********** exhibition 『TEST』 5 **********
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下舞台】
瑠璃子はネタバラしでもするように祐実に問いただす。
「なんですって?なにが言いたいの」
「ボクがこのコたちを堕として好き勝手にHなことさせて操っているように、このママ、『メデューサ』にあなたもすでに堕とされているんだよ」
「ま、まさか!そんな」
祐実の表情に驚きの色は浮かぶ。
「おそらく、あなたはココロをこのママに弄られて相当偏った人格に作り変えられたんだ」
「ちがう!そんなコトない!私は今だって過去だって変わりのない明智祐実、私自身よ!」
否定する祐実の姿には真実を知らされることへの恐怖感が漂っている。
「あなたは組織が新たに『ブリーダー』をTESTする機会が訪れたときのために、課題をお膳立てするための手駒として狙われて作り変えられたんだよ。きっと」
おおっと観衆が感嘆の声を漏らす。
「信じない!そんな話、信じるわけないじゃない!私は私以外の何者でもない。自分自身の上昇志向を否定するつもりはない。でもそれだけよ」
「じゃ、ストレートに言うよ。あなたが自分のチームの中に『仔猫』というスパイがいると疑っていたけれど、おそらく『仔猫』はあんた自身なんだ」
「な、何ですって!」
祐実はそれを聞いて愕然とする。
―――――――――――― 遡ること 明智祐実 レディスワット訓練生時代
【 警視庁 特別科目訓練センター トレーニングルーム PM10:20 】
10人の選抜婦警訓練生が基礎トレーニングとしてセンター内のジムで筋力アップトレーニングを課せられていた。
彼女たちの動作は緩慢で、一人を除いてはやる気がないのは明らかだった。
それでも9人は、ほぼ時間差なくにメニューをそつなくこなし、ほぼ同時刻にあがった。
トレーニング機に挿したUSBメモリー形態の記録レコードを課題終了後にジムカウンターの送信ボックスに挿すと内容がチェックされ個人記録として登録される。
訓練生として課されたメニューは偽ることができないほど正確に修了時間や負荷量、心拍などが記録される。
「はぁ、なんでこんな時間まで追加の基礎トレーニングなんか・・・・」
タオル首にかけて友美は全身にまとわりつく疲労を吐き出すようにため息をついた。
「しようがないよ、トモ。伊部教官お得意の連帯責任なんだから」
気にしない、気にしないと敦子が友美の肩をポンポンと叩いた。
「しようがないって言ってもさぁ~、同じ班だからって、いつも、いつも、これじゃぁ・・・」
香菜も壁に寄りかかり、未だに走り終わらない連帯責任の張本人に視線を向ける。
班行動での訓練では、成績の悪い班は追加トレーニングが課される。
彼女たちの班は常にその対象だった。それもその原因はいつも同じ人物のせいだ。
他の班員も必死に最後のランニングマシンの上で走る祐実に視線を向けた。
「やりきれない。毎日のように連帯責任、連帯責任って。私たち、祐実のせいでどれだけ損してる?」
みなみは口を尖らせた。
「追加メニューのトレーニング、休暇取り消し、短縮。私たち、たまたま同じ班だってだけで、だよ」
みなみは今までの不満が収まりきらず、最後の言葉を口にした。
「もう、これ以上、彼女のせいで私たちがわりを食うのは勘弁だよ、みんなもそうでしょ」
その言葉には、だれも反論しなかった。
「私たちはレディスワットの選抜候補として、各所轄から選りすぐられた婦警の集まりなんだよ。だったら、なぜ、彼女が――――」
みなみの言葉を友美が遮った。
最後の5キロ走を終えた祐実が近づいてきていた。
「ごめん、みんな、本当にごめんね」
最後まで走りきった祐実が9人の前に申し訳なさそうに息を切らして近づいた。
誰よりも疲労の色が濃く、また生傷が手足のいたるところにあるのは、あらゆる訓練でそれだけ技術技能が立ち遅れていることに他ならない。
「祐実、本当にそう思ってる?」
友美が優しく問いかけた。
「えっ・・・」
「本当にそう思っているんだったら、あなたには可哀想だけど私たちはあなたに言いたいことがあるの」
祐実の表情は青ざめて堅くなった。
「自分でもわかってるんでしょ。向いてないよ、あなたには。あなたはその優れた才能を十分生かせる職場がきっと別にある」
「で、でも、でも、私は、私は、レディースワットに・・なりた―――」
「このままあなたに足を引っ張り続けられる私たちの身にもなってよっ!もしかしたら、私たちが全員あなたのせいで第2次選抜では落とされるかもしれないのよっ!」
今まで無言を通していた夏海が叫ぶようにはなった言葉は班員だけのジム内に反響した。
「ご、ごめん・・・・・。でも、でも、わたし、頑張るから、みんなに迷惑かけないようにもっと、もっと頑張るから・・・」
「悪いけど、あなたが自ら進んで候補生を辞退しないのなら、私たちJ班の9人はあなたを今後仲間とは思わない」
そう言って全員が祐実を残してロッカールームに去っていった。
「う、うう、ううううう、ふぇぇぇぇぇぇぇ」
祐実は独りぼっちになったジムの床でへたり込んで泣き崩れた。
しばらくしてロッカールームとジムをつなぐドアの開閉音が聞こえた。
「バカか、お前は。泣いている暇がどこにある」
自分の頭の上から大きな声が浴びせられる。
突拍子もない大きな声がジム全体に響き渡る。
はっとして顔を上げるとそこに奈津美の姿があった。
「い、伊部教官。きょうか~ぁん」
奈津美の顔を見て新たに感極まって足に縋りついて祐実は泣いた。
「泣いてる暇なんかないだろう。力が及ばないのなら、及ぶようにするまで。お前には伸びシロがまだある」
「でも、でも、わたし・・・みんなの足を引っ張ってばかり・・・・・」
祐実は今しがた仲間から浴びせられた言葉にショックを隠せない。
「私が何のためにお前を個別にみてやってると思ってる。お前の『決して諦めない』という精神力をかっている」
「な、奈津美せんぱ~い。ふえぇぇ・・・」
二人は所轄時代にわずかではあるが同じ職場に勤務していた。
「レディスワットは強靭な体力と精神力が必要。今は技能的に実技が遠く及ばないとしても、お前の精神力は本物だよ」
「センパ~イ・・・」
「センパイはやめろ。ここでは教官なんだから。さぁ、着替えて射撃場に来るんだ。今日、ペナルティの原因となったところを次までに克服するんだ」
「は、はいっ」
祐実は奈津美の言葉に励まされてロッカールームへ足早に去っていく。
祐実の悲しげな背中を見守りながら奈津美は射撃場へと向かうためにジムから直接廊下への出口に向かう。
ジムと訓練センターの寮を隔てる廊下はガラスの壁で仕切られている。
そこに先に上がった9人がロッカールームを出て、はしゃぎながら寮へと帰って行くのが見える。
何人かは奈津美に気づいて礼をして去っていくが、あえて奈津美がいるのを知っていながら無視する候補生もいる。
「祐実、そしてJ班のみんなも、私があえてキツくあたる意味をもう少し考えて」
奈津美はポツリと呟く。
【 レディスワット 補佐官室 】
霧山は処理端末から出力された訓練センターからの候補生練熟度資料を一読して机上に置くと、目の前に待機していた伊部奈津美に視線を移した。
「もともと、訓練生には広報活動の重要性からルックスと、技能的にすぐれた実績を併せ持つ者を選抜していた」
霧山はポツリと本音を漏らした。
「その、広報活動とルックス、それが私たちの不満の一部であることはご理解いただいていると思いますが・・」
奈津美は無表情のまま言葉を返す。
「伏見にはまだ会うたびに噛みつかれているよ。彼女は真の女性スワットチームを目指しているとね。アイツを局長の座につけてチーム編成してレディスワットを確立した。それでもなお、何が不満なんだ」
霧山はやれやれとため息をついた。
「紀香さんのレディスワットに対する理想は私なんかよりずっとずっと高いんです。彼女は広報活動もすでに任務外と考えています。その点では同情しますよ、補佐官」
奈津美は苦笑した。場の雰囲気がその奈津美の微笑で和む。
「ほう。キミも伏見派だと、彼女の右腕だと思っていたよ。彼女の無念さもわからなくはない。ただあのケガでは日常生活に支障はなくともスワットとして第一線で動くにはもうムリだ。ただ、彼女のあの行動がなければあの事件は解決できなかったろう。そういった意味で伏見の功績は大だと判断したんだよ」
「補佐官は彼女を局長に推挙して下さった。だから紀香さんはスワットに残れたんです。組織は同じ見方をするものばかりでは、冷静に俯瞰する力を失うこともあります。その点でセクハラとかパワハラとか非難されながら、訓練生の選抜を一手に引き受けておられる補佐官の人選と育成方法に私は敬服しています」
「悪い気はしないな。キミのように私を少しでも良く評価してくれる者はレギュラーチームでは皆無だと思っていた」
霧山は奈津美のほめ言葉に相好を崩した。
「チーム6の伏見チーフの抜けた穴を他のチームからの補充や欠員のままにするとばかり思っていましたが、いち早く訓練生から選抜候補者を編成していただき、私にまで選考委員の役目と教官職の兼任辞令を出してくださいました。補佐官のご指示だと聞いて驚いたと同時に感謝しています」
「次のチーフはキミなんだ。まさか教官として休日、休暇も返上で訓練センターに入り浸るとは思いもよらなかったがね。キミが過労で倒れたら、私はまた伏見の逆鱗に触れるし、管理職として責任を問われる。気をつけてくれよ」
今度は霧山のほうが苦虫をつぶす。
「ご心配には及びません。私が自らすすんでやっていることです」
「それに、この資料では候補生の中では実力で最も期待薄なJ班がここ1ヶ月で他班と肩を並べるまでに基礎体力、技能力が向上してきている。班員からキミのやり方に不満もあがってきているが数値が全てを物語っている。キミの指導力の賜物だよ」
奈津美は無言のまま頭を下げた。
「補佐官、まさかとは思いますが、あのJ班はルックスだけで選考したのではないかと疑いたくなりました。J班の者たちには他の班にいる選抜候補生のような所轄実績や任官前の経歴からはスワットになりえる飛びぬけた実践技能は見つかりません」
「ハハ、言うじゃないか。だったらセクハラと言われついでに教えてやろう。当たらずとも遠からずだ。それをキミはあの班員たちを十分な候補生のレベルにまで高めてくれた。これには私こそ感謝する。残念ながらキミが目をかけているあの明智祐実、1人は除くがね」
「何か、意図的にチーム6にそういった綺麗ドコロを集めようとしているように感じているんですが・・・・」
刺す様な目で奈津美は霧山を見つめる。
霧山は意図を見透かされて一瞬言葉を失ったが、すぐに切り返しの言葉を思いつき口にする。
「・・・ほう。大した自信だな。そうするとチーム6の新チーフである伊部奈津美様も、ルックスが良いと自負しているんだね」
「そ、そんなことは・・。と、とにかく、人選は公平に行わせていただきます。K・J・L班30人の中から2ヵ月後の成績で選ばせていただきます」
そう言って奈津美は敬礼すると霧山の部屋から出て行った。
(フフフ、伊部。お前の言うとおりだよ。チーム6はこれからのためにルックスも技能も飛びぬけた者たちを集める必要があるんだ。その目的が知れることはないだろうが大したヤツだな、キミも)
霧山は奈津美の去ったドア越しに呟いた。
【 お台場 DEX カフェ 「DADA」 】
昼下がりのオープンカフェ、門限を午後5時までに短縮され中学生なみに団体行動を制約されたJ班の10人が大きな丸テーブルを囲むようにしてベイサイドデッキに陣取っていた。
すでに初夏を思わせる陽気に10人の薄手のファッションはことさら人目を引いた。
選りすぐりの10人に周囲はモデルかなにかのグループかと何人も興味津々で視線を送っている。
その中で一人だけ萎縮しきった様子の祐実だけが露出した肌のいたるところが痣だらけだ。
「人目を憚かるくらいのTPOを考えて着てきなよ。まるでDVか苛めにでもあったように見える」
友美が不機嫌そうに言った。
「で、でも、休暇の外出時くらいはおしゃれしようとどうしようと服装は自由だって、みんな言ってたし・・・」
祐実のか細い言葉に覆いかぶすように夏海が畳み掛けるように言葉を荒げる。
「いつの話してんのよ。言ったでしょ、あなたをもう仲間とは思っていないの、私たち。それじゃ、まるで私たちが苛めてるみたいじゃない。ホラ、またすぐ泣くし、勘弁してよね。なぜ休暇まで団体行動なのよ」
「ごめん。ごめんなさい、わたし、わたし、もっと頑張るから。みんなの足を引っ張らないように頑張るから・・」
祐実は肩を震わせしわがれた声で皆に謝罪する。門限時間の短縮も、団体行動も班単位の訓練実績からのペナルティだった。
「夏海、もういいよ。祐実、悪いけど私たちはこれから9人で短い休暇を楽しませてもらう。それと、今話した今度の上四半期班別総合成績で班が最下位だったときは約束通りあなたには候補生辞退届を出してもらうから」
友美は無理やり祐実から確約を取り付けた約束を改めて口にする。J班総意の祐実への最後通牒と言ってもよい内容だ。
「そ、それは・・・・」
俯いた顔を上げたとき、祐実の視界にはすでに席を立って楽しく会話を弾ませる9人の遠ざかる背中があった。
それを見て視界が涙でゆがむ。
「可哀想に。あの子たちは次の選抜には残れない。レディスワットはチーム意識が命。仲間を見捨てる時点で失格よ。奈津美の真のペナルティの意味も理解しようとない駄目な子たちね」
そう言って祐実の横に一人の女性が座った。
「あ、あなたは、一体・・・・」
「私もレディスワットよ、元がつくけどね、鷹野美夜子。よろしくね、明智祐実さん」
「あ、あの・・・・そ、その鷹野さん、私のことどうして知ってるんですか」
「気にしない、気にしない。それより、私はあなたの力になりたいの。あなたの経歴は素晴らしいものがある。ただ、学生時代の部活動や警察学校時代の課程だけで選抜されるほどスワットは甘くない」
「わ、わかってます。でも、奈津美先輩は上達に近道なんてないんだからとにかく人一倍の訓練を積むしかないって・・・・」
すでに美夜子のペースに引き込まれ、彼女のことを疑いもせず祐実は心情を語った。
「大丈夫。奈津美は自分がそれで努力してきたから。それでもあなたのことを気にかけていることに間違いはないわ。あなたはそれに答えてあげなくちゃ」
祐実の痣だらけの肩越しに触れて美夜子は耳元で囁くように祐実に語りかけた。
「あなたの力になりたいの。あなたも奈津美の期待に応えたいでしょ。私がその手助けをしてあげる。私を信じて、私の目を見て」
「ど、どうして・・・・わたしなんかに・・・・・た・・か・・・の・・さ・・・ん・・・・・・・は・・・・・・・」
祐実が美夜子の言葉に振り返って彼女の目を見たとき、その眼力にとりこまれ徐々に意識が遠のく感覚に襲われた。
「フフフ、それはね、組織があなたの利用価値を認めたからなのよ。あら、あっけない、これだけ簡単に堕ちるコも珍しいわね」
美夜子のとなりですでに祐実は中深度のトランス状態になっている。
そこにブレザー姿の男子高校生が現れて祐実を美夜子と挟み込むように座った。
「おまっとさん」
「琥南、遅い。また道草してたでしょ」
「悪いかよ、少しぐらいいい目見せろよ。この数日、武道家、体操選手、水泳選手ありとあらゆる有望株の才能をコピーしてきたんだ。しかもやりたくもねぇ、男からのトレースも含めてな。しかし、女だからって武道家になぜ美人はいないかねぇ~。まぁ、折角の処女だっていうから食わせてもらったが、この姉ちゃん見てるとやっぱりルックスは大事だよな」
琥南と呼ばれるブレザー姿の高校生は悪態をつきながら、周囲から見えないようにトランス状態の祐実の胸に触った。
「琥南、また勝手ばかりするなら、今度は本当に識者会から封印か抹殺されるわよ」
「へいへい、わかってますよ。で、なに、この姉ちゃんにオレの奪ってきた才能の強制コピーをすればいいわけだな?」
「バカ、急にすべてをやったら人格障害か下手したら廃人よ、1カ月かけて彼女を組織が利用しやすいように作り変える」
「くっだらねえ。またどうせ、いつくるかわからねぇTESTのための下ごしらえなんだろ。これだけの美人なら味見させるくらいいいだろ、な、2時間好きにその女使わせてくれ」
琥南は祐実の手を引いて連れ出そうとする。
「琥南、勝手は許さないわよ。ただでさえ、あなたは識者会から睨まれているのを忘れたの」
背後からの声に琥南の背筋に詰めたい汗が浮き出る。
「ばっきゃろ、いるならいるって言えよ、メデユゥーサ。冗談だよ、ただ言ってみただけ」
琥南は振り返りざま、そこにいるメデユゥーサに両手をあげて何もしませんよ、とおちゃらけた。
「さぁ、二人で彼女を連れてきて。まずは我々が旧知の相談相手だと刷り込んでいく。そして今日から琥南、少しずつ、彼女にコピーしきた彼女に足りない優れた才能を植えつけていってもらうわ」
「へいへい、ご命令とあらば、しょうがないっすね。でもその前に、オレと3Pでもどう?メデユゥーサ、ナイトホーク、それならいいだろ。気持ちよくなろうよ」
「おい!」
ナイトホークと呼ばれた鷹野が押し殺した凄みのある声を出す。
「わーかったって。ジョーダンだってばよ、ジョーダン!まったく、二人ともレズかよ?セックスに興味ないの?」
メデユゥーサが琥南の耳を引っ張るようにテーブル席から立たせる。
「テテテテテ、わかったよ、やるよ、やる。文句言わずにやりますよ」
琥南は厭味ったらしくやる気なさそうに答える。
「琥南、識者会を軽く見ているのだったら、そのお力を身をもって味わうことになるぞ」
メデユゥーサの最後の言葉には感情のこもらない冷たい氷のような冷徹さが伺えた。
すでに自我を眠らされトランス状態に陥った祐実を伴って3人は街中へと消えていく。
―――――それから2カ月足らずの間に明智祐美の個人成績は目覚ましい好転をし、J班の成績は上昇する。ただし、明智祐美にはその頃から徐々に性格的な変化が見受けられるようになった。
周囲は、実技・技能の上達から、自信がついてスワット候補生らしい自覚が生まれたのだと、その時には見られていた。
その後、チーム6へは賛同多数で明智祐実が内定した。
奇跡の大逆転、センター内では短期間に有無を言わせぬほどに実力を高めた祐実の選出にJ班の9人を含めた誰もその選考を非難することはできなかった。
そして数名が他のチームへの内定が決まったが、J班で選出されたのは祐実だけだった。
賛同多数、明智祐美のチーム6への編入を反対したのはただ一人、伊部奈津美だった。
それはまだ明智祐美がレディスワット訓練生時代の話。
【 晴海『Zton(ゼットン)』店内 2-C10ブース 】
紀香が階下の情勢の変化に気づかずに胸の高鳴りに違和感を覚えながらも3発目に霧山の鳩尾を強打したその瞬間だった。
「ぐぅぅぅ」
霧山のうめき声が紀香の耳元に覆いかぶさるように流れた。
その瞬間―
激情、それも今までの自分の行動を全否定するような霧山に対する激しい性欲に一瞬にして心を染め上げられた。
霧山が愛しく、血まみれで呻く彼のことを心の底から心配で、紀香のすべてをもってしても介抱のためにも愛して、愛して愛しつくさねばならない使命感、激しく愛したい欲情に襲われた。
「あっあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあっぁぁぁーっ」
紀香は椅子にもたれて苦痛にあえぐ霧山を見るに堪えず激しいキスで舐るように血を舐めとっていく。
「愛してる、愛してます、愛してるのぉーっ。大好き、大好き、大好き、大好きです。好きにして、私の心も体も、あなたのものです。ごめんなさい、ごめんなさい、うぇぇぇぇぇぇぇ」
号泣しながら紀香は霧山に自分の体を重ねて猛烈なキスの嵐を浴びせている。
乳首は堅く立ち、陰唇は濡れに濡れてパックリと口をあけて愛液を溢れ出させていた。
霧山のものを勢いよく口に含みバキュームフェラで一気に勃起させるとすぐさま自分から霧山のイチモツを自分の手で濡れ濡れでぱっくりと口をあけたヴァギナに挿入して腰を激しく降り始めた。
その振り方もやらされているような単調なものではなく霧山を感じさせるための献身的でエロチックなまでに霧山を悦ばせようとする自発的な腰の振りだ。
「クククク、どうやら、お前も自分の分というものをやっとわきまえられるようになったようだな」
「愛してる、愛しています、霧山補佐官、いえ、霧山様、私の霧山士郎さまぁーっ。紀香は、紀香は全身で士郎様を愛しています。許して下さい、紀香を、士郎様を傷つけた紀香を許してっ」
「お前はオレのものだ。そうだな?」
「当たり前です。私は霧山様のものです。体も、心も、すべて」
「オレは警察の裏切り者で殺しても構わないんじゃなかったのか」
「どうしてあんなことを私が言ってしまったのか・・。許して、許してください、士郎さま、紀香は悪いコです。でも士郎様を愛してます、死ぬまで一生愛し続けます。士郎様のいうことにはなんでも喜んで従います、だから、だから紀香を許して下してっ」
紀香はあふれる涙で顔をぐちゃぐちゃに泣き腫らしながら霧山のモノを咥えこんで腰をなまめかしく揺する。
先ほどまでの凛としたレディースワットの局長の姿はそこにはもうなかった。
「フフフ、これで雌奴隷紀香も、レディースワットの伏見紀香も、完璧にオレの支配下に入った」
「感じてください、イってください、士郎様、紀香のお○んこは主人である士郎様だけのモノ。愛を、私の愛を感じてください、何度でも何度でも紀香は士郎様に悦んでいただきたいんですぅ」
(フフフフ、オレを傷つけるたびにオレを愛するように暗示を与え、心のうちに残した雌奴隷紀香には内面から本来の紀香をお前の力で染め上げるように命令した。お前は素のままの自分でいながらオレの奴隷としての絶対服従の愛に染め上げられて目覚めたわけだ。クククク)
「紀香、これからもお前にはオレのために働いてもらうからな」
「はい、はいっ、はいぃーっ!よろこんで、よろこんで紀香はお仕えさせていただきますっ!なんなりとおっしゃってください」
「オレの射精と共に今の気持ちを胸の内にしっかりと刻み込むんだ。全身最高の至福感に満たされてお前のオレへの憎しみは霧散する。そして全身全霊でオレを愛し奉仕するんだ」
「はい、はい、士郎様の言葉に従います、紀香は霧山士郎様を愛して愛して、心の底から愛して、これからは全身全霊でお仕えしますぅーっ」
「お前もオレの射精に合わせて絶頂を迎える。その瞬間、お前の意識は眠りに落ちて雌奴隷・紀香がお前の体を再び支配する。ほらぁっイケーっ」
「ああああああああああぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁああぁー」
紀香は嬌声をあげて絶頂を迎えた。
霧山と一つに繋がったまま霧山に体を重ねるようにして気を失った。
「フフフフフ、永遠におさらばだよ、憎らしい女、オリジナルの伏見紀香とはな。お前はもうオリジナルを失い、カスタマイズされた融合体だ。オリジナルは・・・死んだ」
霧山が紀香の頭を撫でると紀香はゆっくりと目を開けた。
「あっ!、あぁぁっ、ご主人様ぁーっ!やっぱりぃぃぃ~私がやったんですね、伏見紀香がご主人様をそんなお姿にっ。私の大切な大切なご主人様にぃ。殴ってください、私を憎い女の代わりに殴ってください。私、私、必死に、必死にあの女の心の棘を折ったのにぃ。ご主人様への愛をいっぱいいっぱい染み染みさせたのにぃーっ」
雌奴隷モードになった紀香はさっきとはまたうって変わって霧山を心から心配して傷口を猫のように優しく丁寧に泣きながら何度も何度も舌で舐めあげる。
「フフフフフ、お前のおかげであの女への溜飲も下がった。お前のおかげだ、かわいいヤツよ」
「褒めないでください、こんなに傷だらけにして、紀香の力が足りなかったからご主人様が傷ついたんです。許してください、ごめんなさい」
そういいながら雌奴隷・紀香は精液にまみれたイチモツを綺麗に、しかも小気味よく性感を刺激して舐めあげていく。
大きな胸にイチモツを挟むと丹念に谷間でスリスリしながら亀頭を優しく舐めまわす。
「フフフフ、お前も十分可愛いぞ。傷は痛むが大したことはない、かえって今夜はこの傷があとあと役に立とう。さぁ、もう一度オレをイカセて見ろ」
「はいっ、ご主人様。雌猫奴隷紀香は歓んでご主人様に感じえいただけるように一生懸命しまっす!」
豹変という言葉がまさに的確な表現であるかのような紀香の変化に霧山は十分満足げだった。
【晴海『Zton(ゼットン)』店内 地下舞台】
「あなたは組織が新たに『ブリーダー』をテストする機会が訪れたときのために、課題をお膳立てするための手駒として狙われて作り変えられたんだよ」
瑠璃子の意外な発言におおっと観衆が感嘆の声を漏らす。
「信じない!そんな話、信じるわけないじゃない!」
祐実は叫ぶようにして大きく否定した。
「あなたが自分の組織の中に『仔猫』というスパイがいると疑っていたけれど、おそらく『仔猫』はあんた自身なんだ」
「な、何ですって!」
祐実はそれを聞いて愕然とする。
「あなたはチームのリーダーとして作戦を指揮する一方で、この今日のショーを演出するためにシナリオどおりに動き、セルコンに情報を逐一リークする『仔猫』としての役目を負っていたんだ。自分の意識しないところであんたは自分自身のスパイを自らしていたんだよ」
「ウソよ!そんなのウソに決まってる!ありえない」
祐実の声はしわがれて目に涙さえ浮かんでいた。
パチパチパチとひとりだけの拍手が響く。ママの拍手だった。
「ブラボー!すごいわ、あなたって!そこまで読みぬいたとは恐れ入ったわ」
「ママ、すごいね。ママが全部やったの?」
瑠璃子はただただ恐れ入ったようにママの手練手管に舌をまいた。
「そうよ、事前に識者会が用意したTESTのシナリオを演じる役者を作って埋めておくのが私の役目よ。常に複数のTESTの舞台装置を社会のそこかしこに用意しておかなければいけないの。TESTがいつあってもいいようにしておかないとね」
「ウソ!わたし、わたし、そんな・・・・・・・」
「覚えていないのも無理のないことよ。全て忘れてもらってるんだから、『仔猫』ちゃん」
ママは微笑んだ。
その言葉に瑠璃子は激しい怒りをあらわにして手錠をしたままの両手で押さえつけていた麻衣子を突き飛ばして銃口を瑠璃子とママの並ぶ正面に据えた。
再び起き上がり祐実を抑えようとする麻衣子を瑠璃子が制した。
「麻衣ちゃん、Hになあれ。そして向こうでみんなと楽しみな」
その瞬間、麻衣子の険しい表情は蕩けるように崩れて上目づかいで「はい、瑠璃子おねぇさまぁ~」というが早いかスーツを脱ぎ始めた。
祐実の銃口は左右に動いて瑠璃子とママのどちらかには定まらない、祐実自身が突きつけられた事実に動揺し、憎しみの対象をどちらに向けていいのか考えあぐねていた。
「信じない!私は、信じない!私は・・・・・っ」
ママはポリポリと頭をかいてふぅっと軽くため息をつきながら話し始めた。
「あなたは焦っていたのよ。伊部奈津美という尊敬して敬愛する先輩と一緒に仕事をしたい、足手まといになりたくないという気持ちの前向きな純粋なコだったわ」
「ウソよ!私は伊部なんか慕っていない!」
銃口の照準をママに向けて固定すると祐実は大声で言い放った。
「そうよ、私がそうさせたんだもん!あなたの『伊部奈津美に敵わない』というコンプレックスと彼女への尊敬の気持ちを刺激して、上昇志向と伊部奈津美を追い落として自分があらゆるものの上位に立ちたいという支配欲を極限まで増長させてあげたのよォ」
「ちがう!私は自分の力でチーフになった!私の実力!私自身の力よ!そして女だてらに・・・とバカにするヤツらの上に立ち、見返してやる気持ちも全部私自身のもの」
「フフフ、私が出会った頃のあなたは、まるで憧れの部活の先輩を慕う、目キラキラのかわいコぶりっ子のネンネだったわよ。どっかの秘書さんとしては、たしかに優秀なあなただったけれど、レディスワットには向いていなかったようね。それで心のバランスを崩したんだわ。今まで努力してさえいれば何だってできた、いいえ、努力さえせず持っていた自分の普段の実力だけで何でもできたあなたが味わった初めての挫折だったのね」
ママの言葉に大きくかぶりをふって祐実はそれを否定する。
「バカなこと言わないで!それは訓練センターの入所直後は戸惑って伸び悩んだ時期もあったけど、すぐに遅れを取り戻したわ」
「そうそう、あなたを心から心配してくれた伊部奈津美教官のおかげでね」
ママがそう言うと瑠璃子がえぇっそうなの?と驚いて見せた。
「あのバカに邪魔されたおかげで習熟が余計遅くなった。彼女のおかげなんかであるもんか」
逐一、祐実の琴線に触れる言葉を繰り返す「ママ」と呼ばれる女に向けた銃口、祐実はトリガーに力を込める。
(このあと、どうなったって構うもんか!この二人だけは私の夢を打ち砕いた代償として道連れにしてやるっ!)
祐実の決意はすでに固まっていた。
「いいわよ。どうぞ撃ちなさい。言っとくけど、でも、あなた、きっとびっくりするわよ。ウフフ」
ママは意味深な言葉を吐く。
「うるさい!黙れ、お前から殺してやる!」
両手を手錠で拘束されながらも、祐実の構えは冷静にママに向けられ必要十分な体勢をとっている。
「あ~らそう。だったら、ちゃんと急所を狙ってねんっ!痛いのヤだから」
ママは命乞いをすることもなく、急所と狙えと言いながら、からかうように腰をくねらせた。
(バカめ、これだけの近距離でこの私が外すはずがない。アホな女、コイツの急所、尻から延びる先がハート形の「悪魔のしっぽ」を一発で打ち抜いてやるっ!)
照準を正確に『メデゥーサ』の股下に合わせる。
(きっとあのドレスのスリットから見え隠れするはず!3本の尻尾、ダイヤでもクローバでもない先端がハート型のしっぽを1ショットで撃ち抜いてやる、悪魔のしっぽ、しっぽ・・えっ)
祐実は、ハッとして自分の思考を疑った。あの女の急所、ハート型の悪魔のしっぽなどあるわけがない。
あり得ない自分の思考に祐実は自分自身への驚きのあまり、構えを緩めて凍りついた。
「どう?見つかった?私の急所、悪魔のしっぽ。しかも先端はハート形なのよねん!」
ママはおどけたように祐実に背を向け、からかうようにおしりを突き出してフリフリした。
キッと祐実はママを睨みつけた。
自分が自然に考えた思考は間違いなくおかしいのに、今、それを何の疑いもなく自分の考えとして受け入れていた。
ママの力で歪められている自分の思考、それを信じるしかない事実を今、突きつけられた。
「悪魔のしっぽぉ~?なにそれ」
あまりの素っ頓狂な言葉に瑠璃子が驚いて思わず言葉に漏れた。
「ちくしょうっ!私に、私の心に、私の思考に土足で踏み込んだのっ!?」
もうどうだっていい、撃ちさえすればいいんだとばかりに構えなおしてママに向かってトリガーを引いた。
「えっ・・・・・・」
祐実は驚きを隠せない。
トリガーにかけた指はいくら力を入れてもピクリとも動かなかった。
「そ、そんな、バカな」
「どう?もうそれくらいにしたら?」
ママの言葉を聞かずに祐実は何度もトリガーから指を外しては力が入ることを確認しては再びママに銃口を向けるがトリガーにかけた指はやはりピクリとも動かない。
「くっ、くそっ!ちくしょう!こんな時に、こんな時にっ!」
そう言って祐実は半ば涙目になりながらママと瑠璃子を睨みつけた。
「わかってくれたぁ?私、人間よ。悪魔のしっぽなんて生えてるワケないじゃない。すべてはあなたに事前に刷り込んだ私のいたずらよ。拳銃が撃てないのもそう。銃の故障なんかじゃない。あなたは私にもこのコにも一切傷つけるようなことはできないの」
「ウソだ!信じない、私は絶対信じない。あなたの支配を受けてるなんて信じたくないっ」
悔しさに祐実の右目から涙が一筋こぼれた。
「残念ね。こっちにいる瑠璃子ちゃんなら、識者会の判定が合格になるまでだったら撃ち殺せたのよ。」
「ママ、何よそれ。チョーひどくない?」
瑠璃子がむくれる。
「組織のVIPになる前だったら殺せたってこと。祐実、あなたへの条件付け暗示よ。もったいぶって殺さないんだもの。それとも私の暗示があなたに強くかかりすぎたから撃つことを無意識に躊躇ったのかもね」
「・・・・・・・・」
祐実には返す言葉もなかった。
「合格したら組織は全面的にブリーダーを庇護する。ましてやハンター様になるなんてねぇ~。いったん不適格が出たときに殺してもらえばよかったんだわ、あなたわがままだから」
そう言ってママは瑠璃子をでこピンで弾く。
「痛ぅ!ハンターって偉いんでしょ!だったらママだってボクのこと大事にしなきゃいけないんでしょ」
「そうね。一応はそうかしら。でも私は識者会お抱えのTESTの「コーディネーター」だから。あなたとはまた別格よ。そこに上下関係はないわ」
ママの顔が真顔になった。
「それに、私のことは『メデューサ』と呼びなさい。『SNOW』」
「・・・・・は、は~い」
ママの凄みに押されて瑠璃子は半ばおどけながらも素直に返事をした。
「さて、もういいでしょ。明智祐実さん、私が話をする番よ」
そういってママは祐実に向き直った。
「あなた、自分で伊部奈津美に似てると思わない?」
「なんですって?」
「あなたの性格はね、伊部奈津美を真似るように私が定義づけたのよ。はたから見るとそっくりだったんじゃないかしら?仕事に徹する部分はね、人間味は除外したわ」
「私は誰のコピーでもない。任された職務を遂行してきただけ」
すでに戦意をほとんど喪失しながら祐実はたんたんと答えた。
「フフフ、そお?こんなクスリまで使って成り上がりたいなんて思うかしら?」
いたぶるのが楽しくて仕方ない、ママの表情はそんなサディスティックな喜びが溢れていた。手に持っていたのはあのLDだった。
「そ、そのクスリ・・・・」
「なくて困ってたんでしょう?わたしも困ったわ、あなたに少しばかり『判断の自由』をあげたらこのクスリ乱発しだすんだもの。あなた自身に命令してあなたの机から回収させてもらったわ。覚えてないでしょうけど、私はあなたから直接薬を受け取ってる。その記憶がないから、あなたは薬がなくなったと焦り、探し、盗まれたとまで疑った。国井涼子の洗脳に使ったのはお情けに残してあげたものよ」
「ウソだ!そんなことありえない!」
「あれだけ疑り深かったあなたが、全員を操り人形に変えてまで作戦を遂行しようと絵図を描いていたのに、クスリがなくなった途端にみんなが我われに精神を侵食されていないものと信じると、皆の心に訴えだした(4th-day Vol.2)のはなぜ?私があなたのココロに囁いておいたからよ」
「違う!薬がなくなったらなくなったで臨機応変に対応したまでだ。いかなる状況下に置かれても、最も効果的な選択をあらゆる可能性から瞬時に導き出す、それがレディスワットの―――」
祐実は言いかけて言葉を止めた。そう、彼女が口にしたその言葉こそ、伊部奈津美が教官時代に祐実に何度も口癖のように言い続けた言葉だった。
「フフフ、誰の言葉だか気がついたのね。今までは自分の知識と経験から、その言葉を口にしていたと思い込んでいたのをあなたは今ようやく思い出した。どう?当たりじゃないかしら」
ママの言葉に祐実は怒りの視線を向けながらも、しばらく言葉が出なかった。
「・・・・ウソ!、嘘よ!そんなこと、私があなたに操られているなんてあるわけないじゃない!」
半ばもうわかっていても祐実は口に出して言うしかない。
すでに冷静さを欠いた祐実の言葉には根拠だてて物事をいう力さえ残ってはいない。
「だったら、もう一回私たちを撃ってみたら?撃てないでしょう、ね。薬をあなたからとり上げた後、ニセの薬が見つかるように瑠璃子の操り人形を使って、さもチーフ室のどこかに紛れていたように辻褄を合わせた(4th-day Vol.9)。そしてまた、あなたは隊員全員の操り人形化を先に人形化した奈那と美穂に命じた(5th-day Vol.4)。効能のないニセ薬でね。苦労したわよ、軟弱なお嬢様大学あがりの世間ズレしたコのくせに、あなたはなかなか私にココロを渡さない。激しく抵抗されたわ、だからあなたにニセの記憶を植えつけた。学生時代に強姦にあってキャンパス内で晒し者にされたえげつない記憶をね。それを無理やりトラウマにしてあげて今のあなたを作ったの。ところがトラウマになりすぎて、あなた軽い障害が出てしまったわ。覚えてる?AVだろうとTV番組だろうと女性がいいように犯されたり晒される姿見ると嘔吐しなかった?」
「そ、それは・・・」
祐実の表情が蒼白になった。
「あなたの始めての相手は、あ・た・し。あなたのヴァージンは安っぽいペニスバンドで奪われた。強姦された記憶をリアルにするためにはその痛みも実際に感じてもらわなきゃね。そして、伊部奈津美に対する感情を尊敬と好感から敵愾心と憎悪に変換させる。愛と憎しみなんて紙一重、こっちの人格変換はあっけないほど簡単にいたわよ。それで出来上がったのが今のあなた、私の飼い猫、仔猫の明智祐実よ」
「ねえ、もういい加減やめなよ、解放してあげなよ。かわいそうだよ」
瑠璃子がつぶやいた。
「あら?あなたからこのコに向かって同情の声が出るとは思わなかったわ」
「もう疲れた。ボクは早く帰りたいんだ」
「はいはい、まったく『遊び』の楽しみ方を知らないコね!」
ママは少し不機嫌な表情でゆっくりと祐実に近づいた。
しなやかに伸びた細い指の先を祐実の眉間につけた。
「お別れよ、私の仔猫、明智祐実。ご苦労だったわね、解放してあげる」
「許さない!わたし、絶対あなたを許さない!」
祐実の口から否定の言葉が消えた。
信じたくはない事実だが自分自身にそれを否定できる力と気概はもう残されていなかった。
「最後に教えてあげるわ。あなた、まだキレイな体のままよ、安心して。さっきのはウソ、あなた、まだヴァージンよ。TESTの後に商品にするつもりなら処女である方が商品価値は高いからね。さようなら、私の仔猫、『MAGIC CHANGE』」
「うっ、あああっ・・・・んんん・・・・」
その言葉を聞いたとき祐実の視界が歪み、何かに引き込まれるように意識が遠のいていく。
祐実の目が虚空を追ったあと瞼が閉じられ、表情が壊れていく。
「ちく・・しょう・・・わ・すれ・・る・・、、もんか・・き・・と・・ふくし・・ゅう・・・し・・」
崩れ落ちるように祐実はその場に倒れた。
あれだけ厳しく凛とした表情がゆっくりと緩むとそこに年相応の可愛げのあるやわらかい表情が現れた。
おおっと観衆がモニターに映るアップになった祐実の表情の変化に驚いていた。
男が命じられ手錠のキーを探し出し、祐実の錠を取り払い自由にした。
「さて、本当の明智祐実を皆さんに見ていただこうかしら。よみがえる明智祐実は私が絡めとったレディースワット訓練生時代にまで遡るわ」
そういうとママは『パン!』と手を叩いた瞬間、祐実は電気にはじかれたように半身を起こした。
「ひゃいん!い、いけない遅刻、遅刻しちゃう!また奈津美教官におこられちゃうよぉー」
そう言って起き上がった祐実は慌てて周囲からあるはずの自分の着替えや荷物をかき集めようとする動作を起こした。
あまりの変わりように再び観衆からどよめきが起こった。
まるで年齢退行して子供にでも戻ったような祐実の変貌ぶりだった。
「あん、遅れちゃう、遅れ・・・・・あれ?どこ、ここ?あれ?わたし・・・・あれ」
頭をポリポリ掻きながら周囲がいつもと違うことにようやく気づいた。
「あ、あっれぇ?なんだろね?わたしったらどうしてこんな・・・・キャーっ!な、何してるんですかっみなさん!」
自分の周囲で痴態を晒す女たちを見て慌てて顔を手で覆うと指の間から目を開けて周囲をうかがった。
「ちょ、ちょ、ちょっと!あの、わたし、わたしって・・なぜここに・・うあっ、私なんかが、なぜエーススーツなんか着てるのォーっ」
祐実は憧れのスーツを着て自分がここにいる状況を全く理解できないままパニクっていた。
「知りたい?明智祐実さんっ」
ママがワケ知り顔で笑った。
「えっ、えぇ。あの、あなた・・・・は、どなたですか。どうして私の名を?ここは一体・・どうして私は・・・」
「私は、あなたの大切なパートナーよ」
「パ、パートナー?バディのことですか?あ、あの私、まだまだレディースワット候補生の一人でして・・・」
「伊部奈津美さんを敬愛している?」
ママは祐実の言葉を遮って、返ってくるであろう答えにわくわくしながら祐実の返答を待った。
「えっ・・は、はい。奈津美先輩、いえ伊部教官は私の憧れの尊敬する偉大な先輩です。伊部教官を知っているんですか・・・」
祐実の言葉にまた周囲がわいた。
祐実は自分の状況を把握できないまま、湧き上がる周囲のどよめきを不安げに眺めている。
あれだけ片意地を張ってこき下ろしていた伊部奈津美を、オリジナルの祐実はこともなげに尊敬できる先輩と言い放った。
その人格的ギャップにここの観衆たちはつくられた人格の完璧さに驚きとブリーダーへの賞賛の念を抱いていた。
「えっ・・・ここってなんか劇場なんですか。わ、わたしどうしてこんなところに・・・・」
祐実はだんだん動揺の色が濃くなってきた。
「フフフ、今、あなたのココロが寝ていた間の記憶を全部あなたに返してあげるわね」
「あ~、えげつなっ!そのコの心、ここで壊す気?」
瑠璃子の呆れ顔と野次を聞いてママは瑠璃子を睨みつけた。
「うるさい!わたしの楽しみを邪魔するな!」
「おー、コワ」
瑠璃子に凄んだ後、優しい顔つきでママは祐実に向き直った。
「さぁって、祐ぅ~実ちゃん、お姉さんがあなたの?『はてな』を解決してあ・げ・る」
「は、あのォ~・・どうやって・・?」
「ウフフ、こうやってっ!チチンプイプ~イ!」
そういって祐実の鼻を指でツンっとついた。
「あっ・・・、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!・・・・・ひっ、いっ、イヤァーッ!」
ママのふざけた呪文のキーワード直後、祐実は頭を抱えて苦悶の表情浮かべ、のたうち回り始めた。
涙で顔はぐちゃぐちゃになるまでほんの一瞬だった。
「アハハハハハ、今あなたの中は今まで自分がしてきたことが急速な勢いで脳裏によみがえってきているはずよ」
ママは楽しそうに笑った。
「イヤーっ、イヤーっ、わたし・・わたし、なんで、どうしてあんなこと。イヤーっ!伊部先輩!江梨子先輩、イヤーっ」
すでに祐実は半狂乱で頭を抱えてうずくまり、身悶えして苦しみ、のたうち回る。
瑠璃子は不機嫌な表情を隠しもせずに舌打ちをして祐実から眼をそらす。
(チッ!気分わるっ!ママもサイっテーっ!)
「自分のしてきたことを目一杯後悔しなさい。アハハハ、アハハハ。あなたは自分を可愛がってくれた多くの先輩を嵌めたのよ」
高らかに笑うママの姿を冷めた目で見ていた瑠璃子は苦悶にのたうつ祐実の傍らにゆっくりと近づいた。
「ちょ、ちょっと、何する気?私のつくった人形よ!今イイとこなんだから」
「彼女はボクがもらう!」
ママは瑠璃子の前に立ちはだかって祐実に近づこうとする彼女を制止した。
「邪魔しないで。今から彼女を完璧な私の人形にして、自らすすんで皆様の前で痴態を晒して処女喪失してもらうんだから。それでグランドフィナーレよ」
「もういい加減にしなよ。TESTは終わった。エキシビションなんでしょ。後始末なんて原状復帰でいいんでしょ。この人たち全員元に戻してあげようよ」
ママはがっかりしたっようにため息をついた。
「もう、ハンター様が言う言葉かしら?これからあなたは組織のためになる展開を、ここにいらっしゃる皆様のためにご提供する一線級のスタッフなのよ」
「スタッフぅ~?なによ、それ」
「このコたちの篭絡にはしっかりとした目的があってのこと。エキシビションとして、ただあなたのTESTのために堕としたんじゃないの」
「それでも、その泣き虫さんだけはボクがもらう。いいでしょーっ?識者会の長さーんっ!」
大声で瑠璃子が虚空に向かって叫んでも、すでに長の反応は皆無だった。
「返事がないのは認めていただけてないってことよ」
勝ち誇るようにママが言った。
「それはわかんないよ。いいってことかもしれない。長の判断ではなく、識者会の合議かも、なら時間かかるしぃー。ママはすぐ自分で決めつけたがるでしょ」
「私の名前は『メデューサ』、『メデューサ』よ」
ママは真顔になって瑠璃子の進行を拒んだ。
ママと瑠璃子がそんなやり取りで揉めあい、眼を離した隙に、泣きじゃくる祐実は意外な行動に出た。
「あっ」
二人は祐実の行動に気づいて愕然とした。
再び銃を握った祐実は躊躇うことなく銃口を自分の耳元にあてたのだ。
「ごめんなさい、奈津美先輩。江梨子先輩、ごめんなさい。先輩のみなさん、ごめんなさい。みんな、みんな・・わたしのせい。私のせいで・・・」
泣きじゃくりながら祐実は手元にあった自分の銃をこめかみにあて、一気にトリガーを躊躇なく引いた。
暗示でママと瑠璃子に対して銃を撃てないようにコントロールされていた祐実の指に、ママは祐実が自分自身を撃つためのそのリミッターは想定していなかった。
「ちっ、しくった」
ママが舌をうつ。
銃声の残響が劇場内に響いた。
祐実はばったりとその場に倒れこんだ。
銃口をあてた側頭部のこめかみ付近からゆっくりと舞台の床に血が広がる。
劇場は一瞬にして静まり返った。
「かわいそうに。ママも酷なことするよ」
「・・・・弱すぎたのよ、ココロが。知ってるの?この子の経歴、所詮この程度のお嬢ちゃまがスワットなんて無理だった。最年少でチーフになれて、有名にもなり、功績も残したし彼女には幸せな去り方だわ」
「お・・・怒ってもいい?」
瑠璃子は自分への非を全く認めていないママに感情の起伏を抑止きれないでいた。
操られ、自分の人格を歪められ、慕う先輩を嵌めては死地に追いやり、自我を失わせていいように捨て駒にしてきた、そのことをわざわざ思い出させて精神的苦痛を味わっているのを好んで見ているママの姿に少なからず敵意がわいた。
< To Be Continued. >