The Galactic Chasing

『ティナ、繰り返すよ。これ以上の追跡は危険。
 流星群のうちのどれかにヒットしてグシャグシャになっちゃう。
 腐れ縁の旧型プラネット・ホッパーも今日でスクラップだってば!』

「うるさいっ。ダニーボーイは突入傾斜角の計算に集中するの!
 ホッパーなんかとっくに今回の追跡(チェイス)の質草になってるわよ。
 高い投資してここまで追い詰めたのに、ここであいつら逃がしちゃったら、機体が無傷で戻ったところで、どのみちオ・サ・ラ・バ。
 だったらここで行くっきゃないでしょうがっ。」

 第四太陽「ナーガ」に飲み込まれようとしていく流星群の中に、ティナのお目当てのラット型巡空艦が分け入っていく。
 中型巡空艦の質量と装甲強度を頼りに、隕石の洪水の中を潜り抜けていくつもりのようだ。

「このまま振り切られたら絶対マズい。
 ナーガの裏側まで回られたら、私たちの負けよ。
 くそっ。まるであいつら、こういう事態を予測して備えてたって感じね。
 やってくれるじゃないの。」

 ティナは肉厚な唇を軽くかみ締める。
 高い鼻と、大きな瞳、カールした長い睫は、それぞれがティナの人間離れした美貌を表現している。そしてこの艶っぽい唇は、彼女の勝気で男勝りな性格を主張しているようだ。
 迫力ある胸と、躍動感溢れる、メリハリのあるボディーラインは、燦然と輝くような、彼女のバイタリティを誇示している。
 これが昨今、第4銀河系を行きかうアウトローたちの話題を独り占めしている、「銀河系1イイ女」と呼ばれる、賞金稼ぎだ。

『そうだね。この流星群を抜けた地点でワープされてしまったら、ナーガの太陽フレアから出る大量のX線と高エネルギー荷電粒子の渦のせいで、航跡は完全に分析不可能になる。チェイスも失敗。
 でもその前に、腕利きのバウンティ・ハンター気取るんだったら、もっと自分の身を案じてよ。
 巨大隕石同士の引力が干渉しあっていて、軌道共鳴が起きてる。
 離心率と軌道傾斜角の共鳴が多元計算になっていて、ホッパーが理論上安全な航路を弾き切れないんだ。
 衝突一発でオシャカになる確率だったら弾くまでもないけどね。』

「無駄口はいいの。理論上安全な航路なんて求めてこの稼業始めるバカはいないわ。
 ダニーボーイ。アナタが直接、操舵回路に接続して。」

 ティナの相棒である電子頭脳、ダニーボーイが、プラネット・ホッパーの動性制御プログラムにアクセスする。
 ティナの正面にある、メインモニターの表示の色が黄色から緑に変わった。
 ティナはモニターに背を向けて、スーツのジッパーを胸元から顎の下まで上げながら、ハッチに向かおうとする。

『ティナ?急旋回や急停止が頻発しそうだから、ちゃんとステアシートに座っててもらわないと困るよ。一体どこに行こうとしてるの?』

「敵さんが考えてることを先回りしようとしてるの。
 ・・・要塞化鉱山襲撃団の司令塔ラドコフ。元は軍人だったっていうじゃない?
 ちゃーんとそのへんは抜かりなく調べてるわよ。公認の情報屋ばっかり頼りにはしてないんだから。
 連邦評議会時代のヘンリック星雲師団17連隊っていったら、星間ゲリラ戦の専門家集団よ。
 隕石の洪水に紛れ込むなんて、一見苦し紛れなことしているようでいて、実は自分のホームにおびき寄せている。わざと、・・・私を仕留めるためにやってるはずよ。
 必死こいて逃げ切ろうとしてるような振りして、実のところは、てぐすね引いてアタシを待ち構えてる。絶対にそうよ。」

『太陽に向かってる流星団の中での待ち伏せ作戦?完全にイカれてるね。
 する方も、するかもしれないって感づく方も。』

 ダニーボーイの声が先ほどと少し変わって聞こえる。
 操舵回路に繋がって、メインモニターのスピーカーから発声しているからだ。

「巡空艦ラスコーリニコフは既に、私を呼び寄せるためのデコイになっていると認識。
 乗っていた敵さんたちは全員離艦済み、さらに対戦闘機用ランチャーでもって、直接ホッパーの狙撃を図っているわ。巡空艦のこれまでの動きと、隕石に隠れてこちらから死角になっていた時間から、彼らの潜んでいそうな場所、割り出せる?」

『計算完了。標的7名が全員、対放射線強化防護服で潜伏を完了していると仮定すると、移動時間から算出して11時の方向、画面上F11枠の隕石群の中に潜んでいるものと予測するよ。
 僕らはあと3分半から4分で、彼らのランチャーの射程圏内に入るかな。』

 モニターの左斜め上の四角い枠が、赤く点滅する。ティナはふいに緊迫感のない声を出した。

「あっらー、サエてるーぅ。私の勘、ピッタシじゃないの。・・・さぁ、お仕事、お仕事。」

 嬉しそうにランドセルタイプのブースターを、バトルスーツの上に直接背負おうとする。
 後頭部のパーカー式ヘルメット格納機が反応して、ティナの頭部を透明のカプセルヘルメットで覆った。スーツが大気圏外活動体勢へと変化している。
 もちろんダニーボーイは慌てた。

『だから、なんでティナはバトルスーツだけで出ようとしてるんだよ?
 この放射線濃度だと被爆まで7分24秒しか持たないってば。至急防護服の装着準備。』

「だーかーらっ、それじゃあ間に合わないでしょ?
 あいつらが重たい装甲防護服に入り込んで息潜めてるんだったら、バトルスーツと携帯ブースターだけで俊敏に掻き回してやるしかないじゃない。
 7分24秒?6分でじゅうぶんだってば。」

『待って、ティナ。まずい。ナーガを見て!フレアが出る。磁気嵐で、僕とも通信不能になるよ。
 4分で視界、通信、双方とも回復させるから、それからの離艦にしてよ。提案します。』

「却下。それじゃ遅い!ラドコフなら一撃で打ち落とすわ。おまけに奴ら、オペレーション中は通信なんかに頼らないで連携してくるなんて朝飯前よ。
 こっちからフレアの光に紛れて仕掛けていくしかないんだってば。
 6分で帰ってくるから、ホッパーはここで待機!」

『イカれてるよ。・・・ハッチ、オープン。
 当機は磁気嵐が止むまで、9時方向の大隕石群との相対位置を維持したまま待機。
 汎用サポート人格プログラム・ダニーボーイはこれより4分間、機能を停止します。』

「了解。行ってくるわね、ダニーちゃんっ。お土産はムサいオヤジが複数名。生死は問わず、よ。」

 ティナがハッチから飛び立つ際に見せた投げキッスは、第四太陽・ナーガが噴出したフレアの閃光と、磁気嵐が生むレーダーの悲鳴にかき消された。
 ダニーボーイは自分のメインプログラムを保護のために停止させて、宇宙線の津波に備えた。

 ・・・

『ティナ?聞こえる?ティナ・・・・、生きてる?』

「あ、通信、回復したんだ。思ったよりも磁気嵐の沈静化に時間がかかってるわね。」

『首尾は?』

「バッチシに決まってるでしょうが!後ろを振り返るのにも苦労するような、大昔の装甲服着てるオッサンたちなんて、近づいたが最後、一網打尽よ。チョロいっつーの。
 ラドコフ以下の賞金首6名。武装解除して確保したわ。
 早くこっち来て、捕獲網投下しちゃって、保護ハッチに送ってちょうだい。」

『6名・・・了解。生死、負傷状況は?』

「1名は無反動レーザーライフルで肩を撃ち抜いたんだけど、確保かなわず。
 隕石の一つに引き寄せられて自由落下運動始めちゃったわ。残りの6名は生存。
 3人か4人、硬質伸縮鞭の電撃でぶちのめしたけど、当局指定の引渡ステーションが遠くなければ、治療の必要はないと思うわ。」

 ・・・

「・・・・こちらラドコフじゃ。隔離房からコックピットもしくはキャビンと通信をしたい。
 メインコンピュータかヴォエージ・ナヴィゲータか知らんが、頭のおかしな賞金稼ぎの娘さんに話をつないでもらいたい。」

 しわがれた、老人の硬質な声が機内通信のマイクを通してコクピットまで届けられる。

「聞こえてるわよ、ラドコフ。弁護士呼ぶんだったら、ステーションについてからにしてね。
 アタシはそういうケアとかする立場じゃないんで。」

「弁護士なんぞいらん。・・・セルゲイの最後と、ワシらの船がどうなったか、教えてもらえるか?」

「フレアの余波の中で背後から回りこんだから、私のライフルの方が一瞬早く彼を捉えたけれど、同じバトルスーツだったらどうなってたか、わかんなかったわ。
 彼は肩を撃ち抜かれながら2発目を打とうとしてバランスを崩して、足場を離れちゃった。
 変則的に干渉しあってる引力に絡めとられて、ゆっくり大隕石に引っ張られていったのよ。
 確保しに行こうとしたけど、私はその時、別の奴に位置を捕捉されたから、応戦に集中した。
 気の毒だけど、自由落下運動に入っちゃったわ。確保は不可能だった。
 それからあのラット型の巡空艦は、デコイになったまま流星群と漂っていたから・・・。
 ダニーボーイ、計算出来る?・・・そう・・。流星群と一緒にナーガに飲まれていって、あと1分4秒後に気化する見通しよ。」

「・・・そうか。ティナ・ラ・ヴェスパ。スズメバチのティナとは、噂には聞いておったが、所詮は賞金稼ぎの小娘一人と・・、敵とも思っておらんかった。耄碌したな。
 わしの完全敗北じゃ。巡空艦では小回りの効くホッパーを打ち落とせず、それではと身軽にして待ち伏せたつもりが、まさかバトルスーツのみで跳ね回りおるとは・・。
 白兵戦で遅れを・・クックック。ゲリラ戦の17連隊の名を最後の最後まで汚してしまったな。」

「ダニーボーイ・・・、モニターの映像を捕獲室に回して。・・うん。いいの。
 ラドコフ・ルカチェンコ中尉。アンタたちのケアするのは仕事じゃないけど、特別に外部モニターをそちらに繋ぐわ。まだナーガが見えるんじゃないからしら。
 左端のあたりでチカチカ明滅してるのが、流星群の先端と、・・・それと運命を共にしていくものたちよ。」

「・・・・。当機機長の、その蛮勇に似合わん心遣いに感謝する。
 諸君。名誉ある戦死を遂げんとしているセルゲイ・ボヴァルスキー特務曹長と、連隊最後の巡空艦、ラスコーリ二コフに敬礼!
 本日を以ってラドコフ特務中隊は解散する。ご苦労だったな。獄中での諸君の平穏な余生を願う。」

 ・・・

『ねえティナ。今回の相手、相当ヤバかったよね。
 いつものチンピラとは一味も二味も違って、物凄い手強かったよ。
 ベルトットが流してきてた情報では、ただの軍人崩れのゴロつき集団ってはずだったのに、まさか「置いてけぼりの」ヘンリック星雲師団の生き残りだったなんて、まるで詐欺だよ。』

「Aマイナス2の賞金首なんだから、公認の情報屋もあんまり回すネタを持ってないんでしょ。
 大体Aクラスの賞金首周辺なんて、みんなどっかしら当局からしたらつつかれたくない話を孕んでるもんなんじゃないの?
 政府も、肝の情報は隠蔽しながら、とにかく捕まえて来いだなんて、ホント都合のいいタヌキよ。
 ・・・まあ、おかげで賞金が上がるんだから、お互い様ってとこだけどね。」

『でも、今日みたいな追跡の仕方じゃ、絶対にティナはどこかで大失敗をするよ。
 超高濃度の宇宙線の中に、いつものバトルスーツだけって・・・、作戦のマージン1分24秒って・・。
 ありえない。相手がプロ中のプロだったから、たまたま非常識なティナのやり方がハマったけど、こんなやり方は、今後絶対に改めるって約束してよ。BとかCクラスの賞金首あげてる時とは、もう違うんだからね。反省してよ。』

「はいはい・・・気をつけますよーっと。
 まー、どっちみち、母国が消滅してからも10年以上抗戦だって言い張ってテロ続けてるようなボケ老人には、負けるわけなかったと思うけどね。化石みたいな装甲服なんか着ちゃってさ・・・。
 あっ、もうステーション見えてきたんじゃない?
 着いたら一杯やりたーい!引渡完了したら、大至急、電送換金処理してねっ。ダニーちゃんっ!」

『はぁ・・・、なんだか今日は、相棒の賞金稼ぎよりも賞金首の方に感情移入したくなっちゃう。
 別に僕の感情アルゴリズムにバグが出てるわけじゃないと思うんだけどなぁ・・・。』

 ・・・

「で、バカンスはどうだったの?ティナちゃん。
 ミントブルーの海のコテージでゆっくり休養するって聞いてたけど・・・。
 アクアマイダス星かー。いいよなぁ~。
 あ、あと聞いたよ。旧式のプラネット・ホッパー、3千万チェントも払って、また増強したって?
 そんな金あったら、新型買おうよー。俺さ、いい店知ってんだけど。」

「悪いけど、このホッパーで間に合ってるわ。アンタと連絡取る時は、紹介して欲しいのは戦闘機じゃない。わかるでしょ?ベルトット。」

 生え際が後退した、小太りの男が、馴れ馴れしい口調で話す。
 メインモニターの正面で、ティナは濡れた髪を撫でつけながら応えた。
 シャワーを浴びた後で、バスタオル一枚身にまとっているだけの彼女は、モニターに写っている情報屋のベルトットの反応に構う素振りもなく、リラックスしてビールを飲んでいる。
 椅子をクルクルと回して回転すると、右肩の後ろに彫ってある、スズメバチのタトゥーが、彼女の陶器のような白い肌にくっきりと際立って見えている。
 体質のせいで、どれだけビーチで日光浴をしても、この透き通るような白い肌は日焼けをすることがない。
 引き締まった腰や太腿に似合わない、豊満な胸の隆起を、バスタオルはとても隠しきれない。
 ベルトットは思わず生唾を飲み込んでしまう。

 ――まったく、はちきれんばかりのナイスバディってのは、こういうのを言うんだろうな。
 この顔と体だったら、賞金稼ぎやめたって、いくらでも金ヅルみつけてこられそうだぜ。
 ま、この性格叩きなおさないと、誰でも大火傷しちまうだろうけどなぁ。

「わかってるよ。今最新の賞金首ファイルを送信した。届いた?
 今月のターゲットちゃんたちだ。誰が「蜂の一刺し」を食らうのか、みんな不安そうな顔してるだろ?」

 ベルトットの調子のいい口調とは裏腹に、転送されている賞金首一覧表の顔はどれも、極悪の人相でこちらを睨んでいる。ティナは退屈そうな表情で、一覧表をスクロールしていく。

「最高でもBマイナス1ってのは、よっぽど暇な月でございますわね~。
 まあAクラスってのばっかりそうそう出てたら、さしもの第3次銀河同盟だって屋台骨が揺らいじゃうんだろうけど・・・。
 Aはこないだのラドコフ以来なしって訳ね・・・。・・・・ん?」

 スクロールしていくティナの細い指がふと止まる。深みのあるグリーンの目が、カッと見開かれた。
 ベルトットが察したように慌てて口をはさむ。

「お、おう。今月Sが1人紛れ込んでるけど、気にすんな。異常値みたいなもんだよ。
 そいつは、かのヴィアンデンシュタイン子爵。大手の奴隷商人だ。来月にはリストから消えてるよ。」

 コントロールパネルに触れている、ティナの両手がワナワナと震え始める。

「奴隷商人・・・。人間のクズね。なんでこんな奴がSクラス評価なの?賞金も5億チェント。
 当局もずいぶんと奮発してるじゃない。」

 ティナが拡大した男の写真は、周囲のいかつい強面たちとは、少し様子が違っていた。
 水色の皮膚は、グルガルタ星域あたりの出身を想像させる。
 陰気そうな、痩せたその男は、目を細めて微笑んでいた。
 男なのにどす黒い口紅を、酷薄そうな薄い唇に塗っている。上流階級を気取っているのだろうか。

 嫌いなタイプの悪党なんて、挙げていけば限がないほど沢山の類型に分かれているけど、こいつはその中でも最も嫌いな、虫唾が走るタイプ。ティナはそう、直感的に悟った。

「銀河同盟からのプレッシャーで、一時的にでもリストに載せる他なかったんじゃないか?
 本来だったらうちの銀河系で、子爵が追われるなんてことはないはずだよ。
 政府の上層部とつながってるって噂があるぜ。」

「だから、なんでたかが奴隷商人なんかが、そんなに力を持ってるの?
 同盟から目をつけられるとか、当局とつながってるとか、・・・ただの密売業者じゃ、ありえないじゃない。」

「今からだと、もう、20年前か?第2銀河系のエイゼル戦役の中で、ウィストリア大捕囚ってのがあっただろ。ウィストリア星の住民が全部民族浄化されて、殺されたか売り払われたってやつだ。あの時の捕囚で大きく力をつけたのが、この子爵って噂だぜ。
 戦役後の復興や第19次コロニー倍増計画とかあって、人手が極めて不足してた頃だったから、政府とも裏で繋がって、プランテーションへの奴隷輸出や性奴隷提供の大口供給源として、頼りにされたみたいだな。
 その時に一気に勢力を拡大。今では中小の星域司法機関はうかつに手も出せないような、顔役になられたって訳だ。こういう輩は取引の上手い政治屋さんたちに任せて、アンタはもっと、生きのいい悪党相手に暴れまわりなよ。
 D42コロニーでサイバー・シリアルキラーが出没したらしいけど、これなんかどうだい?
 今週末にはBクラスぐらいでリスト入りしそうなタマだ。」

『・・・ティナ?心拍数が乱れているよ。血圧の上昇も異常なレベル。
 どうかした?ベルトットとの通話を一旦切断しようか?』

 ホッパー・コックピットのスピーカーから、ダニーボーイが心配そうに声をかける。

「大丈夫よ、ダニー。・・・ベルトット、ヴィアンデンシュタインの資料を出来るだけ多く集めて。
 何処にいて、何を食べていて、何をしようとしているのか。
 期限は可能な限り早く。遅くとも今週中よ。
 私はこれから、武器の新調にE23コロニーのハイエナ・ニコニコ商会に行ってるから、何かわかり次第、繋いで。」

「お、おいティナ、落ち着けよ。言っただろ?
 当局は同盟からのプレッシャーでやむなく今だけこいつをリストに載せてるけど、こいつの捕獲なんて求めちゃいないよ。ヤバいヤマだし、骨折り損になる。リスクが高すぎる。
 こいつは止めておいてくれよ。今お前を失ったら、俺の店は辛いんだぜ。」

「一つ教えてあげる、ベルトット。私のルーツはね・・・。その、ウィストリア星なのよっ!
 母さんの同胞を殺して辱めた奴らを、ずっと探してきたのよ。畜生!」

 興奮したティナが拳でパネルを叩き割ると、慌てて何かを叫ぶベルトットの画像が途切れた。

『ティナ、落ち着いて。ベルトットは口は悪いけど、僕も彼の趣旨には賛成だよ。
 ヴィアンデンシュタイン子爵が誰とどう繋がってるか、わかってからでも遅くない。
 有名人であれば、いつでもチェイス出来るはずだから。今、焦って行動するのは軽率だと思う。
 君の言いたいことはわかるけど、今は子爵追跡は時期尚早。着実に結果を積み上げていこうよ。
 提案します。』

「却下。・・・こんな奴、放っておいたら次々と新しい被害者作っていって、それを糧にさらに強大な勢力になっちゃう。許せない・・・。今よ。
 この銀河系のどこかにいるっていう、今を逃したら、奴をチェイスすることはさらに困難になるわ。
 ダニーボーイ、ホッパーの進路をE23コロニーに設定。新装着の追加ブースターを試行しながら、最短時間で着く航路を計算して。・・・ヴィアンデンシュタイン子爵。待ってなさい。
 ウィストリア星人の恨みを、もうすぐ晴らしに行くからね・・・。」

 ・・・

 乾燥した荒涼とした砂漠。ガルダ星全体の印象はそれだ。
 空が禍々しい程の赤さに染まっている。この星はかつて、ガルダ星系プランテーション経営の拠点となっていた。
 今ではその頃の名残だけを頼りに生きている、廃墟寸前の星のようだ。
 その砂漠に着陸したプラネット・ホッパーに、環境偽装処理を行っている人影がある。
 バトルスーツの上にローブを羽織っている、ティナだ。

『結局なんの作戦も立てないまま、来ちゃったけど、一体これからどうするつもり?
 中継都市の酒場にでも行って、子爵の情報を集めるの?この星を上空から見た感じだと、何処へ行ってもほとんどゴーストタウンって感じがするんだけど・・・。』

 ダニーボーイの声がティナの右耳に響く。
 今彼は、ティナが装着するゴーグル一体型の片耳ヘッドホンに内蔵されている、電脳頭脳の中で機能している。

「そのぐらい計算済みよ。どっちみち酒場でいい情報待ったって、大した成果はあがらないわ、こんな星じゃ・・・。一番いい情報は、自分の足で稼ぐのよ。百聞は一見にしかずってね。
 子爵が滞在する基地まで、ここから4kmぐらいだそうよ。もうすぐ日が暮れる。
 直接偵察に行くのよ。」

 顔の上半分を覆うゴーグルと、全身を包み込むローブで直射日光から身を守りながら、ティナが砂漠の中を歩き出す。腰のホルスターには、新調した無反動レーザーライフルと、愛用している硬質伸縮鞭が収まっている。

『ティナってば。止めようよ。相手がどんな武装をしているのか、どんな体勢で隠遁しているのかもわからないで、隠れ家に忍び込むなんて、危険すぎるよ。今回のティナはいつもに増してイカれてる。
 同胞の仇を討ちたいっていうのはわかるけど、これは無謀だよ。』

「大丈夫だーっての。別にいきなり襲撃する訳じゃないんだから・・・。
 相手がどんな武装をしていて、どんな体勢なのか、それを潜入して調べてくるんじゃないの。
 ジャッカルのところで買った、要塞破壊用の大型機銃もホッパーの中なんだし、今本気でことを構えるつもりはないわよ。潜入はお手のものよ。
 全部この、ティナ・ラ・ヴェスパ様に任せておきなさいって。」

 ・・・

 砂漠のど真ん中に、蟻地獄のように作られた地下要塞は、重厚な構えを持っていた。
 夜の砂漠は急速に冷える。ティナはダングル鋼の外壁を、レーザーライフルの出力を調整しながら、連射して焼き切った。ミサイル攻撃に耐えうる防御壁も、最も薄い部分に焦点を絞った高出力レーザーを長時間当て続けられると、バターの様に融解する。
 ティナは慣れた手つきで丸い穴を作って、要塞内に潜入していった。
 内部に深く潜入していくうちに、やり過ごした警備兵6人。気絶してもらった警備兵は3人。
 建屋のわりに、中の警備は薄いようだ。薄すぎるといってもいい程かもしれない。

「この部屋は・・・、戦闘時の兵士の詰め所みたいなところかしら?
 広さのわりになんにもないとこね。でも外の構造からすると内壁が妙に厚い・・・。どこかに、もっと深部に繋がる連絡口でもあるんじゃないかしら?」

『今って地下30メートルぐらいじゃないかな。ちょっと深入りしすぎだよ。
 何かあった時の退避ルートも、まだ二通りしか確保してないじゃない。
 これ以上闇雲に進むのは危険だよ。』

「もー、ダニーボーイの心配性!今のところまでだったら、大した情報取れてないじゃない。
 せめて子爵の居場所が突き止められるぐらいのところまでは行かしてよ。
 じゃないとここまで何のために来たんだかさっぱり・・」

 カンッ、カンッと金属音がして、彼女の言葉を遮る。
 トーチが二方向からティナの姿を青い光で照らした。
 ティナは反射的に真横に飛びのいて、レーザーライフルに手を伸ばす。
 ホルスターから離れた小型のレーザーガンは、瞬時に銃底が拡張、銃身を1メートルにまで伸ばし、ライフルの形を取る。4回転程寝返りをうちながら、ティナは二つのトーチを破壊する。
 戦闘中の中距離射撃こそ、ティナの得意技。「蜂の一刺し」と悪党たちが恐れる技術だ。
 ティナが寝返りからそのまま跳ね上がって着地した時には、既にもう片方の手には硬質伸縮鞭が構えられていた。電撃用放電スイッチも押されている。
 この間わずかに1秒。バトルスーツの筋力強化効果と、彼女の磨き上げられた運動神経の高いレベルでの調和の結果だ。

 しかしその時点で既に、ライトはトーチから部屋の主電源に切り替わっていた。
 ティナが見上げると、円形の詰め所の上部に、部屋を囲むように作られている通路には、20名以上の重武装兵が臨戦態勢で待ち構えていた。部屋の真ん中で立ちすくむティナ。
 その圧倒的に不利な状況は、ダニーボーイが解説するまでもなかった。

「よう。久しぶりじゃねえか、スズメバチのお嬢ちゃん。こないだの借りを返させてもらうぜ。」

 野太い声が、円形の詰め所に響き渡る。聞き覚えのある、しかも、ここで最も聞きたくない声だ。

「あらゼーゲル。アンタ、出所が早すぎじゃない?半身不随になってるって聞いたけど、あっちの様子はいかが?」

 ティナはあくまで強気に応対する。しかし彼女を見下ろす、かつての宇宙海賊の親玉は、ティナの予想を裏切って、激昂することもなく応じた。

「ああ、その辺の借りはきっちり返す。だが今は俺様も人に雇われて働く身だ。
 まずは命令をきっちりこなすぜ。見てみな。お前を待ってた方がいる。」

 両足が明らかに太い機械で出来ている、異様なシルエットの巨漢の男は、喋りながら指を鳴らした。
 円形の部屋の天井に画像が映る。作戦会議用か、この部屋はドーム状の天井にも丸い床にも、モニターが備え付けられているようだ。
 そして天井一杯に移った水色の顔の男は、写真以上に薄気味悪い、歪んだ笑みを浮かべていた。

「ようこそ、私の避寒地へ、ミス・ティナ・ラ・ヴェスパ。私の差し向けたエスコートたちが、無作法な出迎え方をしていないとよいのだが・・・。歓迎しよう。売り出し中の賞金稼ぎさん。」

「アンタがこのムサ苦しい基地のボス?想像通りの陰気くさい人みたいね。
 わざわざ忍びこんで、確かめる必要なんてなかったかな?」

『ティナ。この待機体勢を見ると、やっぱり罠だよ。
 僕らが来ることを知ってて、おびき寄せたんだ。退避ルートBへの緊急避難を提案します。』

「ちょっと待って、ダニーボーイ。どうせ退避ルートも潰されてると思う。
 もうちょっと落ち着いて、本腰入れて新しい展開を作り出さないといけないわ。」

 ティナがゴーグルをゆっくりと額の上に上げる。
 その間、ダニーボーイと彼女は、50センチ先からも聞き取れないような小声で、短く言葉を交わす。
 骨伝導で会話が出来るので、ティナは口を開かずに話をしているのだ。

「相談中かな?私たちが罠でも張っていたと警戒しているのかな?
 そこらへんを確かめたいのであれば、回線を繋ぐから、もう一人の君のお友達に確かめておくれ。」

 子爵が目を細めて言うと、小型のスクリーンが子爵の顔の右下に展開し、バツの悪そうな表情をした、小太りの男が映し出された。

「ベルトット!アンタが裏切ったの?私に基地の在り処を教える振りして・・・、子爵にアタシを売ってたんだね?」

 ベルトットはティナの目を見て話そうとしない。ごまかすように、妙な笑顔をとりつくった。

「お・・、俺の忠告も聞かずに、どんどん突っ走るからだよ。
 調べてわかったんだが、子爵はやっぱりこの第4銀河系共和政府の上層部と繋がっていた。
 辺境開発局長の下の世話までやってたんだぜ?仮にお前が子爵を捕まえたとしても、すぐに上は理屈を作って子爵を釈放するはず。懸賞金は十分の一も出やしねえよ。
 そうしたら俺はどうなる?お前に情報を提供した俺の店はどうなるんだ?
 一匹狼のバウンティ・ハンターなら宇宙のどこでも行って、気侭に生きていけるかもしれないが、俺は家族持ちだぜ?子爵の報復から逃げられねえよ。なんでそういうことに気がまわらねえんだ。
 なんだってお前はいつも、どんどん突っ走って・・・。すまん。俺には女房子供もいるんだよ。」

 キーーィンッ!

 ベルトットが写っているモニターに、レーザーライフルが穴を開けた。
 額の部分に穴が開いているベルトットの画像は大きく乱れている。

「まあ、そういうことだよ。ミス・ティナ。君の追跡劇はここで終わった。
 ここからは私のゲストとして、夕食にでもご一緒して頂けないかね?」

「人さらいの下衆野郎が、表面だけ紳士ぶったって無駄よ、子爵。
 モテないブ男以外に誰が性奴隷ビジネスなんかに手を染めようとするっていうの?」

「フフフ。不思議なものだね。私の前に立った女性のほとんどが、私と私のビジネスのことを精一杯非難する。そしてそれらの女性のほぼ全てがそのビジネスに身を投げ込むことになる。
 何が不思議かと言うとだね、それら女性たちは100%、私と会った数日後には、私に性奴隷にされたことを泣いて感謝するんだ。これはもう、本当に100%そうなんだよ。
 嘘だと思ったらティナ、君も試してみるかね?」

「それは無理ね、子爵。私は今、ここからオサラバするんだから。」

 ティナがそう口にした瞬間、部屋の天井の一角が、閃光と共に爆発した。
 つい先ほどまで、ベルトットが写っていた場所だ。ゼーゲルが悔しそうに叫ぶ。

「ただのレーザーじゃなかった!遅効性光学爆破弾だ。野郎共、パニクるんじゃねえぞ!
 出入り口は塞いである。落ち着いてあのアマをとっ捕まえんだっ。」

 22名の重武装兵が、上階の通路から床に同時に飛び降りる。
 しかし爆発で割れ落ちる、モニターの破片の中を、ティナは軽々と舞う。
 伸縮鞭が男たちの武器を一つ一つ叩き落し、変幻自在に翻弄していく。
 きらめく破片の吹雪の中、美女は巧みに男たちを倒して跳ね回っていく。

「ライフル新調した甲斐があったってもんね。ダニーボーイ、じきにゼーゲルも降りてくるわ。
 5分持ちこたえるから、その間にこの部屋の構造から、もう一つの出入り口を割り出して。
 爆破弾はあと4発よ。いや、要塞の壁破るときにも使いたいから、3発かな。」

『了解。音の反射を計算して、壁が薄くなってる部分を5分以内に割り出すよ。
 ・・・それよりティナ。この部屋、さっきより電磁波濃度が上昇している。
 敵も何か仕掛けてくるかもしれないから、気をつけて。』

 ダニーボーイの言葉と同じタイミングで、ティナが一瞬、方向感覚を失いかける。
 何か、キーンという、電気音のようなものが頭に響いたような気がする。
 戦闘中のティナは、頭を振って、気を取り戻す。

「わかったわよ。ってか5分あったら、ひょっとしてゼーゲルごと、私がみんなやっつけちゃうかもね。ほらよっ」

 ティナが後方から銃撃してきた男の頭を踏みつけて、高々と飛び上がる。
 着地した時には、その男は鞭の電撃を浴びて床に伏していた。

「そろそろ必殺技出しちゃうわよ。食らえっ」

 ティナが得意気にバトルスーツのジッパーを、首元から下ろしていく。そして大声で叫んだ。

「おっぱいビーィィム!」

 一瞬部屋を沈黙が包んだ。
 上から見下ろしているゼーゲルが一人、下卑た声で笑い出す。
 戦っていた敵の男たちも、徐々に低い笑い声を出し始めた。
 キョトンとしているのは、バトルスーツを開いて、無防備な胸を晒しているティナだけである。
 放り出された豊満な胸がプルプルと揺れている。

『ちょ、ちょっと、ティナ!何やってるの?ふざけてる場合じゃないって。状況を考えてよ。』

 ダニーボーイが悲鳴をあげる。
 ティナは、自分のやっていることの異常さに少しずつ気づき初めて狼狽するが、まだ状況がつかめていない。

「あ、・・あれ?なんでアタシ・・・。・・っと、ビームが出ないのは・・・
 ち、乳首が立ってないからだっけ?」

 赤くなりながらも真顔で、戦闘中に自分の乳首を両手で摘んでこね始めたティナを見て、周囲の男たちから完全に緊張感が消えた。

『この、馬鹿ティナッ!なんで胸からビームが出るんだよ!レーザーライフルは腰のホルスターッ。
 さっきバク転しながら敵をかわす時に、収納したでしょ?』

「そっ、そうだ。アタシ・・・。クソッ、混乱してる。」

 赤面しながら大急ぎでジッパーを上げたティナは、自分の頭を右手で小突いて、照れ隠しをする。
 左に飛びのいて、敵の一人を蹴り飛ばす。しかしなぜか敵は、完全にガード体勢になっている。

『もう、ティナってば、しっかりしてよ。戦闘中だよ?欲求不満か何か知らないけど、乳イジりは終わってからにしてよ。ふざけて戦って勝てる相手じゃないんだから。』

「わーかってるって!欲求不満なんかじゃないよ。私だってそんなつもりじゃなかったんだってば。
 見てなさい・・・、そらっ」

 ティナが今度はちゃんと手を腰に伸ばす。
 しかし今度は左手が鞭を手放して、またジッパーを下ろしていってしまった。今度は最後まで・・。

「クリトリス・フラーッシュ!・・・どうだ!」

 今度は重装備兵たちもすぐに反応した。完全に気を許して、笑い転げているのだ。

『ティ・・ティナ~。何やってんのー。』

 ダニーボーイがまたも、呆れたような悲鳴を上げる。しかしティナは真剣そのものという表情で、床に座り込んで両膝を広げて秘部を見せびらかしていた。
 バトルスーツは膝から下までしか隠していない。ほとんど全裸同然の状況だ。
 大真面目に、自分の股間からビームを出そうと必死になっている。

「あれ~。出ない。おかしい。皮を・・、そうか、皮を剥いて・・・。
 後は・・・膣口を両手で開けて・・どうだっ。・・・出ないじゃない!おかしい!詐欺よ。」

『ティナ・・・?』

 ダニーボーイは、やっと気がついた。ティナは決してふざけていたり、戦闘の興奮状態で混乱しているわけではないのだ。

『この部屋のどこかから、電波がティナに向かって定期的に発信されている?
 ティナ・・・もしかして洗脳装置か何かで、運動記憶を操作されてるの?』

「くそー、ビームが出ない。これでどうだ!はっ、クリトリス・フラッシュ!フラーッシュ!」

 両足をさらに大きく開き、両手で体を支えて、腰を浮かすと、勢いをつけて大きく突き上げる。
 ダニーボーイの認識しているティナの行動規範からは、完全に逸脱している。
 ダニーボーイはやっと、敵の余裕ぶりの理由を理解した。
 部屋を囲んで設置されている通路から、一人室内を見下ろしているゼーゲルの手には、大型の通信機器のような、箱型機械があった。

「カッカッカッ。もうちょっとだけおふざけを続けさせてもらうぜ。
 おーい、ティナ。おかしいなぁ?ビームが出なけりゃ、俺たちは倒せねえぜ。
 お情けで教えてやろうか。お前さん、マ○コにマ○汁が充填されてない状態で、ビームなんか出るわけないだろうが。」

 ゼーゲルはガサツな声で喋ると同時に、手に持っている機械を操作している。

「そ、・・そうだったぁー!くそっ、新調したばかりの武器だから、慣れてないのよ。
 待ってなさいアンタら、すぐに全員ぶちのめしてやるから・・・、くそ、もうちょっと・・。」

 ティナは急いで自分の秘部を懸命にこすり始める。もはや階下の敵たちは完全に気を抜いて、ティナの醜態を嘲り笑っている。全員、重い防護ベストを脱いで自動小銃を下ろし、目の前で繰り広げられる、美女の破廉恥なショータイムを楽しんでいる。
 全員が理解しているのだ。ティナが、ゼーゲルが手にする洗脳機械の支配下にあることを。
 指笛を拭いたり下卑た冗談を投げつけたりして、既に戦闘不可能なティナをさらに貶めている。
 宇宙海賊ゼーゲルの一味として、彼女に何度も煮え湯を飲まされてきた彼らにとっては、これが積年の恨みを晴らす、最高のステージとなっているのだ。

『ティナ・・、聞こえてる?君は現在、ヴィアンデンシュタインの手による洗脳機械で、思考を支配されている。今君が考えていることは操作された思考の可能性がある。
 僕のナヴィゲートに従って、ここから脱出しよう。提案します。』

 ダニーボーイが必死でティナに呼びかける。あくまで意識の一部が制圧されているだけであって、まだ退避のチャンスがあるはずだ。

「そうそう、僕の声に従うんだよ。まずはこの、ゴーグルとヘッドホンを外して、床に置こう。
 そうしたら、立ち上がって、思いっきりこのヘッドホンの電子頭脳を踏み潰すんだ!出来るね?」

 ティナの頭の中で、ダニーボーイの声が二つ聞こえてくる。
 ティナは自分の危機をようやく少し認識した。

「わ、わかった。まずこのゴーグルとヘッドホンを外すんだね。」

『わ、ティナ、何で僕を外すの?駄目だ。君は操られてる。
 奴らは僕を、君の手で破壊しようとしてるんだ!』

 ティナがボンヤリとした目で、立ち上がる、膝にかかっていたスーツが足首まで落ちて、股間から滴り落ちる粘液を浴びた。
 床のモニターが点灯する。ヴィアンデンシュタイン子爵の陰気な顔が現れた。

「君の最大のミスは、裏切り者の情報屋に誘導されてここにノコノコやってきたことではない。
 その情報屋に、自分の生まれを漏らしてしまったことだよ。ミス・ティナ・ラ・ヴェスパ。
 ウィストリア星人の脳波パターンは、先の戦役での大捕囚の際に、散々研究し尽くされたのだ。
 君がウィストリア星人と知られた時点で、私たち洗脳技術の研究者にとっては、敵ではない。
 そう・・、玩具でしかないのだよ。興奮状態でうっかり漏らしたと聞くが、迂闊だったね。
 さあ、もう君には電子頭脳のナヴィゲーションなど必要ない。私たちが君を何処までも誘導しよう。
 ・・・ゼーゲル。」

「はっ。」

 ゼーゲルが指示を受けて即座に反応する。彼が機械を触れている指を動かすと、ティナは夢を見ているような虚ろな表情のままで、足でヘッドホンを強く踏み潰した。

 グシャンッ!

 中の電子頭脳は完全に破壊された。

「この後は、いかが致しましょう?直ちに子爵のもとへ?」

「構わん、積もる思いもあるだろう。しばらく君らの好きにしたまえ。」

「かしこまりました。」

 ティナはまだ、立ち尽くしたまま、小声で何かを繰り返し呟いている。

「・・・わなくちゃ・・。戦わなくちゃ・・、戦わなくちゃ・・。ダニーボーイ、提案は?
 アタシ、・・戦わなくちゃ・・・。」

 ゼーゲルは上階の通路から動こうとしない。ティナの様子をまだ伺っているのだ。

「ほう・・・、さすが意志の強い女だよ、お前は。だが脳波パターンを調べつくされちゃってたら、手はないわな。まっ、サンプルたんまり提供しちゃった、同胞たちを恨むんだな。ティナ。」

 ゼーゲルが送信機のボタンを弄り、口を寄せて何かを語る。
 急にティナの頭が、霧が晴れたようにはっきりとしてきた。

 ――そうだ、私は洗脳と戦わなければいけないっ。電波が脳を遠隔干渉しようとするのを防ぐには、どうすればいいの?・・・そう。思い出した。精液よ。精液が電波を遮断するっ。
 急いで精液の保護膜を作らないとっ!時間がないわ。早くっ。

「あの、ちょっとアンタたちに提案があるの。
 ・・・戦ってアンタたちを潰すのなんてチョロいけど、どうせアタシにやられて死ぬんなら、せめて最後にちょっとだけいい思いしたくない?
 実はね、みんなでアタシの体に、精液をぶちまけて欲しいの。
 そのためだったら、何しても今だけは許すから。みんな・・・、来て。」

 ティナが挑発的に腰をくねらせながら、近くの男に身を寄せると、他の男たちも雄たけびをあげて彼女に殺到した。
 積もる恨みはあるものの、絶世の美女の体を自由に出来る、またとないチャンス。
 我先にと自分の服を脱ぎ捨てて、全裸のティナに覆いかぶさった。

 ――ふふっ。こいつらだますのなんて、チョロいわね。
 こんな下衆野郎どもに体許すなんて本当だったら絶対に嫌だけど、今日ばかりは非常事態よ。精液さえ体中に被ってしまえば、子爵とゼーゲルもろとも、こいつらみんな蜂の巣にしてやる。それまでの我慢よ。
 ウフッ、みんな必死になっちゃって、・・いい気なもんね。
 私の作戦にまんまとひっかかってるのに・・・。
 全員、私の手のひらで踊らされてるなんて、思いつきもしないみたいね。ほんとチョロいもんよ。

 ティナは思わず笑みを浮かべるが、その口はすぐに異臭を放つ男根でふさがれた。
 必死でしゃぶりつくと、イチモツの血管の膨張がハッキリと口の中に伝わってくる。
 両胸を無遠慮な手が揉みしだく。両膝が抱え上げられて、股間にいきりたったものを押し込まれた。
 様々なポーズを強要される。尻の肉も大きく左右に引っ張られ、後ろからも強引に侵入された。
 悲鳴を上げそうになったが、口は喉元近くまで塞がれている。

 これは自分の作戦通り。これで私は助かる。その思いだけを支えに、ティナは気丈に男たちの求めを必死で受け入れた。
 口の中のモノが、いっそう大きく膨張する。唇を開くと、モノは口から離れて、ティナの顔に断続的にぶちまけられる。

 ―――これで助かるわっ!この調子でいけば、こいつらを倒せる。
 奴らの思い通りにならずに済むっ。

 ティナは美貌を敵の下っ端が放った精液で汚されながら、歓喜の表情を浮かべた。
 この精液を使えば、こいつらにホエ面かかせてやることが出来る。
 そう思うと、嬉しくてしかたがない。眉間から鼻の柱にかかっている精子を、誇らしげに顔中に塗りたくった。自信満々の表情で、上にいるゼーゲルを一瞥。笑いかけてやった。
 彼は未だに、ティナの作戦の存在にすら気がついていないに違いない。
 そうそう、この調子よ。ティナの思惑通りに、次々と男たちがティナの体に放出していく。
 至福の気持ちで受け止めるティナの体を、男たちは持ち上げ、次々に犯していく。

 口に、性器に、排泄器に、怒張したモノを突っ込まれ、なおも左右の手で別の男のものを撫でさすり、宙に浮いた足先でも他の男の股間を愛撫しようとバタバタしている。
 そんな、勝気な賞金稼ぎの異常な姿を、ゼーゲルは上から無表情に見下ろしていた。

「あーあー、嬉しそうに体にザーメン塗りたくって、こっち見てるよ。
 私の勝ちよってか?いつもみたいにチョロイもんよってか?
 無敵のスズメバチも、あっけないもんだなぁ。
 ・・・。第4銀河を荒らしまわった、かの宇宙海賊様の永遠の宿敵も、子爵の装置にかかれば、大喜びでチンポ咥えて離さない、ド淫乱に早変わりって訳ですか・・。
 しかしこうして見ると、人種レベルでの脳波全解析されちゃうってのは、よくよく怖いもんだね。
 民族みんなして破滅の道を辿っちゃうんだからな。
 このティナでさえ・・・、ま、自分で設定しておいて、なんだけどな。」

 一人、また一人と、ティナの体を精液で守ってくれる。
 ティナはそう思うと、次々と放出される白い粘液がいとおしくてたまらなくなっていた。
 ティナの勝利を約束してくれるバリアー。ティナの生命線。今のティナにとっての全て。
 乱暴にぶちまけられる程、かかっているんだという実感をより強く持てる。
 ティナは次、さらに次をもとめて、男の股間をまさぐり回った。
 精子がティナに触れる瞬間、彼女はこれまでに感じたことのないような解放を噛みしめる。
 自分の股間もその刺激に応じて、愛液を噴き出す。
 その強烈な充足感と、凶暴なまでに荒々しい肉の快感に、彼女の意識は酔いしれていた。
 既に当初の目的もどこかに飛んでいってしまっている。
 ティナは今、ただ純粋に熱い精液のしぶきを少しでも多くその身で受け止めたくて、うごめいているだけの存在になっていた。

 ・・・

「あ~ぁ、テメェら、よくまあこれだけ出せたもんだなぁ。
 ホントに文字通り精子まみれじゃねえか。・・・くせっ。」

 頭を掻いて照れ笑う部下たちを前に、階下に降りたゼーゲルは愚痴をたれた。

「それじゃあ、こいつをこっから運び出すぞ。いいか?引きずるんじゃねえぞ。
 そこら中にモニターの破片が散らばってるだろうが。こいつはもう、俺たちの宿敵じゃねえ。
 俺たちの雇い主の大事な商品だ。みんなで持ち上げて大事に運ぶんだ。」

 部下の一人が、強烈な匂いを放っている、精液まみれのティナを起こそうとすると、ティナはうわごとのように呟く。

「う・・・、精液・・。もっと頂戴。もっと私に・・・かけて頂戴。
 操られたくないの・・・。私は・・・私を・・・、うぅ・・・。戦わなくちゃ・・。」

 数え切れない程のオルガズムの影響か、ティナの言葉はろれつも回っていない。
 先ほどまではこの美女の美貌と肉体に夢中で群がった男たちだが、既に自分たちの溜まっていたものは吐き出しつくしていた。
 今さら精液まみれで悪臭を放つ彼女に、またむしゃぶりつこうとする者はいない。

「悪いけどさ、俺たちゃ、あんたのムチムチボディに絞りつくされて、もう精液のセの字も出ねえよ。もっと欲しいんだったら、こっから垂れ流してる分でも、再利用したらどうだい?」

 下っ端の一人が、無遠慮にティナの肛門に指を突っ込んでかき回す。
 ティナは跳ね上がるように背筋を伸ばして、背中を反らせ、声を出して感じ入った。
 口の端からも精子と涎が混ざって垂れ落ちる。

「ほらよ、ケツの穴からアンタの大好きな精液が流れ落ちてたぜ。もったいないか?」

 男が冷ややかな表情で、汚れた指をティナの顔の前に突き出すと、ティナは喜び勇んでその人差し指をくわえ込み、ひとしきり味を楽しむと口から離す。
 そのまま指に頬擦りをして、美しい顔に不潔な粘液をなすりつけた。

「そんなに嬉しいもんかねぇ?ほら、体起こしたから、アンタのマ○コからもどんどん垂れ落ちてるぜ。」

 別の男が言うと、ティナは慌てて四つん這いになって、床に額をグリグリとなすりつける。
 嬉しそうにやってはいるが、その姿勢はまるで、最も自分を卑下した土下座のようだった。

「おら、テメエら、いつまでも遊んでねえで、早くこいつを運ぶんだ。
 シャワー室でしっかり体を洗わせて、独房に放り込むぞ。
 お楽しみは後にもちゃんとあるんだからな。」

「あぁ~、精液。アタシの・・。作戦の要なの。・・精液がないと・・。」

 5人の部下に運ばれていくティナが弱々しい声を出すと、イラついたゼーゲルは荒っぽい声を出す。

「ウルセイッ!ザーメンなんざ、これから毎日、イヤってほど注ぎ込まれるんだ。
 黙って大人しくしてろっ!
 ・・・けっ。スズメバチも針を抜かれたら、ただの弱っちい虫けらだな。
 そんな気持ちの悪い声、また出したら、蹴っ飛ばすぞ。この工作用機械の足でな、玩具の性欲処理奴隷さんよ。」

 ・・・

 豪奢な作りの書斎に、モニター画面が浮かび上がった。
 薄暗い部屋の中で、水色の皮膚の男は物憂げに、回線の接続を許可する。

「子爵・・・。子爵、どうも再び繋いでもらいまして、ありがとうございます。」

「君は先ほどの・・・。確か、ベルトット君だったかね?
 どうしたのかな。先ほどの、ハネッかえりの賞金稼ぎの件は、既に後金の送金処理も命じているが、・・・まだ届いていないとか?」

「いえいえ、お金はちゃんと頂いてますです。えっへっへ。
 ありがとうございました。ただね、子爵。ちょっと気になることがございまして・・。
 その、先ほどのティナ、モニター越しにも本人をご覧になって、いかがでした?」

「・・・。ここ5年で1、2を争う上玉だよ。
 まさかまだ未発見のウィストリア人がいるとは思わなかった。
 陰毛はあの民族共通のプラチナブロンドだと、ゼーゲルからの報告があったよ。
 オレンジの髪と眉は、染めていたのか加工しているのか・・・。
 いずれにせよ、あの完全さを思わせる容姿と、恵まれた運動神経は、まぎれもないウィストリアのものだ。」

「はー、やっぱりアイツの顔立ちは、生まれが違うせいなんだ・・。
 ですがね、子爵。気をつけてくださいよ、アイツはあれで、なかなか歯ごたえのある奴ですよ。
 うちが扱う賞金稼ぎの中でも、ここのところはトップの成績でした。
 洗脳調教ってもんも、巧いこと逃げ切って、仕返ししてくるかもしれません。
 十分注意してくださいね。なんせアイツが生きて帰ってきたら、俺の命が危ないんですから。」

「ふ・・。分かっておるよ。ティナ・ラ・ヴェスパか。
 ・・・彼女には、そうだな。夢を見てもらうことにする。」

 子爵は水色の顔を再び歪ませる。黒い唇の端が、なまめかしく吊り上った。

「はい?・・・夢・・ですか?」

「私がもう・・・随分前に開発したプログラムだが、なかなか漏れがないので、気に入っているんだ。胡桃割り人形と呼んでいる。
 ティナはこれから毎晩、独房で休息してもらうのだが、睡眠中は脳波を操作して、プログラムされた夢を見させるのだ。
 彼女が・・・そうだな、ある追跡作戦中に、彼女が何かを選択して、ミスを犯す。
 そのせいで大勢の罪のない民間人を殺害してしまう・・というのはどうかな。
 操作された意識は極限まで自分を責め、後悔の念で、もがき苦しむ。毎晩だ。
 精神的なバランスを失った瞬間に、彼女は誰かに手厳しく罰せられるの夢をみるのだ。
 夢の中でティナは、他人に罰せられる時、自分で自分を責める苦しみからは解放されるということに気がつく。強烈な開放感と安堵感の中で、他人に指示されることの喜びを意識に刻み込むのだよ。
 自分を、自分の意志で判断することのない存在と意識した時に、耐えられないほどの快感を浴びせてやる。
 他人の命令に従って生き、自分は何も考えないでよい。
 そう思うことで彼女は強大な自責の念の束縛から解放されるのだ。
 そのプログラムは、毎晩静かに、穏やかに進行する。
 無粋な拷問も強姦も必要としない。非常に洗練された調教プログラム。それが胡桃割り人形だ。
 しかしそれは周到に仕掛けられた時に、強力無比。最も確実な洗脳なのだ。
 ・・・オリフィア、君は何日耐えられたのだったかな?」

「・・・12日であったと思います。13日目の朝には、完全に子爵様の忠実な下僕として生まれ変わっておりました。このように・・・。」

 女性の声を聞いて、ベルトットは奇妙な顔をする。
 子爵が手で合図をしてカメラをズームアウトさせると、ベルトット側のモニターに、子爵の下半身に寄り添っている女の姿が見えるようになった。

「君の後学のために紹介しておこう。5年程前に私の「胡桃割り人形」を試した、オリフィアだ。
 オリフィア、私の友人だ。挨拶しなさい。」

 背を向けていた女が立ち上がってカメラの方を向く。
 ベルトットは興奮のあまり、立ち上がりそうになった。
 ティナ並み・・・いや、清純な美しさではティナ以上とも思える、絶世の美女が、全裸でカメラの前に立ち尽くしたのだ。
 まるで絵画のように非現実的な美しさを発散するこの女性は、ついいままで、子爵の下半身をむきだしの胸で愛撫していたのだ。

「オリフィアと申します。子爵様のお側にお仕えしている、肉便器の一つでございます。
 お見知り置き下さいませ。こちらにお立ち寄りの際は、子爵様のご許可を得て、あなた様をお慰み出来ることを心よりお待ちしております。」

 腰を下ろし、床に手をついて、深々と頭を下げると、この天使のように美しい女性は、耳を疑うような言葉を口にする。
 ウェーブするプラチナブロンドの豪華な髪は、まるでこの完全無欠な顔と体を彩る後光のようだった。

「オリフィアと言ってな、ティナと同じウィストリア出身だ。5年前に私に楯突いた反乱軍のリーダーだったが、12日のプログラムでこの通りだ。」

 ベルトットは、食い入るようにこの女性の美しいフォルムを見つめていた。
 顔立ちをよくよく見ると、確かにスラリと伸びた高い鼻や、憂いのあるダークグリーンの瞳は、ティナとよく似ている。これがかの星の、血なのか・・・。
 しかし、どことなく儚げな、乙女のようにほっそりとした顎筋や腕は、ティナとは違っていた。

 ―――オリフィア・・・。美人にはよくある名か・・?嫌・・、違う!
 ひょっとして、この女が本当にあの、「聖女伝説」のオリフィアなのか?

「・・・その表情からすると、察しがついたようだね。さすがは当局公認の情報屋だ。
 その通り、14星系のプランテーションで6年前に騒乱を指揮した、「14星系のジャンヌ・ダルク」、オリフィアとはこの女のことだ。ここの辺境開発局長とはその時からの付き合いなのだよ。
 さぁオリフィア。かつて敵と憎んだ私の性奴隷として、残りの一生を生きていくのは、一体どんな気分だね?」

 オリフィアは眉をひそめて、困った顔をする。男の加虐心を掻き立てるような、か弱く、艶のある表情だった。

「・・・わたくしは・・、分かりませぬ。私の指揮のもとに戦ってくれた同志たちには、とても申し訳なく思うのですが・・・、きっと彼らも、私のように価値のない汚らわしいメス豚の指示を受け続けるぐらいなら・・・、きっと拘束されてしまって幸せだったのです。
 今はただ・・。私の幸せは子爵様の体の垢を全てこの下で舐め取らせて頂くことだけです。
 ご主人様のチンカスを舐めることだけが、わたくしの生きがいなのでございます。」

 彼女の礼儀正しい言葉の端々に、時折とってつけたような下品な言葉が混じる。
 これは子爵もプログラムなのだろうか。それともオリフィア自身の人格が、そんなところまで変わり果ててしまっているのだろうか。

 子爵の陰部へ再び口をつけようとした彼女の細い顎を、子爵は指で持ち上げて目を合わさせる。

「今夜からな、お前の同胞の生き残りが、かつてのお前と同じ調教プログラムの餌食になる。
 残り少ないお前の仲間の一人が、お前と同じ運命を辿るのだよ。どうする?いいのかい?」

 オリフィアは、またもや困ったように眉をひそめると、憂いをおびた大きな瞳で、今度は子爵をまっすぐに見つめ返した。

「子爵様が・・お望みなら・・・。いかようにもなさって下さい。
 わたくしめに、もしも今、恋人がいたとしても・・、家族がいたとしても・・・。
 子爵様の一時のお暇潰しになるのでしたら、喜んで差し出します。
 ですから・・・、お願いでございますから、もうお戯れはお止めになって下さい。
 便器にご質問などなさっても、まともな答えなど何も返っては参りません。
 どうかご質問などなさらず、この愚かで哀れなオリフィアに、なんなりとご指示を下さい。
 ご命令でございましたら、どんなことでも喜んで従いますので。」

 子爵は首をかしげると、満足そうに、溜め息をついた。

「聞いたかね?ベルトット君。この「聖女」は今では、プランテーションの虐げられた民衆よりも、数少なくなった同胞の生き残りよりも、私の命令と、男のチンカスの方が大切らしい。
 これが「胡桃割り人形」の仕事だよ。君はこれでも心配かね?」

 ベルトットは認めるしかなかった。完璧だ。完璧な洗脳師の手に、ティナは落ちちまっている。
 そう思うと彼の緊張は、やっとほぐれたのだった。

「いえ。そんな実例をこの目で見せられちゃあ、こちらは何も言えないですね。
 安心しました。また取引させてもらうことがあれば、よろしくお願いします。へへっ。
 ではでは、子爵。ここらで失礼しますので、聖女と楽しい夜をお過ごしください。お休みなさい。」

「うむ・・・。君も安心して眠るといい。」

 モニターにはベルトットとの回線が途切れたことを示す画面が映し出された。
 しかし子爵は、まだモニターを消そうとしない。
 しばらく静かな書斎の中には、オリフィアが子爵の陰部を口で精一杯丁寧に愛撫する音が響く。
 子爵はそのまま指示を出して、回線をゼーゲルに繋いだ。

「お呼びでございますか?」

「うむ。さっきの情報屋、・・ベルトットだが・・彼はもう用済みだ。君の手のものを差し向けて、処分してくれたまえ。」

「はっ。かしこまりました。」

「ティナは今、どうしている?」

「ご指示通りにしております。シャワーを浴びさせて、しばらく休息させた後、内輪の品評会に飛び入り参加させました。
 今度は先ほどとは異なり、行動強制モードを発動しております。
 現在は・・・恐縮ですが、再び私の手下の慰み者です。」

「構わぬ。先ほどは意識を操作させて、体を汚した。今回は体を操作して、精神を弱らせろ。
 本当の調教は、彼女が消耗しきって眠りに落ちてからだ。そのことだけわかっていれば、よろしい。
 ウィストリア人は奴隷にはうってつけの素材なのだよ、ゼーゲル。
 繊細で敏感だが、とても丈夫でもある。肌も性器も、多少強引に扱っても商品力が落ちない。
 オリフィアなど、何年も下着一つ着けさせずにいても、全く体の線が崩れないのだ。
 手荒に扱ったところで、後にダメージが残ることは滅多にない。
 ティナの精神を疲弊させるためなら、初期段階で多少強引に陵辱しても構わん。
 存分にやりなさい。」

「はっ。御意のままに。」

 ゼーゲルが頭を下げたまま回線を切ると、今度はモニターも消えた。
 闇が子爵の書斎を覆う。部屋には、オリフィアの口が出す、卑猥な音だけが響いた。
 子爵は飼い猫を撫でるように、オリフィアの上下する頭部を撫でてやる。

「お前の同胞も、今頃は楽しんでいるみたいだよ。すぐに仲間が出来る。
 嬉しいねえ、私のオリフィア。」

 ・・・

 ティナは混雑する大広間で、目に涙が浮かびそうになるのをジッと堪えていた。
 ここはゼーゲルの手のものの打ち上げ会場。今月のこの付近での人さらいの戦利品を、悪党たちが互いに品評しあっていた。
 洗脳装置にかけられた、囚われの女たちはみな全裸で、両手にスケッチブックを高く掲げている。
 まるで格闘技の試合の合間に現れるラウンドガールのような足つきで、挑発的にスケッチブックを見せつけながら、モデル歩きをしている。
 ティナ以外はみな、満面の笑顔を浮かべて男たちに媚を売っているのに、ティナだけは憤怒の表情だ。
 洗脳が完了している他の女性たちとは違って、今のティナは、体だけが、無理やりそのように行動させられているのだ。
 男たちは酒を浴びるようにくらいながら、目についた女たちを気の向くままに犯していく。
 そしてそこでの感想を、一人ずつスケッチブックに書き残していく。
 彼女たちは、自分の体についての遠慮のない卑猥なコメントを、高々と掲げさせられながら、次の男に指名されるまで、媚を売って練り歩いているのだ。

「おう、ティナ、ティナ。こっちに来てくれよ。さっきのお前の乳の感触が忘れられねえんだ。
 ・・・そんなに怒った顔すんなよ、つれねえなあ。さっきは嬉しそうに、自信満々の顔で俺に乳、揉まれまくってたじゃねえか。あ・・、そうだった。さっき親分が言ってたなぁ。
 お前だけは、今は意識がちゃんとあるんだったっけ?それもなかなか辛いこったなぁ?」

 ティナは屈辱と怒りで、真っ赤な顔を振るわせる。こんなダサくて弱い下っ端の前で、裸になって立ち尽くしてるなんて・・・。思いっきり蹴り飛ばしてやりたいっ。
 しかし彼女の口は、思いを裏切って、男を誘う言葉を吐いていく。

「お客様・・・、もしよろしかったら・・、ティナの・・・、ティナの体をご賞味頂けませんか?い・・今は、レビューを書いて頂いた方には、な、中出しOKのバーゲン期間中です。」

 酔っている男は、嬉しそうに、ティナの掲げるスケッチブックを読んでいく。

「おー。さすがティナちゃんは大人気みたいだな。レビューがもう一杯じゃねぇか。
 何々?『・・生意気そうでしっとりした唇が自分のチンコを咥える光景は、想像以上にエロい』か。
 こりゃその通りだろうな・・・。
『肩のタトゥーが、アバズレっぽくて気に入らない』ってのは、ちょっと酷いコメントだな。これがお前のトレードマークなのになぁ。ガッハッハ。
 あとは・・・
『無神経に乳がデカくて頭は良さそうじゃないが、とりあえずマ○コとケツの穴の締め付けは最高。
 一度お試しあれ』・・・ウハハハ。このコメントなんか、最高じゃないか?
 俺はアンタのデカ乳、気に入ってるんだがなぁ。みんな相当辛口だなぁ。
 やっぱりアンタには何度も痛い目に会わされてるからな。
 ティナ、このコメント読み上げて見ろよ。こいつを今夜のアンタの宣伝文句にしたらどうだ?」

 ―――い、嫌だっ。こんなこと、自分で言いたくないっ。
 なんで、私が・・・、こんな自分を貶めるような・・・。自分の口で・・・ヤダ、ヤダーッ!

 ティナは悔しそうに唇を噛むが、体が勝手に、男の言葉に従うのを、愕然とした思いで見守ることしか出来ない。

「ティナです。・あ・・・アタシは、無神経にデカい乳のせいで、頭が良さそうには見えませんが・・・、と・・とりあえず、マ・・、マン・・、マ○コとケツの穴の締め付けは最高ですので、是非一度、お試し下さい。」

 ついにティナの目に、涙が一粒浮かんだ。
 強固な精神力を持っている彼女だが、こんな言葉を、こんな下っ端の前で、こんな格好で言わされている自分のミジメさには、どうしても我慢出来なかった。

「じゃあ、アンタがそこまでいうんなら、試させてもらおうかな。四つん這いになって、両足を目一杯開いて、尻をこっちに高く突き出してみな。推薦のレビューが沢山載ってるアンタのマ○コ、バックからしっかり味わわせてもらうぜ。そらっ!」

「あぁはぁぁぁああああ!・・ふあぁぁんっ、はぁぁあっ、うはぁぁぁああっ!」

 酔った男が、荒々しく後ろから犯してくる。
 ティナは抵抗したかったが、獣のような姿勢のまま、ヨガり声を出して感じ入ることしか出来なかった。
 洗脳装置の設定のせいで、はしたなく大声を出して、発情した自分を曝け出すようにされている。
 一突き押し上げられるごとに、まるで彼女の戦う意志が、雄牛のような粗暴な力でもって、容赦なく揺るがされているような気がした。
 すぐに彼女自身もケダモノの様なおたけびを上げて、涎を垂らして悶え狂ってしまう。
 理性のかけらも感じられない、自身の下品な喘ぎ声を聞きながら、ティナの心は軋みを立てていた。

 ・・・

『参ったなー。この調子だと、自己修復プログラムの完了までには、まだまだ時間がかかる計算になるな。ゴーストタウンまで行けば、どこかに予備のチップでも残ってるかなあ?
 ホッパーに戻るのも危険だし、このまま最寄りの街まで行くしかないか・・・。』

 ヘリ型偵察マイクロ・ロボットが、不自然な独り言を呟きながら、砂漠の中を移動していく。

『僕自身のコアプログラムを結構欠損しちゃったから、何とかしてメインドックまで辿りついて、バックアップデータを解凍しないと、次の作戦行動にも支障が出そうだよ。
 あーもう、それもこれもティナが突っ走るからだよ~。僕はあれだけ慎重行動を提案したのに。』

 汎用人格プログラム・ナヴィゲーター、ダニーボーイであった。
 今から5時間程前、精神操作されているティナから踏み潰されるリスクを認識したダニーボーイは、急遽、周辺機器ハッキングによる自己防衛行動に出た。
 そしてダニーボーイの予測通り、重装備兵のうちの一人は、多目的義手を装着していたのであった。
 異なるタイプの兵器に瞬時に対応し、電子装置搭載型の兵器とは自動で接続出来るように設定されている義手は、常時、兵器からの更新に回線を開いている電子頭脳を持っている。
 そこに目をつけたダニーボーイの、素早いハッキングと自己複写保存により、彼のコアプログラムは破損を免れていたのだ。
 その後、偵察ロボットにハッキングして、ここまで退避したその道のりは、彼にとっては多くのプログラム損傷リスクを乗り越えた、大脱走であった。

『ティナの洗脳完了までには、まだ少し時間がかかるはず。
 早く自己修復を終えて、彼女の救出に向かわないと・・・。
 子爵の借り宿の要塞化状況から推定すると、彼の本拠地を攻撃するとしたら、機甲化師団が必要になっちゃう。・・・どうするべきだろう?』

 ダニーボーイは、欠損してしまった自身のプログラムよりも、ティナの身を心配して、必死に思考を巡らせている。

『誰か・・・僕以外に、ティナを助け出す人がいるよ。第四銀河系治安当局は信頼出来ないし、以前ベルトットに仲介してもらってた仕事人たちには当然アクセス出来ない。
 こうなったら・・・、ミチル・・・。銀河同盟特別公安調査官のミチル・ヒョードー。
 彼女に頼るしかないのかな。彼女だったら、以前ティナが貸しを作ったこともあるし、助けてもらえるかもしれない。
 でも、同盟の勢力が大々的にこの銀河系に手を出すとしたら、必ず当局に申請が入っちゃう。
 やっぱりミチルの仲間に期待するわけにはいかないな。
 子爵の情報網にかからないようにティナ救出作戦を行うには・・・、ミチル個人と・・・、他に誰か、同盟や当局の息のかかっていない人が必要だよ・・・。
 少数での強襲、撹乱、強奪、潜伏の任務を立案、遂行出来る・・、そう。どうしても必要だ。
 ヒット&アウェイのゲリラ戦のエキスパートが・・・。何とかしなきゃ・・・。』

 吹きつける砂嵐の中、ダニーボーイは自問自答と計算を続けながら、街へと向かっていた。
 広大な宇宙を股にかけた、彼のティナ追跡作戦が始まったのである。

< おわり >

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