3日目・??5 熔融
(……あれ)
抱きかかえた身体がやけに重く感じて、あたしは胸元に抱いた首を引き離そうとする。
「きゃっ」
だけど、その身体はやっぱり完全にあたしに寄りかかっている。あたしの力では支えられなくて、あたしの背中側に倒れてしまった。
(動けない……)
「『愛ちゃん』になった俊ちゃん」の身体は、女の子になっても長身のままだから、非力なあたしでは押し返せない。どうやって抜け出そうか考えていると、
「大丈夫か?」
「……マコちゃん?」
あたしを見下ろすように、マコちゃんの顔が覗いていた。
「戻ってきたの? スリップは? ……あ、ミリアさん」
あたしがベッドに座り直すと、マコちゃんもあぐらを掻いて座った。マコちゃんはなぜか一糸まとわぬ姿になっていて、マコちゃんの後ろにはミリアさんが立っていた。マコちゃんに剥がされた俊ちゃんは、あたしの隣で寝転がってる。
(あれ)
そこで一人足りないことに気づいて、きょろきょろと、あたりを見回す。でも、他には誰もいない。
「カナエは、もう部屋に帰ってもらったわ」
「あ、そうなんだ」
あたしが問うまでもなく、ミリアさんはあたしの疑問を解いてくれた。だけど。
(……?)
ほんの一瞬。もしかしたら、気のせいか勘違いかもしれないくらいだけど。
マコちゃんが少し、うつむいたような気がした。
「それにしても、すっかり骨抜きになっちゃって、まあ……」
あたしが納得すると同時に、ミリアさんのつぶやきが、耳に入った。ミリアさんは、俊ちゃんを見ていた。
(えっと……)
眷属になる準備が整うまで膝立ちの姿勢は崩れない、というのが、ミリアさんが俊ちゃんとマコちゃんに掛けていた……ええと、魔法? だった。俊ちゃんを堕とすために使えるかも、ってことで、腕の解き方だけ教えてもらってたけど。
そして、その俊ちゃんが崩れ落ちたということは。
「初めてにしては、うまくできたわね」
ミリアさんが微笑んで、あたしが俊ちゃんをちゃんと堕とせた、ということがやっと理解できた。もちろん、ローションの匂いとかに助けられて、だけど。
(やった)
思わず、あたしの顔がほころぶ。
「それじゃ早速、眷属にしちゃいましょ」
ミリアさんがさっきと同じように刻印棒を出そうとする。あたしの目は自然に、俊ちゃんの方を向いていた。
寝っ転がった俊ちゃんは、完全には気を失っていない。だけど、その目は虚空を見つめ、茫然自失になっていた。
ふと、昔のことを思い出す。
俊ちゃんと付き合い始めてから数ヶ月の間。俊ちゃんは数え切れないくらいあたしを貫いて、奥手だったあたしは、すっかりエッチな女の子に成長していた。
その俊ちゃんが今度は、あたしの手で、エッチな女の子になろうとしている。
(ふふふ)
そうなったらきっと、俊ちゃんがあたしにしてくれたことを、今度は俊ちゃんにしてあげられる。
ちょっと、面白いかも。
「はいこれ」
ミリアさんがあたしに刻印棒を差し出した。考え事から引き戻されたあたしは、何も考えずに受け取る。
「……赤い?」
それはさっきと違い、輝くように鮮やかな紅色をしていた。
「ええ、これが混じりっけ無しの刻印棒。さっきのはちょっと細工があったの」
それだけ言い残して、ミリアさんは俊ちゃんの頭上に忍び寄る。
「あら」
そのとき、俊ちゃんの頭上にあるカーネーションが、青く光り始めた。
その光りは、ぽわぁ、とホタルのように、何秒間か続く。そして、ミリアさんが俊ちゃんの頭上に腰を下ろした頃におさまった。
「ほらチアキ、こっち来て、やるわよ」
「……これ、どうなったの?」
ぼんやりとした聞き方。だけど、ミリアさんには伝わったらしい。何も言わず、俊ちゃんの肩を優しく撫でた。
「んんぅっ」
すると俊ちゃんは、もうろうとした意識のまま反応し、身体をよじった。
「これね。スイッチ入ると、身体のどこでもすごく感じるのよ。つまり、全身性感帯」
「わー、それ大変そう……」
全身が気持ちよくなっちゃうとか、シてるときに気持ちが休まらなそうな気がする。大丈夫かな、俊ちゃん。
「ねえチアキ、マコトに頼んで『乗って』もらえる?」
ミリアさんが俊ちゃんを指さして、あたしだけに聞こえるようにささやいた。そっか。あたしだと、さっきみたいに飛ばされちゃうかもしれないからか。マコちゃんに直接言わないのは、あたしの眷属になったことを尊重してるのかな。……あ、違う。マコちゃんに言うことを聞かせる練習だ。さっきは一言だけだったけど、今度はちゃんと伝えなきゃ。
「ねえマコちゃん、……マコちゃん? 何してるの?」
あたしがマコちゃんの方を見ると、なんとマコちゃんはあぐらを掻いたまま、指を自分のあそこに這わせていた。
「あ、ごめん、一人遊びしてた」
当のマコちゃんは、何も悪びれないで手を止め、あたしに向き直った。
ちょっと驚いたけど、あたしはその時既に、別のことを考えていた。
ええと。眷属にお願いするときは、本人より、「本人の子宮」に言って聞かせるように……。
そう思って、あたしはマコちゃんのお腹に目を向ける。細いウエストの奥に、マコちゃんの子宮があるのを、確かに感じる。
……あ、そうだ。マコちゃんに手伝ってもらうなら、単に押さえてもらうだけじゃなくて……
「ねえマコちゃん、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
マコちゃんの子宮に、マコちゃん、と呼びかける。
マコちゃんはあたしが「ちょっとしたお願い」をした途端、嬉々として、跳ねるように立ち上がった。
マコちゃんの子宮に話しかけるのは、うまくいったみたいだった。
★
パチン、とハサミの音が聞こえた瞬間、強い電流のような刺激が、脳から背骨に伝わった。
びくん! と、わたしの身体が勝手に飛び上がった。その衝撃で、わたしの意識が覚醒する。
「っぅぅ!」
肌が空気を切り裂いて、それだけでわたしはすごく感じた。マンコがかぁっと熱くなった。
わたしがぼうっとしているうちに、仰向けに寝かされていたみたいで、背中がバウンドする。ずぅん、と全身に快感が響いて、一瞬、頭が真っ白になる。
ほとんどイッていた。だけど、中途半端で、爆発できない。
すると次の瞬間、今度は太ももが焼けるように熱くなった。とっさに、刻印棒が刺さったんだ、って分かった。
その途端、太ももから、得体の知れない紫色の感覚が入り込んでくる。
「ひっ!!」
あまりに怖くて、喉が引きつった。
その「紫色」が、わたしをどうしてしまうか、もう知っているから。
「いや、いやあああああっ!!!!!!!」
やだやだやだやだやだやだあああああっ!!!!
わたしは真っ青になって、全力で拒絶する。勝手に跳ね回る身体をムリヤリよじって、逃げようとする。
だけど、落ち着いた声と共に、わたしの肩が押さえつけられた。
「だめだシュン、そんなに動いちゃ」
そこには、マコトの顔があった。
「……マコト! と、とめてぇっ! とめてくれぇっ!!!」
ほんの一瞬だけあっけにとられ、なぜ、マコトがここにいるのかを考えてしまった。だが、次の瞬間、「俺」はマコトにすがっていた。
あのときのマコトのようには、どうしてもなりたくなかった。それを、他でもないマコトに願った。
しかし、マコトは俺の両肩を上体で押さえつけ、俺の抵抗を封じる。
そして、
「だめだ、逃がさない」
俺に言って聞かせるように、マコトは無情な言葉を口にした。
「! くそっ!」
俺は必死に身をよじる。だが、女の身体になってしまった俺ではマコトには敵わず、押さえつけられた肩はどうしても上がらない。
せめて、俺に刺さった刻印棒を振り落とそうと、下半身をがむしゃらにばたつかせる。しかし、ただでさえ不随意にバウンドする身体のコントロールは難しく、マコトも下半身をうまく使い、俺の下半身の動きを許さなかった。
高校時代まで柔道の選手だったマコトには、寝技では勝てない。
「ぐあぁ……っ」
着々と、ぬるぬると、背骨をせり上がっていく、紫色の感触。
上から伝わってきた電流を、紫色が下から呑み込んでいく。電流をまるで餌のようにして、俺の中の紫色は急激に成長していた。
「離せっ、マコトっ……!」
「ダメだ」
これまでになく、歯を食いしばる。思わず目の前がにじんた。
なぜマコトが俺を押さえているのか、分からない。だが、今はその理由を聞く余裕はない。
紫は、脊髄から、俺の脳に迫っている。それが脳に届けば、俺はきっと……。
もう一度、一か八か、マコトを押し返そうとする。しかし、マコトは予測していたのか、今度は縦四方固めの要領で、完全に押さえ込まれてしまう。
打つ手は、なくなった。
「安心しろ、シュン」
マコトは俺の顔を見て、落ち着かせるように言った。
そしてその時、紫が、俺の首筋を上に抜けて、――
「それ、めちゃくちゃ気持ちいいから」
「ひへえええっ!」
マコトの言葉と同時に、紫が小脳に触れた。
(イッてる! イッてるぅ!)
と、思ったときにはもう、紫が頭の中一杯に広がっていた。まるで、スプレーで脳の中に紫が撒かれたみたいだった。頭がものすごく気持ちよくなって、他のことが何も分からなくなった。
「へぅぅぅぅ! あひああああっ! へへへへへぇぇぇぇぇ!!」
全身にたまっていた鬱憤が、ポンポンと破裂して、俺はイッた。何回も、何回も。マンコの奥から快楽の証がどろどろと漏れ、液体を持て余したパンツから溢れていく。
ところが。
「あひぇええ、え、……え?」
何も分からないままドロドロになりかかったところで、突然、脳の中の紫が霧消して、正気に戻された。だだ、激しく絶頂した余韻だろうか、身体が重い。
「……なんら、これぇ……」
荒い息と一緒に、思ったことが口をつく。だが、舌もうまく回らない。
「なんれ……あへええええええええいくうううううううっ」
次の瞬間には、脊髄から勢いよく紫のスプレーが撒かれて、脳が蕩けそうなくらい気持ちいい。
「いいいいへへへえへへへへっへええへいくいくいくうううううっ」
イクのが楽しくて、もっとイキたくなって、女の身体になって良かった、って思う。セックスしたい。
「……あ、い、いやら……! だめ、こわ、こわれる……っ!」
紫の霧が晴れると、また脳が正気に戻される。途端に、とても本能的な、凍えるような感覚が襲った。
それは、恐怖……いや、怯えの感情だった。
「どうだ、頭がぐちゃぐちゃになるだろ」
マコトの声がして、思わずその顔を見る。
完全な正気と、完全な狂気。俺の都合も何もなく、両方の極致を交互に、一瞬の休みもなく味わわされる。この感覚はもはや、内なる暴力、いや暴虐だった。マコトの言う通り――今ではなく、堕ちる前の言葉だ――自分が自分でなくなりそうな感覚、というのが、嫌でもしっくりきてしまう。
なんとかこの嵐を止めて欲しくて、俺はマコトにすがろうとする。
「マコト……たひゅけてくれ、たひゅけへええええへへへええええっ!!! しゅごいしゅごいしゅごいしゅんごいいいいいいいいっ!!!!」
あああ気持ちいい気持ちいい気持ちいいっ!
イキ続け、仰け反り続けながら、Dカップのおっぱいを反射的に揺らす。触ってほしい。揉んでほしい。セックスしてほしい。
「いいイキ顔してるぞ」
タイミングを見計らっていたのか、俺が正気に戻ったのとほぼ同時に、マコトにからかわれた。
いつの間にか再び、マコトは俺の両肩を押さえる形で覆い被さっている。さっきのように全力で押さえ込む感じではないが、そのせいで却って、まるでマコトに押し倒されているような体勢になっている。
そして、今さら気づいたが、マコトはどうやら全裸だった。
「見るなっ……」
と言ったのは、全裸を晒したマコトではなく、イキ顔を晒した俺の方だ。
「無理だね」
だが、マコトがその言葉に応じることはなかった。
「だって、女になったシュンの顔、僕の好みだからな」
その言葉に、俺は思わず、目を見開いた。
「……お前、何をあはああああああああああんっ!!!」
焼け付くような全身の絶頂を浴びながら、両手をベビードールの肩紐に伸ばそうとした。脱ぎたくて。マコトにおっぱいを見せたくて。マコトに愛して欲しくて。
だけど、イキながらそんなことをするのはほとんど無理で、結局、なんとか手をかけたところで、紫がまたおさまった。
「シュン、どうした」
「……脱ぎたくて……いや違うっ!」
マコトの言葉に、何も考えずに応えてしまった。一拍して、それが失言だったことに思い至った。
「はは、シュンもだんだん『混ざってきた』な」
したり顔でマコトに指摘された。
「……何が」
「普通のといやらしいのが、頭の中でどんどん『混ざってくる』んだ。『いやらしいこと』が、『普通』になってくる」
言葉をかみ砕いても、一瞬、意味が分からなかった。しかし。
「ひっ」
『あること』に気づいて目線を落とし、喉が引きつった。
「ん? あ、バレたか」
バレた、とは言いながら、全く悪びれる様子のない、マコトの声。
マコトは、俺の腹に、自分の股間をこすりつけていた。
「だって、シュンのイキ顔エロ過ぎんだもん」
「……いやだ……見るな……」
マコトの言葉に、胸の奥が冷えていく。俺自身の「メスの部分」をあげつらわれるのもさることながら、まるで雑談をするような声色で、その実、理性を失い、性の本能をむき出しにするマコトを目にするのは、思った以上に辛かった。
「さっきも、ちょっと手持ちぶさたになると、まるでスマホ取り出そうとするみたいに、指がおまんこに向かったんだ。ほら、まだ指汚れてるだろ」
俺の目の前に、指を掲げる。乾きかけだったが、確かに指の先には粘液の跡があった。
マコトの表情は一見苦笑いだったが、その中に、その経験をまるで誇るような色があった。
やっと、思い出した。
このマコトはもう、俺の知っているマコトではない。さっきの千晶が、俺の知っている千晶でないように。
このマコトがまさに、「子宮でものを考える」姿なのだ。
もう、目の前の現実に耐えられない。
俺は思わず、両手で自分の顔を隠そうとして――
「やだやだいくいくいくいくうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!! あああみられるうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
屈辱が快楽の衝撃にすり替わって、俺は両腕を頭の上で組んだ。イキ顔をマコトに見せつけるのは恥ずかしい――恥ずかしいから、とっても気持ちいい。俺は少しでもマコトにエロ顔を見せつけようと、表情を作ろうとする。でも当然、イッてるときは顔の筋肉が引きつって、うまくいかなかった。
「シュンのイキ顔見ながらおまんこ擦りつけんの、すごく気持ちいい……うっかり僕もイキそうになるな」
「紫」の猛威が俺の中でおさまるのを待ってから、マコトは言葉を紡いだ。その言葉の通り、マコトの声が湿り、表情も蕩ける兆しを見せている。
不意にマコトの力が強まり、今度は俺の頭上に手を伸ばし、両腕のクロスした部分を右手で押さえつけた。両腕の自由が一瞬、完全に失われると同時に、
どきり、とした。
押さえつける力と共に、高まったマコトの体温が、俺の手に、二の腕に、伝わる。
暖かかくて、熱い、マコトの温度。
マコトの性欲を「読む」ことに、いつの間にか慣れきっていた。だから、感じたことは今さらだった。
だが、押しつけられたマコトの手から伝わる「それ」は、まるで、マコトの言葉そのもののように、はっきりと、形をなして、俺の中に染み渡っていく。
マコトは、俺を求めていた。
他の誰でもない、俺を。
まるで俺に襲いかかるような体勢でその気持ちが伝わって、腹の奥がきゅぅん、と反応する。
頭に血が上って、ぼうっとする。
思考がまとまらない――
「あああああああああああああああああんんんんんんっ」
そのまま、また「紫」にイカされた。
「あ、あああ、いくいくいってるいってるぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!」
俺が絶頂で身動きが取れないでいると、いつの間にか、マコトの拘束が緩み、代わりにマコトの指が肩紐に触れているのを感じた。
「脱がせて、脱がせてぇっ!」
全身が跳ね回る中、何とか、マコトの指の動きを助けるように,身体をくねらせる。
(………………何やってんだ俺はっ!)
正気に戻ったときには、もう手遅れになっていた。
その時にはすでに、マコトの左手によって、ベビードールの肩紐が腕からも、腰からも抜かれ、俺の胸元で丸められていた。慌てて抵抗しようとするが、俺の両手はマコトの右手で再度、がっしりと掴まれたままだ。
「やめ、マコト……」
「やだ、やめない」
俺の言葉も空しく、ベビードールは俺の胸から頭に抜け、完全に脱がされてしまった。ただでさえ薄すぎる、だがそれでも唯一その部分を守っていた布が、おっぱいから引きはがされる。
「くく、ガチガチに勃起してるぞ、乳首。あ、クリトリスか」
「くっ……」
「ローションでも垂らしてやるか、せっかくだから」
ベビードールを引きずり下ろしたマコトは再び、俺の両腕を頭上で拘束する。そして左手には、いつそれを手にしたのか、ローションのペットボトルのフタを片手で器用に開けていた。フタが外れ、すぐに中身が俺の胸に垂らされる。
「あ、あ、あ、あっ!」
胸の谷間を中心に、ローションがたまっていく。時々、粘性の高い液体が頂に触れると、ただそれだけで、俺の身体が跳ね上がりそうになる。
「くく、どうして欲しい?」
「……離せぇっ」
垂らした液体には手を触れず、俺の両腕の自由を奪ったまま、マコトは俺を言葉で責める。俺は精一杯の抵抗で応じる。
邪な思いより、屈したくない、という意志が自分の中で勝った。そのことに一瞬だけ、安心を覚えた。
だが。
(……こりゃ、困った……)
いよいよ追い詰められた、という事実からは、目を背けられない。
うすうす感じてはいた。
何度も訪れた「紫」の暴力は、少し弱まっているように感じる。
最初は、本当に、何も考えられなかった。でも、だんだん、頭の中に余裕ができて、思考が回るようになってきた。考えてること自体は、正気の時には思い出したくもないことだが。
その一方で――頭の中の「紫」の暴力が収まっても、脳の中にその残滓が残るようになってきていた。
回を重ねるごとに、より長く。より濃く。
それがきっと、「混ざってきてる」ということなんだろう。
(くそ、ヤバい)
今までの「紫」は、最初を除けば、突然来た。だがその時、初めて、次の「紫」がもうすぐ来る、予感を覚えた。
俺は奥歯を食いしばる。もし、「紫」にやられても、なんとか、欲求を口に出さずに済むように――
「んあっ」
内なる衝撃で、あっけなく口が開いてしまう。やっぱり、無駄な抵抗だった。
だが。
(……ん?)
ほとばしるような快楽は、来なかった。
代わりに。
(……なんだこれえぇっ)
「経験したことのない感覚」には、もう慣れたつもりだった。だが、今度感じたのは、とりわけ奇妙な感覚だった。
小脳から、「紫の固体」が、まるで「ところてん」のように脳内に押し出されてくる。
さっきの、薬が溶ける感覚とは、違う。
もっともっと内側、本当に、脳の「芯」に。
(はうっ!)
思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。だが、声は出ない。喉が引きつって。じゃ、ない。
「あ……あ……」
代わりに、音が喉から漏れる。
そして。
(身体の力が……)
急激に全身の力が抜けていく。まるで睡眠に入る時のように、身体の筋肉が緩んでくる。
(あ、これ……もしかして……)
そこまで来て、やっと正体が分かった。
そこにあるのは、不安でも、恐怖でも、絶望でも、諦めでもない。
(俺、安心してる……!?)
こんな、深刻な状況なのに。
俺の心が警戒を解き、流れに身を任せようとしていた。
(「紫」が……ぁ……!)
「紫」のせいだった。
脳の芯で「紫」が膨らみ、俺の心の抵抗を、急速にぼやかせ、形を失わせていく。
「はぁぁぁっ……」
溜息のように、空気が口から漏れていく。
警戒が急速にほどけ、その代わりに。
(ああ……このまま……)
それは、自分の欲望に負けるというより、マコトの欲望に心を許すような気分。
(だめだ……だめ、なの……に……)
あれほど頑なだったはずの抵抗の声が、急激に力を失い、「紫」に、かき消されていく。
「気持ちいいだろ、シュン」
先に経験していただろうマコトが、自慢げに言う。
「ああ……悔しいけど、気持ちいい……」
それ自体は、性の快楽ではない。もっと原始的な、今ここにある全てを受け入れる快楽。
もう、抗う気なんかなかった。
だって、俺が男だとか、こんなコトしちゃいけないとか、そういう抵抗の核心が、確信が、なくなってしまったから。
男でも、女の身体で気持ちよくなっていいじゃん。マコトとセックスしてもいいじゃん。マコトも俺も、ヤリたいんだし。
むしろ、俺はいったい……何に抗っていたんだろう。
そして、次の瞬間。
「どうして欲しい?」
マコトから誘い水を向けられ。
どうして欲しいのか、自覚した途端。
「うはぁ……っ!」
弛緩し切った身体の中心、お腹の奥から、薄紫の欲求が噴水のようにあふれ出し、あっという間に身体を、脳を支配する。
(ああ、俺、堕ちたんだ)
その感覚で、理解してしまった。俺は内なる奔流にもう抗わず、胸を突き出す。
「俺と……セックスしてくれ……すっげぇ、お前に、ヤラれたい……っ!」
その言葉が、レズであるマコトを誘う方法として正しいのかは分からない。でも、女の身体に興奮するマコトならきっと、男の俺がされたら嬉しいことをしてやれば、きっとそんなに間違いはないはずだ。
「くく、わーったよ」
案の定。それを誘ったのはマコトのはずなのに、マコトはあたかも渋々といった様子で、軽く応じる。そして、
「シュンに、二人遊びを教えてやる」
男らしいオンナの表情で笑い、マコトは俺の両腕を拘束したまま、その薄い胸を、ゆっくりと俺の胸に押しつけた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
蕩けるような喘ぎ声が、俺の喉から迸った。
両腕を押さえつけられたまま。ローションまみれにされていた俺の胸に、マコトの肌が擦りつけられる。一つ一つは決して大きくない、だが、広範囲にわたる刺激は、捉えどころがなくて、却って翻弄された。
気持ちいい。
身体を重ねてみれば、はっきりと分かる。いかに引き締まっているといえど、マコトの身体には確かに、筋肉と共に、柔らかさがある。
どれほど男らしく振る舞っても、マコトは女だ。
そして、俺の身体も。
「はんっ! あ、あっ! あ、イクっ」
突然、乳首がピリッとしたと思ったら、全身がきゅうっとして、あっという間に全身が痙攣した。
イキながら、マコトの乳首と俺の乳首がぶつかったのだと、理解した。
「シュン……」
マコトの声がした。てっきり、俺がイッたのをからかわれるのかと思って、応じなかった。
だが。
「っ!」
唇をふさがれ、一瞬、息が止まった。
(キス……!)
何をされたのか理解した途端、俺の胸がかあっと熱くなった。俺は口を僅かに開いてマコトを誘い、同時に上半身をくねらせた。すると案の定、マコトの舌が俺の唇を割ってきた。
「んんっ!」
そのまま舌を絡め取られた途端、思わず口元が緩む。マコトはその隙を逃さずに口腔に入り込み、俺の口は完全に開錠してしまう。
(ヤラれてる……)
両腕を拘束され、口を目一杯に開かされ。なすがままにされる屈辱を味わいながらも、何故か少し気持ちいい。心の中が満たされたような、妙な暖かさがある。
「うう゛っ」
ふと乳首がぶつかって、俺はそのままの格好でイカされた。口を塞がれたままなので、マコトの口内にイキ声を放ってしまう。
(ああ……気持ちいい……)
そんなことで、マコトに犯されているという事実を強く感じてしまって、快楽が加速していく。まだマンコには触れられてすらいないのに、もう、身体も、心も、全てが気持ちいい。
(これが、レズセックス……)
朦朧とし始めた頭で、そんな感想を抱いてしまう。男の身体の時には、ここまで全てがのめり込むような感覚を味わったことはなかった。全く異質の快楽だった。
すると不意に、マコトの動きが止まり、全身が震え上がった。
そして数秒の後、マコトの全身から力が抜ける。
一瞬の静寂。
だが、マコトの身体の動きで、何が起こったのか、理解できる。
「……僕も、イッちった……」
マコトが、ゆっくりと顔を離し、俺に告げる。その表情は、いつの間にか完全に蕩けきり、「メスの顔」と呼ぶのにふさわしくなっていた。
もちろん、マコトも一度イッたからといって、満足するはずはない。俺は、マコトにねだるように、身体をくねらせて――
「マコちゃん、そこまでだよ」
とても聞き覚えのある声がして、俺は思わずそちらに顔を向けた。
そこには――
ご主人様が立っていた。
「悪い。僕がイクまでって約束だったんだ」
申し訳なさそうな言葉は、耳に入らない。だって、「わたし」の意識はもう、ご主人様に吸い寄せられていたから。
「ごめん……」
どういうつもりなのか自分でも分からないけど、そんな言葉がわたしの口から漏れた。
「全然、いいんだよ」
出もご主人様は、本当に気にしていないというように、明るく言った。
「だって、マコちゃんにお願いしたの、あたしだし。マコちゃん、離れていいよ」
すると、わたしの上に乗っていたマコトは、ご主人様の言葉に従って私から身体を離した。
「あぅっ」
途端に、わたしの性欲が制御を失い、人肌恋しさとなって全身からあふれ出す。たまらなくなって両手を頭上から下ろし、身体に指を這わそうとする。
「ダメ、愛ちゃん」
だけど、ご主人様に言葉で咎められ、渋々手を止めた。だけど、代わりにご主人様が私に近づいて、わたしの腰に馬乗りになって、手を取ってくれた。ほんの少しの触れ合いで、わたしの気が少しだけ紛れる。
「ふふ」
わたしの顔をまじまじと見て、ご主人様が笑った。サディスティックな色を含んだ、艶やかな笑い。背筋をピンと伸ばし、Fカップのおっぱいが前に突き出して、サキュバス然とした佇まいだった。赤い尻尾が、跳ねるように振られている。
(あっ)
と思ったら、ご主人様の身体が前に傾き、わたしの両手を押さえたまま、覆い被さった。
さっきの、マコトのように。
「んああぁぁぁぁぁあっっ」
マコトより段違いに柔らかい全身をこすりつけられて、頭が真っ白になった。
ローションがさっきより少ない代わりに、きめの細かい肌になったおかげで、肌が絶妙に擦れて、擦過の快楽密度が跳ね上がる。欲求不満を訴えていた身体が癒やされ、悦楽の悲鳴を上げていく。
何より、わたしの乳首を胴体全部で集中的に狙われて、抵抗する間もなくイカされていた。
「あああああっ!!!!!」
「そっか、こうやればいいんだ……今度、してあげる」
でもご主人様は、何かに納得すると身体を離して、逆に、わたしの手を引っ張り上げた。わたしは全身の絶頂痙攣すらおさまらないまま、ご主人さまの導きに従って身体を起こす。すると、お尻に何かが解放された感覚があった。
やっとの事で全身の震えがおさまり、目を向けると、
「あは、立派な尻尾」
ご主人様の言葉と共に、それがわたしから生えたものであることを理解する。パンツの上からはみ出て、黒々としてしなやかな佇まいを見せていた。マコトに生えたものとそっくり。でも、ほんの少し長いかも。
「愛ちゃんも無事、眷属の身体になってよかった。あとは、あたしの眷属にすれば終わり」
わたしの唇に指を当てて、ご主人様は言う。
「愛ちゃん、マコちゃんとシたの、気持ちよかった?」
思わぬことを聞かれて、でもわたしは誤魔化せなくて、ちょっと困りながらも素直にうなずいた。
「あはは、いいの。だって、マコちゃんはもう、あたしの眷属だもん。あたしとシたのと同じだよ」
そう言ってご主人様は一旦横を向き、はふ、とあくびをする。
ご主人様の言ってることは、よく分からない。でも、ご主人様が全然怒ってないのは、本当らしい。ほっとした。
「女の子の身体って、気持ちいい?」
目を擦り終わったご主人様にさらに聞かれて、わたしは素直にうなずいた。
「あたしがエッチ大好きになっちゃったの、分かってくれるでしょ?」
とても恥ずかしいけど、もうごまかしても仕方ない。もう一回うなずく。
「でも今度は、あたしが愛ちゃんを眷属にして、エッチ大好きにする番」
ふふ、と、ご主人様が笑う。
そして、
「――愛ちゃんを、あたしの眷属にします。いい?」
ご主人様は、そう告げた。
「…………っ」
勢いで、うん、と言いそうになって。
だけど、それに応えるのだけは、とまどった。
「……そんな、だって。だって、わたしは……」
わたしは、ご主人様の、千晶の、……千晶の?
息が止まった。
「……愛ちゃん?」
何か察したのか、ご主人様の声色が少し変わる。
「どうしたの?」
「……」
わたしは、ご主人様の顔を見る。
この人は、千晶。サキュバスで、わたしを今、眷属にしようとしているひと。
じゃあ、その前は、どういう関係だったっけ?
茫然とした。
それは決して、忘れてはいけないこと。
忘れるはずのないこと。
なのに、それを思い出せない。
ご主人様が、ご主人様になるまでのことを。
まるで、ご主人様が産まれたときからご主人様で、サキュバスであったかのように、感じて――
ふと、唇に、ご主人様の人差し指が触れる。
わたしの不安をかき消すように、笑顔を浮かべて。
「大丈夫。あたしは、愛ちゃんとずっと一緒だよ。どんな形でも」
ご主人様のただ一言で、冷たくなった気持ちが、溶けてなくなった。
わたしは、まじまじと、ご主人様の笑顔を見つめる。その目が少し眠そうに見えたけど、わたしに語りかける、真剣な笑顔に見えた。
そして、
「……そっか」
なんか、ちょっと可笑しくなった。
……そうだ。
ご主人様は、ご主人様だ。
その確信と共に、わたしは、わたしになっていく。
わたしがわたしになる? へんなの。
心の中で、くすっ、と笑った。
だって、わたしはわたしでしょ?
「愛ちゃんを、あたしの眷属にします」
そして、ご主人様が再び、そう告げる。
「はい。わたしは、ご主人様の眷属になります」
今度は素直に、ご主人様の言葉を受け入れた。
わたしが宣言したのをちゃんと確認してから、ご主人様は、唇をわたしの首元に近づける。
鼓動が高まる。
どきどきする。
まるで注射の針が腕に刺さるのを待つような、緊張。
やがて、ご主人様の口元が首筋に触れて。
痺れるような感覚に、わたしは思わず目を閉じた。
まぶたの裏に、紫の光が溢れる。
それと同時に、わたしの子宮にあるエネルギーが全身に回り出す。
たったそれだけで、わたしの全身が震え上がった。鳥肌が立った。
足先から、太もも、ふくらはぎ、腰、腹、背中、肩、腕、手、顔、頭皮、髪、そして、脳。
わたしの全身の細胞、染色体に至るまで、一つ残らず。
この世のものと思えない快楽に、音のない悲鳴が上がった。
(あ……)
いつの間にか、イッていた。イッてるのは子宮だった。
マンコから、何かが溢れ出しているのを、かすかに感じる。
それでも、何もできなかった。
だって、子宮だけじゃなかった。
全身に回ったエネルギーが、首元に集まっていく。エネルギーが身体の中を通るのを感じるたびに、その場所の快感が爆発する。
お腹がイッて、背中がイッて、腰がイッて、おっぱいがイッて、乳首がイッて、太ももがイッて、ふくらはぎがイッて、肩がイッて、喉がイッて、腕がイッて、手がイッて、足先がイッて、顔がイッて、頭皮がイッて、髪がイッて、そして、
(あたま、イク……)
首元からエネルギーが吸い出され始めて、そう感じたのを最後に、あたまが白く塗りつぶされて。
まるで光の中を泳ぐように、わたしの全てが、快楽に呑み込まれて。
わたしの全身に、魂に、刻み込まれる。
ご主人様に全てを捧げることは、死にそうなくらい幸せなことで。
きっとわたしはこれから、ご主人様からこの快楽を頂くために、生きていくんだろうって。
< つづく >