その2
江戸の古くから日本橋を基点に整備された主要街道の中で、北東へ伸びる街道筋の最初の宿場として栄えた東京の下町、千住。
「あ、慎ちゃん。おはよう」
「おう。そっちは夜勤あがりかい? お疲れさん」
「ああ、昨晩は忙しくてね。日勤組に引継ぎを済ませたら、大食堂で食事を済ませて家に帰って爆睡さ」
「捜査課の泊まりは大変だな。今度もつ焼き屋で一杯奢るよ」
「そりゃいい♪ 楽しみにしているよ」
安久津慎介巡査長が所属する新千住署は、日光街道として知られる国道4号線が一級河川『荒川』を渡る為に掛けられた千住新橋の袂(たもと)に、城北一帯の警察署を統括する基幹警察署として数年前に出来たばかりの高層建築の庁舎も眩い真新しい警察署だ。
「安久津先輩、おはようっす」
「よう、おはよう。お前さん、新しい部署には慣れたかい?」
「交番で先輩に仕事を仕込まれていた頃が、今では凄く懐かしいっすよ」
「あははは。ぼやいてないで、愛車の白バイでも磨いてやれ」
署内を行き交う制服や私服の顔見知りが、ヘッポコ警官に気付くと気さくに挨拶を交わしていく。
「あ、安久津さん、おはよう。今日は日勤なんだ」
「おう、おはようさん。そういや、管制センターにも随分と器量の良さそうなのが入ったって?」
「クスクス♪ もうウチの新人に目を付けたんだ。でも安久津さんのタイプかな? そういえば確か安久津さんの所にも、ウチのと同期の新人ちゃん入ったんでしょう?」
「ああ、あいつかぁ。あいつ見栄えは良いんだが、根が子供だからなぁ…。そういやどうだい、仕事が明けたら今晩一杯?」
「残念でした♪ ウチの部署の新人歓迎会なのよね」
「あはは。残念、また今度な♪」
「あ、慎さん、おはよう」
「おはようございます。安久津先輩」
「うぃ~す。おはよう~」
更衣室で制服に着替えた公休明けのヘッポコ警官は、擦れ違う署内の顔見知りに挨拶を交わしながら、警邏を主な仕事とする地域課のオフィスに向かってガニ股全開で歩いていく。
「おぅ、おはようさん」
「おはようさん。あ、そういや慎さん、昨日の事だけど…」
巡査部長の階級章を付けた警察学校で同期だった同じ部署の友人が、すれ違いかけた安久津慎介を心配そうに呼び止めた。
「何やら交通課に所属してるキャリア組の新人婦警殿が、お前さんの事を色々と訊いて廻っていたぞ」
「ああ、それなら私も…」
近くを歩いていた同じ地域課に所属する新人婦警も2人の会話を小耳に挟んだのか、立ち止まって控えめに小さく挙手してみせる。
「私も交通課の岩倉警部補に、先輩の事を尋ねられました…」
「俺が非番中に? あの高飛車なエリート婦警殿が?」
ショートカットが良く似合う健康美に恵まれた新人婦警は、頬に人差し指を添えながら岩倉芹香との会話を思い出す。そして当時の様子をポツリポツリと呟いた。
「ええっと。確か岩倉警部補は、安久津先輩の勤務態度とか署内での評判とか、そんな事を聞きたがってましたよ?」
新人婦警の隣で腕組みしていた同じ地域課に所属する同期の友人も、訝(いぶか)しげな口調で当時の事を口にする。
「俺も普段の慎さんの事とか聞かれたなぁ…。慎さん、何かキャリア組のエリート嬢に睨まれる事でもしたんだろう? 彼女、どうにも険しい表情だったぜ」
安久津慎介より階級章に☆を一つ余分に付けた警察学校で同期の友人は、苦笑しながらヘッポコ警官の肩を悪戯っぽく小突いてみせた。
「そうそう。何だか岩倉警部補は、酷くイライラしてましたね。もしかして、安久津先輩のセクハラが原因…ですか?」
巡査の階級章も真新しいショートカットの新人婦警も、悪戯っぽく小首を傾げながら不謹慎な冗談を口にする。
「こぉ~ら。先輩につまらん冗談を言う暇があったら、担当区域の地図を路地裏までしっかり予習しとけ。あんま調子に乗ってるとお嫁に行けない体にするぞ?」
「うひゃぁ~、先輩が怒った~♪」
ショートカットの新人婦警が元気な嬌声を上げながら、地域課のオフィスに向かって退散する。ケラケラと笑う安久津慎介。
と、その時。一つ階級が高い同期の友人が、肘でヘッポコ警官の脇腹を突いた。
「おい。噂をすれば…」
ヘッポコ警官が同僚に促されて振り返ると、濃紺に染まった制帽と制服をビシッと着こなした鋭利な美貌のエリート婦警が、挑戦的な視線を廊下の曲がり角から安久津慎介に向けている。
お? 俺様の肉便器じゃん…
「じゃ、じゃあ俺は先に詰め所へ行ってるぞ。慎さんも点呼に遅れるなよ」
一つ階級が上の仲の良い同僚は、自分まで揉め事に巻き込まれては堪らないと、ぎこちない表情で安久津慎介の元から足早に離れていった。
カッコッカッコッカッコッ…
警部補の階級章を制服に煌(きらめ)かせた少壮気鋭の新人婦警は、シャープな美貌に冷めた表情を浮かべたまま、つまらなそうに突っ立てるヘッポコ警官に歩み寄って行く。
「安久津巡査長、ちょっと時間を頂けるかしら?」
「…話が有るなら、俺はココで構わんぞ?」
安久津慎介の不遜な態度に切れ長な両目を細めた岩倉芹香は、白無垢の手袋に包まれた両手をさり気なく握り締めた。
しかし、軽く頭を左右に振ると普段の表情に戻り、慎重に言葉を選びながらヘッポコ警官に翻意を促す。
「貴方には時間を取らせませんわ。ただ、ココでは私が少し困るのよ…」
たぶん非番前の一件だな…
小柄で筋肉質な体躯のヘッポコ巡査長は、廊下の天井から吊るされた丸時計に目を向ける。
「う~む…」
日勤組の始業点呼には随分と時間があるようだ。世間話を楽しむ位は大丈夫だろう。
「…引継ぎ点呼が始まるまでの時間を、ノンビリと詰め所でスポーツ新聞でも読もうかと思ってたんだが…。まぁ特別に付き合ってやるよ。この先の自販機コーナーでも良いか?」
「ええ、構わないわ」
面倒くさそうに欠伸(あくび)を噛み殺すヘッポコ巡査長と、努めて平静を装う鋭利な美貌の新人警部補。
歩き始めたミスマッチなペアは、往来の多い幹線廊下からフロアの隅に位置する人気の無い自販機コーナーへ移動していく。
(ねぇ、見た見た? 私の言った通りでしょ?)
歩み去る二人の背中を少し離れた廊下の角に置かれた観葉植物の影から、好奇心に瞳を輝かせた4対の目線が見送っていた。新千住署に最近配属されたばかりの、所属部署が異なる4人の新人婦警達である。
地域課に所属するショートカットの新人婦警が、警察学校で同期だった署内の悪友達にリークしていたのだ。
(うんうん。見た見た♪)
(安久津巡査長が岩倉警部補に呼び止められてるって、教えて貰った通りだねぇ♪)
ストーキングやゴミの不法投棄を取り締まる生活安全課に配属された銀縁眼鏡の新人婦警が、嬌声を上げながら話題を振ってみせる。
(でも何だか、少し口論してなかった?)
(安久津先輩、芹香女史にセクハラでもして、怒られてるのかなぁ?)
(岩倉警部補って凄い美人だけど、気位も負けずに高いから…)
年下幹部候補生の面倒を煙たがった先輩婦警達に岩倉芹香を押し付けられ、成り行きで同じミニパトに乗り込む羽目になった大人しい交通課の新人婦警が、最初に情報をリークした地域課の新人婦警に苦笑いしながら頷いた。
(うん。仕事は出来るし、決して公私混同しない人なんだけど…あの性分だから、不必要に煙たがられちゃうのよね)
(警察学校でも言い寄ってきた男の子達を何人も袖にしてるんでしょ?)
細い首に耳から外した通信用ヘッドセットを吊るしている通信管制業務に携わる唯一の内勤組は、いかにも情報通なネタで場を盛り上げる。
「…ほぉ、そんなに彼女は人気が有ったのかね?」
「そりゃもう♪ でも、家柄が高貴に過ぎるのも考え物よね。告白した男の子の中には、かなり良い線いってる子も居たのに…」
トントン…
(ちょっと…不味いって)
「何が不味いのよ、早く後を追い掛けようよ?」
(ああん、もう、ばか…)
トントントン…
「一体何よ、もう…」
ヘッドセットを首に引っ掛けた新人婦警は何気なく振り向いて硬直する。
振り返るとバツが悪そうに顔をしかめたり、恥ずかしそうに俯く同期採用の新人婦警に混じって、現場から叩き上げた署内での影響力No2の副署長様が、厳つい顔のこめかみに『井』を拵(こしら)えて微笑んでいた。
「あ、副署長…おはようございます。あ、あは…♪」
「こんな所で油を売ってないで、各自の持ち場へ戻る様に!」
『し、失礼しました~』
蜘蛛の子を散らすように四方に退散する新人婦警達だった。
「で、話って何だい?」
「せ、先日の卑劣で無礼かつ、野蛮な行為に関してですわ…」
コンクリートの外壁へ寄り掛かる様に背中を預け、自販機コーナーの隅で険しい表情のまま立っている岩倉芹香。
彼女は鋭さを含んだ冷ややかな視線を、自販機から缶珈琲を取り出している、中腰姿勢の不埒者(ふらちもの)に向けている。
「ああ、例の一件か」
腰を起こした安久津慎介は愛飲している銘柄の缶珈琲に口を付けながら、冷静を装って壁際で佇(たたず)む美麗な年下警部補に剣呑な視線を向けた。
「その様子じゃ警部補殿は、例の一件を未だ誰にも告白してないって訳か。で、困った挙句に当事者の俺に相談とはね…」
今の心境を的確に言い当てられた若く美しい新人警部補は、目元に微かな動揺を覗かせたが生来備わった高貴な血筋が、揺るぎかけた岩倉芹香のポーカーフェイスを辛くも支えてくれた。
「…相談じゃなくて、これは詰問…そう詰問ですわ」
「ふぅ~ん。まぁいいや、そういう事にしておくか…」
さり気なく周囲に人影が無いか確認した安久津慎介は、背中を壁に預けて腕組しながら立っている岩倉芹香の脇に位置するベンチへ猫背気味に腰を降ろすと、からかう様に真面目な口調で下手に出てみせる。
「で、警部補殿は本官に何を聞きたいので?」
「だから先日の事ですわ。何で卑劣な行為を私になさったの?」
俯き加減の姿勢なのでフェチ心にドップリ漬かったヘッポコ警官の視線は、自然と横並びに佇む美人婦警の形良い脚線美へ向いてしまう。
岩倉芹香の詰問とやらを適当に聞き流しながら、フェチズムを満喫すべく視姦に勤しむ安久津慎介だった。
「貴方の答え次第によっては私にも…」
お? 今日は黒い半透けストッキングかぁ♪
新米警部補の濃紺に染まったタイト・スカートの裾から、光沢も豊かな黒革製ローヒールに向かってスラリと伸びる見事な両脚。
それは絶妙の曲線美を透明感に満ちた黒いストッキングに覆われ、足フェチやストッキングフェチでなくても惚れ惚れする艶っぽさである。
うんうん。スラリと伸びた美脚に良く似合ってるぜ。肉便器ちゃんよ♪ あ、そうだ。先日使った『徴発命令書』の効き具合を少し確認しておくか…
「おい。一ついいか?」
「考えが…え、ええ。何かしら?」
粘り気に満ちた視線を岩倉芹香の黒い半透けストッキングに彩られた足元から、険を含んだ秀麗な顔立ちに向け直した安久津慎介は、彼女の詰問を遮ると話に応じるにあたって一つの条件を提示してみせる。
「警部補殿の相談、いや詰問だったな。それに俺が応じる代わりに条件がある。一つの質疑に付き、俺からも一つ質問する。お互いが尊ぶ神聖な存在に誓って、相手の質疑に素直に答える。これが最低条件だ」
岩倉芹香は思わず組んでいた腕を解き放ち両腕を左右の腰に当ててみせると、立場をわきまえない不埒者に向き直って苛立ち混じりに抗議を口にした。
さながら年頃の女教師が、幼稚な悪戯を繰り返す生徒を叱る様な構図である。
「これは私が貴方に対して行っている詰問であって、何で私が貴方の質問に…」
再び岩倉芹香の会話を遮る安久津慎介。
「俺の出した条件を聞き入れてくれないって言うのなら、もう警部補殿には『興味は無い』からな。さっさと珈琲を飲み干して本官は地域課の詰め所に戻るだけさ」
!! 私への興味が失せる!?
鋭さを秘めた美貌の新人警部補の思考は、ヘッポコ巡査長の放った『キーワード』に面白い様に反応を示した。深層心理の深遠から這い上がってくる言い知れぬ屈辱感に瞬時に囚われたのだ。
こ、こんな下衆な男一人、私が手玉に取れないなんて…
「どうせ俺の条件なんぞ、受ける気なんてサラサラ無いんだろ?」
いけない、このままでは話が途切れてしまう!
さしずめスカート捲りされた新米女教師が、悪戯小僧を叱ろうと問い詰めているうちに、いつの間にか悪戯小僧の屁理屈に丸め込まれ、会話の主導権を取られてしまったという処か。
「それでは本官は職場に戻るであります。よろしいですか、岩倉警部補殿?」
旧華族出身の秀麗な令嬢は、破廉恥な卑劣漢との会話を維持する事を優先させた。
ヘッポコ警官に行使された『徴発命令書』によって、クールな美人婦警の深層意識は随分と矯正されているらしい。エリート婦警の手段と目的が逆転していく。
「早とちりなさらないで! …よ、宜しくてよ。その様な条件を呑む事など、私には造作も無い事ですわ。私は名誉ある岩倉の家名に懸けて、偽り無く応じてみせましょう」
岩倉芹香は再び両腕を組み直すと、壁に背中を預けて佇む姿勢に戻った。
彼女は我が身の動揺を悟られまいと努めて平静を装い、どうにか自称詰問を再開してみせる。
「だから、もう少し私に付き合いなさい…」
「ああ、それじゃあ今少しだけ、警部補殿に付き合いますかね」
「当たり前です。私の話…貴方への詰問は、始まったばかりなのに」
才華溢れる高慢な新人警部補が、自分の手の平で思惑通りに踊っている事を実感したヘッポコ巡査長。
わざとらしく席を立ち掛けた安久津慎介は再びドッカリとベンチに腰を降ろし、卑下た微笑みを浮かべながら満足そうに飲みかけの缶珈琲に口を付けた。
「…で、最初の質問、じゃなくて詰問は何だったっけ?」
「わ、忘れたとは言わせませんわ。一昨日の夕刻の事よ。何であのような卑劣極まる野蛮な行為を私になさったの?」
切れ長の両目を細めたまま努めて冷静を装っていた岩倉芹香だったが、繰り返した詰問にヘッポコ巡査長から受けた陵辱を思い出したのか、両頬を薄く紅潮させるとバツが悪そうに視線を逸らせた。
「貴方の返答の次第によっては…」
「お前さんが卑しい真性のマゾ女で、しかも飼い主不在の不幸な雌犬だと、見抜いたからさ」
缶珈琲を片手に茶飲み話でもするノリで、過激な理由をさり気なく告白するヘッポコ警官。
確かに嘘はついていない。が、気に障ったという些細な理由で将来を嘱望された美人婦警の深層心理を、悪戯感覚で自分に都合良く改ざんしたのは安久津慎介自身である。
「! ぶ、無礼にも程が…」
余りの物言いに唖然とする高貴な家柄の令嬢を横目に、安久津慎介は立ち直る暇を与えず質問を切り返す。
「昨日の晩、何回オナニーした?」
「えっ?!」
「俺は詰問とやらに、素直に答えた、ぞっと!」
ヘッポコ巡査長は飲み切った空き缶を、ベンチに座ったまま空き缶用回収BOXへ器用に放り込むと、小莫迦にした冷笑を浮かべながら岩倉芹香の高慢な自尊心を逆手に問い詰めていく。
「さぁ今度は、警部補殿の番だぜ。名誉ある家名とやらに懸けて、偽り無く答えてくれ。昨夜の自慰の回数だ」
「そ、それは…」
「約束は破っちゃいかんな、家名の誉を汚すのか?」
「いいえ、その様な事は…。で、ですが…」
「俺の質問に躊躇(ちゅうちょ)するって事は、警部補殿自ら家名を汚すって事だろう?」
ヘッポコ巡査長の物言いは余りにも子供じみていたが、家名を尊ぶ高貴な家柄出身の新人警部補には実に効果的だった。
「くぅ…。い、言えば良いのでしょう!」
岩倉芹香は羞恥心に苛(さいな)まれながらも決心したのか、俯いた整った顔立ちを一段と紅潮させながら呟く様に告白する。
「さ、3回…。3回です」
「へぇ~。自分を辱めた男との行為を思い出しながら3回もねぇ♪」
「!!! ち、違います! 勝手に決め付けないで!」
岩倉芹香は安久津慎介の妙な相槌を、躍起になって否定する。だが実際の処は安久津慎介の指摘通りだった。
彼女は自分が陵辱される様子を不覚にも思い出しながら、劣情に囚われた自らを拙い手淫で三度も慰めたのだ。しかも三回程度の幼稚な自慰では、ヘッポコ警官によって強引に開発されだした火照った体を、充分には沈められなかったのである。
まさに岩倉芹香にとって、昨晩の自慰は屈辱の極みであった。
「本当に違うんです。たまたま、昨晩は体調不良で…それで、その…」
生意気なキャリア組の美人婦警は、歯切れの悪い回答しか出来ない自分に口惜しさを噛み締めた。
「まぁいいや。じゃあ次の質問、じゃない詰問をどうぞ」
「え、ええ…」
どうしてだろう、この下衆な男を相手にしていると調子が狂ってしまう。この下郎を怒る事は出来ても憎めないなんて…。不思議と放っておけないし、無視されるのが許せない…。
動揺している自分に気付き、自らを叱責するように小さく舌打ちした鋭利な美貌の新米警部補は、思わず広げていた両腕を慌てて組み直すと、必死に冷静さを取り戻しながら壁に背中を預ける元の姿勢に戻ってみせる。
一昨日の一件の時もそうだ。普段の私なら無礼の数々を決して許しはしないのに!!
「どうした、もう終わりか?」
「これから言う処ですわ!」
「へいへい…」
憮然とした表情でスラリと伸びた両腕を組んだまま、白無垢の手袋に覆われた片手を頬杖を突く様に下顎へ添えた岩倉芹香。
彼女は下顎に添えた手を軽く動かし、手首に巻きつけた高価なブランド物のレディース・ウォッチの盤面を覗き込んで、自分に残された時間を確認した。もう少し位は下衆な平警官を確保できそうだ。
「先日…一昨日の夕刻。貴方が私に手を出す前、貴方に問い掛けた事について、改めて答えて下さらない?」
「問い掛けって、なんだっけ?」
「…私の頭の隅でネオンサインが点滅するみたいに繰り返される、囁くような不思議なメッセージに関してですわ。何かしらご存知なんでしょう?」
「ああ、その事か。俺が警部補殿に行った試験の結果さ」
「…試験、ですって?」
切れ長の両目を心持ち見開いた鋭利な美貌の新人婦警。
岩倉芹香は背筋に言い知れぬ寒気を感じながら、彼女の脇で横並びに腰掛けている10才近く年上の平警官を恐る恐る見下ろした。
「やはり私に何かしていたのね…」
「そう、簡単な試験。その結果、お前さんは俺の見立て通り陽性…つまり卑しい真性のマゾ女で、しかも飼い主不在の不幸な雌犬って事が分かった訳さ」
「……」
もっとも試験内容は『徴発命令書』自体が効果を発揮するかどうかの試験だったけどな。どうやら効果は充分に発揮しているみたいだぜ、肉便器ちゃん♪
安久津慎介は心の内でニンマリしながら卑下た微笑みを岩倉芹香に返す。キャリア組のエリート婦警は、態度に窮して虚勢で睨み返すのが精一杯だった。
「み、認めませんわ! 貴方は私を言うに事欠いて…は、破廉恥な女だと決め付けているけれど、何を証拠に言い掛かりをつけるのかしら? 私は決して破廉恥な女などでは…」
「次は俺が質問する番だよな? じゃあ、質問代わりに証拠を見せようか?」
「……証拠?」
ヘッポコ巡査長は背伸びをしながら面倒くさそうに席を立つ。
そして自分の立ち振る舞いを怪訝そうに監視する岩倉芹香の鋭い視線を楽しむように悠然と歩き、立ち並ぶ自販機の一つから冷たい緑茶のペットボトルを購入する。
??? 一体、何を企てるつもりなのかしら…?
「ククク、不安そうだな。まるで躾途中の仔犬だぞ?」
「大きなお世話です!」
安久津慎介は辺りの様子をさり気なく確認すると、ペットボトルを取り出したその足で自販機の外れに設置された冷水機の排水溝へ、ペットボトルの中身を手早く廃棄した。
「そ~だな…。うん、その物陰でいいか。こっちに来い」
「な…何を命令しているの! 貴方は忘れているみたいだけど、階級は私の方が2つ上なのよ?」
「…いいから、来・る・ん・だ」
安久津慎介の有無を言わせない態度と命令調の口調に、岩倉芹香の高慢な思考は言い知れない強い拘束力に囚われた。
「もう点呼開始までの猶予は少ないぞ? 来ないンなら話はココまでな」
いくら強がっても深層心理が命令に従う事を強要するのだ。エリート婦警の思考は命令に従うための理由付けを探す事はしても、何故か抗う方策を考えない。
「し、仕方ないわね。分かったわよ…」
口惜しさに顔をしかめながらも、フラフラと自販機の物陰に歩みを進める高貴な血筋の美人婦警。
「そうそう、最初から俺の命令に従えばいいんだよ。素直な方が可愛いぜ♪」
「…あ、貴方に好かれたって、嬉しくなんか無いですわ!」
嘘だった。安久津慎介に褒められた時、何ともいえない暖かい感情が岩倉芹香の脳裏に拡散した。
…何だろう。この不思議な暖かさは一体…
目の前の冴えない平警官の命令に服したとたん、岩倉芹香の思考の奥底では粘着質の心地良さと満足感が静かに広がり、無自覚のうちに彼女の感情を少しずつ干渉し始めていく。
「さ、来ましたわ」
ヘッポコ巡査長が10才近く年下の新米警部補を招き寄せた奥まった空間。
そこは立ち並ぶ自販機と太い柱に囲まれ、柱の脇に置かれた大振りな観葉植物も相まって、休憩スペースからでもパッと見回しただけでは中の様子を窺い知れない場所だった。
「それで?」
安久津慎介は岩倉芹香が嫌がりながらも一応の従順を示した事に満足すると、グラビア・クィーンの如く直立する新米警部補の足元にヤンキー座りした。
「うん。じゃあ立ったまま腰までスカート捲って、直立不動のまま静かにしてくれ」
そして制服のタイト・スカートの裾をゴツい指先で指し示すと、急かす様に人差し指の先を何度か上下に振ってみせる。
「…何を言っているの?」
「いいから従え。し・た・が・う・ん・だ・よ」
「くぅ…。め、捲ればいいんでしょ?」
豊かな黒髪を後頭部の上方へアップに整えた髪型が良く似合う高飛車系の美人警部補殿は、形ばかりの抗議を口にしながらも前屈みになって濃紺に染まったスカートの裾を掴むと、渋々だか言われた通りの姿勢を作って黒いパンストに包まれたレース柄の下着だけの色気に満ちた下腹部を、赤面しながらヘッポコ巡査長に晒(さら)した。
「これで満足かしら…?」
「ん、何だ、薄っすらと割れ目の辺りに、パンストまで染みが広がってるぞ。もう感じたのか? お前さん、やっぱ真性のマゾだな♪」
「嘘よ! そんな事は決して無い…?! な、何を…ヒィィ」
「シッ! 静かに。それと、動くんじゃない、ぞっと…」
空のペットボトルをリノリウムの床に置いた安久津慎介は、空いた両手を無造作にスカートの中へ侵入させると黒いパンストの縁を掴み、滲み出した愛液で染みが広がっている高価そうなレース柄の下着ごと、太股の半ばまで乱暴に引き降ろしてしまった。
「!! あ、貴方は一体、なんて事を…」
「し・ず・か・に!」
「あ、あぅ…」
上背とプロポーションに恵まれた美人婦警の顕(あらわ)になった秘裂を、ヘッポコ巡査長は騒いだ罰とばかりに伸ばした指と舌で軽く弄(もてあそ)び、充血している肉芽を皮から剥き出して甘噛みを加える。
「やだ、やぁ! やめ…うくぅ…あぁん」
だらしなく芳醇な蜜を滲ませていた岩倉芹香の性器に軽い仕置きを済ませると、安久津慎介は床に置いてあった空のペットボトルを掴んだ。
そして羞恥と中途半端な愛撫に苛まれたまま立ち尽くす岩倉芹香の尿道口へ、無造作にキャップを開けた容器の口を押し当てる。
「ほら、さっさとペットボトルに放尿するんだよ」
「…え? ええぇ?! そ、そんな…」
安久津慎介は中途半端に潤んでいる岩倉芹香の秘裂を、左手の親指と人差し指で器用に横へ押し開き、右手で空のペットボトルを剥き出しの尿道口へ押し付けている。
今からココで手にしたペットボトルを使って、ヘッポコ巡査長は採尿しようというのだ。
「早く済ませろ。もう時間は僅かだぞ?」
「嘘でしょ? …嘘よね?! ほ、本当に、ココで済まさないといけないの…?」
さすがに予想外の展開と要求に堪え切れなくなったのか、普段は高慢で勝気なエリート婦警も半べそ顔で口惜しそうに、足元でヤンキー座りしているヘッポコ警官に向かってイヤイヤをしてみせる。だが安久津慎介の返答は単純で冷淡だった。
「早く放尿するんだよ」
「だけど…」
「するんだ、芹香!」
「ひぃ…」
チョロチョロ…
安久津慎介の有無を言わせない鋭い視線に射抜かれ命令調で呼び捨てにされた岩倉芹香は、拒み続ける理性を『徴発命令書』で捻じ曲げられた本能が押し倒した。
軽い悲鳴と共にチョロチョロと流れ出した黄金水は一気に容器の6分近くまで満たしていく。
ジョォォォ…
「よし、ここいらでいいぞ。さっさと蛇口を閉めろ、このままじゃ溢れちまう」
「ぐすっ…そんな事、いったって…」
「命令だ! さったと止めろ」
「うぅ…」
結局なんとか8分近くで放尿を止めた半べそ状態の岩倉芹香は、極まった羞恥心と羞恥心を上回る言い知れぬ快感に動揺しながらも、安久津慎介に命じられた姿勢を自然に維持していた。
な、なんなの? この快感…。どうして、この下衆な男に命じられた事に私は素直に従ってるの? なんで命令に従うと嬉しいの?! お、可笑しい…。私は狂ってる。この男が指摘する様に、私は真性の変態…なの…?
涙目で軽いエクスタシーに半ば呆けながら、スカートを捲り上げ下半身を晒した姿勢で、むず痒い残尿感に堪えたまま立ち尽くす岩倉芹香。
「アッ…! あう、ンクゥゥゥ…」
いつのまにか立ち上がってペットボトルに栓を済ませたヘッポコ警官は、空いた方の手先で充血して膨らんだ剥き出しの肉芽を揉み弄(いじ)りながら、姦計に嵌(は)められ涙を浮かべたまま呆けている秀麗な顔立ちのエリート婦警を褒めてやった。
「よしよし。いい仔だ、偉いぞ芹香♪」
「あ、ありがとう…」
思わず素直な謝辞を、無意識に口にする岩倉芹香。
わ、私、今なんて…?!
言ってから我に返った新米警部補は、事の重大さに気付き更に頬を紅潮させて極まった羞恥心に後悔しながら、苦しい言い訳をさえずった。
「今のは違うの! だ、誰が、こんな仕打ちを受けて礼などするものですか!」
「おいおい? いいのか、声が過ぎると通り掛かった奴に、その破廉恥な姿を見咎められるぞ?」
「!!!!」
安久津慎介は『徴発命令書』の効果に感心しながら、下半身を晒したまま蒸気が出そうなほど真っ赤になって小声で言い繕う岩倉芹香を、声を殺しながら可笑しそうに笑っている。
「うぅ…。だって、そんな…」
「ククッ♪ わかったわかった。いいから早く身だしなみを整えて交通課の詰め所に行きな。もう点呼目前だ」
ヘッポコ巡査長は揉み弄っていた肉芽を離すと、一瞬もの寂しそうな表情を見せた長身で美麗なエリート婦警の肩をポンポンと叩き、周囲に人影が無い事を確認しつつ自販機コーナーの裏から満足そうに姿を現した。
「ん、そうだ。岩倉警部補殿?」
「…なんですか、安久津巡査長」
結い上げた黒髪が良く似合う秀麗な顔立ちの新米警部補は、顔を紅潮させたまま手早く身繕いを済ませると、周囲を警戒しながらヘッポコ巡査長に続いて慎重に物陰から出てくる。
振り返った安久津慎介は、手にした生暖かいペットボトルを弄びながら岩倉芹香に近づくと、ヒソヒソ声で意味深に話し掛けた。
「今日の夕方、何か予定は入っているのか?」
「いえ。何も無い筈ですわ…。だからって何ですの?」
勝気な表情の影に明らかな怯えを覗かせる岩倉芹香に剣呑な視線を向けた安久津慎介は、一転からかう様なウィンクを交わすと呼び止めた趣旨を明るく説明した。
「じゃあ、仕事が片付いたらトイレか休憩を装って、例の備品倉庫まで来るんだ。この続きをしよう」
「い、嫌です! 決して行くものですか!」
「くっくっくっ、のんびり俺は待ってるぜ♪」
周囲に聞こえない程度の声で立ち話を交わす、鋭利な美貌のエリート婦警と不細工な平警官。
「あ、そうそう、これも命令だが…。次に俺が許可を与えるまで、警部補殿はオナニーを無期限に禁止な」
「!!! ○×△〒凹◇凸!」
余りの物言いに屈辱感が極まって紅潮したまま、返答に窮して立ち尽くしている岩倉芹香に、安久津慎介は卑下た微笑を一瞥すると小走りで自販機コーナーを後にする。
「さぁ、お互い急がんと始業点呼に遅れるぜ?」
んじゃ、例の場所で夕方な。俺様専用の肉便器ちゃん♪
「さぁーて、引継ぎ点呼も終わったし…」
あとは高飛車な新米警部補殿から手に入れた新鮮な小水に、コレを放り込むだけだな。
始業点呼を何とか無事に終えたヘッポコ巡査長は、腰掛けたオフィスの事務机の影で制服のポケットから、桜色に染まった不思議な光沢を湛(たた)えた一粒の真珠玉を摘み出した。
「しっかし、まぁ…」
これが調教道具を兼ねた避妊具と言われも、今はピンとこないなぁ…
岩倉芹香から強引に採尿した黄金水を満たした緑茶銘柄のペットボトルは、うっかり者の誤飲を避ける為に私物を収めた足元の通勤用ビジネスバックに放り込んである。
確か爺さんの話じゃ『喰精丸』とか言っていたっけ…
それは自転車での夜警中に出会った不思議な老人から、『徴発命令書』と一緒に手渡されたガラクタの中の一つだった。
「ともかく教えられた通りに、コレを仕込んでみるか」
寸足らずな厳つい体躯のヘッポコ巡査長が『喰精丸』の効能と使用方法を思い出していると、出勤時に挨拶を交わしていたショートカットの元気印な新人婦警が、安久津慎介の腰掛けた事務机にスタスタと近づいてきて元気な挨拶と共に頭を下げる。
「安~久津先輩。本日も一日ご指導、宜しくお願いしま~す♪」
ここで安久津慎介に関する驚愕の事実を幾つか告白しよう。
ヘッポコ警官は昇進志向が強い上役や成果主義な上役からの受けは全くもって芳(かんば)しくなかったが、現場レベルでは憎めない性格と面倒見の良さから男女を問わず多くの同輩に好かれ、年の離れた後輩達も彼に良く懐いていた。
「お~、うぃっす。今日は自転車で巡回しながら、所轄内の交番廻りだったな?」
「はい。自転車の準備も、地図の予習もバッチリです!」
また日の目の当たりにくい地味な仕事も苦にせず真面目にこなすので、表立った成果が乏しいのに担当区域の住民にも割と受けが良かった。
些細な理由で目を付けられた岩倉芹香に接する時とは、何故か雲泥の違いである。
「よし、それじゃ駐輪場から自転車を出して正門脇で待ってろ。俺も課長に挨拶してから正門に回るから」
「は~い。了解であります」
嫌々ながらも新人の教育係を拝命しているヘッポコ巡査長は、新米婦警の注意が指先で摘んでいた桜色の小玉に向く前に握りこんで隠すと、後輩の可愛らしい敬礼にラフな敬礼で答礼を返す。
「ん。しっかしお前さん、いつも元気全開だよな?」
「えへへ。そりゃもう、若くてピチピチですから…♪」
「へぃへぃ。だったら俺が若さに嫉妬する前に、サッサと自転車を出して来い」
「そりゃ大変。先輩が私の若さに嫉妬してしまう!」
地域課のオフィスを陽気な笑い声と共に元気良く出て行く後輩婦警を、苦笑しながら見送るド中年のヘッポコ警官。
「さ、て、と…」
コッチも『吸精丸』の仕込みを、サッサと済ませるか。
オフィスに広がった朗らかな雰囲気が収まり、周囲の視線が自分から離れるのを見計らう安久津慎介。
頃合だな…
安久津慎介は周囲に仕事の喧騒が戻ったのを確認すると、足元の鞄から黄金水に満たされた容器を引っ張り出し、握っていた桜色の小玉を手早く容器の中に放り込んでキャップを閉めた。
よ~し、これで良い筈だ。
今回も不思議な老人の話が本当だったら、容器に沈めた『喰精丸』が触媒である岩倉芹香の小水に反応して活性化し、夕方までにはペットボトルの中に彼女専用の調教具が出来上がっている筈である。
「俺もボチボチ、仕事に出掛けますか…」
ヘッポコ巡査長は握ったペットボトルを直ぐに足元のビジネスバックに納めると、鞄を片手に立ち上がり事務机の上に放り出していた制帽を頭に載せながら、担当課長のデスクの前に立った。
「それでは安久津巡査長。只今より新米婦警を伴って、巡回に出掛けます」
「うむ。今回も面倒事を押し付けてしまったが、他に適任も居らんのでな。手間が掛かると思うが新人婦警の指導、宜しくな」
現場で叩き上げた地域課の課長は、安久津慎介の面倒見の良さを買っているらしい。
今では地域課に配属された大概の新人は、一通り仕事を覚えるまで安久津慎介に師事するのが通例になっている。
「うぃっす。まぁ、それじゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けて行ってこい。あと、住民とのスキンシップも大切だが、寄り道と買い食いは程々にな」
新千住署の地域課の課長は、安久津慎介が新米の頃から世話になっている下町気質の武骨な上役で、ヘッポコ警官が頭の上がらない数少ない人物の一人である。
「あ、あはは。課長も言う事きっついっすよ」
「ほれ、早く行かんか。新米婦警が正門で待ってるんだろう?」
「とほほ…」
地域課のオフィスを逃げる様に後にしたヘッポコ巡査長は、途中で更衣室に立ち寄って通勤用の鞄を自分のロッカーに押し込んでから、庁舎地下の駐輪場に向かった。
「…さて、今日はドコから回ろうか?」
年季が入った愛車…良く整備された官憲御用達の白い実用型自転車を引っ張り出して跨ると、安久津慎介巡査長は新米婦警が待っている正門に向かって漕ぎ出した。
「今日は天気も良いし、とりあえず、荒川の河川敷から始めるかぁ」
空は澄み切った青い空。自転車での巡回パトロールには上々の天候であった。
< つづく >