫く歩いた場所にあった。位置的には島の中心部で、山の斜面に大きめの扉がついている。どうやら、洞窟を加工して倉庫にした様で、どれ程広いかは外からは判然としなかった。
「オープン、セサミ!」
照れながら雄一が呟くと、音も無く扉が開いた。鍵の役割を果たす懐中時計と、音声入力式の暗号・・・この2つが揃わないと、扉は開かないらしい。無理に開けようとすると倉庫が自壊するという事で、それなりに危険な発明品という事が想像できた。
自動的に内部に明かりが点き、乱雑に置かれた発明品の数々を照らす。広さは学校の体育館ぐらいだろうか、発明品の中には扉以上の大きさのものもあり、何を考えてこの倉庫を作ったのか判らなくなる。外に出す訳には行かない発明・・・という事だろうか。
「今日中には終わりそうにないけど・・・やるか・・・」
少し疲れたような声で・・・でも、ワクワクする気持ちを隠しきれずに呟くと、雄一は一つ一つ確認を始めた。ポラロイドカメラで写真を残し、説明資料の記述を読んで、問題のありそうな機械に注意する。大変な労力を要する、楽しい作業が始められた。
・
・
・
「ゆーいちさーんっ!ごはんだよぉ~!早くしないと、冷めちゃうよ~っ!」
どれ位そうしていたのか、気が付くと友香の声が扉越しに聞こえてきた。時計は既に19時を指している。集中していたせいか、全体の30%は終わっていた。少し名残惜しく感じながら、雄一は友香の待つ外へ出た。
「あ、雄一さんっ、お疲れ様っ!どうだった?」
「友香こそ、お疲れ様。1/3は終わったよ」
そう言葉を交わすと、友香は雄一の腕にぶら下がる様に抱き付いた。肩に頭を擦り付けながら、雄一を上目遣いに見上げる。
「じゃあ、あと2/3はあるんだね?遊べないの?」
「・・・明日頑張って終わらせて、明後日から遊ぼうと思ってるんだ。ごめんね?」
「ううん。それが目的で来たんだもん。しょうがないよ・・・あっ!」
何かいい事を思い付いたっていう顔で、友香は手を叩いた。開いた掌に握りこぶしを当てる姿からは、”ぽんっ”という擬音が聞こえてきそうだった。
「ぼくとかなたちゃんも手伝うよ!そしたら早く終わるよねっ!」
「・・・ごめん、ぼくだけでするよ」
「え~?」
「ごめんね」
友香は雄一の済まなそうに笑う顔を見詰めると、しぶしぶ頷いた。発明品の動作確認をする訳では無いけど、危険かどうかはまだ判らない以上、二人には近付いて欲しくない・・・雄一はそう思っていた。だけど、素直に言うと却って心配させそうだし、結局謝る事しか出来ないけど。
「その代わり、後で調べた発明品の説明をしてあげる」
「うん、ホントにだよっ!」
「ホントホント」
嬉しそうにスキップする友香と一緒に、雄一は別荘へ戻った。
─ 3 ─
「・・・そういう意味で、一番変な発明は『悩み事解決機』だったね」
夕食を楽しみながら、雄一はその日調べた祖父の発明品の説明をしていた。『天候操作機』や『個人用潜水機』、『個人用飛行機具』など、名前から想像できるものから『悩み事解決機』のように不可思議なものまで、発明品の種類は多岐に渡っていた。
「『悩み事解決機』って、どういう機械なんですか?」
「うん、解釈が難しかったけど・・・どうも、カウンセリングを自動で行う機械みたいなんだ。自分を見詰めなおすっていうのか」
チキンソテーを食べながら、雄一は説明した。どこか訝しげな表情は、雄一自身がその性能に納得いかないからだろう。
「カウンセリングって、機械でできるの?」
友香の問いは雄一も感じていたものだったので、なんとも答え辛い。
「うん・・・それが判らないから、自分で試してみようと思ってるんだ」
「それ・・・危なくないんですか?」
心配そうな顔で訊ねるかなたに、雄一は安心させるように笑って見せた。
「大丈夫だと思う。おじいさんも使ったっていう記録もあるし」
「あまり、危険な事はしないで下さいね」
「うん、ありがとう」
雄一とかなたの間に穏やかな空気が流れた。自然に目線を交わす二人に、友香は少しむっとした表情をするが、そのまま食事を続けた。なんだか焼け食い気味に一口一口の量が多くなる友香に、雄一は「ぼくの分も食べる?」などと聞いて、さらに機嫌を損ねた。
「ごちそうさまっ!」
「どうしたの、友香?なんか機嫌が悪いみたいだけど・・・」
「ぼく、ぜんぜん機嫌悪く無いよっ!じゃあ、お休みなさいっ!」
「あ、ああ・・・お休み」
「ゆかちゃん、お休みなさい」
足音高く寝室へ向かう友香を見送って、雄一とかなたは不思議そうな顔を見合わせた。二人にしてみれば、友香が突然怒り出したようにしか思えなかったから。
「明日も一緒に遊べないから、拗ねちゃったのかな?」
「そうかも知れませんね。私、これから片付けますから、友香ちゃんの機嫌を取っておいてもらえます?」
「うん、じゃあ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
・
・
・
友香は、自分の身体を抱き締めるようにして、ベッドに横になっていた。暗くした室内に、波の音が小さく響く。雄一の購入した巨大なベッドで三人一緒に寝る事に慣れると、初めてのこの部屋はひどく寒々しく感じられた。
「・・・ゆーいちさんの・・・ばか・・・」
ふと、そんな言葉が口から洩れて、自分が言った言葉に自分で驚く。なんでこんなに気分がささくれ立つのか、自分でも判らなかった。
「・・・ばか・・・」
本当は、判っていたんだと思う。でも、考え始めたら・・・気が付いてしまったら、今までと同じにはいられない。だから、無意識のうちに目を逸らせていたんだと思う。
「・・・でも・・・」
今は、眠ろう。それで、明日になったら・・・。
雄一が部屋を覗いた時、移動の疲れからか、友香はすっかり寝入っていた。泣き疲れて眠った子供のような、寂しげな友香の寝顔に軽くキスすると、雄一は友香を起こさないように、静かに部屋を出た。
─ 4 ─
翌日、少なくとも表面上は、いつも通りの友香だった。元気に朝食を平らげ、海で遊ぶ事を楽しみにしている。雄一は予定を変更した事を伝えた。
「今日は、午前中だけ倉庫を調べて、午後は遊ぶ事に決めたよ。その代わり、明日も倉庫で作業するけど。せっかく遊びに来たんだし、ね」
「ほんとっ!?ぼくね、新しい水着買ったんだよ。見せてあげるねっ!!」
「うふふ。私も新調したんです。ちょっと大胆にしてみたから、見て下さいね」
かなたと友香が喜びはしゃぐ様子を見て、雄一は胸を撫で下ろした。
「じゃあ、お昼頃に海岸に行くね。お弁当作ってもらっていいかな?」
「はい。おにぎりとか、いろいろ作っておきますね」
嬉しそうにかなたが答えた。最近は、かなたが料理を作り、雄一と友香が食べるという光景が当たり前になっている。かなたからすれば、二人とも美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐があるという事らしいけれど。
「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」
朝食を片付けると、雄一は立ち上がった。今日だけでは終わらないだろうけど、頑張れば遊ぶ時間も増えるはず・・・そう考えて、自分で気合を入れた。
「気を付けて下さいね」
「早く終わらせてね。ぼくたち待ってるから!」
そう言う二人の頬に軽いキスをして、雄一は今日も倉庫に向かった。
・
・
・
倉庫の中の発明品を調べて行くうちに、あっと言う間にお昼になっていた。なんだかんだ言っても、雄一も祖父の血を引いているからだろう、発明品の確認が楽しくてしょうがないらしく、時間を忘れて没頭していた。
「ふぅ・・・このペースなら、明日には終わるかな」
雄一は『悩み事解決機』を中央に移動させた。『悩み事解決機』は、ある程度広い場所で使う必要がある為、先程まで置いてあった場所では起動させられない。今日はもう試してみる気は無いから、準備だけしておく事にする。
しかし・・・見れば見るほど変な機械だった。古めかしい化粧台のような形と言えば、少しは雰囲気が伝わるだろうか?塔のような正面に『悩み事解決機』とプレートが付いていて、その左右に折り畳まれた板のようなものがついている。ボタンは2つだけ付いていて、『開始』『終了』と手書きで書いてある。祖父の発明品で無かったら、触れる気にもならないぐらいにいかがわしい。
「さて、二人とも待ってるだろうから、行くかな」
雄一はもう一度倉庫の中を見渡すと、海岸に向かって歩き出した。
・
・
・
「こういう所で食べるお弁当って、どうしていつもより美味しく感じられるんだろう?」
おにぎりをぱくつきながら、雄一が疑問を口にした。パラソルの下で砂の熱を感じながら、三人は食事を取っている。海から来る潮風は、例えば湘南などと比べると、いっそ爽快とすら言えるような感触を肌に残している。
「手掴みで食べるからっていう説もあるみたいですけど・・・やっぱり、楽しいからそう感じるんだと思いますよ」
爪楊枝を刺したたこさんウインナーを目の前でくるくる回しながら、かなたが言った。夢中でから揚げを頬張る友香も、うんうんと頷く。
「おふぉとではへるほ、ぼふふきっ!」
「ほらほら、ゆかちゃん落ち着いて・・・ほっぺにおべんと付けてるし」
かなたは友香の頬に付いたご飯粒を取ると、そのまま自分の口に運ぶ。友香はあどけなく笑うと、次のおかずに手を伸ばす。和やかな雰囲気が漂った。雄一が海へ目を向けると、どこまでも続く水平線に、立ち上る入道雲が目に入った。館にいるときよりも、一層三人だけしかいないという事が強く意識された。
「雄一さん、何か見えるの?」
「うん・・・綺麗な海だなって・・・思って」
友香の問いに、半分上の空で雄一は嘘をついた。勿論海の綺麗さにも感動していたけど、かなたと友香の水着姿に見惚れて、恥ずかしくなって海に視線を向けたなんて言えなかった。何度肌を合わせても、なぜか照れてしまうのは雄一にも不思議だったけど。
「ごちそうさま・・・とっても美味しかったよ」
「ほんとに、かなたちゃんって凄いよねっ」
雄一と友香に誉められて、かなたも嬉しそうに目を細めた。弁当箱の代わりに使った平皿とサランラップを分別して、かなたは食後のお茶を全員分用意した。
「はい、どうぞ」
「良い匂いだね・・・ありがとう」
「これ、紅茶だね・・・美味しい~」
「うん、口の中がさっぱりするのよ」
それから三人はまた、海へと目を向けた。太陽光を反射して、きらきらと輝く海。まったりとした雰囲気の中、友香だけは早く海に入りたくて、うずうずしていた。
「ね、ね、早く泳ごうよぉ」
「もう少し休んでるから、先に遊んでおいでよ」
「え~、かなたちゃんは?」
「あ、私もです。気にしなくていいから、行ってらっしゃい」
「うんっ、じゃあ、早く来てねっ。行ってきま~すっ!」
そのまま友香は、我慢できないとばかりに走り出す。紺色のワンピースで、背中を大きく開けて、サイドに白いラインが入った水着を着た友香が、凄い勢いで海に駆け込んだ。そのまま水をかき分けて進むと、楽しそうに笑いながら泳ぎ出す。いかにも元気一杯な子供みたいな様子に、雄一の顔がほころぶ。
「ゆかちゃん、楽しそうですね」
「うん・・・来て良かったよ」
顔を海に向けたまま答える雄一に、かなたは少し近付いて、手を重ねた。雄一がかなたに目を向けると、にっこりと微笑んだ。
「やっぱり、私達も行きましょうか?ゆかちゃんを見てたら、私も泳ぎたくなっちゃいました」
「そうだね」
かなたは立ち上がると、重ねていたTシャツを脱いだ。かなたの水着は、黒い色のセパレート型で、白いラインが縁取っている。結構ハイレグで、背が高いかなたに良く似合っていた。下から見上げていた雄一は、眩しそうに目を細めて、自分も立ち上がる。
「行こう!」
そのままかなたの手を取ると、友香の方へと走り出した。焼けた砂が妙に足の裏に気持ち良くて、笑って熱がりながら波打ち際で立ち止まる。立ち泳ぎしながらこちらを見ている友香に腕を振ると、海水の冷たさを確かめながら海に入った。
雄一の隣でかなたが笑っている。どうやら波が引く時の足の裏の感触がこそばゆいらしい。雄一もその感触を味わっていると、友香が近付いてきた。
「あんまり友香が楽しそうだから、やっぱり遊ぶ事にしたよ」
「でしょっ!冷たくて気持ちいいよ~」
友香の満面の笑顔が、青い海をバックに輝いた。
─ 5 ─
・・・ざ・・・ん。・・・ざざ・・・ん。
夕日が海を赤く染め上げる中、雄一とかなたは手をつないで海岸線を歩いていた。寄せては返す波の音以外には、何も聞こえてこない。食事をした場所からだいぶ離れて、そろそろ戻らないといけない、そう判っているのに、二人ともそれを言い出せないでいた。今のこの空気を・・・少しの刺激でも消え去ってしまいそうな儚い雰囲気を・・・壊したくなくて。
それでも、どちらからとも無く立ち止まって、見詰め合う。先に口を開いたのは、かなただった。
「・・・あの・・・」
「・・・ん・・・」
「そろそろ・・・戻りましょうか・・・ゆかちゃんも、待ってると思いますし・・・」
「そうだね・・・」
見詰め合った目が、互いに引き寄せられて、離れない。
「・・・ん・・・」
二人の影がゆっくりと近付き・・・一つになって、暫く動かなくなった。まるで映画の1シーンのように、夕焼けを背に溶け合う影。
・・・ざ・・・ん。・・・ざざ・・・ん。
海の音だけが、ただ時が過ぎ行くのを告げていた。
・
・
・
「あ・・・」
心臓が、どきどきしている。そっと手で胸を押さえると、薄い胸を通して鼓動が伝わって来る。見てはいけないものを見たような、なんだか判らない・・・理由の無い罪悪感。
雄一とかなたを探していて、二人がキスをする姿を偶然見た友香は、何故か心がざわめくのを感じた。
───ホントは、ぼくも判ってた───
これ以上考えちゃいけない・・・そう思う心に反して、胸の中のもう一人の友香が小さく呟く。耳を塞いでも、聞きたくなくても心の奥底に聞こえて来る声。
───ゆういちさんは───
「だめだよ・・・言っちゃやだよ・・・気が付いちゃったら、ぼく・・・」
声に出して、哀願した。波のざわめきにかき消されそうなほど小さい声で、シャボン玉よりも儚い声で。
───かなたちゃんが好きなんだ───
友香の視界の中で、夕日の中に佇む二人の姿が、涙に滲んだ。
─ 6 ─
一人、暗くなっていく木々の間を走る。あれから、衝動的に背を向けて走り出した友香は、別荘に戻って雄一の懐中時計を手に取ると、倉庫へ向かった。この狭い孤島では、他に一人になれそうな場所が無かったから。入り方は知っていたし、入ってしまえば他の誰も入って来れないはず。
「おーぷんせさみ」
少し間の抜けた合言葉も、今の友香には何も感じられなかった。それどころか、雄一に教えてもらった時の事を思い出して、一層ブルーになる。その時は本当に楽しかったから・・・。
中に入って入り口を閉じると、友香は倉庫の中を見渡した。目の前にある『悩み事解決機』に目を止めると、それに背を預けるようにして座り込む。
「ふぅ・・・」
小さくひざを抱え込んで、友香は溜息をついた。走って荒くなった呼吸はおさまってきたけど、代わりに気分が暗くなる。目尻に涙が溜まった。友香は、自分が刹那的にとった行動に、この後の事を考えて途方に暮れる。
「ぼく・・・これからどうしよう・・・」
倉庫の中は静かで、その分深く思索にふける事になった。今、初めて友香は自分の心に向き合った。それまでは、『EDEN』の効力で無意識のうちに考えないようにしていた事・・・三人でいるという事を。
「今までは、ぼくは雄一さんと、かなたちゃんと、三人でいられれば良かったんだよね・・・。それだけで幸せで、楽しくて。でも・・・」
───本当は、ずっと前から気が付いてた・・・三人で過ごす事の不自然さに。なんでぼくはそれを考えないようにしてたんだろ?確かに三人でする、という行為は知ってるけど、それはあくまで”普通じゃない”行為だったはずだし───
友香は、寒気を覚えたかのように自分の身体を抱き締めた。かなたと比べて、少年のような固さの残る、発展途上の身体。雄一に愛されて、最近少しずつまろみを帯びてきた身体。
───でも、雄一さんやかなたちゃんと一緒にいる事に、疑問を感じる余地が無かったのかも知れない。幸せで・・・気持ち良くて・・・嬉しくて・・・楽しくて・・・。ココロもカラダも二人でいっぱいにして、他のことを考える必要も無くて・・・───
「でも、もしかして、ぼくって・・・」
───いらないコなのかな?───
・
・
・
どれくらいそうしていただろう。友香はふと、『悩み事解決機』を見上げた。考えれば考えるほどに泥沼にはまる思考に疲れて、友香はなんの気無しに立ち上がると、スイッチを押した。
ヴィン・・・。
低い作動音が響くと、本体の左右に付いていた板が展開して、友香を包み込むように円形に囲い、緩やかに輝き始めた。次々と色を変え、美しいグラデーションが友香の顔を照らした。その柔らかい輝きは、少しずつ友香の心の固く凍りついた部分を、温かく溶かしていくようだった。緊張が弛緩に変わり、友香の目から意思の光が失われていく・・・。
「・・・あれ?」
気が付くと友香は砂浜に立っていた。さっき、逃げ出したあの場所。友香の胸が小さく疼いた。と、少し離れた場所に、雄一とかなたが寄り添っている姿に気付いた。まるで一枚の絵の様に自然な二人は、友香にとって、割り込む隙間がまったく無いとすら感じさせる。声を掛ける事も、目を離す事も出来ずに、友香はただ立ち尽くした。
『それで、いいのか?』
どこからか、友香の耳に男の声が聞こえてきた。誰かの声に似ていて、心の中にすっと入ってくる・・・そんな声。不思議と友香は、話し掛けられた事に何の疑問も感じなかった。
『お前は、それでいいのか?』
重ねて尋ねて来た声に、友香は口を開いた。聞いただけで胸が締めつけられるような、友香を知っている人なら信じられない程の空虚な声で。
「・・良くは・・・無いよ。だって、ぼくも雄一さんが好きだもん。でも、雄一さんが好きなのは、かなたちゃんなんだよね・・・」
二人の姿から目を離せずに、友香はそのまま声に答えた。友香の目の前で、二人の顔が近付き・・・口付けを交わした。いつも、三人でえっちをする時には当たり前の光景・・・それが、今は友香の胸を切なく締めつける。
『ならば、最初から雄一とかなたの二人に近付かねば良かっただろう?』
「だって、気が付いたら、三人一緒だったんだもん」
『三人でいるのは当たり前の事と思っていた・・・だから今まで一緒にいた。そうだろう?』
友香はゆっくりと頷いた。それは、さっきも自分で考えていた事だから。
『お前は、どうしたいのだ?』
自分が、どうしたいか・・・。友香は自分の胸に問い掛けてみると、答えはすぐに見つかった。たった一つの、純粋な想い。それさえ叶うなら、他には何も要らない・・・それほどの願い。
「ぼくは、今のままがいい・・・普通じゃ無くても、雄一さんがかなたちゃんを好きでも・・・それでも・・・一緒に・・・ずっと一緒にいたいよ」
そう胸の奥の衝動のままに言葉にして、「でも・・・一緒にいちゃ、いけないよね・・・」と、寂しそうに呟いた。
『別にいけない理由は無い。そのままでいるがいい』
友香が、その顔に驚いた表情を浮かべた。まさか、そんな事を言われるとは思わなかったから。でも、それは世間一般の考え方とは違うから・・・雄一やかなたに、迷惑を掛けてしまうのではないか・・・友香にとって、それらの不安材料に思い至ってしまった以上、無理な話に思えた。自分のしたいことだけを優先するような考え方ができない友香だからこそ、ここまで悩んでいるのだから。
「でも、そんなの普通じゃないよ。ぼくはそれでも良かったけど、他の人からしたら、変に思われちゃうよ。そしたら、雄一さんとかなたちゃんに迷惑が掛かっちゃうし・・・」
『雄一やかなたが”他の人”を気にして、お前をないがしろにしたことがあったか?』
その問いを聞いて、友香の動きが止まる。声は、厳かな口調で続けた。
『雄一がかなたを好きだからといって、お前をないがしろにしたことがあったか?・・・かなたが雄一を好きだからといって、お前をないがしろにしたことがあったか?』
雄一も、かなたも、友香の事を本当に大事にしてくれてた。それだけは絶対だと思う。友香はゆっくりと、首を左右に振った。
『雄一やかなたが、お前の事を好きでは無いと思うか?』
友香は、もう一度首を左右に振った。三人で肌を触れ合わせている時や日々の何気ない会話など、自分への好意を疑った事は無い。一緒にいるだけで幸せに胸が震えるのは、二人が自分を愛してくれているのを、心の奥で知っているから。
『一人で考えずに、良いも悪いも三人で決めるがいい。お前達は、三人でいる事が一番自然なのかも知れんし・・な』
まるで、可愛い孫に言い聞かせるような慈しむ口調で、その声は続けた。声の抑揚に合わせて、周りの景色が不思議な色に彩られる。海の底から太陽を見上げるように歪んだ視界は、優しく友香の心の悩みを解きほぐしていくようだった。
「そうなのかな?それで、いいのかな・・・ぼくたち・・・」
まるで、催眠術に掛けられたかのように、友香は自分の想いを呟いた。誰かに赦しを請うように・・・希望を信じたいというふうに・・・。
『いいのさ・・・きっとな・・・』
その言葉は、友香の中の不安や悩みを消し去って行くようだった。それは、本当に催眠効果があるのかも知れない。答えの無い悩みを、ある意味強引にでも解決してしまう為の・・・。
「ありがと・・・」
友香の表情が少しずつ落ち着いて行くに従い、周りの景色がぼやけて色を失って行った。景色と一緒に消えて行く雄一とかなたを、友香は最後まで見送った。もう、友香にはこれが『悩み事解決機』が見せている幻だと気付いていたが、それでも、ただの幻とは思えなかったから。最後に二人が友香の方を見て微笑んだ様に見えたのは、友香の気のせいだったろうか。
『・・・幸せに・・・なれるさ・・・』
「うん・・・ありがと・・・」
少しずつ小さくなる声の一言を最後に、友香の意識が鮮明になる。場所はさっきと変わらず倉庫の中で、『悩み事解決機』を前に友香は立っていた。身体が・・・心が軽くなったのを、友香は実感した。まるで、魔法をかけられた様に。
「幸せになるね・・・みんなで・・・」
そう呟く友香の表情からは、悲しみの陰は払拭されていた。悩みはまだあるかも知れない。けれど、今の友香は、それを乗り越える為の何かを『悩み事解決機』で手に入れていた。だから友香は、立ち止まる事を止めて、前に進む為の一歩を踏み出した。
・
・
・
友香が倉庫から出ると、雄一とかなたが友香を探しているのが見えた。二人で交互に友香の名前を呼びながら、倉庫の方に歩いてくる。友香は手を振って、二人に声を掛けた。
「ゆーいちさーんっ、かなたちゃーんっ!こっちーっ!」
二人が友香を認識して安心するのが離れていても伝わってきて、友香の心に少し罪悪感を感じさせた。駆け寄る二人に、友香の方からも走って抱き付いた。
「わっ!どうしたの、ゆかちゃん?私達心配したのよ?」
「えへへ、ごめんねっ」
照れ笑いを浮かべて謝ると、普段通りの友香の様子に、二人とも安堵した。雄一がかなたに続くように言った。
「うん、いいけど、大丈夫?」
「うん、ホントにだいじょうぶ。じゃあ、お詫びのしるしに・・・」
いたずらっコのような笑みを浮かべて、友香は雄一の頬に手を伸ばした。そのまま雄一の顔を引き寄せながら、自分もつま先立ちになる。友香は、ちゅ、と音をさせて、色々な想いを込めたキスをした。
「私、なんだか羨ましいかも」
「じゃっ、かなたちゃんにもっ!」
「えっ?そういう意味じゃ・・・んっ!」
友香はかなたに抱き付くと、唇をついばむようにキスをした。雄一は微妙に紅くなった頬を指先で掻きながら、なんとなく・・・今までと違う友香の様子に気が付きながら、それを好ましく思っていた。子供っぽく振舞う姿から、少し大人びたような・・・どこか自由になったような・・・そんな感じを。
「もぅ!私も雄一さんとキスしたいなって言おうとしたのに」
「ふふっ、だってかなたちゃん、さっき浜辺で雄一さんとキスしてたでしょ?」
「えっ!見てたの?あの・・・ごめんなさい・・・仲間外れにする気は・・・」
「ううん、いいのっ!でも、これから私だってたくさんキスするんだからっ!」
微笑みながらそう高らかに宣言する友香に、狼狽していたかなたも何かを感じ取ったように、訝しげな表情を浮かべた。そして、それはすぐに、満面の笑みに変わっていった。友香が笑ってくれるならそれでいいと・・・雄一もかなたも思うのだから。
「そろそろ、別荘に戻ろうか?お腹も空いたし、ね」
「うんっ!」
夕方と言うより夜と言った方がいい時間に、三人が固まって別荘へと歩く。少し歩き辛かったけど、心の中には幸せが満ちていた。三人でいる事の幸せ・・・それは、友香の先程の行動で、それぞれの胸にいっそう明確に感じられるようだった。
友香は、抱き締めるように雄一の腕にしがみついて歩きながら、そっと雄一の顔を見上げた。そして、雄一の向こうに見え隠れするかなたの顔も。友香は、いつもだったら気にしないで言えるのに、今はなんだかこそばゆい気がして、心の中で呟いた。
───二人とも、だいすき───
そんな三人を、静かに月が見守っていた。
─ 7 ─
「んっ・・・」
かなたの唇が友香のそれと重なる。雄一の唇と違い、柔らかく・・・唇を起点に、ゆっくりと身体が溶け合うような、不思議な気分にさせられる。
「んむ・・・ぅん・・・」
唇を割って、友香の舌がかなたの舌を捕らえる。挨拶する様に先端を突つき、精一杯伸ばしてかなたの舌に絡み付く。かなたも舌を伸ばして、友香の口の中に侵入する。唾液の味は、身体と心を蕩かすように甘く感じられた。
「ふふっ。ゆういちさん遅いね。早く来ないと、ぼくがかなたちゃんを、てってー的にいじめちゃうんだから」
「あん・・・ゆかちゃん、だめぇ・・・へんになっちゃうよぉ・・・」
「だぁめ~」
友香はえっちな表情に笑みを浮かべ、かなたのブラを外した。日に焼けて赤くなった肌と、水着に守られて白い肌との対比がエロティックに感じられた。
「こんなに焼けて、痛くない?」
友香が肩紐の跡を舌でなぞりながら聞いた。かなたは薄く目を閉じて、かなたの舌の動きに、身体を震わせた。
「んっ、少しだけ・・・でも、その分敏感になっちゃって・・・んぅ・・・ヘンな感じ・・・するかも・・・」
友香は少し意地悪な笑みを浮かべると、「えいっ」とかなたをベッドに押し倒した。雄一の館のベッドよりも小さいけど、普通の基準からするとそれなりに大きいベッドは、かなた達を柔らかく受け止めた。
友香は、仰向けになっても形が崩れないかなたの胸を羨ましそうに見た。
「かなたちゃんのおっぱい、おっきくていいなぁ・・・」
「ゆかちゃんだって、きれいな形で・・・あっ・・・!」
友香は、かなたの言葉を最後まで聞かずに、唇と舌と掌と指で、左右の胸に愛撫を加えた。かなたが敏感に反応するのを見て、さらに激しく攻め立てる。
「あんっ、あっ・・・そこはっ・・・んっ・・・」
「かなたちゃん、乳首・・・硬くなってきたよ・・・」
「んあぁっ!」
友香は、かなたの身体のラインをなぞるように指を這わせ、かなたのパンティの中に滑り込ませた。既に熱く潤む場所には指を触れずに、意地悪くかなたを焦らせる。
「ね、かなたちゃん、どう?気持ち・・・良い・・・?」
「ゆ・・・ゆかちゃぁん・・・お・・・おねがい・・・」
「答えてよ、かなたちゃん・・・じゃないと、やめちゃうよ?」
そう言って、友香はかなたのパンティから手を抜いた。ゆっくりとパンティの外側のラインをなぞって、腿の内側を撫でる。徹底して大事な部分に触れない友香に、かなたの目に涙が浮かぶ。
「ゆかちゃ・・・ん・・・きもち・・・いいの・・・だから・・・やめないで・・・おねがい・・・」
「うふふっ、おーらいっ!じゃあ、ジャマだからパンツ、脱いじゃおうね」
丁寧に両手をパンティのサイドに掛けて、ゆっくりと下ろして行った。少し考えて、片足だけを抜いて、右足の膝のあたりにパンティを残しておくと、友香は、かなたの足を開かせて、その間に自分の身体を入れた。
「おまたせ!じゃあ、ぼくのお口でしたげるね!」
そう言うと、友香はかなたの秘所に舌を差し入れ、掻き回した。瞬間的に跳ね上がるかなたの腰を、右腕をかなたの脚に絡ませて押さえる。そのまま、左手を後ろに回した。
「ひゃんっ!ゆかちゃ・・・っ!・・・だ、だめぇ・・・そこ、そこはっ・・・!」
「ふふっ。ぼく前そこにした時、けっこう気持ち良かったよ?かなたちゃんにも試してあげるね」
「だめっ、だめなのっ!ひっ・・・!ふぁあんっ!!」
軽くかりかりと擦るように、友香はかなたのお尻を攻めた。そのうち、だんだん指先が中に入って行くのが感じられる。ぞわぞわと身体中を這い回る異質な快感に、かなたは悩乱した。既に、そうされる事が嫌なのか気持ち良いのかさえも判らなくなっていた。
「かなたちゃん、なんだかいつもよりも濡れてる・・・」
「んっ!・・・い・・・いやっ!」
その言葉があたかも愛撫であったかのように、かなたは敏感に反応して身体を仰け反らせた。揺れる胸に誘われて、友香は右手をかなたの胸に伸ばし、さっきよりも強く刺激する。
「あぁあっ、だめぇ、へんに・・・へんになっちゃうぅ・・・」
熱に浮かされた様に、かなたはうわ言めいた声を放った。かなたの身体は汗にまみれ、顔だけでなく身体中が薄紅色に染まっている。
「かなたちゃん、きれぇ・・・そろそろ・・・イかせてあげるね・・・」
友香は溜め息まじりにそう呟くと、秘所から離した唇でかなたのクリトリスを優しく咥えた。興奮の余り顔を出したそこに、舌を差し込んで根元から刺激する。
「んぅ・・・んっ・・・ひっ!・・・ああっ、ああああっ!」
絶頂に向かって反応するかなたの身体に、友香はしがみついて愛撫を続ける。右手を戻して、今度は中指を膣内に挿入する。指の腹で天井部分を刺激すると、かなたの声が一層高まった。
「あっ、はぁっ!だ、だめっ!イク、イっちゃう!あ!ああぁああああっ!!」
身体を突っ張らせて硬直すると、かなたは全身から力が抜けたように倒れ込んだ。目をつぶって快感の余韻に浸りながら、荒い呼吸を繰り返す。
友香はベッドの上で女の子座りをして、かなたを見下ろした。その瞳に、雄一へのものと変わらない愛おしさを湛えて。
「さすがに途中からだと、間に入り辛い感じがするね」
「あ、雄一さんっ。あんまりお風呂が長いから、ぼくたち始めちゃってたんだよ」
いつからいたのか、部屋の入り口に寝間着を着た雄一が立っていた。余裕があるような口調だったが、その顔は風呂上りとは別の熱で赤く染まっていた。
かなたは雄一に見られたのが恥ずかしかったあのか、身体を丸めて壁の方に転がった。息は落ち着いてきたのに、顔はさっきよりも赤くなっている。
「かなたちゃんってば、みんなでえっちは沢山してきたのに、なんで今更恥ずかしがるかなぁ?」
あっけらかんとした口調で言う友香に、雄一は苦笑した。
「こういうシチュエーションは珍しいからね」
雄一はベッドの端に腰掛けると、かなたの背中に指を走らせた。まだ身体の火照りが消えずに敏感になっている肌に、不意打ちで刺激を与えられて「きゃんっ!」とかなたは可愛い悲鳴をあげた。雄一がやったと判ると、見上げて少し恨めしそうに見詰めた。
「ゆういちさんの・・・いじわる・・・」
雄一が笑ってかなたの頭を撫でていると、いたずらを思い付いた顔で友香が近寄って来た。雄一の首の後に両手を回すと、身体を密着させるように抱き付いてキスをする。子猫がミルクを舐めるような音をさせて、情熱的に舌を絡め、甘い唾液を交換する。
暫くして堪能した友香は、舌を伸ばしたまま顔を離した。二人の間で唾液の糸が光る。
「美味しかった?かなたちゃんの味だよ」
言葉に詰まる雄一を見て、友香は楽しそうに笑った。雄一もつられて笑ったが、やられてばかりでは悔しいと思い直し、ゆっくりと絶対の言葉を放った。
「美味しかったお礼をしようかな。二人とも、『催眠状態』になってね」
途端に、二人の全身が弛緩し、意思の感じられない表情に変わる。ある意味、えっちをするより刺激的に感じる瞬間。でも・・・雄一は心の中で囁いた。絶対に、二人を傷付けるような暗示は掛けない・・・それだけは、絶対に・・・そう、自分を戒めた。それは、人を支配するという誘惑に負けない為の、雄一なりの誓いだった。三人で生きて行くと決めた時からの・・・。
「・・・友香、質問に答えて・・・前にお尻でした時、痛かった?」
「ううん・・・気持ち良かった・・・」
雄一が悩んでした質問に、感情を表さずに友香が答えた。雄一が友香と初めてお尻でえっちした後、恥ずかしくて聞けなかった事を今確認する事にした。
「嫌じゃ、無かった?」
「うん・・・興味・・・あったし・・・」
「その後で、体の調子が悪くなったりとか、した?」
「・・・うん、大丈夫だった・・・」
雄一は友香の体が小柄なので気にしていたけど、『EDEN』の暗示で弛緩させたから大丈夫だった・・・という事なんだろう。友香の答えを聞いて安心すると同時に、雄一の心にもう1回やってみたいという想いが沸き上がった。
・
・
・
「いいかい、かなた。これからぼくがお尻を触るけど、触られた所は力が入らなくなる・・・その代わりに、神経が集中したような気持ち良さを感じることが出来るよ」
雄一はかなたの耳元で、囁くように暗示を掛けた。今回はかなたに体験してもらう為、友香が掛けられた時の暗示を思い出しながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「そして、ぼくが『はいっ』と言ったら、その暗示はそのままに意識が戻る、いいね」
雄一は、今度は友香の耳元に顔を寄せた。せっかくだから、一緒に気持ち良くなって欲しいし・・・その点友香は一度経験してるから、快感の暗示を掛けやすいはずだから。
「友香、ぼくはこれからかなたとえっちする。友香はそれを見て、自分がお尻でえっちした時の快感を思い出すんだ。凄く気持ち良くなるよ。かなたと同じぐらいに感じる。かなたがイクと、友香も凄く気持ち良くてイっちゃう。ぼくがこれから『はいっ』と言ったら、その暗示はそのままに意識が戻るよ、いいね」
雄一は二人に必要な暗示を掛け終えると、コンドームを装着して「はいっ!」と二人に声を掛けた。
「かなたはぼくにお尻を向けて、四つん這いになって・・・友香は、してるところを見ててくれるかな?」
「うん・・・」
友香は邪魔にならないように、ベッドの端に移動した。そのまま興奮して、食い入るようにかなたに見入っていた。これからの快楽を期待して。
「あの・・・これでいいですか?」
「うん、身体の力を抜いてね」
「は、はい・・・んうっ!」
雄一は人差し指を軽く舐めて、かなたのお尻に指を這わせた。綺麗なすぼまりをなぞる様に、丁寧に触る。触れた瞬間に走った緊張は、暗示の効果ですぐにほぐれて行った。空いている左手を使って、お尻全体も揉むように刺激する。胸とは違う感触で、それでも雄一の手に吸い付くように感じられた。
「んっ、んあ、ふっ、んん、あっ」
切れ切れに喘ぐ声に、だんだん甘い快楽の色が混じって行く。雄一は人差し指をゆっくり、慎重に中に入れて行った。指が届く範囲で無理が無いと判ると、雄一は丁寧に指の抽送を開始した。
「あああぁあ・・・んくぅ・・・あ、あぁん・・・」
異質な快感に、かなたの背中に汗が浮かんでいた。喘ぎ声も、うわごとめいたものに変わっている。十分に慣れて来たのを確認すると、雄一は指を抜いた。それでもかなたが喘ぎ続けているのは、快感が持続しているのだろうか。
雄一は自分のものをかなたの秘所に擦り付け、愛液をまぶすと、両手でかなたのお尻を押さえて、ゆっくりと挿し込んで行った。
「んんぅ・・・は、入ってくるぅ・・・あはあぁあ・・・」
「ああっ、あ・・・ああ~」
かなたの喘ぎに、友香の声が重なる。雄一が顔を上げると、壁に背を預けて座っていた友香が、足を広げてずるずると滑っていた。座っている事も出来ないくらい興奮しているらしいが、相変わらず潤んだ目はかなたを見詰めている。
「ほら、全部入った・・・。全体を締めつけてくるみたいで、凄く気持ち良いよ。それじゃあ、動かすからね」
抽送を始めると、かなたの味わっている快楽が、その様子から見て取れた。入れる時には高まる快感に連続した喘ぎを、引く時には切羽詰ったように断続する喘ぎを放っている。呼吸をするタイミングなのか、時々きゅっ、と締まるのが気持ち良い。
「ゆぅいち・・・さぁ・・・ん・・・はぅ・・・んっ・・・」
友香も、ぼくの腰の動きに合わせて身体を震わせている。それだけでなく、両手を自分の秘所に這わせていた。姿だけ見ているとオナニーをしているようにしか見えないけど、恐らく普通の人からは信じられない程の快感を味わっているんだと思う。その証拠に、かなたの方に向けた目は、快楽に澱んで、何も映していないように感じられた。
「あ・・・んあぁ・・・ゆ・・・ゆうい・・・さん・・・わたし・・・もぉ・・・」
「あぁんっ・・・は・・・ふぅ・・・ぼくも・・・んぅっ!」
二人とももうイキそうなのか、目に涙すら浮かべて哀願している。雄一も我慢の限界に近付いているので、タイミングを合わせるように、抽送を速くした。
さらに強くなる刺激に、かなたは悲鳴に近い声を上げ続ける。友香も、ブリッジをするように仰け反って、腰を突き上げている。三人の絶頂が近付いていた。
「んっ!」
「あああぁあああああっ!」
「いっ、イクっっ!いっちゃうっ!!あああっ!!」
歯を食いしばって雄一が精を放つと、二人も同時に絶頂に駆け上った。雄一が自分のものを引き抜くと、かなたは、あまりに激しい快感に、半分失神したように薄目を開けたままベッドに倒れ込んだ。友香も同様に全身を弛緩させて、仰向けに倒れている。部屋の中に甘くいやらしい匂いが満ちていた。
・
・
・
先に目を覚ましたのは、友香だった。雄一が後始末をしていると、いつの間にか雄一の事を興味深く見詰めていた。
「いつもへろへろになっちゃって気が付かなかったけど、雄一さんってすぐ後始末してたんだね」
「うん、そのままにしとくのも何だしね」
友香は「よいしょっ」などと小さな声で呟いて、ベッドの上に座り直した。意識を取り戻したばかりなのに、結構元気だ。
「ね、ゆーいちさん、もう一回できる?」
「え?」
「ぼく、まだ入れてもらって無いよね?」
無邪気に微笑む友香を見詰めて、雄一は軽くめまいを感じた。でも、友香が言っているのはきっと、気持ち良ければそれでいいという訳では無いと・・・そういう事だろう。
だから、雄一はもう少しがんばる事にした。友香を、本当に心の底から悦ばせてあげたかったから。
「うん、そうだね・・・じゃあ、ぼくの上に来てくれる?」
「うん!」
嬉しそうにそう言って、友香は雄一が腰掛けているベッドの端に近付いた。そのまま床に降りて、雄一の前に跪いた。
「じゃあ、元気にしてあげるねっ」
そう弾んだ声で言うと、友香は雄一のものに、そっと口付た。音を立てて先端にキスをすると、横から笛を奏でるように咥える。舌を絶妙に躍らせながら、根元から先端へ、先端から裏筋へと顔全体を動かして愛撫した。
ちゅぷ・・・ぺちゃ・・・んっ・・・あふ・・・ぁむ・・・耳から入る音、友香の息遣い・・・それらが雄一の性感を刺激して、さっきと比べても負けないぐらいの力強さをすぐに取り戻した。
「えへへ、もういいかな?ぼく、がまんできなくなっちゃったよ」
「うん、おいで・・・」
雄一のその言葉を待ち焦がれたかのように、友香は雄一と向かい合うように跨った。雄一の肩に手を置いて、下を見ながらゆっくりと腰を降ろして行く。くちゅっ、という音と共に、雄一の先端に熱く濡れた感触が感じられた。
「んっ!」
触れただけでも気持ち良いのだろう、友香が眉をしかめるようにして声を上げた。それでも友香の腰は止まらずに、雄一のものを咥え込んで行く。
「あああぁ、いっぱい、いっぱいだよぉ・・・ぅん・・・ゆ、ゆぅいちさぁん・・・」
「うん、友香の中・・・きつくて気持ち良いよ」
「うれ・・・うれしいっ・・・あっ!」
雄一の先端が、友香の一番奥に辿り着いた。コリっとした感触がお互いを刺激する。友香は雄一にしっかりしがみつくと、気持ち良くて腰が砕けそうになるのを我慢した。
「あっ、あんっ・・・う・・・うごくね・・・んぅうっ!」
友香はそう宣言すると、ベッドの端に突いた膝を支点に、抽送を開始した。この体勢だと、雄一に甘えているという感じが強くして、心まで気持ち良くなる。
「あっ、あっ、あっ、あつっ・・・すごい、だめっ・・・んっ・・・ああっ!」
もっと雄一にも気持ち良くなって欲しいのに、友香が感じる快感は、あっさり友香から身体の自由を奪った。緩慢になる動きが、却って友香の中の雄一のものを意識させる。目に涙を滲ませて、それでも必死に動き続ける友香に、雄一が友香のお尻に手を回した。
「んっ・・・あっ!だめっ、それっ!・・・あっ、ぼく・・・だめに・・・んく・・・なっちゃ・・・ああっ!」
雄一は、友香のお尻のすぼまりに指を這わせた。腰の動きを助けながら、その動きに合わせて、だんだんと奥に侵入していく。入り口が柔らかくなるのを待ってから、無理しないように、優しく。その姿勢からでは、中指の第2関節ぐらいまでしか入れられないので、指の腹で内部を撫でるように愛撫する。
「ああぁ・・・へん、へんなの、それぇ・・・まえも・・・うしろもはいってるぅ・・・あん・・・やぁん・・・」
「これ」
雄一は言葉に合わせて、指先をぐりっとねじった。友香の背中がびくっ、となるのをみて、そのまま言葉を続けた。
「・・・いや?」
「あ、いやじゃ・・・んっ・・・ないけど・・・くぅっ・・・あっ!」
「そう?・・・んっ・・・なら、良かった」
そうして、雄一はキスしたり甘噛みしたりしながら、だんだんと限界に近付くのを感じていた。友香も、もう意味のある言葉も出て来ない様子で、雄一にしがみつくのが精一杯らしかった。
「友香・・・そろそろ、イクよ」
「ああっ・・・んっ!・・・はぅっ!・・・っ!」
「んっ!!」
「あっ!あああぁああっ!!」
雄一が熱い精を放つと、友香の中がまるで雄一を放すまいとするかの様に、きつく締めつけた。背筋が砕けるほどの快感の中、雄一は最後の一適まで、友香の中、奥深くに放ち続けた。
・
・
・
友香は、雄一に抱き付いたまま・・・雄一を自分の中に入れたままで、ゆっくりと身体が落ち着くのを待っていた。それでも時々身体がびくっとするのは、さっきまでの嵐の様な快感の余韻が抜けない為だろうか。
幸せな表情で雄一の胸に顔を寄せて、友香が小さく笑みを浮かべた。自分の中で、雄一のものが力を無くして行くのが感じられて、でもぜんぜん残念じゃなくて・・・。それは、自分の為に力を使いきってくれたって事で、自分をどれだけ愛してくれているかが伝わって来るようで、すごく・・・嬉しかったから。
「ゆぅいちさん・・・すき・・・」
「ぼくも、友香が好きだよ」
その言葉を聞いて、友香の身体が震えた。身体ではなく、心に満ちる悦びで。
「あのね、ゆういちさん・・・」
「ん?」
小悪魔めいた笑みを浮かべて、雄一を見上げながら友香が囁いた。
「催眠術でえっちするの、すっごく気持ちいいよねっ」
「あ・・・」
「また・・・してね♪」
雄一もかなたも、友香の記憶をいじるような暗示は与えていない。だから、その事を認識しているのは当然なのだが、友香の方から催眠術の・・・『EDEN』のことを話してくるのは初めての事だった。口篭もる雄一に、友香は安心させるような笑みを浮かべて、そっと囁いた。
「大丈夫。これは、ぼくの意思だから」
「・・・うん」
友香はやっぱり変わった・・・そう思いながら、雄一は心に安らぎが満ちるのが感じられた。きっと、それは友香に自分が受け入れられた事が実感できたから・・・。
「ずっと、一緒にいようね・・・三人で・・・」
友香はそう言うと、雄一の頭を抱き締めて、自分の肩に引き寄せた。優しく髪を撫でながら歌うように続ける。
「二人とも、大好きだよ・・・」
─ 8 ─
今日は、船で漁師が迎えに来てくれる日。船着場に荷物を運んで、三人でぼぅっと待っているところ。
「あっという間の1週間だったね」
海に視線を向けながら、ぽつりと雄一が呟いた。まるで、祭りの後にも似た寂寥感を漂わせて。
祖父の遺産を確認、分類するという作業も無事終わり、一部の機械は起動してみるなどのイベントもあったけど、後は山登りや海など、遊びまくった一週間だった。
そう言えば・・・『悩み事解決機』は、結局起動テストは出来なかった。雄一が起動すると、動きはしたけど反応が無いという結果に終わった。雄一の他にも、かなたや友香でも結果は同じ。友香は不思議な笑みを浮かべて、「みんな、悩み事がないからだよ、きっと」と、自信有り気に言っていたが・・・。
雄一がぼんやりしていると、かなたが夢見るような瞳で別荘を振り返った。
「楽しかったですよね・・・来て、良かったです」
「ぼくもっ!」
友香は、いつものように元気だった。三人とも健康的に日焼けしている中、特に友香は良く焼けていた。日焼けサロンで焼いたのとは比べ物にならないくらい、滑らかで理想的な肌に仕上がっている。
「また、来年も来ようねっ、雄一さんっ、かなたちゃんっ!」
雄一は眩しそうに友香を見上げて、友香の笑顔に負けないぐらいの微笑みを浮かべた。本当に来て良かった。来る前よりも、もっと好きになった友香を見ながらそう思う。
「うん、約束するよ」
「私も、ね」
二人の答えを聞いて、嬉しそうに目を細めた友香は、胸のときめきを隠せないような、弾んだ声で続けた。
「約束だよっ!それに、再来年もっ!」
「「再来年も」」
二人が唱和してくれた事に喜びながら、友香は続けた。
「その次の年もっ!」
「「その次の年もっ!」」
三人の視線が絡まりあう。不思議と、次にどんな言葉が来るのかが判る。胸の中の熱さが加速する。すぅっと、友香が息を吸った。力を溜める様に。
「「「ずぅっとっ!!」」」
三人の言葉が・・・心が一つに重なった。嬉しくて嬉しくてたまらないと、三人の明るい笑い声が風に乗って広がって行く。この、三人の未来のように、どこまでも続く青い空の下で。
< 終わり >