とある王国の悲劇 剣姫編5 中編

剣姫編 5(中編)

 城下町の外れに戦没者慰霊碑がある。
 1人の初老の男が慰霊碑の前で黙祷を捧げていた。
 それは剣姫に付き従う古強者だった。
 男は黙祷しながら自らの半生を振り返っていた。
 もともと男は城の人間では無く、剣に生きる冒険者だった。
 腕は確かで、対人戦では負けを知らなかった。
 ――自分は最強では無いか?
 そんな身の程知らずな考えに至ったとしても、若さ故仕方が無かっただろう。
 そんな時、冒険者が剣1つで王位に就いたという噂話が広まった。
 男はそれを聞いて居ても立ってもいられなくなった。
 ――そいつは自分より強いのか?
 剣で王になるくらいだ、弱い筈が無い。
 冒険者仲間に別れを告げると、一路その国を目指した。
 その国に着くと、丁度いい事に武闘大会が行われていた。
 しかも王が見ている。
 これは好機だと見た男は会場に乱入し、優勝者を打ち倒した。
 通常ならここで衛兵に取り押さえられそうなものだが、王が止めさせた。
 さらに見事な剣技に褒美を取らそうと言い出したのだ。
 それは男の期待通りだった。
 男は王との一騎打ちを望んだ。
 王は笑い、負けたら命を差し出せと言ったが、男はそれを了解した。
 もとより生きて帰れるとは思っていない。
 ただ、一番強い剣士である事を示せれば、死んでもいいと思っていた。
 しかし、命を賭けた覚悟で望んだ一騎打ちは、喜劇のようにあっさり終わる。
 ――たった一太刀。
 それだけで男の剣は弾き飛ばされ、王の剣が男の首筋に突き付けられた。
 男は敗北を認め、死を覚悟した。
 だが、王は男を殺さなかった。
 それどころか、城の兵として取り立てたのである。
 王にとってはただの余興だったのかも知れない。
 生き恥を晒す事になるが、男はそれに従った。
 それが敗者の義務だと思ったからだ。
 もともとの実力もあり、すぐに軍で頭角を現していった。
 外の生まれ故に騎士にはなれなかったが、戦場では実力が物を言う。
 男は実質的な将軍として、国の為に戦った。
 やがて平穏な時代になった。
 戦が無くなると、軍の中に下賎な者の居場所は無かった。
 城の衛兵が精々だった。
 そんな時、王から召集が掛かった。
 何の用かと出向いてみると、そこで意外な申し出を受けた。
 この度生まれた王女を育てろと言うのだ。
 勿論男は困惑した。
 だが王命である。従うしかない。
 それからは大変な日々だった。
 子育てとは、どの戦より難しかった。
 しかし、男は見事に育て上げた。
 ……やや女性らしさには欠けるかも知れないが。
 
「爺」
 男に声がかかる。
 回想中だった男は気配に気付かなかった。
「これは姫様」
 向き直り、一礼する。
「爺も墓参りか?」 
 そう言うと剣姫も慰霊碑に向き直り、黙祷を捧げる。
「しかし爺とは、懐かしい呼び名ですな」
「すまんな。何故か昔を思い出していた」
 姫が懐かしそうな表情を浮かべながら言う。
「いえ、構いません。寧ろ、嬉しく思います」
 そう言いながら、娘同然の姫を見詰める。
 最近は色気が増してきたように感じられた。
 姫も年頃である。
 恋でもしているのだろうか。
 男は姫の成長を喜び、また親代わりとして少し寂しくもあった。
「そろそろ動きがあるかも知れない。その時は頼む」
 姫が言った。
「わかりました」
 男も応じた。
 が、姫の横に並ぶと声を潜めて尋ねた。
「本当に殿下でよろしいのですか?」
「大丈夫だ」
 姫が真剣な表情で返す。
「兄上が王位に就くのが、今取れる最上の策だ」
「しかし……」
 殿下の素行を知っている者からすれば、姫の意見は信じがたい。
「兄上には枷がある。それを除けば素晴らしい王になれるはずだ」
「……枷とは?」
「1つは私だ。これはもう大丈夫だろう」
 姫はどこか確信めいていた。
「もう1つは父上。これもその内何とかしよう」
 男は黙って聞いていた。
「最後の1つも、もうすぐ外れるはずだ」 
 そう言う姫の顔に男は邪な気を感じてしまい、目を逸らした。
 ――まさか。
 そう思い再び姫に目を向けると、姫が男を見ていた。
 その顔は凛としており、邪な気など感じさせなかった。
「しかし、何があるかわからないものだ。もしもの時は……」
「わかっております。何時でも準備は出来ております」
「すまんな」
 姫は済まなそうに目を伏せた。
「とんでもない。長年の悲願が叶うのです。どこまでもお供いたします」
「ありがとう」
 姫は礼を返した。

「私はいったい、どうしてしまったのでしょう……」
 王女は思い悩んでいた。
 初めて王子に抱かれた誕生日から、すでに一月程経っていた。 
 その間殿下とは一度も会っていない。
 勿論責務が忙しい事もある。
 だが、顔を見せられない程では無い。
 理由は唯1つ。
 毎晩王子に抱かれているからだった。
 その所為で恥ずかしくて殿下の顔も見られない。
 王女としては、このままではいけないと分かっている。
 王子の部屋に行くまでは、もうこの関係を絶とうといつも誓っていた。 
 が、部屋に入り王子に声を聞き、肌に触れられるともうダメだった。
 そのまま済し崩しに抱かれてしまい、王女は激しく乱れた。
 そして自室に戻り、自己嫌悪に陥る。
 そんな事の繰り返しだった。
 今も王子の部屋に向かう途中である。
 心では、今日こそは、と思っている。
 が、肉体は期待しているかの様に熱を帯びていた。
「こんな時間に何処へ行くんだ?」
 急に声が掛かり、王女は飛び上がらんくらいに驚いた。
 そこに立っていたのは殿下だった。
「もう遅いけど、まだ仕事なのか?」
 久々に会った殿下は、どこか眩しく見えた。
 ……何があったのだろうか。
 表情から険が取れ、どこか溌剌とした印象を受ける。
 王女に対しての気後れも感じられない。
 まるで昔に戻った様だった。
「殿下……」
 思わず王女は見惚れてしまっていた。
「……どうした?」
 愛する人にまじまじと見詰められて、殿下も気恥ずかしくなった。
「いえ、何かいい事でもありましたか? 印象が変わりましたよ」
「惚れ直したか?」
「……はい」
 殿下は冗談のつもりで言ったのだが、真顔で返されて言葉に詰まる。
 ここで気の利いた台詞を言える程、殿下は器用では無い。
「……実はな、言われたんだ、妹に」
 殿下は正直に語りだした。
「王に相応しいのは兄上だって」
 王女は驚いた。
「剣姫様がですか?」
 殿下が頷く。
「最初は騙されてるのかと思った。けど、俺を騙す理由が無い」
 それは王女も同意見だった。
 才能や人望等、姫が全てにおいて上回っている。
 殿下を騙した所で、剣姫が得る物等無いだろう。
「そう思ったら、もしかして本気で言ったのかと思ってな」
 そこで自嘲気味に笑った。
「そしたら急に自信が出てきてな。あの妹が俺を認めてるんだってな」
 それは嬉しかった事だろう。
 事実、殿下はあまり褒められた経験が無かった。
 王や剣姫と言った比較対照が常に居たのだ。
 どれだけ良い結果を残そうと
 ――王の息子なら当然だろう
 ――剣姫の兄ならもう少しは出来るはず 
 と言った意見しか貰えなかった。
 しかし、最も優秀なはずの剣姫が殿下を認めた。 
 それは殿下にとって初めての喜びだった。
 すると肩の力が抜け、本来の良さが表れてきたのであろう。
 殿下の良さを一番知っている王女は、それを感じ嬉しく思った。
 そして、快楽に流されるままに抱かれている自分が恥ずかしくなった。
 ――何とかしなければ。
 再び王女に決意が生まれる。
 だが、1人ではまた流されてしまうかも知れない。
 だから……。
「……殿下」
 王女は真っ直ぐ殿下を見た。
「何だ?」
 その様子に何かを感じた殿下も、真剣に見詰め返す。
「すみません、殿下。私に……勇気を下さい」
 そう言うと殿下に寄り添い、目を閉じた。
「もう負けないように……お願いします」
 理由はわからない。
 だが、深い決意を感じた殿下は王女の顎を軽く持ち上げた。
 そして、唇を交わした。
 王子に何度も奪われた激しい接吻では無い。
 軽く触れ合う程度だが、それでも王女は殿下との絆を感じた。
 王女の瞳から涙が溢れた。
 しばらくして、どちらとも無く離れた。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
 その顔は輝いていて、殿下が見た中で一番美しかった。
「理由は聞かない。がんばれよ」
 王女の涙を拭い、殿下もやや赤い笑顔で言う。
「わかりました」
 そう言うと、王女は王子の部屋へと向かった。
 今夜こそは。
 そう心に決めて。 
 
「誰?」 
 扉を叩く音がしたので、王子は声を掛けた。
 こんな時間に訪問してくる人物は1人しかいないと知りながら。
「私です」 
 思った通りの声がした。
 王子はほくそ笑んだ。
「どうぞ、入って」
 扉が開き、王女が入ってくる。
 その時王子は違和感を感じた。 
 王女の様子が違うのだ。
 いつもは気丈に振舞おうとしながらも、どこか怯えた雰囲気だった。
 だが今夜は違う。
 どこか悲壮とも取れる覚悟が感じられる。
「どうしたの? 怖い顔しちゃって。美人が台無しだよ」
 王子はおどけて見せるが、王女は取り合わない。
「王子、お願いがあります」
 やや伏目がちで切り出した。
「もうこんな事は終りにして下さい」
「どうして?」
 王子はあっけらかんとした調子で聞き返す。
「王女様も楽しんでるでしょ?」
 そして無邪気に言う。
「あれだけ喜んでくれてるんだから」
 それを聞き、王女は恥ずかしさから顔を赤らめる。
 思い出すだけで体は疼いてくる。
 王女は自分の唇に指を触れた。
 ――殿下……勇気を下さい。
 先程の接吻の感触を思い出し、疼きを断ち切る。
「そうかも知れません。ですが、もう終りです」
 そうきっぱりと言い切る王女。
 それを王子は意外そうに見た。
「へ~、じゃあ兄上に言っちゃおうかな~」
 意地悪小僧のような調子で言う。
 王女は殿下には知られたく無い筈だ。
 ――だが。
「構いません。寧ろ、私から打ち明けます」
 王子は驚いた。
「そんな事をしたら、兄上が怒るよ?」
「許しては貰えないでしょう」
 王女は悲しそうに言う。
「ですが、今の殿下に黙っている事は出来ません」
 そして王子を真っ直ぐ見た。
「その上で、もう一度殿下に愛を告げるつもりです」
 王子はその気迫に押された。
 その所為か自分を見ても、王女が快楽に流されていない。   
 それは王女に自信を与えた。
「ですから、こんな関係はもう終りです。さようなら」
 そう言って部屋から出ようとする。
「待って」
 その手を掴み、王子が呼び止める。
「わかったよ」
「えっ?」
 意外な言葉に王女が振り返る。
「王女様が本気で僕との関係を止めたいのはわかったよ」
 その顔はどこか楽しんでいるように見えた。
「……でもね、それならここに来るべきじゃなかったね」
 そう言うと王子の雰囲気が変わった。
「あぁぁっ!」
 王子が掴む手から、体が燃えるように熱くなっていく。
 思考が甘く蕩けそうになる。
「ここに来ないで、兄上に全部喋っちゃえば良かったんだよ」
 言いながら衣服をはだけ、男根を露出させた。
 王女はそれから目を離せなくなる。
 それから与えられた快感を思い出し、秘部が甘く疼く。
「でも王女様はここに来た。どうしてかわかる?」
 王女は答える所では無い。
 すでに体は熱く火照り、秘部は潤い、足を伝って滴っていた。
「心はともかく、体は僕を求めてるんだよ」
 王子は無邪気に笑った。
「で……殿下……ああっ! ひぃっ!」
 殿下との口付けを思い出し、必死で快感を断ち切ろうとする。
 そんな王女の心を裏切るように、体は王子の前に跪いた。
 そして、王子の男根に手を伸ばす。
「ひっ! いやっ! いやぁぁぁっ!」
 王女が悲鳴を上げる。
 が、体は止まらず、愛しげに男根に触れた。
 男根の熱さに、王女の心も沸騰しそうになる。
「あぁ……あ……だめっ!」
 王女は何とか耐えた。
 しかし体はそれを咥えようと顔を近付けていく。
 快楽に流される体が恨めしかった。
 必死に抵抗する王女を、王子は楽しげに眺めていた。
「ほらね。僕は何もしてないよ」
 確かに王子は動いていない。
 だが、その体から発する何かが、王女を狂わせているのは確実だった。
「殿下……殿下……」 
 繰り返し呟く。
 それも徐々に弱くなっていく。
「ほら、我慢しなくていいよ」
 王子が促す。
「殿下……でんかぁ……」
 とうとう王女の唇が王子の男根に触れた。
 その瞬間、王女は殿下の唇の感触を忘れていた。
「あ……でん……かぁぁぁ……」
 呼びながら男根に奉仕を始める王女。
 呼んではいるが、もうその頭に殿下の姿は無かった。
 王子が勝ち誇ったように笑った。 

< つづく >

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