前編
<日曜夜>
朝比奈家はその日、夕食は早めに軽く済ませて、家族みんなでコンサートに行く予定だった。朝比奈桃花も、母に言われて、よそいきの服に着替えて食卓についていた。父、母、2人の姉。みんなクラシックに親しんでいたので、今日のカルテッドの名演を楽しみにしているようだった。窓の外の景色は昼過ぎには雪が少しだけチラついていたけれど、夕方からは曇りに変わっていた。
「ママ、有楽町ホールだったら、近くに駐車場があるかどうか、桃花が調べてあげよっか。」
「あら、桃花ちゃんに出来るの?」
「ネットですぐよ。美空ちゃんに、使い方、ちょっとだけ教えてもらったもん。」
「ダーメッ。桃花はまだネット触るのは早いって、パパが決めたでしょ。私が調べるよ。」
「・・・柚香お姉ちゃんの意地悪。」
「桃花ちゃん。柚香ちゃんが意地悪してるわけじゃないわよ。みんなでしっかり話し合った後で、パパが決めたおうちのルールでしょ。桃花ちゃんが思うよりも、インターネットの世界って、怖いことが一杯あるのよ。高校生になってからっていう約束。守れるわよね。」
「梨沙お姉ちゃん・・・。はぁい・・。わかりました。柚香お姉ちゃんも、ごめんなさい。」
ピンポーン。ピンポーン。
平和な会話をしている朝比奈家のチャイムを、2回連続でせわしなく押すのは、この家の友人、知人とは思えなかった。日曜の夕方、事前の連絡もなくやってくるお客さんなど、桃花にも想像出来ない。勧誘か、何かの営業か・・・。これまでロッシーニをハミングしていた母、響子が少し表情を曇らせて、リビングのモニターに向かった。
「貴方・・・。この方々・・・、お入り頂いた方が良いのかしら?」
お嬢様育ちの母は、決断を求められる時はいつも、夫の修一郎の判断に頼ってしまう。来年は40になるというのに、こんな時の母の美貌は、少女のように素直であどけない。苦労知らずの出自のせいか、20代後半にも見られる。桃花の姉の1人と間違われることも日常茶飯事だった。
「うーん・・・。難しいなぁ。インターホン越しに突き返すのも、少し気が引けるね。・・・話だけは、聞いてみようか。」
桃花の父、朝比奈修一郎は、母より8歳年上の47歳。日焼けした大柄な体格と口髭を蓄えている、有名な建築事務所の所長。修一郎以外は女だらけという朝比奈家を束ねる、絶対的な家長だった。末っ子の桃花には甘いところも見せる父だが、業界では有名な人らしい。
「何々? ・・・あ・・・、確かに、これは迷うな・・・。」
モニターに駆け寄ったのは、次女の柚香。活発な女子高生は、部活のチアリーディングに青春を捧げる元気女子だ。
「柚香ちゃん・・・。お家でドタバタ走っちゃ駄目でしょ。」
優しくたしなめるのは、夕食の盛り付けを手伝っていた女子大生の長女、梨沙。おっとりとしたお姉様。2人ともタイプは違うけれど、桃花の自慢の姉である。
桃花も、梨沙の様子を伺いながらも、リビングのモニターを見に行く。青白いモニターには、見るからに怪しそうな髭モジャのオジサンと、柚香や桃花くらいの年の男の子、そしてまだ、小学生くらいの女の子が映っていた。オジサン1人だったら、絶対にお引き取り願うような風体なのだが、子供を2人も連れている・・・。もしからしたら、何か宗教の勧誘だろうか? オジサンは鈴を束ねたようなものを手に持って、振り始めている。
「パパ・・・セコム呼んだら?」
柚香が気味悪そうに言うが、母親の響子は、子供もいるのに可哀想だ、と世間知らずのセレブミセスらしい発言をする。父、修一郎も少し困っていた。
「なんにせよ、このまま家の前で鈴を鳴らしてもらっていたのでは、ご近所にも迷惑だから、一度パパが話を聞いてみるよ。・・・お待たせしました、どなたでしょう?」
『朝比奈さんで、いらっしゃいますね。・・・少々こみいったお話がございまして、申し訳ございませんが、面着でお話させて頂けませんでしょうか?』
モニターに映った髭モジャのオジサンは、その外見から予想される通りの、下卑た声と喋り方でニヤついた。この人は両目の焦点が合っていなくて、黒目が外側に寄っている。桃花も柚香同様に、気味の悪い印象を持った。
「ま・・・、一応、一言、二言、話だけ聞いてみよう。子供もいるみたいだし、あまり邪険に扱うのもなんだからな。」
「えー、パパ。キモいよ。帰ってもらったら? 知り合いでもないんでしょ?」
柚香はストレートだった。母、響子はそこまで直接的に態度には出さないものの、それとなく困った表情を夫に向ける。
「大丈夫。パパは学生時代、ポロやヨットで鍛えてたんだから。それに、あまり人を見た目で判断してはいけないからね。・・・なに、いざとなったら、ステファンがいるさ。」
ステファンとは、朝比奈家に飼われているセントバーナード犬のこと。だいぶ老犬になってはいるが、いざという時、頼りになる大型犬だった。父親がボタンを押すと、門のロックが解除される。そこから玄関まで、そこそこ距離があるのだが、修一郎が玄関まで歩くのと、同じくらいの距離だ。豪邸の家長は、末っ子の桃花を安心させるようにポンッと頭に手を置いて、リビングダイニングを後にした。不安そうに母、響子も夫の後を追う。残された三姉妹は、心配そうに視線を交わす。それでも、2人の妹を安心させるように、長女、梨沙は優美な笑みを浮かべた。
「こちらが・・・リビングです。とりあえず、お入りください。」
桃花の予想に反して、父の修一郎は3人の知らない人たちを玄関からリビングまで連れてきてしまった。母、響子も困ったような顔をしながら、何も言わずについてくる。
「え? ・・・お客さん? ・・・今から、コンサートでしょ?」
両親の振る舞いに、直接的に不快感を表す次女の柚香。しかし、ドアからは無遠慮に、3人の『お客さん』が入ってきてしまった。
「えっへっへ。ゴメンなさいね。お嬢さんたち。ちょいとお邪魔することになりました。私たちは野間戸と言います。しばらく、ご厄介になります。」
しばらく? ・・・・柚香が立ち上がるのと同時に、桃花も両親の真意を確かめるような視線を、父と母に送っていた。修一郎と響子は、困ったような作り笑いを見せて、鼻やこめかみを? いている。
「その、野間戸さんのご一家が、今日から1週間。この家に一緒に住むことになったんだよ。」
「み・・・みんな、仲良くしましょうね。」
飲み込めないものを、自分で無理矢理、腹に落とし込もうとしているような、苦しい口調で両親が告げる。何かがおかしい。桃花は両親の様子を怪訝な表情で伺った。いつもは、大切なお客様でも吠えたててしまう、老犬のステファンが、今日に限っては庭で大人しくしているのも、不思議と言えば不思議なことだった。
「はぁ? ・・・なんで、この人たちと、一緒に・・・。ちょっと、パパ、ママ、どういうこと?」
柚香があからさまに不満を口に出す。そしてそれを制するようにして、いつもは大人しい、長女の梨沙が立ち上がった。
「お父さん、お母さん。急にどうなさったの? この方々に脅されていたりするのなら、警察の方に来て頂きましょう。」
いつもは柔和な梨沙だったが、ここは毅然とした態度を見せていた、それでも、両親はその梨沙を、拝み倒すようにして懇願した。
「いや、何も問題ないんだ。とにかく、この人たちと仲良くしよう。ほら、みんなご挨拶して・・・。娘の梨沙と、柚香と、桃花です。大学生、高校生、中学生です。」
父親が家族紹介を始めるので、仕方なく娘たちは立ち上がった。梨沙はペコリと頭を下げる。柚香は強情に、そっぽを向いていた。桃花は迷ったが、小さく頭を下げた。
「こりゃまぁ、ご丁寧に。別嬪さんぞろいのお宅ですな。私は野間戸贋助ともうします。息子の雄人は16歳。娘の藍良は11歳です。お前らも、ご挨拶しろ。」
「雄人。」
「わたし藍良。好物はホットケーキ。」
子供たちも、モニター越しにはあどけない、可愛らしい様子に見えたけれど、近くで見ると不快なほど態度が悪かった。雄人という男の子はあからさまに朝比奈3姉妹の体を、まるで値踏みするように不躾な視線で上から下まで舐めまわしていた。藍良という少女は綺麗な顔立ちをしているが、まるで侍女たちに名乗る王女のような不遜な態度を見せていてた。
「態度悪くて、どうもすみませんねぇ。この子たち、昨日まで2日連続で野宿だったんで、ムクレてるんです。こちらの立派なお宅も、憂さ晴らしみたいに荒らしちゃうかもしれませんが、どうぞご勘弁ください。・・・じゃ、早速ですがお風呂の準備と・・・あと、ワシらの夕食の準備を・・・めいっぱい豪勢なものをお願いします。」
髭モジャのオジサンは、口調こそ丁寧だが、その端々に、失礼な物腰が目立つ。子供の桃花にも、このオジサン一家が朝比奈家のお客様にそぐわないということが充分わかった。
「あの、申し訳ないのですが、お帰り願えませんか? 私たち、これから外出の予定もありまして・・・。」
長女の梨沙が、柔らかい物腰で答える。右手で柚香を制止しているのは、喧嘩になるのを防ぐためだった。
シャリーン。
髭モジャおじさんが鈴の束を鳴らす。神社の境内でお神楽を鑑賞した時に、見たことがあるような楽器・・・。桃花は、そんなことをボンヤリと考えていた。
『申し訳ない、お嬢さん。こちらの家で野間戸家がご厄介になることは、この地を千年以上、護ってきた、土地神様が許したことです。この家の決まり事は1週間だけ、野間戸一家が自由に曲げさせてもらいます。今夜の予定は全部キャンセル。貴方たちは私どもをもてなすことに全身全霊を費やしてくれれば、良いのです。』
気味の悪いオジサンは、鈴の束を両手で持って高く掲げ、驚くほど大きな声を出した。
『アース! この地を治める土地神に再びお頼み申す。雲が日輪を隠す間に、忍びまかり越した野間戸一族の者どもを、古の盟約にのっとり、7つ目の夜のきたるまでこの家の主として招き入れ給え。・・・・アース!』
目を見開いて、ボンヤリと立ち尽くしていたような梨沙が、髭モジャおじさんの話を聞き終えると、少し表情を曇らせながら、首をゆっくり縦に振る。
「わ・・・かり・・ました・・。何もない・・家ですが、ごゆっくり・・・どうぞ。」
桃花は姉の梨沙の言葉に耳を疑ったが、反論しようと思って口を開くところまでいって、止めてしまった。姉の判断が正しいものに思えてきたからだ。
「ちょっと、みんな、おかしいよっ。なんでこんな汚いジジイと、ガキどもの言いなりになってんの? 早く帰ってもらおうよっ。」
三姉妹のなかで一番意志が強い、柚香が重い沈黙を破って啖呵を切った。さすが柚香お姉ちゃん・・・。桃花は次女の威勢の良さを頼もしく感じた。それでも自分では、柚香を応援するような言葉を口に出すことはなぜかためらわれた。
「汚いジジイと、ガキって? ・・・言ってくれるじゃん。お姉ちゃん。」
野間戸雄人と名乗った男の子が、両手を腰に当てて毅然と立つ柚香の前に出た。野間戸家の子供たちは、冬だというのに、Tシャツとジャージズボンという軽装だ。その服が、だいぶん汚れていることは、近くで見るとよくわかった。
「ふん・・・・。よーいしょっ。」
汚い野球帽をかぶった男の子が両手を前にあげて、ゆっくりと胸の前で組む。何かを掻き集めるような手振りだ。そして組んだ手のひらを下に向け、何か抵抗のあるものに対して体重を使って押し下げるように、ゆっくり、ゆっくり下に降ろしていく。
「はぁ? ・・・なにしてんの? ・・・アンタ、おかしなことばかりしてると、本当に警察を・・・。・・・・ヤッ・・・なにしてんの? ・・・それ、やめてよっ。」
ポニーテールの美人チアリーダー。いつも快活な柚香が、急に焦ったような声になる。身を縮めるようにして、内股気味に、何かを我慢している。切羽詰まったような声は、やがて雄人へのお願いに変っていた。
「ホントやめてってば・・・あっ・・・・あぁぁ・・・・。どう・・して?」
「お姉ちゃんっ。」
桃花が食卓の椅子に座ったまま、柚香に声をかけた。それでも、立ち上がって姉に駆け寄るだけの勇気が出せない。いつも格好いい、桃花自慢の姉は、見知らぬ家族の前で、立ったまま、足の間に水たまりを作ってしまっていた。スカートの裾、太腿、靴下まで、ビッショリと濡らしてしまっている。ダイニングには甘酸っぱい、尿の匂いが立ち上っていた。
「あぁ・・・・うわぁあああああん。ユズカ、オチッコお漏らし、しちゃったでちゅぅううう。」
大きな口を開けて、朝比奈柚香がワンワン泣き始める。口調がなぜか、赤ちゃん言葉みたいになっている。いつもの颯爽とした姉の姿は、そこにはなかった。
「汚いジジイとガキどもだって? ・・お前の方がよっぽど、ばっちいガキじゃねぇか。」
「ごめんなちゃいぃぃ・・・もうちまちぇん・・・。」
3歳の女の子のような口調と仕草で、17歳の柚香がグシュグシュと泣きくれる。面倒見の良い長女の梨沙が立ち上がって、タオルを取りに行った。お嬢様育ちの母、響子はオロオロしているだけだ。そして一家の大黒柱、父の修一郎は、次女の失敗を目にしても、困ったように目をそらしているだけだった。
「まぁ、そんなわけなんで、皆さん。外出の予定はキャンセルしてください。だからおめかしした綺麗なおべべも必要ないです。」
「全部脱いで、素っ裸になってここに整列しなさい。ちゃんと自己紹介出来てないでしょ、アンタたち。」
父の言葉を遮って、11歳と言われた女の子。藍良が驚くほど大人びた口調で冷酷に言い放つ。ここで裸になる? 桃花は信じられない要求に体を強張らせた。絶対に嫌だ。姉や母の前でも肌を見せなくなって何年か経つ。その間に桃花の体は子供から女の体に成長しつつある。ここで、父もいる前で・・・ましてや見知らぬ家族の前で、裸になるなんて、絶対に嫌だ。そんなことを考えているうちに、ワンピースの背中についているチャックを下す音を聞いた。自分の手が、いつの間にか服を脱ごうとしている。
「い・・嫌・・・。こんなこと、したくないっ。」
桃花が震える声を出して抵抗しようとするが、体は言うことを聞いてくれない。それに、逆らおうとする気持ち自体が、心の中でシュルシュルと小さくなっていく。仕方がない・・・。命令されたのだから、従うしかない・・・。桃花の心がどんどん萎縮して、無力になっていく。気がついたら、ワンピースも靴下も脱いで、お誕生日に梨沙お姉ちゃんからもらったブローチも外していた。・・・まだ、全部脱いでない・・・。私、素っ裸になれって言われたんだから、キャミソールもブラジャーもショーツも脱がないと・・・。桃花は顔を赤らめながら、清楚な下着を一枚ずつ素肌から離していく。母と一緒に買いに行った、淡いピンクのブラとショーツが床に落ちた。桃花は腕で胸元を隠しながら、藍良と呼ばれた女の子がアゴで示したあたりに立った。隣には、まだメソメソしながら股間を姉に拭いてもらっている柚香。そして妹を手伝いながら自分も服を脱いでいるために時間がかかっている梨沙。その横に母、響子。そして父、修一郎が裸で直立不動になっていた。朝比奈家の5人家族は、長女梨沙が脱ぎ終わると、全員全裸で整列していた。
5人の前には野間戸贋助、雄人、藍良の3人が椅子に腰かけ、物色するようにして、無防備な桃花たちの裸を値踏みしている。贋助はニタニタしながら、美女・美少女たちを視姦。雄人は若い欲望に満ちた目で梨沙や柚香の胸元を一転集中的に睨みつけている。藍良は全員を平等に、玩具を選ぶような目で見まわしていた。
「ほら、体を隠しちゃ駄目だってば。全員、気をつけ。オヤジから順番に、自分の名前と年齢、職業。これまでにエッチした相手の人数と最後のエッチのシチュエーション。それから自分の性感帯を言っていきなさい。」
藍良の命令に、全員が「気をつけ」の姿勢で背筋を伸ばし、両手をピシッと足の横につけて服従する。桃花は恥ずかしくて、情けなくて、抵抗したくて仕方がないのだが、なぜかそうすることが、とても悪いことのように思えて心が萎えてしまう。まるで幼いころから繰り返し教育され、躾けられてきた、家の重大なルールを破ろうとしているような罪悪感が立ち上ってきて、命令に逆らおうという意志を? き消してしまうのだ。
「あ・・・朝比奈修一郎、47歳。建築事務所を経営しています。これまでの経験人数は6人。最後に抱いたのは妻、響子で、先週に子供たちが寝静まった後、寝室で・・しました。性感帯は、・・・性器と、・・・そして乳首です。」
「おえっ」
小声で、桃花の隣に立つ柚香が、気持ち悪いという反応を示した。桃花も、父の性生活や性感帯などの情報を聞いて、頭がボワッと蒸発するほど赤面しつつ悪寒を感じた。
「朝比奈響子、39歳です。専業主婦をしています。あと、お茶とお料理の教室に通っています。け・・・経験人数は1人。パパと・・・同じで、寝室で抱いてもらいました。せ・・・性感帯は、乳首と、アソコ、クリトリスと、首筋、耳と・・・膝もです。」
久しぶりに見る母の体は女らしくて豊満だった。ふくよかな肌が、柔らかそうに震えている。
「いっぱい、性感帯があるんですねぇ。旦那さん1人しか知らないのに、ずいぶん開発されたみたいで・・・。結果お子さん3人ですから、いいご夫婦で、結構なことです。」
「アタシ、さっき職業って聞いたよね。習い事とか要らないから。」
「ご・・ごめんなさい・・・。」
お嬢様育ちのせいか、少し天然ボケの入っている母だとは思うが、小学生くらいの女の子に、こんな状況でいたぶって欲しくない。桃花は、ひそかに藍良に対して怒りを覚えた。
「朝比奈梨沙、19歳です。大学生です。男の人は、1人しか知りません。最後に・・・したのは・・・、あの・・、それまで付き合っていた彼が、留学するという時に、お別れにと・・・求められて・・・、彼の部屋で・・・。半年くらい前のことです・・・。せ・・性感帯は、・・・たぶん・・・乳首と・・アソコなんだと・・・思います。」
梨沙は消え入るような声で、それでも丁寧に答える。これって、孝彦お兄ちゃんのことだ・・・。桃花は、優しい大学生のお兄さん。梨沙の元彼氏の顔を思い出した。優しく包容力があって美人。自慢の姉の初恋の思い出を、こんな形で姉の口から聞かされることが、可哀想に思えて、桃花は目を潤ませた。
「声が小さいんだよな・・・。」
雄人が偉そうに文句をつける。
「じゃ、こうしよっか。梨沙は声を張って、アタシらがいいって言うまで、自分の性感帯を答え続けなさい。口にするたびに楽しくなって、元気が溢れてくるよ。」
指で輪っかを描くような動作をしながら、藍良が冷酷に告げる。すると梨沙はもう一段、背筋を伸ばし、ボリュームのある胸を突き出して、大きな声をだした。
「わっ、私の性感帯は、乳首とアソコですっ・・・。乳首とアソコですっ・・・。うふふっ・・・乳首とアソコっ、乳首とアソコっ。」
姉の表情がみるみるうちに生き生きとしてきて、誇らしげに声を張る。しまいにはその場で、手をピンっと伸ばしたまま、綺麗な行進の動作を始めてしまった。
「乳首とアソコが性感帯っ。乳首とアソコが性感帯っ、乳首とアソコが性感帯っ。」
いつもお淑やかで清楚な姉。大声を聞くこと自体、珍しいのに、姉の美しい唇から、こんな言葉が投げ出されているなんて・・・。桃花は、さも楽しそうに裸で行進しながら、自分の性感帯をリズムにのせてアナウンスしている梨沙の姿を見て、目の前が真っ暗になっていく思いだった。
「はい、もういいよ。わかったってば。そんなに嬉しそうに宣伝しなくてもいいです。確かにピンクで綺麗な乳首だけどね。」
雄人の言葉に、梨沙が急に我に返って行進をやめると。気をつけの姿勢に戻って俯く。全身が茹でられたみたいに真っ赤になっているので、表情を見なくても梨沙が死にたいほど恥ずかしがっていることは桃花にも想像出来た。
「次。」
「はい、アサヒニャユズカでちゅ。17ちゃいでちゅ。じょしこーせー。けーけんにんじゅーは2人。さいごのえっちは、サッカーじょうずなせんぱいが、これから、じゅけんに、しぇんねん、するからって、おねがいされて、しょうがないから、そうこで、えっちしました。かれしじゃないけど、おともだちだったし、かっこいいしぇんぱいでしゅ。しぇいかんたいは、やっぱりちくびと、あしょこと、みみにちゅーされるのも、しゅきでしゅ。」
あどけない口調で赤裸々にプライベートな部分を告白されると、桃花は姉のことながら、変な気分になってしまった。さっきみんなの前で、お漏らしをさせられた次女の柚香は、まだ口調を赤ちゃん言葉のまま、直してもらえていないのだった。
「おー、柚香ちゃん。お姉ちゃんよりも経験人数多いんだね。オトナじゃない。性感帯も、うぶなお姉ちゃんよりも、積極的にチェックしてるみたいで・・・。君みたいな端正な顔立ちの美少女が運動部の先輩たちとも仲良しなら、そりゃ、モテるはずだよね。エッチは好きなの?」
「べつに・・・きらいじゃ、ないで・・ちゅ・・。」
柚香は、見咎めるような視線を送る母、響子と姉、梨沙に謝るような顔を作った後で、少し俯いて頬っぺたをポリポリと掻いた。桃花はお姉ちゃんの部屋でドギツいファッション情報誌を盗み見たことがあるので、おおよそのことは予想出来ていたが、朝比奈家の恥を知られるようで、妹ながら情けなかった。清楚で礼儀正しいお嬢様3姉妹と、近所でも学校でも羨ましがられてきたのに、姉が、裸で、エッチが嫌いじゃないと宣言するなんて・・・。いくら柚香お姉ちゃんの奔放な言動とはいえ、朝比奈の娘として、桃花まで恥ずかしい思いをさせられてしまった。
「じゃ、最後にお嬢ちゃん。・・・オンナになりかけっていう体が、とっても可愛いね。」
野間戸贋助に褒められると、桃花の背筋には冷たいものが走る。それでも、藍良に求められたのだから、気をつけの姿勢で発育途中の小ぶりの胸も突き出したまま、自己紹介をしなければならない。
「朝比奈桃花、14歳。中学生です。経験人数は・・・ゼロです。・・・性感帯も、わかりかません・・。あ、多分、乳首なんだと思います。」
「処女?」
同年代の雄人に不躾に聞かれて、桃花は消え入るような声を絞り出す。
「・・・はい・・・。処女です・・・。」
「オヤジが、父親の責任でもって、キチンと調べなさいよ。桃花、両足開いて。」
「はい。」
「はい。」
藍良の意地悪な命令。それでも、命令は命令だから、絶対に従わなければ・・・。桃花が震えながら足を肩幅に開くと、裸の父がやってきて、前から桃花の股間の下に頭を入れて、上を覗きこんだ。桃花が泣きそうな顔で母や姉たちを見ると、みんなどうしていいのかわからないといった、困惑の表情を見せていた。パパ、やめて・・・。桃花が心の中で、尊敬する父親に助けを求めたが、父の指は、生えそろって間もない、桃花の柔らかいアンダーヘアーを押し分けて、敏感な部分に伸びてくる。桃花の大切な部分をグッと広げ、処女の証を確認していた。
「はい・・。三女の桃花は、確かに処女です。」
「チッ。3姉妹ともヤレると思ったのに。末っ子が処女かよ。」
同年代の男子に乱暴な言葉を投げかけられる。雄人は本気で苛立っている様子だった。
「じゃ・・・、当面、桃花はアタシの玩具ね。兄貴は、梨沙と柚香としばらくヤリまくるんでしょ?」
「じゃあ、パピーは、響子奥様の2人目の男として、奥様をドロドロの変態に調教しましょうかね。・・・修一郎パパさんは、みんなのお手伝い。決まりかな?」
「オッケー。」
「しょうがねえな。」
「はい、じゃあ皆さんの運命も決まったところで、お風呂とご馳走の準備としましょう。全員、ご主人様にしっかり尽くしてくださいねっ。」
野間戸贋助が両手をパチンと鳴らす。朝比奈家の人々は、一言も口を挟めないまま、自分たちの扱いを決められてしまった。
「ここが、アンタの部屋ね・・・。ここのベッドはアタシが使うから、桃花は、今週は床で寝ること。」
「はい。・・・あの・・・。」
「本ばっかりで、オモチャがほとんどないなぁ。・・・ゲーム機もない? ・・・じゃ、アンタを玩具にするしか、遊びようが無いね。ヌイグルミはちょこちょこあるんだ。これ、ぜーんぶ、今週はアタシのものっ。」
藍良は学習机に立ててあった、フォトスタンドをパタンと伏せる。桃花の10歳の誕生日に、家族みんなで遊園地に行った時の、思い出の家族写真だ。観覧車とメリーゴーランドを背景に、朝比奈家が全員笑顔で映っていた、大切な写真。伏せられてしまった。
「あの・・・、ご・・・ご主人様・・・。」
桃花は思わず口を両手で覆う。藍良ちゃん、と呼ぼうとしたのに、口から出てきた言葉は、ご主人様だった。
「さっきから、ぶつぶつ何よ。」
ウォークイン・クローゼットの扉を開けながら、藍良がイラついた表情で振り向く。
「服を・・・。なにか、お洋服を着させてもらっても、いいでしょうか?」
桃花は3つも年下の女の子に対して、出来るだけ機嫌を損ねないようにお願いした。藍良は前を向きなおすと、クローゼットの中を物色する。桃花の質問には答えてくれない。
「あんた、可愛くて高そうな服、ずいぶん沢山持ってるのね。・・・これなんて、おんなじデザインで色違いを3つ買ってるの? ・・・お金持ちのお嬢様は違うわねぇ・・・。」
「・・・ママと一緒に買いに行くことが多いから、・・・ママが気に入ったデザインで、色を選びきれないと、そうなっちゃって・・・。その、ご主人様が着られそうなフリーサイズのお洋服とか、お気に召したものがあったらあげますから、私にも、お洋服・・着させ・・。」
「アタシが貰えるのは、どうせ1週間だけなの。」
藍良は振り返らずに、強い口調で言った。クローゼットで整頓された沢山の服に、苛立ちをぶつけるような言い方だった。
「アタシたち野間戸一家が、同じ家に住めるのも1週間だけ。身の回り最低限のモノ以外を所有出来るのも、その1週間の間だけ。ここを去る時には、来た時とだいたい同じ状態にして立ち去らないといけないの。アンタが処女だから兄貴がアンタを犯せないのも、その決まりがあるからよ。処女膜破っちゃったら、1週間後に元に戻せないでしょ? だからアンタは今、梨沙や柚香みたいに、兄貴の性欲のはけ口にされずにすんでるの。かわりにアタシの玩具だけどね。」
藍良はクルッとジャンプして振り返ると、両手をパチンと叩いて見せた。
「いいこと思いついた。桃花ちゃんがお気に入りの服は、全部ハサミで切っちゃって、雑巾に縫い直しちゃうのはどうかしら? 貴方は、今夜は裸で過ごして。明日から家で着るものはアタシが決めてあげるからね。」
「お・・・お洋服を、雑巾にしちゃったら、1週間後に原状復帰が出来ないと思います。」
全裸で直立不動の桃花が、精一杯の抵抗を試みる。藍良はクスっと笑った。
「なかなか理解が早い子ね。でも、大量生産の商品なんて、買い替えればいいじゃない。原状復帰はあくまで『だいたい』だからね。家だって、ちょっと使うだけで物理的に厳密に言うと変化するけど、そんなの構っていられないでしょ? だから桃花はアタシの指示のもとで、お金をそこそこ稼いで、後からオキニの服、買い直せばいいの。ブルセラって知ってる? ・・・知らないなら、また教えてあげるからね。まずアンタは大好きなお洋服を教えて。それをアタシが切り刻んでる間、素っ裸のままでオナニーでもしてればいいわ。」
ハサミをジョキジョキと動かしながら、藍良は鼻歌まじりに桃花のお気に入りのセレクションを切っていく。それを見ながら、桃花はワニが歩くような姿勢で、絨毯に左右の乳首をこすりつけていた。さっき性感帯だと思うと暴露させられた乳首に、絨毯の毛先が刺激を与える。熱い吐息を漏らしてしまう。
「気持ち良かったら、声や顔に素直に出しなさいよ。女の子は素直がイチバン。ルルルルー。」
桃花の知らない旋律を口ずさみながら、ご機嫌の様子で服にハサミを入れる藍良。桃花は乳首をこすりつけて這いずり回りながら、表情をだらしなく緩めて、はしたない喘ぎ声まで出しながら自分を慰めた。
「アンタたち家族、みんなウブだよね。柚香はまぁ、梨沙とかと比べると、ちょっとは積極的みたいだけど、みんな性感帯って聞かれたら、決まり文句みたいに乳首、乳首って・・・。これから毎日、どんどん新しい性感帯に性癖、恥ずかしい趣味とか植えつけられると思うよ。うちの兄貴はまだドストレートな性欲バカだけど、親父は真性の変態だから。・・・あ、始まったかな? 隣の部屋って柚香の? ・・・兄貴、どうせなら梨沙の部屋使って欲しいな。夜うるさくて眠れないから。」
「ひぃっ、ひぃっ、あひぃぃぃいいっ。ご主人様っ・・・もっとお願いしますっ・・・・梨沙を・・・無茶苦茶にしてくださひぃいいいいっ。」
いつも大人しくて、綺麗で優しい梨沙お姉ちゃんの声が壁にも遮られずに家中に響く。桃花は、乳首オナニーを続けながらも、両耳をふさぎたくなる思いにかられた。
「ちてっ。ユズカにも、もっとちてくだちゃいっ・・・。もっとセックシュ、しゅるのっ。ユズカ、ごしゅじんたまのオチンチンだいしゅきっ。」
たどたどしい、おねだりの声も響く。快活で男勝りとまで言われる、チアの2年生キャプテン、朝比奈柚香が赤ちゃん言葉で卑猥なことを言いながら、おねだりをしている。近所で評判の美少女三姉妹が、壊されてしまうような気がして、桃花は泣き声を出しそうになった。それでも口から出るのは、だらしない喘ぎ声だけ。顔は緩み切って、快感に蕩けてしまっていた。
「ほら、アンタも負けずに、隣の部屋のお姉ちゃんたちに、今、何してるか、大声で教えてあげたら?」
「あんっ・・・ふぁんっ・・・・り、梨沙お姉ちゃんっ、柚香お姉ちゃんっ・・・桃花っ、いまっ、裸のまんま、床でオナニーしてるのっ。気持ちよくってっ、やめられないのっ。癖になりそうっ。乳首がビリビリするっ。桃花、悪い子になっちゃうっ・・・。ゴメンなさいっ。・・・あっ・・・くるっ!」
桃花は11歳の女の子の目の前で、裸で絨毯を使って両乳首をこねくり回しながら、姉に謝りつつエクスタシーに達した。Aカップだがリンゴのように丸い胸が、今は、ねじれてこねくり回されている。ほぼ同時に、梨沙も隣の部屋で果てたようで、歓喜の絶叫が響き渡った。
その夜、藍良が桃花のクイーンベッドで寝て、桃花は裸のままベッドの足元、絨毯の上に猫のように身を丸めて寝た。藍良は桃花が風邪を引かないようにと、新聞紙を2枚、1階から持ってきて、桃花の体にかけてくれた。
<月曜>
朝比奈家の朝は、裸のまま庭におりて、エアロビクス・エクササイズをするところから始まった。新しい、家のルールなのだから、眠くても寒くても、従わなければならない。お行儀よく躾けられた娘たちにとっては、家の重大ルールを破ることなど、想像することも難しいタブーだった。まるでもう十何年も続けてきたルーティンのように、エアロビの振り付けは桃花たちの体に染みついてしまっていたので、全員、動きも綺麗にそろっていた。「運動は楽しいこと」だと野間戸贋助が口にした途端、エアロビ中の朝比奈一家は全員満面の笑顔になる。その通り。ご主人様の言葉はいつも絶対に正しいものだった。庭は広く、木で囲まれているので、一家の奇行がご近所に目撃される心配はあまりない。それでも、愛犬のステファンが興奮して吠えたり駆けまわったりするなかで、全開スマイルのエアロビクスを裸でやりきるのは、桃花の顔から火が出るほど恥ずかしいことだった。
「朝ご飯は一日の元気の素だから、お腹一杯食べなさいね。」
野間戸贋助がそう言ってくれるので、一家総出で精一杯豪勢な朝食を準備していた桃花たちは、やっと食卓につこうとする。藍良の前にもホットケーキが出された。そこでしかし、藍良が言い放った。
「アンタたちはこっちで食べるんじゃないの。それよ。床のタライで食べなさい。お上品に手なんか使わなくていいよ。直接顔をつけて、ガツガツ犬食いしなさい。」
ステンレスのタライには、料理を作る中で余った、野菜の皮やヘタが捨ててある。
「俺、ブロッコリー嫌いだから、このシチューいらね。」
雄人が一口だけ口をつけたシチューを、タライにドバっと流し込む。残飯シチューになってしまった。愛犬のステファンのドッグフードの方が美味しそうだ。
「1週間とはいえ、栄養が足りないと体を壊しちゃうかもしれないから、ちゃんと栄養には気をつけてあげるからね。遠慮しないで、モリモリ食べなさい。」
贋助は冷蔵庫から出してきた納豆を2パック分、タライに盛りつけて、スライスオニオンとマグロの切り身。そして牛乳を1パック分流し込む。庭に面した窓から、ステファンが気持ち悪そうな表情で首を傾げて見ていた。
「マテ・・・。ヨシッ。」
犬を躾けるように雄人が掛け声を口に出すと、タライを囲んで正座していた全裸の朝比奈一家は、息せきって四つん這いになり、お尻を突き上げながらタライに顔を突っ込む。顔が歪むほど味のバランスが悪い残飯シチューだが、ご主人様に言われた以上、モリモリ食べなければならない。ガツガツ食べなければならない。桃花は2回ほどママと頭がぶつかったし、自分の頬っぺたと梨沙お姉ちゃんのスベスベの頬とが、くっついた後で納豆が糸を引いていたが、ごめんなさいを言う余裕もない。鼻からあごまでグチャグチャにしながら、残飯シチューを最後までがっついて、タライがピカピカになるまで舐めまわすことに必死になっていたからだ。優雅だったいつもの朝比奈家のブレークファーストの風景は、飢えた野良犬の残飯あさりのような光景に一変してしまった。
「1週間、家にこもっていると、社会生活が破綻しちゃうっていうのは誰?」
朝食後、家族でお互いの顔をペチャペチャ舐めあって、綺麗にした朝比奈家の人たちに、野間戸藍良が腕組みしながら質問する。全員が正直に考えを述べて相談した結果、柚香と桃花は学校に行かせてもらえることになった。梨沙は大学でも優秀な成績を収めているので、1週間講義に出なくても、後から優にキャッチアップ出来る。そのことに梨沙お姉ちゃんは自分でため息をついて俯いていた。父、修一郎は今、プロジェクトの進捗を部下から電話で報告を受けていれば良さそうな時期ということで、こちらも家に居残り。母、響子は、お料理教室を欠席するとみんなが困ると訴えたが、却下され、家に残ることになった。
「じゃ、柚香は赤ちゃん言葉を直してやるよ。でもシモの方はそのままにしておこっか。面白そうだから。ほら、これ穿いていけよ。」
薄手の成人用オムツを雄人が手渡してくれる。柚香は震える手でそれを受け取って、足を入れた。昨日の夜、ネットの速達で注文したらしい。この、野間戸さんちというのは、無軌道なのか計画的なのか、よくわからない行動をするようだった。
「桃花ちゃんはお姉ちゃまのオムツ替えを手伝ってあげてね。言葉遣いは戻っても、おシモに関してはまだお子ちゃまだから。ふふふ。妹さんにオムツ替えてもらうお姉ちゃま。興奮するシチュエーションだよね。柚香ちゃんもその時はビクンビクン興奮してね。」
贋助は下卑たニヤつきを隠さない。この髭モジャじじいは、藍良が昨晩言った通り、本物の変態のようだった。
「桃花は他にも、もう1っこくらい、ミッションあげようか。・・・そうね、今日1日の学校生活の間に、偶然を装って、10人のクラスメイトの男子にパンチラを見せなさい。」
「はい、かしこまりました・・・け・・ど・・・。その・・・。」
気をつけの姿勢で、素直に返事をしたあとで、桃花は自分の学校のことを考えて、急にモジモジしはじめる。
「なによ。なんか文句あんの? 言いたいことあるなら、言ってみなさいよ。」
不機嫌そうな藍良を上目遣いでチラチラ見ながら、桃花が答える。
「私たちの学校、昔女子高だった関係で、男子の数が少ないんです。私のクラスには7人しか・・・。」
「だったら、学校の男子誰でも良いわよっ。15人にパンチラ、見せてきなさい。わかったわね。」
「はいっ!」
藍良を怒らせた結果、タスクが増えてしまった。桃花はビシッと直立不動の姿勢に直って、大慌てで登校の準備を始める。2階の自分の部屋で、髪をとかしてカチューシャをつけて、ブラジャーとショーツを身に着ける。昨晩、夢にまで見た、下着をつけられる生活に戻ることが出来た。薄手のスリップを着て、聖ジョセリン学院中等部の制服に身を包む。1階に降りると、ママと梨沙お姉ちゃんが、眩しそうな目で桃花の制服姿を見た。柚香も降りてくる。高等部のセーラー服は襟のラインの数が違う。リボンの色も違う。それでも、そんな違い以上に目立つのは、柚香のシルエット。どうしてもスカートまわりがモッコリと膨らんでしまっていた。
「まぁ、ごまかせる範囲でしょ。うまく言い訳しなさいな。」
贋助が言うと、柚香は不服そうな顔をしながら、「かしこまりました、ご主人様」と口だけは従順な下僕のセリフ。2人の姉妹は朝比奈の邸宅を出て、学校に向かう。
私鉄の駅の改札で、桃花のクラスメイト、白石美空ちゃんが声をかけてくれた。
「桃花ちゃーん。一緒に行きましょっ。あ、お姉さまも。」
柚香を見るとはしゃいでしまうのは、美空だけではない。中等部で生徒会の副会長を務めた朝比奈柚香は、下級生の女子にとって、憧れのお姉さまだった。その姉が、今日は少しだけスカートまわりがモッコリとしている。鞄も替えのオムツでパンパンになっていた。
「ごめんね、私、今日チア部のショートミーティングがあるから、ちょっと急ぐんだ。・・・桃花。頑張ってね。」
勝ち気で颯爽としているが、いつもどこかで桃花のことを気に掛けていてくれる、本当は優しい柚香お姉ちゃん。桃花は胸が締め付けられるような思いになった。
「柚香お姉ちゃんも頑張って。私、2時限目と3時限目の間と、あとお昼休みに、手伝いにいくからね。」
振り返らず、手の甲をヒラヒラさせてバイバイの合図を送りながら先を行く柚香お姉ちゃん。いつも格好いい姉だが、今日のシルエットだけは、やはり少しイビツだった。
「先に行くって・・・。お姉さまも一緒の電車だよね?」
美空ちゃんが無邪気に聞いてくる。
「あ、美空ちゃんも良かったら、先に行っていいよ。私、うちの学校の男子を探して、ここの階段を駆け上ったり下りたりを、何度もしたいから・・・。その、わかんないよね、こんな説明じゃ・・・。私、用事があるの。」
美空ちゃんは性格の良いお嬢様なので、桃花がスカートをヒラヒラさせながら、何度も駅の階段を駆け上がって、同じ学校の男子を追い越していくのを、ポカンとした顔で見守っていてくれた。
「桃花ちゃん。私ねぇ、今日ねぇ。遅刻しそうだと思って、フレンチトースト、半分しか食べて来れなかったの。ママが寝坊したから、私を起こしてくれるのも、朝ごはん作ってくれるのも遅くなっちゃって。それに、寝癖がなかなか直ってくれなくてー。」
教室でも、いつも美空ちゃんは、笑顔と困り顔の中間のような表情をしながら、フワフワした日常のお話をしてくれる。とても平和な気持ちになるので、桃花は美空ちゃんとのお喋りが好きだった。
「桃花ちゃんちは、今日の朝ごはん、なんだったぁ? 桃花ちゃんママ、お料理教室、通ってるんだよねぇ。いつも美人のママに美味しいご飯作ってもらえるの、羨ましぃなぁー。」
「・・・う・・・うちも、その、フレンチトーストだったよ。ちょっと胃がもたれちゃうくらい、食べちゃったけどね・・・。普通だよ。」
桃花は答えに詰まって、顔を教科書に伏せる。家族で争うようにしてタライの残飯シチューをガッツいた、今日の朝食シーンは、出来れば思い出したくなかった。
「うちのママも私も、朝、弱いんだぁ。どうやったら、シャキッと目が覚めるのかなぁ。」
「ぅぅぅ・・・ゴメンね、美空ちゃん。もう、言わないで・・・。」
美空ちゃんは無邪気に追い打ちをかけてくる。桃花の頭の中に、庭での早朝全裸エアロビクスの悪夢がクッキリと甦ってくる。その記憶を追い払うように、桃花は頭をさらに強く、教科書にグリグリと埋めた。突っ伏した桃花の後ろ髪を、ヒンヤリとした風がすくように撫でていく。今日は意外と風の強い朝だった。
「ん・・・。美空ちゃん・・・。HRまだ始まらないよね。・・・私、ちょっと、あの窓の上が汚れてるのが、気になっちゃって・・。ちょっとゴメンね。」
桃花が机を窓際まで移動させて、ハンカチを取り出すと、上履きを脱いで椅子に、そして机に足をかける。窓を半分開けたまま、背伸びして窓の一番高いところをシルクのハンカチで拭き始めた。それから2分くらい、同じ姿勢で窓拭きを繰り返す。
ピューゥゥゥゥッ。
「キャッーッ。やん、もうっ。」
やっと強めの風が、桃花のスカートを巻き上げてくれた。お尻のあたりのパンチラを、クラスの男子、5人には見てもらえた。計画が成功したのに、桃花はうずくまって顔を両手で覆って恥ずかしがった。こんな恥ずかしい、はしたないことしてるのに・・・、男子が2人も遅刻なんて・・・。またおんなじことやってたら、絶対に怪しまれちゃうし・・・。
スカートのお尻を押さえながらソロソロと机を下りる桃花を尻目に、遅刻しなかった5名の男子たちは密かにガッツポーズをしたり、たがいの脇腹を小突きあって、奇跡的な幸運を祝福しあっていた。
「変な桃花ちゃん・・・。」
美空ちゃんが小首を傾げてポツリと呟く。桃花は何も説明出来ずに机に突っ伏した。
休み時間に高等部に行くと言うと、柚香ファンの美空ちゃんや他のお友達はみんな、ついて来たがった。「お姉ちゃんが好きなら、今日だけは絶対ついて来ないであげて」と謎の言葉を残し、桃花は高等部の校舎へ走った。お手洗いで待ち合わせしていた姉は、オムツをオシッコでかなりパンパンにしてしまっていた。1度オムツを替えて、トイレの個室でオムツの中に大きい方もさせる。いつも頼り甲斐のある、尊敬する姉の手伝いだから、大きい方を処理してあげるくらい、桃花は我慢できる。けれど、その間、柚香が甘ったるい喘ぎ声を漏らして感じまくっているのには、少し閉口してしまった。声を掻き消すために、何度もトイレのお水を流す必要があった。汚れたオムツは大変申し訳ないのだけれど、ビニール袋に二重に縛って、生理ボックスに押し込んでしまう。2人で目を閉じて、お掃除のオバサンとトイレの神様に謝った。
学校の階段を駆け上がったり、連れ立って歩く男子の前まで駆けて行って転んで見せたりして、何とか桃花は昼までに15人の男子生徒にパンチラを披露することに成功した。いつもはボンヤリと温和な美空ちゃんが、今日だけは心配そうに桃花に忠告してくれる。
「桃花ちゃん、ちょっと今日はガードが緩いよぉ。男子にパンツ何回も見られちゃってるもん。・・・ファンクラブの人とか知ったら、カメラ持って追いかけられちゃうかもよ。」
美空ちゃんの珍しくもありがたいアドバイスに、桃花は俯いてグゥの音も出せなかった。『朝比奈ファンクラブ』は、伝説的な美少女だった中学生時代の梨沙お姉ちゃんが中等部に在籍していたころに発足した、非公式な男子(と一部女子)の親交団体。朝比奈梨沙の登校姿を見ようと他校の生徒まで校門前で待ち構えていたという時代から、男勝りの美人チアリーダー兼生徒会副会長の柚香が中等部にいた時代。そして小学生の頃から何度も何度も子役タレント事務所のスカウトにお断りを出してきた、朝比奈桃花が在校するようになった現在まで、朝比奈家の美人三姉妹を追いかけ続けている。柚香お姉ちゃんにだいぶ教育されて、プロマイドを交換し合う程度の大人しい団体となっていたが、お人良しで押しに弱い桃花の代になって、少しずつ行動が積極的になりつつある。「今日だけなぜか、朝比奈桃花のパンチラが拝みやすい」などと評判が立てば、カメラ小僧が大量発生してしまうかもしれない。
美空ちゃんの言葉を重く受け止め、重い足取りで高級住宅地を進み、自宅に帰る。桃花の大事な朝比奈家邸宅は、着々と変化を遂げつつあった。「ASAHINA」という大理石の表札の上に、「野間戸家 間借り中」と木の仮表札が掲げられている。白亜の豪邸の中からは、C調の懐メロのような曲が大きな音量でかけられていた。玄関に入って母に音楽を訪ねると、「我が家の分際でクラシック好きっていうのは生意気なので、今週は植木等とクレイジーキャッツしか聞かないことにしたのよ」とホンワカとした笑顔で答えてくれた。その答えの中身が衝撃ではないくらい、母の姿も変貌している。スケスケの黒いレースで出来たテディのようなランジェリーに身を包んだ母は、豊満なオッパイと股間はしっかり素肌を露出している。その股間に昨夜あった、びっしりと濃いアンダーヘアーが、今日はツルツルになくなってしまっている。代わりに眉毛がクルンクルンの縮れ毛で増毛されていた。田舎のホステスさんのような厚くてケバケバしいメーク。額には一昔前の女子高生が書いたような丸文字で「めすぶたちゃん」と油性ペンか何かで書かれている。オヘソの下には、無毛の股間を指す矢印と、その周りに半円を描くように装飾的な筆記体で「Welcome! Open 24 Hours」と書かれていた。これは見た目にはアートっぽい雰囲気を醸し出していた。
「本当だったら、タトゥーで入れたかったんだけど、1週間で消えるタトゥーなんてないから、油性マジックで書いたんだ。下の毛は1週間では生え戻らないかもしれないけれど、それくらいは許してもらいましょ。桃花ちゃん。お母さんのこと、メス豚って呼んであげて。」
ニタニタしながら、野間戸贋助が額の汗を拭いつつリビングから出てくる。まるでいい仕事を終えた後の舞台監督か何かのような口ぶりだった。愛しいママの変貌ぶりに言葉もない桃花だったが、ご主人様のご命令に逆らうわけにはいかない。
「ぶ・・・豚・・・。」
「ぶひぃっ。」
天真爛漫で柔和な母が、嬉しそうに両手を床について返事をする。
「ブヒブヒッ。」
リビングから、パパまで四つん這いで顔を出す。こちらのオデコには「おすぶたくん」と書いてある。真っ赤なルージュを口に塗って、こちらも女性用のスケスケランジェリーを身にまとっていた。
「こら、桃花ちゃん。ちゃんとメス豚って呼ばないと、パパさんまで返事しちゃうでしょ。」
髭モジャの贋助に優しくたしなめられる。
「ご、ごめんなさい。」
桃花は、訴えたいことが山ほどあるけれど、全部飲み込んで、ペコペコ謝ることしか出来なかった。
「あら、桃花、帰って来たんだー。ちゃんと男子15人にパンチラ、サービスしてきたの?」
少し嬉しそうに、野間戸藍良が2階から降りてくる。その後を、梨沙お姉ちゃんがフラフラとついてきた。お姉ちゃんは鶯色のマワシのようなものを腰に巻いて、上半身はすっぽんぽん。綺麗なストレートの黒髪を、今は後ろで束ねて上でまとめて、まるで力士のマゲのような髪型になっていた。聖ジョセリン学院、伝説のマドンナが、お相撲さんの格好をして、陶酔したような表情で階段を下りてくる。
「あの、ご主人様。ただいま帰りました。ミッションも、ちゃんとこなして来ました。」
桃花が深々とお辞儀をして、思いつく限り丁寧な態度で藍良に接する。それでも、気位の高いご主人様はまだ良しとしてくれない。
「これからアンタたちのアタシたちへの挨拶は、土下座して主人の足にキスしなさい。その方が、自分の立場をよく理解できると思うの。・・・そうでしょ?」
「お・・、仰る通りです。ありがとうございます。・・・チュ・・・・。・・・ご主人様のおかげで、桃花は自分の立場がより良く理解することが出来ました。ありがとうございます。」
土下座で足にキス。その後も両手を床について、桃花は何度も藍良に御礼を言った。まるでこの家で、十年以上これが当たり前の挨拶だったかのように、桃花の心身にしっくりきた。
「ちょっと部屋割りや家の使い方を変えてるから、梨沙に案内してもらって。新しい決まりごとの説明が終わったら、2階の『アタシの部屋』までいらっしゃい。」
「かしこまりました。」
梨沙と桃花が声を揃える。フラフラと桃花を案内しようとした梨沙の腕を、藍良が掴む。
「ちょっと。アソコにあれ、入れたままだったら、どうせきちんと説明出来ないんでしょ。ここで出しなさいよ。」
「はい。ご主人様のご命令のままに。」
陶酔するような弛緩した表情だった梨沙が、マワシのような布をスルスルとほどく。力士のマワシかと思われたそれは、前掛けの布が巻いて収納されていた。工夫の行き届いたフンドシのようだ。前掛けの部分には丸の中に梨という一文字が記されている。
「野間戸パピーが作ったんだよ。あんな風にディルドーやローターを固定させる紐もついてるし、ペニスバンドをつけることも出来るよ。桃花ちゃんや柚香ちゃんの分も作ってあるから、後で付けてみてね。もちろん、サイズが合わなかったりしたら、パピーにすぐ言ってね。・・・女性にとって、サイズの合わない下着はヒップやプロポーションの崩れの原因にもなりうるし、下半身を締め付けすぎると女の子の体の大事な発育にも悪影響がありうるから。」
「は・・・はぁ・・・。ありがとうございます。」
野間戸贋助のデリカシーや気遣いは、なぜか桃花を心底震え上がらせる。この人の手先の器用さや、妙にキメの細かい配慮は、不思議なほどに本能的な恐怖しか生まなかった。
下半身も裸になった梨沙が、両足を割って膝を曲げ、ガニ股の姿勢になって力むと、アソコからおぞましいほどに太いディルドーが顔を出す。ブツブツのあるディルドーを、腰をビクビクと前後させながらゆっくり体の外に、膣圧だけで出していく清純派女子大生。梨沙お姉ちゃんは目を白黒させながら、ベトベトした黒いディルドーを、ボトッと床に産み落とした。
桃花と2人きりになった梨沙お姉ちゃんは、簡潔に丁寧に、桃花に新しい間取りや家の決まりを教えてくれる。まずは庭に、朝比奈家のトイレが移動した。花壇の前にバケツ一個分ほどの穴が5つ。等間隔で掘ってある。木の立て札で「朝比奈梨沙」、「朝比奈柚香」などと名前が示されている。ここで大小の用を済ますということだった。
「済んだら大きな声で、おうちの中の野間戸パパを呼ぶの。ウォッシュレット代わりにホースで水をかけて綺麗にしてくれたり、埋めても自然分解される、よく揉みほぐした藁でお尻や大切なところを拭いてくれたりするから。」
「自然分解・・・。エコ・・・なのかな・・・。」
「エコよ・・・。」
梨沙お姉ちゃんは優しく、諭すように頷きながら答える。
お風呂はこれまで通り、朝比奈家も野間戸家と同じく、備え付けのバスルームを使える。
「但し、私たち一家は、ご主人様たちがゴーサインを出してから、10分間しかお風呂を使えないから、家族一緒にお風呂を使うの。体はみんなでお互いに洗いあっこするの。そうしないと10分では済まないからね。」
「一緒にお風呂って・・・パパも?」
「パパもよ・・・・。」
桃花の両肩に手を置いて、優しく教えてくれる梨沙お姉ちゃんは、いつも通りの、おっとりとした美人。性格も良い、パーフェクトなお姉ちゃん。それなのに、桃花は姉から目を逸らしてしまう。ガニ股の姿勢で白目を? きながら膣圧だけで極太ディルドーを捻り出し、産み落とした、さっきのビジュアルイメージが強烈すぎて、姉の顔を真正面から見られないのだ。おかげで、幼稚園の頃以来なかった、パパとのお風呂という衝撃的な新習慣も、ほとんど聞き流してしまっていた。
その他、いくつかの新ルールと新しい間取りを説明していた梨沙が、ふと表情から笑みを消して、真面目な顔になる。桃花に顔をぐっと近づけて。
「桃花ちゃん。よく聞いて。今日一日、野間戸贋助様や藍良様、そして雄人様から色々と教えてもらったわ。どうも野間戸一族には嘘とか騙すっていう習慣がないみたい。かなり自然に教えてもらったと思うから、貴方とも共有しておきたいの。私だけが知っていても、外の世界とは接触が限られてしまうから、貴方や、柚香ちゃんとも共有しておきたいの。何かの、助けやそのヒントになるかも知れないことだから。」
頭も良い梨沙お姉ちゃんは、簡潔に、野間戸一家に関わる話を桃花に説明してくれた。その主旨をまとめると、こういうことらしい。
・野間戸一族は古い歴史を持つ家で、数百年前には古神道の宮司をしていた家系らしい。
・言い伝えでは野間戸一族の源流は古事記や日本書紀の時代にまでさかのぼる。高天原から来た新しい神々を大八島に受け入れる際に、新しい土地割りであぶれてしまった、土着の神様がいた。その神様の子孫は代々、放浪生活をすることになった。
・言い伝え上では、新しい土地神様たちは、7日間だけその、可哀そうな放浪の一族を受け入れ、好き勝手させるという盟約を出雲で結んでその放浪一族を慰めた。それが野間戸氏の放浪生活を支えたとのこと。
・野間戸氏は土地神様の神託を受け、あてがわれた家に7日間、絶対君主として住むことが出来るが、7日のうちには何も持ち去ることなく、そこを退去し、全く別の地方に向かわなければならない。現代では土地神様の力が弱まっている地域も少なくないので、神託がうまくいかない場合は、廃神社などで野宿しなければならない。
・野間戸一族が間借りすることの出来た家の中では、野間戸一族は神様に近い神通力を持ってその家を7日間支配できる。その力の範囲は、家や家庭環境、家系が影響を及ぼせる範囲まで。つまり、子供に繰り返し躾を行い、教育、強化すると出来るような行動規範の形成、信念、信条の付与、体質の変化などは出来る。しかし、どんな家でも愛情を強制することは出来ないし、魂の尊厳に関わるところまでは自由に出来ないのと同じように、親愛の情を押し付けきったり、重大な犯罪を犯させるようなことは出来ない。人の記憶や状況認識も、家が支配出来るものではない。
・野間戸家は「発つとき後を濁さず」を前提に土地神様に7日間の暴君的逗留を許されている。蓄財や人間関係の継続も許されていない。間借りしている家の家人に重大な怪我を負わせたり、その社会生命を大きく棄損するようなことは出来ない。しかし家の中で怪我をさせない範囲であれば、大概のことは出来る。させられる。そして信じさせることが出来る。
・人間関係が継続、発展しない野間戸一族は、基本的に嘘をついたり、人を騙したりという習慣を持たない。政治的、計略的に振舞ったところで、利益が蓄積しないから。同様に、人に好かれたり、自分の評判を良くしたところで放浪の人生にはあまり利益がないので、無軌道で刹那的な快楽を追い求めている。
・日曜の夜、最初に野間戸贋助が「アース」と大声で叫んだのを、梨沙は呪文か祝詞の鍵なのかと想像していたが、これはただ贋助のテンションを上げるための掛け声。夏に野宿しなければならない時にはヤブ蚊を追い払うために「アース・ノーマッド」と叫んでみたところ、響きが気持ちよかったので、今もことあるごとに使っているだけである。
「国譲りの神話の話って・・・、2千年以上前の話? ・・・そんな頃から続く家なんて・・・。お姉ちゃん。信じられる?」
「わからない。それが本当のことかどうかなんて、たぶん、誰も証明は出来ないと思うわ。けれど、私たち家族がはっきりとわかっていることはあるわよね。それは、私たちのご主人様一家が、不思議な、恐ろしい力を持っていて、この家で、私たちを自由に変えられるということ。さっきまで私がアソコに入れていた、あの黒いモノ。あれはディルドーっていう大人の玩具らしいんだけど。お姉ちゃん、あれを今、孝彦さんって呼んでいるの。これまでずっと大切にしてきた思い出の恋人を、あんな強化ゴムの無機質な玩具に重ねちゃってるの。野間戸一家が信じていることが本当かどうかは別として、あのご主人様たちがとても恐ろしい力を持っていることは、間違いない。それは桃花ちゃんも充分わかっているわよね。あとは、ご主人様たち自身も、言い伝えの決まり事に縛られているみたいなの。・・・今日、桃花ちゃんに知ってもらいたかったのはそのこと。もしかしたら、そこから私たちが助かる糸口が・・・。」
「梨沙ちゃーん。なに、ダラダラ、油売ってんのー。孝彦さんが、寂しいってさー。」
テラスから、藍良様が黒いディルドーを振って、意地悪く呼びかける。
「はいっ。ただいまー。」
全裸で力士のマゲを結ったような髪型をしている梨沙お姉ちゃんは、ご主人様に尻尾を振らんばかりに、まっすぐ駆けていく。ディルドーを見据えて、涎を垂らさんばかりに、嬉しそうな表情を残して、清楚だった姉は走り去った。
桃花も慌てて姉の後を追う。桃花の名前を呼んでくれなかったということは、藍良ご主人様は桃花に対してご機嫌斜めなのかもしれない。ご主人様の機嫌を少しでも損ねないように、桃花は全速力で家の中に戻り、藍良様の足の甲にキスするため、必死で駆けるのだった。
< 後編につづく >