放課後の催眠 第十一話

充、家族の事情を知る

『昨日は送っていただきありがとうございました。念のため、こちらの携帯番号とアドレスをお知らせします』

 登校中のバスの中で充は香苗にメールを送った。これで印象がよくなれば一石二鳥だが、礼儀正しい青年を演じたワケではない。昨夜、静香を抱きながら香苗とのエッチを想像してしまい、そのインモラルさに昂ぶって果てた。起きても、その妄想が残っていて、香苗とのコミュニケーションを保っておきたくて思いついたのがメールだった。

『ありがとう。昨日、聞き忘れちゃったからうれしいわ。さすが彩の彼氏ね』

 すぐに返事が来て、充は思わず「よしっ!」と叫んでしまった。怪訝な顔をして充を見る乗客に「すみません・・・彼女からいいメールが来たもんで、つい・・・」と謝ると「よかったね」と返され、あたりも和やかな雰囲気になった。

 さすがに恥ずかしくなってiPhoneをバッグに仕舞い、充はうつむきながら、この先の戦略を練った。妄想が止まらない。ついニンマリしてしまう充を、あたりの乗客は微笑ましく見守っていた。

「おはよう!」

「あ・・・おは・・・よ・・・」

 上機嫌で声をかけると、彩は戸惑ったように答える。

「今日、一緒に弁当食わない?」

 いろいろあって、昨日はオナニーするように指示していない。どんな行動をとったのか催眠状態にして聞き出したかったし、香苗のことももっと知りたい。

「う・・・うん・・・」

 彩は真っ赤になってうなずく。このままだとクラスの連中にウワサを立てられかねない。学校では会っても普通にいられる暗示をかけなければ、水樹や浅田杏子の目もあるのでマズイ。なので、充は彩の返事を確認するとすぐに自分の席へ戻った。

「あなたは今、吉川君の姿を借りた導師と屋上にいます。ですから、普段、吉川君と接するような態度でいなければなりません。わかりましたね?」

「はい」

 駆け足で屋上にやってきた彩に、充はいきなりキーワードを唱えた。クラスメイトではないが先客がいたからだ。

「座りましょう。あまりくっついて親しげにしてはいけませんよ。何気なく普通に」

「はい」

 こうして二人は数十センチ離れて屋上のベンチに座って話しはじめた。

「吉川君とのデートは楽しかったですか?」

「はい。とても・・・夢みたいだった・・・でも・・・」

「でも?」

「カップルがいっぱいいてキスとかをしてるのを見て困りました」

「男女が親しくなればキスするのは当たり前のことですよ」

「でも見てたら・・・私もして欲しい気持ちでいっぱいになって・・・なにを話したのかも覚えてないくらいなんです」

「そう言えばよかったのに」

「できません・・・そんな・・・」

「どうして?」

「怖いんです・・・拒否られたらって思うと・・・だって、こんなにエッチなことばかり考えてるってわかったら嫌われちゃう・・・」

「吉川君はあなたの理解者ですよ」

「あ・・・」

「こんどデートしたら言ってみましょう。きっと世界が変わるはずです」

 クソみたいな恋愛ごっこは意外に楽しかったが、体力が戻ってくると、それだけじゃつまらなく思えてきた充だった。それに、素の彩がどこまで求めてこられるのかも興味深い。

「さあ、お弁当を食べてしまいましょう。そうじゃないと、おかしな目で見られてしまいますから」

「はい・・・」

「食べながら聞いてください」

「はい」

 充も弁当箱を開きながら言う。

「ゆうべも、ひとりでエッチしましたね?」

「はい」

 予想通りの答えに充はニンマリしてしまう。

「なにを想像してたんですか?」

「公園で・・・吉川君にキスされて・・・胸とかも触られて・・・」

 いままでは暗示によってDVDのシーンを思い出して、その通りにしていたのに比べると大きな進歩だ。これなら前のようなことにはならないはずだ。ついに彩とエッチできると思うと充は興奮した。

「お母さんに買ってもらった下着・・・見て欲しかった・・・私、こんなにエッチな女の子じゃなかったのに・・・」

「生物のメスとして成熟したからで当たり前のことです。また吉川君とデートする機会があったら、あの下着を着て行きましょう。そして、なんとか見てもらえるよう考えてみましょう」

「どうやったら・・・」

「さりげなくでいいんです。たとえばミニスカートをはくとか、ブラウスのボタンをひとつ外すとか」

 そこまで言って、充は香苗の胸元を思い出してしまった。

「そっか・・・」

「なにごとも順番です。いきなりは無理ですからね」

「はい」

「そして、いつかは吉川君にエッチして欲しい、そうですね?」

「・・・」

 まるでシャッターが閉じたように彩が黙り込んだ。

「吉川君とエッチ・・・」

 かなり間が空いて彩が口を開いた。

「エッチは嫌なんですか?」

「想像はしてたけど・・・怖い・・・んです・・・」

「だれでも初めてはそうですよ」

「まだ・・・殻から出られない・・・」

 彩の様子が変わった。声のトーンも野太い。弁当を食べながらという指示を忘れてしまったかのように呆然としている。充は、そんな彩を見て冷や汗が流れた。

 潜在意識の別人格、ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。もうひとりの彩を引き出してしまったような気がして直感的にヤバいと思った。

「アヤ」

「はい」

 充の声は届いている。

「心配することはありません。急がなくてもいいのです。吉川君はあなたの理解者ですよ。大丈夫。この導師が言うのですから間違いはありません。心を静かにすると気持ちのいい場所が見えてきます。お花畑です。きれいですね」

「はい・・・」

 彩がうっとりとした表情になったので充は安心した。独学だから催眠についてはわからないことも多い。結果、静香の鬼を引き出してしまった。そのときと雰囲気が似ていたのだ。だから慎重にならざるをえない。今日の誘導はお終いにして恋愛ごっこに戻ろうと思った。

「私が去っても、アヤは現実の世界で吉川君と一緒にいます。夕べの楽しかったことを語っています。いいですね」

「はい」

「導師退場」

 彩の表情が普段のものに戻る。充は胸をなで下ろしていた。

「岸本って水曜と日曜が塾ないんだったよね?」

「あ・・・うん・・・」

「だったら、こんどの日曜、またデートしてくれよ」

「・・・」

 彩は何かを考える様子で黙り込む。

「イヤ?」

「ううん・・・また、あの公園に行くの?」

「う?ん・・・あそこは・・・なんか居心地悪くね?」

「うん」

 彩がホッとしたような微笑みを漏らす。

「やっぱり」

「ん?」

「わかってくれてるんだと思って・・・吉川君に任すから」

「そっか・・・じゃあ考えとくよ。あとのお楽しみってことでいい?」

「うん」

 充に具体的なビジョンはないが、そう繕っておく方がいいくらいはわかる。

 もうすこし、いろんなことを聞き出したかったのだが、なんだかひどく疲れた。

 二人は当たり障りのない会話を交わしながら弁当を食べる。

 当たり障りのないことしか言えなかったのは、充が場所のことを考えていたからだ。もちろんエッチ可能なデート場所だ。公園だとキスくらいが限界だ。でもラブホ以外にそんな場所は思いつかないし、使ったことがないから不安もある。それに、よほどのことがない限り彩が着いてくるとは思えない。浅田杏子や絵理の家なら自由に使えるかもしれないが、まだそんな段階ではない。結局、彩の家でという無難な結論にしか至らない。香苗になんらかの暗示を与えて留守にしてしまえばいいのだ。なる早で香苗に連絡する必要がある。そう思った。

 弁当を食べ終わったくらいのタイミングでポケットに突っ込んだiPhoneが振動した。

「やべ。親からだ。岸本、悪いけど先に教室戻っててくんない。返事しなきゃならないから」

「うん」

 画面を見ながらそう言う充に、彩は素直にうなずく。

 充は彩の後ろ姿を見ながらメーラーを開く。

【お話ししておきたいことがあるんだけど、今日の放課後って時間ある?】

 親は親でも、彩の親、つまり香苗からだった。

 催眠を使うようになってから獲物が向こうから飛び込んでくることが多い。なんだか運が向いてきたような気がする。

【今日は部活がないので3時には身体が空きます】

 充はニンマリ笑って返す。日曜日に丸一日、香苗をどこかに出かけさせれば、あの家を自由に使える。誘導する機会が向こうからやって来た。そう思ったら笑いがこみ上げてきた。

【学校のそばにリリーベルグっていう洋菓子屋さんがあるの。3時には待ってるから学校が終わったら来て。場所はわかる?】

 リリーベルグはカフェを併設した地元では人気の洋菓子店だ。

【わかります。昼休みが終わっちゃうので後ほど】

 あのカフェで香苗に暗示を埋め込めるか考えてしまう。なんといっても人気店だ。時間も時間だし店内にはオバサマたちの嬌声が響きわたっているだろう。どう考えても催眠にはフィットしない場所だ。どうしようか、あれこれ方法を考えながら充は午後を過ごした。

「ちょっと込み入った話なの。ドライブしたいって言ってたでしょ? クルマの中で話さない? ここ、お話しできる雰囲気じゃないから」

 エスプレッソと名物のザッハトルテを前に香苗が言った。

「いいですけど」

「安心して。娘の彼氏を誘惑なんてしないから」

 香苗は妖艶とも見える笑顔で言う。

「お母さんにならユーワクされたいかも」

 気分がほどけて、充は笑いながら軽口を返す。

 駐車場にはマセラティが駐めてある。また、あのクルマに乗れるのだと思うと、ちょっとうれしかった。

「時間、大丈夫?」

「はい。予定なしです」

「だったら、食べてから行きましょう。あなたのロールケーキと半分こしない? ここに来るの久しぶりだから」

 その提案で二人の距離が一気に縮まったような気がした。

「いいですよ」

 香苗のエスプレッソを飲む仕草が優雅だと思いながら充は答える。やはり育ちが違う感じだ。それでいて、飲み込むときの喉の動きが艶めかしい。今日も光沢のあるブラウスを着ていて胸元のボタンを外しているから、余計そう感じるのかもしれなかった。

「あの子、父親のことなんか話した?」

 マセラティを国道16号方面に走らせながら香苗が言った。

「いえ」

「やっぱり・・・」

「それがなにか?」

「ちょっとワケアリなのよ、我が家は。吉川君には予備知識として教えといた方がいいかなって。だから呼び出したわけ」

「そうなんですか・・・」

「彩には秘密だからね。私が話したこと」

「まだ聞いてないですけど」

「それもそうね」

 香苗さんはおかしそうに笑う。その動きでブラウスの胸元が開いてブラジャーが見えた。今日は黒系のレースで、いかにも大人のオンナって感じだった。

「岸本のお父さんってなにしてるんですか?」

「トレーダー」

「えっ?」

「数年前まではお堅い銀行員だったの。彩が中学に入るか入らないかの頃、外資の金融企業にヘッドハンティングされて、いまではちょっとした成金ね。こんなクルマ買っちゃうくらいだから」

「へぇ?・・・よくわかんないけど、すごいですね」

「ぜんぜん。クソ真面目で堅いだけだったから、お金でしかモノの価値が計れないの。人生の楽しみなんてわかってないし、最近は海外にばっかり行ってて家にいないし・・・」

「それ」

「えっ?」

「クソ真面目って昨日も聞きましたけど、岸本にどんな関係が・・・」

「これから話すけど、お願いがあるの」

「三つまでなら叶えてあげます」

 充が言うと香苗は吹き出した。

「十八番取られちゃったわね」

 そう言って笑う香苗の胸元はさらに開いて目のやり場に困るほどだった。そこばかり見ているのがバレたらマズイ。けど、充は香苗がいっそう近しいものになったと感じていて、視線は向けたままでいる。

「約束して。だれにも話さないって。吉川君のことを信用してるけど、プライベートに関わることだから」

「わかりました」

 充はできるだけ神妙な顔をして答える。

 聞いてみれば、話はそれほど深刻なものとは思えなかった。要約すれば、外資系の企業に移って莫大な契約金であのマンションを買い、贅沢を覚え、家庭を顧みずに家を空けっぱなしにする父親に彩が不信感を募らせ、結果、不仲になってしまったというものだ。

「あの子、父親のせいで男性不信みたいな感じになっちゃったから心配なの」

 香苗はそう結んだ。

 気がつけばマセラティは保土ヶ谷バイパスを抜けて首都高に入っていた。

「それだけ・・・ですか?」

「えっ?」

「岸本は優秀だし、それくらいの事情だったら理解できると思うんだけどなぁ」

「ちょっと海でも見ない?」

 充がそう言うと、香苗は話題をそらした。

「お母さんにお任せします」

 充がそう答えると、香苗は「みなとみらい」のインターチェンジを降りた。

「吉川君・・・鋭いのね・・・」

 マセラティを赤レンガ倉庫の駐車場に駐め、海が見えるベンチに腰を下ろして香苗が言った。

「あの子が男性不信になったのは父親が外で女遊びすることを覚えて、それが私たちにバレちゃったから・・・なの・・以来、男に対する態度が変わった・・・」

 香苗はそう続けると黙り込んでしまった。

「そうだったんだ・・・」

「男がみんなそうだとは思って欲しくないし、あの子に父親みたいな人生を歩んで欲しくないの。性格が似てるのよ。若いときに人生の楽しみを知って欲しい・・・あのまま殻に閉じこもっていると将来が心配で・・・」

 今日、催眠中の彩がおかしくなった理由の一端が見えたような気がした。

「なんとなくだけど、わかりました。お母さんが俺をドライブに連れてったワケ」

「ごめんね。こんな話で」

「いいえ。聞けてよかったです。俺も聞いて欲しいことがあるんですけど」

「なに?」

「カナエお願い!」

 充はキーワードを唱える。香苗は一瞬のうちに無表情になった。

「わたしは誰ですか?」

 充は口調を変えて言う。

「私の心の声」

「そうです。わたしは、あなたの心の声です。いま、吉川君の姿を借りてあなたと話しています。その証拠に、ほら、海がお花畑になりましたよ」

「わあ・・・」

 香苗の顔が輝いた。

「さて、わたしを相手にお話しの続きをしましょう。彩さんが男性不信になった理由はわかりましたが、それだけではないはずです。それに、あなたも辛かった。そうですね」

「はい」

「話すことは放つことです。わたしに話すことで、あなたの心はどんどん軽くなっていきます。あなたは、ご主人が女を作ったときどうしようと思いましたか?」

「そのこと自体にショックはありませんでしたが、名誉を傷つけられた感じがして、ひどく落ち込みました」

「なぜショックじゃなかったのですか?」

「彩ができたくらいから、私たちは夫婦じゃなくなっていたんです。夫は典型的な優等生で、人間的には子供だったんです。私の膨らんだお腹を見て、気持ち悪いといって近づかなくなりました。それ以来、かたちだけの夫婦になりました。だから、それほどショックではなかったんです」

「いわゆるセックスレスですね?」

「はい。もともと夫は淡泊でセックスに執着しない方でしたから」

「不満はなかったのですか?」

「なかったと言えば嘘になりますが、子育てがありましたから」

「浮気はしなかったんですね?」

「はい。カルチャースクールの集まりで、そんなことをしている女性を羨ましく感じることもありましたが、若いころの過ちのことを思い出すと怖かったというのもあります」

「過ち?」

「ちょうど彩の年頃だったと思います。当時、テレクラというのが流行っていて、好奇心とさみしさから電話したことがあったんです」

「テレクラですか・・・」

「はい。お店にいる男の人に電話をしてお話しするとお小遣いがもらえるんです。たいていは出会いを求めている男の人たちでした。いまではインターネットで似たようなものがあるみたいですが・・・」

「なるほど・・・」

「まだ子供だった私は、そこのお客さんの口車に乗せられて処女を失ったんです。死ぬほど後悔しました。だから、彩にはそんな思いをさせたくなかった。人生を楽しむには美しい思い出が必要なんです」

「ちょっと話がそれてきました。わたしが聞いているのは、あなた自信のことです」

 充は香苗の話に驚くと同時に興味が押さえられなくなった。

「それでセックスには執着がなくなったのですか?」

「大学生のときの彼氏とはうまくいってて幸せでした。抱かれるのがうれしかった。でも、満足はできなかったんです」

「どうしてですか?」

「簡単に言うと下手だったんです。一方的に興奮して、すぐに果ててしまって。でも、そんなものかと思っていました。雑誌なんかに書いてあるエッチな話は絵空事か、遠い世界のことだと。でも、もっとやさしくして欲しかった・・・」

「セックスで満足したことがないんですね」

「はい・・・」

 香苗の返事を聞いて充は計画を変えることにした。日曜日に出かけさせるなんて電話でもできるはずだ。それより、目の前にいる香苗に欲望を覚えた。

「その絵空事のような経験をしてみたいと思いませんか?」

「カルチャースクールのお友達に出会いの場があるって聞いて・・・そういうところに誘われたこともあります・・・でも・・・昔のことを思い出して怖かったんです・・・」

「一歩が踏み出せなかった。そうですね?」

「はい」

「では、夢の中での経験ならどうでしょう?」

「夢の中・・・?」

「たとえば今です。わたしは吉川君の姿を借りてあなたの前にいます。あなたが練習台になるといって吉川君にセックスを教えるという筋書きはどうでしょう? あるいは、行きずりの男を演じてもらって身体を与えるとか、夢の中なら、あなたの好きなカタチで経験ができます。素敵だと思いませんか?」

「そんなインモラルなこと・・・」

「インモラルはセックスのスパイスです。夢の中ならなんでもできます。夢の中で淫らなあなたを解放することで現実世界での不満も解消されます。なんなら大学時代の彼氏に姿を変えてもいいですよ。そのときの不満を、いま解消してみませんか?」

「ほんとに解消できるでしょうか?」

「もちろんです。わたしはあなたの心の声、つまり、あなたの分身でもあるんですから安心して身をゆだねてください」

「私・・・解放・・・されたい・・・」

 そう言う香苗の瞳は潤んでいた。

「それでは決まりですね。わたしの姿はどうしますか?」

 もし学生時代の彼氏と言われれば、そういうふうに暗示をかけるつもりだった。

「あの・・・そのままでお願いします。娘の彼氏に教えてあげるって、昔、なにかで見た映画みたいで・・・夢の中なら許されるんですよね?」

「もちろんです。では、吉川君をクルマに乗せてラブホテルに連れて行くという設定にしましょう。わたしが三つ数えると、わたしは心の声ではなく吉川君になります。思い切り誘惑してあげましょう。いいですね?」

 一度、ラブホテルを経験したいと思ってた矢先だから渡りに船だった。

「はい」

 香苗の顔は期待で輝いて見えた。

「では、ひとつ、ふたつ、みっつ」

 アクセントを強くした「みっつ」のところで香苗は少し震えたように見えた。

 そして充を見つめる。

「吉川君」

「はい」

「まだ彩とチューしてないのよね?」

 いつもの、充が知っている香苗の口調だった。

「はい・・・」

「男には押しが必要なときがあるって言ったでしょ」

「はい」

「なら、どうして押せないのかしら?」

「いざとなると勇気が出なくて・・・」

「初めてで勇気が出ない。そうなのね?」

「はい」

 こんなにうまく行くものかと思いながら充は気の弱い童貞少年を演ずることにした。

「せっかく彼氏ができかけたのに、これじゃ逃げられちゃうわよ。私が教えてあげるからついてらっしゃい」

「はい」

 こうして二人はマセラティに乗り込んだ。途中、香苗は制服のままだと目立つと言い出し、ショッピングビルに寄ってブランドもののシャツとズボンを充に買い与えて着替えさせた。

 そして香苗は第三京浜の港北インターで降りてすぐのラブホテルに入った。

「まずはキスからよ」

 部屋に入ると香苗は振り向いて言った。

「どうしたの? 遠慮ばかりしてる男の子は嫌われるわよ」

 躊躇する振りをしている充に、香苗は妖しい微笑みを投げかける。

「ほんとに・・・いいんですか・・・」

 ちょっと怯えた感じで充は言った。

「もちろん」

 不安そうに見える充の目を香苗はしっかりと見ながらいう。

「ありがとうございます。うれしいです・・・だったら・・・香苗さんって呼んでもいいですか?」

 充はそう言って香苗の肩をつかんで引き寄せた。

「ええ。その方がうれしいわ」

 さん付けすればキーワードである「カナエ」と差別化できるし、お母さんと呼ぶのは興醒めだ。

 充は決意を込めたように一回目を閉じて、次の瞬間にはカナエを抱きしめて唇を重ねた。首すじから漂ってくるオーデコロンの香りに大人の女を感じて昂ぶる。そして、いままで覚えた技で香苗を翻弄してやろうと思うとゾクゾクするような興奮を覚えた。

 充の舌は長く、サクランボの枝を口の中で結べるほど器用だ。その舌を香苗の口へ差し込んで歯茎をなぞると、香苗は身体を押しつけてきた。

 背中に手をまわして引き寄せ、胸に当たるブラジャー越しのばすとの弾力を楽しみながら舌を絡める。

 ビクンと香苗が震えた。

 しばらく舌を絡め合っていると、香苗の身体の力が抜けた。

「いいんですね?」

 こんどは充が香苗の目を見て言う。

 香苗はうなずくのがやっとの様子だ。

 充は香苗の身体を支えてベッドに座らせる。そしてブラウスのボタンを外しはじめた。

「すごく・・・きれいです・・・」

 お世辞抜きで、ホテルの間接照明に照らされる香苗の肌は美しかった。

 ボタンを外し終えると、香苗をベッドに横たえてセミロングのスカートのホックを外して抜き取るように脱がす。

「いいのよ。吉川君の好きにして。ぜんぶ教えてあげる」

「ありがとうございます。感激です」

 そう言う香苗は自分の言葉に酔っているように見えた。あるいはキスだけで蕩けてしまった言い訳かもしれなかったが、充は謙虚な姿勢を崩さない。

「これが女の身体よ」

 香苗はブラジャーのフロントホックを外す。年齢を感じさせない張りのあるバストが露わになる。乳首は彩のものと比べて色が濃いが、全体の形はよく似ている。

「すごい。もっと見せてください」

「いいわよ」

 香苗は腕にまとわりついているブラジャーとブラウスを取り去ると、手をヒップにまわして果物の皮を剥くように肌色のストッキングを脱ぎ、同時にブラジャーとコンビのショーツも脱いでしまった。

 夢の中だという意識が香苗をここまで大胆にしているのだと充は思った。

 生まれたままの姿になった香苗の肢体からなにかが薫ってくるような気がした。熟しているから熟女っていうんだなどと充はくだらないことを考えながら目が離せない。蠱惑的なのに、なにか安心できる。そんな感じがした。

「そんなに見つめられたら・・・恥ずかしいわ・・・」

「だって、すごくきれいだから・・・」

「そんなの、ずるいわ・・・あなたも脱いでくれなきゃ・・・」

「わかりました」

 充は急いで服を脱いで全裸になった。

「すごい・・・」

 こんどは香苗の目が屹立に釘付けになった。

 ほぼ天井を向く充の屹立は血管が浮いて、湯気が立ち上っているような錯覚を覚えるほどだった。

「逞しいわ・・・」

 香苗は頬ずりをしたい衝動に駆られる。

「ちょっと触っていい?」

「もちろんです」

「こっちへ来て」

 香苗はベッドの端に座って言う。

「あっ・・・香苗さんの手・・・気持ちいいです・・・」

 触られたくらいでイッてしまうほど充は初心ではない。けど、ひんやりとしたしなやかな指が屹立に這う感触に母性のようなものを感じてしまう。

「熱くて・・・太くて・・・すごく硬いのね・・・」

「それ・・・ヤバいです・・・」

 太さを測るように、やんわりと握られる刺激はたまらないものだった。いままで挿れたり舐めさせたりすることばかりを考えていて、相手から自主的に触られるのは初めてだった。そのシチュに萌えてしまう。

 一方、香苗は期待と戸惑いに揺れていた。充の屹立は頬ずりしたいくらい愛おしいのだが、いままでに経験したことがないほど太く逞しいものに、こんなものを挿れられたらどうなってしまうのか不安でもあった。そして、充に組み敷かれることを想像すると秘肉が熱く濡れてくるのを感じていた。

「香苗さん・・・」

「なあに?」

 すでに香苗の声は甘い。

「教えてくれるって言ってましたよね?」

「ええ」

「お願いがあるんです・・・」

「みっつまでなら叶えてあげる」

 香苗は妖しい目で充を見つめながら、いつものジョークで返した。

「もっと見たいんです。そして触りたい。で・・・エッチしたい・・・」

 充にしてみれば手コキでイッてしまうのは不本意だったから、その場を逃れて間が欲しかったから言ったに過ぎない。だが、香苗には燃えさかる情欲に油を注ぐような言葉だった。娘と同い年の充を心底愛おしいと感じて、その願いを叶えてあげたいと思った。

「いいわよ・・・どうすればいいの?」

 香苗は濡れた声で答える。

「まずは・・・立ってみて・・・全身がよく見えるように・・・」

「こう?」

 ベッドサイドのスタンドを点けると、横からの光で香苗の肢体は石膏像のデッサンのような陰影で彩られた。バストの膨らみやウエストのくびれ、張りのあるヒップを際立たせる。

 ヘアーの生え方が彩とそっくりだと思ったとき、充は母娘と関係を持つインモラルさをあらためて実感した。ある種のタブーを破る感覚に興奮が高まる。

「ファッションモデルみたいに、クルッとまわって後ろも見せてください」

「モデルみたいだなんて・・・」

 そう言いながら香苗は指示に従う。

「モデルどころじゃないですよ。香苗さんはテレビに出てる女優さんなんかより、ずっときれいだ・・・」

 香苗の勘違いを正すのではなく、すべてを賛美にもっていく方がいい。女は褒めれば褒めるほど萌える。ここ数日で充が会得した女との対応法だった。それに、そんな言葉が虚しくならないほど、香苗のヒップは熟女らしいたおやかな曲線と量感に包まれていて、ヨーロッパの古典絵画を彷彿とさせるものだった。

「俺・・・ホントに感動しちゃったんです・・・」

 そろそろいいだろうと思った充は後ろを向いたままの香苗に近づいて、その身体を包み込むように抱きしめ、耳元でささやいた。

「はぅっ!」

 香苗は不思議な声をあげてビクンと身体を震わせる。首すじから秘肉へ電流が走ったように感じてしまったのだ。充の言葉にキュンとしてしまっただけでなく、そこが性感帯だったのだと香苗は初めて知った。

「すごい・・・こんなに柔らかいなんて・・・」

 手のひらでバストを包むようにして充は言った。

「あんっ・・・」

 親指で乳首を押さえるように触れると香苗はまたビクンと震える。

 腰に当たる屹立の熱さに香苗は目眩を感じていた。考えてみれば十数年ぶりのセックスだ。その間、自分で慰めたことはあるが指より大きなものを挿れたことがない。経験人数が少ない香苗にとって、あれだけ太くて硬いものが入ってきたらどうなってしまうのか想像ができなかった。

「香苗さん」

「な、なに・・・?」

 まともに返事ができないほど香苗の身体は蕩けきっていた。

「見たいんです。あそこを。だからベッドに寝て・・・」

「いいわ・・・よ・・・」

 年上の威厳を保とうとしても声が震えてしまう。

 充は香苗から離れて掛け布団を剥いだ。

 香苗はぎこちない動作でベッドに座ると、身体を仰向けに横たえた。

 充も後を追うようにベッドに上がり、香苗の足元にひざまずくと足首をつかんで脚を開いた。まだ閉じているスリットのまわりに蜜が溢れて濡れていた。

 充の手が膝に裏にあてがわれ持ち上げられる。そして内股を滑るように移動して秘所の両脇を親指で押し広げられる。秘肉が空気に晒される感触に香苗は戦慄にも似た感覚に襲われた。

「ああ・・・」

 充の視線が刺さるようで、香苗は無意識に呻いてしまう。

「きれいだ・・・」

 どうしても彩と比べてしまう。香苗の秘所は彩よりも色素が濃い感じで、小陰唇もすこし厚めだ。大陰唇のまわりはほぼ無毛で整った性器の形がよくわかる。

 さらに親指に力を込めると膣口がぽっかりと開いた。

 見られている。そう思うだけでジンジンと秘部が疼く。こんな経験はしたことがなかった。まるで夢みたいだと思ったとき、夢の中で淫らな自分を解放すると言った心の声を思い出した。

「よしかわ・・・くん・・・」

「はい」

「そんなに・・・見たいのね・・・」

「すごく神秘的で・・・すみません・・・つい・・・」

「いいのよ・・・見たいだけ見て・・・したいことがあったら・・・なんでも吉川君の好きにして・・・いいの・・・なんでも教えてあげる・・・」

 香苗は自分の言葉に酔った。

「ほんとに?」

「ええ・・・」

「じゃあ指挿れますよ」

「あうっ!」

 言葉と同時に中指が挿入され、香苗は思わず大きく喘いでしまう。それは久しぶりなどという生やさしいものではなく、体中を駆け巡る快感に、指一本で全身を支配されてしまったと思えるほど強烈なものだった。

 香苗の理性が飛んだ。

「ああっ! 気持ちいいの! もっと・・・もっと好きにしてぇっ!」

 香苗の言葉を聞いて、充はクリトリスを口に含んで舌先で転がし、中指を挿送する。蜜と秘肉がクチュクチュと淫猥な音を奏でる。

「うあぁぁぁぁぁっ!!!」

 香苗は絶叫して背中を弓なりに反らした。

「ああっ! そこ! だめ・・・溶け・・・ちゃうぅぅっ!」

 充は、恥骨の裏側にあるザラザラした部分を探り当て、そこを指の腹でこすっていた。浅田杏子に教わった場所だ。

 上目遣いで見ると、香苗は無意識に自分のバストを両手で揉みしだいていた。

「こんなの・・・はじめて! 来る! 来ちゃう!」

 香苗の身体が大きく震えだしたのを見て充は舌先の動きを加速する。

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 大きな叫びと同時に、香苗は全身で跳ねるように痙攣した。

 身体を離しても、まだヒクヒクと痙攣している香苗に充は覆い被さる。

「あああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 洪水のような蜜壺は充の屹立を抵抗なく受け入れた。一気に挿入された香苗は両手でシーツを握りしめ、足の指を鍵型に曲げながら、あらん限りの声で叫んでいた。

「すごい! 香苗さんに包まれてる!」

 充はそう叫んで律動を開始する。

「ああんっ! よしかわ・・・くん! すてきよ・・・奥まで・・・いっぱいに・・・あああっ!」

 蜜壺がギュウギュウと屹立を締めつけてくる。

「こんなに気持ちいいなんて・・・」

「わたしも・・・こんなの・・・ああっ! はじめて! ああっ! ああんっ!」

 律動のたびに突かれる奥の壁のような場所から快感が背骨を伝わって脳髄に達するようだった。もう、何も考えられないと思ったとき、香苗は大きな波に襲われた。

「ああっ! なに・・・これ? だめ・・・だめぇぇぇっ!」

 意識が飛んでしまいそうな快感に香苗は全身が溶けていくような錯覚を覚えていた。

「あんっ! あんっ! あんっ!」

 オーガズムの余韻が収まらないのに充の律動が続いていて、それにシンクロして喘ぎが漏れる。

「こんなに気持ちいいなんて・・・香苗さんは最高です・・・ありがとう・・・」

 半分は童貞少年を演ずる芝居だったが本音だった。

 充は香苗を抱きしめる。もちろん挿送は続けたままだ。

「ああっ! よしかわ・・・くん・・・」

 密着する肌を感じて、香苗は充の背中に手をまわして、しがみつくように抱き返した。

「香苗さん・・・俺・・・もう・・・」

「いいのよ・・・そのまま・・・あんっ・・・出して・・・」

「ほんとに?」

「ええ・・・今日は大丈夫・・・ああっ! また・・・あああっ!」

 充の屹立がさらに膨れあがっていくような感覚に香苗も登り詰めていく。

「香苗さん!」

「ああんっっっっ!!!」

 充が雄叫びと同時に放出すると、香苗も応えるように何度目かの絶頂を迎えていた。

「熱いの・・・溶けるぅぅっ!」

 断続的な奔流を受けて香苗は腰を震わせながら言った。

 出し終えた充も香苗の上に倒れ込んで脱力する。

 半ば意識を失った二人だったが、荒い息をしながらも覚醒したのは充が先だった。

「香苗さん・・・ありがとう・・・俺・・・感激しちゃいました・・・」

 充は上半身を起こして言う。

「死んじゃうかと思った・・・」

 まだ、ときおり身体を震わせながら香苗が答える。

 うっすらとかいた汗で額にへばりつく髪、上気したままの頬、遠くを見るような眼、そのすべてが大人の色気だと充は思った。

「ごめんね・・・こんなオバサンが初めての相手で・・・」

「とんでもない。俺・・・マジで感動したんです。宝物みたいな思い出になりました。一生大事にします」

 もちろん香苗の初体験を意識して言葉を選んだ。しかし香苗とのセックスに感動したのは事実だった。誘導の結果とはいえ、やさしく包まれるような感じに、充は夢中になって腰を振り、抱きしめ、香苗の感触を楽しんだ。

 充の言葉に、このまま溺れて一緒にいたいと思う反面、母性のせいなのか、それとも年上の女としての自覚からなのか、早く家に帰してあげないといけないと思う香苗だった。

「吉川君・・・時間、大丈夫?」

 夢だから、こんなこと気にしなくていいのにと思いながら香苗は言う。

「俺は平気ですけど・・・その・・・岸本帰る前に・・・」

 賢者タイムになった充は今後のためにも早めに帰った方がいいと思って、そう言った。

「そうね・・・」

 彩のことを言われて、香苗は立ち上がる。時計を見ると9時すこし前だった。塾の終わり時間は10時。家に帰ってくるのは10時半くらいだ。急げば間に合うという意識が香苗を覚醒させた。

「私・・・ちょっとだけシャワーを浴びてくる・・・吉川君は?」

 彩にことを考えると、できるだけ痕跡を消したかった。

「あ・・・俺・・・いいっス・・・なんか、洗い流すのもったいなくて・・・」

 残念そうに言う充を愛おしく思いながら香苗はバスルームに消えた。

「ほんとにここでいいの?」

 家族に見られたら恥ずかしいという理由で、充は香苗に頼んで、自宅を100メートルほど通り過ぎた路上にマセラティを停めてもらったのだ。

「カナエお願い」

 香苗がパーキングブレーキをかけたタイミングで充はキーワードを唱えた。

 香苗の目から光が失せ、車内の空気が変わったように感じた。

「カナエ」

「はい・・・」

「素敵な夢を見ましたね」

「はい」

 返事をする香苗の表情は乙女のようだ。

「あなたは吉川君と話をしながら夢を見ていました。夢の中では道徳も常識もありません。あなたは自由です。これからも、あなたが望めばいつでも素敵な夢を見られます。望めば・・・ですが・・・」

「ほんとに・・・いつでも?」

「もちろんです。ここは、あなたの心の中ですから。わかりますね?」

「はい」

「実際には、吉川君とドライブに行って、お茶をしながら彩さんのこと、家族のことを話していました。そのとき、あなたの不注意でお茶をこぼして吉川君の服を汚してしまったので服を買ってあげたんです」

 催眠中に香苗がクレジットカードを使ってしまったので、そのための言い訳だった。

「吉川君は、この服をとても気に入っています。それは、あなたのよろこびでもあり、夢の世界がどんどん膨らんでしまいました。でも、今日の夢は終わりです。忘れなくてもいいですが、それは夢のお話しです。いいですね?」

「はい」

「さて、あなたは吉川君の家のそばにいます・・・カナエは戻る」

 充は最後のキーワードを強く言った。

「お母さん、今日はお世話になりました。服まで買ってもらっちゃって」

「気にしないで。私が悪いんだもの」

「でも、ちょっと得しちゃった気持ちで・・・その・・・うれしいです」

 充が笑って言うと、香苗も笑顔を返してくる。

「じゃあ、遅くなっちゃうと悪いから・・・岸本にもよろしく伝えてください」

 充はマセラティのドアを開けていった。

「おやすみなさい」

 そう言う香苗の顔はちょっと寂しげだ。

「おやすみなさい」

 充は絵顔で返して歩き出す。

 遠ざかっていくマセラティの官能的な排気音が、香苗のあのときの声のようだと充は思った。

< つづく >

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