番外編2 騎士と閻魔のR&R(おまけ・閻魔Side)
※エロはありませんのでご注意下さい。
ぴん、ぽーん。
ドアがチャイムを鳴らして閉まり。シュゥッ、と音を立てて地下鉄がゆっくりと動き出した。
がらがらの車内で椅子に座って、一人考える。
――あー、面白かった。
やっぱり涼くんも、いじめ甲斐がある。突っ込んだあとに私が脅すと、一気にヘタれる姿は涼くんの様式美だ。まあ、都ちゃんの面白さには敵わないけど。都ちゃんをイジったときの反応は殿堂入りの部類。もっとも、あの二人はやっぱりよく似ていると思う。
それこそ、――ずっと二人で、どこまでも歩いていけそうなくらいに。
改めて、さっきの提案は正解だったと思う。もちろん、将来的にどうなるかなんてことは誰にも分からないけれど、現時点で考えれば、それは自然な成り行きだとしか思えなかった。まあ、多少は早いかもしれないけれども。
ブルル…… ブルル……
ぴん、ぽーん。
次の駅に到着するタイミングで、携帯電話が震える。開くと、涼くんからのメールだった。
『都ちゃん、ひかないかな?』
私の想定問答の中にあった質問だったので、即座にメールを返す。
『都ちゃんがどうかじゃなくて、貴方が背負えるかの問題』
ぴん、ぽーん。
地下鉄が出発するタイミングで、メールを送り返す。
………………よし、送信間に合った。
確認して、改めて思う。
何で都ちゃんがそれを嫌がると思えるのか。二人の場合、まだ付き合ってそんなに時間は経っていないことはあるけど、あそこまで涼くんとの関係がしっくりいってる都ちゃんが拒否するとはあまり思えない。それに、都ちゃんの家族はご両親といいお兄さんといい「早い」家庭だから、都ちゃん自身にも抵抗感はそうないはずだ。
涼くんに見せたやつは1万円と少しで買える程度の安物だけれど、都ちゃんは絶対にそれを気にする性格ではない(むしろ、高い方が気になるはずだ)。万が一完全にはうまく行かなくても、プレゼントの受け取りまで拒まれることはまず考えられない。薬指は右手にもあるわけだし。
というか、そこはお前が気合いで押し切れよ。男だろ?
どうにも、涼くんは弱気だ。そこそこ良い男の子だとは思うけれども、私の彼氏には無理だなあ、と思う。私の方がイライラして、数ヶ月で終わりそうだ。
そんな涼くんだったので、提案の前段としては涼くんを脅してみた。ぬるい薦め方では、絶対にヘタれると思ったからだ。涼くんは責任感は強いので、そっち方面から攻めた方が良さそうに思えた。
ぴん、ぽーん。
……メールは、来ない。
ぴん、ぽーん。
都ちゃんは、確かに「おかしい」と思う。私の知っている女の子には性的にヘンな子が多い気がするんだけれど、その中でも都ちゃんはとびきりだ。
もっとも、都ちゃん以外のヘンな子は、私も含めて家庭環境やトラウマな出来事が原因に見えるのがほとんどだ。
都ちゃんのご家族には何回も会ったことがあるけど、両親は両方とも良い人だし、お兄さんも妹さんも含めて、うらやましいほどに円満だ。まあ、お母さんが少し剛胆なのと、反抗期に入った妹さんが少しだけ尖っているのはあるけど。
それに、都ちゃんは10年以上の友達だけど、悪い経験をした話も聞いたことがないから、あの変態は天然の素材じゃないかと私は思っている。それを私が耳から教育して、涼くんが実地で「調教」したら、あんな風に開花した。
まあ話を聞く限り、「調教」といっても、無理矢理やっているわけではなくて、都ちゃんの暗黙の要求に応えているのが実態だろう。むしろ、調教されているのは都ちゃんじゃなくて涼くんの方かもしれない。
……もしかしたら、都ちゃんのご両親のどちらかが、実はそういうタイプの人なのだろうか? 何の根拠もない、完全な想像だけれど。
ぴん、ぽーん。
……メールは、来てない。
ぴん、ぽーん。
はっきり言って、「おかしい」こと自体はどうでもいい。だって、性生活がどんなに変態でも、日常生活にさえ影響なければ、単に「他の人たちと違う」だけなのだ。都ちゃん本人と、彼氏の涼くんさえ対応できるのなら、問題はない。というか、あの二人にとってはお互いに「ご褒美」の関係なはずだ。
そう、問題ないのだ――日常生活にさえ、影響がなければ。
全く不安じゃないと言えば、嘘になる。
都ちゃんは、見ている限り、心身共に健康そのものだ。見るからに充実しているし、幸せいっぱいという言葉が似合う。
先月、私は都ちゃんを買い物に誘った。都ちゃんは数秒考えて、いいよ、と言ったあと、私に「電話貸して」と言った。都ちゃんは携帯電話を持っていないから。
その電話で都ちゃんは――同じ日に涼くんと会う予定を、断っていた。
正直、驚いた。
どう考えても、都ちゃんの身体は涼くんにべっとりのはずなのに、その涼くんとの約束(しかも先約)を断ったというのが。
私ですら、同じケースなら健くんとの約束を優先する。
その様子を見て――都ちゃんは「強い」んだ、と私は思った。都ちゃんは、あれでいて涼くんに、精神的にあまり依存していないのだと。
それでいて、都ちゃんはキーワード無しで催眠に落ちてしまうくらい、涼くんを信頼しているのだ。涼くんにはあえては言わなかったけど(涼くんは調子に乗ると、「このままでいいかな」と却ってヘタレ易い)、都ちゃんは涼くんと本当に良い関係を築いているんだと思う。
ぴん、ぽーん。
………………もう、来ないかな?
ぴん、ぽーん。
あれが、都ちゃんの本来の強さだとしたら、きっと将来も問題はないのだろう。
でもあれが、もし、たまたま涼くんと相性が良かったから、だったとしたら。
女の子の性の趣味は、彼氏選びに必ず影響する。涼くんとつきあい始めた時はまだ目覚めていなかったけれど、今の都ちゃんは(十分ではないけど)変態だと自覚している。仮に都ちゃんが涼くんと別れたとして、次の彼氏にまともな子を選ぶとは限らない。むしろ、あの趣味だったら、良くない子を選んでしまう可能性が高い気がした。そして――その時、都ちゃんがその子の影響を受けない保証は、ない。
都ちゃんが変わってしまう――悪い方に変わってしまうのが、私には怖かった。
きっと。
涼くんは、「都ちゃんの彼氏」としては、とても良い男の子なんだろう。
涼くんは、都ちゃんを大切に思っている。弱気なのが幸いしているのか、自分よりも都ちゃんが幸せになるように、自然に考えている。いくら私でも、他の人間を全て理解することはできないけれど――この子なら、と思わせてくれるには十分だった。まあ、性欲が暴走しなければ、だけれども。男の子の性欲は、別の意味で理解できない。
ぴん、ぽーん。
最寄り駅に着いた。
………………来なそうだな。
改札を出て地下通路を歩きつつ、もう少し考える。
決めるのは、涼くんと、都ちゃんだ。
二人がダメだと思えば、それはダメだ。けれど、考えるきっかけを与えるくらいは、してみたいと思う。
そしてくれぐれも、私のせいで関係を壊してはいけない。それは本末転倒だし、そんなことになったら、責任の十字架を背負いきれる自信がない。
もし何か揉めるようなら、次の手を考えておかなければいけない。
ブルル…… ブルル……
エスカレーターを上がりきって、地上に出たところで、電話が震えた。
もう来ないと思っていたメールを、開く。
『わかった』
たった4文字。その文字からは、なんとなく――決意が読めるような気がした。
ふふ、やっぱり。思った通り、という感情と、そこはかとない安堵を感じ、私は空を見上げた。
もう、日は落ちた。
冬の空に星が輝く。
――そういえば、頑張っているだろうか。
最近は会えない、ろくに話せもしない健くんを何となく考える。
仕方がない。健くんは受験真っ最中だ。邪魔してはいけない。
けれど、受験が終わって、健くんが大学に行ったら、やはりこれまでのようには会えなくなる。
そうなっても、私たちの関係は続くのだろうか。続いたとしても、何かが変わっていくのだろうか。
――もし健くんからもらったら、今はとりあえず右手かな。
一人、家路につきながら、私はそんなことを考えるのであった。
< 番外編2 終わり >