【実習9日目 被験者:高瀬文乃ちゃん(生徒)&寺島知美先生(教諭)】
「――9、しっかり目が覚める。10! おはよう!」
少し大きい声を出しながら、牧野さんの肩を大きく揺らす。
もう何度か回数をやっているので、堕とすのも起こすのもだんだん慣れてきた。
今回はただのリラックス暗示のみ。シンプルに堕として起こすだけのものだ。
「んー……おはよう。いっつもありがとね」
「いやいや、これくらいは」
こちらも貴女から教えてもらったおかげでイロイロできてるんだし。
「私も何かお礼ができればいいんだけどね」
「そんなん気にしないでいいよ」
もうお礼は十分貰ってるし。
しかし牧野さんからそう言ってくれるのなら……
「うーん……」
ちょっとお言葉に甘えて働いて貰おうかな。
「ん? どうかし――」
「また深い催眠の世界に堕ちていく」
「――た……ぁ……」
牧野さんの肩をまた大きく揺らして、少し言葉を囁くだけでまた落ちていく。
そのまま一気に催眠状態にした後、
「貴女はこのとても気持ちいい催眠状態を他の人にも知ってほしい。だから貴女も他の人に催眠をやってみたくなる。この気持ちいい世界を知ってもらえたら相手も幸せで貴女も幸せ。だから機会があれば貴女もやってみよう」
俺だけで範囲を広げるより、彼女にも手伝ってもらった方が効率がいい。
それに、催眠は相手に対する一定以上の信頼が必要になる。高すぎる必要はないけど、疑われてると厳しくなる。
女性に対して俺みたいな男性が「催眠」という単語を使うより、同性である女性がやった方が成功確率は上がる。
牧野さんがお礼をしたいと言うのなら、少し手伝って貰おう。
暗示だけ刷り込んで、さっきと同じように起こす。
「まぁ、お礼なんて気にしないで。そんな大層なモンじゃないからさ」
「そう言って貰えると私も助かるけどね」
実際はお礼してもらう気満々なんだけどね。
催眠がひと段落したら、本来やらなきゃいけないことに移るとしよう。
準備室の扉を開けて外に出る。
「お、どこか行くの?」
「えっと、ちょっと図書室に」
入れ違いに寺島先生が職員会議から戻ってきた。
もう少し長くやってたら見られていたかと思うと紙一重のタイミングだった。今日はエロいことはやってないとはいえ、余計なことがバレないことに越したことはない。
「寺島先生。日誌の確認をお願いします」
「ん、見せてみ」
牧野さんも催眠に掛かっていた素振りも見せないまま、寺島先生に日誌の確認を求めている。
特に問題はないなと判断して、俺は図書室へ向かう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……おっ、あったあった」
本棚の一番下にお目当ての本を見つける。
手に取ってパラパラとめくって、「これだな」とひとつ頷く。
そして元の位置に戻して、ふぅ、と息を吐く。
「こんなに狭かったっけ、図書室って」
大学4年ともなれば、卒論で大学図書館に嫌というほどお世話になる。その大学図書館の大きさに慣れてしまったからか、この図書室が不思議と狭く感じられた。
「目的の本もあったし、あとは家で書けばいいかな」
図書室に来た理由は、司書さんから図書だよりへの寄稿のお願いがあったからだ。
『教育実習生の推薦図書』という企画で、オススメの本を一冊と一言コメントをお願いされた。
お勧めしたい本はいくつかあるけれど、せっかくなら図書室にある本の方がいいだろう。そういうわけで蔵書の有無だけを確認しにきていた。
用はそれだけで、教科準備室に戻ろうとしたとき、
「おっと」
「ぁ……っ」
本棚の角で生徒とぶつかりかけた。
「ごめん、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫……です……」
やや小柄な女の子。胸の前にはハードカバーの厚い本を抱えていた。
腰を屈めて表紙に目を遣ると、
「……黒魔術?」
「……っ!」
女の子はその本をギュッと強く抱きかかえるように、表紙を隠そうとした。
そしてゆっくりと顔を上げ、俺の顔を認めると、
「……教育実習の先生、ですか……?」
「そう……だけど」
「よかったぁ……」
力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。
何事かと、慌てて俺も膝を付いて声を掛ける。
なぜかとても警戒されているようなので、怯えさせないように、目線を同じ高さにして。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です……」
女の子は本棚に寄りかかりながら、よろよろと立ち上がる。
かなり華奢な子で、あまりに力が入っていないようで見てて少し不安だ。
「えっと……何かあったのかな」
恐る恐る、事情を聞き出そうとする。
「い、いえ。この歳で黒魔術の本を持っているのが他の生徒や先生にバレたかと思って……教育実習の先生なら数週間しかいないから、バレても問題ないと思って……」
また少し俯いたまま、小さな声で喋ってくれる。
「その……黒魔術の本がバレると何か問題があるの?」
「だって恥ずかしいじゃないですか……この歳にもなって黒魔術って。魔術ですよ? 現実的でも科学的でもない、今やゲームや小説の中でしか聞かないような単語ですよ? これがバレたらもう登校できなくなるかと思いました……」
「あー……」
気持ちは分からんでもない。けど、
「でもそこまで恥ずかしがらなくてもいいんじゃないかな。『黒魔術』って呼び方がちょっと子供っぽいだけで、似た儀式や風習は残ってる所も少なくないと思うけど」
大学の基礎科目で受けた民俗・風俗の講義を思い出しながら呟く。
『魔術』なんていうと大袈裟だけど、日本人が神社で悪霊を祓ってもらうことだって大差ないだろう。家を建てる時にやる地鎮祭だって魔術のようなものだ。そう恥ずかしがることでもないはず。
「そうですよね! 別におかしくありませんよね!」
「おぉっ?」
今度は一転、キラキラした目で俺を見上げてくる。
「そうです、おかしくなんてないのです。みんな『魔術』って響きに囚われすぎなんです。だっていろんな宗教の祭祀だって――」
なんかスイッチが入ってしまったっぽい。
こっちの戸惑いを気にせず、怒涛のマシンガントーク。
どうやってなだめようかと考えてると、ふと妙案が思いついた。
「……あの、さ」
「であるから――あ、はい。ごめんなさい、私ひとりで喋っちゃって」
「いや、それはいいんだ。黒魔術とはちょっと違うんだけど、簡単な降霊術の心得があるんだけど――」
「できるんですか!?」
ものすごい尊敬の目線。
「ほんとに、ホントに簡単なやつだけだよ?」
嘘は言ってない……ハズ。
降霊術、というと現代じゃ妙な宗教に繋がりそうだけど、歴史に登場するシャーマンや巫女がやっていたことでもある。その中にはマジックマッシュルームや大麻といったものの効果を借りてトランス状態に入り、自分を神と同化させてお告げをする、と解釈している研究者もいる。誤解を恐れず言うならば、自分を神と思い込ませる、といった面がある。
一番最初に牧野さんが挑戦していた、自己催眠もそれに似ている。トランス状態に入ることで、自分になにかを思い込ませる。今の俺たちで言うならば、『百戦錬磨の先生だ』と思い込んで授業実習への緊張を取り除くといった具合に。だからやってることとしては近いものだ。
だから嘘は言ってないはずだ。少しばかり、すこーしばかり我田引水が過ぎるかもしれないが。
「もしよかったら、少しやってみる?」
「ぜひ! ぜひお願いします!」
超食い気味の返事。
これからやろうとしてることを考えると、この真っすぐさに少し後ろめたくなる。
「わかったから、少し落ち着いてね? 必要以上に昂揚してると上手くいかないから」
「そうなんですか? 分かりました」
ひとまず落ち着かせてから、図書室の中で一番目が届きにくい場所に座らせる。今の図書室は無人だけど、いつ誰が来るかわからない。ついでに管理室や司書室にも誰もいないことを確認する。
「そう言えば君の名前は?」
「高瀬文乃です。よろしくお願いします」
「ありがと。それじゃ椅子に深く座って。軽く目を閉じて」
最初は牧野さんにやったような、オーソドックスな導入。
しばらく続けた後、途中から文乃ちゃん用に調整していく。
肩をつかんで、上半身全体、そして頭をゆっくりと、ぐるぐると回しながら、
「これから、貴女の身体を空っぽにしていきましょう。あなたの身体に霊を降ろすには、霊が入る場所を用意しなくてはなりません。だから、あなたの身体を空っぽにしていきます。ぐるぐる、ぐるぐると回すたびに、あなたの意識が身体から飛び出していく。消えていく。身体が空っぽになっていく。外に飛び出した意識は私が回収しておくので安心してください」
何度も、何度も文乃ちゃんの身体を回す。
文乃ちゃんとしても『自分の身体に霊を降ろす』という目的があるだろうから、それを目的として絡めれば成功しやすいはずだ。
それをしばらく続けてから、
「これであなたの身体はからっぽ。ただの器になりました。そしてからっぽの器を見つけた霊が、あなたを見つけたみたいですよ。ほら、あなたの身体に……いいえ、からっぽの器に入ってくる」
文乃ちゃんの頭をかるく抑えながら、脳天から入ってくるイメージを触覚でも与えながら続ける。
「器のてっぺんから入ってくる。そしてあなたの手と、足と、おなかと、胸と、頭にすっぽり収まる。入ってきたのは、そう、『サキュバス』。女の器にぴったりと収まった。足の先まで、指の先まで、思考の隅々までサキュバスになった。そしてみっつ数えて肩を揺らすと、あなた、そう、サキュバスは完全に器に馴染んで目を覚ます」
これは文乃ちゃんが『サキュバス』というものを知らないとできない暗示。
だけど黒魔術を調べるような子なら、この辺の悪魔については知ってるだろう。
尾崎さんのハープの時とは違って、今回の場合はサキュバスというキャラクターをロールプレイする暗示だ。そのキャラクターの設定について細かく設定することもできるけど、文乃ちゃん自信のサキュバスの認識とズレが生まれると催眠が浅くなるし、最悪解ける可能性がある。細かい設定とかは彼女自信に任せよう。
ただ詳しすぎて、俺が考えるサキュバスとはズレている、かなり神話や伝承寄りのものになる可能性もあるけど、その辺はもうやってみないと分からない。
目的のものじゃなかったときは、失敗したと諦めよう。
「ほら、サキュバスさん、目を覚ますよ。ひとつ、ふたつ、みっつ」
『文乃ちゃん』ではなく『サキュバス』と呼びながら、ぐるん、と一段と大きく肩を揺らす。
文乃ちゃんはしばらく動かず俯いたまま。
また起きてないのかな、と思ってると、ゆっくりと顔を上げて、んー、と大きく伸びをした。
「ひっさしぶりの下界だー。ここは……図書館? いや違うな。学校?」
そして周囲をキョロキョロして、後ろに立っていた俺に気付く。
「貴方がマスター?」
「マスター?」
サキュバス……いや、文乃ちゃんからの質問に思わずオウム返しになる。
「そ、マスター。この女の子を依代にして私を召喚したんでしょ?」
なるほどそういう設定なのか。だと主従関係という認識だったりするのかな。
こうなると彼女の世界観を、その世界を崩さないように少しずつ探っていかなきゃいけない。
「そう。無事に召喚できてホッとしたよ」
「……自分で言うのもなんだけど、サキュバスの召喚難度なんて低い方なのに。お兄さん、いい年してるけど召喚師見習い?」
これはちょっとバカにされたんだろうか。
「だけど……んー、この子なんでこんな窮屈なカッコしてるんだろう」
文乃ちゃんは俺の目の前で堂々と制服のボタンを外し、さらにシャツのボタンを外す。そして中から紫のブラと大きな胸が飛び出してくる。『ぼーん』という擬音が似合いそうなレベルだ。
「おおきっ……」
「せっかくこんな武器があるのにどーしてこうも締め付けるかなぁ」
着痩せ……というか無理矢理押し込めていたんだろうか。
文乃ちゃんの背が小さいのもあって、牧野や尾崎さんよりも大きな胸に思わず釘付けになる。
「今のコってこんな大きくなるの……?」
それを押し込めてたシャツのボタンに一番負担がかかってただろう。いつはじけ飛んでもおかしくないような大きさ。
こんな胸が大きかったのは想定外だったけど、嬉しい誤算。
「さて、じゃぁヤることヤっちゃおうか」
そのまま立ち上がって、今まで自分が座ってた椅子に座るよう手で促してくる。
「やること?」
「あれ? サキュバスを召喚したんだからてっきりセックス目的だと思ったんだけど違うの? それにこんなおっぱいの大きい子を依代にしたんだからてっきりパイズリとかその辺やりたいんだと思ったんだけど」
内心ガッツポーズ。
文乃ちゃんのサキュバスの認識は俺と同じだった。
男にとって都合のいい夢魔。つまり俺のやりたかったことができる。してもらえる。
「いや、それが目的。無事召喚できてホッとしてたから少し忘れてただけ」
俺はズボンとパンツを脱いでから促されるままに椅子に座って足を開く。
文乃ちゃんは嬉しそうに舌なめずりしながら、膝立ちで足の間に。
そして俺のち〇こは彼女の大きな胸に挟まれ、そのままノリノリになってるサキュバス文乃ちゃんのパイズリを堪能する。
比較するのは悪いけど、牧野さんや尾崎さんとはできないプレイ。柔らかくて暖かくて、さらにもちもちしている不思議な感覚に包み込まれる。
それでしごかれるだけでも気持ちいいのに、さっきは黒魔術の本を見ただけでおどおどしていた文乃ちゃんが何人も男を喰った痴女みたいに、上目遣いでにやにやと笑っている。
そのギャップと一緒に、パイズリの快感で思い切り果てた。
その後はお掃除フェラの後は抱き着きながらのセックス。
文乃ちゃんは処女だったみたいだけど、サキュバスになっているからか痛みやらなにからの表情を見せず、それどころか「こんなおっぱい大きい娘の初めてを奪えて幸せだね、マスター」なんて煽ってくる。
サキュバスの彼女は挿れても楽しそうに、俺の反応を眺めながら腰を動かしてたけど、「マスターの名に於いて命ずる。感度10倍になれ」なんてそれっぽく言ったら一気に大きな声で乱れ始めた。
このあたりの指示は彼女に伝わればよいのだろう。そしてこのまま乱れられると誰かに見つかりかねないので、すぐに声を出せないようにしてあげた。
そうしたらもう声も出せず、ただ荒い息遣いだけで腰を動かしてくれる都合のいい性奴隷みたいなものだ。俺がイくタイミングに合わせてか、中に出したのが引き金になったのか、文乃ちゃんの身体が一段と大きく跳ねた。
そして脱力して俺に抱き着くように倒れ掛かってくる。ここまでくればもう大きな声を出されることもないだろう。
「マスターの名に於いて命ずる。喋ってよし」
「あ……あぁ……気持ちよかったぁ……」
彼女の全体重を感じるくらい、脱力してもたれこんで来ている。
いくら心がサキュバスになっていて、セックスに積極的でも、肉体は文乃ちゃんのまま。
お世辞にも体力がある風には見えないから、自分でずっと腰を激しく腰を動かし続けるというのは相応に体力を使っただろう。
合体したままだけど、抱き着かれてる体勢が安定してるのでそのまま催眠状態に堕として、一度サキュバスにはご退場願うことにする。だけど、
「――サキュバスじゃなく、高瀬文乃に戻ります。しかしサキュバスは貴女という器がとても気に入ったようで、貴女の心の奥底に眠り続けます。そして『マスターの名に於いて命ずる。出てこい、サキュバス』という言葉を聞いたり、文字を聞いたりすると、また高瀬文乃の意識は眠り、今と同じようにサキュバスが召喚されます。そして今起きたことも含めて、サキュバスの依代になっているときの記憶は文乃ちゃんは持つことができません」
牧野さんとかと違って、『合図で催眠状態に』ではなく、『合図で特定の暗示』というトリガーを仕掛けておく。
「そして、サキュバスが宿っている文乃ちゃんは、そのことには気付くことはありませんが、不思議と自分の中に魔力が宿っていると感じます。貴女という存在が、魔術、ということが存在するという証になります。もう、『あるかも分からない魔術』ではないのですから、自分が魔術が好きということに自信を持ちましょう」
折角ならこれを活かして、文乃ちゃんのためになることをしてやりたい。
先生(実習生)だから、と堂々と言えればいいんだけど、たぶんこれは俺の罪悪感を薄めるため、罪滅ぼしのためというのが正直なところ。
それに彼女のさっきの受け答え……魔術と祭祀や儀式を関連付けて話せるのなら、軽蔑されることもないだろう。
そのまま、意識だけ眠らせたまま、ポケットティッシュで処理をして、服をちゃんと着せて、また文乃ちゃんを座らせる。
そして目を覚まさせる。
「どうだった? 俺には無事に降りてきたように見えたんだけど」
「えっと……はい。私もよく覚えてないんですけど、自分自身じゃないものになれていた気がします」
自信満々といったサキュバスの喋り方から、また少し弱気な喋り方に戻る。
「だけど……なんでしょう。魔術を体感したからでしょうか。ちょっとだけですけど、自信を持てたというか、魔術を信じていいんだ、と思ったというか」
そしてちゃんと暗示の効果も残っているようだ。
であれば大丈夫だと思うけど、確認のため、
「『マスターの名に於いて命ずる。出てこい、サキュバス』」
「えっ……ぁ……。……んー、何、マスター。さっき出したばっかなのにまたヤりたいの? もしかして絶倫?」
こっちも上手く行ってるかを確認する。大丈夫そうだ。
合図ひとつで自信とヤる気満々のサキュバスの表情と自信なさげで弱気な文乃ちゃんの表情がコロコロ変わるのもまた面白い。
「『マスターの名に於いて命ずる。眠れ、サキュバス』」
戻すときの合図を決めてなかったことに今気づく。でもこんなんで上手く行ったりしないだろうか。
「え……? ぁ……。…………。……あれ、ごめんなさい、私まだちょっとぼーっとしてるみたいで」
ダメもとだったけど、無事に上手く行ったみたいだ。この辺りはまだツメが甘いな。
「あの、先生。Mineの交換してもらうことってできますか? 私のことを理解してくれる人ってあまり出会える気がしないので……でもそういうのってダメなんでしょうか……」
「あー……。……誰にも内緒だよ?」
生徒との連絡先のやり取りは禁止されてるけど、もう今更だろう。それ以上のことやってるわけだし。
文乃ちゃんとMineの交換をしてふと気付く。プロフィール画面が演劇の舞台だった。
「演劇部か何かなの? それとも演劇が好きとか?」
「あ、えっと、一応演劇部所属、です」
なるほど。
サキュバスになったとき、元の文乃ちゃんからは考えられないくらい積極的だったというか、そういう暗示だったとはいえあまりにも別人だったのは、演劇で役に入り込むことに慣れてるというような下地があったおかげもあるんだろう。
次の機会があれば、サキュバス以外の何かをやってもらってもいいかもしれない。……パッと何してもらうか、今は思いつかないけど。
「じゃぁ俺は戻るから。文乃ちゃんの授業を持つことはできないけど、休み時間や放課後は国語科準備室にいると思う。分からないこととかあったら質問に来てもいいからね」
「はい、その時はぜひ」
最後に軽く会釈して別れる。
サキュバス文乃ちゃん。夜になったら文章でサキュバスを召喚できるか試してみよう。
「俺も役に入り込めるともっと手際よくできるんだろうか」
自分がやったことの罪滅ぼしを考えるとか、人としては正しいのかもしれないけど、催眠でやりたい放題やろうとしてる考えには似合わない要素な気がする。
ゲームや同人誌で登場する、催眠アプリでやりたい放題できる男はそれはそれで稀有な才能を持っているのかもしれない。
そういったキャラクターを演じる……までやる時間は今はないけど、その辺にコツとかないか文乃ちゃんに聞いてみようか。
「……でもまずは図書だよりの原稿か」
何のために図書室に来たかを、図書室から出た瞬間に思い出した。
長くなりすぎた蔵書探索を終えて、書き出しを考えながら準備室に戻る階段を上った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
もう日が落ちきるかという時間。実習室に戻ると、
『会議中。生徒の立ち入り禁止』
という張り紙が貼られていた。
「……いや、俺は今は先生だもんな」
入っていけない気になるけど、俺は今は立場上は教諭なんだ。
先生たちからもそう認識されてるハズだし、入っても問題ないだろう。
恐る恐る扉を開けると、中には牧野さんと寺島先生のふたりだけ。
二人横に並んで座ってPC画面を見ているようだ。別に会議中というふうには見えないけど……
扉が開いたことに気づいた牧野さんは驚いたようにこちらを見る。立札があったのに誰かが来たことに驚いたのだろうか。
寺島先生は気にもせず、PCの画面に食いついている。なにか考え事だろうか。
そして片手で人差し指を口に当てて「しーっ」のジェスチャー、もう片手で俺を手招きする。
誘われるままに彼女の方へ向かって、先生が食いついているパソコンの画面に目を向ける。
「……あれ?」
その画面には何も表示されてない。なんなら電源も切れている、ただの真っ暗なディスプレイ。
何してるんだろう、と訝しんでいる俺の耳元で、牧野さんが小声で話しかけてくる。
「寺島先生に催眠を試してみてるの」
「え?」
そう言われて、改めて先生を観察する。
言われてみれば俺が入ってきてからというもの、一言も発せず、微動だにしていない。
いくら集中しているといえ、真後ろに俺が来てもなにも反応をしていないのは不自然だ。
そういえば、ここを出る前に『機会があれば貴女もやってみよう』なんて刷り込んだのを思い出す。
さっそく先生に対して実行に移してくれたようだ。
「ちょっと伊藤くんも協力してくれないかな」
「もちろん。何をすればいい?」
寺島先生を手籠めにするためだ。もちろん協力させてもらおう。
「ちょっと私の腹話術の人形になって欲しいんだ」
「腹話術……え?」
「大丈夫、きっとすぐわかるから。最悪立ってるだけでもいいし。ほら、ちょっとここに立って」
促されるまま、何も把握できないままに牧野さんと立ち位置を代わる。
そして牧野さんはずっと硬直したままの寺島先生の耳元に近づき、一度俺に目配せをしてから、
「私が肩を揺らすと、先生の時間が動き出します。部屋にいるのは先生と私のふたりだけ。でも、隣にいる人が、牧野ではなく伊藤くんの姿に見えてしまいます。でもこの部屋にいるのは牧野と寺島先生の二人だけですから、伊藤くんのハズありません。先生は催眠にかかっているから、そう見えているだけ。隣にいるのは伊藤くんではなく牧野。でもなぜか牧野の姿に見えますよ。そしてほかの人はだーれもいません。ひとつ、ふたつ、みっつ、はいっ!」
首が軽く前後に動くくらいの強さで、先生の肩を揺する。
そして小走りで俺の後ろに隠れるように立つ。
「ん、で、次は何をすればいいんだ? 牧野せんせ……あれ? 伊藤?」
大きく目を見開いて俺を見上げる先生。
俺はどうしたものかと思ってると、
「伊藤くんじゃありませんよ。牧野です」
俺の後ろで牧野さんが答える。
「えっでもどう見ても伊藤先生……いやでも牧野先生の声……あれ?」
「先生、さっきまで何やってたか覚えてます?」
「さっき? んー……催眠術がどうこうって……」
「それです。先生は催眠術にかかってるから、私が伊藤くんに見える幻覚を見てるんですよ。だって声は変わってないですよね?」
「そ、それは確かにそうだけど……いや、でもどこからどう見ても伊藤先生……」
身体を左右に動かして、右から、左からと俺を見上げる寺島先生。恐らく後ろに隠れている牧野さんも目に入っているはずだけどそれには無反応。
まぁ何度見ても、先生の横にいるのは牧野さんではなく俺である。催眠どうこうじゃなく、物理的に俺なのだから。
催眠というのは基本的に思い込みだ。そしていかにそれらを思い込ませるかが勝負になる。
寺島先生の横に立っているのは牧野さんではなく俺。でも寺島先生は『牧野さんなんだけど俺に見えている』という催眠にかかっていると思っている。
こういった思い込み――要は「自分は催眠にかかっている」という思い込みは極めて強力。
さっきの牧野さんの言葉を聞くに、おそらく先生の時間を止めるような暗示を入れていて、その中でタイミングよく俺が帰ってきた。
それを使って、『牧野さんと先生のふたりしかいない空間』『だけど隣に立っているのは伊藤』『でもそんなハズないから催眠にかかっている』と組み立てた。
それに、俺の身体……の方向から牧野さんの声が聞こえてくればより信じやすくなる。牧野さんが言ってた腹話術の人形というのもこのことだろう。
「ストップ!」
牧野さんのその声でまた先生の動きが止まる。
「ありがとね伊藤くん」
そして俺の後ろから出てくる。
本物の牧野さんが出てきても、固まってる先生はなんの反応も示さない。
「で、伊藤くんは何かあったの? それとも用事が終わってもどってきたとこ?」
「そう。図書だより寄稿の依頼あったでしょ? あれで図書室行ってきた」
「あー……なるほどね。もしよかったらなんだけど、3分……いや5分くらいまた外に出て戻ってきてくれるかな。悪い思いはさせないから」
両手を合わせてお願いしてくる。
急ぎで何かする必要もないし、何を考えてるのかわからないけど別にいいだろう。
「わかった。じゃぁ5分後くらいに戻ってくるよ」
また準備室を出て、トイレ行ったり自販機で缶コーヒーを買ったりして時間を潰す。
少し余裕を見て、7、8分してから戻って、改めて扉を開ける。
「あ、来た来た」
何をしてたか知らないけど、どうやら済んだようだ。
今度は寺島先生は固まってるなんてことはない。けどどうやらまた何か仕込まれてるらしい。
俺を認めるやいなや、目を大きく見開いて、ゆっくり立ち上がって、そのままふらふらとこっちに近づいてくる。
その動きに恐怖を感じて少し後ずさる。
牧野さんに助けを求めて視線を飛ばすも、彼女は紙に何かを書いていた。
どうしたらいいかわからず、そのまま壁に追いやられる。先生の身長は俺とそう変わらない。つまり逃げ出せない。
そのまま思い切り壁ドンされて、
「んんっ!?」
キスしてきた。しかも一気に舌を口の中にねじ込んでくる。
そのうえ身体を押し付けてくるものだから、先生の胸の柔らかさも感じてすごいことになっている。
思考はさらに混乱していくうえディープキスの快感でもっと訳分からなくなっていく。
そのまましばらく先生に口の中を犯され続けて、ようやく解放される。
「好き!」
「え?」
先生の最初の言葉がそれだった。
「ずっと好きなの! 大好き!」
もうなにがなんだか分からなくなっていると、先生の後ろで牧野さんがカンペを持って俺になにか指示している。
えーと……「先生の調子に合わせて」?
よくわからないけど……
「お、俺も好きだよ」
「うん! うんっ!」
大きく何度も頷いてから、もう一度キスをする。
さっきは唐突すぎて訳が分からなかったけど、今度は俺も先生の口を堪能させてもらう。
その間も牧野さんが先生の耳元で何か囁いている。
聞き耳を立てれば聞き取れたかもしれないけど、今は先生とのキスの快感に集中させてもらうことにした。
「ねぇ……お願い、セックスしよ? お願いだからぁ……」
潤んだ目でお願いしてきながら、するするとズボンとパンツを脱いでいく。そこにいつものサバサバした先生の姿は全くない。
いつもと全く違う先生とのギャップに興奮を覚えながら、先生には壁に手をついてもらってバックで思いっきり犯す。
あまり大きな声を出されると困るので、先生の口を手で押さえながら何度もピストンする。
先生の鼻息がさらに荒くなって、押さえてる俺の手の平を舐め始めた。
そのまま中に思い切り出すと、先生の身体もピンと伸びる。そしてそのままへなへなとへたり込んだ。
牧野さんは満足そうな笑みで頷いて、お尻を突き出したままへたり込む先生の耳元でなにか囁いてから俺の方へ。
「……で、どんな催眠を?」
キモチイイことできたからもうどうでもいいっちゃいいんだけど、最初のふらふらと近寄ってくる先生の恐怖。あの理由を知りたかった。
「どの順序で話そうかな……えっとね、先生は大学生の頃、好きな男性がいたらしいの」
「うん」
「ずっと好きだったんだけど、告白する勇気も持てなくて、就職と同時に無縁になっちゃったらしくて。でもその人を思い出してオナニーするくらい好きだったらしいの」
「うん」
「さっき幻覚を見せるのをやったじゃない? 今回は本物の幻覚を見せる暗示を入れたの。伊藤くんがその片思いの男性に見えるっていう。数年ぶりに憧れの相手に会う、みたいな感じで」
「だから俺にあれだけ好き好きと」
「そういうこと。あとはちょっと先生の欲求を煽ったりしたけど、それくらい。『この機会を逃したらもう二度と会えないから、やりたいこと全部やっちゃおう』みたいな」
なら最初の反応も、ゆっくり近寄ってきたのも、いきなりのキスも納得がいく。
俺と先生の処理をした後、また先生を催眠状態にしてから椅子に座らせる。
そして今日のことを夢だと思ってもらうことにして、意識を戻す。
「おはようございます、先生」
「あ……あぁ、おはよう。……あれ? ナガイは……?」
ぼんやりした目のまま片思いの相手――ナガイを探してきょろきょろと左右を見渡す。
「夢の中でナガセさんに会えましたか?」
「夢……? あぁ、夢だったのか……そうか……。いやでもいい夢を見たよ。ありがとね、牧野先生」
「いえ、お役に立てたなら光栄です。夢の中のナガイさんと何かしましたか?」
その質問で一気に先生の顔が赤くなる。
「……そ、そうだね、軽くハグしてもらったり……かな。そりゃ好きな人だからね! それくらいしてもいいでしょう!」
顔を赤くしながら、そして弁明しながら答えてくれる。本当はそんな生易しいものじゃないのに。
それを知ってる俺と牧野さんはクスリと笑う。
「ところで、伊藤先生はいつ戻ってきたんだ?」
「さっき先生が寝てる時です。伊藤くんも催眠術のことは知ってるので大丈夫ですよ」
「そう? ならいいんだけど。さすがに男の先生に寝顔を見られるのはちょっと恥ずかしいな……」
それどころじゃないものを見させてもらってるんだけどね。
ちゃんと夢だと思ってることを確認してから、もう一度催眠状態になってもらって、俺と牧野さんが使えるトリガーを仕込ませてもらってから完全に覚醒させる。
正直、寺島先生に催眠をかけたいとは思っていたけど、立場上難しいと思って諦めていた。どういう空間や環境を用意すれば、自然に持っていけるかが思いつかなかった。
でも牧野さんはそれを一瞬でやってくれた。牧野さんを『掛ける側』にしたのは大正解だった。
いろいろな達成感と満足感に包まれながら、今日分の実習日誌の記入にかかる。
俺が書いている目の前で、牧野さんが先生でさらに遊ぶもんだから、なかなか集中できなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜。文乃ちゃんとのMineトーク画面を開いて、
『今日はお世話になりました。実習生の伊藤です』
と送信。彼女の反応を待つ。
10分ほどして、
『こんばんは、高瀬です。どうかしましたか?』
『いきなりで恐縮ですが、少々お時間をいただけますか?』
『大丈夫です』
文乃ちゃんの状況を軽く確認してから、
『マスターの名に於いて命ずる。出てこい、サキュバス』
例のキーワードを打ち込む。
このまま返信がなくなったり、上手く行かずに不信感を抱かれることも考えてたけど、
『なに? マスター』
文乃サキュバスから即レスが返ってきた。
無事成功したみたい。
「……さて」
したかったのはキーワードの確認だけで、それ以上のことは何も考えてなかった。
でもせっかくだし、
『オナニーしたいから、オカズに使える自撮り写真を送って』
ちゃんと行動してくれるかの確認をしてもいいだろう。
既読だけついて3分ほど。
前をはだけたパジャマと上目遣い、そして大きな胸に制汗剤のスプレー缶を挟んだ写真が送られてきた。
「いくらサキュバスって言っても、文乃ちゃん自身にそういった知識がないとこういう発想もできないはずだし……案外そういうのが好きだったりするのかな」
そういった知識ナシに無からこの構図を考えたのならそれはそれで才能の塊だけど。
このままもっと過激な写真や動画も要求できるけど、それはいつでもできる。
それにあともうひとつだけ、確認しておきたいことがあるし。
『写真送るのはいいけど、オナニーばっかして私とセックスできないのは嫌だからね?』
自撮りと一緒に送られてきた文乃サキュバスの返信には『はいはい』とだけ返事を入れて、
『マスターの名に於いて命ずる。眠れ、サキュバス』
もとに戻す。
そして何事もなかったかのように、
『今日は貴女の身体に霊を降ろしたので、不調などがないかの確認をしたいと思いまして』
会話の続きを始める。
この場合、サキュバス状態の時のチャットを文乃ちゃんが認識するのかの確認をしたい。
『特に問題ありません。いつも通りのいい夜です』
と当たり障りのない返信が来る。
文乃サキュバスが自撮り送信後即メッセージ削除とかしてなければ、今の文乃ちゃんのトーク画面には自分自身の過激なエロ自撮りがあるはずだ。にも関わらず返信。
もちろん文章では取り繕ってて、本人は慌ててる可能性もあるけど、返信速度と文章からそういったものは感じられない。
どうやら文乃ちゃんにはサキュバス状態で起こったことが認識できてないらしい。これはとても助かる反応だ。
場合によってはもう一度サキュバスを呼び出して自撮りを彼女のメッセージ欄から消去させる必要もあるかと考えたけど大丈夫みたい。
『ならよかったです。夜分遅く失礼しました』
『心配ありがとうございます。先生もゆっくり休んでくださいね』
軽く締めのチャットを何度か飛ばして、文乃サキュバスの自撮り写真をスマホとパソコンに保存する。
「……手で支えなくても、挟んだだけのスプレー缶が落ちないって凄いよなぁ」
放課後のパイズリの圧を思い出すとそれくらいあったんだろうけど、改めて彼女のおっぱいの凄さを実感する。
早速自撮り写真で自家発電しようかと思ったけど、明日も牧野さんや尾崎さん、文乃ちゃんとやる機会があるかもしれないし、無駄撃ちする必要もないだろう。写真はしっかり保存したし、いつでも使えるし。
「……来週の授業準備、早めに手付けとくか」
少し昂った気分を抑えて気持ちを切り替える。エロもいいけど、実習も疎かにできない。
俺は授業プリントのファイルを開いて、パソコンと向き合った。
<続く>