放課後の催眠 第十二話

番外、香苗の事情

 たかだか10分ほどの運転が辛かった。ついさっきまで助手席に座っていた充が恋しかった。そして、夢と現実の区別がつかない自分に香苗は戸惑っていた。

 充はラブホテルでの出来事を夢、あるいは妄想として忘れるように指示していない。今までの経験から、いくら忘れさせようと思っても完全な消去はできないのではないかと考えるようになった。たとえば水樹のときは催眠から覚めた後、彼女のように振る舞うようになったし、静香は酒の酔いで催眠時の記憶が甦って現実と一緒になってしまった。ならば夢は夢として記憶を消さなかったらどうなるのか実験のつもりでそうしてみた。その結果がどうなるか深い考えがあってやったわけではない。ただ、後日聞き出すのが楽しみだっただけだ。

 香苗は家に帰ると常備菜で夕食の準備を整えた。なにかしてないと心のモヤモヤに支配されてしまいそうだった。

「ただいま」

 彩が帰ってきて救われたような気持ちになる香苗だった。

「ねえ」

「なに?」

 黙々と夕食を食べる彩に香苗は声をかけた。

「吉川君のこと教えて」

「教えるってなにを?」

「たとえば、どんなきっかけで付き合うようになったのかとか」

「そんな・・・まだ付き合ってるとかじゃ・・・」

「だってデートしたんでしょ」

「吉川君に言われた」

「なんて?」

「言葉の意味をあんまり狭く考えない方がいいって」

「でも、前よりずっと親しくはなったでしょ? お互いの気持ちを確かめる。デートってそういうものじゃない?」

「う・・・ん・・・」

 屁理屈で返してもやりこめられてしまい、彩はうつむいてしまう。

「急に親しくなったのは、なにがきっかけだったの?」

「えっと・・・吉川君がエッチなDVD持ってて、それを取り上げたの」

「なにそれ?」

「そしたらシナリオの資料だから返せって言われて・・・」

「うん」

「部室に行ってシナリオ読ませてもらったの」

「そのシナリオに感動しちゃったってわけ?」

「うん・・・なんていうか・・・自由でいいなって思った」

「彩に足りないものが、吉川君にはあったのね」

「えっ?」

 彩は顔を上げて香苗の顔を見た。

「吉川君っていい子じゃない。お母さんは気に入っちゃった。彩と足して二で割るとちょうどいいかもって思ったのよ」

「ふーん・・・」

 彩はちょっと機嫌が悪そうだ。

「嫌いなの?」

「そうじゃなくて」

 彩の目がつり上がる。照れ隠しに怒っているのがかわいかった。

「吉川君は彩のこと好きなのに」

 彩の反応を楽しむように香苗が言う。

「えっ・・・」

「こないだ家に送って行くとき言っちゃったの。本気で好きなら応援するって。そしたら好きだって言ってたわよ。彩も、そろそろ自分の殻を破ったら?」

 瞬時に彩の顔が赤くなる。その顔を見て、香苗は殻が破れかけているのは自分の方じゃないかと思った。

「お母さんも吉川君だったら彼氏にしたいなぁ・・・」

「なにバカなこと言ってんのよ」

「だって、彩が応えてあげなきゃかわいそうじゃない」

 香苗は自分の気持ちをオブラートに包んで言った。充に会いたいが、今日のような口実はなかなかない。ならば、彩をそそのかせば会える機会が増える。現実で誘惑しようとは思わなかったが、せめて顔が見たい、話がしたかった。

「もう!」

 彩がふくれる。

 これ以上からかったら本気で怒りそうだと思った香苗は食べることに専念する。彩の帰りが遅くなっても一緒に食事をするのが習慣だった。

「先にシャワー浴びちゃうから」

 いつもの役割分担で彩が食器を洗ったのを見届けて香苗は言った。

 何も話さず食事をしたのは失敗だった。充と会っていたときの妄想が止まらないのだ。秘肉が疼き、下着が濡れて気持ち悪かった。

「くうっ!」

 蜜で濡れた秘部をシャワーで洗い流そうとすると全身に電気が走った。

「あああっ!」

 思わず脚を開きシャワーヘッドを秘肉へ向けてしまう。

「吉川君・・・だめっ・・・」

 左手を壁についてヒップを突き出し、シャワーの水流を秘肉へ直接あてるだけで、もうイッてしまいそうだった。

「ああっ! もっと!」

 シャワーヘッドをホルダーにかけ、充に後ろから挿入されることを想像して中指を蜜壺に挿入する。膣内は洪水のようで指一本では足りず薬指を足した。

「上手ね・・・ああっ! そこ・・・ああんっ! だめぇぇっ!」

 夢の中で充がしていたように恥骨の裏側を指の腹でこすると勝手に腰が跳ねるように動いて波が襲ってきた。

「いくっ! いくぅっ!!!」

 秘肉から全身にオーガズムが拡がっていくようだった。

 しかし、一度の絶頂だけでは焦げ付くような疼きが収まらなかった。

 香苗は膣内にある指を鍵型に曲げながら、親指でクリトリスを弄りはじめる。

「もっと! もっと・・・お願い! あぁぁぁぁっ!」

 絶頂して叫ぶ声がシャワーの音より大きくなって、バスルームの外へ聞こえてしまいそうだとふと思ったが、もう、むさぼるように快感を求める身体に逆らえない。

 しかし香苗の心配は杞憂だった。そのころ、彩は彩で、香苗がシャワーを浴びている間は声が聞こえないと思って、いつもより激しく自分を慰めていたからだ。

「もっと・・・もっとよ!」

 感じれば感じるほど充の屹立を思い出してしまう。あの太いもので身体を満たして欲しかった。

 膣内に挿れた二本の指を激しく動かす。三度目の波はそれまでより大きく質が違った。うねりが押し寄せてきたと同時に耐え難い尿意もやってきたのだ。

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 甘く叫ぶと腰が蕩けたようになり、気がつくと失禁していた。

「なに・・・これ・・・でも、気持ちいいかも・・・」

 もしかしたら射精の快感ってこんなものかもしれないと思った。自分の意志とは関係なしに勢いよく放出していく間、秘肉がジンジンと熱く疼いてオーガズムの余韻をいっそうのものにしている。床を流れていく自分のものを眺めながら、香苗は自分が壊れてしまったのだと感じていた。でも、そんな自分が愛おしかった。

 結局、香苗はろくに身体を洗いもせずバスルームでへたり込んでいた。

「どうしちゃったんだろう・・・私・・・」

 つい独り言を漏らしてしまう。いままで押さえ込んでいた性欲が火山の爆発みたいに噴き出してしまったようだ。いままでも漠然とした欲望はあった。それを子育てで紛らわせていたのかもしれない。彩に彼氏ができそうになって、なにかが自分の中で変わったのじゃないかと思った。そして、まだ身体は満たされることを求めていた。

 夢の中でさえ話すのを躊躇う事情が香苗にはあった。彩を身籠もっているとき香苗を避けるようになった夫だが後日談があったのだ。彩が生まれてから、夫は幼児語で香苗に話しかけるようになった。いわゆるエイジプレイを求めるようになったのだ。虫酸が走った。当然、香苗は拒否した。そのときから夫を男としてみることはできなくなっていた。

 セックスレスになり、外で夫が欲望を処理しているのが露見したのは下半身を剃毛しているのを見つけたからだった。理由を問い詰めるとエイジプレイをやってくれるクラブに出入りしてるのだと白状した。それを彩に聞かれてしまったのは誤算だった。

 香苗は自分の男運の悪さを呪った。最初の男はテレクラで、大学時代の彼氏は早漏で自分勝手、たまたま友人に紹介された銀行員を真面目だという理由だけで伴侶に選んだ。すべてが失敗で、熟れた身体だけが残った。いまさら愛人だの彼氏だのは家庭もあるし面倒だけど、せめて一度だけでも夢の中で経験したようなセックスをしてみたかった。人生を楽しみたいと思っているのは自分自身なのだ。それを実現できたら、どんなに素敵なことだろうと思った。

 想いが走馬燈のように駆け巡る。

 ふと、カルチャースクールで女同士のあけすけな会話を思い出す。すぐ果ててしまう夫に不満だったのに、大人のオモチャを使われるようになってから満足できるようになったと話す友だちがいたのだ。そこまで考えたら身体が動くようになった。香苗は寝間着に着替えると、彩の部屋の外から「お母さんは、もう寝るから。おやすみなさい」と声をかけて寝室へ行った。

 香苗はノートパソコンのスイッチを入れ、ためしに「大人のオモチャ」と検索ワードを入れてみた。「女性のための」を謳い文句にしたサイトをクリックしてみる。バイブレーターの使い方や体験談が満載のサイトだった。

 自分と似たような境遇の女性がいないか、つい体験談を読み漁ってしまう。実際のセックスより深い快感が得られると書かれたものもあって、釣り広告だと頭の片隅で思いながら、こんなもので満たされるのなら買ってしまおうと思った。悩むより行動に移すのが香苗の流儀だ。

 香苗はパステル色のバイブレーターとローター、ローションのセットを購入した。夜の注文は翌日の午前に発送するとあるから土曜日には到着するはずだ。

 もしバイブレーターで満足できるなら、それに越したことはない。自分の欲望が危険すぎることは自覚しているのに妄想が止まらないのは身体が満足していないからだと思い込みたい。香苗は土曜が楽しみである反面、まだ充の面影を求めている自分をもてあましていた。

「吉川・・・くん・・・」

 香苗は枕を抱きしめ、充の名を呼びながら眠りに就いた。

< つづく >

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