数学する豚 由佳編

由佳編

 バンッ!
 いらだちを込めた拳でパソコンデスクを叩くと、キーボードの上に置いてあるコップがカタリと震える。
 半分まで飲んだオレンジジュースの黄色い水面にたった、ごく小さな波紋をじっと睨みながら、俺は「うぐぐぐ」とまさに死ぬ寸前の豚みたいなうめき声を出す。
 視線をあげて19インチの液晶モニタを見れば、俺の予想とは3桁も違う数字。
 くそくそくそ、わかんねえ! なんで予想と実際の数値が200倍もずれてんだ!?
 データの分析は、はじめ劇的なまでに進んだ。わずか数日で、これまで得られた知識に匹敵する、思わず目をかばうほどに輝かしい成果。
 人間の精神の働きのうち、感情に関する部分はこれでかなり解明された。しかし、記憶・感覚・運動・知能に関する部分はほとんど未開の地だ。
 俺はここしばらく、最も解きたいと考えている感覚の秘密に関する解析を行っているが、どうあがいてもうまくいかない。
 俺はマウスの奥の方に置いてあるはずの皿に、目をやりもせず手を突っ込んだ。爪が、冷たい皿の底に当たってカチリと小さな音を立てる。
 俺は舌打ちをしながら、椅子から立ち上がって台所へ行くと、常備してあるスナック菓子の袋の山から乱暴に二つほど取ると、切り込みも無視して熊が獲物にするように袋を引き裂き、中身を皿にぶちまけた。青海苔を表面にちらばせポテトチップスが雪崩のように降り注ぐ。数枚がこぼれたが知ったこっちゃない。
 俺はポテトチップスの山の頂上を鷲掴みにすると、パキパキと手の中で折れるのも構わずに口元に押し付けるように持ってくる。数枚のポテトチップスを、まるで口の中に押し込むようにして、噛み砕いた。ポテトチップスの破片が膝の上に落ち、口の周りにつく。塩辛い侵入物に舌が悲鳴を上げ、俺はコップを手にとって残りのジュースを一息に飲みほし、袖で口のまわりを拭った。
 はあっと大きな溜息をついた後、なんだか急に、わさびでも食べたみたいに鼻の奥がつんとし、涙が溢れてきた。
 豚そのものじゃないか、俺は。
 俺が太ってる最大の理由は、ストレスを食べることでしか発散させられないことだ。昔からそうだった。
 運動が苦手なのでスポーツでストレス解消なんてそもそも理解できないし、家が裕福で欲しいものは基本的にみんな与えてもらったから女性がよくするように買い物で発散させることも覚えなかった。しかも、カロリーと塩分の高いスナック菓子でないとどうにも効果が薄いのだ。公校に入ってから1人暮らしをするようになったが、生活が野放図になった分、ますます状況を悪化させている。
 俺は急に脱力感を覚え、ぐったりと背もたれに寄りかかった。
 とその時、玄関の脇においてある電話が鳴った。俺には友達というものがいままでできた試しが無いので、大抵が勧誘の電話だ。出る気にもならないのでほうっておくことにする。
 ところが、電話の呼び出し音は3分経ち5分経ちしてもまだ鳴り続けている。俺はさすがにただごとではないと思い、電話の元へ行ってナンバーディスプレイを確かめた。
 しまった、実家からだ。俺は慌てて受話器を取る。
『もしもし、増田です。満夫さんですか』
「うん」
 増田は、親父の側近で、仕事はもちろん家のことについてもいくつか任されている男だ。
 親父は、俺が中学生の頃、俺の外見と社交性の無さに改善の見込みが無いのを察して以来、俺と直接会うのを避けている。俺は基本的に親父似だが、親父は俺と違って筋肉質の闘士型なので豚には似てない。むしろ暴れ牛といった感じだ。怠惰にぶくぶく太っている俺が自分の血を引いていることに耐えられないのだろう。
 そう思われていることについて、もちろん俺はあまりいい気はしない。だがそのおかげで1人暮らしをさせてもらってるし小遣いもかなり多い。そもそもこの十数年間で、心をうまく閉じることで、他人に疎まれても負担にならない方法を学んだのだ。
『ここ1週間ほど、学校の方へ出席されていないと、担任の先生から連絡をいただきました』
 俺は少し驚いた。別に学校をずる休みすることには罪悪感は無いのだが、もう1週間経っていたのか。子機を持ったまま、居間兼勉強部屋にしてあるダイニングにとって返し、モニタの日付を見る。確かに1週間過ぎている。しかも午後6時。ここのところ、データの解析にかかりっきりで、時間の感覚が消失していたのだ。
 俺はこの手の作業をはじめると生活リズムがぐちゃぐちゃになるタイプで、1日中パソコンを相手にしてどうにも眠気が限界に達したら寝て、起きたらまたパソコンと向き合い、合間合間に飯を食うという状態になっていたのだ。
「ああ、ちょっと、ね」
 まさか何をやっていたか、その内容を言うわけにもいかず、俺は曖昧に返事した。
『ご病気ですか?』
「いや、そういうわけじゃないけど」
『いいえ、満夫さん。あなたはこの1週間、病気だったのです』
 あ、このパターン。親父が手をまわしたな。
「またその手?」
『法定伝染病にかかったという想定で診断書を作成し、速達で送付いたしました。明日にはそちらに付くでしょう。休んだ分は出席停止扱いになるはずです。早急に登校なさるようにと、お父様からの伝言です』
「明日は無理。明後日には行くよ」
『よろしくお願いします』
 電話が切れた。
 俺は、ふうぅーと大きく溜息をつく。
 なんだかんだ言っても、経済的に完全に依存している以上、親父にはさからえん。それに……。
 俺は顔を歪めながらパソコンを見た。ここまで煮詰まったのでは、これ以上根を詰めても前進しそうにない。気分転換のためにも学校に行くか。
 俺はそこまで考えて自嘲的に笑った。学校か。あの嘲笑とさげずみの牢獄。気分転換にしては気の進まないことだ。
 俺は子機を戻すと、玄関の靴箱の上においてある鏡を見た。
 まったくひどい様子だ。不規則な生活と偏った食事のせいで肌はガサガサに荒れており、目は充血してどんよりと重苦しげに濁っている。
 俺は基本的にきれい好きなので、風呂と掃除は今までも定期的にしてきたので衛生面はさほど問題無い。しかし体調はよくないようだ。そう思ったらなんだか頭痛がしてきた。
 パソコンデスクまわりを掃除し、シャワーを浴びた後にぐっすり寝よう。ああ、1週間ってことは、きっとストロー教授からのメールが来てるな……。でも起きた後にしよう。なんだか、気を緩めた瞬間、どっと疲れが襲ってきて、全身の脂肪が鉛になったみたいにひどくだるい。
 俺はのろのろとダイニングに戻った。
 

 暑さに布団をはね除けたところで、目が覚めた。数字や公式が踊る夢を見ない睡眠は久しぶりだ。
 俺は少し寝汗をかいている。俺は半身を起こし、パジャマの上を脱いだ。
 寝る前、そろそろ夜が寒くなってくる時期なのでヒータ-をつけっぱなしにしていたのだが、そのせいだろうか。部屋の中は湿気となま暖かい気温で少しむっとしている。カーテンを二重に閉め切っているので、部屋は真っ暗だが、見るとカーテンの裾の部分から明るい光が漏れている。これは昼に近いな。 
 首を回して、壁掛け時計を見てみると、なんと昼の1時だ。18時間も眠ってたのか。少し予定が狂ったな。
 眠気覚ましにシャワーを浴びた後、脱衣所の鏡を見る。少しは顔色がよくなっている。ま、18時間も寝れば、な。ちょうどその頃、眠気で麻痺していた食欲も復活してきた。つまり18時間飲まず食わずだったことにもなるのだから、当然だ。
 栄養のバランスを取り戻すためにも、外食することに決めていたが、その前にやることがある。俺は着替えをした後、パソコンの前に座った。
 といっても、作業の続きをするわけではない。今日(といっても半日過ぎているが)は休息に徹するつもりなのだ。
 パソコンを使うのは、メールチェックのためである。ここ1週間というもの、まったくやっていなかった。
 メーラーを開いてみるとしかし、未開封は9つのみ。メール友達なんていないし、スパム対策はかなり行っているのでこんなものだ。
 メールの題名と送信者を見ると、1つがスパムメールで4つがメールマガジン、残り4つがストロー教授のものだった。あ、これはまずい。心配させたようだな。
 一番古いストロー教授のメールを開いてみると、いつも1週間に1度送られてくる通り、教授の近況と心理数学についての新たな見解が書かれていた。
 実は、ストロー教授こそが心理数学の生みの親なのだ。
 しかし2通目以降は、案の定、返事が返ってこないことに関する不安と、俺の無事を祈る内容だった。メールの発信時刻を見ると、間隔が徐々に狭まっている。
 とりあえず、ざっとメールの内容を確認した俺は、『パソコンの調子が悪くてメールチェックが出来なかった』という内容の短いメールを書く。本来だったらメールを熟読し、心理数学に関する俺の意見や考察・疑問点に仮説などを書くのだが、腹が減っていてそれどころではない。その作業は飯の後だ。
 さて、メールを送って義理を果たした俺は、続いてスパムを消す。題名は「学生・人妻・OL……あなたのお好みの女性とH!」というあからさまなもので……あ、こんなもんで勃っちまった。
 そういや、1週間というもの、解析にかかりっきりでオナニーもろくにしてなかったな。せっかくビデオに撮った奈緒ちゃんとの夢のようなひとときも見てないし。
 いい機会だから、再生して……いやいやいや待てよ。
 俺の心理数学は、感覚に関する部分はほとんど進展しなかったとはいえ、それ以前の段階については長足の進化をした。こいつを試さない手は無いな。
 俺は空腹と股間の催促を辛抱しつつ、30分ほどかけてこれまでの成果をプログラムにまとめ、おなじみのPDAに突っ込んだ。
 さて、そろそろ腹の虫の不機嫌ぶりも頂点に近い。行くか。
 俺はリュックにおなじみのA4ノートとPDAを入れ、サイフをポケットに突っ込んで家を出た。駐車場に向かい、ごつい自転車を引っ張り出す。俺の120キロを越える体重を支えるための特注強化フレーム電動自転車だ。リュックを前かごに入れ、サドルに腰をおろすとギシリと音がする。……充分に丈夫なつくりになってるはずだが、このきしむ音は聞くたびに不安になるな……。実は体重で自転車を一台壊したことがあるのだ。走っている途中だから転んであちこちすりむくわ、車にひかれそうになるわで、あの時はえらい目にあった。
 さて、自転車に乗った俺は、近くにあるファミレスに到着した。
 昼の二時少し前とあって、そろそろ客足は減りかけている。俺は入り口で人数を聞いてくるオバサンウエイトレスに指を1本たてて1人であることを示しながら、一番奥の席にどっかりと腰を下ろす。
 このファミレスを選んだ理由は3つある。
 まず家から近く、メニューが豊富で味が良いこと。つまりは胃袋からの要請だ。なにしろ和・洋・中・デザートとメニュー表だけで4種類。種類と味の充実に見合うだけの値段がついているが、まあ毎食毎食ここで食べているわけでもないし、親父からもらっている小遣いは公校生としてはかなり多いので特に問題は無い。
 次の理由はここに勤めているウエイトレスだ。もちろんさっきのオバサンではなく……俺は少し身を乗り出して、店を見回す。今日、この時間ならいるはずだが……と、いた。窓際の席で、若い男3人組の注文をとっている。それでさっきの案内に出てこなかったのか。
 彼女はこのファミレスの、ちょっと古い表現だが看板娘というやつだ。
 水色のシャツと黒のスカートに、ファミレスのロゴが大きくプリントされたエプロンという制服がよく似合う。どっかの喫茶店のように胸を強調したものではなく、むしろ清潔さ・清純さをアピールする服装だが、それでも彼女のたっぷりとした量感のある胸はぐっとせり出している。小山のような2つのふくらみの左側の頂上には、「三橋由佳」という名札が揺れている。
 年の頃は俺よりちょっと上、20歳前後といったところか。ショートカットで、いまどき珍しく髪を染めていない。伏し目がちだが実際には大きい瞳とあいまって、はかなげというか気弱な印象を受けるし、ちょっと困ったことがあるとよくそういう表情をする。童顔で、自己主張の激しい胸とは好対照だ。
 俺みたいな、体と心のどこを探しても『男らしさ』のかけらも無い奴すら、彼女がうっかりコップの水をこぼした時に見せる怯えた小動物のような表情を見ると、守ってあげたいようなそのまま食ってしまいたいような、複雑な感情がわき起こってくる。もちろん笑顔もなかなか素敵なのだが、彼女には不幸なことに困った時の顔の方がずっと魅力的ときている。
 もちろん三橋さん目当ての客は多いのだが、彼女の独特の魅力のせいか、昔は泣き顔や困った顔を見るためにわざわざ意地悪をする奴が多くいた。わざと汁物をこぼしたり、注文をしては取り消して混乱させたり、持ってくるのが遅いの料理がまずいの因縁をつけたり。
 おそらく、たまりかねて三橋さんが店長に頼み込んだか、あるいは三橋さんがやめて客足が鈍ることを恐れたのか、そういう好きな女の子をいじめる小学生みたいなアプローチをする奴はマークされた。問題を起こしそうな客が来ると、新たに店が雇った異種格闘技大会の常連みたいなウエイターが応対するのである。
 もちろん俺は、店側と揉め事を起こすつもりは最初から無いので、いらんちょっかいは出さずじっくりと観賞するだけだ。もっとも、俺の視線に気づいた彼女は身を震わせてどこか俺の目の届かないところに行ってしまうことが多いのが残念だ。そういう時はやはり俺も多少、陰鬱な気持ちになるが、ま、彼女に限った話ではないしもう慣れた。
 最後の理由は、俺の座っているこの一番奥の席だ。この席のみが、三方を壁に囲まれており、客からも店側の人間からも目に入りにくい。一応、カウンターから見ることができるようにミラーが天井についているのだが、取り付け角度が悪くて、ちょっと椅子をずらして座ると見えなくなる。
 もちろんいかがわしいことができるほど密閉されているわけではないが、まあ多少怪しい行動を取っても大丈夫というわけだ。
 さて、では腹ごしらえといくか。何しろ2食近く抜いてるから精のつくやつを……。お、きのこハンバーグステーキ定食か。あとコーンスープ。ドリンクバーは……ああ、定食についてくるんだったな。
 俺が呼び出しボタンを押すと、オバサンウエイトレスが注文を取りに来た。三橋さんがくるかなーと思ったが、そう甘くはないらしい。ま、後からなんとでもなるか。
 俺は注文を待つ間、PDAを取り出した。電源を入れて操作すると、画面にいくつかの光点が現れる。
 奈緒ちゃんとの楽しい時間に取ったデータを解析した結果、このPDAの性能は激増した。
 まず、これまでは最大で3メートルだった操作距離が20メートルにまで拡大した。俺と奈緒ちゃんが風呂に入っている間、複数の測定器で継続的に受信をした結果、ノイズを大幅に除去するよう、ソフトウェアを改良できたのである。
 さらに、前回はあった、3人以上探知距離にいると脳波がまざってしまうという欠点が解消された。この欠点のために、俺は奈緒ちゃんとなんとか2人きりになってから精神干渉を行わなければならなかったのだが、もはやそんな苦労は過去のものとなった。
 そして、インターフェイスの改良だ。数字と記号だけだった画面はさすがの俺にも使いづらかったので、今回は貧弱なものとはいえグラフィカルインターフェイスを導入してある。
 画面に映っている、計12の光点は、このPDAが探知した脳波の位置を表している。画面の中心にある点は、当然のことながら俺だ。
 向こうの席に座ってる初老の婦人2人組が、この隣り合っている光点で、俺からは直接見えないが、あちこち動き回っている光点がウエイトレスかウエイターだろう。
 俺はポインタを操作して、光点の1つを選んだ。途端に画面が切り替わり、あっという間に数字とアルファベットがずらずらずらずらと流れるように表示される。このあたりはまだ、グラフィックを使っていない。空腹が我慢できなくなったので、手をつけなかった部分だ。そのうち改良することになるだろう。
 よく見るといくつかの数字はちらちらとその数値を変えており、リアルタイムで測定が行われていることを示している。
 俺は再び光点を示す画面に戻り、別の光点を選択。再び文字の洪水。戻して別の光点を選択。数字が現れるのを確認。
 うん、30分で結構いろいろいじったわりには、バグもなくこっちの思い通りに動くようだ。
 俺がそこまで確認したところでさきほどのオバサンウエイトレスが頼んだものを運んできた。
 にんじんとブロッコリーを加え、目にも食欲をそそる鉄板の上のきのこハンバーグステーキ。肉汁がじゅうじゅうと音を立て、きのことソースの豊かな香りのせいでいやがうえにも唾液が出る。俺はPDAをしまいこみ、しばらくの間、食欲を満たすのに専念した。

 コップの中のレモンソーダで口の中を洗い流し、俺は一息ついた。
 目の前の皿には、ソースが少しと細かいハンバーグステーキの破片が寄せ集まったものしか残っていない。
「あせるな……」
 俺はつぶやいた。なんでわざわざ声に出して言ったかというと、食欲が満たされたとたん、性欲の方をはやく満たしてくれとさっきから股間のモノが騒いでしょうがないのだ。奈緒ちゃんの時もそうだったが、本当にこいつのワガママには悩まされる……などと思いながら、俺は自分の顔がにやけているのを自覚した。頭の中に三橋さんの痴態が出てきて止まらないのだ。時々、陰嚢の中にもう一つ脳味噌が入ってて、俺の行動を頭の脳の代わりに操っているんじゃないかと思うことがある。
 しかし少なくとも、こっちの視界に三橋さんが入ってこなければどうしようもないのだ。単に呼び出しボタンを押しただけじゃ、さっきと同じように賞味期限切れのウエイトレスもしくは試合中に人を殺してライセンスを奪われたのでこのバイトで食い扶持を稼いでいます的ウエイターがくるに決まっている。
 とその時、さっき来た向こうにいる客が呼び出しボタンを押すのが見えた。客は60歳ほどの、上品そうな老婦人1人。これはもしかしたら……。
 心臓のピッチが期待に急上昇するのに応えるかのように、三橋さんがその大きな胸を揺らしながらやってきた。俺はテーブルの下でガッツポーズ。さあいよいよだ。PDAを操作して三橋さんを示す光点を選択。
 彼女が注文を取り終えるのを見計らって、俺は声を出す。
「ウエイトレスさん、ちょっと来てくれない?」
 三橋さんは一瞬躊躇したようだったが、そこには彼女以外のウエイトレスはいない。彼女は「はい、ただいまうかがいます」と可愛い声で応えると、こっちにやってきた。
 俺はその瞬間を見計らって彼女の精神に干渉する。今回は奈緒ちゃんの時とは趣向を変え、好意に関するパラメータは一切いじらず、『罪悪感』を大幅に上昇させる。
「ご用はなんでしょうか?」
 と彼女が少し身をかがめた瞬間、俺は彼女の肩をぐっと強めに掴み、こっちに引き寄せるようにした。
 突然のことに、「ひっ」と三橋さんは小さく悲鳴を上げる。俺は横目でちらりと老婦人を、そしてミラーを見る。よし、この角度なら問題ない。
「おいあんた。このハンバーグステーキ、ちょっと熱すぎるんじゃないか。さっき指、火傷したんだけど」
 俺はできるだけ怖い声と表情で言いながら、片手の人差し指を示した。実際のところ、俺のまるまると太った指には火傷どころか色が変わってる部分すら無いのだが。
「え? あの、でも」
 我ながらあまりにも理不尽な抗議に、彼女は戸惑って助けを求めるように辺りに視線をはわせる。俺は間髪入れずに追い打ちをかけることにした。
「こんな熱い料理を出すってどういうことだよ。店側の責任だよ。アメリカで熱すぎるコーヒーで火傷した人が訴訟起こして勝った話は知ってるだろうが。どうするんだよ」
「あ、す、すいません」
 と彼女は頭を下げた。謝ったら俺の『勝ち』だ。横目でテーブルに置いたままのPDAの画面を盗み見る。こっちからは干渉していないのに、『恐怖』に関するいくつかの数字が俺自身驚くほどのスピードで上昇している。
「あの、今責任者を……」
 む、ここで店長だがコックだかを呼ばれたら困るな。まだ俺の心理数学は、複数の人間に同時に干渉できるほど進歩していない。つまみ出されてはかなわない。
 俺はいっそう声を低め、ドスを効かせて言った。
「ふざけんなよあんた。なに他人なすりつけようとしてんだよ。あんたが責任を取るんだよ」
 肩を掴んだ手に力を込める。三橋さんはもうその大きな瞳にこぼれそうなほど涙を溜めている。
 ああ、やっぱりこの人は、こういう表情をすると輝かんばかりに魅力が増すなあ。
「痛……どうすればいいんでしょう……」
 心底困った風に、彼女はきいてきた。本当に泣き出されるとまずいので、俺はそこで手を離した、
「今から、俺はトイレに行く。そこで待っているから5分くらいしたら来い。他の奴らには言うな。気づかれるな。わかったな」
 俺が最後の「わかったな」に特に力を入れて言うと、彼女は慌ててうなずいた。
「よし、行け。5分後だぞ」
「は、はい」
 彼女は消え入りそうな声で言うと、緊張した足取りで去っていった。大丈夫かな……。ま、贖罪意識を詰め込んであるから問いつめられても言わないとは思うが。
 さて、では俺も行くか。
 俺は立ち上がった。う……勃起してて歩きづらい……。
 不格好な歩き方で俺はトイレに入った。
 トイレは男女共用タイプで、洋式便器が1つ置いてあるだけのものだ。しかし比較的裕福な客層を相手にしているだけあって3畳ほどの広さがあり、手狭な感じはしない。清掃当番表によると2時間置きにチェックが入っており、どこもピカピカだ。芳香剤も、甘さを抑えた上品なものが使われており、トイレという場所にも関わらず不潔感は一切無い。俺は便座を下ろし、その上に座って、PDAを睨みながら三橋さんが来るのをまった。
 おそらく3分ほどだが、実に長い3分間だった。PDAを見ていたのは、万が一、三橋さん以外の人が入ってこないかチェックする為だが、トイレに近づく人がいるたびに、選択して数字を見るのはちょっと面倒だ。マーカー機能をつけた方がいいな。
 と、ようやくトイレに向かって一直線に向かってくる光点がある。チェックしてみたが、罪悪感・贖罪感関連の数字が85超だ。俺は思わずニヤリと笑ってしまった。
 コンコンと、ためらいがちなノック。そしてゆっくりとドアが開き、わずかな隙間から怯えた表情の三橋さんの瞳がのぞく。
「はやく入れよ」
 俺はPDAを床の片隅にそっと置いて言った。心臓が高鳴り、呼吸が荒くなっているのが自分でもわかる。股間のモノはズボンを破らんばかりだ。
 三橋さんが、入ってきてトイレのドアをそっと閉める。俺はすっと手を伸ばし鍵をかけた。これでもう邪魔者はこない。
 俺は三橋さんにずいと近づく。彼女は息を飲んで半歩下がったが、俺は欲望に突き動かされるまま、彼女の腕を掴んでそれ以上逃げるのを許さなかった。
「ひっ!」
「これから、俺の気がすむまで命令に従え。そうすれば今回の件は許してやる」
 おそらく何をされるかという不安で一杯なのだろう。三橋さんはガタガタ震えながら、いまにも涙がこぼれおちそうな瞳でうなずいた。
「命令は三つ。大きな声を立てるな。抵抗するな。店の者にこの件について一切知らせるな」
 彼女は震えたまま、俺のことをヘビかなにか、肉食の爬虫類を見るかのような目で見ている。
 ふーん、これはちょっと新鮮だな。嫌がられることはあっても怖がられたことないしな。
「返事は?」
「は、はい」
 俺はそれを聞くやいなや、三橋さんに飛びかかった。彼女を壁に押しつけ、シャツとエプロンの上から幾人もの男を虜にしている胸を両手で鷲掴みにする。
 男の掌でも包みきれない巨乳がに俺の指が食い込んだ。そのまま揉み込むと、その大きさに見合った重量感。数枚の布の上から揉んでいるにも関わらず、乳房の弾力と重さでたぷんたぷんと俺の手を楽しませる。
 俺は我慢できなくなり、我を忘れてエプロンを乱暴にはぎ取った。水色のシャツのボタンを外しそうとし、4つ目まで外してから、シャツを押し上げる大きなふくらみに我慢ができなくなった。途端にボタンを外す作業がまどろっこしくなって強引に合わせ目を左右に広げる。「きゃあっ」と三橋さんが悲鳴をあげたが、先ほどの俺の命令を忠実に守っており、大きな声ではない。5つ目と6つ目のボタンが弾け飛ぶ。ぞんざいな作りになっているはずあるまい。運動神経ゼロの俺のどこからこんな腕力が湧き出てくるのか我ながら不思議だ。
 下から飾り気の無い白いブラが現れ、俺はそれを強引にはぎ取る。そして俺は、人体の作り出した芸術の極みを見た。
 熟した果実のような二つのふくらみは、充分に大きいながらも体とのバランスを崩さない。あと一回り大きければ下品に成り下がるところを見事に避け、それでいて目を見張るような量感がある。
 ブラの力を借りていないにも関わらずきれいな球形と張りを保ち、重力など無いかのようだ。
 肌は日本人らしく黄を基調としつつもホットミルクを思わせる滑らかな色で、奈緒ちゃんのコーカソイド的な繊細さの白に比べて、遙かに暖かみを持っている。
 慎ましやかな乳頭は美しい桜色で、これを口に含みたくならない男はゲイくらいなものだろう。
 一週間前は奈緒ちゃんの未成熟の美に恍惚とした俺だが、目の前の光景は種類こそ違えど甲乙つけがたい。
 俺は矢も盾もたまらず両の乳房をぎゅうっと掴む。水風船のように自在に形を変え、指の間から肉がはみ出た。うわ、こんなに柔らかいものなのか? 奈緒ちゃんの胸は弾力の中にも堅さを秘めていて、それはそれで男心を誘ったものだが、これは次元が違う。すべすべと滑らかで、揉み方を変えるたびに流れるようにぐにゃりと変形する。こんな柔らかさでどうしてあの芸術的な曲線を保っていられるのか……。
 俺は自らの手で陵辱されている三橋さんの胸にたまらなくなり、吸い寄せられるように顔を近づけた。そしてその豊満な右の乳房に顔をうずめるようにして乳頭を口に含む。
 乳房を大食い大会の参加者のように詰め込めるだけ口の中に詰め込み、何か本能的な欲求に突き動かされてちゅうちゅうと音を立てて吸った。三橋さんがうめき、身を震わせる。
 口の中は柔軟な物質で一杯だったが、唯一その先端にある違った柔らかさを持つ乳首を舌で弄ぶ。舌先で激しく先端をこづきまわし、乳輪をこそぎとるようにつよくなめ回した。こんな状況でも果たして感じているのか、乳首はだんだんと硬度を増してきている。いやがおうにも俺の舌ははりきるというものだ。
 しばらく乳頭を堪能すると、名残惜しいが少しずつ口に含んでいる部分をずらし、彼女の右乳房全体をまんべんなく唾液で覆うように舐めまわし、口に含み、吸い込んでキスマークをつけ、ちょっとしたアクセントとして甘噛みして歯形をつけたりした。もちろんその間、左の乳房は俺の右手に揉まれ続けている。
 俺は酸欠を覚え、息をつぐ為に顔を離した。三橋さんの表情を見ると、ほろほろと大粒の涙をこぼしている。
 俺の心臓に、小さく鋭い針が刺さった。女性の泣き顔を見るのは好きではない。好きではないはずなのに、それ以上に背徳的な、毒性の甘みが俺の胸一杯に広がった。本当に三橋さんにとっては不幸なことかもしれないが、彼女は泣いている時が一番輝きを増すのだ。
 俺はベルトを外す手ももどかしく、ズボンを降ろした。三橋さんは俺の突き出た腹の下から伸び上がるようにして屹立した肉棒を見て、思わず後ろに下がろうとしたようだ。彼女の背中とトイレの壁がぶつかり、重い音を立てる。
 彼女の両腕を掴み、己の股間に導きながら、俺は言った。
「こすれ。服を汚さないように、出されたものは手のひらで受け止めろ」
 三橋さんは俺の目を上目使いに見、一瞬躊躇したようだが、「はい」とおとなしく答えた。彼女は右手で竿を掴んでゆっくりと動かし、左の手のひらの中心を亀頭にあてがって発射に備える。
 俺は彼女が自分の言う通りにしていることを確認すると、股間からはい上がってくる甘やかな快楽に身を震わせつつ、今度は左の胸を陵辱にかかった。片手で下の方から左胸全体を押し上げて先端を口に含む。三橋さんが腕を一杯に伸ばさなければいけなくなってちょっと苦しい体勢になったが、彼女の体を壁に押しつけるようにしてなんとか安定させた。
 経験が浅いのか、それとも恐怖のせいで動きが鈍くなっているか、三橋さんの手コキはぎこちない。しかし俺にとって女性にそこをいじられるのは奈緒ちゃん以来2回目であり、しかも一週間分の精液が溜まっている。おまけに極上の乳房を堪能中と来ているのだからそれで充分だった。
 ほんの数分も経たないうちに、性器の切ないうずきが限界に達し、俺は思わず口に含んでいた彼女の胸を噛みながら発射した。
「痛っ……え? あっ!」
 三橋さんが驚きの声をあげる。実は俺も驚いた。一週間オナニーをしなかった分、溜まりに溜まっていたものが一気に出たのだ。普段の射精の軽く倍は長い放出時間。快楽も同様に倍。都合、4倍の快感に、俺はおもわずぼうっとなってしまう。
 少しして我に返った俺は、ようやく乳房から口を離した。
 三橋さんは自分の手に付着した大量の精液を見て、泣きながら顔をゆがめた。汚れた手を、体からなるべく離れるように一杯に伸ばしている。
 彼女は、もう終わったと思ったのか、俺の脇を抜けようとした。俺はその肩を掴む。
「何しようってんだ?」
「あ、あの、手を拭こうと思って」
 見れば、彼女の足の方向はトイレットペーパーの方を向いている。
 とそこで、俺はある外道なことを思いついた。心理数学の方でうまくいかない鬱憤のせいか、どうも今日は鬼畜な方向に思考が冴えている。
「拭くな。その精液はお前が食べて処理しろ」
 まるでビデオの一時停止ボタンを押したかのように、三橋さんの動きがピタリと止まった。口を半開きにした表情で固まっている。ついで、凍えているかのようにガクガクと震え出した。
「はやくしろよ」
 俺の声に、彼女は嗚咽を漏らしながら手を顔に近づけ、震える舌を伸ばした。ピンク色の舌先が、手のひらに付着したねっとりとした液体にぴとっとつく。三橋さんはすぐに舌を引っ込め、俺の方を許しを請う目で見つめた。
 しかし俺が無言で彼女を見つめ返していると、やがておとなしく舌で精液をぬぐい取る作業をはじめた。
 途中、何度か三橋さんは吐きそうな顔をしたが、俺が「吐くな」と一言言ったせいか、最後までなんとか耐えたようだ。今や彼女の手は、精液の代わりに自らの唾液によってべとべとに濡れている。
「そんなものでいいだろう。じゃあ次だ」
 俺の言葉に、三橋さんはとうとう膝から崩れ落ち、唾液まみれになっているにも関わらず、それで顔を覆った。そして死ぬ寸前のうわごとのように小さくか細い声で、「もう堪忍してください」と言った。
 さすがにこれはちょっとこたえた。別に俺自身がいじめられていたからとかそういう理由ではないと思うのだが、俺は他人を傷つけるのはあまり好きではないのだ。
 しかし俺のそんな道徳意識とは裏腹に、彼女の精液を舐め取る作業を見ている間に、俺の股間のモノはすっかり回復し、さきほどに優るとも劣らぬほどはつらつとしている。
 こいつをおとなしくさせてから、終わりとしよう。
「次で最後だ。その胸でパイズリフェラしろ」
 『最後』という台詞を聞いて、真っ暗だった彼女の表情に少しだけ明かりが差した。ここまで好き放題されたら、パイズリくらいどうってことないという気になったのかもしれない。
 三橋さんは、膝で歩いて俺の元へやってくる。俺によってさんざんに嬲られ、歯形やキスマークだらけになった両胸を両手で下から支えるようにすると、それで竿を挟み、亀頭を口でくわえた。
 おおこれは……!
 パイズリというのは視覚優先で、実際にはフェラや手でしてもらうのに比べてそれほど気持ちよくないのではないかと思っていた。何しろ指や舌を使うのと違って、細かく繊細な動きができないからだ。
 確かに動き自体は単調だが、柔らかさがすごい。三橋さんの手も素晴らしかったが、この肉棒を包み込んでくる肌の柔軟なことと言ったらない。それともこれは三橋さんの極上の胸のみに許される芸当なのだろうか。
 彼女は俺の性器を挟んだ胸をゆっくりと上下させる。俺の肉棒は肉の谷間にうずもれたり時折顔を出したりしている。俺は背筋がぞくぞくするような、三橋さんの乳房のマッサージを堪能した。
 そして、先端にねっとりと絡みついてくる舌にも、俺は痺れた。
 胸に比べるとほんの少しだけざらついた感じだが、手よりも体温が高く、胸よりも動きが複雑だ。三橋さんは単調に亀頭の中心をなめ回しているだけで特別驚くような技巧は使っていない。が、何しろ俺は口でしてもらうのは初めてだし、三橋さんみたいな美人に醜い俺の醜いものを含ませているという事実だけで興奮は極みに達している。
 さっき出してからほんの数分だというのに、俺はもう発射してしまった。正直、ちょっと早すぎて情けないとも思ったが、まああまり長引くとさすがに店側もおかしいことに気づくだろうからこれでよしとしよう。
 三橋さんは、口の中に出された精液に一瞬、眉を潜めて嫌な顔をする。しかし俺が何も言わなくとも、喉をうごかして飲み込んだようだった。
 それにしても、パイズリフェラって言って一発でわかったってことは、たぶんやった経験があるんだろうな……。まあ彼女ほどの美人なら彼氏がいない方がおかしいし、この胸を見てパイズリをさせない男はいないだろうが、清純派のイメージがあるから俺としてはちょっと残念だな。
 俺は我ながら勝手なことを思いつつ、口から抜いた、小さくなりつつある肉棒の先端を柔らかなの乳頭の近くに押しつけ、毛布で拭うように残った精液をなすりつけた。やはり今日の俺は人をいたぶる思いつきがよく浮かぶなあ。
「その胸についたのも口できれいにしろ」
 三橋さんは無言で俺の指示に従った。胸を下から持ち上げるようにして、俺の唾液と精液でぬらぬらと光る肌を舐める。
 従順なのはいいが、もう涙を流していないし目の焦点もなんだか合っていないような気がする。顔から表情が抜け落ち、ちょっとやばい感じだ。
 少しやりすぎたかな、と俺は内心汗をかきながら、ズボンとパンツをはいて床に置いておいたPDAを取る。床に座りこんだままの三橋さんを置いて、トイレを出てからすぐさまPDAを確認。
 うーん、あんまり解明してない部分の数値が結構変動してるけど、これってヤバイかな……。とりあえず、先ほど操作した罪悪感関連の数値も含め、目につくところは全て正常な範囲に戻しておいた。
 今回のはあくまで俺の性欲を処理する一環として彼女にひどいことをしたのであって、あとあとまで尾を引くような影響を与えたくない。本当なら記憶を消したいところだが、俺の心理数学はそこまで進歩していないのだ。
 俺は席に戻って伝票を取ってくると、少し大股で急ぎがちに会計を済ませた。
 レシートを渡してくる、中年のウエイトレスの表情を伺うが、いつもと同じ営業スマイルだ。厨房の奥の方を見たが、店長やごついウエイターが出て来る様子もない。どうやら気づかれてはいないようだ。内心かなりビビっていた俺はふうっと息をつく。
 俺は自転車に乗って家路へとついた。
 ま、性欲の処理はできたし、前々からの三橋さんの胸を思う存分いじってみたいという欲求はかなえられたが……今回は奈緒ちゃんの時と違ってちょっと後味悪いな。しかしまあ、明日学校に行くだけの気力は出てきたからよしとするか。

< 続く >

 あとがき

 なーにが1ヶ月だよこの甲斐性無し!
 と、自分で自分に怒っておきました。だから許してください。ごめんなさい。ほんとに。
 本当は今回で何もかも解決するはずだったんですが、インターミッション的な部分を書いてるうちにそれがどんどん長くなって、結局それだけで一章になってしまいました。エロが前半皆無なのはそのせいです。当初の予定では三橋由佳なんて人物はかけらも出てこなかったんですけどね……。
 あと、前回ジャンルのところにうっかり「ロリ」と書いたのですが、今回ロリキャラのロの字も出てきません。次の作品書く

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