第三話 ニャルフェスの誤算(4)
少女には夢があった。
ささやかな夢。だけど少女にとって大切な夢。
あの人への想い。
やさしい人。だけどつよい人。
どんなカも、その人のやさしさを失なわせることはできなかった。
誰もその人のことを知らない。
だけど、自分だけは知っている。
そのことが、とても誇らしくて……。
ずっとその人のことを見て来た。
その人だけを。
なんどその想を伝えようそしただろう。
できなかった……。
何度も手紙を書いた。
書き上げたことはおぼえている。
でも気がつくと、その手紙はごみ箱の中に破り捨ててあった。
勇気をふりしぼり、直接告白しようとしたこともあった。
その時はいつも気がつくと自宅に帰っていて、ベッドの中でふるえていた。
なにが自分に起こったのか……。
でもすぐに考え続けることはできなくなってしまう。
そのことについて考えようとするたびに、考えがまとまらなくなって頭の中が真っ白になってしまう。
だから夢になった。
その人に自分の想いを伝えることが。
ささやかな夢だった。
だけど大切な夢……。
なんとか間に合った。
かなりやばかった。
正直なところ、一体どーなるのかって思った。
「さぁ、プリントは全員提出しましたね?」
以前とまったく変わらない様子で、御厨亜里沙(みくりありさ)が話してる。
「それでは、終わります」
授業の終了を告げ、プリントの束を抱えた亜里沙は教室をでていった。
世の中なんとかなるもんだなぁって、しみじみとかびたは思った。
なにしろ、さっきまではハルマゲドン到来みたいな気持ちになってたから。
亜里沙犬が目を覚ましたとき、いきなりその股間をかびたの足に擦りつけてきたのにはほんとうにおどろいた。
足だけじゃなく、かびたの体ならどこだっておかまいなしにこすりつけてくる。
あそこから絶え間なく滴り落ちる淫らいやらしいお汁が、かびたの身体のあちこちをべとべとに濡らす。
見かねた玲子が引き離そうとすると、いきなりその手に噛み付いた。
当然のように亜里沙犬は玲子から痛烈な一撃を喰らうことになった。
右の頬にえぐりむようにして放たれた一撃だった。
うつべし、うつべし、うつべし……。
そんな声がリフレインしてきそうなくらい、みごとな左ストレート。
かびたは、一瞬死んだかと思った。
でも亜里沙犬は耐えてみせた。
血と一緒に折れた奥歯を吐き出すと、そのままなにごともなかったかのようにかびたの身体に股間をこすりつけはじめる。
それを見た玲子がもう一度拳固めるのを、かびたはあわてて止めに入る。
殺る気だ。
さすがにかびたでも、はっきりとそうわかった。
「ま、まってよ、れいこ。これってくすりのせいなんでしょ?」
それに対する玲子のへんじ、
「そのようですね」
ひどくそっけない。
「だったら、何か解決方法があるのでしょ?」
「見た限りかなり強烈な媚薬のようですから、性的に満足させればたぶん回復するでしょう。ただ……」
「ただ? なに?」
めずらしく言いよどんだ玲子に、かびたがそうたずねると。
「このメス犬の作ったものですから、どうもただの媚薬とは思えないのです。かびたさまの身に何かしらの危険があるかも知れません。ここは穏便にこのメス犬を始末したほうがよいと思います」
ちがう。
そういうのは普通、穏便なんていわない……。
それとも自分の常識がおかしいのだろうか?
ちょっと自信のないかびただった。
でも、かびたとしては亜里沙犬を穏便に始末されたらたまらないので、結局もう一つの選択をした。
亜里沙犬を抱いたのだ。
こういうのって、“じゅうかん”っていうんだろうか? などという複雑な思いにとらわれながら、一生懸命やりまくった。
でも、何度イカせてもまるでダメ。
いったいどういった媚薬なんだって思いながら、かびたはがんばった。
かびたが身に付けている、ありとあらゆるテクニックを駆使した。
たぶん、30秒に一回くらいは絶頂に導いたんじゃないだろうか?
それを20分くらい続けた。
なのに亜里沙犬は、飽くことなくかびたを求めつづける。
「そろそろタイムオーバーです。終わりにしましょう」
あまりに非情な玲子の声。
まったく躊躇することなく言ったことを実行する。かびたにはそれが確信できた。
でも、そのときだった。
かびたに、ひとつの考えが閃いた。
もしかしたら、天啓だったのかもしれない。
「ま、まって。まだ、ぼくはだしてない。だから……」
そう、よく考えたらかびたはただの一度も亜里沙犬の中に精を放っていなかった。
それこそが、必要だったのではないのか?
「……わかりました。でもそれでダメでしたら、始末します」
玲子がひいたことを確認すると、今度は亜里沙犬を絶頂に導くタイミングを自分のそれにあわせてやり……。
「うっ!」
放った。
それとともに、かびたは目の前ですごいものを見ることになった。
前足が伸び足の裏が手のひらへと変わった。
後ろ足の間接が膝となり、ふかふかの毛も消えて直立することのできる人間の足となった。
ほぼかんぜんに、元の人間の姿に戻っていた。
完全といいきれないのは、きりっと誇らしげにまいた形のいい尻尾だけは、そのまま残っていたからだ。
「……こ、これは……」
とまどったようにそう言ったのが、亜里沙の第一声だった。
「せ、せんせい。こ、これはですね……」
かびたが正気に戻った亜里沙に状況を説明しようとあわてるけど、
「わかってます、ご主人様。犬になってたときのこともはっきり覚えてる。考えられるのはご主人様のことだけ。ご主人様にどうやってあまえるかってことしか頭になかった。でも、とても幸せだった。今までこんなに幸せだったことはなかった。なのにあの薬……」
いまいましげに、そして苦悩するかのように亜里沙が話す。
「あの薬のおかげで、ご主人様のことがろくに考えられなくなった。体中が、男の人の精を求めてしまった。……どうしようもなかったんです。ほんとうに、どうしようも……」
ついにこらえきれなくなった亜里沙は、声をあげることなく涙をながした。
「わかってる、わかってるから……。でも、ひとつ聞いていいかい? あの薬は、たんなる媚薬だったの?」
亜里沙がつらそうなのは良く分かった。
でも、これは絶対にかびたが聞いとかないとならないことだ。
そうしないと、冷ややかに亜里沙を見つめる玲子がどんな決断を下すかわかったものではない。
「……あれは……」
ひどくいいづらそうにしてた亜里沙だったけど、それでも話し始めた。
「あれは、人麻薬です……」
「じんまやく?」
かびたが初めて聞く名前だった。
「はい。人をある特定の人間に依存させるための薬です」
「いぞんって?」
「この薬を体内に注入された人間……。男だったら初めて精を放った女に、女だったら初めて精を放たれた男に依存するようになります。その相手のことだけを考え、どんなことでもその相手が命じることなら無条件で従うようになるのです。ただ……」
少し言いずらそうにしている亜里沙。
「ただ?」
「……ただ、それが女だった場合、男と違う症状が現れます。最初に受けた男の精とSEXを一定期間受けられないと、強烈な禁断症状が起きます」
「きんだんしょうじょう? ってどんな?」
「まだ人体試験をしてないので、正確なところはわかりません。でもおそらく知力が低下し、その相手を探してさまよい歩く亡者みたいになるはずです。その男を犯し精を得られるまでは自分の意思はおろか、その男の命令ですら受け付けなくなるでしょう」
その説明を聞いて、さすがにかびたも絶句した。
やばい。
むっちゃやばい。
なんて、あぶない薬だったんだ……。
そんなものを、自分に使おうとしてたのか……。
でもかびたは、あんまし気にしないことにした。
もうすんだことだし、どってことなかったんだから、まっいいっか。
っていうのがかびたの考えだった。
しっかしこんなときでも、そんなふうに考えてしまうかびたって……。
きっと頭の中はお花畑で埋め尽くされてるに違いない。
でも待てよ?
かびたは、はたとあることに気付く。
「もしかして……犯される相手って……ぼく?」
もちろんだった。誰が考えたってそうだろう。
亜里沙は黙ったままうなずく。
「う~ん……」
かびたはなやんだ。
「まっ、いっか!」
一瞬だけだった。
「でも、人に戻れたのってさ。なんで?」
かびたは薬のせいかなぁって思ってたんだけど、どうも違うらしい。
「さぁ? あたしにはなんとも……」
やっぱり亜里沙にもわからないようだ。
「それが、かびた様のご意思だからです」
代わりに答えたのは玲子だった。
「……ぼくがそう願ったからってこと?」
おもいっきり不信そうにかびたがたずねる。
願うだけで犬にしたり元にもどしたりできるんだったら、たぶんかびたは何十匹も犬を生みだしてることだろう。かびたをしつこくいじめるやつは、それこそ大量にいたのだから。
だけど玲子はかびたの想いを知ってか知らずか、淡々と先を続ける。
「そうです。真名帖にその真名が記載されたとき、この女は自身にとって最っともふさわしい姿となった。だけど、真の真名の支配者はかびた様です。そのご意志があれば、その体形であっても逆うことはできないのです。当然それはこのわたしも同じです」
かびたは考える。
あんまし使うことのない頭を使って。
その頭で考えついた答えが。
「なんだ、ぼくってお月さまだったんだ!」
というものだった。
もしかして、狼男から連想したのだろうか?
さすがにかびた。すばらしい思考方法の持ち主だった。
それを聞いた玲子はまだ何か言いたさそうにしていたけど、かびたのほへ一っとした顔を見てそれを断念ざるをえなかった。
っていうか亜里沙が人に戻ったときに、かびたにとってはもうどうでもいいことになってしまってたということなのだろう。
「かびたさま!」
かびたを呼ぶ声がする。
それも入ロのところから大声で。
教室にいたすべての生徒がその人物に目をやり、次いでかびたに目を移す。
その後、みんな同様の反応を示めした。
小さく肩をすくめて、信んじられないという感じで頭を軽く振る。
まぁ無理もないけど。
「かびたさま! このようなところにいらしたのですか!」
まわりの反応などいっさい省みるようすもなく、いきなり由利亜が教室に乱入してくる。
どうも今日はかびたに、休息の二文字はゆるされていないらしい。
「やあ……ゆりあ。……このようなところって……ここ、教室だよ?」
かびたにしては、しごくもっともな意見だった。もっともすぎて少々面白みにはかけてはいるけど。
「さっきまでは、おいでにならなかったですわ! あれほどお約束いたしましたのに! わたくしはまったくもって不本意ですわ!」
まったくもってその当りだった。
ただかびたにも事情というものがあった。
実験動物にされかかったという……。
かびたはまた頭を抱えたくなった。
由利亜は過激だ。そのことを知った由利亜がどういう反応を示すのか、かびたでさえ容易に想像がつくくらいに。
そのときだった。
「かいちょ一」
声が聞こえた。
なんかやたらとなじみ深く聞こえる声。
「やっと見つけましたぁ!」
由利亜の頬が心なしか引きつってたりなんかする。
「会長、こんなとこいらしたんですね」
なんかどっかできいたようなセリフ。
それからぱたぱたと走りよって来て。
「会長? どうしたんです? 顔色よくないですよ?」
その顔をのぞき込みながらの一言。
「あんまりがまんしすぎると、体に悪いですよ!」
そして次の一言が最後の言葉となった。
「だすものだして、すっきリ……」
ドテッ。
その体が糸の切れたマリオネットのように床の上にくずれ落ちる。
由利亜の左フックが彼女の顎の先をかすめるようにとらえていた。
彼女の意識は一瞬のうちに刈り取られた。
「さぁこれで静かになりましたわ、かびたさま。……かびた、さま?」
振りかえるとかびたはいなかった。
キョロキョロ。
辺りを見回すけどいなかった。っていうかこの教室のどこにもいない。
「に、にげた……」
信じられない……。
この超絶美少女で可愛さ120%(当社比)のこのあたくしをほったらかしにして……。
さらに問題なのは、かびたは何者かに狙われている!っていうこと。
亜由利の心に火がついた。
「かびたさまは、絶対にこのわたくしがお守りしてみせますわ」
床の上にころがった少女をぐにぐにとふみつぶしながら、決心をかためたりするのだった……。
「ボクへいきだよ!」
床の上に倒れた少女が言った。
とびっきり愛くるしい顔に、いっぱいの笑顔を浮かべてる。
身長はかびたと同じくらい……つまり小柄。
「ほんとうにだいじょうぶ?」
かびたが心配そうに聞くと。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ! ほら!」
そういって少女は自分の言葉を証明するかのように、勢い良く立ち上がる。
「こうみえても、ボクってとってもがんじょうなんだ。 でも、それしかとりえがないんだけどね。 えへっ!」
そういって小さく照れ笑いをしたりなんかする。
むっちゃ可愛かった。
その笑顔はまさにリーサルウエポン。
彼女の浮かべる笑顔のために、どれほどの男が道を踏み外すことか……。
彼女はその笑顔をまったく無自覚に、誰彼かまわずふりまいたりするもんだから彼女にはまってしまって抜け出せなくなるヤローが続出してたりなんかする。
ちょっとおっかないかも知れない笑顔だった。
「でも華美せんぱいだいじょうぶ? ボクたつの手伝ってあげる!」
そういって、かびたの返事も待たずにかびたの腕を自分の肩に回し、勢い良く立ち上がる。
「あはは。華美せんぱいってとっても軽いんだね!」
確かにそのとおりだった。でもかびたとしては、そのことをけっこう気にしてたりする。
とりがらの肉体を持つ男。
それが、プールでみなんからかびたに与えられた称号だった。
でも、今はそんなこと問題じゃない。
教室から逃げだしたかびたが、階段の踊り場でへたりこんでだところに勢い良く階段を駆け下りてきたこの美少女に追突されてしまった。
そのまま二人はもつれるようにして仲良く床の上に転がって、こうなってしまったんだけど……。
問題なのは、少年めいた細身で小柄な身体をした美少女がかびたにぴったりと密着してるってこと。
おまけに、体育の授業にでもいくとこだったのかブルマー姿だったりする。
危険だった。
はっきりいってあぶな過ぎる。
もしかびたが切れたりして、この少女を襲ったりなんかしたらかびたは間違いなくボコボコにされる。
自慢ではないけど、かびたが間違いなく勝てる相手といったら生後3ヶ月以前の赤ん坊くらいだろう。
だから危険だったりするわけなんだけど……。
「ほら! 華美せんぱい! ダメだよ。そんなに離れたらうまく歩けないよ!」
といってさらに身体の密着度を高めてくる。
「ち、ちょっとまって。なんで、ぼくのこと知ってるの?」
もちろん、かびたはこの少女のことを知っていた。
鈴森花梨。
コアなファンではなくても、花梨を自分のモノにしたいって思ってるヤロ一はたくさんいた。単に花梨のことをいいなぁ一って思いながらながめてるやつならそれより多いはず。
それにその可愛さにこびたところも淫やらしさも微塵も感じられないから、女子にも入気が高かった。
花梨のことを嫌いって人間は、ほとんど見辺たらない。
ファンと同じくらいの敵を作り続けている由利亜あたりでは、とうていマネのできないことだ。
まぁ男女と問わずってところは一緒だけど……。
そしてもっと大切なこと。それは、かびたが真名を手に入れなくてはならないうちの一人だってこと。
「えっ? えっと……あっ! ほら、せんぱいっていっつも持手杉せんぱいと一緒にいたよネ!」
なんかちょっとあせってるみたいだったけど、その返事は十分になっとくできるものだった。
「なるほど、キミもカオル君のファンなんだ。じゃあぼくはのことは、おまけで知ってたってことだ」
かびたにしてみれば、たびたび……っていうか、いっつもくりかえして来た言葉だった。
「いや! そんなんじゃないんだ! ボクは! ……そうだ、ボクの友達がね……だからね……持手杉せんぱいとは関係なくってね……」
なんだかやたらとあせってる花梨。話すことが妙に支離滅裂になってきてる。
なにをそんなにあせってるのだろう?
もちろん、かびたの頭でわかるはずがない。
「で、これからどうするの?」
階段の踊り場で立ち止まったままの2人。
かびたとしたら、さっきから通り過ぎてく生従達の視線がいたい。早いとこなんとかしたいのだけど……。このままじゃ、またどんなふうに噂されてしまうか知れたもんじゃないから。
でもかびたは甘かった。……まぁいっつもだけど。
もうとっくに噂になってる。一番最初の目撃者になった女生徒が教室にかけこむなり、自分の想像と妄想のおもむくまま話しまくっていた。
かびたの心配は杞憂というものだろう。もうとっくにこれ以上はないっていうくらい、噂はいきつくとこまでいってしまってたのだから。
「ボク、せんぱいのクラスまで送ってくよ!」
今度は元気いっぱいに花梨が答える。
うへへへ……。
むっちゃかわいい。
おもわず、でろでろになってしまうかびた。
「うん、ありがとう」
かびたは思わずお礼を言っちゃった後、あることに気付く。
なんと! かびたは、たった今そこから逃げ出してきたとこだったのだ!
……かびたは、のーたりんである。
「あっ! だけど他に行くとこあったんだった!」
実に苦しい言い訳である。
「どこ?」
きかれる。
「えっ? ……」
たんなる思いつき、とーぜんそんなとこない。
だからつまった。
「だいじょうぶ! ポクも一緒に行くよ。どこ?」
微塵も疑うことなく、花梨が重ねてたずねる。
「え、えっと……」
かびたは、すかすかな頭を全開で回転させる。
からころ、からころ、から。
一分過ぎた。
たっぷりと2回転半くらいした、かびたの頭が出した答えは……。
「た、体育用具室。そう! 体育用具室に用があるんだ!」
やっとかびたがそう言ったとき、その視線は花梨の体に向けられていた。
体育服→体育用具室。 その連想パターンがはっきりとわかる。
信じられないくらい、単純な頭だった。
「うん、わかった!」
元気に花梨が答える。
信じられないくらい、いい娘(こ)だった。
かびたの心は、フライパンで炒められたみたいな痛みをかんじた。
なにしろ、そこで花梨を相手に色々いやらしいことしなきゃならないのだから……。
「せんぱい。ボク、なにか変だよ」
瞳を潤ませながら、花梨がいった。
かびたが真名帖を使ったから。
その年齢にくらべて、あまりに未成熟な身体をかびたによせてくる。
ブルマーのおまたのあたりに、染みのようなものが広がり始めていた。
花梨の身体が小さく震えている。
たぶん生まれて初めて体験するはずの感覚におびえているのだろう。
「あんしんして、ちからを抜いて。こわいことなんて、ないよ」
かびたがそう言いながら、花梨の身体をぎゅっとめいっぱい抱きしめる。
しばらくすると、花梨の震えがおさまり体重をすべてかびたにあずけてきた。
「うん、だいじょうぶ。こわくなんてない。……でも、ボク、もうだめなの……」
その声は少しかすれ気味になっている。体中があつくうずき何かをほしがってる。
花梨は初めてだったけど、でもそれが何なのかはわかってる。
かびたがきつく抱きしめてくれる。
それだけで自分の身体の内側から切ないくらい快感があふれてきて、それが何なのかを教えてくれるから……。
かびたにキスをされた。
いきなりだった。
「あっ? かりんちゃん? ごめん、いやだった?」
ちょっとあせるかびた。
花梨のおっきくて愛らしい両目から、涙がこぼれおちていたから。
「あっ! おかしいね? どうしちゃったんだろ、ボク? かなしくなんてないのに? せんぱいにキスしてもらったら、そう思ったら涙が止まらなくなっちゃった……」
かびたは何も言えない、なにもできない。ただ、よりつよく花梨のことを抱きしめる以外は……。
「ボクね、ほんとはかびたせんぱいのこと見てたんだ、この学校にはいる前からづっと……」
花梨は自然と、かびたのことを名前で呼んでいた。
それから、自分の心を抑えてきれなくなったかのように、かびたに向けて話はじめる。
「ボク、かびたせんぱいに助けてもらったことあったんだ。ボクが男のひとにいやらしいことされかかってて、通りかかったせんぱいがその男に飛びかかって……。ボク、ホントに怖くって逃げちゃった……。でも、不安になって戻ったら、せんぱいボロボロになってて……。そして、戻ったボクを見てかびたせんぱいが言ったんだ。なんともなかった? よかったネって……。」
「やさしいひとだなって思った。とってもやさしいひとだなって……」
「……それで、気がついたらかびたせんぱいのこと……」
「いっつもかびたせんぱいのこと見ていたいって、ボクこの学校に入ったんだ。それでね、なんどもかびたせんぱいに、ぼくの気持ちを伝えたかった。……でも、ボクはほんとに見てることしかできなくって……」
そこで、花梨は目を伏せる。
つらそうに……。
「ボクね、ほんとはかびたせんぱいが教室から逃げてきたんだって知ってたの。なのに、ボクいじわるしちゃった。ボクのほうがづっと前から、かびたせんぱいのこと見てたのに……。かびたせんぱいはボクのこと見てくれない……。そう思ったら、ボク……、うっん?」
かびたは最後まで言わせなかったし、それ以上何も考えさせなかった。
いきなりのディープキスで、その言葉と思考の両方をいっぺんに停止させる。
「うんっ、うううっっっ」
もうたまらなくなってた花梨は、かびたに両手をからめるのをためらったりはしない。
からだじゅうが、もうあつくたぎりあふれる欲望にうずいている。
それをもたらしたのは、かびたの真名帖……だったはず。
もし、たとえそのことを花梨が教えられたとしても、それがほんとうに真名帖のせいなのかどうか花梨にだって判断することはできなかったろう。
花梨の想いはかびたの思惑をとうに超えていた。
かびたのことを必死でしたい続けてきたその想いは今ここで花開く。
かびたがしたことは、せいぜいその想いをほんの少し後押ししたに過ぎないのではないだろうか……。
でも、もうそれすらもどうでもいいこと……。
「うっんっ! ……かびたせんぱい、ボク、もうがまんできないいっ、うんっ!」
全身でかびたをもとめる花梨。これ以上ほうっておくことは、拷問とかわらなくなる。
「さぁこっちだよ、かりんちゃん」
かびたは花梨をマットの上に導く。
マットの上に花梨が寝かされたそのときだった。
待ち望んでいたはずだった。
花梨自信もそうおもってた。
それで本当に幸せになれるんだ、と。
「ひぃぃぃっ!」
息を呑むように、小さく悲鳴をあげる花梨。
顔面は青ざめその身体はカタカタとふるえだし、自分を守るように小さくその身を丸める。
瞳は開いているけど、なにも映してはいない。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」
しゃっくりのような呼吸をし始める。
両足を抱え込んだ両手の爪が膝に食い込み、血が流れ出す。
あまりに急激な変化だった。
一体なにが花梨に起きているのか?
かびたは、それを尋ねるようなマネはしなかった。
真名帖を見る。
彼女の心の中で何が起こったのか知るためには、たぶんそれが一番いいと思った。
理屈ではない。
かびたにとって、それはもっとも自然な行動だった。
“ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、あたえたら、ダメ! ボクのからだは、ボクのじゃない。ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、あたえたら、ダメ! ボクのからだは、ごしゅじんさまのモノ”
あとは、それの単調な繰り返しだった。
そのことだけを考える……いや考えられなくなってるみたいに……。
どういうことなのか? それにごしゅじんさまって……。
かびたは真名帖を使う。
花梨の過去を知るために。
できるかどうかわからない。
でもやらなくてはならなかった。
“むかしのことを……、なにがあったのかを!”
つよいかびたの願い。
……そして、真名帖はその願いに応える。
少女がいた。
同年代の少女たちより、なをおさなく見える。
少女の名前は鈴森花梨。
「さぁここにおいで、花梨ちゃん」
誰かに呼ばれている。
「うん!」
ちっちゃな花梨は元気よく応えると、トコトコと駆け出してゆく。
向かった先にいたのは、25,6才くらいの男。
「いいこだねぇ、花梨ちゃんは」
男はベッドに腰掛けている。
駆けてきた花梨を軽々と抱き上げると、自分の横に座らせる。
「ほら、花梨ちゃん。これを見てごらん。きれいだよね?」
男が見せたのは、ビー玉よりすこし大きなガラス玉。
透明なガラスの中に金や銀の箔がはいってて、キラキラと光を反射している。
夢中でそれを見つめる花梨。
そこへ……。
「もっとじっと見てごらん。きらきら、きらきらきれいだね。もう、他のことはなんにも気にならなくなるよ。もっと、ようっく見てたら、なんだかまぶたがおもーくなくってきたよ。閉じても大丈夫だよ。ほら、まだ光ははっきりと見えてる。その光をみてると体の力がどんどん抜けていって、とってもらくーになれる」
男は花梨の様子を見ながら、立て続けに言葉をかさねてゆく。
「どう、きもちいいでしょ? ほら、とても気持ちいい。おじちゃんの声を聞いてたら、もっと、もっと気持ちよくなれるよ。だから、おじちゃんの声以外のことなんて、もうどうでもよくなる。おじちゃんの言葉だけを、づっと聞いていたくなるよ」
まるで眠っているかのように見える、ちっちゃな花梨。
それを見ている男の顔に、はっきりといやらしそうな笑みが浮かんでいる。
「さぁ、花梨ちゃんの体は後ろに引っ張られていくよ。そう、どんどんどんどん引っ張られて、ベッドの上にたおれる!」
倒れると男の声が力強くいうと、花梨の体はベッドの上にパタンと倒れた。
「ほうら、もうどこにも力がはいらない。もう、起き上がることはできないよ。手も足も、ゆびさきだって動かすことはできない。そして、かりんちゃんの頭の中も、からっぽになってるよ。なにも考えられない。もうなにも考えなくてもいいよ。おじちゃんのことばがすべて。おじちゃんのいう通りにすれば、なんにも考える必要はない」
花梨の愛らしい顔を見つめる男の顔は、欲望にギラついている。
それから男は何度も数をかぞえたり、目を覚まさせたりを繰り返しながらいくつかの言葉を花梨の幼い頭のなかに刷り込んでゆく。
まるで焦点のあわない、ボウッとした瞳で男の刷り込んだ言葉をゆっくりと花梨がくりかえす。
「……ごしゅじんさま。ごしゅじんさまのことばはぜったい。ごしゅじんさまのいったとおりにする。かりんのからだは、かりんのじゃない。かりんのからだは、ごしゅじんさまだけのモノ。かりんのからだは、ごしゅじんさまがすきにしていい。かりんは、ごしゅじんさまにからだをいじってほしい。かりんは、おまたをこすってきもちよくなる。かりんは、ごしゅじんさまいがいではきもちよくならない」
そういってる花梨の体を男がいじっている。
服をはぎとり、まるでふくらんでいない胸をいやらしくなでまわし、一本も毛のはえてないおまたを遠慮なくなでまわす。
花梨はあえいでいた。
幼い身体にすり込まれてしまった、暗示による快感のままに……。
かびたはそこまでで、くわしくみるのをやめた。
その後、男は実に3年にもわたって花梨に同じこと繰り返している。
その男は花梨の実の伯父だった。
両親もまさか自分の弟が自分の娘にそんなことをしているとはおもってなかったのだろう。
その男は交通事故で死んでしまい、結局そのことが明るみにでることはなかった。
それから7年の月日が過ぎて……。
花梨は記憶を操作されててなんにもおぼえていないけど、でも男の残した強力な暗示は今でもしっかりと花梨の精神を縛り付けている。
分かった。
なにがこんなにも花梨を苦しめていたのかが。
確かに暗示は強力だった。
これを解くことはかなり困難を極めるだろう……。
かびた以外だったら。
“ぼくが、きみのご主人様だよ”
真名帖をつかって暗示を一部書き換える。
変化は一瞬だった。
「あっ?」
それまで震えていたのが、一瞬で止まる。
まるで熱に冒されたみたいにぼうっとした視線はそのままだけど、でも自分自身を傷つけるようなことはもうしてない。
でも、かびたには暗示をとく技術なんてない。
だからよびかける。
「ぼくはかりんのごしゅじんさま。ぼくの言葉はぜったいだよ。きみはぼくのもの、だけどきみはきみ自身のものだ。……心をみつけて、そこにあるきみ自身を!」
ことばと、
”みつけて! 本当の自分を!“
意思で。
真名帖に変化が起こる。
”……ボク……”
それを見たかびたは、真名帖を使ってそれを後押しする。
“かなえて、自分の想いを!“
それが決定打になった。
”ボク……のやりたい……こと? ボクのやりたいこと……それは……”
「ボクを抱いて! 始めてなんかじゃなかったけど……。かびたせんぱいにあげられるものなんてないけど……。ボクがんばるから! ボクを使って! ボクで気持ち良くなって!」
それはせつないくらいにつよい願い。
もちろんかびたは、その願いに応えるのをためらったりすることはなかった。
それに淫やらしいさをいっぱいにした花梨のブルマー姿は、元々節操のなかったかびたの股間を直撃していたから。
「だめだよ、かりんちゃん。きみも気持ちよくなるんだ。ぼくがしてあげるから、いままでにないくらい!」
花梨の身体を上からだきしめながらかびたがささやく。
「うあんっ!」
それだけで花梨は感じた。
もちろん、それだけですむはずがない。
かびたはブルマー姿のまま花梨の腰を持ち上げると、花梨の太股に舌をはわせる。
「ひっあんっ!」
愛らしい声で花梨がないた。
かびたは花梨の両足を自分の両肩にかけて、フリーになった両手でブルマ一をその下のパンツごとずらす。
そこから顔をだしたのは一本の毛も生えていないかわいらしいスリット。
「うううううう一一一一っ一っ一っ」
花梨がかんきの声をあげる。
かびたが花梨の一番はずかしいところに顔を埋め、そこにむしゃぶりついていた。
「うっうっふぁんっ! うううっうっん!」
かびたの舌がわれめの中を動き回るたびに、花梨の口から声があふれだす。
「ひぁ? そ、そこわ! ダメっ!」
かびたの唾液と花梨のいやらしいお汁をたっぷりと付けた指が、花梨のお尻の穴をまさぐっていた。
「ひぃぃぃぃぃっ……ふぁんっっっっ!」
かびたはためらうことなく、そこに指を突っ込んだ。
「ひぃぃぃぃぃ! ふひぃっっっっっ! ふぁうぅぅぅ、ボ、ボクっうぅぅ、もぉうっっっん、いいっ、ダメぇぇぇぇぇぇ!!!」
大声でダメといいながら、花梨はイッていた。
かびたは休まない。
力の抜けた花梨の身体から、着ているものをすべて剥ぎ取る。
まるで幼い少女めいた薄い肉付きの身体が現れる。
ほんのりと膨らんだ胸の突起をいじりながら、かびたは自分も着ているものを脱ぎ捨てる。
「ボクうぅぅぅっ、もお、ダメっなのぉおうっっっ。せんぱいぃぃぃっっっ。は、はやくうぅぅぅ、きてぇぇぇ! たまんないぃぃぃっ! たまんなぃぃぃ、のおぉぉぉ! ボクっうっっっ。かびたぁぁぁ、せんぱいぃぃぃうん! のじゃなきゃあぁぁぁぁぁ、ひぃんっ。いやなのおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
圧倒的な快感に必死で逆らいながら、かびたのものを求める花梨。
その様子を見ながら、かびたは笑った。
もう、だいじょうぶ。
花梨の心は戻ってきた。花梨の意思は花梨自身のものだ。
もう、またせる必要はない。
かびたは、遠慮なく花梨の中に自分のものを突っ込む。
「いぃぃぃぃぃっ! ひっあううううううぅぅぅぅぅぅんっっっっっっっっ!!!」
花梨の声一気に高まった。
もうすでに極限まで濡れきっていたのに、花梨の中はきつかった。
「ふあぁぁぁぁぁ! かびたぁぁぁ、せんぱいぃっっだあぁぁぁ! うれしいぃぃぃっっっっんっ、よおぉぉぉぅぅぅっっっっっ!」
花梨は自分の中にかびたを感じた。
彼女の見つづけた夢が現実のものとなった瞬間だった。
でも、すぐにすべての想いは快感の中にとけだす。
かびたが動き始めたから。
かびたが一回腰を動かすたびたに、花梨は一回イッた。
めくるめく時。
それがえんえんと繰り返される。
花梨の腰もいやらしく動き、かびたの動きを助けている。
でも、今の花梨にそんなことわかってはいない。
かびたがすべてだった。
かびたが与えてくれる快感を感じていられるこのときは、たとえ一瞬でもそれ以外のことを考えることなんてできるはずがない。
でも、まだ最高じゃない。
「そろそろいくよ!」
かびたが言った。
花梨はその瞬間に向けてさらに腰の動きを激しいものにしてゆき……。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……………………」
かびたの精が、花梨の中にあふれる。
それは、最高の快感と幸福感と充実感が花梨の心にそそがれた瞬間だった。
“まなをささげて”
そんな声が花梨の心に届いてくる。
そして、花梨は万感の想いとともに……。
「ふぃぃぃっ」
かびたはふらふらしながら、体育用具室を後にした。
中にはまだ花梨がいる。
別にほっといたわけではない。
連れ出せなくなってしまったのだ。
花梨に起こった変化は、以前のだれとも違うものだった。
ではどうなったのかっていうと、かびたにはぜんぜんまったくわからない。
この場合別に、かびたの頭の問題ではなかった。
なにしろ、かびたの持つ真名帖に花梨の真名が記載された瞬間、花梨の体が浮き上がりそのまま真っ白な光の玉に包まれてしまって見えなくなってしまったのだから。
まるで繭にくるまってしまったさなぎのよう。
当然かびたはおろおろした。
でも、おろおろするだけだからなんにもならない。
手を伸ばしてもふわっとした感じの抵抗にあって押しもどされてしまう。
結局しばらくおろおろした後、おろおろしてるたけではなんにもならないことに気付いたかびた。
だから玲子か亜利沙に助けを求めることにした。
かびたにしては、まともな結論だった。
校舎裏の体育用具室から校庭へと向かっていると、人影が見えた。
「さやかちゃん?」
それは源さやかだった。
でも、様子がおかしい。
かびたが近づいていってもまるで反応することなく、両手を後ろに組んだかっこうでじっと立ち尽くしている。
おまけにさやかの美しい顔は、凍りついたみたいに一切表情というものが浮かんでなかった。
視線も前方にまっすぐ固定されて、かびたが近づいていっても動かそうとはしなかった。
なにがあったのだろう?
当然かびたは気になった。
「ねぇ、さやかちゃん、どうしたの?」
たずねる。
「………………」
沈黙。
さやかはこたえない。
それどころか、瞬きひとつしなかった。
かびたは、さらに近づく。
さやかに、ふれるために。
さやかに何がおきたのか確かめるために。
けれど、それはかなわなかった。
突然かびたの胸に激痛がはしる。
そこにはアイピックがつきたてられていた。
それを握りしめているのはさやか。
かびたが胸をおさえると、指のすきまからまっ赤な血が流れだしてくる。
胸をおさえながら、激痛にたえながらかびたが言葉をつむぐ。
「ごめん、ごめんね、さや……ごふっ」
最後まで言えなかった。
かびたの口から血がふきだしたから。
さやかは表情を凍りつかせたままだった。
ただその両目からは、すきとおった雫がたえまなく流れつづけていた。
< つづく >