AYATURIハンター 第2章

第2章

 夜も更けて、コンビニの店内は人気も無く静まり返っていた。蛍光灯の白い無機的な光が、什器や商品棚を素っ気無く照らし出している。店内スピーカーからは気の抜けたようなイージーリスニングのBGMが流れ、淀んだ時の流れを演出していた。
 そんな中、一人の女子店員がフロアの掃除をしている。まだ20歳前後と見えるその娘はモップを使い、生真面目な表情で黙々と床を磨いていた。身長は160センチくらいで手足はすんなりと長く、全体的に華奢な体つきをしている。セミロングの髪と卵形の小さな顔、鼻筋の通った綺麗な面立ちはまだ少女の雰囲気を残しているが、同時に程よい女の色香も発散していた。
 自動ドアが開く音がすると、娘は反射的に「いらっしゃいませ」と声を出し、振り返った。そして入って来た者の姿を見ると「あれ?」という表情を浮かべ、その大きな目を見張る。
「・・・どうしたんですか?随分早いんですね、村田さん」
 女子店員は意外そうな声を出す。一方、相手の男は肩をすくめて見せた。
「そう?そんなに早いかな」
「だって10時ですよ。まだ1時間以上前じゃないですか」
 そう言うと娘は壁時計を見た。男・・・村田雄一の方は顎の無精鬚を指でいじりながら、呑気なそうな調子で返した。
「いや、いつも遅刻で迷惑かけてるからさ。改めようと思って」
「はあ」
「それに・・・ゆっくり楽しむにはそのくらい時間は必要かなって」
 雄一は薄笑いを浮かべた。娘は怪訝そうに眉をひそめる。
「楽しむって・・・何の事です?」
「いいの、いいの、こっちのこと」
 雄一は上機嫌な様子で言うと視線を外し、改めて店内を見回した。
「・・・客が一人もいないね。今日も暇だったの、石井さん」
 女子店員・・・石井由香は再びモップを持ち直して床清掃に戻ると、興味なさそうに答える。
「別に。いつも通りですよ」
「マネージャーは?」
「夕方にちょっと顔見せて帰りました」
 その時、外の駐車場に一台のスクーターが走って来て停車した。降りた男はヘルメットを被ったまま、店内に入って来る。由香は再び「いらっしゃいませ」と声を出す。ヘルメットの男はカゴを持って冷蔵庫に向かい、缶ビールをその中に放り込み始めた。
「・・・事務所で本でも読んで待っててくださいよ。時間になったら呼びますから」
 そう告げる由香に、雄一は向き直ると、
「石井さん。ちょっとモップ貸してくれる?」
「は?」
「いいから」
 由香はよく意味のつかめないまま、相手にモップを手渡した。雄一は冷蔵庫の方に向くと、大声を発した。
「おい!そこのあんた!」
 相当の大音量のはずだが、男は自分の事とは思わずに振り向きもしない。
「聞こえないのか?そこのヘルメットのあんただよ!」
 雄一は更に呼んだ。ヘルメットの男はようやく振り返ると、バイザーを上げてこちらを見た。不機嫌そうな顔つきで、無礼な店員に鋭い視線を投げてくる。
「うるせぇな。何だよお前」
 相手の乱暴な口調に、しかし雄一はまったく臆することなく、平然と歩み寄って行く。由香が唖然とした表情で見守る中、二人の男は接近し、険悪なムードで見合った。ヘルメットの男は顔を寄せると、怒りを露わにして凄む。
「馴れ馴れしいぞ。舐めてんのか、手前」
 獰猛な視線が睨んでくると思うやいなや、雄一は両眼をパッと見開いた。瞬間、双眸の奥から真っ赤な閃光が発せられる。男はその奇怪なルビー色の光に捉われると、びくんと体を震わせて、動きを固まらせた。その表情から先程までの危険な空気は一瞬にして吹き払われ、粘土のような重たい顔付きに変わると、男は虚ろな目で雄一の顔を見返してくる。
「・・・おい。聞こえるか?」
 雄一はヘルメットの中の顔を覗き込んで聞いた。
「・・・ああ」
 ヘルメットの男は魂の抜けたような、ぼんやりとした声で答えた。雄一は頷いて見せると、
「ちょっと頼みがあるんだよ。実は今から2時間くらい店番をやって欲しいんだ」
 雄一の言葉に、男は怪訝そうに問い返す。
「・・・店番?」
「そうだ。さあ。これを持って」
 雄一は言うと、モップの柄を男の手に握らせた。一方、由香の方はと言えば、眼前で繰り広げられている異様な光景に言葉を失い、凍り付いている。両手を口元にやり、二人の男を盛んに見比べて、一体何が起きているのかを懸命に理解しようとするが、答えが見付からない。
「む、村田さん」由香はようやく震える声を絞り出した。雄一は振り返ると、由香の混乱し切った顔を面白そうに眺めた。
「何?」
「あの・・・一体何を?」
「大丈夫、大丈夫、すぐ済むから」
 雄一はあっさり片付けると、再び男に向き直る。
「それと、客が来たら相手してくれよな。レジ打ちくらい出来るだろ?」
「ああ・・・そうだな」
「そんじゃよろしく。俺たちはこれからちょっと用があるから」
「ああ。任せとけ」
 男は心底納得したように頷く。雄一は由香の方に戻っていくと、笑顔を見せた。
「さあ。行こう」
「で、でも」由香は戸惑って首を横に振る。
「いいんだって。ちゃんとやってくれるから」
「だ、だって。そんな」
 思わず後ずさりする由香の目に向かって、雄一は再び両目からルビー色の光線を放った。瞬間、驚く由香の全身から一切の力が抜けていく。立ってる事も困難になった筋弛緩症のような由香の体を雄一は正面から抱きとめると、その肩を抱いて引き摺るようにして、裏の事務所へと運んだ。
 スチールの机とモニターテレビの置かれた事務所の内部は薄暗く静かだった。雄一はドアを閉めると、由香の体をパイプ椅子に座らせた。由香は生き人形のように脱力したまま、ダランと身を座席にもたせ掛けている。呆然としている由香に対して、雄一は悪戯っぽい、好色そうな笑みを浮かべる。
「そんな怖がらなくていいんだよ。だってこれで2回目だぜ?」
 由香は訳も分からず、雄一に怯えた声で問い返した。
「何?2回目って?」
「しかし本当に何も覚えてないんだな。びっくりした」
「覚えてない?何を?」
 雄一は由香の質問を無視して、眼前に据えられた魅惑的な「獲物」を眺めた。まだ二十歳の女子大生はスレンダーな体付きではあるが、一方で胸の膨らみや腰の肉付きは充実しており、そのメリハリのついたプロポーションは着衣の上からでも十分見て取れる。その若々しく新鮮な女体は無防備な状態で、支配者に賞味されるのを待っていた。
「・・・そろそろ時間がないな。大丈夫、終電までには帰してあげるから」
 言うと雄一は再々度、目を赤く光らせた。由香は魅入られたようにルビー色の輝きを見詰める。その瞳から次第に意志的な光が消え、綺麗な顔はすぐに無表情の仮面に覆われてしまった。やがて雄一は目から光を消すと、由香に問い掛けた。
「聞こえるか、由香」
 由香は焦点の合わない目を正面に向けたまま、ぼんやりとした声を発する。
「・・・はい」
「立て」
 命令されると由香は従順に立ち上がった。まるで学校の朝礼でもあるかのように背筋をピンと伸ばしたまま、無言で前を向いている。雄一は壁にもたれて立つと、腕組みの姿勢を取った。
「由香。俺が誰か分かるか?」
 雄一は言った。由香はどんよりとした視線を向けてくる。
「はい」
「誰だ」
「村田さん」
「ここはどこだ?」
「バイト先のコンビニ」
「そうだ。ちゃんと分かってるな」
 雄一はポケットからタバコの箱を出した。
「今日は少し君の本心を聞きたいんだ。質問に正直に答えて欲しい。大丈夫、怒りはしないから」
 由香は頷いた。雄一は咥えタバコに火を付けると天井を見上げた。
「由香。君にとって俺はどういう存在だ?」
「どういう・・・」
「そう。どういう存在だ」
「バイト先の同僚」
 由香は言った。雄一は煙を吐き出した。
「他には?」
「他?」
「他にはないのか。バイト先の同僚。それだけ?」
「意味がよく分かりません」
 由香は戸惑ったように言う。雄一、その顔をじっと見詰める。
「俺のことをどう思う」
「どうって?」
「好きか、嫌いか」
「意味がよく分からない」
「好きか?」
「いいえ」
「嫌いか?」
「いいえ」
 雄一は視線を床に落とした。
「もういいよ・・・彼氏はいるのか」
「はい」
「同級生?」
「ええ」
「好きなのか?」
「はい」
「セックスはするのか?」
「はい」
 由香は平然と言った。雄一は続ける。
「セックスはどのくらいやってる」
「どのくらい?」
「週一回くらい?」
「もう少し」
「彼氏とのセックスは気持ちいいか?」
「はい」
「どうして?」
「好きだから」
 雄一は少し黙り込むと、再び口を開く。
「由香。俺とセックスしたいか?」
 由香は無表情のまま、正面から雄一の顔を見詰め返すと言った。
「いいえ」
 雄一は由香の目をじっと見返した。やがて静かに聞く。
「したくないか」
「はい」
「それは何故?」
「好きじゃないから」
「もし俺とセックスしたらどんな気分になる?」
「嫌な気分になると思う」
「気持ち良くはならないか」
「ええ」
「もし俺がセックスしてくれと頼んだらどうする?」
「断わります」
「そうか、よく分かった」
 雄一は壁から背を離すと、由香を見詰めた。人形のような由香の顔を凝視すると、口を開く。
「服を脱げ。全部だ」
 由香は頷くと、制服のボタンに指をかけた。雄一が見守る中、何の躊躇もなく次々に着ている物を脱ぎ落としていく。ピンク色の下着だけの姿になり、ブラジャーのホックを外すと、その下から細身には不釣合いなほど豊かに盛り上がった、二つの柔らかそうな乳房が剥き出しになった。広めの乳輪に縁取られたピンク色の乳首がツンと上を向いている。更にショーツを脱ぐと、くびれの下でたっぷりと張った裸の下半身が露わになる。尻は白く滑らかで、卑猥な陰影を描いている。由香はスニーカーを脱いで綺麗に揃えると、遂に一糸まとわぬ全裸となり、その場に直立不動となった。そのしなやかで美しい肢体は、陶器の人形のように白く輝いて見える。一方で雄一も、目の前のパートナーに倣って服を脱ぎ始めた。シャツとズボンを脱ぎ、最後に残ったトランクスも取り去ると、そのまま娘の前に立ちはだかる。激しく勃起したペニスが槍のように天井に向かって突き立っている。由香は生々しい男の裸体を前にしても羞恥のかけらも示さず、無表情の視線を向けている。
 雄一は右手を伸ばすと、由香の股間に触れた。柔らかなヘアを指に巻きつけるようにしつつ、中指を秘裂の隙間に差し込む。由香は何の反応も示さない。さらに指を奥へとねじ込んでいくと、内側からじんわりと粘液が染み出してきた。指が痺れるほどのきつい締め付けを感じつつ、雄一は由香の表情を観察する。しかし由香の表情は凍ったままである。秘部から溢れてくる熱い愛液の分量にも関らず、由香の脳は、肉体から切り離され、何の刺激も感じていないようだった。そのガラス玉のような黒い瞳を間近で見詰めながら、雄一は深く息をついた。
「由香。聞こえるか」
「はい」
「今からお前とセックスをする」
 身中に盛り上がる獣欲の炎を抑えながら、雄一は静かに宣言した。由香は無表情のまま雄一の目を正面から見返している。
「はい」
 男の不躾な申し出を、由香はあっさりと受け入れた。そのアイドルばりの美貌を見下ろしながら、雄一は左手で由香の手を掴み、勃起した自身のペニスに導いてしっかりと握らせた。
「セックスだぞ。分かるな」
「はい」
「今日だけじゃない。これからお前は俺と会う度にセックスするんだ。何回でも」
「はい」
「でもお前は断われない」
 由香はじっと雄一を見上げている。目は虚ろのままだが、その頬はわずかに紅潮していた。精神と切り離された肉体が、本能的に興奮を覚えてるようだった。由香が手で雄一のペニスを握る力が、徐々に強まってくるのは感じると、雄一は娘の裸身を抱き寄せた。
「残念だったな。お前は俺の人形だ」
 言うと雄一は由香と唇を重ねた。舌を絡めていくと、由香も積極的に応じてくる。互いの唾液を吸い合っているうちに由香の呼吸が荒くなっていく。堅さの残っていた娘の肉体は徐々にほぐれ、男の胸の内で大きく波打ち始めた。由香の反応が自然に戻っていくのを感じ取ると、雄一の興奮は更に盛り上がり、相手の体を強く強く抱き締める。サンドイッチパンのように互いの肉体を密着させたまま、二人の男女は床に倒れ込んだ。淫らな性の獣と化した雄一と由香は、冷たいタイルの上で燃え上がる肉体を絡み合わせながら、激しい交合を開始する。雄一は二十歳の美人女子大生の白い裸体を組み伏せると、その柔らかな乳房に吸い付き、滑らかな肌を味わいながら、自らの固い肉棒を相手の媚肉の裂け目に突き刺した。由香の唇から切なげな悦びの声が漏れる。由香は喘ぎながら両腕で雄一の首を掻い込み、更に強い快楽を得ようと、本能的に双脚を男の背中に絡みつかせて、ぐっと腰を浮かせ、まるで樹木の太い枝にでもぶらさがるように、必死で男の体にしがみついた。雄一は心地よい由香の体重を感じながら、ただただ夢中で腰を振り続け、その猛り立った肉の楔を、歓喜に燃える美しいメスの内部に打ち込んでいった。
 約一時間後、雄一は立ち上がると、裸のままパイプ椅子に腰掛けた。二度の吐精でベトベトになったペニスに触りながら、床に倒れている由香を見下ろす。ぐったりとした若い女の裸身は汗で光り、薄暗い室内で白く淫靡に浮かび上がっている。
「由香、気持ち良かったか」
 雄一は問う。由香は仰向けに倒れたまま陶然とした口調で返答する。
「・・・はい」
「そうか」
 時計を見ると、雄一は溜め息をつく。
「そろそろ時間だ。最後に俺のこれを綺麗にしてくれ」
 言うと、腰を軽く振って促した。由香はノロノロと身を起こすと、四つん這いでタイルの上を進み、雄一の股間に顔を埋めた。肉棒に手を添えて口に頬張ると、付着している精液を綺麗に舐め取っていく。由香の舌のザラザラとした感触や、堅い歯列が引っ掛かる刺激が、雄一の萎えたペニスを再び怒張させた。雄一は快感に目を閉じると、娘の頭を両手で掴み、相手の動きに合わせて本能的に腰を振り始める。由香は男の堅い先端に喉を突かれて少し咳き込んだが、それでも動きを止めずに奉仕を続ける。雄一が思わず放った三度目の射精を口内で受け止めると、可愛らしい鼻息を漏らしながらそれを残らず飲み込む。ペニスを吐き出すと、ピンク色の舌でキャンディーのようにそれを舐め上げていき、やがて仕事を完了すると身を起こし、全裸のままタイルの上で正座をして、主人の前に控えた。雄一は安堵にも似た表情で、二十歳の娘を見下ろした。普段の生真面目な様子からは予想もしなかった事だが、セックスについては十分な経験を積み、技量も練り上げられている。特定の男に仕込まれたのか、あるいはもともと筋がいいのかも知れない。
 雄一は由香に服を着るように命じると、自らもGパンにシャツだけ羽織った姿になって、表の店の方へ出て行った。カウンター内ではヘルメットの男が立ち、無人の店内にぼんやりとした目を向けている。その側に寄ると雄一は、素っ気無く告げる。
「おい。目を醒ませ」
 途端に男は我に返ると、キョトンとした顔で雄一の方に振り返った。
「・・・え?」
 口をポカンと開けたまま、間の抜けた声を発する。雄一は面倒臭そうに手を振る。
「もういいよ。行け」
 男は訳も分からず頷くと、言われるままにカウンターを出て行く。外に出てからも男は盛んに首を傾げていたが、結局スクーターに跨るとそのまま走り去った。雄一が遠ざかるエンジン音を聞きながらタバコで一服していると、事務所の中から由香が姿を現した。華奢な体躯をカットソーのシャツとスリムジーンズで包み、ジャケットを羽織ったどこにでもいる女子大生風の格好に着替え終わり、気を付けの姿勢で立っている。意志のない人形のような目が雄一を見詰め、従順な女奴隷らしく次の命令を待っていた。雄一は手を伸ばすと、由香の肩を軽く叩く。
「お疲れさん」
 瞬間、由香の瞳に光が宿る。長い睫毛に縁取られた瞼をしばたかせると、いつもの利発そうな表情が回復した。
「・・・あれ?」
 由香は辺りを見回すと、戸惑ったように雄一の顔を見詰めた。
「・・・えっと。何でしたっけ?」
 怪訝そうな由香の問いに雄一は笑った。
「お疲れさん。もう上がる時間だよ」
「え?あ・・・そうか。そうですよね」
 由香は釈然としない様子で、店内の壁時計を見上げる。何か不自然なものを感じているようだが、その原因が何かは思いだせないようだった。まさか自分が先程まで、目の前の男にオールヌードで絡み付いていたなどとは思いも寄らない。
「でも・・・引継ぎは?」
「大丈夫。レジは合ってる」
「そうか。なら問題はないですよね?」
「ああ」
「ま・・・いいか」
 由香は自分を納得させるように何度も頷く。
「じゃ、帰ります・・・あっ」
 一歩進もうとして、由香は不意に足元をよろつかせた。雄一が慌てて肩を支えようとする。
「どうした?」
 由香はカウンターに手を突いて立つと、だるそうな様子で首をひねった。
「なんか・・・熱っぽいんです。体が。疲れたわ。それと眠い・・・」
 由香は深く溜め息をつく。雄一はその様子を興味深そうに観察した。どうやら激しいセックスの後の疲労と睡魔が、二十歳の娘の若い肉体を襲っているようだった。三度にも渡って雄一のスペルマを受け入れた行為は、由香の記憶には残っていなくても、その体にはしっかりと爪痕を残している。
「大丈夫?」
 雄一の問いに、由香は頷いて見せる。
「風邪かな?参ったな・・・」
 呟くと由香は軽く会釈して、覚束ない足取りで出口へと向かった。外で自転車に乗る姿を、雄一はじっと見送っている。由香が去ると、雄一はそのままカウンターに腰掛け、タバコの煙を吐き出した。雄一も疲れていた。バイトなどやる気分ではなかった。さて、どうしよう。このまま帰ってもいいが、店を無人にする訳にもいかないか。そう思い直すと、雄一は事務所に戻った。制服に着替え、いつものように店へと出て行く。体に染み付いたルーチン。仕事はこれからだ。夜は長い。

 朝の陽光が駅前の町並みを照らし出している。まだ通勤や通学の人の姿も見えず、静まり返った商店街を、雄一は一人歩いていた。空腹を感じると、目前の牛丼屋に入り、席について注文する。やがて出て来た丼を掻き込むと、タバコを吸いつつ、自分一人しか客のいない静かな店内で、思案を開始した。さて。俺は一体これから何をすべきなんだろう。一週間前、ひょんな事から手に入れた不思議な力、人を思うままに操り、従わせる「MC」の能力。あの夜、偶然出会ったホームレスの男が「存在の証明として」自分に預けていったその力の意味を、雄一はじっと考えていた。あの男の言った事は本当なのだろうか。あの時聞いた話によると、男はかつて属していた秘密の「組織」に命を狙われているという。もしそれが本当なら、あの男は既に「消されて」しまったのかも知れない。それだけではなく、「組織」はその存在を知った俺にまで危害を加えようとするのではないだろうか。だとしたら余り調子に乗って派手に動くのは控えた方がいいのかも知れない。
 不安を感じつつも、一方で雄一はそれに抗する考えも抱いていた。これは俺にとってチャンスだ。言ってみれば、今までの腐った人生を変える契機を神様が与えてくれたのだ。それどころか、あのホームレスの男自体、神の使いだったのかも知れない。
(とりあえずは金か)
 雄一は思った。金があれば何でも手に入るし、何でもできる。この不思議な力をもってすれば億の大金を掴むのだって夢ではない。そう考えると雄一は席を立った。店員は寄ってくると代金を請求する。
「ありがとうございました。330円です」
 雄一は財布を出そうとして動きを止めた。考え込んでから顔を上げると、相手の目をじっと見詰める。店員は見知らぬ男の目の奥に光る赤い光を見ると、途端に虚ろな表情になった。しばらくして茫洋とした声で、
「えっと・・・いや。結構です」
「払わなくていいの?」
 雄一は問う。店員は頷く。
「構いません。お客さんは特別でした。ありがとうございました」
 言うと若い男の店員は、そのまま奥へ引っ込んで行く。雄一は口の端に笑みを浮かべる。どうやら金なんか必要ではないらしい。そのまま踵を返すと外へ出た。

(とりあえず欲しかったものを手に入れてみよう)
 雄一は思った。新しく手に入れた「力」で特にやりたい事が見付からない今、手近に転がってる小さな望みを片っ端から片付けていくというのは、悪くない考えだった。決して裕福とは言えない一人暮らし生活の中、欲しくても手の届かなかった品物は沢山あった。それらをすべて手に入れてみよう。そうすれば最後の最後に「本当に自分が欲してるもの」の姿が目の前に現れてくるかも知れない。
 そう考えると、雄一は国道沿いにある自動車の販売店を訪ねた。ガラス張りのショールームには数台の真新しいスポーツカーが並んでいる。向こうのテーブルでは、若い夫婦がディーラー相手にカタログを見ながら、車種をじっくり吟味していた。雄一が手持ち無沙汰気味にフロアを見回していると、奥の方からスーツ姿の女が近寄って来る。
「いらっしゃいませ」
 女は艶やかに微笑むと、丁寧な口調で話しかけてくる。
「お車を御購入ですか?」
「え?ええ・・・まあ」
 雄一は目の前の女を眺めた。かなりの長身で170センチ以上はあり、大柄ではあるがスラリと均整の取れた体をしている。ベージュのジャケットとブラウスを着て、タイトスカートを履いた姿は典型的なキャリアウーマン風だった。年の頃は雄一と同じくらいで、かなりの美人と言ってよく、黒髪のロングヘアを靡かせ、顔立ちは外人のように彫りが深く、よく化粧映えをした。
 女は笑みを絶やさずにいながらも、さりげなくこちらを観察してくる。その目の奥に潜む怪訝そうな色を雄一は見逃さなかった。まあ、仕方ない。こちらはいい歳をして安物の上着にGパンという、まるで学生のようなみすぼらしい格好をしている。一方でこの店に置いてあるのは一台500万は下らない高級車ばかりだ。冷やかしではないかと疑われても当然だった。雄一は咳払いをすると、女に言う。
「試乗してみたいんですが、いいですか?」
 女は一瞬黙り込むと、やがて慇懃に頭を下げた。
「申し訳ございません。試乗の場合は御予約を先にして頂く決まりになっておりまして」
「そうですか。なら予約を」
「生憎と今週は先約で埋まっております」
 これは体よく追っ払うつもりだな、と雄一は思った。女の物柔らかな口調に含まれる面倒臭そうな響きを聞き取ると、少し癇に障るところがあった。
「・・・そう言わずに何とかなりませんか。折角こうやって足を運んだんだから。ねえ?」
 雄一は言うと、女の顔を見詰め、目を見開き、ルビー色の光線を発射させた。女はその奇怪な輝きを目にした瞬間、ビクンと身を震わせる。口をポカンと開けると、虚ろな表情で雄一を見詰め返す。やがてぼんやりとした口調で、
「そう・・・ですね。失礼致しました。しばらくお待ち下さい」
 そう言うと、すぐに奥へと引っ込んで行く。雄一は鼻で笑って見送ると、改めて店内を見回した。そして一台のスポーツカーに歩み寄り、滑らかな鋼板のボディに手を触れた。いつもショーウィンドー越しに羨望の眼差しで眺めるだけだった憧れの車。それがもうすぐ手に入る。しかし雄一は、この最高の場面においても、それほど嬉しく感じてはいない自分に気付き、戸惑いを覚えた。(おかしいな)心中で呟く。何だろう、この違和感は。昔の気持ちを思い出そうと試みてはみたものの、心の中で何か霞のカーテンのようなものがかかったかのように、上手く見通しが利かない。どうも自分自身の中で、何らかの微妙かつ決定的な変化が起きつつある。それはやはり「力」の影響なのだろうか。そんな事を思っていると、しばらくしてスーツの女が戻って来て、爽やかな声を掛けてきた。
「お待たせしました。今すぐお乗りになります」
「ありがとう。あなたの名前は?」
「申し遅れました、朝倉令那と申します。どうぞこちらへ」
 雄一は頷くと、女ディーラー・・・朝倉令那について外へ出た。裏のガレージには店内に飾ってあるのと同じ車が置いてあった。真紅に輝くオープンカー。令那が助手席に乗り込むのに続き、雄一は運転席に入り、革のシートに身を深々と沈める。高級感溢れる素晴らしい内装だった。令那から受け取ったキーでイグニションを回すと、躍動感溢れるエンジン音がガレージ内に響き渡る。振動するシート上でアクセルをゆっくり踏み込むと、車は優雅に発進して行った。
 正午前の明るい陽光の中、スポーツカーは車体を煌かせながら、国道を疾走して行く。ハンドルを握る雄一の横で、令那はにこやかに問い掛けてくる。
「どうですか、乗り心地は」
「ああ。最高ですね」
 雄一は素直に感想を述べた。実際車は申し分なかった。怒涛のように猛スピードで飛ばしているにもかかわらず、車内は恐ろしく静謐であった。そんな見事な車に、しかし雄一は既に飽いた気分を感じていた。何となく白けた空気の中、雄一は隣りの女を観察する。綺麗な横顔を見せていた令那は、視線に気付くとこちらに振り返った。
「何か?」
「いや、別に」
 雄一は虫も殺さぬ笑みを見せた。いい女だった。強い光を持った黒目と高い鼻梁、大きめの口には鮮やかな赤のルージュが引かれている。首が長く、襟元から覗く鎖骨と白い肌が蟲惑的だった。スーツを着た肩幅は広く、全体的にガッチリとした体付きは、確かな量感をもって男の欲望に訴えかけてくる。雄一は信号で車が止まった時に、改めて令那の全身を眺め回した。つややかな黒髪から綺麗な細い手指、締まった足首と、ハイヒールを履いた足元まで。見ている内に雄一は、無性に股間の物がうずくのを感じた。
「お客様?」
「・・・え?」雄一は我に返ると、信号が青に変わっているのに気付き、慌ててアクセルを踏んだ。令那は含み笑いをすると、
「・・・御質問があれば承りますわ。性能、オプション、その他何でも」
 穏やかな口調で聞いてくる。雄一は運転しながら頷いて見せると、
「そうだな。車については特にないけど・・・別の事についてなら」
「別の事?」
「そう・・・例えば」雄一は悪戯っぽい笑みを見せた。「君だよ。君についてもっと知りたい」
 令那は目を丸くしてこちらを見た。やがて苦笑を漏らすと、
「・・・もう。冗談はお止しになって」
「冗談なんかじゃない。君があんまり美人なもので興味を持ったんだ」
「困りましたわね・・・」
 雄一の抜け抜けとした台詞に、令那は溜め息をつくと、窓の外を眺めた。さて、どうやって話題を逸らそうか。そう思案している風に見えたが、雄一は意にも介さず続ける。
「困ることはない。本当の事を言っただけなんだから」
「・・・ありがとうございます」
「モデルでもやってたんじゃないかって。そのくらい綺麗だよ」
 令那は目を合わせないまま、大して嬉しそうにもなくしている。このくらいの褒め言葉はいつも言われ慣れてるという感じであった。
「そうですわね。まあ、似たような事はやってましたけど」令那は少し面倒臭そうに言う。
「似たような事?」
「昔、レースクイーンをやっていた事はあります。もう5、6年前ですけど」
 雄一は驚いた表情を見せる。
「へえ。それは凄い。儲かるんでしょうね」
「全然。ただのアルバイトですわ」
「そうか。そのコネで今の会社に?」
「ええ、まあ」
 気のない様子の令那に、雄一は構わず話し続ける。
「モテたんでしょうね、当時は」
「どうかしら・・・そろそろショールームに戻りません?色々と契約について御説明させて頂きますが」
 令那は早く切り上げたいとばかりに告げた。雄一はハンドルを切ると、国道を外れ、裏道に入って行く。しばらく走らせて、団地の並ぶ地域になると、路肩に車を止めた。昼前ということもあり、辺りに人通りはほとんど無い。令那は周りを見回すと、
「どうかしましたか?」と、怪訝そうな声で聞く。雄一はエンジンを切ると、シートに横向きになって令那を見た。
「いや、いい車だと思ってね。気に入ったよ」
「それは・・・そう言って頂ければ何よりですわ」
「ただ、即決もなんだし、他のも一応見たいと思って」
「ええ・・・そうですわね。ではもう一度店に」
「店に戻る必要はない」
 雄一の意外な言葉に、令那は眉をひそめた。
「え?」
「車はもういい。今度見たいのは、君だよ。君に『乗って』みたい」
 雄一はきっぱりと告げた。令那はよく意味の掴めないまま、不審そうに見返してくる。
「その・・・おっしゃってる意味がよく分かりませんが」
 雄一は無言で手を伸ばすと、令那のスカートに包まれた、ピッチリと張った太腿に手を置いた。瞬間、素早い張り手が乾いた音とともにこちらの頬に飛んでくる。雄一は頬をさすると、相手の顔を見詰めた。令那は逆上した猫のような怒りのこもった眼を向けてくる。
「・・・舐めんじゃないわよ!」
 先ほどまでの物柔らかな口調を一変させ、女ディーラーは乱暴に言い放った。しかし雄一は怒りもせず、白い歯を見せて笑うと、からかうような視線を向ける。それが更に令那の怒りの炎に油を注いだ。
「何がおかしいのよ」
 しかし雄一は答えない。令那は一旦心を静めると、冷笑を浮かべた。
「そう・・・変だと思ったのよね」
 あからさまに軽蔑するような口調で言った。
「どっからどう見ても、うちの車を買えるような身分には見えないもの。冷やかしじゃないかと思ったわ」
 雄一は相手の罵倒の言葉を呑気そうに聞き流している。
「さっさと降りて。あんたなんかの相手をしてられるほど、こっちは暇じゃないんだから」
 女の命令口調に、しかし雄一は反対に手を伸ばしてくる。令那は身を引くと鋭く言った。
「触らないで。大声出すわよ」
「面白い。やってみろよ」
 令那が大きく息を吸い込んだ瞬間、雄一は顔をぐっと相手に近付けると、再び両目から赤い光を放った。令那は先程より強力な閃光にとらわれると、驚愕の表情のまま動きを凍り付かせた。まるで酸素不足の鯉のように口をパクパクさせつつ、大きな瞳を目一杯に見開き、こちらを見返してくる。
「聞こえるか?」雄一は低く言った。「質問に答えろ。お前の名前は?」
「あ、朝倉令那」令那は驚いた顔のまま、相手の言葉に引き摺られるようにして答えた。
「年齢は?」「二十八歳」「職業は?」「自動車販売店のディーラー」「よし。いい娘だ」雄一は急に素直になった相手の様子に満足気に頷く。
「どうも誤解があるようだ」
 雄一は言った。
「俺は何も無茶なことは言ってない。ただ車を選びたいだけなんだぜ?」
 令那は混乱した様子で大きく目を見開き、相手の顔を見詰めた。
「・・・何?」
「車だよ。君は車を売るのが仕事だろ?」
「え?・・・ええ。もちろん」
「なら決める前に色々試させてくれよ。駄目か?」
「いえ・・・そんな事ありません」
「そう来なくっちゃ。じゃあ・・・」
 雄一は指を一本立てると、令那を指し示した。
「次は『この』車を試してみたいな。凄く興味があるんだ」
 雄一の言葉を、令那は訳も分からず口の中で反芻する。
「この?くるま・・・車?」
「そう。いいだろ?」
「車・・・私は車・・・」
 ブツブツ呟く令那を見ながら、雄一は指を鳴らした。瞬間、令那は我に返ると、瞬きを盛んにしながら相手の顔を見詰める。それから口元に手をやって、少し首を傾げて考えに沈むと、再び雄一の顔を見返した。
「しょ・・・承知しました。『この』車を御希望ですね?」
 若干戸惑いつつも、両手を自分の胸の上に置いて尋ねる。雄一は頷くと、ダッシュボードのスイッチを押した。すると車の上部を覆っていたルーフが徐々に後方へと引っ込んでいく。晴れ渡った青空から午前の日差しが車内に降り注いできた。
「・・・じゃあ、まず車体をよく見せてくれ。傷が入ってないか確かめる」
「・・・そうですわね。お待ち下さい」
 雄一の言葉に令那は素直に頷くと、ベージュのスーツのボタンを外しにかかる。ジャケットを脱ぎ落とし、ブラウスも脱ぐと、ブラジャーだけを着けた裸の上半身が現れた。白く滑らかな素肌が陽光に輝いている。予想通りの筋肉質で、見事なプロポーションは学校の美術室に置いてあるギリシャの石膏像を思わせた。肩から二の腕にかけての逞しいラインが特徴的で、鋭くくびれた腰周りはしっかりとした肉付きではあるが、贅肉はまったく無く、割れた腹筋がエロティックだった。恐らく普段からジムなどに通って、体型維持に努めているのだろう。やがてブラジャーも取り去ると、令那は背筋を伸ばし、尖ったバストの先端を銃口のように雄一に突き付けた。堅く締まった果実のような白い双の乳房は、重力の影響をまったく排除して上向きになり、自らの存在を誇示していた。雄一は手を伸ばしてそれを鷲掴みにすると、揉みしだいて感触を楽しみつつ、相手の顔を観察した。令那は羞恥心の欠片も示さず、静かにこちらを見詰めて自らの顧客に訊ねる。
「どうでしょう。気に入りまして?」
「デザインはいいね。でも問題は性能かな」
「では早速試乗なさいます?」
「そうしよう。下も脱いでくれ」
 令那は頷くと、言われるままにタイトスカートを脱いでいく。ストッキングも脱ぎ下ろすと、流線型をした二本の長い生脚が剥き出しになった。陸上選手のように張った太腿はフェティッシュな魅力に満ちている。更にショーツも取り去って下半身を露出させると、美脚をM字に広げ、何の恥ずかし気も無く、女の秘所を男の目前に晒した。割れ目に沿って黒々とした剛毛がブラシのようにそそけ立っている。一方、雄一の方も素早くズボンを脱ぎ捨てると、勃起したペニスを掴み、助手席の令那の上に覆いかぶさっていく。シートのレバーを引くと、背もたれが大きな音を立てて後方に倒れた。ほぼ水平の台になった上で、雄一は令那の美しい裸身に跨ると、相手の股間に手を伸ばした。こわいヘアが指をチクチクと刺激してくる。
「キーはここでいいのか?」
 雄一が中心を指で突付きながら聞くと、令那は黒く潤んだ瞳で見上げつつ答えた。
「・・・はい」
「わかった」
 雄一は頷くと、令那の細く締まった足首を掴まえてコンパスのように大きく広げ、そのまま両肩に担ぐ格好になった。それから割れ目にペニスの先端を合わせると、腰をゆっくり前進させ、女の内部に侵入させていく。令那は背を弓なりに反らせると、白い裸身をびくんびくんと震わせながら、甘い刺激に堪え入っている。雄一は数十秒かけて肉棒を根元まで埋め込むと、一旦停止して内部のまとわりつく感触を楽しんだ。愛液が中に満ちて入り口から溢れてきた頃合いを見計らい、ようやくピストン運動を開始する。令那は喘ぎ声を上げながら、されるがままになっている。
「の・・・乗り心地はどうですか?」
 快楽の波に溺れそうになりながらも、令那は必死で理性を維持し、顧客に訊ねた。雄一は動きを続けながら答える。
「いいね。サスペンションが固めだが、それもスポーティでいい」
 令那のハイヒールを履いた長い脚が、狭い車内でバタバタと蹴り上げる。雄一は女の大きな腰を両手でがっちり掴んで支えると、更に動きを速めていった。令那は半ば白目を剥き、卑猥な笑みを浮かべた口からは涎が溢れている。AV女優のように両手で自身の乳房を無茶苦茶に揉みしだきつつ、腰を下から力強く突き上げる。興奮し切った二十八歳の元レースクイーンの痴態を見下ろしながら、雄一は呻き声とともに自らの大量の精を令那の内部に発射した。令那は恍惚の表情でそれを受け入れると、やがて全身脱力して、ぐったりとなった。
 雄一はペニスを令那のヴァギナから抜き取ると、深く息を吐いてシートにもたれた。上着のポケットからタバコを取り出すと、一本くわえて火を点ける。煙を吐き出すと、天を仰ぎ、流れる雲を静かに眺めた。
(そう。結局はこれに行き着くんだ)雄一は思った。人間は何のために生きているのか。人生の目的とは何か。それは究極的には、自分が望む異性と結びつくことに尽きるのではないか。金、地位、名誉、その他あらゆる有形無形の力を人が欲するのは、それを道具にして、愛する者の身体と心を手に入れるためだ。仮に高価な車や大きな屋敷を持ったとしても、そこに助手席に座る恋人や、一緒に住む妻がいなければ、何と虚しいことか。男がこの世におけるあらゆる活動に従事し努力するのは、女の愛を独占するための力を蓄えるためなのかも知れない。しかし、もしもそのような努力を回避して、欲する女がことごとく手に入るとしたら?
(もう何もいらないじゃないか)雄一は微笑を浮かべる。大体欲しいものは金が無くともいつでも欲しい時に手に入る。それだけの力を俺は持っている。そう思うと途端に物欲が失せていくのを感じた。後は望みのままに、美女たちを犯し続ける。その果てに何があるかは、辿り着いてみなければ知り得ない悟りの境地なのだろう。ドン・ファンの野望が身の内に宿り始めていた。
 そんな事を思っていると、不意に雄一は人の気配を感じ、外に目を向けた。見ると、道路の向こうの方から、制服を着た警官が自転車に乗ってこちらに近付いてくる。
「おい!お前たちそんな所で何をやってるんだ!」
 警官が怒鳴るのを、雄一は動揺もせずに見やった。そうか。団地の住人が警察に通報したんだな。車のルーフはオープンにしてあるし、上階のベランダからは丸見えだったろう。一方、警官は車のすぐ外まで来て止まると、内部を見て仰天した。運転席には下半身丸出しの男と、その隣りには全裸で横たわる美女。中年の巡査は言葉を失うと、あっけに取られて雄一の顔を眺めた。雄一はのんびりタバコの煙を吐き出すと、
「どうも。何か用?」
 からかうような口調で言う。巡査はしばらく口をパクパクさせていたが、何とか職務質問をする。
「お前たち・・・何を・・・」
「見れば分かるでしょ、セックス」
「なっ・・・セッ・・・」
「お蔭様で堪能しました。なかなかいいよ、この女」
 雄一は令那の白い腹をぴしゃっと叩く。令那はようやく意識を取り戻し、ゆっくり半身を起こすと、素っ裸のまま呆然と雄一と警官を見た。既にマインドコントロールの解けた状態に戻っているのだが、途中の記憶が失われているため、自分の置かれた状況をよく飲み込めていない。やがて令那は、警官の視線が自分の剥き出しの二つの乳房に注がれてるのに気付くと、鋭く悲鳴を上げて両手で隠した。助手席の隅に身を引くようにすると、震えながら周囲をきょろきょろ見回す。
「何?私、何やってるの?」
 怯えた声で言って、両膝を曲げ、露出した恥部を必死で隠そうとする。
「何で私、裸なの?何で・・・」
 一方、警官はようやく落ち着きを取り戻すと、厳しい顔で言った。
「・・・とにかく署まで来て貰おう。二人ともだ」
 雄一はしかし、面倒くさそうな表情でタバコを灰皿に押し付けて黙っている。警官は苛々とした声を出す。
「おい!聞こえないのか!」
「消えろ」雄一はぶっきら棒に言った。「今からもう一回やるんだ。邪魔すんな」
「なっ・・・この!」
 警官はいきり立つと雄一の胸倉に手を掛ける。瞬間、雄一は目から光線を発射させ、相手の両目を射抜いた。警官はびくんと大きく震えると、すぐに硬直してしまう。動けなくなった相手の手をゆっくり払いのけると、雄一は穏やかに告げる。
「聞こえるか、オッサン」
「あっ、ああっ」警官は固まったまま、しゃがれ声を出した。
「よく聞けよ。警察ってのは、市民を悪いやつから守るのが仕事だろ?」
「あ?・・・ああ。もちろん」
「だったら、ちゃんと守ってくれ。今から俺はこの女とここでセックスするから、もし覗こうとするやつがいたら追っ払って欲しいんだ。分かったな」
「ああ・・・分かった」警官は雄一の無茶苦茶な要求に、心底納得したように頷く。
「じゃあ、行けよ。職務をまっとうしろよ」
「ああ・・・任せとけ」
 言うと警官はこちらに背を向け、数歩進むと、車から少し離れた位置で直立不動になり、まるでVIPでも護衛するかのように、周囲に対して鷹のような鋭い視線を配り始めた。一方、令那は、二人が自分に関する異常なやり取りをしているのを、まるで白昼夢のように見守っている。振り返った雄一を見ると、金縛りにあったように動けないまま、肩で荒く息をしつつ、ようやく恐怖と不審と混乱の声を発した。
「あなた・・・誰なの?」
「誰でもいいさ。さあ『立て』」
 雄一の素っ気無い声を聞いた途端、令那の両目から再び光が失われた。無表情の人形のような顔に変貌すると、令那はすぐに深いマインドコントロールの底に落ちていく。
「・・・はい」
 令那はロボットのような声を出すと、座席の上にすっくと立ち上がった。令那の心から人から見られるという羞恥心は完全に消え失せていた。佇立する令那の白く美しい裸身は明るい陽差しによって隅々まで照らし出されている。雄一は上の服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になると、女の背後に回った。そして令那の体をお辞儀させるような格好に動かし、更にその手を伸ばさせてフロントウインドーの縁を掴ませる。
「尻を突き出せ」
 雄一が言うと、令那は無表情で体をくの字に曲げ、その充実した真っ白い臀部を出来得る限りせり出そうとする。股間が丸見えになり、まだ愛液と精液でびっしょりと濡れそぼっている割れ目が陽光に光る。雄一は早々と勃起状態を回復したペニスを、再び後方から肉のクレバスに打ち込む。瞬間、令那の口から甘い吐息が漏れる。そのまま抜き差しを開始すると、令那は恥ずかしい声を上げながら悶え、もっと、もっと、というように、尻をぐんぐん突き出してくる。膝がガクガク震え、バランスを失って倒れそうになるのを、雄一はその腰を掴んで立たせた。
「ほら。しっかり立て」
 一方、警官は背後の出来事には一切目を向けず、周囲に油断の無い目を向けている。しばらくして、近所に住むと思われる散歩中の老人が、こちらの異変に気付いて近寄って来た。警官はそれを見ると怒鳴り声を上げて制する。
「こら、覗くな!あっちへ行け!」
 しかし老人は警官の後ろで立ちバックに興じている男女を、驚愕の表情で見詰める。
「お巡りさん・・・その・・・後ろにいるのは?」
「行け!行くんだ!」
 警官の制止の声にも関わらず、この頃になると騒ぎを聞きつけた団地の住人たちが、次々に周囲に集まり始めていた。十数人にも及ぶ住人が信じ難い光景を見て立ち尽くしているのに対し、警官は突如腰のホルスターから拳銃を抜き放った。悲鳴を上げる人々に向かって水平に構えると、躊躇なく引き金を引いていく。発砲音が響き渡り、弾丸が電柱に当たって明るい火花を飛ばした。逃げ惑う住人たちに向かって追い討ちをかけるように、更に2発、3発と連射する。雄一はその炸裂音を聞きながら、己の腰を振り続け、哄笑した。傑作だ。狂ってる。
 西部劇の撃ち合いの最中に居るかのような異常な騒乱の中、雄一は交錯する銃声と悲鳴をバックグラウンドミュージックにして、高笑いを響かせながら、よがり狂う全裸の美女の内部を貫き続けた。果てしの無い全能感、気絶しそうな恍惚感の中、雄一はびくびくと震えながら精を発射すると、自らの輝ける未来を予感していた。

< つづく >

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