黒い虚塔 最終話

最終話

 ――社長室。
「おお、倭文くん。君の仕事ぶりはワシも聞いているよ」
 意外にも、笑顔で僕を出迎える社長。
 普段、姿を現さないから、もっと気難しいのかと思ったが……。
 こうして、社長と対面するお膳立ては、璃々栖に整えさせた。
 それにしても……やせぎすの体に貧相な顔、薄い頭髪をした初老の男。
 かつての神とはいっても、貧乏神か疫病神の方がお似合いな風貌だな。
 だが、目だけは異様に輝いている。
 この男が、マジック・クラフト・エンジニアリング社長、本晴樹……。
(社長が痩せているのは、自分自身の持つ熱が強すぎて、自分の身をも焼いているからだともいいます)
 そう、愛那は言っていたが……、その真偽はともかく、この目を見れば、ただ者でないのはわかる。
 触れる物の一切を焼き尽くすようなその目。
 ……璃々栖の奴、よくこんなのの愛人をやっていたな。
 もし僕が女なら、こいつの相手はご免こうむりたい。
 とてもじゃないけど、抱かれただけで五体満足でいられそうにないんだが。
「おそれいります、社長」
「いや、君は、我が社始まって以来のヒット商品を産み出した。その実績はワシも評価しているよ」
「ありがとうございます」
 穏やかな口振りとは裏腹に、僕にまとわりついてくような威圧感を感じる。
 だが、臆してはいられない。
 これから、この男を封印するのだから。
「ところで、倭文くん。常務から、この会社の将来について、君から有益な提言があると聞いているのだが?」
「ええ、社長の座を、僕に譲っていただきたいのです」
「君は…仕事はできるようだが、冗談を言う才能はないようだね」
「冗談ではありません。社長には退場していただき、代わりに僕が社長の座に就くことにします」
 社長の目がいっそう厳しくなり、同席している璃々栖の方を向く。
「常務、これはどういうことかね?」
 ……まあ、これ以上話してもラチがあかないよな。
 僕としては、この面会が設定された時点で充分なんだし。
「常務に代わって僕がお答えしましょう。……こういうことですよ」
 そう言うと、僕は、社長の中にある<反転のささやき>、いや、封印の宝石を、外部から強制的に発動させる。
「な!ぐわあああっ!」
 宝石が起動するやいなや、社長は顔を押さえてうずくまる。
 今の社長の視界は、<反転のささやき>として使ったときとは比べのものにならないほど濃い青に染まり、ほとんど周囲が見えないくらいだろう。
「ぐはああっ!な、なにをした!」
「言ったでしょう、社長には退場していただくと」
「ふ!ふざけたことを!……くっ!」
 呻きながらも、社長は手探りで机を探り、何かを強く押す。
 ――バンッ!
 社長室のドアを開けて、部屋になだれ込んできたのは、十数人の保安部員。
「は!早くこの男を!」
「さあ、この男を……」
「「取り押さえろ!!」」
 保安部員たちが駆け寄り……。
「な!なんでワシを!」
 もちろん、保安部員が取り押さえたのは社長の方だ。
 こいつらは、僕が選りすぐった水属性、冷気属性の強者だ。
「お、おのれええっ!」
 社長が興奮するにつれ、部屋の温度が上がっていくのが肌で感じられる。
 封印が完了するまで、おそらく、あと50秒ほど。
 それまで保安部員が時間を稼いでくれたら。
「離せええっ!離さんかっ!」
 保安部員たちがそれぞれの得意な手段で、水や氷を操り社長を取り囲む。
 ――ジュウウウウ……。
 水も氷も、社長に触れるとたちまち蒸発して、異様な音が響く。
 だが、水が蒸発するということは、温度を奪うということ……。
 部屋の中は、濛々と湯気が立ちこめ、サウナの中にいるみたいだ。
 あと20秒……。
「おのれぇ!かくなる上はぁ!」
 これは!人型を捨てて本性を現す気か?だが……。
「ぬう!?なぜ!?なぜだあっ!」
「残念ですが、遅きに失しましたね。僕が仕掛けを起動してすぐなら、まだ本性を現すこともできたでしょうが、そこまで封印が進んでは、本性どころか、本来の力の10分の1も出せないはずです。その証拠に、もう、体が放つ温度もだいぶ下がってきているはずですよ」
 そう、封印の宝石を発動させて、すぐに社長が本性を現していたら僕の負けだった。
 おそらく、いきなり会社を蒸発させるようなことはしないとは思っていたから、分の悪い賭ではなかったけど。
 あと10秒…9…8…7…。
「おのれ!貴様あぁっ!」
 6…5…4…。
 汗と湯気で、僕のスーツはもうぐっしょりと濡れている。
 3…2…1…。
「あなたの負けです、社長」
 0……。
「な!ぐわああああぁぁぁぁ!」
 一瞬、社長の悲鳴が部屋に響き、そして、何も聞こえなくなる。
 しかし、湯気が充満して視界が効かないため、何も見えない。

 保安部員に命じ、窓を開いて換気をさせて、やっと部屋が見渡せるようになる。
 社長がいた辺りに転がっているのは、社長を飲み込んで、水色から薄紫に色を変化させた宝石。
 僕は、保安部員たちを退出させると、宝石を拾い上げ、自分の体の中に取り込む。
 そして、その宝石から、社長の力を少し引き出してみる。
「かはっ!ぐはあッ!」
「し、倭文くん!」
 呆然として、ことの経緯を見ていた璃々栖が僕に駆け寄る。
 ……ほんの少し引き出したつもりなのに、なんて熱量だ。
 さすが、神を名乗っていた奴の力なだけはある。
 コントロールできるようになるのに少し時間がかかりそうだが。
「ク…ククク…」
「倭文くん?」
「璃々栖、ふたりだけの時は、僕のことをどう呼ぶんだったけな?それに、おまえは社長に対して、倭文くん、と呼ぶのか?」
「社長?」
「ああ、今から僕がこの会社の社長だ」
「あ、ああ、倭文さま……はあん!」
 熱っぽい瞳で僕を見つめる璃々栖。
 心なしか、その表情は、屈辱による快感によるというよりも、純粋に恍惚としたものに見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。

 ――ソフト開発部コンピューター・ルーム。
 ここは、この会社のソフトウェア開発を全般に受け持つ部署。
 ディー・フォンの新型アプリの開発だけでなく、ディー・フォンのOSのアップデートや、アプリの配信もここから行われることになっている。
 僕が社長に就任してから、2ヶ月。
 すでに、この部屋は僕の完全な支配下にある。
「進行状況はどうだ?辺念?」
「あ、倭文様。先程完成しました。テストの結果も上々です」
「そうか……」
 僕が、ソフト開発に長けた辺念を中心とするチームに作らせたのは、新たなアプリ。
 これは、商品ではなく、ディー・フォンのOSの更新プログラムの体裁をとって、魔界の所有者全員に配信されることになる。
 その機能は、ディー・フォンの所有者を、僕の命令に忠実に従う人形にすること……。
 もっとも、この会社の社員は、すでに僕の人形も同然だが。
「では、配信の作業は僕が直々にやる」
「は、倭文様」
 辺念がメインコンピューターの椅子を僕に譲る。
 僕は椅子に座り、仕上げの作業を進める。
「ふう、完了だ」
 僕は、アプリが問題なく配信されたのを確認する。
 そして、僕はそれを強制的に起動させる……。

 ――数ヶ月後。
「倭文さま、天界の撹乱工作の準備が整いました」
 ここは、会社の社長室。
「ご苦労。それで、どのくらい天界を足止めできそうなんだ、愛那?」
「おそらく、半年程度かと」
 半年か、まあ、それだけあれば充分だろう……。
「……あん…ん…倭文さまぁ……」
「…し、倭文さま…くうううっ!あ!あはぁっ!」
 裸で僕に絡みついてくる黒髪と金髪の女。
「……ん…ちゅ…んふ…」
 もう、会社の中でも完全奴隷モードで僕のモノにしゃぶりつく絢華。
「…あ!倭文さま!……はうううっ!ああんっ!」
 璃々栖は、口では僕に屈服していない、いつか見返してやると言いながら、やっていることはこのザマだ。
「あの……倭文さま……」
「どうした?愛那?」
「わ、私も、よろしいですか?」
「そうだな、おまえには褒美をやらないといけないしな。いいぞ、愛那」
「はい!ありがとうございます!」
 愛那は、急いで服を脱ぐと、目を輝かせて僕にすり寄ってくる。
「あ!ああん!倭文さまぁっ!」
「…ん…じゅるる…んふ…んん……」
「倭文さま!…んはあっ!い、いつか、私がっ……ああ、倭文さま……んんん!」
 電気を消したままの薄暗い社長室の中に、3人の牝の淫靡な声が響く。
「フ……」
 あの時点で、魔界の悪魔の8割がディー・フォンを持っていた。
 つまり、いまや、全悪魔の約8割が僕の言いなりというわけだ。
 残りの2割は、無視しておいてもかまわないレベルの奴らだ。

 革命……そんな、生やさしいものではない。
 主義主張も要らない、思想に共鳴する同志も要らない。
 あるのは、ただ、僕と、僕の命令に忠実に従う人形だけ。
(これで、天界と互角に渡り合える戦力は整ったな……)
 そう、戦力は整った。
 しかし、それは、あくまで天界の軍勢と互角にやり合うだけのもの。
 天界を相手に勝利を収めるには、まだ足りないものがある。
 それは、神と互角以上に戦い、打ち負かす力。
 そのためには、あの力を手に入れなければならない……。

「ん…あふ…倭文さまぁ……」
「ああ、次はおまえの順番だ愛那。だから、もう少し待つんだ」
 そう言いながら、僕は愛那のクリトリスを軽くひねる。
「ひゃああッ!きゃあんッ!ああ!う!嬉しいです!倭文さまぁ!」
 甲高い声をあげて、歓喜の表情を浮かべる愛那。
「ああ!倭文さま!……くふうっ!わ、私は!?」
「おまえは後回しだ、璃々栖」
「そ、そんな!……ああんっ!」
「だいいち、道具からペットに格上げされたばかりで、愛那や絢華と対等に扱ってもらえると思っているのか?」
「くっ!……んんん!はああああっ!」
 こいつは言葉だけでこんなに悶えてくれるから楽だよな……。
「ん…んむ…ふん!ん!ちゅる!ん!ん!んん!」
 跪いて僕のモノをしゃぶる絢華の動きに熱が入ってくる。
 僕は、3人に仕込んだ玉を使ってそれぞれの快感を高めていく。
「ふああああああっ!ああ、イクッ、イっちゃいます!しっ!しとりさまあああぁぁ!」
「んんんっ!んふ!んんんんんっ!」
「し!しとりさまあっ!……くはあああああっ!んああああああっ!」
 3人とも、僕が、少し手を加えるだけで、たちまちイってしまう。

「ククク……まあ、細工は隆々、あとは仕上げをごろうじろってね」
 薄暗い社長室に淫らな声の響く中、僕は低く呟いた。

< 終 >

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