********** exhibition 『TEST』 1 **********
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下舞台】
「レディース&ジェントルメン!本日の宴の幕がいよいよ近づいて参りました。今宵、最後のイベントは、久々のブリーダーにニューフェース誕生とあいなるか。我々セルコン組織史上、最年少にして!女性ブリーダーとして識者会TESTを受けた期待の星の登場です!勇気ある彼女を拍手でお迎えください」
割れんばかりの拍手が舞い上がる。
「馬っ鹿じゃないのっ!大の大人が狂ったようにハイテンションでナニ興奮してんだか。アホらし」
瑠璃子は舞台の袖から客席を眺めて冷めた視線を向け失笑した。
マスクマンの司会者が「おいでおいで」の合図を瑠璃子に向けた。
「ウソ、それって・・・わたし?やっぱり」
ほかのスタッフに促され瑠璃子は舞台のそでからゆっくりとスポットライトの中央へ歩いていった。
「本イベントのTESTエントリーは、こちら陣内瑠璃子さんです」
そでから出てきた彼女の姿はカメラを通して客のテーブルにあるオークションモニターに映し出される。
壁の大型モニター数箇所にも投影された。
「まだ、子どもか、しかも女子校生かっ!」
「おお、悪くない、なかなか可愛いじゃないか。こんなコが能力(ちから)を?TESTを受けるのか」
「不合格だったらどうすんだ、もったいない!」
制服姿の彼女の容姿を液晶モニター越しに見た誰もが顔を起こし、舞台の本物の瑠璃子に視線を移し、どよめきが起る。
カメラは瑠璃子の顔や胸、胸元の校章や足、唇や目、首筋やスカートから延びる太腿、生足と露骨にあらゆるところへ向けられる。
それが各テーブルの、そして舞台背後の大モニターに投影される。
あらゆる好奇の視線に晒される。
「お客様がたは大変よい印象をお持ちだよ」
客席からの感嘆の声にマスクマンの司会者は瑠璃子を褒め称えた。
瑠璃子自身はそんなことなどまるで意に介さず舞台から見渡す会場の広さと造作に驚いていた。
「す・・・・すごい。まるで中世ヨーロッパの劇場みたい!地下にこんな広い劇場?」
舞台の中央に立ち、ほのかに照らされた客席を見渡すと客席はコンサートホールのように3層の奥行きのある楕円形状でまるで馬蹄型劇場の様相を呈していた。
「もともとは大型船のドックだったところだ。そこに蓋をするように倉庫のカモフラージュをし、その実、地下は我々のパーティー会場のひとつだよ」
マスクマンがあっけにとられている瑠璃子に言った。
階上の観客席は個室のようで、せり出し欄干から瑠璃子を自らの目で見ようと身を乗り出す者までいる。
まさに時が時なら貴族らが集まる前でオペラでも演じられるのではと瑠璃子は思った。
ところどころに垣間見える女たちは肩口がきれいに見て取れる。
おそらくは全裸に違いなかった。
彼ら主人の所有物であり、中には競り落としたばかりの女もいるのだろう。
(結局は人身売買ショーなんだよね。あの個室の中だって何やってんだか・・・色ボケおやじども)
瑠璃子は客席から浴びせられる視線に嫌気がさして目をそむける。
舞台の前にはいくつものテーブルが配され、組織から最高の待遇でもてなされている客がそのエリアに陣取り、瑠璃子の値踏みをしている。
舞台の向こう正面には、まるで舞台へ降り立つかのような扇状の階段が2階から降りてきている。
さっきまで舞台のそでからは見えなかった。
瑠璃子の登場に合わせてテーブル席の床が隆起して階段になり2階へつながったのだ。
手の込んだ仕掛けが施されている。
ファッショショーの会場のように瑠璃子のいる舞台と階段をつなぐ花道として、テーブル席群の中央をより高い位置でつなぐように床が隆起した。
「TESTにパスして、識者会に組織のブリーダーとして認められればキミはシンデレラロードを通って満場の拍手の中、あの階段を2階へと昇りスポットライトを浴び、皆様に新たに識者会から頂いた組織内でのコードネームを名乗って高みからご挨拶するんだよ」
「なんで?」
冷めた瑠璃子はそんなのいちいち面倒くさいと言わんばかりに苦虫をつぶした表情で頭をポリポリと掻いて見せた。
「なんでって・・・。キミは我々セルコンのTESTを受けた。その成功の暁には組織の一員としての破格の待遇が約束される高みへと登りつめる。TEST最後のクライマックスシーンなんだ」
マスクマンは要領を得ていない瑠璃子に諭すように呟いた。
「最終的に合格すれば、キミはこの方たちの夢を叶える組織の一員。まぁ狙った女を操ってクライアント好みにカスタマイズして提供する『ブリーダー』と呼ばれる敬われるべき存在になれるんだよ」
瑠璃子に近づいた司会のマスクマンが瑠璃子の肩をポンと叩く。
「そう、キミはここにいらっしゃるお客様達にご満足をお届けする夢のあるプレゼンターになるために手を上げた。その資格を得るのがパーティで用意されたエキシビション、それがTEST」
「そうなん?手なんか上げた覚えはないんだけど」
瑠璃子はそっけなく答えた。
「そうなのって・・・キミはなにも聞いていないのかい」
司会のマスクマンが慌てる以上に客席が騒然とする。
「ないよ。だってTESTをするって言われただけで、こんな大それたトコに連れ出されるなんて聞いてないもん!そこのおばさんに呼ばれたから・・、あれ?いない」
瑠璃子はママが姿をくらましていることに気づいてふてくされた。
会話はマイクを通じて会場の客席に届いて失笑をかう。
「ファッションショーのようにあそこのドリームロードを歩いて階段手前までいったら戻っておいで。皆様に君を間近で見ていただくんだ」
嫌がる瑠璃子をマスクマンの司会者が無理やり背中を押して、瑠璃子は渋々花道の途中まで行くと小走りに戻ってきてしまった。
「やだよ。あんなところ歩いて行ったらみんな下から私のパンツ丸見え。自分は競り落とされる商品でもモデルでもないし。こんなことやらすんだったら私、帰るからね」
恥ずかしかったのか顔を赤らめて瑠璃子がマスクマンの司会者に噛みつく。
「ちょ、ちょっと、君・・・」
マスクマンは決められた通りの司会進行を素直に受け入れない瑠璃子に動揺を隠せない。
なだめすかしてマスクマンの司会者は瑠璃子をやっとの思いで舞台の中央に押しとどめた。
会場からは今どきの女子校生らしい妖艶でも怪しげのかけらもない瑠璃子に好意的な失笑がもれた。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 1F】
ボーガンの矢は奈津美自身を貫通し床面のコンクリートに食い込んでいる。
彼女の周りはまるで赤いじゅうたんのように血で広がる。
奈津美にはボーガンの矢を引き抜く力も残されてはいなかった。
(いよいよ・・か・・わたしも・・・)
そんな弱気な思いが脳裏を掠める。
矢を引き抜こうにもストローのように血を吐き出す浸透枡のような矢の本体は血で滑って抜くこともままならない。
朦朧とした意識の中で、コツコツと近づく靴音と、暗くなり始めた視界の中に人影を見える。
「・・・・あなた・・・は・・」
「やあ。まだ、意識はあるようだな。手ひどくやられたか、まさか自分が信じたチームメイトに裏切られるとはね」
そう言って人影は奈津美の脇に右ひざを突いてしゃがみこんだ。
奈津美の周囲はすでに血の海になっている。
(・・・や・・やっぱり、あなたが・・・・あなたが絡んでいた・・のね。美夜子)
すでに喋る力さえなく声にならない。
奈津美はしゃがみこんだ人影を見て確信したようだった。
「鷹野美夜子の名は捨てたよ。今はナイトホークと呼ばれているんだ、男装の麗人とか呼ばれてな。ふざけていると思わないか」
美夜子は独り言のように呟いた。
あえて美夜子は奈津美の問いかけには答えようとはしなかった。
「ナイ・・ト・・・ホーク・・・って・・・・ま、まさ・・・か」
奈津美の意識の中で加納美香の別人格として彼女を支配したブラックボックス(3rd-day)の言葉がよぎる。
(『・・・私のマスター、「ナイトホーク」』)
BLACKBOX、彼は(彼という人称で呼ぶのが正しくはないが)、加納美香に五十嵐春香という架空の人格を寄生させ、その安全装置として埋め込まれた。
それを仕組んだ主(あるじ)の名を彼は自分の主人としてナイトホークと言ったのだ。
奈津美は美夜子を見据えた。
「ふう~。あなたにまで作り物の自分でいる必要はない、か。『素』の方がやっぱり楽だし、今は美夜子でいいよ。奈津美、このままだとあなたは助からない。わかるよね?」
ナイトホークは急に言葉遣いを急変させた。
奈津美の彼女への敵意とか警戒といったものが薄らぐくらい美夜子との距離感が急に狭まった気になる。
美夜子から醸し出される雰囲気は共に任務に情熱を燃やした以前の懐かしい彼女のものだ。
表情からも険しさが影を潜め、女性らしい柔らかなものになった。
美夜子にストレートに告げられ、奈津美は目を潤ませて悲しげな表情のまま、ゆっくり瞼を1回閉じて美夜子の問いかけに答えた。
奈津美には、すでに言葉すらない。
言葉での意思疎通が困難な局面で瞬き1回は肯定、2回は否定というのがレディスワットでのルールだ。
美夜子も奈津美のサインを受け止めていた。
「奈津美、あなたには2つの選択肢がある。1つはこのまま死を待つか、もう一つの選択肢は、私の力を借りて生き延びるか」
美夜子の言葉に奈津美は無表情のまま、じっと美夜子を見つめていた。
「私はどちらだっていいのよ。昔のよしみで、死にゆくかつての戦友に手を差し伸べようか、自分が迷っているだけなんだから」
なんのことはない私の気まぐれ、と美夜子は言った。
「・・・・・・・・・・・・・・」
美夜子の言葉にも奈津美の反応はなくただ美夜子を見据えているだけだった。
「あなたのスキにしてあげる。今なら助けてあげてもいい、それだけよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
美夜子は奈津美の目にかかった乱れた髪をやさしく分けながら話を続けた。
「恐らくこのまま死んでも苦痛はないわ、安らかに眠るように逝くだけ。でも、もし私の助けを借りたいのなら、私はあなたの命、必ず救ってあげる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ただし、あなたの選択肢は『生』か『死』のみ。ほかの条件は一切聞くつもりもない」
冷たい表情で美夜子は言った。
「・・・祐・・実を許・・・さな・・い。みん・・なを・・た、助け・・た・・い」
声にならない奈津美のが精一杯の言葉を美夜子は唇の動きで読み取った。
「答えになってない。生きたいの?それとも死にたい?私が聞きたいのはそれだけよ」
期待外れの受け答えと言わんばかりの美夜子の表情はあくまでも冷たかった。
立ち上がり、わき目も振らずその場を後にしようとしたとき、パンツスーツの裾を奈津美がやっとの思いでつかんで引き留めた。
「・・・・・・・・・」
血まみれの手で奈津美はさらに美夜子にすがろうと手を伸ばした。
奈津美からの瞬きは1回。それは『YES』、そして「生きたい」、前者の選択肢だ。
「ふふ、商談成立ね。いいわ、助けてあげる」
美夜子は右手のグローブの裾をぐっと引いて指先の細部にまでグローブを強く密着させる。
勢いよくつかんだストローの矢の羽の部分をつかむと一気に引き抜いた。
「がっ!あ、あぁ、あぅ・・」
真一文字に固く結んだ奈津美の口からわずかに声が漏れる。
床にまでめり込んでいた矢は再び奈津美の体を抜けて引き離された。
「フフフ、さっすがぁ。気を失うどころか、絶叫ひとつあげずに良く堪えたものね」
「はっ・・・はぁっ・・・くぅ・・はぁ・・」
「不思議がらないの。私はね、自己暗示を施してる。もちろんスワット時代から鍛えた上で暗示で体の潜在能力を引き出す、火事場の馬鹿力ってとこかしらね」
最後の矢を引き抜き終えたとき、美夜子はそう言いながら奈津美の頭頂部に腰を下ろし、彼女の顔を覆うように自らの顔を重ねた。
「でもこれであなたは私に大きな借りができる。今までの旧知の仲のように対等な立場ではなくなることを胸に刻みなさい」
「・・・・・」
「フフ、いいえ、私があなたの胸に深く刻んであげるわ、私への盲従をね。でもあなたに意志の自由は与えてあげる。私が必要としたときだけは思うがままに動いてもらう」
真っ黒な底なしの深遠な美夜子の瞳が奈津美の視線の先にある。
すでに目に美夜子の見えぬ力が奈津美の意思の大切な部分に触れて掴みこまれたようだった。
やがて美夜子は右手を奈津美の顔を覆うようにかざす。
「・・・・・・・・・・・・・」
何かを言いかけた奈津美だったがすでに言葉は出なかった。
「人には自らの生命を絶たれまいとする必生の力が本能としてみなぎっている。強靭な精神力は時に流血をも意志で止め、朽ちかけた体に生きよと立ち上がる最期の力を与う」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ボクサーは自らの意志の力で出血を止め、瀕死の事故で人間は他を救うべく時にありえない力を発揮する」
そういって美夜子はすらりと伸びた右人さし指を奈津美の眉間、人中にピタリとつけた。
「あなたの生きようとするその力を増幅する。精神力は生体機能を維持させ、その間に病院に搬送する。暗示に支えられた精神力は死にかけた肉体の滅びをも凌駕する」
(く・・薬を・・・・・使うんじゃ・・・)
かすかに動く奈津美の唇を読み取って美夜子はやさしく問いかけに応えてやる。
奈津美の不安を取り除き、生への執着を確かなものに近づけるために。
美夜子のスワット時代のネゴシエータ役選抜の経歴は読唇術の優秀さも評価されてのことだ。
「薬を使って人の意思と生き死にを好き勝手してるのは、私たちの馬鹿な後輩、明智だけよ。さぁ、時間が惜しい。私の言葉とこの指に集中なさい・・・・」
美夜子はそういいながら人差し指にゆっくりと気を込める。
【晴海『Zton(ゼットン)』周囲】
ピーッと車載無線と捜査員のイヤホンに次の指令を知らせる信号音が鳴る。
すでに現地の本部指揮命令機能を担っていたレディースワットは全員が建物内部に突入した。
ということは、この命令は一斉検挙に向けた建物内からの指示か、緊急事態による応援要請を意味する。
現場付近に配置された所轄署員に緊張が走る。
「本部より入電、繰り返す。警視庁対策本部より入電」
無線の主に所轄署員一同は顔をしかめる。
すでに現場で指揮をとる現地本部があり、緊急捜査が進んでいる現在、現場ではない警視庁本部からの入電などあり得ない。
むしろ、突入した本隊の全滅が想定される、そんな事態に全員にさらなる緊張感が走る。
「本日の演習終了。本日の緊急配備はレディースワットへの演習協力であった。所轄協力の部は無事にその全行程を終了。各所轄署員は参集時の車両にて各自所轄に帰還、通常任務へ復帰せよ」
緊張を強いられ、次の指示で一斉検挙のための突入命令を待っていた所轄署員は無線連絡に言葉を失った。
「繰り返す。本日の非常配備はレディースワットとの演習のための大規模実践訓練。所轄はその協力である。所轄署員はこれにて協力体制を解除する。直ちに撤収せよ」
数十にものぼる近隣所轄署員の緊張は落胆とやり場のない怒りへと変わる。
「犯行グループ役のエキストラ協力者のうち、建物内部に留まっている人材派遣会社の方は引き続きレディースワット広報チームの指示に従ってください」
無線は事務的に指示を繰り返す。
所轄署員は犯行グループがエキストラと聞いて落胆をさらに深くした。
「すでに演習は建物内の極地訓練に移行した。以降はレディースワットのみの訓練となるため、外周の所轄署員の協力体制はただ今をもって解除された。」
感情のこもらない無機質な本庁入電に周囲から驚きの声があがり、静寂を保っていた現場が急に喧騒が戻る。
「な、なんだよ演習って。しかもよりによって、そこらじゅうで奇妙な事件が起きて人手が足りないってのに!」
「まったくだ!あの女たちは今、俺たちの管内で何が起きてるのか知ってるくせに、俺たちを役者代わりに使って、とどのつまりは大掛かりな金をかけた演習かよ」
ある署員は資機材にあたりちらし、寒空でビル屋上から警戒にあたっていた署員はやる気を失い、さっさと持ち場を離れ始めた。
「諸君らの協力を感謝する。事前に周知しなかったのは諸君らとレディスワットの連携のための訓練も兼ねた練成評価も伴っていたためである。高評価が得られたのも諸君らの協力の賜物である。その働きに感謝する、以上が霧山統括参事補佐官からの皆への伝文です」
無線担当の署員の声に配備された署員たちは、溜め息をもらし、現場での空しい撤収作業を終えると晴海を後にする。
30分もしないうちに現場から所轄の車両は1台残らず去っていき、演習継続中のLSチーム6の彼女たちの車両だけが放置されるように残された。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下第2層 非常階段】
すでに先行した奈那たちの手によってセルコン側のガードというガードは排除され、地下第3層、第2層ともスムースに移動できた。
客達はそれぞれ舞台を見下ろせる個々に仕切られた専用の個室ブースに入っている。
廊下を移動する祐実たちLSの侵入に気づいていない。
「あんん・・・ああん・・もっと・・おち○ぽぉ~・・もっとぉ、奥の奥までぇーっ!」
あちこちの扉1枚隔てた向こう側から女の艶っぽい声が漏れている。
各層の個室で繰り広げられているのが俗世から隔絶された酒池肉林であることは疑いようがない。
「ドアノブにショックウェーバー(注:造語)を」
祐実の指示で涼子が腰につけていた小さな機器を取り出し、メジャーのように機器に内蔵されたワイヤーを引き出すと通るドアノブに1回り巻いて進んでいく。
一階にあれほどの車両がある以上、螺旋階段で客やスタッフが全員地階へ下りたとは到底思えない。
隠れた場所にエレベータの存在が推測できる以上、全員を今いる場所から逃がさないためには万全の処置がいる。
個室に閉じこもっている奴らはそのまま事件が収集するまで袋の鼠でいてもらいましょうか。
祐実は全員に意図を説明し、各所に散らばる隊員たちに個室客の「閉じ込め」を進行させた。
説明は作戦を共にする部下の隊員にではなく、行動にヘマをさせないための操り人形たちへ情報のインプット。
※ショックウェーバー【造語】:ワイヤーへの一定の振動により周囲1mに強力な電流爆を瞬間的に発する。
○ドアノブを回した瞬間に1時間程度の歩行不能、言語機能、耳鳴りなど軽度の運動機能障害を起こす。
○電気ショックは通電体でなくともその表層部を水流のように伝う特質をもつ。もちろん金属ならば通電で直撃となる。
○密室(立てこもり等の対策用として)にいる人間の逃亡阻止と拘束を容易にするもの
チーム全員は対ショックグローブとスーツにより影響を回避しできる。
屋内のオペレーションにおいては複数の容疑者確保に欠かせないアイテムである。
高出力バッテリーとなる本体を人目につかないメータボックスの上部に据え付ける。
「リモート通電、セット完了です」
涼子の声に祐実が頷く。
「了解、速やかに私の指示した配置へ移動」
「わかりました」
本体の機能はスイッチで行うが決められた順にオフにしないと解除できない。
無理にワイヤーを切断したり、本体を破壊すればワイヤーが瞬時に収縮し破壊者を電撃とともに拘束する。
スイッチの解除に失敗しても周囲に放電が起こる。
スワットにのみ解除が可能なアイテムだ。
さらに先へと進む。
時折、1枚ドアを隔てたブースの中から聞こえてくる歓声と拍手に注意を払いつつ、奈那の指定した非常階段にたどり着いた。
第2層の非常階段には奈那(NANCY)弘美(FREE)と美穂(HEART)、瞳(EYE)が待機していた。
非常階段から見下ろせるすぐ下の舞台が視界に入った。
非常階段は舞台のそでへと真っ直ぐに螺旋状におりている。
緊張した面持ちの彼女たちの中で、ひときわ表情を強張らせている者がいた。
弘美だった。
彼女は今、抑えがたい衝動に突き動かされそうになる自分を抑えることで精一杯の状態だった。
(わたしは野獣・・・・私はオス・・・・これからはもっといろいろなオンナを犯したくなる・・・・・)
舞台から聞こえた『陣内瑠璃子』の名をキーワードに弘美の精神とカラダは一瞬にして性衝動一色に染め抜かれていた。
陣内瑠璃子に埋め込まれた後催眠の発情暗示が彼女を性に狂う野獣へと染めていく。
わずかに残る任務への緊張感がかろうじて彼女の平静を保った。
(したい、犯したい、ここにいる仲間を、この女たちを組み伏せて、私のものにする、よがり狂うまでいじりまわす、私はオス。私は獣・・・)
弘美の目つきはすでに周囲にいる仲間たちを獲物としてみる野獣の目に変わりつつあった。
あの魅惑的な言葉が再び弘美の心の大部分を占め突き動かしていく、彼女の中の造られた偽りの『常識』として。
『ヒロミ ハ ホシイ オンナノコ ガ ホシイ。ヒロミ ハ ダイスキ セックス ガ ダイスキ』
まるで自分の中にもう1人の人間がいて、弘美の心を見透かして弘美の頭の中に妖しく囁きかけてくるようだった。逆らえない甘美な誘いが弘美の精神を蝕んでいく、逆らえない、いや逆らう必要なんてない、どうして逆らうの?ジンジンと疼いて濡れそぼる弘美のヴァギナを弘美は目の前にいる美穂のそれとキスするように優しく擦り合わせて悦びを分かち合いたい衝動に駆られていた。
『オカセ! オカセ! メノマエノ オンナ ヲ オカセ! オソエ ソイツ ハ オマエノモノ オマエノモノ ニ スルンダ ヨクボウ 二 スナオニ ヨクボウ ノ オモムクママ 二 スルノハ フツウノ コト』
一瞬我に返り、自分の考えを否定する弘美は周囲も気づかないほど小さく首を振り、込みあげてくる異常な性欲を打ち消すのに必死になる。
でも、次の瞬間、さらに甘い性衝動への誘いはじわじわと弘美を侵食し、弘美の『女』を熱く濡らしていく。
(どうしたの弘美! 自分がどんなに異常なことを考えてるかわかってるの。わかってる、あの女のせい。陣内瑠璃子の奴が私に何かを・・・。で、でも・・がまん、でき・・な・・い)
焦燥のあまりうつむく弘美の視界にすでにスーツの股間部の湿りが文様になって滲んでいた。
「ほかのみんなは?」
祐実が合流と同時に奈那の脇に近づいた。
奈那は配置状況を的確に伝える。
「MILK(麻衣子)が舞台を挟んで袖対面側の第2層非常階段に、JANE(樹里)とYun(雪乃)KJ(小雪)はこの真下、第1層最下階に隠れて待機しています。JANE(樹里)とYun(雪乃)の報告では第1層の舞台前にバイヤーがテーブルに分かれておよそ100名、第2・第3層は暗くて確認できませんがブース数は両袖各10、2層あるので40区画確認できました。MILK(麻衣子)の報告では、セルコンの構成員はMILKの真下の舞台のそでにいるようです。ほかに客席にはウエイター、ウエイトレス役などの人間とバイヤーにつくホステス役の女性も見てとれます。それとTARGET(瑠璃子)が舞台に・・・」
「あいつらの逃走経路は地上に這い出るしかない。それで間違いない?」
地下に経路がない限り、こいつらは袋の鼠。祐実は冷静に分析する。
「最下層である地下第1層の確認が十分でないため完全ではないですが、ショックウェーバーだけでは不十分です。階層単位での包囲も必要かと」
「了解。最下層は我々で包囲・拘束するとして、ショックウェーバーの在庫はあと2つよ」
奈那はショックウェーバーでの対処が不可能であることを告げた。
地上までいくつもの上層階の間取りを短時間に把握することも、ましてや隠し部屋や隠しエレベータなどあれば全員検挙は困難だ。
「各ポイントには磁界ロックを張ります。手持ちも十分だし、外部に這い出させない効果はより一層期待できると思いますが」
弘美は平静を装い、落ち着いた口調で祐実と奈那に進言する。
「ん、そうして!とにかく袋のねずみにするのよ。一網打尽にしてやる」
祐実の指示に奈那がうなづき、HEART(美穂)とEYE(瞳)にロックのセットへ行くよう目配せをする。
2人は無言のままうなづくと、足早にセットに向かう。
美穂の後に続く瞳は肩を鷲づかみにされ危うくバランスを崩して倒れかけた。
「な、なにを。」
振り向くと弘美がいた。
「私が行く。EYE(瞳)は残って」
弘美の言葉は命令口調の何ものでもない。
「でも、指示は・・・・」
「もともとこれは私の進言、設置にかかる操作も熟知してる」
弘美の言葉には鬼気迫る迫力と説得力があった。
磁界ロックの開発には確かに弘美が携わっていた。
見ていた祐実が二人のやりとりにうなずく。
弘美はそれに応えるようにうなづくと瞳を残して、美穂の後を追って走り去っていった。
※磁界ロック(話中造語):強力な磁場を発する磁石で主に通路や階段の両壁や欄干に設置。
○磁場により近づくものの平衡感覚を麻痺させ、設置した通路や階段を通過しての逃走行動を鈍らせる。
○ただし、ガード装置を服に装着した隊員や捜査員はその影響を受けないため閉鎖空間に犯人を足止めにできる。
○農業用や園芸用に使用される鳥除け磁石の超強力タイプと思っていい。
「ロックを各ポイント全てに配置して戻るのは?」
「およそ15分もあれば・・・」
「みんな聞いて。FREE(弘美)とHEART(美穂)が戻り次第、セルコンの組織構成員を主眼に身柄拘束。予定時刻は15分後いいわね」
二人は了解の言葉を口にして足早に去ってく。
祐実は喉の渇きを覚えた。
(もしものときは涼子たちを操って盾にしてでも、どれだけ犠牲を出したって必ず首謀者を押さえてやる!)
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 1F】
すでに美夜子の力で奈津美の出血はとまり、体には移動できるだけの体力が戻ってくるのを奈津美は不思議にも素直に受け止めていた。
(驚いた・・・なんてことなの・・)
朦朧としていた意識が嘘のように急速に回復してきている。
腕を握っては開く、拳にも力がこもる。
「どう?奈津美、あなた自身、自分の体の劇的な変化に気づいているんじゃない?病院へ搬送するにしてもあなた自身に動いてもらわなきゃね」
(フフ、その前に、これからあなたのココロをいただくわ)
美夜子の口元が妖しくかすかな笑みを浮かべる。
その時だった、無線からの声に奈津美は耳を疑った。
『・・・繰り返す。本日の非常配備はレディースワット演習のための大規模実践訓練の協力である。所轄署員はこれにて協力体制を解除する。直ちに撤収せよ』
祐実はレディスワット専用の回線コードを監察官である奈津美に与えなかった。
スワット以外の動員署員専用の回線、それがかえって外の異変を知らせることなった。
通常の後方支援の無線のみが聞こえる耳内埋め込み式のミニフォン。
祐実は涼子に奈津美の装備品すべての破壊を命じた。
特に無線機は確実に破壊するよう命じたにもかかわらず、ミニフォンが見過ごされた。
(ミニフォンを破壊しなかったのは、涼子の最後に残された良心だったのか。彼女の愛くるしいあの「おっちょこちょい」さだったのか・・)
思い返しながらも無表情に自分に弓を引いた姿と屈託のない笑顔の涼子の姿の両方を奈津美は思い出す。
奈津美への無線設定コードは作為的であり、事前にはチーム無線も入っていた。
突入時に奈津美に知らせずチーム用の回線波を変更したのだ。
それがわかったのは皮肉にもこの地に串刺しにされチームと離ればなれになってからだ。
(祐実のヤツ、これじゃあ、今のチームの動きがわからないし連絡もとれない)
所轄署員向けだけの回線になった無線からは繰り返し、現場からの撤収を促す指示だけが流れている。
おそらく所轄署員はレディースワットに振り回された徒労感と共に自分の所轄の事件に戻らなくてはならない。
不満だけが確実にスワットに向けられて残る。
誰一人として、今、事件がまだ何も終わっていないとは夢にも思っていないだろう。
本部からの正式な入電である以上、この無線の発信協力者は警察もしくはスワット組織内部にいることは間違いない。
(違う!大きな力が、なにかがこの事件を消しにかかってる。まさか、『仔猫』の仕業?これじゃあ、みんなは、チームのみんなは孤立無援!)
すでにチームは外部との交信を絶ち、作戦行動用の傍受困難な無線コードに切り替えているはず。
チームの全員がオペレーションに集中し、外部の動きは入ってこない。
そう思うと警察組織の中の一部もしくは全部が敵の掌中にあることは明白、奈津美の意思は固まった。
美夜子の隙をつき、親指が美夜子の喉仏を圧迫するように掴みあげられる。
「グ、グェ・・・・あ、うぅぅぇぇ・・・お、おまえ・・・・」
苦悶に顔をゆがめて美夜子は奈津美の腕の呪縛を振り払おうとするが、すでに深く喰い込んだ奈津美の親指は美夜子の痛点を押さえ全身に力が入らない。
一時的に敵の声を封じる経穴。
美夜子は一瞬で悟った。
(これじゃぁ暗示が・・・与・・えられない・・・)
反対に奈津美は自身の回復ぶりに目を見張った。
「驚いた。本当に力が戻ってる、出血も止まった。あなたのその力、信じられないけれど本物なのね」
さらに美夜子の手首の経穴を突く。
奈津美に抑えられた手首の経穴は激痛となって全身を走り、美夜子から意思のある言葉を発する力を奪っていた。
(ごめん。でも私は今なら悪魔にだってなる。昔の親友だって裏切ることもいとわない)
体術はレディースワットでは基礎中の基礎、しかも奈津美は教官資格を有する高段者だ。
首に集中する経穴のいくつかを握りこみ、喉を掴みあげるようにして首を締め上げる。
美夜子の体が爪先立ちになるまで浮き上がるほどに。
「ごめんね、美夜子。あなたの力には感謝する。けれどあなたにこれ以上、身を任せては、この先、私が意思を支配されることは確実」
美夜子の態勢を崩し、奈津美は体重をかけて折り重なるように倒れこんだ。
(くっ、驕ったか。このわたしが・・・)
奈津美の体術をくらって息もできないほどの苦痛に美夜子は悶絶してのた打ち回る。
「私はあなたの道具になりたくない。私は、私は、チームのみんなを祐実の呪縛から救い、この事件を解決できるならここで死んでも構わない」
(利用したのっ!このわたしをっ!!あなたにそんな悠長な時間があるわけがない。わかるはずよ)
声にならない声で奈津美の血にまみれた床に這いつくばって苦痛に耐える美夜子が奈津美を睨みあげた。
口の動きで奈津美なら十分、読唇できる。美夜子は奈津美にそのつもりで恨めしげに声もかすれがすれに訴えた。
「わかってる。でもチャンスがあると思った。私を死なせないためにあなたは真っ先に延命措置をするはず。その後に、私の心を支配する。両方一遍にはできやしない」
(・・・・・・・・・)
「それほど私は多分危険な状態だったでしょ。ならば、1時間だろうが、30分だろうが、病院へ搬送できるくらいの時間生きながらえることができるなら私は祐実を・・・・・」
そういいながら奈津美は手錠を取り出すと美夜子の背中越しに右手と左足につなぐ。
美夜子はかけられた手錠のせいで体勢をリング状に横たわった。
「あの外交官誘拐殺人事件(1st-Day)であなたがレディースワットを追われる形で警察を去ったこと、私はあなたの責任ではないと思ってる。あれは上層部の責任逃れだわ」
(・・・・・・・)
奈津美は独り言のように言い放ちながら、素早く自分の銃を引き抜いて確認する。
「声も。腕や体の痺れもいずれ戻る。私もあなたの力を頼った以上、そこまで非情にはなれなかったから・・・」
冷酷であろうとする決意のまなざしが美夜子には涙目にも見える。
奈津美は言葉を続けた。
「・・でもあの娘は違う、江梨子やみんなを道具にして自分の昇進しか考えていない。あの娘だけは許さない」
意を決したかのように奈津美は言った。
「奈津美、あなたは祐実を妹のようにかわいがっていたし、彼女もあなたを慕ってた。憧れていたのかもねLSのエース級だったあなたを」
痛みに耐え、美夜子は奈津美を見つめて唇を動かした。
「私が訓練センターの教官を兼務していたときは、彼女をなんとか一人前にしてあげたいと思った。訓練生の彼女はみんなに遅れまいと努力する素直でいい娘だった。」
「操り人形を呪者の呪縛から解き放つには、呪者が人形たちを2度と操れないように、呪者を倒して操りの糸を断ち切るしかない。呪者を改心させることが短時間で無理である以上、あなたに残された選択肢は明智を殺すこと。殺せるの、あなたに」
読唇からして美夜子の言葉は奈津美にそう訴えかけている。
(・・・・・・・・・・・・・・・)
奈津美には返す言葉が見つからない。
「祐実はあなたよ、あなた自身の影よ」
美夜子は奈津美に思いもかけない言葉を口にした。
美夜子の言葉の意味は奈津美には全くわからなかった。
「惑わせないで、お願いだから好きにさせて。さよなら、もうお互いこの世で会うこともないでしょ。来世で会いましょう、サラ。その時はいい仲間でいたいわね」
美夜子の昔のコードネームで別れをいうと奈津美は死地となるであろう階下の劇場へ階段を急ぎ足で下りて行った。
コードネームで別れを告げるその方法は美夜子が美香に埋め込んだBLACK-BOXのマネだった。
(味なマネしてくれるじゃない)
去っていく奈津美の後姿を見ながら脂汗の浮かんだ苦痛の中で美夜子はそれでも不適な笑みを浮かべた。
「わたしを誰だと思っているの。信じたんでしょ、私の力を・・・」
そういうと美夜子は全身に力を込めた。
手錠の鎖が軋む。
拘束された手首と足首に血が滲みだす。
「それに、このままじゃ、私も組織からどんなお咎めを喰らうか・・・。あなたのせいでパーティーを台無しにでもされたら間違いなく私は殺される」
美夜子は自分の考えの甘かったことに苦笑する。
すでにその顔つきはナイトホークのそれに戻っていた。
鎖の引きちぎられる音が周囲に響いた時にはすでに奈津美の姿はなく、その音を奈津美が聞くこともなかった。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下第2層 地上階への非常階段】
地下2階、彼らの劇場からすれば最上階の出口のひとつに弘美と美穂は到達した。
「すぐにロックを張るね、1箇所45秒!弘美、集中したいから、私が作業している間カバーリングお願い」
美穂はすぐに磁界ロックを出口ドアに圧着に集中し、周囲の警戒を弘美に委ねた。
そのとき、背後から右頬に凍てつくような殺気を感じた。
頬に触れる無機質な鋭利な冷たい感触。
恐る恐る目だけを頬に向けるとサバイバルナイフの切っ先が刃を上向きに自分の頬に触れている。
ナイフの剣先に特徴のあるそれに美穂は言葉を失った。
「・・・こ、これ・・新規配備予定の・・スワットナイフ・・・・・」
言葉を失い、美穂の動きは止まった。
「ダメじゃない、コードネームを使わないなんて」
背後からの言葉の主は弘美だった。
「ひ、弘美。何のつもりなの。驚かさないでよ」
「黙れ。自分が今どういう状況下にあるのか、少しは頭を働かせたらどう?そのままゆっくりとこっちを向け」
美穂は数秒躊躇した。
「馬鹿だね、弘美。私、本気よ」
「ひっ・・」
スワットナイフの切っ先がわずかに傾き、頬に凍てつくような触感が伝わる。
美穂の頬をナイフはなぞるようにゆっくりと後ろに下がっていくと、やがて温かい血が頬をつたう。
一緒にヘッドセットが跳ね除けられるように床に落ちた。
ナイフの刃はしっかりとヘッドセットのコードも切断した。
信じられないという思いを払拭できないまま、命令に抗えず美穂はゆっくりと弘美に正対した。
「フフフ、黙って言うこと聞いてりゃ、かわいい頬も傷つかずに済んだのに・・・・ねっ!」
言うが早いか美穂が動く隙もなく、弘美はスワットナイフを一気に振り下ろした。
「キャーっ!」
自らのヘッドセットも外して無造作に放り投げると弘美はしげしげとナイフの刃を見つめる。
「まさに、万能の盾に万能の矛。我々レディースワット用に開発された武具は新しいほど優れているって、か」
防弾であるはずのオペレーションスーツが襟元から鮮やかに一気に切り裂かれて防刃インナーもぱっくりと口を開けた。
胸元はブラと素肌が見えるまで一瞬のうちに切り裂かれた。
「私たちのオペレーションスーツも、この新開発のスワットナイフにはひとたまりもなし、か。バカチーフが携行しろって試作品を私にくれたのよ」
「弘美!いったいどうしたって言うのっ!何をするつもり」
恐怖を押し殺して美穂は怒りをあらわにする。
「簡単なこと、こうするんだよっ!」
そういうとはだけたスーツを一気に剥いで上半身下着姿だけの美穂の唇を弘美が一気に奪う。
「むっ、ぐっ・・・」
「抵抗なんてすんなよ、美穂。もうお前はオレのものだ、この大きな弾力のある胸も、柔らかい唇も、くびれた腰もヒップも、そして、ウフフ、もちろんアソコもね」
ナイフがスーツの下半身に侵入すると一気に股間へと引き下げられ、スーツパンツも下腹部の部分がベルトともども切り裂かれる。
「や、やめてっ!弘美!あなた、正気じゃない」
すでにボロを身にまとったような美穂はぺたんと腰砕けにその場にしゃがみこんだ。
「ウフフ、かわいいね、美穂のストライプショーツ。オレのほしいものはその中にある。楽しもうよ。いいコトしよっ、ね」
無邪気な子供のように微笑んだ弘美の左手に持ったナイフの剣先ははまっすぐ美穂の鼻の頭に睨みを効かし、弘美は右手をゆっくりと美穂のショーツの中に忍ばせる。
「いやぁっ!こんなこと、こんなこと作戦中にしてどうする気っ!弘美!お願い、正気に戻って!敵が来たらどうする気!」
弘美は美穂の声になど耳を貸さず、ギラついた獣のような瞳が狂気を帯びて妖しく微笑みをたたえている。
「まいったなぁ、少しも感じてないね。少しは濡れてるかと思ったのにぃ」
「いやぁっ!指を入れないで!触らないでよぅっ!」
美穂はすでに感情的になり、悲鳴にも似た声を上げる。
すでに磁界ロックを張るオペレーションは二人の意識からは消えていた。
「私の唾液で、美穂のココ、優しくし舐めなめてあげるね。これからイイことしようよ」
だらしなく出した舌に自分の右手の指を絡ませ、弘美は淫靡な表情を浮かべ再び右手がショーツの中へと忍び込む。
「フフフ、おマメをつんつんっ!パックリお口をくちゅくちゅくちゅ、アハハハハ。かんじてるぅー!美穂感じるんだぁーっ」
弘美は屈託のない無邪気な笑みを浮かべる。
「うっ、ふ、くぅ・・」
美穂は必死に抵抗を示すが弘美の指先は美穂のオンナの部分に入り込んで動き回っている。
「オンナのコなんだよね。うふふ、ホラ、美穂も感じてきた。よがり声が我慢できないんでしょ」
「ち、違う!わたし、感じてなんかなっ・・ひっ」
気づけばナイフの先は美穂の右目の寸前で睨みをきかせる。
「感じてるんだろ、美穂。感じてるんなら、言えよ、私に。感じるって。もっと気持ちよくしてくれって」
弘美の言葉はさっきから次第に男言葉に偏重している。
刺すような獣の眼も凄む言葉もいつもの弘美からは想像さえできない。
「そ、そんな、私、感じてなんか・・・」
「なんだよ。せっかくいいコトしてるのに、雰囲気壊すこというかなぁ。いい加減キレるよ?」
わずかに苛立ちを垣間見せて弘美は美穂の眉をナイフの刃の腹でなぞる。
「・・・・・・・いや」
「気持ちいいんだろ、美穂。オレにしてもらいたいと思ってるよな」
「・・・・・・・・・」
「覚えてないなんて言わせない、フフフ。女子寮に行ったときのあんたのアヘ顔と乱れようをね」
弘美の意味深な含み笑い、美穂は寮での忌まわしい記憶に首を大きく振った。
自ら、弘美と、しかも、聞き込み先の学生寮で快感を貪った(3rd-Day)。
認めたくない過去の記憶を打ち消したくて首を振った美穂の態度が弘美の気持ちを逆なでする。
「なんだよ、素直に認めろよ。お前もよがってただろ?美穂、オレのかわいいオンナ」
そう言ってナイフを太ももからショーツに押し入れて、逆刃で一気に引き上げると美穂のストライプのショーツは一瞬であえなく裂けた。
弘美の目の前に切れ端に成り果てたショーツから美穂の薄い茂みがはみだしている。
「ほぉら、美穂が言うこと聞かないから悪いんだ」
「もう、やめてよぅ、弘美ぃーっ。ここは敵の真っ只中なんだよーぅっ!」
「だったら、早く言えよ。私のことを大好きだって、美穂のすべてが私のものだって。だから、気持ち良くして下さいって」
弘美はそういうと邪悪なまでの妖しい笑みをニィっと浮かべた。
ナイフを無造作に置くとホルスターから銃を出した弘美は胸の谷間に銃を突きつけた。
「ひぃっ!いやぁーっ!」
銃身がゆっくりと愛撫するように下へとなぞられていく。
美穂が悲鳴を上げたのは弘美が不敵な悪意の笑みを浮かべながら銃身をクリトリスに擦りつけたからだ。
「いいのか?死んでも。オレを楽しませれば、その気にさせれば、命までとろうとは言わないさ」
弘美が銃口をゆっくりと半ば強制的に刺激されて熱くなった美穂の中に差し込んでいく。
「やっ、やめて・・・おねがい。こんなこと、こんなこと・・普通じゃない」
「フフフ、大好きな美穂。オレの美穂」
美穂の湿って熱くなった下の口に咥え込ませた銃身を弘美は妖しく微笑みながら左右にねじる様に愛撫する。
「やてよぅ~、おねがい。弘美、正気に戻って」
銃身のそこここが膣の中を刺激する。
体の敏感な部分に触れるたびにビクビクと震えてしまっている。
美穂の懇願にも弘美は酔った顔を美穂に近づける。
「女子寮のとき、互いに唇合わせて、美穂は舌も入れてきて、フフフ、マンずりせがんでたのは美穂の方だったよなあ。なのに・・」
にやけ顔が急に険しくなったかと思うと、思い切り美穂の右胸の乳首を摘み上げてひねる。
「ひ、ひゃんっ!っつぅ!」
自分では決して望んでいない刺激に体が反応してしまう。
「さぁ、おま○こに咥えた銃口に自分から腰を振るんだ。オレの銃を美穂のおま○こで愛してくれよ」
「そ、そんな・・・」
「クククク、いいのか。オレに銃で愛撫させると間違ってトリガー引いちゃうかもよ。ククク」
弘美はそれをまるで知り尽くしているかのようになぶり尽くす様に美穂をせめたてる。
「ふふん、体は結構素直なのにな。美穂、心をオレに預けて二人で楽しもうぜ、な。さぁ、愛を伝えてくれよ、お前の心の底からの、よ」
弘美は目つきはすでに普段のそれとはかけ離れた野獣の目つきでそういった。
「いや、わたし、こんなこと、こんなことしたくないのに」
涙目になりながら美穂は銃をヴァギナい咥えこんだまま、腰を振り始めた。
「ん、ん・・・はぁう・・・んん」
押し殺しても押し殺しても声がひとりでに美穂の口から洩れていく。
弘美は片手で自分のスーツを手早く剥ぐ。
動きのぎこちない美穂に焦れた弘美は銃を抜くと自分の指を舐めまわして美穂に重なるように体を寄せる。
弘美は自分の乳首に美穂の乳首を合わせて美穂の乳輪のあたりを乳首で愛撫した。
太腿に残ったショーツの残骸を引き下ろし、露になった美穂のクレバスにゆっくりと右指を入れていく。
「ん・・・、はぅ・・・・、ふ、ふんん。い、いや、いれないで。入ってこないで」
弘美の指に攻められ、恥ずかしげな声を押し殺し、うっすらと涙を浮かべ、目を閉じて美穂は顔を弘美から背けた。
美穂は舌を美穂の勃ちはじめ乳首を吸い上げる。
指はさらに動きを増して美穂の奥深いところを縦横無尽に刺激する。
「ウフフフフフ、美穂。オレの美穂、濡れてきたよ。美穂自身のものだ。美穂のおま○こはオレだけのものだからな!」
指に絡みつく粘液と、広がり始めた陰唇の艶を確かめるようにして弘美が言った。
凶暴性を内に秘めた挑戦的で攻撃的な弘美の視線に美穂は恐怖感を抱かずにはいられない。
お前はオレの所有物だと言わんばかりの口調と視線は、警察病院で加賀という男から向けられた視線と酷似していた。
あの時も美穂は加賀の音叉に自分の体が反応して感じてしまったことに恐れを感じていた。
あの学生寮であったこと、あの陣内瑠璃子に自分も目の前の弘美も何かをされたことは明白だった。
口では拒絶しながら、心のどこかでは受け入れ体が感じてしまっている。
(ダメ、絶対ダメ!こんなの私じゃない!弘美だってっ!・・こんなの弘美の本心のわけがない!!)
そう思った美穂の気力は、力となって腕に宿り一気に弘美を撥ね退ける。
「いやぁーっ!」
意表をつかれ弘美は体勢を崩して倒れこむ。ナイフが床を勢いよく滑っていく。
「このアマっ!やってくれるじゃないか。学生寮ではお前もヨガリ狂ってオレにマ○コすり合わせてきたくせに!(3rd-day)」
弘美の険しい表情に美穂はすでにレディースワットの一員であることも忘れ、恐怖を露に床を這うように逃げる。
この手の訓練はチーム内で日課のようにやってきた。
実戦でだって幾度も遭遇して男を蹴散らして身柄を確保してきたのに今は足が震えて行動さえおぼつかない。
(敵には背後を決して奪われぬよう体勢には十分留意して!)
過去の訓練が脳裏をかすめる、チーフだった奈津美から何度も聞かされた言葉。
今はそれすらできず、犬のように這いつくばってこの状況から脱しようとしている様はすでにか弱い一般女性と同じだった。
弘美に思い切り髪を掴まれてつるし上げられると思い切り頬を何度も横殴りにされた挙句にキツいボディブローを浴びせられてその場にうずくまった。
「フフ、なめんなよ。オレに刃向う?美穂には無理だろ。訓練でさえ私に勝てないんだもの」
そう言うと弘美は美穂の脇腹をブーツで踏みつけて捻りつけた。
「あぅ、ぅぅぅっ・・・・・」
「オラァっ!思い出せよ、この前のようにオレのマ○コが欲しいって言えよ!好きなんだろ、オレのマ○コ舐めたいんだろ?しようぜ、ま○こスリスリしようぜ」
弘美はすでにココが何処なのか、いまがどういう時なのか、まったく気にしていない。
そこまで欲情しきっている理性のかけらもない弘美に美穂はいたぶられて抵抗する気力すら奪われていた。
「ふふっふふふふ、ホラ、足を上げろよ、マ○コ、合わせるんだ、あの学生寮でやったように。美穂、思い出せよ、気持ちよかったろ」
「グスっ。うぅぅ、ぅぅ」
二人の秘部が口を合わせる。
愛液で照り映えた局部は簡単に滑ってお互いの快楽中枢を刺激する。
美穂は泣きながら、弘美は快感に溺れてそれを受け入れる。
美穂の嗚咽だけが止まない。
「黙れ!気分が萎えるだろ!ホラ、腰を振れよ、お前が動け!オレを気持ちよくさせろ!さぁ、早く」
二人の貝を合わせ、腰を振ること要求しながら、美穂は前かがみになって言うことを聞かないで泣き出す美穂をさらに平手打ちで脅した。
「・・・ぅ・・ぅう、弘美、お願い、目を、目を覚まして。正気に戻ってよう」
「ああ、いい、いいよ、美穂。もっと、もっと動いて、オレを感じさせてくれよ。さあ、もっと。もっとだ、あぁぁぁ、ああっ!」
弘美は感じてきたのか弛緩した表情に喜悦の色が浮かぶ。
喜怒にあわせて、まるで男女のようにコロコロと弘美はその言葉遣いも顔つきも所作も変わる。
「楽しもうよ、ねぇ、ミっホぉ~。女だけの美しい、幸せに満ちたセックスに。あなたは私のものよ、誰にも渡さない。誰にも邪魔はさせない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さぁ、美穂。お前も声を上げてよがれ。オレを求めろ。言え、言うんだ。オレを求める言葉を、心を込めて!でなければ・・・殺す」
抗いがたい目の前の現実を受け入れることができず、美穂は次第に意識が薄れていくのを感じた。
もうこのまま気を失ってしまいたい、美穂の意識はホワイトアウトの極限へと追い込まれていた。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下舞台】
「いいかい。キミはここ舞台前の中央メインテーブル随所にいらっしゃる識者会選出の30人のバイヤーの皆様方に神聖な1票を投じていただくんだよ」
マスクマンはこれから先の進行に不備がないよう瑠璃子に諭すように説明した。
「ふ~ん」
「ふ~んって、コトの重大さがわかってないね、キミ!」
マスクマンの司会者の方がうろたえた。
「20票以上の得票がなければテストは失格、キミは我々セルコンの組織の一員にはなれず処分される」
「それで?」
瑠璃子はそっけなく言い放つ。
「それでって・・・・・素直でいたほうがいいよ。すでにここは舞台なんだ。声まで集音マイクを通して1~3階全てのお客様に届いてる。心象が悪いのは非常にマイナスポイントだよ」
「私は何も知らされずにテストだって言われて勝手につきあわされただけなの、いい迷惑だわ。こんなオークションみたいなコトやるなんて聞いてないし、自分自身が襲われるテストがあることだって聞いてなかったもん」
「なかったモンて・・・・キミ。いい加減にしなよ、今までこんな態度の悪い受験者いないよ」
「いいから、いいから。さぁ始めてよ」
周囲から苦笑とも動揺ともとれるどよめきが聞こえた。
「どうなっても知らないからな!」
そういうとマスクマンは舞台の脇のマイクスタンドまで下がった。
「皆様、この受験者、仮称『瑠璃子』に識者会が課した今回の課題を申し上げます!」
まるでアカデミー賞の発表のような荘厳な音楽の中、司会者は封筒から課題の書かれた紙を引き抜いた。
「発表します。課題『我々、セルコンの活動を妨害し続けている警視庁特務機関レディースワット現役隊員を1名堕とし、本日の最終舞台としてオークションに提出すること!商品として差し出された生贄は完全なる調教済みの聖隷と化していること―認定難易度ランク、TEST特A』以上が課題ですーっ!」
会場内が一斉にざわめいた。
すでに課題を知らされていた選考者30人はいよいよかとオークションボードであるテーブルのモニターを注視した。
課題のレベルが高すぎないか、あんな子ができるのか、危険度が高くないか、無理難題だ、などさまざまなどよめきが会場内を占めている。
「うそでしょ?それが正式な課題だったの?アハハ」
当の瑠璃子本人ですらびっくりしながらも、そでの暗がりで震えているママを見つけて不遜な含み笑いを向けた。
「私は悪くない、私は悪くない・・・・・・私は悪くない・・・なんてことっ!思い通りにならないコねっ!」
すでにココロここにあらずで、うわごとのようにママは同じ言葉を繰り返していた。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下第2層 地上階への非常階段脇のホワイエ】
「ああああ、ああっんんん、いいよ、気持ちいいね、美穂は、。美穂のその胸も、おま○こも、いいよ、いいいよぉ~ぅ」
自ら腰を振り、美穂のおま○こと愛液で擦り合わせながら快感に昇り詰めていく弘美に周囲への注意力など微塵もなかった。
「ん・・・あ・・・ん・・・」
「フフフ、美穂。大好きな美穂。やっと受け入れてくれたね」
弘美はさらに
美穂はすでにされるがままに、ただ必死に自らがすすんで弘美との行為に身をおくことだけは耐えているようにあえぎ声を押し殺す。
目をつぶって顔をそむけ口を真一文字にきゅっと閉め、快楽という耐え難い誘惑に必死に抗っていた。
まるで映画でも見ているかのような霞がかった意識は現実逃避への兆しとさえ思えた。
「楽しもうよ。美穂。オレがお前をイカセテやるんだぞ。一緒の楽しもうぜ。オレの胸を気持ちよくさせろ、揉めよ。フフフ、乳首かたくなってんだろ?」
二人にゆっくりと近づく影は放り出されたままのスワットナイフと銃を拾い上げた。
「可哀想に、弘美。あなたは男勝りで一本気だった。でもその性格は犯罪を憎み、女性を犯罪被害から守るというチームの使命とベストマッチだって言ってたのに・・・」
背後からの声に弘美は一瞥するが、誰だかわかると美穂を犯し続ける行為にすぐさま戻った。
「オレの楽しみを邪魔をするなら、アンタといえども容赦しない。行けよ、邪魔すんな。さっさと何処へでも行っちまい・・・・ぐあっ」
コメカミ近くにある経穴を瞬時に指の力で圧迫して視神経と血流を乱して気絶させるレディースワットの体術に弘美は昏倒した。
一瞬にして気絶した弘美の体は美穂の横に転がった。
影は無造作に脱ぎ捨てられた弘美のスワットスーツを拾い上げ、彼女の裸体の上に優しくかける。
「あなたは誰かにココロをもてあそばれたのよ、弘美。ありもしない欲望を植え付けられて狂わされているだけ・・・あなたもきっと必死に抵抗したのよね」
弘美を思う声は涙声に近い。
影はそう言って弘美のスワットスーツから手錠を取り出すと美夜子にしたのと同じように右手左足を背中越しに嵌めて動きを奪った。
手錠のキーを脱ぎ捨てられたスーツから抜き取った。
「美穂、大丈夫?美穂、しっかりして」
周囲にはナイフで刻まれたであろう美穂のスーツや下着の断片が散らばっている。
美穂の上半身をを抱き上げて体をゆすり、意識の有無を確認する。
影は血まみれで穴だらけの自分のスーツの上着を脱ぐと美穂の上半身を起こして素っ裸の美穂の肩に羽織らせた。
うつろな目をして茫然自失としている美穂を起こした。
「ん、あっ・・・・、い、伊部・・・チー・・フ」
うつろな表情で美穂は影を見つめてつぶやいた。
影は奈津美だった。
拾い上げていたナイフと銃は、美穂の傍らにおいて美穂の気つけに軽く頬を叩いた。
「大丈夫?しっかりするのよ。あなたはもうオペレーションから外れて外へ退避なさい。弘美はすぐにでも目覚めるはず。正気が戻っていたら解錠して二人一緒に撤収、いいわね」
そう言い聞かせると、美穂の左手に弘美の手錠のキーを握らせた。
上半身、体にピッタリの血だらけの防刃インナースーツのみの奈津美は本隊がいるであろう先へと歩き出す。
美穂の周りに散乱した切れぎれのユニフォームや下着に混ざって磁界ロックを見つける。
祐実の執拗に犯行グループを一網打尽にしようとする意図がうかがえた。
(時間がない。すでに作戦が終局していれば、皆を無事に撤収させられる。そこで祐実を・・・!!!!!!)
背後に小さな金属音。
(手錠のキー?)
奈津美が立ち止まって振り返ろうとしたその瞬間、後ろからの強い突進の衝撃に奈津美は前のめりに倒れこんだ。
背中の腰あたりに感じる違和感。
「ぁう!」
向き直るとそこには美穂が立っていた。
「み、美穂。どうして」
美穂は全裸のまま無表情で奈津美を見下ろしている。
横たわったまま必死に背中へと手を伸ばす。すぐに置きあがるにはさすがに手痛い突進だった。
自分に突き刺さったナイフに驚きながらも思い切って引き抜いた。
不用意に美穂の脇においた弘美のスワットナイフだった。
(甘かった・・考えておくべきだった。チームは既に侵蝕されていると・・)
流血が少ないのは美夜子の力なのか。
痛みに対して無感覚に近いのではないかと思うほど刺し傷による影響がない。
(痛みを感じない・・・美夜子の力?それとも私の最期が近いのか・・)
聞き質さなくても本当の理由はわかっている。
美穂は先ほどのうつろな表情のまま、今度は横たわる弘美のホルスターから銃を抜くためにホルスターに手をかける。
「伊部奈津美ヲ ミツケタラ スミヤカニ ケス。ソレガ メイレイ。ユミ ネエサマ ノ メイレイ ハ ゼッタイ」
「美・・穂・・。まさか、あなたまで・・・」
まるでゾンビのようにゆっくりとした動作で銃口を奈津美に向ける。
その表情には躊躇など微塵もなく、無表情のままに動く人形のようだった。
(今は、まだ、ここで、倒れるわけにはいかないっ!)
力を振り絞って銃口の標的から外れるように俊敏に体勢を立て直す。
「イベナツミヲ ケセ。 ユミ ネエサマ 二 ヨロコンデ モラエルノガ ワタシノ シアワセ。イベナツミ ヲ ケセ」
トリガーに指がかかるかかからないかのうちに素早く奈津美は美穂に接近すると銃を手刀で払い落とし鳩尾を突いて失神させた。
「ぐぅっ・・・・・」
「美穂。あなたはきっと薬で、明智祐実に人形にされたのね。江梨子もきっとこんな風に・・・」
奈津美の両目が涙で潤む。
チーム6のメンバーには涼子以外にも、すでに祐実の手に堕ちた者がいることがこれで確定的となった。
そう考えるのが当然、そして祐実に絡めとられた者は間違いなく奈津美を殺すように仕向けられている。
(チームが、私の大切な仲間が、明智祐実のために・・・・。許さない、絶対に許さない)
怒りに奈津美は肩を震わせた。
奈津美は先を急ぎかけて立ち止まる。
振り返り、倒れた二人を遠目に見つめる。
一瞬、脳裏をかすめた思いが心の奥からふつふつと不安となって湧き上がる。
「弘美は私を見ても、私だとわかっていても殺そうとしなかった。美穂は私だと認識するなり私を殺そうとした・・・・・・」
奈津美の思考が今までのさまざまな場面を呼び起こす。
「弘美は、弘美は私を見ても私を殺そうとするどころか無視しようとさえした・・・。でも別人のような狂態・・・・」
奈津美の思考回路が点と点をどんどん繋げていく。
導き出した結論。
「チームは、チームの中は祐実の支配を受けている者と、別の人間の支配下にある者がいる・・別の人間・・・陣内瑠璃子・・あの娘かっ!」
(目前に迫る本当の敵、セルコン。でも、チームも、私が大好きなみんなも、信じたくないけど、もしかしたら全員が敵かもしれない・・)
奈津美は怒りに任せて唇を噛み締める。
「どうしろっていうの。残り時間の限られた今の私にどこまでできる?・・でも、でもやるっきゃない。みんなを呪縛から解き放つためには・・・」
握りこぶしに力がこもる。
「オペレーションを支援し1秒でも早くセルコンを完全に封じる。まずはみんなを、みんなの命を守るためには今回のオペレーションの完遂・・・・」
奈津美の脳裏の中ではもう一つの考えがよぎっては消えていく。考えはまとまらない、いや、選びたくはない選択肢だった。
(陣内瑠璃子も、祐実も。あの二人からみんなを救い出すためには・・・・・・いずれにしてもみんなの心まで自由にするには命令者の二人を消すしかもう私には時間が・・でも・・でも・)
美穂から刺された傷は奈津美の腰にダメージを与えていた。
左足を引きずらなければならないほど体の自由が利かなくなってきている。
「この力が尽きるまで私はチームを守る!あの二人からっ!お願い!神様!普段は頼らないけど最期のお願い、私に力を貸してください」
自分に言い聞かせるように言葉を口にして奈津美は足早に先を急いだ。
< To Be Continued. >