剣姫編 5(前編)
「くそっ! すっかり遅くなった」
殿下が足早に廊下を歩く。
せっかくこの日の為に用意した豪華な衣服が乱れている。
だが、そんな事を気にする余裕は殿下には無かった。
衝動に任せて次々と侍女を抱いた結果、疲れて寝てしまったのだ。
目覚めると、約束の時間をとっくに過ぎていた。
精魂尽きて寝てしまっていた侍女を叩き起こし、大急ぎで支度を整えさせた。
そして今、愛する王女の部屋を目指していた。
……そこで何が行われているのか、知る由も無かった……
ようやく王女の部屋の扉の前まで着いた。
居住まいを正し、やや乱れた呼吸を整える。
そして手を伸ばし扉を叩く。
王女が自分を待っていると信じて。
「遅くなってごめん。入っていいか?」
そう声を掛けると、中から慌てたような声がした。
「ちょっ! ちょっと待ってください!」
部屋の中から物音が聞こえる。
「ご……ごめんなさ……い。今は……ちょっと」
すまなそうな王女の声。
大事な日に遅れてしまった殿下は、その声を聞いて安堵した。
王女は怒っていなかった。
だが、もう少し殿下が冷静なら気付けた筈だ。
王女の声がおかしい事に。
それは貴婦人然とした、いつもの彼女のものではなかった。
「遅れた事は謝るよ。ごめんな」
そんな言葉を扉越しに聞きながら、王女は気が気ではなかった。
今の今まで王子の男根に奉仕していたのである。
殿下が来る事はわかっていたはずなのに、それを忘れる程のめり込んでいた。
いや、のめり込まされていた。
それ程に王子が与える快感は凄まじかった。
「そんな事は……あぁっ!」
扉に王女の注意が向いた隙に、背後から王子が胸を掴み揉みしだく。
さらに耳元に優しく息を吹きかけた。
ただそれだけで軽く達してしまいそうだった。
王女が狼狽しきった顔で振り返り、無言のまま首を横に振る。
眉根を寄せ抗議の意思を示すが、それは王子に嗜虐心を煽っただけだった。
「どうかしたのか?」
殿下の心配そうな声が聞こえる。
「いえっ! 大丈夫です」
王子の愛撫を受けながら、声が乱れそうになるのを必死で抑える。
「そうか?」
「ですから……ぁあっ……今日は……」
声が上擦り、吐息が漏れてしまう。
愛する人がすぐ側にいるというのに。
殿下は怪しんでいないだろうか?
王女は生きた心地がしなかった。
が、またそれが不思議な興奮を王女にもたらしていた。
「せめて顔を見せてくれないか?」
「えぇっ!? でも……」
見せられる筈が無かった。
裸で、後ろから王子に愛撫されて感じてる自分。
秘部からは王子に幾度と無く注がれた精液が、垂れたままになっている。
酷く淫蕩な姿だった。
もしかして殿下は知っているのだろうか?
つい疑念に捕らわれてしまう。
そんな感情が伝わったのだろうか。
「……部屋に誰かいるのか?」
「えぇっ! そんなっ! 誰もいませんよっ!」
強い調子で言い返す王女に、殿下は怒らせたかと不安になった。
だが実際は違う。
王子が王女の尻を持ち上げると、巨大な男根を秘部に突き入れてきたのだ。
「ひぃっ!」
王女は口を手で覆いながら身を捩り、必死にそれをかわそうとした。
が、王子はそれを許さず、腰を入れて押し込んでいく。
忽ち男根は、王女の秘部の奥深くまで貫いていた。
それは王女に気が狂いそうな快感を与えた。
「お願い……やめて……」
振り返り、小声で訴える。
「王女様を見てたら堪らなくなっちゃった」
王子は小声で無邪気に答えた。
「派手に声を上げなきゃ大丈夫だよ。こういうのも興奮するでしょ?」
ゆっくりと男根を出し入れしながら、意地悪そうに囁いた。
「あぁあぁぁっ……ひっ……あぁ」
何とか声を押し殺す。
一突き一突きで意識が飛びそうになる。
圧倒的な人外の快感に翻弄されるばかりだ。
「あの……疑って……ごめん……」
扉の向こうから殿下の謝罪の声がする。
その声を聞くまで、王女は殿下の存在を忘れていた。
その事実に王女は愕然とした。
が、それもすぐに快感に押し流される。
「それともここで僕達の恋人宣言でもする?」
王子の囁く言葉に驚いて振り返る。
「この姿を見せれば納得してくれるよ」
冗談とも本気とも取れる表情で王子が言う。
「やっ……やめて……」
王女は慌てて否定した。
その言葉を聞き、王子の瞳が悲しげに曇る。
「ええと……今日は戻るよ。すまなかった」
殿下が立ち去ろうとする気配がした。
「私は怒ってませんから。気にしないで下さい」
王女が振り絞るように殿下に言う。
そして、殿下が去ってくれて安堵していた。
果たしてその安堵は何に対してのものなのか。
王女自身にも分からなかった。
「ひっ……ひどいわ。殿下に知られたらどうすればいいの?」
自分を貫いたままの王子に形だけの不満をぶつける。
怒りと快感で赤く上気した顔は、痺れる程悩ましかった。
それを見て王子も興奮が増す。
「まさか婚約者が弟と交わっているなんで、誰も思わないよ」
「で、でも、声が途中おかしかったし……変に思われたはずよ……」
王女が恥ずかしそうに顔を伏せる。
が、王子が腰を強く動かすと、たちまち声を上げた。
「あぁぁああぁああっ!」
「大丈夫だよ。それに、すっかり興奮してるじゃない」
その通り、王女の秘部は蕩けきっていた。
「いやっ! どうしてっ……こんなにぃぃ……感じるのっ!」
別の男に貫かれたまま、愛する人と会話する。
この背徳的な行為が王女を昂らせていた。
それだけではない。
度重なる人外との交わりで、王女の体にも変化が現れていた。
そうで無ければ、たった一晩でこの様になる筈も無かった。
王女はすっかり快楽に酔わされていた。
(あぁ……殿下……申し訳……ございません……)
心の中で懺悔するも、その姿は淫蕩な雌そのものだった。
「さ、もっと気持ちよくなろうね」
王子の無邪気な笑顔に、どこか焦点の合わない瞳で頷くだけだった。
「……どういう事だ?」
殿下は悩んでいた。
あの晩以来、王女が自分を避けているような気がするのだ。
2人とも立場があり、なかなかに忙しい身の上である。
数日間会えない事も不思議ではない。
だが、これまでは度々彼女から会いに来てくれた。
顔を見せる程度の事もあったが、それでも会いに来てくれたのだ。
それが今では全く無い。
勿論王女が忙しくなっただけかも知れない。
だが、拭い様の無い不安がどうしても消えなかった。
悶々としていると、扉を叩く音がした。
王女かと思い、慌てて扉に駆け寄り開く。
そこにいたのは、王女は王女でも殿下の最も見たくない人物だった。
「……兄上」
剣姫が静かに立っている。
「……なんだ、貴様か」
落胆を隠そうともせず、机に戻る。
「何の用だ」
追い返そうと強い口調で言ったのだが、姫は全く意に介さなかった。
「頼まれていた資料を御持ちしました」
そう言って歩み寄り、机に書類を置いた。
確かに依頼した物ではあったが、この姫になど頼む筈が無い。
恐らく殿下を恐れた誰かが姫に託したのだろう。
「……そうか、御苦労だった。下がっていいぞ」
「いえ、幾つか説明が必要な所があります」
姫はそう言うと説明を始めた。
美しく、聞く者を魅了するかのような声だ。
姫に掛かればただの事務的な説明も、まるで吟遊詩人の詩のようだった。
それを殿下は苦々しく聞いていた。
何故自分とこいつはここまで違うのだろう。
しかもこいつには半分下賎な血が混じっていると言うのに!
何時しか殿下は恨みの篭った目で姫を睨んでいた。
その目を正面から受け止めながら、姫は淡々と説明を続ける。
こいつは俺など問題にしていないのか?
玉座に座る為の障害にすらならぬ、と。
劣等感に押し潰されそうになる。
――その時、1つの事に気が付いた。
確かに姫は自分を問題にはしていない。
では、玉座はどうなのだ?
民衆から絶大な支持を誇る剣姫を王に、と言う動きは以前からあった。
武力による反逆さえ、1度や2度ではない。
しかしそれらを抑え、鎮めてきたのは他でもないこの剣姫なのだ。
擁立しようという対象が相手では、反乱も長続きする訳が無い。
剣姫が何を考えているのか、全く分からなかった。
「……以上です」
ハッとして顔を上げると、姫の報告が終わっていた。
「何か質問はありますか?」
そう言われても、考えに没頭していた殿下に答え様がない。
「……では、私はこれで」
無言を回答と受け取った姫は、踵を返すと扉へと向かった。
「待て!」
反射的に殿下は姫を呼び止めていた。
「いや……ちょっと……だな……」
聞きたい事はある。
だが、考えが纏まらず、上手く言葉に出来ない。
仕方なく、思ったままを言った。
「お前は王になりたいか?」
それを聞き、姫の目が一瞬大きく見開かれた。
が、すぐに元の表情に戻ると静かに言った。
「私が最も王に相応しいのならば、そうします」
あっさりと言い切った。
どこか自信も感じられる。
「……ほぅ、まるで何時でも王になれるかのような口振りだな」
殿下の声に苛立ちが混じる。
自分は王になる為に必死になって頑張っている。
だが、目の前にいる姫は、まるで簡単な事のように語る。
それが許せない。
「それならさっさと王になればいいだろう?」
挑発するかのように言った。
「皆から大人気の剣姫様なら、皆も喜ぶさ」
殿下は姫を睨みつけていた。
が、姫はまるで動じていない。
しばらく殿下の視線を受け止めると答えた。
「いいえ」
そして真っ直ぐに殿下の目を見て言った。
「今、王に最も相応しい人物は私ではありません」
「何?」
予想外の答えだった。
殿下は混乱した。
この完璧な姫以上に王に相応しい人物?
そんなヤツがいるのか?
姫はまだ自分を見詰めている。
――まさか!
「……俺……か?」
姫は何も答えない。
しかし、その瞳が何よりも雄弁にそれを語っていた。
「……では、失礼します」
そう言うと一礼し、退室していった。
その礼は仕えるべき王に捧げる、最敬礼だった。
< つづく >