ジュエルエンジェル 第十一話

第十一話 「アメジストの章」

 胸をくすぐられる、こそばゆい感覚でボッグは目を覚ました。
 目の前で黒色の三角帽子が上下に揺れ動いている。
「ちゅ・・・。あ、ボッグ様おはよー!」
 裸のボッグの胸元にかぶさるようにして寝そべっていたマジシャンが、顔を上げて元気良く挨拶してきた。
 かわいらしいフリルのついたショーツだけのその姿は、大きな三角帽子とは不釣合いで、小柄なマジシャンをさらに小さく見せている。
「・・・何してたんだ?」
「ボッグ様の胸を舐めて、きれいにしてたんだよ。汗ばんでたから」
 身体をせり上げると、マジシャンはボッグの顔を覗き込む。
 温かく、甘い吐息がボッグの鼻に当たった。
「おはようのキスだよっ!」
 木の実のように小さい薄桃の唇が、無骨な唇に押し当てられる。
 やがてどちらからともなく口が開き、舌が伸びた。
 ふざけるように先端でつつきあい、円を描くように絡めあう。
 浅いキスが終わると、マジシャンはこれ以上はないくらいに幸せそうに頬を緩め、耳元でささやいた。
「ボッグ様ぁ~。マジシャン、ボッグ様の生クリーム食べたいな♪」
 下半身へと回された手が、朝勃ちで盛り上がった肉棒に添えられる。
 掌で包み込み、クニクニと揉みほぐすこと数回。
 マジシャンの表情が不満げなものに変わる。
「・・・・・・なんか、微妙に柔らかいよお?」
「そりゃオマエ、昨日どれだけヤッたと思ってんだ」
 手にした肉棒の膨張率は八割といったところだろうか。
 硬いことは硬いのだが、触っているとわずかに柔らかさがあり中途半端な感じである。
「ん~・・・あ、そうだ!」
 何か思い立ったらしくポンと手を鳴らすと、マジシャンはショーツに手をかけ一気にずり下ろす。
 そして手にしたそれを両側から目いっぱい引き伸ばすと、いたずらっぽく笑った。
「―――えへっ」
 ボッグの顔に、まるでマスクのようにショーツがかぶせられた。
 今しがたまでマジシャンの股間を覆っていた内側の布が、顔の中心に密着する。
「・・・・・・・・・!」
「あはっ、おっきくなったぁ」
 みるみるうちに硬さを増し、赤く腫れたペ○スを見てマジシャンは歓声をあげる。
 不意打ちでされた倒錯的な行為は、ボッグに並ならぬ興奮を与えたようだった。
「んっ、はむぅ♪」
 口を大きく開くと、マジシャンは巨根を飲み込んでいく。
 小さな口には明らかに持て余し気味である肉棒にむしゃぶりつく姿は、無邪気ながらもひどく淫猥だ。
 視覚によるインパクトに併せ、チュパチュパと唾液を絡ませて啜る音が聴覚を刺激してボッグをさらに昂ぶらせた。
「あ~っ!もう我慢できねえ!」
 マジシャンの口から己の分身を引き抜くと、ボッグは勢いよく身体を起こして反対にマジシャンを押し倒した。
 両手首をがっちりとつかんで固定し、疼き始めてかすかに震える膣口に亀頭を押し付ける。
「そんなに欲しいなら、腹いっぱいにしてやるぜ」
 強姦さながらの乱暴で野生的な求め方に抗うこともなく、マジシャンは素直に足を広げて息を荒げるボッグを迎え入れようとする。
「うん、いいよ。マジシャンのこと、メチャメチャにして!」
「よっしゃ、それじゃあいくぜぇ!たっぷりと味わえよ!」
 衝動に突き動かされるままに、ボッグは一気に肉棒を奥までねじりこむ。
 そして激しく腰を動かしはじめた。

「ひっひっひ・・・ボッグのやつめ、すっかりのめりこんでしまっておるわい」
 ボッグの部屋にこっそりと仕掛けておいた隠しカメラの映像を見て、ゲルバは愉快そうに笑う。
 宙に浮かぶスクリーンには、ベッドで激しく愛し合う二人の姿が映し出されていた。
「すごいわ。マジシャンったら、あんなにされちゃって」
「うっわ、よくあれでぶっ壊れないもんだわ」
 ガードとナックルも息を呑んでスクリーンを見つめている。
 ただ闇雲に己の欲望をぶつけるボッグの攻めは、傍から見ていて不安にかられるほど乱暴だ。
 だが、マジシャンは泣き喚きもせず快感にのたうっている。
 彼女に掛けられた暗示は、心の奥深くまで浸透しているようだった。
「被暗示性を高めるノイズとともに映像を見せ、その映像と同じ状況下において自身の体験と混同させる・・・か。面白い方法を思いついたもんじゃのう。よくやった、よくやった」
 ゲルバは上機嫌で、先ほどから立ち尽くしている人物に誉め言葉を与える。
「はあ、どうも・・・・・・」
 任務の結果報告に来たその人物―――シュクリーは、気のない返事で答えた。
 成功を収めたにもかかわらず、その表情はパッとしない。
「さて、今回よく働いた褒美をくれてやろうかのう」
 ゲルバはいやらしい目でシュクリーを見る。
 胸や腰、スカートからはみ出た細い足などにその視線が集中する。
「結構です!」
 突き刺さるような鋭い視線を投げ返すと、シュクリーは踵を返して部屋から出て行ってしまった。
「せっかくのゲルバ様のご好意を断るとは・・・なんと無礼な」
 ゲルバの脇に立っていたランサーが、憤慨したように言う。
「ふん、ネーマの部下はああいった輩ばかりじゃ。七聖魔に対する敬いの気持ちが足りん」
「まったく、嘆かわしい・・・」
 ランサーが首を振ると、ガードとナックルも同意する。
「ゲルバ様の素晴らしさが理解できないのは、彼女の程度が低いからです」
「ねえ。絶対的なご主人様に尽くす喜びがわかんないのかなあ?」
「くくく・・・オマエたちほど従順になってくれれば、いうことないんじゃがな」
 正義であったころの信念もすっかり捨て去り、ただ従属することに意義を見出している三人を眺め、ゲルバは満足するのだった。

 一方、こちらは幻界城最上階の司令室。
 そこでは王座に鎮座したゴーバが、その太く醜悪な肉棒でネーマを背後から貫いていた。
「んんっ!あ、く・・・んふ、あっああぁああ・・・」
 艶やかな声をあげて自分の懐で踊るネーマを見て、ゴーバは口の端を吊り上げる。
「ゲルバのジュエルエンジェル性奴隷化は、順調に進んでいるようだが・・・」
 一際強く突き上げると、結合部をつたって粘り気の強い愛液がこぼれてくる。
 くり返される上下運動で内壁がこすられるたびに、ネーマは絶頂に達しているようだ。
「・・・ドリーパのやつも、狩りに加わったようだが・・・オマエは参加しないのか?ネーマよ」
「ふふっ、そうですわねえ・・・」
 嬌声を上げつつ、ネーマはクスリと笑ってみせる。
「興味は充分にありますわ。ふふふ・・・気になるコも、資料のなかにいましたし―――んぐっ」
 突然身体にまとわりついていた触手の一本が、ネーマの唇を強引にこじ開けて口内に侵入した。
 口の内側を蹂躙する触手を、ネーマは顔色一つ変えずに愛おしそうにしゃぶる。
 唾液とともに啜る下品でいやらしい音が、司令室に響いた。
 与えられるその甘美な刺激に耐え切れず、触手はすぐに口からあふれかえるほどの精を放出する。
 同時に、陰部に突き刺さった肉棒からも白濁液が噴き出した。
「んっ、はぐ・・・ジュル・・・ゴクッ、ゴク・・・・」
 上と下、両方の口に出された青臭い粘液を、ネーマは貪欲に飲み干していく。
「そうか・・・オマエの気に入るような娘がいたか。なら、ネーマよ・・・オマエも狩りに加われ。そして我らに逆らう愚かな戦士を、忠実な操り人形へと作り変えるのだ」
 ゴーバが言うと、ネーマは立ち上がった。
 ヌポ、と音を立てて陰部から肉棒が飛び出てくる。
 まだ射精後の痙攣が治まらない男根を絞り上げ、残り汁をすくうと、ネーマはピチャピチャと手のひらに溜まったそれを舐めながら言った。
「おまかせください、ゴーバ様。ジュエルエンジェルなど、一人残らず雌豚奴隷にしてみせますわ」
 すでにその瞳には、獲物を追う狩人特有の、冷たく、ぎらついた光が宿っている。
 美しく妖しい狩人が今、動きだそうとしていた・・・・・・。

 涼やかに吹く風が三つ編みにした髪を揺らしていく。
 つい先日まで真夏の暑さだったのがウソのように、世界はすっかり秋模様になっている。
 森鈴音(もり すずね)は静かに瞳を閉じて、吹き抜ける秋風の心地よさを感じ取っていた。
「・・・・・・あいつ、また男子に告られて―――」
 誰かのささやく声が、意図せず風に乗って耳に届いた。
 ああ、またいつもの陰口だ。
 ため息を小さく吐き出すと、鈴音は仕方なくその場を立ち去った。
 もう少し、風を感じていたかった。
 けどあそこにいると、聞きたくもない悪口が耳に入ってしまう。
 どうしていつも自分は陰口を叩かれるんだろう?
 そう考えると、鈴音はなんだか悲しい気分になった。
「な~に、暗い顔してるのよっ」
 ふいに明るい声がして、背後から肩を叩かれる。
 振りむくと、同じクラスの女友達たちの姿があった。
「また誰かに陰口でも叩かれた~?」
「え、どうして・・・」
 そのなかの一人の言葉に、鈴音は軽く驚く。
「いつものことじゃん」
「またどうせあれでしょ、モテてることへのやっかみでしょ」
「もはや恒例のイベントだよねえ」
 ねえ?と友人たちは訳知り顔で頷きあう。
 そして興味津々といったふうに目を輝かせながら、鈴音に詰め寄った。
「それで!今回は誰に告白されたわけ!?」
「あ・・・・・・」
 鈴音は目を伏せて、頬をほんのりと朱に染める。
「二年の、高浜さんって人・・・」
「ウッソ―――っ!!!」
 友人たちはそろって目を丸くする。
「高浜先輩って、サッカー部のでしょ!?」
「あの人、ファンの数すごいんだよ~?わたしも含めて」
「それで、返事は?」
 顔を赤くしたまま、鈴音はゆっくりと首を横に振る。
「・・・ああ―――」
 非難とも失望ともとれる声を出し、友人たち三人は天を仰いだ。
「いつものこととはいえ・・・もったいなぁ~い」
「奥手もここまでくると、いっそあっぱれだね」
「んもう、次から次へと男を袖にして!ちょっとはこっちによこしなさいよ!」
 ふざけ半分に小突かれる鈴音は、コメントに困って苦笑するだけだ。
 幼少の頃から病弱な体質の鈴音は、そのためか体の色素もひどく薄い。
 肌はまるで陶器のように白く、髪も灰色に近い。
 そのためか、どこか淡くぼやけた、うつろいやすい印象を受ける。
 まるで妖精か、精霊のような。
 本人の自己主張をしない性格も相まって、その存在感は一種の神秘性を醸し出している。
 そして、少し力を込めて抱きしめれば壊れてしまいそうなほど華奢な体躯。
 言うなれば、鈴音は男性が潜在的に追い求める『少女』という幻想を具現化した存在として男の目に映るのだ。
 彼女自身は何もしなくても、その存在が男を惹きつけているのである。
 しかし鈴音自身はそのことに全く気付いていない。
 むしろ、次々に言い寄ってくる男たちを理解できず、少し怖いと思っているくらいだ。
「わたしには・・・まだ男の人とのお付き合いは、早いと思うの」
「っかぁ~~~~~~っ!」
 鈴音が正直な気持ちを口にすると、三人はまたそろって叫ぶ。
「そんなんだから、カマトトぶってるって陰口たたかれるのよ!」
「そ、そんなこと言われても・・・」
 これがウソ偽りない本心なのだからしようがない。
「鈴音ってさあ・・・ほんと、謂れのない恨みを買いやすいよね。その性格以外にも」
 一番鈴音と付き合いの長い少女が、そうこぼす。
「え、何それ。どういうこと?」
 残り二人が不思議そうに尋ねる。
「鈴音、アンタの家ってどんなとこに建っている?」
「え?・・・街外れの、森のすぐそばだけど」
 質問の意図を掴みかねながらも、鈴音は答えていく。
「どんな外観?」
「赤い屋根に、白い壁のシックな造り・・・」
「両親の職業は?」
「お父さんは作曲家で、お母さんは料理学校の講師」
「アンタの趣味は?」
「読書と、お菓子作り」
「特に予定のない休日の過ごし方を教えて」
「飼い犬と一緒に、庭の木陰で森林浴をすることかしら・・・」
「・・・・・・うわぁ」
「・・・なるほど、こりゃ腹立つわ」
「えっ、えっ?」
 友人二人は難しい顔をして頷くが、当の鈴音は困惑するばかりだ。
「鈴音は悪くないよ?」
「うん、アンタ本人は全く問題ない」
「ないんだけど、ねえ。まあ、そういうことよ」
 さっぱりとわからない鈴音であったが、自分ではどうにもならない部分が反感の的となっていることはなんとなくわかった。
 わかったところで、結局どうにもならないという事実は変わりなく―――。
 鈴音はいつものように、あきらめ顔で肩を落とすしかないのだった。

 その街の外れには、山の裾に広がる奥深い森がある。
 この辺りまで来ると民家の数もぐっと減り、生活音よりも自然の音の方がよく耳に入ってくるようになる。
 軒数が少ないかわりに周辺の家はどれも大きく、洒落た造りのものばかりだ。
 閑散とした田舎というよりも、緑に包まれた静かな避暑地といった方がしっくりとくるだろう。
 バス停からしばらく歩き、横道に逸れる。
 車一台がどうにか通れるほどの、幅の狭い砂利を敷きつめた並木道。
 その道が鈴音の家へとつながる私道だ。
 この季節、枯れてカサカサに乾いた落ち葉がまるで絨毯のように道に敷きつめられる。
 その上を歩くと、靴に潰された葉は小気味のいい音を立てて潰れていく。
「~~♪」
 鈴音はその音と感触がとても好きだ。
 心が弾んで、即興のハミングが口から洩れてくる。
 聴こえるのは風と木々のざわめき、そして川のせせらぎ。
 騒音も、喧騒も、ここでは無縁なものだ。
 なんて穏やかなんだろう。
 鈴音はふと立ち止まり、学校でしていたように目を閉じて風を感じる。
 胸の中が、まるで頭上の青空のように澄み渡る気がした。
 ずっと、こんな気持ちのままでいたいのに。
 なのにどうして、周囲の人たちは心をかき乱してくるんだろう。
 陰口を叩いたり、突然好意を示してきたり。
 その度に鈴音の繊細な心は揺れ動かされ、不安定になる。
「わたしはただ、静かに暮らしたいだけなのにな・・・」
 ほおっておいてほしいわけではない。
 ただ人付き合いの苦手な鈴音にとって、みんながぶつけてくる感情は強すぎるのだ。
 だからいつも持て余して、対応できなくなってしまう。
「でもそんなのじゃ、ダメよね」
 初めてジュエルエンジェルの仲間たちに会ったときのことを思い出す。
 次第に打ち解けあって、互いの身の上を話す少女たち。
 そのなかで鈴音だけ、ろくに口もきけずに輪の外にいた。
 けれどそれに気が付くと、みんなは笑顔で鈴音の手をとり輪に引き入れてくれた。
 『あなたも今日から友達で、一緒に戦う仲間だよ』
 そのときの手の温かさを、鈴音は今でもはっきりと憶えている。
 そして思ったのだ。
 自分もいつか、誰かにこの温もりを与えられるような人になりたいと。
「だからもうちょっと・・・強い心を持たなくっちゃ」
 くしゃっ。
 ステップを踏むように、また落ち葉を潰す。
 ―――が、鈴音の表情は次の瞬間には強張っていた。
「え・・・この気配って・・・」
 周辺の空気が、肌にまとわりつくねっとりとしたものになっていく。
 常人には認知できないほどかすかな、しかし確実な変異。
 前方の風景が、陽炎がのぼっているように歪んでいく。
 そして漆黒のゲートが開き、その中から十人ほどの戦闘員が飛び出してきた。
「あ・・・。ディス・・・タリオン!」
 ダガーを手に持ち、戦闘員たちは臨戦態勢に入る。
「くくく、覚悟しろジュエルエンジェルめ」
「殺しはしないさ。多少痛い目はみてもらうがな」
「・・・っ!」
 後ろに下がりそうになる足を踏みとどめ、鈴音は顔を引き締める。
 そして力強く右手を天に向けてかざした。
 指先から深く静かな紫の閃光が放たれ、巨大な紫水晶と化し鈴音を閉じ込める。
 内部で鈴音の衣服が消失し戦闘服へと再構成されると、水晶は音もなく砕け風に舞って消えた。
 変身を終えた鈴音はうつむき加減にしていた顔をゆっくりとあげる。
 羽飾りの付いた金のティアラに、象徴である紫水晶をそのまま編みこんだかのような袖なしのワンピース。
 そのスカート部分は長い切れ込みがいくつも入り、それぞれ先端部が尖った特徴的なデザインをしている。
 肘の辺りまである若葉色のグローブをつけた手には、シンプルだが高貴さを漂わせるフォルムの弓が握られていた。
「アメジストの戦士、ジュエルシューター」
 おとぎ話に出てくるような可憐な狩人となった鈴音は、その透き通った声で名乗りを上げる。
 そして右手に光を集めて矢を作り出し、弓を構えた。
「お願いです、ケガをしないうちに・・・このまま帰ってください」
 憂いをこめた面持ちでシューターは戦闘員たちに語りかける。
「でないと・・・わたし、あなたたちにひどいことしなくちゃいけませんから」
 争いを好まないシューターは、戦闘のたびにこうやって説得を行っている。
 たとえ相手が残虐非道のディスタリオンであろうとも、痛み苦しむ姿を見たくないのだ。
 できるなら穏便に、平和的に解決したい。
 甘いと言われようが、それが一番だとシューターは思っている。
「はいそうですか、って逃げ帰るわけにはいかないんだよ」
 だがいつも、彼女のやさしい気持ちは裏切られるのだった。
「やめてください・・・お願いですから・・・」
「うるさい、覚悟!」
 戦闘員たちが一斉に襲い掛かってきた。
「ごめんなさい!」
 シューターの手から矢が放たれる。
 それは流星を思わせる軌跡を残して飛んでいき、先行の戦闘員たちに刺さった。
「ぐおっ!?」
「ぎゃ!」
 刺さったときの衝撃と矢自体の破壊力に耐え切れず、戦闘員たちはもんどりうって倒れる。
 しかし後続の戦闘員たちはそんな彼らを飛び越え、間を置かず攻撃を仕掛けてきた。
「今だ!次の矢が来るまでには時間が―――」
 そう言いかけた戦闘員の両脇の仲間が、同時に射抜かれた。
「な・・・!?」
 さすがに動揺し、その戦闘員はつい足を止めて倒れた仲間を見てしまう。
「・・・っ!しまった!」
 自分の犯したミスにすぐに気付き、すぐに前方へと向き直る。
 だがシューターはその一瞬の隙を逃さず、すでに次の矢をつがえていた。
「は、早すぎ―――」
「いえ、あなたたちが遅いんです」
 遠慮がちに訂正して、シューターは矢じりをつかんでいた指を離す。
 鋭く風を切って飛び出した矢は、見事にその戦闘員を射抜いた。
 間髪入れずに放たれた新たな矢が、彼の背後にいた戦闘員たちも射抜く。
 しばしその場に立ち尽くす戦闘員たち。
 やがてぐらりとその身体が揺らいで、前のめりに倒れる。
 そして後にはもう、誰も立ってはいなかった。
「・・・・・・」
 シューターはゆっくりと弓を下ろす。
「う、う・・・ぐぅ・・・」
「い・・・痛ぇっ!」
 驚いたことに戦闘員たちは全員生きていた。
 シューターがわざと急所を外したためだ。
 肩、腕、足などを負傷しているものの、頭や腹部に矢が命中した者は一人もいない。
「もう戦えませんよね?帰ってください・・・そうすれば、命まで狙ったりしませんから」
 スーツを血で染めてうめく戦闘員たちを、シューターは悲しげに見下ろす。
 自分のせいで彼らが苦しんでいるのが、いたたまれなかったのだ。
「く、くそ・・・一時撤退を・・・」
「あらあら、情けないこと」
 身を引きずって逃げ出そうとする戦闘員たちの前に、人影が立ちはだかる。
 青紫のボンデージを着て、束ねた鞭を手に持つ女性の姿がそこにあった。
 太ももまで届く黒髪のロングヘアに、切れ長の冷たい目。
 抜群のプロポーションを誇るそのボディは、ただそこにあるだけで妖しい色気を発している。
 まさに絶世の美女だ。
「ネ・・・ネーマ様・・・」
 戦闘員の一人が、怯えたように声を震わせて名を呼ぶ。
「とんだ役立たずどもだね、まったく」
「・・・申し訳・・・ございません」
「まあいいさ。やっぱり自分で狩ったほうが、手に入れたときの喜びもひとしおだからねぇ・・・」
 そう言って、ネーマは品定めをするような目でシューターを見つめる。
 目端が下がり、ワインレッドのルージュを塗った唇から、ほう、と吐息が洩れた。
「ああ・・・やっぱりいいわ、あなた。精巧に作られたお人形みたいで・・・」
「・・・な、なんですか・・・・・・」
 ねめつくような視線を受けて、シューターは背筋に寒いものを感じた。
「あなたは一体・・・」
「あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私はネーマ・・・ディスタリオンの幹部、七聖魔の一人よ」
「・・・!!ディスタリオンの幹部・・・!?」
 その言葉の意味に、シューターは戦慄した。
 自分たちが十二人がかりで総力戦を仕掛け、辛くも勝利したザイバ戦。
 あの男と同等かもしくはそれ以上の強さの持ち主が、自分の目の前にいるのだ。
 涼しい秋風に吹かれているはずなのに、汗が額に浮かび上がる。
「戦闘員のみなさんを連れて、帰ってください!でないと・・・」
 とっさに弓を構える。
 もちろんたった一人で、しかも後方支援担当であるシューターが、幹部クラスの相手などできるわけはない。
 だからこれは彼女の精一杯の虚勢だった。
「あらあら、そんな子猫みたいに威嚇しなくても。怯えてるのね、かわいい・・・」
 だがネーマはあっさりそれを見破り、含み笑いをしながら足を踏み出す。
 シューターの拙い強がりなど、人を欺くことに慣れた者にとってはあまりにも分かりやすすぎたのだ。
「それ以上近付くなら・・・本当に撃ちますよ!」
「いいわよ。好きになさいな」
 特に急ぐ様子もなく、ネーマは余裕の表情でじりじりと距離を縮めてくる。
「―――っ!」
 緊張に耐え切れなくなったシューターが、ついに矢を放った。
 唸りをあげて矢は一直線にネーマに襲い掛かる。
 パシィッ!
 だが矢はネーマに届くことなく、弾かれてあらぬ方向へと飛んでいき木に突き刺さった。
「え・・・っ!?」
 シューターの目が驚きで見開かれる。
 何が起きたのか理解できなかった。突然、矢が空中で軌道を変えたようにしか見えなかったのだ。
「ふふふ・・・」
 ネーマが楽しげに笑う。
 その手に束ねられていたはずの鞭は、いつのまにかほどかれていた。
「そんな、叩き飛ばされた・・・?」
「なかなかのスピードだけど、私の鞭の前では止まっているようなものね」
「くっ、まだです!」
 新たな矢を三本作り出し、同時に射る。
「何本同時に放とうが、同じこと!」
 ネーマは鞭をしならせ、なぎ払おうとする。
 と、並列に飛んでいた矢の両端二本が、突然弧を描くような軌道に変わった。
「!?」
 まっすぐに飛んできた中央の矢は鞭に当たり弾かれる。
 だが残り二本は、そのままネーマの両脇目掛けて左右から襲い掛かった。
「ちいっ!」
 舌打ちをしてネーマは手首を返す。
 前方に伸びていた鞭が蛇のようにうねり、ネーマの周囲を旋回し両方の矢を叩き落した。
「・・・そんな!!」
「なるほど、ただの矢じゃないわけね。今のはちょっとびっくりしたわ」
 そう言ってネーマはまた手首を返す。
 すると鞭は意思を持っているかのように、スルスルと輪を作ってその手に納まる。
「ふふふ、私を脅かすなんていけないコね。お仕置きが必要だわ」
 ネーマの瞳が嗜虐的な光を放つ。
 一瞬の間をおいて、目にも留まらぬ一撃がシューターの左腕に炸裂した。
「あっ!」
 脆く柔らかな肌に赤い線が走る。
 あまりに鋭い痛みに、身をすくめるシューター。
 その両肩とふとももに、続けざまにさらなる打撃が叩き込まれた。
「あくぅっ!」
「痛いかしら?でも、そのうち病みつきになるわよ」
 膝をついて身を震わせるシューターの目前までせまると、ネーマは鞭を振りあげる。
「さあ、徹底的に鞭の味をその身体に教え込ませてあげるよ!」
「!!」
 シューターは観念したようにギュッと目をつぶり、歯を食いしばった。
 と、そのとき。
「待ちなさい!」
 凛々しい声が割って入ったかと思うと、ネーマの鞭が目にまぶしい緑色をした別の鞭に絡めとられた。
「くっ、何者だ!?」
 ネーマの呼びかけの応えるように、鞭を放った人物が木の陰から躍り出てくる。
 それは髪を短く切りそろえた、精悍な顔つきの大人の女性だった。
 澄んだ泉の緑をしたドレス型のスーツは、胸元を大きく開きボディラインを強調したデザインの上半身とは正反対に、スカートの部分はフレアになっていて優雅さを演出している。
 純白のハイニーソックスも、その成熟した身体の美しさを際立たせていた。
「エメラルドの戦士、ジュエルウィップ!」
「咲夜さん!」
 その姿を見たシューターの顔がパッと明るく、元気なものになる。
「別のジュエルエンジェルか!」
「そうよ。・・・よくも、私の大切な仲間をいたぶってくれたわね!」
「ハッ、でしゃばるんじゃないよ!」
 グッと腕に力をこめて引っ張り、ネーマは絡めとられていた鞭を強引にほどく。
「いい年なのにそんな格好して、恥かしくないのかい?年増がさ!」
「な、な、なんですってぇ―――っ!?」
 ギリリと歯を噛み鳴らし、ウィップは手元に戻ってきたばかりの鞭を再度振りあげる。
 痛いところを突かれたのか、彼女は明らかに憤慨していた。
「私はまだ二十七よ!あなただって、人のことを言えるような格好かしら!?」
 ネーマもワンテンポ遅れて攻撃をくりだす。
 互いの鞭がちょうど中間点で衝突し、相殺されて弾かれる。
「やっぱり年増じゃないか。私はまだ二十二だよ」
「あ~ら、ずいぶん老け顔なのね。肌のお手入れも大変でしょう?」
「・・・言ってくれたね。ならこっちは、ズタズタに引き裂いて手入れの必要もないくらいにしてやるよ!」
 今度はネーマが攻撃を仕掛ける。
 シューターを傷つけた高速の一撃がウィップを襲った。
「―――ふっ!」
 ウィップは目を光らせると、短いかけ声をあげてそれを叩き落す。
 そしてその反動を利用してそのまま攻撃へと転じた。
「今度こそ食らいなさい!」
「甘いんだよ!」
 叩き落されたネーマの鞭が地面でバウンドし、ウィップの鞭にぶつかって勢いを殺した。
「くっ、鞭の扱いだけはなかなかのものね!」
「そちらも私と張り合うなんて、やるじゃないか!年の功ってやつかい?」
「・・・また、年齢のことを口にしたわねっ」
 鞭と鞭が何度もぶつかっては弾かれあう。
 二人の腕前はどうやら全くの互角であるようで、戦いは互いに決定打を出せない膠着状態になってきた。
 より早く攻撃をくりだそうと、休む間もなく二人は鞭を振り続ける。
 絶え間なく切り裂かれ続けた空気が、おんおんと木枯らしのような唸りをあげた。
「はあ、はあ・・・っ。いい加減にあきらめたらどう・・・っ!?」
「そっち・・・こそ、さっさとくたばりなよ!」
「す、すごい・・・」
 呼吸を乱しながらも決して手を緩めない二人に、シューターはただただ圧倒されるばかりだ。
「ちょっとシューター、ぼんやり見てないで援護してちょうだい!」
「あ・・・!は、はい!」
 声をかけられてようやく我に返り、シューターはあわてて狙いを定める。
 放たれた数本の矢は、先ほどと同じく大きく弧を描いて飛んでいった。
「くそっ!」
 あわててネーマは回避行動をとる。
 飛んでくる矢に注意が反れたその瞬間、ウィップの鞭が頬をかすめた。
「ぐ!・・・よくも!」
 うっすらと血が滲んできた頬を押さえ、怒りの炎を燃やしながらネーマはわななく。
 ウィップはそんな彼女を臆することなく睨み返した。
 その態度に勇気付けられ、シューターも次の攻撃に備えて弓を構えなおす。
「チッ、殺してもいいならすぐにでも決着をつけてやるのに・・・!」
 いまいましそうにつぶやくと、ネーマは後退してゲートを開く。
 そして空間が徐々に閉じていくなか、シューターにむかって視線を投げかけた。
「またね。次に会うときは、必ずあなたも忠実なお人形にしてあげるから」
「え・・・!?」
 ゲートが完全に閉じる。
 真意がつかめずシューターは戸惑ったが、それに答えるものはもうどこにもいなかった。
「ふう・・・どうやら終わったみたいね」
 安堵の息を吐いて、ウィップが変身を解く。
 地に伏していた戦闘員たちも、いつのまにか逃げてしまったようでどこにも見当たらない。
 辺りは静けさを取り戻していた。
「それにしても、グッドタイミングだったわね」
「はい。咲夜さんが来てくれなかったら、正直危ないところでした。ありがとうございます」
 シューターも変身を解き元の姿に戻ると、深々と頭を下げた。
「でも・・・どうして私のところに?」
 当然の疑問を鈴音は口にする。
 咲夜の表情が、どこか強張ったものになった。
「ええ、そのことなんだけど。・・・大変な事態になっているかもしれないのよ、もしかすると」
「大変な事態?さっき、突然ディスタリオンが襲ってきたことと関係あるんですか?」
「・・・・・・」
 咲夜の口が開きかけ、ためらわれるように再びつぐまれる。
「咲夜さん?」
「ごめんなさい、鈴音。今この場で軽々しく言えるようなことじゃないの。そのことについて明後日の土曜日に緊急会議を開こうと思ってるから、それを伝えに来たのよ」
「はあ・・・。あの、失礼ですけど、それなら電話連絡でも―――」
「とりあえずね、みんなの様子も確認しておきたかったから。現に危ないところだったでしょ?」
「そう、ですね」
 鈴音の面持ちも神妙になってくる。
 準リーダーともいえる咲夜がわざわざ出向くほど悪い予感を与え、そして実際にこの身に危険が及んだ。
 『大変な事態』は、想像できること以上に深刻なものなのだろう。
「午後一時半、『カモメ屋』で。突然で悪いけど―――時間、空けておいて」
「はい。わかりました」
「じゃあ、帰るわね。次は知花のところに行かなくちゃ」
 気忙しく立ち去ろうとして、咲夜は思い出したかのように鈴音の腕を取る。
「ひどい・・・鞭の痕がくっきりと残っているわ。後でちゃんと手当てしておくのよ」
「すみません、いつもお気遣いありがとうございます」
 咲夜はいつも体調やケガの具合を気にかけてくれる。
 うれしい反面、足手まといになっているのでは、と鈴音はどこか引け目を感じてしまう。
 しかし咲夜はそんな気持ちもちゃんと見透かしているようで、いいのよ、とやさしく鈴音の頬に手を当てて微笑んでくれるのだった。

 咲夜と別れた後、鈴音は家に帰った。
 リビングに入り電灯を点けると、ガランとしたフローリングの空間が目前に広がる。
 多忙な両親はまだ帰ってきていない。
 毎度のこととはいえ、この瞬間は独りの寂しさを思い知らされる。
 主人が帰宅したのに気付いて、テーブルの足元に寝そべっていた大型犬がのっそりと体を起こして近寄ってきた。
「ただいま、クローブ」
 モップを連想させる薄茶の毛並みを揺らしながら擦り寄ってくる愛犬の頭に、鈴音はそっと手を乗せる。
 お世辞にも出来のいい犬とはいえない彼だが、それでもいてくれると寂しさが和らぐ。
 ひとしきり撫でてやると、鈴音は戸棚から救急箱を取り出し、ソファーに腰を下ろした。
 ブラウスのボタンを外して肩を露出させると、チューブ入りの傷薬を少量指先に乗せて赤く腫れた部分に触れる。
「―――んっ」
 静電気にやられたときのような強い痛みを感じ、鈴音は身を震わせた。
 思った以上にひどく内出血を起こしているらしい。
 できれば触れたくないのだが、かといって手当てしないわけにもいかない。
 なるべく傷を刺激しないよう、おずおずと薬を塗りこんでいく。
「あっ、うん、は・・・っ」
 声を押し殺しながら肩、腕、太ももと順番に下に移っていく。
 時間をかけて全ての箇所に薬を塗り終えると、鈴音は大きく息をついた。
「はあ~っ。・・・・・・んっ」
 もじっ、とその膝が擦りあわされる。
 鈴音の手が、ためらいがちに肩のみみず腫れへと伸びはじめた。
 ある種のどうしようもない欲求が、内から湧き上がってきたのだ。
 「入ってはいけない」と言われた場所に入りたくなるような。
 「見てはいけない」と思うものほど見たくなってしまうような。
 自分にとってマイナスにしか作用しないにも関わらず、試したくなる無謀な好奇心。
 顔を歪めてしまうほどなのに、鈴音は傷の痛みをまた感じたくなっていた。
「―――あっ、痛ぁ!」
 じわりと熱を帯びた、予想通りの痛みが身体に走る。
 痛みが引くのを待って、もう一度指の腹を傷に押し付けてみた。
「ふぅ・・・っ!」
 さらに、もう一度。
「ん!やっぱり、痛むわ・・・あっ!」
 何度も何度もくり返して、痛覚を呼び起こす。
 目の端にじわりと涙がにじんでくる。それでも指の動きは止まらない。
「どうして、どうしてやめられないの・・・?何・・・か、変だわ・・・」
 ずっと触っていたせいか、傷痕がどんどん熱くなってくる。
 その熱は肩から全身へとまわっていき、鈴音の頭を浮かせた。
「・・・はぁっ、はあ」
 空いていた左手がゆっくりと股間へと伸びていき、スカートの裾をつまんでたくし上げる。
 真珠のように白く眩い太ももと、大切な箇所を覆う薄水色の下着が姿を現した。
 わずかに足を開き、その三角地帯で指を躍らせる。
「んあっ」
 思わずこぼれた自分の声の甘さに、鈴音はハッと正気を取り戻した。
「や、やだ・・・。わたしってば、なんてことを・・・」
 頬を染め、決まりの悪い顔であわててスカートを元に戻す。
 今のは何かの間違いだ。
 頭がぼんやりとしたせいで、無意識にやってしまったことなのだ。
 鈴音はそう自分に言い聞かせる。
 だがその左手は所在なさげに閉じたり開いたりをくり返している。
 足も内股気味になり、傍から見てもそれとわかるほど大振りに腿をこすりつけあってしまっていた。
 右手がまた、肩の傷に触れる。
「ん、んん・・・あ、ふぅ」
 痛みが痺れに変換されて神経を伝い、秘所をジンジンと疼かせる。
 自然とまた、左手が下半身にむかっていった。
「だめ、だめだわ・・・こんな・・・こと・・・あ、んんっ!」
 口では必死に否定するが、柔肉の谷間を擦る指の動きはだんだん早くなっていく。
 やがてパンティは湿り気を帯び始め、指が生地に吸い付くようになってきた。
 クチュ、クチャッ。
 自分の恥部から生まれ出る水音を聞いて、鈴音の瞳が興奮でうるみはじめる。
「・・・ぁっ、ん・・・ふあ。くぅん・・・もっと・・・」
 ついにその口から、快楽を求める台詞が飛び出してきた。
 だが、あいかわらずパンティの上からなぞるだけで直に触れようとはしない。
 自慰という行為は知っていたが、実際にしてみるのは今回が初めてなのだ。
 もっと気持ちよくなりたい。
 けど、乱暴にいじるのは怖い。
 勝手が分からないから生まれる、恐怖感。それが鈴音をためらわせていた。
 しかし、そんなことで欲求が満たされるわけがない。体温はますます上昇し、疼きは身体全体を震わせるほど高まってくる。
「・・・はあっ、はあぁっ」
 背もたれに手をかけてソファーの上で膝立ちになると、鈴音はスカートを捲くり上げて裾を口に咥える。
 そして肘掛にゆっくりとまたがると、グリグリと股間を押し付けながら前後に腰をスライドし始めた。
「・・・ふうぅ!ん、んん・・・ふぅっ!」
 肘掛に圧迫されるたび、秘唇から蜜があふれ出て下着にシミを広げていく。
 摩擦熱も加わり陰部は火傷を負いそうなほど熱くなる。
 身体の芯が飴細工のように溶けていき、腰に力が入らなくなった鈴音は前のめりになった。
 頭を背もたれの上に寝かせて、なんとかバランスを維持する。
「ん、くふっ・・・ふっ、ふぅうん!」
 すでに声の大きさに気を回す余裕はなくなっていた。
 呻くようなくぐもった声で喘ぎながら、鈴音は無我夢中で腰を動かす。
「んむ・・・っ、ふう・・・ん、んん!?」
 ふと気配を感じ視線を移すと、愛犬のクローブが鈴音の痴態をじっと観察しているのに気付いた。
 主人の不可思議な行動と聞きなれない声の響きに、クローブは「何をしているのかな?」と興味津々に視線を投げかけている。
「ふ・・・だめぇ・・・クローブ、見ないで・・・ふくぅ」
 犬とはいえ、他者が見つめるなかでオナニーに耽っている。
 自分のいやらしい行為が記憶に刻まれているのだ・・・。
 そう認識した途端、羞恥で体温が一気に上昇した。
「うあ・・・あ・・・ん、くふぅ」
 脳が沸騰し、視界がぼやけてくる。
 傷口をかきむしって起こる痛みは陰部からの刺激と混ざり合ってしまい、最早どっちからどの感覚が生まれているのか、そもそも本来はどんな感覚なのかすら判別がつかなくなってきた。
 腰の動きは止まらない。
 本当に自分で動かしているかと疑ってしまうくらいに、鈴音の意志とは無関係に運動をくり返している。
「いや、止ま、らな・・・い・・・っ。だめなのに・・・こんな、こと・・・だめなのに・・・っ」
 息も絶え絶えといった様子で、言葉をぶつ切りで吐き出しながら鈴音はかぶりを振る。
 そんな鈴音の突き出した尻に、クローブがひょこひょこと近寄って鼻を突き出した。
「あっ!だ、だめ・・・っ、やめなさいクローブ!」
 慌てて制止するが、すでに遅い。
 クローブは好奇心の赴くままに、蜜で潤った中心部の匂いを音を立てて嗅ぎだした。
「スンスン、クンクンクンクン」
「―――あ、ああっ、やあああぁぁあ!!」
 匂いを嗅がれるという並大抵ならぬ辱めを受け、鈴音の胸中に後ろめたいものが広がっていく。
 屈辱なはずなのに、どこか甘さを伴って、全身に染み渡っていく不思議な感情。
 それは傷を触るときの、あの絶ちがたい誘惑によく似ていた。
「ふあっ、くううぅうっ!」
 恥辱のなか、鈴音はビクビクと痙攣しながら絶頂に達した。
 一瞬だけ呼吸が止まり、その後に肺にたまった空気を一気に吐き出す。
「はあっ、はあぁ・・・・・・うっ、グスッ」
 ポロポロと雨粒のように小さな涙が目のふちからこぼれてきた。
 肘掛から腰を浮かすと、ニチャリと音を立てて粘性のある液が糸を引く。
 愛液が染みこんだその部分は、じっとりと湿って変色している。
 口に咥えていたスカートの裾も、唾液でグチャグチャなうえ、噛みしめた痕がついてよれてしまっていた。
「う、うぅ・・・グスッ、うぁ・・・」
 どうして、こんな淫らな真似をしてしまったんだろう?
 自分がしてしまったことへの罪悪感と恥かしさで、頭の中がいっぱいになる。
 オーガズムの余韻を残した身体をソファーに横たえて、鈴音は声を殺して泣き続けた。

 降り注ぐ陽の光を反射して、目前に広がる海原は絶え間なくまたたきをくり返している。
 十月最初の土曜日は、すこぶる快晴だった。
 ちらほらとだが砂浜で波と戯れる人の姿も見える。
「風邪を引かないようにね」
 海の色は夏の頃に比べて暗い青へと変わり、冷たそうだ。
 他人事ながら気にかかり、鈴音はポツリとそうつぶやいた。

 『カモメ屋』は名前の通り白を基調としたペンション風の喫茶店で、これまた名前から連想できる通り海岸沿いに建っている。
 レジャー施設がある場所からは正反対に位置しているために、あまり客入りはよくないようだ。
 しかしその分落ち着いているし、窓から見える水平線もなかなかの絶景なので、集会所として利用している場所のなかでは鈴音の一番のお気に入りだったりする。
 木製の厚手のドアをゆっくりと押して、そっと中に入る。
 そこまで気遣うこともないのだが、この静けさも店のよさだと思っているので鈴音なりに配慮したのだ。
 店内を見回すと、すぐに仲間たちの座っている席を見つけることができた。
 他にも客はまばらにいるものの、連れを伴っているのは一番奥のテーブルだけだったからだ。
「みなさん、こんにちは」
 軽く会釈をして、メンバーを確認する。
 咲夜、翔子、雅、夕。そして隣接するテーブルに、ななみが座っている。
「あの、もしかして時間過ぎてますか?」
 テーブルに置かれた各々のドリンクは、若干量が減っている。
「ううん。まだ五分前」
 遅刻したのではないかと気にする鈴音に、翔子が笑って首を振った。
 それを見て雅が横槍を入れる。
「まあ、ワタクシとしては十五分前には集まっていてもらいたいものですけど」
「あ、あの。すみません・・・」
「それは出席率の低いあなたが言うことじゃないわ、雅」
 縮こまる鈴音を見て咲夜がたしなめると、雅はふん、とそっぽを向いた。
「鈴音さ~ん。ここ、ここ~」
 ななみが自分の正面のイスを指で示す。
 誘われるままに席に座ると、入り口の鐘が鳴った。
「あ、知花さんだ」
 夕の言葉に鈴音も振り返ってみる。
 真一文字にばっさりと切ったおかっぱに紫の地味なヘアバンドをつけ、小さな丸眼鏡をかけた二十歳前後くらいの女性。
 服装もこれまた地味なカーキ色のシャツと灰色のタイトスカートで、なぜかその上にそこそこ着慣れた感じの白衣を羽織っている。
 その目立つのか目立たないのかよく分からない出で立ちの人物は、間違いなく仲間の一人、砂木知花(すなき ちか)だった。
 辺りをうかがっていた知花は、鈴音たちを発見すると手を軽く上げて近付いてきた。
「や、ひさしぶり」
「・・・また、そんなカッコしてる」
 翔子が苦笑すると、知花は自分の姿を確かめる。
「変かな?ボクは普通だと思うけど」
「白衣着たままってのは、ちょっとね」
「ふーん?何かと便利なんだけどね、機能的で」
「機能的とか、そういう問題ではないんでは・・・」
 夕が独り言に近い音量でそうこぼす。
 大学の敷地内ならともかく、外に出歩くときくらい脱げばいいのに、と言いたいのだろう。
 しかし知花は自分のおかしな点に全く気付いていないようだ。
 もっとも、指摘されてそれで服装を改めるような性格ならとっくの昔に改まっているだろうが。
「ま、ボクはこれが普段着みたいなもんだし。―――隣り、いい?」
「あ、はい」
 お伺いをたてると、知花は鈴音の横の席に座る。
 そして咲夜に顔を向けた。
「悪いんだけど、三時を過ぎたら帰らせてもらいたいんだ。まだ実験が残っててね」
「あなたも大変ね。いいわ、そんなに長くはならないはずだから」
「でも、全員が集まらなければそれだけ長引くことになりますわよ?」
 腕時計を一瞥して、雅がイラついた口調で言った。
 時間は一時四十分。集合予定時間からすでに十分経過している。
 几帳面な雅にとって、指定時間に遅れるなど信じがたいことなのだろう。
「まあまあ、もうそろそろ来るはずだよ」
 咲夜がなだめるように言ったのとほぼ同時に、また誰かが店に入ってきた。
 なんだか足元がおぼつかない様子のその人物は、ゆっくりと時間をかけてこちらのテーブルにやって来る。
「うい~、おひさしぶり~・・・・」
 セミロング―――というより、単に短髪を放置して伸ばしただけの頭としょぼしょぼした目を交互にこすりながら、その女性はだるそうに挨拶をする。
 服装も量販品のポロシャツにしわの寄ったジーンズと、年頃の女らしからぬだらしないものだ。
 それでも不思議と様になっているのは、彼女自身が端整な顔と体つきだからだろう。
「凛。あなた、また飲んでたの?」
 呆れ顔で咲夜が訊くと、顔色の優れないその女性、左房凛(さぼう りん)は「ん~・・・」と曖昧に頷いた。
「はあ・・・。それで、大学は?ちゃんと行ってる?」
「大学かぁ~、懐かしい響きだね。半年振りに聞いたかも」
 気の抜けた返事に、咲夜は言葉もなくテーブルに突っ伏した。
 こういう自堕落な生活だから、彼女には『サボりん』などというあだ名がついているのだ。
「あの、それで大丈夫なんですか?」
 心配そうな鈴音に、凛はひらひらと手を振ってみせる。
「あー、平気平気。いざとなれば教授にすがりついてむせび泣けばいいんだし」
「・・・・・・・・・・・」
 毎度の事ながら、当の本人が一番気楽なのはどういうわけなのか。
 その場のメンバーは、誰しもそんな疑問を胸に抱くのだった。
「まったく・・・!あなたみたいなのが同じジュエルエンジェルだと思うと、情けなくなってきますわ!」
「おうおう雅ちゃん、ずいぶんな口の利き方じゃない」
 憤慨する雅のおでこを人差し指でグリグリとこすり、凛はおどけてみせる。
「年上は敬わないといかんよ~?なんなら、『お姉さま』って呼んで甘えてくれてもいいし」
「冗談も大概にしてくださいなっ」
 ついに我慢の限界がきたのか、雅はヒステリックに叫んで乱暴に凛の手を叩き掃った。
「とほほ、ふられちゃった。悲しーなー」
「あっ。じゃあ、あたしが呼んでもいいですか~?」
 ななみが手を上げて立候補する。
「ななみ!アンタって、ホントいい子!」
 凛は目を輝かせて空いていたななみの横の席に座ると、勢いよく自分の胸元に抱き寄せる。
 そして、かわいくてたまらないと言わんばかりに頭頂部に頬ずりをはじめた。
「よしよし、今日からアンタだけのお姉さまになってあげる。だから『凛ねえさま』って呼びなさい!」
「えへへ、凛ねえさま~・・・・・・なんかゲロ臭いです~」
「えっ!?―――あ、そういや家出る前に盛大に吐いてきたっけ」
「う゛っ・・・」
 翔子と夕が、それを聞いて思わず身を引いた。
「やだな、ちゃんと口ゆすいできたってば」
「―――それで、奈津子たちはまだ来ないの?」
 すっかりくだけた場を仕切りなおすように、知花が咲夜に尋ねた。
 すると、咲夜の表情が強張る。
「・・・残りは来ないわ。これで全員よ」
「来ない?奈津子さんたち、何か用事なんですか」
 鈴音は意外に思い、聞き返す。
 生真面目な奈津子や玲香が自分の都合を優先させることなど、滅多にないことだからだ。
「そうじゃないわ。実は―――」
 言いかけて、咲夜は一旦言葉を切る。
 店に入ってきたときに頼んだのだろう、知花と凛のドリンクを持ったマスターがやってきた。
「ヨーグルトドリンクとトマトジュースです」
「あ、ヨーグルトこっち」
「トマトジュースは、わたしだ~」
 知花と凛がそれぞれ注文したドリンクを受け取ると、マスターはすぐに退散する。
 きっと咲夜たち以外も、何かと相談事に利用する場なのだろう。
 マスターはこちらの会話に興味を示す風でもなく、ただの音として聞き流しているように見えた。
 安心して、咲夜は話を再開する。
「みんな、落ち着いて聞いてね。玲香、奈津子、沙羅、光・・・四人とも、行方不明なの」
「えっ!?」
 その場にいた全員が、同じタイミングで声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 あまりに唐突な内容に、翔子は困惑した顔をする。
「行方不明って。それ、何かの間違いじゃ?」
「確かよ。玲香と光は家族が警察に届け出てるし、奈津子と沙羅は同じアパートの人たちが証言してくれたわ」
「・・・天崎さんの勘違いじゃなかったんですの?」
 アイスティーの入ったグラスを覗き込んだまま、雅がポツリとつぶやいた。
「どういうこと?あなた、何か知っていたの?」
「以前、天崎さんとお会いしたときに言ってましたわ。須藤さんと瀬戸川さんが行方不明のようだ、と」
「な、なんですぐにみんなに知らせないの!?」
 非難めいた口調で翔子が言うと、雅はムッとしたように唇を尖らせる
「ですから。その後に出会ったとき、勘違いだったと言ってらしたんです」
「雅、それはどのくらい前のこと?」
 咲夜が尋ねると、雅はしばし思案した後、口を開く。
「九月の・・・二十日前後でしたかしら」
「・・・その日にちだと、沙羅も行方不明になっていた頃よ」
「で、でも。それっておかしいです」
 鈴音は自分の記憶と照らし合わせながら、疑問点を挙げた。
「二十八日の定期会議には、四人とも出席していたはずですよ」
「そこなのよね、問題は」
 咲夜は難しい顔をして、ハーブティーの氷をストローでかきまわす。
「あのときには、光以外の三人は行方不明のはずなのよ。けど、三人とも普段と全く変わりなかった。不自然よね、これは」
 沈黙が訪れる。
 皆、納得のいく答えを導き出そうとしている。
 しかし、前提であるところの『行方不明』という事態の異常さに思考がかき乱されて、一向に考えがまとまらない。
 得体の知れない不安だけが、彼女たちの心を満たしていった。
「・・・・・・ただの家出じゃありませんの?」
 沈黙を破ったのは雅だった。
 全員、うつむいていた顔を挙げ、彼女に注目する。
「家出?」
 夕が同意しかねるといった、複雑な表情をする。
「そうですわ。別に珍しいことでもありませんでしょ?」
「短期間のうちに四人でも?」
 咲夜の的確な指摘に、雅はぐっ、と言葉に詰まる。
 だが言い出した以上は後に引けないのか、強気に食い下がった。
「そうですわね、集団家出じゃありません?気の知れた者同士なら不安も少ないでしょうし、生活もなんとかなりますし」
「だとしたら下準備はするでしょ。玲香と光に到っては、学校帰りで着の身着のままなのよ?」
「スポンサーがいるでしょう。瀬戸川さんと天崎さんには貯えもあるでしょうし」
「その二人がよ、独り暮らしなのに家出なんてするかしら?失踪するにしたって、部屋をそのままにしておくこともないだろうし・・・」
「・・・だったら、御堂さんの考えをお聞かせくださいな」
 自分の仮説を片端から否定され続け、雅のこめかみがピクピクと震える。
「納得のいく答えをお持ちなんでしょうね」
「―――わたしは、ディスタリオンが関係していると思うわ」
「ディスタリオンが!?」
 翔子が素っ頓狂な声を上げかけ、慌てて手で口を塞ぐ。
 一方雅は、少し余裕を取り戻したように皮肉っぽく笑ってみせた。
「ふん。天崎さんも同じようなことを言ってましたけど―――何か根拠がありますの?」
 どうせ当て推量だと鷹をくくっているようだ。
 だが、咲夜の顔はいたって真剣だった。
「一昨日、鈴音がディスタリオンの幹部を名乗る女に襲われたの」
「ふえっ!?だ、大丈夫だったんですか~?」
 ななみが驚いて、鈴音に異常がないかまじまじと見つめてくる。
「うん、平気。ちょっとケガしちゃったけど、タイミングよく咲夜さんが来てくれたから」
「・・・それでね、その女幹部が去り際に言ったこと―――鈴音、憶えてる?」
「え?・・・・・・あっ、『次に会うときは、必ずあなたも忠実なお人形にしてあげるから』って・・・」
「お人形?いったい、どういうこと?」
 翔子が首を傾げる。
 鈴音も「さあ?」と同じように小首を傾げた。
「操り人形、ってことじゃないかな」
 知花が軽くドリンクを含んだ後、言った。
「あやつりにんぎょう?」
 一音一音区切るように、ななみが復唱する。
 ななみのほんわかした声と発音で聞かされるその単語は、およそ醜悪なディスタリオンとは無縁の言葉のようにも思えた。
「うん。ようするに、洗脳とか催眠とか―――何かしらの方法で鈴音を操って、自分たちの仲間にしようってことじゃないかな」
「そ、そんなことって・・・!」
 鈴音の背筋がぶるっ、と震えた。
 自己の欲求を満たすためだけに、破壊と殺戮を行うディスタリオン。
 それに付き従う自分を想像すると、寒心に堪えなかった。
「・・・それよりもさ、問題は、あなた『も』ってとこじゃない?」
 ぶー、ぶくぶくぶく。
 ストローで空気を送り込み、トマトジュースを泡立たせながら凛が口を挟む。
 咲夜と雅の心底不快そうな視線に気付くと、凛はストローから口を離し、コホンと咳払いをしてから続けた。
「『も』ってことは、鈴音以前にお人形にされたやつがいるってことだよね?」
「―――っ!!」
 場の空気が凍りついた。
「そん・・・な!じゃあ、四人はもうディスタリオンの仲間になってるっていうの!?」
 翔子の声は震えている。
 混乱と、怒りと、悲しみが入り混じったその声は、別人のようにかすれていた。
「なるほど、充分にありえるね」
 反対に、知花の声は落ち着いていた。
「やつらは、ボクたち全員を手駒にするつもりなのかもしれない」
「だとしたら、奈津子たちを差し向けてくる可能性もあるわね」
 咲夜が言うと、知花は神妙に頷く。
「そうなれば・・・戦うしかないね」
「そんな!奈津子さんたちは仲間なんですよ!?」
 鈴音は悲痛な声を上げた。
 翔子や夕、ななみも非難めいた目を知花に向ける。
「でも今は敵かもしれない。もし本気で襲ってくるようなら、最悪、殺してでも―――」
「やめてよっ!」
 翔子がバン、と力任せにテーブルを叩いた。
「よく・・・今まで一緒に戦ってきた仲間相手に、そんな考えが浮かぶね!」
「でもね、手加減できるような相手じゃないだろ」
「どうして・・・どうして、そこまでドライになれるのさ!」
「キミが感情的になりすぎてるから」
「!?」
 予想だにしなかったその言葉に、翔子の怒りの矛先が鈍った。
「ここでボクまで感情的になったら、誰が冷静な判断を下せるの?ボクだって怒ってるさ。許せるわけないだろ。・・・でも、みんなして怒ってるだけじゃどうにもならない。仲間を助けたいなら、つらくても現実を把握しなくちゃ」
 改めて知花の手元を見ると、グラスを持つ手が微かに震えている。
 知花も間違いなく苦しんでいるし、怒っているのだ。
「安心して。さっき言ったのはあくまでも最悪の事態の話だから。何とかできる限りは、みんなを元に戻せるよう努力しよう」
「そーそー。そういうのはお姉さんたち三人がしっかり考えてあげるから。アンタたちは、わたしたちのぶんまで怒っててよ」
 凛も年上らしい配慮をしてみせる。
 気持ちの整理をつけた大人らしい態度に、翔子もだんだん落ち着きを取り戻してくる。
「・・・ごめん。わたし、取り乱しちゃってた・・・」
「いいよ。それが普通なんだから」
 知花は柔らかく微笑んだ。
 話が一段落したのを確認すると、咲夜が提案を持ちかける。
「それで、今後の対策なんだけど―――なるべく単独行動は控えたほうがいいと思うの」
「と、いうと?」
「普段から、近くに住むもの同士で一緒に行動を―――」
「無茶を言わないでくださいな」
 雅が咲夜の言葉を遮って反対する。
「ワタクシ、そこまで暇ではありませんわよ」
「暇だとか、そういう問題じゃないでしょう」
「・・・言い方はアレだけど、ボクも雅の意見が正しいと思うね」
 今度は知花が反論を始めた。
「ボクたちは年齢も職業も、生活スタイルもバラバラだ。無理に足並み揃えて行動しようとすれば、必ず日常生活に支障が生じてくる」
「どっかの組織に所属してるならともかく、世に隠れて悪を討つボランティアだからねー、わたしたちって」
 凛も追い討ちをかける。
 どうやら、彼女もこの案には乗り気ではないようだ。
「日常生活まで犠牲にしちゃうのは、ちょっと違うんじゃないの?」
「でも、そんなことを気にかけている場合じゃ・・・!」
「咲夜さん、落ち着いて。それじゃ翔子と変わらないよ」
 焦りはじめた咲夜を、知花がやんわりと注意する。
「そこまでは無理だって言ってるだけだよ。お互いの状況を把握しておくこと自体は大切だと思う」
 そう言って、ぐるりと全員の顔を見回す。
「こういうのはどうかな。暇を見つけては、身近な仲間の様子を確認しに行く。自分の周りで何か不審なことがあればすぐにみんなに連絡し、何もなくても一日一回は必ず状況報告する」
「まあ、それくらいなら」
 渋々といったふうに、雅が頷く。
 本当は私生活に介入されたくないが、さすがに妥協しなくては無責任だと思ったのだろう。
「他のみんなは?」
 鈴音たちは互いの顔を見合わせてから、力強く頷いた。
「というわけで、しばらくはこれで様子見だ。相手の出方が分からない以上、後手にまわらざるをえないからね。―――それでいいよね?」
「はあ・・・、しかたないわね」
 年長者として、自分は仲間全員を責任を持って見守らねばならない。
 そう考えている咲夜としては、僅かでも危険を減らしたいと思っているのだが。
 しかし冷静に考えると、知花の出した案が最も現実的なのは間違いなかった。
「でもさ、早めに気付いてよかったよね。向こうは四人、こっちは八人。数で抑えりゃなんとかなるよ」
 空気を和ませるように、凛が務めて気楽に言う。
 だが。
「・・・いいえ、向こうは五人よ」
 咲夜は再び、沈んだ声を出した。
「五人・・・?あの、わたしたちって十二人ですよね。数が合わないんじゃ・・・?」
 鈴音が遠慮がちに疑問を口にする。
「まだ確信があるわけじゃないから、言うべきかどうか迷っていたけれど・・・。やっぱり、言っておくわね。―――この中に一人、すでに操られてる可能性がある子がいるわ」
「な・・・っ!?」
 その場にいた誰もが目を見張り、自分以外の仲間の様子を窺う。
「い、一体誰なんですか?本当にいるんですか?」
 怯えた声をあげたのは、夕だった。
「・・・夕・・・・・・あなたよ」
「・・・・・・え?」
 まさか自分の名前が出るとは思わなかったのか、夕はしばし呆けたように口を開けて固まる。
「や、や・・・やめてくださいよぉ。悪ふざけにしても、ひどすぎます」
 数十秒後ようやく出てきた声は、動揺で音量がめちゃくちゃだった。
「なら聞くけど。この前ディスタリオンと戦った後―――あなた、ひどく怯えた様子だったわよね。何があったの?」
「前にも言ったじゃないですか。憶えてません」
「いつも快活なあなたが、あんなに沈んでいたのよ?よっぽどのことがあったはずよ」
「でも、憶えてないんです。咲夜さんにはそう見えただけで、わたしにとっては大したことじゃなかったんですよ」
「そう。ならいいわ。じゃあ、もう一つ訊くわよ。あなた、光が行方不明になる少し前に、光の家に遊びに行ったわね?奈津子や玲香、沙羅と一緒に」
「―――!?」
 全員が絶句して、夕の顔を凝視する。
 今まで一度も注がれたことない、仲間からの疑惑の視線。
 それを感じ取った夕の表情が、みるみるうちに青ざめていく。
「待ってください。確かにわたし、光ちゃんの家に行きました。でも、ただ遊んだだけです!洗脳だとか、そんなの知りません!」
「他のメンバーは操られていて、光はそのときのターゲットだったはず。・・・あなただけ何もないとは、考えにくいわ」
「そんな!そんなこと言われたって!」
「あなたを完全に敵側だと決め付けるわけじゃない。でも、疑いのある人にみんなの背中を預けるわけにはいかないの。悪いけど、重要な作戦の会議や実行の際にはあなたには外れてもらうことになるわ」
「・・・・・・っ!!」
 夕は視線をさまよわせ、助けを求めるように仲間を見る。
 だが返ってきたのは、疑いを拭いきれない迷いある表情だった。
「・・・ぁ・・・・・・・」
 夕の喉奥から、打ちのめされたような悲しげな音が洩れる。
 顔が歪み、ボロボロと涙が流れはじめた。
「ひ・・・どい・・・ひどいよ、みんな・・・。わたし・・・何も悪いことなんか・・・して、ないのに・・・」
 腕でゴシゴシと目をこすると、怨ずるように仲間を睨む。
 しかしそれも一瞬のことで、夕は弾かれたように席を立ち、店の外へ飛び出してしまった。
「あ・・・っ、夕!」
 呆然としていた翔子が、扉が閉まった後でようやく我に返って立ち上がる。
「咲夜さん、あんまりだよ。あんな・・・あんなこと、仲間に言うことじゃない!」
 怒りをあらわにして叫ぶと、翔子は夕を追って飛び出し、姿を消した。
「・・・・・・いいコだねぇ、翔子ちゃんは」
 ジュルルルルルルー。
 グラスに残ったトマトジュースを一気に飲み干すと、凛が孫を見るおばあちゃんのような言葉付きで言った。
「うん。でも、危なっかしいね」
 知花の言葉に、凛は「そこがまた、かわいいのよ」と楽しげに歯を見せて笑ってみせる。
「あの。お二人は、咲夜さんの意見を支持するんですか?」
 つい先ほどまで険悪な空気が漂っていたとは思えないほど、のんびりと会話する二人。
 鈴音には、そのマイペースぶりが不思議でならなかった。
「鈴音ちゃんは、どう思ってるわけ?」
「わたしは・・・支持できません。夕さん、いつも通りでしたし・・・。それに、仲間は信じなきゃだめだと思います」
「あたしも、凛ねえさまたちには同意しかねますぅ」
 いつもは他者の意見に追従しがちな ななみが、珍しく頬を膨らませてそっぽを向いていた。
「こういうときこそ信じるのが、仲間なのにぃ」
「―――うんうん、それでいいのよ」
 凛はとても愛おしそうに目を細め、ななみの柔らかな髪をぐしゃぐしゃとかきまわすようにして撫でる。
「・・・?どういう意味です?」
「さっきも知花が言ったでしょ。ヨゴレは年上にまかせりゃいいの。アンタたちは、わたしたちの分まで信じてあげてよ」
「本当はボクも・・・咲夜だって、信じてあげたいさ。でも誰一人として疑わなかった結果、万一の事態が起こったらどうする?ボクたちはディスタリオンに対抗できる唯一の力なんだ。負けちゃならないんだよ・・・絶対にね」
 鈴音は、ちらっと咲夜の方に目を移す。
 視線に気付くと、咲夜は寂しげな笑みを返してきた。
 咲夜だって、夕をないがしろにしたくて疑惑を投げかけたわけではないのだ。
 残った仲間のために灰色の夕を切ると決断したとき、きっと咲夜自身も心をひどく痛めたに違いない。
 そう思い至ると、鈴音の胸にあった憤りは徐々に薄れていった。
「・・・わかりました。わたしは、夕さんを信じることにします。他の皆さんが疑っても、わたしが正しいと思うなら。それでいいんですよね?」
「ええ。そうしてあげて」
「むぅう~。どうして、信じてあげられないんですか~」
 ななみはまだ納得できないのか、ブチブチと不満げに言い続けている。
「いいから、お姉さまの言う通りにしなさいって」
 ぐりぐり、もふもふと撫でたり抱きしめたりいじり倒して、凛が無理矢理口を塞いだ。
「夕の心配をするのもいいけどね、当面のところ狙われてるのはキミなんだ。くれぐれも油断はしないようにね」
 知花が目を光らせて忠告する。
 身を案じての言葉だったが、それはずしりとした重圧となって胸にのしかかり、鈴音を暗鬱な気分にさせるのだった。

 拭いても拭いても、まるで壊れた蛇口のように涙があふれては流れ落ちていく。
 しゃくりあげながらの全力疾走を続けていたため、夕の呼吸はリズムが滅茶苦茶だった。
 普段ならどうということのない距離しか走っていないのに、息が上がってしまう。
 夕はふらふらと、道路に沿って伸びる防波堤に腰を下ろした。
「・・・う、ううぅ・・・・・・」
 惨めだった。
 仲間から疑われること。自分だけが除け者にされること。
 それがこんなにも心を打ちのめすことを、夕は初めて実感していた。
「・・・わたしが、洗脳されてる・・・・・?」
 そんなはずはない。それだけは断言できる。
 夕は自分の心理を客観的に見つめてみる。
 ディスタリオンは、絶対に人間と相容れぬ、憎むべき邪悪な存在だ。
 もし仲間にならなければ殺すと言われても、絶対に屈したりはしない。それくらいなら、死んだほうがマシだ。
「そうよ。敵のいいなりになんか、なるわけがない。わたしは何も変わってない・・・」
 それでも。
 そうは思っても、咲夜の言葉がずっとひっかかっている。
 憶えていないが、自分はひどく怯えていたときがあったらしい。
 しかし何度思い返しても、夕の記憶にはそんな出来事が残っていないのだ。
 それはどうしてなのか。忘れたとしたなら、どうしてスッパリとその部分だけ忘れてしまったんだろう?
 それに・・・・・・何か、大切なことをみんなに報告し忘れている気がする。
 ちょうどその頃から、生活に劇的な変化があったはずなのだ。
 それが何か分かっているはずなのに、「みんなに知らせなくちゃ」と思った途端、ぼやけて蜃気楼のように消え去ってしまう。
 なんだったろう・・・。
 なんだったろう・・・・・・?
「おーーーーい、夕ーーーっ!」
 ふいに遠くから名前を呼ばれ、夕はハッと顔を上げる。
 翔子がヘロヘロになりながら、それでも足を休めずに走ってくるのが見えた。
「・・・はあ、はあ、はあ、はあぁぁ~~~~。ゆ・・う、足、速・・・すぎぃ」
 ようやく夕に追いつくと、翔子は汗をダラダラと流して苦しそうにむせる。
「翔子ちゃん・・・どうして?」
「どうしてって・・・?」
「みんな、疑ってるんでしょ?わたしのこと・・・」
「あ―――っ、そうそう!あれ、ひどいよね。ほんと咲夜さんってば!」
 途端に翔子が、憤慨しはじめる。
「夕はどこも、おかしくなってなんかいないよ。わたしは信じてるから!」
「翔・・・子、ちゃん・・・」
 自分を信頼し、受け入れてくれる仲間の笑顔。
 夕が今、一番欲しかったものが目の前にあった。
「わたしから、もう一度考え直すように頼んでみるから。だからそんな顔しないで」
「うん・・・。ありがとう・・・翔子ちゃん、ありがとう・・・」
 泣き笑いの顔で、夕は何度も感謝の言葉を口にする。
 と、唐突に携帯電話が着信を告げた。
「あ、ちょっとごめんね」
 一言ことわってから、夕はバッグから電話を取り出す。
「もしもし?」
 『あっ、はあぁあん・・・夕ちゃん?お母さんなんだけど・・・ん、あぁん』
「お母さん?どうかしたの?」
 『今、ご主人様にバッグでち○ぽハメてもらっているんだけど・・・うぅん、夕ちゃんの高速腰振りじゃなきゃ満足できないんだって・・・あっ、ふあぁん!』
「そっか、わかった。じゃあ、すぐに帰るから」
 『なるべく早くね。もう朝から挿れっぱなしで二十回もしてるから、お母さんそろそろゆるくなってきちゃって・・・うぅん!あ、あぁああ!奥に当たってる!』
「わかってる。それじゃ。―――ごめん、急用ができちゃった。すぐ帰らなきゃ」
 電話を切ると、夕は申し訳なさそうに言う。
「かまわないよ。わたしはただ、夕に元気になってほしかっただけだから」
「・・・うれしい。翔子ちゃんが仲間で、本当によかった」
「やだ、やめてよ。当然のことなのに」
 翔子は照れくさそうに頭をかいて、夕に手を差し伸べる。
「きっとそのうち、疑いも晴れるよ。だから一緒にがんばろう」
「うん!」
 夕はその手を硬く握り返した。

「―――ただいま」
 リビングを覗き込んでも、そこに人の気配はなかった。
 昼、家を出るまでは両親ともそろってくつろいでいたはずなのだが。
 多分、二人とも急な仕事が入ったのだな、と鈴音にはすぐに見当がついた。
 父親はそもそも仕事時間や休日が常に不規則だし、母親も時々テレビの料理番組に出演したりするので、休日にその打ち合わせが入ることがある。
 結果、一人の時間を過ごす事が多いのだが、鈴音は特に不満を感じてはいなかった。
 仕事に打ち込んでいるとき、二人はとても生き生きとしている。心からその仕事を愛しているのだろう。
 そんな二人を見ていると鈴音も胸が弾む。
 幼い頃はよく病気で寝込み、両親のどちらかが、かかりきりで看病してくれた。
 その度に鈴音は、仕事の邪魔をしてしまったと申し訳なく感じたものだ。
 だから両親が元気に仕事をこなしているということは、鈴音にとっても望ましいことなのだ。
 なんとかスケジュールを調整しては団欒の時間を作ってくれるから、家庭崩壊とも無縁だし―――。
「・・・?」
 ふと、甘い香りが鼻をくすぐる。
 リビングから連なるカウンター式のキッチンの台に、見事なマロンクリームケーキが半円だけ残して乗っていた。
 そういえば、朝からお母さんがケーキ作りに励んでたっけ、と鈴音は思い返しながらクリームを指ですくう。
 舐めとると、深みのある上品な甘みが口内に広がっていく。
 鈴音もお菓子作りの腕に関しては自信があるが、やはり本職には敵いそうもないと改めて痛感した。
 傍らに放置されていたナイフで一切れだけ切り取り、小皿に移してテーブルに運ぶ。
「いただきます」
 食べ始めると止まらない。
 瞬く間にケーキは崩されていき、すべて鈴音のお腹に納まってしまった。
 やはり母親のケーキは絶品だ。
 若かりし頃父親が母親を見初めたのも、手作りのケーキを食べたのがきっかけだとか。
 そう思うと、なんだかものすごくロマンチックなお菓子に思えてくるのだった。
「クウウーーン」
 主が帰ってきたのに気付いたクローブが、どこからかリビングへと入ってきた。
 そしてケーキの匂いを嗅ぎつけて、目ざとく鼻を鳴らしてくる。
「ふふふ、あなたって本当にかわっているわね。甘いものが大好きな犬なんて・・・」
 言いながら、皿に付着したクリームをすくって差し出してやる。
 クローブは嬉しそうに舌を伸ばし、ベロベロと指を嘗め回しはじめた。
「・・・・・・んっ」
 鈴音の顔が僅かに歪む。身体を曲げた際、肩の傷が擦れたのだ。
「・・・・・・」
 手が自然と胸のボタンにかかる。
 頬が紅潮し、体温が少しずつ上がっていくのを感じた。
 ボタンを全て外すと、袖をずらして肩を出す。
 一昨日さんざんいじったせいか、みみず腫れは未だひいていなかった。
「あっ、く・・・あぁぁあああっ!」
 傷に触れた瞬間、痛みとともに秘唇が愛液を分泌した。
 感度がひどく上がっている。
 鋭い痛みはそのまま股間への刺激に変わり、ほんの二十秒ほど傷をいじっただけで鈴音の秘所はグチャグチャにとろけていた。
「ん、んああぁぁ・・・痛いの・・・気持ちいい・・・ふ、くふぅぅ・・・」
 そんな言葉が紡がれたが、鈴音自身がそれに気付くことはなかった。
 身体が慣れてきたのか、指で恥丘をさする程度では物足りなくなってくる。
「・・・ん、もっと・・・・・・」
 もっと刺激が欲しい。だが、やはり指を挿れるのには抵抗があった。
 何か方法はないかと、鈴音は視線をさまよわせる。
 ・・・こちらを見つめるクローブが、その目に留まった。
「・・・・・・・・・・・・」
 ごくり、と鈴音は唾を飲み込む。
 そして、おずおずとパンティを脱ぎ捨て―――足を開き、皿に残っていたクリームを秘部に塗りつけた。
 クローブが鈴音の足元に潜り込んでくる。
 そして大好物のクリームの匂いを嗅ぎつけ、鈴音の股間に顔をつっこんだ。
「あ・・・っ!ふっ、あはっ、ああああぁぁあ!」
 ザラザラとした舌が敏感な肉びらをこすっていく。
 自分で慰めるときの何倍もの刺激に、鈴音はビクビクと痙攣する。
 体じゅうの筋肉が弛緩し、半開きになった口からは唾液があふれ出てきた。
 無知で無邪気な飼い犬に恥かしくいやらしい行為を手伝わせている。
 そう考えるたびに、背徳で鈴音の背筋はゾクゾクと震え上がった。
 舐めとることに夢中になり荒くなった鼻息が、ますます鈴音の羞恥心を膨れさせる。
「んんんっ・・・だめぇ・・・こんな・・・あ、あああぁ・・・恥か・・・しい・・・ふあぁああっ」
 腰が砕け、ずるっと身体が滑る。
 その拍子に、ちょうど充血した鈴音の敏感な肉芽がクローブの舌先に差し出された。
 まだ外気に慣れてもいないその部分が、ざらついた舌に容赦なく舐られる。
 それは鈴音が求めていた以上の衝撃を彼女に叩き込んだのだった。
「―――ひぃっ!や・・・うぁ、あ、ああああぁぁああぁぁぁーーっ!!」
 一瞬の硬直。その後、鈴音はその涼しく美しい声が裏返るほどに絶叫し、果てた。
「・・・う、うぁ・・・・ぁ・・・ぁ―――」
 もともと丈夫でない身体に過度の負担がかかり、意識が遠のく。
 明らかに自分はは異常な体質に変わりつつある。
 それに気付きながらも、鈴音は自分の中で湧き上がってくる未知の感覚を拒めなくなってきているのだった。

< 続く >

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