第8章
某所 教育部屋 PM9:45――――――
ティーチャーは教育部屋の奥にある、膨大な量の冊子や物品が並ぶ戸棚に向かった。「教育」を受けた少女の通し番号、仲間入り後の名前と所属する群れ、奴隷猫となる前後の写真から、教育中の自我や記憶の数値の変化、仲間入り後に受けた仕事とその結果など、事細かなデータと、彼女らの教育やしつけの際に必要なアイテムの「一部」がここに詰まっている。
ティーチャーという役目を任された際、男からこのようにデータを集め、必要な道具を揃えたり、開発することを命じられ、それを今まで忠実に遂行してきた。彼女もまた、自我と記憶を奪われ、男の意のままに動く奴隷猫なのだ。そして幾度となくご主人様にその美しき身体を捧げてきた。時には彼の気分を満たすため。時にはその働きへの無上の報酬として……。
もう随分と経つが、男が最初に催眠を使って自らの僕としたのは、男が追放される以前に、同じ大学院の博士課程で研究をしていた女子大生達だった。男が大学を去ったのち、皆優秀な成績で大学院を巣立ち、専門医や専門看護師など、医療を実践する現場へ入った者、大学で助教授として働き始めた者、教育学を併せて専攻し、教師になった者。それぞれの、昔からの、あるいは、新たな夢であり目標を追いかけて生活をはじめた彼女たちを、
男は一人一人探し出し、計画のためと、その欲望のための奴隷としたのだ。
男は自分の催眠で彼女らを操り、大学や病院、学校を辞めさせ、周囲との一切の縁を断たせると、自身の潜む闇の世界に引きずり込み、それぞれの優秀な頭脳と職で得たスキルを利用し、ティーチャーをはじめとする主要な役割を与え、この奴隷猫教育プロセスを開発させた。
彼女らは他の奴隷猫と違い、自我と記憶を削除された後、男に肉体的にも精神的にも忠実で、男の最終目的に共感し、自分もまたそれを理想として追い求めるような別の人格を暗示で作り出し、植え付けられた。自分の意思や価値観、感情を持たない人形状態では、そのIQや知識、行動力が発揮できないからだ。彼女らは今や、催眠で支配されているだけではなく、別の人間として自らの意思で動いているのだ。
ティーチャーは本棚の一番右にある新しい冊子を取り出し、パラパラとめくっていく。
男に捕まり、教育を受けた順に、少女たちのデータが次々と現れる。どのページにも2枚の写真が貼られており、どの娘も一方は可愛らしい笑顔を携えた物。もう一方は「猫の衣装」を着て、人形のような無表情で、虚ろな目でカメラを見つめる物だ。奴隷猫になる前後の写真だ。
ティーチャーは一番新しいページで手を止めた。谷咲 明美のページだ。学校の制服を着て、写真には写っていない友人と話しているのか、楽しそうな明るい笑顔だった。下校途中で隠し撮りしたものだ。少女たちの写真は多くが男が偵察猫を使って隠し撮りをしたものだった。明美のもう一枚の写真はまだない。
右のページには、佐々木 愛海(ささき まなみ)という少女のデータがあった。先程の少女だ。赤を基調としたブレザーと、赤いチェック柄のスカート、白のブラウスに映える赤いリボンが印象的な制服が良く似合っている。明美達と歳は同じで、清楚で落ち着いた美少女だった。
ティーチャーは明美のページをバインダーから外すと、デスクの引き出しから何かを取り出して、再び教育装置の中を歩いて行った。
「あ……ぐ……うぅ…うぁ…」
ティーチャーが明美の教育装置のところへ行くと、明美が身体を震わしながら喘いでいた。見ると、床に広がった自分の小水と潮をひととおり舐め終えたマナミが、明美の秘所に吸いついていた。命令を完了したマナミは、教育を終えた明美の、壮絶な最期の絶頂によって、明美の秘所から流れる潮を、我慢できずに舐め出してしまったのだった。己の性欲のまま、全てを支配された証であるオレンジの眼をギラつかせて、少女の股間に貪りつく全裸少女には、ファイルにあった美少女の面影は全くなかった。
「こら、マナミ、もう舐めるのをやめなさい」
ティーチャーは今は自分のシモベである少女を穏やかに諌めた。マナミはすっと明美の秘所から顔を離し、ティーチャーに向き直って直立不動になった。
「はい、ティーチャー」
「いい子ね。ほら、お迎えが来たから、あの子たちに付いて行きなさい」
ティーチャーが、部屋の入り口から入ってきた数匹の奴隷猫たちを見て言った。ミキと最近「仲間入り」した奴隷猫たちだ。彼女らは男が戻ってくるまでの仲間入り待ちの少女たちの世話係に使われていた。このような雑務的な仕事は、新入りの奴隷猫4匹ほどに任せられる。
明美とは前回の食事休憩以来の再開であったが、ミキは相変わらずかつての親友には眼もくれず、愛液にまみれた床をピチャピチャと言わせて、ティーチャーのもとへ歩み寄った。髪を全て上げ、ポニーテールにまとめ、レオタードと首輪という奴隷猫のユニフォーム的姿がすっかり馴染み、仲間入りから1週間で、早くも数匹の後輩を引き連れるようになったミキに、奴隷猫としての凛々しさすら、ティーチャーは感じたのだった。
「この子はマナミよ。少し好奇心と性欲が旺盛なようだから、予備調教を行っておいて」
「はい、かしこまりました。ティーチャー。マナミ、私に付いて来なさい」
ミキは感情の無い声で言うと、マナミは忠実に従った。奴隷猫達に引き連れられて、マナミは教育部屋を後にした。
「さて、少しは興奮は醒めたかしら?感情が混濁するといけないから、念のためもう一度イっておきましょうね」
ティーチャーは優しく、そして妖しく言うと、マナミに秘所を舐められた余韻で、未だピクピクと感じている明美の秘所に、おもむろに指を突っこんだ。
「ヒグゥ……!」
明美は虚ろな眼を一杯に開き、天を仰いだ。ティーチャーは突っこんだ指で、明美のナカをグチュグチュとかき回した。
「あ……あ…あ、あ、ああああいいいぃぃ……」
勢いを増す指の動きに合わせて、明美の身体の動きと喘ぎも大きくなる。秘所から溢れ出た愛液が、ティーチャーの指を濡らした。
「………あっ…!」
一際大きくピクンと身体を震わすと、明美は呆けたような間の抜けた笑みを浮かべるとともに、その虚ろな瞳はひっくり返った。
それを見計らってティーチャーが指を抜くと、ぷしゅううううう、と、見事な潮のアーチが描かれた。
「まだこんなに出るのね。ほんと、可愛い顔して意外とイける子ね……」
*
目覚めたのは、さっきと同じ、まるで暗い海の底のような場所だった。右も、左も、上も、下も、見渡す限りの闇、闇、闇………。闇の中に、裸の私は浮かんでいた。
此処がどこなのか、どうやって此処へ来たのか、全く分からない。それどころか、自分が誰なのか、いや、何なのかさえもわからない。時折やってくる、津波のような大きなうねりの中を、動かない身体で漂ううち、ここに来た気がする。空っぽの私には、そのうねりがたまらなく心地よかった。
先程、不意に4人の少女の姿が映った。その中の一人の少女を見た時、発作的に身体に力が湧き上がってきた。
無意識に、私は叫んでいた。
――――――美希……美希……
静かな声だったが、必死だった。もっと上に行けば聞こえるかもしれない。もっと上に……
しかし、直後にやってきたあのうねりに呑み込まれると、私はまたその心地よさに身を委ねた。全てを流し去る、大きなうねり。それが止まった時、私はまた空っぽになっていた。もう、さっきの少女の名も思い出せない。思い出せないことさえも、思い出せない。
直後、今度は周りの全ての世界が、眩しいオレンジの光に包まれた。感じたのは、とろけるような心地よさではなく、身を焼かれるような熱さ。
さっきとは比べ物にならない声で、私は吠えた。
*
明美の絶頂が落ち着くと、ティーチャーは早速キャッツ・アイを取りだした。
「いい、61号、今からずっと私の眼をみるのよ。このキャッツ・アイがあなたを新しく生まれ変わらせてくれるの。少し痛いけど、私から眼を逸らしてはダメよ」
「はい……ティーチャー…」
魂の無い淀んだ眼は、ティーチャーの一言でマスカラに彩られたその大きな眼に吸い込まれた。
「いい子よ。さあ、生まれ変わりなさい……」
虚ろな目がオレンジの邪眼に包まれる。邪眼は明美の眼球の温度を感じ取ると、すぐさまその魔の手を彼女に差し伸べた。
「ぐっ……あ、ああっ!あがぁぁ…!!」
明美が苦しみ始める。形状変化を始めたキャッツ・アイが、明美の眼球を締め付けているのだ。しかし、感情と意識を失った彼女が感じるのはそんな痛みよりむしろ、視神経を伝い、キャッツ・アイの浸食が脳や全ての神経を断ち切らんとする痛みであった。「教育」によって感覚から遮断され、心の奥底へと幽閉された彼女の意識が、消滅して行く苦しみであった。
しかし、そんな中でも、明美のオレンジに染まりゆく眼は、ティーチャーに注がれていた。
カッと見開かれた眼の中で、細い金属がうねうねと動き、形を形成して行く。見るうちに、少女の眼の中に、ギラリとした猫の切れ長の瞳が作られていく。
「あっ……あううううぅぅ」
さっきよりは悲鳴も落ち着いたものの、明美は口をパクパクさせて未だ苦しんでいた。もう完全に感覚や痛みは失せているであろうが、心が消えていく苦しみがまだ大きいのだろう。
「うふふ……いい顔。もうすぐ楽になるわよ……」
ティーチャーは邪悪でサディスティックな笑みを浮かべて言った。明美の苦しむ様子が楽しくて仕方が無いのだ。彼女は主によってそういう人格を植え付けられたのだ。
*
再び真っ暗に戻った闇の中に、「それ」は浮かんでいた。人の形をしているが、青白く、生気を失ったそれは、水に仰向けに浮かべられた人形のように、ただプカプカと浮かんでいた。
これは、人の心だ。いや、心「だった」ものだ。この人形のような器に、本来、魂という内面的物質が宿ることで、一個人の記憶、感情を司る「心」が成される。しかし、この少女の魂は、今しがたこの意識の海に巻き起こった灼熱の奔流によって、その魂を焼き尽くされ、空っぽになった器は、その機能を失い、ぐったりと漂い始めたのである。
真っ暗な闇の中から、何かが降ってきた。オレンジ色に光るそれは、そのまま少女の器の顔にチョコン、と着地した。それは、オレンジ色に光る一匹の猫だった。
猫は器の唇に口を寄せると、そっと口づけを交わした。すると、かすかに開いた少女の唇に、オレンジの光は吸い込まれていった。
トクン……器が一度脈打った。ポッ、と、器が淡い光を放ち始め、カッと器の眼が開かれた。器に魂が宿った時の反応だ。
しかし、器に魂が宿ったわけではなかった。見開かれた器の眼が、ギョロリと白目をむいているのがその証拠だった。器が意思を持っていない。心として機能していないことの証であった。何らかの理由で、少女の器に魂では無い別のものが宿り、器は意思を持たぬまま彼女の本体の身体を機能させてしまったのである。今、彼女の身体の全てを司るのは、器に入り込んだ物、「暗示」だ。外から何者かが操作する暗示が、彼女の器を通じ、彼女の心に取って代わって彼女を支配した。つまり、暗示の動かされるままに、少女は心も無いまま操られる。
早速暗示に命令が下され、傀儡となった器がそれに従い動き始めた。少女の口が小さく動いた。
「ワタシハ……奴隷猫ノ……アケミデス……」
*
バー 「マーメイド」 PM10:00――――――
「……と、いうのが暗示をかける際におれが使っているイメージングの手法だ」
バーの奥、オーナー室の更に先に隠された一室で、男はまた自らの催眠論を展開していた。というのも、バーのオーナーの女性、蛇島が説明を頼んだからだった。
「難しく長い暗示をタラタラと述べるより、こうした空想の世界のような物をイメージさせて、自分が催眠に堕ちていく過程を思い浮かべさせた方が、圧倒的に効率がいい。今のような『意識の海で心が抜け殻になり、それが催眠で乗っ取られる。』という物語は俺が愛用するものだが、なるべくメルヘンチックで美しい世界の方が、支配されていくことを心地よく感じ、スムーズに人形と化す」
「それは理解できるわ。イメージングは催眠暗示の基本だもの……って、え?じゃあ、あなたがキャッツ・アイのシステムに応用した技術って、そんな基本的なことなの?」
蛇島が男に言った。男はまたフッ、とキザに笑って振り向いた。
「そうだ。キャッツ・アイによって被術者の意識は心の奥深くにまで沈む。現実の感覚や意識世界から完全に遮断され、孤立する。と同時にイメージング法によってその孤立した意識を夢の世界へと誘導すれば、あとはこちらの暗示のままに意識は完全消滅、そして支配が完了する。俺が開発した『教育システム』は、自我の抑制、記憶の削除などで、意思を孤立させる。全てイメージング法を補助する役割を担っている」
ふうん。と蛇島は曖昧な相槌を打った。自分で頼んだものの、男のゴタクに少し飽きが来ていた。というよりも、早く次のイベントを見たくて仕方がなかった。
男もそれを感じ取り、演説を止めた。まだ言いたいことはあったようだが、手早く結論を語ることにした。
「だが、的確な暗示と、十分な時間を使えば、機械を使わずともキャッツ・アイの力は遺憾なく発揮できる。これから彼女にするように」
待ってました。とばかりに蛇島は男の隣に駆け寄った。先程からの男の視線の先には、一人の少女がいた。蛇島が捕らえた、次のマーメイド候補の一人だ。キャッツ・アイの性能を見るために、男は蛇島が捕らえた女達の中から上玉を使うように言ったのだった。
裸に剥かれた少女は、テラス等にあるような全身を預けるリクライニングチェアに縛られ、可愛らしい顔を恐怖に染めていた。布で轡をされ、喋れなくされた彼女は、「むーっ!んぐぅー!」と声にならない悲鳴を上げ続けていた。
「彼女に『麻酔』を」
男が言うと、蛇島は少女に近寄った。
蛇島が人差し指で少女の額に触れようとすると、少女は素早く顔を背け、触れられまいとした。蛇島の人差し指が少女を追いかけるが、少女は激しくイヤイヤと顔を背け、それを拒絶した。
「仕方ないわね」
ため息交じりに言うと、蛇島は手口を変更し、彼女に口を近づけ、何か囁き始めた。
「大丈夫よ。ほら、私の『毒』が身体に入った時のことを思いだしてみて?どんな感じだった?気持ちよかったでしょう……」
妖艶な蛇島の声に呼応するように、少女は何かを思い出したようにはっとすると、すぐにぽわーんとした表情を浮かべ、固くなっていた身体から、すっと力が抜けていった。
「いい顔。思い出したのね……じゃあ、もう一度私の毒を味あわせてあげる」
少女の頬を両手で掴み、自分に向けながら、蛇島は言った。少女は既に蛇島への恐怖心も消え失せたようで、濡れた眼で蛇島を見つめた。
「今回は時間が無いから、てっとり早く『下』から入れるわね」
蛇島は長い付け爪の付いた右手の指を、鉤爪のような、何かの牙のような形にすると、いかにも楽しむような邪悪な笑みを浮かべて、その指を少女の秘所へと指し込んだ。
「グッ、むぅぅぅぅ!」
布の轡の中から、鋭い悲鳴が上がる。椅子に固定された身体を限界までグンとのけ反らせ、少女は痛みと快感が混じった刺激を全身で感じた。彼女の体は、ビキィ!ビキィ!と大きく痙攣し、身体を拘束した椅子をガタガタと言わせた。その眼は天を仰いだまま見る見る理性を失くし、正気を失っているのは容易に見て取れた。
蛇島は頃合いをみて指を少女の秘所から引き抜くと、秘所は噴水のような見事な潮吹きをした。潮が治まるとほぼ同時に、少女はぐったりと全身から脱力した。口から小さく荒い呼吸をする以外は、微動だにしない。まるで、何かの毒で身体が麻痺した人間のようだった。
少女の反応を見て、催眠が順調なことを確認すると、蛇島は少女にゆっくりと少女に近づくと、改めてその額に指をかざした。
「あなたの眼はお人形の眼……しっかり開かれると、何があっても閉じることはない……」
蛇島の暗示に従って、少女はとろんとした眼を限界まで開くと、蛇島が指を動かすのに導かれるように、その顔を天井に向けた。彼女は瞬きなどの生理現象も含め、その眼を閉じることは一切出来なくなった。
女が少女の轡や身体を縛るロープを解いた。身体が解放されても、少女は身動き一つせず、「人形の眼」でただ天を見つめていた。小さくぽっかり開かれた口から涎がツーッと垂れても、彼女は微動だにしなかった。
準備が整ったことを確認した男は、取りだしたケースから一組のキャッツ・アイを取りだした。
「始めよう。これでキャッツ・アイを使ったマーメイド1号が誕生する」
男はそう言うと。まず少女の一方の眼に、キャッツ・アイをはめ込んだ。
*
某所 教育部屋 10:00――――――
長い悲鳴が治まると、明美はぐったりと脱力した。ティーチャーは明美を固定しているベルトを外すと、明美の身体はティーチャーの腕の中に崩れ落ちた。愛液と尿と汗でグッショリとなった明美の身体は、興奮と疲労でまだひくひくと小さく痙攣している。
「教育」での激しい苦痛と終わりの無い絶頂と強力な催眠により、今は完全に意識を失っているが、うっすらと開かれた眼は異常に鮮やかなオレンジに輝いていた。人間ではありえない切れ長の瞳孔。明美は完全にキャッツ・アイに寄生され、支配されていた。キャッツ・アイによって彼女に埋め込まれた催眠が、これからは彼女をコントロールする。彼女は意思を持たず、ただ命令に従うのみの奴隷猫と化したのだ。
「いつまで眠っているの、目覚めなさい」
ティーチャーが言うと、明美はたちまち眼を覚まし、ティーチャーから離れ、自力で立った。絶頂の余韻からか、まだ足に上手く力が入らず、フラフラしているが、「しつけ」の暗示がしっかりと働き、ティーチャーの前では必死に直立しようとしている。
「いい子ね。自分が何者か、教えられなくても言える?」
「は…はい……。わたしは……ご主人様の……ど、奴隷……猫……です」
奴隷猫は荒い呼吸で詰まりながらも、感情の無い口調で淀みなく応えた。
「えらいわ。もうちゃんと自覚しているのね。ここ最近だと、初期状態で奴隷猫だと自覚してたのはミキだけよ。やっぱりあなた達は傑作ね」
ティーチャーは明美の完成度の高さに歓喜のこえを挙げた。教育後、目覚めた瞬間に自らが奴隷猫であると自覚し、且つそれを宣言するときに本能的に拒絶反応を起こさないケースは稀なことなのである。60匹の奴隷猫の中でそれが出来た者は数匹しかおらず、ミキもそのうちの一匹であった。
「あなたの名前はアケミよ。いいわね」
ティーチャーは呆然と立つ明美に言った。教育によって自分の名前すらも忘れた奴隷猫には、この瞬間に改めて名前が付けられる。ティーチャー達や、稀に有名な少女の時には世間から隠すため、全く違う名前を与えるケースもあるが、基本的にはかつての名前を付けるのが主のこだわりだった。しかし、その名前には漢字などは無く、ただ個体を識別するための「読み」だけを覚えさせられるので、結局彼女ら自身にとって自分の名前にはなんら価値は無いのだ。
「はい……私は、奴隷猫のアケミです……」
名前を与えられた奴隷猫は、支配が馴染んできたのか、今度は詰まることなくスラスラと答え、両手を胸の前に猫の手の形に構えると、足を曲げて「猫の礼」をした。奴隷猫、アケミが誕生した瞬間だった。
「ああ、ようやくもう一つの傑作が誕生したわ。これで、ご主人様もお喜びになる……!」
ティーチャーは芝居がかった口調で歓喜の声を挙げた。主を満足させられた時の快感が、彼女にはたまらない喜びだった。普段、ティーチャー達はその頭脳やスキルを使うことを男は求めているので、他の奴隷猫のようにその身体を男に捧げることは少なかったが、仕事が成功した時などは、褒美として男との時間をもらえた。
「ご主人様に報告しないと…。アケミ、もうすぐお迎えの猫達が来るから、それまでマナミと同じように自分のオシッコを掃除なさい。綺麗にね」
「はい、ティーチャー……」
アケミは感情のこもっていない声で従順に返事をすると、先程のマナミのように這いつくばり、床に広がった海を舐め始めた。それを見届けると、ティーチャーは部屋の奥へと消えて行った。
*
バー 「マーメイド」 PM10:30――――――
そこは、「ウォータールーム」と呼ばれる部屋だった。縦に長方形の、決して広くはない部屋の両サイドに、小さな風呂の浴槽のような透明な容器がいくつも並んでいて、そのどれもに裸の女が仰向けに寝かされるように浸かっており、容器に張られた水から、顔だけを出して、容器の縁にある枕のような台に預けている。女達は皆ぼんやりと眼と口を開き、ただ何処ともなく天井を見上げていた。部屋全体には落ち着いた雰囲気のハープの音が響いている。
「立派なものじゃないか。俺の『教育部屋』に引けをとらない」
浴槽に浸る女達を見ながら、男は感心した。先を歩く蛇島が、チラと男を振り返りながら言った。
「全然引けをとるわよ。こっちはあなたのヤツのように機械じゃないし。ただこうしてリラックスして暗示が浸透するのを待ってるだけ」
二人は部屋の奥の右手にある浴槽の前で立ち止った。その浴槽にも、他のと同じように一人の少女が浸けられていた。ただ、他とは違うのは、その少女の眼が、見事なオレンジ色をしていることだ。
ここは、蛇島によって捕らえられた女性が、催眠をかけられた後、最後の「仕上げ」まで、よりリラックスして催眠の深化を促すための部屋だったのだ。キャッツ・アイの寄生が完了し、蛇島の催眠支配が施された後、この少女もここへ連れてこられたのだった。
「さて、わずか30分。本当にこれだけの時間で催眠が完了しちゃったら、驚いたものよ?普通なら暗示をかけてから1時間はかかるのに。最初の催眠からならほとんど1日仕事なのよ」
蛇島が腰に手を当てて言う。確かに眼の前の少女は、しばらく前から此処で眠っている他の女とさほど変わりないほど安定しているように思える。暗示にかかってからたった30分の状態とは思えないほどだ。
「やってみればわかる。失敗した時は俺が措置を約束しよう」
男は相変わらずクールに言い放つ。その言葉には揺るぎない自信が見て取れた。
「それじゃ、私のイメージングを見せてあげるわ」
蛇島はそう言うと、水の中に横たわる少女の頬にそっと触れ、「仕上げ」を開始した。
「さあ、あなたは何?」
蛇島が言うと、少女は一瞬、ピク、と反応して、そのオレンジの視線を蛇島に注いだ。そして、少女は小さく言い始めた。
「私は……人魚のリリスです……」
「リリス」と言うのは、彼女が与えられた名前だ。無論彼女は純日本人であるが、「マーメイドの名前は横文字に決まっているでしょ」という蛇島の持論で、ここにいる人魚達は皆外国人のような名前を与えられるのだそうだ。
「そうよ。リリス。でも、あなたはどうして人間の姿をしているのかしら?」
蛇島は次々と質問を浴びせる。この答えとなる物は蛇島が暗示で聞かせているため、暗示が完全に浸透していれば、スラスラと答えられるはずだ。その暗示が浸透するまでの時間が、通常では1時間なのだ。
「女神さまに……人間の姿にして頂きました……」
「その女神さまは誰?」
「あなた様です……」
「女神さま」という言葉が出た途端、思わず男は、プッ、と吹き出した。蛇島が「何よ」と睨む。男が謝罪の意を込めて手をかざすと、蛇島は続けた。
「そうね。人間になったあなたはどうするの?」
「人間にして頂いたお礼を女神さまにしなければなりません……」
「どんなお礼?」
「女神さまのシモベとして、永遠にお仕えすることです……」
リリスは暗示の通り淡々と答えていく。その完成度に、蛇島は内心驚いていた。
「その通りよ。そう約束したわよね……もし約束を破ったらどうなるの?」
「泡になって…消えてしまいます……」
「そう。泡になんてなりたくないわよね……」
「はい……泡にならないために、精一杯お仕え致します……」
「いい子。これからは私はあなたのご主人様よ、リリス」
「はい、ご主人様」
「じゃあ、シモベとしての最初のお仕事として、人間になった証をたっぷりと見せてくれる?」
「はい、かしこまりました。ご主人様……」
リリスは立ち上がると、全身から水を滴らせながらうっとりと蛇島を見つめ、人間になった証。すなわち人間の下半身の象徴である秘所を自らの指でパックリと開いて見せ、水に浸かっていたせいで体が冷えたのか、やがてそのまま勢いよく放尿し、浴槽の水を金に染めた。それでも尚、リリスは手を自分の小水で濡らしたまま、秘所を晒し続けた。
「アララ、大サービスね」
少女の痴態に苦笑しながら言うと、蛇島は男に向き直った。
「これはすごい成果よ。とんでもない代物だわ。『あの御方』も『賢者』の方達もきっと満足されるわ」
男はまた鼻をフンと鳴らす。
「お気に召して何より、だ。だが、もう一つの成果が出るまでは完成とは言えないな」
男が言うと、突如携帯の呼び出し音が響いた。男の物だった。
「すまんが外に行く。そのもう一つの成果が出たようだ」
「ウォータールーム」から出ると、男は携帯を取り出した。予想通りティーチャーからだった。珍しくはやる気持ちを抑えて、男は着信に応じた。
「私だ」
『ご主人様。ティーチャーです』
「終ったのか」
『はい。たった今。アケミまでの現在捕らえている全ての娘の『教育』が終了しました』
ティーチャーの声は喜びで弾んでいた。
「そうか、で、どうだ。状態は」
『全員なかなかの仕上がりですわ。特に、ご主人様がおっしゃられた通り、アケミはミキに並ぶ完成度です。目覚めた時から、自分が奴隷猫だと断言したほどです』
男の唇が素直に歪み、邪悪な笑みを作った。
「十分だ。『教育』が終了した奴隷猫はどうしている?」
『ご主人様がお出かけになられてから終了した3匹は、『仲間入り』を待つ間、早く慣れさせるためにも、『チーフ』を手伝わせております』
「そうか。よし、予定は変更だ。もう一か所行くつもりだったが、その必要は無くなった。今から帰る。帰り次第すぐに3匹の『仲間入り』を行う」
『かしこまりました。準備しておきます』
「よくやったぞ、ティーチャー。帰ったら褒美をやろう。傑作の完成祝いに、アケミにもな」
男が言うと、ティーチャーは嬉しそうに鳴いた。
『ミャウン、ありがとうございます、ご主人様。アケミも喜びますわ』
電話を切ってからもフフフ、と終始笑みを浮かべながら、男は再び蛇島の元へ向かった。本当は今夜、もう一人、キャッツ・アイを使わせて試したい人間がいたのだが、予想以上に奴隷猫とマーメイドの完成度が高かったため、とりあえずそいつのデータは無くても良さそうだ。はやく今回の最高傑作を可愛い奴隷猫に迎えてやらねば。男は計画の進行に胸を高鳴らせた。
< 続 >